オ チ ア イ イ ク オ    コ ウ サ ク ショ






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銀座ショールーム
・オリヂナル・カレンダ2017  2016-12/31
・ココアどこ わたしはゴマだれ  2016-11/26
・生キルの手帖 2011  2011-09/19
・落合郁雄工作所 総合カタログ1971~2009  2009-08/01


メモ・

そして、自分のクローゼットにTPO設定無数にぶらさげてある という設定


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■2017-5/29

[野の編日誌]
用事重なり多忙。
まるで無関係の、違う種類の用事同士が申し合わせてでもいるのか、というくらい短期間に用事が集まってしまうことがある。
こういうの苦手。

苦手は苦手としてマーキングし、感情外し淡々とこなすべく。
べく。


■2017-5/28

[野の編日誌]
夏日といってもいいような晴天。
郵便局に用事があって片道30分歩くが、着いてから肝心の用事物を忘れたことに気付き出直し、つまり2往復。
歩くのは嫌じゃなく、長い散歩気分。

東京では結果を求めたがったが、こちらに来て過程に重きを置くようになった(家庭はおろそかだが)。
ものごとにはすべて結果に至る過程がある。
ワンタッチではいどうぞと、ホントは行かない。
都会では見栄えをそうしてるだけだ。


■2017-5/27

[野の編日誌]
昔は色を選ぶということが面倒だったので、自分で衣類や日用品など買うときは、基本的に黒と決めていた。
それからウン十年。
あるとき、押入の衣類の山から目的のものを取り出そうとして、わかった。
全部が黒なので、区別がつかない。
老眼が始まっていたこともある。

それから人よりはずいぶん遅くに自動車免許を取って、車に乗るようになってからも気がついた。
運転手にとって、視界の目立つ色、目立たない色の違いは大きい。
道路脇の歩行者や自転車が見えにくいとエネルギー使うし、危険にもつながる。
色は個人的な好み要素以外に、役割を果たす要素もあるんだって。

それ以来、衣類はもちろん日用品や持ち歩くものなど身の回りのすべて、色分けをするようになった。
たとえば、自分にとって大事なものほど派手な色にするとか。
うちで土作業するときの道具は目立つ色を着けるとか。
じゃないと、その道具が草木の景色に紛れて、すぐ見えなくなってしまうから。
これは都会の人にはわかりにくいかもしれんが。


■2017-5/26

[野の編日誌]
人の世も、錆びついた自転車のように滑らかに動かないこと、ままある。
身辺にそういうこと二、三あり、かつ朝から雨。

気落ちしがちなところ。
あえて衣類の洗濯。
部屋の片付け、細かい用事などなど、8ビートにて励む。
(8ビート:https://www.youtube.com/watch?v=BMZogxtiTis )


■2017-5/25

[野の編日誌]
久しぶりに、バチヅルを振るった。
(バチヅル:
参考画像:http://www.honmamon.jp/fs/honmamon/1110609
これで地面をほぐしたり雑草を取ったりする。
一般的には鍬を使うが、ここの土は硬い粘土質なので、これくらいの道具じゃないと文字通り「刃が立たない」。
それなりの労力は要するが。)

きのうは宿題のデスクワークが煮詰まるとバチヅル作業をし、それに飽きたらデスクワークに戻る、っていう作業の行き来がうまくできた。
ずうーっと前から、こういうことをしたかった。
運動不足解消と、エネルギーの有効利用、頭も冴えるような気がする。

まーどっちにしても、全身使って、きちんとくたびれて1日を終えたい。
時は金玉。


■2017-5/24

[野の編日誌]
いままでほったらかしだった安ラジカセのポッキリ折れたアンテナを、クリップで止めたらなんとかラジオは聴けた。
これを庭の作業テーブルに置いて、外用オーディオとする。

NHKFMの音楽、そのときの曲がそのときの環境とマッチし、共振することがある。
「うちのオアシス」、「うちの夕暮れゴールデンタイム」。
そして酒と。
音楽。


■2017-5/23

[野の編日誌]
ゆうぐれどき。
なにをするというのでもなく、庭先でぼうとたたずむことがある。
ただながめている。
風がそよいで、くさやきの葉がゆれる、のを。
くもがうごいてやまのむこうにいくのを。
のを。


■2017-5/22

[野の編日誌]
かつては庭の中央でトトロのようにぷっくりと膨らんでいた金木犀を、うーんと小さく剪定したので、いまはその背後にあったスモモが庭の主のようになっている。
スモモは金木犀になんの気兼ねすることなくその両腕を大きく広げ、いまちょうど若葉もびっしり茂って広い木陰を作った。

天然サンシェード。
そこには腰掛けやすい大丸石も元々あり、「うちのオアシス」と名付ける。


■2017-5/21

[野の編日誌]
きょうは猛暑。
室内、扇風機回してるが、むっとする、湿気暑い。
外はもっととんでもない。

それでも東京よりはマシ。
東京の夏は、エアコンがないととても生きていけんかった。

まーどっちにしても、ここにエアコンはない。


■2017-5/20

[野の編日誌]
資料、図書室の整理。

うちには秘書も家来もいないので、自分の注文をすべて自分で請け負う。
そのための重要資料、とくに各種ハウツー本を手に取りやすいよう前に、僅かな文芸書は隅にと置き直す。
これらが、きちんときれいに整理されると自分の頭まで良くなるような気がする。

お隣さん視線調節用、手付かずだったブラインドもやっと大窓に取り付け。

かくしてこの部屋での居心地をよくし、快く野の編プラン具体的に組むべく。
これからも絶えないだろう幾多の困難にも備えるべく。
べく。


■2017-5/19

[野の編日誌]
なんかしようとしてうまく行かないことは、しょっちゅう。
むしろあたりまえ、あまりにうまく行きすぎると不思議なくらい。
とくに初めてのことは、うまく行かなくて当然だとおもう、だって。
初めてだから。

また、うまく行かない理由に自分の思い込みも多々ある。
対象に向かって素直な最短距離の見方ができてないこと、先入観が邪魔してること。
途中でやっとそれに気づいて、反省する。

自分のものの見方、構え方の中に、問いも、答えの多くもある。


■2017-5/18

[野の編日誌]
うちの野のいずれあやめかかきつばた みたいの咲いても愛でるひとなく


■2017-5/17

[野の編日誌]
急ぎの作業の途中でも、飽きたり嫌になって手を止めてしまうことがある。
急ぎの作業じゃなくても、脈絡なく、あえてすることもよくある。
そのときの気分だ。
「気」分は天「気」と同じく、とても「気」まぐれ。
願わくば、作業を嫌々するんじゃなく、大きくは作業と気分を一致させたい。

いまと一見無関係の作業でも、その区切りが着いて一段落したとき、心的気圧上昇し、全体に好影響及ぼすこともままある。


■2017-5/16

[野の編日誌]
ここんとこ何事か短期間に厄難続いた。
して自分なりの厄払いせんと、ごちそう買い込み陽まだあるうちから、ひとり夕食会決行のこと。

めにう
1・食前酒:発泡酒
2・前菜:そば、寿司セット
3・主菜:煮カツ丼
4・ほか:ウヰスキーとつまみ各種
すべて近所スーパーの出来合いだが、うちにとっての贅沢、ひとときの安息にて英気養わんとす。

そして、BGM。
https://www.youtube.com/watch?v=A3yCcXgbKrE


■2017-5/15

[野の編日誌]
うちの敷地に、シカが侵入したらしい。
足跡が拳の大きさだったから、体も立派なやつだろう。
噂は聞いていたが、ついにうちにも来たか。

いままで、テレビなんかでしか見たことないあの有名な野生動物が、うちにも来たか。


■2017-5/14

[野の編日誌]
いわゆる町内会よりももっと小さい集落の単位、10世帯くらいの隣組、「組」っていうのに入っている。
きょうは、その「組」の共同作業の日。
あさ6時から1時間、道端の草取り、あっという間に終わった。
取る、というほどには草は生えてなく、むしろざっとした掃き掃除。
お隣のSさんは「やった風に見えりゃええよ」と何回も言った。

ここの地区の、とくに土地柄に興味があるので、こういう機会に伺うこともできるし、怪しいものじゃないアピールもこのときしておく。

子どものころクリスチャンだったこともあって、あさの教会ミサ、礼拝に行った帰りのような爽やかな気分湧く。
おもえばそのころからは、ずいぶんグレた。
怪しく見えても見えなかったことに、まあそこらへんどうかひとつよろしくおねがいします。


ストレスとは、肌触りのことだとおもっている。

肌触りは、その感触がやさしいと気持ちがいいが、相手が尖っていたり強く当たりすぎると痛くなる。
でも痒いときには強い当たりが気持ちがいいこともある。
そういう一概に悪いとは言えないものだ。

物理世界における抵抗感、重力のようなものだともおもう。
おれらがこの世に物理的に存在していることの、もっとも基本的な感覚。

ストレスをなくすることはできない。
自分の存在を否定することになってしまう。


■2017-5/13

[野の編日誌]
あさからずっと、そんなに嫌でもない、しっかりとした雨。
少々内省的な、いまの自分の気分に合っている。

自分の気分、これ心的バランス、平衡感覚のモニタだ。
こいつをなんとか見守れている限り、大きなトラブルは起きない。
ふだんからこれの欲しがるものをできるだけ与えておく、我慢させない。

身体系平衡感覚モニタ、うんこといっしょだ。


■2017-5/12

[野の編日誌]
きのう午前、キッチンにて羽アリの大量発生があった。
早朝には見られなかったので、ほんの2、3時間のこと、千以上の単位だ。
ネットで調べると、シロアリ系のようだ。
鍋も占領され、昼に食べようとしていたインスタントラーメンが作れない。
おれのラーメン鍋、返せー。
(「おれのラーメン鍋」 参考画像:http://item.rakuten.co.jp/daily-3/ysr312241/ )

野の編の厄難、よくコンスタントに現れるもんだと感心、呆れもするが、隠れて見えないだけの厄難も早めに出といて欲しいともおもう。
1年1年、ちょっとづつでも減らしていきたいのだ。


■2017-5/11

[野の編日誌]
世間の用事で嫌なことがあった。

負の感情湧き、やるべき事務作業手につかず。
いたしかたなく外に出て、あえて古瓦の山の整理。
身体を動かして、多少なりとも気紛れたか。

天も気遣ってか雨しと降り出しそうな、きのう夕暮れのこと。


■2017-5/10

[野の編日誌]
本は、情報の容れものとして「本」当にたいへんよくできている。
紙という薄く軽く安い材料でできていて、皮膚との相性も良く触り心地もいいし大きさも手になじむ。
本の厚さで全体量がわかるし、ペラペラめくるとざっくりした内容もすぐわかる。
目的のページにも行きやすい。
ものの整理は、きちんとしまうことと同時に取り出しやすいようにすることだが、本はその両方を備えている。
本を閉じると、邪魔にならないただの四角になってしまう。

また、内容が直に肉眼、脳に届くのではなく、前戯、手の動作を通じて「本」体が開かれる、ことがことのほか重要におもう。
頭だけではなく手でも読んでいるのだ。

本当、本質、根本などの言葉、おれらの先祖が大切におもった名残もある。


ここのところずっと、きょうも朝からヒバリがうるさい。
近くに巣でも作ったか。


■2017-5/9

[野の編日誌]
たとえばパソコン関係の本だけで、本棚一つ分ある。

ヒトの関心が、脳の許容量からはみ出てきたから本が発明されたのか、パソコンもだ。
「青森のおばあちゃん(一般名詞。どこにでもいるようなおばあちゃんのこと。)」、パソコン使いこなせんだらう。
おれもだ、スマホとラインは手放した。
新しい機器が出るのはいいが、古いのが使えなくなる、デジタルは儚すぎる。
一時は紙情報をすべてデジタル化する夢もみたが、あきらめた。

「たとえばパソコン関係の本だけで、本棚一つ分ある。」
デジタルものが増えるたびに紙束が増える、なんという矛盾、理不尽。

と愚痴りつつ、資料室、紙束の整理。


■2017-5/8

[野の編日誌]
ネジの整理をし始めた。
やっと、自分の視点がミリサイズのものを捉えられるようになった。

視点の優先順位というのがあり、いままではこんなに細かいものはみえなかった。
江戸時代後期、ペリーの黒船が地元民にみえなかったという話があるが、理解できる。
気持ちには許容量があり、そのとき自分に必要なものしかみえないのだ。


■2017-5/7

[野の編日誌]
明るい曇天。
日中、半袖で過ごし、扇風機もつけたりする。
天気と気分が一致している。
散髪をし、部屋の掃除。

ここの土地に慣れつつあるが、それが切なし。
あれ?どうしてこんなとこにいるんだろう、という違和感はとても大事なもののような気がする。
自分の宝のような気がする。


■2017-5/6

[けふの料理・自家製ビールもどき?発泡酒?]
・アルコール25パーセントの焼酎100ml。
・炭酸水300ml。
・インスタントコーヒー小さじ1。
・以上を合わせると、アルコール約6パーセントのビールのような色、味の液体400mlができる。
おもいっきり冷たくして飲むことがポイント、温度も味の一種。

そもそもビールが好きだったのだが、経済的な理由で自分で買うのは発泡酒だ。
じゃ、発泡酒なら麦とかホップとかじゃなくてもいいじゃん、ていうこと。
現状インスタントコーヒーで味付けしてるが、工夫の余地があるかもしれん。
原価計算すると市販の安発泡酒よりちょびっと安いくらいでしかないが、そのうち自作炭酸水で試そうとおもっている。
あと空き缶処理が省ける。


■2017-5/5

[野の編日誌]
きょうは、なんだかくたびれている。
なににも気が持たず。

「気」が「持つ」ことを、「気持ち」と言うのか。
じゃ。
「気」が「分かれる」から、「気分」?。

あーあー、えー本日はそうゆう休息な「気分」なり。


■2017-5/4

[野の編日誌]
きょうは食材、日用品、買出しで少々ドライブ。
連休最中だが、道も店もそれほどは混雑してない。
こっちはホームセンターが多いので、はしごしながら店の品揃えや値段の比較ができる。
そういうのが楽しいこともあり、わりと一日中うろうろしていた。

こっちでは、ホントに車が足だ。


■2017-5/3

[野の編日誌]
きのうと同じく外に出ず、室内模様替えや小物整理。
ふだんテトリスたしなんでいるからか嫌じゃない、テトリスを和訳するなら「適材適所」か。
自分の意図と内容と容器(場所)、三方円満な答えが出るとビンゴ、「現実テトリス」と名付ける。


■2017-5/2

[野の編日誌]
世は黄金週間で、それを後押しするかのようにとっても快晴。
おれはと言へば、用事電話が午後来るまでにその答えを用意するべく朝からバタバタしている。
用事というのは、そういう天気、陽気とは関係ないようだ。


■2017-5/1

[野の編日誌]
物の整理は、いろんな物を分類して適所に設置することだ。
まずは同類の物を集めるために、入れ物、容れ物がいる。
ホントは容れ物の全部を透明にしたいがコストが高いので、できるだけうちにある、あり合わせのものを使う。
ビニール袋、ダンボール、プラの箱、木の箱、棚などなど。
あたりを見回して、そのものにピッタリ合う容れ物を見つけることができたとき、う、うれしい。
見つからないときは、懸案にして日月年の時間をかけて探す。
いったん見つけたとおもっても、状況が変わって違う容れ物が欲しくなることもある。
物と容れ物。
これを拡張すると、おれとここん家、おれと野の編になる。
ライフワークだ。


■2017-4/30

[野の編日誌]
きのうきょう引越ししてきたみたいに、やっと荷を解き、配置したりしている。
数ヶ月前から探していたものが、やっといくつか見つかった。

それにしても、自分の荷物の種類と量に恐れ入る。
これでよく、東京の自室6畳間で暮らしてたもんだ、あるいは、ここでの暮らしを予見してたか。

6畳間の数倍はあるここで、自分の荷物を存分に広げられることに、ありがたさを感じる。
きちんとした人体解剖台で、自分自身を解剖して調べるような、心地よさがある。

我慢していることは解放しなければならない、とおもう。
その我慢はいずれにしても、たとえ意識してなかったとしても、噴出してしまう、からだ。

うんこといっしょだ。


■2017-4/29

[けふの料理・漬物チャンポン]
たとえば、こっちで見つけた「ごまたかな」っていう市販漬物に、同じく「紅しょうが」、「キュウリのきゅうちゃん」なんかを同じタッパーに入れるだけ。
市販品を合わせること、これも料理だとおもう。

このままだと旨味がありすぎるので、白菜、大根、キュウリなど、旬の生野菜を足すし、トンガラシなどスパイスもする。
瞬間のうまさより、どれだけ飽きずに食べ続けられるか。

また、この漬物汁を生玉子ごはんに掛けたりもする。


■2017-4/28

[野の編日誌]
日用品や日用食材など、どこで買うとか、ATMはどこのコンビニとか、うちの地区の暮らしの用足し地図ができつつある。
どうやら車で2、30分圏内らしい。
東京では家から徒歩2、30分だったから、その10倍の面積か。
宅配してくれるスーパーも見つけたから、真冬なんかは重宝するかもしれん。

こういうようなことが、ずいぶん気持ちを落ち着かせる。
やっぱりまずは、衣食住、食う寝る出す、だ。

また、移住するなら春がいいことが、よくわかった。
手遅れだが。

ヒバリが鳴いている。


■2017-4/27

[野の編日誌]
人工の森:都市のこと
植物人間2:都市インフラに依存していること
インフラ:いろいろあるけどようするに経済のこと


■2017-4/26

[野の編日誌]
テレビの時代劇なんかでよく見る、江戸時代の庶民の長屋暮らしからは随分変わった、現代は物が増えたなー。
物だけじゃなく、この百年は、歴史上いちばん庶民の暮らしが変わった時代だとおもう。

ちょっと変わりすぎ、変化が忙しすぎたとおれはおもう。

ちょっと、停滞したい。
ジェットコースター、たまーに乗るのは楽しいけど、暮らしの基盤がハラハラドキドキじゃ困る。


■2017-4/25

[野の編日誌]
平和は、抽象的なことではない。
自分の目の前の、散らかりを片付けること、とても具体的なことだ。


■2017-4/24

[けふの料理・にごり焼酎ポタージュ]
・あらかじめ酒粕を焼酎で溶いて柔らかくしたのを作っておく。
・それに豆乳を加える、以上。
・分量割合、とろみはそのときの気分、適当、てゆーか1:1:1あたり。
・椀や深皿で、スプーンで混ぜながら、そのまま食す。
・これ、「つまみ入りの酒」とも言え、なぜだかチーズの味がしないわけでもない。
・そして食した後、焼酎か水を適量加えて器をきれいにし、飲み干す。


■2017-4/23

[野の編日誌]
去年9月、この地で暮らしはじめたときは、気持ちが内向き、平常心以下、マイナスだったんだとおもう。
それからも、秋冬の主に寒さをしのぐことに気を取られた。
と、「いまにしておもう」。
そのときは、そういうことさえおもうゆとりがなかった、ということだ。

いまはちょうど季節の変わり目で衣類や寝具の入れ替え時ということもあるが、やっと暮らしかたを全体的に考えることに目が向いてきた。
たとえば、うち中の石鹸を集めて一つの入れものに入れたりするような、いろんな物の再整理をしている。
楽し忙しい。


■2017-4/22

[野の編日誌]
パソコンは、その誕生以来ずーーーーっとバージョンアップを続けてて、使いかたがちっとも定まらない。
パソコンは、いまだに試作品だ。
試作段階で売り出してしまった製品が、パソコンなんだとおもう。
百年経っても完成しないかもだ。

そのことの良し悪しはおいといて、ここ野の編もまったく試作段階。
しょっちゅう模様替え、物の置き場所が変わる、などなど。
そもそも引越しの開けてない荷物もある。

日常。
常:いつもそのままで変わらないこと。(出:グーグル検索)
野の編の日常は、まだみえない。


■2017-4/21

[野の編日誌]
プラスチックの、とくに透明さ、これが好物。
プラスチック以前の透明はガラスだが、割れやすいこと、重いこと、プラスチックと比べると高価。

身の回りの容器、入れものが、家具も、すべて透明が理想。
「見せる収納」ではなく、「見える収納」。
人に見せたいわけじゃない、自分が見えるようにしておきたい。
超能力者が透視してるような感じを、住まいの収納レベルで実現したい。


■2017-4/20

[野の編日誌]
ヒトの歴史は石器時代からはじまる。
ホントは木器時代や骨器時代もあったんだろうけど、石器、鉄器、土器、といろいろあって、現代はプラスチック器時代だとおもう。
プラスチック、合成樹脂、合成繊維。

店で買い物をすると、その半分は合成樹脂の包装やらポリ袋で、ほとんどゴミになる。
ちょっと前までたき火で燃してたのだが、おばちゃんUがプラスチックは燃やしたらだめよ、というので、それからはすっかり改心して、町の回収に出すようになった。
プラスチックのリサイクルっていうけど、いっそ過剰包装をやめてくれたら、さらに無駄がないのに。

とはいえ、おれはプラスチックが嫌いじゃない。
ペットボトルやポリタンク、塩化ビニールシートなんかは、けっこう好物。
中身はともかく、容器が欲しくて、ペットボトル飲料を買うことがある。
2.7リットルや4リットルのペットボトルは捨てたことがないので、だいぶ溜まった。

いままでペットボトルが朽ちたのを見たことがない。
ま、朽ちないから社会問題にもなっとるんぢゃが。


■2017-4/19

[野の編日誌]
懸案が、常時100ほどある。
頭の中に懸案の部屋があり、そこにおもい付いた懸案を放り込んでおく、いわゆる「寝かせる」。
時とともに無意識に懸案が熟成されることもあるし、状況の動きとともに視野が変わって急に呼び出される懸案もある。
懸案とはアイデアの胎児で、外界に出て実現されることでアイデアとして日の目を見られる。
アイデアが実現されて懸案が減るのかと言へばそうでもない、新たな懸案次次やってくるから。

なんの因果か、懸案にまとわり付かれている。


[けふの料理]
そもそも、ご飯はインスタント食品だとおもう。
まー米を研ぎ浸水させる手間ヒマを、インスタントと言うかどうか意見が別れるとおもうが。
米は長期保存でき、いつでも食べることができる。

味噌もインスタント食品だ。
先日、ついに味噌を購入した。
「田舎味噌」というのを、密閉容器に移し焼酎で浸した。
もちろん酒飲みでもあるが、室温で保存できること、味噌の硬さを調整できることがその理由。
したがってうちの味噌汁は焼酎くさい。

最近マイフェバリットな酒粕も、焼酎化した。
このまま味わうと「にごり酒」のようでもある。


■2017-4/18

[野の編日誌]
眺める、見つめる:
「眺める」は全体を、「見つめる」は局所を見ること、両方をうまく使い分けることが大事。
視界にたくさんの種類が映ったとしても、それらと同時に相対することはできない、一つづつしかできない。
体は一つしかない。


■2017-4/17

[野の編日誌]
きのう、きょうと夏日。
屋外にて半袖、かつ汗、熱射病もありうる。
はじめて物干し棹として、あり合わせのアルミパイプ4メートル設置。
シュラフや、マット、冬上着など天日干し。

母屋奥の室内ではカビが生えるので、やっぱり縁側がわは乾燥コーナーとして貴重。
縁側で日向ぼっこ、昼寝どころじゃなく、湿っけたら困るものたち、衣類、寝具、食品なども常設収納できないか考える。

日陰でも風が強い場所はあっち、とか、季節を体験しながら、少しづつここの使い方ができていく。
家を建てる前の空き地で、1年間テント暮らしをしながら建築プランを作った人の話があるが、まったく納得。


■2017-4/16

「うん。結局な。確かに困ったことは少ないかもしれへんけど、でも、困ったこともある。そこは事実やんね。そんなときはいろんな仲間に助けてほしい、困ってんねん、手伝ってほしいっていうことを、やっぱ正々堂々と、負い目を感じずに、やっぱ伝えていく。で、そういうことで命は守られるんやねっていうことを、やっぱ僕らやからこそ、伝えて行けることやと思うし。ぜひ乙武くんにはそういう発信の仕方をね、僕はやってもらいたいな〜って思う。」
(出:NHK ETV バリバラ/ 乙武洋匡 × 玉木幸則「愛のガチ対談」
http://www6.nhk.or.jp/baribara/special/gachi_taidan1.html#top



■2017-4/15

[野の編日誌]
気まぐれに、金属ゴミを整理しようとしていた。

車庫に置きっぱなしの古ーいトタン板や煙突、触ると崩れ落ちそうな錆サビ茶色。
とりあえず小さくしてカゴにでも入れようとしていた、まさにそのとき。
勝手口に見知らぬ男が一人。
そして。
「金属ゴミないですか?」、と言った。
ゲッ。
出張金属ゴミ屋さんだ。

トラックで1時間ぐらいかかるとこからやってきて、きょうはここらへんを回ってるらしい。
例のトタン板と煙突、こんなに錆びててもいいのかと聞くと、いいと言う。
そして物を渡すと男はすぐに向こうにいなくなった。

いったいなにが起きたのか。
空っぽのカゴが残っている。
ヒバリの鳴き声きこえる、晴れてとてものどかな日だった。


■2017-4/14

[野の編日誌]
敷地の端、道路沿いで小枝を燃してると、通りがかったおばちゃんKがやってきて、その灰がほしいという。
嫌だー、これは炭にしたいんだ。
と、内心ではおもったが、「あーはいはい、わかりました」と口は発声した。

するとおばちゃんKは、すぐに自作のホウレンソウひとつかみとオレンジ色の果物をくれた。
こぶしよりも大きいオレンジ色の果物には小さいシールが貼ってあり、Navel の表記、これネーブルじゃん、かつ市販品。

おばちゃんKはときどき自作野菜くれるから、そのうちなにかで返さないとっておもってたから。
このたび、ケチケチのおれが意を決して、ついに、はじめて灰をあげようとおもうけど、ネーブルまでくれてよっぽど灰がほしかったんだろうか。

田舎はどこでもそーだろーけど、けっこう物々交換の風習がある。
そして、それは人間関係と一致している。
どんな言葉や手続きよりも、物々交換コミュニケーションが威力があるようだ。
ちょっとづつ、おれも田舎社交界にデヴューか。


■2017-4/13

[野の編日誌]
おれは、いまになってこんなにしたいことがあるんだと自分に驚いている。

いままで、どっちかっていうと自分を小さく見積もりすぎていた。
実際の自分より、大きく見積もることと小さく見積もること。
大きく見積もりすぎるとその結果に落胆するし、小さすぎても損をする。

ジャムパンを食べるときに、まわりのパン生地から食べる。
そして最後にジャムだけを食べる。
というような、食いしん坊、貧乏症のおれには、やっぱり自分を小さく見積もるしか方法がない。
と、自分をなだめる。

心も、春の嵐。


■2017-4/12

[野の編日誌]
遠いむかし。
ヒトの足は地にもぐり、そのまま根っこになっていた。
いまも野生動物がそうであるように、かつてはヒトもその自然環境とつながっていた。

そういうようなことをおもわせる、きょう。
数日の激しい雨明け、一転快晴。
晴れの気がおれの体を満たしていること勿体なく、寸暇惜しんでいまできること励む。
洗濯、庭掃除などなど。


■2017-4/11

[野の編日誌]
朝からひどい雨。
寒さもあり、それらに負けないよう上着一枚重ね着る。
せめて雨水で洗濯しつつ、雨樋の修理におもいを巡らす。


■2017-4/10

[野の編日誌]
遠いむかし。
はじめに、ここに人が暮らすようになり、斜面をならして平地を作り住居や畑を作ったこと。
まわりをぐるりと石を積んで、土がこぼれないようにしたこと。
雨水が外に流れ出るように排水路を作ったこと。

おそらく数百年も前になされたこの敷地の基本的な作りは、いまも変わっていない。
それがいつしか雨水だだ漏れ、排水溝土で埋まり、樹木の根が石積みに食い込んでいる。
手入れを怠ったったんだろう。

というのがおれの見立て。
このままほっといたら十年二十年のうちに石積みが崩れて土が流れ出したりする。

他人の土地、他人の歴史の断面。
どうして、ここにおれはいるんだろう。


■2017-4/9

[けふの料理・豆乳米ぬかヨーグルト]
あれからネットで調べると、米ぬかの分量多すぎて乳酸菌が過発酵してたらしい。
で、その乳酸菌透明液体を小さい容器に移して、少しだけ豆乳を加えておいたら室温で数時間、やわらかい絹ごし豆腐のように固まっていたので、これヨーグルトと断定。
そうか、できるんだ。
植物性ヨーグルト、それともこれ発酵豆腐?


■2017-4/8

[野の編日誌]
枝打ちした木材たち、大量の落ち葉、平地にすると余る土、不要な瓦、雨水。
「たくさん」を運ぶこと、「たくさん」の処理、「たくさん」の置き場。
「たくさん」をどうするか問題が出てきた。
いままで生きてきて少量多品種しか対象としてこなかったので、静かな驚き。
困るとともに喜び、喜びとともに困惑。
自分の中の物差しのバージョンアップ求められてる。


■2017-4/7

[野の編日誌]
「スモモかも」、一気に五分咲き。
まだ葉はなく、桜の花の咲き方に似てじゅうぶん「うちで花見」な感じ。
さあ、植物爆発の季節を迎える。
草取りとの追っかけっこ。
とはいえがんばらない、無理しない。
去年よりまし方式、十年単位。
それより初年はなんとか暮らしの原型を作らないと。


[けふの料理・豆乳ラッシー転じて、豆乳米ぬか]
豆乳500グラムに米ぬか大さじ2を入れて数日なにも起きなかったので、ヤケクソ気味に豆乳とほぼ同量の米ぬかを追加したら、1日で泡を吹き膨張をはじめていた。
え?
その理屈はわからないが、味見して飲めないことはないので、様子見。
新たな「菌ちゃんファミリー」となるか。


■2017-4/6

[野の編日誌]
朝からとても風強く、外にいても落ち着かず。
春の嵐?

こういう強い風をどうしのぐかも、ここのリフォームテーマ。
せめて百年は持つ、壊れないようにとプランを夢想するが、そこになぜだか自分の寿命の計算が入ってない。


■2017-4/5

[野の編日誌]
母屋の裏、北側、ふだんあまり行かないところ。
古瓦が大量にある。
当初はきれいに積みあげたんだろうが、それもいつしかナナメり、崩れはじめて、割れたのも地面に散らかっている。
この家一軒分もあろうかという分量の瓦、どこから外したんだろう、わからない。

瓦を別の場所、もうちょっとふだんの視界に入るところに並べ換え。
重くて割れやすくたくさん。
これ、どうしよう。
そのうちセメント工作するとき、小さく砕いて混ぜこむというのを考え中。


山桜かもとおもってたのがきょう開花。
近所のおばちゃんはスモモだという。
じきに葉が出たら、調べ直し。


■2017-4/4

[野の編日誌]
4月にはいって、みんな思い出したように動きはじめて、ざわついてる。
メールが増えた。
逆にいまのうちにとおもい、ひさびさ温泉に避難。
やっぱり、LINEはやめとこう。


■2017-4/3

[野の編日誌]
母屋の裏、北側に幅2、3メートルの通路的地面があり、そこに繁茂する南天やツルの抜根してて、土がとても湿ってることに気づいた。
母屋には雨樋がなく雨水はそれぞれの下に落ちるが、とくにそこはブロック塀に閉じられた狭い場所、水の逃げ場がなく、構造として湿気ることになっている。
草が茂るだけならいいが、たぶん母屋、土台あたりに悪影響出てるだろう。
わりと優先順位高めとして、ここの雨仕舞作業、急浮上。

母屋、というから女か。
築百年以上のこの老婆、あちこち傷だらけ、病のデパート。
あるいは、離れてみると家のかたちをしている、百年以上もよく持った、よく突っ立ている。
と、みるべきか。


■2017-4/2

[野の編日誌]
クウネル、食う寝る。
寝ることも大事で、よく眠れてないとキモチのバネが効かず、ジャンプできない。

たまに、月一、月二ほど、たとへばゆふべ。
ふと胸ぐらをつかまれて、深い眠りに連れて行かれることがあり、身体の自律作用ありがたきかな、と。

自分よりも、自分のことをよく知っている身体。
無口にして雄弁。
身体は言葉を使わず実力行使する、実態と直取引する。


■2017-4/1

[野の編日誌]
きのう、きょうと抑揚なく激しくもないが終わる気配もない、ない冷たい雨。
そのせいもあろうか、なにをしても気がもたず、小さいトチリも。

こういうときはいたしかたなし。
身を低くして大きくを望まず、地を這う虫となり過ごす。

めったに洗わない器を雨の溜まり水で洗う、せめて気兼ねなく水ふんだんに。


■2017-3/31

[野の編日誌]
料理だけじゃない。
人がものを作るのは足りてないからだとおもう。
平らな面を膨らませることではなく、凹んだ穴を埋めて平らにすることなんだとおもう。
凹んだ穴は痛いので、その穴に合うものを誰も作ってくれないので、自分でものを作って穴を埋める。
けしてポジティブなことじゃない。
幸運にも穴を埋めることができて、やっとゼロだ。


■2017-3/30

[野の編日誌]
いつのまにかつくしが出ていた。
ゆとりなく、つくしの炒めものは次回、来年?。
虫も飛びはじめた。


■2017-3/29

[けふの料理]
かくしてひとり住まいの成り行き上、余儀なく自炊をはじめることとなって、いまおもうのは家族の誰と決めて料理作りを任せるのは必ずしもいいことじゃない。

料理、食べものは、個人のものだ。
イノチの土台、クウネル、食う寝る。
クウダス、食う出す。
尻から出すことが個人的なことがらであるように、食べることもやっぱり個人のことがらだとおもう。

遅ればせながら長年の過去を反省しつつ、いま皆無の食材知識増やして料理レパートリー増やしたし。
自分がどう飢えてて、そこをどう埋めるかの専門家になりたし。
とはいえいわゆるグルメ、うますぎ料理、料理もてあそびには興味なし。


■2017-3/28

[野の編日誌]
「年度末」という波が、ここ人世界の端まで伝わってきている。
とくにきのうは忙しかった。
前日文書5通作成、午前ポスト投函後、すぐに客人出迎え打ち合わせなど、などなど。
急に忙しくしたせいか、きょうはバテて動けず。

ウグイスが鳴いている。


■2017-3/27

[野の編日誌]
きょうは人世界からの客人。
いちおうオフィシャルな用事、野の編では初。
ひさびさ人世界、懐かしさと少々の緊張。

ここがどう見えるのか、その人の目を借りて透視してみよう。


[けふの料理]
おれは料理がうまい。
おれはいま自分のためにせっせとだらだらと毎日料理してるが、だいたいうまい、恐ろしくうまいこともよくある。

料理は、まず作った当人が自分でうまいとおもうか、が大前提だとおもう。
日日の用事でも大きな割合を占める料理、あー自分でできてよかったー。
と。


■2017-3/26

[野の編日誌]
「山桜疑い」の近くで若いニシキギがかさばってたので根ごと抜いた。
ニシキギの地上での見積もりよりブットイ根っこ、「山桜疑い」の根と跨りあい絡みあっていた。
忘れがちだが、地下世界でもこいつら饒舌、石混じり粘土質だから樹木の性分をより際立たせるんだろうか。

また近くの梅の樹の股ぐらから伸びていたのが、「山桜疑い」の若木だとわかった。
同種の樹が同じ場所で生えくっついてしまい一本になったとおもえるのは見たことがあったが、別種が同じ場所で育とうとしている。
はるかに年上である梅の樹が一見気の毒な気もしたが、あえてほっとくことにした。
「梅桜」。
二人で一人のカップルとして当分ようす見。
これの根っこも、見もの。

うちのたくましい「原寸盆栽」たちたち。


■2017-3/25

[野の編日誌]
「野の編ルール」。
・動きやすいものより動きにくいものの方が偉い。
・早いものより遅いものの方が偉い。
・大きいものの方が偉い。
・重いものの方が偉い。
・数が多いものより、少ないものの方が偉い。
・年月を経てるものの方が偉い。

たとえば自然物でいうと、空気よりも水、水よりも土、土よりも草、草よりも樹木、樹木よりも石、石の中でもより大きくて重いのが偉い、てな具合。
人工物にも、「人」にもたいてい当てはまる。
「偉い」というのは尊重するという意味で、なるべくそういう目でみる、って感じ。


■2017-3/24

[けふの料理・豆乳ラッシー]
これ、けっこう気に入って続けている。
「明治飲むヨーグルト」では、まあまあ。
「ヤクルトもどき」は、ヤクルト味が好みじゃなかったが、だんだん変化してまあまあの味になった。
とまー、こーやって豆乳を軸に、いろーんなヨーグルトを試そうとしている。
あと、室温放置では数日でカビが生えてきた。
そうかそういう季節になったか。
陽気のせいもあるだろうが自家製桑葉粉末入れたことも?
1週間リセットか、冷蔵保存だな。
それも気づき。
奥深い微生物世界のありがたいデータだ。


ちなみにこうゆう乳酸菌やら堆肥菌やらを育てることを、「菌ちゃんのドーンとやってみよう!」って呼んでる。
(初出:「ココアどこ わたしはゴマだれ」 http://www.fukuu.com/html/4honn/053/index.html )
(参考:「欽ドン!」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%BD%E3%83%89%E3%83%B3! )


■2017-3/23

ほかの世界を「想像する」。
「想像する」ことで人はほかの世界を過ごすことができるようになった。
これがパラレルワールドのはじまりだとおもう。

人とのあいだに言葉をおいて、情報をやりとりする。
物語を読む。
会ったことがない人、どんなに遠い人とも、この世にいない人とも、つながることができる。

人はだれもパラレルワールドを自由に行き来することができる。
生まれ育ちの環境や暮らしが違うものどうしが「出会う」。
「出会」っては、「別れる」。

「別れる」の海を、「出会う」が漂う。

「出会う」から「別れる」、「別れる」から、「出会う」。


■2017-3/22

「出会う」。
「出会う」は、「会う」よりも特別な感じがする、し、意味もそーなんだが。
「であう」と「あう」。
やっぱり「あう」の頭に、「で」が付けてあるからか。
「で」のところで心にひと山あり、「あう」で平板になる、そんな感じ。

SFや物理学で「パラレルワールド」という考え方がある。
(ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。ーー出:wikipedia)
おれもこの世はパラレルワールドかもしれないとおもっている。
人の数だけ、ものの数だけ、の、世界がある。
あるけど、それぞれ並行してる。
でもときに、ちょっとしたきっかけで、それらが「出会う」。
ことがある。
「出会う」という言葉は、パラレルワールドのことを言ってるんじゃないだろうか。

「で」、「あう」。
「出」、「会う」。


■2017-3/21

そうなるようにする んじゃなく そうせざるを得ないようにする こと


■2017-3/20

[野の編日誌]
やっと石にも目が行くようになった。
うち、けっこう石だらけで、そもそも敷地をぐるっと石積みに囲まれている。

そこらへんにころがっているのもそれなりにあって、大きのだと30〜50センチのが数十あるようだ。
その中でもきれいに丸いのが2、3個。
これあたりから、なにかに使えないか、眺めている。


■2017-3/19

たとえば、ある脳内イメージをインターネットで探そうとすると、やっぱりグーグル検索になる。
のだが、そうしようとすると、そこには検索窓があって、そこに脳内のイメージを直には入れられない。
イメージを言葉に変える必要がある。
でもー、それをなんというかわからんから調べとるんだー。

まー百年も経てばそういう問題も解決してるとおもうよ。
もうキーボードもなくなって、脳波で電波入力。
そのしくみの名前は「テレパシー」。

そうしておれらは言葉を失うんだろうか。
いまの、パソコンやらスマホのせいで漢字書けない症候群発生したみたいに。


■2017-3/18

[野の編日誌]
沈丁花だとおもってたのは、金木犀だった。
梅に似た樹、山桜の可能性浮上。


いろんなものをつぶしたり、粉にすること。
粉を混ぜること。
について研究開始。
これは食品はもちろん、塗料や土、セメントなど工作材料も含む。
付随して、乾燥させるということ、回転する機械についても課題。
これらいずれも、ここで暮らすための基礎技術にて。


■2017-3/17

ものごとを自由に捉えるほど選択肢が増えて、ものごとから不自由になる。


■2017-3/16

[野の編日誌]
宙をみて、惚けるクセがある。
その最中、時の刻みがなくなり、現実から遊離してしまう。
電車の中でそれをすると、降りるべき駅で降りれなくなったりする。

それはここの将来をどうするかのアイデアにもつながるのでけっこうなことだが、ふと脇をみるといくつも現実的用件が連なっている。
ちょっと空想モード停止して、つぎの駅で降りる。


■2017-3/15

[野の編日誌]
寝際や寝起きなど、よく頭の中で四角いかたちがさまよい、うろついている。
それ、それらはなにやら落ち着く先をさがしてるらしい。
ウトウトとしながらのこと、考えるともなくそれに付き合い、しばらくおもいを巡らしているといつしかそいつらの着地点がみつかり、ことが一段落する。

それはものづくりの具体的なアイデアでもあり人との関係のような曖昧なことについてのなりゆきでもある。
まーよーするになんに対してもそういう具合に頭を使うような自分の基礎的なクセ、性分があるんだろうとおもう。
それもあってか、必要に迫られてなくても用がなくても無性にただ四角いおもいを巡らしたくなる、ということもある。


■2017-3/14

[野の編日誌]
案の定、きのうはメールや電話など幾人ともやり取りをするような情報処理せわしくワサワサした日だった。

「晴耕」と「雨デジ」。
おれはただの素朴人間でもなく、情報世界に片足つっこんでいるから、おちついて考えると。
仕方ないのかしかたないのか。

「晴耕」と「雨デジ」、都市よりも両方がとても際立つこの地にて、せめて両方をなめらかに行ききする技身につけたし。
たし。
たしたしたし、たし。


■2017-3/13

[野の編日誌]
「晴耕雨読」改め、「晴耕雨デジ」。
(まーどちらでも同じことだが)。
「晴耕」、体を動かすことと、「雨デジ」、デジはデジタルのデジ、情報処理すること。

この土地では、体が外に出たがるようになった。
枝を切るとか、根を抜くこと、たき火すること、穴を掘ること、そういう素朴作業に飢えてる、え?飢えてたんだ。
ほかを忘れて、素朴作業に埋没してしまいたくもある。

そういえば、きょう来るはずの電話がない。
こういう情報処理、こういうの。
こういうの。


■2017-3/12

[野の編日誌]
ここに来るまでは植物とかほとんどまったく興味がなかった。
人工物ばかりをみていて、自然や生きものとか、愛でなかった、めんどくさかった。
ここではそういうことの揺り戻しだろうかというくらい、自然や生きものと直面してしまう。

立木にからみついた蔓を外すことは、その寿命を伸ばすことになる。
でも蔓の寿命は終わる。
建物を保護するためにシロアリ用の薬を使うとすると、シロアリの生を圧迫する。
自分の基準で自然に手を入れる、生きものを選別する。
そんなもん?


■2017-3/11

[野の編日誌]
外でなにをしてもいい、陽気。
外で米を研ぐにしても、うっとり景色を眺めてしまう。
いつまでも米を研いでいる。


■2017-3/10

[けふの料理・春のさっぱりカレー]
きょうの晩御飯はカレー。
レミパン(うちの大鍋)にジャガイモ3個てきとう切りと、キャベツ半玉そのままぶっ込み、煮る。
沸騰して、2、30分もしたらカレールウ投入、ひと煮立ちしてできあがり。
いわゆる動物性たんぱく質、なし。
具を足しながら2、3日、これを食べる予定。


■2017-3/9

生体作用に論理系と納得系があり、感情は納得系?
これいわゆる理系と文系に該当か。
不明、不明。
不明の海、わかっているのは水面だけ。


■2017-3/8

[野の編日誌]
ここ数日梅の花咲きはじめ、きょう1、2割ほどな感じ。
苦労人、梅の晴れすがた、枝打ちは秋まで休み。
てか遅すぎ。
すでに切り落としたあと、地に這いつくばりながら花びら開かせた枝もあり、せつなし。


■2017-3/7

やりたいことをしているときはお腹が空かない


自分をふたつに分けることはできない 自を分けると書くのに


[野の編日誌]
きょう天気よく外に誘われるが、調子こいていつまでも帰ってこれない性分、ぐうーっと我慢して事務的用事励まんとす。


[けふの料理・豆乳ラッシー]
「減らないヨーグルトラッシー」(2016-11/30〜)は、最近まで育ててたが結局味が大きく変わったので、いったん終了とした。
今回の豆乳ラッシーも数日にして酸味が出たりして、日日味が変わっていく。
その変化をどこまでも追っかけたい気持ちもあるが、いまはその余力ないので、きょうのひと口で終了。
こんどの買い出しで新たに材料仕入れ、新たに作ろうとおもう、相性いいような気がするので当面の定番。
このラッシーシリーズは、ヨーグルトと牛乳(豆乳)、という基本構造あるが。
それら素材の種類も地域差やスーパー都合、価格都合による違いあり選択肢ほぼ無数、ラッシーを作る環境(気温など)も無数、というたいへんあてどない世界、精密なレシピ化不可能。
よーするに作りたい人が自らの感受性を中心において作り味わう種類のものだとおもふ(そもそも料理自体がそうなんだろーけど。)
ちなみにうちの場合。
・初回「高原紀行ヨーグルト 加糖タイプ(八ヶ岳乳業)」400ミリグラムと、「九州産大豆ふくゆたか100%使用 無調整豆乳(CGC)」1リットル。
・追加、「調整豆乳(キッコーマン)」1リットル
偶然だかなんだか、あ"〜うまかったー。


■2017-3/6

[野の編日誌・地面まわり、当面の目標]
・切り落とした枝の整理
・あちこちに残っている樹の根っこの除去
・宅地部の小石除去
・草取り

これらが済んだら、地面仕事の借りが一段落する、借金ゼロだ。
それでやっとフラットな地面、白紙のキャンバスを手に入れらりるれろ。
それ、いつかなー。
日夜、孤独な戦いはつづく。

こういうときのテーマソング、https://www.youtube.com/watch?v=Y4BWo732WBI(出:ユーチューブ)。


■2017-3/5

[野の編日誌・うちの樹木、まとめ]
ーー大きい順から
・梅の樹、6本
うちではいちばん大きく、いちばん多く、中央の目立つとこにある。いまのところうちの看板樹木か。
このうち2本が物置の屋根にかぶさって枝を伸ばしてたので、その部分やら、変な方向の伸びすぎ枝を剪定した。
梅の樹が変なかたちになってたのは、これに巻きついていたツル性植物の影響とおもわれ、それを外してやった。
梅の実に興味があるので、いい実がなりやすいよう、実を取りやすいような樹形を模索中。

・梅の樹に似てるけど、ちょっと違うなんだかわからない樹、1本

・ネムの樹、1本
こいつ敷地の端に1本だけすましてて、美形でいたずらもないので放置、観賞用?。

・桑の樹、1本
ここではかつて養蚕をしてたらしく、敷地のあちこちに若い桑が自生している。
桑は樹木と草の中間みたいなやつで、伸びるのがすごく早い。
きちんと管理できないとやっかいなので、1、2本だけにしようとおもう。
去年11月に枝打ちした桑の葉を乾燥させて、粉にしたのをいまもお茶として飲んでるが、まったく美味。

・沈丁花の樹、1本
庭部の中央でトトロのごとくふくらんで鎮座ましましていたが、日よけ風除けとして役に立ってもらうため刈り上げ現代風カット。

・柘植の樹、1本
こいつのいいところは、伸びるのが遅く、なかなか大きくならないこと、木材としても興味がある。
これの名前、その樹形から「風雪ながれ旅」とする。
https://www.youtube.com/watch?v=VlVjJUaAA2Q(出:ユーチューブ)。

・枇杷の樹(苗)、1本
果実のため。

・柿の樹(苗)、2本
こいつだけは、自分で持ち込んで植えた。
柿渋と、干し柿のため。

・ほか、懸案
棕櫚、ニセアカシアや南天、藤などあるが、だいたい伐採した。
育てるとしても場所を決めて限られた大きさで。

ーー所感
樹木というのは(ひいては土地も)、ペットと似ている。
近づいて触ったりしてると感情移入が起こり、ああ、こいつたち生きものなんだとおもった。
(感情移入がはじまってから、どの枝をどう切ればいのかわかるようになった気がする。)
ペット同様、生きものと暮らす、生きものと添い遂げるということをおもう。
飼い主、自分の生の範疇に収めなければならない。
こいつたちが建物にいたずらしたり、近所迷惑になることも考えられる。
いざとなったら、切り落とせること。
このーきなんのききになるき、って、際限なく大きく育てばいい、とはおもはない。


■2017-3/4

[野の編日誌]
日中気温上がるようになり、外仕事ずいぶんしやすくなった。

あれもしたい、これもしたいと望み入道雲立ち上がるが、まーまー。
あわてないあわてない。
なだめつつ、なだめつつ。

先ーながいし、量多いし、気ー張ってるとくたびれるから、中腰、中腰。


■2017-3/3

[野の編日誌]
ひな祭り、とやら。

うちの庭部埋まるほど、3メートルクラスの長枝が何十本も山積みしてある。
暇にまかせて、これらを小さくしていく。
木材として使えそうなものは不要枝を落とし、皮をむく。
この作業、大きな動物、豚やらクジラやらの解体に似てる気がしてならない、やったことないけど。

ケチなので、要不要の判断遅く、作業はかどらず。
要るものを取りのぞいたあと、どうしようもない小枝、はしきれは燃やす。
ただしわざと灰まで燃やさず、残った炭を粘土質の地面に撒き、混ぜる。
動物解体と同じく、捨てるとこはない。


[けふの料理・豆乳ラッシー]
豆乳1リットル追加。
増量したが、やっぱりうまい。
これまるで「高級生クリーム」じゃないか。
(食ったことないけど)。


■2017-3/2

[野の編日誌]
日日、いいことと悪いことがある。
ざっくりと半半。
ま。
そんなもんだろう。

そうゆうの、進みたい力と進ませない力とのやりとり。
抵抗感。
日日というのは、舗装道路とは違うようだ。

ドタバタ、ジタバタ、タドタド。
タドタドのタドは刻刻の刻、日日の日。


[けふの料理・豆乳ラッシー]
プレーンヨーグルト400ミリグラムと、豆乳1リットルを混ぜる。
それをすぐに飲んでもうまかったが。
翌日まで室内に置きっぱなしにしたら、とろみが出て恐ろしくうまくなっていた。
欲かいて、豆乳もう1リットル追加、増量予定。


■2017-3/1

[野の編日誌]
きのう、ラチェットレンチという(ネジを締めたり外したりする)力持ち道具が壊れて、直すのに何時間もかかった。
とても小さいリングのはめ方がわからなったのだ、が、結局わかって、直せた。

これだけじゃない、あちこちでいろーんなものたちが、もっとよく見ろと言っている。
表層だけなめて、わかったつもりになるな、そのもうひとつ内側を見ろと。


■2017-2/28

にんげんはようじがおおすぎる


■2017-2/27

[野の編日誌]
きょうは用事で甲府までドライブ、久々。
あ"あー、いい気分転換。

山梨は見晴らし「いいのがいい」。
自動車は飛行機だ。


■2017-2/26

[野の編日誌]
あたまぼーっとすること多し。
不調というより、不調感、たぶん冬バテ、移住バテ。
具体的にというより、なんとなく。

なんとなく。
つい。
ふと。

どっちかっていえば。


■2017-2/25

[野の編日誌]
身体の奥底に自分全体の平衡感覚をつかさどる部分があり、ちょっと錆びついてたので注油。
全身で快く温暖な季節を受けとめたいから。


■2017-2/24

[野の編日誌]
身体緩みたがっているようで、できるだけそうしてやる。
ただ緩みきるのもよくないので、最小限の身体作業、ならびにコーヒー、酒も当面休み。
身体を素にもどすような感じ。


■2017-2/23

[野の編日誌]
きびしくなく、たっぷりめ。
潤いの雨。

きょうは片付け、内省など、静かに過ごす。


■2017-2/22

[野の編日誌]
立木のちょっとした太枝を切り落とすと景色が変わり、そこに新しいかたち、新しい空間イメージが立ち現れることがある。
それがおもしろい。

いつも同じものを見慣れてると発想も止まるが、でもそれは芯まで固まってるわけでもなく、ちょっとしたきっかけで表皮がめくれて意外な面が露出する、そんな感じ。
平凡なものに非凡が潜んでいることがある、世界は多層で、案外やわらかい、かも。
そういうことを大事にしたいとおもう。
そういうことが自分のエンジンな気がする、放っておいてどこまで行くのか野の編いったいどおなるのか。


■2017-2/21

止まっている波 山でサーフィンすることを登山というのか


[野の編日誌]
梅の樹は、うちの問題児、ノイバラと同じバラ科仲間だ。
このふたつの共通点、とくに枝、長く、数多く、方向性自由。
したがってかさばる。
あらぬとこまで枝を伸ばしてしまうから邪魔になり切るが、切り落とした枝もかさばるのでもっと小さくしようと掴むと硬い小枝が手のひらに当たって痛い、かくもやっかい。

梅にはほとんど全身小枝が生えていて(ノイバラの棘と似てる。)、それは枝を伸ばす可能性を多く持っておきたい、という意図、貪欲さをおもわせる。
梅の過去、進化の成り立ちをまったく知らないが、いろんな経緯があってこうなったんだろう、こいつ苦労人、かも。
(むかし新宿二丁目のゲイバーで相手してくれたパンチパーマの「小梅ちゃん」、きも可愛かったが。)


■2017-2/20

[野の編日誌]
物置の屋根に大きく被さってた梅の枝を切り落とす。
こいつの落ち葉が何年、十何年分だか屋根に積もって、なんだか完熟堆肥のようになっていた。

うちの敷地を真っ二つに分けるかのように、梅の樹が6本直列している。
過去、幾世代ものここの住人たちに重宝されてたんだろうとおもう。
ただ、ここ数十年手入れされてなく、現状あられもないかたちで、人にたとえるなら爆発無精髪、無精髭、無精風呂、10年間、てなとこか。
盆栽屋に怒られるどころか、素人のおれにもひどいことがわかる。
梅の樹って、とっても自由で自制心はないのか、自分の姿をどおおもってるんだろうか。

まあいい、自然には自然の言い分あるだろうけど、ごめん、枝打ちさしてもらう。
梅の実、いろいろ試したいし。


■2017-2/19

[野の編日誌]
きょう空に不純物なく、均一に「空色」スプレー吹いてある。
寒風もなく空気静止し温暖、「ハル」がはじまっている。

そのせいだか、あたまとてもボヤボヤ。
あえて自分で気を付けるくらい。

野の編、「恐ろしくのどか」。


■2017-2/18

[野の編日誌]
山は止まった波だ。


■2017-2/17

[野の編日誌]
ひとには体調やら気分というものがあり、そういう生体としての波波を過ごしている。
いい調子のときはそれに任せる(または調子が「よすぎることもよくない」のでセーブする。)。
じゃ調子の悪いときはというと、わりと丁寧にそれに付き合う。
風邪の引きはじめのように気をつける。
これ、こじらせるとたいへんだから。

こういう「調子サーフィン(波乗り)」。
たぶんホントのサーフィンと似てるとおもう、やったことないけど。


■2017-2/16

[野の編日誌]
懸案の、外の流し(コンクリート)をめくって地面の掃除、設置し直し。
また、この流しををのぞき込むように縁に接しながら、手間もかけてないのに勝手にスクスク育ってきてたビワ苗木(1メートル)を、邪魔にならないとこに植えかえ。

懸案事項、常時ざっと100ほどあるが、中でも気になってたことができた。
うれしい。
作業によっては、おもわぬ喜び安らぎを得ることがあり、しばらく浮かれてたりする。

ビワは苗木の生えてた場所や大きさからすると、誰か、鳥?が捨てた種が数年前に芽を出したとおもわれる。
ビワ果実は必ずしも好きじゃないが、そういう経緯のおもしろさと、役に立つ樹木との話もあるので。
これの先行きについては「懸案」。


■2017-2/15

[野の編日誌]
ひとつのことに集中してればいい、というものじゃなく、たくさん要素の全体を眺めながら、ひとつづつをちょっとづつしている。
一日は同じようで毎日違うから、日課のようなものはあるけど安心はできない。
人の都合や自分の調子はしかたないとしても、こちらに来てからその日の天候や日の出日の入り、気温や風のようすなど自然要素が大きく加わった。
自然要素は、快不快だけじゃなく生死にもつながってるからあなどれない。

ひとつの作業に集中できることは、いろんなラッキーが重なった特別な時間だ。


自然というテーブル 端は崖落ちている


■2017-2/14

わからないから部屋を掃除する


■2017-2/13

波打って冬 波打って春


■2017-2/12

[野の編日誌]
わからないことだらけ惑星 ひとつづつ小石ひとつづつ


■2017-2/11

[野の編日誌]
「ダラララッ」、という音で目が覚めた。
けさ未明のことだ。
隣室とのあいだに戸がなかったので(プチプチカーテンのみゆえネズミが自由に出入りしてた)、そこにプラスチックの波板で簡易ドアをこしらえておいた。
想うに、ネズミは隣室の本棚の上の方から簡易ドアにジャンプしてみたが、ぶつかって落ちた。
そういう音だとおもった。
「ダ」でプラスチック波板にぶつかり、「ラララッ」で波波を撫でながら落ちたと。
それだけで、きょうの気配が終わったので、それなりに傷ついたのか悟ったのか。
そうか、ネズミはプラスチック波板を登ることができない?

だとすると、うれしい。
たどたどしくも、触ると凹んでくれる、なにかの感触があること。

これで終わりじゃない、はじまりだ。
ネズミはまだうちのどっかにいるし、これからの季節、うちに困るほかの生きものも順々に出てくるだろう。


外の水道管ミニ噴水、水漏れ問題、結局パイプのヒビ埋めをあきらめて、パイプごと新しくつなぎ直した。
パイプ総長50センチくらい。
そしたら、なんとか水漏れが止まった。
でも自信なく、当面ようす見。


■2017-2/10

[野の編日誌]
けさ、ネズミ現認。
ネズミ対策バージョンアップに追われる。

「自然との対話」か。


■2017-2/9

[野の編日誌]
ここんとこ、うちにネズミ(らしきもの)からコンタクト。
物音と、小麦粉の袋をかじられたこと。
無人の古家に人が暮らしはじめたこと、食料があることに気がついたのか。
床下か天井か、どこからか室内に入ってくるようだ。

そうか、こんどはネズミか。
(ここで大きなため息ひとつ。)

まずは順当に部屋を片付ける。
食料のしまい方を工夫する。
ネズミの出入り口を調べて、できるだけ塞ぐ、全部はいまは無理。
酢が嫌らしいので、穀物酢スプレーを作って、あやしいとこに噴霧。

けさ未明音がしたのでようすを伺ってると、となりの部屋までは来たが、食料のある、この部屋には入りあぐねてた。
一定の効果があったようだ。
途中、起き上がって電気をつけたら退散したらしく、そのまま音もしなくなった。

煙も苦手らしいので今夜は蚊取り線香をつけて寝よう。
クレオソートというものも、調達予定。

んー、とりあえず殺生はしたくない、見えないとこまで離れてほしいんだが。
はたしてどうなる。
(つづく。)


■2017-2/8

それだけ

そのひとつだけをつまんで取ることはできない

そのひとつをつまんで引くと
それにつながったいくつもが
出てくる


■2017-2/7

[野の編日誌]
紙の上に現れた、いいアイデアは立体になりたがる。
現実空間に来ようとする。

このまえ、うちの玄関外周りを片付けてたら偶然、工作台ができた。
壊れかけてて外に置きっ放しの洋服ダンス、をためしに横にしてみただけだ。
すぐ、ほかに選択肢はなくなり必然と化し、玄関は玄関じゃなくなり、玄関外周り空間は一変して工作コーナーとなった。

工作台は、「紙とえんぴつ」の次の段階だ。
大きく平らな板の上に素材が置かれて、道具で触っていく。
この構造は「紙とえんぴつ」と変わらない。
工作もまた「考える」の仲間で、ちょっと作ってはやり直すを繰り返す。


■2017-2/6

[野の編日誌]
おれには、まず紙とえんぴつが要る。
頭の中のものを出すため。
えんぴつ、元い、シャーペンには、消しゴムが紐でつなげてある。
それと、裏紙の束がいつも近くにあり、おもったことをすぐに書く、描くことができる。
これは頭の中で考えることとつながってる作業で、「書く=考える」ことだとおもっている。

「考え」は、はじめなんだかよくわからないかたちをしてる。
紙の上においてみて、その「わからなさ」がどんな風にわからないのかを、みる、清書じゃない。
だから引かれた線はとても気軽じゃなきゃいけなく、とても曖昧で、ちょっと書いては違うなと感じると、消す。
迷うこと、逡巡することで、より強いものができる。
それを繰り返した末に、なにやらが立ち現れてくる、ものごとが少しづつはっきりする。

パソコンやアイパッドでドローイングソフトやら、アイデア書き付けソフトはあるだろうが。
実物「紙とえんぴつ」の気軽さ曖昧さ、身体感覚と直結してること、とてもかなわない。
身体感覚。
おれの生涯、これほどのソフトもハードもできんだろう。

ちなみに外出時には、紙束とシャーペン、消しゴムをA4クリアバインダに収めて持ち歩いているが、これの名前を「オチ アイパッド」と言う。


■2017-2/5

[野の編日誌]
人の世とも、個人の事情ともまったく違う次元で天体が動いている。
うちの水道が漏れることも、パソコンが調子悪いことも関係ない。
雨が降ると、あの人困るだろうなとかおもってない。
天体は天体の理由で動いている。

天体が大家で、おれらは間借りしてるので文句は言えない。
天変地異がないだけで結構。
あー今年も変わらず正確に、運行してる。
次の季節を刻みはじめてる。
誘われてる。


■2017-2/4

[野の編日誌]
きょうは立春。
春、という気分でもないが、天体運行的に冬の峠は越えたということだろう。
はい、十分です。

新天地での慣れない気候季節、おかげさまで大きな事故もなく、病気もなくここまで来れた。
そういえば、近所の医者についてなんにも知らないことに気づいた。
事故、病気のときの対処法作っとかんと。

まとりあえず散髪しよう、きょうはあったかいらしい。


■2017-2/3

[野の編日誌]
きょうは節分、あしたは立春。寒さもゆるんできたが、おれもゆるんできたのか、きょうはなんだかくたびれてる。うんこも多めにでたし。きょうはやすもう、豆くってねよう。


■2017-2/2

[野の編日誌]
いまはインターネットがあって、経験がないことでも調べて試すことができるから。
それはホントにありがたいことで謝するけど、調べても調べてもわからないこともときにはある。
そうゆうときは目の前の実態と直に向き合うしかない。

水道管からの水漏れ箇所は、かつて自分で修理したところだった。
自分で取り付けた補強金具や巻きつけたテープを外す。
水道の元栓を最小限だけ開いてみる。
(元栓バルブに耳を近づけて微かな音を聴く。)
水漏れ箇所をよく見て、どこからどのように漏れてるか確定する。
そこにヤスリをかけて、古い接着剤をはがし、新しい接着剤が着きやすいようにする。
ヒビの隙間に接着剤が染み込むようにする、塗った表面が平らになるようにする。
接着剤の説明書のとおり、完全乾燥させるため24時間待つ。
など。

プラスチックの管がヒビ割れた理由、ヒビ割れの状態、そこを水が通ろうとすること、接着剤がヒビの隙間に染み込むようす。
観察では足りない。
想像によって自分がミリ単位の大きさになり、それらを体験する。

インターネット時代以前の、どのひともそうしてきたやり方。


■2017-2/1

幼い奇跡:
奇跡は石ころのように、ひとつだけそこにころがっているのではない。
植物のようにそこらへんに生えてくる、成長する。
その幼いころのとても奇跡に見えない状態。
(*「幼い事故」も同じ。)


■2017-1/31

[野の編日誌]
きのう、雨樋の穴、水漏れの下に置いといたバケツに水が溜まってたので、それで洗濯。

おもしろいのは、洗濯が終わるとともに雲間から陽が射し、快晴に変わったこと。
そのまま天日干し。

天然ランドリー、か。

こうゆうことこうゆうこと、冬立ち止まったようなのどかな日だった。


■2017-1/30

おれの足は根っことなり地面とつながっている 地面は空につながっている


■2017-1/29

煮詰まったら 水を足す


■2017-1/28

[野の編日誌]
あさ起きると、いつもインスタントコーヒーをがぶ飲みする。
そいで、「今日」について頭をめぐらせる。
「今日」の天気、自分の気分。
「するべき項目」の優先順位、期限について。

コーヒーを飲みすぎると自分の気分に影響してしまうので気をつける。
気分はできるだけ低めに設定する。

自分というロボットを操縦している感覚がある。
自動車を運転するときに、自動車の調子を気にするような。


■2017-1/27

インスタントラーメンをていねいに作る


[野の編日誌]
あーきょうは温暖ないい天気らしく外仕事しやすいから、それはそれで忙しい。

ところで、けっくきょ結局「自分ごっこ」な気がする。
自分のやり方は子供だったころから、ぬあーんにも。
変ワラズ。
迷い道もしたが、このための道程だったか。

物語「青い鳥」。
偶然と必然。

謝。


■2017-1/26

[野の編日誌]
パソコンさま、挙動不審なくならず。
ソフトも不具合ゆえアップデート。
水道管、新たに地表露出部からタコ糸太さのミニ噴水、水漏れ。
はじめてのプラごみ、出しかた間違えちまったい。
などなどマイナスポイント増、メンテに追われる。


日日の半分は直すことなりや


目のまえの野の編たずねて三千里 三歩進んで二歩下がる


■2017-1/25

[野の編日誌]
えーこちら野の編、本日けさ7時の室内気温、マイナス1.4度と。
はい、貴重なデータ、いただきました。
とくにこの1年はデータ収集に努めます、現場からお伝えしました〜。

へー、これでも自分の布団システムは大丈夫なんだ、よう寝れたわ。

「天気とは天の気分」、とどっかで書いたが。
天の気分とひとの気分はリンク、つながっているから。
天が荒れているときほど、ひとは平静でいた方がいい、たぶん。
「荒天には、せめて心の余裕をもって臨むべし。」
(つまり去年のおれの引越し、これに反してたんだな。)
これうちの社訓帳に入れとこう。


■2017-1/24

[野の編日誌]
24節気によると、1月20日から大寒。
ここのところ、24節気は正しい。
(となると、2月4日に立春となるが。)
大寒でもうちの地域は晴れ間が続いてくれることがありがたい。


「霜降り肉」の模様は、地面にできる霜の模様というよりも、冬型天気の衛星画像、日本列島周辺の雲の模様(いまだよ、いま)の方にとてもよく似ているとおもう。
(https://www.bioweather.net/column/weather/contents/mame107.htm 出:バイオウェザーサービス)
霜と冬型天気の時期が一致してることもフシギで、以前から気になっている。
こういう、異なる種類だが似ているものを気にする要素、本能?が自分の中にある。
ふたつを同じ(心の)テーブルに置いて、つい眺めてしまう。
シナチクは割り箸、鰹節はオガクズに似てるとか。
ちなみに「霜降り肉」を食べたことはない。


■2017-1/23

[野の編日誌]
ネットオークションでチェーンブロックていう重いものを人力で吊り上げる道具を落札。
いらない樹木を抜根するためのしくみを作ろうとしている。
こういうこと嫌な人は多いだろうが、おれは嫌じゃない、いくらでも考えていられる。
抜根フェチかもしれん。

こうゆう、人力を大きく使えるようになること。
火の扱いがうまくなること。
植物とうまくつき合えるようになること。
あわよくば作物を作ること。
これら、ここで生きるための基礎技術が、野の編1年生の学科だ。
どれもすごく楽しみ、興味津々。


■2017-1/22

[野の編日誌]
すこしづつ、一日の使い方、食事の仕方、ゴミの出し方、など日常の基礎ルールができてきた気がする。
こういうことがとても気持ちを落ち着かせる、うろたえることが減ってきた、気がする。

自分の日常は去年までと大きく変わったが、まだいまの年代、これをするエネルギーがあるうちで良かった、ともおもう。

できごとがなんにもなく退屈でつまらない日日は、すばらしい。


■2017-1/21

[野の編日誌]
ネットで調べたりして、「パソコンさま」の異音問題は、短期様子見から長期様子見に状況改善。
どっちにしてもこれからは、老化をいかに先延ばしにするかという視点でのお付き合いだ。
いつ使えなくなっても致し方なし、長持ちしてくれりゃ御の字。
生涯の峠を越えたあとのすごし方、という意味ではおれ自身も。
いずれにしても、差し迫ったネガ要素1減、心的楽感1増。


おら都会に行ってきただ。
バスで長距離移動。
むかし、リュック1個で3ヶ月インド周ったことがあって、そのときを思い出した。
用事、済むことは済んで、新宿の新しいバスターミナル「新宿バスタ」で、帰りのチケット購入。
久々の新宿は、山梨より寒く、これからもう陽が昇ることはないっていうくらい曇曇曇、曇天で、チラチラ雪も見えた。
雑踏の人だけは多く、街角のどこにも隙間がない。
都会って、なななーんて隙間がないんだろうって感心した。

山梨の最寄りバス停に帰り着いたのが7時半、とうに陽が落ちたあと。
帰り道の川の土手には街灯なくほぼ真っ暗で人もなんにもいない。
近くのスーパーで売れ残り食品を見繕いそのダンボールを抱えたおれだけが地面の凸凹に足を取られないようハアハアしながら歩いている。
なんという、隙間だらけな。


■2017-1/20

[野の編日誌]
けふは、用事で上京予定。
久々だ。
天気が良くないのではじめて高速バスで行くが、これで行って、向こうでちゃんと用事が済ませられるか、きょう中に帰ってこれるか。
ドキドキしている。


■2017-1/19

[野の編日誌]
うちの水道は地中のどこかで漏れている。
コンクリのヒビが染みるくらいの少しだが、水道を使うときにしか元栓を開けない。
水道管は屋内には繋がってなく外の流しを使っている。
だから水道の用事はまとめて短時間に外で済ませる。
不自由といえば不自由だが曲がりなりにも使えるし工事しやすい時期にまとめて解決するので、いまはいい。
とおもってたが。

いつものように元栓をあけて、蛇口栓をひねった途端、蛇口が根元から勢いよく抜けて宙に飛び、一瞬高さ2メートルの噴水状態。
キャー、って年頃女子のように叫びたいが、大人だから叫ばない。
水道管が割れたんじゃないので、よかった。
接続部の経年劣化だ。
糊をもってたので、糊を塗ってくっつけ直して、この場は(たぶん)一件落着。

物たちが年月とともに壊れていくのは当然だが、いまなんだ、とおもう。
あるいは、そもそも全身が傷んで寝てた「場所」に、急に人がやってきて「場所」を起こして毎日酷使しはじめたということかもしれない。

はい、すいません。
(パソコンについても、向き合ってなかったし。)
ここ、野の編は自分のやり方を省みる場所でもあるか真冬がひと息ついてぼんやりうす曇り。


■2017-1/18

[野の編日誌]
「北の国から通信」
エゾアムプリンからメールを貰った。

ーーアムから(抜粋)
アムちゃんが北海道に来てすぐやった寒さ対策です。
1 山登りの人とかが着るレベルの防寒着を買って着る。
2 夜寝る前にお布団に布団乾燥機をしかけておいて、あったかい中にもぐりこむ。
3 家をあっためれる事でやれる事は全てやる。

ーーカトから(抜粋)
うちらがマイナス30℃でもやってられるのは、冬はとにかく全部が綺麗だからだと思う。
これがもし雪もちょぼちょぼで、秋の終わりの淋しい景色でただ寒い寒いだけだったら、もたないと思う。
気温が下がる程、雪が積もる程、綺麗だから、綺麗さが勝っちゃう。気持ちがあがる。

だよなー。
てか、カト強気ー。
かつロマンチック?
でも綺麗っていうのはわかる気がする。
空気の冷たさと景色の綺麗さは近いとこにあるような気がする。

んーと、おれは12月まで3シーズンのダウンじゃないシュラフで寝てたけど、1月になってから4シーズンのダウンシュラフに替えた(ファスナーが壊れてて掛け布団方式)。
それでも寂しいような気がしたから内側にアクリル毛布を仕込んで、やっといまは落ち着いてる。
(*ちなみにこのアクリル毛布は、(紙飛行機の折りはじめのように)三角に折って縫い、足元だけ袋状にしてある。)
やっぱり(食べることと)寝ることはいちばん大事で、これがちゃんとできないとバネでエイって起きれない。
山梨の冬初心者、まずはここらへんで勘弁して。

それにしても、いま北海道がよっぽど吹雪だろうに。
真冬の遠距離突きぬけて胸に刺さりしレーザー・エール。
ありがたく頂戴。


■2017-1/17

取説の取説をさがす


■2017-1/16

[野の編日誌]
けさ6時、室内温度0度ジャスト。
いまのところこの冬最高の寒波、ここで暮らし始めてからの自分にとっても初体験。
と同時にそれがこの寒波のピークらしく、きょう日中から(この土地では)ゆるむ模様。
ただ、これがこの冬の峠とは限らない。

この寒波訪れとともに、エゾアムプリンや、植村直己さんのことなんかを想像した。
植村さんの「仕方のなさ」。
もちろんかなわないけど、「仕方のなさ」の先輩だ。

その終わりかたも植村さんらしい、ような。
切、せつ。


新しいパソコン届くが、いままでのが中途半端にまだ使えてる。
まー、ホントに壊れても、対処のしようができたので安心は安心。
いろいろ省みて、パソコンは「パソコン様」と格上げになった。
使うときだけ起動する。
パソコンを起動するたびに、メンテンスソフトでクリーニングする。
したい用事のソフトだけ立ち上げて、用事が終わったらソフトはしまう。
などなど。

湯気のように儚い電子データに、自分の大事なものを委ねてしまっている。
その良し悪し、ほかの方策など、これからの課題とする。
少なくとも当面スマホは持たない。


■2017-1/15

現代の暮らしという巨大ロボ 乗り込めどどれ?操縦桿は


■2017-1/14

[野の編日誌]
「晴耕雨デジ」。
パソコン異音の原因はどうやら冷却ファンじゃないようで、軽症じゃない可能性が出てきた。
突然使えなくなることがいちばん困るので、結局、新しいのを発注した。
予備機が欲しいような気もしてた。

そのことと、きょうあしたの寒波、その先の天気模様も関係がある。
車のタイヤに冬装備してなく、人体移動もしにくくなり、問題対処の方法が少なくなる。
印象深くなりそう、山梨の冬。


■2017-1/13

[野の編日誌]
「晴耕雨デジ」。
おれは大昔からの技術に興味があって、石器時代とかまで遡りたいとおもってるけど、石器時代人になりたいわけじゃない。
なんていうかパソコンが自分の一部になってる。
人類脳であるインターネットも、アマゾンも表現もパソコンがなくては困る。

そのパソコンが壊れそう気配があり、朝からその手当てをしてた。
パソコン内部の冷却ファンから異音が鳴り始めたので、カバーを外して埃を吸い取る。
なまけてたデータ・バックアップをディスクをつないで、すぐに開始。
これでいちおう応急処置とする。

パソコン、デジタル・ワールドの欠点は、いまだ完成していない虚弱なシステムだっていうことだ。
その虚弱システムは経済とつるんでて、使い捨て、すぐ次の買い替えを求められる。
石器時代の正反対。

耐久性があり、そんなにお金がかからない自分なりのデジ・システムと、石器時代。
この両方がほしい。
べつに無謀な望みじゃないとおもうんですけど。
そこらへんなんとかひとつ、よろしくおねがいしますよ、ほーんと。


■2017-1/12

[野の編日誌]
「その瞬間、埋没症」。
なにかちょっと面白いことをし始めると、やめられなくなる。
ちょっとゴミを燃そうとしたら、ついでにいらない木枝もくべだして、何時間もたき火してたり。
ほかのことを考えられなくなる。
これは、一時的な症状というより超慢性、体質のようだ。
小二の通信簿にも、休憩時間の読書が授業に侵入していると、先生コメントが書いてあった。

日中明るく気温が高いうちにしときたい用事は多い。
ごはんなんかの水しごと(水道蛇口が外にある)、ストーブの灯油補給、そういう暮らしの必需事項、メンテナンス的なことなど、生命維持にとても近いことたち。
なにかに没頭してると、あっという間に陽が落ちてしまう。
毎日、「1日」というゲームをしてるようだ。


■2017-1/11

[野の編日誌]
大きな動物が、無数の蛇と格闘しているかのような、まるでその瞬間を止めてみてるかのような、凄まじい光景。
これは、うちの樹高2.5メートルの柘植の樹の話だ。
何年か、ほっといたらこんなことになっていた。

植物は戦う。
柘植の樹に蔓が襲いかかり柘植が腰をゆがめる、すると別の蔓が隙をついて柘植の足に、腕にと絡みつく。
そうしていつしか何十本の蔓に、がんじがらめに覆われていた。
でも柘植も負けてなく、こりゃないだろうという向きに異様な長さの枝を伸ばしたりして、必死に抵抗していたようだ。
盆栽屋に怒られそうな、とっても「不自然な自然」のかたち。

柘植といえば、お屋敷の垣根としてかたちを整えられたりするオシャレ系植物のはずだが、ちょっとこの柘植が気の毒になってきた。
おうおう、よしよし。
いらんおせっかいかもだが、助けてやる。


■2017-1/10

ポジティブを休ませる


■2017-1/9

[野の編日誌]
案の定、きのうから積雪、5センチ。
きょうは晴れ、陽ざし暖かく雪溶けだし、のどかな日となれり。
お天とさんに謝。

雨樋の破れ穴から落ちる雪どけ水に、使用済み食品トレイをまとめて打たせている。
これほったらかし天然食洗機の術。


■2017-1/8

言葉スリップ:
言葉がうまく路面に接地できず、上滑りすること。
言葉は車体を駆動させるために欠くことができないものだが、きちんと路面を掴みながら回転しなければ用をなさない。


[野の編日誌]
きょう、アイルランドの冬のような、薄氷を貼ったようなグレー均一の空(行ったことないけど)。
間違えて触ると、割れる。
逆らわない、天の仰せにしたがい、暖かくして室内用事に励む。


其カジュアル如野(カジュアルなること野の如し)


■2017-1/7

現実:
ひとびとはそれぞれいろいろな立場やおもいを持っているが、それらすべてを貫く共通次元。
どのひともこれに抗うことはできないし、これがあるから違うひと同士が触れ合うことができる。


[野の編日誌]
「野の編のうた♪」
*「崖の下のポニョ」のメロディーで歌ってみよう。

野ーの 野ーの 野の 草だらけ
あおい野原からやってきた
野ーの 野ーの 野の ふくらんだ
まんまるおなかはビールだらけ


■2017-1/6

さかなクン:魚を食べるのも好きというところが信用できる


[野の編日誌]
先だって縛りつけてやった桑生枝2本、あれ片方が割れた、縦に。
そうか、割れるのか勉強になる。
ふーん。
でも、ほどかない、乾燥しきるまで放置だ。

べつにすぐ役に立てようとはおもわない。
てか動機を外に求めない、おれの生だ。
ここは野だ。
人里のはずれだ。


■2017-1/5

熱々のラーメンをすすっても 肉眼は曇らない


[野の編日誌]
寒の入り。
今月来月の地区の平均気温の表をプリントした。
いままであまり季節の変わりを切実におもったことはなかった。

でもここなんて全然たいしたとこじゃない、北海道のエゾアムプリン( http://www.amupurin.com )に比べたら。
かれらが東京から北海道に移住したこと、望んだ仕事が成り立ってること、それがかわいいプリン屋だってこと、すごいよのー。
べりーぱーふぇくと。
いまとなれば移住同士にもなったけど、大先輩。
あさ、マイナス20度だって。

季節にくたびれ、田舎にくたびれたときのお守りだ。
エゾアムプリン。


■2017-1/4

[野の編日誌]
東京では縮こまっていた、きっと個人としては多すぎる自分の荷物をぶちまけて整理している。
東京での自室6畳間から、いわゆる4LDKの母屋、ほかに物置と土蔵、庭、ていうようなところにやって来て、荷物たちはさすがに息をしはじめたようだ。
まるでこの場所に来ることを知ってたかのように何年も前に手に入れてたものもあるような気がする。

そうか、おれの片付けられない症候群はこうした顛末を書くのか、広い場所を求めてたのか。
ひとにはそれぞれ具合のいい場所の広さというのがキットカット、きっとあって、それをまだみつけられてないことが片付けられない症候群、と言えるのかもしれん。

ただまーこのまま調子こいてて、いつしかここが巨大なゴミ屋敷になってしまいましたと、とと。
それはそれでちょっとした笑い話、ではあるが。


■2017-1/3

[野の編日誌]
枝打ちした桑の生木が2本ある。
2本とも長さ2メートルくらい。
この2本、太さや曲がり具合が似てるので、反対側に反らせたまま合わせて縛ってみることにした。
かたちで表すと )( こんな感じを、 || こんな感じにする。

どうしてそおするのか。
こうすると、どおなるのか。
それは、わからない。


■2017-1/2

[野の編日誌]
きのう、うちの地区、集落の新年会に行ってきた。
地区の公民館で、数十人の過半は初見、新入りとして挨拶。
こうしてこっちのひと社会にもなんとか接続。
相手方としては、こちらが侵入してきた異物だったわけで、これで気になさらんようになればありがたい。

田舎は家と家のあいだが離れてるので、そこに暮らすひとが見えにくいかと思ってたが、そうでもなかった。
お隣さんたちにはとうに前から暖かい目でみられてもいた、ここ集落の一員であること心し、つつ自分の望みも叶えたい。


■2017-1/1

年末と年始のあいだには、幅1メートルほど、地の裂け目がある。
平常心で跨げばなんのことはないが、うっかり裂け目を覗き込んでしまうと恐ろしさに足がすくんで動けなくなってしまい、つい落ちてしまうものも現れる。

緊張とリラックスを持ってエイっ、と越える。

そしてむこう側に行けたものどうしがその気持ちを分かち合い、おめでとう、と言う。


おお お めで と う


■2016-12/31

オリヂナル・カレンダ2017、アップしました。
えーたいへん長らくお待たせし、ました。


[野の編日誌]
野の編でいらない樹をどうするか。
どう抜くか、抜いたやつをどうするか。
燃やすか、保存して役に立てるか、じゃあ保存場所はどこにするか。
など、田舎の素朴かつ多忙作業と、世間的大人の用事とのあいだで、頭がクラクラしている。

こういう次元の違うことを短いあいだにすることが苦手かもしれない 空はよく晴れている


■2016-12/30

[野の編日誌]
年末年始、世からはぐれている。
空は晴れている。


■2016-12/29

[野の編日誌]
外の空気が止まっている。
道路に自動車いなくなり、人の気配もなくなる。
みんな、ポケモンでも探しに出かけてるんだろうか。

ピカピカに磨き上げた空、真横から当たる太陽スポットライト。
世と別次元、片付けしている。


■2016-12/28

[野の編日誌]
やっぱり焦げたコンセントは、内部できちんと燃焼、断線していた。
あぶない。

ライフラインの危機。

この冬、電気暖房は欠かせない。
ここの電気配線はいずれ総点検するが、屋根裏とか、すぐには無理。
まーまーなんとか応急処置して当面ようす見。

んんんんんー。


■2016-12/27

[野の編日誌]
しっかりした雨。
電気コンセントが焦げる症状発見。
この古家の基礎的な問題がうかがえる。
ブルー要素、重なれり。

天気とは天の気分、おれの気分も雨が降っている。


■2016-12/26

[野の編日誌]
年末ブルー。

だがそれなりに用事用事だ。
それをすると少しは負荷が弱まる。
深く息を吸い、身を低くして敵に見つからんよう、ちょっとでも前進。


■2016-12/25

[野の編日誌]
消去法は、そうならざるを得ないという状況を作ることでもある。
段階を踏んでほかの選択肢を排除していき、少しづつ答えを追い詰めていく。

工作でもそういうやり方がある。
たとえばネジ、ネジを締めること。
締めこんで頑丈に固定すること。

ネジの原理はテコで、小さい力を大きく使える。
テコ、という知恵をうまく使うと、非力な個人でも思いの外大きな仕事ができる。
自分にとって、少々大きすぎるかもしれんこの場所にたいしての、希望の知恵だ。
テコがあるから夢想することができる。


■2016-12/24

[野の編日誌]
おちついて、その木の根元を調べて、鎖を巻きつけて、ウィンチで引っ張る。
その木を引っこ抜いてしまうわけだが。
相手との会話だ。

自分の望みと相手の抵抗の間で、道具が緊張する。
間違えると道具が壊れる。
きょうは、ウィンチと脚立が壊れた。
それはそれでデータだから、覚えておく。
壊れたものは直して、次に備える。

まだ太さ2、3センチのレベル、これ重ねてどこまで行けるか。


■2016-12/23

[野の編日誌]
木の皮をむくことを覚えてしまった。
まだ太さ10センチ以内の枝打ちしたやつ。
道具は草刈り鎌。
まずい、やみつきになってしまう。

芋の皮をむくことと似てる。
平らでむきやすいとこと、やっぱり木の芽のとこはむきにくいとこがある、さつま芋なんかはけっこう樹木くらい硬いし。
まだやったことないけど、獣の皮をはぐことにも似てる気がする。
ちょっとした大きいの、量をこなすときはそんな感じだ。
皮をはいで中の肉を食う、わけじゃないけど、こうすると木材として工作に使えるようになる。

つ、ついに夢の自手自足、自分の材料を自分で調達できる。
いらないものを片付けると、いるものができてしまう。
ななんというスーパー合理的な。

「意味の逆転工作」。
だどもよ自然界ではとっくにこんなんだったような。

まーまずは乾かして、鎌やら鍬なんかの柄とか、かんたんなやつから試してホントに使えるかだな。


■2016-12/22

[野の編日誌]
ことしもぶじに冬至が明けたか、謝謝。
冬の寒さのピークはこれからだが、昼じかんが増えることは胸の足しになる。

年末の事務作業にも追いたてられてるが、長時間やってると心的悪循環に陥るので、あえて外作業もする。
晴れた日中は寒くもなく、とても快適に作業を楽しめる。
野の編的に散らかったところ、おもに石拾いと植物掃除。

うちには「ノイバラ」というやつがあちこちはびこってて、こいつから先に攻めてる。
ノイバラはあの有名なバラのなかまでみなさんお好きなようだが、なーんてやなやつだ、とおれはおもっている。
やっぱり棘の被害によく合うし、枝が長くて伸びるのが早いからすごく広がる、冬も枯れない、など、かわいいいとこがない。
地下茎?、根っこも長ーい。
ただまー、生きものとしてはたくましいっていうことなんだろう。

はい、すいません。
うちにはいらないんで、どいてもらいます。
(とはいえ、うちは方舟でもあるので特区を作ってそこに一株だけ残すけど。)


ノノの方舟


■2016-12/21

[野の編日誌]
きょうは、冬至。
一年でいちばん昼が短く、夜が長い。
野の編として、この日を聖なる日と定めたい。
(かの西洋の聖夜より元旦よりも。)

そ。
そも。
そもそもはじめは。
「なにもなかった」。
ようにおもう。
無から有が生じたのだとおもう。
そうゆうことのシンボルの。
日。

この日を境に夜の長さは底を打ち、昼じかんが伸びていく。
これは天体の運行であり、自然あいてのおれらのような農家にとってもまさに自然。
おちついた気持ちで迎えられることに謝。

じゃ最後の曲、「冬至のうた」。
https://www.youtube.com/watch?v=KLkLs6SvyDM
(出:youtube)。


■2016-12/20

[野の編日誌]
なんていうか。
調子のいいときはどうだっていい。
意識することさえ必要がない。
問題は、うまく行かないときだ。

うまく行くようにするとうまく行かない うまく行かなくならないようにする

これも消去法。


■2016-12/19

[野の編日誌]
消去法:
たとえば、どの自動車を買おうか考えるときなど、全部のカタログ、すべての選択肢を集めて一箇所に並べ比較しながら、買う可能性の低いもの、嫌なものから削除していくこと。
結果的に妥当な結論が得られるし、選ぶときの心的負担が少ない。
言い換えるなら、勝つための、ではなく負けないための、最悪を避けるための方法。
ふんぎり悪い、おれの基本。
可能性があるかぎり選択肢を除去できなく、宙ぶらりん状態によくなるので、しつこさを求められる。


■2016-12/18

[野の編日誌]
朝は、外気温が氷点下になるのが普通になってきた。
とうぜん水も凍るし、土も固まる。
室内は4、5度とか。
外が冷凍庫、部屋は冷蔵庫になる。
じゅうぶん起きにくい、布団から出れん。
もだえる。

あわてないこと。
おちつくこと。
ちょっとでも。

ま。
こういうことを体験すること。
体験を重ねること。
年月を過ごすこと。

からだに浸みこませること。
からだがしゃべり出すのを待つ、こと。


■2016-12/17

その人の部屋と頭の中は相似形だ


[野の編日誌]
道具というのは、義手義足じゃないかという気がする。
ハサミやペンチは手の延長だし、杖は足の延長。
という具合に当てはめていくと、自転車は人体の下半身の延長で、それにエンジンをつけるとバイク、自動車となる。
服は皮膚の延長で、その先に家がある。

あー、だからおれは既製品で満足できないんだー、とおもう。
既製品は平均値なので、自分との微妙な誤差、違和感がたいていある。
そうゆうことを気にしなかったら、まったく違う生きかたできるんだろうけど。


すべて世はいろいろあっても事もなし アブラカタブラいたしかたなし


■2016-12/16

[野の編日誌]
東京時代の住まいの近所が燃えた。
あいや、火事が出たと聞いた、知ってるとこだ。

こちらでひとり住まい。
まったくひと事じゃない。
楽しみと必要もあり、たき火をする。
灯油ストーブつけたまま、コンロもつけて料理しながら酒を飲みはじめることもある。
外出したあと、ふとあれ消してきたっけとおもうことしばしば。
と書きつつ、外にほったらかしの洗面器の水が朝凍ってたことを思い出した。

ここで油断してたら死ぬる。
近所迷惑にもなる。
気働きが要る、このワンタッチじゃない世界、こちらバージョンの。


■2016-12/15

[「野」の編日誌]
「野」生の思考


タイミングが重なって、いろいろ漬け込む。
白菜1/4玉、塩浅漬け。
大根2本、大塚人参1/2本、塩漬け
大根1本、たくあん漬け。
煮干しの醤油焼酎漬け。
時期的に、「おせち」な感じもしないわけでもない。


ロビンソンクルーソごっこは楽しかり イニシアチブが手中にあるから


■2016-12/14

100分de名著 レヴィ・ストロース“野生の思考”第2回「ブリコラージュ」
2016年12月14日(水) 12時00分〜12時25分 の放送内容
番組内容
ありあわせの素材を使い、さまざまなレベルでの細かい差異を利用して本来とは別の目的や用途のために流用する思考方法「ブリコラージュ」。未開人の思考法には近代化の中で私たちが見失ってしまった、理性と感性を切り離さない豊かな思考の可能性が潜んでいる。動植物など経験的な素材を使って精緻な知の体系を築き上げる「神話」はその代表例だ。第2回は近代知と対比し「ブリコラージュ」と呼ばれる思考法の豊かな可能性に迫る。
(出:NHK)


■2016-12/13

「王様と私 2016」
よおく見る、みること。
それ以外に方法はない。

よおくみてると、なにかがココロに浮かんでくる。
浮かばないのはそのときが来てないか、ちゃんとみてないかのどちらかだ。

いったん浮かんでしまったら、もうそれに従うしかない。
それは王様の発言で、おれはその家来だからだ。


■2016-12/12

よおく見る、みること。
それ以外に方法はない。


■2016-12/11

色色な色 色の色色


そこで汚い色でも ほかできれいな色になることがある


■2016-12/10

はいそれでは、お知らせです。
http://www.fukuu.com/html/4honn/053/index.html


■2016-12/9

自分ダイビング


[野の編日誌]
かくしてゆっくりと。 また些細の積み重ねだが、暮らしが整う方に行きつつ、ある。
カタツムリが這うように、樹の根が伸びるように、でも着実に、たぶん。

見知らぬ土地で、初めて要素多く、ちっとも確信なく、おっかなびっくり屁っぴり腰で。
密林奥地の原住民とコンタクトとるような、ことだとおもうが。

どうやら、こちらの言葉が通じるようだ。

これはあえて言うなら「理」と言う言葉で、いちばん素朴で頑丈な、言葉だとおもう。
原住民はおろか、動物にも、物質にも伝わる。

これが使えるならありがたい、片言でも。
つぎの段階に、行ける。

「そうしようとして そうしたら そうなる」(出:落合郁雄工作所)。


■2016-12/8

世界で一番高い玉座に上っても、 やはり自分の尻の上に座っていることに変わりはない。(出:ミシェル・ド・モンテーニュ)


[野の編日誌]
燃えないゴミとして捨てられてた、鍋の蓋、アルミ。
これのこびり付き汚れについて調べ、アルカリ性を使えば有効と判明。
かくして、鍋の蓋救出。
レミパンの元々の蓋が気楽には使いにくかったので、レミパン用、大鍋用気楽蓋として使う。

一見些細なる鍋の蓋、されど鍋の蓋。
すごくうれしいのは、一体どうしてだろう。
自分のなにかと共振でもしてるんだろうか。

し、汚れについての基礎知識も得られた。
野の編ポイント、2増。


■2016-12/7

選択肢が多けりゃいいとは限らない


[野の編日誌]
ネットオークションで入手した二層式洗濯機の実物が思いのほか汚れてて(洗濯機は自身をきれいにはできないらしく)、安価ゆえに文句も言えずオーバーホールをしてたのが、やっと終了。
この春から洗濯機なくも薄物衣類ゆえ手洗いで済んでたが、こちらに来て秋、そうもいかなくとくに絞るのにと購入決意。
すぐに水をためて、まずは洗濯物を浸ける。
1、2日、これだけで割合汚れが落ちる、これ体験知。
問題は道路の脇を流れる旧式排水、泡の出る洗剤を使いたくなく、重曹を試す。
この水槽、水溜め、排水が切り替わるワンタッチで、おお。

いつもの癖で、つい、これでじゃがいも洗えるか柿渋絞れるか、という目でもみたりする。


■2016-12/6

体がくたびれたら具体的な名案が浮かぶ


[野の編日誌]
「野の編 おから騒動」、一段落。
んーと、最初うちに来たときの全量から冷蔵庫や実験に取り分けたりしたから、だいたい14キロと格闘したことになる。
それが結果的に重量3キロ、体積6.5リットルとなった。
14キロが3キロ。
差し引き11キロが水だったわけで、そりゃ乾かないはずだわ。
あるいはすごい保水力。
植物繊維か、「どうもはじめまして。」
ここから植物繊維との壮大な物語が始まろうとは、イクオはまだ気づいてないのだった。

最終的にはレミパン、テフロン加工が役に立った。
それでも熱して水分が減るほどタンパク質(たぶん)が粘り、塩のようにサラサラとはいかない、精神にも粘りを求められた。
また、焦げも発生する、部屋中おからだらけ。
あ"ー。
やっぱりつぎは常温乾燥システム作らんと。
(ここで中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」が流れはじめる。)

ともあれこれで急ぎ用事ひとつなくなり、数ヶ月分?のおからが備蓄できた。


■2016-12/5

ひと続きの軟体 すべてバランス 区切らない区切らない


[野の編日誌]
ここで不要だと思う樹木が、太さ1センチから20センチまでざっと数十本はあり、いまは伐採するべき季節ではある。
鋸でただ切るだけならそう手間でもないが、それだと春に「ひこばえ」っていう新しい枝が生えてきてそれはそれで面倒だから、根っこごと取れたらありがたい。
ススキにも埋め尽くされてるし。
まーまー。
いっぺんにと思うと気が重いが、こういうとき優先順序をつけて、できるとこまでをやる、というようにしている。
あいうぃるどぅまいべたー、ちょっとでもましになったらええ。

「イン多くアウト少なし症候群」、欲深な、自分への処方。


■2016-12/4

「生」をへん、「死」をつくりとした一文字「生死」作れり。これで「生死きる(いきる)」と読む。


[野の編日誌]
10日に1度くらい、買い出しに行く。
といっても、車で5分10分の近所だが、そういうことでもないと外出しない。
うちが外、みたいなとこでもあるので、外の空気を吸いたいとかはないから。
おもに切れたレギュラー食料を買い足す感じ。
このとき、ついでに町内温泉にも寄ってひと息つくし、特別に弁当も買い、この日は自炊を免れる。
「月に3度のぜいたく」っていうやつ。

このときといい季節、いい天気が合わさるときがあり、きのうがまさにそうで客まばらな朝から露天風呂につかり、そこらへんの山眺めながら。
うーん。
これ以上のぜいたくがあるんだろうか。
と。


■2016-12/3

[野の編日誌]
で。
(中略)
おから乾燥中、うちのオーブンレンジ酷使に耐え切れず討ち死に。
飛び道具1失、工作材料1増。
致し方なく、夜は扇風機の風を当て、昼は日に干す。
この古民家には日の当たる方にアルミサッシのついた縁側があり、ここを乾燥コーナーとして採用。
なにやら大きい洗濯物を扱ってる気分。
そうか布袋に入れたら、コインランドリーの乾燥機が使えるかもと、よぎるがこの度はやめとこう。
この洗濯物なにぶん栄養があるから虫はもとより腐敗菌に注意要、されど、こんなことしてるのがこの季節であることの運気に謝。


数日前に買ったまま放置してしなびた大根を、てきとうカットして「減らない漬け物」タッパーに、ぬかと塩もパラパラ。
もしや、これでたくあんに近づく?、と期待も。


母親が認知症にて長期入院中の広島の病院に向けて治療方針の書類、やっと提出。
いわゆる自然死を望みますとして、胃瘻などの項目に×印入れる。
生と死は、その文字のようにはっきりと分かれているんじゃない、不可分のひとつのものだと考えている。
生が進行すると同時に死も進行している、ひとつの体でだ。
また、母親とおれをひとつの体として、母親が終わりつつあるもおれが生きつつある、と、みることもできる。

母に謝しつつ。


■2016-12/2

落合郁雄工作所:自分のためのフルオーダーメーカー


[野の編日誌]
なんでもかんでも要するに「分類整理」だと思っている。
考える、とは情報を分類整理することだし、わかった、とは分類整理ができたということだし、頭がいい、とは、それが早くて上手なこと、工作とは、正に分類整理の過程だし、発明とは、分類整理された別別の棚、別別の文脈のもの同士を合わせることだからだ。

おれの場合、まずは貧乏性(かつ貧乏)というのがあり、ものの手離れが悪く、この引越しでわかった自分の荷物の量と質に自分で呆れた。
それがこの場所、新しい要素のものたち、対象がさらに増えて特に今、混乱してると思う。
要するに散らかっている。

もう、これ以上の大きな要素、枠組みとの出会いは生涯ないかもとも思ってるので、ゆっくりならここの広さを使って腰を据えて楽しんで分類整理作業ができると思う、たぶん。
ていうか、この場所でそれができないとわりと破綻。

さ、破綻せんよう用事用事と。


「減らないヨーグルトラッシー」、はかなやわらかい絹ごし豆腐みたいのができつつある。
おっ、この室温でも発酵してくれるんだー菌ちゃん、味はとても上品。
ちなみに種は「雪印メグミルク ナチュレ恵」の赤いの、期限切れ安いの。


■2016-12/1

[野の編日誌]
おから問題。
全15キロの内5キロをとりあえずアルミの番重という容器に入れて、電熱コンロ弱火たまに攪拌方式で炒ることにした。
1日がかりで終わらんかった、きょうも続ける。
残りの10キロは、プラスチックの衣装ケースにぶちまけて、(曇天ゆえ)風を当てる。
あんたら、だめでも土に還してやるけ、もおちょっと頑張っての、という感じ。
別におから屋になりたいわけじゃないんだが、こうして手間時間取られて深みにはまっていく。

試しに「おからポタージュ」を作って食べてみて、おからの威力を悟った。
おかずというより穀物に近い、腹の足しになる。
うちの食材革命の可能性があるし、乾燥の基本実験でもあるので工作所としても捨ておけん。
いちおう事のなりゆきを確かめんにゃ。

米ぬかは2.7リットルのペットボトル5本に移し、ボトルのまま日光乾燥を試みる。

読者から、おからにぬかを加えて乳酸発酵させるアイデアをいただいた。
おからとぬかは、もちろん別別の文脈だが境遇が似ている。
どっちかってゆーと粗末な扱いの「残りカス」同士を出会わせる、面白い。
「おからのぬか漬け」。
はい、1、2リットル程度、試してみます。
ただこの方は畑の肥料にしたらしいが、おれは食用として。


毎日早い午前に、1日の食事プランを作る。
週、月を通しても食べものについて割く時間手間は多い。
てゆーか暮らすことの第一は食事の安定供給だよねー、やっぱし、おれの国民を飢えさせるわけにいかん。
そうして、まず内の子を安心させてやり、その隙に大人の用事をする。


■2016-11/30

[野の編日誌]
うちの冷蔵庫の中の大きいタッパーは漬け物(基礎は塩漬け)で、この具が減ると新しく野菜を足す。
野菜の種類は、白菜、大根、人参、ナスなど、旬とそのときの気分。
もう数週間も育ててきたので、底汁はおいしくなっている。
入れ立ての野菜、漬け物以前も充分おいしく、日日食べながら漬け物化していく過程を楽しむ。
漬け物でもあり、ウェットサラダでもある。
これ「減らない漬け物」。

ほかに、麦茶パックを水2リットルのやかんに放り込んで、飲んで減った分だけ水を足す。
水出しオーケーなこともあり、沸かさなかったり沸かしたり。
やかんの量で2、3回?繰り返し、茶の色がホントに薄まり、もう水と区別がつかなくなるまで。
これ「減らない麦茶」、2、3日持つ。

この「減らないシリーズ」に、新しく加わったのが「減らないヨーグルト」。
市販のプレーンヨーグルトにそれと同量の牛乳を加え、ラッシー状にする。
そしてもちろん、これを飲んで減った分だけ牛乳を継ぎ足す、もくろみ。
ただ、ヨーグルトの菌ちゃん、今の気温どおか。


おから15キロ天日干し、たいへんが解り、方針変更。
長期保存したく水分を飛ばすため炒ることを考えるが巨大鍋なく、おろおろしている。


■2016-11/29

[野の編日誌]
都市は規格化やら分業が進んでて、ひと言やワンタッチボタンで用事が済む。
片や田舎というのは、規格化する前の素材自体が生で簡単に手に入ってしまうので、それにどう関わるかの切り口が多い(だって生だから無数)。
ちょっといじってやろうなどと手を出すと深みにはまりやすい(生だから永遠)。
ただ、そこにあっても見なかったこともできないことはないので、自分次第、あるいは自分を問われる。

田舎で欲をかくと忙しくなる。
都市ほどはお金を使わなくなるが、自分の体験(気持ちの入った)時間が増えていく。

「これやって」て、隣に声をかけても誰もいない。


おからは、まず大きいタッパー2個分を小分けし、食用研究のために冷蔵した。
残り15キロは干してみる、ことにした。

きょうは貴重な晴れ日。
他に米ぬか、桑の葉、湿っけた黒糖、洗ったジップロック、思いつくもの全部干した。


■2016-11/28

[野の編日誌]
未体験のことはなんでもやってみることに、いちおうしている。
きょう、近所の豆腐屋前に大きめポリ袋がいくつか出ていたので、もしやと思い尋ねたら「おから」だった。
案の定、処分するというので一つだけいただいた。
偶然だか、その近くの米屋の表で米ぬかを見つけ、こちらは少額で4キロほど入手した。

数日前から、庭の落ち葉がなんとなく集まったので、堆肥、せめて腐葉土のイメージが浮かんでいた。
まずはそれ用にって反射的に手に入れたのだが、おからは今朝のだっていうので、味見してみるとおいしいし、米ぬかは今の時期こちらではたくあんに使うらしい、というのでたくあん作りもイメージに加わってしまった。

すぐ判断できないけど、ちょうどそれら痛みにくい季節、とりあえず考えてみる。


■2016-11/27

[野の編日誌]
普段過ごす部屋は8畳の元々キッチンで、それに従い流しがある壁面を自分の料理コーナーとした。
そしてその反対側、フローリング床に畳を1枚敷いて、そこで寝ている。
畳に沿って長いローテーブルが置いてあり、たいへんだらしなく物物が散らかっている。
当人としては、いちおう優先順位上位の大事なものたち。
畳で寝るときの頭側には、文机、パソコン、モニタなど。
つまりこのひと部屋(ワンルーム)で、寝、料理し食べ、パソコンする。
当人としては合理的。

このキッチン、隣室とを隔てるべき戸の建て付け悪く、二方向開けっ放し。
暖房の熱効率非常に悪し。

東京と比べると、はっきり寒い。
東京はいわばカプセル都市だから、比べられんけど。

暖房器具は、ここにあった灯油ストーブ。
こいつのタンクを満タンにして最弱でなんとか8時間持つ。
ほかに東京から持ってきたスタンド式手元電気暖房、そいで電気ひざ掛け。
ここの電力契約15ワット、15ワットがどうなのか試したく。
今の時期で寒さとのバランス、すでにギリギリ感もあり、追加するとなると練炭システムか。

来冬は薪ストーブ導入する予定。
ただ薪は、1、2年乾燥必要っていうし、どうなるかわからない。

そいで梱包用クッション材やら、身の回りにあったビニールシートやらで仕切りカーテン製作。
して、おお、温度計に効果ありの表示。
貧しきものの暮らし、かくの如し。
「ないものがあればつくればいい」(出:ムーミンパパ)。


■2016-11/26

[野の編日誌]
田舎の土地には、もれなく空が付いてくる。
朝、明るくなり、夕方、暗くなる。
自力で光を作らないと、ホントに真っ暗になる。
心ははっきりと意気消沈し、家に帰る。

天気も気温も刻々と変わる。
天気、天の空気、天の気分。
田舎で天には逆らえない。
ラッピングなし、むきだしの天気。
田舎では、天と地理、二大偉い。
人の都合なんて、5番目くらい?。

そのせいだか、1日があっという間に過ぎる。
すごく忙しい。

たぶん今は、その打ちのめされ期間なんだろう。
田舎レンジャーに変身せんと。
たぶん春まで。
まだ、冬にもなってないのに。


■2016-11/25

[野の編日誌]
車を運転してると、脇道から他の車が急に進入してくることがよくある。
思わずブレーキ踏んで、速度を落とす。
もう慣れたけど。
これ、この土地の人柄じゃないかと思う。
ちょっとでもスキがあったら、そこに入ろうとする。
セコい?

この土地の地形はほとんどが山山で、大きく見たら皺だらけ、その皺の凹みで人々が暮らしてて、そういう見晴らしがいいとは言えない地理的状況と関係してるんじゃないかと推論してる。
北海道なんかの広々とした大地の人柄と対局かも、って。
でもこういうのは良し悪しじゃなくて、違いだから。
ここに、広島性人柄がやってきてこれから年月経たら、おれはいったいどおなるか。

けさ、塗装屋のおじさんが、飛び込みセールスにやってきたけど、切実な暮らしを背負ってる感じが潤んだ眼、言動から伝わり、つい頼みたくもなるけど。
ごめん、ここ今薄汚いけど大丈夫なんだ。

おれがやるから。


■2016-11/24

*はい、それではCMです。
https://www.amazon.co.jp/ココアどこ-わたしはゴマだれ-高山-なおみ/dp/4309025234


■2016-11/23

[野の編日誌]
野の編は標高250メートル。
武蔵野市の住んでたとこが56メートルなので、200メートルほど高地?に移動したことになる。
平均気温なんかはたしかに2度くらい低いようだ。
すごい、矛盾してない。
東京の特に夏が暑苦しく過ごしにくく感じてたので、かといって寒すぎるのも困るのでちょうどいい。

そしてたぶん500メートルくらいの低い山山に四方を囲まれている。
その分、ここらへん風雨は柔らかい気がする。

その、そこらへんのおそらく山から、ときおり生きものの鳴き声が聞こえる。
1、2秒、管楽器系高音の抑揚(メロデー)。
日に数回。
これおれ、シカの遠吠えではないかと思う。

また、一番近い裏山のてっぺん方面にフクロウがいるようだし、畑までイノシシが来るらしい。
ここの山あいを県道や鉄道が貫通して住宅もたくさんあるが、そういう従来の生態系もそれなりに残っているようだ。
よおく目を凝らせば、かれらの暮らし、せめて湯気なら見えそうな。
ここは自然のまったく真っ只中じゃないけど、自然への入り口なんじゃないかと思っている。


■2016-11/22

[野の編日誌]
「晴耕雨デジ」。
晴れの日は外の仕事、雨の日はパソコン仕事、てこと。
外の仕事は、だいたいどれも無条件に楽しい。
草を抜くこと、土から石を拾うこと、土を触ること自体、枝打ちした木切れを燃すこと、これらを続けてると、いつのまにかそこらへんがきれいに片付いてくる。
地面にしゃがんでは立つことが増えたと思う、「田舎スクワット」。
草を手で抜く動作をしてみても、人体というのはなんてそれをしやすいんだろうと思ってしまう。

人体がいまのようなかたちになったのは、ずーっと地面とやり取りしたからだとおれは思う。
そしてあまりに長いことしてきたから、すっかりこんな身体になって、おれのような田舎初心者でも迷うことなくこれができる。
いわゆる「楽しい」を超えて、楽しすぎてアッという間に時が過ぎてしまう、時間概念がなくなる。
こういう無意識レベルの地面仕事を「言葉のない世界」って、呼んでる。

「言葉のない世界」と「言葉の世界」。
「晴耕雨デジ」。


■2016-11/21

[野の編日誌]
「雨の泉」。
うちの裏手に石垣があり、その向こうは裏山へと繋がっている。
その石垣の真ん中の一番下、地面ギリギリ接するあたりから水が漏れている。
水量は水道蛇口を弱くひねったくらい。
最初見つけた時は雨上がりだったので、他所の雨水が流れ込んでるかと思っていた。
雨が上がった後だけ、たぶん降った雨の量に応じて数時間からほぼ1日ほど出てくる水。
こいつは一体なんだ。

伏流水の可能性もある。
*「伏流水とは・・・極めて浅い地下水のことです。」(出:http://www.jwrc-net.or.jp/qa/01-65.pdf)

水量はとっても微妙だが、なにか利用できるかもしれん。
という思いとともに、こいつちゃんと管理してやらないと大変なことになる、とも。
石垣の間にちょこっと入り込んだ樹木の根っこ同様、うちの地盤を崩壊させかねない。
「革命はいつも大きな音とともにやってくる とは限らない」(出:落合郁雄工作所)
むしろこんな風に、人知れず音もなく着実に進行し、革命が成されたことさえ気づかない、ことの方が多いんじゃないか。
と思う。

あ、ちょっと話がずれようとしてる。


■2016-11/20

[野の編日誌]
懸案の勝手口桑の樹の上半身の枝打ち終了。
残った根元直径30センチ、高さ3メートルの枝なし下半身が所在なげに突っ立っているだけだ。
こいつはこのまま来春まで放置できる。
これで一番派手派手しくうちからはみ出て葉っぱを落としては撒き散らす問題、一段落。
いまの時期の優先順位トップ、近所迷惑が一つぶじに終えてうれしい。

ちなみにうちの周囲には田舎なりに舗装した公道もあり、接したお隣さん家もある。
お隣さんとはほとんど会話とかしないけど、無言のコミュニケーションしてるように思う。
庭木の手入れなんかを通じて、けして怪しいものじゃないって伝わればいいんだが。
(見栄えだけでも)。
なんてーことを思いながら塀内外の植物散髪はつづく。


■2016-11/19

[野の編日誌]
こうやって、今まであまりに放ったらかしで伸びすぎた草や樹木を整理すること。
長年かかっていつのまにやら庭の本来の高さやら勾配が曖昧になってるので正すこと。
そいで土地の雨水の流れをスムーズにすること。
庭の土に混ざってる石類を取り除くこと。
石垣を直すこと。

そういう地面的、土木的なことからだな。
それをしながら実態調査。

なーんかそういうことをしたがってる自分がいて、嫌じゃないんだよなー。


■2016-11/18

[野の編日誌]
だいたい、朝はトーストと納豆、昼は麺、夕方はお米を炊いてごはんを食べている。
夕ごはんのおかずは漬け物がレギュラー。
これを軸にそのときの成り行きで、他のおかずがあったりなかったりする。
漬け物は塩漬けで、白菜やら大根を入手後すぐに塩を適宜加えてお終い。
ときに「きゅうりのきゅうちゃん」みたいのやら、トンガラシを加えて味をアレンジしたり、また新たに野菜を足して量が増えたりもする。
味を育てる感じ。

一人暮らしになり自炊を余儀なくされ、自分の胃袋と料理の手間などと相談した結果、こうなった。
子供の頃の食卓には主菜なくともいつも菜っ葉の漬け物だけはあって、おれはとうにそんな体質になってたんだと思われる。
また、おれが生まれてすぐにはまだアジノモトがなかったこともあり、旨味過敏症かもしれん。
「きゅうりのきゅうちゃん」みたいのなど市販のそういうのだけではおれにはうますぎる。

米はこの土地のを直売所で安く買うが、そのごはんだけでじゅうぶんにうまい。
毎回1食分1合未満を土鍋(おそらくビビンバ用の小さいやつ)で炊き、その土鍋を抱えて炊きたてを急いで食べる。


■2016-11/17

両掌を合わせると その接面は平面になる


[野の編日誌]
アムプリンからのじゃがいも、小ぶりな奴をいくつか炒めて食ってみたら恐ろしくうまかった。
新じゃが、鮮度の味がする。

梅の木に挟まってた鉄棒、バイスプライヤー言うのとバールを使ってなんとか抜いた。
この梅の木は当面面倒をみたかったので、ほっとした。
自分の喉に引っかかった魚の骨が取れたくらいに。


■2016-11/16

[野の編日誌]
ゆうべ未明、トイレの小窓から外を見ると庭がベカベカ光っていた。
例のスーパームーンっていう奴のおかげか。
おそらく空は晴天だったろう。
「もう一つの昼」と言ってみる。
街灯、圧倒的に少ない田舎の恩恵。

きょうは午前からきのうの続き、勝手口桑の木枝打ちしようかと思って見上げたら、ちょうど朝日がまぶしかったのでこの作業を午後にすることにして、それまではとクローバーの引越しのために畑部草取りしてたらそこの梅の木に蔓類が絡まってるのが気になってそれをほどいてたら、なんでだか梅の木の股に太さ6ミリ長さ1メートルの鉄棒が挟まっていて手の力では抜けないことがわかり、どどうしよう、と思いつつ胃袋の具合とか昼らしく感じたので昼ごはんとなった。
かくして野の編での作業は始まりも終わりもなく、どれも繋がっていて一つの作業として分けられず、だらだらと時が流れて行く。
とは言え、昇った陽はだんだんと傾いてついには沈むこと、沈んでしまえばとてもはっきりした夜になること、天気はいつもいいわけじゃないこと、冬が刻々と近づいていること、だらだらとは反対の気持ちも要す。
さあ今晩はアムプリンからのじゃがいもと玉ねぎを煮てみようか。
こういう食材も生もの、おれも野の編も生もの、大いなる生ものワールド。


■2016-11/15

[野の編日誌]
けさ、アムプリンから、じゃがいも、玉ねぎ、りんごの詰まったダンボール一箱届く。
野の編に来て自炊を始めてるので、こういう差し入れはイノチ的に嬉しい。
アムカトに謝謝。
その後、近所温泉に浸かり、近所スーパーで食料買い出し、近所ホームセンターにて灯油購入。
どれも切実なる用事。
帰宅して桑の木の枝打ち。
樹高6、7メートルあるだろうか。
脚立に乗り、高枝切り鋏の鋸を精一杯伸ばして2本の太枝を切ったら、きょうはもうくたびれた。
桑の葉はたいへんかさばって近所迷惑なので、落ち葉になる前に残りの高枝2本も落としたい。
その後、この木自体も伐採してやるから。
そしたらそこの地面スペースの掃除もできるし、そこらへんの石垣も守られる。

野の編は、なんというかたいへん激しい。
野の編というのは、少なくとも数百年に渡って農業を営んできた家族の痕跡だが、どうしてだかその家族はいなくなって、自然の風雨にさらされ建物は朽ちつつ、石垣さえ樹木たちに食われようとしてるところだ。
おれのようなド素人がおっかなびっくり屁っ放り腰で。
それらに抗うことができるんだろうか、ささやかにでも。

ところで先11月12日、東京の「長男堂」っていうとこで、
http://chounandou2.ti-da.net
「人体バラバラ事件」という題名で、工作教室やった。
問題は多々あったが、何か新しいテーマを見つけた感触があったので、この工作物捨てずに取っておく。
楽しかったんだよな。
来春以降、またどっかでやると思う。


■2016-8/12

こころOS、脳プロセッサ


■2016-8/11

[ けふの料理 ]
たとえば、いつもとは違う土地では、うんこが出にくく、くくくなる。
推測するにお腹レベルの緊張というのが、あるようだ。
ふだんの暮らしでも、出が悪かったり、出ても変なのだったりすることも多いから、ずいぶんナイーブな子がお腹を管理してるようだ。
うんこというのが個人の重要事項であるように、じつは食べることもそれを作ることも、人まかせどころじゃない、とっても個人的な重要事項なんだなとおもふけふこの頃ですが、みなさんいかがお過ごしでせうか。


■2016-8/10

デジタル肉体労働


■2016-8/9

[ けふの料理 ]
・市販のピーナツバターにきな粉を入れる。量は半々くらい。
・それで、そのままだと固いのでオリーブオイルを適量加えて、粘度を調整する。
・そしたら、量も増えるし甘さも半分、自分好みピーナツバターのできあがり。


■2016-8/8

[ けふの料理 ]
うちには冷蔵庫がない。
で、うちの中で一番冷たいものは、水道水となる。
うちの地区の水道水は地下水らしく、蛇口を開けっぱなしにしておくと、1分で冷たい水が出てくるようになる。
それに濃縮レモン果汁と砂糖を加える。
すると、ぴったり自分好みのおいしいジュースのできあがり、と。


■2016-8/7

[ けふの料理 ]
電子レンジでトーストを作ろうとして、モードを間違えて食パンがレンジラスクになったときの料理。
・鍋に食パン2枚分のレンジラスクを入れ、ひたひたに水を張り、煮る。
・ひと煮立ちしたら、固形カレールウ1個、と醤油で味付け。
・以上。
感想:
離乳食っぽく、なんとか食べれる。
カレールウ、2個にしとけばよかった。
それにしてもこの陽気とはいえ、もうモードボタン間違えないようにしよう。


■2016-8/6

[ けふの料理 ]
空腹感、食欲はとてもだいじな感覚だ。
「あるとき、そのゲームが盛り上がってる最中、どうもバッテリが足りないなーとかおもって、ふと目線を下に向けると。
自分の頭の下に、長ーくて、重ったるーい、「からだ」というものがぶら下がっていた。」

おれらには、もれなく「からだ」がついている。

「からだ」。
これ、なんでも入れときゃいいっていうズタ袋じゃないんよの。

ふだんとても控えめで無口、こいつがたまーにボソッとつぶやく。
・・・。


■2016-8/5

[ けふの料理 ]
暮らしが大きく変わったが、安心感もあった。
「すでに壊れているものは もうそれ以上壊れない」。
自分ひとりというのは、元素、原子のような最小単位だからか、とても固いものだ。
心あたりのある、なじみのあるところに戻った感じ。

安心感は食欲と密接な関係がある。
というより、このふたつは同じ袋に入っている。
安心感が大きいと、食欲は少ない。
ストレスが大きいと、その逆だ。


■2016-8/4

シルバーじじいセンター


■2016-8/3

[ けふの料理 ]
家人が出ていってふた月以上になる。
少なくとも当面、帰ってくる予定はない。
そのことで早速これからの姿勢を迫られたのが食事だ。
それまで分業制?で、自分の食事についてあまりよく考えてこなかったから、つっかえ棒がなくなったように少々うろたえた。
自分のことを人をみるようにして、おれっていったいどおするんだろうとおもっていた。

外食や弁当購入という方法ももちろんあったが、それでは食欲がわかなかった。
その時間がきたから食べるんじゃなく、腹が減ったから食べるんだ。
食事は食欲とセットだ。
そういうなんてアタリマエ、だったはずのことが、あらためて清書されて内なる床の間に貼られた。

そうして自分の食欲に尋ねると、迷うことなく自炊へとことが進んだ。


■2016-8/2

魔がさす:ほんとうにしたいこと


■2016-8/1

それは内なる池に浮かぶものがなにかの拍子にぐるんとひっくり返るような


■2016-7/31

網膜スクリーン鑑賞 肉ソファに身をうずめて


■2016-7/30

やさしい悪魔
    意
    の
    天
    使


■2016-7/29

ないものがあればつくればいい(出:ムーミンパパ)


■2016-7/28

視界と視点:
ひとがあるものと初めて出会うとき、すぐにそれがなにかはわからない。
ひとの中のスクリーンには最初ぼやけた像が映り、時とともにだんだん焦点が定まっていき、やがてそれがなにかがわかってくる。
ひとがものをみるときの、この過程を「視界」から「視点」と呼んでいる。

「視界」は全体性を、「視点」は部分、局部性を担う。
ひとがものと相対するためには、このふたつとも必要、欠くことができない。
「視点」によってどれだけ特異な局部がみられたとしても、「視界」によって全体の中での位置付けがなされなければ意味がない。

ものをぼんやりとみること。
むしろそれがなにか、できるだけわからないようにすること。
すぐに決めないこと。
そうすることで「視界」が充分に全体をめぐると、満ち満ちたイメージが我慢しきれずにようやく、「視点」のドアを開ける。
ひとがものをみる生理、「視界」と「視点」はそうやって生かされる。


■2016-7/27

音楽:縁があって出会ったり、理由があって別れたりすること、そのようす。


■2016-7/26

認識:
ひと、ならびに哺乳類の視覚器官、眼球の構造はカメラとそっくりで、外からの光を入り口のレンズで光学調整し、その奥の網膜に焦点を合わせ像を映す。
いっそ眼球は単なる光学器と言ってもよく、レンズを向けた対象のようすそのままが、ほかのどのひとの眼球の網膜にも同じように映し出されているはずだ。
網膜の像にはいわゆる主観は介在していないと思われ、それは体内に取り込まれた外部だとも言える。

デッサンは、その網膜に映る像と自己意識との意思疎通のように思う。
ひとには網膜に映る像と自己意識のあいだにそもそも隔たりがあり、それをつなぐことのように思う。
同じ石膏像を描いてもひとによって違う。
そうして描かれたそのデッサンこそ、そのひとの認識だと言って差し支えないような気がする。


■2016-7/25

世界モデル:
現在のロボット掃除機は「センサー」で収集した情報(部屋の大きさ・障害物の場所・掃除状況・現在位置)を、人工知能プログラムが分析・状況判断を行い、適切な行動パターンを実行する方式が主流です。(出:http://okaimono-navi.info/column/column-120606/)
ひと、ひいては生きもの全般も、そんなようなやりかたをしていると思う。
「「センサー」で収集した情報(部屋の大きさ・障害物の場所・掃除状況・現在位置)」、それによって描かれる実態のイメージ像がいわゆる「世界モデル」である。
ひとはロボット掃除機と比べるとセンサーの数は桁違いに多く、その分だけ緻密な「世界モデル」を有していると思われる。
ただ、ロボット掃除機の「世界モデル」がそのままかれの認識、「世界観」とぴったり重なることに対し、ひとの場合、どうやらそうでもないようだ。


■2016-7/24

時間:
しようと思ってもできなかったり、できたとしてもまた直してしまうこと。
すべては時間の中にあり、時間の中に生じて時間の中に消える。
時間を止める意味の完成も絶望も、ない。
次の朝。
机の上にあったものは、なにもなくなっている。


■2016-7/23

物語:
生きものが、自己と他者を区別し自律的に存在すること。
その姿勢に物語の起源があるように思う。
物語は軸となる人格があり、それに別の要素が相対する。それらが時とともに関わりあう、その顛末である。
ひとの中の生きものが自己や他者を認識し、その内容をひとが記そうとすると、物語のかたちに成らざるをえないのではないか。
すべての生きもの、ひとがまず先天的に物語、物語性を持っていること。
そしてそれを語るために、あとから言葉というものが作られたのではないか。
と。


■2016-7/22

幸せという設定


■2016-7/21

不可能の可能性:
たとえば外国の小説などを厳密な意味で正確に日本語に翻訳することはできない、そもそも不可能である。
その不可能を承知した上であえて翻訳する、しようとする、ちょっとでも近づける、努力する、そういうようなこと。


■2016-7/20

電|話

メ|ル

 |
L|NE
 |


■2016-7/19

大人ごっこしようって始めたのにホントに大人になったつもりでいる


■2016-7/18

きれいな女の人にはうんこが入っている


■2016-7/16

どこがどうだろうと おれはおれの米を研ぐ


■2016-7/15

ハッピーバースデー通夜


■2016-7/14

点:位置だけを持ち、長さ・面積・体積をもたない図形。(出:Wikipedia)
存在の最小限。

線:長い点。点の軌跡。


■2016-7/13

バール:対象がどれだけ大きく重いものだとしても、床とのあいだに3ミリの隙間さえあれば、これで持ち上げ、動かし、ひっくり返すことができる。


■2016-7/12

ここへきて遊べやもうひとりの自分


■2016-7/11

ひとのかたちの袋をひろう
使いやすくならないか口を広げてみたりする
ゴム生地でへなへなするので
かたい棒を入れてかたちをささえる
あまったところにスポンジをいれると
へこみがなくなってちょうどいい
さいごあたまのところにラジオと鍋でもいれて
はい、できあがり


■2016-7/10

ずいぶん
遠くまでやってきた
まだ
どこまでも奥につづいている

たばこの火が指にさわり
ふと
われに帰る

帰る


■2016-7/9

紙にペンを立てる

ペン先と紙の接点


紙のうらの永遠と
ペンをもった自分の永遠

とが


する


■2016-7/7

(精神の)平衡感覚:
生きものが生きるということ。
能動的に自己を保つこと、あわよくば自己を増やすことあわよくば長く繁栄すること。
そのためのもっとも重要な機能のひとつである。
生きるということを単純化し図示すると、始点から時間経過とともに未来に向けて伸びる一本の線となり、それを生きる基準線とする。
平衡感覚は、その基準線に自己がどうあるか、生きる基準に合っているかどうかを常に見張るはたらきをしている。
平衡感覚が失われるということは、基準線から(外れていない場合ももちろん)外れていることがわからなくなるということで、したがって基準線に戻るための手立てが失われるということで、すぐにではないとしてもいずれは基準線から離れてしまわざるをえない、ということである。


■2016-7/5

泥で泥を洗う


■2016-7/4

地獄、天国:あの世にある架空の、ではなく、この世に実在、混在している。それは外見からは判断しにくいが、生もののように匂いのようなものを発するので、気をつけていればどれがそれかわかる。人はおしなべて天国を好み地獄を嫌うとおもいがちだが、自ら進んで地獄に向かうことも往々にしてある。地獄に入らずんば天国を得ず、という説もあるように、人の欲は地獄、天国レベルを凌駕するのかもしれない。


■2016-7/3

心あたりがあるものしかみえない


■2016-7/2

だ だどもよ おら ひろしまから きただ


■2016-7/1

けだものだもの

くだものだもの
にんげんんげん


■2016-6/30

あるくと (頭の中の机の上でも紙束をトントン揃える)ととのうトントン


■2016-6/29

ほかのことを考えていると あっという間にそこに着く


[初めてだが梅干しを作ってみよう 09]
それからずっと別用に手こずりっぱなしでやっと赤紫蘇をバケツから引き上げたのはこの日の朝だった。
二日前には立っていた赤紫蘇はすっかりお辞儀して葉は乾きしなび緑に変色したのもあった。
赤も緑も一枚も残さぬよう葉をちぎり水洗いせずすぐに塩で揉んだアク?というものをなんとか絞り出した。
して漬け梅にぶちまけてやった。
それから容器を覆ってたビニール袋がやぶけて重し用スチール缶を漬け液に落としたがビニール取り替えるくらいしか手当のしようがなかった。
たぶん手際要領とても良くない一連作業だった未知のこといたしかたなし。
それから数時間経ち、いま透明容器の中紫蘇も安心したのか葉を広げている色素が溶けてこんな梅にも赤グラデーションが、ゆっくりと降りつつ、ある。


■2016-6/28

心を込める:相手のことを想像すること


■2016-6/27

ロボコップ直し:どこをどう直したか、はっきりわかるような直しかたのこと。金継ぎもその一種。元のものよりかえって丈夫になることもある。

傷の造作:ロボコップ直しをさらに展開し、直し跡、傷を表現の要素、素材として扱い、元のかたちの次元を超えて創作すること


[初めてだが梅干しを作ってみよう 08]
で、それから放置しっぱなしの梅干し、の途中、梅干し未満。
そうかこんなに日にちがかかるんだーとぼんやりしていた完全にぬかっていた。
!、突然目の前に赤紫蘇が出現した。
別用で偶然通りかかった市役所の前で農協がこの日だけの直売していた考える間もなかった赤紫蘇をつかんでいた。
ただこの日は別用に手こずっていて持ち帰った赤紫蘇を水を入れたバケツに放り込むことしかできなかった。


■2016-6/26
自給自くそ

自くそパズル


■2016-6/25
雨降りのついでにベランダ大掃除


■2016-6/24
胸が空く


■2016-6/23
優先順位:ひとは一度に多くのものごとを認識することはできるが、処理をするのは一つづつしかできず、じゃ、どれから始めるかということに慢性的に悩まされていること。自らの身体性を超えて溢れ出る想像力に起因する、と思われる。


■2016-6/22
工作:理由を積みかさねて一つのかたちにまとめること


■2016-6/20
落合郁雄プレミアム

落合プレミアム郁雄


■2016-6/19
宇宙空間から 毎朝この机にやってきては今日の予定をみる


■2016-6/17
ほこり積む梅雨のサッシに豆ひとつ 豆まきの豆鬼と残れり


■2016-6/16
テレビニュースの残酷ソファでみているなう ソーメンゆでつつ


■2016-6/14
生きもの:自己と他者を区別し、自律的に存在する。そのスタイルは、広大な宇宙を占める多くの単純物質の中では例外的である。他者よりいろんな物質を取り入れては化学変換し養分として吸収し、自己を保とうとする。機構的には複雑な水車のようでもある。


■2016-6/13
天気と状況と自分の生理 それぞれがうねっている


■2016-6/12
バリラ スパゲッティ 1.9mm 450g:
一袋446.4本入り、
1本は、ほぼ1g
1/4量117.5gの束の太さは、直径22mmちょうど


■2016-6/11
「それ」をしようとするだけで 「それ」のかたちがかわってくる


■2016-6/10
世界を自分をあきらめる


■2016-6/9
百泥繚乱


■2016-6/8
山あり山あり


■2016-6/7
晴れたり 曇ったり する


■2016-6/6
実際にやってみないとわからない


[初めてだが梅干しを作ってみよう 07]
アンズ煮、口触り改良のため、裏ごしして砂糖適量加え、再び煮る。
これでまー当面、西友の100円ジャムの代わりにはなるだろう。

冷蔵庫がないことで、生きものが生きものを食すこと、生きる×生きる、生きることの何やらがみえてきて興味深い。


■2016-6/5
屋根の下は雨が降らない


[初めてだが梅干しを作ってみよう 06]
で、問題は梅干しで、梅酢が少ないらしい。
容器の中の梅の実が約3段なのだが、2.5段のところからずっと増えない。
梅酢から実が頭半分出たまま。
けさ、放っておけなくなり、実を詰めなおしたり塩や水を足した。
カビは生えてなかったが、液体類は火を通した。
梅の実は、よく漬かってシワがよったものもあり、それは小動物の脳のようで可愛いい。
おれの口に入り成仏すること願うが、だめならだめで次に生かすし。


■2016-6/4
そうしないと自分の気持ちが落ち着かないから そうする


■2016-6/3
音楽のやうに


[初めてだが梅干しを作ってみよう 05]
朝一でアンズジャム情報をネットリサーチ。
傷と種を外すと、概算(計りがないので)1.3キロ。
上白糖少なめ400グラムまぶし、煮る。
うちの電熱コンロの特性と、焦げることを気にしたせいもあり、超弱火で2時間くらいかけた。
そうして、で、き、た、ものは、しゃぶしゃぶ過ぎてどうやらジャムとは言えない。
ただ、味見すると酸味が効いてうまい何やら、ではある。
色も悪くない。

午後、友だちん家に用がてら土産に小分け持参したら、そこの子ども、1歳2ヶ月が好んだ。
特にジャムを作りたかったというのでもなく、果実煮初体験としては、まーええじゃろ。


■2016-6/2
ただながれる時間


[初めてだが梅干しを作ってみよう 04]
それはとっても風の強い日で、まるでアイルランド(行ったことないけど)の暴風のようだった。
その数日前から、うちの(裏の大家さんの)アンズの木の実が膨れ上がってるのが気になってて、まずいな、と思っていたのだ。

結局、このアンズにも捕まってしまった。
実が落ちるときの、1階大家さんのプレハブ物置屋根にあたる音を聞きたくない。
すでに梅の実に捕まってたということもあり、梅とアンズは形が似てるということもあり、自炊生活が始まったこともあり、いま冷蔵庫がなくて保存食に興味が湧いていることもあり、なんとか手の棒の届くとこの実をもいだ。

自生、ほったらかしのアンズの実は傷だらけだった。
日暮れ時でエネルギーもつき、バケツの水に浸してきょうは終了。


■2016-6/1
テトリス:整理整頓の基礎訓練


■2016-5/31
人間ごっこ


■2016-5/30
自分を自分とおもう


■2016-5/29
テレビ番組「蜷川幸雄さんをしのんで〜100年インタビュースペシャル〜」

映画「ソナチネ」:死の池に浮かんだ生という小舟の話


■2016-5/28
よく見る:視点から視界までをなめらかに行ききしながら対象のすべてを受けとめること


■2016-5/27
美しい:心あたりがあるということ


■2016-5/26
初めて生きる


■2016-5/25
クライアントサーバシステムとは、コンピュータをサーバとクライアントに分け役割分担をして運用する仕組みのことです。
クライアントはサーバに対して「このデータを送ってほしい」という要求をし、それに対してサーバは要求されたデータを送る、といったことを行います。
LANにおける典型的なクライアントサーバシステムとしては、全員が共有しておきたいデータがおいてある「サーバ」があり、そこに一般のユーザーが使う「クライアント」が複数接続されている状態です。
(出:http://www.aibsc.jp/joho/otasuke_m/basic/08/02.html)

あなたはまだクライアントサーバの設定ができてないようです


■2016-5/24
道端デシカ 手に入れられないようなものがある

安酒のまずさはうまい

メガネをなくすと メガネをさがすメガネが必要になる


■2016-5/23
あるものはしかたない

あるものから考える

あるもので作る


■2016-5/22
足元の 地面をどけたら ここは空中

ア、ン、ダ、ン、テ(これに合わせて歩く)


■2016-5/21
頭部7%、胴体43%、上肢6.5%(上腕3.5%、前腕2.3%、掌・手指0.8%)、下肢18.5%(大腿11.6%、下腿5.3%、足首先1.8%) The A.S.P.E.N. Nutritional Support Practice Manual. ASPEN. U.S.A. 1998(出:http://www.nutri.co.jp/dic/ch1-6/keyword2.php)

ひどい二日酔いのときも身体は上手にラーメンを作る


■2016-5/20
空中では 羽ばたくことが静止することだ


■2016-5/19
脳:自分と自分を取り巻く環境の状態を情報として総合的に管理する。得られた情報を整理して自分存在についての最適解を求め、それに基づき各系統に指示を出す。
脳はきわめて事務的、論理的に情報処理をしているにすぎないと思われ、いわゆる心そのものではなく、心の一部ということなんじゃないかな、と思われる。
したがって脳の最適解とは違う行動になってしまうことが往々にしてある。


■2016-5/18
三半規管(さんはんきかん)は平衡感覚(回転加速度)を司る器官であり、内耳の前庭につながっている、半円形をしたチューブ状の3つの半規管の総称である。名前はその形状と数に由来する。ヒトを含む脊索動物のほとんどが半規管を3つ持っているため三半規管と呼ばれる(出:https://ja.wikipedia.org/wiki/三半規管)


[初めてだが梅干しを作ってみよう 03]
きのう何人もがうちに来て、大騒ぎが行われ、そして主だった家財も家人(今朝)も出て行った。
とても静かで落ち着いた空気。天気も快晴。
よし、梅ちゃん日和だ。

実をもいでから5日、ぼやぼやしてるうちに、なんと「梅みどり」ではなくなって、黄色っぽくなっていた。
ん?熟した?
まー、なんとかヘタをとり、塩をし、重しをした。
梅実(約900グラム)にたいして、レシピでは塩15パーセント(135グラム)とあったところ、秤がないことも手伝いどうやら250グラムを投入してしまった、らしい。
ま、しかたなし、殺菌効果が強まるからよしとする。


■2016-5/17
[初めてだが梅干しを作ってみよう 02]
ネット情報によると、そのままほうっておくと実の熟しが進むらしい、梅干し作りに不都合でもないらしいので、まずは放置だ。

2日くらいして梅の実を覗くと、実の傷が腫れたようになったやつも1割ほど散見されたので、そいつたちを英断?を持って廃棄し、残りを適当な容器に移し、水を張った。
腐敗が進まぬよう日に一度水を変えた。

そうしてる間に、家人引越しの日が来た。
結局その手伝いをするはめにもなり、梅干し予定がまた伸びた。
自家用車の助手席に避難させておいた梅ちゃんたち、元気でいるだろうか。


■2016-5/16
1・「気になる項目」を頭から出す
2・紙上に置き言葉化する
3・その中から取り分けた「するべき項目」は 日光を当て風を通す
4・時間を置きしばらく眺めていると やがて「するべき項目」の気化成分が発生し空中を漂い身体表面を撫ではじめる
5・運動するなどして身体をほぐし 「するべき項目」が無理なく身体吸収されるのを促す
6・「するべき項目」以外の「気になる項目」は とくに作為せずとも自動的に身体吸収される


■2016-5/15
科学:きちんとした経験則

収斂進化:クラスの法則


■2016-5/14
生物進化は増築(出:放送大学の生態学?名物講義)


■2016-5/13
おれの方舟

ウゴウゴルール:動きやすいものと動きにくいものの法則


[初めてだが梅干しを作ってみよう 01]
用事で山の家に来て、その用事も済んでさあ帰ろうとした朝、庭の見回りをしていると通行の邪魔をする垂れた梅の枝に実がなっているのを見つけてしまう。
木の実が熟れて鳥にも喰われず自然落下することの無残を少々感じていたので、10秒ほど考え、梅の実を持ち帰ることにした。
とはいえ慣れぬ用事だったこともあり、ぎっくり腰の予兆、それにはまってしまわぬよう気を払いつつ、脚立を使うなどもってのほか、手に届く範囲の実をもぐことで勘弁してもらった。
梅の木を何年も手入れをしてないせいもあるだろう実の大きささまざま、小は1.5センチから大は3センチ、両手のひらからこぼれ落ちるくらいの量、色はだいたい一様「梅みどり」とでも名付けたいきれいな色だ。

その日東京に帰って、家人にさっそく見せてみたが顔色はそんなに変わらなかった。
家人、現在梅の実どころじゃなく、人生の転換期とも思われる引越しを数日後に控えている。
梅の実をざっと見て、「うーん、梅酒かな、梅干しにするには青いね。」とのたまわる。
おれ、アルコール類好物だが、料理酒やら梅酒やら甘さが苦手で、すぐに梅干しの方に気持ちが向いた。
インターネット上で青梅での梅干しレシピを見つけた、ありがてーこった。
というわけで、そんなに前向きでもなく失敗しても構わない実験の気分で、[初めてだが梅干しを作ってみよう]とあいなった。


■2016-5/9
手が取れて片方1本になるより手が生えてきて3本になるほうがグロテスクだと思う

ここが天国だ(出:Nスペ大アマゾン第2集2016-5/8放送)


■2016-5/8
超低空飛行 低空低速すぎて足が地面につきそうついでに歩く

耐震性美術

耐震性音楽


■2016-5/7
その暗がり 出しの効いた隠し味


■2016-5/6
「人間が作業する部分に誤りがあった。それを検出できなかった我々の全体のシステムにより大きな問題があった」
JAXAの常田佐久・宇宙科学研究所長のコメント(出:2016-4/28朝日新聞)


■2016-5/5
おれの多細胞

おれの生体反応

おれの生体組織

おれの138億年

おれの宇宙


■2016-5/4
おれらはデバイス


■2016-5/3
わからないことをわかる

わからないから書く

わからないと清書して床の間

わからないときはからだにきいてみる

そもそもがわからない わからないの海 平泳ぎで


■2016-3/26
カイツブリの塔イベント
[生きることの観測所〜ウチの場合。山の家など、そして神戸。〜]

この世もこのドリンクバーもセルフサービスです

えー、最後の曲になりました。
これから約5分間セカココくんが名古屋テレビ塔をジャックします。
無駄な抵抗はやめて、セカココくんにリンクしてください。
じゃ次は武道館で会いましょう。


■2015-12/28
オリヂナル・カレンダ2016アップしました。
えー、このたびはたいへんながらくお待たせしました。


■2015-5/13
家人より、洗濯機水槽にゴミ出現との訴え。
2004年式ゆえ経年による洗濯機本体付着のゴミと推測。
ネット上に多くの分解掃除情報あり。
えー、水槽底の羽、パルセーターなるものを外し、その裏が「(家人曰く)じゃがいもの皮」様のゴミ巣窟であること確認。
ここを掃除して、一件落着。
5月の、台風一過のよく晴れ上がったのどかな平穏な日常に無事帰還。


■2015-4/5
当事者研究

当事者(三省堂 大辞林)
その事に直接関係のある人。

落合当事者


■2015-3/18
イン多くアウト少なし これバランスわるし
心的便秘なり
頭やすめんとしばしコーヒー控えんとす


■2015-3/16
春のもようがえなど


■2014-12/12
オリヂナル・カレンダ2015アップしました。






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