オ チ ア イ イ ク オ    コ ウ サ ク ショ






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・オリヂナル・カレンダ2019  2018-12/31
・ココアどこ わたしはゴマだれ  2016-11/26
・生キルの手帖 2011  2011-09/19
・落合郁雄工作所 総合カタログ1971~2009  2009-08/01


メモ・

はじめに実態ありき。
そのあとをノコノコ言葉がやってくる。


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■2019-9/22
[野の編日誌]

まー植物というのは生物的におれらの大先輩で、かれらの繁栄の成功の末に、末の末に、末端に、ようやく、かろうじて奇跡的におれらがいるわけで。
で、やっぱり植物というのはすごい。
「趣味の園芸」、なんてもんじゃない。

進化というのはたしか積み重ね式なので、おれの内部にも先祖たる植物がいるはずで、それをありがたいとも、いま、こうして眼の前の草の頑固さに呆れながら相対していることの不思議さも、両方おもう。


■2019-9/21
[野の編日誌]

人から、お前は頑固だと言われることがあり、自分でもそうかもしれんとおもう。
でも。
人の世界の頑固さは大したことない、と草取りしながらおもう。

草はけっしてへこたれない、草の頑固さには敵わない。


■2019-9/20
[野の編日誌]

きょうは用事があったので、久しぶりに街の方に行ってきた。
そこはちょっと大きめのショッピングセンターだが、いろんな刺激、情報量が多くて頭クラクラし、あーこういうとこ、おれはあんまり好きじゃなくなってる、田舎ものになっとるんかもしれん、とおもった。


■2019-9/19
[野の編日誌]

たとえば、おかずはまとめて作って、それを3日くらいかけて食べる。
この3日サイクルが、おれには合う。
毎回、料理を作るのは面倒だし、これより長いと飽きる。

それは、料理以外のことにも言える。
まとめてやりたがるが、3日を過ぎると嫌になってくる。

「日常」って、繰り返すけど更新もする。
繰り返しと更新。

図で描くと、螺旋。
季節も螺旋。
天体運動も螺旋。


■2019-9/18
[けふの料理・料理するということ]

料理するというのは、食材の調達からはじまって食後の後始末までの、全部の過程を含めたこと。
食材を煮炊きしたり、味付けしたりすることは、その中の一過程でしかない。
それは、自炊を続けてきてわかったことだ。
毎日、毎食のことだから、その食材が安いかどうかや、料理の支度や洗いものが簡単であるかどうかが、とっても大事。

そういうようなことを叶えた料理を、うちでは「おいしい料理」と言う。


■2019-9/17
[けふの料理・季節外れの雑煮]

しばらく買い出しにも行ってないので、うちの食材がずいぶん少なくなってきた。
毎日同じメニューが続いてる。
きょう湿気多めで風なく、蒸し蒸しの陽気という悪条件重なり、食欲湧かず、晩ごはんどうしようと、柿ピーだらだら食べながら考えて、名案ひとつ。
そう言えば、ひと月前に気まぐれ買いしたお餅があった。
というわけで、晩ごはんは「雑煮」だ。
・うちの定番「粉末関西風うどんスープ」と醤油でおつゆを作って、餅を投入。
・だいたい弱火で、餅が鍋から溢れるくらいになるまで煮る。
以上。
「季節感の強い食べ物を、季節外れに食う」という意外性が食欲を刺激したのか、とーっても美味しかった。


■2019-9/16
[野の編日誌]

秋口にはいったのに夏が忘れものを取りに帰ってきたような。
まさに残暑。
昼はしっかりと暑い。

こういうエピソード、記憶、汗、肌と土地の会話、繰り返したあげくに、細胞も納得して(あきらめて)、だんだんこの土地の子になっていくんだらふ。


■2019-9/15
[野の編日誌]

事務仕事の合間にちょっと、と、畑に出て草取りをはじめると、もうダメ、時間を忘れてしまう。
・・・・。
気がついたら、おれは汗みどろ土まみれで、日の陰った畑に突っ立っていた。
(まー、多少涼しくなって動きやすくなってきたっていうことだろうけど。)


■2019-9/14
[野の編日誌]

うちの畑に、すぐお隣さんの畑に接しているところがある。
お隣さんの畑は業者が草刈りをしてるが、以前うちの畑まで草刈りをしてしまったことがあった。
きょう、その業者さん草刈り中だったのでその旨念押しをしようとしたら、その人は中国人だった。
が、手振り身振りで、なんとか伝わったような気がする。
うちの畑、畑に見えんかもしれんけど、いまノイチゴが繁茂しつつあるんです。
そこらへん、どうぞよろしくお願いします。


■2019-9/13
[野の編日誌]

全天曇天、昼にもかかわらず室温24度。
しばらくぶりに見る畑は、さすがに草の成長はおさまっているようだが、とくにススキ類の穂が目立つようになってきた。
いまは、エノコログサ(ネコジャラシ)がいちばん多い。
エノコログサというのは根がそんなに深くないし、いま土が乾いてないので、手で引っこ抜ける。
これ、いと楽し。
エノコログサ引っこ抜きゲームのごとし。


■2019-9/12
[野の編日誌]

きょうは湿度低く天気も安定して、ちょっと秋っぽい陽気の日だった。
季節はちゃくちゃくと、カレンダの通りに、自分の時間を進んでいる。

おれはなかなか自分の時間に乗れなくて、モダモダ。


■2019-9/11
[野の編日誌]

たとえば、ネット通販することはよくあるが、失敗することがたまにある。
ネット通販では、実物を確かめることができないからだ。

インターネットは、便利な知識の多いところだが、どんな知識も実際に役立たないと意味がない。
やっぱり、拙くもわが身を使って、きちんと経験すること。
これが基本。


■2019-9/10
[野の編日誌]

パソコンとインターネット、これら無くなったら困る。
ずいぶん依存してる。
その意味では、おれは原始的な人とは違う。
もう、戻れんかもしれん。
むしろこれから、大勢はホントに人とコンピュータや機械が混ざりあって行くんだろうとおもう。
だからせめてそういうことを自覚していたいんだが。
はたして、はたして。

と、暮れたばかりの向こうの闇で、雷がゴロゴロゆっている。


■2019-9/9
[野の編日誌]

台風一過。
ではあるが、パソコンのキーボードが使えなくなっていた。
キーを押すとデタラメに表示される。
昨夜はなんともなかったのに。
この夜、おれが寝てるあいだにいったいなにがあったんだ。
台風が置いていったトラブルとしかおもえない。

というわけで、朝からほかのキーボードを探したり試したり、試したり、して、いまようやく、現状モードに軟着陸、いちおう、いまのところ。
なにごともない平穏な日日というのは、簡単じゃない。


■2019-9/8
[野の編日誌]

今晩、うちの方に台風が来るらしい。
夕方から風が吹いて、雨もそぼ降っている。
毎度、台風が近づくとなると厳かな気持ちになる。
畑も山も自分のように、ざわざわと揺れている。


■2019-9/7
[野の編日誌]

ただ手間をかけたくない手間を取られたくないと消極的に対応してきたのに、ついに畑全体を掘り返すことになったか。
正解のない世界を、迷いながら進む。
迷うことが本分なのかもしれん、ぢっと手を見る土まみれ。


■2019-9/6
[野の編日誌]

そうしてスコップでうちの畑の硬ーい地面にコジコジと、体重をかけスコップ先を突き刺しては、地面をめくる。
めくれた土を手でほぐして、オギの地下茎を取り出す。
これが、ここんとこ暇をみつけてはやってる野良仕事。
「余念がない」、っていうやつ。


■2019-9/5
[野の編日誌]

「ススキ」とひと口で言っても、じつはいろいろ細かく種類が別れていることがわかり、うちの畑でいちばん派手にのさばっているのが、イネ科ススキ属「オギ」というのだった。
(まー、世のほとんどのひと興味ないだろうけど。)
「オギ」は地下茎が地中広く深く伸びているので、駆除するにはホントの「ススキ」よりも厄介だ。
うう。

今シーズン当初から地下茎を掘り出す実験をしているが、そんなに完全に取らなくても「オギ」が生えてこなくなる、それなりの効果はあるようだ。


■2019-9/4
[野の編日誌]

キャベツもゴーヤも買い置きを室温で放置してしまい、全身が見たことのない色に変わってしまったことがある。
いたしかたなく断腸のおもいで、畑に肥やしとして捧げた。
「初めてのことは失敗ではなく体験」ルールというのが、うちにある。
あるいは、「次のためのデータ収集」。
まー。
こんなもんだ。


■2019-9/3
[野の編日誌]

うちの米に虫が湧いた。
ガーン。

うちの1日の最大生きがいハイライト・イベントである自炊ごはんのお米の危機、大問題だ。

ネット情報では、毒じゃないから食べられないことはないとのこと。
ウーン。
とりあえず、目立つ異物を取り除いて、きれいな入れ物に入れ直す。
拙速に「捨てる」と「食べてしまう」の2極判断をせず、当面観察しながらよーく考えてみることにした。


■2019-9/2
[野の編日誌]

8月が終わっても草たちの成長は止まらず、むしろ穂を出したりして、これから畑はにぎやかになる。
だども、8月のくたびれをまだ解消できていない人間類としては、あえて見ぬふりする。
そういうのあんまり一喜一憂してると、ノゼローゼになる。


■2019-9/1
[野の編日誌]

田舎は、夜の力が強い。
夜の方に世界の主体があるのかもしれん。
夜の海に、昼が浮かんでいるのかもしれん。

秋の虫が鳴いている。


■2019-8/31
[野の編日誌]

夜、外に出てみる。
外から、誰もいないうちの窓明かりを眺めてみる。
ひと息つく。
そしてまた、うちに戻る。


■2019-8/30
[野の編日誌]

地面にスコップを突き刺して、土をめくる。
ブチブチっと草の根がちぎれる。
作業としてじゃなく、自分の生理として土を掘る。
そうやって、自分を確かめる。


■2019-8/29
[野の編日誌]

やりたくないことをするときは、気持ちが溜まるのを待つ。
店のポイントみたいに100ポイントになったら品物と交換できるような感じ。
気持ちというのは湯気のように儚いから、それを100回も確かめることで、ようやく自分の筋肉に電気が通りはじめ、そして行動になる。


■2019-8/28
[野の編日誌]

きょうの曇天のように、自分の気分も晴れない。
内発の気が立ち上がってこない。
これ、という理由なくこうなることが、たまにある。
まー、休みどきという知らせかも、アクセルペダルから足先浮かしてみる。


■2019-8/27
[けふの料理・初めての揚げ物]

海からそう遠くないところで育ったので魚介料理は大好きだが、生魚を自分で調理するとなるとどうもおっくうで、缶詰や、干物、せいぜい切り身を焼くくらいで済ませていた。
が、このたびは「白身魚のフライ」にトライしてみる。
・まず、スーパーの「冷凍白身魚のフライ6枚入」っていう、粉なんかついてて、あとは揚げるだけっていうのを調達。
・室内放置で、解凍する。
・揚げ鍋は、油量倹約のために底が狭くて深い飯盒(キャンプでごはん炊くやつ)を採用。
・飯盒の底から5ミリまでのとこまで、揚げ油投入。
中略、以上。
すごく上手にできた。
これで、料理レパートリーまたひとつ増えた。
(ちなみに、残った揚げ油は、次の炒めもので使ってしまう。)


■2019-8/26
[野の編日誌]

まだ夜明けきらぬ朝、5時に近所の郵便ポストまで歩いた。
初めて、この時間帯に近所を歩いたことになる。
ふだん、昼間ここらへん歩いてる人なんかいないのに、「ギョッ」。
散歩者に二人も出くわした。

それは、このときの空気が、格別に気持ちよかったので、わかる。
その気持ちよさ、おれは何にたとえていいかわからない。
「山沿いの集落の、朝の、空気が透明ゼリーの、・・・」。
でも、それがわかる人だけが散歩してるということなんだろう。


■2019-8/25
[野の編日誌]

さすがに、朝晩は気温が下がるようになってきた。
ランニングシャツにパンツじゃ耐えられんから、毛布が必要だ。
猛暑日も過ぎるとなれば(ちょっと)名残惜しい。
また、秋から年の瀬までジェットコースターだから、いま、ぼんやりとぢゃなく、気をつけてないと。
と。


■2019-8/24
[野の編日誌]

白百合の頭が古い小屋のひさしにつっかえて、お辞儀をしている。


■2019-8/23
[野の編日誌]

Kさんに、かねてから気になっていた雑草を指さして。
「この草の名前はなに?」って聞いたら。
Kさんは2秒ほどよく見てから、「クサ」と答えた。
おれは、もうそれ以上なにも聞かなかった。


■2019-8/22
[野の編日誌]

畑の草取り、というのは、ゲームに似ている。
ある定められた時間内に、一定の任務を遂行する。
てゆーか、世のすべての作業はそうなので、気持ちの問題か。
気持ちのゆとりが生じたら、多少大変そうなことでもゲームのように楽しめる、っていうことか。

その状況の只中から自分が出ることができ、状況を自分とは違うものだとおもえ、眼の前の画面を見るようにして状況をみることができること。
か。


■2019-8/21
[野の編日誌]

白百合に庭を取られてまわり道


庭のあちこちから自生してくる白百合。
高いのは人の背丈ほどもあり、とても邪魔なんだがねー。
かつ年年増えてきてる、どうしよう。


■2019-8/20
[野の編日誌]

雨の降った次の日は、畑の土がよく湿っていて柔らかい。
こういうときの草取りは、手で抜く。
手で茎を掴んで、茎につながる根っこを感じながら、やさしくしないと途中でちぎれてしまうから、やさーしく、ゆーっくりと。
うまくいくと、ゴッソリときれいに抜ける。

これ、とても気持ちよくて、いつまででも続けられる。


■2019-8/19
[野の編日誌]

近くの電柱の拡声器から、いつものオルガン演奏「家路」が流れる。
そして子どもの声。
「児童、生徒のみなさん、6時になりました。
きょうも一日有意義に過ごせましたか?
事故に合わないよう、気をつけてお家に帰りましょう。」


■2019-8/18
[野の編日誌]

帰ってきたら、少し季節が変わっていた。
そうか。
もう、二度と会えんのか。


■2019-8/14
[野の編日誌]

台風進路に当たる広島、おれも向かう。


■2019-8/13
[野の編日誌]

午後打ち水のような雨が降って、きょうは気温上がらず。
てか台風の兆しだ。

夏のてっぺん、お盆に台風シーズンがはじまり、夏の天気がかき回されるようになり、バランスが崩れ、次の季節に向かう。 いつものことだ。


■2019-8/12
[野の編日誌]

子どもは夏休み。
大人はお盆休み。
日本が停滞する時期。
お盆がどうしてこの時期なのか知らんけども、ほかにも終戦記念日や高校野球。
猛暑や台風。
具材、多過ぎ。
ま。
暑いときは休もう。

蝉が鳴いている。


■2019-8/11
[野の編日誌]

暑いし、あたまぼんやりしている。
お盆だし、台風も向かってきている。

夏のてっぺん。
なーんにもしたくない。


■2019-8/10
[野の編日誌]

うちの母屋と物置の間に人ひとり通れるくらいの通路があって、そこは日陰だしよく風が抜けるので、ときどき涼みに行く。
将来、こんな部屋を作りたい。
「夏ルーム」。
外でありながら内、内でありながら外。
自然の風を最大限生かす部屋。

て想像したりする。


■2019-8/9
[野の編日誌]

お向かいさんの畑(30メートル四方)は、かつて田んぼだったらしい。
いまは田んぼをやめて、端っこの小さい菜園以外は、まーいわゆる耕作放棄地になっている。
雑草は伸び放題だが、月イチくらいで草刈機で草刈りをして、その枯れ草を燃してしまう。
だからまー、一年を通すと荒れ地の感じがしない。
そういう定形サイクルでもう何十年も、草の管理をやってきたんだろうとおもう。
少ないエネルギーで、自然と折り合いを付ける。
いい見本だ。


■2019-8/8
[野の編日誌]

ただまー、こちらは夜は気温がそれなりに下がるので、寝にくいことがない。
扇風機を、夜中点けっぱなしっていうことはない。
夜中のどこかでは消してしまう。
そこは、ホントにありがたい。
睡眠がきちんと取れないことが、夏バテの主原因だとおもうので。


■2019-8/7
[野の編日誌]

暑さにちょっと慣れてきたような気がする。
急な暑さからはもちろん逃げるしかないが、ゆっくりな暑さにはむしろ近寄ってみる。
気候を変えることはできないが、自分の感受性を変えることはできる。
耐性を作る。
お好み焼き職人が、真夏でもお好み焼きを焼くようなことをおもう。


■2019-8/6
[野の編日誌]

デスクにある温度計、湿度計、インターネットの天気予報(詳細な)、窓から見える空模様など、刻々と変化するこれらのデータ全部を見比べながら、うちの戸や窓、あちこちを開けたり閉めたりする。
デスクを囲む扇風機2台と換気扇を点けたり消したりする。
これ、大洋をひとり進むヨット操縦のごとし。
かくしてエアコンのないコクピット空調を人力制御して、ちょっとでも快適に過ごさんと勤しむこのごろ。


■2019-8/5
[野の編日誌]

ごはんを炊く時間が来たら電熱器のスイッチを入れ、定時間経つとスイッチを切る。
それはしたのだが、電熱器の上に鍋が乗っていなかった。
ガーン。
ごはんが炊けてない。
この陽気では、こうゆうことがいちばんヤバイ。
熱中症の手前だったかもしれん。


■2019-8/4
[野の編日誌]

この土地の季節の尖ったところ、激しさが、なかなか自分の、あたりまえのものにならない。
よそよそしい。
毎年、その季節がやって来て、そうそうこんな感じ、懐かしい、とはならない。
まだ。


■2019-8/3
[野の編日誌]

外流し脇のラック(高さ180センチ)を「ようやく」固定できて、ちょっとした風でも揺らいだり、倒れる心配がなくなった。
インテリアとエクステリアでは、ものの傷み方がまるで違う。
風や雨、日光、草、落ち葉、虫なんかから、守らないといけない。
未知の分野だったので、ちょっと前進してポイント1。

日中相変わらず、中華かた焼きそばにかける「あん」のような、暑くて湿気のある重い空気。
こんな炎天下に身をさらしている、たとえば交通整理のガードマンさん、のことをおもい浮かべてみる。


■2019-8/2
[野の編日誌]

「夏本番」というものが、生々しく実体として手で触れるような日。
午後2時、室温34度、高湿度、ほぼ無風。
まー、正常な夏ってことで。

畑の桑の葉が食われてたり、穴を掘った跡があったり、どうも野生動物が出入りしてるらしい。
そういうことが増えてきたような気がする。


■2019-8/1
[野の編日誌]

その日の予定をだいたい決めてそのように実行するから、結果的にだいたいその通りになるが、つい、なんの予定もない、意味もないことを、あえて、してしまうこともある。


■2019-7/31
[野の編日誌]

あさ、できるだけ草取りをする。
どうせ昼は猛暑になって動けなくなるし、一日中まるで動かないとかえって体の不調をきたすので、動けるうちに動いて汗をかいておく。
体は意識がおもってるより、無口じゃない。
けっこう饒舌だ。


■2019-7/30
[野の編日誌]

梅雨が明けたらしい、たしかにそんなような空。
やっと正式な夏ということか。

あさ、日が差す前に前に草刈りし、昼は室内にて事務に勤しむ。
その気分転換に、小さい工作や、衣類の繕いものなど。
きょうは散髪もした。
(自分で気まぐれに散髪できるシアワセ。)
夕方、外流しにて行水、うちの水道水は山の水なので少しツベタイ。
「南アルプス(に近い)、(わりと)天然水」。

セミが鳴いている。


■2019-7/29
[けふの料理・野ゴボウの葉茎炒め]

あさ、畑の草刈りの最中、「気まぐれ」に自生野ゴボウの葉茎を取って、ごはんのおかずを作った。
うちに、うちの食材が生えているのは、ありがたいことだ。
冷蔵庫の中の食材のように賞味期限がない。

と、この苦味がこの梅雨陽気に合うということがあるようで、とても絶品うまかった。


■2019-7/28
[野の編日誌]

自分のデスクと運動場(畑)が至近距離(2、30メートル)にあり、デスク作業で行き詰まったら運動場に出て草を眺めたり、鍬をふるって汗を流す。
込み入ったデスク作業と畑はとても相性がいいと、しみじみ感じる。

体を動かすことも考えることだ。


■2019-7/27
[野の編日誌]

複雑なものごとを分解するときは、感情無用。
黒澤明の言うところの「悪魔のように細心に、天使のように大胆に。」の、悪魔モードで。

あるいは、近所を散歩でもするようにして崖の上まで連れて行き、相手をやさしく押す。


■2019-7/26
[野の編日誌]

そのためには、まず落ち着いて。
自分のペース、自分のリズムで。
ものを口で噛み砕くように、ゆっくりとしっかりと。
その味を、味わいながら。
速さよりも、味わうことを。


■2019-7/25
[野の編日誌]

どんなに複雑なことがらも分解できる。
すごくありふれた、単純なことがらにまで分解できる。

だから、おれはやっていける。
複雑なことにも向かっていける。


■2019-7/24
[野の編日誌]

梅雨どきは、もちろん雨降りが多くて、雨が止んでも土がぬかるむので、野良をしづらい。
枯れ草も湿って、枯れ草燃やしもできん。
とくに今年は、動けない日が多かった。
そして、そろそろ梅雨が明けそうな今日このごろ、夏の日差し炎暑攻撃がはじまった。
こうなったらこうなったで、日の出前と日暮れ後しか野良ができん。

梅雨というのは、都会時代におもってたようなただ雨が多めのひととき、じゃなかった。
野良状況が変わる=暮らしかたがバッキリ変わる、季節の大きな境目だった。


■2019-7/23
[野の編日誌]

と、きのうと変わって雲間から日差しあり、炎暑。
そして夕方から雷雨とのこと。
天気の多様性、千変万化。

その多様性に、おれら生物は対応できるはずだ、、が。
おれらもそれに見合う激しさを備えているはずだ、、が。
はたして。


■2019-7/22
[野の編日誌]

空明るくも相変わらず曇天、かつ温度湿度高め。
風なく、ゆるサウナ状態、ときに小雨。

こーゆー、ぐずついているのも天気、ぐずついてないときもあるのも天気。
天気の多様性、千変万化。

無理に逆らわず、内気に過ごす。
地味に身近から片付け、低空飛行だっちゃ。


■2019-7/21
[野の編日誌]

ここんとこ、テーマを決めて1日1片付けをしている。
きょうは、外流しまわりのラックを新調した。
いまのところ、ここが唯一の水場なので、ここの有り様が生活の質に直結する。
外流しは風雨に晒されているから、汚れやすいし傷みやすい。
すぐ脇の梅の葉も落ちてくる。
と、そんな状況に耐えられて食器も人の体も快適に洗えるよう、とはいえ、あくまでも仮設なので大げさにならんよう、身近な材料で工夫を凝らす。


■2019-7/20
[野の編日誌]

たまたま目の前にあった一枚の名刺を、ファイルシステムのどこに納めようかと考えていたら、結局ファイルシステム自体の整理をはじめてしまい、きょう、いち日が終わってしまった。
その一枚の名刺は、なんとか納まった。


■2019-7/19
[野の編日誌]

するのに自信がないことがあっても、自分の中の小さい人におもいのほか強く励まされて、結果的にうまくできてしまうことがある。


■2019-7/18
[野の編日誌]

まだ、この梅雨が明けきらぬうちに、きょう気温が低いうちにと、朝から扇風機の分解掃除。
ネット情報で下調べをして、部品外せるとこまで外して、洗って油差し。
これでモーター回転の粘りがなくなり、なにごともなかったように音もなく微風そよいでいる。
あーよかった、直って。
うちにはエアコンないので、これがないと夏生きていけん。


■2019-7/17
[野の編日誌]

いろんな種類の用事が、この日、このときじゃないとダメって、一つのタイミングに集中してしまう、ということがある。
きょうは朝から、メモに10コくらいのやるべき用件を箇条書きにして、郵便局やらコンビニやら、ホームセンターにも行ってきた。
と、なんとかミッションコンプリート果たす。

用事はゲームに似ている。
用事ゲームで十分忙しいから、スマホゲームはやらない。
てかスマホを持ってない。


■2019-7/16
[野の編日誌]

海底で過ごしているかのような、終日の雨。
「もう二度と晴れることはないだろう」、と言ってみたりする。
うちの植物たちはみんな元気で、みどりみどりの満満。


■2019-7/15
[野の編日誌]

それから、野イチゴはなんとか生き続けているが、地を這う背の低い植物なので、ほかの植物に覆われるとすぐに見えなくなる。
野イチゴを覆う植物を切る、抜く。
野イチゴの成長を促す。
でも、じきにまた、覆われる。
そしたら覆う植物を切る、抜く。
今シーズン、これをどこまでできるか、そいでどうなるのか。


■2019-7/14
[野の編日誌]

西洋絵画は、印象派から絵のタッチが見られるようになってきた。
絵の具自体が見える。
これは、陶器のヒビを金粉であえて強調する「金継ぎ」に似ている。


■2019-7/13
[野の編日誌]

うちのパソコンシステムの飛び道具、Winタブが故障してたが、きょう直した、直った。
ものは、日日壊れる。
いたし方なく、直す。
壊れては直す、壊れては直す。

空中から、滲み出るような雨。


■2019-7/12
[野の編日誌]

あるとき、時間がささくれ立って紙束となり、ワサワサと震え出し、おれは紙束の隙間に吸い込まれてしまった。


■2019-7/11
[野の編日誌]

広島に行っても曇りで、広島から帰ってきても曇り。
そして午後の雨。
抑揚なく増えも減りもせず、いつまでも止まず。

扇風機がなんでだか動かなくなったり、プリンタのトナーが切れたり、ただ時がすぎるだけで用事がたまってしまう。


■2019-7/8
[野の編日誌]

広島行。


■2019-7/7
[野の編日誌]

地面にしゃがんで、草をひとつづつよく見る。
いままでこんなことをしなかったから、よくわからなかったが、やっと草には違いがあることがわかってきた。
たとえば、おなじイネ科の草にも、いくつかの種類がある。
草の理解が草取りに役立つことはもちろんだが、そういうこととは別になんだかおもしろみを感じる。
草地の中に森がある、というか、この中に入っていくと、たぶん果てしないんだろう。


■2019-7/6
[けふの料理・梅干しのレア]

・結局、2キロ程度の梅の実を漬けている。
・けども、漬けてもう2週間にもなるのに、もう数ミリほど水が足りない、梅全体が浸かりきらない。
・うーん。
・ということもあり、味見も兼ねて実(皮が破れてるやつとか)をいくつか食って減らすことにした。
梅干しの途中の味って、ネットでも情報がみつからず、おっかなびっくりで試してみたが、おもいの外うまかった。
やわらかいのはもちろんだが、梅干しとは違ううまみがあり、これはこれでこういう食べものがあってもいんじゃないか。


■2019-7/5
[野の編日誌]

草についての方針
・草の種類によって、「残すようにする」のか「取るようにする」のかを決める。
・「取るようにする」草の中で、簡単に根から抜ける草は手ですぐ抜く。
・「取るようにする」草の中で、簡単に根から抜けない草は放置して、ある程度育ったらまとめて農具を使って抜く。
・「取るようにする」草の中で、根から簡単に抜けない草の、とくに地下茎類は、とりあえず地上部だけを切っておいて、あらためて冬にでも地面を掘り下げて地下茎ごと取る(ようにする)。


■2019-7/4
[野の編日誌]

毎日同じように暮らしてても、意識できないところで調子の抑揚があるようで、きょうはなんだかくたびれた。
自分の中に、もう一つの生きものがいるようでもある。


■2019-7/3
[野の編日誌]

この土地の気候と自然環境を、一つの巨大な生きものだとおもえばわかりやすい。
ひとり住まいだが、この生きものと暮らしてるようでもある。
だが、おれとじゃ大きさが違いすぎる。
とても、かなわない。

ふだん、この生きものの機嫌を見て、自分の予定を組む。
毛づくろいやら、世話も多い。
こちらに移住して、この秋で丸3年。
おもわぬ困りごとまだあるが、少ーしづつマシな関係になりつつは、ある。


■2019-7/2
[野の編日誌]

畑に蚊が出るようになった。
ま、それはそれで順調に季節が巡っているっていうことで。
今月から夏かとおもってたが、6月かららしい。
そうか、もう夏になってたか。


■2019-7/1
[野の編日誌]

草刈り機は、たとえば掃除機に似ている。
掃除機をたまに使うから、その良さはわかるが、ホウキとチリトリでも掃除はできる。
ホウキとチリトリで掃除をするような、気軽さ。
気軽さと、身近さ。
対象に対して、近づいて接する。

草って、ただのゴミじゃなくて生きものだから。


■2019-6/30
[野の編日誌]

栓がゆるくて、漏れ出るような雨。
湿度多く、気温高く、サウナの手前状態。
「梅雨だから」と言われたら、うなずくことのみ。
さあ、この夏は、どんなになるだろう。

毎年、毎度のこと、ススキの刈り込みに手をこまねいている。
どうも草刈り機というのが好きじゃなく、鎌や鍬などの素朴な農具について、わりときちんと考えたが、まーやっぱり、うちにある「三角ホー」を使い続けるという結論に落ち着く。

参考:
https://kateide-saien.com/?mode=f20


■2019-6/29
[野の編日誌]

梅雨が心に入り込むこともあるのかも知れん。
空と同じくグレーな気分。

ちょっと、休もう。


■2019-6/28
[野の編日誌]

全天曇りで風もなく、蒸し暑い。
地面にしゃがんで、手先の作業をしても全身に汗をかく。
この国の、この時期らしい、とても典型的な陽気だから、致し方な、し。
日暮れ、外流しにてフルチン行水、薄墨の雲が山を撫でている。


■2019-6/27
[野の編日誌]

その昔、高校生時代は、家の裏にあった河川敷で夕涼みをよくしていた。
それから引越しをしてからは、近所の護岸から海をよく眺めた。
川の流れや海のようす(こういうの、「永遠性」と呼びたい)を、つい眺めてしまう症候群。
いま、ここでは、うちのまわりは山だらけだが、それはそれで「永遠性」を感じる。
夜、しっかりと暗い家の外に出て、一服する。
しとしと雨が降っている。


■2019-6/26
[野の編日誌]

室内にて事務宿題しながら、息抜きに野良。
この行き来が、ええ感じ。
さらに、そのすきに、米を研いだり、野ゴボウの葉やカボチャを煮たりする。
そーこーしてるうちに、漬けてある梅の実の水が、ジワジワ上がってくる。
「田舎ひとり暮らし交響曲」。


■2019-6/25
[野の編日誌]

用事だらけの合間に、食料買い出しと外用事をかねて、久々外出。
車の運転をすることが散歩かもしれん、気が抜ける。
ダサいなりに田舎の景色、おれは嫌いじゃない。
まだ、近所のこともよくわかってない、弁当でも持って、あてどなく歩いてみたいんだが、だが。


■2019-6/24
[けふの料理・自然の恵み]

買い置きの野菜が切れてきたので、観念して畑の野ゴボウの葉を食べることにした。
うちの野ゴボウの葉はウルトラ苦いので、しばらく敬遠していた。
・葉と茎を切って、具が浸るほどの水を入れて下茹でをする。
・さっと茹でたら、その湯を捨て、あらためて具が浸るほどの水、「うどんスープの素」と醤油を加えて煮る。
サラダのように一度にたくさん食べるんじゃなく、佃煮のように少しづつでなら、ごはんのいいおかずになる。

けさ、梅の実がもうちょっと残っているのを見つけたので、さっそく取った、5個。
製作中の「うちの梅干し 2019」、塩をまぶして梅酢が出ている途中のに、加えてやった。

野ゴボウの葉も、梅の実も、降っている最中の雨水で洗った。


■2019-6/23
[野の編日誌]

ススキを取ると、野イチゴが現れる。
意図したわけじゃないのに、野イチゴが畑を覆っていく。
今シーズンの終わりまで、いったいどうなるんだろう。
とても不思議。


■2019-6/22
[野の編日誌]

畑の大方を覆うススキの根元には、おもったより野イチゴが潜んでいることがわかった。
あきらかに移住当初より増えている。
えらい、野イチゴの生命力。
いままで、なんにもかまってやらんかったのに。
これは、ホントにグランドカバーになりうる。
と、張り切ってススキの草取り。
くさとり草取り。


■2019-6/21
[けふの料理・今年の梅干し]

それはそんなものなのか、あるいは去年の剪定のしかたによるのかよくわからないけど、今年は驚くほど梅の実が成らなく、今年の梅干し作りはしないかもと、おもっていた。
でも数が少ないなりに、とても大ぶりで立派な実が成っていることを近所のチャッカリUさんが見つけて、くれ、と言うのであげた。
それから数日、それでもまだ実が残り、いくつか熟したのが地面に落ちているのが気になり、つ、ついに自分で取り、やっぱり梅干しを作ることにした。
長い木の棒の先に、ペットボトルの底を抜いたのを逆さまに取り付けた梅実取り器で、残りのほとんどが取れたとおもう。
全部で、1、2キロ。
去年の数十分の一の量だが、大事に食べたら、当分は持つ。


■2019-6/20
[けふの料理・飽きる]

こちらに移住して、初めてきちんとした自炊を続けて3年、なんとか嫌にならないでいる。
自作の料理が、あまりにうまくて感動することがけっこうあるから、これからも続くだろう。

料理は、毎日毎回のことなので、エネルギーを極力使いたくなく、毎日ではなく数日単位で方針を決める。
(たとえばかぼちゃがあるからかぼちゃ週間で行こうとか)。
ただ、そうすると「飽きる」ことがあることもあるが、そういうときは素直に「飽きる」感覚に従い、そのときのベロが望むものを食べる。
すりゴマだけをスプーンで食べてみたり、変なことをする。
迷うときはきちんと迷う、ような感じ。
コストや手間を極力倹約するが、だども、ベロから異議申し立てがあったなら、それに従う。


■2019-6/19
[けふの料理・江戸崎かぼちゃ]

子から、「江戸崎かぼちゃ」丸1個が届く。
さっそくネットで保存法など調べて、カットし、種とワタを抜き、冷蔵庫にしまう。
(種とワタは、まず乾燥させて、どうするかはこれから考える。この種、もしかして植えたら生えてくるんだろうか。)
1日、8分の1サイズを食すとして、8日分のおかずゲットなり。
自らはけして買えぬ贅沢品、ちょうどこの夏至祝祭週間の添えものとして、こころしていただこう。
天と地と、子に謝。


■2019-6/18
[野の編日誌]

午前に畑の枯れ草を燃やし、午後に草刈り。
地面にしゃがんで、手鎌でていねいにする。
ススキの合間に野イチゴがいるから、気をつけて野イチゴを刈らないようにする。
野イチゴを残そう、というような目的ができると、「草刈り」の意味が変わる。
畑に文脈ができて、ただの荒れ野ではなくなる。
ただのノルマ作業じゃなくなる。


■2019-6/17
[野の編日誌]

書類を分類整理するのに、「クリアファイル」というのを多用すると具合がいいことがわかった。
(「クリアファイル」、「クリアホルダー」とも言うが、パソコンで言うところの「フォルダ」。)
・さしずめ「クリアファイル」を100部とか、用意する。
(うちの場合、書類の基準サイズは「A4」と決めている。)
・一見些細な書類も、気になったら「クリアファイル」に入れる。
・すると、まずサイズが揃って、それだけできれいに見える。
し、紙切れじゃなく、意味のある「書類」に見えてくる。
(ある景色を、肉眼で見るのと、カメラのファインダ越しに見るのの違いか?)


■2019-6/16
[野の編日誌]

梅雨空の合間の晴れ日、全身にのしかかる重い暑さ。
これぢゃ、かえって野良作業できん。
車検を控えたジープの掃除や、事務作業等、細々と動く。
なんだか用事がたくさんあって、頭ボケてる暇なし。


■2019-6/15
[野の編日誌]

きのう広島から帰ってきたが、西方から梅雨空までこちらにやって来て、きょう終日の雨。
時折の土砂降りのタイミングに合わせて、畑上の排水溝の掃除。
へばりついている泥や草を、その水の勢いで洗い、そのまま流してしまう。
(傘をさしてだから、横着、片手作業。)
雨の鬱屈を、雨で流す。


■2019-6/13
[野の編日誌]

じゃ、例によって広島行。


■2019-6/12
[野の編日誌]

なんだか、このごろ頭が良くなってる気がする。
書類の整理が進んでいく。
種類で分類する、その基準ができてきたような(気がする)。
(うちの場合、かんたんに言うと災害なんかでここから避難するときに、いったい何を先に持ち出すか、てことを基準にした。)
人の暮らしって、ぬあんてバカバカしいほど複雑なんだ、と呆れながら、でも、そこで生息せざるを得ない身として、粛々と進める。


■2019-6/11
[野の編日誌]

あさ起きて、まず薄いコーヒーをがぶ飲みしながら、ぼんやりとおもいを巡らす。
きょうの献立、一日の予定など。
きょう「やるべき」だが「気が進まないこと」もあり、とはいえ、やらない訳にもいかないからどうしよう、などとくどくど考えたりする。
まーけっくきょ結局、「気が進まないこと」と比較的「気軽にできること」を織り交ぜながら、なんとか全体のつじつまを合わせる。
できるだけ自分と戦わない。


ものを片付けるというのは、けっくきょ結局、いかに自分のこだわりや頑固さを片付けるかということになる。
片付けるというのは、ものを無くすることじゃなく、簡単にしまうことができて簡単に出せることだ。


■2019-6/10
[野の編日誌]

だらだら雨降りを利用して、雨水洗濯、源泉かけ流し状態ですすぎをする。
洗濯のすすぎというのは案外水量がいるので、都合がいい。
書類の整理の合間に、バケツの洗濯ものを棒でかき回す。
いい息抜きになる。
雨の日の鬱屈を、雨で晴らす。


■2019-6/9
[野の編日誌]

おととい梅雨入り宣言した通りに、連日だらだらと雨が降り続けている。
それを待っていたのか草たちは大急ぎで(日に10センチとか)成長して、草の管理者(おれ)を泣かす。

今年はどうしたことか、梅の実がすごく少ない。


■2019-6/8
[けふの料理・消費期限間近のバナナ]

平素より消費期限間近の食品には、お世話になりっぱなしなのだが、きょうバナナが半額だったので、3房ほど購入。
ただ、バナナは足が早い、うちの小ぶりな冷蔵庫はすでに満杯。
というわけで、いろいろ総合的に熟慮し検討を重ねた結果、きょう明日の晩ごはんはバナナのみ、とすることとした。
というわけで先程晩ごはん済ませたが、とてもよく熟して、けっこうなお味でした、と。


■2019-6/7
[野の編日誌]

天気予報が下り坂だというので、その前にと溜まっていた「野イチゴランド」の枯れ草を燃やした。
大方が燃えたころに、ちょうど雨がポツポツ落ちはじめて、とってもタイトなタイミングにはまったようだ。
このタイミングを逃すと、枯れ草は濡れてしまうから、しばらく燃すことができなかった。
こういうできごとは、ことのほかうれしい。


■2019-6/6
[野の編日誌]

「野イチゴランド(になる予定、4X6メートル)」の草取り。
地表だけでなく地下茎類の根っこも取ってやろうと、スコップを地に刺す。
ぬあんて硬い土、ひとスコップごとに、土を手でほぐしながら根を外す。
時間がかかるが、地味作業のツボにはまって、飽きない。
と、スコップが折れたとこで、きょうは店じまい。

スコップは先代の元地主が使ってたもので、まースコップ代の元は取れただろう。
スコップもおれも、おつかれさまでした。

ホトトギスが鳴いている。


■2019-6/5
[野の編日誌]

区域を決めて、そこでは野イチゴだけを残して、それ以外の草は取る。
すると、野イチゴの畑のようになるんじゃないかという試み。

もつれた糸をたぐっていただけなのに、草取りをしてただけなのに、とりわけ農業に興味があったわけじゃないのに、野イチゴ畑ができてしまうかもしれん。
ただまー、野イチゴ当人にやるきがあればの話だが。


■2019-6/4
[けふの料理・レタスの浅漬け]

お隣さんが畑で作業してたので声をかけ、その成り行きで畑のレタスをいただいた。
レタスをスーパーで見るとキャベツなんかと比べて実が詰まってなく割高におもえ、日持ちしなさそうなので、ここ数年買ったことも、食べたこともなかった。
・レタスに火を入れるとすぐに溶けてなくなりそうなので、やっぱり生食だろうってことで、さっそく大葉3枚ほど適当にちぎって塩とレモン酢をしておいた。
・約2時間後、味見をしてみると、あまりのうまさに手が止まらなくなり、味見では終わらなくなり、あっというまに食べてしまった。 おお≫ー、なんという食べものだ。
清涼ドリンクのような、爽やかになるための食べもの、いまの季節にピッタリ。
レタスって、作るの簡単じゃないらしい、お隣さん、どうもありがとうございました。
なんのお返しできなく、すいません。


■2019-6/3
[野の編日誌]

「言葉の世界」と「言葉のない世界」を、スムーズに行き来することが得意じゃないらしい。
きょうは、ふんばって「言葉の世界」に没入している。
適度に野良リクレーションをはさみたいが、それをすると「言葉の世界」作業の文脈がわからなくなるので、がまん。

の、はずだったが、けっくきょ結局がまんしきれなくなり、夕方野良。
ま、夕方だけだから、いいか。


■2019-6/2
[野の編日誌]

ここに来るまえは、植物なんてまるで興味がなかった、のに、なんの因果か植物をよく観察しないといけない状況にはまりつつある。
野イチゴは、そのまわりのススキなんかと比べると、とても華奢で弱っちく見えるけど、それでもけっこう毎年生えてくるから、ホントに弱いかどうかはわからない。
わからないことだらけ。
で、やっぱりワンシーズン、きちんと経過観察するしかない。


■2019-6/1
[野の編日誌]

野イチゴがグランドカバーになりうることが、ネットを見ててわかった。
よっし。
うちも、それ試してみよう。

自分で植えたわけでもない、勝手に自生する野イチゴが役に立ってくれる、とするなら。
オラの大好きな横着片手間農法に近づける。
ん、んん、ん?


■2019-5/31
[野の編日誌]

前より良くしたい、と、おもうことが、ものを作ることの火種になる。
そして、おもいついたアイデアを実行して、それですぐに解決することもたまにはあるが、ほとんどはそうならない。
多くはアイデアに詰まり、考えくたびれて、手を離す。
あるいは、小さいアイデアのまま、不満が残る。
でも、困ることは変わらずに困り続けるので、小さいアイデアを育てることになる。
そうして、結果的に、運良く、ものが完成する、ことも、ある。


■2019-5/30
[野の編日誌]

いつしか雑草の「かわいくないランキング」ができはじめ、中でもとりわけ率先して抜きたい草、2種の名前がわかった。
「カナムグラ」と「オヤブジラミ」だ。
両方ともほっといたら攻めてくるてゆうか、「カナムグラ」は恐ろしい勢いでツルを伸ばして畑全体を覆ってしまう。
「オヤブジラミ」はひっつき虫になるし、秋に枯れてもいつまでも倒れないで畑でかさばって邪魔になる。
これら、もう出はじめてて、いまのうちにと除去に励むが今年、どうなるだろう。


■2019-5/29
[野の編日誌]

ただまー、おれら視聴者がいちばん残酷な気がする。


■2019-5/28
[野の編日誌]

畑の雑草だらけにまぎれて、小さな真っ赤が点、点、点在する。
自生する野イチゴの実だ。
うーん、かわいい。

天が無骨な蒸らしぶりを見かねてか、ミニマムな潤いをくれた、と。
ジャムにするには足りないが、食すより目の保養だ。


■2019-5/27
[野の編日誌]

用事で近所をドライブ中、あきらかに自分の体温より高い気温だと感じた。
帰ってから、今季はじめて扇風機をつけた。

野良で作業中に、ひたいから汗がボタ落ちてメガネが濡れて見えなくなり困っていた。
ので、「坊主頭でもヘアバンド」を作った。
小さくカットしたタオル生地がひたいに当たるよう、ゴムバンドで留めたもの。
こいつが、ひたいで発生する汗を吸ってくれる。

「ないものは作ればいい」ってムーミンパパは言うけど、いろいろと自分のものを自分で作ってしまうことって、当人にとってはけっこうめんどくさくて、因果な性分だとおもわなくも、ない。


■2019-5/26
[野の編日誌]

以前、畑の草取りを怠けてたら、お隣さんが雇った草刈り業者に勝手に草を刈られてたことがある。
雑草だけならいいけど、敷いていた防草シートをちぎられ、柿の苗も刈られるような乱暴で、けっこうショックを受けた。
というわけで、きょうは誰が見ても手入れがされてるように見えるよう、とくに隣との境い目、キワを、念入りに草取りする。


■2019-5/25
[野の編日誌]

天気予報通りの真夏日、炎暑、火炎放射器。
暑いんだが、湿度が高くないので快適だ。
そういう季節に魂抜かれんよう、山積する事務的用事に向かう。
向かわんとする。


■2019-5/24
[野の編日誌]

畑の切り株を燃すのが、だんだんうまくなってきた。
着火用にくべる薪は少なくなり、時間は短くなってきた。
なんでかと言うと、どこに火力を集中させたらいいかがわかってきたからだ。
畑の切り株って、耕すのが嫌になるくらいとても邪魔なものだから、こうして少しづつ片付いてくると、もしかすると全部なくせるかもわからん、てゆう夢のようなイメージがほの見えなくも、ない。


■2019-5/23
[野の編日誌]

とても心地よい陽気に油断をしてたら、いち日が過ぎた。
長距離移動の時差ボケもある。


■2019-5/22
[野の編日誌]

先程、山梨基地に帰還。
長距離移動というのは、空間だけでなく、時間まで含めた俯瞰感覚を抱くことが多い。
日本列島を画鋲の先のような自分が、遠い過去の景色も含んで移動する。
ふだんへばりついている地面から離れてみることは、けして悪いことじゃない。
あ≫ー、っていう気分。
うちの近所も土も植物もまるで何ごともなかったように、けっくきょ結局やっぱり、あたりまえのような顔をしてそこにあるのだった。


■2019-5/20
[野の編日誌]

広島行。
水曜、夕に、帰ってくる予定。


■2019-5/19
[野の編日誌]

畑の草たちの種類が様変わりしつつ、いままで大半だったカラスノエンドウ(手間がかからない)が他のいろんな種類の草たちに押されている。
ススキやセイタカアワダチソウなど、雑草の主役たち(手間がかかる)が出はじめた。
草刈りするのに、いまは陽気心地いいが、本番はこれから、まだ先だ。
したがって気疲れしないよう、ちょっとそこらへんジョギングでもするように、だらだらと草を刈る。


■2019-5/18
[野の編日誌]

長いあいだ悩んでいたことが、ふと解決することがある。
きょうは、そんなことが3つあった。
3つとも野良で使う道具についてで、毎日のように使うものだし、これからの長きにも渡ることなので、うれしい。
いい道具は、やる気が出る。
寿命が伸びるような格別な喜び。


■2019-5/17
[野の編日誌]

「気が進まないが、しなけりゃいけない用事」の合間に、「楽しい用事」を挟んで自分の機嫌を取りながら、なんとかちょっとでも「しなけりゃいけない用事」しようとする。

ヒバリがとっても大きい声で鳴いている。


■2019-5/16
[野の編日誌]

話がややこしくてわかりにくいとき、とにかく分ける、分解する。
できるだけ単純なかたちにする。
そうしてバラけた要素をひとつづつ見ていく。


■2019-5/15
[野の編日誌]

テレビ見てて、このひと声がいいなとおもうことがあるが、でもそれは声自体がいいというより、このひとの人柄がいいんだとおもう。
このひとのいい人柄がうまく声に乗っているから、その声に惹かれるんだとおもう。


心が平静じゃないと、実態を見ることができない。


■2019-5/14
[野の編日誌]

きょうは、どうしようこうしよう、と考えながら過ごしているが、たまに(?)気持ちがスッポ抜けることがあり、どうしていいいかわからなくなる。
きょうのような雨降りの日に多いのは、野良ができなくてリズムが刻めなくなるからだろう。
ただ、ときに意味なくぼんやりすることも大事な気が、しないでもない。


■2019-5/13
野の編日誌]

気がついたら、白菜1/4が腐っていた。
まだ、ひと口も食べてなかったが廃棄。
自家製酒粕ジュースが、おもわぬガスを発するようになり、味も好みじゃなくなってきたので廃棄。
食品たち、もう常温ではいままでのようにもたない。
草の伸び早まり、あちこち虫も見かけるようになり、陽気が離陸しはじめたか。


■2019-5/12
[野の編日誌]

偶然:
違う次元のものどうしが出会うこと。
偶然現象は、見たいひとにしか見ることができない。

https://www.youtube.com/watch?v=TfLaocm2yac


■2019-5/11
[野の編日誌]

こちらに来てからいままで、自分の荷物のなにが大事でなにが大事じゃないかわからなくなっていたが、ようやくこのごろいらないものが少しづつわかってきた。
ものを手放す勇気のようなものが出てきた。
持ちものが減ると、空間が広がるし。


■2019-5/10
[野の編日誌]

工作室の整理。 おおまかにドライバー、ドリルビット(手のひらサイズの棒状のものたち)を新しいケースに収納してみたら、わかりやすくコンパクトになった、やっぱり方向性はよかった。
ものの整理はしまいやすく出しやすいことで、これは情報についても同じだ。
また、自分がネジ式(理屈っぽい)工作をしたがっていること、それはふだんの思考法でもあることなど再確認。
自分に切実に大事なものを、自分が自分にプレゼントするような気分。


■2019-5/9
[野の編日誌]

ドライバーや、ネジを新しいアイデアで収納してみるべく、100円ショップでいくつかケース類買い込んだ。
100円ショップのいいところは、心的負担なく試し買いができることだ。
変容し続ける現代文明で生き抜くには、いろいろと試し倒していくしかない。
100円ショップ、ありがたし。


■2019-5/8
[野の編日誌]

懸案の老眼鏡修理がやっとできた。
と同時に、やはり懸案だった(うちにたくさんある)ドライバー(ネジ回し)の収納方法をおもいついた。
両方とも切実に困っていたから「望外の喜び」っていうやつ。
こういうアイデアは、いつもと言うわけにいかない。
かなりゆっくりだが、自分の状態上向きか。


■2019-5/7
[野の編日誌]

いま、敷地内の草の6割ほどは、なんでだかカラスノエンドウだ。
土にはどうせなにかの植物が生えるから、できるだけ手間のかからないのに生えてほしい。
それがどの植物なのか、ずっと探し中で、今年はこのままカラスノエンドウを刈らずに放置してどうなるか、をみてみようとおもっている。
さあ、どうなるか。


■2019-5/6
[野の編日誌]

「ギックリ脚」によって足腰が弱いことを自覚して、「うんこスクワット」(http://ure.pia.co.jp/articles/-/254943?page=2)をはじめた。
「うんこ座り」から、ゆっくり立ち上がる。
それだけ。
足腰の関節が自由に動き、筋肉がそれをきちんと支える、そんなことを意識する。
足腰が弱いこと、農耕の先人に申しわけなし。


■2019-5/5
[野の編日誌]

その昔、おれが子どもだったころ、駅のホームには「うんこ座り」して電車を待つひとがいた。
それから大人になって中国旅行したとき、道端で「うんこ座り」して地面置いた食べもの食べてるひとを見た。
おれ自身は今、草を観察したり抜いたりするのに、「うんこ座り」をする。
「うんこ座り」は、草を抜くのにとても理にかなった姿勢だとおもう。
草取り初心者だったのに、まるで体に染み付いていたかのように、なんて無理のない姿勢なんだろうかと感心した。

「うんこ座り」は、農耕民族の姿勢なんじゃないかとおもっている。
(欧米人は苦手らしい。) 間近まで近づいて、植物の面倒を見たり土を触ったりすることでできあがった姿勢、と。
地面は汚いものじゃなく、恵みをくれるありがたい親しいもの、と。


■2019-5/4
[野の編日誌]

自分に足があるから、移動できる。
体があるから、ものを触ることができる。

この世界はものだらけ。
そんないろんなものの中の一つにひとがいて、自分もいる。
この世界で自分のおもいを叶えるには、(自分も含めて)ものを動かさなければならず、動かしかたがわかっていなければならない。
そういう、もののしくみを「理」と言う。


■2019-5/3
[野の編日誌]

やっつけ仕事は、あまり好きじゃない。
木を抜くにしても、丁寧に無理なくことを進めたい。
機関銃で無数の弾をバラバラ打つんじゃなく、狙いすまして一発づつ。
そうして敵は少しづつ後ずさりして、崖に追い詰められる。
最後に指一本で相手を押すと、わけなく崖に落ちていく。


■2019-5/2
[野の編日誌]

散らかったネジの分類など、工作室の整理をした。
工作室、言うなればオラのアトリエ。
ひとごとのようにして自分を見ると、ネジや金属の管や棒、板が好きらしく、たくさんある。
(たくさあるが、整理されていない。)

ネジを使う工作は、直線的で、四角くて理屈っぽい。
あいまいさを嫌う。
一見ジャンルの違う畑仕事も、おれの場合、ネジ的工作的にしてるんだとおもう。
どうして自分の思考法がそうなのか、(ネジ的に明快な説明をしたいんだが)説明不能。
性分だ、としか。


■2019-5/1
[野の編日誌]

午後から雨が降りはじめ、ゆっくりとあたりのなにもかもを濡らしていく。
ここは、世から取り残された場所のようにとても静かで、なにも動かない。
なにも変わらない。


■2019-4/30
[野の編日誌]

「嫌なもの」でも、それを触らないといけないこともあり、しかたなく触っているうちに、嫌じゃなくなることがある。


■2019-4/29
[野の編日誌]

「坐骨神経痛らしいもの」、改め「ギックリ脚」。
ようやく、痛みが収まってきた。

ほっ、とするが反省もある。
惑いながら、日日が重なって行く。


■2019-4/28
[野の編日誌]

畑の切り株のたき火をした。
切り株は、小さくても畑の平らな中ではなかなか存在感があって、とても気になる。
体のしこりや、心のしこりと同じ、畑のしこりとも言える。
その意味で、切り株のたき火がうまくいくと、たいへん。
うれしい。


■2019-4/27
[野の編日誌]

「坐骨神経痛らしいもの」、少ーしづつ痛み軽くなってるような気がしないでもないが、なかなか治らず。
「坐骨神経痛」って、そういうもんらしい。
ここんとこ、しばらく風邪も引いてないし体調悪くなかったが、これに捕まったか。
腰あたりにウィークポイントがあるってことか。

降るのか降らないのか迷いながら雨、終日。


■2019-4/26
[野の編日誌]

「本当のこと」が世界のどこかにあって、それを探しに出かけよう、とはおもわない。
世の謎を解き明かそうともおもわない。
ただ、自分に接する諸々が、どうして自分に接しているのか、その理由を知りたいだけだ。


■2019-4/25
[野の編日誌]

ギックリは峠を越えて、痛みは半分程度に減ってはきた。
おもったより長引いて、まー結果的にいい休養になった、気もしないでもない。
不思議なのは、出張中など、発症してほしくないときには発症せんかったこと。
もしや、ギックリはじつは意志を持っていて、このタイミングまで待っていてくれたんだろうか。


■2019-4/24
[野の編日誌]

おもえばひと月まえ、それまで長らくサボってたのに、衝動的に野良をはじめたことが原因だとおもう。
そして左腰にギックリ系の違和感を持ったが、そのときは違和感だけで済んでいた。
でも、そいつは無くなることなく息をひそめていて、このたび神経痛として現れた、と。
うーん。
きのうきょうあたりで、痛みの峠を越えたんじゃないか、と、おもう、が。

ひとに気づかれぬよう、とても静かに雨が降っている。


■2019-4/23
[野の編日誌]

症状をネットで調べると、「坐骨神経痛」が怪しい。
いちおう股関節のストレッチ(のようなこと)をしてみると、いくぶん楽になった、ような気がする。
どっちにしても、くたびれもたまっているようで、当分は「や・す・み、やすみ」だ。


■2019-4/22
[野の編日誌]

脚の痛みを軸とする不調症候群あり、きょうは休養。
やっぱり急にたくさん動きすぎたんだとおもう。
ギックリ系のようでもあるし、筋肉痛のようでもある。
気持ちが早っても、身体がついていけん。


■2019-4/21
[野の編日誌]

敷地まわり、うちと外部、道路やお隣さんとの境の草取り。
うちと外部との境は、外出時の衣服のようなもの。
ちょっとだけ、見栄を張る。


■2019-4/20
[野の編日誌]

たぶん、いまが年間通していちばん野良をしやすい時期だろう。
気候よく、湿気少なく、虫もいない。
草たちも、まだ本気を出していない。
湯が湧くようにして、やりたいことおもい浮かぶ、が。

アンダンテで、アンダンテで。


■2019-4/19
[野の編日誌]

たぶん、いま自分にちょうどいい気候だから、気候のことを意識しないでいられるんだろう。
そうじゃないとき、暑かったり寒かったりするとき、意識が起きる。
違和感が意識のはじまり、と言うことか。


■2019-4/18
[野の編日誌]

切り株を燃したり、草を取ったり。
いい天気だからそうしたと言うより、夢中で作業をしてたら、いい天気だった。


■2019-4/17
[野の編日誌]

いままで伐採した畑の桑の切り株が30本ほど残っている。
根元近くまで短くした切り株でも毎年ひこばえを出して、なお生きようとする。
だども、ごめん。
切り株ごとたき火をして、燃してしまうことにした。
正に「根絶」っちゅうやつだ。

きょうは、野ゴボウ畑に接した切り株を燃した。
これで野ゴボウが掘りやすくなるし、切り株ひとつ片づく。


■2019-4/14
[野の編日誌]

きょうから2、3日の予定で、広島行。


■2019-4/13
[野の編日誌]

ここに来て、年がら年中植物と「(心身ともに)接し」続けるようになり、少しづつ関係性が変わりつつある。
当初は、植物初心者の心理と技術の無さで、荒っぽかった。
「やっつけよう」という気持ちだった。
そしてこのごろ「やっつけられん」とおもうようになった。
もっと植物に近づいてやり取りせんと。
草の話しを聞いてやらんと。
と。


■2019-4/12
[野の編日誌]

後片づけ苦手症候群。
作業が終わったとたん、興味が失せて、ほかに行きたくなる。
そして、後片づけが取り残される。

というわけで致し方なく、これをやらんと次に進めんので、きょうは、以前の後片づけ、まとめてやる日。


■2019-4/11
[野の編日誌]

きのうの季節外れの雪、朝はまだ残っていた。
畑の土は、その湿り気でもたついて、土に刺した道具を抜いても、土がまとわりついて作業にならん。
長靴にも土がくっついて、歩き回るたびに(正に)足が重くなる。
心的ストレッチのはずの畑作業でかえって気分萎え、ほかを向いてもうまく行かない連鎖つづいて、きょうのエネルギー行き場をなくしたままオロオロと日が暮れる。


■2019-4/10
[野の編日誌]

草の話しを聞いてやる。


■2019-4/9
[野の編日誌]

気まぐれに、ふと畑に出たまま居心地よく、帰ってこれない。
畑のいろんなことが目に付き、作業が終わらない。
天気もいい。


■2019-4/8
[野の編日誌]

まだ畑の地肌が残る中、はや野ゴボウ群が葉を広げはじめた。
これ、去年食ってうまかったので、世話をしてやろうと野ゴボウまわりの草取り。
教科書があるわけでも師がいるわけでもないのに、「自然」に農業のまねごとしてしまう。
これじゃ手入れした畑になってしまうじゃないか。
そして間引いた若い野ゴボウ、あした試食のためアク抜きしてと。


■2019-4/7
[野の編日誌]

その樹を一本取ったら、そこらへんの空間の印象が大きく変わる。
そういう樹がある。
空間位置的に強い樹。
きょうは、懸案のそんな一本がやっと抜けた。

敷地を盤面に、囲碁を指している。
植物対おれ。
一進一退。


■2019-4/6
[野の編日誌]

雑草は、育つと背が高くなる、広がる、抜きにくくなるなど手間がかかるやつだけを抜くようにしている。
じゃないと大変なので。
そのせいか、毎年ちょっとづつ植生が変わってきているような気がする。
いまはカラスノエンドウとヒメオドリコソウが多いが、これらはやっかいじゃないので放置。
いちおう初見の草は、1年間猶予をもうけてようすを観察してからどうするか判断することにしている。
ネットで草のことを調べてみるのだがよくわからなく、結局実地で試して体験的に学ぶことが多い。


■2019-4/5
[野の編日誌]

炸裂する春におののきながらも、その陽気に誘われて、ほうぼうの枯れ草枯れ枝を燃したり、衣類を洗濯したり。
おっかなびっくり、身をかがめたままでも一歩半歩でも前に、と。

(軍隊においては、匍匐前進と呼ばれる移動方法がある。これらは、隠密性や遮蔽性の効果があり、敵に発見されにくく、また、飛来してくる銃弾の被害を抑える。歩兵に求められる基本的な技術の1つである。
直立状態や中腰に比べて移動速度は遅くなるが、物陰に隠れやすく、前方投影面積が減るため被弾率は格段に減少する。大抵の軍隊では移動速度重視の高姿勢での匍匐や隠蔽重視の低姿勢での匍匐など、複数パターンの匍匐を使用している。
ウィキペディアより)


■2019-4/4
[野の編日誌]

部屋の隅、ひとの目が届かないところにホコリが溜まりやすいように、雑草も畑の隅に溜まる。
植物の根はコンクリなんかの大きくて硬いものに当たるととぐろを巻きはじめる。
石積みの狭い隙間に入り込もうとする。
そうして端っこほど頑固ちゃんが居座っている。


■2019-4/3
[野の編日誌]

春の、停滞の日。
だ。


■2019-4/2
[野の編日誌]

うちの温泉には、いつも午前中に行く。
きょうは肌寒いながら晴天で、露天風呂の底まで陽が差している。
風呂から外の眺めを満開の桜が埋めつくしているけどスイマセン。
おれ、こういう装飾、感じられんのよ。
ま、むしろその最近植えたんです的野暮ったさがいいし、なによりほかにひとがいなくて自分ひとりでボーッとできることが贅沢なんで、どうぞお気遣いなく。


■2019-4/1
[野の編日誌]

まだ眠たい。
気候よく、やりたいことがたくさんあるのに、少しづつしかできない。
そういういろんなことのバランスが取れてない。
春の、桜の、新年度の、ぐずぐずなスタート。


■2019-3/31
[野の編日誌]

よー寝る自動リセットシステムが効いたのかどうか、まだよくわからない。
夜はけっこう涼しい。
天も体も三寒四温、落ち着かない。


■2019-3/30
[野の編日誌]

ゆうべはいつもよりよー眠って(9時間)、午後にまた昼寝した。
こーゆーの「リセット」って、呼ぼう。

また、睡魔が迎えに来てる。


■2019-3/29
[野の編日誌]

自分の中のどうぶつを手なづけようとするが、なかなか言うことを聞いてくれない。
相手は言葉がしゃべれないから、その気持ちを察するしかない。
外に連れ出して遊んだりして機嫌を取ってみる。
どうだ、気が晴れたか。
どうぶつは、ひとしきり遊んでくたびれたのか、寝てしまう。
おーい、どうぶつ。


■2019-3/28
[野の編日誌]

陽気のせいか頭ぼんやり気味で、焦点がさだまらない。
意識が宙に浮きそうになるのをなんとかしようと外に出て、土と小石を分ける作業をする。
手足を動かすことも考えることだとおもう。
でもそれをし過ぎると、作業の方に本題を取られてしまい、あれ?おれはなにをしてるんだろうということになる。


■2019-3/27
[野の編日誌]

うちの集落の男たちはそうでもないが、おばちゃんたちはよく話しかけてくる。
草取りに励むとほめてくれる。
小さいアドバイスをくれる。
壊れた鍬を持ってきて、直せるかと聞かれる。
ほうれん草をくれたおばちゃんが、畑を貸してくれと何気なく言い、何気なく断った。
おー、危ない危ない。
何気なく言うから、何気なく引き受けてしまうところだった。


■2019-3/26
[野の編日誌]

「なんでやねん大阪」
それから新大阪から地下鉄に乗り換えてすぐに気がついたのは、電車の乗客たちの人種が違うということだった。
もちろん日本人なんだが、微妙にようすが違う。
それぞれの人の形から人柄がはみ出ている。
え?
人柄って、もっと収まっているもんじゃないのか、こんな公共の場所ではよ。
こ、怖い。
ある駅のホームで、サラリーマン風がおにぎりを食べていた、こんなのもあまり見たことがない。

中略。

夜、みんなで出かけた居酒屋。
おれらの席に頭を突っ込んで一生懸命注文を聞いてくれる店のお兄さん。
まるで太いマジックインキで簡単に描いた似顔絵のようなマスター。
突然、オペラのような歌をろうろうと歌いはじめるママさん。
酔っぱらい客よりもテンションが高い。
大阪では、ここで暮らす全員が芸人になってしまうのだろうか。

翌朝、早めに帰ろうと乗った電車が通勤ラッシュで会社員たちがそれなりに人柄を伏せている中、と、乗車してきた一人のおスマシOLさんがおにぎりを頬張り始めた。
この車両の全員、それに注意を向ける者など誰もなく、ただ(たぶん)いつものように、淡々と電車は進んでいくのだった。


■2019-3/24
[野の編日誌]

けふは、大阪出張だっぺ。
広島生まれながらいままで大阪に縁がなく、初大阪、やねん。
はたして、なんでやねん攻撃に耐えられるぢゃろうか。

[らりるりろ さしすいせいそ 2019]
https://www.instagram.com/p/Buq2xaqn-W_/


■2019-3/23
[野の編日誌]

きょうは一転、寒い日。
おとといきのうとあったギックリ腰気配が、やっと収まってきた。
天も体も三寒四温、うごめいている。


■2019-3/22
[野の編日誌]

もう数日前から豆炭あんかを使わなくなり、きのうからヒートテックを脱ぎ、ゆうべから灯油ストーブを点けなかった。
こんな風にして春が来るんだったか。
毎年違うからか忘れるからか、よくわからない。

ヒバリがうるさい。


■2019-3/21
[野の編日誌]

種々雑多ないろんなものが秩序なく混ざっていると、汚く見える。
その中から、たとえば石だけを分けてまとめると、汚く見えない。
さらに、その中からたとえば丸い石だけでまとめると、きれいに見える。


■2019-3/20
[野の編日誌]

予定前倒し、きのう山梨帰還。
きょう濃密な春日和に引っぱり出されるようにして、外にて草取り。
この時期は日に数センチ伸びるから、いまの小さいうちにちょっとでも取っておきたい。
あ≫ーまた取っても取ってもきりがない、今シーズンのウルトラ草取りマラソンがはじまった。


■2019-3/18
[野の編日誌]

きょう、あした、あさってと広島行。


■2019-3/17
[野の編日誌]

アプローチの草たちの根は、石とコンクリの隙間でフェルト綿のようになっていた。
狭いところで糸より細い根が無数に絡み合い、土がなくてもなんとか保水できるような工夫を草自身がしていたわけだ。
まるで水耕栽培。
呆れるよりも感心。
ともあれアプローチに草が絶えない理由がわかってよかった。
せっかくの努力申しわけないが、ここでは草生えてほしくないのでフェルトの除去させてもらう。


■2019-3/16
[野の編日誌]

なにもかもが良いことも、なにもかもが悪いことも、ない。 ・

[らりるりろ さしすいせいそ]
https://www.instagram.com/p/Buq2xaqn-W_/


■2019-3/15
[野の編日誌]

そう言えば、溶けかけた雪がベチャついたまま道路端に溜まっているようなことによく捕まっていた。
そういうとき、そこらへんの棒っ切れで泥雪の上に線を描いて水の道を作ってやり、排水口に促してやり、大方が流れて行くのを見届けるまではその場所から離れられないのだった。
いまも、ここでそんなようなことをしている、ような気が、しないでも、ない。


■2019-3/14
[野の編日誌]

けさは冷えて、外の水たまりに氷が張っていた。
バケツの溜水も冷たかったので日光に当てておいて(おもいのほか温まった)、午後下着類を洗濯(手洗い)した。
「名ばかり門」から庭までのアプローチ(地面を覆うコンクリートが朽ちて、隙間から草が生えている)の掃除をした。
こういう作業は、まったく苦にならない。
分量はともかく、とても具体的に状況が良くなる。


■2019-3/13
[野の編日誌]

室内を長いこと掃除しないとホコリが積もるが、屋外では土が積もる。
5センチの薄っぺらい土でも雨に濡れると、植物が生えてくる。
土蔵の裏側の狭い隙間は、そんな風になっていた。
そうか、土が積もるのか。


■2019-3/12
[野の編日誌]

「世の中」の骨格は産業なんだろうとおもう。
産業構造(多く人がしていた仕事)は、おれが生きた昭和平成と大きく変わってきたし、これからもまだしばらく落ち着くようすは見えない。
文明のはじまりから、つい100年前までほとんどの人が万年単位でおんなじ農業を営んでいたことをおもうと、近現代は有史最大の産業構造の転換期のようだ。
まーそりゃ、いろーんな事情があるんだろうから簡単な良し悪しのことでもないし、個人が意見を言うレベルのことでもないんぢゃが。
ただまーたとえば、あるとき急に自分の体の骨格が変わるようなこと、をおもい浮かべる。


■2019-3/11
[野の編日誌]

東北大震災の日(2011年3月11日)。
ゆうべからの雨が、けさようやく止んだ。
旧来の排水溝を復元したところに、少し水の流れが戻っていた。
まさに「脈あり」。

Kさんが灰を取りに来た。
じゃがいもを植えるのに使うらしい。
Kさんとはあまり話はしないが、ゆるくて太い回路で通じ合ってるような感じ。
田舎ランゲージで楽。


■2019-3/10
[野の編日誌]

写真は見立て。


■2019-3/9
[野の編日誌]

「ポリ風」の新作の試作をはじめたが、うまくいかない。
「うまくいかない」ということをピンで止める。
寝かせて、当分眺める。

糸口を見つけては、糸をたどって進んでいく。
でも、ときに糸が途切れることもある。
きょうは、そんな日。

梅の花びらが落ちはじめた。


■2019-3/8
[野の編日誌]

昨夜の風で、ボディカバーの縫い目がほつれはじめていた。
ついこの前縫ったやつだ。
でも生地自体は大丈夫そう。

すべてに言えるが、まずは素材。
素材さえよければ修復ができる。
手を入れて直せるなら御の字。


■2019-3/7
[野の編日誌]

うちでは、昼は南正面から、夜は背の山、北から風が吹く。
ここに来るまで、一日単位で風向きが変わることを知らなかった。
もちろん風の強さは一様じゃなく、日によって無風のこともあるし屋根の板が飛ばされることもある。
空模様が天気を「見る」だとすれば、風は天気にじかに「触る」ようだ。
仰向けになった巨大なものの息づかい。
いまもうちの壁を揺らしている。


■2019-3/6
[野の編日誌]

金木犀の根元には、土と石、小石大石が異様に盛られている。
まずここの土と石を分けながらどかす。
金木犀以外の、草たちの根も取る。
金木犀の根張りを明らかにする。
する。


■2019-3/5
[野の編日誌]

きょうは晴れたので、昼からたき火。
梅は、切り落としてもなお枝を伸ばす。
秋の枝が、まだ新芽を出そうとしていた。
ごめん、地面でかさばるのでと、火にくべる。

これで空いたスペースに大石をずらして、金木犀の根元を掃除ができる。


■2019-3/4
[野の編日誌]

連日連夜の雨。
もはや愛玩動物のようになった豆炭あんかを腿において、紙書類の整理。
分類整理のキーワード立てを、デジタルファイルと同じにしようとおもう。
てか、こちらの紙書類の方を本尊(オリジナル)とする、デジタルに重心は置かない。

いつもの定位置にいながら、キーワードを探して亜空をさまよう。


■2019-3/3
[野の編日誌]

きょうは終日雨らしく、室内作業。
中でも超久々のパソコンのファイル整理
実物の荷物の整理も楽じゃないが、ファイルの整理も簡単じゃない。
雨の日はデジタルファイル、晴れの日は庭石、分類整理、片づけ片づけ。


■2019-3/2
[野の編日誌]

なにか新たにものを作ったとしても、たいていはそれで終わらない。
それを使いながら、調整や改良を重ねていくことが多い。
「育てる」と言う。

身のまわりにはそういうのだらけ。


■2019-3/1
[野の編日誌]

最近、車のカバーで使っていたブルーシートがダメになった。
生地の耐久性がなくなり簡単に破れた。
紫外線による劣化。
屋外でよく使われるブルーシートが紫外線に弱いとは、トホホ。
(ブルーシートの前のメーカー製ボディーカバーもUV劣化だった。)
ま、ものが朽ちるのは世の習い。
ほかの、長持ちしそうな、防水らしい生地でカバーを作った。


■2019-2/28
[野の編日誌]

まずは対象に近づく。
間近からよく観察する。

遠くから判断しない。


■2019-2/27
[野の編日誌]

地面相手の素朴な手作業をしてると、デスクワークが苦手になる。
なーんて違う種類の作業かって、感心する。
感心しつつ粛々、ジタバタ。
これも必要、あれも必要。


■2019-2/26
[野の編日誌]

きのう散髪し、きょうは町内温泉に行って、帰ってきて洗濯。
春を迎えるなんて気分でもないがとどまってもいられなく、わからんことだらけなりにひとつでも歩を進めんと。


■2019-2/25
[野の編日誌]

うちには、用途不明の使われていない大石がたくさんある。
直径40センチくらいの、人力では持ち上げられないのが、ざっと数十個。
それはそれぞれの場所で景色を作っていたから、いままで不自然におもわなかったけど、要見直し。
積み上がった石山に土が乗っかって草や樹木が生えているところもある。
かつては庭石だったとしても、うちそれどころじゃないんで、一旦片付けるからごめん。


■2019-2/24
[野の編日誌]

水、土、石、植物。
それぞれを分けて考える。
それぞれの場所を決めてやる。
雨や風、多少の地の揺れがあっても、それぞれが長いあいだそこから動かないようにする。
と、いうことを基準にして、地面を見直す、作り直す。
先人のものに手を入れることにためらいもあったが、このままじゃ崩れてしまうから。


■2019-2/23
[野の編日誌]

水、土、石、植物。
これが、ここの地面4元素。
最初はこれらをどうすればいいかわからなかったが、少しづつ使い道、使い方がわかってきたような気がする。
それはまだほんの糸口だが、それでもありがたうれしい。


■2019-2/22
[野の編日誌]

いつも履いてるジャージズボンの尻が擦り切れてきたので修復。
古Tシャツの生地を裏からあてがい補強。
Tシャツもジャージもお気に入りほどすり減っていく。
お気に入りほどすり減っていくと困る。


■2019-2/21
[野の編日誌]

石積みがおもしろい。
石と石のあいだを埋めるのに、適当な石を探す。
庭中の石の中から探してあてがってみる。
隣り合う石どうしの肌合いが噛み合うと、ピタッとそこにおさまる。
もう、蹴っても動かない。

このおもしろさ、なんて言っていいか。


■2019-2/20
[野の編日誌]

身体は怠けたがる。
よく言えば、できるだけエネルギーを使わないでいようとしている、ふだんは。

「日常」って、そうしたもんだろう。
エネルギーを倹約しながら生をつないでいるだけモード。
自動車で言うところの、「ニュートラル」。
でも、いざというとき、災難、危機にもきちんと順応する。
そして、そのときを過ぎるとまた日常モードに戻ろうとする。

「日常」から出かけて、「日常」に戻ってくる。


■2019-2/19
[野の編日誌]

ここ当分のあいだ、庭と畑の間の石積み作業。
これは敷地のアウトラインを再確認することでもあり、とっても重要。
余分な土をどかして、石の組み合わせを確かめる。
具合が悪い石は取り替える。
なぜか「裏込石」が入っていないので、入れる。
「裏込石」をきちんと入れると、植物が侵入しにくくなる、たぶん。

誰に頼まれたわけでもないのにまるで石積みの修行をしてるよう、小梅の花が咲いている。


■2019-2/18
[野の編日誌]

石積みまわりの掃除。
余分な土をどかす。
石積みに触る植物の根っこも取る。
どかした土を畑に持っていく。
こういう作業は縫いものに似て、はまるといつまでもやっていられる。
心身の調子が狂ったときでもこれをすれば治るような気がする、よく晴れて暖かい春の日。


■2019-2/17
[野の編日誌]

きのう午後広島より帰着。
広島には用事用件で出かけたのに、ねむたくて眠たくてしかたなかった。
特にくたびれることをした覚えがない。
原因不明の「急性眠たい症候群」。
というわけで、短くても8時間、長いときは16時間、連日、昨夜もよーく寝た。
ほいでも、なにやら自分の中のこわばりが砕けていくような感触があるから理由はあるんだろうし、いいことのような気がする。
自分OS再起動でもしたか。


■2019-2/14
[野の編日誌]

広島行。


■2019-2/13
[野の編日誌]

無常をサーフィンする。


■2019-2/12
[野の編日誌]

アン、ダン、テ。
歩くような速さで。


■2019-2/11
[野の編日誌]

目を閉じないようにすること。
できないとしても見えないことにはしないこと。


■2019-2/10
[野の編日誌]

気分が重く停滞するようなときでも、電卓を修理したり、豆炭コンロを改良したりの工作脳は元気だ。
というよりも、工作的にものをみることが自分の無為な状態、か。

机まわりを片付けて、ちょっとした気になることも減らしていく。
消去法だ。


■2019-2/9
[野の編日誌]

寒気はそんなでもなかったが、灰雲は停滞して動かない。
そういう天気と宿題いくつかのため、室内にて引きこもり。
でも気分はそうしたくないらしく、集中できず。
子供のようにすぐにいなくなる自分を探してばかりいる。


■2019-2/8
[野の編日誌]

あした以降強い寒波が来るらしいので、きょうのうちに買い出し。
食料や灯油も、1、2週間分をまとめ買いルーティーン。

いつものように眺めのいい甲府盆地ながら空全部を低い雲々が蓋をして昼なのに日暮れのよう、たしかに北から寒気が近づいているアイルランド日和。


■2019-2/7
[野の編日誌]

「自分の中にもうひとつの生きものがいて、そいつにまだこわばりがある。」
ゆうべからよーく寝て、朝起きたときの感想だ。
ほぐれつつあるが、ダマがなくなるのはもう少し。


■2019-2/6
[野の編日誌]

雨。
眠気おさまらず。
寒さが緩んだからか、冬バテか。
素直に、それに従う。


■2019-2/5
[野の編日誌]

手元にある石積みの教科書によると、うちの石積みはあんまりいい積み方じゃない。
理に適ってない。
んーと、石積みは昔から続くすぐれた技術だが、でも実際には良くない石積みも残っている。
てゆう、当然じゃないような当然のような。

そんなわけで、昔の人が作ったものの修復。
どうしておれが、なんの因果か、など疑問多々。


■2019-2/4
[野の編日誌]

よく寝て目覚めると、天気予報通りに暖かかった。
頑なな冬型天気が和らいだそうで、で、これから当分は三寒四温ということか。
そんなことを察知したか、さっそく体も頭も緩んで動き鈍く、なにをしてもノーアイデア。
昨夜の雨で土も濡れて扱いにくい。
なにもかも、あんかけの日。


■2019-2/3
[野の編日誌]

うちはなだらかな斜面なので、あちこちに石積みが使われている。
その中の50センチくらいの低い石積みのメンテナンスをはじめた。
土をどかして、からんだ根っこを取ったりする。
「石積み」という技術にはけっこう興味があって、自分でもできるようになりたく、先人のものを見学するような気持ちで。


■2019-2/2
[野の編日誌]

二十四節気では大寒が終わって立春がはじまるタイミング、実際の陽気もそんな感じ。
おれの気持ちだけ遅れてる。
春だって言われても。


■2019-2/1
[野の編日誌]

初めてやろうとすることは、たいていうまくいかない。
うまくいかなくても追いかけすぎないようにして、手を離す。
間をおく。
そしてそれを忘れたころ、ホントにやりたいことだけが、アイデアを連れてやってくる。


■2019-1/31
[野の編日誌]

棒の類を家の外壁に立てかけて、風が吹いても倒れないようにする方法がまだ完成ならず。
豆炭用ロケットストーブも、いまいち。
試行錯誤、ズルズルと日が動いて日が暮れる。
夕方から氷雨、雪になるとかならないとか。


■2019-1/30
[野の編日誌]

あーもう、1月も終わる。
早い。

豆炭着火のため、たき火コンロを工夫し続けていると、ロケットストーブのような形になってきた。
ロケットストーブには、ずっと前から興味があったのでおもしろい。
成り行きを追いかけることで、結果的に自分の潜在的な望みを叶える。
これは、偶然か必然か。


■2019-1/29
[野の編日誌]

いろんな品々、書類を持っていいて、それらを整理しようとすると、言葉が必要になる。
「それ」がどんなものか、名前が必要になる。
「アルミの長い棒」は、「アルミ」、「長い」、「棒」と要素が3つあって、どの要素でまとめるか、迷う。
迷うけど、直感的にサッサと決めて、実際に試してみる。
結局の決め手は、実用的かどうか。
そうして実態と言葉とを果てしなく往復する、真冬。


■2019-1/28
[野の編日誌]

きょうは、うちにある長ーいものの整理。
木や金属の棒、最長4メートルとか、十数本。
これを一箇所にまとめる。
これの使い道はまだ決めてないけど、こんなに長いものが自分のものだとおもうとなんだかうれしい。


■2019-1/27
[野の編日誌]

情報の整理と、ものの整理は似ている。
あいや、同じと言ってええかもしれん。
てか、同じ心的次元でできるようになってきた。
と。
おもう。


■2019-1/26
[野の編日誌]

うちだけぢゃない、現代人の必須要件、情報の整理。
やっぱり身体との親和性では、アナログにかなわない。
長年懸案の大きい方針が決まったので、ずいぶん気が軽くなった。
この新しい基準に準じて、本棚も再整理。

いまちょうど冬の峠で、暦通りに午後から北から強風。
灯油はたっぷりあるし、室内作業で対抗するだで。


■2019-1/25
[野の編日誌]

情報の整理。
年賀状は書かないしメールもあまり来ないが、ポイントカードや各方面のログインネームやパスワードなど、なくしたら困る情報が格段に増えた。
これらを新たに一元管理しようとおもう。
電子機器に頼りたくないので、手書きで作ること。
いつも手元に置いて、調べものの最初のきっかけとなるもの。
Macにおける、Finderのようなもの。
言うなれば「落合情報入り口ノート」。
いざというとき、これだけは持って逃げたいようなもの。
でも、紙の束なので電源は不要。


■2019-1/24
[野の編日誌]

いっそ古い排水溝をつぶして埋めてしまえ、という気もしなくもないが、そこに排水溝を作ったのか理由があるはずで、それを調べよ、とおれの性分は言う。
そうやって致し方なく面倒な注文を引き受けるから、いつまで経っても暮らしが楽にならん、っておれはおもう。
まー、人の生には行き着くところ、完成も結論もなく、ただただ闇雲にあえぐことかな、とおもうようにもなってきた。

諸行無常を泳いでいる人の断面 コンクリで固めて


■2019-1/23
[野の編日誌]

古い排水溝の掘り出し。
すると、樹の根が巻き付いていた。
数メートル離れた梅の樹の根が石積みを潜って、コンクリート製の排水溝の底に伸び、持ち上げ動かし、ヒビを入れて壊す。
あー、やっぱり。
あんたたち植物には敵わんけど、こちらの事情もあるんでこのままじゃ困る。
どうしよう。


■2019-1/22
[野の編日誌]

きのうきょうと急に濃い眠気に捕まっては寝落ちる現象、朝昼関係なく。
でも、それはいいこと。
やっと潜在的なくたびれが出尽くそうとしている。
身体の平衡感覚が正常に働いている。


■2019-1/21
[野の編日誌]

いつしか土に埋もれて機能しなくなっていた、敷地のまわりをぐるりと囲んだ昔の排水溝を復元中、遺跡発掘のように掘り出す。
これが使われてたころの排水計画を想像する。
住宅地の排水は、生きものの排尿と同じくとっても大事。
どうしてこれがないがしろにされたのか。

よーく晴れて、永遠に青い空。


■2019-1/20
[野の編日誌]

緊張するべきときには緊張し、緊張しなくていいときには緩む。
不思議なのは、それが当人の知らぬところでやられていること。
自分はおもったより緊張していたらしく、おもったよりくたびれていた。
そういうようすを眺めながら、それに合わせて過ごす。
自分のおもいなんか後付けだ。


■2019-1/19
[野の編日誌]

頭がボケていて、ハリハリとは動けない。
くたびれているようだ。
ちょっと庭の整地、大人の土遊びして過ごす。

くたびれること自体はしかたない。
問題は、くたびれをうまく解消すること。
これができんと病気になる。


■2019-1/18
[野の編日誌]

きのう広島行より帰着して、きょうは朝から買い出し。
あらためて感じる山梨のドンクサさ、ダサさが、みょうに落ち着く。
地上はともかく、平野のぐるりを遠い山山が囲んで、上空はスッポンと抜けてなんにもない青。
ただただ、青。


■2019-1/14
[野の編日誌]

というわけで、1月の広島行にて数日留守。


■2019-1/13
[野の編日誌]

きょうは雪が降っていて寒いかとおもってたが、そんなでもなかった。
やっぱり暖冬なんだろうか。

いままで手付かずだった土蔵まわりの掃除。
余分な土を取って、地面を平らにならす。
その作業の流れで土から小石を取り除くやり方も、(やっと)わかってきた。

ひとには、その違いがわからんだろうが、毎年(ほんの)ちょっとづつ変わりつつある。


■2019-1/12
[野の編日誌]

全天曇天で、冷え気味。
いわゆる「アイルランド日和」。
風はなく静かだがゆっくりと下り、夜から朝にかけて雪かも、とのこと。
そんな天気とシンクロしてか、自分の胸も重い。
それはそれで、丁重に扱う。


■2019-1/11
[野の編日誌]

結局、すっかりうちの冬には欠かせなくなった「豆炭あんか」。
これを包む袋がほつれてきたので、修理。
春になったら、もっとちゃんと直してやるから、いまはこれで勘弁してくれ。


■2019-1/10
[野の編日誌]

室内の事務作業が飽きたら、軽く野良。
野良は、気晴らしであり、身体運動であり、土地の片付けである。
自分ちに自分だけの気晴らし広場がある。


■2019-1/9
[野の編日誌]

連日の、小春日和とでも言いたいような陽気。
けっこうなことだが、どうしてだかおらは宿題を抱えていて、室内作業に専念。
外に出たがる気持ちをなだめつつ。


■2019-1/8
[野の編日誌]

いくつかの種類の作業を行き来しながら、全体的に進む。
サーフィン、のように。


■2019-1/7
[野の編日誌]

夜、ふとんの中で丸まって腹に豆炭あんかを抱えている。
すると、おれは宙に浮かんでおり、自分の一番中心から熱が発するのを感じている。
熱はおれを透過して、放射状にどこまでも果てしなく広がっていく。

ふと、妊娠とはこんな感じかとおもった。


■2019-1/6
[野の編日誌]

曇天ながら寒くない、とんがってない冬日。
だども明日から世の平常業務が始まるから、ちょっと緊張。
今年はいろいと課題が多いけど、オチツイテオチツイテ。


■2019-1/5
[野の編日誌]

きょうは、なんだか暖かい。
こういう日は、こういう日の用事がある。
道路が凍結してないので、灯油買い出しのついでに温泉に出かけるなど車を使う用事。
帰ったら、水が冷たくないうちに洗濯。
などなど。

ときには用事がなくても自分の定位置から離れてみる。
状況を変えることなく、視点の方を変えてみる。


■2019-1/4
[野の編日誌]

こーやって、ひとの気も知らず無慈悲に時が過ぎていく。
もー新年突入だし、油断してたら春だー。

とまー、つい気持ちが焦ってしまうとき。
「できんものはできん」を唱えて心を鎮める。


■2019-1/3
[野の編日誌]

夜から朝にかけて氷点下になるが、昼は陽が差して風もなく気温10度くらいになる。
外でちょっとした野良をしてると汗をかくほど暖かい。
適度な低山に囲まれて南の方を向いたうちの地区の特徴だろうが、それはホントにありがたい。
そのうち自分の部屋を南側に移そう、などとおもいながら宿題せっせと。


■2019-1/2
[けふの料理・雑煮エスニック風]

毎年12月になると茨城在住の娘から、レンコンがひと箱届く。
レンコンと言えば茨城、娘のつながりにレンコン農家があるらしい。
レンコンて高級品なので自分ではけして買わないからうれしい。
昨12月は1週間ほど留守をしたが、それ以外はだいたい毎晩レンコン三昧。
室内の涼しいところで湿った新聞紙にくるんだままの保存、ひと月大丈夫だった。
で年明けて、やっぱり雑煮でも食おうと相成った。
・レンコン二玉を5ミリ輪切り。
・たまたまあった「あらびきチョリソー・激辛」というソーセージを3本縦割り切り。
・これらを炒める。
・炒まったら水を加えて煮る。
・と同時に餅を4個、網焼き。
・レンコンとソーセージの鍋が煮立ったタイミングで、焼けた餅を入れて、もうひと煮立ち。
・味付けは「広島風うどんスープ」と醤油、それぞれ適量。
・してできあがり。
「あらびきチョリソー・激辛」がホントに激辛で、ほかの具材もスープも激辛にしてしまう威力があったんだが、まーそれはそれとして、結果的にとってもおいしくいただいた。
冬のぬかるみでの収穫作業、レンコン農家さん、どうもありがとう。


■2019-1/1
[野の編日誌]

世の年一再起動の日、元旦。
大掃除でもしたか、雲ひとつない青空に太陽だけ。

コクピットを、自分の「外付け脳」のようにおもっている。
これを片付けることは、脳を片付けること。
てなわけで、パソコンまわりの整理など。




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