オ チ ア イ イ ク オ    コ ウ サ ク ショ






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・落合郁雄工作所 総合カタログ1971~2009  2009-08/01


メモ・

はじめに実態ありき。
そのあとをノコノコ言葉がやってくる。


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■2020-4/3
[野の編日誌]

整備中の自転車のタイヤ空気穴が一般的なやつじゃないので、そのための部品を取り寄せ、うちの空気入れの破れたホースを交換し、ようやくタイヤに空気が入れられるようになった。
そして、やっと試乗。
何年ぶりだろう、自転車に乗るの。
腿の筋肉が驚いている。
まだ問題いくつかあるが、自転車筋トレ兼ねて近所お出かけする道が開けてきた。


■2020-4/2
[野の編日誌]

うちの町内温泉は変わらずコロナ休業中だが、温泉が多いのが山梨のいいところ、一様にコロナ休業するところばかりじゃない。
というわけで、きょうは意を決して別の町内温泉に行った。
きょうは晴天で、春らしさを露天風呂にて味わう。
う、うう、ありがたいことだ。

ここしばらく毎日毎日、テレビもネットもコロナニュースで持ちきり。
恐怖に恐怖している。
ウイルス自体、にではなく、不安感で病むことをおもう。


■2020-4/1
[野の編日誌]

きちんとした雨の日。
それに従い低空飛行しつつ、室内で小物整理して過ごす。

指でつまむほどのサイズの小物は容れ物が必要で、その容れ物についても考える。
小物の容れ物はなんでもいい訳ではなく、中身にふさわしい容れ物を探すところからはじまる。
部品を入れた容れ物と、また、それをまとめる大きめの容れ物。
そして、大きめの容れ物を置く棚、その棚を置く場所、などなど。
容れ物がマトリョーシュカのように連なって、部屋の一角をしめて、やっとその小物収納システムが完成する。
などと、おもい馳せつつ、アー片付け飽きて、投げ出して終わる。

散らかったままの部屋の外では、変わらず雨が降っている。


■2020-3/31
[野の編日誌]

内発する生体エンジン(のようなもの)があって、それを止めてしまうと、もうまったく動かないようになるので、なんとか止めないように、(いつもなら外に出て身体を動かすけど、きょうは雨なので)宿題やらクリップの整理やらで、室内をうろうろする。
その生体エンジンが、自分の中ではいちばん偉いものだとおもっている。

食事についても、いちばん偉いのは食欲だとおもっている。
そろそろキャベツを片付けないといけないからキャベツ料理を予定していても、その寸前にキャベツじゃない料理を作ることがある。

そうゆう自分の中のいちばん偉いものを満足させつついかに現実との折り合いをつけるか、ここに、日日少なくとも5割の力を割いている。


■2020-3/30
[野の編日誌]

整備中の自転車が、だんだん直ってきた。
まだ完璧とは言えないが、歩くよりは速く進めそうなものにはなってきた。
これ、どこまで使うかまだわからんけど、案外うれしい。
オトコの子が新しい乗りものを手にする感じ、か。


■2020-3/29
[野の編日誌]

あさからの雨にみぞれが混じり、雪になるかとおもっていたら昼には止んで、明るい曇り空になった。
気まぐれに歩きたくなり、山の上の公園にはじめて行ってみた。
山の上公園には駐車場もトイレも遊具もあって、それなりに広い。
町の名所なんだろうけど、だーれもいない。
ま、とりあえず、うちの散歩コースに認定する。


■2020-3/28
[野の編日誌]

そうして、都会では土を見ることはなくなりました。
でも、土はなくなったわけではありません。
薄いアスファルトのすぐ下に、たくさんあります。
皮膚のすぐ下に、うんこがあるようにです。


■2020-3/27
[野の編日誌]

土は、きれいなものだ。
土は、食べものを産んで育てる。
腐ったものを捨てても、きれいにしてくれる。
うんこを混ぜても、きれいにしてくれる。


■2020-3/26
[野の編日誌]

その昔、大昔、人に土地がくっついていた。
(否、土地に人がくっついていた。)
それから現代になるにつれて、土地と人は離れるようになった。
野良仕事をしてると、そんなようなことをおもう。
そうゆう、遠ーい記憶をたどるようなことでもある。


■2020-3/25
[野の編日誌]

畑の草取り、草焼きなどして、掃除している。
年々、少しづつきれいになってはいるが、自分の満足の行く状態になるのに、あとどれくらいの作業がいるんだろう、どれくらいの時間がかかるんだろう、とおもう。
これ、あまり追い込むと自分が壊れるので気をつけないと、ともおもう。
息抜き、気晴らし、趣味として、だらだら進みたい。


■2020-3/24
[野の編日誌]

きょう、強い北風が吹くこともあり、気分転換にと町内温泉に出かけたら、ななんとコロナ休業だった。
げっ。
ついに、うちのような田舎にも具体的な影響がやって来たか。
ただま、ウイルス本体が来たわけじゃないから。


■2020-3/23
[野の編日誌]

畑に、野ゴボウの苗が何本も出ていた。
掘ってみると、根の太さ1センチ、長さ20センチ。
こりゃ食えるな。
去年は10月くらいまで収穫できたから、冬以外、食用野菜となる。
こうゆーの、ほかにあるんだろうか。
葉も茎も根も全部食えて、好みの苦味。
植えてないのに勝手に生えるし。


■2020-3/22
[野の編日誌]

東京時代での3月は、春とは言ってもまだまだ寒いという記憶だ。
桜の花見には、ダウンジャケットを着たりしてた。
でも、今年の春は暖かい。
今年の春が特別なのか、東京から山梨に来たから感じ方が変わったのか、わからない。

植物たちはまだその身を潜めて地上は静かだが、地面の下では着々と「位置について」いる。
植物たちが一斉に走り出す前の、気、緩められない、ひととき。


■2020-3/21
[野の編日誌]

修理途中で行き詰まったまま、ほったらかしのスコップがやっと直せた。
こうゆう、壊れたものを直す、というのは、「生きとるヨロコビ」シリーズの上の方。
ポイント高し。
これに気分良くして、工作室(現状物置き)の片付け、ネジの整理など、する。
する。


■2020-3/20
[野の編日誌]

書類整理について、できるだけ大まかに分けてることにした。
ノートやバインダ単位で綴るんじゃなく、ダンボール箱で作った書類入れにぶち込む。
その書類入れを本棚に入れる。

おれが大人になってから、デジタルジャンルができた。
デジタルの良さはもちろんわかるけど、保存するのは旧式の紙媒体にはかなわない、とおもう。
いままで、火事などの災害にあったことは1度もないが、HDDのデータは2度飛ばしたことがある。
あとデジタルデータは(筆記具や紙の感触などの)身体性が少ないから、どうしても自分との関係が希薄になり、その内容も存在自体も忘れてしまいやすい。


■2020-3/19
[野の編日誌]

あさ起きて種々細々雑用してるあいだに、あっという間に日が暮れる。
時間というものが、だんだん大事におもえてきている。
1日も1生も、悔いの無いよう過ごしたい。

筆で書き損じたような雲が、山にかかっている。


■2020-3/18
[野の編日誌]

ひさびさに用事と買い出しかねて街?に出た。
いまだに山梨の土地勘はないが、おそらく甲府近辺では一番の「ショッピングセンター」っていうやつ。
「ショッピングセンター」というより、「ショッピングタウン」。
たとえば、気をつけてないと自分の車をどこに止めたかわからなくなるくらい駐車場がだだっ広い。
ヘルニア事件以来、はじめてたくさん歩き回るということをしてみた。
例の「左尻違和感」が少しあったがおおむね大丈夫、でも用心もした。

ここらへんでは、特段コロナ騒動の影響は感じなかった。
どの店でも店員も客もマスクしてなかったし、納豆もあった。
コロナウイルスは人が多いところが好きらしいので、うちは田舎でよかった。


■2020-3/17
[野の編日誌]

ボロボロ中古自転車の手入れをはじめた。
チェーンが錆びついてまったく動かなかったのを、うちのペンチやプライヤや金槌やら総動員して、やっと動くようになってきた。
自転車全身こんな感じ。

この自転車は、おれだ。
自分を直している。


■2020-3/16
[野の編日誌]

きょうは「春の嵐」っていうやつ。
北から強風吹いて、立て付けの悪い戸鳴らして、外に出しっぱなしの雑貨たちがガシャガシャ騒がしい。
野良仕事できず、ストレス晴らせず。

「天気」と一言で言うけど、その実態は「千変万化」。
それは、「自分」においても同じ。
「千変万化」に変容して捉えようがないのに、さも、ここにその実態があるかのように言う。
「自分」と。


■2020-3/15
[野の編日誌]

ギックリ腰は前触れなくいきなり発生してしまうものでもなく、前触れ、予兆がある。 自分の場合、それは「左尻違和感」。
この「左尻違和感」のときにうまく処置できたら、腰痛には至らない。
というような、自分の腰痛の進み方が、やっとわかってきた。
そうか、「左尻違和感」は、とても大事なシグナルだったんだー。

激痛が走ってから早20日、いまはようやく足重り付けて歩いても「左尻違和感」は出なくなってきた。
なにげにうれしく、空天気よく、ジョウビタキと会話する。


■2020-3/14
[野の編日誌]

春の雨。
(そういえば「春雨」、しばらく食ってない。)
寒い、春になるのを渋っているように見える。
コロナ騒動も、停滞。
おれも気分すぐれず、停滞。


■2020-3/13
[野の編日誌]

それから、片足1kgの重りをつけて30分歩くと、左尻筋肉にツンツン感じるから効いているらしい。
放ったらかしだった自転車も整備して、乗るようにしたい。
今年は下半身の年、大いなる反省の年。

自分の下半身、即ち基礎、土台。
家の基礎直す前に、自分の基礎直せ。


■2020-3/12
[野の編日誌]

いまや人は人工知能を作ったり宇宙に出かけたりするのに、いまだに(むしろ人の移動が便利になるほど)太古からの原始的な病いに悩まされるのか。
コロナ騒動のような危機って、それなりに想定できるのに、どの国も誰も準備してこなかったんじゃね。

ふーん。


■2020-3/11
[野の編日誌]

コロナと311って、似ている。
自然災害でありながら、社会(が問われる)災害。

オリンピック:「人が集まること」で、いい状態にになること。
コロナ:「人が集まること」で、悪い状態になること。
この両極端がニアミス、しようとしている、今年。
どうなる。


■2020-3/10
[野の編日誌]

堪えていたのを吐き出すような、量もたくさん時間も長い雨。
そんな雨の中を、あちこち運転。
ダイナミックにのたうつ季節の脇を、セコセコ動きながらちょっとでも用件減らさんとす。
われ、ただ平穏でなにもないつまらない日日を望むものなり。


■2020-3/9
[野の編日誌]

やっと頭が立ち上がってきた、少しづつ。
それなりに頭がいいときのことをする、絶好調ではないから。

合間に畑、畑がまるで自分の心の中であるかのように、ついきれいにしてしまうし、そうすると気持ちいい。
実物大の「箱庭」、「箱畑」。
「箱地球」。
「箱宇宙」。
そして、「箱自分」。


■2020-3/8
[野の編日誌]

あさから、内省促すような静かで冷たい雨。
それに従い、定位置にて身近な用を順繰りと確かめる。
自分というものと、自分の定位置を確かめる。


■2020-3/7
[野の編日誌]

なんとなく体がだるいのは、ここんとこのクタビレなんだろう。
きょうはヘルニア休めるつもりで、だらだらと動こうとおもうけど、天気気持ちよく土腑分けおもしろく、つ、つい、やってしまう。

それから、「エゾアムプリン」(http://www.amupurin.com/top.html)のアムより、ヘルニア見舞いメール頂戴した。
アムたちは、開拓の先輩、辺境の先輩、北国の先輩で、星の連絡網でもある。
そのアムが、ヘルニアでも先輩だとのこと、いろいろアドバイスをくれた。
アムは「労苦を楽しい」に変えてしまう超能力を備えているから、どんなことをしても年月たっても、いつも、かわいい。
(プリンは絶品)。


■2020-3/6
[野の編日誌]

畑の際に排水U字溝が埋めてある。
その排水U字溝に沿って、土を掘って草の根っこを取り除く。
際というのは、ふだん手入れしにくいから、草や根っこの吹き溜まりになる。
部屋掃除はしないくせに、畑掃除は念入りにする。


作戦名「ヘルニア国物語」。


■2020-3/5
[野の編日誌]

久々に土いじりをすると、すごく楽しい。
土の中にスコップを突っ込んで、全部を取り出し、ほぐして分ける。
ミミズも、冬眠中の昆虫も出てくる。
ミミズの胴体を切ってしまうこと、よくある。
小石や、いらない草の根を取り除く。
手でする。
大人の土遊びだ。


■2020-3/4
[野の編日誌]

枯れ草を燃したり、よく使うシャーペンに、ふつうの消しゴムを取り付けられるようにしたり、足に重りをを取り付けられるようにしたり、など。
ここんとこ留守がちだった「日常」の点検も含めて、雑事粛々。

ありがたく、つまらない「日常」。
そして、つまらなく、ありがたい「日常」。


■2020-3/3
[野の編日誌]

それから、きょうは病院に行って、この前検査した結果の診断だば。
「小さいヘルニア」で、自然に治るだらう、とのこと。で、ひと安心。
医者の診立て、自分の見立てがほぼ一致。
いちおう痛み止めの薬は処方してもらったので、さらに安心。
あー、大事に至らんでよかったー。

まー、これから焦らんで、ゆるゆると立ち上がる、っと。
庭と畑の梅、6本。
その3割ほど、花が咲いている。


■2020-3/2
[野の編日誌]

それから薬飲みはじめて、きょうで1週間。
すごーくゆっくりと痛みが減って、なんとか脚のことを意識せずに過ごせるようになってきた。
ルータ故障に続いて脚の故障、両方とも自分の暮らしの、生の、大きな基盤、そ、それが脅かされた。
他者に脅かされた、というより、自分の構えができてなかった。
「不徳の致すところ」っていうやつ。
これ、そーゆう自分の在り方について省みる機会とするとともに、.心配りのまなざしくれた、ひとたち。
ありがたう。

ところで、久しぶりに畑を見てみたら、野ゴボウが、きれーに、すっかり無くなっていた。
え?
誰か、喰った?


■2020-3/1
[野の編日誌]

その昔、自分の弱い下半身を鍛えるために、足に重りをつけてジョギングしてたことがあった。
それから、いつの間にかかそれをしないようになっていたが、やっぱり重り復活。
足のない人が義足を装着するように、おれにも義足的に(これからずっと)必要なんだろうとおもう。
脚が不自由になることはなにより困るし、神経痛って、なにより(とびっきり)痛い。


■2020-2/29
[野の編日誌]

それから、左脚の腿から膝、スネにかけて、少しシビレてはいるが痛みはなくなった。
(でも寝返り打ちにくいときもある)。
そんで、それに代わるようにして左尻に違和感(筋肉痛になる前兆のような感じ)が発生している。
テニスボール押し付けて尻マッサージしたり、歩く練習やらチョイ野良したり、自己流リハビリ。


■2020-2/28
[野の編日誌]

事務作業自体が苦手ということではなく、ただ土いじりをしてる合間に事務作業をするというのが苦手。
この両方の、速やかスムーズな行き来が苦手。
とおもいつつ、ため息つきつつ事務作業粛々。
ただ、つかの間、スキ見て町内温泉に出かけ風呂に浸かってみて、(まさに湯治)やっぱり神経痛にはいいような気がした。

去年もいまごろ腰違和感があったような気がする。
自分にとって春はそういう季節なのかもしれん。

小梅の淡黄色の花に続いて、別の梅もピンクの花が咲き出した。


■2020-2/27
[野の編日誌]

それから、痛み止めの薬はなんとか効いてくれている。
薬服用前は、歩くなんてもってのほか、ただ立つことも座っていても、寝返り打つのも激痛だったのが、いまは気をつけながらも歩けてはいる。
そういう事情とは無関係に、否、わざとかのように事務用事多々あり、本日はそれに真向かうことにする。

外はゴーゴーと北風が吹き、外壁の剥がれた板をガタガタ揺らして、騒がしい。


■2020-2/26
[野の編日誌]

それから薬が効いて、よく眠れた。
よく眠れることの特段の大切さ、ありがたさを感じた。
また、とりあえず激痛が直近の第一の現実問題ではなくなった。

それから、きょうMRIというタイムマシンのような機械に入れられて、宇宙空間にに排出された、のではなく、(磁力と電磁波で)体内画像を撮影された。
診断は、来週の火曜日。
ネットで調べると、やっぱりおれは体幹が弱いらしい。
そーりゃ困るので、将来に向けての長期懸案とすること、心にす。
まだ、どうにかできるタイミングである、あろう。
きっと。


■2020-2/25
[野の編日誌]

それから激痛おさまらず、夜になり、(「嗚咽」っていうやつ)眠れないまま朝を迎えて、病院に行った。
腰まわりのレントゲンを2、30枚取られたが、さらにあしたMRIを撮影するとのこと。
案外おおげさな処置、おれはいったいこれからどうなるんだろう。

処方された痛み止めの薬を、病院ですぐ飲んで家に帰ってきた。
うーん、全部じゃないが、なんとか痛みが減ってるようだ。
これなら、今晩は眠れるか。


■2020-2/24
[野の編日誌]

あさ、たき火しようとしてウンコ座りしたら、左脚に(息が止まるほどの)激痛が走った。
でまー、例によってネットで調べたら、腰痛ではなく、「大腿神経痛」てゆうのらしい。
去年あたりからの、左脚、左尻から左スネにいくまでの、いくつかの不具合がおもい出される。
たしかに、左脚付け根3センチの筋を揉むと、痛みがやわらぐ。
こりゃ、おれの構造的弱点なんだろうな。
足腰ってのは、暮らしの、生の、先行きの基礎の大前提で、ほかに何もない、ほぼ人力頼りの「野の編」活動の(文字通り)「要(かなめ)」でもある。

と、ほろ苦い春の訪れ。
そいえば先日、頭ちょっと覗かしてたフキノトウ、どうなったか。


■2020-2/23
[野の編日誌]

きのうから強風、春一番らしい。
春は、自然だけじゃなく人にとってもいろんなことが動きはじめるとき、こんな田舎のうちにまで如実にたくさんの用事が押し寄せている。
インターネット障害での遅れを取り戻すべくテキパキと立ち上がりたい、が、なにやら腰痛。
腰痛がこじれないよう、ストレッチしつつキムチを仕込んだり、ネット通販に文具品発注したり。

これから、願わくば(日常生活にとっても支障ありそうな)コロナさん、うちには来んでね。


■2020-2/22
[野の編日誌]

生きものは、そのDNAを子孫に極力正確に伝えようとするが、それでも稀に間違えることもある。
でも、間違えたから突然変異が起きて、生きものは進化した。


■2020-2/21
[野の編日誌]

2月14日(金)、広島から帰って、インターネットしようとしたらルータの故障らしく、インターネットできなくなっていた。
うちのルータはモバイルWi-Fiルータでバッテリで使うのだが、よく見ると、そのバッテリが膨らんで裏ブタが開いて閉まらなくなっていた。
だもんで、バッテリ障害かとおもい、すぐにネット通販で購入し、2月18日(火)に到着したバッテリを取り付けて試してみたが、やはり電源スイッチが入らなく、ルータ本体の故障だということがわかった。
2月19日(水)、新しいルータ購入を検討しようと、近くの家電店に行ってみたが、電話通信との高額なセット契約じゃないとダメ、モバイルWi-Fiルータ単体では売ってくれないのだった。
ふとおもい立ち調べてみたら、ネット通販で同じルータが売っていることがわかり、んで購入することにした。
2月21日(金)、家の裏でたき火をしてたら、遠くで人の声が聞こえたような気がしたので、戻ってみたら念願のルータが届いていた。
すぐに、鼓動が胸を叩くのを聞きながら、接続作業を試して、そして。
やっと、つながった。


■2020-2/13
[野の編日誌]

2、3日、広島行。


■2020-2/12
[野の編日誌]

動脈硬化で詰まりかけの(雨水)排水溝、底になんセンチか積もっていた土を取り除いて掃除。
まるで、自分の動脈硬化を直したようで、気分スッキリ。
あしたから久々の雨らしく、降った雨がどう流れて行くのかを見るのが楽しみ。
ただまー、ここの持病「慢性、雨が降っても、サラサラ流れ出ない症候群」が、はたして完治するのはいつの日か。


■2020-2/11
[野の編日誌]

母屋まわりでいちばん手付かずだった場所。
ここは石積みが崩れた跡のようで、石がゴロゴロ、散乱した古瓦、そのあいだからササなどがボーボー。
そして、近くを排水溝が通る。
てゆ、片付けるのにやっかいなところ。
でも、毎年少しづつ片付けてきて、やっと全体像が見えてきた、ような。


■2020-2/10
[野の編日誌]

ものを直したり作ったりするには、無邪気な意欲もだが、悪意ほどのしたたかさも必要。
じゃないと、自然がものを壊す摂理にかなわない。
(てか、宇宙自体が壊れつつあるんだから、どうせ)。


■2020-2/9
[野の編日誌]

自分の全身の不調の原因が、指先に刺さった小さなトゲだったり、1本の虫歯だったりすることは、ままある。
うちの敷地の不調の原因とおもわれる、小さなトゲのようなところを見つけた。
(雨水)排水溝の、とある箇所が、慢性的に土に埋もれやすい造りで、少々直してもすぐに埋もれるようになっていた。

こりゃ、まるで動脈硬化だ。
(土地は水の出入り、人の体は血の巡り、それぞれ基本的に重要。)


■2020-2/8
[野の編日誌]

土木計画にアイデアがいろいろ浮かんでやりたいこと多いが、それはそれ。
そんなに忙しく動けないので、かえって欲求不満になってしまう。
それじゃなくても、春っていうヤバイ季節に向かうんだから、気を付けんと。

月見上げ 息ととのえる 梅つぼみ


■2020-2/7
[野の編日誌]

テレビドラマなんかの役者をよーく見てると、地の人柄が見えてくる。
役者は虚構を演じようとするが、結果的に自分自身を露出してしまう。
役者が正直か不正直か、を含めて露出してしまう。


■2020-2/6
[野の編日誌]

「そのことがよくわからなくても、ただ現場のそばで見守るようにしていれば、年月を経るうちにだんだんわかってくる。」
ような気がする。


■2020-2/5
[野の編日誌]

あ、あー、てすとてすと。
あ、あー、ただいま山梨時間で17時30分。
北風強まり急速に気温低下中だが、夕刻なお青い空に雲ひとつなく、あと数日で満月となる月、茶碗山盛りのような月、まだほかに一番星なく、たったひとつ、月だけが光っている。


■2020-2/4
[野の編日誌]

庭の土の腑分け、ほぼ初めて。
たぶんスギナだとおもうけど、地下茎の恐るべき密度。
若い女子のように悲鳴を上げて逃げたいのを我慢して、粛々と対応する。
でも、コツがわかって取れるにつれておもしろくなる。
子どもの大きさと重さの石もゴロゴロあって、どうしようかとおもっていたが、人力で動かせないわけでもないようで、少々安堵。

もう、まったく温暖な庭仕事日和、ジョウビタキがこちらを見ている。


■2020-2/3
[野の編日誌]

天気も自分もコンディションいいからか、あれもこれもと「やりたがり症候群」の傾向あり。
無意識にアクセル踏みすぎ、スピード抑えないと。


■2020-2/2
[野の編日誌]

スコップの修理し直そうとして、ドリルでネジ穴を空けようとしたが、うまくいかないので後日への宿題。
雨樋の修理も、部品待ちで後日。
なにごともワンタッチではいかない、メニータッチ。
だ。
宿題満載だが、無理をしない。
ひとつのことに没頭しすぎない。
さらさらと行く日日、メニータッチ。


■2020-2/1
[野の編日誌]

2月に突入。
あさ起き抜けが冷えるだけで、日中は温暖。
雨樋の修理や庭の片付けをする。
雨樋にしても庭にしても区切りはつかない。
区切りがつかない作業だらけの、怒涛の真っ只中。
おれの巡り合わせだ、業だ、星だ。
心静かにする、ようにする。


■2020-1/31
[野の編日誌]

天が、ついうたた寝してしまったあいだに、すっかり冬の天気が緩んでしまいました。
きょう、やっと目を覚ました天は、たいへんなことになってることに気がついて、大急ぎで手に入るだけの北風を集めて、おもいっきり吹かせました。
とさ。

あ、1月終わりだ。


■2020-1/30
[野の編日誌]

試しにものを買ってみる、ということがある。
100円ショップは、心的、経済的に負荷なく試しにものを買うことをさせてくれる。
ここで品物を見てまわるだけでも、ものについてのヒントを得られるから楽しい。
そして、実際に買って、持ち帰り、日常の中に置いてみる。
数日眺めながら、試してみる。
たいていは最初からうまくいかないから、また試す。

と、「考える」が、頭の中から外に出てきて、言葉や絵になったり、店のものを手に入れたり、実際に作ってみたり、する。
「体を動かす」も、「実際に作る」も、「考える」だ。


■2020-1/29
[野の編日誌]

と、一転、きょうは晴れて青空、かつ温暖。
いちばん寒いはずのときに、上着もいらないくらいの陽気。
気持ちがいいからいいけど、こりゃ異常。
天は、かならずつじつまを合わせるから、しっぺ返しを喰らわんよう気をつけてないと。

それはそれで、この前正月だったのに、もう1月が終わる。
天とは別の意味で怖い人の世、人の世の時間が動き出してる。


■2020-1/28
[野の編日誌]

早朝に、みぞれっぽいのをちょっとだけ見たが、それ以外は雨、終日雨。
雪が積もってしまって、道路しばらく凍結っていうのを恐れていたが、そんなんじゃなく、安堵。
どうした、この冬、このまま終わるのか。

この土地に来て、天気や季節にこんなにバラエティがあるのかと感心する。
うちの生態系、生活系のてっぺん、大家さん。
まーこれからも、そこのところをひとつ、どーぞよろしくお願いします。


■2020-1/27
[野の編日誌]

きのう、近所コンビニと郵便局に用事で出かけたついでに最小限の食料と灯油を買っておいた。
今晩から雪が降って積もるらしいから、あー買っておいてよかったー。
冬の寒さ峠のこのとき、食料と灯油の備えは生命線にかかわるから、敏感になる。

ところで、灯油ストーブに灯油を満タンに入れておいて、いつでもすぐにストーブを点けることができる状態にしておくと、寒さを感じにくくなる。


■2020-1/26
[野の編日誌]

冬だから、寒いから、暖かい布団(シュラフ)が気持ちいいから、か、よく眠れる。
果てしないところまで出かけたような眠りの深さ、起きたときの満足感。
この満足感はかなり上質で、これがある限りおれは狂わない、とおもわせる。
冬が、いつもこうだったかわからない。
でも、ほかの季節にはできないだろうとおもう。
動物の冬眠が、わかるような気がする。


■2020-1/25
[野の編日誌]

ここに来てすぐのころ、雨樋なんて見てなかった。
けど、だんだんここの土地や住宅の構造がわかってくるに連れて、雨樋の大事さもわかってきた。
家を壊すものが、大きくて硬いものだけとは限らない。
湿気や少しずつの水でも家を腐らせ、土地を崩す。

というわけで、はじめて脚立を使って雨樋を覗き込んでみたら、案の定積りに積もった塵芥が土のようになって目詰まりを起こし、錆びて朽ちた穴もあちこち。
とはいえ素人職人なもんで、ひどいとこから順々に自分ペースでやらしてください。
こんどの梅雨までにはなんとかしまーす。


■2020-1/24
[野の編日誌]

雨樋修理をはじめた。
長年の懸案、念願の重要事項だったから、うれしい。
機を見計らっていて、やっとその機が訪れた、か。
とはいえ、これは敷地全体の水路計画にもつながるから先は長い。
ま、少しづつ、いちばんひどい状態のところから、だ。


■2020-1/23
[野の編日誌]

デッサンは、輪郭線を最初から決めない。
適当な輪郭線を描いては検討し修正するを繰り返し、何回か繰り返すうちにだんだん輪郭線ができてくる。
文章についても、多くは最初から決まらない。
適当に言葉を置いてみて、検討と修正を繰り返す。
ものを作るときもそんなような、試行錯誤、試行錯誤しながらできてくる。

このやり方は、自分に合っているとおもう。
消去法が好きで、できるだけ結論を後伸ばしにし、結論に確かさを求める。
牛のように、いったん飲み込んだ食べものを口に戻してはまた食べる、それを繰り返す。
そうか、おれは反芻動物か。
肉食じゃなく、草食。
(参考:ウィキペディアの「反芻」)。


■2020-1/22
[野の編日誌]

きょうも、たき火。
たき火は、わりと魂を抜かれる。
この世でいちばん汚いもの(たとえば腐った木片)と、この世でいちばん聖なるもの(炎)とのコントラストだからか。
宗教の儀式になるのも無理はないようにおもう。
ただ、この聖なるものは化けものでもあるので、くれぐれも心して相対しないと身を滅ぼす。

これから工作なんかでも使いたいので、うちに火は必要。


■2020-1/21
[野の編日誌]

庭の古枝片付け、兼たき火、兼クズ炭作り。
風雨にさらされて腐った古枝の中に、腐ってない古枝もあり、もったいなくてそれを燃やすことができない。
なにかの素材として使えるんじゃないかとおもってしまう。
将来、薪ストーブを導入したくはあるが、そのときもいい薪を見るともったいなくおもってしまうんだろうか。


■2020-1/20
[野の編日誌]

大寒の日、でも、なんて寒くないんだろう。
いつの冬だったか室内マイナス8度ていうのがあったから、この冬はとても温暖に感じる。
紆余曲折、試行錯誤、一喜一憂、三歩進んで二歩下がる、そんなの人間だけじゃない、季節もだ。


■2020-1/19
[けふの料理・そんなつもりじゃなかった]

うちを最初に見た夏、背の高いススキに埋もれるようにして母家が佇んでたんだが、そのススキに混じって白百合の花がボツボツと何本か誇り高く咲いていたのが印象的だった。
それまで、そーゆーいわゆる立派な花にまったく興味がなかったけど、はじめて白百合を地続きのものとして認識した。
それ以来、邪魔な草木を抜いても花咲く白百合は抜いたことがない。
中略。
そして先日、庭の手入れをしていいて、つい大きめの球根を掘り出してしまった。
なんだこれ、もしやと調べたら、どうやら食した記憶が少しあるだけのユリ根らしいことがわかった。
これもなにかの因果、聖なる成り行き、食べてみることにした。
幼児のコブシ大3個、中学生のコブシ大2個を、根を取り房を分解しながらよく水洗いする。
これをひと煮立ちしたら湯を捨て、油炒め、味は塩コショウ。
で、おっかなびっくり口に入れてみたら、おいしかった。
おれの苦手な、あの高貴な白百合、食えるんだ。

うちに自生する中で食べられるシリーズの仲間が、またひとつ増えた。
ごちそうさまでした。


■2020-1/18
[野の編日誌]

ものを直すというのは、必ずしもピカピカのきれいな状態を取り戻すことじゃない。
ま、しーていうなら「設定を変える」。
ひとつの場面が終わって、次の場面に移る役者のような感じ、だろうか。
うーん。


■2020-1/17
[野の編日誌]

うちの片隅にずっと転がっていた古いブリキのバケツを直した。
本体は穴が空いていないので、そのまま金槌で叩いて歪みを直す。
バケツの取っ手がなかったから、うちの廃品置き場から適当なぶっとい針金を見繕う。
持ち手に、廃品置き場から自転車のバネを見つけてあてがう。
それぞれ生まれ育ちの違う壊れたどうしが、なんの因果か出会い、組み合わされ、ひとつのものができる。
(そして、いつまでもシアワセに暮らしました、とさ。)


■2020-1/16
[野の編日誌]

庭は、枝打ちした枝やら切り株を積み上げたまま2年くらい手付かずだった。
いま、ようやく遅、遅まきながら、手が入りはじめた。

まー、はじめての環境で、はじめての作業で、なかなか時間が読めない。
おもわぬことも、多々ある。
なかなか、その季節や年で切りがつかない。

雨に喰われてボロボロ、土になりかけの古枝を燃やす。


■2020-1/15
[野の編日誌]

数年前、とりあえずダンボールに押し込んでいたものを、ようやく取り出して片付けてみる。
やっぱり、気持ちにゆとりがないと、ものは片付けられないと、片付けながらおもう。
ま、前より精神状態がマシになってきている、ということか。
その逆じゃなくてよかった。


■2020-1/14
[野の編日誌]

えー、プラゴミを集積所まで持っていって、郵便局で用事をしてから町内温泉に行った。
えー、帰りにホームセンターに寄って、雨樋など少々の買いもの。
帰ってから、町内温泉の白菜を塩水に漬けて、昼ごはんは長芋のぶっかけ丼と、まだカクテキになりきってないカクテキ。
きょうは、ずっと曇天で低気温。
これから今晩、雪との報せも。
空の重さに身をかがめながら一日。


■2020-1/13
[野の編日誌]

夏は植物が暴れまわるので、なんとかそれを抑えるだけで精一杯だが、冬になってようやく主体的に野良仕事ができるようになる。
落ち着いた土地の骨格造りは、植物の小さいこの時にしかできないので、けっこう忙しい。
忙しくて、楽しい。


■2020-1/12
[野の編日誌]

すっかりおろそかになっていた庭を片付けることにして、きょうは山積みの古枝を燃やす。
ただ燃やすだけでなく、クズ炭が燃え残るよう加減する。
(クズ炭は畑に撒く。)
古枝の次は大石、雨樋、などなど。
春までに、庭片付けたし。

そして曇天の向こうに満月 ・

■2020-1/11
[野の編日誌]

メンテナンスついでに、農具の修理。
壊れたスコップをバラして、使える部品を合わせて、別のスコップを作った。
ロボコップのように。

農具は体の一部のようなもので、畑作業の具合に大きく影響するから、なんでもいいというわけにいかない。
そこらへんのホームセンターに並んでいるような農具は、安めだが当たり外れもあるし、実際に使ってみないと良し悪しが判断できないので、少しづつ試しながら確かめて行くしかない。
ロボコップの、ように。


■2020-1/10
[野の編日誌]

畑の縁取り。
(畑の際をとくに手入れすること。)
ほかに、自動車のボディカバーを生地を変えて作り直したり、電気マットが効かなくなったのを直したり、と、結果的にメンテナンスごとの多い日となった。

天気予報で「3月なみ」と言うような、温暖な陽気の日。


■2020-1/9
[野の編日誌]

だってもう、すっかり正月気分じゃなくなっている、世の中は(テレビの中の)。
それが、怖い。

どうも毎年、なにかをし忘れたまま、すっきりしないうちにときが過ぎて先に行ってしまうような気がする。
それで、ふと気がつくと、もう師走になっていたりする。


■2020-1/8
[野の編日誌]

うちの畑からはビニールゴミがよく出てくるが、とき折りバランが出てくる。
弁当のおかずの仕切り、緑のビニールの葉っぱみたいなやつ。
冬の畑、土の中から緑の葉っぱ、しかもゴミ。
誰も意図したわけじゃない、とても悪いジョークだ。
(以前出てきた、こたつ布団よりはマシだが)

こんなこと、誰も意図してそうしたわけじゃないのに、人に大きな影響を与える。
こんなことが、ある。


■2020-1/7
[野の編日誌]

あさ起きると、もうくたびれていた。
きのうのたき火に、魂だけでなく体力も奪われたらしい。
たき火の跡は、灰の下に火がまだ残っているらしく、なま暖かかった。

これから明日にかけて天気下り坂だというので、いまのうちにと午後から買い出しに行くことにした。
外に出ても頭冴えていなく、店内の通路でボーと佇むこと多く、いつものインスタントコーヒーは品切れで、粉末うどんスープは買い忘れた。
おもったより時間がかかっているうちに刻々と気温が下がって来ているが、車のヒーターを点けるとバッテリーに負荷がかかるから嫌だから我慢してたが、やっぱり帰り道だけはヒーターを点けることにした。
パラパラと雨玉がウィンドウを打つ。

すっかり腹減りでうちに帰り、イライラしながら遅い昼ごはんを食べた。


■2020-1/6
[野の編日誌]

抜いた切り株が山のようになっていたのを、そろそろ片付けようと、ひさびさにたき火をした。
なにしろたくさんあるし、切り株は木の塊なので燃えにくいだろうと、短時間じゃ終わらないだろう、とおもっていた。
中略。
切り株の燃えにくさ、に感心した。
燃えるのに、すーごく時間がかかる。
薪ストーブでいうところの、理想的な薪じゃないか。
炭火でいうところの、備長炭。

とうに日が暮れて、あたりは真っ暗でもまだ燃えている。


■2020-1/5
[野の編日誌]

龍に頭をくわえられて夜じゅうを飛び回ったようによく寝た。


ツヅケルちゃんは、日常。
アキルちゃんは、イベント。
ツヅケルちゃんが前に進むための駆動力で、アキルちゃんはハンドルの遊びのような、進路確認と、修正。


■2020-1/4
[野の編日誌]

基本的には平々凡々な、なにもない、つまらない日常を望んでいる。
食事も支度が面倒なので、まとめて作って、おなじものを幾日かかけて食す。
ただ、飽きる。
ずーっとは、続かない。

同じことを続けたいものと、それを阻むもの。
たこのふたつで1組、たぶん。
ツヅケルちゃんと、アキルちゃん。


■2020-1/3
[野の編日誌]

よく晴れている。
世のノイズもないからか、気持ちいい。

気持ちがいいと、言葉少なくなる。


■2020-1/2
[野の編日誌]

凍った土にバチヅルを入れて、切り株を抜いた。
干し大根を漬けて、白菜を漬けた。
洗濯もした。

よーく晴れている。
遠くで、子どもの笑い声が聞こえる。


■2020-1/1
[野の編日誌]

元旦、ちゃん。
ひとり暮らしは、世の習わしと無関係に自由に過ごせるのがいい。
餅を食うでも、神社に出かけるわけでもない。
ただ、いつものように切り株を抜き、米を研ぎ、大根を干す。

きょうは晴れたが、1レベルほど気温が下がった。
冬は、むしろこれから。




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