オ チ ア イ イ ク オ    コ ウ サ ク ショ






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・落合郁雄工作所 総合カタログ1971~2009  2009-08/01


メモ・

はじめに実態ありき。
そのあとをノコノコ言葉がやってくる。


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■2019-3/18
[野の編日誌]

きょう、あした、あさってと広島行。


■2019-3/17
[野の編日誌]

アプローチの草たちの根は、石とコンクリの隙間でフェルト綿のようになっていた。
狭いところで糸より細い根が無数に絡み合い、土がなくてもなんとか保水できるような工夫を草自身がしていたわけだ。
まるで水耕栽培。
呆れるよりも感心。
ともあれアプローチに草が絶えない理由がわかってよかった。
せっかくの努力申しわけないが、ここでは草生えてほしくないのでフェルトの除去させてもらう。


■2019-3/16
[野の編日誌]

なにもかもが良いことも、なにもかもが悪いことも、ない。 ・

[らりるりろ さしすいせいそ]
https://www.instagram.com/p/Buq2xaqn-W_/


■2019-3/15
[野の編日誌]

そう言えば、溶けかけた雪がベチャついたまま道路端に溜まっているようなことによく捕まっていた。
そういうとき、そこらへんの棒っ切れで泥雪の上に線を描いて水の道を作ってやり、排水口に促してやり、大方が流れて行くのを見届けるまではその場所から離れられないのだった。
いまも、ここでそんなようなことをしている、ような気が、しないでも、ない。


■2019-3/14
[野の編日誌]

けさは冷えて、外の水たまりに氷が張っていた。
バケツの溜水も冷たかったので日光に当てておいて(おもいのほか温まった)、午後下着類を洗濯(手洗い)した。
「名ばかり門」から庭までのアプローチ(地面を覆うコンクリートが朽ちて、隙間から草が生えている)の掃除をした。
こういう作業は、まったく苦にならない。
分量はともかく、とても具体的に状況が良くなる。


■2019-3/13
[野の編日誌]

室内を長いこと掃除しないとホコリが積もるが、屋外では土が積もる。
5センチの薄っぺらい土でも雨に濡れると、植物が生えてくる。
土蔵の裏側の狭い隙間は、そんな風になっていた。
そうか、土が積もるのか。


■2019-3/12
[野の編日誌]

「世の中」の骨格は産業なんだろうとおもう。
産業構造(多く人がしていた仕事)は、おれが生きた昭和平成と大きく変わってきたし、これからもまだしばらく落ち着くようすは見えない。
文明のはじまりから、つい100年前までほとんどの人が万年単位でおんなじ農業を営んでいたことをおもうと、近現代は有史最大の産業構造の転換期のようだ。
まーそりゃ、いろーんな事情があるんだろうから簡単な良し悪しのことでもないし、個人が意見を言うレベルのことでもないんぢゃが。
ただまーたとえば、あるとき急に自分の体の骨格が変わるようなこと、をおもい浮かべる。


■2019-3/11
[野の編日誌]

東北大震災の日(2011年3月11日)。
ゆうべからの雨が、けさようやく止んだ。
旧来の排水溝を復元したところに、少し水の流れが戻っていた。
まさに「脈あり」。

Kさんが灰を取りに来た。
じゃがいもを植えるのに使うらしい。
Kさんとはあまり話はしないが、ゆるくて太い回路で通じ合ってるような感じ。
田舎ランゲージで楽。


■2019-3/10
[野の編日誌]

写真は見立て。


■2019-3/9
[野の編日誌]

「ポリ風」の新作の試作をはじめたが、うまくいかない。
「うまくいかない」ということをピンで止める。
寝かせて、当分眺める。

糸口を見つけては、糸をたどって進んでいく。
でも、ときに糸が途切れることもある。
きょうは、そんな日。

梅の花びらが落ちはじめた。


■2019-3/8
[野の編日誌]

昨夜の風で、ボディカバーの縫い目がほつれはじめていた。
ついこの前縫ったやつだ。
でも生地自体は大丈夫そう。

すべてに言えるが、まずは素材。
素材さえよければ修復ができる。
手を入れて直せるなら御の字。


■2019-3/7
[野の編日誌]

うちでは、昼は南正面から、夜は背の山、北から風が吹く。
ここに来るまで、一日単位で風向きが変わることを知らなかった。
もちろん風の強さは一様じゃなく、日によって無風のこともあるし屋根の板が飛ばされることもある。
空模様が天気を「見る」だとすれば、風は天気にじかに「触る」ようだ。
仰向けになった巨大なものの息づかい。
いまもうちの壁を揺らしている。


■2019-3/6
[野の編日誌]

金木犀の根元には、土と石、小石大石が異様に盛られている。
まずここの土と石を分けながらどかす。
金木犀以外の、草たちの根も取る。
金木犀の根張りを明らかにする。
する。


■2019-3/5
[野の編日誌]

きょうは晴れたので、昼からたき火。
梅は、切り落としてもなお枝を伸ばす。
秋の枝が、まだ新芽を出そうとしていた。
ごめん、地面でかさばるのでと、火にくべる。

これで空いたスペースに大石をずらして、金木犀の根元を掃除ができる。


■2019-3/4
[野の編日誌]

連日連夜の雨。
もはや愛玩動物のようになった豆炭あんかを腿において、紙書類の整理。
分類整理のキーワード立てを、デジタルファイルと同じにしようとおもう。
てか、こちらの紙書類の方を本尊(オリジナル)とする、デジタルに重心は置かない。

いつもの定位置にいながら、キーワードを探して亜空をさまよう。


■2019-3/3
[野の編日誌]

きょうは終日雨らしく、室内作業。
中でも超久々のパソコンのファイル整理
実物の荷物の整理も楽じゃないが、ファイルの整理も簡単じゃない。
雨の日はデジタルファイル、晴れの日は庭石、分類整理、片づけ片づけ。


■2019-3/2
[野の編日誌]

なにか新たにものを作ったとしても、たいていはそれで終わらない。
それを使いながら、調整や改良を重ねていくことが多い。
「育てる」と言う。

身のまわりにはそういうのだらけ。


■2019-3/1
[野の編日誌]

最近、車のカバーで使っていたブルーシートがダメになった。
生地の耐久性がなくなり簡単に破れた。
紫外線による劣化。
屋外でよく使われるブルーシートが紫外線に弱いとは、トホホ。
(ブルーシートの前のメーカー製ボディーカバーもUV劣化だった。)
ま、ものが朽ちるのは世の習い。
ほかの、長持ちしそうな、防水らしい生地でカバーを作った。


■2019-2/28
[野の編日誌]

まずは対象に近づく。
間近からよく観察する。

遠くから判断しない。


■2019-2/27
[野の編日誌]

地面相手の素朴な手作業をしてると、デスクワークが苦手になる。
なーんて違う種類の作業かって、感心する。
感心しつつ粛々、ジタバタ。
これも必要、あれも必要。


■2019-2/26
[野の編日誌]

きのう散髪し、きょうは町内温泉に行って、帰ってきて洗濯。
春を迎えるなんて気分でもないがとどまってもいられなく、わからんことだらけなりにひとつでも歩を進めんと。


■2019-2/25
[野の編日誌]

うちには、用途不明の使われていない大石がたくさんある。
直径40センチくらいの、人力では持ち上げられないのが、ざっと数十個。
それはそれぞれの場所で景色を作っていたから、いままで不自然におもわなかったけど、要見直し。
積み上がった石山に土が乗っかって草や樹木が生えているところもある。
かつては庭石だったとしても、うちそれどころじゃないんで、一旦片付けるからごめん。


■2019-2/24
[野の編日誌]

水、土、石、植物。
それぞれを分けて考える。
それぞれの場所を決めてやる。
雨や風、多少の地の揺れがあっても、それぞれが長いあいだそこから動かないようにする。
と、いうことを基準にして、地面を見直す、作り直す。
先人のものに手を入れることにためらいもあったが、このままじゃ崩れてしまうから。


■2019-2/23
[野の編日誌]

水、土、石、植物。
これが、ここの地面4元素。
最初はこれらをどうすればいいかわからなかったが、少しづつ使い道、使い方がわかってきたような気がする。
それはまだほんの糸口だが、それでもありがたうれしい。


■2019-2/22
[野の編日誌]

いつも履いてるジャージズボンの尻が擦り切れてきたので修復。
古Tシャツの生地を裏からあてがい補強。
Tシャツもジャージもお気に入りほどすり減っていく。
お気に入りほどすり減っていくと困る。


■2019-2/21
[野の編日誌]

石積みがおもしろい。
石と石のあいだを埋めるのに、適当な石を探す。
庭中の石の中から探してあてがってみる。
隣り合う石どうしの肌合いが噛み合うと、ピタッとそこにおさまる。
もう、蹴っても動かない。

このおもしろさ、なんて言っていいか。


■2019-2/20
[野の編日誌]

身体は怠けたがる。
よく言えば、できるだけエネルギーを使わないでいようとしている、ふだんは。

「日常」って、そうしたもんだろう。
エネルギーを倹約しながら生をつないでいるだけモード。
自動車で言うところの、「ニュートラル」。
でも、いざというとき、災難、危機にもきちんと順応する。
そして、そのときを過ぎるとまた日常モードに戻ろうとする。

「日常」から出かけて、「日常」に戻ってくる。


■2019-2/19
[野の編日誌]

ここ当分のあいだ、庭と畑の間の石積み作業。
これは敷地のアウトラインを再確認することでもあり、とっても重要。
余分な土をどかして、石の組み合わせを確かめる。
具合が悪い石は取り替える。
なぜか「裏込石」が入っていないので、入れる。
「裏込石」をきちんと入れると、植物が侵入しにくくなる、たぶん。

誰に頼まれたわけでもないのにまるで石積みの修行をしてるよう、小梅の花が咲いている。


■2019-2/18
[野の編日誌]

石積みまわりの掃除。
余分な土をどかす。
石積みに触る植物の根っこも取る。
どかした土を畑に持っていく。
こういう作業は縫いものに似て、はまるといつまでもやっていられる。
心身の調子が狂ったときでもこれをすれば治るような気がする、よく晴れて暖かい春の日。


■2019-2/17
[野の編日誌]

きのう午後広島より帰着。
広島には用事用件で出かけたのに、ねむたくて眠たくてしかたなかった。
特にくたびれることをした覚えがない。
原因不明の「急性眠たい症候群」。
というわけで、短くても8時間、長いときは16時間、連日、昨夜もよーく寝た。
ほいでも、なにやら自分の中のこわばりが砕けていくような感触があるから理由はあるんだろうし、いいことのような気がする。
自分OS再起動でもしたか。


■2019-2/14
[野の編日誌]

広島行。


■2019-2/13
[野の編日誌]

無常をサーフィンする。


■2019-2/12
[野の編日誌]

アン、ダン、テ。
歩くような速さで。


■2019-2/11
[野の編日誌]

目を閉じないようにすること。
できないとしても見えないことにはしないこと。


■2019-2/10
[野の編日誌]

気分が重く停滞するようなときでも、電卓を修理したり、豆炭コンロを改良したりの工作脳は元気だ。
というよりも、工作的にものをみることが自分の無為な状態、か。

机まわりを片付けて、ちょっとした気になることも減らしていく。
消去法だ。


■2019-2/9
[野の編日誌]

寒気はそんなでもなかったが、灰雲は停滞して動かない。
そういう天気と宿題いくつかのため、室内にて引きこもり。
でも気分はそうしたくないらしく、集中できず。
子供のようにすぐにいなくなる自分を探してばかりいる。


■2019-2/8
[野の編日誌]

あした以降強い寒波が来るらしいので、きょうのうちに買い出し。
食料や灯油も、1、2週間分をまとめ買いルーティーン。

いつものように眺めのいい甲府盆地ながら空全部を低い雲々が蓋をして昼なのに日暮れのよう、たしかに北から寒気が近づいているアイルランド日和。


■2019-2/7
[野の編日誌]

「自分の中にもうひとつの生きものがいて、そいつにまだこわばりがある。」
ゆうべからよーく寝て、朝起きたときの感想だ。
ほぐれつつあるが、ダマがなくなるのはもう少し。


■2019-2/6
[野の編日誌]

雨。
眠気おさまらず。
寒さが緩んだからか、冬バテか。
素直に、それに従う。


■2019-2/5
[野の編日誌]

手元にある石積みの教科書によると、うちの石積みはあんまりいい積み方じゃない。
理に適ってない。
んーと、石積みは昔から続くすぐれた技術だが、でも実際には良くない石積みも残っている。
てゆう、当然じゃないような当然のような。

そんなわけで、昔の人が作ったものの修復。
どうしておれが、なんの因果か、など疑問多々。


■2019-2/4
[野の編日誌]

よく寝て目覚めると、天気予報通りに暖かかった。
頑なな冬型天気が和らいだそうで、で、これから当分は三寒四温ということか。
そんなことを察知したか、さっそく体も頭も緩んで動き鈍く、なにをしてもノーアイデア。
昨夜の雨で土も濡れて扱いにくい。
なにもかも、あんかけの日。


■2019-2/3
[野の編日誌]

うちはなだらかな斜面なので、あちこちに石積みが使われている。
その中の50センチくらいの低い石積みのメンテナンスをはじめた。
土をどかして、からんだ根っこを取ったりする。
「石積み」という技術にはけっこう興味があって、自分でもできるようになりたく、先人のものを見学するような気持ちで。


■2019-2/2
[野の編日誌]

二十四節気では大寒が終わって立春がはじまるタイミング、実際の陽気もそんな感じ。
おれの気持ちだけ遅れてる。
春だって言われても。


■2019-2/1
[野の編日誌]

初めてやろうとすることは、たいていうまくいかない。
うまくいかなくても追いかけすぎないようにして、手を離す。
間をおく。
そしてそれを忘れたころ、ホントにやりたいことだけが、アイデアを連れてやってくる。


■2019-1/31
[野の編日誌]

棒の類を家の外壁に立てかけて、風が吹いても倒れないようにする方法がまだ完成ならず。
豆炭用ロケットストーブも、いまいち。
試行錯誤、ズルズルと日が動いて日が暮れる。
夕方から氷雨、雪になるとかならないとか。


■2019-1/30
[野の編日誌]

あーもう、1月も終わる。
早い。

豆炭着火のため、たき火コンロを工夫し続けていると、ロケットストーブのような形になってきた。
ロケットストーブには、ずっと前から興味があったのでおもしろい。
成り行きを追いかけることで、結果的に自分の潜在的な望みを叶える。
これは、偶然か必然か。


■2019-1/29
[野の編日誌]

いろんな品々、書類を持っていいて、それらを整理しようとすると、言葉が必要になる。
「それ」がどんなものか、名前が必要になる。
「アルミの長い棒」は、「アルミ」、「長い」、「棒」と要素が3つあって、どの要素でまとめるか、迷う。
迷うけど、直感的にサッサと決めて、実際に試してみる。
結局の決め手は、実用的かどうか。
そうして実態と言葉とを果てしなく往復する、真冬。


■2019-1/28
[野の編日誌]

きょうは、うちにある長ーいものの整理。
木や金属の棒、最長4メートルとか、十数本。
これを一箇所にまとめる。
これの使い道はまだ決めてないけど、こんなに長いものが自分のものだとおもうとなんだかうれしい。


■2019-1/27
[野の編日誌]

情報の整理と、ものの整理は似ている。
あいや、同じと言ってええかもしれん。
てか、同じ心的次元でできるようになってきた。
と。
おもう。


■2019-1/26
[野の編日誌]

うちだけぢゃない、現代人の必須要件、情報の整理。
やっぱり身体との親和性では、アナログにかなわない。
長年懸案の大きい方針が決まったので、ずいぶん気が軽くなった。
この新しい基準に準じて、本棚も再整理。

いまちょうど冬の峠で、暦通りに午後から北から強風。
灯油はたっぷりあるし、室内作業で対抗するだで。


■2019-1/25
[野の編日誌]

情報の整理。
年賀状は書かないしメールもあまり来ないが、ポイントカードや各方面のログインネームやパスワードなど、なくしたら困る情報が格段に増えた。
これらを新たに一元管理しようとおもう。
電子機器に頼りたくないので、手書きで作ること。
いつも手元に置いて、調べものの最初のきっかけとなるもの。
Macにおける、Finderのようなもの。
言うなれば「落合情報入り口ノート」。
いざというとき、これだけは持って逃げたいようなもの。
でも、紙の束なので電源は不要。


■2019-1/24
[野の編日誌]

いっそ古い排水溝をつぶして埋めてしまえ、という気もしなくもないが、そこに排水溝を作ったのか理由があるはずで、それを調べよ、とおれの性分は言う。
そうやって致し方なく面倒な注文を引き受けるから、いつまで経っても暮らしが楽にならん、っておれはおもう。
まー、人の生には行き着くところ、完成も結論もなく、ただただ闇雲にあえぐことかな、とおもうようにもなってきた。

諸行無常を泳いでいる人の断面 コンクリで固めて


■2019-1/23
[野の編日誌]

古い排水溝の掘り出し。
すると、樹の根が巻き付いていた。
数メートル離れた梅の樹の根が石積みを潜って、コンクリート製の排水溝の底に伸び、持ち上げ動かし、ヒビを入れて壊す。
あー、やっぱり。
あんたたち植物には敵わんけど、こちらの事情もあるんでこのままじゃ困る。
どうしよう。


■2019-1/22
[野の編日誌]

きのうきょうと急に濃い眠気に捕まっては寝落ちる現象、朝昼関係なく。
でも、それはいいこと。
やっと潜在的なくたびれが出尽くそうとしている。
身体の平衡感覚が正常に働いている。


■2019-1/21
[野の編日誌]

いつしか土に埋もれて機能しなくなっていた、敷地のまわりをぐるりと囲んだ昔の排水溝を復元中、遺跡発掘のように掘り出す。
これが使われてたころの排水計画を想像する。
住宅地の排水は、生きものの排尿と同じくとっても大事。
どうしてこれがないがしろにされたのか。

よーく晴れて、永遠に青い空。


■2019-1/20
[野の編日誌]

緊張するべきときには緊張し、緊張しなくていいときには緩む。
不思議なのは、それが当人の知らぬところでやられていること。
自分はおもったより緊張していたらしく、おもったよりくたびれていた。
そういうようすを眺めながら、それに合わせて過ごす。
自分のおもいなんか後付けだ。


■2019-1/19
[野の編日誌]

頭がボケていて、ハリハリとは動けない。
くたびれているようだ。
ちょっと庭の整地、大人の土遊びして過ごす。

くたびれること自体はしかたない。
問題は、くたびれをうまく解消すること。
これができんと病気になる。


■2019-1/18
[野の編日誌]

きのう広島行より帰着して、きょうは朝から買い出し。
あらためて感じる山梨のドンクサさ、ダサさが、みょうに落ち着く。
地上はともかく、平野のぐるりを遠い山山が囲んで、上空はスッポンと抜けてなんにもない青。
ただただ、青。


■2019-1/14
[野の編日誌]

というわけで、1月の広島行にて数日留守。


■2019-1/13
[野の編日誌]

きょうは雪が降っていて寒いかとおもってたが、そんなでもなかった。
やっぱり暖冬なんだろうか。

いままで手付かずだった土蔵まわりの掃除。
余分な土を取って、地面を平らにならす。
その作業の流れで土から小石を取り除くやり方も、(やっと)わかってきた。

ひとには、その違いがわからんだろうが、毎年(ほんの)ちょっとづつ変わりつつある。


■2019-1/12
[野の編日誌]

全天曇天で、冷え気味。
いわゆる「アイルランド日和」。
風はなく静かだがゆっくりと下り、夜から朝にかけて雪かも、とのこと。
そんな天気とシンクロしてか、自分の胸も重い。
それはそれで、丁重に扱う。


■2019-1/11
[野の編日誌]

結局、すっかりうちの冬には欠かせなくなった「豆炭あんか」。
これを包む袋がほつれてきたので、修理。
春になったら、もっとちゃんと直してやるから、いまはこれで勘弁してくれ。


■2019-1/10
[野の編日誌]

室内の事務作業が飽きたら、軽く野良。
野良は、気晴らしであり、身体運動であり、土地の片付けである。
自分ちに自分だけの気晴らし広場がある。


■2019-1/9
[野の編日誌]

連日の、小春日和とでも言いたいような陽気。
けっこうなことだが、どうしてだかおらは宿題を抱えていて、室内作業に専念。
外に出たがる気持ちをなだめつつ。


■2019-1/8
[野の編日誌]

いくつかの種類の作業を行き来しながら、全体的に進む。
サーフィン、のように。


■2019-1/7
[野の編日誌]

夜、ふとんの中で丸まって腹に豆炭あんかを抱えている。
すると、おれは宙に浮かんでおり、自分の一番中心から熱が発するのを感じている。
熱はおれを透過して、放射状にどこまでも果てしなく広がっていく。

ふと、妊娠とはこんな感じかとおもった。


■2019-1/6
[野の編日誌]

曇天ながら寒くない、とんがってない冬日。
だども明日から世の平常業務が始まるから、ちょっと緊張。
今年はいろいと課題が多いけど、オチツイテオチツイテ。


■2019-1/5
[野の編日誌]

きょうは、なんだか暖かい。
こういう日は、こういう日の用事がある。
道路が凍結してないので、灯油買い出しのついでに温泉に出かけるなど車を使う用事。
帰ったら、水が冷たくないうちに洗濯。
などなど。

ときには用事がなくても自分の定位置から離れてみる。
状況を変えることなく、視点の方を変えてみる。


■2019-1/4
[野の編日誌]

こーやって、ひとの気も知らず無慈悲に時が過ぎていく。
もー新年突入だし、油断してたら春だー。

とまー、つい気持ちが焦ってしまうとき。
「できんものはできん」を唱えて心を鎮める。


■2019-1/3
[野の編日誌]

夜から朝にかけて氷点下になるが、昼は陽が差して風もなく気温10度くらいになる。
外でちょっとした野良をしてると汗をかくほど暖かい。
適度な低山に囲まれて南の方を向いたうちの地区の特徴だろうが、それはホントにありがたい。
そのうち自分の部屋を南側に移そう、などとおもいながら宿題せっせと。


■2019-1/2
[けふの料理・雑煮エスニック風]

毎年12月になると茨城在住の娘から、レンコンがひと箱届く。
レンコンと言えば茨城、娘のつながりにレンコン農家があるらしい。
レンコンて高級品なので自分ではけして買わないからうれしい。
昨12月は1週間ほど留守をしたが、それ以外はだいたい毎晩レンコン三昧。
室内の涼しいところで湿った新聞紙にくるんだままの保存、ひと月大丈夫だった。
で年明けて、やっぱり雑煮でも食おうと相成った。
・レンコン二玉を5ミリ輪切り。
・たまたまあった「あらびきチョリソー・激辛」というソーセージを3本縦割り切り。
・これらを炒める。
・炒まったら水を加えて煮る。
・と同時に餅を4個、網焼き。
・レンコンとソーセージの鍋が煮立ったタイミングで、焼けた餅を入れて、もうひと煮立ち。
・味付けは「広島風うどんスープ」と醤油、それぞれ適量。
・してできあがり。
「あらびきチョリソー・激辛」がホントに激辛で、ほかの具材もスープも激辛にしてしまう威力があったんだが、まーそれはそれとして、結果的にとってもおいしくいただいた。
冬のぬかるみでの収穫作業、レンコン農家さん、どうもありがとう。


■2019-1/1
[野の編日誌]

世の年一再起動の日、元旦。
大掃除でもしたか、雲ひとつない青空に太陽だけ。

コクピットを、自分の「外付け脳」のようにおもっている。
これを片付けることは、脳を片付けること。
てなわけで、パソコンまわりの整理など。




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