2002年5月下

●2002年5月31日(金)

病院へ検査に行くスイセイに朝ごはんを支度するので、ちょっと早起きしました。
天気予報は大幅にはずれて快晴の青空。洗濯やら掃除やら、床にワックスまでかけた。
雑巾がけをしながら、ふと思う。私は今まで自分のやりたいことだけをやるのが良いと思ってやってきたが、ふと、反動というか反作用ということについて思いついた。
何か、やりたいことと関係のないことをたまにぼそっとやったりする時って、その時にはたいして気がついてないけど、しばらくしてからその反動のようなものがやってきて、やりたいことがひときわ際立ってくることってある。幸せだって、しんどいのがあるからそう感じるわけだし...などと、つらつら考えた。
相乗効果っていうのもあるしなあ。ちょっと違うけど、まあ同じようなもんだろうと雑巾をしぼりながら鏡を見ると、目の下がたるんでいる。死んだ父も目の下のたるみが大きい人だったなあと思い出す。
何もない大テーブルに白い紙を置き、本についてのアイデアをどんどん書き出す。
何かを始める時、掃除をしてからやるという癖が私にはあるようだ。
夜ごはんは、とろろ芋、トマト、春菊の煮浸し、鯵の開き、鮪の中落ち、らっきょう、玉ねぎのみそ汁、玄米。

●2002年5月30日(木)

自分の出ているテレビを今朝入れたのを見ようと思い、りうの部屋でビデオを巻き戻したら、テープがからまって切ってしまった。くーー、まだ見てないのにー。と泣きたい気持ちでスイセイが寝ている部屋に行き、べたべたと甘えて起こしてしまった。「あとで直してやるけえ。」と、やさしいスイセイだ。
どうやって直すのだろう、そんな魔法みたいなことができるのだろうかと思っていたら、セロテープを貼ってつなげるのだそうだ。そんな原始的な...。
机の下に、終わった仕事のいらなくなった書類を何でもつっこんである箱があるのだが、それを整理してたくさん捨てた。そして、次の撮影のメニューをぽわんと考えているうちにもう晩ご飯の時間。
かじきまぐろのフライと千切りキャベツ、なすとコンニャクのピリ辛炒め、小松菜とオクラのからし和え、大根ときゅうりの梅酢和え、わかめと麩のみそ汁、玄米。コンニャクの新しい切り方を発見した。スプーンでコロコロにちぎるのはよくやっていたが、薄めのちょっと大きめに削いでいく感じ。そうやると火が通りやすく味も染みやすいのだ。
それにしても、スイセイがやさしかったので、サービスしていろいろ作りすぎた。
今夜の NHKの「人間ドキュメント」は、リストラされたおじさんたちが、串焼き屋を裸一貫で始めるというドキュメントだった。始まりの音楽がかかって、まだ番組の予告が流れている所なのに、もうすでに涙が出てきた。パブロフの犬のように。私はテレビはあまり見ないけど、これだけは毎週たのしみに見ているのです。音楽がまた良くて、ほとんど毎週泣かされる。木曜日は泣きながら晩ご飯をスイセイと食べるのが日課です。
キャベツの千切りを大量に切りすぎたので、夜中にスイセイがおやつで食べられるように、玉ねぎドレッシングを作っていたら、りうが起きてきて、玉ねぎをおろしながら泣いている私に、「しみるかいー。」となまいきを言う。確かに、人生が染みる今日このごろだ。
玉ねぎドレッシングは酢油のようなのを作りたかった。居酒屋のキヤベツサラダにかかっているような。
玉ねぎ半分をすりおろして、米酢、塩、しょうゆちょっと、からし、胡椒を入れてよく混ぜ、サラダ油を加え混ぜるだけ。
酢と油は3対1くらいの割りだろうか。おいしくできました。

●2002年5月29日(水)

飲みすぎて泊まってしまい、朝帰りでした。
まだ酔っぱらっている感じで、ふらふらと帰って来ました。
帰ってからちょっと仮眠して、渋谷で打ち合わせ。
今朝歩いた道を5時間後くらいにまた歩いていて、ちょっとくらっとした。デジャブーのような感じになった。
丹治さんは水色の細かいギンガムチェックのボタンダウンで、いつもながら文学青年チックでかわいらしい。赤澤さんは濃いピンクのギンガムチェックの小さいブラウスで女子大生のよう。でも、「なんかさー金魚みたい。」と、みどりちゃんにつっこまれていた。
朝帰りのわりには元気に打ち合わせができた。
終わってからみどりちゃんは「ニョッキ教室」に行くし、赤澤さんも丹治さんも仕事が残っているそうなので、夕方のまだ明るいうちに爽やかに帰って来ました。
特に飲みたかったわけではないけど、皆に会うと、つい「ビールでもちょっと飲んでく?」と誘いたくなってしまうのだ。
丹治さんはアルタイ共和国に行くのだそうな。ホーミー大会があるんだと。去年私も見たボロットさんに会いに行くんだそうだ。あの、男前の真の人格者っぽいボロットさんだ。
くーー、うらやましい。私も行きたいーと甘えてみたが、そりゃあ無理な話だ。
ボロットさんの倍音を目をつぶって聞いていた時、アルタイの草原でこの声が聞けたら、私の体はどんなことになってしまうだろうと思っていた。だけど、いつかきっと行こう。
晩ご飯は、ぶりの刺し身、ゴーヤと小松菜と豚肉のチャンプル、めかぶ、焼きナス、あさりの潮汁。

●2002年5月28日(火)

原君宅にご飯を作りに行った。つもりが、今日は全部作ってもらうことに。
私は居間でおかあさんとテレビを見て笑っていただけだ。今日の「はぐれ刑事純情派」は北国の話だった。バックで「雪の降る街よ」が流れ始めたら、おかあさんは歌っていた。最後の「ほほえみー」のところではしっかりしたソプラノで。
そこに1品ずつ出てくるのだ。コースみたいに。話には聞いていたが、私はいつも得意がって作ってやってばかりいたから、初めての体験だった。
まず、夕方のおやつで「自家製コーヒーアイス」。小さいココットに、ひとり分ずつ凍らせてある。「自家製ったって、売ってるアイスにインスタントコーヒー混ぜて、アーモンドとカルーアがちょっと入ってるだけだよ。カルーアいっぱい入れると固まんなくなっちやうからちょっとにしたんだ。アイスもね、ハーゲンダッツのじゃなくてカップの安いのの方がおいしんだよ。」
原君というのは、主婦レベルに料理が上手く詳しい男です。時々細かくて、もう!と思うほど。
そして、「アスパラとカマンベールチーズのおろし和え」。おろしの中に天かすを潜ませているのがミソ。
「牛肉のゴマ和えサラダ」。黄色ピーマンとみょうがときゅうりと万能ネギが入っていて、ゴマペーストを梅酒でのばして卵黄を混ぜてあるそうだ。「卵黄がミソね。」と言っていたが、梅酒というのも、うーんちょっと考えつかないぞ。けど、梅酒の味が立ってなくてほのかに甘めでこくがあり、汁まで飲んでしまうおいしさだった。
次は玉ねぎ3個を炒めて入れた「豆のポタージュスープ」。ちゃんとミキサーでなめらかにしてあって、しかも冷たくして出てきた。
そして最後の締めは、「帆立の刺し身茶漬け」。わさびでなく、しょうがなところがいい。青じそもしょうがも、これでもかというくらいに細い千切り。
デザートは、私が焼いてきたバターケーキだ。
しかも失敗作。高校生の女子が初めて焼いたような味。卵を1個多く入れ過ぎたのだ。
久しぶりに会ったおかあさんは、ご飯をこぼしてもいいように首のところにふきんをかけて、ゆるんだ表情のまま上目遣いにテレビをじっと見ている顔が、童女のようだった。高野文子の「田辺のつる」を思い出しました。かと思うと、私の方に首を回して微笑む、その表情が艶っぽい。おかあさんは昔旅館をやっていたから、お客さん向けの笑顔というのが板についている。華が咲いたようなそういう笑顔だ。

●2002年5月27日(月)

鍼に行って来ました。
左の背中にいつもよりたくさん鍼を打って、時間もたっぷりやってくれた気がする。
泳いだ後みたいにだるく、ぽやーっと眠くなって、帰り道自転車をこぎながら、最近の考えがふっとまとまった。
このところ私は生活習慣ががらっと変わったので、感じ方というか今まで考えてもみなかった様なことを思うようになった。
ただ単に暇な時間が増えたからなのかと思っていたけれど、それはきっとこうだ。
たとえば風邪をひいたりすると、テキメンに気持ちがふさいだり、弱気になったりする。調子が良い時は気持ちも明るく元気。
体の具合と気持ちはくっついたものだから、今、私の体は今までとすごく違い始めているのかもしれない。体の使い方というか境遇が変わったのだから当然のことだろう。
そしてもしかしたら前から無意識に感じてきていたことが、どんどん表面に出てきたという感じもある。
八百屋さんで赤みず(東北の山菜)が出ていたので買った。
レジのおばちゃんに茹で方を聞いたら、皮のむき方から教えてくれた。
ふきの様な茎の根元をぽきんと折りながら、ツーッと皮をむいてゆく方法だ。そうやれば包丁など使わなくてもできる。
農家のおばあちゃんが伝えたやり方にちがいない。
縁側で、茶を飲みながら延々とやるのだろう。
レジのおばちゃんは、「ちょっとめんどうだけどね、やってみて。おいしいーんだから。」と、私が買ったことを喜んでいるように言った。
秩父のしいたけが、自然食の店で安く売っていたのも少し買った。
ぷりっと堅く、かさの裏が真っ白な肉厚のしいたけを眺めながら、今夜これをどうやって食べようかね、と思いあぐねる。
そういう普通の日々だ。

●2002年5月26日(日)

クウクウで私が注意したり怒ったりすることを、誰も聞いてくれないという夢をみた。おしゃべりを止めてくれと言っても、それが通じない。そういう時に私は、料理にちゃんと向き合えないからおしゃべりを止めてと注意するのだが(現実でも)、実は、そんなにもっともらしい理由で怒っているのではなく、「私の台所でおしゃべりなんかしないでくれ」というような傲慢な気持ちだったことが、その夢をみて分かった。
なんとなく暗い気持ちのままクウクウに行って働きました。
忙しかった。暑さのせいか途中で眩暈がした。
帰ってから風呂に浸かって、窓を開けてストレッチを念入りにした。
空の真ん中に、ちょうど真っ正面に、おぼんのような満月が。
そういえば、おととい西荻まで歩いていた時、自転車の前と後ろに子供を乗せ、買い物袋をハンドルにいっぱいぶら下げたお母さんが、「あーっ、ほら。まーたー出ーたーつーきーがー」と歌いながら、自転車をこいでいるのを見た。

●2002年5月25日(土)

夕方4時半くらいが、鳥たちの天国だ。
ベランダの向こうの木に、あちこちからいろんな鳥が飛んで来て、思い思いに鳴いたり、くるりと回ったり、羽をなめたり(つついたり)している。オナガは体は美しいが、声はきれいとは言えない。茶色のむくっとした鳥は、わりときれいな声で鳴く。
「ン、ツクピイーツクピイー」と、鳴き始めが途中からっぽい鳥は何というのだろう。
頭が黒くて胴体が白い、すずめよりも少し大きい鳥だ。体は小さいのに、高く澄んでよく通る声。もしかしてシジュウカラか?
コマーシャルの仕事は断りました。
ふだん忙しく立ち働いていてくたびれているけれど、私にはその化粧品があるからだいじょうぶ。とか、忙しいけど、お客さんがおいしいって言ってくれると疲れが吹き飛ぶんですとか、そういうステレオタイプの言い回しを言わされそうな、なんとなくそういうコマーシャルだったので。そうじゃないだろ!と、私はつねづね思っているので。
夕方、久しぶりに商店街に行った。このところ夜10時までやっているスーパーばかり行っていたので、八百屋にて、その安さとぶりぶり野菜の姿に圧倒され、ガンガン買ってしまった。泥らっきょうまで買った。漬けるんかー?と思いながら。
漬けました。塩らっきょう。
夜、窓をいっぱいに開けて、新聞紙を広げて、根っこを切り落としてゆく作業。隣でスイセイがくだらないテレビを見ながら寝ころんでいる。クウクウでは毎年漬けていたけれど、あんなに大量でなく、家族のために1キロくらいのらっきょうを漬けるのって、考えてみたら初めてだ。
夜ごはんは、試作。
豚のさくさく焼きと野菜の甘酢漬け。それから、じゃが芋と青じそのみそ汁、めかぶ、切り干し大根の煮たの。
スーパーでなく、やはり商店街に行くようにしようと心に決める。最近クウクウの仕入れもしなくなったので、野菜の旬が、私はちょっと分からなくなっていた。恐ろしいことだ。

●2002年5月24日(金)

本澤さんから「高山さんお仕事ですよー」の電話で起きました。
「やるーやるー!」とねぼけながらも即答した。
ありがたいことです。
本澤さんは飲み友だちでもあるが、バリバリの編集者でもあるのです。
油揚げとにんじんと豚肉、干ししいたけをバリバリ砕いて炊き込みご飯にした。薄口しょうゆとナンプラーと酒と太白ごま油で。浸水時間もなく、すぐにスイッチオン。
厳密に30分など漬けなくたってだいじょうぶだ。
そして、和風でもなんでも炊込みごはんにはナンプラーを入れてしまう私。
それを夕方ささっと食べて、スイセイと「ごはんや」さんじゃなかった、「ごはんや」の朝ちゃんの弟さんが今は引き継いでいるお店「のらぼう」へ。西荻なので、てくてくと歩きながら行きました。
歩きながら、昨日も飲んでしまったし、「私こんなに暇でいいのかなあ?」と、最近の不安をスイセイにぶつけると、「ええんで。」「あのの、少なくとも半年はそうやってゆっくり休んだらええ。」という答え。
昨日もマスターに「みいはずっと忙しかったんだから、ゆっくり休んだらいいよ。」とやさしく言われたが、ほんとに良いのだろうか。
「のらぼう」では里帰りした朝ちゃんが待っていた。
お腹がぽっこりふくらんでいる。6ヶ月だそうだ。
あの、がんばり屋さんの朝ちゃんが、少しだけ陽に焼けて、ほのぼのしたやわらかい顔になっていた。とちゅうから西荻のクッキー屋「がちまいや」さんの夫婦も参加して、朝ちゃんを囲む会になった。
なんとなく、忙しいのをがんばることばかりが良いのではないというような話をそれぞれがしていて、それが今夜のテーマになった。
そんなにしょっちゅう会うような人たちではないのに、ここ3ヶ月くらいの間に、それぞれ同じようなことを考えていたことが不思議でした。
そういえば、この間も変な夢をみた。
自分が誰か知らない若い女の子になっている夢だ。性格もまったく違う風になっているのに、その子の魂?の中には私が変わらずにいるという夢。
生活パターンが変わって自由な時間がたくさんあると、夢も思ってもいないようなおおらかなのを、よくみるのかもしれない。
クウクウで働いている夢だとか、わりと現実的なのを前はよくみていたような気がする。
夢の中で、すでに疲れてしまうような夢だ。

●2002年5月23日(木)

クウクウに次のらっきょうを漬けに行く。
洗っても落ちないらっきょうくさい手のまま、電車に乗ってマスターの展覧会に。
メキシコに住んで銀細工を作っている「くにおちゃん」というおじさんとのふたり展だ。
そこでテキーラを1杯ごちそうになり、梅干しの12年ものというのを食べた。
なぜか梅酢がゼリー状になっていて、梅はじっとりと練れ、塩が熟れていて和菓子のようにおいしいものだった。
「くにおちゃん」と、ギャラリーのオーナーの鳥井さんがふたりして「しょうちやんが元気がないから」と、マスターのことを心配していた。
50過ぎた男ふたりが声を合わせてだ。
「カルマ」に行くというのでついて行く。
コージさんと明美ちゃんたちがいた。
コージさんは自分のバッグからCDを取り出してはいろいろかけている。
メキシコのブラスバンドのような曲。いかにも広場で演奏していそうなおおらかで荒々しい空気。あんまりよく知らない人々に混ざって飲んでいるうちに、それでも皆が「くにおちゃん」のことを大好きだというのがよく分かった。そのことだけで私は気持ち良くなってしまい、酔っぱらって、マスターと手に手をとって終電で帰って来た。
帰ってから、かなり酔っぱらっているくせに、ゴーヤチャーハンを作り、火傷した。
酔っぱらって料理をするのは楽しい。豪快さが増す。
スイセイに食べさせるためだが、何か作りたいから無理やり作って食べてもらったという感じだった。

●2002年5月22日(水)

そういえば、あのきれいな鳥は「オナガ」というそうです。
2日続けてパンくずを置いていたら、2日目には5羽くらいやってきました。そして3日目には置くのを忘れてしまい、鳴き声で目が覚めてカーテンの隙間から覗くと、やっぱり5羽くらい来ていた。
うわーっと、申し訳ない気持ちになり、もう半端な餌付けはやめることにしました。遠くで眺めているくらいが私にはちょうど良いのだ。パンだっていつもあるとは限らないし、旅行にも行くこともあるのだから。
晩ご飯は、かますの干物、小松菜と油揚げの煮浸し、たこの刺し身、トマト、なすの油焼き、キャベツのみそ汁。
スイセイはたこばかり食べて玄米を残していた。ダイエット中なのだそうだ。
「昔の俺だったら、みそ汁をぶっかけて食べてたけどの」と、自分のことを褒めながら、ラップをかぶせていた。
夜中に「ブレードランナー」をひとりで見る。
スイセイも部屋で見ているだろうと思いながら。

●2002年5月21日(火)

新メニューのまとめと、日曜日に漬けたらっきょうの様子を見るためにクウクウへ。
ドリンクとデザートの新メニューは、ホールの子たちが自主的に開発することになっている。ヤノ君がモロッコミントティーを試作していた。本式に抹茶を立ててミントを浮かべ、底のところに角砂糖を沈めたらどうかとか、砂糖をかじりながら飲むのってどうかなどと、皆で相談している。
私はカウンターに座り、皆の声や空気を味わっているうちにひっそりと楽しくなってきてしまい、飲む大勢に。早番を終えたユミちやんと彼氏の大ちゃんの間に割り込んで、けっきょく終電間際まで飲んでしまいました。
ハモニカ横丁の、あこがれの「スモールライト」で。


日々ごはんへ  めにうへ