オ チ ア イ イ ク オ    コ ウ サ ク ショ






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・ココアどこ わたしはゴマだれ  2016-11/26
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・落合郁雄工作所 総合カタログ1971~2009  2009-08/01


メモ・

はじめに実態ありき。
そのあとをノコノコ言葉がやってくる。


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■2020-1/19
[けふの料理・そんなつもりじゃなかった]

うちを最初に見た夏、背の高いススキに埋もれるようにして母家が佇んでたんだが、そのススキに混じって白百合の花がボツボツと何本か誇り高く咲いていたのが印象的だった。
それまで、そーゆーいわゆる立派な花にまったく興味がなかったけど、はじめて白百合を地続きのものとして認識した。
それ以来、邪魔な草木を抜いても花咲く白百合は抜いたことがない。
中略。
そして先日、庭の手入れをしていいて、つい大きめの球根を掘り出してしまった。
なんだこれ、もしやと調べたら、どうやら食した記憶が少しあるだけのユリ根らしいことがわかった。
これもなにかの因果、聖なる成り行き、食べてみることにした。
幼児のコブシ大3個、中学生のコブシ大2個を、根を取り房を分解しながらよく水洗いする。
これをひと煮立ちしたら湯を捨て、油炒め、味は塩コショウ。
で、おっかなびっくり口に入れてみたら、おいしかった。
おれの苦手な、あの高貴な白百合、食えるんだ。

うちに自生する中で食べられるシリーズの仲間が、またひとつ増えた。
ごちそうさまでした。


■2020-1/18
[野の編日誌]

ものを直すというのは、必ずしもピカピカのきれいな状態を取り戻すことじゃない。
ま、しーていうなら「設定を変える」。
ひとつの場面が終わって、次の場面に移る役者のような感じ、だろうか。
うーん。


■2020-1/17
[野の編日誌]

うちの片隅にずっと転がっていた古いブリキのバケツを直した。
本体は穴が空いていないので、そのまま金槌で叩いて歪みを直す。
バケツの取っ手がなかったから、うちの廃品置き場から適当なぶっとい針金を見繕う。
持ち手に、廃品置き場から自転車のバネを見つけてあてがう。
それぞれ生まれ育ちの違う壊れたどうしが、なんの因果か出会い、組み合わされ、ひとつのものができる。
(そして、いつまでもシアワセに暮らしました、とさ。)


■2020-1/16
[野の編日誌]

庭は、枝打ちした枝やら切り株を積み上げたまま2年くらい手付かずだった。
いま、ようやく遅、遅まきながら、手が入りはじめた。

まー、はじめての環境で、はじめての作業で、なかなか時間が読めない。
おもわぬことも、多々ある。
なかなか、その季節や年で切りがつかない。

雨に喰われてボロボロ、土になりかけの古枝を燃やす。


■2020-1/15
[野の編日誌]

数年前、とりあえずダンボールに押し込んでいたものを、ようやく取り出して片付けてみる。
やっぱり、気持ちにゆとりがないと、ものは片付けられないと、片付けながらおもう。
ま、前より精神状態がマシになってきている、ということか。
その逆じゃなくてよかった。


■2020-1/14
[野の編日誌]

えー、プラゴミを集積所まで持っていって、郵便局で用事をしてから町内温泉に行った。
えー、帰りにホームセンターに寄って、雨樋など少々の買いもの。
帰ってから、町内温泉の白菜を塩水に漬けて、昼ごはんは長芋のぶっかけ丼と、まだカクテキになりきってないカクテキ。
きょうは、ずっと曇天で低気温。
これから今晩、雪との報せも。
空の重さに身をかがめながら一日。


■2020-1/13
[野の編日誌]

夏は植物が暴れまわるので、なんとかそれを抑えるだけで精一杯だが、冬になってようやく主体的に野良仕事ができるようになる。
落ち着いた土地の骨格造りは、植物の小さいこの時にしかできないので、けっこう忙しい。
忙しくて、楽しい。


■2020-1/12
[野の編日誌]

すっかりおろそかになっていた庭を片付けることにして、きょうは山積みの古枝を燃やす。
ただ燃やすだけでなく、クズ炭が燃え残るよう加減する。
(クズ炭は畑に撒く。)
古枝の次は大石、雨樋、などなど。
春までに、庭片付けたし。

そして曇天の向こうに満月 ・

■2020-1/11
[野の編日誌]

メンテナンスついでに、農具の修理。
壊れたスコップをバラして、使える部品を合わせて、別のスコップを作った。
ロボコップのように。

農具は体の一部のようなもので、畑作業の具合に大きく影響するから、なんでもいいというわけにいかない。
そこらへんのホームセンターに並んでいるような農具は、安めだが当たり外れもあるし、実際に使ってみないと良し悪しが判断できないので、少しづつ試しながら確かめて行くしかない。
ロボコップの、ように。


■2020-1/10
[野の編日誌]

畑の縁取り。
(畑の際をとくに手入れすること。)
ほかに、自動車のボディカバーを生地を変えて作り直したり、電気マットが効かなくなったのを直したり、と、結果的にメンテナンスごとの多い日となった。

天気予報で「3月なみ」と言うような、温暖な陽気の日。


■2020-1/9
[野の編日誌]

だってもう、すっかり正月気分じゃなくなっている、世の中は(テレビの中の)。
それが、怖い。

どうも毎年、なにかをし忘れたまま、すっきりしないうちにときが過ぎて先に行ってしまうような気がする。
それで、ふと気がつくと、もう師走になっていたりする。


■2020-1/8
[野の編日誌]

うちの畑からはビニールゴミがよく出てくるが、とき折りバランが出てくる。
弁当のおかずの仕切り、緑のビニールの葉っぱみたいなやつ。
冬の畑、土の中から緑の葉っぱ、しかもゴミ。
誰も意図したわけじゃない、とても悪いジョークだ。
(以前出てきた、こたつ布団よりはマシだが)

こんなこと、誰も意図してそうしたわけじゃないのに、人に大きな影響を与える。
こんなことが、ある。


■2020-1/7
[野の編日誌]

あさ起きると、もうくたびれていた。
きのうのたき火に、魂だけでなく体力も奪われたらしい。
たき火の跡は、灰の下に火がまだ残っているらしく、なま暖かかった。

これから明日にかけて天気下り坂だというので、いまのうちにと午後から買い出しに行くことにした。
外に出ても頭冴えていなく、店内の通路でボーと佇むこと多く、いつものインスタントコーヒーは品切れで、粉末うどんスープは買い忘れた。
おもったより時間がかかっているうちに刻々と気温が下がって来ているが、車のヒーターを点けるとバッテリーに負荷がかかるから嫌だから我慢してたが、やっぱり帰り道だけはヒーターを点けることにした。
パラパラと雨玉がウィンドウを打つ。

すっかり腹減りでうちに帰り、イライラしながら遅い昼ごはんを食べた。


■2020-1/6
[野の編日誌]

抜いた切り株が山のようになっていたのを、そろそろ片付けようと、ひさびさにたき火をした。
なにしろたくさんあるし、切り株は木の塊なので燃えにくいだろうと、短時間じゃ終わらないだろう、とおもっていた。
中略。
切り株の燃えにくさ、に感心した。
燃えるのに、すーごく時間がかかる。
薪ストーブでいうところの、理想的な薪じゃないか。
炭火でいうところの、備長炭。

とうに日が暮れて、あたりは真っ暗でもまだ燃えている。


■2020-1/5
[野の編日誌]

龍に頭をくわえられて夜じゅうを飛び回ったようによく寝た。


ツヅケルちゃんは、日常。
アキルちゃんは、イベント。
ツヅケルちゃんが前に進むための駆動力で、アキルちゃんはハンドルの遊びのような、進路確認と、修正。


■2020-1/4
[野の編日誌]

基本的には平々凡々な、なにもない、つまらない日常を望んでいる。
食事も支度が面倒なので、まとめて作って、おなじものを幾日かかけて食す。
ただ、飽きる。
ずーっとは、続かない。

同じことを続けたいものと、それを阻むもの。
たこのふたつで1組、たぶん。
ツヅケルちゃんと、アキルちゃん。


■2020-1/3
[野の編日誌]

よく晴れている。
世のノイズもないからか、気持ちいい。

気持ちがいいと、言葉少なくなる。


■2020-1/2
[野の編日誌]

凍った土にバチヅルを入れて、切り株を抜いた。
干し大根を漬けて、白菜を漬けた。
洗濯もした。

よーく晴れている。
遠くで、子どもの笑い声が聞こえる。


■2020-1/1
[野の編日誌]

元旦、ちゃん。
ひとり暮らしは、世の習わしと無関係に自由に過ごせるのがいい。
餅を食うでも、神社に出かけるわけでもない。
ただ、いつものように切り株を抜き、米を研ぎ、大根を干す。

きょうは晴れたが、1レベルほど気温が下がった。
冬は、むしろこれから。




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