2011年     めにうへ

●2011年12月21日(水)晴れ

ゆうべは、おとついより寒かったような気がする。
床から冷気がシンシンとくる感じ。
シュラフが上の方にずれ、足の先が出ていたせいもあるけれど、だって、頭までスッポリかぶらないと顔が寒いのだもの。
でも、こんなのは寒いうちには入らない。
私たちはすぐに、北海道のアムたちのことを思う。
カト吉なんか夜明け前から、マイナス20℃近くになっても、コロの散歩を続けてるんだからなあと、毎朝話す。
9時20分、スイセイがコーヒーを飲んでいる音がして、シユラフから顔を出し、ようやく私も起きる。
朝/チョコレートとコーヒー。
今日、東京へ帰る。
1時にはここを出る予定なので、それまでに庭のバッコンをやってしまおう。
これでいちおうは終わりだけど、1月に来たら、またはじめから全体を鍬で掘り起こし、細かい根っこや石をどけるのをやろうと思う。
きのう分かったのだけど、真冬は植物の根が仮死状態になっている気がする。
ススキの根っこもゴボウのようになって、ちょっと掘り返すだけで、長いのがボソッと簡単に採れる。
夏のいちばん猛々しい時にススキを刈ったり、バッコンで格闘して、私は左腕を痛めた。
でも、夏にやっておかなかったら今がないから、これでいいのだ。
こうやってふたりで確かめながら、ひとつひとつ進んでゆこう。
スイ「この冬で借金を返して、来年の春ぐらいからようやく別のことができるんじゃろうの。それでもまーだ、ゼロじゃないんで。畑の方のススキのバッコンは、もっと大変でえ」
借金というのはお金のことではない。
何年も放っておかれて荒れ放題だったこの土地も、毎年やってくる芽吹きと繁茂に追いかけられることなく、新しく出てきた草を刈るくらいの作業で過ごせるという意味。
春になってみないと分からないけれど、たぶん庭はそこまできた。
来年は私も、畑のススキデビューだ。
チェーンソーの音がする。
さて、私もそろそろツナギに着替えて、野良仕事をするべか。
畑の上には、切り倒された桑の木がいっぱい。スイセイは頑張ったなあ。

●2011年12月20日(火)晴れ

7時のサイレンが鳴って、もうひと眠り。8時半に起きたけど、寝床からすぐには出られない。
スイセイがストーブをつけて、コーヒーを飲んでいる。
私も起き出し、ブレンディーのカフェオレを飲む。
ストーブをつける前、白い息がホーーッと長く出たそう。
どのくらいの長さかと聞くと、「腕の長さくらいじゃった」。
私もハーッとやってみる。今はストーブがついているから15センチくらい。
8時に外へ出たらマイナス8℃で、あちこち霜に被われて真っ白だったそう。
9時半の部屋の中は、マイナス2℃。
だんだん温まってきたので、スイセイが窓を開けた。
寝床で寝転んでいる私のところからは、山々と空しか見えない。
遠くの山は、頂上がちょっと白っぽい。雪が積もっているのかな。
ここに家を建てたら、屋根裏部屋を寝室にしてもらいたい。
朝起きて窓を開けたら、この山々の景色がいちばんに見えるように。ここだったら、山から陽が昇ってくるのも見える。
窓はハイジみたいな観音開きの小窓で、屋根の傾斜に沿って本棚があって、寝床で本を読めるようにしたい、と一気に話す。
「うん。うん」と答えながら、スイセイは聞いているような聞いてないような顔で山を見ている。
スイセイは朝飯前のひと仕事。私はのんびり寝床を片づけたり、朝ごはんの支度をしたり。
水道のホース(中の水)が完全に凍ってしまい、水が出せないので、日向の物干ざおにぶら下げておく。
寒さ対策で持ってきた水のタンクが大活躍。
蛇口をひねれば、水道みたいに調節しながら水を出すことができる。外へ出なくてもお茶が沸かせる。
部屋の中のものも、パソコンのコードとか、クリームとか、みな固くなっている。
朝/バナナ&稲荷ずし(スイ)、スープ煮(私)。
朝ごはんを食べ、スイセイはまた野良仕事。桑の木を切っているガーガーいう音がする。
私はお昼まで原稿書き。
昼/食パン、ロールパン(直売所で買った、ほうれん草入り)、クリームシチュー(ゆうべのスープを半分取り分け、クリームシチューの素と牛乳を加えた)、ほうれん草炒め、ソーセージ炒め。
1時から私もバッコンの続きをやる。
今の時期、根っこは土の中で眠っているんだろうか。11月にやった時よりも、あっけなく塊で取れる。
私の左腕(最初のバッコンのせいで、五十肩みたいになっていた)もずいぶん調子よくなったけれど、無理をせず休み休みやる。
スイセイのチェーンソーとのこぎりの音を聞きながら、私もがんばる。
ツナギの下のセーターを脱いでも、陽が翳ってきても、うっすらと汗をかく。ハアハアする。
整体の先生に教わったように、同じ作業を続けてやらないよう工夫をしながら、運動をしているようなつもりになってやる。
休憩時間のミルクティーのおいしいこと。
裏山の上は、青い空に生クリームのような雲。
ここらは朝7時と12時、3時にサイレンの放送があるので、太陽の傾き方で、私にもだいたいの時刻が分かるようになった。
3時半までやって、ふたりとも今日の作業は終わり。
早めにスーパーへ行って、今夜のごはんの買い物をし、「コメリ」で石油を入れてもらって、温泉へ。
スーパーの駐車場のところから、富士山の頭がくっきり見えた。
茶緑色の山ばかりのところに、純白のゴツゴツした山がぬっと覗いている様子は、たいへんに特別なありがたいもののよう。水晶のよう。手をたたいて、拝みたくなる。
そういえばこの辺りでは昔、水晶が採れたらしい。
露天風呂と中のお風呂を行ったり来たりしながら、左腕を回してしっかりほぐす。
赤ん坊連れのお母さんが入ってきたら、おばあちゃんたちはみなメロメロ。私もいっしょになって、裸のままメロメロ。
帰ってから水道のホースを物干にぶら下げ、中の水を忘れずに出しておく。凍らないように。
水道の元栓も、早めに閉めておく(スイセイの係)。
夜ごはんは、鶏の空揚げ&うずらの卵フライ(スーパーの)、芋きのこ汁(残りのスープ煮へだしの素を少し加え、田舎みそ[温泉で売っているいつもの]で煮込んだ。里芋、豆腐、餅入り油揚げ、まいたけ)。
芋きのこ汁がすごくおいしくでき、里芋好きのスイセイは大喜び。
スイ「うまいのう。スキヤキとかシャブシャブとかの鍋ものより、うーんとおいしいで。畑で掘ってきた芋を皮を剥いて鍋に入れて、作業しながら煮込んでおいたみたいな味じゃ」
私「うん。とちゅうでストーブを消して、温泉にも行ったりね」
本当に、囲炉裏にぶら下げて煮ておいた鍋の味になった。直売所で買ったきのこが特においしかった。コリコリして。
袋には「まいたけ」と書いてあったけど、東京で売っているような茶色くモロモロしたものじゃない。白っぽくて、よく煮込んでもしっかりしている。きのこって、肉みたいにおいしいものだな。
けれど私は、どういうわけだかすぐにお腹がいっぱいになってしまう。ビールも飲めないし、ワインもあんまりおいしくない。
早めに寝床を作り、パジャマに着替えてスイセイの話を聞いている。
スイセイは私に出会わなくても、こういうところを自分でみつけて、チェーンソーで木を切ったり、開墾をしたりしていたような気がするそう。そういうことが本当に大好きだから、この家をみつけてこうして作業をしている今が、とても幸せなんだそう。
そんなことを嬉しそうに話しながら、ビールを飲んでいる。
スイ「山の家へ来るのって、教会に来とるみたいじゃのう。なんかの、浄化されて東京に帰る感じ」
私「山は、夏も秋も冬も好き。東京よりうんと季節がくっきりしてるよね」
ス「ほんで、昼間と夜もくっきりしとるよの。山は昼間も大事じゃけど、夜も大事。昼はよう働いて、夜はしっかり眠らんとの」
9時半。私はそろそろ寝ようと思うが、スイセイはもう1缶ビールを飲むのだそう。話し相手がいなくても、ひとりでボーッとするからいいのだそう。

●2011年12月19日(月)晴れ

9時半に家を出る。
出がけに、街路樹の落ち葉をおじさんたちが集めていた。
竹ぼうきを片手に、自転車をこいでいるおじさんも見かけた。
おとついあたり、ベランダに落ち葉が急にたまって掃除をしたのだけど、大家さんも今朝、落ち葉をたくさんゴミで出していたけれど。今日はそういう日なのだな。
どこもかしこも、ずいぶん葉が落ちている。道路がきれいになっているところは、もう掃除をしたあとなのだ。
ラジオからはクリスマスの音楽、もみの木の歌や賛美歌の合唱が流れている。
私はまだ、撮影の疲れがとれていないようで、なんとなしに元気がない。
お腹の具合もあまりよくないし、お腹も減らない。
今回は、山の家へ保養にいくつもりでいよう。
庭のことは休み休みやって、合間に原稿書きをし、温泉へ毎日連れていってもらおう。
スイ「みいのんは都会の疲れじゃけえ、山で治ると思うで」
八王子から先、山々は茶色っぽい。枝ばかりのところが増え、山の表面はホワホワしている。
前回この辺りを走っていた時には、空気が澄んでいて、遠くの山スジまでくっきり見えたけど、今日はぼんやりしている。
スイ「ああいうのをガスッてるっていうんよ。こういう日は、夜はあんまり冷えんゆうことで」
12時ちょうどに高速を降り、直売所着。
談合坂では寒くて外にいられなかったけど、ここはよく陽が当たってポッカポカ。汗ばむほど。
里いも、ほうれん草、じゃがいも、まいたけ、山梨の赤ワイン(小瓶)、稲荷ずし、コロッケ、かき餅、ロールパンを買う。
朝&昼ごはんは、もろこしスイトンセット(私/おにぎり2個、ポテトサラダ、野沢菜漬け)、ぜんざい(スイ/野沢菜漬け)。
うちの集落のコンビニでメール便を出し、郵便局、スーパーヘ寄って、1時過ぎに山の家へ着いた。
スイセイは今日からチェーンソーデビュー。
ガガガーーと大きな音をたて、さっきから練習をしている様子。
私は東京から牛スネ肉の塊を持ってきたので、ストーブの上でスープを煮ながら、寒さ対策に絨毯を敷いたり、下にゴザを重ねてみたり。
さて、ひと仕事しようかな。
私は前回残しておいた庭のバッコンを4時までやって、夜ごはんの準備などするが、スイセイは暗くなるまで木を切っていた(のこぎりで)。
5時にはもう暗くなるのだな。さらに日が短くなった。
5時半に温泉。
帰り着き、玄関から見上げた空は真冬の星座。
気温はマイナス2℃。
夜ごはんは、いかのバター醤油炒め(焼き汁でほうれん草[うちの畑の]を炒めた)、かきもち(青のりと落花生入りで、ほんのり甘い)、スープ煮(牛スネ肉、大根、じゃがいも、玉ねぎ、キャベツ、ソーセージ)、マカロニサラダ(スーパーの)、コロッケ。
食べているそばから料理が冷めてゆくのも、11月とは確実に違うところ。

●2011年12月16日(金)晴れのち曇り

きのうは天気もよく、最高の撮影だった。
齋藤君はテンションが上がって、いい写真をバリバリ撮っていた。
私も誘われ、力強い料理ができた。
みどりちゃんは、そんな私たちを見守るようなスタイリング。
熱い空気がありながら、風通しがいいような。
今日は中休み。
いろんなものをベランダに干し、あちこち掃除して、ぞうきん掛けをしながら、壁に貼ってあるポラ(ロイド)を眺めてはニヤニヤする。
おとついもそうだったけど、いい撮影の前の日は眠れない。
旅行中のようになる。
気が立って、ひと皮剥かれたようになる。
ゆうべは、ようやくぐっすり眠れた。
あとで整体へいって、ほぐしてもらおう。
今夜は、『借り暮しのアリエッティ』を見るのが楽しみ。
夜ごはんは、焼きソーセージ、マッシュポテト、サラダ(白菜、にんじん、きゅうり、クレソン、玉ねぎドレッシング)。

●2011年12月10日(土)晴れ

朝ごはんを食べてすぐ、「旅」の原稿書き。
ソーセージの試作をしながら、次回の撮影のレシピ書きもやった。
今夜は皆既月食があるから、テキパキと動く。
大家さんのどんぐりの木は、紅葉のピークが過ぎたかもしれない。
輝くようなオレンジ色だったところに、ほんの少しだけ茶色が混じってきている。
でも、まだまだきれい。
ハルがめずらしく庭に出て、紅葉の隙間をうろうろしていた。
夜ごはんは、カレーうどん(いつぞやの牛スジ大根カレーで)、白菜漬け、大根の甘酢漬け(柚子入り)。
風呂から上がって、パジャマの上にダウンを着て備える。
スイセイは電球の下へ私を連れてゆき、ふたつの瓶のフタを少しずつ動かして、月食の意味を教えてくれた。
月のフタに、地球のフタの影がちゃんと映るようにして(電球が太陽)。
それでも私にはまだ分からない。実感というものがない。
月食がはじまると、15分おきくらいにベランダへ出て眺めた。
私の首の骨はストレートネックなので、真上を見るのが辛いのだけど、休み休み、双眼鏡でも覗いてみた。
月食のピークの月は、ぷるんとした球体で、濃いところと透明なところもあり、満月卵(卵黄のみそ漬け)にそっくりだった。

●2011年12月3日(土)雨のち曇り、一時晴れ

寒い。しっかりした雨が降っている。
紅葉した木々が、寒そうに濡れそぼっている。氷雨になりそうな寒さ。
こういう日に、うちの中で仕事ができるのは本当にありがたいな。窓を眺めながら思う。
「ヨムヨム」で連載してきた『今日も一日、ぶじ日記』とは、この日記のことなのだけど、「ヨムヨム」がリニューアルされることになったそうで、「小説新潮」に移動することになった。
月刊誌なので、毎月の連載になります。
今日は、1月号の原稿の仕上げ。
パソコンに向かっているうち、雨が上がって晴れ間も出てきた。
スイセイとお茶をしていて気がついたのだけど、今日は、そよの誕生日だ。
紅茶で乾杯する。
きのう畑教室の帰りに、近所のケーキ屋さんで苺のショートケーキとモンブランを買った。そうか、だから急にケーキなんか食べたくなったんだな。
ひさしぶりに散歩へ。あちこち、すっかり紅葉している。
中央公園は、芝生まで黄色に紅葉していた。
曇り空は白と灰色のグラデーション。向こうの方は、下の方に水色が少し残って、バニラが中に入ったソーダのアイスみたいな色合いだ。
夜ごはんは、和風カレー(牛スジ大根煮で)、白いご飯、白菜とかぶのサラダ。

●2011年11月23日(水)晴れ

ゆうべは、8時過ぎに寝てしまった。温泉のせいで、体がふにゃふにゃになった。
いくつもいくつも夢をみて、またすぐに眠れた。
トイレにいくと、今朝はお正月の光ではない。時間が遅かったのか、きのうが特別に晴れていたのか。
また、だらだらと眠って9時に起きる。冬の朝は、なかなかシュラフから出られないな。
今朝はきのうより少し暖かい。
スイセイによれば、「朝寒いと、よく晴れる。朝暖かいと、それほどには晴れない」と組合長さんが言っていたらしい。
天気予報によると、今日は夕方から雨だそう。
朝/キャベツと合鴨スモークのバター炒め、ポテトスープ&バゲット(スイ)、かぼちゃスープ&チーズのパン(私)。
朝ごはんを食べながら、スイセイが天気のことや乾燥のことなどを話すのだけど…… 山梨は中央アジアに似ているとか、葡萄が育つところだとか。
私は山の空気に触れ、すっかり頭が馬鹿になっているので、「うん、うん、そうだね」と相づちを打っているが、半分くらいしか分かっていない。
言葉が脳みそに届くまで時間がかかり、目がぐるぐるしてしまう。スイセイは山でも理屈がこねられる。よほど頭がいいのだな。
さて、水筒にお茶を詰めて、そろそろツナギに着替えよう。
ススキの地下茎は、細い筍のようなのが繋がって、地中にはり巡らされている。
部分部分で細かい根っこが塊になって、鏡餅より大きいのがときどきとれる。それがおもしろくて、ススキの根を探してやるくらい。出てきた石もとりのぞく。
2時までやってお昼の支度。
カセットコンロを庭に出し、土鍋でご飯を炊きながら続きをやる。
昼/土鍋ご飯、ビタミンちくわと魚肉ソーセージ炒め&レタス(マヨネーズ)、自家製からし菜漬け(東京から持ってきた)、梅干し(温泉で買った)、韓国海苔。
食後、窓から山を眺めながらお茶を飲んでいたら、曇ってきた。
もうひと仕事しようと庭へ出るが、ポツポツ降りはじめたので、今日の作業は終わりとする。
日暮れまでの間、玄関の軒下に椅子を出し、雨の庭を眺める。
雨がやんできたので、焚き火の近くに椅子を移し、雨がやんできたので、焚き火の近くに椅子を移し、灰にまたたく残り火を眺める。
今はクワの木だらけだけど、畑の向こうまで全部うちの敷地だ。
あっちのススキは、スイセイが刈ってくれたけど、来年になったらまた生えてくるだろう。
そしたら私がまたバッコンして、開墾しよう。
将来はあそこに果物の木を植え、森のようにして、庭の延長にしよう。
そんなこんなを想い描いているうちに、暗くなった。
山は、5時には日が暮れるのだな。
夜ごはんは、焼きしいたけ、炙り合鴨スモーク、ぎんなん、おにぎり。
明日、東京へ帰る予定。

●2011年11月22日(火)快晴

朝、トイレの窓から庭を覗くと、新しい光。お正月のよう。
石油ストーブの匂いとか、廊下の寒さとか、子供の頃の古い家のお正月を思い出した。
明け方の夢。
私はこの家の、この床の同じ場所で寝ているのだけど、そこは新しい家。
スイセイが窓の近くに座っていて、背中が逆光になっている。
向こうには光が当たった庭が見え、黄緑の短い草が生えている。
床は、焦げ茶色だったような。窓の桟も、焦茶色だった。
このまま、東京の疲れをとろうと、寝坊しようと思って寝ている。とてもよく眠れる。あんまり静かなので、シュラフから出たくない。
十分に眠って、10時くらいかと思って起きたのだけど、まだ8時半だった。
朝は部屋の中でも息が白い。水道の水はぬるい。
ゆうべは、寝る前の外の気温がマイナス4度だった。
月見ヶ丘(傾斜になった畑の上の小道)で見た夜空の星は、ボツボツとやけにくっきりとして、水疱瘡のようだった。
オリオンもはっきり見え過ぎるくらいによく見えた。
よーく目をこらしていると、小さい点の集まり。BCG予防接種みたいな、アンドロメダ銀河まで見えた。
朝/合鴨トースト(ストーブの上にグリルパンをのせて焼いた)、コロッケ(ホイルに包んで温めた)、レタス、ミルクティー(私)、紅茶(スイ)。
前回バッコンしたところから、ススキの若芽が出ている。まだまだ根っこが地面を這いまわっているのだ。
再びバッコンして土を掘り返し、クワでほぐして根っこをとるのをやる。50センチくらいずつ、一列、二列と責めてゆく。もぐらが掘り返したよう。
昼/おにぎり、海苔巻き&稲荷ずし、インスタントラーメン(半分ずつ)。
ラジオの天気予報によると、この冬一番の寒さだそう。12時の時点で、10度前後。
スイセイの発明品のバッコンは、大きいバールを工夫して作ってある。
へらの方に竹馬のような足場をつけ、釘抜きの方にはビニールホースを短く切って射し込んである。
ビニールホースのところを両手で持ち、足場に片足をのせて地面に突き刺すと、ズボッと入って根っこに切れ目ができる。それをテコの原理で斜めに倒すと、メリメリと音をたてながら、根っこが絡んだ土ごと持ち上がる。
それをスキ(?三本足の)で掘り返し、根っこの塊を抜き出す。出てきた石ころもひとつひとつよけて、集めておく。
ミミズも出る。まるで開墾。
バッコンをしながら、アムとカトキチのことをいつも思う。
スキが石に当たる音がすると、石ころだらけの地面を耕し、じゃがいもを植えているアイルランド人たちのことを思う。
私のなんか、それに比べたら赤ちゃんだけど。
それでも、やればやるだけ、じわじわと開墾は進む。
汗ばんできて、ツナギの下のTシャツを脱ぐ。麦わら帽子の、髪の毛の中まで汗をかく。


開墾前(2010年1月31日)


開墾後

スイセイは物置きと土蔵の片づけ。いらないものは焚き火で燃しながら。傘、額縁、鏡台、置き物など。
私は漆のお椀、お菓子の箱に入った箸、懐かしいスプーンなどをとっておく。
「オレらのやっとることって、人のお宅の虫干しじゃのう」
5時に温泉。
露天と中のお風呂を、いったりきたり。たっぷりと浸かった。
湯上がりに鏡を見ると、頬っぺたが赤くてつやつやだ。座敷きのマッサージ機にかかる。
夜ごはんは、手羽先の塩焼き、おでん(きのうからストーブにのせておいた。ビタミンちくわ、大根、厚揚げ、こんにゃく、ゆで卵)、マカロニサラダ(スーパーの)、いかげそ揚げ、ビール(スイ)、しょうが湯(私)。

●2011年11月21日(月)快晴

8時40分には家を出たのだけど、間違えて新宿方向へ入ってしまった。
高速の入り口の二股に別れるところで、「新宿へ行かないようにしようねえ」と私がふざけて言ったら、スイセイはすーっと吸い込まれるように入ったそう。
「新宿ゆうのが頭にあったけえ」
高井戸まで、朝の渋滞に巻き込まれてしまった。また調布にもどってゼロからはじめる。
まあ、そんなこともある。
高尾の山々が、でこぼこのスジまでくっきりと見える。
今日は空気が澄んでいるんだろうか。ラジオの人は、「冬晴れの日」と言っている。
山々はまだ緑の方が多いけど、ずいぶん紅葉になってきた。
談合坂に着いたのは11時50分。東屋で休憩。スイセイはコーヒーとバナナ、私はコンビニのおにぎり。
「日本昔話みたいな、絵に描いたようにかわいらしい山じゃのう。こういう景色を見ると思うんじゃけど、昔の人は、今の人より天体を感じながら、自分もそのうちのほんの小さい一部じゃ、って味わいながら、ふだんから生きとったんじゃろうのう」
「それって、森羅万象と関係がある?」
「そうじゃの。この世には、人が考えとるよりも、ものすごくいろいろな形がありえますよってことよの」
山梨に近づくと、紅葉が増えてくる。バックミラーに映る、ベッカベカの青空。
1時にいつもの物産店着。しいたけ、ぎんなん、レタス、おにぎり、コロッケ、焼そば、みかんを買う。
物産店は、「農産物直売所」という。これからは「直売所」と呼ぶことにしよう。
直売所の喫茶室で、もろこしスイトン(私/野菜たっぷりのみそ味。里いも、にんじん、大根、しいたけ、ごぼう、ねぎ、油揚)、ぜんざい(スイ)。
山の家へ着いてすぐに掃除。あちこち雑巾がけをし、マットを敷いて石油ストーブをつけたら、あっという間に家庭らしくなった。
スイセイは物置きの荷物の片づけ。
私はストーブでおでんを煮ながら、庭へ出たり、畑の様子を眺めたり。
庭から玄関へ入ると、夕暮れの中にオレンジ色の灯り。暮らしている家の匂いがする。
夜ごはんは、椎茸のグリルパン焼き、炙りぎんなん、レタス&みそ、海苔巻き(きゅうり、カンピョウ、ごぼうのみそ漬け)、稲荷ずし、ビール(スイ)、赤ワイン(私)。

●2011年11月20日(日)晴れのち夕立ち

小春日和。
こんなに暖かだけど、気がつけば、もう11月も半ばを過ぎたのだな。
早いなあ。まだ10月だと言われても、私は驚かない。
夏以降ずっとバタバタしていたから、時間の経ち方がおかしくなっているみたい。
詰まっていた文章書きも、ようやくひと段落。
ひさしぶりに、あちこちしっかりめに掃除した。カーディガンを着て雑巾がけをしていたら、暑いくらい。
明日から山の家へ行くので、山用の毛布やシュラフも干す。
山はどんな景色になっているだろう。
夕方、シュラフを袋にしまったり、着替えをリュックに詰めたりしていたら、外が不思議な色になっている。
窓を開けると、西の空が神々しい。
パッヘル望遠鏡から覗いた銀河のよう。
灰色やら濃い灰色やら純白やらわき上がって、薄くひきちぎられたオレンジ色の雲が、編み物のように広がっている。
その向こうには、めくれたような青い空。
厚い雲の塊は、神話に出てくる横向きの巨人の姿。
すごいのは、西側だけではなかった。
東の空に被いかぶさる暗く沈んだ雲、くっきりと分かれたすがすがしいような水色。空中が渦巻いている。
大粒の雨がポツポツ降っているけど、濡れたってかまわない。
見ないとバチが当たるような空なのだ。
スイセイを呼びにいくと、「すごいのう。絵の具をいろいろ混ぜて、あちこちで雲の色を作る実験をしとるみたいじゃのう。あすこなんか、青より青いんじゃのう」
360度、競い合うようなとんでもない夕焼けは、わずか15分ほどのことだった。
夜ごはんは、中華丼(えび、ホタテ、豚コマ、キャベツ、にんじん、かぶの葉(野菜はうちの畑で収穫したもの)、からし菜の漬け物(畑で採れたのを塩、昆布、唐辛子で漬けてみた。水が出てから薄口醤油をちょっと加えた)。

●2011年11月14日(月)曇り時々晴れ

「ロシア日記」の、ウラジオストクに着いたあたりを書いていて、ふと目を上げると、オナガがワーーッと羽ばたいた。
黄色く色づいた木の間から、薄紫の羽を広げて。5〜6羽くらいいた気がする。
窓を開けると、ガーガーギーギーと鳴き声が聞こえる。
そうか、今年もオナガがやってくる季節になったか。
夜ごはんは、肉豆腐(焼き豆腐、牛肉、玉ねぎ、しらたき。おでんの煮汁の残りに、みりん、きび砂糖、醤油で味つけした)、塩鮭、かぶの葉とからし菜のサッと蒸し(ポン酢醤油、ごま油)、納豆、大根のみそ汁、白いご飯。

●2011年11月12日(土)晴れのち曇り

朝ごはんを食べ、「気ぬけごはん」の続きをやって、畑へ。
スイセイがジープで連れていってくれるというので。
前回の教室も休んでしまったし、私は本当にひさしぶり。
白菜の薄い緑やキャベツの黄緑、ブロッコリーの濃い緑がもこもことして、どこの畑も同じ配列なので、遠くから眺めると洋服の柄のよう。
うちの白菜は、小さいながらもがんばっていた。
キャベツもしっかり巻き込み、大根も太い身が土からずいぶん盛り上がっている。ブロッコリーもちょうど頃合い。かぶ、にんじん、からし菜、長ねぎも少しずつ抜いた。
抜き立てを川原さんにおすそわけ。紙袋に入れ、玄関のドアノブにかけて帰ってきた。
さーて、今日もまた『押し入れの虫干し』の校正にいそしもう。ちょうどよく、「あとがき」のゲラも送られてきた。
このところベートーベンのピアノソナタのCDを、校正しながらくり返しかけている。
緻密な作業をなめらかに積み重ねてゆくのと、グールドのピアノが、なんんとなく同じ空気でぴったりくるので。

うちのキャベツは、「静浜」という品種だそうで、甘くてやわらかいのだそう。
畑教室の先生に、玉の上半分をバッサリ切って、ぜひ生で味わってみてくださいと言われていた。
キャベツのせん切りがたくさん食べられるよう、夜ごはんは豚の生姜焼きにする予定。
夜ごはんは、豚の生姜焼き&キャベツのせん切り、ブロッコリーの塩蒸し、かぶ&にんじんの塩もみ、大根のみそ汁、白いご飯(スイ)、玄米(私)。
キャベツは、やわらかいなんてもんではなかった。
歯切れがよく、噛んでいるそばから口の中でなくなってしまう。品種のせいだけでなく、採れたてだからという気がする。

●2011年11月6日(日)雨

冷たい雨。
朝から「ヨムヨム」の東北日記の直しと、雑誌の校正。ぎゅっと集中してやった。
雨の中コンビニへ、宅急便を出しにゆく。
ゼリーになっているコーヒーを、スイセイの分と2本買った。
あとでおやつにつるんと飲もう。
ついこの間の撮影では、半袖のTシャツを着ていたのに、今日はストーブが恋しいくらいの寒さ。
重ね靴下をはいても、つま先が冷える。
でもこれが、本来の11月の気温だろうな。
さて、来週の撮影のレシピ書きをやってしまわねば。
犬とキムタクがたのしみで、『南極大陸』を毎週見ていたけれど、今夜は、9時からやるNHKスペシャル『どっこい生きる!』を見るのがたのしみ。「驚きの孤立集落200人、不屈の復興物語り、自らの手で高台移住!」と新聞に書いてある。
今年もまた、マキコちゃんがりんごを送ってくださった。
群馬のりんご。大きくて、ピッカピカの真っ赤なりんご。テレビを見ながら剥いて、あとで食べよう。
夜ごはんは、みそ味の鶏だんご鍋(豆腐、春菊、白菜)、鍋の締めの卵雑炊。

●2011年10月28日(金)快晴

畑教室なので、ふたりで早めに朝ごはんを食べる。
残りのサンドイッチを持って、スイセイは9時半に出ていった。
私はきのうから、「ヨムヨム」の東北日記が佳境に入っているところなので、休ませてもらう。
布団を干し、洗濯物を干す。
さーて、今日もがんばるべ。
東北の日記は、2泊目の夕方に入ったところ。
メモしたノートには、すごい勢いで走り書きしてある。
文字の跳ね、かすれ、大急ぎで描いたスケッチを見ていると、それだけで場面場面の景色が浮かんでくる。
それを言葉に変換して、書いている。そんな感じ。
さあ、どんどんいこう。
夜ごはんは、カレーうどん(ゆうべのカレーの残りで)と、スイセイが収穫してきた野菜で、大根葉のおかか炒め、即席カクテキ(青じそ、コチュジャン、赤柚子こしょう)、スティックにんじん(みそ添え)、間引いたからし菜の煮びたし。
畑の野菜がとてもおいしいのは、種から育てたせいもあるのかな。にんじんも大根も味が濃く、大根葉など、ツヤがあってバターのような味。

●2011年10月20日(木)曇りのち、ぼんやりした晴れ

りうのところへ行ってきた。
せっかく9時半に家を出たのに、電車を乗り違えて、水戸まで行ってしまった。
スイセイは駅そばを食べ、鈍行列車に乗り換えて、とことこと目的の駅まで戻る。
前の席には誰も座ってなくて、紅葉前の緑の景色が、横長の窓いっぱいに見えた。
葉が枯れて水面がたくさんのぞいた蓮畑や、水色の湖、田畑の向こうでは水平線が光っている。
なんだか、目の保養になったな。
電車を間違えたことで、無理矢理できたポカンと空いた時間。
このところ、スケジュールに終われるように仕事をしていたから、ちょうどよかった。
病院へ着いたのは1時半くらい。
赤ん坊は、眠ってばかりいる。
抱っこすると、ときどき薄目を開けて、眩しそうにしている。
一文字の切れ長の目。アゴが尖って、ふとした拍子にエクボができる。
どこをとってそう思うのかしれないけど、やっぱり男の子だなあと感じる。
体温が高いせいなのか、熱をもったように汗ばんでいる頭や体、こんなに小さいのに、じっとりと重みがあって、心臓のズキン、ズキンが伝わってくる。
そよは、またひとまわり大きくなって、女の子っぽくなっていた。
顔がきゅっと縮まり、髪も黒ぐろしてツヤがあり、目玉は濡れたように光っている。
果物のゼリーをひとりで食べるそよ。
ベッドの上で足を広げ、顔が布団につくくらいに体を折り曲げて、スプーンですくいながら食べている。
ゼリーのカップにもぐるようにして。
真っ赤なサクランボを、いちばん最初に食べた。
たぶんそよは、いちばん好きなものから食べはじめる。
桃、みかん、パイナップル。まわりをくるむキラキラ光るゼリー。
そよにとっては、宝石みたいな食べ物なんだと思う。
りうも、りうの旦那さんも、そよがいくらこぼしても手伝おうとしない。
ぜんぶをひとりで食べ終わり、首に巻いたタオルごと、こぼしたゼリーを食べようとしながら、「あっと、あっと」と言う。
「あっとゼ、あっとゼ」。言いながら、冷蔵庫を開けようとして旦那さんに叱られた。
「あっとゼ」は、もっとゼリーを食べたいという意味だそう。
食いしん坊のそよは、私の小さい頃にそっくりかもしれない。
そよはきっと、大人になっても、このコンビニで売っているような果物のゼリーのことを大好きだろうなと思った。
昼ごはん兼夜ごはんは、帰りの電車の中で。
海老フライ弁当(私)、スイセイはビールと、朝の残りのサンドイッチ。
吉祥寺に着いて、近所の蕎麦屋へ。母子ともに元気で無事なことを祝って、ささやかに乾杯。
湯豆腐、板わさ、ざる蕎麦(スイ)、ビール、日本酒。

●2011年10月16日(日)快晴

カラッと晴れて、暑いくらい。
おとついから湯沸かし器の調子が悪いので、湯舟に溜めた僅かなお湯を工夫しながら、今朝は髪を洗った。
洗面器にお湯を張り、腰を屈めて昔の人みたいにゆっくり洗った。
つくづく、お湯の大切さを思った。
何でもなくやっていたことができなくなるって、こういうことなんだ。
12日、13日と山の家へ行ってきた。
紅葉にはまだ少し早いけど、ずいぶんと秋の景色になっていた。
山の家でのことを、しっかり書いておきたいのだけど、きのうから『押し入れの虫干し』の校正にすっかりはまっているので、今はまだ書けない。
落ち着いたら、腰をすえて書こう。
山でススキのバッコンを張り切りすぎたからなのか、背中が凝って左腕が痺れるほど。
夕方、久しぶりに整体の先生のところへ行くつもり。
夜ごはんは、ウズベク・ピラフ(ラムとにんじんの炊き込みご飯)、ゆで卵、白菜のコールスロー。
りうから電話があり、スイセイは夜ごはんを食べ終わって、茨木の病院へと出かけていった。
赤ん坊は、もう、いつ生まれてもおかしくないらしい。
私は明日、撮影があるので行かれない。
布団の上にかしこまり、無事を祈る。

●2011年10月7日(金)秋晴れ

音がしないような日。
洗濯ものをたっぷりやって干す。
雲ひとつない真っ青な空。空気が乾いて、金木犀の匂いがぷんぷんする。
大家さんのどんぐりの実が、緑色を残しながらも茶色がかってきている。
きのうは、ラジオの収録で本上まなみさんがいらっしゃった。
『陽だまりハンモック』という番組で、私の本を紹介してくださる。
本上さんはテレビで見るまんまの、背丈も雰囲気も同じ大きさの人だったし、自分の言葉で、感じながら話しているのが分かったから、私は緊張しなかった。
でも、番組のはじまりと終わりの挨拶をするときの声が、私たちみたいなただの人の音声ではない。
どんな人の耳にも、すみずみまで滞りなく届いてムラがなく、安定したいい気持ちにさせる声だった。
きっと、私たちには分からないプロの世界で、並々ならぬ努力や訓練をなさったんじゃないだろうか。
収録が終わってご飯を食べ、本上さんはひとりひとり(ディレクター、音声スタッフの方、幻冬舎の竹村さん、リーダー、スイセイ)に向かってちゃんと顔を合わせ、「お世話になりました」といちいち頭を下げて帰っていった。
本上さんのために、私は大船渡のサンマで土鍋の炊き込みご飯を作った。
ここにレシピを書きます。米は2合。
ご飯の方は酒大さじ1、薄口しょうゆ小さじ2、塩小さじ1/2、ごま油大さじ1/2で味をつけ、だし昆布、山椒の実の佃煮、まいたけをのせ、しょうがたっぷりを刻んで炊き上げる。
サンマは届いたばかりのピチピチのうちに2枚におろして半分の長さに切り、酒と醤油(薄め)に浸けておいた。おろしたしょうがとごま油も混ぜて。
土鍋を火にかけるのと同時に、浸けておいたサンマをフライパンで焼いて背骨をはずし、炊き上がったご飯にのせて蒸らす。
ごはんにサンマをほぐし混ぜたら、炒りごま、三つ葉、万能ねぎをたっぷり混ぜて、でき上がり。
ちょっといろいろ加えすぎたかなとも思ったけれど、プチプチといろんな味と香りがはじけ、なんだか豪勢な炊き込みご飯になった。
きっと、本上さんを迎える気持ちがいっぱいで、ついつい具がたくさんになったんだと思う。
さて、今日はこれから「COWBOOKS」へスイセイと出かける。
ジープで連れていってくれるそう。
「リトルプレス展」に出展している方々の本を眺めるのも愉しみだけど、スイセイの本をうちでなくお店の中で読んだら、どんな風に感じるのか、そっちもまた愉しみ。
夜ごはんは、「COWBOOKS」の向かいのお蕎麦屋さんで。
ざる蕎麦(スイ)親子丼(私/小さなかけ蕎麦がついてきた)。
※ラジオ収録の様子は、来週、さ来週の土曜日の2回に分けて放送されます。詳しくは「ちかごろの」を見てください。

●2011年10月5日(水)雨

冷たい雨が降っている。
電気ストーブを出したくなるような肌寒さ。
朝からパソコンに向かっていたら、発泡スチロールの大きな荷物が届いた。「サンマ」と書いてある。
この夏、大船渡でお世話になった民宿の方が、とれたてのサンマを送ってくださった。
発送日はきのうの日づけになっている。きっと、きのうの朝、海から上がったものにちがいない。
とれたてのピチピチを、今日のうちに分け合えねばと私は焦る。
リーダーに電話したり、エバ子に電話したり、あたふたと川原さんや三ちゃんに電話したり。
けっきょくサンマは、全部で28匹もあった。
スイセイにはエバ子に届けてもらい、エバ子からは川原さんへ。
三ちゃんとリーダーにはうちに取りにきてもらい、「百年」君や、「風呂ロック」のヒロキ君のところへは、リーダーに届けてもらった。
今夜は、近所中のあちこちから、大船渡産直サンマの煙りが上がることだろう。
夜ごはんは、サンマの塩焼き(大根おろし&スダチ)、もやしとほうれん草のナムル風おひたし、かぼちゃ煮(いつぞやの残り)、豆腐とねぎのみそ汁、白いご飯(届いたばかりの新米で)。
サンマは、まったくもって驚くばかりのおいしさだった。
身離れがとてもよく、ふわっとして、味が若いというか、軽やかというか。
なのに濃い味。さっきまで生きていた味。

●2011年9月29日(木)晴れ

明日から2日間「ジョルニ」の撮影があるので、準備をやる。
てきぱきというほどではなくやる。
試作もやる。
ひさしぶりにみどりちゃん、日置さん、赤澤さんとのコンビなので、明日のことを思うと、にやにやしてしまう。
このところくもりが気になっていた、台所のステンレスまわりを磨き、包丁も研いだ。
『ピタゴラスイッチ』を見ながら、雑巾がけ。
『はなカッパ』を見ながら、洗濯物をたたむ。
夜ごはんは、簡単に。
そうめんチャンプル(にら、自家製ベーコン、えのき)、にんじん(物産店で買った味噌添え)、トマト。

●2011年9月26日(月)曇り時々雨

山から帰ってきたら、東京もまた、すっかり秋になっていた。
出かける前は暑かったのか、涼しかったのか、どんなだったかすっかり忘れている。
朝起きて、いのいちばんに窓を開けると、柳の木がなくなっていた。
悲しいなあ。
折れた幹をそのままにしておくのは、危険だから?
見た目にもあまりよくないから?
対処をしたり、世話をしてゆくには、お金も労力もかかるだろう。大変なのは私にも分かるけど。
隣にあるケヤキのような大木(お化け柳と同じくらいの背丈)がひとりつっ立って、枝を揺らしている。
相棒をなくしたケヤキは、ちょっと斜めに傾いでいるようにも見えるし、はじめから柳などなかったみたいにも見える。
ベランダで洗濯物を干しながら、これから何度もこの景色を眺めるんだろうな。
お化け柳の幻影とともに景色を眺めるような気もするし、そのうちぼんやりしてきて、慣れてしまって、私でさえ、そうやって忘れてゆくんだ。
切ないけど、そんなものだ。
「真夜中」で連載していた『押し入れの虫干し』の、祖父江さんの造本案が送られてきた。
カバーや中の文、挿絵が切り張りされて、ちゃんと本の形になっている。
私は興奮して、嬉しいのか、畏れおののいているのか分からないけれど、涙が出てきた。
夜ごはんは、卵かけご飯をおいしく食べたいがための献立。卵は、山の家からの帰り道、川沿いでやっていた朝市で買った有精卵。
ひじき煮(干し椎茸、にんじん)、豚肉とピーマンと小松菜の炒めもの、みそ汁(沖縄の麩、青ねぎ)、卵かけご飯。

●2011年9月23日(金)曇り

5時くらいから目が覚めていた。6時半になったので起きる。
ゆうべはよく眠れなかったな。
まあ、このところ11時に寝て8時半に起きているのだから、ちょっと寝過ぎではあるのだけど。
仕事がひと段落ついたので、今日から山の家へ出かける。
あとで、ナツコが迎えにくる。
ナツコの車にも「ルウム」の荷物を乗せてもらうのだそう。
スイセイは荷物をパンパンに積めたジープで、ナツコは私を乗せて伴走してくれる。
今日は肌寒く、長袖のTシャツに長ズボンだ。
山の家はもっと寒いだろうから、防寒着を用意した。
米、自家製ソーセージ(ゆでて冷凍しておいたもの)、クサヤを持ってゆく。
クサヤは焚き火で焼いて食べる計画。

さすがは連休だけのことはあり、道路がけっこう混んでいた。
談合坂で休憩し、そこからはスイスイ走ったけれど、11時くらいに家を出て、山の家へ着いたのは4時半くらい。
ナツコの車(実家のだけど)は、快適だった。
クーラーもあるし、うるさい音がしないし、ほとんど揺れない。
談合坂で買ったお好み焼きを、後ろに重ねた荷物の上に置いておいたのだけと、その位置からまったく動かなかった。
ジープだと横に滑ったり、とつぜん前に飛び出してくるから、何かで工夫し、固定しておかなければならないのだけど。
外の延長のようで、景色が近くに感じられるから、ジープはもちろん大好きなんだけど。
窓の外は、でっかい空と緑濃い山々。
ヤマタツ(山下達郎のこと)を大音量で聞きながら走った。
目の先には、スイセイのジープが走っている。
はみ出した荷物を緑色の編み目カバーでしっかり括り、トコトコ走っている。
小学生のガキ大将が、ルールを守って真面目に走っているようで、とても可愛いらしい。
ちょっと離れてみると、ジープもスイセイもとても目立つ。
というか、よその車がみな青っちろいガリ勉の男子みたいで、ジープ意外は馬鹿のように見える。
山の家に着いたら、ざっと掃除してお好み焼きを食べる。
お腹が落ち着いたところで、私は部屋の掃除。
ナツコとスイセイは、陽が落ちるまで畑の上のススキと格闘。
6時に温泉へ。
温泉もまた混んでいた。いつもはおばあちゃんやおばさんばかりなのに、若い女の子たちが多く、なんとなしに華やいでいた。
スーパーで買い物をして帰り、すぐに夜ごはん。
自家製ソーセージ、手羽先の塩焼き、焼き鳥&マカロニサラダ(スーパーの)、きゅうり&にんじん&キャベツ(味噌)、キャベツ炒め。ビール(スイ、私)、白ワインの微糖サイダー割り(ナツ)。
ソーセージ、手羽先をフライパンで順番に焼き、出てきた脂で焼き鳥を温めた。
さらに、いろんな味がたまったフライパンでキャベツを炒め、仕上げにほんの少しの味噌を加えた。
それがなんともいえずおいしく、みんなで歓声を上げた。
物産店で買った手作り味噌が、ものすごくおいしいのだ。大豆の粒が残り、モロミの汁がにじんでやわらかく、あまり熟成されてないおいしさ。
寝床を作ってから、ナツコとしばし語り合う。スイセイはとっくに寝てしまった。
トイレへ行き、11時に寝た。

●2011年9月22日(木)ピッカピカの快晴のち曇り、のち雨

きのうの台風は、本当にすさまじかった。
あんなに強力なのはこの家ではじめて。
朝、窓を開けると、お化け柳は根こそぎ倒れたのではなく、根元から3メートル上くらいの太い幹のところで折れていた。
雷にでも打たれたように、へし折れている。幹は、空洞ではなかった。
寿命なんかではない。きっと、上へ上へと、大きく大きく伸び過ぎていたんだな。
幹があんなに太いのだから、そこからまた、新しい柳の芽が生えてくるだろう。
お化け柳はなくなってしまってけれど、「クウネル」で齋藤君が写真を撮っておいてくれて、本当によかった。
ベランダに散らばっている葉を片づける。
銀杏の葉も、どんぐりの葉も、何だか分からない葉もみな緑色。
青いどんぐりの実まで混じっていた。
通りをゆく人は、自転車の人も、歩いている人も、みんな柳を見上げている。
通りがかった男の人が車を停め、幹にカメラを寄せて写真を撮っていた。
撮り終わってからも、何度も振り向いている。 みんな、あの柳が好きだったんだ。
スイセイは、朝から忙しく動きまわっている。
法務局というところへ、何かの手続きをしにゆく帰りに、畑へも寄るのだそう。朝ごはんを食べ、すぐに出かけていった。
今日の私は、「気ぬけごはん」を仕上げ、夕方から「ルウム」の引っ越しの手伝いだ。
手伝いといっても、駐車違反にならないようにジープの座席に座ったまま、番をしているだけだけど。
具合がよければ、明日からまた山の家へ出かける予定。

●2011年9月21日(水)台風

打ちつける雨の音を聞きながら、「気ぬけごはん」の原稿書き。
台風は、夕方から本格的になってきた。
ビュルルルとか、ドンッとか、家の中でも聞き慣れない音が何度もする。
すっかり閉め切っているのに、小さい隙間をみつけ、風がねじ込まれてくる。
リビングのドアも、バタンバタンしていた。
夜ごはんを食べ終わったころ、ふと外を見ると、かすかにチェーンソーの音がする。
黄色い合羽を着た人たちが取り巻いて、道路を塞いでいる木を切っている。
まさかと思って窓を開けると、ちぎれた葉や小枝と共に、ものすごい勢いの風が吹き込んできた。
広場の隅にあった、柳の大木が倒れている。
まっぷたつに裂けた幹の中は、朱色のような茶。
ねじれたところが空洞のように見える。
オリーブの実のような、濃い緑色の匂いが空気中に充満している。
幹の裂け目が雨に濡れ、木の霊気をばらまいているような。
嵐は大暴れしているのに、しーんとした、木の葬式みたいな匂い。
大好きな柳だった。
5階立てのビルよりも背の高い、大きな大きなお化け柳だった。
酔っぱらった夜、ベランダに出て眺めると、街灯の照り返しを受けて、うねうねぬらぬらと身をよじらせていた。
スイセイは、「寿命なんじゃと思うで」と言うけれど、私は悲しい。
嵐のくる前に枝を払うとか、何か支えをするとか、備えをしてあげなければならなかったのに。
夜ごはんは、焼きホッケ、ハムを焼いたの、みそ汁(ワカメ、ねぎ)、七分搗きご飯。

●2011年9月19日(月)晴れたり曇ったり

朝ごはんのとき、やけに静かで車の音がしない。
のんびりしたいい夏の日だなと思いながら食べていて、敬老の日なのだと気がついた。
次の撮影のレシピ書きや、新しい仕事のアイデアを書きとめたり、窓の外にふと目をやり、雨が降りそうな雲行きになるたびに洗濯物をとり入れ、また出したり。
「気ぬけごはん」の原稿も、腰を落ち着けて書きはじめる。
夕方、スイセイに誘われて散歩。
すっかり秋の風だけど、ざわざわと葉が揺れている。
もうすぐ嵐が近寄っているような、乱雑な風。スイセイによると、台風がきているそう。
コンビニでソフトクリームを買って、公園で食べた。
風が冷たく、袖無しでは寒いくらいであった。
陽が沈む前の時間。
西の雲には、金の縁どり。
芝生の上を、小さな子たちがおぼつかない足どりでとことこ歩いたり、駆け出してみたり。
「そよは、あのくらいになったかなあ」「やー、あっちの子ぐらいじゃないかのう」などと言い合う。
夜ごはんは、ピーマンとアンチョビのスパゲティ(畑のピーマンを細切りにしてたっぷり入れた)、和風サラダ(レタス、トマト、きゅうり、みょうが、柚子こしょうドレッシング)。

●2011年9月18日(日)快晴

真っ青な空。
陽射しが強烈なのに、風は涼しい。ハワイ島のよう。
朝から豚腸を水に浸けて塩ぬきし、試作でソーセージを作った。
腸が余ったので、ひき肉を買いに走り、スパイスを工夫してもう一種類作った。
今は、洗面所の窓に風干し中(扇風機だけど)。
夜ごはんは、レタスサラダ(玉ねぎドレッシング)、トマトとミにトマトのサラダ(塩)、自家製ソーセージ(じゃがいものバター蒸し添え)。
ソーセージはすごくおいしくできたけど、なんだか今日は、ものすごくくたびれた。
ごはんを食べ終わって鏡を見ると、目が落ち窪んでいる。
豚肉にやられたような感じ。
なんだかんだと夕方までかかって、『まる子』も見られなかったし。
どっちにしろ、ソーセージは夏に作るものではないな。

●2011年9月15日(木)快晴

7時に目が覚めた。
二日酔いで頭がぼんやりしているので、布団の中で『高山ふとんシネマ』を読む。
はじめて手にとった読者さんのつもりになって、じわじわとゆっくり読んだ。
リーダーのイラストも、アリヤマ君のデザインも、本当にすんばらしい。これ以上ありえないくらいのでき上がり。
書いているときには分からなかったけど、でき上がってみたらこの本は、『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』の続編みたいになったな。
胸のひりつく感じが。
50代になった私の、『帰ってから〜』なんだなと思った。
今日は、仕事をやらなかった。
なんとなく部屋を整理したり、「カウブックス」の明日のトークイベントの準備などやる。
夜ごはんは、ゴーヤときゅうりとピーマンの塩もみ、小松菜のおひたし、お稲荷さん(七分搗き米ですし飯を作った。酢れんこん、白ごま、ちりめん山椒入り)、茶きん寿司もどき(お揚げがなくなったので、お稲荷さんの酢めしにゆかりを混ぜ、薄焼き卵で巻いた)。

●2011年9月14日(水)晴れ

スイセイは「ルウム」の引っ越しで、朝のうちに山の家へ行った。
前回、私と一緒に出かけたときもそうだけど、ジープに積めるだけ積んで、何度にも分けて引っ越ししている。今日で4度目くらいかな。
私は、東北の2日目の日記。
気が散ると掃除をしたり、ベランダへ出て深呼吸したりしながら書く。
夕方、『高山ふとんシネマ』の見本が刷り上がったのを、竹村さんが持ってきてくださる。
リーダーも加わって、そのまま打ち上げをするので、なんとなしに用意をしながらやる。
発酵日和なので、食パンも焼いた。
夜ごはんは、女3人で打ち上げ。
大根とにんじんのサラダ、あさりのワイン蒸し、焼きたて食パン、あさりのパエリア(ピメント、にんじん、干し椎茸、サフラン)、白ワイン。
あさりは、『きょうの料理』のロケでお世話になった、木更津金田海岸の岩崎水産さんが送ってくださった。
貝の縁ぎりぎりまで太った身は、甘味があり、バターのように濃厚な味。

●2011年9月8日(木)晴れ

『きょうの料理』のテレビ収録。
1時にお迎えがきて、仕入れをしてくれている三ちゃんを吉祥寺で乗せ、渋谷のスタジオへ。
収録は3年ぶりくらいだろうか。
スタジオの様子も、準備室のフードさんたちも、後藤さんも、ちっとも変わっていなくて、私はとても安心した。
リハーサルではしどろもどろだったけど、本番ではずいぶんリラックスしてやれた。
体の底に、うきうきするような楽しい気持ちがずっと敷きつめられていた。
朝起きたときからそうだった。
山の家で、ススキといっしょに弱気な心を根こそぎ引っこ抜いたのかな。
タクシーでうちまで送り届けてもらい、スイセイと軽く乾杯。
夜ごはんは、葉しょうが(みそ)、かぶの塩もみしらすのっけ、ハム&かぶの塩もみ(辛子醤油)、コハダの酢じめ、ビール。
10時から、『それでも、生きていく』を見て大泣きする。
毎週欠かさずに見てきたこのドラマ。
辛いことも恥ずかしいことも、なかったことにぜず、しつこいくらい丁寧に描いてある。
人が、どんな場面でどんなことを口にするのか、どんな声を出すのか。どんな気持ちのとき、どういう表情をするのか。
本当は理不尽で、矛盾だらけの生き物で、ひとくくりになどとてもできないってことを、大事に描いている。
だから、嘘がない。
役者たちはみな本人のようで、演じているようにはとても見えない。
とくに瑛太と、主人公の女の子と、犯人役の男の子が。
見終わって顔を洗い、風呂にも入らず、倒れるようにしてバタンと寝た。

●2011年9月6日(火)快晴

ゆうべは、虫の声を聞いているうちに寝てしまった。
朝方、タオルケットと夏用シュラフだけではちょっと肌寒かったけど、長袖を重ねて寝たのがちょうどよかった。
7時のサイレンで起きる。
スイセイはとっくに起きて、玄関のススキを刈ったそう。ひび割れたコンクリートの、ほんのちょっとの隙間から出ているので、根こそぎは取れないらしい。
朝ごはんを食べ終わるとまたすぐに出ていって、台所の方の草をバッコンしている。
私はきのうの日記を書いたり、メールの返事を出したり。
ふと目を上げると、窓の外には緑の山々が見える。
殺虫剤を片手に持ったスイセイも見える。
シューッとやりながら、スズメ蜂の巣を長い棒でつついている。
次に見にいったとき、巣は洗い場の脇の草むらにひっくり返っていた。
やったー!
10時半に出て東京へ向かう。
帰りは、ドライブ気分で川沿いの道路を通ってみた。
バックミラーに映る、ピーカンの青空。
目の前に広がるでっかい空に、青い山々。あれは南アルプス連峰だそう。
山の上には、真っ白な雲がムクムクと連なっている。
「入道雲の行進? 整列?」と、スイセイはうまいことを言った。
雲はまぶしい白さ。この白のことを何といおうか…… と思っていたら、「緑と水色と白。夏の色じゃのう!」。
田んぼの緑はすっかり黄色がかり、ラジオからは邦楽が流れている。
談合坂のサービスエリアで、休憩がてら昼ごはん。
テントの物産店で、葉しょうが、茄子、卵(「こだわり卵」と書いてある)を買う。
朝/ナシ、クロワッサン風のパン(物産店の。グリルパンで焼いた)、チーズ、ミルクティー(私)、ハーブティー(スイ)。
昼/富士宮焼そば(私)、ソフトクリーム(スイ)。
夜/葉しょうが(みそ)、秋刀魚の寿司&鉄火巻(スーパーの)、焼き茄子、小松菜と油揚げのサッと煮びたし。

●2011年9月5日(月)曇りのち雨

朝7時に出発し、11時ちょっと前に山の家へ着いた。
「ルウム」に寄って、荷物を積み込むのに時間がかかったけれど、高速に乗ってしまえばあっという間だった。
私もスイセイも、東北までの長い道のりを味わったからだろうか。
この分だと、今までよりずっと気軽に来られそうだな。
けど、なんだかあっけなく着いてしまった。もっと景色を眺めていたかったのに。
スイセイはひとりでちょくちょく通っていたけれど、私は11月に来たっきり。
部屋の中はクモの巣がうっすら張り、床には白いカビがはえていた。
流しも薄汚れて、スーパーの袋が床に散らばっている。
どうやらスイセイは、部屋の中の掃除を一度もしていなかったみたい。
ツナギに着替え、台所、玄関、廊下、トイレと掃除機をかけ、せっせと雑巾がけ。
冷蔵庫の中も、棚をはずして全部きれいに洗った。
スイセイは庭のススキと格闘している。
とちゅうから私も手伝いに出る。
去年、せっかく地面が見えるくらいまで刈り取ったのに、ススキも雑草もまたボウボウに生えている。
根っこが残っていたから、またそこから生えてきたのだ。
納屋からみつけてきた農作業の道具(スコップくらいの大きさで、三本の鉄の棒がフォークみたいについているバッコン。抜根と書くのだと思う)を地面に突き刺し、掘り起こすと、ススキでも根こそぎ取れる。
先月スイセイがバッコンをしたところは、地面が見えている。
「ススキは根っこが深いから、バッコンでないとむりじゃけど、ヨモギやセイタカ(アワダチソウ)なんかはの、落ち着いてゆっくりひっこぬけば、根っこまでスーッととれるんじゃけ。みいでもできるじゃろう?」
そう言われる前まで、私は両手を蜘蛛のようにせかせか動かし、手当りしだいに草をむしり取っていた。
蚊に刺されるし、ちょっとイライラしながらやっていた。
地面が雨で湿っているから、本当にスーッと抜ける。
気持ちいい。
いやなところまでぜんぶとれて表に晒され、もうこれで、この先も大丈夫みたいな、せいせいとした心持ちだ。
とちゅうから、ふたりで組になってススキと格闘した。
ススキの根は、小さめなのも驚くほど大きく張っていて、土ごとどっさり抜ける。
Kさんが下の畑に出ていたので、挨拶にゆく。
茄子をとってくれた。
「南瓜いる?」「ピーマンは?」「うりは?」。
矢継ぎ早にKさんのおしゃべりが続いている間、組合長さんは私の後ろへまわって、ツナギの襟を触った。
襟がめくれでもしているのを直してくれたのかと思ったら、立ててあった。
蚊に刺されないようにしてくれたのだなと、あとで分かる。
夕方、玄関先の庇のところに、直径20センチくらいのスズメ蜂の巣があるのを発見。
銭湯は、「源泉復活」ののろしが道路沿いに立ててあり、温泉になっていた。
匂いはないけれど、ほんのちょっとだけとろっとしているような気がする。
陽が落ちかかるまで、山の緑を眺めながら、露天風呂へ浸かる。ヒグラシが鳴いていた。
夜ごはんは、高速出口の物産店で買ったポテトサラダ&コロッケ(お母さんが作ったような味。肉は入ってないけど、玉ねぎをバターで炒めてある)、手羽先の塩焼き(ハワイの塩で。物産店で買ったスダチをしぼってもおいしい。出てきた脂でKさんの茄子を炒めた)、きゅうり(塩)、ソーセージと茄子の炒め物。
物産店のスダチは10個入って150円。粒が大きく、果物みたいにジューシーな味。果物だけど。
ここで暮らすようになったら、この物産店へ野菜を買いにゆけばいいのだな。 10時過ぎに寝る。

●2011年9月4日(日)曇り

今週は、なんだかんだとやることがあって、何かに追いかけられているみたいな気分だった。
それも、きのうでほとんどが終わった。
わーい。
山の家へ出かけるつもりで、しっかり支度をしておいたのだけど、台風の影響で中央道が通行止めになっているらしい。
三時になっても解除されなかったら、今日はあきらめようとスイセイと相談する。
ぽっかりあいた時間、さて何をしよう。
けっきょく、原稿をひとつ仕上げてお送りし、テレビの予習もやった。
山から帰ってきたら、『きょうの料理』のテレビ収録がある。緊張するから、まだあまり考えたくないのだけど、ぼちぼち心の準備をしなくては。
4時過ぎに畑へ。
白菜と大根(青首大根、おふくろ大根)の種を撒いた。
山へ持っていくつもりだったおにぎりを食べようと、藤棚の下に腰かけていたら、畑沿いの道ばたでに立ちすくみ、小学生の女の子が長いこと空を眺めていた。
ここからは、空が大きく見える。
雲がぐんぐん流れ、青空の分量が増えてゆく。
帰り道でも、眩しそうに空を眺めている若者がいた。
夜ごはんは、ざる蕎麦(とろろ、ワカメ、モロヘイヤ)、おにぎりの残り。
ご飯を炊いて、おにぎりを作っておく。
順調にゆけば、明日の朝早くに山の家へ出かける予定。

●2011年8月28日(水)晴れ

撮影も、原稿書きの締め切りも、ひとつ、またひとつと終わりつつある。
夏休みの宿題が終わったと思ったら、ようやく夏の空が帰ってきた。
シーツやらタオルケットやら、めいっぱい洗濯する。
朝ごはんを食べ終わって、「COWBOOKS」に出すスイセイ本を見せてもらった。
うっひゃー、おもしろい!。
午後、『ふとんシネマ』の表紙まわりのデザインが送られてきた。
すごくいい。
さすがはアリヤマ名人。
カバーが2種類あって、どちらもとてもいい上、それぞれが、ちょっとしたことでうんと違うので、迷ってしまう。
本棚の前へ並べて立てかけ、眺めながらしばらく一緒に暮らしてみよう。
スイセイにも見てもらう。
夏休みの大作を、お互いに見せ合う感じ。
夕方、誘い合わせて散歩へ。上水沿いの道を歩く。
夜ごはんは、広島風うどん(スイ/かまぼこ、わかめ、とろろ昆布)、玄米弁当(私/塩鮭、ひじき煮、味つけ卵、南瓜の天ぷらを甘じょっぱく煮からめた)、かぶの葉のおひたし、豚肉とピーマンの炒めもの。

●2011年8月24日(水)曇りのち晴れ

朝のうちは灰色の雲が被っていて、晴れ間がのぞいたり、隠れたりしていたが、午後からぐーんと晴れてきた。
また、夏がもどってきた!
1時半からは「ジョルニ」の打ち合わせ。
赤澤さんと編集の中原さんにメニュー案を伝えながら、どんどん決まっていった。
ロシアの話で私が寄り道し、写真をお見せしたりして何度か脱線してしまったけど。
打ち合わせが終わり、「ヨムヨム」の東北日記の原稿を仕上げてお送りする。
夕方、スイセイに誘われて散歩へ。
玄関を開けると、濃い黄色のねっとりした光。
木々の緑の輪郭が、くっきりと見える。これは、まぎれもなく秋の光だ。
そんな中を歩きながら、ぽつりぽつりと話す。
ス「ほいじゃが、急にじゃなくて、部分的に秋になるんよ。今日は光、明日は湿気がないなって、空気が秋になるっていうようにの」
私「小さい秋みつけたって、そういうことなのかな」
上水沿いは、太陽が沈む間際の、金色の小道ができていた。
これは、夏にしか現われない道。
臭木の花も、甘い匂いをふりまいていた。
夏になってからしばらく、私はここを歩いてなかったんだな。
中央公園は、ラピュタの空。
雲が幾重にも重なって、空に奥行きがある。
手前の雲が、ぐんぐん流れてゆく。
反対側には、小さいけれど虹も出ていた。
私は芝生に足を投げ出し、うちから持ってきたプラムをひとつかじった。
買い物をして帰ってくる。
しっとりと汗をかき、髪の毛が顔にはりつく。なんだか、子供のころの夏休みみたいな、あとくされのない一日だったな。
夜ごはんは、豚とキャベツの鍋蒸し煮、のりの佃煮、ゴーヤの松前漬け、白いご飯。

●2011年8月23日(火)雨のち曇り

畳の部屋へ寝転び、ずっと本を読んで過ごす。
今日は、何も仕事をしない日と決める。
本は、東直子さんが送ってくださった『私のミトン』さん。
全部読んでしまうのがもったいないと思いながらも、おもしろくてたまらず、どうしてもやめられなかった。
夕方、陽が暮れはじめるころに読み終わった。
若々しく、可愛らしく。溌溂としたところも暗いところも含んだ、みずみずしい物語だった。
主人公の心のうちは、水が入った風船(透明の)みたい。
そのときには見えなかったものが、ずいぶんたって見えてきたり、そうだったんだなと、あとになって気づいたり。
あいまいさを心に抱えながら、それを正そうとせずに進んでゆくところが、なんだか本当な感じがした。
後半、思いもよらないところで何度も泣いた。
泣きながらニヤニヤするような、あったかい涙。
夏休みの宿題のひとつ。東さんの『千年ごはん』の文庫本に、解説の作文を書きました。
夜ごはんは、冷やし中華(ハム、きゅうり、薄焼き卵、紅しょうが)、白菜の塩もみ。

●2011年8月21日(日)小雨

今日もまた、とても涼しい。
霧のような雨がさわさわと降って、ぼんやり明るい。
こういうのを小糠雨というのかな。
さきおとついは、東京は37度まで上がったそう。撮影だったので、クーラーをつけながらやった。
ラーメンやらグラタンやら、寒い日に食べる料理ばかり作った。
雑誌の発売に合せ、3ヶ月先に食べておいしい料理を作って撮影する。因果な商売だなあと思うけど、それが私たちの仕事だ。
おとついあたりから、寒いくらいの日が続いている。
寝るのには涼しくてとても助かるけど、もう夏が終わってしまうんだろうか。ちょっと淋しい。
今日は朝から、「東北日記」の続き。
スイセイは、「COWBOOKS」に出すオリジナル本を作っている。
畳の部屋へ持ち出して、カッターで紙を切ったり、貼ったりしている様子。
夜ごはんは、カレー雑炊(スイ)、カレーうどん(私)、大根とにんじんの塩もみ、ゴーヤの松前漬け。

●2011年8月9日(火)快晴

洗濯物をたっぷりやる。
シーツ、布巾、バスタオル、ベンチの座ぶとんカバー(ぜんぶ白)まで洗った。
最近、大テーブルがペタペタする。塗料が剥げてきたようで、打ち合わせなんかが終わってふと見ると、肘に茶色いのがついていたりする。
指でこすると、垢みたいに剥がれ落ちるし。
去年までは、雨の日など湿気が多いときだけだったのが、年中ペタペタ。
それがイヤで、このところずっと気になっていた。
きのうふと思いついて、食器を洗う用のスポンジでこすってみた。
こすればこするだけ、うまいこと剥がれ落ちる。
「ロシア日記」を書きながら、体をほぐすようなつもりで机をこすった。
使い古した木地が出てきていい感じ。ちょっとだけ、「タミゼ」の昌ちゃんのことろにありそうな、アンティーク机のよう。
夕方、散歩がてら買い物へ。
スーパーで、福島の桃をみつけたので買う。
この間、東北へ行ったとき、相馬へ向かうまでの山道に、桃園があった。
ひとつひとつ茶色の紙を被せ、丁寧に育てられた小振りのかわいらしい桃。
冷蔵庫で冷やしておいて、明日食べよう。
夜ごはんは、野菜たっぷり塩ラーメン(もやし、にんじん、ピーマン、豚そぼろ、味つけ卵、ワカメ)、冷やしトマト、キュウリ&エシャロット(みそ)。
風もなくあまりに蒸し暑いので、はじめてクーラーをつけて寝る。

●2011年8月6日(土)晴れ

このところ、ようやく夏らしい空が戻ってきた。
入道雲がモクモクわいて、夏休みみたいな空。洗濯物がとてもよく乾く。
東北の日記は、2日目の午後に突入。
でも、40枚を越してしまったので、とりあえずはここで休止することにした。
続きはほかの原稿の〆切りを終えてから、また腰を落ち着けてじっくりやろうと思う。
今日からは、「ロシア日記」。
書きはじめる前にあちこち掃除をし、床にワックスも塗って、水風呂へ浸かった。
今は、ウラジオストクに向かう船の中にいる。
とちゅうで気が散ると、撮影用のレシピ書きをやって、またロシアの旅へ。
夜ごはんは、ざる蕎麦(ねぎ、青じそ、みょうが、)、大根おろし、とろろ芋、ひじき煮(干ししいたけ、にんじん、ひよこ豆、いんげん)、スティックきゅうり(農家で買った)&ピーマン(うちの畑の)の仙台みそ添え。
お風呂で半身浴をしながら、『黒い雨』の続きを読む。
淡々と描かれるすさまじい情景。
気づけば、汗がだらだら流れている。
のどが乾くと蛇口をひねって水を飲み、また続きを読む。
『黒い雨』を読んでいると心が落ち着くような感じになるのは、きっと、原爆が落とされた日のこと(日記として、こと細かに記されている)と、終戦から5年ほど経った日常の様子が、交互に出てくるからだと思う。
あんなにたいへんなことがあったのに、それでも続いてゆく日々が、重苦しくも淡々として、丈夫で、底明るいから。

●2011年8月4日(木)曇りのち雨、のち晴れ

ゆうべは夜ごはんを食べながら、スイセイはビール、私は気仙沼で買ってきた「蒼天伝」という日本酒を飲んだ。
東北の日記も一日目が書け、ようやく二日目に突入したので。
文を書くのは追体験することだから、私はもういちどジープに乗って、景色を眺めながら、少しずつ進んでいった。
書きながら、何度か地震があった。大きな揺れではないけれど、カタカタカタカタと小刻みに揺れる 実際に揺れているのか、私の体に記憶されている地震が、揺り返しのようになって揺れているのかは分からないけれど。 この日記は、「ヨムヨム」の「今日もいち日、ぶじ日記」の、「東北の旅編(仮)」として、載せていただくことになりました(9月27日の発売号です)。
そんなわけで、今朝はちょっとだけ二日酔い。
いつもの時間に起き上がれるほどには恢復していなかったので、布団の中で『黒い雨』を読んだ。
武田百合子さんも、8月になると、毎年『黒い雨』を読んでいた(『富士日記』に出てくる)。
この本を読んでいると、どういうわけだか落ち着いた心持ちになる。
パタンと本を閉じ、目をつぶっていたら、サーッと音を立てて雨が降り出した。
どうしてなんだろう。書いてある内容は、悲惨な状況ばかりなのに……と思っていて、そうか、心が鎮まるからだと気がついた。
雨はすぐにやんで、気がついたら晴れていた。
5時までは、東北日記の続き。
ジープに乗って、スイセイと畑へ。
旅行前に植えたにんじんの芽が、ぜんぶ出ていた。にんじんは発芽が難しいと先生に念を押されていたので、とても嬉しい。
茄子2本、トマト1個、ミニトマト&ピーマンたくさんを収穫して帰ってくる。
夜ごはんは、焼き茄子&焼きピーマン(しょうが醤油)、トマト、冷や奴、冷麺(気仙沼のワカメ、キムチ、きゅうり、ゆで卵)。

●2011年7月29日(金)曇り

東京は、ムシムシだな。
ゆうべは頭の芯がグラグラしていたので、夜ごはんを食べてすぐに寝た(7時半くらい)。ぐっすり眠って、今朝は8時に起きたから、13時間睡眠だ。
朝、いつものように起き抜けに新聞を読んでいたのだけど、これまでとは違った風に見える。
きのうは、3時くらいに東北から帰ってきた。
相馬、名取、石巻、気仙沼、三陸町、陸前高田、大船渡の海岸線を、辿れるところまでジープで走った。
2泊3日ではとても足りないことが分かり、3泊した。
1泊目の仙台だけはビジネスホテルを予約してあったので、そこを基地にして動こうと思っていたのだけど、その先は満杯。
行き当たりばったりの、ジープで走りっぱなしのふたり旅は、まるでロードムービーのようだった。
行ってこれて、そしてぶじに帰れて、本当によかったな。
本当は、旅で見たこと感じたことを、すぐにでも日記に書きたいのだけど、とても長くなりそうな気がする。
1ヶ月くらいかけて、明日から書いてみようと思う。これを書かないと前へ進めない。夏休みの宿題だ。
あちこち掃除機をかけ、雑巾がけ。
トラックが道路を走り抜けるミシミシいう音が聞こえると、反射的にガレキの景色が目に浮かぶ。
1時からは、「天然生活」の打ち合わせ。
ゲラの校正をひとつやり、来月の撮影の資料を整理していたら、スイセイから散歩に誘われた。
留守の間に届いていた荷物を受取りに、郵便局へ向かいながら、てろてろと歩く。
郵便局でトイレを借りたのだけど、制服を着た係のおばさんがとても親切で明るく、東北の市役所のトイレのことを思い出した。
まるで旅の続きみたい。
東北では市役所のほかにも、あちらこちらの街のコンビニ、役場、道の駅、高速のサービスエリアのトイレに、何度も何度もお世話になった。
トイレへ入るたびに顔と手を洗い、さっぱりさせてもらった。
お腹が空いたので、三ちゃんちの近所の蕎麦屋へ。
板わさ、お新香(きゅうり、みょうが、古漬けきゅうりの生姜和え)、もつ煮込み、きのこおろし、天ぷら盛り合わせ、ざる蕎麦。
4時を過ぎたくらいだったけど、、早めの夜ごはん。ビールも1本ずつ飲んで、旅の軽い打ち上げのようになった。
小雨の中、中央公園まで散歩。
グラウンドは黄緑の芝生がきれいに生えそろって、あたり一面まっ平らで何もない。
犬の散歩の人や、サッカーボールで遊んでいる男の子がちらほら。
そんな、のどかで見晴らしのいい景色に、ガレキの山が重なって見える。
灰色、茶色、黒い水たまり。
そのうち雨が本降りとなり、木の下を伝って雨宿りしながら帰ってきた。
これもまた、旅の続きのよう。

●2011年7月23日(土)曇りのち晴れ

台風が通り過ぎてから、おとついきのうととても涼しい。
肌寒いくらい。
朝晩の寒さが、ロシアを思い出す。
太陽が上っている間は、カンカン照りの暑さだから袖無しで過ごすのだけど、朝と夜は長袖のカーディガンを羽織りたくなるこの感じ。
今朝は、5時半に目が覚めた。
畑教室があるので、エイッと起きてしまう。
たまっていたメールの返事を送ったり、洗濯したり、お弁当の卵焼きを作ったりしているうちに出かける時間となる。
お茶を飲み飲み、スイセイとのんびり遊歩道を歩いて、立ち止まっては人の畑を覗いたりしながら農園へ。
うちの農園は、どこの畑も夏野菜が終わりかかっていた。
今までジャングルのようだったワサワサの緑も、すっかり風通しがよくなり、どことなく淋しげな景色。
でもそれも、とてもいい景色。
先生のデモンストレーションのあと、秋冬野菜の植えつけ。
枝豆とトウモロコシを抜いておいた畝に、長ねぎの苗(苗というのだろうか? 、農園で育てていた若いねぎが20本ずつ配られた。緑に伸びた葉を出して埋め、土の中で白いところを太く長く育てるのだそう)を植えるのと、にんじんの種を撒くのをやった。
長ねぎは、細長く掘った溝に立てて並べ、土をかぶせるのではなく、トウモロコシの枯れた葉で覆ってやる。
このまま3週間は放っておいていいのだそう。
にんじんは、発芽までの5日間、毎日水をあげなければならないので、隣の畑の奥さんと相談し、水やりの当番を決める。
私たちは、月曜日から2泊3日で留守をするから、明日と、木曜と金曜(様子をみるため)を受け持つことになった。
茄子の根切りもやり、追肥をする(これで、秋茄子が元気に収穫できるのだそう)。
スイセイが畑を耕している間、私は収穫をしていた。
空はみるみる晴れてきて、半袖の腕を太陽がジリジリと焼く。
下の方にぶら下がっているきゅうりにハサミを入れようとして腰を屈めた時、スイセイに呼ばれて見上げると、クワを片手に立っているスイセイの背景に、夏休みの空がでっかく広がっていた。
濃い水色に、刷毛で流したような白い雲。
私は瞬きをして、目の中のカメラのシャッターをカシャッと押した。
大きなきゅうりと曲がった茄子が1本ずつ、ミニトマトがたくさん、トマト1個、ピーマン(小さめ)たくさん。
きゅうりはもう花がひとつもない。そろそろお終いみたいだ。
帰りも、お茶を飲み飲みのんびり歩いて帰ってくる。
夜ごはんは、鶏と大根のクリーム煮(バターライス添え)、焼き茄子、トマト、にんじんの塩もみ。
うちの畑のトマトと茄子は、甘味も苦味も濃く、とんでもなくおいしかった。

●2011年7月17日(日)快晴

1時から撮影なので、ゆっくりゆっくり支度する。
クロスやエプロンにアイロンをかけたり、撮影の下ごしらえをしたり。
朝干した洗濯物が、撮影の前には乾いてしまった。
今日の撮影のカメラマンはちよじ。
撮影が終わったら、夕方から近所のみんなが集まって、畑へ収穫に行く予定。
枝豆ととうもろこし、楽しみだなあ。
夜ごはんは、枝豆、とうもろこし、トマト、夏野菜のカレー(茄子、ミニカボチャ、ピーマン、ミニトマト)。

●2011年7月16日(土)快晴

今日もまた、暑いなあ。
なんとなしに、口当たりのいいものしか食べたくないような気がする。今朝から。
次回の撮影メニューをぼんやり考えたり、ロシア旅行の資料を整理したり。
「気ぬけごはん」の原稿書きの続きもやる。
あまりに頭の芯がぼんやりするので、きのうから仕事部屋だけ冷房を入れてみた。まあまあいい調子。
「気ぬけごはん」は、3時過ぎにだいたい仕上がった。
あちこち掃除をして、明日の撮影の買い物へ。
帰ってから、ぞうきんがけ。
盆踊りの太鼓の音が聞こえる。
夜ごはんは、豚バラ大根の黒酢醤油煮、だし入りふんわりオムレツ、だしやっこ、白いご飯。
だし汁が冷蔵庫で冷えていたので、薄口醤油で味をつけ、絹ごし豆腐をざっくり崩して浮かべてみた。
名づけて「だしやっこ」。
つるんとスプーンですくって食べた。

●2011年7月9日(土)快晴

1時から、『たべる しゃべる』の文庫本の打ち合わせ。
川原さんと長野君がいらっしゃる。
長野君は短パンにTシャツ。陽焼けした顔に冒険ダン吉みたいな帽子。
やっぱり、長野君は夏が似合うなあ。
久しぶりに会ったけど、永遠の夏の少年のようだった。
取材で軽井沢へ行ってきたそうで、「高山さんなら、きっと何かにしてくださると思って」と、きのう採ったばかりのルバーブをたくさん持ってきてくださった。
打ち合わせは2時間ほどで終わり、川原さんを送りながら図書館へ。
コピーをして、絵本を2册ばかり借りてきた。
ルバーブは、エバ子に電話をすると、早速夕方取りにきた。
この間採った、大家さんの杏のジャムをお土産に。
今日は暑い最中、さくらんぼのジャムを煮ていたそうだ。
きのう採ったルバーブが、縁あって翌日にはわが家に届けられ、大喜びで近所の友人がもらいに駆けつける。
そしてまた、ジャムになる。
これは、矢印でつながる幸せの系図だな。
エバ子を送りがてら、コンビニへ。ロシアのお土産を、りうとアム&カトキチのところへ送った。
外は、ようやく涼しい風。
コンビニのスピードくじに当たってしまい、アルバイト君は店の中をあちこちまわって、景品を探し出してくれた。缶コーヒー2種と、梅干しアメ。
帰り道、天を仰ぐと、空はまだ水色。
ひきちぎられた雲の隙間から、沈みかけた太陽が黄金色にのぞいている。
帰ったら、6時のニュースを見ながら、餃子を包む予定。
なんという平和な毎日よ。
夜ごはんは、焼き餃子、冷やしトマト、きゅうりの塩水漬け、干しきゅうりの黒酢醤油和え、たこキムチ、ご飯はなし。

●2011年7月3日(日)晴れ

おとつい、ロシアから帰ってきた。
サマータイムだから、夜の10時ぐらいにならないと陽が沈まないのだけど、毎日毎日、時間の方が早く過ぎてしまい、気持ちが追いついてゆかないような。
ずっと、そんな旅だった。
何を見ても、何を食べてもめずらしく、時間ばかりがどんどん過ぎてゆく。
日記帳とカメラは、リーダーが作ってくれた肩かけカバンに入れて肌身離さず持っていた。
何をしていても、メモしたいことがあるとすぐにとり出し、書きつける。
書きたいことがたくさんあって、まだ書ききれていないのに、もう新しいことがはじまってしまう。
新しいことといっても、散歩に出たり、ごはんを食べたりするだけなのだけど。
川原さんとも、いろいろな話をした。
ひとりで過ごしたくなることもあるかもしれない…なんて、出かける前には思っていたけれど、まったくそんなことはなく、ホテルはずっと二人部屋で、毎日毎日、しつこいくらいいっしょにいた。
後半、イルクーツクで風邪をひいてしまい、川原さんにはずいぶん助けてもらった。
旅の間、いつも通り私はあまりよく眠れなかった。
でも、ウラジオストクまでの船の中と、シベリア鉄道の何日かは熟睡できた。
二階の寝台で寝ていると、線路の上の何かを踏んでしまったんじゃないかと思うほどガクンときて、体が転がったり。
起きている時には何とも思わなかったのに、眠っていると、列車が走っている時の揺れはまるで地震にそっくりだった。
なのに、いつまでも続くその揺れが、どういうわけだか安心を誘う。
昼寝もよくしたけれど、揺れの感じを覚えているということは、やっぱり熟睡というのではなかったのかな。

帰ってから私は、今までの眠りをとり戻すようにして寝ている。
風邪もずいぶんよくなってきたので、夜中に咳で目がさめることもなく、目をつぶればすぐに、いくらでも眠れる。
隣にスイセイの背中があることが、とても嬉しい。
今日は、ようやく体が動くようになってきたので、洗濯を二回戦やって、リビングと台所の掃除をした。
まだ、頭の中は靄がかかって、脳みそが二重になっているような感じがする。
夕方、スイセイと散歩。
生温かいような空気の中、ゆらゆらと歩いた。
くちなしの花が咲いていた。
スーパーに寄って、ゆっくり帰ってきたけれど、『まる子』と『サザエさん』に間に合った。
夜ごはんは、そうめん(みょうが、しそ、しょうが)、きゅりともずくの酢の物、散らし寿司(スーパーの)、稲荷ずし(スイ。スーパーの)。
そういえば、成田空港に着いたとき、東京はとても暑かったけれど、クーラーが効いていなかった。
節電は、まだ守られているのだな。私は安心した。

●2011年6月18日(土)曇り

5時前に目が覚めた。
ゆうべは11時に寝てぐっすりだったし、これからは陽の出と供に起きる日々かもしれないので、エイッと起きてしまう。
きのうできなかった台所の掃除をしたり、もういちどスーツケースの中身を整理したり。
図書館へ本を返しにもいった。
では、これからロシアへ行ってきます。
2週間ほど留守にするので、日記もお休みしますが、「考える人」に紀行文を連載します。
たぶん、秋の号から。挿絵は川原さん。
通訳さんはところどころでつくけれど、でこぼこコンビのふたり旅。さーて、どうなることやら。

●2011年6月17日(金)雨

「暮しの手帖」と器の本の校正をし、スーツケースの中身をもういちど見直したり、取材ノートを作ったり。
取材ノートには、タイムライフの『世界の料理シリーズ・ロシア編』の中から、食べてみたい料理をロシア語で書き写してみた。
「クウクウ」をはじめる前から、何度も何度もめくっていたこの本。
モスクワ風ボルシチ、ウクライナ風ボルシチ、シチー(キャベツのスープ)、カーシャ(そば粥)、チヒルトマー(コーカサス風コリアンダー入り鶏の酸味スープ)、スパース(ヨーグルトと麦のスープ)、キセーリ(果物入りくず湯)、キャベツのサワークリームソース焼き、ひな鶏の押さえ焼き、ラムひき肉の串焼き、ウズベク風ラムと野菜のピラフ、アーモンドとごま入りピラフ、マッシュポテトのバター焼き、などなど。
あのっころ空想で作ってメニューに出していたものが、20年以上たった今、本当に食べられるなんて。
おとついは、図書館で『ロシア文学の食卓』という本を借りた。
おもしろそうだったので、アマゾンで注文してみた。旅のお供にしようと思って。
その本を見ていて思い出したのだけど、ずっと前、「クウクウ」マスターの友だちのロシア帰りのおじさんが、キャビアをお土産にくださった。
私たちスタッフはあまりありがたがりもせず、大粒のキャビアをご飯にのせたりして食べたような気がする。
今思い起こせば、あれは大きな青い缶だった。
この本の巻頭にキャビアの写真が載っていて、「大粒の最高級は青い蓋、つづいて黄色、赤の順」と書いてある。
確かに、蓋のチョウザメの絵には見覚えがある。
あれこそベルーガのキャビアだったんだな。
『ソーネチカ』も、ロシアの本だった。
読むたびに、ロシアのキーンとするような空気を感じながら読んでいた。
これも持っていって、シベリア鉄道の中で、景色を見ながらひさしぶりに読もう。
もう、心は半分ロシアに行っている。
夜ごはんは、たらこスパゲティ、サラダ(キャベツの塩もみ、ルッコラ、豆腐、玉ねぎドレッシング&ポン酢醤油)。
夜ごはんを食べ終わって、だらだらとスイセイとテレビを見ていたら、旅行前に感じるいつもの気持ちがやってきた。
ワクワクもしているのだけど、心もとないような、置いてきぼりのスイセイが可哀想なような、スイセイと離ればなれになるのが淋しいような、小さな穴から不安のすきま風がすーすーと吹いてくるような。
ひとことでいうと、すっぱいような気持ち。
たぶん、このすっぱい気持ちは、つい誰かに料理を作ってやりたくなる素と関係がある。なんとなく。

●2011年6月14日(火)曇り

きのう、エバ子が大家さんの杏を採りにきて、マーマレードをお土産にくれた。
それを今朝、朝ごはんで黒パンにのせて食べた。
ものすごくおいしい。
甘味もほどよく、びっくりするほどジューシーで。
さすがはプロのジャム屋だなあ。甘夏にグレープフルーツが混ざっているそうだ。
私が作ったはっさくマーマレードは、皮も厚めで、どちらかというとピールみたい。
煮詰まっていて、ジューシーな汁がない。これはこれでおいしいけど。
私のはドイツの田舎風、エバ子のはフランス風な感じ。

午前中に、3本も仕事の電話がかかってきた。
旅の前で、私がバタバタと働いているので、連動しているんだろうか。一日中まったく電話がない日だってあるのに。
腹筋&スクワットをして、ゲラの直しを出しにコンビニまで散歩。
今日は、『高山ふとんシネマ』をもういちど読み込んで、初校の仕上げをする予定。明日、幻冬舎の竹村さんにお渡しするので。
午後、気をひきしめて読み込みをはじめていたら、また電話がかかってきた。
「金を買いませんか?」というセールスだった。
電話の番はスイセイに任せ、私は校正の束を抱えて図書館へ。
図書館の空気はとても安定していて心地よく、集中できた。
隣の席では男子学生がずっと勉強していて、向かいでは、おじいさんが虫眼鏡で本を読んでいた。おじいさんはときどき昼寝もしていた。
5時過ぎまでみっちりやって、帰ってくる。
明日の朝もういちど見直して、竹村さんとつき合わせだ。
これで、心置きなくロシアへ行けるな。
夜ごはんは、めざし、小松菜と油揚げの煮びたし(ゆうべの残り)、ピーマンの網焼き(みょうが、しょうが醤油、ごま油)、とろろ芋、白菜漬け、三つ葉のみそ汁、白いご飯(スイ)、玄米(私)。

●2011年6月11日(土)雨のち曇り

腹筋&スクワットをして、雨上がりの道を散歩。
図書館でロシアの資料をコピーし、遠回りして帰ってきた。
小さな畑がとちゅうにあるので、トマト、茄子、きゅうりの様子を立ち止まってじっと見た。
最近はどこかへ出かけるたびに、階段を上りながら、黄色く色づきはじめた大家さんの杏の実をもいで食べている。
まだ堅いけど、キリッと酸っぱく、遠くの方で甘い味がする。
今夜は、NHKで震災関連のテレビがある。
7時半から10時までやるので、それを目標に一日を過ごそう。夜ごはんの前に、お風呂に入ってしまう予定。
『高山ふとんシネマ』と『ヨムヨム』の校正の続きをやり、とちゅうだったけれど夕方には終わらせて、ひさしぶりに『クインテッド』を見た。
操り人形の楽器の弾き方が、あいかわらず真に迫っていた。
アリアさんのバイオリンの弓が、弦に触れた瞬間、微妙に跳ね返る感じとか、クラリネットのフラットさんが、腕をしならせながら吹いているところとか。
『クインテッド』は、やっぱりすごいなあ。
子供番組だからこそ、ちゃんと真面目に作っているんだな。
土曜日のみの放送になってしまったのは残念だけど、今まで毎日やっていたから、そのすごさを見逃していた。
こうやって、週に一度、楽しみにしながら見ればいいんだな。
夜ごはんは、ラムステーキ(おろしにんにく、塩、黒こしょう、酒でマリネ。焼き汁、酒、醤油を煮詰め、ワサビを加えた)、キャベツたっぷりチーズマカロニ、サラダ(塩もみにんじん、かぶ、ルッコラ、玉ねぎドレッシング)。

●2011年6月10日(金)薄曇り

6回目の畑教室。
ミニかぼちゃときゅうりが、またさらにぐんぐん伸びていた。
きゅうりは2つ分の苗で、5本(そのうちの2本はバカでかい)収穫した。
火曜日だったか、スイセイが世話をしに畑へいった時には、まだまだ小さく、今日の教室でちょうど収穫できるだろうと言っていたのに。
すごいなあ、きゅうり。大きいのは30センチ近い。
トマトは葉っぱが堅くなり、内側に巻かさって、枝も下を向いている。これは肥料を吸いすぎで、「行き着く先がない状態」だそう。
なので、栄養を散らすことにして、今日はわざと脇芽を取らない。
うちの隣の畝の人は、ほったらかしで葉っぱがボウボウだけど、青いトマトの大きめなのが、3つくらいぶら下がっていた。
ミニかぼちゃは蜂が受粉の手伝いをしてくれたらしく、ひとつだけ育ちつつあった。子供の握りこぶしくらいなんだけど、いっちょ前に、もう縞模様もできている。
作業を終え、いつもの藤棚の下に腰かけてお昼ごはん。
行きがけに買った食パンを切って、ベーコン、クリームチーズ、きゅうりをはさんで食べた。
みそ持参できたので、もぎたてのきゅうりを半分に折って、もりもり食べていたら、「オレは、照れるのう」とスイセイが言う。
自分で育てたきゅうりを食べているところを、他の生徒さんたちに見られるのがはずかしいらしい。
子供の参観日に来ているみたいな感じだそう。
スイセイは、後ろをむいて食べていた。
うちのきゅうりは緑が濃く、最高においしい。
大きく育ちすぎたものも、小さめなのと同じようにみずみずしく若い味。
今年の夏は、とうもろこしも枝豆も、茄子もトマトもピーマンも買わなくていいんだなあと思うと、私はとても嬉しい。
帰ってからは、ロシア旅の支度。
ちょっと早いけれど、スーツケースに衣類や洗面道具などを詰めてみた。
2週間のうち、半分くらいは船とシベリア鉄道の中で過ごすので、部屋着のようなのを見繕って。
まだまだ量が多すぎるので、出発までの間に、さらにここから省いてゆく計画。
リーダーに作ってもらった肩かけカバンに、マジックテープをつけたり、ちょとばかし刺繍をしたり。
これは、取材用のカバン。
どこへ行くにも斜めがけして、メモ帳、カメラ、筆記用具、「旅の指さし会話帳」がサッと取り出せるように。
夜ごはんは、塩鮭、しめサバ、小松菜&かぶの葉の煮びたし、かぶの塩もみ(しらすのっけ)、畑のきゅうり&みそ、わかめと新玉ねぎのみそ汁、玄米(私)、白いご飯(スイセイ) 風呂から上がってからも元気があまっていたので、仕事をする。ゲラの校正や、レシピを書いてお送りした。

●2011年6月6日(火)晴れ

5時まで『ふとんシネマ』の校正をして、「高山なおみの遠足」のため「キチム」へ。
ああいやだ。ドキドキしてきた。
さーて、どうなることやら。

「高山なおみの遠足」は、とても楽しかった。
お客さんたちの、こちらをみつめる眼差しがみな真剣で、ムンムンというほどではなく、かといって涼しげでもなく、ぼわっと温かい、ちょうどいい温度だった。
応募の時に送られてきたお客さんの答え(私が気になったもの)を、丹治くんに読んでもらい、「これは、どなたでしょうか?」と聞いたら、恥ずかしがりながらも、ちゃんと立ち上がってひとこと話してくれた。
実物の人というのは、やっぱりすごいもんだな。
みんな、思い描いていた人とどこかしら違うのも、なんだかとてもおもしろかった。
でも、ああこの人だったんだな… と、すんなりもくる。
私はすぐに夢中になって、波にのみこまれるようになった。
身を任せていたら、いろいろな考えが頭に浮かんでは泡のように盛り上がり、それが口からフッと出て、またパチンと消えた。
読み上げたことば、お客さん本人の口から出たことば、郁子ちゃん、丹治くん、私の口から出たことばが、ポーン、ポーンと、「キチム」の天井に紙風船みたいに放り投げられる。
お客さんのひとりひとりが、手を伸ばしてその紙風船を胸に引き寄せ、感じ、またひとつ取っては、考えているようだった。
ひとつの紙風船について、討論会みたいに意見を戦わせるのではない。
正解なんて、もともとない。
あるとすれば、みんなの胸の中、みんなが感じたことだけが、確かなことなんだから。
そんな会だった。
最後は、お楽しみのミニライブ。
郁子ちゃんの歌は、なんだか凄みがあった。
軽やかなのに深く、芯のところが図太く、明るく、弾んでいた。
何人か泣いている人もいた。
本当に、あっという間に終わってしまったな。
夜ごはんは、「キチム」の賄い(ナッチが作ってくれた)。れんこんのキンピラ、小松菜と油揚げの煮びたし、切り干し大根の酢醤油和え、塩むすび(三ちゃん&クマちゃんがにぎってくれた。お客さんに出したのと同じもの)。

●2011年6月5日(日)晴れのち曇り

きのうは、朝起きる時に、まだそよの声や面影が残っていたのだけど、今朝はもうずいぶん薄らいでしまった。
あちこち掃除機をかけ、雑巾がけ。
そよがはずした本のカバーも全部かけ直し、本棚に戻した。
すっかり、いつものわが家に戻ってしまったな。
朝ごはんを食べながら、「思い出したんじゃけど、そよはようため息をついとったよのう」とスイセイが言った。
そういえば、ごはんを食べていた時も、散歩の時も、手をたたいて喜んだあとにも、にこにこしながら「ハーー」と長い息を吐いていた。
「パンがうまいのう」とスイセイが言った時、私が何も答えないかわりに、笑顔のままでため息をついたから、思い出したそう。
そうか、私も無意識のうちによくやっているかも。
すごくおもしろい本を読み終わったり、窓の外を眺めている時なんかによく出てくる。
私のは、「いいため息」と自分で呼んでいるのだけど、スイセイは「幸せのため息」と名前をつけていた。
腹筋&スクワットをして、散歩がてら図書館へ。
ずっと書くのを忘れていたけれど、今年のはじめくらいに、図書館の貸し出しシステムが新しくなってから、DVDやビデオの貸し出しもはじまった。
あんまりたくさん揃っているわけではないけれど、見逃していた昔の映画(『アメリ』も借りて何度も見た)や、NHKの大自然の特集番組や、何やかや、見たいものがけっこうある。
それが楽しみで、しょっちゅう図書館へ行くようになったのだけど、『大草原の小さな家』はすでにほとんど制覇してしまったので、今日は、『名探偵ポアロ』を借りてきた。
このところ、外国の絵本もよく借りるようになった。
パッと見て、絵が気に入ったのを借りてくる。
帰ってから「ヨムヨム」の校正を仕上げ、散歩がてら遠くのコンビニまで歩いて、宅配便にのせた。
これでひとまず、旅行前のいろんな仕事がようやく終わったので、机の上をきれいにして、『ふとんシネマ』の校正をはじめた。
夕方までやって、「まる子」と「サザエさん」。
テレビのある部屋へ入ろうとしたら、ふと、そよの小さな手の平のあとが鏡についているのをみつけた。
夜ごはんは、タイカレー(いつぞやの残りに、かぶと黄色パプリカを加えた)、大根と青じその和風サラダ。

●2011年6月3日(金)ぼんやりした晴れ

朝、そよの声で起きた。
とぎれとぎれの、たどたどしい声。
ひとことひとこと、いちいち声を張り上げるのは、まだ声の大きさを調整できないんだろうけれど、ことばを喋れるのが嬉しくてたまらないというような声。
きのうの雨は、すっかり上がった。
朝ごはんの支度をしていたら、スイセイが台所へやってきて、「みいよう、ええこと考えた。そよたちと畑へ行こうか」。
私は、飯盒でご飯を炊いて、いそいそと3色おにぎり(ゆかり、青じそふりかけ、いかなごのクギ煮)を小さめに握ったり、普段はぜったいにやらない、たこウインナー(半分に切ったひと口サイズの)も作った。
ベビーカーに乗せると、そよはお喋りをしなくなる。
きょろきょろと首をまわして景色を見たり、私たちが歩いているのをときたま振り返ったり、そのうち眠ってしまったり。
りうがベビーカーを押し、私とスイセイは並んで歩いた。
太陽がうっすらと出ていて、それほどには暑くなく、たわいのない話をしながら、風に吹かれながら、遊歩道を歩いた。
遊歩道は緑が濃く、いろいろな花が咲いていた。
これから畑へいって、少し作業をして、お腹がすいたらみんなでお弁当を食べる。
ぼんやりそんなことを思いながら、ただ歩いているだけなのに、私はうっとりした。
子供と孫と、家族が一緒にいられること。
世の中に、こんなにも強力な幸せがあるなんて、知らなかった。
畑は、この一週間の間にまた様変わりしていた。
とくにきゅうり、トマト、ミニカボチャ。
背丈が2倍になり、葉っぱがわさわさと伸び、茎も太くなっていた。
今まで結んであった麻ヒモをすべてほどき、花芽が外側を向くように茎をまわして、支柱に結び直した。
私は、ヒモを結ぶことばかりに夢中になって、つい茎や葉っぱを押さえたり、おおざっぱにつかんだりしてしまう。
野菜が生きていることを、まだ体で分かってないんだと思う。
乱暴に触るたびに、ハッ!と気がつき、ていねいなやさしい手つきにすることを心がけた。
私は粗忽者だなあ。考えてみたら、何をするにもこんな手つきで触ったことはない気がする。
2時くらいに帰りつき、昼寝をするかと思ったら、そよはまだまだ元気があまっている様子。
家の中を、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
りうは、そんなそよのあとをついてまわっている。にこにこしながら。
散歩の時、アムとカトキチが自分たちの行きたい道を歩くのでなく、引っ張られるまま、コロの行きたいところへついてゆくみたいに。
4時に家を出て、上野までふたりを見送りにいった。
夜ごはんは、近所のそば屋で。そばがきの素揚げ、ぬか漬け、たぬき豆腐(たぬき蕎麦の豆腐版)、ざるそば(ふたりで一枚)、ビール。

●2011年6月2日(木)雨

朝、スイセイがりうとそよを上野まで迎えにゆき、11時くらいに帰ってきた。
そよは、もうすっかり赤ん坊ではなくなっていた。
体がすーっと細くなり、小さい頭がその上にのっかっている。赤ん坊だったころの体を、そのまま縦に伸ばしたみたいに。
りうのお腹もずいぶん膨らんで、妊婦らしくなっていた。6ヶ月だそう。
前回は、高校生が妊娠したみたいに見えたけど、もうりっぱに母親の貫禄が出ていた。
肌はピンピンだし、相変わらず童顔だけど、表情が変わったんだと思う。
りうも、今年で33才になるんだそう。
そよは、家の中をあちこちぐるぐる歩きまわっては、手当りしだいに触って確かめていた。
片っぱしから口に入れることはなくなったけど、つかんで引っ張ったり、押したり、ひきずったり。けっこう力もある。
スイセイがそよに向かって、「イタリア〜ノ!、ペペロンチ〜ノ!、ほんだらぼったら〜の!」などと巻舌で大声を出してふざけたら、急に神妙な顔つきになって、「コアイ…」と言う。
私は、りうがお土産に持ってきてくれた茨木産のかぼちゃを蒸して、プリンを作っている。半分は、ポクポク煮を作る予定。
床に新聞紙をしいてみんなで周りをとり囲み、丸ごとのかぼちゃをスイセイに切ってもらったり、蒸したての皮をそよと食べたり、何をしても楽しい。
ついでに新じゃがもいっしょに蒸したので、夜ごはん用のマッシュポテトを作っておいた。
なめらかで味つけも濃くせず、こしょうも入れないから、なんだか離乳食みたいなものばかりになってしまった。
スイセイたちは、スポーツセンターのキッズルームへそよを遊ばせに出かけた。
私は、「高山なおみの遠足」で、みんなに渡すしおりの最終チェック原稿を持って、「キチム」へ。
そのあと、スポーツセンターで合流した。
キッズルームで、黄色っぽい電気の下、そよと同じくらいの子供たちをお母さん方が遊ばせているのを眺めていたら、頭がぼんやりしてきた。そのまま、いくらでも眺めていられそうだった。
夜ごはんは、切り干し大根煮(いつぞやの残り。ひじき、にんじん、コンニャク、干ししいたけ)、大根葉の炒り煮、かぼちゃのポクポク煮、きゅうりとルッコラのサラダ、ハンバーグ(マッシュポテト添え)、みそ汁で煮たコーン入り黄色いご飯(そよ)、ビール(スイセイと私)。
そよは、切り干し大根と大根葉の炒り煮を気に入った様子で、パクパクとよく食べた。
そよもりうも、「オイチ」「おいしい」と言ってよく食べた。
りうは、ひと口食べては、おいしくてたまらない……という顔をする。うちで一緒に暮らしていたころより、うんと食いしん坊になったかも。
夜、そよは私のことを指差して、「バアバ…」とはじめて言った。

●2011年5月31日(火)晴れ

梅雨の晴れ間。ひさしぶりにパリッと晴れた。
朝から、洗濯物をたっぷりやって干す。
あとで散歩がてら農家の大根を買ってきて、刻んで干す予定。
「高山なおみの遠足」で出す、漬け物を仕込もうと思って。
もう、今日ぐらいしか干せる日がないかもしれないから。
午後、もういちど見直しをして、『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』の文庫本解説をお送りする。
今日がしめ切りだから、ぎりぎりで間に合った。
明日の打ち合わせの資料を作って、ロシア旅行グッズの買い物へ。
三ちゃんにもらった「無印」のサービス券が、今日で最終日なので。
夜ごはんは試作。タイカレー(鶏ささ身、なす、かぶ、しめじ、パプリカ)&黄色いご飯、サラダ(きゅうり、ルッコラ、トマト、にんじん)。
夜、文庫本の編集さんから解説の感想メールが届いた。
喜んで下さったご様子。
やった〜!

●2011年5月27日(金)曇り時々雨

なんとなしに体が重かったけど、小雨の中、畑教室へ。
この2週間の間にすっかり大きく育っていて驚いた。
特に、きゅうり、トマト、ミニかぼちゃは、葉っぱと葉っぱの間から出てくる脇芽が伸び放題で、いくつも枝分かれしながらワサワサに育っていた。
本当は、週にいちどは様子を見にきて、脇芽を摘んでやらなければならなかったそう。
前回先生に言われていたのに、これほどのことだとは思わず、私たちは放っておいた。
すっかり伸びて、どれが主枝か分からなくなっているのを、地面に近い方から辿っていって見極めながら、ヒモで支柱に結んでゆく。
そのあと、絡まりそうに伸びているよけいな枝を、パチン、パチンと切り落とした。
形はいびつだけど、散髪したてのようにすっきりした。
一番下に咲いた花は落とすそうなので、チビ鉛筆ほどに育った赤ちゃんきゅうりを持って帰ってきた。
今夜、食べようと思って。
ぐっとくたびれてバスで帰りつき、お風呂に浸かったら、足腰がずいぶん冷えているのが分かった。
夕方、整体へ。
背中と首まわりを押さえていた先生に、「最近、首を前につき出して、長い時間パソコンの画面を覗いたり、テレビを見たりしていませんでしたか?」と聞かれた。
私にはしっかりと心当たりがある。それは、「高山なおみの遠足」の応募メールだ。
夢中で読んでいるうち、画面に目が吸い寄せられ、中に入りそうな勢いだった。
時々ハッとして、背中を伸ばしたりしていたけど、悪い姿勢に気がつく頻度は、10分にいちどだったか、30分にいちどだったか……。
帰り際、「のめりこみ禁止ですよ」と、笑いながら先生が言った。
てくてく歩いて帰ってきたら、玄関のドアノブに緑色のビニール袋がぶら下げてあった。
京都から送られてきた、コロンと丸っこい賀茂ナスが二つと、三ちゃんからの短いお便りが入っていた。
「毎年、賀茂ナスの姿を見ると、あー夏がくるんだって思います。今年は気温のせいであまり大きくならなかったそうです。でもやっぱり、肉厚でおいしかったですよー」
夜ごはんは、冷や奴(豆腐屋さんの。削り立てかつおぶし&醤油)、赤ちゃんきゅうり(みそ)、賀茂ナスのごま油焼き(練りみそ&しょうが醤油)、かき揚げうどん。
賀茂ナスはふっかふかで、ものすごくおいしかった。明日は天ぷらにしてやろう。
東京は、今日から梅雨入りしたそうだ。

●2011年5月23日(月)小雨

おとつい、きのうとは打ってかわって、秋のように肌寒い。
きのうは、「キチム」でやる「高山なおみの遠足」の応募で送ってくださった皆さんのメールを、ひたすら読んでいた。
280人分くらい。延々、読んでいた。
夢中になっているところへ、様子をみにきたスイセイが、「みいよう、大丈夫か?」と肩を揺すった。
その拍子に、ぼろりと涙がこぼれた。
今回は、地震についてのことを話す会なので、みんないろいろな想いを書いてきてくださった。
応募にあたって私から出した質問は、「地震のとき、何をしていましたか? どんなことを思いましたか?」。
短いのも、長いのも、映画や小説のひとコマみたいなのもあった。
読ませてもらうだけで、私はもう、十分にありがたかった。
「高山なおみの遠足」は、そうやって毎回、私を平らなところに立たせる。
被災地から遠く離れた場所にも、百人いたら百人分だけの、いろいろな体験があることを知った。
似たように見える髪型や服装をした若者たちが、私の目の前に立って自分の体を裂き、感受性の渦巻きを、ひとつひとつ見せてくれた。
先週は、4日間(1日は中休み)撮影が続いたり、打ち合わせがあったりでめまぐるしく、日記が書けなかった。
『ふくう食堂』を何度も開いてくださった方、ごめんなさい。
今日は、1時から「きょうの料理」の打ち合わせ。
明日は、「暮らしの手帖」の撮影。
6月中旬からロシアへ出かけるので、それまでにやらなければならないことをやっている。
ひとつ、ひとつ、仕事を終えると、また次のことがやってきて、またはじめから、たんたんと進む。
ちゃく、ちゃく、と尺取り虫のように進んでいる。
そんな毎日だ。
美容院へ行こうかと思ったけれど、明日の仕入れだけ終えたら、今日はもう何もしない日と決める。
夕方の子供番組を見ながら、おせんべいをバリバリ。
今夜もまた、スイセイが飯盒でご飯を炊いてくれるそう。
夜ごはんは、白身魚のムニエル(撮影の残り。マッシュポテト、ゆでいんげん添え)、切り干し大根とニラのみそ汁、白いご飯。

●2011年5月14日(土)曇りのち晴れ

洗濯物を干す時、今日はじめて栗の花の匂いがした。
何度も、あれっ、この匂いは何だっけ? と思う、ジャスミンと栗の花の混じったムーッとした匂い。
レシピの直し、「気ぬけごはん」の原稿書きをしながら、パンを焼き、甘夏の皮でマーマレードも作った。
6時ごろ、部屋の中がやけに黄色いのでベランダへ出ると、空がすごいことになっていた。
水色の空と、クリーム色の雲のかすれ具合が印象派の絵のよう。
天地が逆さとなり、飛行機の窓から眺めた雲海のようにも見える。
空の青いところが海で、その上を、薄くひきちぎられた雲がゆっくり流れている。
夜ごはんは、マカロニグラタン(鶏肉、玉ねぎ)、サラダ(レタス、トマト、きゅうり)、自家製パン、マーマレード。

●2011年5月13日(金)曇りのち晴れ

畑教室の4回目。
出かける時にはどんよりして、湿気も多かったけれど(きのうしっかり雨が降っていたから)、作業をはじめたころにはすっかり晴れ、めきめきと暑くなった。
今日は、トウモロコシの間引きと、ピーマン、パプリカ(緑色)、茄子の植えつけ。
トマトのわき芽をつんでいたら、トマトの匂いがプーンとした。
私は今まで、まったく知らなかった。トマトの葉はトマト、トウモロコシの葉はトウモロコシの匂いがすることを。
バスで帰りついたら、ぐたぐたにくたびれていた。
夜ごはんは試作。前に、エビをちょっと加えた餃子がおいしかったので、分量を出しながら作った。
焼き餃子、もやしとレタスのねぎ塩和え、ご飯はなし。

●2011年5月12日(木)雨

しとしと雨。
それでも傘をさして散歩へゆく。
しばらく腹筋&スクワットも休んでいたし、朝の散歩も行ったり行かなかったりで、体がなまっていた。
肩凝りがひどかったのは、そのせいかも。
パソコンの合間に肩をほぐす体操も、ずっとやっていなかったし。
「ヨムヨム」の原稿書きとレシピ書きをやって、3時半から「キチム」で打ち合わせ。
郁子ちゃんからの提案で、6月6日に、急きょ「高山なおみの遠足」の2回目をやることになった。
丹治くんに司会をしてもらって、郁子ちゃんと対談のようなことをする予定です。
夜ごはんは、たぬき蕎麦(ほうれん草、天かす)、甘くない卵焼き。

●2011年5月11日(水)雨

3時から、「暮らしの手帖」の打ち合わせ。
ひさしぶりに中原さんにお会いしたので、打ち合わせのあと、たっぷりお喋りした。
5本指くつ下の重ね履きのことをおすすめしたり、地震の話をしたり。
夕方、予約はまだ先だったけど、我慢ができずに整体へ。
このところずっと、首まわりがパンパンにはっていた。
「どうしてこんなになったのでしょう。何か悪い姿勢を続けたりしませんでしたか?」と先生に聞かれても、心当たりがない。
ゴールデンウィークに、波照間島へ行ったという先生の話を聞きながら押されていたら、西浜の砂の上でもんでもらっているような気になってきた。
「パナヌファ」の良美ちゃんたち、元気でやっているだろうか。
コンニャクのようにくねくねになり、終わって立ち上がった時、方向音痴になったほど。
スイセイが飯盒でご飯を炊いてくれるそうなので、出かける前に、ねぎダレと蒸し鶏を作っておき、片栗粉をまぶして焼くだけにしておいた。
蒸し鶏のパリパリ焼き(レタス、にんじん、青じその千切りを下にしき、ねぎダレをかけた)、蒸し汁のとき玉スープ、なめ茸のつくだ煮、白いご飯。
飯盒で炊いたご飯がおいしくてたまらず、2杯も食べてしまった。
ひと粒ひと粒がしっかりして、ピカピカ光っている。
なめ茸のつくだ煮と、飯盒のご飯の組み合わせは、林間学校の思い出の味。

●2011年5月7日(土)雨

雨降りだけど、三ちゃんが「キチム」で出張パン屋さんをやっているそうなので、散歩がてらスイセイと出かけた。
「クウクウ」時代、食材置き場だった倉庫が、明るいお店に生まれかわっていた。
壁をくり抜いた入り口に、お客さんが並んでいるのも、まったく不思議な感じがしない。
はじめからそうだったみたいに、すっかり馴染んでいる。
これからここで、いろんなお店がちょこちょこ出店するらしい。
楽しみだなあ。
連休の間、飯島奈美さんが「Localite」で喫茶店をやっているというので、三ちゃんのパンを買ってからちょっと覗いてみた。
カウンターに座らせていただいて、梅ジャスミンティー(スイ)、柚子ラッシー(私)を飲んだ。
奈美さんはおもしろい方だった。
朝ごはんを食べたばかりだったので、食べ物を注文できなかったのだけど、お客さんに出すチーズケーキを私がじろじろ見ていたら、ちょこっとずつ(十分にたっぷり)私とスイセイにもサービスで出してくれた。
純白のレアチーズケーキの上に、卵の黄身色のチーズクリームがとろりとかかって、ミントの葉が一枚のっている。
うっすら底を被っているクッキー生地は、私だったらつい厚めにしてしまいそうだけど、組み合わさった味わいとか、その絶妙な舌ざわりとか、重たすぎもなく軽くもなく、本当においしかった。
なめらかで、突出しすぎるところがどこにもみつからない、うっとりする味。
おいしい味を追求し、計算しつくされたみたいにも思えることを、きっと、天然の勘みたいなもので1ミリもはずさずにバチッときめるんだろうなあと、実物の奈美さんを見ていて思った。
玉ねぎジャムのトースト&ビーツとじゃがいもとマカロニサラダは、色合いもかわいらしく、大人っぽいおいしさ。
さばさばと気持ちよく、次々に食べ物をよそって出してくれるところとか、玉ねぎジャムの作り方を、聞いてもないのに気軽に教えてくれるところとか、カッコよかった。
人に分け与えるエネルギーが、体中いっぱいに詰まっている人なんだなあ。
だから、映画の中の料理もあんなにおいしそうなんだなあ。
なんだか嬉しくて興奮して出てきたら、三ちゃんのパンは、もう売り切れになっていた。すごい人気。
夜ごはんはこんどの撮影の試作。とりレバー&ピーマン&ニラ炒めを、4人分で作ってみた。
他には、甘くない卵焼き、きゅうりの塩もみ、春キャベツのみそ汁、白いご飯(スイ)、玄米(私)。

●2011年5月6日(金)曇り

ゆうべは、地震の夢をみた。
「あと数分で大地震がきます」という速報が流れた時、私は知らない人たち大勢と体育館みたいなところにいた。
天井がどんな風に落ちてきて、柱はどんな風に崩れるかなど想像しながら、心臓だけがドキンドキンと打って、身動きできずにいる。
スイセイが一緒にいないことを心底悔やみ、自分はここでこのまま死ぬのだろうと怯えている。
本当に恐ろしく、黒くてねばっこい煙りに体中を侵略されて、吐きそうで、心も体もバラバラにちぎれそうだった。
目が覚めてもまだドキドキしていた。
夜ごはんは、みそラーメン(ゆで卵、水菜、かぶの葉、自家製焼豚)。
風呂から上がってニュースを見ていたら、被災者の前にひざまずいた美智子さまが、「よく、生きていてくださいましたね」とおっしゃった。 その声を聞いたら、涙が出た。

●2011年5月4日(水)快晴

朝、散歩に出ようとしたら、大家さんのジャスミンがプーンと匂った。
ポカポカの上天気。
きのうが今日みたいな天気だったらよかったのにな……と思いながら歩いていたのだけど、でも、雨だったからこそよかったのかもしれないと思い直した。
きのうは、野音でフィッシュマンズのライブだった。
ものすごく楽しかった。
偶然、ばななさん親子と隣り合わせになれたことも嬉しくて、なんだか、ばななさんたちがいる左側の私の体が、ずっとあったかいような感じだった。
タカシ君や郁子ちゃんが登場するたびに、「ウォー!」と叫び、手を挙げて応援した。
タカシ君は、下町の路地裏で、歌いながら遊びまわっている子供みたいだった。
底抜けに明るいのに、私も楽しくてたまらないのに、笑いながら涙がにじんだ。
郁子ちゃんは、いろいろな想いが胸いっぱいに詰まって、つき上げてきているみたいな歌声だった。
旅人さんの「ナイトクルージング」も、たまらなくよかった。
もう完全に、佐藤君の歌ではなくなっていた。
サーチライトのように動く、照明の帯のところにしか雨の点々が見えないから、雨はそこだけにしか降っていなくて、私たちが浴びているのは、音楽のシャワーのような気がしたり。
前の方にぎっしり並んでいる、みんなの合羽の透き通った輪郭が、照明の具合で赤や黄色に光り、ひとりひとりが燃えているみたいに見えたり。
最後にやった「チャンス」を、帰りながら鼻歌で歌っている人がけっこういた(私もそうだったけど)。
「チャンス」は、応援歌みたいに聞こえた。
今まで、フィッシュマンズの曲を誰かが歌う時、どんなに素晴らしくても、どうしたって佐藤君の面影を重ねてしまっていた。
この世にもういないことを強く思い出し、ポッカリ穴が開いたようになってしまったり。
でもきのうは、それがまったくなかった。
ただただ、楽しくて楽しくてたまらなかった。

午後からは、「気ぬけごはん」の原稿書きと、ひさしぶりに買い物へ。
夜ごはんは、鰺フライ(せんキャベツたっぷり添え)、切り干し大根と椎茸の薄炊き(いつぞやの)、網焼きピーマン、大根のみそ汁(青じそ)、白いご飯。
たたき用の新鮮な鰺をフライにしたら、身がフワッときめ細かく、とんでもなくおいしくできた。

●2011年5月1日(日)晴れたり曇ったり

風がとても強く、空の移り変わりも激しい、ダイナミックな天気。
1時からは、器の本のための取材。
撮影しながら、器にまつわる質問に答えたり、料理を1品作ったり。
カメラマンさんも編集者も女の方で、とても気持ちのいい取材だった。
自分は、器への想いやこだわりがけっこう強くあるんだなあと、話をしていて気がついた。
色や形だけではなく、肌触りとか、持った感じとか、好きな感じというのが、とてもはっきりとある。
何十年かの間に集まってきた器は、全体を見渡すと、丈夫で硬質な質感が好きというのも統一されている。
気に入ると、無意識に同じお皿を毎日使い続けていたりするのも、自分ながらおもしろかった。
3時半に終わり、ぐっとくつろぐ。
今日はもう、仕事はやらない。
5時からは『ハイジ』。
クララが歩けるようになったから、もう少しで終わってしまうのが、少し淋しい。
夕方、風まじりの雨が降ってきた。
夜ごはんは、切り干し大根と椎茸の薄炊き(仕上げに山椒の葉を刻んで混ぜた)、菜の花とかぶの葉の辛子和え、すずきとサーモンの漬け(撮影の残り)、煮豚(白髪ねぎ、青じそ)、納豆、白いご飯(スイ)、玄米(私)。
『ハイジ』は、最終回だった。またいつか、再放送をしてほしい。

●2011年4月29日(金)晴れ一時小雨

3回目の畑教室。
肌寒い一日だったけど、めいっぱい作業をして帰ってきた。
ふー。
心地よい疲れだ。
先週植えた枝豆ととうもろこしは、すでに芽が出て、10センチくらいになっていた。
枝豆はぷっくりとした丸い葉っぱで、いかにも枝豆という感じ。
とうもろこしは、よく知っているとうもろこしの葉が、そのままミニチュアになったような形。
両方とも、とてもかわいらしい。
とうもろこしは次回間引きをするそうなのでそのままにして、今日は枝豆の植えかえをやった。
そのまま植えておいても生育するのだけど、丈ばかり伸びて、ヒョロッとした枝になり、風で倒れてしまったり、花が散りやすくなって、けっきょく枝豆が少ししか実らないことがあるのだそう。
若い芽を引っこ抜くと、伸びかかっている根を切ることになる。
そうすると根が危機感を感じ、さらに太く長く根をのばそうとして、茎の太い丈夫な枝豆が育つのだそう。
先生のそういう話が、とてもおもしろい。
もうひとつおもしろかったのは、根っこというのは土の中で栄養分を探して伸びてゆくという話。
そういう理由で、肥料は全体に浅くまくのではなく、溝を掘ってまくのだそう
生育の仕組みを教わって覚えておけば、やり方を忘れない。
これは料理と同じことだ。
そのあと、きゅうり、ミニトマト、トマト、ミニカボチャの苗も植えて、支柱を立て、苗の茎を麻ひもで結んだ。
次回のために溝を掘って肥料をまき、畝を作ってパウチをかぶせるところもまで。
「みいは肥料を平均してまけるようになったのう。グラタンを作るとき、チーズはまんべんなくのせるのといっしょじゃろう?」
次回は、しし唐、ピーマン、茄子の苗を植えるのだそう。
これからどんどん気温が上がって、太陽の下でぐんぐん育つのだろうな。
せめて、週にいちどでも通って、苗の生育を見守りたいなと思う。
けど来月は、あれよあれよという間に仕事が入り、すごいスケジュールになってしまった。
原稿のしめ切りも3本抱えているし、だいじょうぶなんだろうか私は。
夜ごはんは、ピーマンの網焼き(削りがつお、しょうが醤油)、冷や奴(削りがつお、醤油)、しょうが&みそ、ミニトマト、肉じゃが(おとついの残り)、ブリのづけ(ゆうべのうちに浸けておいた)、豆腐と油揚げのみそ汁、白いご飯(スイ)、おにぎり(私、畑へ持っていった残り)。
一日中肌寒かったのに、ひと足先に夏みたいなごはんになった。これもきっと、畑のせいだな。

●2011年4月24日(日)快晴

きのう、スイセイが山の家から帰ってきた。
ものすごくよく眠って、今朝は10時半に起きた。
隣にスイセイがいるのを感じながら、眠った。
そうか私は、スイセイがいない間、ちゃんと寝ているような気がしていたのに、じつはあんまり眠れてなかったんだ。
1週間近くひとりでこの家にいるなんて、はじめてだったけど、なかなか楽しかったな。
ひとりの暮らしは、なんだかストイックだった。
自分のためだけに朝起きて、ごはんを作り、掃除をし、散歩をし、原稿を書き、風呂に入り、眠る。
ひとりだと部屋も散らからないし、寝室に白い布団が敷いてある様子(しばらく敷きっぱなしだった)も、とてもきれいだった。
規則正しく暮らし、質素なごはんを食べ、満足して眠る。
いちど、ミラノ風カツレツとトマトペンネなんていうのもちゃんと作ってみた。
毎日、心はさざ波みたいに穏やかなんだけど、波頭の先っぽが、鋭く尖っているような感じだった。
音楽を聞いても、窓から景色を見ていても、何をやっても真新しくて、強烈な感情が押しよせてきたりした。
ひとりって、自分だけの予定調和的な世界という感じ。
誰にも汚されない、密閉された無菌室みたいな。
スイセイが帰ってきたら、いきなり空気が動き出した。
ゆうべは、スイセイの山の家の話を聞きながら、私もビールを飲んだ。
私も嬉しかったけど、この家も、スイセイが帰ってきたことを喜んでいるような気がした。
『高山ふとんシネマ』は、スイセイが留守の間に「おわりに」を書き上げ、ようやく脱稿した。
今日は朝ごはんのあと、スイセイに誘われて中央公園まで散歩。
そのあとすぐに選挙へ。
帰ってからは、来月の撮影のレシピ書き。
5時までやって、『ハイジ』、『まる子』、『サザエさん』。
夜ごはんは、鰺の干物、ブロッコリー(農家の)のおひたし、しらすと万願寺唐辛子(京都の三ちゃんのお母さんからいただいた)と山椒の葉の炒り煮、砂肝(ゆうべのつまみの残り)とじゃがいもの細切り炒め、納豆、かぶのみそ汁、白いご飯(スイ)、玄米(私)。

●2011年4月17日(日)快晴

朝、7時前にスイセイは山の家へ出かけていった。
10時過ぎ、朝ごはんを食べようとしたら、電話があった。
山の家の庭は、ススキの若い葉がところどころ伸びはじめているくらいで、ほとんど前回(11月)草取りをしたときのまままだそう。
「紫色のれんげみたいな小さい花が庭に咲いとる。この葉っぱはマメ科じゃのう」。
たんぽぽも花盛りだそう。
「もう散りかかっとるけど、うちの庭にも山桜みたいな白っぽい花が咲いとるで。台所の方の庭には、スギナの群れに混じって、つくしもおる」。
 桜みたいな白っぽい花は、きっとスモモだ。
「家の中は?」と私が聞くと、「クモの巣もはっとらんし、意外ときれいなままじゃった」。
 地震のせいで物が落ちたり、壊れたようなところも見当たらないそうだ。
スイセイの声のむこうから、鳥のさえずりや、遠くで犬が吠えているのが聞こえてきた。
受話器の穴から、山の空気が漏れてきた。
スイセイの声が懐かしい。
ケイタイ電話ではなく、電話になると、ちょっとくぐもったような、馴染んだ毛布みたいな声になる。
もう20年以上も前の、遠距離恋愛だった頃を思い出した。
声って、何十年たっても変わらないんだな。

朝の散歩。
農家でアスパラガスが出ていたので、迷わずに買った。
うれしいなあ、アスパラガスを作りはじめたんだ。
川原さんの分も買っておく。
ひっくりかえして見ると、根元の切り口はざらざらと粗く、まだみずみずしい。
フチは緑色、中は真っ白で、水を吸い上げる管の組織まで分かる。
けっきょく、3時半にやってきた川原さんと旅行の打ち合わせが終わったら、ワインやら焼酎やら飲みはじめてしまった。
苦戦していた『高山ふとんシネマ』の原稿が、ようやく仕上がったので。
つまみは、カセットコンロを出してきて、アスパラガスの鍋蒸しを食卓で作った。あとは、鰺の干物(残りもの)、菜の花のおひたし、玄米のおかか(かつお節の削りたて)おにぎり。

●2011年4月15日(金)快晴

6時半に起きた。
9時に家を出て、2回目の畑教室へ。
畑までの道のりはおよそ40分。桜が舞い散る玉川上水沿いを、ひたすらてくてく歩いた。
今日もまた、30分ほどの授業のあと、先生がデモンストレーションをやって、前回、肥料をまいて耕しておいた畑に、枝豆ととうもろこしの種をまいた。
抗菌や生育促進の薬に被われているので、とうもろこしの種は赤、枝豆は青の毒々しい色だった。
こんなのは当然のことだけど、種といったって、とうもろこしはとうもろこしの干涸びた実だし、枝豆は大豆なのだな。
スイセイは枝豆、私はとうもろこし。お互いに、思い入れのある方の種をまいた。防虫ネットをかぶせて、種まきは完了。
次回はきゅうりとトマトの種をまくので、溝を掘って肥料をまき(トマトを植える真ん中辺りだけ、肥料は少なめ。肥料が多いと枝ばかり太くなって、肝心の実が大きく育たないからだそう)、耕し、畝を作って、マルチ(ビニールに穴があいたもの)をかぶせるのをやった。
畝作りもマルチ張りも、前回よりも格段にうまくやれた。
お弁当(筍ご飯のおにぎり、ゆで卵)を食べ、スイセイは「日赤」へ、私は朝と同じ道をまた歩いて帰ってきた。
4時から整体へ。
このところ、『高山ふとんシネマ』と「クウネル」の原稿書きで机にかじりついていたので、私の背中はパンパンだった。 よく歩いたので、足の筋肉も張っている。
整体の先生に芯までじっくりほぐしてもらい、終わって服に着替えたら、体ごと着替えたような感じがした。
凝りの肉というのは、何センチか厚みがあって、肩と背中まわりが急に痩せたような感じでもある。
夜ごはんは、牛ランプ肉のステーキ(おろし玉ねぎ、酒、塩、オリーブオイルで2日間マリネしておいた)、さつま芋のオイル焼き(ゆうべの残り)、湯豆腐(豆腐屋さんの木綿豆腐、菜の花、ほうれん草、削りたてかつお節)、ご飯はなし。

●2011年4月13日(水)快晴

きのうは、打ち合わせをしていたら地震があった。
今朝もあった。
たまたまラジオをつけていたので、警報が流れて、それから揺れた。
警報が流れるたびにドキッとしてしまう。
いやだなあ。
地震がくるといつも、ここよりももっと大きく揺れているどこかのことを瞬間的に思う。
朝ごはんを食べ、腹筋&スクワットをして散歩へ。
このところ毎日、散歩をしながら桜の様子をパトロールしている。
去年、川原さんとお花見をした近所の公園の桜は、おとついあたりが満開だった。
今日は、はらはらはらはらと、風もないのに花びらが散っていた。
今くらいの桜が、私はいちばん好きかもしれない。
まわりのあちこちの木に、黄緑色の葉っぱが伸びていて、引いて見たときの色合わせとしてもきれいなのかもしれない。
ばかに暖かく、のどかな空気の中を、薄桃色の花びらが音もなく散る様子は、天から何かが落ちてくるよう。
ぐるっとまわって、ひさしぶりに買い物をして帰ってきた。
スーパーはまだ薄暗いままで、心が落ち着く。
帰ってすぐに、筍をゆでながら「クウネル」の作文の続き。
農家で買った菜の花とほうれん草を水に放っておいたら、桜の花びらが一枚、ボウルの中に浮かんでいた。
夜ごはんは、筍の薄炊き(菜の花添え)、ブリかまの塩焼き、大根おろし、筍の皮のきんぴら(皮の薄いところを細切りにしてごま油で炒め、赤唐辛子をちぎって、酒、薄口しょうゆ、だし汁少々で炒りつけた)、あさりと姫皮の潮汁、玄米(私)、白いご飯(スイ)。

●2011年4月10日(日)ぼんやりした晴れ

ゆうべは9時に寝てしまった。
たっぷり眠って、9時に起きた。
怒濤のような二日間の撮影が終わって、ぽかんとしている。
頭がぼんやりして、ちょっと筋肉痛でもある。
私は、よほどどこかに力が入っていたんだな。
齋藤君がカメラを構える時の夢中さに、すっかりやられてしまった。
一日目のドキドキがお腹の方へ下りてきて、二日目には重しとなった。
何年かぶりの、本当にいい撮影だった。
何を作ってもおいしく、何を見てもきれいに見えた。
ドレッシングを振ったあと、瓶を伝って流れる液の様子が、窓を流れ落ちる雨みたいに見えたり。
固まった肉の脂の気泡に、目が吸い寄せられたり。
私の目は、ミクロなところまで見落とさない齋藤君の目玉になっていたんだと思う。
齋藤君のポラを見ていたら、料理っていうのは、人間の手だけで作られたみたいに思われているけど、それ以上のことが起こっているんだなと思った。
温度とか、湿度とか、火の力加減とか、力の入れ方とか。
料理する人の想いや個性なんて、そんな情緒的なのは小さじ1杯ばかりの些細なことで、大自然の営みとか、化学変化や物理の法則とか、そっちの方に近いのかも。

朝ごはんを食べ、スイセイと選挙へ。
わざと遠まわりして、桜を眺めながら歩いた。
どこの桜も満開で、ボハッとかたまりになって咲き誇っていた。
黄緑色の若芽と薄桃色のコントラストはきれいなんだけど、なんとなしに、見慣れたきれいさのような、ぼんやりしたふうに見えた。
でもそれは、私の目のせいなんだろうな。
いつもの公園も、市営グランドのまわりも、花見をしている人たちがほとんどいなかった。
たくさん人が歩いていたけど、荷物を何も持っていなかったり、スーパーのビニール袋を持っている人も、缶ビールの小さいのが2本だけしか入ってなかったり。
みんな、上を見ながら歩いていて、上気した顔をしながらも、春がきたことを喜んだり、わくわくする自分の気持ちに、少しばかり遠慮しているみたいだった。
さーて、そろそろ『高山ふとんシネマ』にとりかかろう。
「クウネル」の文は、もうすこし寝かせてから書きはじめよう。
この記事は、5月発売の号の「クウネル」に載ります。
夜ごはんは、鰺の干物、さつま芋の天ぷら(撮影の残り)、大根おろし、切り干し大根煮、菜の花のおひたし、冷や奴(齋藤君から九州土産でいただいた、本枯れかつお節削りたて&しょうゆ)、うどのみそ汁、土鍋ご飯。
かつお節がおいしくてたまらなかった。
豆腐にのせても、ご飯にのせても、スモークしたおいしい肉みたいに濃い味で、びっくりたまげた。
もう、何十年も使われずにいた、実家から持ってきたかつおぶし削りが蘇った。

●2011年4月8日(金)曇り、風強し

今朝は、6時に起きてしまった。
なんだか寝ていられない感じ。
きのうやれなかったので、寝起きのぼーっとした頭のまま、あちこち掃除した。
今日から、「クウネル」の撮影がはじまる。
カメラは齋藤君だ。すごーく楽しみ。

●2011年4月7日(木)快晴

7時に起きた。
やることがたくさんあって、このところ時間が足りないくらい。
まずは、「ふとんシネマ」の原稿の直し。
「ふとんシネマ」は、正しくは『高山ふとんシネマ』といいます。たぶん、秋に発売する予定。
これが終わったら入稿になるので、今ががんばりどきだ。
散歩がてら買い物へ。明日から「クウネル」の撮影なので。
ずいぶん桜が開いていた。人もたくさん歩いていた。
みんな、遠くの方を見ながら、体半分が前にのめって歩いている。
横断歩道のところで、炭が燃えているような匂いがしてきた。
花見をしながら、どこかでバーベキューでもしているのかもしれない。
東京の人たちは、そろそろ浮き足立ってきているのだな。
私は仕事が詰まっていて、花見ができないことが分かっているから、そういうのを遠くで感じている。
夜ごはんは、牛丼(紅しょうが)、菜の花とうどの辛子酢みそ、うど皮のきんぴら、切り干し大根煮、うどのみそ汁。
布団の中で『世界の車窓から』を見て、そろそろ寝ようかなと思っていたら、大きな地震があった。

●2011年3月28日(月)晴れ

ひと仕事して、立花君の「デザイン」展を見に銀座へ行く。
今日がぎりぎり最終日。
若い人たちが、たくさん見にきていた。
私は、触りたくてたまらないのを、ぐっと我慢してまわった。
立花君の作品は、ペラのものでも小さなものでも、見ているだけで紙触りや印刷のでこぼこを感じるので、触って確かめたくなる。
よくもこんなにやったなあというくらい、すごい量の印刷物。その一枚一枚の版下を、ぜんぶ見てみたかった。
いつかすべての版下と、これまで作ってきた立体の作品もいっしょに、上野の美術館みたいな広いところでやってほしい。
展示を見ている間、私は地震のことを忘れていた。
それはきっと立花君の作品が、ゆるぎないからだ。
地震が起こる前でも、後でも、どうしようもなくそこにあるもの。
そういうののことを、根本とか、本質とか、普遍とかいうのかもしれない。
先週、いろんな歌手たちが、被災者の人たちに向けてひとことずつ話し、自分の持ち歌を歌う生放送の番組を見た。
恋人に「会いたい」とだけ歌っているラブソングもあったけど、津波にのまれていった大切な人に、もう会えないと分かっている人に、「会いたい」と聞こえる曲があった。
学校を卒業し、これからひとりで社会へ飛び立とうとしている若者を励ましている歌だと思っていたのが、亡くなった人からのメッセージのように聞こえたり。
そんなふうに聞こえるのは、人と別れるときの気持ちを、つきつめてつきつめて、喩えの域まで磨き込んで、でき上がった歌だからだろう。
音楽っていうのは、そういうものなんだな。
銀座からの帰り、川沿いをてくてく歩いて井の頭公園へ。
夕陽が池の水面に映っているのを眺めながら、缶ビールを飲んだ。
夜ごはんはいつものお蕎麦屋さんへ。
夜ごはんは、湯豆腐、そばがきの素揚げ、しめ鯖、ざる蕎麦。

●2011年3月26日(土)晴れ

毎朝、私は起きるとすぐに、窓際の床に新聞を広げて読む。
このごろはずっと、テレビ欄がいつもあったところに震災の記事がカラーで大きく載っていて、真ん中から下は、避難所のいろいろな人たちの声が、顔写真とともに載っている。
それを、毎朝読んでから、動き出す。
うちの地区は、計画停電からもはずされているので、いつものようにごはんが食べられたり、お風呂に入ったり、仕事ができることを、本当にありがたいと思いながら読む。
地震があってすぐ、私は被災地の人たちに何かを言ったり、応援したりする言葉が出てこなかった。
目の前で、大事な人が流されてゆくのを見たり、いなくなった家族を探しまわっている人たちに、東京のあったかい部屋の中から声をかけるなんて、とてもできないと思った。
でも、きのうぐらいから、私たちがいつも通りに暮らせている身にあまる喜びや感謝を、寄付や募金など、何か目に見える形にしておすそ分けしたいと、ようやくお腹の底から思えるようになった。
午後から市役所へ。
4月からはじまる、畑の教室の説明会だった。
前期は、じゃがいも、茄子、きゅうり、いんげん、枝豆、とうもろこし、ピーマン、しし唐、南瓜、ミニトマト、トマトを植えるそう。
収穫したトマトで、ケチャップ作りのセミナーもあるらしい。
帰りに、いつものパン屋さん(閉店セールだった)へ寄り、帰ってからは、「ヨムヨム」の原稿書き。
夕方、ムクドリの群れが集まっていた。
公園の裸の木と、柳の木の間をいったり来たりしながら、騒がしく鳴いていた。
このところ倹約ごはんが続いていたので、今夜は洋風メニュー。
夜ごはんは、塩豚のポット・ロースト(じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、タイム、黒こしょう、ローリエ)、チーズマカロニ、ほうれん草のバター炒め、サラダ(ロメインレタス、ふき、にんじん)。

●2011年3月21日(月)雨

二日酔いなので、ずっと寝て過ごす。
いちど起きて風呂へ入り、みそ味のにゅうめん(スイセイ作)を食べ、本を読んでいるうちにまた寝てしまった。
夜ごはんはなし。
スイセイは、またみそ味にゅうめんを作ってひとりで食べた様子。
きのう、電車の中で人が怖いような感じになったのは、地震のせいかもしれない。
あんがい私は、ダメージを受けていたんだなと分かった。
生き物として、本当はとても怖かったんだと思う。命の危機を感じていたんだと思う。
地震があった日、津波の凄まじさをテレビで見て、被災地の人たちがどんなに怖かったろうと思ったら、東京の人たちは怖がったり、不平を言ったりしたらいけないような気持ちになった。
それで、怖いのをずっと封印していたんだと思う。
そういえば前にスイセイが、「感受性が強い人ってよくいうけど、感受性ゆうのは、もともとみんな同じだけ持っとって、生き物として危機を感じた時に、(感受性の)レベルが上がるゆうことなんじゃと思う」と、言っていた。

●2011年3月20日(日)ぼんやりした晴れ

朝、散歩がてら買い物へ。
ひさしぶりに行ったら、スーパーは節電のために照明が落としてあった。
ゆでうどん、納豆、卵、牛乳がなかったりして、全体的にも品薄のようだったけど、なければ別のものを買えばいいんだから、これで十分。
そういえば、山の家のスーパーだって、ふだんから棚がスカスカしていたな。
ジープが直ったそうなので、ひと仕事をしてから、スイセイについてゆく。
電車に乗って、立川からモノレールで多摩センターまで行き、そこからはひたすら歩いて修理屋さんへ。
あちらこちらに林があって、歩いている人がほとんどいない。
大きな道路の脇の坂道を、風に吹かれながら歩くのは、とても気持ちがよかった。
中央線とモノレールに乗っている時、隣に座っている人との距離が近すぎるような感じがした。
膝に抱えた上着のフードの毛が、私の方に少しかぶさっているのとか、ケイタイのストラップがぶらぶらしているのとか。
向こうの入り方で話している若者たちの声も、やけによく聞こえた。
なんとなしに、人の気配が強すぎて怖いような感じだった。
ヘッドフォンで音楽を聞きながら体を揺らしている男の子や、お揃いでジーンズをはいている老夫婦の、歌舞伎の人みたいに張りのある旦那さんの声とか。
窓から見える多摩川も林もとてもきれいなのに、人のことがやけにグロテスクに見えた。
夕方からは、ナツコの家でたこ焼きの会。
近所のいつものメンバーが集まった。
みんなよく食べ、よく飲んだ。
地震と関係ない話をして大笑いしたり、ときおり誰かが地震の話をぽつりとしたり。
私は途中でつぶれてしまい、ナツコのベッドでうとうとしていたのだけど、『we are the world』のDVDを観て盛り上がっている声が聞こえていた。
帰る時、ナツコがDVDを貸してくれた。
夜ごはんは、たこ焼き(たこ、コンニャク、ちくわ、キャベツ、チーズ、天かす、紅しょうが)、アスパラのおひたし(塩、ごま油)、たたききゅうり(梅干し)、ロスティ(ナツコのスイス土産。レトルトのじゃがいもの円盤焼き)、グリエールチーズ(これもスイス土産)。

●2011年3月19日(土)快晴

ポストを目指し、ぐるっと遠回りの散歩。
いつもの道のハクモクレンが、開きはじめていた。
天に向かってつんつんと、この間まで茶色い蕾が固く結ばれていたのに。
白い花弁をパカンと広げ、完全に開いている花もあった。
あちこちの庭では、ピンクや白の梅が咲きほこり、沈丁花の匂いもプンプンする。
手紙を投函した帰り道、どこかの家から、ピアノを練習している音が聞こえてきた。
あれは、「アラベスク」だっけ?
空は青く、前をゆくおじさんの後ろ頭が光っている。
向こうから自転車で走ってくるカップルが、ふたりとも笑っている。
ぽかぽかと暖かく、なんだかやけに景色がくっきり見え、ピアノの音もはっきりと届いた。
震災から1週間経ったからか、FMのラジオがいつも通りになった。
邦楽も、津軽三味線も、キョンキョンの「なんてったってアイドル」も、何を聴いてもとてもいい。
最後にかかった、美空ひばりの「川の流れのように」がすばらしく、ボリュームを上げて聞き惚れていたら、涙がだらだら出てきた。
この歌はきっと、どんなことにも、どんな人にも、どんな時代にも当てはまる。
金時豆を煮ながら、「気ぬけごはん」の仕上げと、『ふとんシネマ』のまえがき。
あとで、西部劇に出てくるような豆のシチューを作ろうと思って。
夕方、リーダーが絵を見せにきてくれたので、豆のシチューをおすそわけ。
リーダーは元気だった。
夜ごはんは、春巻き(冷凍してあった)、ブロッコリーのおひたし、ラーメン(わかめ、小松菜)。

●2011年3月17日(木)快晴、風強し

散歩がてら図書館へ。
よく晴れているけれど、風がとても冷たい。冬のよう。
6册借り、ぐるっと遠回りして帰ってきた。
図書館は、なんとなしにざわざわしているような気がした。
さて、今日は「気ぬけごはん」と、「ヨムヨム」の文をやろう。
計画停電は3時半からなので、それまでがんばろう。
高知のナオちゃんが編んで送ってくれた膝掛けを、腰にぐるぐる巻いてやっている。
ストーブをつけなくても、昼間はこれで充分。
夜ごはんは、カレーうどん(ゆでたかぶの葉をのせた)。
今日もまた、停電がなかった。

●2011年3月16日(水)曇り時々晴れ

今朝もまた、朝ごはんを食べたら、腹筋&スクワットをして散歩へ。
いつもの農家が休みだったので、遠くの方の農家へ行ってみた。
買いにきていたおばあさんが、「お米がないからスイトンでもしてやろうと思って西友へ行ったら、小麦粉まで売り切れだったのよ。じゃがいも、玉ねぎ、にんじんもなかったわねえ」と言っていた。
私はかぶとにんじんを買ったのだけど、ここの野菜は50円か100円くらいずつ高くなっているようだった。
隣の農家の、自動販売機の野菜はいつもと変わらない。
りっぱなブロッコリーが100円だった。
北風が強く、玄関のドアの隙間から砂埃が吹き込んで、玄関の床が真っ黒になった。
雑巾の黒くなったところを見ると、津波の映像が重なった。
いつもよりきりっと、丁寧に、おじぎをするような気持ちで、リビングの方まで雑巾がけをした。
今日もまた、「ふとんシネマ」。
書き下ろしの分も仕上げ、お送りした。
都会は通勤の様子がとてもたいへんそうだけど、どんなことになっているのだろう。
計画停電が6時20分からなので、6時前から夜ごはんを食べた。
夜ごはんは、切り干し大根煮(食べ終わった)、小松菜の煮びたし(食べ終わった)、牛肉の焼いたの(きのうの残り)、かぶと塩鮭の酒かす汁、塩むすび(スイ)、納豆&玄米(私)。
ろうそくやラジオをつけ、布団も敷いて準備万端にしておいたのだけど、停電にはならなかった。
いち日、いち日が、ぶじに終わってゆく。

●2011年3月13日(日)快晴

ゆうべは、夜ごはんを食べて、図書館で借りたシルクロードのビデオを見ていたのだけど、ニュースの津波の映像が目に焼きついていて、どんな景色にも津波が重なって見えた。
今朝は、いつものように腹筋&スクワットをして散歩へ。
通りは、花の匂いや、スパゲティー屋のにんにくの香ばしい匂いがして、ぽかぽかと温かく、歩いているだけでしっとりと汗をかいた。
図書館の中もいつもと同じように穏やかで、外の広場では薄着の子供たちがボールを蹴ったりしていて、ふだんの日曜日とまったく変わらない。
きのう、朝の散歩を兼ねてスーパーへ買い物に行ったら、菓子パンとカップ麺売り場が、すっかり空になっていた。
驚いて、私もインスタントラーメンの5袋入りのと甘食を買った。
帰ってからその様子をスイセイに伝え、またすぐに別のスーパーへ出かけた。
電池も、カセットボンベも売り切れでなかった。
野菜の値が上がるかもしれないから、ほうれん草、にんじん、じゃがいも、玉ねぎを買い、牛乳をもう1本と、卵ももう1パック買って、インスタントラーメンの5袋入りもまた買った。
私は、そのことが恥ずかしい。
私たちは、こんなに穏やかに暮らせているんだから。
東京の食べ物は、少しでも多く、被災地の人たちへ送ってあげなければならないのに。
うちはスイセイとふたりきりなんだから、しばらくはもう買い物をせず、あるものを大事に食べよう。
ニュースはスイセイが見てくれているので、私はいつもと同じように仕事をしよう。
今は、「ふとんシネマ」の文章をがんばろう。
夜ごはんは、ブリの生姜醤油焼き、かぶと油揚げの薄味煮(おとついの)、切り干し大根煮、魚肉ソーセージ、ゆで卵、塩むすび、もやしのみそ汁。

●2011年3月11日(金)晴れ

「ふとんシネマ」の原稿を書いていて、そろそろお茶でもいれておやつにしようかな……と立ち上がったら、大きな地震があった。
すぐにラジオをつけたら、ピーッと大きな音がした。
アナウンサーの人の声はとても上づっていて、隣にいる人の声までよく聞こえていた。
とりあえず火の元だけは消したけど、あんまり長いこと大きく揺れるので、私は頭の中が真っ白になって、大テーブルの下へもぐった。
スイセイはとても落ち着いていて、私の手を握り、もう片方の手で本棚が倒れないように押さえながら、辺りの様子を確認しているようだった。
うちは、玄関の鏡が滑り落ちて割れたのと、グラスがひとつ割れただけ。
本棚も、食器棚も、つっぱり棒のおかげで無事だった。
家にいて、ふたりともなんともなかったことを感謝しながら、それからはずっとテレビのニュースを見て過ごした。
うちの前の空き地では、選挙のポスターの看板作りをしている人たちが8人くらいいたのだけど、その人たちは、地震があってもしばらくの間気がついていないようだった。
鉄塔や、まわりの木が揺れていることに誰かが気づいたみたいだけど、相変わらず淡々と作業を続け、暗くなるまでやっていた。
あの人たちは、家に帰ってニュースを見たら、きっとものすごくびっくりするだろう。
早めにごはんを食べ、風呂にも早めに入った。
茨木のりうからも、家族全員無事だとメールが届いた。
夜ごはんは、塩鮭、かぶと油揚げの薄味煮、切り干し大根煮(ひじき、にんじん、コンニャク)、大根の酒かす汁、冷やご飯(ゆうべのご飯を弁当箱へ入れておいた)。

●2011年2月28日(月)雨、一時みぞれ

雨だけど、朝ごはんを食べ、いつものように散歩。
最近私は、スクワット&腹筋を20回ずつやってから出るようになった。
これは、川原さんの真似。
うっすら汗をかいて体が温まるし、散歩から帰ってくると、さらに頭がすっきりして、仕事に入りやすいような気がする。
今日は、「真夜中」の校正と、「ふとんシネマ」を本にする作業。
雨の日にとくに思うのだけど、うちはシェルターみたいだな。
スイセイとふたり、家の中でやりたいことをやっている。
誰にも邪魔されず、怒られもせず、図書館でおもしろそうな本を借りてきてはパラパラとめくり、また仕事に没頭する。
夜ごはんは、炊き込みご飯(ごぼう、干し椎茸、油揚げ、豚肉)、だし巻き卵、しらすおろし、もずく酢、大根と青じそのみそ汁(ゆうべの残り)。
今夜もまた、風呂の中で『フィッシュマンズ 彼と魚のブルース』をむさぼるように読んだ。
著者の川崎大助さんという人は、凄みがある。

●2011年2月27日(日)快晴

「ツクピー、ツクピー」と鳴く鳥は、ヒヨドリだったっけ。
春になると聞こえる声だ。
洗面所のところの窓を開けたら、大家さんの杏の蕾が、ところどころピンクにふくらんでいる。
もう、本当に、春はそこまで来ているのだな。
遠回りして、散歩がてらスイセイと図書館へ。
今日は、仕事を何もせず、旅の資料などを読み耽った。
『サザエさん』をつけながら、夜ごはんの支度をしていたら、ひな祭りの歌が聞こえてきた。
ひな壇の前へ家族みんなで勢ぞろいし、波平とワカメちゃんが中心となって、体を揺らしながら合唱している。
「着物をきかえて帯しめてー きょうーはわたしも晴れすがたー はーるのやよいのこのよき日ー なによりうれしいひな祭りー 」
たぶん、3番か4番の歌詞だと思うのだけど。
なんか、どんなことにも勝る家族の仲のよさが、純粋でちょっと白痴的でもあり、涙がふき出した。
夜ごはんは、ラムのオーブン焼き(すりおろし玉ねぎ、酒、醤油、バターのソース)、マッシュポテト、ほうれん草のバター炒め、明太子、白菜漬け、大根と青じそのみそ汁、白いご飯。
最近、風呂の中でむさぼるように読んでいる本は、『フィッシュマンズ 彼と魚のブルース』。
「キチム」でのライブの翌日に、ちょうど届いた。
半身浴で汗をかきながら、気づくと小一時間も夢中で読み続けている。
佐藤君の一挙一動、インタビューでのひとことひとことを、体に吸い込ませている感じ。

●2011年2月20日(日)晴れ

2時過ぎに出て、川原さんの家に寄り、「キチム」へ。
ふたりで「フィッシュマンズ」のライブへ行った。
韓国にある「空中キャンプ」というお店の子たちが、「ウラニワ」の厨房を借り切って、チヂミやチャプチェやトッポギなど作って出していたり、韓国のバンドの子が前座で歌ったり。
「空中キャンプ」というお店は、「フィッシュマンズ」好きな人たちが集まるライブハウスだそうで、「キチム」の中は、集まったお客さんたちも、もちろんメンバーたちも、同じものが大好きでたまらない人たちの空気でムンムンしていた。
前座で、韓国のバンドの女の子が、「フィッシュマンズ」の歌を訛りのない日本語で歌った時、すでに私は感動していた。
好きだという気持ちって、すごいことだな…と思って、スーッと涙が流れた。
ライブは、ものすごかった。
佐藤君の声や、歌っている時の顔つき、動きなんが、残像のように何度も蘇りながら(ビデオでみた)、今、ここで鳴っている音楽が体をかけめぐった。
お客さんが立っているところから、ひと続きの床ステージで、「ボノボ」のギターの人、郁子ちゃん、タカシ君、「フィッシュマンズ」のふたりが、電気みたいに光っていた。 そこを丸く囲むようにして、みんなが踊っている。
たぶん、リアルタイムでは小学生ぐらいだっただろう、私の娘や息子くらいの世代の子たちが、体を揺らし、飛び跳ね、いっしょになって歌っていて、私は目眩がしそうだった。
音楽はもちろんのこと、佐藤君の言葉が、彼らにもちゃんと伝わっているんだ。
すごいことだなあ。
これは昼の部で、そのあとすぐに夜の部がはじまるというのに、ステージの光った人たちは、思いっきり歌い、本気で演奏していて、心配になるくらいだった。
チャプチェもチヂミも、本場の味でおいしかったなあ。
まだ、胸をドキドキさせながら、川原さんと帰りに「東急」へ寄った。
なんだか、そこで買い物をしている人たちみんなと、さっきまで「キチム」でいっしょに時間を過ごしていたような気がした。レジの人まで。
うちへ帰って親子丼を作り、食べている自分もまた、不思議だった。
なんで自分はここにいるんだろう…というような、ふわふわした感じ。
夜ごはんは、親子丼、豆腐とねぎのみそ汁。食後にイチゴ。

●2011年2月18日(金)快晴、風強し

11時に起きる。
ちょっと二日酔いだし、頭がぼんやりしているので、今日は仕事を何もしない日と決める。
空は真っ青で、風が猛烈に強い。どこもかしこもピッカピカで、シールを一枚剥がしたような天気。ゆうべの大雨のせいだろうか。
布団を敷いたまま、DVDを観たり、本を読んだり。
そのうちパタンと寝てしまう。
何度目が覚めても、空はまだ青く、風も強いままだった。
きのうは、「考える人」の三度目の打ち合わせだった。ようやくいろんなことが決まってきた。
どこの国へ出かけるかとか、詳しいことはまだここへは書けないけれど、川原画伯といっしょに旅へ出て、紀行文を連載することになった。
長年の夢の地だったので、とてもとても嬉しい。
打ち合わせが終わって、川原さんの家へゆき、ワインを飲みながらいろんな話をした。旅のことだけでなく、それぞれのこれからについてなど。何かの前夜祭のような晩だった。
あんまり楽しくて途中から時間が分からなくなってしまい、雨の中、自転車をかっ飛ばして帰り着いたら、二時半をまわっていた。
夜ごはんは、キャベツたっぷり太麺焼きそば(目玉焼きのっけ)。白いご飯をお皿の脇に盛り、焼そばをおかずにして食べた。

●2011年2月11日(金)雪

朝起きてカーテンを開けたら、雨まじりの雪だった。
ゆうべ、天気予報で「朝のうちから雪になり、一日中続くでしょう」と言っていたのが、その通りになった。
朝ごはんを食べて散歩。寒いだろうけれど、この雪の中を歩いてみたくなったので。
透き通ったビニール傘の上に、シミシミと雪が降りそそぐ。遠い方のコンビニまで歩いて、牛乳を買って帰ってきた。
今日もまた、「真夜中」の続き。そろそろ佳境に入ってきたので、ほとんど休憩をせずにやった。
窓の外は、白と黒の景色。しんしんと降りしきる雪が、シュロの葉の上に積もっている。
夜ごはんは、ラーメン(しょうゆ味。煮卵、もやしとセロリの葉をゆでてのせた)。

●2011年2月9日(木)雨のち雪のち晴れ

朝起きた時には、雨が降っていた。
布団をたたみながら、ぼんやり眺めているうち、雨粒がふらふらと風に飛ばされるようになり、(雪?)と思いながら見続けていたら、桜の花弁を3つばかり合わせたくらいの大きさになった。
朝風呂から出てきたら、もうやんでいたけれど、今日あたり、山の家では雪が降っているかもしれないな。
そのうち、陽が射して、晴れてきた。
朝ごはんを食べ、散歩がてら買い物へ。
陽が当たるところでは、沈丁花の蕾が膨らみはじめていた。
帰りは、しっとりと汗ばむほど。
今日も、「真夜中」。
4時からは、「考える人」の打ち合わせ。2時間ばかり、たっぷりやったので、夜ごはんは蕎麦屋へ。
夜ごはんは、板わさ、そばがき、ざる蕎麦(スイ)、鍋焼きうどん(私)。
ふたりでビールを2本飲んで、爽やかに帰ってきた。

●2011年2月3日(木)晴れ

とても暖かい。
朝ごはんを食べ、図書館へ寄りながら、農家をまわって帰ってきた。整体の先生から教わったように、つま先を蹴りながら前へ進むように歩いてみた。こうすると、つま先の血行がよくなるのだそう。スネやふくらはぎの方まで筋肉を使っている感じがした。
ゲラの校正を二本やり、「真夜中」の作文。
今日は節分、祖父の命日だ。夜ごはんの前に、豆まきをしよう。
そういえば最近、ほうれん草がとてもおいしい。
葉っぱも茎も根元の赤いところまで肉厚で、朝はバター炒め、夜はおひたしにして、ほとんど毎日食べている。
八百屋さんのも、いつものスーパーのも、どれも肉みたいにおいしい。
夜ごはんは、塩鮭、ほうれん草のおひたし、白菜のサッと蒸し(ゆずこしょうで)、きのこご飯、くずし豆腐のみそ汁。

●2011年1月31日(月)快晴

朝から「ジョルニ」の校正。図書館でコピーをとって、コンビニへまわり、宅配便に乗せて帰ってきた。腕を大きくふり、早歩きで行ってきた。
今日も、「真夜中」の作文。ケーキを焼きながらやる。
このところ、スフレチーズケーキのようなのがずっと食べたくて、ケーキ屋さんを覗いたりもしていたのだけど、山羊のチーズが半端に残っていたので、自分で作ることにした。
どうしてかというと、『トムキンスさん、ケーキをありがとう』という高野文子さんのマンガに出てくるケーキがおいしそうだったから。雨の日に、お隣のトムキンスさんがくださった、一切れのケーキ(チーズケーキのような形)。「真夜中」に載っていた。
小麦粉を切らしていたのでコーンスターチでやったら、周りがカリカリでふっくらキツネ色の、ほんの少し酸味のあるバターケーキが焼けた。
コーヒーをいれて、しばし休憩。
『日々ごはん』の読者の方から、おもしろいメールが届いた。

ーー自分だけの「イヒヒ!」を見つけました。
「日々ごはん」を自分のカレンダーとして使ってみることにしました。
12月に第1巻を買いました。おととい第2巻を買いました。川原さんの表紙を眺めて、来月2月はどんな1ヶ月にしようか、スッとした気持ちになりました。 月終わり近くに、来月と同じ数字の号を買います。
今年の11月末には全巻揃います。いろんな楽しみが出来てホント「グッドアイデア」だと思います。ーー

『日々ごはん』は12巻で終わりだから、ちょうど切りがいいのだ。
夜ごはんは、鰺の干物、大根おろし、大根と油揚げの薄味煮(おとついの)、ちくわの甘辛炒め、ひたし黒豆、焼き豆腐のみそ汁、白いご飯(スイ)、玄米(私)。

●2011年1月26日(水)晴れのち曇り、一時雨

朝方、トイレに起きてから眠れなくなった。
まだ真っ暗だったけど、新聞は届いていたから、5時ぐらいだったのかな。
子供の頃のいろんな場面が浮かんでは消え、また次のが浮かぶ。
もういちど寝ようと思っても無理そうだったので、メモ用紙を取りにいって、薄暗い中で浮かんでくるまま書きつけた。
たぶん私は、今日から「真夜中」のスイッチが入った。
肌がガムテープみたいになって、小さな糸くずやホコリのような記憶まで吸い寄せる。
なので、今日は歩くのを休んだ。
畳の部屋で、宅急便開いた厚紙に、メモの切り抜きや写真を貼りつけたり、さらに思い出したことを隙間へどんどん書き込んで、頭の中の地図を作った。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(ひとり用の土鍋がうちにないので、先週の『まる子』の家みたいに、大きい土鍋で作ってみた。海老の天ぷら、かまぼこ、卵、ほうれん草)。

●2011年1月23日(日)晴れのち曇り

このところ、毎日少しだけ歩いている。今日で5日目。
朝ごはんを食べ、洗濯物を干したら出かける。散歩というほどではないけれど、だいたい10分くらいの道のり。
暖かいので上着も着ずに、スニーカーだけ履いて出る。
図書館までの道をぐるりとまわって帰ってきたり、今朝は、無人野菜売り場がある農家のところまで歩き、帰りは初めての道を通ってみた。
近所なのに、あんがい知らない道があるものだ。
こんなところに公園があったのか…と思ったり、道の端を歩いていると、塀のすぐ向こうから犬に吠えられたりもする。
帰ってきたら、郵便受けを確かめて、階段をトントンと走って上る。
そのあとすぐ仕事にとりかかるのだけど、なんとなく頭がスッキリしているような気がする。
これは、スイセイにすすめられた。
「毎日とはいわんけど、みいは、週に最低3日は足を動かさんにゃあいけん。散歩ゆうと時間もかかるし大袈裟になるけど、近所をまわるだけでもええんで」 先々週、私は右足のつけ根のあたりが痛くなり、腰や膝の方まで痺れがきた。何の前ぶれもなく、突然そうなった。
整体の先生に押さえてもらったら、次の日にはウソのようによくなったけれど、左に比べて右側の筋肉が相当固くなっていたらしい。
いつまで続くか分からないけど、調子がいいので、まあ気長にやってみよう。
さて、今日からいよいよ「真夜中」の作文。畳の部屋へ「真夜中の箱(メモや資料などが入っている)」を出し、何を書こうかノートへまとめたり、絵を描いたり、思い出したことを書きつけたり。
5時までやって、『ハイジ』、『まる子』『サザエさん』。
夜ごはんは、塩鮭、肉じゃが(にんじん、玉ねぎ、豚肉)、白菜の鍋蒸し(ゆずこしょう)、油揚げとわかめのみそ汁、白いご飯。

●2011年1月15日(土)曇り、すごく寒い

朝方、寒くて目が覚めた。
いくら絹の毛布が暖かくたって、上の布団が1枚では寒いのだな。電気ストーブをつけて、また寝た。
今年の冬は、はっきりと寒い。
今まで寒いのは苦手だったけど、空気がキーンとするようなこの感じ、あんがい私は好きかもしれない。
それは山の家へ通うようになってからのような気がするし、もしかしたら、5本指くつ下の重ねばきのおかげで、寒さに強くなったような気もする。
1時から、河出書房の編集さんと2度めの打ち合わせ。今日はスイセイにも参加してもらった。
彼女の質問に答えたり、スイセイも加わっていろいろ話しているうちに、こんどの本で私が何を求められているのか、自分が何を書きたいのかがぼんやり見えてきた。それがだんだんに濃く、太い線になってゆく感触があった。線というより光だろうか。
本の内容についてはまだここには書けないけれど、去年の暮れからはじまったこの会(打ち合わせという感じではない)が、少しずつ転がって、いちばん無理のない形になってゆけばいいなと思う。
これからもちょくちょくお会いすることになりそうだ。
今年は、文章の本がめじろ押しだけど、さーて、どうなることやら。
夜ごはんは、釜上げしらす&豆腐のいり卵弁当(スは白飯、私は玄米で)、うまみ菜の煮びたし、ほうれん草ときのことベーコンのバター炒め、明太子、かぶのみそ汁。

●2011年1月13日(木)晴れ

きのうから、「ジョルニ」という雑誌の撮影がはじまった。
ひさしぶりに赤澤さん、みどりちゃん、斉藤君のチームでやっているので、楽しくて楽しくてたまらない。
おとついもそうだったけど、とくにゆうべは朝方まで眠れなかった。
斉藤君の写真が、デジカメになってもやっぱりものすごくいいので、興奮していたんだと思う。
体はくたびれていて眠りたいのに、頭の中ではいろんなことがぐるぐるしてとりとめがなく、明日はみどりちゃんに5本指靴下を貸してあげようとか、斉藤君にこれを言おうとか、赤澤さんにこれを伝えなくちゃとか、リーダーに朝一で仕入れの追加をたのもうとか。
終いには、撮影とまったく関係のないことまでアイデアが浮かんでは消え、また浮かんでは消えていたのだった。
撮影は、5時くらいに終わった。
きのうよりは明るかったけど、今日もまた斉藤君は、陽が落ちはじめる薄暗い光の中、自然光で撮っていた。
沖縄からかわしまよう子ちゃんが来ていて、「STONE」で展示をしているそうなので、皆を送り出してから、リーダーとスイセイと出かけた。
「キチム」は、しばらく行っていない間に、またぐーっと雰囲気が変わっていた。
何が変わったのかは分からないのだけど、木の匂いがして温かく、空気が馴染んでいるような感じがした。洗濯機の渦巻きが、丸くなって寝ている猫のお腹のところでぬくまっているような。カウンターに座っているだけで、ふわーっとしてくるような。
郁子ちゃんも、奈々ちゃんも元気そうだったなあ。
夜ごはんは、おいしいお蕎麦屋さん。よう子ちゃん、リーダー&仕事を終えてやってきたナツコと5人で。
板わさ、たぬき豆腐、そばがきの素揚げ、天ぷら盛り合わせ、ざる蕎麦3種、ビール、日本酒。
ほどほどに酔っぱって、皆でカラオケへも行き、2時間ほどみっちり歌った。
よう子ちゃんはブーツを脱ぎすてて演歌を、ナツコは体を折り曲げながら熱唱していた。
私は今日いち日分の体をすっかり使い果たし、帰ってきた。

●2011年1月6日(木)曇りががった晴れ 

お正月の寝坊癖がまだぬけない。10時半に起きた。
明日は対談でみどりちゃんがいらっしゃるので、大豆入りのポテ(ポトフの豚版)を煮込みながら、パソコン仕事をやる。あちこち掃除もした。
対談は、『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』の石井好子さんについて。若いころからくり返し読んでいた本だし、みどりちゃんとだし、依頼のメールが届いた時には、バンザーイと両手を揚げた。
編集の方が、絶版になった本のコピーなどいろいろ送ってくださったので、お正月の間も読んでいた。こういうのもすべて仕事だっていうことが、私はとても嬉しい。
4時ごろ、洗濯物を取り入れようとしてベランダに出た。
空はまだ青く、重なりあった雲の後ろから沈みゆく太陽の光りが当たって、鏡餅に後光が射しているみたいだった。
夜ごはんは、中華麺のソース焼そば(肉なしでキャベツたっぷり、目玉焼きのせ)、シュウマイ、白いご飯。

●2011年1月2日(日)晴れ

あけましておめでとうございます。
洗濯物を干しながら仰ぐと、雲ひとつない真っ青な空。
車の音も人の声もまったく聞こえない。
今年も、また静かなお正月だな… はて、去年はどうだったのろう。すっかり忘れてしまった。
きのうは胃がもたれて起きられず、私は2時まで寝ていた。起きたって、せっかくのご馳走が食べられないので。
スイセイはゆうべのお蕎麦の残りを、自分で温めて食べていた。
起きて、朝風呂から上がって、ご馳走の支度をしている時にスイセイが台所へ入ってきたので、はじめて「あけましておめでとう」を言い合った。
今まで何ともなかったのに、私は寝る前に何か食べると胃がもたれるようになったんだな。
今年の年越し蕎麦は、「紅白」を見ながら食べることにしよう。
きのうも今日も、メールも電話もかかってこない。スイセイとふたりっきりで、陸の孤島にいるようなお正月だ。
空は青く、空気はきーんと冷たくて、スイセイは部屋でいつものように仕事(暮れから事務の整理をやっている)をしているから、私はお酒も飲まずに、くだらないテレビをひとりで見ている。
今年はご馳走も控えめだし、ひっそりしていてなかなかいいなあ。
今日は、残しておいた仕事部屋の大掃除をやった。
『チクタク食卓』の膨大な資料の束を、ようやく片づける気持ちになれたが、『ホノカアボーイ』の方はまだ捨てる気になれなくて、ダンボール箱のまま棚の上へ戻した。
明日もまた、続きをやる予定。
夜ごはんは、牛肉のバター焼き、菜の花添え(大根おろし、ねぎ、ポン酢)、黒豆&ちょろぎ、しめ鯖、磯部巻き。



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