2018年     めにうへ

●2018年9月22日(土)曇りのち晴れ

朝は灰色の雲が、空の上の方にたれこめていたけれど、強い風に吹き飛ばされたんだろう。
とってもいい天気。
遠くの方の海が、きらきらしている。
景色もなんだかくっきり。
大阪の街の向こうにある山並みまで見える。
さっき、つよしさんがいらっしゃった。
こうして私が日記を書いている後ろで、絵本一冊分の絵を床に並べてくださっている。
これを書いたら、新しい絵が見られる。
なんて、ぜいたくなことだろう。
つよしさんの絵は、さらにまた素晴らしいことになっていた。
打ち合わせのあとで、ちょっと早めの立ち呑み会。
メニューは、人参の塩もみサラダ(ごま油、スダチ)、人参塩もみとごぼうのきんぴら(柚子こしょう風味)、かぶのひと蒸し(手作りマヨネーズかけ)、かぶの葉のひと蒸し(お皿に残ったマヨネーズ&ポン酢醤油)、北海道のいろいろじゃがいもオイル焼き(セイロで蒸したのを皮ごと乱切りにし、なたね油、にんにく。器に盛ってペコリーノチーズを擂り下ろし)、あるものグラタン(大豆、ソーセージ、かぶ、かぶの葉)。
8時半くらいにお開きとなり、坂の途中までお見送り。
月夜の道をふたりで歩いた。
ゴーゴーと音がして、近くで川が流れているのかと思いきや、木が風で揺れているのだった。
隣の木も、その隣の木も身をよじらせながら、波立つように連動し、葉っぱの1枚1枚がうごめいている。
静かな静かな動きなので、音が聴こえなくなる。
秘められたうごめき。
ああ、この感じ。
東京にいたころは、酔っぱらうと道路に寝っころがって、いつまでも見上げていた。
木々のうごめきは、身体のうごめきとだぶるので、木と自分が見えない糸でつながっている感じ。
というか、自分の中身が木の方に流れていってしまいそうになる。
そんなのを見たからか、おかしな夢をみた。
つよしさんは帰ったのに、私の部屋にはまだつよしさんがいた。
しかも、つよしさんはふたりに分裂していた。
同じ顔つき、同じ体つき、同じ声のつよしさん。
私は、ふたりのつよしさんの間に挟まれ、川の字になって寝ていた。
へんな夢。

●2018年9月20日(木)雨

静かな雨。
窓の外は白く、停泊している船が1槽、霧のなかにぼんやり見える。
山口からは、おとつい帰ってきた。
とってもいいところだった。
大きな道路を車で走っていても、街を歩いていても、小高い緑の山々がいつも見えた。
清い流れの川もあった。
高い建物は見当たらず、空が近くて大きい。
「ブックストアー松」という本屋さんのある建物は、以前は洋裁学校だったそうで、なんだか懐かしい感じのするところだった。
玄関を入るなり、「高山さーーーん!」と叫びながら、あっちゃんが駆け寄ってきて、抱きつかれた。
「ずっと、ずっと、会いたかったんですー」と涙ぐんでいる。
私ももらい泣き。
あっちゃんは「クウクウ」にいたころと、ちっとも変わらない。
とても元気そうだった。
私の方では6年ぶりくらいな感じがしていたのだけど、数えてみたら15年ぶりに会ったのだそう。
そのあとで、踊り場のある階段を上った。
2階の洋服屋さんもとても素敵だったな。
私は、ひと目見て気に入ってしまった、肌触りのいい薄手の赤いニットを買った。
トークショーが終わり、サイン会もぶじ終わって、カフェでお楽しみ会。
「クウクウ」で出していた料理を、あっちゃん風にアレンジしたような、懐かしい香りのごちそうの数々。
どれもおいしかったなあ。
二日目はよく晴れたので、真っ青な空に白い鱗雲。
「ブックストアー松」の松富さんとあっちゃんが、あちこち案内してくれた。
桜並木の川沿いを歩いていたとき、太陽が近くて夏が戻ってきたみたいだった。
きのうは、山口でのことを反芻しながら、一日中ぼんやりしていた。
あっちゃんの周りには、いい仲間たちがいるな。
とくに、女の人の結束力を感じた。
風通しのいい広々とした建物には、いつもどこからか笑い声が聴こえていて。
なんか、朗らかな感じ。
山口という土地が、そうなのだろうか。
ふだんほとんど家にひとりで過ごしている私には、眩しいような時間だった。

今日は、原稿の校正を2本やってファックスしたり、台所を掃除したり。
夕方、ひとときだけ雨が上がった。
水気をたっぷり含んだ空気がみずみずしい。
まだ5時前だけど、遠くの方からオレンジの灯りがつきはじめている。
しばらくして、また雨。
海は霧に覆われ、あっという間に白くなった。
けれど、雨のなか、鳥が鳴いている。
夜ごはんは、ラーメン(白菜入りの醤油スープ。麺を半分だけにし、ワンタンのかわりに冷凍しておいた餃子をゆで、のせた。トッピングはコーン、ワカメ、ゆで卵、ねぎ)。

●2018年9月17日(月)曇り

6時前に起きたら、日の出を見ることができた。
今朝のはなんとなく、ひかえめなオレンジ色。
そのあとですぐ雲に隠れてしまった。
きのうは6時ちょうどに起きたので、さっき上ったばかりみたいな太陽がバーンと輝いていた。
今日は、お昼の新幹線で山口へ。
山口市にある「ブックストアー松」という本屋さんで、『帰ってきた日々ごはん4』のトークイベントがある。
隣接したカフェでは、あっちゃんが働いているらしい。
あっちゃんは「クウクウ」の厨房仲間。
何年ぶりに会えるのだろう。
昔、「クウクウ」の賄いに、あっちゃんが塩サバを買ってきて焼いてくれた。
けっこう頻繁に焼いてくれたので、郷里の山口の名産なんだろうと私は思い、いつだったかの『日々ごはん』に書いたような気がする。
塩サバ、おいしそうなのをみつけたら、買って帰ろう。
あちこち掃除機をかけた。
出掛ける前に掃除をしておくと、帰ってから気持ちがいいので。
これは、みどりちゃんに教わったこと。
空は白く薄陽が射している。
海は、とても静か。
水位も低いように見える。
蒸し暑く、ちょっとだけ夏が戻ってきたような日。
秋の虫に混ざって、ツクツクボウシが1匹鳴いている。
でもすぐに力つき、しーんとなる。
11時くらいに坂を下り、バスで新神戸駅へ向かおう。
アノニマの村上さんとは、新幹線のなかで落ち合う予定。
山口ははじめて。
どんなところだろう。
あれ? 昔、高校生のときに修学旅行で萩とか津和野に行ったような。
どうだったっけ。
もう、忘れてしまった。

●2018年9月15日(土)曇り

7時に起きた。
曇っていても、洗濯をする。
生乾きの匂いのするランニングをゆうべみつけた。
それでひと晩、物干に吊るしておいた。
朝、ボウルに湯を沸かして火にかけ、煮沸消毒をしてから洗濯したら、まったく匂いがしなくなった。
それがとても嬉しい。
今朝もまた、感想文の続き。
ゆうべ寝ながら、どうしても気になっていたところを直す。
さて、料理本のことをしなければ。
今日は暑いのかな、肌寒いのかな。
袖なしのワンピースを着ているのだけど、薄物を羽織ったり、暑くなって脱いだり。
2階の窓を開けて深呼吸。
窓辺に立たないと分からないのだけど、かすかに蝉の声がする。
締め切りはずいぶん先なのだけど、編集さんに感想文をお送りした。
夜ごはんは、ポークソテー(にんにく、バルサミコ酢、醤油、大根おろしのせ)、ポテトサラダ、茄子の田舎煮(たて半分に切った茄子に細かく切り目を入れ、ごま油で炒め、だし汁、酒、きび砂糖、醤油で煮た)、五目豆、ご飯。

●2018年9月14日(金)霧雨のち一時晴れ、のち曇り

朝、紙ゴミを出しにいくとき雨が降っていた。
霧雨のような細かな雨。
目をこらさないと、見えないくらいの。
朝ごはんを食べ、いま、こうして日記を書いているうちに、ぐんぐん明るくなってきた。
今日は、ひさしぶりに晴れるのかな。
長いこと、日記を書くのを忘れていた。
何をしていたかというと、『博士の愛した数式』をずっと読んでいた。
月曜日に本屋さんに買いにいってから、ずっと。
火曜日はテレビの打ち合わせがあったので、読まなかった。
『博士の愛した数式』の感想文を書く仕事をいただいたのだけど、書けるかどうか分からなくて……でも、とにかく読んでみることにした。
静かな静かな世界で、すっかりはまり込んでしまった。
毎晩、寝る前に読むのだけど、朝起きてまた、いちばんはじめから読んだり。
でも、原稿はまだ、書けるかどうか分からなくて。
2周半読んだところで、ようやく書けそうな気がしてきたので、きのうからはじめた。
夜ごはんを食べ終わってからも、まだパソコンに向かって書いていた。
そして、寝る前にまたはじめから読んだ。
ひさしぶりに晴れ間が出たので、あちこちひさしぶりに掃除機をかけた。
やっぱり天気がいいと、新しい気持ちになる。
そうだ。
テレビの打ち合わせの日、ディスカッションが終わって、ちょっとしたものを作ろうと台所に立ったら、ディレクターさんに「高山さん、ミュージシャンがステージに立ったみたいですね」と言われた。
はじめてそんなことを言われたので、びっくりした。
打ち合わせのときにはゆっくり話していた人が、台所に立ったとたんシャキッとして、動きに迷いがないということらしい。
そうなんだ。私って。
さあ、お昼ごはんを食べたら、また感想文に向かおう。
締め切りはまだ先だけど、いいところまできている感じがする。
朝から大豆をゆでているのだけど、なかなかやわらかくならない。
きっと、去年の秋に採れたものだからだ。
うちの乾物入れのなかで、夏の暑さを越したわけだから、そりゃあ乾燥も進むだろう。
3時くらいに、どうやら書けたもよう。
郵便局に用事があったので、坂を下りてパン屋さんと「コープさん」へ。
行きと帰りと、神社でお参りした。
帰りの坂道は、けっこう楽に上れた。
荷物が少ないせいもあるけれど、涼しくなってきたからだ。
最後の急坂で、のろのろ上っている小学生を追い抜かしてしまったくらい。
玄関のところで帰り支度をしていた管理人さんにバッタリ会った。
「おかえり」と声をかけられた。
「り」だけ高い音。
小さい子どもに言うみたいに。
じんとした。
お昼にササミカツを揚げ焼きして食べたので、夜は軽めに。
夜ごはんは、五目豆(ごぼう、干し椎茸、にんじん、コンニャク、大豆)、ポテトサラダ(おとつい作った)、白菜と人参の塩もみ(らっきょうの漬け汁、いりごま)、明太子、卵かけご飯。

●2018年9月10日(月)

まっすぐ降り注ぐ雨のなか、ツバメが飛んでいる。
白く広々とした空を、大きく大きく旋回しながら。
数えたら6羽。
雨はけっこう降っているのに、とても気持ちよさそう。
ツーーーーーと飛んで、ときどき小刻みにパタパタと羽ばたくのは、雨の滴を落としているのかな。
ツバメは雨が好きなのかも。
前にも雨の日に、電線に並んで濡れそぼっていたときがあった。
「気ぬけごはん」の仕上げをお送りしたので、きのうから再開した絵本のことをやる。
これは、神戸に越してきたばかりのころに書いていたお話。
長ったらしく頭でっかちだったのを、すーっとした話にしたくて。
朝の紅茶に牛乳を加え、沸かした。
夏のあいだには冷たい牛乳と氷を加えていたけれど、温かい飲み物が似合う季節になったのだな。
「気ぬけごはん」を仕上げてお送りしたら、外が明るくなってきた。
雨上がり、窓の外がターナーの絵みたいになっている。
午後になって、空がどんどん明るくなってきた。
風がとても強い。
たまらなくなって坂を下りる。
ひさしぶりにあちこち買い物。
まず、お花屋さんへ。
欲しい植物の目星をつけ、六甲駅の本屋さんで『博士の愛した数式』を買った。
電車に乗って西宮北口のドイツの布のお店、ワイン屋さん。
六甲に戻ってきて、スーパーで買い物。
そして、お花屋さん。
夜ごはんは、焼き餃子(つよしさんと作って冷凍しておいたもの)、ツルムラサキと豚バラ肉の炒め物、だし昆布入りひじき煮、ご飯。

●2018年9月9日(日)曇りのち雨

7時前に起きた。
ぐっすり眠って、夢もたくさんみた。
カーテンを開けると、うっすらと晴れている。
朝、お風呂にお湯をためようとしたら、玄関の方がやけに賑やか。
小鳥が近くまできて鳴いているのかなと思い、ドアを開けると、蝉だった。
「ツクツクボウシツクツクボーシ、ツクツクツクツクヅクヅクヅク」
声を張り上げ鳴いている。
遅生まれのツクツクボウシが、張り切って鳴いている。
たぶん、どんぐりの木にいるんだろうけど、目をこらしても見えない。
夏のあいだ青かったどんぐりの実は、茶色いすじが薄く入ってきている。
天気予報によると、今日も雨降りだそうだけど、雲の間から薄陽が射している。
遠くの空もかすかに水色。
さ、今日も「気ぬけごはん」の続きと、料理本のことをやろう。
夜ごはんは、きつねそぼろ弁当(油揚げの煮たのを細かく刻んだもの、いり卵、紅生姜)、ツルムラサキのおひたし(生姜醤油、ごま油)、かぶのみそ汁(いつぞやの)の予定。

●2018年9月8日(土)雨が降ったりやんだり

ゆうべは雨と風が強かった。
夜中に窓に雨が当たって、ペチペチピチピチと大きな音がした。
雷も鳴った。
バリバリバリバリ!
でも、ちっとも怖くなかった。
そのうち規則的に降る雨だけになり、水槽のなかにいるみたいだった。
今朝は雨。
海の方から霧が押し寄せ、真っ白になっている。
とても静か。
こんな日は、原稿を書く日和。
「気ぬけごはん」をきのうから書きはじめたので、続きをやろう。
夜ごはんは、にゅうめん(油揚げの煮たの、水菜、ねぎ)。
雨上がりの夕暮れ。
だんだん灯りがつきはじめる時間に、こうして日記を書いているのだけど、ちょっと目を離したすきに辺りはぐっと蒼暗くなり、オレンジの灯りも増えている。
まだ6時半なのに。
ずいぶん日が短くなったものだ。
虫が鳴いている。

●2018年9月6日(木)薄い晴れ、のち曇り

朝、晴れ間が出ていたのでシーツを洗濯した。
でも、すぐに曇ってきた。
それでも屋上に干す。
12時半から「きょうの料理」の打ち合わせ。
東京から新幹線に乗って、また鷲尾さんが来てくださる。
ありがたいなあ。
番組のディレクターさんもいらっしゃるので、紹介したい料理をいくつか作りながら、打ち合わせをする予定。
3時までみっちりやって、3時半からは「リンネル」の打ち合わせ。
こんどは鈴木さんがいらっしゃる。
鈴木さんは坂を上ってらした。
しかも、「かもめ食堂」を出てから、そのまま歩いてきたのだそう。
私はとても、嬉しかった。
このごろやっと涼しくなってきたので、最近私も2度ばかり坂を上ってみた。
一度は六甲道から歩き、調子にのってそのまま上ったら、びっくりするほど汗だくだくになった。
まだまだ湿気が多いから、坂を上るのは相当大変なのに。
おいしいチーズケーキと、いちぢくのタルトもお土産にいただいた。
5時くらいに終わり、坂の途中までお見送り。
吉祥寺時代、「天然生活」でさんざんお世話になってきた鈴木さんと、海を見下ろしながらこうして神戸の坂道を歩いていることの不思議。
ご実家のある関西に鈴木さんが引っ越しをしたのは、私が神戸に移るよりずいぶん前だったから、もうお仕事をご一緒することはないだろうと思っていた。
なのに、こんなふうに毎月お世話になり、しょっちゅうメールをやりとりしたり、お会いしたりしている。
鈴木さんはまだお若いけれど、私も彼女も、あのころよりも確実に年をとっていて。
考えると不思議だけれど、当たり前のような気もしたり。
試作の料理やケーキを食べ、お腹がいっぱいなので、夜ごはんはなし。
早めにお風呂に入ってしまおう。
北海道で大きな地震があったらしい。
ニュースを見て、はじめてその大きな被害を知った。
道内すべてが停電しているのだそう。
アムたちは、だいじょうぶだろうか。

●2018年9月4日(火)晴れのち曇りのち、台風

7時に起きた。
今日は台風がくる。
そわそわと、落ち着かない。
とりあえず朝ごはんをしっかり食べた。
念のため、2階が雨漏りしてもだいじょうぶなよう、窓際にテーブルクロス(ビニール製)を敷き詰めて、両端にタオルを敷き、堤防のようにしておいた。
今は10時。
空が曇ってきた。
紀伊半島は白くけぶっている。
四国の方は、すっかり灰色。
風が強くなってきた。
でも、耳を澄ますと蝉が鳴いている。
たぶん1匹だけ。
昼間に台風がやってくるのは、神戸に来てからはじめてかも。
テレビでもラジオでも、早めの避難をして警戒してくださいと言っている。
神戸市の放送も聞こえるんだけど、こだましてしまって、何を言っているのか分からない。
不安を煽られるので、ラジオもテレビも消した。
さっき、天気予報で雨雲が流れる方向を見ておいたから、もういいやと思って。
お米も研いだ。
おにぎりにしようと思って。
海の沖の方に、船が何艘も出ているのだけど、だいじょうぶなんだろうか。
ひろみさんが心配してメールをくださった。
窓に近づかないように、とのこと。
もしかすると避難をすることもあるかもしれないと思い、荷物をまとめたり、着替えたり。
そのときにはパソコンを持っていくから、もう、しまっておこう。
中野さんのところも、避難指示が出ている。
どうか、みんな、ぶじで過ごせますように。

3時くらいには、雨も風もずいぶんおさまった。
どうやら通り過ぎたみたい。
ああ、よかった。
ぶじでいられたことが、本当にありがたい。
1階の雨漏りもほとんどなく、2階の隅に敷いた片側のタオルだけがびしょびしょになっていたくらい。
2階にも備えをしおいて、よかった。
夜ごはんを早めに作って、明るいうちに食べた。
牛コマ肉となすのキムチ炒め(焼き肉のタレを作って、最後にからめた)、かぶの塩もみ、ご飯。
私は今日、本当はとても怖かった。
海からの風が荒れ狂っていたから。
窓が割れたらどうしようと、割れたときのことを想像してビクビクしていた。
いちばん怖かったとき、階段に腰かけ(窓から遠いし、丈夫な壁にはさまれているので)絵本を読んでいた。
ミルクティーをいれて、アムが作って送ってくれた生キャラメルを目をつぶってなめたり、ビスケットをかじったりしながら。
『トムテ』『かかしのしきしゃ』『ほのちゃん』『あさがくるまえに』『おもいで』『「おとうさん」』……いちばん最後に、『りゅうの目のなみだ』を読んだ。
絵本の世界はあたたかく、なめらかで、やさしくて、静かで、いい匂いがして。
そういう世界に、すっと、体ごと引っ張られていった。
もしかしたら、身の危険を感じているときというのは、特別な境地にいるのかもしれない。
それは、小さい子どもの精神状態に近いところなのかも。
なんて思った。
言葉は聞き慣れない音がして、はじめて読むようだったし、絵も、これまで見えていなかったところまでよく見えた。
『トムテ』は何百年も何千年も生き続け、農場や家、そこに住む代々の家族を、ひっそりと守っている小人。
『かかしのしきしゃ(中野さんの絵本)』のかかしは、あぜ道に立ちつくし、雨の日も風の日も田んぼを守っている。
かかしが耳をすませると、水の流れる音や、風の音、生きものたちが息づいている音が、遠く近く、聞こえてくる。
かつて生きていたものたちの音も、地面の奥から響いてくる。
何千年も何億年も、育まれている生命の歴史。
宇宙のはじまりにもつながって、消えたり、また生まれたり。
変わらずにくりかえされ、続いていく……というのは、小さい人たちにとって(大人にとっても)とても心が休まり、慰められることなんだと分かった。
私はパンクの心を持っているけど、かわいらしいとか、やさしいとか、甘いとか、ふわふわしているとか、本当はそういうのもいいなって思う。

今はもう風も雨もなく、ジリジリジンジンと騒がしいくらいに虫が鳴いている。
夜景もピカピカだ。

●2018年9月3日(月)晴れ

すがすがしい朝。
7時に起きた。
りくたちが泊まった日、シーツが足りなくなったので、吉祥寺時代に使っていた白いカーテンをベッドに敷いて寝ていた。
今朝はそれを洗濯し、屋へに干しにいった。
台風が来ているみたいだけど、風もなくすっきりと晴れている。
西の空には白い半月。
山の緑はくすんでいるというより、しらっちゃけて見える。
葉っぱの一枚一枚が、硬くなってきている感じ。
海は青い。
でも、海の向こうは白くけぶっていて、建物がまったく見えない。
もしかしたらあっち(紀伊半島)は、天気が悪いんだろうか。
台風は、明日の昼間にここらを通過するらしい。
また雨漏りするかもしれないから、窓際の紙類を避難させておこう。
さて。
今日は、料理本のことをやるつもり。
枠にとらわれず、頭の中にあるものを全部出してみようと思う。
午後になって、台風のことが気になりはじめた。
今度のは、前よりもさらに勢力が強いらしいので、何か雨漏りの対策がないものか、管理人さんに相談に行った。
管理人さんは、脚立やバケツを持ってすぐに来てくださった。
ビニールシートを床に敷きつめ、タオルをしいて、洗面器をいくつも並べた。
シートの端は巻き込まれ、堤防のようになっている。
これで、水がたまっても大丈夫。
「台風がいってしもうたら、これらをみんなバケツにほおりこんで、廊下に出しとってください。ほしたら、私が来たときに片づけますから。えらい、すんません」
うちの建物はガラス張りなので、窓の隙間からどうしても雨が入り込んでくるのだそう。
昔は、窓のこちら側がベランダのようになっていて、雨が入ってきてもいいようにもともと造られていたみたい。
夕方の天気予報によると、明日のお昼くらいに神戸を直撃するらしい。
大したことがないといいけれど。
夜ごはんは、お刺身のヅケ丼(カンパチ、サーモン、卵黄、ねぎ、ひねりごま)、みそ汁(きのうの残りを温め、かぶの葉を加えた)、ニラのおひたし(辛子醤油、ごま油)、かぶの塩もみ。

●2018年9月1日(土)曇りときどき小雨

今日から9月。
夏はもう、終わってしまったなあという感じ。
りくとたみもぶじ沖縄に帰り、中野さんもご実家に戻り、普段の私の生活がまたはじまった。
このところ、やらなければならないことが、ぽわん、ぱわんと浮かんできて、囲まれている感じがする。
頭のなかだけでは整理がつかなくなってきたので、ホワイトボードを出してきて、これからやるべきことを書いてみた。
まず、「暮しの手帖」と「リンネル」の連載。
『帰ってきた 日々ごはん5』の本作りと、これから打ち合わせをする別の単行本。
赤澤さんと進めている料理本。
NHKのテレビ出演と、テキスト撮影が2本。
進行中の絵本が3冊(お話はほとんどできている)。
来年からはじまる予定の、童話の新聞連載が1本。
連載のほかはすべて、すぐにとりかからなければというものではない。
ひとつひとつ、今年から来年にかけ、じわじわと進めてゆけばいい。
ホワイトボードを壁に立てかけたので、計画の全体が見えるようになって、ちょっとほっとした。
きっと、だいじょうぶ。
落ち着いたところで、「リンネル」連載のための作業。
きのうは、小野さんとつよしさんと夕方から打ち合わせだった。
小野さんが絵を見ている間、私は2階で静かにしていた。
私はひとつ、考えていたことを相談してみた。
それは、つよしさんの描いた絵を見ているうちに、新たに生まれた展開の可能性について。
そのあとでつよしさんがいらっしゃり、3人で共有した。
「つ」の絵本は、確かな足取りで進んでいる。
打ち合わせが終わって、ビールで乾杯していたら、海の方から黒い雲が押し寄せてきた。
くるかな、くるかな、と思っているうちに、ザーーッと音を立て、気持ちいいくらいの大雨が降ってきた。
そして、すぐに上がった。
何かを洗い流すみたいな雨。
新しい時間へと踏み出す前の、儀式みたいな雨だった。
そのあと2階にテーブルを運び、空と海を眺めながら、つよしさんのお土産のワインで乾杯した。
昼間のうちに、カトキチとアムが送ってくれた穫れたてのとうもろこしをほぐしておいたので、とうもろこしづくしのごちそうになった。
前菜は、いちじく(手作りマヨネーズかけ)、しらすのアヒージョと生ハムとペコリーノチーズ&バゲット。
とうもろこしのかき揚げ、レバーとニラと春雨の春巻き(冷凍してあったいつぞやのを黒酢で)、とうもろこしの炊き込みご飯&アフリカン・ミートボールシチュー、ビール、赤ワイン。

りくとたみと中野さんと過ごしたのも、楽しかったな。
中野さんはふたりに対しても敬語が混ざっていて、可笑しかった。
子どもだけども、ちゃんとひとりの人として対している感じがした。
神戸空港までふたりを見送った日、帰りに「イケア」へ寄った。
中野さんは「こういうところ、りくとたみは好きかなあ。連れてきてやったら、喜んだかな」と、つぶやいていた。
三宮の高架下に小さいお店がぎっしり並んでいるところを歩いていたときも、キーホルダー屋さんをみつけて、「こういうとこ、たみは好きかもしれませんね」なんて。
きこちゃんから届いたメールによると、ふたりにとって中野さんの印象は、「これまでいろんな人を見たことあるけど、誰にも似てない」。
あと、「イチジクとマヨネーズは合うか?と聞かれたけど、普通においしかった」「高山さんの声ってすごく高くて、まるで小鳥みたい」など、感じたことを話してくれたみたい。
うれしいなあ。
そう、ふたりを見送って帰ってきた日の夕方だった。
夏休みの終わりを祝って、窓辺で中野さんと乾杯したとき、ちょうど教会の鐘が鳴った。
カラーンコローンカラーンコローン……とこだましながら、いつもより増して長いこと鳴り響いていた。
そのときだったかな、「満月を浴びていると、頭のどこかが興奮して眠れなくなりますか?」と私が聞いたら、「そうですね。頭というより、体のなかで動いているちっちゃいひとたちみんなが反応しているんだと思います」と中野さんがおっしゃった。
細胞のひとつひとつが満月に呼応し、ざわざわして眠れなくなる。
この間は、ほんとにそんな感じだった。
夜ごはんは、茄子のオイル焼き(かつお節、七味唐辛子、醤油)、油揚げの甘辛煮(いつぞやの)、具だくさんのみそ汁(厚揚げ、キャベツ、大根、人参)、オクラ入り納豆(卵)、とうもろこしの炊き込みご飯(ゆうべの残り)。

●2018年8月28日(火)ぼんやりした晴れ

ゆうべの空も素晴らしかった。
月のまわりの雲は、白々とした銀色に輝いていた。
そのうち雲が消え、ぽっかりとまん丸なお月さまが浮かんだ。
丸いとどうしても「お」をつけたくなる。
例によって窓を開けたまま、月光を浴びながら寝た。
でも、あまりよく眠れなかった。
ちょっと怖い夢もみたし。
月光を浴びながら寝ると、頭のどこかが興奮するのかな。
夜中にトイレに起きたとき、ずいぶん高いところに月があった。
露が下りているのか、ゆうべよりも濃く緑が匂い立ち、秋の虫が鳴いていた。
緑はちょっと、青じその匂いに似ていた。
今日はいよいよ、りくとたみがサマーキャンプから帰ってくる。
お昼を目指して、三宮バスターミナルに迎えに行く。
中野さんともターミナルで待ち合わせ。
おとつい電話があったとき、「お米を送ろうと思ったのだけど、りくとたみが着く日に間には合わないようなので、僕が持っていきます。夏休みの最後だから、僕も遊びたいなあと思って」とおっしゃっていた。
さらに日焼けして、ひとまわり大きくなって帰ってくるやんばるの子どもたちと、何をして遊ぼうかな。
りくは、岡山で開かれた乗馬の競技大会で、5位に入賞したらしい。
どんな顔をして帰ってくるだろう。
さて、そろそろ支度をして、出掛けよう。
夜ごはんは、いちじく&生ハム(手作りマヨネーズかけ)、きゅうり、冷や奴(オクラとつる紫をのせた)、ミートボールのトマト煮込み、ご飯。

●2018年8月27日(月)快晴

7時半に起きた。
ひさしぶりの晴れ。
湿気もほとんどないみたい。
シーツを洗ったので、屋上に干しにいった。
日焼け止めを塗ってから上がったのだけど、肌に当たる太陽の力は、ずいぶん弱くなっていた。
すーっとした空気。
山も、色が変わってきた。
山の方は雲が出ている。
あんなに暑かった夏も、終わってしまうとなるとなんとなしに淋しいような。
「リンネル」の原稿書き。
樹くんのCDをエンドレスでかけながら。
海が青いなあ。
ゆうべはすばらしい月夜だった。
満月が煌々と照って、空は青味がかり、イノシシみたいな雲が何頭か、月に向かって行進していた。
雲の輪郭はオレンジに光っていた。
緑もずいぶん匂い立っていた。
空気まですべて清らかで、窓を開けたまましばらく眺めていた。
そのままベッドに寝そべり、本を読みながらときどき月を確かめた。
「ああ、まだあそこにある」
そのあとも、うっすらと眠りながら、何度も月を確かめた。
夜中に目を覚ましたとき、部屋のなかまで白い光が射し込んでいた。
月は西の空の、ずいぶん高いところにあった。
「リンネル」の原稿は、3時くらいに書けた。
雨の日のことを思い出しながら書いた。
レシピはもう書いてあったので、もういちど推敲して仕上げ、鈴木さんにお送りした。
今日もまた、海が青いなあ。
さっき、屋上に洗濯ものを取り込みにいったとき、トンボが飛び回っていた。
朝よりも暑かった。
山のなかで、ツクツクボウシの大合唱が聞こえてきた。
蝉たちも、最後の夏を謳歌しているんだ。
夜ごはんは、トンボーローの炊き込みご飯(スイッチが上がってすぐ、煮卵も加えてみた)、つる紫のおひたし、焼き餃子(つよしさんと作って冷凍しておいたもの・大根おろし&ポン酢醤油&七味唐辛子のタレで)、冷たいみそ汁(ゆうべの残り・油揚げ、にら)。

●2018年8月25日(土)曇り、風強し

ぐっすり眠って、夢もいろいろみて、寝坊した。
8時半だ。
ぼんやりした天気。
海からの風が強いのは、台風の余波なのかな。
パソコンを開いたら、つよしさんからメールが届いていた。
「よし、というところまで やっと、やっと、たどり着きました!!」とのこと。
絵本の絵が描けたのだそう。
今日か明日にでも、持ってきて見せてくださるそう。
思い立ったが吉日なので、今日にした。
1時くらいからいらっしゃる。
1冊分の絵を広げて見られるように、床を掃除した。
窓を開けて掃除をしていると、紙やら何やらぴゅーっと飛ばされ、いちいちおどろく。
湿気は多いけど、強い風が吹き飛ばしてくれているような日だ。
さて、そろそろいらっしゃる。
今日は、つよしさんと餃子を作って焼いて、食べる予定。
打ち合わせが終わったら、南風荘ビールで、夏の終わりに乾杯しよう。

つよしさんの絵は、すばらしかった。
テキストを読みながら、ページを追って1枚1枚の絵を見ていくと、夜の静けさのなかにある騒がしい音が聞こえてくる。
風や空気、匂いも感じる。
私の作った物語など超えた、というか、深く深くもぐった世界がそこにあった。
厚みのある世界。
本のなかでお話が現実になっている。
こんなことになっているなんて。
私の方で、どうしてもテキストがない方がいいような気がして、何も書かずにおいたページがあるのだけど、つよしさんの絵を見たら、新しく言葉をつけなければならなくなった。
ここが本全体の要になるような、大切なところの予感。
そういう宿題をもらえることが、たまらなく嬉しくありがたい。
「どんと来い!」という感じ。
夜ごはんは、手作りマヨネーズでいろいろ(いちじく、いちじく&生ハム、いちじく&えごま、大根)、タコとオクラの和え物(ワサビ醤油、ごま油)、肉餃子(豚ひき、玉ねぎ、セロリの葉、にんにく)、南風荘ビール、ビール。デザートはヨーグルト(マスカット、いちじく)。
デザートを食べはじめたころ、小野さんに電話をかけた。
なんと、31日に絵を見にきていただけることになった。
私たちの絵本「つ」が、大きく動き出した夜。
空にはまん丸な月(明日が満月だそう)が出て、海面がちかちか。

●2018年8月24日(金)曇りときどき雨、風強し

ゆうべの台風はすさまじかった。
本を読んで、9時くらいに寝てしまったのだけど、夜中の12時に風の音で目が覚めた。
横殴りの雨が激しく、窓のサンから雨がしみ出していた。
もしや! と思い、1階に下りると、窓際の天井のほとんどが雨漏りし、池ができていた。
この間のときよりずっとひどい。
『くんじくんのぞう』の立体や、絵や、紙の筒やら慌てて避難させ、ボウルを並べたり、タオルをしきつめたり。
このまま雨の量が増えていったら、私はどうしたらいいんだろう。
台風は今どこにいて、この状態はいつまで続くのだろう。
もう、真上なのか、それともこれからやって来ようとしているのか。
このままひと晩中眠らずに、雨漏りの水がたまったのを捨てていれば、それですむのだろうか。
ラジオをつけても、テレビをつけても、パソコンで台風情報を調べても、不安を煽られるばかりで確かなことが分からない。
私の住んでいるところは、大丈夫なんだろうか。
私はこのままここにいて、いいんだろうか。
ふと、今降っている雨と風を、体の感覚を開いて聴いていればいいんだと分かった。
何かに頼ろうとするから怖いんだ。
そしたら落ち着いてきた。
雨漏りの滴の落ち方が増えているのか、減っているのか様子をみる。
どうやら、さっきよりも減ってきている。
最後に、ボウルの水を全部捨て、2時過ぎに寝た。
もう大丈夫。
ベッドに寝そべり目をつむっていると、海から吹いてくる大風が山の方へと移動し、だんだんと山の向こうに動いていくのが分かった。
台風の印が移動していく日本地図を、テレビで見ていたので。
今朝は、雨がやんでいた。
洗濯大会。
掃除をして、部屋のなかをもとに戻す。
本棚の書類の整理しているうちに、自然と料理本のことも考えている。
なんとなく甘いものが食べたくなったので、生地を作って発酵させておき、お昼ごはんにワッフルを焼いた。
蒸し暑くて窓を開けると、びっくりするような大風がいきなり吹いてくるので、閉めたまま。
夜ごはんは、いつぞやの南瓜カレー(茄子とズッキーニを油で焼いてのせた)、サラダ(キャベツ、きゅうり、人参、手作りマヨネーズの上から醤油を少し)。

●2018年8月21日(火)晴れ

きのうは、赤澤さんと京都で打ち合わせだった。
「メリーゴーランド」の近くのカフェで、最近考えていることを伝えたり、パソコンを開いて、ときたま撮っていた夜ごはんの写真をお見せしたり。
赤澤さんは私のつぶやきをどんどんメモしていきながら、ときどき鋭いつっこみ(編集者としてのアイデア)を入れ、また私がそれに反応しながら話は続き、広がっていった。 
気づいたら3時間近くやっていた。
みっちり詰まった時間だった。
カフェの方もよく放っておいてくれたなあ。
赤澤さんと話していると、形になならない靄のようなものが、ひとつの道にしゅるしゅると納まってゆく感じがある。
その道は広さがあるので、そこでまた私は自由に遊べる。
私はゆるみ、安心する。
吉祥寺のころも、いつもそうだった。
それにしても、京都はやっぱり蒸し暑かった。
今朝は7時半に起きた。
暑い暑い。
また、蒸し暑さが戻ってきた。
朝ごはんを食べ、掃除をしようと思ったのだけど、なんとなしに体が怠い。
頭にも体にも綿が詰まったようになっている。
夏バテのような感じで、気持ちもしゃきっとしない。
微熱もあるみたい。
お昼を食べたら、どうしようもなく眠たくなってきた。
2時間ほど昼寝。
『異なり記念日』をひとつ読んでは眠り、またひとつ読む。
体中にしみ渡る。
体液のような涙が、目からしみしみと出てくる。
見上げれば空が青く、雲は真っ白。
今日は体と、純心(無意識の心のようなもの。こんな言葉、あるだろうか)の、安息日だ。
それでもお腹は朝、昼、晩とちゃんと空き、しっかり食べた。
夜ごはんは、焼き肉(牛肉をタレにからめて焼き、茄子のオイル焼きも添えた)、キムチ、青じそ、ご飯。

●2018年8月18日(土)快晴

7時に起きた。
このところ、寝る前に写真家の斎藤陽道さんの『異なり記念日』を読んでいる。
とてもとてもおもしろく、驚きと感動が混ぜこぜになる。
こんな本、私はいままで読んだことがない。
ぐんぐん読みたいのだけど、もったいないので、ひとつの話を読んではまた戻ったりしながら、噛みふくめるように読んでいる。
ゆうべは、陽道さんのいう「言葉」と「ことば」について、考えながら寝た。
陽道さんとまなみさんは、ろう者のご夫婦。
「世界はことば」という表題の文のなかに出てくる、まなみさんに向けた手話の一部を、ここに引用してみます。

(ちなみに、ここからの会話文を読む注意点として、ぼくとまなみとのあいだだけで使い分けている手話の説明をします。「ことば」は、人差し指だけを伸ばし、指先を口もとに当てて、二回、前後に振る。「言葉」は、両手で、親指と人差し指だけを伸ばして、「 」(かぎかっこ)をつくる。そうやって使い分けながら、次の会話を手話で交わしていると思ってもらえるとありがたいです)。
はるみち「目線とか、身振り、身だしなみ……。それって、ぼくらにとっては「言葉」よりも大事な「ことば」なんだよね。手話がわからない人と会って撮るとき、たとえば筆談で書かれた「言葉」だけを頼りにしていると、ただ聞くだけでもえらい時間がかかるかわりに、どうでもいいようなことがちょっとわかるだけだし。そんなちょびっとしかわからない「言葉」の内容よりも、筆談の筆跡とか、握手やハグしたときの体温とか、一瞬の表情とか、歩き方とか、好きな食べ物を一緒に食べたりとか、一緒に時間を過ごすことで伝わってくるそういうものを「ことば」として受け止めると、「言葉」だけではわからない相手の何かが伝わってきて、不思議に撮りやすくなるんだよね。たぶん、まなみの言っていることって、この感じに近いんだと思う。そっかあ、まなみもか!意味がある「言葉」だけじゃなくて、言葉には表れないものも含めて見ようとしないと、ぼくらの場合、聴者社会では、なかなか実りのある情報が自分の中にとどまらなくなって……孤独な気持ちになっちゃうんだよね」

「世界はことば」の文章のすべてが、とっても腑に落ちた。
ああそうか、私がずっと求めてきたのは「言葉」ではなく、「ことば」だったのだなと分かった。
私は吃りだったころ、自分がみんなと同じように「言葉」を発せないことに強い劣等感を持っていて、「言葉」が怖く、大嫌いだった。
でも反対に、「ことば」だったらいくらでも表せるし、相手のことも透視みたいによく分かる。
「ことば」は身近で、とても手応えのある豊かなものだと感じていた。
何でも匂いをかいで、口に入れていたのも、「ことば」を確かめるためだ。
「ことば」を探るそのときの手つきは、大人になってから料理本を作るのにも、文を書くのにも、絵本のお話を書くのにも、すべてに反映されている。
そのことに気づかされた。
気持ちよく晴れている。
あちこち掃除して、床をセキス水で雑巾がけしたら、とてもすっきりした。
海も青く、きらきらしている。
晴れているのだけど、空気はひんやり。
この感じは、とても懐かしい。
澄んだ空気と、一点のくもりもない太陽の光。
日向は暑いのに、ひんやり涼やかな風。
思い出した。子どものころの秋の運動会の空気と一緒だ。
そろそろ坂を下りて、街へ出掛けよう。
今日はATMで貯金を下ろし、美容院と図書館と買い物と、「MORIS」と、電話代を払いにコンビニへ。
今夜は、京都「メリーゴーランド」の展覧会の帰りに、中野さんがいらっしゃる。
夜ごはんは、ささみとしめじのクリームスパゲティー(青じそ)、白ワインの予定。

●2018年8月17日(金)晴れ

ゆうべは窓を開けて寝たら寒く、夜中にごそごそと起き出してタオルケットの上に毛布をかけた。
涼しいと、本当によく眠れる。
酷暑の間の寝不足を、体が取り戻そうとしている。
それも、夏の終わりという感じがする。
蝉時雨もずいぶん弱々しくなってきた。
それにしても海が青い。
朝ごはんを食べ、屋上に洗濯ものを干しにいった。
もう、太陽の照りつける感じが、あきらかに夏とは違う。
山の緑も、心なしかくすんできている気がする。
まだまだみずみずしいのだけど、真夏のもりもりとした緑は、葉っぱ一枚一枚の奥にある光が透けて、表れている感じがしたもの。
風がとても強いので、シーツが大きくひるがえる。
それを、伸びをしながら少し離れたところから眺めた。
さあ、今日は何をしようかな。
まず、「リンネル」の校正をやって、お送りしよう。
来週は、赤澤さんと料理本の打ち合わせがあるから、じわじわと湧いてきているアイデアを紙に書き出そう。
そういえばこのごろ私は、お昼ごはんを食べながらNHKの連ドラを見るようになった。
実家の母も、そうしているだろうな……と思いながら。
今日のお昼はお弁当。
ゆうべ炊いたご飯の残りに、自家製しば漬け(茄子の皮、みょうが、青じそ、梅干し)をのせ、ピーマン炒めと卵焼き、ちくわのかば焼きを朝のうちに作って、詰めてある。
ささやかな愉しみ。
夜ごはんは、にゅうめん(ささみに片栗粉をまぶしてゆでたのをお汁に加えた。つるんとして、とてもおいしい。トッピングはワカメ、梅干し、ねぎ)、南瓜入りポテトサラダ。

●2018年8月16日(木)雨のち曇り

ゆうべはとても涼しく、よく眠れた。
おとついも、よく眠れた。
夢もいろいろみた。
お盆を過ぎたら本当に涼しく、びっくりするほど風が変わり、過ごしやすくなった。
朝ごはんを食べ終わり、きのうに引き続き『帰ってきた 日々ごはん5』のパソコン内の校正。
水曜日からいそいそと、少しずつ前に進んでいる。
東京最後の日々を思い出し、ときどきヒリヒリしながら。
ときどき、じーんとしながら。
神戸へ越してきてすぐの日記も、なんだかとても懐かしく感じる。
まだ、2年とふた月しかたっていないのに。
私はあのころから、確実に変わってきている。
途中で雨が降り出した。
涼しいのを通り越し、ちょっと寒いほど。
靴下をはいてコーヒーを淹れ、ぐっと集中。
ときどき伸びをして深呼吸。
窓辺に立つと、遠くの海がさざ波立っているのが見える。
ふと、私はよくぞここにやってきたなあ……と、感慨深い気持ちになった。
落ち着いた心で、静かに、そんなことを思う。
4時半くらいに6月まで終了。
アノニマの村上さんにお送りした。
今日ははじめて、1/2合のお米を炊飯器で炊いてみた。
意外とうまく炊けるものだけど、なんとなく炊飯器に無理をさせているような気もした。
夜ごはんは、カレーライス(この間作った夏野菜のカレーのルウに、合いびき肉と南瓜を加えた)、きゅうりとワカメとみょうがの酢の物(らっきょうの甘酢と薄口醤油をかけた)。
海からも山からも、涼しい風。
ツクツクボウシが盛んに鳴いている。
もう、夏も終わりなのだ。

●2018年8月14日(火)晴れ

8時に起きた。
きのうは、中野さんをお見送りがてら坂を下りて「コープさん」で買い物し、荷物が少なめだったので、ためしに坂を上ってみた。
途中、海の見える公園で水を飲んでひと休み。
背中もお腹も汗びっしょりになったけど、夏でも案外上れるものだなという感じだった。
でも、シャワーを浴びたら、くったりとくたびれていた。
プールで泳いだあとみたいな、心地よい倦怠感。
早めにごはんを食べ、7時半には寝てしまった。
そうそう。
ここ何日かのこと、思い出して書いてみよう。
りくとたみと過ごしたのは、たったひと晩と半日だけだったけど、とても楽しかった。
ふたりがどんどん可愛くなって、母性愛みたなのも湧いてきて、自分でもびっくりした。
ふたりとも何でもできるし、自立しているというか、しっかりしているんだけど、でも、まだまだ子どもだなあと感じるときがあって。
布団に転がって寝ている様子は、なんか、ちっさくて。
なんて無垢で愛らしいんだろう。
なんて、生命感に溢れているんだろうと思った。
こんなに影響力のある生き物が、家のなかにいるって、すごいことだなあって。
中野さんは、りくとたみと入れ替わりでいらした。
10日は「メリーゴーランド」の展示の準備があり、私も荷物持ちで行った。
中野さんが展示をしている間、宮下さんと喫茶店で打ち合わせをしたり、「メリーゴーランド」の絵本を隅から隅まで見たり。
いつかこれを、ずっとやってみたかった。
11日は、小野さんと中野さんとのトークショウがたまらないおもしろさで、12日は私も「nowaki」に用事があったので、一緒に出掛け、鴨川沿いを歩いて戻ってきて「メリーゴーランド」で夕方まで過ごし、帰ってきた。
続けて通っていると、京都はだんだん近くなる。
今朝は、ベッドのなかで新しい絵本の最初のフレーズが浮かんでいた。
お風呂に入り、朝ごはんを食べ、パソコンに向かったらするすると出てきた。
2時半くらいに、できたみたい。
プリントしてあちこち掃除をし、『帰ってきた 日々ごはん5』の校正の続き。
3月まで終わった。
今は5時半。
海が青い。
インカじゃがいもを今、セイロで蒸しているところ。
続いて南瓜も蒸し、南瓜入りポテトサラダを作ろうと思う。
夜ごはんは、穴子の卵とじ(いつぞやの残り)、南瓜入りポテトサラダ(インカじゃがいも、ゆで卵、玉ねぎ、マヨネーズ、ねり辛子)、賀茂茄子のオイル焼き(生姜醤油)、しろ菜のセイロ蒸し(ポン酢醤油)、納豆、ご飯。

●2018年8月8日(水)晴れ

なんだか寝ていられなくて、5時に起きてしまった。
カーテンを開けると、ひんやりした風。
明けたばかりの空は、水色にオレンジのすじ。
白い三日月が、高いところで光っている。
中野さんとの交換絵日記を取りに下り、言葉を書いているうちに、6時になった。
今朝はまだ蝉時雨がない。
おかしいな。
いつもだったらとっくに鳴いているのに。
涼しいからだろうか。
朝、ゴミを出しにいくとき、山からとても涼しい風が下りてきた。
クーラーみたいにひんやりとした風。
太陽が当たっているところは暑いのだけど。
冷たい空気と暑い空気が、混ざり合っていない。
部屋のなかでも、開け放った玄関から冷たい風が吹いてくるので、いちいち驚く。
「立秋」を過ぎるというのは、こういうことなのかな。
今日は、沖縄からりくとたみがやってくる。
おにぎりを持って、ちょっと早めに出掛けよう。
いざ、神戸空港へ、
今、帰ってきたところ。
今夜はピーマンの肉詰め。
私の本を見て、ふたりに教えながら作る。
りくは玉ねぎのみじん切りと、タレ(ウスターソース、ケチャップ、醤油、みりん、酒)の計量。
たみは肉だねを練って、12当分。
ピーマンに詰めるのは、ふたりでやっていた。
床に布を敷いて、ピクニックみたいにして食べた。
食べながら、お互いに質問。
たみからの質問は、「絵と、(文を)書くのとどっちが好き?」
私「書くことかなあ」
私からは、「ふたりは何歳ですか?」
りく「12歳だよ」
たみ「9歳だよ」。
たみからのもうひとつの質問は、「なんで大人は眠らないの?」
「だって、たみたち子どもは、起こされてもなかなか起きないのに、お母さんは『ねえねえ』って呼んだら、すぐに起きるから。大人って、寝てないの?」
ふたりが作れるようになるといいなと思って、ピーマンの肉詰めを教えたのだけど、ちっとも教えるという感じではなかった。
私の本のレシピをたみが読み上げ、ふたりがどんどん作っていく。
何でもできるので、ふたりに任せておいて、「こうするといいかも」ということだけ、私が口を出す。
たとえば、たみが肉だねを12当分するとき、縦横に線を引いて分けていたのを、放射状にしたらどうかと提案したり。
そしたらたみは瞬時に分かり、私がやるよりきちんと当分に分けていた。
ピーマンに小麦粉をふりかけるのも、肉だねを詰めるのも、とてもうまかった。
焼くのはりくがやった。とてもうまかった。
ピーマンに火が通りすぎず、ほどよくシャキッと焼ける方法。
「フライパンに油を入れて中火で熱し、肉だねを下にして、焼き色がつくまで1分ほど。ピーマンを下にして30秒ほど焼く。再度肉だねを下にし、ふたをして弱火で4〜5分蒸し焼き」。
焼き上がったフライパンのよけいな油をぬぐい、タレを煮詰めたのもりく。
夜ごはんは、ピーマンの肉詰め(半分はタレ、半分は大根おろしとポン酢で)、しろ菜の鍋蒸し炒め、冷や奴(青じそ、ねぎ、おろし生姜)、自家製しば漬け、白いご飯。
夜、2階の窓から夜景を覗いたたみが、「わー、さっきより、光が溢れてきた!」と叫んだ。
寝室のプロジェクターで『ハウルの動く城』を見て、終わったらすぐに川の字で寝た。

●2018年8月7日(火) 晴れ

8時に起きた。
夏の夜は、あまり深く眠れない。
1日に、私は日傘をなくした。
気づいたのは、次の次の日。
それで、中野さんをお見送りしながら「六珈」さんと、八幡さまを見てまわったのだけど、なかった。
うちに帰ってからタクシーに電話した。
すぐに営業所の方が調べてくれて、でも1日に六甲駅から乗ったお客さんの忘れ物は、黒い折りたたみの日傘しかないということだった。
歩いた道順を思い出し、その日に入った六甲道のスーパー、「コープさん」にも電話をして聞いてみたのだけど、出てこなかった。
山の家の蔵にしまってあった、その家のおばあちゃんが使っていた日傘だ。
古いものだから、つゆ先から傘の生地がはずれてしまうことがよくあり、そのたびに糸をぐるぐる巻きにして修繕しながら使っていた。
あんまり頻繁にぬけるので、チロリアンテープを巻き、縫いつけからはとても丈夫になった。
でも、こんなに探してもないんだから、仕方がないのかな。
私のところから離れる時期だったのかな。
どこかの誰かが拾って、使っていてくれたらそれでいいや……などと思いながら、ゆうべは寝たり覚めたりしていた。
でも、なんとなく、まだどこか近くにあるような気がする。
今朝、もういちどタクシー会社に電話をしてみた。
落とした日を曖昧にして聞いたら、どこかからまわりまわって届くこともあるかもしれないと思って。
「小花模様の、ベージュがかった色の、小さめの、持つところが木の、折りたたみではない日傘。祖母から受け継いだものなので、ちょっと古いです」と伝えた。
そしたら、それらしきものがあった!
王子営業所の係のおじさんが、今朝、その傘を開いてみたんだそう。
おじさんは今日の夕方、営業所に戻るので、もういちど確かめてから電話をしてくださることになった。
電話を切ってから、一瞬涙がふき出した。
おじさんも、その前に電話で話した西宮営業所の方も、とても親切だった。
そうか私、ちっとも諦めてなかったんだ。
そんなに大切な日傘だったんだ。
もしも本当にみつかったら、こんどは二度と忘れないよう、大切に使おう。
このところ、洗濯ものを屋上に干しにいっている。
びっくりするほどカラッカラに乾くので。
『帰ってきた 日々ごはん5』のパソコン内の校正を、きのうから毎日、ひと月づつやっている。
下の階はクーラーがないので、ひと月分くらいが集中の切れどきだ。
今日は立秋なのだそう。
立秋を境に、「残暑」と呼ぶのだそう。
3時半までがんばり、2月分が終わった。
明日は、きこちゃんの息子(りく)と娘(たみ)が、沖縄から飛行機に乗ってふたりだけでやってくる。
ふたりは島根県の出雲にある牧場へ行くんだそう。
詳しくはよく分からないのだけど、子どもたちだけで泊まる、サマーキャンプのようなものなのかな。
きこちゃんからのメールには、「島根への旅の行き帰りは、りくとたみふたりきりです。現地では友だちたちが大集合して、そこで3週間ほど過ごします。馬が30頭くらいいる、だだっぴろい高台にある牧場で、毎日のお風呂は近くの温泉に行くんです」と書いてあった。
当初、私の役目は、神戸空港までふたりを迎えに行き、ひと晩うちに泊め、翌朝、三宮の高速バスの停留所で見送りをすることだったのだけど、神戸の牧場に連れていくことになった。
「神戸フルーツフラワーパーク」のなかにある牧場へ行けば、出雲まで車で連れていってくれる方と会える。
牧場は、神戸電鉄の岡場という駅からバスに乗って行くらいしい。
なんかちょっと、遠足気分だ。
夕方、あちこち掃除。
涼やかな風が吹き抜けるなか、雑巾がけ。
5時ごろにタクシー会社から電話があった。
日傘は、ベージュ色のレース地で、私のではなかった。
ああ。
私の日傘は、どこにいってしまったんだろう。
もう、ビールを呑んでしまおう。
きゅうりも丸かじりだ。
夜ごはんは、塩鯖、大根おろし、つる紫のおひたし(生姜醤油)、皮をむいた茄子のフライ(ゆうべの残り)、みそ汁(山芋)、ゆかりおにぎり(ゆうべにぎって冷蔵庫に入れておいた)。

●2018年8月4日(土)晴れ

ゆうべは窓を開けて寝た。
涼しい風が吹いていたので、クーラーはつけずに。
いちど夜中に目が覚めたとき、キラキラチカチカとやけに夜景が光っていた。
空の高いところには、オレンジがかった半月。
台所で冷たい水を汲んできて、ベッドに腰かけ、息をしているみたいな瞬きをしばらく眺めていた。
キュルキュルキルキルと、聞いたことのない生き物の鳴き声が森の方からした。
気の早い蝉が一匹だけ、木から木へとブルブルブルブル飛びまわっている羽音がした。
夏の夜は静かだけれど、うごめいているものがある。
そのまましばらくうつらうつらして、明るくなりはじめたころにカーテンだけしめた。
そしたら変な夢をみた。
私は古い学校のようなところにいて、大雨が降っていた。
窓を開けると大洪水。
足を滑らせ、私は水に落ちた。 
しばらく流され、もうダメかも……と思ったころ、手すりにつかまることができた。
学校のプールだった。
目を覚ましたら、すっかり明るくなっていて、ジャカジャカザブザブと部屋のなかまで蝉時雨が降っていた。
夢のなかの雨の音は、これだったんだと思う。
今朝もまた、きこちゃんの果物&ヨーグルトを食べ、「リンネル」の原稿書き。
終わったら、『帰ってきた 日々ごはん5』と「暮しの手帖」の校正もやらねば。
今夜は8時半から花火大会がある。
朱実ちゃんの地元ですごい花火を見たから、屋上へは上らずに、寝室でひっそりと眺めるつもり。
朱実ちゃんのところのは、それはそれは見事な花火だった。
若松市役所の方が招待席をとっておいてくださったので、いちばん前の真ん中の席に座ることができた。
花火はドーンと揚がって、お腹に響く音と共に、頭のすぐ上ににワーーッと大きく広がり、火の粉が落ちてきそうだった。
緑さんは見上げていると首が痛くなると言って、すぐに通路に寝転んだ。
朱実ちゃんも私も、寝転んだ。
そして、「わーわー」と手を上げて叫びながら、いいのが揚がると拍手喝采を送った。
83歳の緑さんが、いちばん大きな声を張り上げ、誰よりもはしゃいでいた。
私は泣きそうになった。
生きるっていうのは、こういうことだ。
あの花火大会の夜のこと、私は一生忘れない。
夜ごはんは、納豆ご飯(とろろ芋、卵白、ねぎ)、豚しゃぶ&蒸しオクラ(ポン酢醤油、赤ゆずこしょう)、冷やしトマト、豆腐のみそ汁。

●2018年8月2日(木)晴れ

きこちゃんが送ってくれた沖縄の果物に、ヨーグルトをのせ、朝ごはんに食べた。
パイナツプル、マンゴー、ドラゴンフルーツ(皮をむいて冷凍しておくのを赤澤さんから教わった。ハワイではいつもそうしておくらしい。凍ったのに水を少し加えてジューサーにかけ、スムージーにもする。グラスに入れてからはちみつを垂らすと、はちみつが少し固まっていい感じなのだそう)、ミズレンブ。
ドラゴンフルーツのおかげで、ヨーグルトがビーツみたいなピンクに染まる。
なんて贅沢な。
きのうから中野さんがいらしている。
京都の「メリーゴーランド」で、11日から開かれる展覧会の支度をするため。
夏のはじめにたくさん作った粘土の人形の値つけと、ひとつひとつ梱包するのを、きのうからやってらっしゃる。
今朝も、その続き。
私は封筒を開いた大きな紙に、料理本で作りたい料理を書き出してみる。
どんどん出てくる。
同時に、本の空気のようなものにも包まれはじめている感じ。
梱包を終えた中野さんは、2階で交換絵日記の絵を描いている。
お昼ごはんにそうめんをゆでた。
具がたっぷり。
錦糸卵、きゅうり、トマト、オクラ、ワカメ、とろろ芋、みょうが、青じそ、ねぎ、しょうが、わさび、たたき梅。
食べ終わり、また私は続きに没頭する。
海が青い。
風が渡る。
ギリシャのよう。
シャワーを浴びて、4時半から早めの夜ごはん。
じゃがいももち(鯨のベーコンはさみ、中野さん作)、夏の焼きそば(北九州土産のインスタント焼きそばで、中野さん作。フライパンにお湯を沸かしているときにガラムマサラ、ジンジャー、チリパウダーを加え、焼きそばを加えて硬めにゆで、刻んだトマトを少し加える。器に盛ってから粉末スープの半分ををふりかけ、あまり混ぜずに食べる。おいしい!)、とうもろこしとゴーヤーのかき揚げ。ビール、冷蔵庫に残っていた赤ワイン、焼酎のグレープフルーツジュース割り、どれも1杯ずつ。

●2018年7月31日(月)晴れ

12時過ぎに、赤澤さんがいらした。
三つの仕事を持ってきてくださった。
赤澤さんといると小さい竜巻が起こり、私はつい巻き込まれてしまう。
お土産のおいしいロゼワインをぐんぐん呑み、近ごろ思っていることを汗をかくように話しまくった。
料理本が、いよいよはじまるかもしれない。
まだ、何をどんなふうにしたいか、靄に包まれているのだけど、動き出したい。
仕事の話をひとつお断りした。
せっかくなのだけど、いちどにたくさんのことはできない。
気づいたら7時を過ぎていて、タクシーを呼び、赤澤さんを玄関までお見送りした。
部屋に戻ったら、私はたいへんに酔っていることに気がついた。
キッチンで歯だけみがいて、千鳥足で階段を上り、そのままベッドに倒れ込む。
いちども目覚めず、蝉時雨が降ってくるまでぐっすり眠った。
なんだか、ようやく体の芯から眠れたみたい。
昼ごはんは、ちらし寿司(ハモの照り焼き、青じそ、みょうが、きゅうり、錦糸卵、ゆかり、しらす)、切り干し大根と干し椎茸の薄味煮。
打ち合わせがひと段落してからワインを開け、じゃがいももち、春巻き(この間のレバー入り春雨炒めを包み、冷凍しておいたもの)。

●2018年7月30日(月)晴れ

寝たり覚めたりうろうろ。
もう充分に眠ったなあと思って時計を見たら、10時だった。
わーっとなって、飛び起きた。
よく晴れている。
柱時計は7時10分前。
止まっていたんだ……と思いながら朝風呂に浸かっていたら、ラジオから7時のニュースが聞こえてきた。
なーんだ、まだ7時なんじゃん。
止まっていたのは、2階の時計。
何かの拍子に落としたとき、電池がずれてしまったらしい。
パソコンを開いたら、朱実ちゃんから歌が届いていた。
樹君はもうギターを弾いて作曲していると、きのうメールがあったのだけど、ゆうべのうちに届いたみたい。
早いなあ。
夢に出てきた歌の絵本をふたりに見せてから、まだ10日しかたっていないのに。
朝ごはんの前に聞いてみた。
なんか、思ってもみなかった、とっても不思議な曲。
物語がはじまるような、劇中歌のような。
樹君は天才かも。
朱実ちゃんのあどけない声もとってもいい。
まだ出来たてなので、これから歌い込んでゆくのだそう。
私も歌詞について朱実ちゃんと電話で話したり、思いついたことをメールに書いて送ったり。
そのあとで、アノニマの村上さんから『帰ってきた 日々ごはん5』の新しい原稿が送られてきた。
まずはパソコン内での校正をはじめる。
夏休みの宿題だ。
夜ごはんは、コロッケの卵とじ丼、オクラときゅうりともずくのポン酢醤油和え、切り干し大根の梅和え(青じそ、ごま油)。
7時少し前、阪九フェリーがうちの前をゆっくりと通り過ぎてゆく。
今日は、夕陽は当たっていないけど。
夏は早めにお風呂に入って、だんだん暗くなる海を、まだ明るいうちから眺めるのがいいなあ。
風に吹かれながら。
アイスを食べながら。
北九州に向かうフェリーに乗っているとき、部屋の窓から夜の海を見ていた。
暗くて大きな海。
夜中でも行き過ぎる漁船らしき船や、丘みたいに見える小さな島、闇に浮かぶ灯台の灯り。
自分が生きている陸地だけが、世界のすべてだと思っていたけれど、海の世界もれっきとあるのだなと思った。
海には海の理由があり、時間と空間がある。
まだまだ知らないことがたくさんある。

●2018年7月29日(日)小雨のち晴れ、夕立

ゆうべの風と雨はすごかった。
寝ていると、ときおりバシャッという音がして、窓に雨が跳ね返る。
船に乗っているみたいだった。
窓の外は大海原。
まだ、なんとなしに疲れが残っているようだったけど、9時にエイッと起きた。
今日は、何がなんでも「コープさん」に行こう。
冷蔵庫には肉も魚も野菜も何もない。
あるのは、きこちゃんが送ってくださった沖縄の眩しい色の果物だけ。
マンゴー、ドラゴンフルーツ、ミズレンブ、パイナップル……なんとも贅沢な。
ミズレンブをひと口大に切ったのと、ヨーグルト(ほの甘くする)の組み合わせがたまらなくおいしいので、どうしてもヨーグルトを買ってこないと。
ミズレンブは、いつかどこかで食べたことがあっただろうか。
野生のりんごに青い草を混ぜたような、甘酸っぱくてシャクシャクした歯触りの果物だ。
さあ、暑くなる前に行ってこよう。
あさっては赤澤さんが打ち合わせにいらっしゃるから、何かおいしいものを仕込んでおかなくちゃ。
坂道は、水まきをしたあとみたいにひんやりしていた。
ゆうべの風と雨で折れた枝や葉っぱが散らばって、川の水も少しだけ茶色かった。
「コープさん」で馬鹿みたいに大量の買い物をしてしまい、お財布がすっからかんになってしまう。
仕方がないので、荷物をかついでコンビニまで歩き、お金を下ろした。
しかし、待てど暮らせどタクシーはやって来ず。
コンビニでアイスも買ってしまったのに。
今、ようやく帰ってきた。
タクシーの運転手さんに、「いつもは、坂を上ってはるんですか?」と聞かれた。
「はい。でも、今日は暑いし、荷物も多かったので。さすがに、熱射病になってしまいますから」
呑気な感じのいい運転手さんだった。
ロールパンでコロッケサンドを作り、食べたところ。
さて、絵本の物語の続きをやろう。
これは朱実ちゃんに絵をつけてほしい絵本だから、「あ」と呼ぶことにする。
おいしそうなハモがあったので買ってきた。
あとで照り焼きにして、31日(赤澤さんがいらっしゃる日)にちらし寿司を作る予定。
3時をまわったころ、あたりが急に白くなり、また雨が降ってきた。
夕立だ。
雨はパーッと降って、サーッとやみ、また青空が見えてきた。
どこかの暑い国のスコールのよう。
ヒグラシが鳴いている。
「あ」はどうやらできたみたい。
プリントして朱実ちゃんにファックスをした。
「あ」ができたお祝いに、ビール。
ごはんの支度をしながら、ギリシャみたいな海を眺めながら。
今日は日曜日だけど、あまり『ちびまる子ちゃん』を見たくならないのはなんでだろう。
海が、あまりに青いから?
夜ごはんは、レバニラピーマン炒め(レバーにおろしにんにく、酒、醤油、ごま油、きび砂糖で下味をつけ、片栗粉を。フライパンでカリッと焼いていちど取り出し、ピーマンとニラを炒める。トリガラスープに豆板醤、酒、オイスターソース、醤油、きび砂糖を溶いたのを加え、煮立ててから春雨を加えてみた。残りは春巻きにしようと思って。この春巻きは黒酢をつけて食べたらおいしそう)、切り干し大根の煮たの(ゆうべの残り)、塩もみキャベツとしらすのサラダ(青じそ、スイートチリソース)、ご飯。
7時前、沈みかけた夕陽が当たってオレンジ色に光る船が、沖に一艘ゆっくりと西へ進む。
夕方になると、白っぽく細長い船がいつも光って見えるのを、「イルカの船」と呼んでいたのだけど、これはきっと、新門司港行きの私たちが乗った「阪九フェリー」だ。

●2018年7月28日(土)晴れ

今朝はぐっすり眠って10時に起きた。
旅の疲れがようやく出たみたい。
北九州の旅からは、25日の夜に帰ってきた(中野さんは翌日実家に帰られた)のだけど、なかなかいつもの暮らしに戻れない。
というより、戻したくない。
樹くんのギターのCDばかりかけている。
エンドレスで。
どの部屋にいるときにも。
そうすると、隣の部屋で樹君が練習しているみたいになるので。
お風呂も、ドアを開けたまま入って聞いている。
旅は、とてもとても楽しかった。
もう3年前のことだし、場所も家ももちろん違うのだけど、『帰ってきた 日々ごはん4』に書いた十月十三日の日記の、次の日みたいな日々だった。
私たちは毎日、夏休みの子どもみたいに遊んだ。
一日に一度は緑さん(朱実ちゃんのお母さん)がこしらえたおいしいごはんを食べ、若かりしころの写真を見たり、おしゃべりしたり、大笑いしたり。
亡くなったお父さんの作った本(朱実ちゃんのお父さんは、緑さんと一緒に、印刷所と出版社を営んでいた)を、展覧会場に見に行ったり。
海の真上に上がる花火大会(緑さんがそうしたので、朱実ちゃんも私も最前列の通路に寝転んで見た)、翌日の火祭り(1500人ものたいまつの行列の灯火が、街を通って山まで上ってくるのを、山の上の展望台から見た)、電車を乗り継ぎ久留米市美術館への遠足。
久留米からは博多まで電車に乗って、「花山」という屋台(「ノコノコロック」の打ち上げはいつもここ)で生ビールと焼き鳥、「ブックス・キューブリック」では、たまたま仕事で来ていたきさらちゃんたちにも会えた。
屋根の上で、樹君が鶏肉やらスペアリブやら海老やら炭火で焼いてくれて、お昼ごはんにみんなで食べたり。
樹君が仕込んでおいた辛いカレーと、朱実ちゃんが育てたトマトやきゅうりを食べたり。
スーパーで新鮮なお刺身を買ってきて、中野さんが緑さんのためにお寿司屋さんの大将になり、にぎり寿司を次々握ったり。
次の日のお昼は、ヅケにしておいたお刺身でちらし寿司を私が作ったり。
汗をかいては、朱実ちゃんのお兄さんの部屋のシャワーを順番に借りたり。
夜は窓を開けて寝て、朝、蝉の声(家の中まで降ってくるよう)で目覚めると、そのうち隣の部屋からギターの音が聞こえてきた。
日中、朱実ちゃんは仕事部屋で何かしていて、私は寝転がって絵本や本を読み、中野さんは隣の部屋で私が書いた言葉に絵を描いて。
その間ずっと、樹君のギターがどこかしらか聞こえていた。
今日は朝から、新しい絵本の文。
朱実ちゃんに絵をつけてほしくて。
ずいぶん前にできかけていた物語なのだけど、いまひとつうまくいかなかったものが、朱実ちゃんと樹君といるうちにふつふつ発酵してきた。
その話にもやっぱり、歌が出てくる。
夕方、ひさしぶりにあちこち掃除した。
雑巾がけをしながら見上げると、窓が赤い。
風が強く、雲がぐんぐん流れ、怖いくらいに紅い夕焼け。
あちこちさっぱりしてから、夜ごはん。
生鮭(冷凍しておいた)のフライパン焼き(粉をまぶしてごま油で香ばしく焼いた)、切り干し大根の煮たの(さつま揚げ、干し椎茸、だしをとったあとの昆布)、茄子のオイル焼き(生姜醤油)、ご飯(ゆかりふりかけ、わさび)、焼きのり。
ゆかりご飯にわさびをちょこっとのせ、のりで巻いて食べた。
ご飯にわさびをちょっと塗って食べるとおいしいのは、中野さんに教わったのだけど、朱実ちゃんちでも粉わさびを練ったのがいつも食卓に置いてあり、何にでもつけて食べていた。
食べ終わってからも、夕焼けがまだ終わらない。
いつもより長く、紅い。
風呂上がり、まだ明るい。
風が強く、たなびく雲は白い竜のよう。
見る間に形を変える竜雲に、しばし見とれる。

●2018年7月18日(水)晴れ

きのうから中野さんがいらしている。
夢に出てきた歌の絵本は、あれから何度も言葉を削り、しばらくねかせてまた直し、これ以上は動かないところまできた気がする。
中野さんに見ていただくと、「できましたね」とのこと。
なので、もういじらない。
今日はまた、新しいことをしている。
この間から私が、詩のような言葉の断片を『日々ごはん』の束見本に書いていたのだけど、それを見た中野さんが絵をつけはじめた。
つけるというか、何というか。
私の言葉と関係があるような、まったく関係ないような絵。
描き上がると中野さんが2階から下りてらして、10ページくらいまとまった絵を見せてもらえる。
何が出てくるか分からないので、とても愉しみ。
なんか、この感じ、何かに似ているなと思ったらくじ引きだ。
偶然手に触れた物(言葉)をつかみ、開くと、中から思ってもみない絵が出てくる。
何ページかつなげて見たり、前のページに遡ったりすると、見るたびに新しく気づく絵と言葉の関係。
予定調和では生まれないつながり。
それにしても暑い。
きのうもおとついも、もの凄い暑さだったけれど、今日はもっと暑くなるのだそう。
2時を過ぎたら空気が止まった。
ここから3時、4時くらいまでが暑さのピークみたい。
夜ごはんは、ポルトガルの市場で買ったソーセージ(冷凍しておいた)のにんにく炒め、じゃがいももち(冷凍しておいたのを焼いた)、南風荘ビール、赤ワイン。
明日は、夕方から、中野さんと船に乗って北九州へ旅に出る。
去年、東京から実家に移住した、朱実ちゃんと樹君のところへ。
何をしようとか、どこへ行こうとか、いつまでいようとかは何も決めてない。
でも、夢に出てきた歌の絵本は持っていくつもり。
ふたりに見てもらい、もしも気に入ってくれたら、歌を作ってほしいから。
新しい束見本も持っていって、続きをやろうと思う。
夏休みの宿題の、交換絵日記だ。
あと、久留米市美術館で「ブラティスラヴァ世界絵本原画展」をやっているので、もしかしたら4人で見にいくかも。
久留米市が、朱実ちゃんちから近いのか遠いのかまったく分からないけど。
ひとりでチェコまで行った、『どもるどだっく』のなみちゃんに会いにいこう。

●2018年7月15日(日)快晴

10時半に家を出て、美容院へ。
坂道でみみずが乾涸び、枯れ枝そっくりになっていた。
いくつも転がっていた。
この暑さでは、みみずも大変だ。
美容院が終わってから、いつものように図書館へ。
うどん屋さんで冷やしとろろうどんを食べ、六甲道からJRに乗って摂津本山へ。
少し歩いて岡本へで買い物。
炎天下だったけれど、美容院も図書館も電車のなかもクーラーが効いていたので、冷えた体が外の熱に戻され、ちょうどいいくらいだった。
でも、六甲に戻ってきて「六珈」さんでアイスコーヒーを飲み、外に出たときには驚いた。
「MORIS」までの短い距離を歩く間、太陽の光が肌に当たり、痛いほどだった。
一瞬の間に毛穴が開いて、ふわーっとなった。
ちょっと、ウズベキスタンの砂漠の暑さを思い出した。
3時半くらいが暑さのピークかもしれない。
帰ってきて、夕方の子ども番組のメドレーをつけながら、夜ごはんの支度。
うちには今、テレビがあるのです。
「暮しの手帖」の撮影の日に、斎藤君がチューナーをつないで初期設定をしてくれた。
ラジオのアンテナも、ひとつ線がはずれていたのを直してくれた。
何も言わないのに、パソコンのことも教えてくれた。
「高山さん。このままいくと、急に動かなくなったりしますよ」と。
私は、送られてきた画像や書類をどんどんため込み、いつでも見たい絵や写真や絵本のテキストなどを、デスクトップにぎゅうぎゅうに並べていた。
でも、こんなんで大丈夫なんだろうか……と、最近ちょっと不安だった。
バックアップだけはしているけど、このままいくと、重たくなりすぎて動かなくなるところだった。
なので、少しずつ整理してゴミ箱に捨て、ゴミ箱を着々と空にする作業をしている。
スイセイにも常々言われていたと思うのだけど、斎藤君に言われて、はじめていろんなことが分かってきた。
というか、私が分かろうとするようになったんだろうな。
ありがたいことです。
夜ごはんを食べながら、「まる子」に「サザエさん」。
テレビなんてほとんど2年ぶりのことだけど、テレビの中の世界は何も変わっていなかった。
夜ごはんは、茄子のオイル焼き(生姜、醤油)、伏見唐辛子の網焼き(生姜、醤油)、ぬるぬるおひたし(オクラ、つる紫、ポン酢醤油、たたき梅)、豚肉の生姜焼き、ご飯。
そうそう。
「暮しの手帖」の撮影は、たまらなく楽しかった。
何と言ったらいいんだろう。
なんだ、私、料理の撮影が好きなんじゃん……と思った。
これまで斎藤君とは何冊も料理本を作ってきたから、撮影をされているうちに、私の体にある料理の筋肉みたいなものが刺激され、思い出したんだと思う。
蘇ったというか、何というか。
神戸に越してきて新しくなった私が、昔の私を出迎え、握手したみたいな感じだった。

●2018年7月12日(木)曇り

チョンチョン キャッキャッと鳴いているのは、何の鳥だろう。
明け方にも鳴いていて、目が覚めた。
はじめて聴く声。
今、鳴きながら森の方へ一直線に飛んでいったのだけど、なんか、ヒヨドリによく似た鳥だった。
  今朝はしっかり休んでおこうと思い、8時過ぎまで寝ていた。 
曇っているけれど、洗濯をする。
朝ごはんを食べ、まずお裁縫。
スカートの脇をつめ、タンクトップの肩ひもを短くつめ、取れかかっていたリュックのボタンをつけ直した。
さーて、そろそろ「リンネル」の原稿を書きはじめよう。
きのうはお花屋さんに撮影にゆき、鈴木さんとお昼ごはんを食べながら長い打ち合わせをし、区役所や図書館、阪神御影のスーパーへ買い物にも行った。
今日、出かけずにすむように。
明日は「暮しの手帖」の撮影なので、掃除したり、支度をしたり、ゆっくり動くつもり。
カメラは斎藤君。
はじめてうちにいらっしゃる。
仕事だけども、とても愉しみ。
「リンネル」の原稿が書けたかも。
夕方、あちこち掃除して、お楽しみのものをつなごうとした。
それは、テレビのチューナー(アマゾンで買った)。
説明書を見ながらつないでみたのだけど、ちっともうまくいかない。
それどころか、DVDまで見られなくなってしまった。
夜ごはんを食べながら、「ムーミン」が見られないなんて。
本当にがっくりだ。
夜ごはんは、ぶっかけ素麺(納豆、大根おろし、青じそ、ねぎ)、鮭のフライパン焼き(ごま油)、切り干し大根煮。

●2018年7月10日(火)快晴

今日も暑かったな。
体がほてり、のぼせたようになっている。
きのうは、豪雨の間がんばってくれた扇風機を掃除した。
歯ブラシとめん棒で、細かいところまで。
洗濯もたっぷりし、屋上に干した。
今日もタオルケットなど洗濯して、屋上に干してきたところ。
豪雨が過ぎ去ったと同時に、梅雨明けし、夏がやってきた。
クーラーがないので扇風機を回しながら、明日の「リンネル」撮影の支度や、「暮しの手帖」の撮影の支度。
「気ぬけごはん」も書き上げ、夕方にはお送りした。
夜ごはんはカレーライス。
中野さんがお米と一緒に送ってくださった、育ちすぎた大きなきゅうりを塩もみしたのがとてもおいしい。
食べていると、体に無理なく入ってくる。
夏の体には、路地で育った夏野菜がやっぱり合う。
7時を過ぎてもまだまだ暮れない。
空も、海も、青いこと。
早めにお風呂に入ってしまう。
風呂上がり、ようやく暮れはじめた。
蒼いなか、夜景がちらほら光り出している。

●2018年7月6日(金)豪雨

まだ雨は降り続いている。
テレビがないのでラジオをつけている。
これ以上、被害が広がらないよう、天に願うばかり。
いよいよ電車が止まってしまったので、中野さんはもう1泊してくださることになった。
きのうの続きの絵本を描くため、2階に上った。
私は粘土の人形を焼きながら、こうして日記を書いている。
さて、そろそろ私も絵本の続きをやろう。
それが終わったら、「リンネル」の原稿の続きも書こう。
「気ぬけごはん」も書きはじめよう。
ずっと文を書いていたら、頭が詰まってきた。
私は、頭が悪いなあ。
絵本の言葉なら、すーっと水が沁み出るように溢れてくるのだけど。
体を動かしたくなったので、アパートの階段を下り、郵便受けまで行ってみた。
玄関を開けると、霧がたちこめていた。
ミストのよう。
風が吹くと、カーテンのように揺れる。
夕方、中野さんが下りてきた。
絵本の絵は、見開き22ページ分の最後の2枚を残してすべて描けた。
そのうちの2ページは、観音開きの大きな絵になっている。
私も続きの言葉を書いては切り抜いて、絵の下に貼っていった。
夜ごはんは何を食べたのだっけ。
どうしても思い出せない(この日記は、後日書いています)。

●2018年7月5日(木)豪雨

朝から、向こうが見えないくらいの大雨。
ゆうべも音をたて、ひと晩中降っていた。
1階の窓際のあたりで雨漏りしている。
こんなにひどい大雨は、越してきてからはじめてのこと。
電車は走っているようなので、中野さんは今朝早くに帰る予定だったのだけど、避難勧告の知らせがあったので、急きょいてくださることになった。
今日の私は、家にひとりでいるときと同じように仕事をしている。
「暮しの手帖」のレシピと「リンネル」の原稿を校正し、島崎さんと鈴木さんと電話でやりとり。
言葉についての作文も書き上げ、さっきお送りした。
中野さんは2階の部屋で絵を描いてらっしゃる。
「紅茶と甘いもの、いかがですか?」と声をかけに覗いたのだけど、「いりません」とおっしゃる。
向こうを向いて正座し、絵に集中しているみたい。
私も、別の文を書きはじめよう。
窓は真っ白。
相変わらず雨は強い。
夕方、中野さんが下りてきた。
描いていたのは、新しい絵本の絵だった。
前に小野さんからいただいた絵本用の束見本に、10ページほど描いてある。
きのうだったかおとついだったか、私がみた夢のなかで聞こえてきた歌のことを中野さんに話したのだけど、それが絵本になっていた。
私はすぐに言葉をつけはじめた。
夜ごはんは、ソーセージのパリッと炒め&じゃがいもともやしの炒めもの(中野さん作)、がんもどきと南瓜を煮たの、青じその塩漬け、豆腐とねぎのみそ汁、ご飯、南風荘ビール。
雨はちっとも弱まらず、雨漏りが増えたので、窓際のボウルは五つになった。

●2018年6月30日(土)晴れ、夕立

カラッと晴れ渡っている。
朝からずっと、きのう書いた「言葉」についての作文。

何度も読み直し、ああでもないこうでもないと書き直し、頭をめぐらしていた。
きのう書けたと思っていたのだけど、まだまだだった。
このごろ私は、文の書き方が変わってきたかもしれない。
頭や心のなかにある、目に見えないふわふわとしたものに言葉を選んでつけていくのだけど、その選び方に広がりができ、少し自由になったような気がする。
これまでは、自分らしくないから使わない言葉というものにしばられていた。
そもそも、自分らしいって何?
言葉って、言い回しって、もっともっと自分を上回るほど柔軟だ。
できたかなと思っても、いちばん言いたいことについて、さらに書き込んだり直したりしていくうちに、何かと何かが反応し合い、言葉、文法、句読点などなどすべてがようやくぴたりとくる感じがして、どうにかふわふわと同じ(近い)ものになる。
その作業がとてもおもしろい。
これって、絵本を作っているときと同じなのかも。
青空に、大きな入道雲がもくもくもくもく。
天の高いところまで積み重なっている。
ソフトクリームみたい。
真夏の空みたい。
窓辺に立ったら、郵便屋さんがいた。
何か届いているかも。
下りてみた。
あぜつさんから本が送られてきていた!
『きげんのいいリス』だ。
おとつい本屋さんで見て、あ、長山さきさんの次の訳の本が出たんだな。
欲しいな、買おうかなと思っていたのだ。
今、雷が鳴った。
気づけばさっき入道雲があったところが、灰色の雲に覆われている。
対岸は灰色にさざ波立ち、雨が降っているみたい。
大きな大きな突風。
これはもう、ぜったいに雨がくる。
きたきた、大粒の雨だ。
雹みたいな音。
窓に打ちつけ、水槽みたいになっている。
さっきの郵便屋さん、ちゃんと雨宿りできているだろうか。
雨はひとしきり降ってやみ、雨雲もウソのようにかき消され、水色の空と白い雲がまた現れた。
灰色の世界が、風で吹き飛ばされたみたい。
夜ごはんは、混ぜご飯(島崎さんと食べた残りをセイロで温め直した)、茄子のオイル焼き(かつおぶし、七味唐辛子、醤油)、もずく酢(きゅうり)、茄子の皮のしば漬け風。

●2018年6月29日(金)雨のち曇り

わ、晴れてきた。
さっきまで、大雨だったのに。
空の高いところは水色で、真っ白なすじ雲。
ソーダ味のアイスみたいな配色。
廊下に出てみると、山はきのうと同じように霧が上の方から下りてきている。
海側は晴れているのに。
不思議なお天気だ。
きのうも同じような感じだったけど、今日の方が晴れ度が高い。
さっき、ラジオのニュースで関東地方が梅雨明けしたと言っていた。
梅雨明けというのは、西の方から順番にやってくると思っていたのだけど、そんなこともないのだな。
緑の枝先だけに、クリーム色のような、黄緑がかった白のような葉が集まっている木が窓から見える。
上から見ると葉っぱのように見えるのだけど、近寄ると小さな小さな花が集まって咲いている。
私はこの木が大好き。
なんか、花らしくな匂いがする。
蝶々の鱗粉のような、植物が吐き出す粉のような。
いい匂い。
さて、今日から宿題の文を書きはじめよう。
「言葉」についてのコラムだ。
4時ごろ、頭が詰まってきたので散歩に出た。
雨上がりの坂道に、ピンクの夾竹桃がちらほら。
今年もまた咲きはじめたのだな。
坂を下りている途中、「リンネル」の作文で書きたいことが浮かんできた。
帰ってきて続きを書いていたら、雨が降りはじめた。
しっかりとした雨。
海も建物も真っ白だ。
夜ごはんは、ラーメン(冷凍しておいたいつぞやの餃子をゆでてのせた。お昼に蒸して食べたとうもろこしをほぐしておいたもの、ねぎ)、キャベツとピーマンの塩炒め。
まだ明るいうちにお風呂に入ってしまう。
風呂上がりに窓を明け、暮れゆく海を眺めた。
透き通るような水色とオレンジ色のだんだら模様の空を、何色と呼べばいいんだろう。
ラジオからはマーラー。
「言葉」についての文は、書けたかも。

●2018年6月28日(木)曇りのち晴れ

1時ちょうどに「暮らしの手帖」の島崎さんがいらした。
打ち合わせはお昼ごはんを食べてから。
きのうこしらえた牛肉のしぐれ煮があったので、刻んだねぎとごまを炒ったのを加え、混ぜご飯にした。
あとは、最近気に入っている、ウーエンさんの茄子炒め。
皮をむいて棒状に細長く切り、水にさらしたのをごま油で炒め、味つけは塩をほんのひとふり。
ほどよく油を吸って透き通り、くったりと炒めてから最後に塩を加えると、水っぽくならなくてとてもいい感じ。
この間、小野さんたちがいらしたときには先にしょうがを炒めて香りを出したけど、茄子だけでも充分においしい。
すごいなあこのレシピ。
むいた皮がもったいないので、細く切って塩もみし、梅干しと梅酢を合わせてみたらしば漬けのようになった。
独特な歯ごたえがあり、とてもおいしい。
茄子の皮はアクが強いから、塩もみをしてから水でさっと洗い、キュッと絞ったのがよかったみたい。
もう一品は、キャベツと人参の塩もみサラダにくずした豆腐をのせ、黒酢玉ねぎドレッシングをかけたもの。
食後に、コーヒーを島崎さんにいれていただいて、打ち合わせ。
企画内容についておしゃべりしているうち、気づいたら3時だった。
朝は霧に包まれて山の天気みたいだったのに、いつの間にやら雲が流れ、晴れ間が出てきた。
海が青い。
なので、窓辺に移動してつづきの打ち合わせ。
終わってから、ビールを呑んだ。
つまみは柿の種。
ああでもないこうでもないとおしゃべりしながら、すべてが打ち合わせにつながっているような感じだった。
4時を過ぎてもまだ海が青くて。
お見送りがてら、てくてく歩いて坂を下り、阪急電車に乗って王子公園の豚まん屋さんに行った。
けれど、売り切れごめんでシャッターが閉まっていた。
ざんねん! また来よう。
せっかくなので、水道橋筋の商店街をふたりでぶらぶら散策。
果物がとても安かったので買った。
私は小さな桃と、キウイと、有田産(和歌山県)のオレンジ。
島崎さんはサクランボと、アメリカンチェリーと、同じくオレンジ。
商店街で、「高山さんですか?」と声をかけてくださった方がいた。
「暮しの手帖」も愉しみに読んでいるとのこと。
ご近所に住んでいるそうで、いつかお会いできるかもしれないと、ずっと願っていたのだそう。
ありがたいなあ。
その方とは握手して別れたのだけど、島崎さんもとても嬉しそうだった。
「ふだん、雑誌を作っているばかりで、読者にお会いする機会がないから、本当にうれしかった。よかった、ここに来て」と。

六甲に戻ってきても、まだ空が明るかった。
お昼をしっかり食べたから、あまりお腹が空いていない。
群青の東南の空に、大きな紅い満月がぽっかり浮かんでいる。
お風呂のお湯をためはじめていたのだけど、今しか見られないから、ひじかけ椅子にどっかりと座りじーっと見た。
雲に覆われて見えなくなるまで。
お風呂から出たら、もう雲に隠れていた。
でも、真下の海が金色にさざ波立っていた。
見えなくても、あそこに月はあるのだ。
夜ごはんはヨーグルト(桃、りんご)。

●2018年6月24日(日)晴れ

ベッドの上で体を伸ばし、お腹に手を当てて、まだ眠れる、まだ眠れると思いながら寝ていた。
体の奥から、眠たい液体がいくらでもしみ出してくるみたいだった。
もう充分に眠った、と思って時計を見たら10時半。
とってもいい天気。
すみずみまで晴れ渡っている。
さあ、洗濯をしないと!
今週はたくさんの人に会った。
小野さん、洋子さん、つよしさん、中野さん。
大阪の画材屋さんへも行った。 仕事の電話もメールも、いっぱいあった。
その間ずーっと楽しかったのだけど、あんがい私はくたびれているのかも。
柱時計が8時13分で止まっている。
ゆうべ寝るときには、すでに止まっていたのかな。
でも、止まったままにしている。
針を合わせるには、9時で9回、10時で10回、ボーンボーンと鳴らし続けないとならないので。
今日は、私もぜんぶ休みにしよう。
洗濯のほかは、何もしないぞ。

今週は、絵本週間だった。
そのことを少しだけ書こうと思う。
つよしさんと小野さんとの絵本は「つ」、中野さんとの新しい絵本は「な」と呼ぶことにしよう。
「つ」は、小野さんのおかげで、テキストも台割もほとんど定着した。
あとはつよしさんの絵を愉しみに待つばかり。
絵ができたら、また動くのだろうけれど。
それも含めて、とても愉しみ。
「な」は、中野さんが新しいラフ(絵本の形になっている)を描いて持ってきてくださったので、つよしさんたちとの打ち合わせの翌日から、自然と絵本合宿のようになった。
新しいラフを見たら、微妙に言葉が変わり、翌朝、前の方にあった絵が、後ろのページに移動した。
そのことで流れや意味も新しくなるから、絵につく言葉も変わり。
そしたらなかのさんの絵も、変わることになり。
そういうやりとりを、お互いが一定の距離を置きながら、連歌のようにやっていた。
それはとても楽しく、刺激的な時間なのだけど、お腹の底にある泉は落ち着いて、しーんと鎮まっている。
何かが動くと、かすかに波立って、教えてくれるような。
そんな感じ。
絵は、これからまだまだ変わるかもしれないと中野さんはおっしゃる。
「つ」のテキストは、去年の秋に私が書いた。
たしか、台風の日に。
その時点で成るべき絵本の姿は、すでにできていたのかもしれないなあと、なんとなしに思う。
ただ、「つ」は土のなかに埋まっているので、私にも中野さんにも、姿がまだ見えていない。
まずそれを掘り起こすことからはじまって、かぶっている土を、少しずつ手で払い落とす。
中野さんが払いかけているものを私が見て、確かめる。
こんどは私がやり、それを中野さんが見て、確かめる。
おかげで、うっすらと姿が表れかかっているような。
そういう段階までやり終え、中野さんはきのう、夕方4時くらいに帰られた。
体を動かしたかったので、私も雨上がりの道を下ってお見送り。
パン屋さんと「コープさん」で買い物し、坂を上って帰ってきた。
絵本は、自分でテキストを書いているのだけど、自分の力だけで世界を作っているという感じがしないところが好きだ。
夜ごはんは、豆腐と卵の雑炊(ゆうべの残り)、かぼちゃ(りうの)とピーマンの含め煮、きゅうり&みそ。
きゅうりがおいしくなってきた。
それは、切ったときに跳ね返る感じで分かった。
夏がやってこようとしている。

●2018年6月18日(月)晴れ

7時半を過ぎても寝ていたら、地震があり飛び起きた。
かなり大きい。
一瞬、どうしていいか分からなくなり、ベッドの下に頭だけ突っ込んでいたら、やんだ。
外で声がするので窓を開けると、犬を散歩中の近所の方々も地震に気がついたようで、様子をみている。
下に下り、ラジオをつけたら、アナウンサーが慌てた声で、関西地方にこれから大きな地震がくると言っている。
うーん、どうしたらいいんだろう。
さっきの大きい揺れのことを言っているのか、それともこれからさらに大きいのがくるんだろうか。
ラジオを聞いているうち、どうやらそうではないらしいことが分かってきた。
落ち着いてきた。
母から電話。
そのあと、今日子ちゃんからも電話があった。
「なおみさん、だいじょうぶですか? もう、いろんな方から連絡があったかもしれないけれど、ひとりだと心細いやろなあと思いまして」
落ち着いた、太い声だった。
朝ごはんを食べ終わったころ、ひろみさんからもメールが届いた。
「なおみさん おはようございます。大丈夫ですね。念のため、お風呂にお水を貯めてください。お手洗い用に必要です」
すぐにそうした。
ふたりは神戸の大震災を過ごしてらっしゃるから、何というか、地震に対してお腹に重しが入っている感じがする。
近くにおふたりがいると思うと、とても心強い。
スイセイからもメールが届いた。
「どう? さすがにもう起きてると思うけど。地震、大丈夫だったでしょうか」
スイセイからは仕事以外のメールが届くことは滅多にないから、ちょっと驚いた。
これって、家族なんだろうか。
東京の赤澤さんからも、朝、いのいちばんにメールがあった。
小野さんからもいただいた。
地震速報によると、大阪の北の方が大変だったみたい。
被害が広がらないといいのだけど。
でも、ラジオはもう消した。
ずっと聞いていると、不安を煽られるような感じになるので。
さ、いつものように仕事をしよう。

お昼ごろ、カトキチからメールがあった。
夕方、「暮しの手帖」の澤田さんからもメールをいただいた。
ひとり暮らしだと、みんなが心配してくださる。
ありがたいことです。
夜ごはんは、とっても変なものを作った。
かぼちゃとマッシュポテトのグラタンの残りを、耐熱皿の真ん中に島のように置いて、まわりにトマトを並べ、上からカレーをかけ、オーブンで焼いた。
カレーといっても、玉ねぎ、ちくわ、キャベツを水で煮て、ルウを溶いただけ。
なんだかけっこうおいしかった。
まだ明るいうちに、窓辺に腰かけて食べた。
お風呂にも早めに入ってしまう。

●2018年6月15日(金)明るい曇り

朝ごはんのパンを焼いたあと、オーブンが熱いうちに中野さんの置き土産(新しくこしらえた粘土細工)を焼いた。
三回戦焼いて、ソーセージを作った。
来週はいよいよ、つよしさんとの絵本の打ち合わせがあり、ラフの絵を見せていただける。
編集の小野さんもはるばる鎌倉から来てくださる。
小野さんは洋子さん(奥さん)を連れてらっしゃるので、ごちそうを作ろうと思って。
このところ涼しいし、風もひんやりしているから、ソーセージを作るのには向いている。
今日は、「リンネル」の連載のことをぼんやり考えていた。
あと、つよしさんとの絵本のテキストを読み直し、新しいことに気づいたり。
夜ごはんは、鰯の甘辛煮、卵黄の醤油漬け、ちくわとほうれん草の塩炒め、チゲスープ(ゆうべのみそ汁にキムチとコチュジャンを加えた。じゃがいも、大根、玉ねぎ、人参)、白いご飯。
食べ終わったとき、夕陽が最後の光を放ち、海の向こうの建物がオレンジに染まっていた。
それをじっと見て、ふと視線を上に動かしたら虹が出ていた。
大きくて太い虹の御柱。
ちょうど煙突の上にあるので、そこから昇っているみたいに見える。
見ている間にも、どんどん濃く、太くなっていく。
赤も黄色も緑も紫もくっきりしている。
虹色の竜みたい。
虹が出ると、そわそわしてしまう。
写真を撮ったっり、メールをしたり。
落ち着いて、じっと見続けることができない。

●2018年6月13日(水)晴れ

なんていいお天気だろう。
青い空、白い雲。
海も真っ青。
対岸(紀伊半島)にある、白く四角い建物らしきものまでよく見える。
きのう行った「にじの図書館」は、あの辺りにあるのかな。
佐藤さんも久保さんも、今日も朝からあそこで働いてらっしゃるのかな。
朝起きたら、なんだか無性に仕事をしたくなっていた。
寝ながらも、夢のなかでも、ずっと考えていたので、絵本のテキストの気になるところが分かり、起きてすぐに向かった。
これは中野さんがこのところ、家でずっと描いてらしたのを、おとつい見せられたできかけの絵本のコンテ。
そのあとで、「暮しの手帖」のレシピの確認もした。
やる気がむくむくと沸いてきているのは、佐藤さんにたくさんほめられたからだ。
きのう私はなんとなく、子どもに戻って、小学校の先生にほめられているような感じになった。
先生にほめられたことなどいちどもないから、恥ずかしかったけれど、うれしかった。
大人になってから、編集さんなんかにいくらほめられることがあっても、鵜呑みにしてはいけないから、本気では聞かないようにしていたのに。
佐藤さんの声には魔法がある。
私がこうして日記を書いている今、後ろで中野さんが絵を描いている。
カリカリコリコリと乾いた音がする。
1枚できるごとに、「できました」と中野さんがおっしゃり、私が見る。
「いいですねえー」となると、また次に進む。
うーん。
楽しい。
涼やかな風が吹き抜ける。
海は、ますます青い。
夜ごはんは、かぼちゃ(りうが送ってくれた)とマッシュポテトのグラタン(ベーコン、ホワイトソース、トマトソース、チーズ)、白いご飯(昆布の佃煮、行者にんにく醤油漬け)、南風荘ビール。

●2018年6月12日(火)曇り

電車を乗り継ぎ、中野さんと大阪の信太山(しのだやま)にある「にじの図書館」へ行った。
そこは今年の2月に、中野さんが子どもたちと長い長い大きな絵を描いたり、のぞき箱を工作するイベントを開いたところ。
古くて頑丈な建物の、懐かしい感じのするとてもいい図書館だった。
私は靴を脱ぎ、あいうえお順にぐるりと絵本が並んでいる畳の間に座り込んだ。
右回りは外国の作家、左回りは日本の作家。
名前順に並んでいるらしい。
右の端から1冊1冊抜き出しては手にとり、好きな感じの絵の本だと開き、パラパラめくって言葉を読んだ。
ここには、私が通っている図書館にはない絵本がたくさんある。
吉祥寺の図書館でも見たことのない絵本。
あとでお聞きしたら、図書館員の佐藤さんと久保さんが選んで取り寄せ、並べているのだそう。
そこにいると絵本と私だけになれる。
とてもかわいらしいお話をみつけた。
『ちいさなちゃいろいうし(ビジョー・ル・トール著、酒井公子訳)』という小さな絵本。

――せなかに ぜんぜん もようの ない ちいさな ちゃいろい うしが うちの うらにわに すんでいるの
ちゃいろい うしは すべすべで きれいな つのが ふたつ おでこの うえに あるの――

こっそりと声に出し、ときおりくすっと笑いながら最後まで読んだ。
ほしいなあ、この本。
帰ったら、アマゾンで検索してみよう。
『どもるどだっく』も、『ほんとだもん』も、『くんじくんのぞう』も置いてくださっていた(借りられていて棚にはなかった)。
サイズが大きすぎて、本屋さんにはなかなか置いてもらえない『たべたあい』も、棚からはみ出す絵本を集めた場所にちゃんと立ててあった。
そのあと、佐藤さんがあちこち案内してくださった。
信太山駅がある和泉市というところは、昔からの言い伝えがちゃんと残っている場所で、熊野街道(小栗街道)も通っている。
神社がいくつもあるし、道のそこここに小さな鳥居や社が目についた。
「にじの図書館」の前に行った「葛葉稲荷神社」が、古いままでとてもよかった。
「葛ノ葉」という白ギツネの伝説を、中野さんから前に聞いていたので、来てみたかった。
根元から枝分かれしている、大きな大きな楠が御神木。
姿見の井戸や、千利休の茶室跡、白竜を祀った社など。
いくつもある小さな社(目の神様、胃の神様、集金の神様、道案内の神様など、いろんな神様が奉ってあった)を、奥の方までゆっくり巡って歩き、気になる神様にお祈りした。
蚊に刺されながら。
佐藤さんの車で「鏡池」と「聖神社」に向かっていたとき、坂を上りながら振り返ったら海がちらりと見えた。
あの海の向こう側にある陸が、私の住んでいる神戸。
地図によると、ほとんど正面にあるみたい。
窓から毎日眺めている、遥か遠くの反対側の岸から、自分の暮らす場所を見るというのはなんだかとても不思議な気持ち。
体の軸が揺れ、うずうずするような感じ。
夕食は、佐藤さんが韓国家庭料理のお店に連れていってくださった。
メンバーは佐藤さん、久保さん、文さんと小学1年生の息子の桜雲君。
文さんは中野さんと保育士時代の同僚で、おととし「空色画房」で開いた『どもるどだっく』の原画展にも、『ほんとだもん』の「nowaki」の原画展にも来てくださった。
久保さんとは、従姉妹同士にあたるのだそう。
そして久保さんは、『どもるどだっく』の「高浜美術館」でのイベントに来てくださった。
おいしい料理はこれでもか、これでもかと、続々出てきた。
私はぐんぐん食べた。
絵本を作るようにならなければ、そして神戸へ越してこなければ会えなかった方々と、手をかけた心づくしのごちそうを囲む歓び。
料理の本で見て、昔からずっと食べてみたいと願っていた九節板(もやし、きゅうり、にんじん、ピーマン、赤ピーマン、錦糸卵、海老を、手の平に乗るくらいの薄焼きの生地で巻いて食べる)、太い春雨の本物のチャプチェ、海鮮チヂミ(鉄皿にのって焼きたてが出てきた)、ジョン(朝鮮かぼちゃ、海苔、白身魚に卵液をからませ、フライパンで焼いたもの)、韓国風海苔巻き(色とりどりの野菜がたっぷり)、骨つきカルビの焼き肉(大きな鉄皿にのって、ジュージューいいながら出てきた)、酢の物とナムルの盛り合わせ、鶏の丸煮(金だらいのような鍋で、丸ごとの鶏が煮てあった。あっさりとした塩味。鶏肉はほろほろとくずれるほどにやわらかく、新じゃがもよくスープを吸っているのに、玉ねぎと長ねぎだけは軽く煮てあり、みずみずしいおいしさ)。
どれも、本当においしかったなあ。
佐藤さんは中野さんや私のことを「先生」と呼ぶ。
真っすぐにこちらを見て、どんな話も真剣に聞いてくださり、濁りのない大きな声で、「すごいですねえ」「すばらしいですねえ」と思い切りほめてくださる。
私からしたら、佐藤さんの方がずっと立派で、先生みたいなのに。
なんだか佐藤さんにほめられていると、子どものころに通っていた教会の牧師アベ先生のことを思い出した。
アベ先生はいつも、お腹から飛び出すような大きな声で、「おお! なーみちゃんかい。今日も元気、元気!」とか言いながら、大げさなくらいにぎゅーっと抱きしめてくれた。
みんな、アベ先生のことが大好きだった。
クマみたいに大きく、身振り手振りも大きく、外人みたいな喋り方だから、サンタクロースはアベ先生かもしれないと私は思っていた。

●2018年6月8日(金)雨

今日は、なーんにもしなかった。
テレビの収録を3日連続でがんばったから、だらだらの日にしようと思って。
雑誌を読んだり、ネットで中古家具屋さんを探したり。
本棚の前に立ったとき、なんとなく目についた高野文子さんの『棒がいっぽん』を寝転がって読んだ。
ひさしぶりに読んだ。
やっぱり、ものすごくよかった。
前には飛ばして読んでいた物語の展開に、グッときたり。
そのころには意味がピンとこなかったところが、今はとてもよく理解できたり。
私、成長したんだろうか。
きっと、生活が変わったせいで、角度の違うところの目が見えるようになったんだろう。
「美しい町」では、やっぱり最後のところで泣いた。
前とは違う種類の涙だった。
それは、こういう場面。
ノブオさんとサナエさんいう若夫婦が、工場の団地でつつましく暮らしている。
ある日、心ない隣人に無理な仕事を頼まれた。断ることもできたのだけど、ノブオさんは何も言わず、ふたりで夜なべ仕事を終えた朝のこと。
――最後の一枚が刷りあがったのは明け方でした
ノブオさんがしまってあったクラッカーを出してきました
サナエさんは玄関へ牛乳をとりに行きました
「インクの臭いがすごいね」
「ええ」
工場が見えました
耳をすますとモーターの音が聞こえてきます
さっきなにかのブザーも鳴りました
たとえば三十年たったあとで
今の、こうしたことを思い出したりするのかしら
子供がいて、おとなになって、またふたりになって
ノブオさんは、そんなふうなことを思っていました
サナエさんも、そんなふうなことを思っていました
この町で――
ふたりは窓辺に座り、まだ暗い外の景色を眺めながら、サナエさんが沸かした牛乳を飲み、クラッカーを食べていた。
同じ景色を眺め、同じ町を歩き、同じごはんを食べて、誰かと助け合いながら末長く暮らすこと。
私は、そういうのに憧れていたのだけど、やっぱりかなわなかった。
何て言ったらいいんだろう。
自分は、ほんとに、仕方がないなあ。
でも、こういうふうにしかできないんだよなあ……と思ったら、運動して汗が出るみたいに目から涙が出てきた。
そうだ。思い出した。
今日あとは、お昼ごはん用にフォカッチャの生地を練り、オリーブオイルをたっぷりかけて焼いて食べた。
洗濯はしたけども、やったのは、そのくらいだ。
雨が、一日じゅう降っていた。
夕方、雷が盛大に鳴って、いちど電気がピカッと光り、少しだけ怖かった。
夜ごはんは、カレー(冷凍してあった)、茄子のオイル焼き(おかか醤油)、キムチ、ごはん(茶碗によそり、カレーを少しずつかけながら食べた)。

●2018年6月7日(木)晴れ

朝から大洗濯大会。
明日からまた雨だそうなので。
3日間の収録で使った布巾やタオルに加え、シーツ、枕カバー、パジャマも。
2回洗濯機を回し、部屋干ししていたものも合わせ、屋上に3回干しにいった。
すべて干し終わったら、柱時計が10回鳴った。
生のトマト(切ったもの)がたくさん残っていたので、全部合わせてオリーブオイルを加え、トマトソースを作った。

トマトにのせた玉ねぎもかまわず放り込んだら、煮ているうちにいい具合に溶けた。
いわしの残ったものは、きのうのうちに生姜と青山椒(おとつい煮ておいた)で甘辛煮にしておいた。
今日は、いわしとの甘辛煮の落としぶたとして、一緒に煮ておいた昆布を小さく切り、やわらかく煮直して佃煮を作った。
そのあとは掃除大会。
掃除機をかけ、念入りに雑巾がけ。
こうやって少しずつもとの暮らしに戻し、整えてゆく。
気が散るとパソコンの前に座り、「リンネル」の原稿を推敲。
スイセイに頼まれていた鍋を梱包する。
庭の梅の実を煮るので、フィスラーの圧力鍋を返してほしいとのこと。
これは、明日発送する予定。
今日は、朝から夕方までめいっぱい動いたな。
収録が終わって、いろんな人に「お疲れでしょう」と声をかけられたり、メールをいただいたりするのだけど、私は不思議なほど疲れていない。
3日間かけ、余裕を持って撮影してくださったからだ。
そして、ディレクターさんをはじめスタッフがみなとってもよく、楽しかったから。
私は体も心も、ひとつも無理せずにやれた。
本当をいうと、テレビ出演の依頼をいただいたとき、私はちょっと尻込みした。
なんとなく勇気が出なくて。
打ち合わせの日には、東京から矢内さん(これまで長い間お世話になっていたディレクター)と鷲尾さんがはるばる応援にきてくださったりもした。
でも、うちで収録をしたおかげで、みなさんの仕事の深みの片鱗を知ることができた。
それが何よりいちばんよかった。
メイクさんも、フードさんも、撮影スタッフたち全員が、それぞれの職業の技術や知識を深く持っていながら、ひけらかすような人がひとりもいなかった。
みんなすごいなあ、プロフェッショナルだなあ。
物づくりの人たちの現場。
私もその一部でいられることが嬉しく、幸せだった。
新しい人たちとのはじめての仕事は勇気がいるけれど、ひとつジャンプをしてそういうのをお受けすると、これまで思ってもみなかったことを考えたり、気づいたりする。
見たことのないもの、知らないことに出会えるのは楽しい。
私は自分の小ささや、世間知らずなことを身をって知るのが、好きなのかも。
それにしてもフードさんの繊細な目と、動きを見ていたら、何にも知らない私に、よくウーロン茶のCMや、映画やドラマの仕事を任せてくれたものだと感心した。
好きだという気持ちだけで、特攻隊のように突っ込んでいく私はきっと、たくさんの人たちに迷惑をかけただろうな。
夜ごはんは、茄子のオイル焼き(みょうが、おろし生姜)、肉野菜炒め(豚肉、ピーマン、もやし)、ほうれん草のおひたし(ちりめんじゃこ)、鰯の辛煮、ご飯。

●2018年6月5日(火)薄い晴れ

きのうの収録は、7時半くらいに終わった。
朝の8時半から夜の7時半だから、11時間。
撮っていただいた料理を、みんなで床に座って食べ(取り皿に1杯ずつのささやかなおかず)、8時半くらいに解散となった。
なんとなくお腹がいっぱいなので、夜ごはんは食べずにお風呂に入り、すぐに寝た。
お昼(「かもめ食堂」のおいしいお弁当)をしっかり食べておいたのがよかったみたい。
きのうの収録はとても楽しかった。
関西の人たちは、小さな冗談(おやじギャグみたいなの)を挟みながら、淡々と撮影していく。
時間をかけ、ていねいに。
決して焦らず、誰ひとりピリピリしていない。
ディレクターさんを筆頭に、息の合ったとてもいいチーム。
冗談は言っても、カメラがまわるとびっくりするほど空気が切り替わり、プロフェッショナルの技が光る。
台所からその様子を見ていたら、うちがスタジオのようで可笑しくなった。
窓からは青い海が覗いているというのに、私がこしらえた簡単なひと皿の料理を囲んでみな床に座り、カメラを覗いたり、小さなレフ板の角度を微妙に変えたり、モニターを覗き込んだり。
中野さんが絵を描かれる場所(ベニア板が敷いてある)も、気づけば機材置き場になっていて。
なんだかみんなで合宿をしているみたいだった。
さて、今朝はメイクさんが8時にいらっしゃる。
そのあとで、アナウンサーの岩槻さんとスタッフたちもいらっしゃる。
岩槻さんにお会いするのは4年ぶり。
東京のスタジオで、ロシア料理とウズベキスタン料理の収録をした以来。
今日は岩槻さんにお教えしながら、料理を作っているところを撮っていただく。
岩槻さんのことを大好きだから、私はきっと、緊張しないと思う。
フードさんがすばらしい働きをしてくださるので、何でも相談できる。
とっても安心。
収録は、夕方5時に終わった。
みなさんが片づけをしている間に、明日使う新鮮ないわしを求め、ディレクターさんと車で仕入れにいった。
けっきょく、六甲道の「コープさん」にちょうどいいのがあった。
みんなが帰ってから、冷蔵庫に残っているいわしをすべて開き、パン粉をまぶしてフライ用に冷凍した。
じゃがいももちもひと口大に切り、フライ用にしてみた。
夜ごはんは、のり巻き(昼食のお弁当の残り)、みそラーメン(もやし、ほうれん草、コーン、麺は半分)。

●2018年6月4日(月)晴れ

ゆうべはとてもよく眠れた。
まだ明るいうちにお風呂に入って、晩ごはんを作って食べたら、くったりと眠たくなった。
掃除や仕込みも終わったし、テレビ収録の心構えも準備万端整ったからビールでも呑もうと思ったのに、半分も呑めず。
7時半にはベッドに入って、そのままことんと寝てしまった。
収録の前によく眠れるコツは、台本をしっかり読まないこと。
1日目の撮影の流れだけを把握しておいて、台本は当日の朝読み込めばよし。
これから8時半にメイクさんがいらっしゃり、今日は「めぐみの郷」へ今日子ちゃんと買い物にいく。
きのう中野さんからお電話があったとき、それを伝えたら、「いつものままですね」と言われた。
ほんとだ。
いつものまんまだ。
その通りを撮ってもらえばいいんだ。
あ、ちょっとどきどきしてきた。
朝、メイクをしていただき、そのあとすぐに外での撮影。
お昼ごはんのお弁当は、いわしを買いにいったスーパーでみなそれぞれが食べたいものを買い、うちの床の食べたい場所に座って食べた。
今はこうして日記を書きながら、パソコンに向かっているところを撮られている。
ラジオからは、吉幾三の演歌が流れている。
なんだか楽しい。
そして、また、書く。
「また、書く。なんだか楽しい。また、書く」とくり返し打ち込む。
なかなか終わらない。

●2018年6月1日(金)晴れ

今日から6月。
ひさしぶりに晴れたので、朝から洗濯大会。
映画のコメントと宿題の作文を仕上げ、お昼過ぎにはお送りした。
台所を念入りに掃除したり、あちこち掃除機をかけたり。
海も空も青いので、つい立ち止まって見入ってしまう。
はっ!となり、また気持ちが焦る。
ゆっくり、ゆっくりと唱えながら動いた。
テレビ収録の台本とスケジュールも送られてきた。
夕方、電話で長いお打ち合わせ。
夜ごはんは、いろいろ終わったので、南風荘ビールを呑みながら作った。
ガオパライス(ゆで卵、きゅうり、トマト、みょうが、玉ねぎスライス、香菜、ねぎ)&南風荘ビール。
青い大海原と、ゆき過ぎるサンフラワー号を眺めながら食べた。
もう7時なのに、まだ海が青い。
ずいぶん日が延びたものだ。

●2018年5月31日(木)雨のち曇りのち雨

ゆうべは月光が海に映り、湾が金色に光っていた。
そこだけ金の広場のよう。
満月に近い、ほとんど欠けていない月。
月が昇るにつれ、金色の広場は狭くなる。
そうすると夜景がまた、輝きを増す。
眩しいほど。
寝るのが惜しく、ベッドの上からしばらく眺めていた。
今朝は6時半に起きた。
あんなに煌煌とした月だったから、雨の予報なのが信じられなかったのだけど、起きたらやっぱり雨。
来週は2日にわたり(もしかすると3日かも)、『きょうの料理』のテレビ収録がある。
朝も早いから、早起きのくせをつけようと思って。
今日から4日の間に、宿題の原稿書きひとつと、映画のコメントを仕上げ、お送りしよう。
台所の掃除をしたり、包丁を研いだり、買い物に行ったりしよう。
そうやって、毎日少しずつ支度をし、やんわりと収録に向かおう。
ひさしぶりのテレビだから緊張してしまいそうだけど、ディレクターさんがとてもいい感じの方なので、きっとだいじょうぶ。
きのうはコメントの仕事の映画を観た。
6歳の女の子が主人公の、『悲しみに、こんにちは』というスペイン映画。
最後、涙がいっぺんに噴き出した。
2度観ても、また同じところで噴き出した。
とても、とても、いい映画だった。
夏に、東京の岩波ホールで公開されるそうです。
さあ、私も宿題の作文をがんばろう。
書いている途中、バタバタと音をたて、大雨が降ってきたかと思ったらすぐやんだ。
いちど晴れ間が出たけれど、また、静かな雨。夕方にはやんだ。
なんだか今日は、肌寒いな。
夜ごはんは、オムライス(お昼ごはんの残り)、じゃがいももち(コチュジャン、おろしにんにく、しょうゆのタレで)、スープ餃子(小松菜)。

●2018年5月30日(水)雨

明け方5時半くらいだったかな、雨が降ってきた。
降り出したときの音が、ちゃんと聞こえた。
パラパラパラパラ。
道路に当るかすかな音。
音は、目をとじているときの方がよく聞こえる。
朝ごはんのパンをオーブンで焼いて食べ、その熱のまま、粘土細工を焼きはじめた。
焼き上がるのが愉しみで、おもしろくて、どんどん焼いた。
3回戦ほどやった。
粘土細工は、おとつい中野さんがこしらえたもの。
私が『きょうの料理』のテレビの打ち合わせをしていたときに、画材屋さんから帰り着くなり、2階の部屋で作ってらしたもの。
中野さんはきのう帰ったのだけど、置き土産みたいにたくさんある。
乾いたものから、オーブンで焼くのが私の役目。
『帰ってきた 日々ごはん4』の最終稿の確認を、村上さんと電話でやりとり。
「暮しの手帖」のレイアウトについても、島崎さんと電話でやりとり。
メールを読んだり、返事を書いてお送りしたり。
雨は静かに降りつのる。
霧も出ている。
そんな一日。
2015年後半の日々を収めた『帰ってきた 日々ごはん4』が、ついに今日で校了した。
いろいろなできごとや、思いが重なり合った、びっくりするほど中身の濃い巻になったと思う。
私の日記だけでなく、スイセイの文章もたくさん挟まれている。
アルバムページは、はじめての絵本『どもるどだっく』ができるまでの記録を、ぞんぶんに。
なんだか、とてつもない本になった。
これもみな、あの激しい日々を本の形に起こすための監督&デザイナーのスイセイと、アノニマ・スタジオのみなさんのおかげだ。
やれることはすべてやったので、あとは印刷所の方々にバトンタッチ。
そうしてまた、6月中旬過ぎには日本各地の本屋さんにバトンタッチされる。
なんだかそんな、厳かな感じのする日。 
どうか、みなさん、愉しみにしてらしてください。
夜ごはんは、野菜たっぷりスープ餃子(白菜、人参、玉ねぎ、小松菜)、切り干し大根の和え物(酢、ごま油、わさび、白ごま)。

●2018年5月24日(木)晴れ

ゆうべは高山ベッドシネマで、『サイダー・ハウス・ルール』を観た。
やっぱり、とてもよかった。
どこをとっても大好きだった。
何度見ても、その好きな感触は変わらない。
でも、観るたびに新しい刺激があり、また別の感慨が浮かび上がってくる。
それは生きている私が、感じたがっているところを選び取り、今の自分と絡み合わせながら観ているからだろう。
映画の造り自体は変わらないのに、感じ方は観る人に寄り添い、形を変える。
名作は、やわらかい。
これが名作のおもしろいところ。
そんなわけで、ゆうべは寝るのが12時近かったから、起きられないかと思っていたのだけど、7時の柱時計の音ですいーっと起きた。
とってもいい天気なので。
朝から洗濯大会。
朝ごはんの前に、屋上に干してきた。
寝室を掃除していたら、急に衣替えがしたくなった。
台所でじゃがいもをゆっくりゆでながらやる。
「きょうの料理」の試作とお昼ごはんを兼ね、じゃがいももちを作ろうと思って。
大きめのじゃがいも3個分で、何グラムのじゃがいももちができるかを計ったり、ラップでくるんだ円柱形のじゃがいももちの直径と長さを計ったり。
今日は風もなく、海が青い。
まだまだ明るい。
4時前に洗濯ものを取り込みにいった。
物干竿に袖を通したワンピースやTシャツを竿からぬいていると、胸もとに太陽が当ってじりじりする。
今、山の緑はとても深い。
むくむくむくむくしている。
普通の緑と、少し濃いめの緑、淡い緑。
ひとつひとつの木が、緑の山のミニチュアのように見える。
尖った山、丸い山、菱形の山がいっせいに陽を浴び、きらきらむくむくしている。
東の空には白い半月。
茶碗によそったご飯みたいな月。
夜ごはんは、お好み焼き(アスパラ←アムたちの北海道土産&豚肉&ウスターソース、淡路の新玉ねぎ←カメラマンさんのご実家の&豚バラ&手作りマヨネーズ←今日子ちゃんがおすすめの組み合わせ)。

●2018年5月23日(水)雨

ずーっと雨。
とても静かな雨。
途中で霧が出てきた。
朝、「気ぬけごはん」の校正をしてファックス。
それからはずっとチクチクお裁縫。
枕カバーを直し、Tシャツの丈を短くし、パジャマのズボンのウエストがほつれていたのを直し、テーブルクロスにチロリアンテープを縫いつけた。
餃子の具を作りながらやった。
皮をひと袋しか買っていなかったので、急きょ粉を練って皮を作った。
土曜日のお昼、絵本の打ち合わせでつよしさんがいらっしゃることになったので、手作りの皮の餃子は冷凍した。
夜ごはんは、焼き餃子(10コ)、野菜スープ(白菜、人参、ねぎ、1枚だけ残った餃子の皮を短冊に切って加えた)。

●2018年5月22日(火)晴れ

アムたちはきのう帰った。
海が見たかったので、私も一緒にポートライナーに乗って、神戸空港までお見送りした。
ふたりが泊まっている間、私はほとんど日記を書けなかったけれど、カトキチが毎日たくさん写真を撮っていた。
それを「アムプリン冒険!」に、アップしてくれるのだそう。
アムも何か書いてくれるみたい。
楽しみだなあ。
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『エゾアムプリン製造所』の「アムプリン冒険!」でアップされています。
http://www.amupurin.com
http://www.amupurin.com/amu/116.html
http://www.amupurin.com/amu/117.html
http://www.amupurin.com/kato/312.html
http://www.amupurin.com/kato/313.html
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今朝から、いつもの私の暮らしが戻ってきた。
6時半くらいに起き、カーテンを開けて太陽を浴びた。
洗濯ものも屋上に干してきた。
今日やることは、「きょうの料理」の最終校正をし、鷲尾さんと電話でやりとりすること。
それが終わったら、『帰ってきた 日々ごはん4』の最終校正。
コーヒーをいれ、ねじりはちまきでがんばった。
3時半くらいに坂を下り、宅配便を出しにコンビニへ。
締め切りに間に合ったー!
パン屋さん、「コープさん」で軽く買い物し、汗をかきかき坂を上って帰ってきた。
いつまでも、いつまでも、暗くならない。
こんな時間はアム&カトと窓辺に座り、南風荘ビール(「クウクウ」マスターが考えた、ビールのグレープフルーツジュース割り。グラスの縁には塩)を呑んだりしていたっけ。
アムちゃんはお酒を呑まないから、六甲のおいしい水(うちの水道の水)かお茶かジュースだったな。
今、海の遠くの方から、ひとつ、またひとつと灯りがついてきた。
夜ごはんは、赤カレイの煮つけ(生姜。焼きねぎ)、グリーンアスパラ(アムたちのお土産)のおひたし、納豆、浅蜊のみそ汁、ご飯。

●2018年5月19日(土)晴れ

ゆうべは雨の音を聞きながら寝た。
とてもよく眠れた。
アムたちが泊まっていても、まったく気にならず、深く眠れる。
きのうは一日中ものすごい湿気だった。
でもゆうべ、雨も降ったし、強く大きな風が吹いていたから、今朝は空気が澄んで海の向こうの建物までくっきりとよく見える。
アムとカトが来てから今日で5日目なのだけど、楽しいことがいっぱいあって、まったく日記が書けなかった。
というより、正確にいうと書きたくなかった。
いつも「ふくう食堂」を開いてくださっている読者の方々には、本当に申しわけないのだけど、私はちかごろ、日記をあまり書きたくなくなってきているみたい。
その理由は、たぶんこんなこと。
私はこれまで、日記を書いて公開することで、自分の実感を確かめてきた。
それは、自分が生きている世界の物語を書くような感じ。
そうしなければ、心細くて生きてゆかれないような感じもあった。
でも今は、そういうことなしでも、安心して生きてゆけるようになりつつあるんだと思う。
そんな話をしていたら、「えー、じゃあさ、高山さんが書きたくないんだったら、もう書かなくたっていいんじゃない?」とアムが言った。
「えー、そうなんだ。日記、やめてもいいのかなあ」
「うん。いいと思う」

きのうは「暮しの手帖」の撮影だった。
島崎さん、長野君、編集長の澤田さんも来てくださった。
リーダーも東京から来て(前の晩は、三宮の親戚の家に泊まったのだそう)、アシスタントをしてくれた。
アムとカトは出かけるつもりだったのだけど、けっきょくずーっと一緒にいた。
たくさんたくさん楽しいことや、感じることも深くあったのに、ほら、もう書けない。
実態がすごすぎて、言葉にするのがもどかしい。
困ったもんだなあ。
今日は、アムたちは先に出かけ、三宮で待ち合わせて、新長田という駅にある冷麺のおいしいお店へ行く。
それまで私は、ぎゅっと集中し、宿題をふたつ終わらせる予定。

●2018年5月11日(金)晴れ

ぐっすり眠って5時半に起きた。
カーテンを開けると、とってもいい天気。
ラジオの6時の天気予報で、「大阪は、日の出からきらきらと太陽が輝いています」と言っていた。
女の人のアナウンサーの声も、本当の言い方で、とてもよかったので私はメモをとった。
天気予報で、こういうことを言ってもいいんだな。
レシートの整理は終わったけれど、スイセイに伝える連絡事項をまとめて書類を作ったり、チクチクしたり。
今やってのは、アムに貸すパジャマのズボンのほころび直し。
ウエストにギンガムチェックの布を縫いつけ、足りない部分に、刺繍のハンカチを切り抜いてつけ足した。
チューリップみたいなピンクの花のワンポイント。
そして、ゴムを通した。
かわいいのができた。
来週の火曜日から、いよいよアムプリンのふたりが泊まりにくる。
1週間近く、いっしょに生活する。
それが愉しみでたまらない。
それにしても、早起きすると時間がたつのが遅いなあ。
まだ10時だ。
スイセイに送る書類をポストに投函しながら坂を下り、「MORIS」へ。
今日子ちゃんとしばしおしゃべりし、図書館で予約していた絵本を受け取り、産婦人科で子宮がんの検診もした。
買い物をたっぷりして、「MORIS」の冷蔵庫に入れさせてもらい、夜ごはんは三宮の洋食屋さん「もん」へ。
その前に、パイナップルを受け取りに、今日子ちゃんが「ベニマン」に寄るのにも着いていった。
両方とも憧れのお店だし、アムたちが来たら、連れていってあげられるかもしれないから。
道も覚えないと。
夜ごはんは「もん」のオムライス、コロッケ(牛肉と海老)、みそ汁、サラダを注文し、ふたりで半分ずつして食べた。
「もん」は神戸の老舗らしい風格があり、お店の感じも古くて素敵。
オムライスがとくにおいしかった。
ふっくらと、おっぱいみたいに大きくて。
卵もとてもきめが細かく、でもふわふわすぎず、ちょうどいいふわっとさ。
チキンライスもケチャップの味でごまかしてない、由緒正しい味。
ウエイトレスのおばちゃんたちも、いい味を出してはった。
トンカツ(ヒレ)やビフカツもおいしいそうだから、また行きたい。
明日は中野さんがいらっしゃることになった。
月曜日に編集さんがうちにいらして、ふたりで新しくはじめる仕事の打ち合わせをするので。
その翌日に中野さんは東京へ。
入れちがいで、アムとカトが来る。

●2018年5月10日(木)薄い晴れ

7時前に起きてカーテンを開けたら、海の向こうの建物に太陽が当って白く光っていた。
窓の下の緑も光っている。
風が吹くと揺れ、さらにきらきら光る。
きれいな朝だな。
なんだか、みずみずしいものがわき上がってくるような朝だ。
今朝は背中も、節々も痛くない。
やっぱり、あの痛みは微熱のせいだったんだ。
風邪のひきはじめだったのかもしれない。
でも、だんだんに年をとると、きのうみたいに痛いところが増えてくるんだろう。
うちの母がよく、どこかしら痛いとぶつぶつ言っているのは、ああいう感じなのだな。
いやだなあ。
いやだけど、みんな平等に年をとっていくのだから、仕方がないなあ。
今日はとにかくレシートの整理をし、スイセイに送らねば。 
午後には終わり、「あまから手帖」の原稿の推敲。
お送りしたところで、今朝届いていた『帰ってきた 日々ごはん1』のカバーまわりを開いた。
なんだか、ものすごいことになっている。
スイセイの「本作りごはん(『帰ってきた 日々ごはん1』を作っていたころの記録)」も「解説ごはんも」も一気に読んだ。
なーにこれ! おもしろいー!
これは、爆発的なおもしろさ。
そのおもしろさには、突き当たりがない。
どこまでいってしまうんだろう……という感じ。
でもちゃんと、着地する。
スイセイは冴えているなあ。
『どもるどだっく』の制作にどっぷりはまっていたころだから、私の日記も揺れに揺れ、なんだかとても濃いものになっているのだけど。
カバー絵も、とんでもない。
こういうものを本屋さんに並べて、だいじょうぶなんだろうか。
『帰ってきた 日々ごはん4』は6月の末に発売予定だそう。
どうかみなさん、愉しみにしていてください。
夜ごはんは、じゃがいも入りパスタ(ホタルイカのオリーブオイル炒め、しろ菜、いんげん)、赤ワインの炭酸割り。

●2018年5月9日(水)晴れ

ゆうべはとても強い風が吹いていた。
汗をいっぱいかいて、夜中にいちど着替えた。
今朝は、少しよくなっているような気がする。
でも、熱を計るとまだ6度5分。
私の平熱は5度4分くらいだから、まだ少し微熱がある。
それでも朝風呂に入り、髪を洗った。
出てきたら、ふらふらする。
背中やふしぶしも痛い。
どうしてもやらねければならない宿題をふたつだけやって、お送りした。
お腹が空かないので、朝とお昼は兼ねたごはんは、お粥(ゆうべの残り)、レバーの薄口醤油煮、いかなごのくぎ煮、青じその醤油漬け。
冷蔵庫のポテトサラダをちょっとだけ食べてみた。
のどを通るとき、ヒヤッとする。
冷たいものがお腹に入ったり、水道の冷たい水に触ったりすると、身震いする。
これは風邪をひいている証拠。
今日も寝て過ごそうかと思っていたのだけど、ベッドの上でレシートの整理をはじめてしまう。
塩豚のゆで汁(冷凍してあった)に、いろんな野菜をころんころんと切って煮た。
具だくさんのスープにしようと思って。
途中から、冷凍してあったほんの少しのひき肉に、ソーセージスパイスを加えて丸めたものも加えた。
なんとなく、元気になってきたみたい。
熱も下がった。
夕方、中野さんから電話をいただいた。
きのうはユウトク君と夕飯にカレーライス(バーモントカレーの甘口)を食べ、雨のなか、また合羽を着て虫取りに行ったそう。
聞いているうちに、急にカレーライスが食べたくなった。
スープにはだし昆布も入っていたのだけど、切手くらいの大きさに切り、カレールウを三山だけ加えた。
うちのは中辛のバーモンドカレーだから、ハチミツもちょっと混ぜた。
なんだか透明感のあるカレーができた。
とろみもちょうどいい。
とてもおいしい。
とくに昆布と野菜類が。
お腹が空いたのは、風邪が治ってきた証拠。
しかもカレーが食べたいだなんて。
夜ごはんは甘口カレーライス(玉ねぎ、大根、キャベツ、じゃがいも、だし昆布、ミートボール、)、らっきょう。

●2018年5月8日(火)薄い晴れ

朝起きたら、体が怠かった。
きのうは撮影で、くたびれていたはずが、寝苦しくてよく眠れなかったからかな……と思いながら、熱を計ると微熱。
そういえば朝方、寒気がしていた。
きのうの霧で体が冷えたのかな。
靴下を重ねばきし、腹巻きを腰の方までのばして巻いて、ずっと寝ていた。
朝、ヨーグルト(干しぶどうを混ぜた)だけ食べた。
水筒にきび砂糖を溶かしたお湯を作り、飲んでは眠って、飲んでは眠った。
寝たり起きたりしている間に、お話(来年からはじまる予定の新聞の連載童話)が動きそうになった。
この話は、2年ほど前に中野さんの絵を見て浮かんだ、書きかけのもの。
枕もとのノートにメモをしては、また眠り。
また起きて、メモをとり。
今は夕方の4時。
37度5分あった熱は、6度5分まで下がった。
ずいぶんよくなってきたみたい。
夜ごはんはお粥(かき卵)、梅干し(「nowaki」のみにちゃん作)、いかなごのくぎ煮(「かもめ食堂」のりっちゃんのお母さん作)。

●2018年5月7日(月)降ったりやんだりの雨

たっぷり寝ておこうと思い、8時に起きてカーテンを開けたら、霧!
「リンネル」で霧のシーンを撮っていただきたかったから、びっくりした。 
11時に鈴木さん(編集者)と濱田さん(カメラマン)がいらっしゃったときには雨がおさまり、霧もずいぶん下の方へ行ってしまった。
でも、ほかの撮影をしているうちに、また出てきた。
いちめんの霧に、緑が透けている。
お昼ごはんは、「かもめ食堂」のお弁当。
鰯のかば焼き、鶏と新玉ねぎのメンチカツ、ひじき煮(洋風の味つけ。じゃがいもとベーコンが少しだけ入っていてとてもおいしかった)、マカロニサラダ(カレー味)、にんじんのサラダ、小松菜の煮浸し(豚肉入り)、梅干し、たくあん。
おまけで茄子の肉巻きをつけてくださった。
ああ、おいしかったなあ。
お腹がいっぱいなのに、そのまま食べ続けるのがもったいないので、少しずつとっておき、お皿に盛り合わせておいた。
夜ごはんでいただこうと思って。
部屋のなかや、私の動き、いろんなカットを撮っていただいた。
濱田さんのリクエストがあり、途中で屋上へ上った。
屋上は、ものすごいことになっていた。
私たちは、霧のまっただなかにいるのだった。
どこもかしこも真っ白。
まるで雲のなかにいるよう。
雨はまったく降っていないのに、水滴に包まれている。
たいへんな微粒の水蒸気に、さわられるかさわられないかぐらいの微妙さで、抱かれている。
とても気持ちがいい。
こんなのは、生まれてはじめて。
撮影は2時くらいに終わった。
タクシーを待っている間も、濱田さんはまだ、カメラを向けていた。
この人は本当に、写真が好きなのだな。
カメラのレンズが体の一部で、まるでその目で被写体を見るように、淡々とシャッターを押してらっしゃる。
だから私は撮られている感じがあまりなくて、ちっとも堅くならない。
夜ごはんは、「かもめ食堂」のお弁当の残り、ポテトサラダ、具だくさんのみそ汁(大根、豆腐、わかめ、いんげん、キムチの汁)。
今日は、中野さんは霧の中、合羽を着てユウトク君とカタツムリとりをしていたそうだ。
ユウトク君が持てないというので、かわりに持ってあげていたら、手のなかで、大きいのや小さいのが「ねしょねしょ」動き、長細くて黒いうんちをしたとのこと。
殻は、半透明に透き通っていたとのこと。
「霧のなかは、あんしんします」と書いてあった。
霧に包まれていたときの感じは、まさにそれ。
私もそう書きたかった。

●2018年5月6日(日)晴れのち曇りのち雨

さっき、中野さんをお見送りがてら神社まで坂を下った。
草花や木を眺めては立ち止まりながら、スイスイ上って戻った。
神社のあたりでぽつり、ぽつりきていた雨は、坂の上まで来たときに、ぽつぽつとなった。
雨がやってくる前に吹く風が、ピューーッ。
連休の間はよく遊んで、よく食べ、よく歩き、とても楽しかった。
3日に中野さんと図書館で待ち合わせをして、買い物。
夜ごはんは天ぷらを揚げ、江戸前天丼(ピーマン、ハモ、いんげん、長いも)にした。
4日は朝からごちそうを支度し、お昼くらいに絵本編集者とその奥さんがいらっしゃった。
できたばかりの絵本を間に置いて、おしゃべりしたり、食べたり、呑んだり。
”えほん遠野物語”『おいぬさま』(柳田国男・原作/京極夏彦・文/中野真典・絵)が出版されたお祝いの会だ。
メニューは、ウフ・アラ・マヨネーズ(ゆで卵のマヨネーズのせ)、アボガド(マヨネーズ、わさび醤油)、春の豆とパルミジャーノ(そら豆、スナップえんどう、いんげんをゆでてオリーブオイルと少しの塩で和えておき、お皿に平たく盛る。上から雪のようにチーズをすりおろした。マメちゃんに連れていってもらった呑み屋のメニューの真似)、スモークサーモン、にんじんの塩もみサラダ(赤ワインビネガー)、鶏レバーの醤油煮(薄口醤油で作ってみた。保存容器に移し、なたねオイルをかけておいた)、ホタルイカのオリーブオイル炒め、ちらし寿司(かんぴょうと干し椎茸の甘辛煮、真鯛とカンパチのヅケ、ハモの照り焼き、スモークサーモン、みょうが、青じそ、いり卵)、ビール、チンザノソーダ割り(ライム)。
デザートは安倍川餅、おいしいチョコレート(ひろみさんにいただいたイギリス土産)、くるみのプラリネ(今日子ちゃん作)、紅茶。
4時くらいにお開きとなり、お見送りがてら六甲までみんなで歩いた。
坂を下っている間じゅう、海がずっと青かった。
八幡さまでお参りし、おふたりは「月森」さんへ、私と中野さんはそのまま水道筋商店街の方まで散歩。
商店街をどんどん行くと、王子動物公園駅まで続いていた。
また、同じ通りを引き返してきて、夕暮れの蒼い時間、河原に下りてひと休み。
川には大きな鯉のぼり(雄と雌が3匹ずつ)が渡してあった。
あれは何の木だろう、豊かな黄緑色の葉に、黄緑色の小さな花が集まって咲いていている木。
あちこちの公園にあり、下を通るととてもいい匂いがした。
帰り道、山の斜面に並ぶ家々の照明は、オレンジ色、黄色。
灯りゆく光を仰ぎながら、川沿いのゆるやかな坂をゆっくり歩いた。
そしてきのうは、三宮に映画を観に行った。
韓国映画の『タクシー運転手 約束は海を超えて』。
たまらなくおもしろかった。
辛い場面も、可笑しい場面も、切ない場面も、何度も涙がふき出して困った。
映画館から出たら、街を歩いている人の声が韓国語に聞こえた。
夜ごはんは、新ワカメのポン酢醤油かけ、ミックスフライ(エビ、新玉ねぎ、プレスハム、いんげん。つけ合わせはポテトサラダ、スパゲティ→中野さん作、キャベツのせん切り)、キムチ、ご飯。
空も海も、こうして日記を書いているうちにすっかり灰色にけぶってきた。
雨のせいで暗いのか、夕方で暗いのか分からない。
今日で黄金週間も終わり、明日からまた仕事や学校がはじまる。
そんな、あきらめたみたいな、落ち着いた空気。
私も明日は、「リンネル」の撮影だ。
夜ごはんは、しろ菜のくったり煮浸し、ポテトサラダ(残りもの)、ちらし寿司(冷蔵庫に入れていた残りを、室温に戻した)、みそ汁(新玉ねぎ、新ワカメ)。

●2018年5月2日(水)雨

5時半に起きて窓を開けた。
今にも雨が降り出しそうな空。
空気がしっとりとして、緑がきれい……と思いながら眺めていたら、大きな蜂をみつけた。
空中のひとつところでぶるぶるぶるぶる羽根を震わせながら、こちらを見ている。
私もその様子を観察する。
小鳥が飛んできて近くをすり抜けようとしたら、ビュンと追いかけ、またすごいスピードで戻ってきた。
瞬間移動みたいに。
鳥のことを追い払ったのかな。
気が立っているんだろうか。
去年は、大きな蜂が部屋のなかに入ってきて、ベッドの足の穴のあいたところに巣を作ろうとしていたことがあった。
この蜂も、隙あらば巣作りをしようと、狙っているのかもしれない。
蜂も真剣なのだ。
きのうは、とてもかわいらしい蜂が部屋に入ってきた。
触覚が長く、体と足にやわらかそうな毛がびっしりはえた、コロンとした蜂。
はじめて見た。
屋上に洗濯ものを干している間にいなくなったけど。
朝ごはんを食べ、ゴミを出しに行ったら、小雨が降っていた。
目に見えないくらいの雨粒。
かすかな、かすかな音がする。
きのうは、『帰ってきた 日々ごはん4』の「あとがき」を書いた。
今日はその仕上げをしよう。
落ち着いた気持ちで。
午後には書き上げ、村上さんにお送りした。
さて、何をしよう。
新しくはじまる連載の仕事の、アイデアを練ろうかな。
雨は静かに、しめやかに降り続いている。
あれ?
カエルの声がする。
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
かすかな音だけど、耳がよくなったみたいにやけによく聴こえる。
声が聴こえてくるたびに私は窓辺に立ち、柵のむこうの草むらに動いているところはないかとじっと見た。
夜ごはんは、冷や奴(しらす、ごま油)、納豆(ねぎ)、みそ汁(能古島の割り干し大根、卵)、ご飯(五分搗き)。

●2018年4月29日(日)快晴

小鳥が盛んにさえずっている。
よく晴れ渡った静かな日曜日。
ほかには音が何もしない。
チーチーチュルル チュルリーリー。
きれいな水みたいな、とてもいい声。
ジートゥージートゥー ジリジリジーと聞こえるのは、また別の小鳥かな。
緑がさわさわと揺れ、光っている。
『ブリキの音符』は、とてもよかった。
もったいなくて、ふたつくらいのお話しか読めなかったけれど。
これから少しずつ、大切に読んでいこう。
今、私の体のなかは、片山令子さんと石牟礼道子さんでできている。
石牟礼さんの『ここすぎて水の径』は福岡のブックスキューブリックで買った。
『椿の海の記』はアマゾンで。
おふたりには、どこか共通したところがある気がする。
どこがとか、ひとことでは言えないのだけど、多分私は、そこが好きなんだろうと思う。
妖しさだろうか。
それは、武田百合子さんや佐野洋子さんからは感じられなかったものだ。
朝ごはんを食べ、きのうの続きの原稿書き。
大枠は書けた。
締め切りはまだ先だから、これでだいじょうぶ。
今日は、マメちゃんに誘われて、花隈に呑みに出かける。
つよしさんも一緒とのこと。
3時からお店が開いているのだそう。
気楽なワインバーのようなところらしい。
さっき、つよしさんにメールをしたら、「昼下がりの、呑み、っていうのがいいですね〜」と返事がきた。
では、行ってきます。

●2018年4月28日(金)晴れ

とってもいいお天気。
でも、鼻がむずむず。
ひっきりなしに鼻水が出る。
おとついくらいから。
花粉症なのかなと思うのだけど、薬を飲んでも一向によくならない。
もしかして埃のせいだろうか。
このところ、『帰ってきた 日々ごはん4』で使う、昔の資料を箱から出し入れしているから。
なので、あちこち念入りに掃除機をかけた。
「鉄道芸術祭」の資料やら、『たべもの九十九』の原画も、ようやく整理して片づけた。
台所で煮豚と煮卵を作りながら。
こうやって、ひとつずつ終わっていくのはスッキリと嬉しくもあり、ほんのちょっと淋しくもある。
今は、新しい本のことを考えたり、新しい原稿も書きはじめなければならないのだけど、どうもその気にならない。
けっきょく夕方の4時くらいから、ようやく原稿を書きはじめた。
明日もまたがんばろう。
夜ごはんは、アボガド豆腐(しらす、青じそ)、煮豚の切れ端、ホタルイカの塩ゆで(ゆうべの残り)、茄子のオイル焼き(かつおぶし、七味唐辛子、しょうゆ)、具だくさんみそ汁(お揚げ、大根、新玉ねぎ)。
もうすぐ7時になるのだけど、空はまだ青い。
夜景が灯りはじめた。
東の空では、月が輝きはじめた。
あと二日くらいで満月かな。
水気を含んだようなひんやりした風。
青い緑の匂い。
山から下りてくる、初夏の匂い。
佐川さんが『ブリキの音符』を送ってくださった。
読んでみたいと思いながら、ずっと手にすることができなかった絵本。
片山令子さんの文と、ささめやゆきさんの絵。
寝る前に読もう。

●2018年4月27日(金)晴れ

ぐっすり眠って7時半に起きた。
朝からスイセイと電話。
本棚の上にある箱から資料を出し、写真を撮って送る。
お昼を食べ、ひさしぶりの買い出しへ。
坂道は今、サツキが花盛り。
ピンクも、薄いピンクも、白いのもとてもきれい。
薄いピンクのは、よく見ると花弁の一枚一枚のまわりに白い縁どりがある。
山もずいぶん緑が濃くなった。
郵便局へ行った帰りに、知らない道をあちこち散策し、パン屋さんへも行ってみた。
坂の上の方まで上った。
下の方に、前に行ったことのある商店街のアーケードが見えた。
はじめての道を歩くのは楽しいな。
川があったので遡っていくと、思ってもみないところにまで森が迫っていたり。
さんざん歩きまわって、コープさんで買い物。
生のホタルイカを発見!。
ずいぶん大荷物になったので、タクシーに乗ろうかと思ったのだけど、けっきょく歩いて上る。
途中で、サツキの花の蜜を吸う。
ピンクのはいつもの味。
薄いピンクは芳しく、ちょっとゴージャスな味。
白はさらに、高貴な香りと味。
うーん、白、おいしいなあ。
東の空に白い月を仰ぎながら、うっすら汗をかきながら上った。
月、ずいぶん膨らんだな。
満月ももう間近だ。
夜ごはんは、ホタルイカの塩ゆで、ホタルイカのにんにくオリーブオイル炒め、かぶとかぶの葉のフライパン焼き、新じゃがサラダ(ゆうべの残り)、おいしいパンとバター。

●2018年4月26日(木)晴れ

小鳥の声で5時に目覚めた。
トイレに下りたら、明け方の空。
空は青白く、夜景がまだうっすらと灯っている。
6時前に起きる。
鳥の声は、もうやんでいる。
小鳥は明け方にだけ、盛んに鳴くのだな。
カラッとしてとてもいいお天気。
福岡から帰ってすぐ、スイセイと電話でやりとりしているのは、『帰ってきた 日々ごはん4』の装幀とアルバムページのこと。
今朝も朝から画像が送られてきて、午前中に電話でミーティングした。
電話を切って、テキストを夢中で書いた。
それから洗濯をして、干して。
早起きすると、なんて時間がゆっくり進むんだろう。
開け放った窓。
小鳥のさえずり。
緑。
そよ風。
さて、紅茶をいれて上で読書しよう。
夜ごはんは、新じゃがサラダ(新玉ねぎ、ディル、手作りマヨネーズ、マスタード)、かぶとかぶの葉のオリーブオイル蒸らし炒め、炊き込みご飯(シバッちが掘った筍をきのう薄味で煮て食べ、その残りを細かく刻んだもの。油揚げ、しいたけ)、鯖のみそ漬け(冷凍してあったもの)、大根おろし。
夕暮れどき、ぽつりぽつりと夜景がつきはじめるころの蒼い空は、今朝見た明け方の空にそっくりだった。

●2018年4月24日(火)曇り

福岡からきのう帰ってきた。
2泊3日の、楽しい楽しい旅だった。
トークショーには、福岡に移住した朱実ちゃんも来てくれた。
電車を乗り継ぎ、2時間半もかかって。
わずかな時間しか一緒にいられなかったけど、朱実ちゃんは地元で、みんなに愛されていることが伝わってきた。
元気そうだったなー。
とんちピクルスさんも、トークのときから聞いてくださっていて、懇親会では3曲歌ってくれた。
翌朝お宿で、長崎に移住したマイキー(中野さんのお友だち)にばったり会った。
トークショーとは関係なく、本当にばったり。
私が朝、散歩に出ようとしていなかったら。
マイキーが朝ごはんのあと、友だちと食堂でゆっくりしていなかったら。
そして、私たちの間を隔てる襖が開いていなかったら、会えなかった。
泊めていただいたその宿は、ブックスキューブリックの店長の大井さんがよく知ってらっしゃるB&Bのようなところ。
その夜は、大きなコンサートや学会が重なり、ホテルがどこもいっぱいだったから、特別にとってくださった。
こんなことってあるんだな。
私はとても嬉しく、みんなを誘って自慢な気持ちで能古島へ渡った。
島を歩きまわって浜へ下りたり、トンビを眺めたり、「ノコニコカフェ」で海を眺めながら、夏みかんジュース割りのビールを呑んだり。
ときおりシバッちや祥子ちゃんとぽつりぽつりとおしゃべりしながら、夕方までゆっくり、ゆっくり過ごした。
アサバさんの家へも遊びに行った。
1年前と同じく、またお風呂に入らせてもらい、お誕生日のごちそうをみんなで食べた。
みんな、みんな、変わりなく元気そうで、子どもたちは1年分大きくなっていた。
1年前と変わったところは、山道を上って、ひとりでアサバの家へ行けたこと。
私は相当な方向音痴だけれど、山道だとだいじょうぶみたい。
いちど迷って、小学校の道に出てしまったけども、「能古博物館の方へは行かず、左へ、左へ」とひとことだけ言っていたやちよちゃん(アサバさんの奥さん)の声を思い出しながら、ぶつかった道を左へ左へ上っていったら着いた。
神戸へ帰る日の朝は、今にも雨が降り出しそうな曇り空で、トンビは飛んでいなかった。
トイレに行ったついでに、公園のまわりや小道を歩いた。
外側が灰色で、内がオレンジ色の斑点の小さな蝶をみつけ、座ってじっと見ているうちに、小さな草花が目に入ってきた。
花芯が黄色で、まわりが薄紫の小さな花。
さらに小さな、百合の形をした紫色の花。
草の集まりは、小さな森みたい。
砂場の角のところに、小さな小さな貝殻が集めてあった。
よく見ると、砂場の砂にまぎれて小さな貝がたくさんある。
ホタテ貝みたいな形のに、紅い線のある貝や、ピンの先くらいに細くて小さな白い巻貝を拾った。
能古島は『どもるどだっく』のなみちゃんが生まれた島。
ここに来ると、どうして目がよくなるのかな。
夜ごはんは、筍(きのうシバッちが掘って、お土産に持たせてくれた)と昆布の煮たの、ハムエッグ、みそ汁(油揚げとかぶ)。
明日は、1時から「暮しの手帖」の打ち合わせ。
東京から島崎さんがいらっしゃる。

●2018年4月21日(土)

初夏の陽気。
お昼をゆっくり食べて、中野さんと坂を下り、神社でお参り。

お墓のところでふた手に別れ、中野さんは六甲駅へ、私はバスで新神戸駅へ。
では、福岡へ行ってきます。
5時くらいにブックスキューブリックに着いたら、『たべもの九十九』の原画を少しだけ飾ったり、トークの打ち合わせをしたりする予定。

シバッチと祥子ちゃん、ノコノコロックでいつもとってもお世話になっている末ちゃんも、同じくらいの時間に来てくださる。
編集の小出さんも、東京から駆けつけてくださる。
たのしみだな。
さて、どうなることやら。

●2018年4月19日(木)晴れ

スニーカーを洗って、さっき屋上に干してきた。
山はまた一段と、緑が増えた。
手前の大きな木に白い花が咲いている。
山桜らしきピンクも、まだ見える。
海も青い。
また、六甲での夏がはじまる。
あさってから福岡へ出かけるので、旅の荷物をしたくしたり、掃除をしたり。
海を見ながらゆっくり動いた。
福岡へは、「ブックスキューブリック」という本屋さんのトークイベントで出かける。
トークのお相手は、なんとシバッちと祥子ちゃんだ。
その夜は福岡市内のお宿に泊まり、次の日は能古島のふたりの家に、ひと晩泊めていただく。
『どもるどだっく』のなみちゃんが生まれた地に、また、お礼を伝えにいこう。
今日は、3時から新しい本の打ち合わせ。
内容はまだお伝えできないけれど、神戸に来てから知り合った宮下さんと、『実用の料理 ごはん』の本でとてもお世話になった村瀬さんとで作ることになった。
打ち合わせが終わったら、軽くビールで乾杯する予定。
なので今、ゆっくりゆっくり、つまみの支度をしているところ。
大げさなものではなく、あるもので、何かおふたりのためにおいしいものをこしらえよう。
ウフ・アラ・マヨネーズ(ゆで卵の手作りマヨネーズのせ)、冷や奴(刻んだ山椒の葉→宮下さんがお庭でとってきてくださった、塩、ごま油、なたね油)、大根のマリネ(ディル)、ラディッシュ(マヨネーズ&柚子こしょう)、グラタン(新じゃが、淡路の新玉ねぎ、フリッジ)、ビール、白ワイン。
デザートに豆餅&かしわ餅(村瀬さんの京都土産)。
窓の外に夜景が光り出し、しばらくたったころ、7時半くらいにふたりは帰られた。
坂の途中まで、私も散歩がてらお見送り。
上限の三日月。
ご飯を盛った茶碗みたいに、うっすらと黒くて丸い蔭が見える。
三日月のすぐ近くには、きらりと光る星。
明日、中野さんがいらっしゃることになった。

●2018年4月18日(水)曇りのち晴れ

目覚めたとき、空が白かった。
ベッドに寝そべった位置から、一点だけ明るく光る雲をみつけた。
窓を開けても寒くない。
猫森の木は、葉っぱがまた伸びた。
枝の黒いところが、ほとんど見えなくなった。
透き通るような若々しい緑が、とてもきれい。
きのうの料理教室は楽しかったな。
マヨネーズもうまくいったし、ロールキャベツもキャベツの甘みがよく出て、とてもおいしくできた。
キャベツを丸ごとゆで、トングで葉っぱをはがすところ、玉ねぎとにんじんをバターで甘みが出るまで炒めるところ、肉ダネを包むところのデモンストレーションも、時間に追われずに、落ち着いてゆっくりとお伝えすることができた。
焦らずにできたのは、今日子ちゃんとお手伝いしてくださった彩実ちゃんのおかげだし、「MORIS」に流れている独特の空気のせいもきっとある。
1時からはじまって、気づいたら4時だったから、ちょっと時間オーバーだったけれど。
教室がはじまる前に作ってくれた、今日子ちゃんのきゅうりサンドも、水茄子と日向夏のサラダもおいしかったなあ。
今朝は、朝から携帯電話の方が、このアパートの電波状況を調べにきてくださった。
越してきてそろそろ2年になるのだけど、部屋のなかだと電波が悪く、携帯電話が使えないのをずっと放っておいた。
うちのように高台で、見晴らしのいいところは、下にある電波塔の強い電波をたくさん引き寄せすぎ、混乱してしまうことがあるとのこと。
ひとつの電波に絞り、部屋の中で受け取れる機械のようなものがあるらしいのだけど、ベランダがないので設置ができないらしい。 うちは屋上はあるけどベランダがないので、対応できないことが分かった。
今まで通り、部屋のなかでは携帯電話が使えないけれど、外ではかけられるし、いちばん安いパックに入り直したので、まあ、仕方がない。
『帰ってきた 日々ごはん4』の「あとがき」にとりかかろうと思いつつ、おとついからはじめたお裁縫の続きをはじめてしまう。
肩掛けの鞄の、ほつれたところを刺繍でお直し。
チェーンステッチしかできないけれど。
窓際のテーブルで、ときどき景色を眺めながら、夕方までずっとやっていた。
刺繍は楽しいな。
それにしても日が長い。
東京に比べて、陽が沈むのが西の方は20分くらい遅いと、前にファンの方から教わったけど、本当にその通り。
サマータイムのよう。
6時になってもまだ海が青いもの。
夜ごはんは、しろ菜の煮浸し(京都の薄揚げ)、納豆(卵、海苔)、レンコンきんぴら、具だくさんみそ汁(豆腐、大根、ゆでたキャベツ→きのうの料理教室の残り、青じそ)、ご飯。

●2018年4月17日(火)晴れ

朝、窓の外が白かったのだけど、だんだん晴れてきた。
「無印」のモップ(お掃除シートを挟む)であちこち掃除。
適度な重さがあり、安定してとてもいい感じ。
これまで使っていたのはハンドルが細い上、ふらふらと不安定で、掃除をするたびに楽しくなかった。
それを、吉祥寺時代からずーっと、多分10年近く使い続けていた。
どうして私は今まで買うのをがまんしていたんだろう。
さて、そろそろ出かけようかな。
カセットコンロと電気釜を抱えて坂を下りる。
今日は、雑誌の取材(まだお伝えできず、ごめんなさい)で写真も撮っていただくことになっている。
なんだか胸が、わーくわくする(ムーミンパパの言い方で)。
今日の「ムーミン日めくり」の言葉は、「あんまり、おおげさに考えないようにしろよ。なんでも、大きくしすぎゃ、だめだぞ bayスナフキン」
さて、行ってきまーす。

●2018年4月16日(月)※天気を書くのを忘れました。

朝から携帯電話のことで電話。
1時からは「MORIS」へ。
明日が料理教室なので、お鍋やらざるを抱えて坂を下りた。
  神社でお参り。
いつもの道を通るのは、ちょっとひさしぶり。
ひと息ついて、今日子ちゃんと材料の仕入れ。
新在家の向こうにある「めぐみの郷」へ、てくてく歩いて行った。
やっぱり野菜がとてもいい。
大きなキャベツ、ラディッシュもおいしそう。
にんじん、淡路の小粒新玉ねぎ(スープにしたらおいしそうなので、自分の分も)、小粒新じゃが、しろ菜などたっぷり買って、リュックを背負い大荷物で帰ってきた。
3時半くらいに「MORIS」を出て元町の「赤萬」へ。
ここの餃子をはじめて食べた。
まったく油っぽくなく、なのにカリッとしていて、餃子の概念がくつがえされるおいしさ。
今日子ちゃんと小ビンのビールを半分こし、二人前ずつ(14切れ)ぺろりと食べた。
帰りに「無印」へ寄り、ずっとほしかったモップを買う。
六甲で買い物をし、タクシーで7時に帰ってきた。
夜ごはんは、具だくさんみそ汁を作ろうと思っていたのだけど、お腹がいっぱいなことに気がつき、ヨーグルトとみかんだけ。
夜、お風呂に入る前にお裁縫。

●2018年4月15日(日)曇りのち晴れ

朝起きたとき、灰色の重たい雲がたれこめて薄暗く、空気までグレーだった。
でも、緑はしたたるような色。
ゆうべはひと晩中よく降ったから。
『帰ってきた 日々ごはん4』の「あとがき」にとりかかろうかと思ったのだけど、なんとなく棚の整理をはじめてしまう。
たまりにたまっていた『たべもの九十九』の書類を片づけたり、絵本の箱、物語の箱、これからはじまる新しい仕事と、単行本のための箱も作った。
窓を見ると雲に切れ目ができ、青空がのぞいている。
そのうちぐんぐん晴れてきた。
海の向こう側の半島の、山並みの筋までくっきりと見える。
山裾に一列に並んでいる、白い建物もよく見える。
今週は予定が立て込んで、いつもより忙しかった。
水曜日には、「きょうの料理」の撮影でちよじが来て、ひと泊まった。
次の日には中野さんがいらっしゃり、3人でワインを呑みながらお昼ごはんを食べた。
ちよじを見送ってからふたりで坂を下り、六甲道で電車に乗って、住吉のラーメン屋さんへ行った。
お腹がいっぱいで、少し歩きたかったので、川に下りた。
光が灯りはじめた夕暮れの山を仰ぎながら、ダーダーと水の流れる住吉川沿いを、川を挟んでそれぞれの小径を歩いたのも、夜風に吹かれながら御影の駅までゆっくり散歩したのも、すべてがよかった。
なんだかそのときに見えたもの、感触は夢のようでもあり、いつか、お話のなかに出てきそうでもあった。
中野さんは次の日に大阪の画材屋さんへ行って、もうひと晩泊まり、きのう帰られた。
もう、すぐにでも絵を描きたそうだった。
そういえば、私の鼻の下には今、水泡状のぶつぶつができている。
多分これもヒノキ花粉のせいだろう。
ずいぶんよくなってきたけれど。
目ものども、ここ二三日ですっかり治った。
ちよじが作ってくれた、大根ハチミツのおかげだ。
夜中に咳が出るたびに、スプーンですくってなめていた。
大根ハチミツは効果絶大。
うがい薬やトローチなんかより、よっぽど効く。
今はもう夕方の6時前なのに、海も空も青い。
日が長くなったなあ。
夜ごはんは、オムソバ(焼きそば、冷やごはん、キャベツ、豚肉)しろ菜の中華風スープ。

●2018年4月10日(火)晴れ

このごろは7時少し前に起き、カーテンを開けて陽を浴びる。
ゆうべは、のども目もずいぶんらくになって、夜中にいちどだけ起き、うがいをしたくらいでぐっすり眠れた。
朝から、『帰ってきた 日々ごはん4』の「おまけレシピ」の推敲。
あと、絵本と料理についての文をていねいに校正し、ファックス。
明日が「きょうの料理」のテキスト撮影なので、買い物に出たいのだけど、細々とやることがあり、ひとつずつ終わらせていった。
ゆっくり、ゆっくり、落ちついてと、心で唱えながら。
ピーマンの肉詰めが冷蔵庫に残っていたので、ご飯を炊いて、夜ごはんのお弁当を作っておく。
1時過ぎに坂を下りた。
バスに乗って阪神御影駅へ行く(御影の「オアシス」は、魚屋さんがとてもいい)ので、いつもと違う道を通って下りた。
どこもかしこも葉っぱが新しい。
垣根の若緑の葉も、やわらかくてつやつやしている。
バスを待っている間、ツバメが2羽空を横切った。
つかず離れずの距離で、さえずりながらすごいスピードで一直線に滑空していた。
きっと、気持ちいいんだ。
帰りのタクシーのなかから見えた山に惹かれ、荷物だけ置いて屋上へ。
ひさしぶりの屋上。
裏山はいつの間にやら緑が増え、もくもくしていた。
ところどころに、薄桃色の木がある。
あれはきっと山桜だ。
夜ごはんは、お弁当(ピーマンの肉詰め、卵焼き、小松菜のおひたし、小イワシの酢煮)、かぶのみそ汁。

●2018年4月9日(月)晴れ

12時から「リンネル」の打ち合わせ。
2時間ほどで終わり、編集者のおふたりと森の入り口まで歩いた。
今、青紫の花(ツルギキョウ)が盛りなので。
一輪摘んで、戻ってきて、遅いお昼ごはんを食べに「かもめ食堂」へ。
小さな器にいろいろ盛られた、色とりどりの野菜料理。
メインはチキンカツのブロッコリーソース。
野菜たっぷりのごはんで、お腹いっぱい。
どれもこれも心落ち着く味で、とてもおいしかった。
「かもめ食堂」のごはんを食べると、いつも、体のなかが清められるような気がする。
ごはん粒ひとまで残さずに、ぜんぶきれいに食べないと、そうはならない感じもする。
ふたりとも元気そうで、ちょっとだけおしゃべりすることができた。
食後に、紅茶とフルーツケーキをごちそうしてくださった。
帰り道、てくてく歩いていたら、あちこちの生け垣や花壇にツルギキョウの花をみつけた。
やっぱり今が盛りなのだ。
「moris」に寄ったら、京都帰りの今日子ちゃんが、おいしい豆大福と炒り番茶を淹れてごちそうしてくださった。
お腹いっぱいとなり、八幡さまでお参りをして、眼科へ。
患者さんが誰もいなかったので、またすぐに診てもらえた。
軽く買い物し、ゆっくりゆっくり坂を上って帰ってきた。
あまりにお腹がいっぱいで、運動したかったから。
夜ごはんは、まだお腹がいっぱいなので、いちご&ヨーグルトのみ。

●2018年4月7日(土)曇りのち晴れ

朝、佐川さんからのメールを読んで、片山令子さんが亡くなったのを知った。
いきなり涙が噴き出す。
私はこのところ、令子さんの文や詩の世界に惹かれていて、『夏のかんむり』を寝る前に開いたりしていた。
きのうも図書館で借りた二冊が、たまたま令子さんが書いた絵本だった。
『きりのなかのかくれんぼ』と『きんいろのとけい』。
ゆうべ、寝る前に読んで寝た。
令子さんの書く文や詩を、新しい絵本も、まだまだ読めると思っていた。
また、好きな女の人がひとりいなくなってしまった。
なんだか背筋が伸びるような気持ち。
私は、自分の仕事をがんばろう。
今日は、令子さんの冥福を祈りながら、一日を過ごそう。
目もずいぶんよくなってきたので、『帰ってきた 日々ごはん4』の校正の続きと、おまけレシピを書こう。
沖縄へ出かける前まで、裸だった猫森の木々も、若葉がずいぶん伸びてきた。
見渡せば、あちこちに若緑のいろいろな色。
小さな葉っぱが、さわさわと風に揺れている。
今日は、雨が降っていたかと思ったら、ぱーっと晴れたり、また雨になったり。
肌寒く、不思議なお天気だった。
校正はベッドの上でやり、終わった。
おまけレシピもだいたい書けた。
夕方、つよしさんから絵本の銅版画が送られてきて、そのあと電話で少しお喋り。
私たちの絵本が、歩きはじめた。
夜ごはんは、沖縄風の焼きそば(ソーキそばの麺で。豚バラ肉、かぶの葉、豆苗)、ポトフの残りに牛乳を加えたスープ。

●2018年4月6日(金)雨のち嵐

ゆうべは、枕もとに水を入れたボウルを置いて、ガーゼをしめらせては目をふいていた。
朝起きたら、睫毛が目やにで固まっている。
沖縄から帰って、せっかく目がよくなったのに、こんどは傷めてしまった。
きのう私は、涙がよく出るので、花粉症の目薬をさした。
そのまま『帰ってきた 日々ごはん4』の校正に向かっていたのだけど、そのうち目やにが出て、視界が白くかすむようになってきた。
ときどき目をふきながら、それでもやっていて、スイセイからアルバムについての相談の電話があり、パソコンを見ながら話をしていたら、そのうち目が空かなくなってきた。
目玉がひっくり返るような感じ。
目をとじるとゴロゴロして痛い。
それで、今朝9時ごろに家を出て、眼科へ行った。
今まで知らなかったのだけど、消費期限を超えた目薬は、水分が蒸発してどんどん濃縮されるのだそう。
私が使ったのは、神戸へ越してくる直前に買ったものだから、もう2年前のものだ。
六甲道にある眼科は、うちと同じくらいに古い建物で、床もPタイル。
古いけれど、すみずみまで掃除が行き届いて清潔な感じがするし、男の先生もとても感じがよかった。
待合室で待っていたら、おばあちゃんが3人ほど入れ替わり入ってくるくらいで、すぐに診てもらえた。
看護婦さんも優しくて、とても感じがいい。
いい眼科をみつけた。
そのあとで耳鼻科へ行った。
時期からいうと、私のはスギではなくヒノキの花粉のアレルギーなのだそう。
のどが赤くイガイガするのも、ヒノキ花粉の特徴なのだそう。
花粉症の薬を処方してもらい、美容院へ行き、図書館へも行った。
帰りに「MORIS」へ寄ろうかと思っていたのに、冷たい雨のなか、買い物をして帰ってくるのがせいいっぱいだった。
私は沖縄の疲れが出ているみたい。
夜ごはんは、ポトフ(冷凍しておいたゆで大豆と、ゆで汁で。玉ねぎ、かぶ、キャベツ、人参、ソーセージ)、いちご。
夜になって嵐。
目はずいぶんいいみたい。

●2018年4月4日(水)晴れのち雨

7時に起きた。
熱は5度4分。
平熱に戻った。
きのうは、寝たり起きたりの合間をみて、『帰ってきた 日々ごはん4』の校正をしていた。
ベッドの上で、寝ながら。
校正というよりも、読者になってただ読んでいただけ。
直すところはほとんどない。
今日もまた、その続きをしようと思う。
同じ目線で。
窓の外が白い。
どこまでも白い。
むくむくと春霞に覆われている。
沖縄から帰って、私は目がよくなった。
実際に、これまで老眼鏡をかけなければ見えなかった細かな文字(電話の近くに貼ってあるタクシー会社の番号)が、裸眼でもはっきり見える。
この日記も今、眼鏡をはずして書いている。
視力がよくなったので、埃が目につくようになった。
体の調子がいいので、あちこち念入りに掃除をしているうちに、2階の部屋を模様替え。
隣の部屋から仕事机を移動させ、タンス代わりにしてみた。
積み重ねてあった衣装ケースも整理して、半分をベッドの下に収めた。
きこちゃんちの木のタンスを、いいなあと思っていたら、私の机(米軍払い下げの家具)がよく似ているのに気づき、やってみた。
なかなかいいかも。
夕方になって、雨。
夜ごはんは、豚肉と厚揚げのピリ辛炒め(小松菜)、とろろ納豆、即席みそ汁(かつお節、とろろ昆布、ミニちゃんの空豆みそ)。
夜、山から海から、風が強く吹き荒れている。
おかげで夜景が一段ときれい。

●2018年4月3日(火)晴れ

ゆうべ、寝る前に熱が出た。
37度8分の微熱。
お湯を沸かして飲んで、寝た。
今朝もまだ下がらないので、黒砂糖をお湯に溶いたのをポットに作り、ご飯も食べずにずっと寝ていた。
寝て起きて、お砂糖湯を飲んで、また寝て起きるたびに熱が下がって、夕方には36度3分になった。
私の平熱は35度台だから、まだもう少し。
のどもイガイガする。
沖縄は、体の内と外がぐるりとひっくり返るくらいの旅だったから仕方がない。
こんなふうにして、場に慣れていくんだろうな。
今夜も黒砂糖のお湯を作って、早く寝よう。
お砂糖湯を作ろうと思いついたのは、ついこの間中野さんがおっしゃっていたのを思い出したから。
小学生のころに風邪をひくと、お母さんがお砂糖を溶かした甘いお湯を水筒に詰め、枕もとに置いて、カーテン屋さんの仕事に出かけていったという話。
中野さんはそれを飲みながら、ひとりで寝ていたのだそう。
そういえば、ウズベキスタンのダルバン村というところで、川原さんが体調を壊したとき、民宿のおばあさんが琥珀色の砂糖のかたまりをお湯に溶かし、ポットにいっぱい作って、枕もとに置いておいてくださった。
川原さんは私が洞穴に行っている間、ひとりでそれを飲み、汗をいっぱいかいて自力で熱を下げた。
私は、沖縄帰りなので、黒砂糖にしてみたというわけ。
夜ごはんは、とろろ蕎麦(青じそ、ねぎ)。

●2018年4月2日(月)晴れ 

もう3時だ。
お昼寝をして、今さっき、起きたところ。
今朝は9時から、このアパート全体の洗管工事(下水の流れる管の掃除)のため、管理人さんと作業の方がいらっしゃった。
今日が締め切りなので、「気ぬけごはん」のゲラ校正をし、ファックス。
あとは、留守の間に届いていたメールの返事。
そのうちにたまらなく眠たくなってきた。
沖縄での日記を書いて、スイセイに送らなくてはらないのだけど、うまく書けるかな。
パソコンを持っていかなかったので、日記らしきものはスケッチブックに少しだけメモしていた。
それを、ここに書き写してみようと思う。
なんだか、どこからどこまでがきのうで、どこからが今日で、とか。
何日に何をして、何を感じ、何を食べたとか。
時間として区分けすることができないような、そんな旅だった。
私はただ、きこちゃんと潤君の国に行って、ぼかんとした塊の、明るくて楽しくて、眩しい一日を過ごしてきたような。
『たべたあい』の主人公そのものみたいな子どもたちと算数の宿題をして、遊び、絵を描き、海で泳ぎ、馬に乗り、毎日おいしいごはんをもりもり食べ、呑み、おしゃべりして、大きな大きな年寄りの樹と水汲み場のあるパン屋さんへ行った。
六甲に帰ってきたら、中野さんは絵本の絵を10枚以上描いてらした。
壁には「お帰りなさい」の大きな絵が貼ってあった。
黒い馬に乗って、この部屋に帰ってきた私の絵。
馬ははじめは白かったのだけど、途中から黒くなっていったのだそう。
私が実際に乗った馬はビアンコという名前で、ベージュと白が混じり合った月色という毛の色をしていたのだけど、その馬は後ろ足がないので、私にはきこちゃんちのコザという犬に見えて仕方がなかった。
翌朝、目を覚ましたら、枕もとに飾ってある満月の絵の四つん這いの女の子と目が合い、涙がふき出した。
そのことはこんど、『帰ってきた 日々ごはん4』のあとがきに書こうと思う。
中野さんはきのう帰られた。
坂の途中の桜が風に舞っていた。
川沿いを歩き、駅までお見送りの散歩をした。

さあここで、日記のメモを書き出してみます。
日づけは、あとからつけたものもあります。

(3月27日)
6時に起きた。
玄関を出るとき、柱時計が8回鳴った。
坂の途中の桜はまだ一分咲きくらい。
ゆっくり咲いてくれるのが、嬉しい。
神社の桜は八分、車がたくさん走る道路まで下りたら、ほとんど満開だった。
六甲駅8時20分発、三宮へ。
ポートライナーに乗り換え、神戸空港へ。
窓から見える山は、けぶっていてほとんど見えないけれど、私の山はあの辺りだなと分かる。
ゆうべは、鷲尾さんと窓辺に腰かけ、飛行機が降り立つ光を見ていた。
これから私は、その飛行機のなかの人になる。
神戸空港はとてもコンパクトだし、お客さんも少なくすいている。
すいすいと、手続きが進む。
三宮から20分ほどで空港に着くなんて、便利だな。
私は何も知らずに、とても便のいいところに引っ越してきたのだな。

きこちゃんちの動物。
猫(タラ)、アヒル(ダブダブ)、犬(コザ)

久高島のことを思い出す。

夜ごはんは、魚屋さんで買った新鮮なお刺身(カツオ、まぐろ、キラジャー)、ミーバイ(貝・きこちゃんがナンプラーのタレを作った)、海ぶどう、マヨネーズ(きこちゃん作)、トマトサルサ(赤いトマト、玉ねぎ、塩、オリーブオイル・私作)、ディル&香菜を刻んだもの)、ゆでとうもろこし。
きこちゃんの子どもたちは、自分の食べたいものを取って、食べたいように食べる。
タレをかけたり、しょうゆをかけたり、組み合わせてかけたり。
辛いのも平気で混ぜて食べる。
3歳になったばかりのぬいちゃんも、自分で刺身を取って、手づかみでどんどん食べる。
「ぬい、もうそれで終わりだぞ」と、隣に座ったりく君(12歳)から小さな声で言われていた。
私たちはビール。
同居しているきこちゃんのお父さん、お母さんは、ウイスキーの炭酸&シークワーサー割りをジョッキに作って、3階から下りてらした。
みんなでわいわい食べ、9時くらいに私と翔だけ先に寝る。

(3月28日)
7時過ぎに起きた。

この家はいろんな音がする。

誰がどこで何をしてたてている音なのか、分からない。
動物も、音をたてている。

シャワー。
朝ごはんは、潤君のもちもちパンケーキとコーヒー。
タピオカの粉が入っているのだそう。
バターとジャム(柑橘の皮とパッションフルーツ? 何かの種が混ざっている)。
とってもおいしい。

コーヒーを翔がいれた(潤君に教わって)。

お昼ごはんは、持ち寄り。
子どもとお母さんが、続々やってくる。
子どもたちは外も、家のなかも、裸足で歩く。
今日は2階の部屋で、算数の問題を2問解く日なのだそう。
寝そべったり、起き上がったりしながら、絵を描いて、みんなひとりひとりで解いてゆく。
じゃがいも入りパスタを作った。
オイルサーディン(お土産)の量が足りないから、にぼしを加えてみた。
頭を取って、にんにくとオリーブオイルで炒めた。
翔は、「しぬほどむずかしい」と台所に言いにきた。
2階へ上がると、たみちゃん(きこちゃんの娘。朝のうちにもう2問解いてしまったので、遊べるらしい)とチェスをしている。
翔は、女の子たちにちやほやされているような気がする。

海へ。

夜ごはんは、焼き茄子とトマトのサラダ(ディル、私作)、チキンカレー(きこちゃん作)、島豆腐(できたてでまだ温かい)、丸ごとゆでたビーツのサラダ(マヨネーズ)、豚肉の鍋蒸しロースト(島らっきょう添え、きこちゃん作)。

(3月29日)
「マジックアワーとは、日の入り前の夕陽が最も美しい、空気の澄んだ時間」
ソーキそばのお店に貼ってあったポスターより。
こんなにおいしいソーキそばは、はじめて食べた。
そういう時間のことを、沖縄の言葉で「あこーくろう」と言うのだと、潤君が教えてくれた。

読谷に行って、焼き物を見てまわってから、水円というパン屋さんへお茶を飲みに行った。
車が走る道から、長い石段を下りると、年をとった大きな大きなくねくねした樹があって、樹の下には水を汲むところがあった。
川原さんがひとりで下りた。
私も、ひとりで下りた。
赤澤さんは下りない。
そのあと、外のテーブルで果物を甘く煮たシロップ入りの炭酸を飲んだ。
おいしい。
風が渡って、とても気持ちのいいお店。
アンソニー・アンド・ジョンソンズの曲がかかっていた。
お店をやっている香ちゃんという青いワンピースの女の人が、話しかけてきてくださって、握手した。
マメちゃんのパンの絵があって、私はとても驚き、でも、「そうか」と思った。
手打ちうどんのノブさんとマメちゃんは、ついこの間、このお店で何かをしたって。
畑の方に出ると、ロバがいて、坂道で足のない猫が毛繕いをしていた。
足が取れた関節のところ、深紅の骨がチュッと覗いていて、たまらなく美しい。

帰りの車。
最高潮に幸せだった。
翔が後ろの席で、私たちに外人の名前をつけていた。
すぐに忘れてしまうらしく、何度も呼ばれた。
「ナンシー(赤澤さん)」「リンダ(川原さん)」「私(アンナ)」。
そのあとは、ぬいちゃんと電話ごっこをずっとしてる。
同年代みたいに、普通に会話をしていてとても楽しそう。

窓の外は、でっかい夕陽。
たみちゃん「ずっと見ていると、中に月があるよ。月とか、いろいろいろなのが動くよ」。
私も夕陽をじっと見た。
ほんとだ。
月がある。
眩しいのに、よく見える。

●2018年3月26日(月)晴れ

6時前に目が覚めた。
カーテンを開け、上りかかった朝陽を浴びた。
太陽はずいぶん移動し、日の出は隣の建物に隠れてしまって見えないけれど。
りうの赤ん坊は、きのうのお昼ごろ、ぶじに生まれた。
ゆうべ、写真つきのメールが届いた。
3030グラムのとてもきれいな男の子だ。
唇の形がお稚児さんみたい。
予定日より大幅に遅れたし、へその緒がとても長く、首に三重にも巻きついていたそう。
メールには「なかなかの難産でした」なんて、なんでもないみたいに書いてあった。
でもきっと、ものすごく大変だったのだろうと思う。
りうは、生まれたての赤ん坊の隣で、溌剌と元気そうに写っていた。
ああ、よかった。
ほんとうに。
今朝もまた、空も海も街も白くけぶっている。
屋根がひとつだけ銀色に光っている。
あの真上に、太陽があるんだな。
12時半から「きょうの料理」の打ち合わせなので、きのう作っておいたレシピをプリントしたり、資料を集めたり。
のんびりゆっくりやっていても、まだ時間がたっぷりある。
きのうのうちに炒めておいた玉ねぎの鍋にスープ加え、チキンカレーも作った。
下の桜は、どんなだろう。
ゆうべ、寝る前に読んでいた本がとてもいい。
若菜晃子さんの『街と山のあいだ』。
ひと晩に一話か二話かずつ、ゆっくりと読み進めたいような、とても静かな本。
山のなかで雨に降られ、びっしょりになりながらひとりで延々と歩く話が好きだった。
打ち合わせは3時前に終わり、鷲尾さんとこれからお世話になるテレビのディレクターさんと坂を下って、桜見物に行った。
途中の神社で、りうについて感謝のお祈り。
川沿いの桜は八分咲き。
河原に腰かけ、缶ビールを1本と、パン屋さんで買ったおそうざいパンを食べながら、しばしお花見をした。
ディレクターさんは六甲駅へ、鷲尾さんとふたりで坂を上って帰ってきて、作っておいたカレーを食べ、しばしおしゃべり。
鷲尾さんは8時前にタクシーで新神戸へ。
さあ、明日は早起きして、いよいよ沖縄へ出発だ。
夜ごはんは、チキンカレー、白菜とにんじんのサラダ、ひたし大豆。

●2018年3月25日(日)晴れ

朝の7時にりうから電話。
陣痛らしきものがあったので、これから病院に行ってくるとのこと。
こういうとき、子を産んだことのない私は、どぎまぎしてしまう。
「うん、行っておいで。ふんばってね」としか言えなかった。
「みい、朝早くにごめんね。ありがとう」なんて、りうに言われてしまう。
こちらこそ、知らせてもらえてありがたかったのに。
りうの声はいつもと変わらず太く、はっきりとして、落ち着いていた。
スイセイにも電話したら、「ぼちぼち向かおうかのう」と言っていたそう。
立ち会うため、ジープで病院へ向かうらしい。
このところずっと、そろそろだなと気になっていて、神社に行くたびりうのことだけお祈りしていた。
がんばれー、りう。
今日は暖かく、とてもよく晴れているのに、空も海も白い。
街は、靄がかかったようにけぶっている。
春霞だろうか。
私はあさってから沖縄へ行くので、荷物をまとめたり、あちこち掃除をしながら冬の絨毯を夏向きのマットに代えたり。
沖縄は、きこちゃんのところへ遊びにいく。
旅のメンバーは、赤澤さん、川原さん、翔(私の姪のナッちゃんの小六の息子)。
翔は東京に住んでいるので、川原さんと赤澤さんが同じ飛行機で連れて行ってくれる。
私は神戸空港からひとりで飛び、那覇空港で待ち合わせ。
そして、私が沖縄を旅している間、中野さんもうちでひとり合宿をし、新作絵本の絵を描かれる。
8月に私がポルトガルに行っていたとき、描いていたものに、改めてもういちど向かい合うのだそう。
だから今、うちには絵の具がたくさんある。紙もある。
おとつい、中野さんが大阪の画材屋さんで買ってらした。
きのうはお見送りがてら、夙川へ行った。
六甲の坂を下りるときには、桜は一輪か二輪咲いているくらいだったけど、阪急電鉄沿線の桜も、夙川の桜も、ずいぶん開いていた。
川沿いをゆっくり歩いて桜見物し、ビールを軽く呑んで、おいしいお蕎麦を食べた。
私は沖縄へ、中野さんは絵へと旅に出る前の、ささやかなお祝い。
軽く買い物し、坂を上って帰りつき、夜ごはんを支度してひとりで食べた。
真っ暗になる前の、蒼い空のひととき、食後に食べた桜餅のおいしかったこと。
りうは、今ごろどうしているかな。
寄せては返す陣痛の波を、やりすごしている最中かな。
今夜が山場だろうか。
夜ごはんは、鰯のポルトガル風塩焼き(じゃがいももち、ゆで卵、トマト、玉ねぎ添え。ワインビネガー&オリーブオイル)。

●2018年3月21日(水)曇り時々小雨

ぐっすり眠って、7時前に起きた。
肌寒いけど、空気がピンとして気持ちいい。
朝から、沖縄へ行く支度をしていた。
神戸空港までの電車の時間を調べたり、旅のメンバーにメールをお送りしたり。
お昼ごはんを食べ、原稿書き。
2階の寝室にヒーターを入れ、暖かくしてやった。
書きかけの原稿が、すーっとできた。
続いて、もう1本も書く。
また、すーっとできた。
書きたいことをメモしておいたら、ほとんどそのまま文章になった。
はじめに出てきた言葉が、いちばん勢いがあるので。
今の私には、1000文字くらいの文字量がちょうどいいみたい。
シミズタから、「ソーセージを作った」と写真入りのメールが届いた。
今日は、東京は雪なのだそう。
こちらは風が強く、雲が流れ、青空が見えてきた。
「一日」での展覧会がぶじに終わり、残った絵などがダンボール箱で送られてきた。
とてもていねいに梱包してくださってあり、感激した。
掃除機をかけてから箱を開け、床にポスト(展覧会場に、感想を入れてもらう赤い箱を置いておいた)の手紙を全部出し、読んだ。
絵だけの手紙もある。
子どもが描いたのも、大人が描いたのもある。
生の言葉、筆跡。じーんとする。
芳名帳も、最後の見開きページには、三段重ねで名前がぎっしり並んでいた。
懐かしい人たちの名前。
牧野さんやいっこちゃん、立花君も来てくださったんだな。
夕方になって、リーダーからメールが届いた。
今「ミロ(シミズタとケイスケの店)」に来ていて、これからソーセージを頼むのだそう。
しばらくして、ソーセージのでき上がり写真が送られてきた。
丸々1本の荒々しいソーセージ。
ザワークラウトとマッシュポテト添え。
なんて、おいしそうな!。
ザワークラウトは、波照間島の良美ちゃんから送られてきた6個の キャベツで作ったとのこと。
返事を書き、灯りがつきはじめた夕暮れの海と空の写真を撮って送った。
なんだか今日は、東京、神戸、沖縄が近いような夜。
夜ごはんは、卵うどん(半玉分)、しょうがの佃煮のおにぎり(冷蔵庫にあったのをセイロでほかほかに蒸した)、蒸し白菜(おにぎりの隣で蒸した。ポン酢醤油、菜種油たらり、七味唐辛子。これはおいしい!)。

●2018年3月20日(火)小雨が降ったり止んだり

ずっと寝ていた。
お風呂にも入らず、パジャマも着替えずにずーっとベッドの人。
『たべもの九十九』を読んで、眠たくなるとパタンと本をふせて。
なんだか、今と昔と夢のなかを、ゆわゆわと旅しているみたいだった。
きのうはとても楽しかった。
休ミちゃんはお酒を呑んだら絵を描かないから、一緒には描けなかったけれど。
台所で私が料理を作っては出し、みんなで食べた。
休ミちゃんからリクエストがあったので、マヨネーズも一緒に作ってみた。
ソーセージをゆでて焼くのも、途中から筒井君にやってもらった。
お土産に一本包んだのを、留守番をしているミニちゃんに焼いてあげられるように。
日本酒の酔い方がやさしく、お腹に、気持ちに、あたたかく染み渡るような感じだった。
近ごろ私はブルーハーツにはまっているので、最後にユーチューブをかけた。
♪リンダリンダーのところで、筒井君と休ミちゃんが条件反射のように踊り出した。
筒井君、ジャンプしてはった。
本物のロッカーみたいに高く跳ねるんだけど、静かに着地する。
何度も跳んでいて、可愛らしかった。
あっという間に時間がたってしまい、大豆の炊き込みご飯も、デザートも出せなかったけど、7時半くらいにお開きになる前に、3人で『あさがくるまえに』を読んだのも、なんかよかった。
私たちは、絵本を作る仲間だから。
夜ごはんは、ミニちゃんにいただいた梅干しでお粥にしようと思ったのだけど、けっきょくごはんを炊いた。
ひき肉と白菜のあんかけ丼(とりガラスープの素、柚子こしょう、みりん、きび砂糖、薄口醤油)、ひたし大豆。 残ったご飯をお弁当箱に詰め、ミニちゃんの梅干しをのせた。明日のお昼のお楽しみだ。

●2018年3月19日(月)曇り

今朝は曇り。
海も、空も白く、境がない。
天気予報では雨だと言っていたから、よかったな。
今日は休ミちゃんと筒井君がいらっしゃるので。
先週は東京と鎌倉。
とてもとても、楽しい旅だった。
神戸に帰ってきてからも、まだ旅をしているようだった。
中野さんはあと3泊して、筒井君のところへ打ち合わせに出かけたり、その次の次の日には、私がつよしさんと打ち合わせをしたり。
東京でのこと、鎌倉でのことは、こんど落ち着いたらゆっくり書こう。
パソコンを持っていっても、最近は日記がまったく書けない。
開いてくださった方、申しわけありません。
朝起きて、今日のメニューを紙に書き、台所の壁に貼った。
今日は「かっぽう高山」。
献立は、う、ふマヨネーズ(ゆで卵の手作りマヨネーズのせ)、白和え2種(ひじき→炒りごま、塩、きび砂糖・絹さや→炒りごま、塩、白みそ)、ゆで立て大豆(辛し醤油&塩とごま油)、京都の菜花のおひたし(辛しみそマヨネーズ)、かぶとかぶの葉のこっくり炊き、手作りソーセージ&じゃがいものガレット、大豆の炊き込みご飯&韓国風肉みそ(海苔で巻いて食べる)。
お飲物は、キリン一番搾り、白ワイン、ワインクーラー、飛騨のどぶ(にごり酒)、亀泉(高知の日本酒)、ダバダ(土佐の焼酎)ジャスミンティー、六甲のおいしい水(うちの井戸水)。
デザートはいちごアイス。
中野さんはきのうの朝、実家に帰られた。
なので、お客さんは二人だけ。
休ミちゃんははじめてうちにいらっしゃる。
絵、いっしょに描いてみたいな。
愉しみだな。

●2018年3月10日(土)快晴

7時15分に起きた。
太陽はとっくに上っていた。
朝ごはんを食べてすぐに「気ぬけごはん」の続き。
お昼過ぎにはほとんど書けた。
東京に行く前にやっておきたかったから、これでひと安心。
ゴミを出しにいったり、荷物をまとめたり、のんびり支度する。
掃除機をかけ、これから雑巾がけをするところ。
今日は海が真っ青だから、あとでビールを呑もうかな。
そういえばさっき、ゴミを出すときに廊下の窓越しに小鳥が見えた。
お腹ガオレンジ色の、ぷっくりとした可愛らしいのはヤマゲラ。
黒と白の横縞の、はじめて見る小鳥もいる。
頭がぽしゃぽしゃした、わりと細身の小鳥。
あとで調べてみたら、コゲラだった。
キツツキの仲間だそう。
ヤマガラかと思っていた小鳥は、もしかするとショウビタキかもしれない。
さえずりが似ていた。
海を眺めながら台所に立ってビールを呑んでいたら、つよしさんにお電話したくなった。
絵本のことを、ぽつりぽつりおしゃべり。
つよしさんは、たくさん話があったみたいで、いっぱいおしゃべりしてはった。
電話してよかったな。
夜ごはんは、春巻き(いつぞや作って冷凍しておいたもの)、白菜の塩もみ(かぼすこしょう)、チゲ風スープ(いつぞやのひとり鍋の残りにコチュジャンとキムチ、えのき)、納豆(白身を加えてふわふわに泡立てた)、ご飯。
さあ、明日からまた東京だ。
今夜は早めにベッドに入って、絵本を読もう。

●2018年3月9日(金)曇り

ゆうべはたいへんな風だった。
何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな、大きな大きな風。
ときどき、ヒュルルルルーと笛のような甲高い音もしていた。
吹き荒れる風の音を聞きながら、ベッドのなかはぬくぬくとあたたかい。
風の夜はよく眠れる。
朝になってもまだ吹いていて、でも、8時を過ぎたころにちゃんとやんだ。
このあたりは夜に風が吹くことが多い。
六甲おろしとはいうけれど、昼間の風は、吹いてもたかが知れている。それが不思議。
きのうは、「気ぬけごはん」をひと通り書いて、雨のなか図書館へ本を返しにいき、買い物をして、「MORIS」に寄った。
今日子ちゃんにマントゥーを教えてほしいとお願いされていたので、もしかして、今日やるのはどうだろうと思い、お誘いしてみた。
今日子ちゃんの顔がパッと輝いた。ひろみさんも嬉しそうだった。
本当に嬉しいとき、今日子ちゃんは両手で指パッチンをしながら歩いてまわるみたい。
ふたりにはいつもお世話になりっぱなしだから、喜んでいただけて私も嬉しかった。
それで、ひろみさんと3人でタクシーに乗り、帰り着いてすぐにふたりで練りはじめ、はさむ具も作った。
ひろみさんにいただいた日本酒をちびちび呑みながら、なんとなく「バー高山」みたいになって、冷蔵庫のあるものをちょこちょこお出ししながら、発酵を待った。
マントゥーはほんのり甘く、ほわほわで、とてもおいしくできた。
おふたりが帰ってから、すぐにお風呂に入ってあたたまり、バタンと寝た。
雨はずっと降り続いていたけど、思いがけず楽しい夜だった。
今日は今日とて、「気ぬけごはん」の続きだ。
朝、母からのを皮切りに、今日はたくさん電話がかかってきて、大忙しだった。
夜ごはんは、ケチャップ・チキン丼(ご飯の上に白菜の細切りをしいた)、ちぢみほうれん草炒め、ひじき煮、いぶりがっこ。

●2018年3月8日(木)曇りのち雨

7時前に起きたのだけど、陽はもう上ったあとのようだった。
太陽はどこにあるんだろう。
雲のなかに隠れていて分からない。
ちょっと肌寒い。
近ごろは、朝ごはんにヨーグルトを食べるのが気に入っている。
「MORIS」で買った、とっておきのガラスの器に盛って。
今朝は、文旦の上にクリームみたいにヨーグルトをのせた。
あとはバタートーストだけ。
朝風呂に入って、お湯をぬきながら東京へ着ていく薄手のセーターを洗った。
11日の東京行きまでに私のやることは、「気ぬけごはん」。
図書館へ本を返しにいくこと。
冬物をクリーニングに出しにいくこと。
この間取材していただいた、新聞の記事を確認すること。
あとは、何があるだろう。
えーと。
まだまだ、時間はたっぷりある。
夜ごはんは、今日子ちゃんとひろみさんと3人で。
ほうれん草のおひたし(いりごま、ごま油)、かぶとかぶの葉の鍋蒸し煮(きのうの)、おにぎり(お昼ごはんの残りひとつを三等分し、ひじき煮をのせ、のりで巻いた)、油揚げのカリカリ焼き(かぼすこしょう)、かぶの葉をゆでたの(マヨネーズ、かぼすこしょう)、手作りマントゥー、肉みそ(にんにくと豚ひき肉をごま油で炒め、酒、きび砂糖、麹たっぷりみそ、普通のみそを加えて炒りつけ、仕上げにミニトマト)、じゃこ入り卵焼き&焼き肉(玉ねぎ)&豆苗炒め(今日子ちゃん作)。

●2018年3月7日(水)晴れのち曇り

9時に起きた。
大大寝坊。
ゆうべは8時にはベッドに入ったから、13時間眠ったことになる。
ゆらゆらと、うすーく寝ていた感じがする。
夢も、みたんだか、みなかったんだか。
最近は、朝陽を見ていない。
今日は『たべもの九十九』の発売日。
全国の本屋さんへ飛んでゆきました。
自分が書いたことを忘れ、はじめて読む人になったつもりで読んでみたら、なんだかこの本は短編集みたいだなと感じた。
小説とまではいかないけれど、短い物語の集まり。
私の人生のなかで起こったことを、この目で見、体で感じたのは確かなのだけど、何度も思い出し反芻しているうちに、”お話”というようなものになった。
著者が語り部となって書いているような。
その物語には、食べ物にまつわることが必ず登場する。
食べ物というより、食べること。
食べ物のことをひとつつまんで書きはじめたら、ずるずるーっと、いろんな玉がくっついてきて、自然とそうなったのだけど、食べる=生きるだから、なんだかこれまで生きてきた跡を、振り返るようなことになった。
そんな感じだ。

今日は、あちこち埃が気になるので、ていねいに掃除した。
ゆっくりゆっくり動いて、たまっていた雑誌や紙の束も整理した。
しょっちゅう手をとめ、海を眺めながらやった。
なんだかようやく、いつもの暮らしに戻ったみたい。
日曜日からまた東京だから、ぼちぼち支度をしながら、たっぷり休んでおこう。
夕方、ミルクティーをいれてベッドに腰かけ、海を眺めた。
今日の海は、空との境がない。
ひろびろと、茫漠と。
やっぱりここは、最高だ。
明日はちゃんと起きて、陽の出を見たい。
「気ぬけごはん」も明日から書く予定。
夜ごはんは、ひじき煮(油揚げ、干し椎茸。だしは干し椎茸のもどし汁だけしか使わなかったのだけど、だしをとったあとの昆布が冷凍してあったので、ひじきくらいに細く切って加えてみたら、切り昆布煮のようになってとてもおいしかった)、かぶとかぶの葉の鍋蒸し煮、簡単ひとり鍋(しゃぶしゃぶ用豚肩肉、豆腐、えのき、ポン酢醤油、七味唐辛子)、ご飯。

●2018年3月6日(火)晴れ

今日は海がまっ青。
ラジオからアラビアの音楽が流れている。
それが、ぴったりな青だ。
このところ、ずっと日記が書けなかった。
この1週間、あまりに楽しく、めまぐるしくて。
ブログを覗いてくださった方、ごめんなさい。
東京へ行ったのは2月26日から3月1日まで。
その間、川原さんの家に泊めてもらい、また今回も楽しいことがいっぱいあった。
シミズタとケイスケのお店「ミロ」のオープンに行ったり、たくさんの人に会い、呑んだり食べたり。
「一日」の展覧会にも、いろいろな方が見にきてくださった。
絵を見にきてもらえることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
そしてまた、買っていただけるなんて!。
それはとんでもなく嬉しく、はずかしく、ありがたくてたまらなく、申しわけないような気持ち。
はじめて買ってくださった女の子に、私は自分の持っているものを何でもあげたくなった。
神戸に帰ってきて、まもなく大阪でトークイベントがあり、その日は中野さんも大阪で別のイベントがあったので、終わってから合流した。
それが3日だったかな。
中野さんはきのうまでうちに泊まり、私は午前中に新聞のインタビューを受け、お昼過ぎに見送りがてら六甲駅に下り、買い物をして帰ってきた。
泊まっている間、中野さんは夏の間に描いていた自作絵本の大きな絵を眺めてらした。
私は私で、つよしさんとやっている絵本のテキストのことを、東京にいる間もずっと考えていたから、早く向かいたかった。
私が「のぼってきています」と言うと、「ぼくもです」。
帰ったらすぐに向かい、だいたいできた。
ゆうべは早めに寝た。
ゆらゆらといろんな夢をみながら。
ああ、もうたっぷり眠ったな。もうお昼近いのかな……と思いながら起きたら、まだ8時半だった。
神戸のこの家は、疲れを癒す深くて強い力がある気がする。
布団と洗濯ものがいっぱいに干してある2階の部屋で、ゆうべ書き上げた絵本のテキストを読んだ。
まだ、もう少し直さないと。
ベッドに寝そべり、声を出して読んでみる。
パソコンに向かい、直す。
そのくり返し。
お昼を食べてまた向かう。
4時ごろにでき上がり、つよしさん宛の封書に。
坂の途中にポストがあるので、そこまで下って、また上って戻ってこようと思っていたら……坂の上のところで郵便配達のお兄さんに出会い、「預かっていきましょか?」と声をかけられた。
お兄さんは私の絵本のテキストを、ベルトについた小さなカバンに収めていた。
なんだか、ムーミン谷の郵便配達夫みたいだった。
ようやく今日から、いつもの暮らしにもどりました。
夜ごはんは、チャーハン(いつぞやの大豆と大根のグラタンの残りに、ちりめんじゃこ、かぶ、青じそを加え、冷やご飯と炒めた)、ちりめんほうれん草のおひたし(白ごま)、天かす入りいり豆腐(絹さや、卵。ゆうべの残り)の予定。

●2018年2月24日(土)曇りのち快晴

6時半に起きた。
カーテンを開けたら、上ったばかりの太陽がコロンと丸く雲に透けていた。
雲に覆われているので、ちっとも眩しくなく見ることができる。
いつの間にやら日の出の時刻が早くなり、上る場所もずいぶん変わってきた。
もう少ししたら、隣の建物に隠れて見えなくなってしまう。
朝風呂から上がって身支度をしていたら、聞き慣れない小鳥の声がする。
双眼鏡で覗いてみた。
でも、よく分からない。
ヒヨドリのような気もする。
ヒヨドリは、ほかの鳥のさえずりを真似することがあるそうだから。
猫森の枯れ枝の先にとまっている。
ふと、後ろに見える遠くの海の、金色に光っているところを見た。
朝の早い時間は太陽が低いから、海もそこだけ金色。
そしたら、雲にうっすら隠れている太陽から海に向かって、金の粉がちらちらと降っていた。
肉眼では見えず、双眼鏡でしか見えない光。
え? これは何?。
明日もまた、このくらいの時間に双眼鏡で調べてみよう。
月曜日は、絵の飾りつけのため東京に行く。
なので、今日はその支度をみっちりやったら、ぼちぼち旅の荷物をまとめよう。
東京にいる間は、また居心地のいい川原さんの家に泊めてもらえる。
吉祥寺に住んでいたころには、あんなにちょくちょく遊びに行っていたのに、いちども泊まったことがなかった。
お風呂にも入らせてもらったことがなかった。
いよいよ2月28日(水)から、「一日」で『たべもの九十九』原画展がはじまります。
川原さんが飾りつけを手伝ってくれるので、とても心強いけれど、何もかもがはじめてのことでどきどきしている。
なんか、発表会みたい。
展覧会は、3月18日まで開いているので、よろしかったら覗きにいらしてください。
夜ごはんは、ぺろっこらーめん(岩手の物産展で買った、ワンタンの皮みたいなラーメン。白菜、人参、ほうれん草)。

●2018年2月22日(木)快晴

7時過ぎに起きた。
矢内さんが8時半の電車に乗らないとならないので。
朝陽はもう上っていたけれど、海がオレンジ金に光っていた。
矢内さんを起こしたら、窓に張りついて、しばらく外を眺めてらした。
1階に下りてからも、矢内さんは何度も窓辺に立っていた。
きのうは打ち合わせのあと、六甲駅までてくてく歩いて関西のディレクターさんをお見送りし、また戻ってきて、蒼くなりはじめた空と海を眺めながら、矢内さん、鷲尾さんと3人で乾杯した。
東京で十年以上もお世話になっていたおふたりに、ようやく六甲の家へ来てもらえたのが、私はとても嬉しかった。
8時くらいにタクシーを呼んで、鷲尾さんは新幹線で東京へ帰られた。
翌朝(今日のこと)大阪で打ち合わせのある矢内さんと、そのあともワインをゆっくり呑み、たくさんおしゃべりし、矢内さんは泊まった。
酔っぱらって、ふたりで『あさになるまえに』を読んだのだけど、ゆうべ矢内さんの夢に、絵本のなかの白鳥が出てきたのだそう。
頭の上をばさばさばさばさと、通り過ぎていったのだそう。
朝ごはんを窓辺で食べ、タクシーのお見送り。
私はそのあとすぐに、『帰ってきた日々ごはん4』の校正の続きを洗濯機をまわしながらやって、屋上にシーツとバスタオルを干しにいった。
背中を伸ばして深呼吸。
裏の山々はもう、冬とは確実に違う。
なんとなく、薄茶に桃色が溶けている。
校正は3時には終わり、そのままの勢いで封筒を開いた大きな紙に、アルバムにのせる写真をどんどん切り貼りし、言葉をつけていった。
これはスイセイから出ている宿題。
夢中でやって、ようやくできたところで柱時計が6回鳴った。
この部屋は、こういう作業をするのにとても向いている。
絵の具が床についてもあとでふけばすぐきれいになるし、大きな紙を何枚も広げたまま夢中になっていてもだいじょうぶ。
この間も、展覧会の垂れ幕を描いているときにつくづく思った。
私は絵本のお話や、文章をたくさん書くためにここへ越してきたつもりになったいたけれど、絵を描くためもあったのかもしれないと、このごろは思う。
うちには紙も画材も自由に使わせてもらえるのがいくらでもあるし、中野さんの魔法のクレヨン(外側に絵の具がびっしりついているので、描いてみるまで何色か分からない)もある。
夜ごはんは、豚の焼き肉(豚バラの薄切りを、脂を出して紙で拭きながら焼き、焼き肉のタレでからめた)、白菜とかぶの葉炒め、キムチ、みそ汁(大豆、かぶの葉)、ご飯。
食後に、関西のディレクターさんにいただいたいろんな柑橘の皮をむいて、房からはずしながらつまんだ。
お風呂から上がったら、さすがにぐったりくたびれた。
今日は朝からからがんばったもの。
夜、『あさがくるまえに』をアマゾンに注文した。

●2018年2月20日(火)晴れ

起きてすぐ、きのうの絵の続き。
絵というのは時間がたつと変わるのか、自分の目が変わるのか。
だからつい、続きを描きたくなる。
午後からは2階の机で『帰ってきた 日々ごはん4』の校正をしながら、アルバムについてのアイデアを頭の中で練っていた。
ピンポンが鳴った。
管理人さんだった。
「高山さん、今日は洗濯をされますか?」
「はい、今しているところです」
「屋上に干されますか?」
「いいえ」
「ああ、それならよかった。今日は私、お昼過ぎに急に帰ることになりました。屋上の鍵もかけてしまうので、高山さん、洗濯ものが干せんようになるなあと思いまして」
廊下の消火栓にSカンをひっかけ、ソーセージを干しているのを注意されるのかと思ってどきどきしていたら、そうではなかった。
私が「こんなものを作ってしまって……」とソーセージのことを言うと、「高山さんは器用ですね。いいですねえ、何でも作れるんですねえと、きのうも管理会社の者と話とったんですよ」と言われた。
校正を10月分まで終え、洗濯ものをたたみながら夜ごはんの支度。
『帰ってきた 日々ごはん4』は、絵本を作りはじめた最中の日記なので、とても濃い日々だ。
何年か前の日記だから、いつもだったら校正をしながら「そんなこともあったなあ……」と、ちょっと他人ごとのように感じるのだけど、どういうわけかあのころのことはすみずみまで鮮明に覚えている。
どんな気持ちになったかも、スイセイの表情も、景色も、生々しく覚えている。
めったに起こらないことばかり立て続けに起こったから、凝縮された濃いものが体に刻み込まれているのかもしれない。
不思議だなあ。
今日は春のようにあたたかい一日だった。
夜ごはんは、大豆のトマト煮(いつぞやのスープを大豆だけ残しておいて、トマトペーストを加えた)、ほうれん草とじゃこのペンネ(ペンネと一緒にじゃがいもをゆでて加えた)。
たっぷりのオリーブオイルでにんにくとじゃこを炒め、ほうれん草を加えて、ゆで上げたペンネとじゃがいもをからめた。
パスタにじゃがいもを加えるのは、今日子ちゃんの真似。

●2018年2月19日(月)曇り

うすら寒い。
朝から展覧会のことばかりやっていた。
垂れ幕の続きの絵を描いたり、チョコレートの小箱に絵を描いたり。
描いていると絵の脳みそになるのか、ほかのことが何もできなくなる。
きのうは、中野さんをお見送りがてら新開地で軽く呑んだ。
楽しいときには時計の針がなかなか動かず、時間が止まったような感じになるときもあるのだけど、きのうはなぜだか針が早く(普通に)動いていた。
でも、最後の20分が長かった。
どういう具合でそうなるのだろう。
そのあとで私は、岡本の絵本屋さんへ行ったのだけど、お休みだった。
それで、住吉にある大きい図書館へ行こうと思い、間違えて阪急電車に乗ってしまい、御影で下りた(そこが図書館のある住吉駅だと思っていた)。
ああ、ここは違う駅だと気づき(住吉はJR線)、地図を見たら意外と近くだったので、タクシーで図書館へ向かった。
閉館まで30分しかなかったのだけど、どうしても絵本を借りて帰りたかった。
大急ぎで5冊ばかりみつくろい、借りる手続きをし終わってからふと左を見たら、返却台の棚に気になる絵本が置いてあった。
『あさがくるまえに』。
絵だけのページがしばらく続き、発せられる、はじめての言葉がとてもいい。
力ある言葉は、絵の力によってさらに響いている。
見開き1ページに一行、ひとことずつこう続く。
「ふかい闇につつまれて」
「ねむっているあいだに」
「まいあがるものと、まいおちるもので」
「空がいっぱいになりますように」
そこまで読んで、借りてきた。
私はこの絵本に出会うため、岡本の絵本屋さんに行くことができず、御影駅で間違えて下り、タクシーでここまできたのかもしれないとそのとき思った。
今日はソーセージを作って、干した。
水曜日に東京からお客さんがいらっしゃるので。
「きょうの料理」の矢内さんと鷲尾さん、関西のディレクターさん。
なんとなく頭がぼんやりするから、今夜は早めにお風呂に入って、『あさがくるまえに』をまた読んで寝よう。
夜ごはんは、かぶと鶏と大豆のみそスープ(かぶと鶏のこっくり煮の残りで)、大根葉のじゃこ炒め、キムチ、ご飯。

●2018年2月17日(土)晴れ

風はあるけど、春のように暖かい。
東京から、おとついの夜遅くに帰ってきた。
パソコンを持っていったのに、楽しいことがいろいろありすぎて日記がまったく書けなかった。
きのうは一日、寝たり起きたり。
ベッドのなかで小野さんにいただいた本や、絵本を読んだり。
大豆をゆで、ゆで汁に玉ねぎやじゃがいもソーセージを加え、スープを作って食べた。
木皿さんとのトークも、楽しくてあっという間だった。
川原さんもリーダーも、シミズタもケイスケも、サンも、「ニチニチ」の星野君も、「まめ蔵」の前でばったり合ったマスターも、みんなみんな元気そうだった。
最後の日は、東京も春のように暖かかったけど、帰ってきたら神戸も負けないくらいに春だった。
今朝は8時半に起きた。
美容院、図書館へ。
通りを歩いていると、実際には匂いがしないのだけど、花の香りがするような。
しっとりと汗ばむような、そんな日だ。
帰り道、「MORIS」のベランダに亜衣ちゃんの娘さんがちらりと見えたので、たまらず会いにゆく。
亜衣ちゃんは窓を開けた「MORIS」の台所で、ひとり料理をこしらえていた。
ゆるやかな空気のなかに、スパイスやお肉のいい匂いが漂っていた。
目には色濃い緑の野菜。
亜衣ちゃんの紺色の大きなエプロンの後ろに、娘さんがまとわりついたり、離れたり、隠れたりしているのが愛らしく、なんだかうらやましいような気持ちになった。
お母さんというのは、娘と一緒にそこに立っているだけで、動いているだけで、笑っているだけで艶っぽい。
今日は、中野さんが大阪の図書館でイベントがあり、終わってからいらっしゃる予定なのだけど、まだみたい。
待ちきれず、海が青いうちにひとりビールを呑みはじめる。
今夜のメニューは、かぶと鶏肉のこっくり煮、菜の花のおひたし(辛し味噌自家製マヨネーズ)、マグロの中落ち丼(黄身醤油、梅たたき、ねぎ、青じそ)の予定。
※3月11日の「一日」でのトークイベントのご予約は定員に達したため、しめ切りになったようです。ありがとうございます。

●2018年2月12日(月)晴れのちお天気雪

今朝も朝ごはんに「プチ・ブレ」さんのパンを焼いて食べた。
皮がパリッとした方の食パン。
おいしいなあ。
朝からずっといいお天気で、けっこう暖かかったのだけど、寒い、寒いと思って窓を見たら、雪。
お天気雪だ。
風に舞い、上からも下からも降っているように見える。
今朝は、明け方に、体のなかで仄めく光のようなものがあった。
ほんのり温かいような、クリーム色の小さな光。
起きてからもその感触が残っていた。
それで朝から、絵本のお話の推敲をずっとやっていた。
これは、ずいぶん前に書いておいた猫の話。
ひさしぶりに読み返すと、どこが悪かったかよく分かる。
ひととおりでき上がり、声を出して読み終わったちょうどそのとき、かかっていたシャンソンの曲と相まり、物語が窓から飛んでいくような感じになった。
「ムーラン・ルージュの唄」。
ラストにぴったりの歌だ。
ケンカの強いキズだらけの猫が出てくるこの話は、大衆演劇のようでもある。
さあ、そろそろ東京行きの荷物を支度して、『帰ってきた 日々ごはん4』の初校の続きをやろう。
夜ごはんは、春巻き(この間作っておいた、白菜とひき肉の中華風煮込みにしろ菜を加え、水溶き片栗粉でまとめ具にした)、天かす入りいり豆腐(いつぞやの残り)、白菜とソーセージのスープ煮(お昼ごはんの残り)、しろ菜のおひたし(ちりめんじゃこ、ごま油、ポン酢醤油)、しょうがの佃煮、ご飯(せいろで温めた)。
夜ごはんを食べ終わったころ、つよしさんから銅版画の絵が何枚か送られてきた。
す、すごい!。

●2018年2月11日(日)晴れ

7時15分にカーテンを開けた。
ぽっかりと丸い、橙色の太陽。
そのまま布団をかぶり、眠ってしまった。
ひなたぼっこをしているみたいに太陽を浴びながら。
柱時計が9回鳴って起きた。
今朝は「プチ・ブレ」さんのおいしいパンを焼いて食べよう。
来週の火曜日から東京に行くので、なんとなく支度をしたり、日記を書いたり。
さて、そろそろ『帰ってきた 日々ごはん4』の校正をはじめようかな。
今日はストーブをつけなくても暖かいな。と思って、窓を開けたら、それでもまだ暖かい。
さやさやと風、海も穏やかに光る春のような日だ。
「かもめ食堂」のりっちゃんからメールが届いた。
木皿さんとのトークイベントで東京へ行くことについての最後に、「気をつけて帰ってきて下さいね」と書いてあった。
そのひとことがなんだかとてもうれしかった。
「行ってきて」ではなく、「帰ってきて」。
そうか、私は神戸の住人で、神戸にまた帰ってこられるのか。
『帰ってきた 日々ごはん4』の校正は、5時半まで2階の机でやった。ときどき青い海を眺めながら。
夜ごはんは、カレーライス(みにちゃんのおいしいらっきょう)、ゆで卵とトマトと人参のサラダ(玉ねぎドレッシング)。

●2018年2月10日(土)雨

冷たい雨。
8時半に起きた。
ぐっすり眠って、夢もいろいろみた。
パンを切らしているので、朝ごはんはパンケーキを焼いた。
トマトも焼いて、仕上げにホワイトビネガー。
これは、なんとなくポルトガルな感じ。
鰯の塩焼きと食べたら、おいしそうな味。
さて、これから大阪の画材屋さんに行ってこよう。
まず、「プチ・ブレ」さんでおいしい食パン(この間、今日子ちゃんが作ってくれた卵サンドがとてもおいしかったので)を買って、「MORIS」に寄って荷物を置かせてもらい、また帰りに寄って、本(ソーセージが載っている『料理=高山なおみ』)にサインもしてこよう。
小旅行な気分で、楽しみだ。
画材屋さんではほしいものをじっくり見て、いろいろ買ってきた。
スケッチブックや、葉書サイズの画用紙や、色鉛筆やパネルやら。
ずっと雨だったけど、木皿さんの本(私が手作りしたもの)を読んだり、ときどき目を上げて霧にけぶる山を見ながら電車に揺られるのは、心落ち着く時間だった。
私はほんとうにいいところに越してきたなあと思いながら、山を見ていた。
帰りに「MORIS」に寄ったら、中国茶のお教室だった。
ヒロミさんの隣に座り、本のサインを少しして、とても珍しいお茶の一煎目をいただいた。
中国茶教室のときの「MORIS」は、薄暗く、ほの明るく、小さな音までよく聞こえる。
「香りをお聞きください」と先生がおっしゃった。
先生の立ち居振る舞いをぼんやり眺め、気配のようなのを私は聞いていた。
とくとくとくとく。さらさらさらさら。
夜ごはんは、ほうれん草炒め、ソーセージ炒め、揚げ玉入りいり豆腐、お弁当箱の冷やごはん、かぶのみそ汁。
食べながら、ご飯の冷たいのがお腹に入るのが分かった。
お腹の調子もあまりよくないみたい。
雨の外出で冷えたのかな。
薬屋さんで温泉の素を買ってきたから、お風呂でよく温まり、今夜は早めにベッドに入ろう。
お風呂から出たら、窓の外が真っ白。
ふかぶかとした霧のなかにもぐったよう。
夜中にふとカーテンをめくると、霧は下の道のところまで押しよせ、猫森の枝の先だけが電灯に白く光っていた。

●2018年2月9日(金)晴れ

7時に起きた。
よくない夢をみて、ちょっとだけ目覚めが悪いような感じだった。
このところ人にたくさん会いすぎて、もしかしたら私はちょっとくたびれているのかも。
ソーセージ教室はとても楽しかった。
集まったみなさんが、ソーセージとマッシュポテトをそれはそれはおいしそうに食べていて、私は心底うれしかった。
今日子ちゃんの文旦のデザートも、ガラスの美しい器に負けない澄んだ味がした。
房からはずした文旦と甘夏のシロップ和え、アール・グレイ紅茶のグラニテ、水のゼリーの絶妙な組み合わせ、おいしかったなあ。
今日子ちゃんはくったくのない人だから、デザートの味にも、盛りつけにもそれが表れる。
きれいなのに、整いすぎていないところがまたいいんだと思う。
なんか、「MORIS」で開く教室は、きれいで実質的な心のようなものを、やりとりするような安心感がある。
静かで、おおらかで、ゆっくりと、落ち着いた空気。
あの日は、教室に参加くださった宮下さん(京都に住んでいる編集者)をお誘いし、うちで過ごした時間もとても楽しかった。
私は、信頼できる関西の編集さんに、また新しく出会えたのだと思う。
きのうは、「かもめ食堂」のりっちゃんとやっさんが突然遊びにやって来て、ソーセージとマッシュポテトを作り、一緒に食べた。
私は木皿さんの新刊(『木皿食堂3 お布団はタイムマシーン』)のゲラを切り抜いて、本のようなものを作っていたので、なんとなくふたりのことも思いながらやっていた。
だから、玄関を開けて佇んでいるふたりを見たとき、「わっ!」とびっくりしつつ、それほどには不思議じゃなかった。
車で坂を下り、いつもの「コープさん」に買い物に行ったり、ふたりのマンションをちょっとだけ訪ねたのも楽しかった。
そうそう。
きのうは、朝から管理人さんが長靴姿でいらっしゃり、お風呂場の下水のつまりと格闘してくださっていた。
ズッポン! ズッポン!。
「こうやって、何度も繰り返していれば、まあ、2時間も続けておれば、そのうちすーっと通ることがあるんです」とおっしゃって。 いちど様子を見にいったら、配管の黒い鉄サビが浮かんだ水びたしのお風呂場に立って、腰を曲げ、排水溝をじっとのぞいてらした。 微妙な水の引き加減を観察しているようだった。
髪の毛が絡まったわけの分からないゴミも、取りよけてくださってあった。
ああ、本当に申しわけない。
私は途中でコーヒーを淹れた。
朝10時に来てくださって、柱時計が12回鳴るまでやって、「高山さん、やっぱり私ではだめのようですわ。事務所に伝えて、業者さんに来てもらうようにいたします」
とおっしゃった。
管理人さんは、本当に立派な人だなあと思う。
けっきょく、事務所の方(大家さん)の立ち会いのもと、7時過ぎに業者さんがふたり来て、15分ほど作業をし、すぐに流れるようになった。
今日は、朝からあちこち掃除。
すみずみまで雑巾がけもした。
シーツやらバスタオルやら、布巾やらクロスやら四角い物をたくさん洗濯し、屋上に干してきた。
今日は掃除やら、書類の整理やらしているうちに一日が終わってしまった。
なんとなく、何かがはじまる前のような、そのせいで胸のつかえがあるような、そんな感じもする。
新しく何かがはじまるときというのは、楽しみと同時に怖さもある。
そういう日は掃除をするにかぎる。
『帰ってきた 日々ごはん4』の校正は、もう少し落ち着いてからやろう。
夜ごはんは、白身魚ときのこのグラタン(カラスガレイ、舞茸)、ほうれん草と菊菜のオリーブオイル炒め、かぶのみそ汁、しょうがの佃煮、たくあん、ご飯。

●2018年2月6日(火)快晴

風もなく暖かい。
今朝の海は、きらきらというよりぴかぴかしている。
  平らにぺったりと光っている。
いい景色を見ながら、歯磨きをするのが好きだ。
なので今朝は、わざわざ2階に上って窓を開け、手を腰に当ててした。
そういえば山の家でも、毎朝歯ブラシを口にくわえ、庭に出て畑を眺めながらとか、スイセイが朝飯前の作業をしているのをぼんやり見ながらしていたっけ。
帰ってきてからきれいになっていると気持ちがいいので、あちこち掃除機をかけた。
さて、そろそろソーセージ教室に行ってこよう。
どんな生徒さんがいらっしゃるんだろう。
今日子ちゃんとヒロミさんのおかげで、こうして外向きになれるのがとてもありがたい。
ほっておいたら私はずっと、家にこもって書き物ばかりしているから。
さて、どうなることやら。

●2018年2月4日(日)晴れ

さっき、コンビニまで下りて宅配便を出してきた。
このところ、寝ても覚めてもやっていた『たべもの九十九』の最終校正が終わったので。
陽は差していたけど、けっこう寒く、風も強かった。
でも、すがすがしい空気。
坂を下りるとき、もみの木の集まりが枝を揺らして風に鳴っていた。
いつもの神社でお参り。
帰りは、荷物がないのですいすい。
最後は後ろ向きで、青い海を見ながら上った。
でも、今日はちょっとくたびれた。
朝からソーセージを12本仕込んだし。
これは、火曜日に「MORIS」で開くソーセージ教室の生徒さんに食べていただくもの。
おいしくできるといいな。
今日子ちゃんがつけてくれたタイトルは、「なおみさんのソーセージ&マッシュポテト実演教室」。
こんな文章も添えてくださった。
「昨年末、高山なおみさんのお家であったかいご飯をご馳走になり、お土産に手作りソーセージをいただきました。
あまりに美味しかったので、ソーセージ教室をお願いしました」
(※ソーセージ教室は定員に達したので、「MORIS」での受付は終了しました)
早めに夜ごはんの支度をしながら、玉ねぎドレッシングとマヨネーズを仕込んだ。
これもまたソーセージ教室のためのもの。
今夜はカレーライスの予定。
思うぞんぶんやって、ようやく『たべもの九十九』を送り出したと思ったら、引き換えのようにアノニマから荷物が届いた。
こんどは、『帰ってきた 日々ごはん4』の初校。
すごいなあ。
どこかから見られているみたい。
やることがあるのはとても嬉しいし、ありがたいのだけど、でも、もう少し休んでから取りかかろう。
今夜も「ムーミン」を見ながら夜ごはんを食べ、お風呂に入ったら、早めに寝よう。
夜ごはんは、カレーライス(豚肉、人参、玉ねぎ、じゃがいも)、らっきょう(「nowaki」のみにちゃんの)、ほうれん草と小松菜とコーンのバター炒め。

●2018年2月1日(木)粉雪のち雨

ゆうべの月食は、8時半を過ぎたころからはじまった。
黒い下敷きで、左下の方から少しずつ隠していっているみたい。
じわじわと確実に形が変わっている。
それを寝ながらずっと見ていた。
最後に三日月になってからは、ずいぶん長い時間三日月のままだった。
目をつぶって、また目を開けてもまだ三日月のまま。
そのかわり、じわじわと細くなってゆく。
次に目を開けたら、一瞬だけ月がどこにあるのか分からなくなった。
そのうちうっすらと赤茶っぽい小さな丸がおぼろに浮かんできて、ああ、あそこにあるなと思ったら、すごいスピードでぐんぐん姿を現わした。
そこだけ早回しのようだった。
赤銅色の月は、こりんとして堅そうだった。
飽きるまで眺め、それから眠った。
ときどきカーテンを開けて確かめながら。
月のまわりも、空も、赤みがかった黄土色。
最後に見たときには月はもう見えなくなっていて、空全体がふっくらと膨らみ、黄土色になっていた。
とても不思議な色だった。
今日は、朝から粉雪。
『たべもの九十九』の再校正日和だ。
さあ、いそしもう。
4時までやって、夜ごはんの支度をゆっくりやった。
「清荒神」さんで買ったしょうがを刻んでつくだ煮にしたり、百合根の下ごしらえをしたり。
百合根のみそ汁は、白みそ仕立てにするとたまらなくおいしい。
アムたちがクリスマスに送ってくれた百合根は、これでもう食べ切った。
夜ごはんは、じゃがいもだけのコロッケ(マッシュポテトの残りで)、しろ菜のおひたし(ごま油、ポン酢醤油)、納豆(卵、ねぎ、思いついて柚子皮を刻み入れてみた)、しょうがの佃煮、田舎風たくあん(「清荒神」さんで買った)、みそ汁(百合根、豆腐)。

●2018年1月31日(水)晴れ

6時半に起きた。
朝焼けの長い帯ができていた。
橙色の上は藍色。
カーテンをいちどしめ、7時にまた開けて陽の出を見る。
毎日毎日、一日として同じ日がない。
今日はソーセージのレシピを書いたり、仕入れをまとめたり。
11時過ぎに、待ちに待った荷物が届いた。
校閲さんが確認ずみの『たべもの九十九』、最終校正だ。
お膳の上に並べ、お茶を水筒に入れていそしむ。
至福の時間。
3時までやって、有山君と山本さんから、表紙まわりのデザインが届いた。
4種類も!。
パソコン画面に張り出し、迷う。
こりゃあ、選びきれないや。
そのあとで中野さんからも、紙版画の画像が届いた。
なんだか、楽しみなお土産をもらいすぎて、どこから開いていったら分からないような感じ。
しかも今夜は月食だそう。
ベッドの反対側に枕を置いて、眺めよう。
夜ごはんは、親子どんぶり弁当(お昼に食べた残り)、白菜入りペロペロラーメン。

●2018年1月30日(火)快晴

春がきたみたいに暖かい。
窓を開けていても、ちっとも寒くない。
中野さんがいらした次の日、宝塚線に乗って「清荒神」さんへ初詣に行った。
「清荒神」さんは台所の神様だそう。
ちらちらと雪が舞う寒い日だった。
参拝にきている人たちはみな傘を差さず、髪の毛に雪のひらをつけて歩いていた。
私もそうした。
雪に洗われるようで、とても気持ちがよかった。
参道には乾物屋さんとか、屋台がたくさん並んでいて、日曜日だからほどほどに賑やかで。
私はあこや貝の小さな兎と月がはめ込まれた、赤い塗り箸を買った。
お社の上の方に小さな滝があった。
滝壺の水は静かに澄んで青っぽく、縁のところが緑がかっていた。
絵本に出てくる竜の住処は、きっとこんな色をしているんだろうな。
お昼ごはんに入ったところがとてもいい感じのお店だったので、お参りをしてから、また寄った。
熱燗を2合に、海老の箱ずし、なまこ酢、ふぐ皮ポン酢。
冷えた体が温まり、また電車に揺られて帰ってきた。
「清荒神」さんで山椒を多めの七味唐辛子を調合してもらったので、夜ごはんはお鍋にした。
それがとてもおいしかった。
薄目にだしをひいて、まずは鶏のもも肉とお豆腐から。
食べ終わったら白菜、菊菜、しろ菜、えのき。
土鍋を台所の火にかけながら、それぞれが食べたい具を泳がせ、煮えばなを柚子入りのポン酢醤油につけて食べた。
薬味は青ねぎ、大根おろし、七味唐辛子のみ。
中野さんは立ち飲み屋のように立ったまま。
私は器によそっては階段に座り、絵を見ながら食べた。
日本酒をちびちび呑みながら。
中野さんはきのう帰られた。
三宮までお見送りし、お昼にハンバーグと白身魚のフライのコーンスープとサラダつきランチをがっちり食べた。
今朝起きたら、唇の上に吹き出物ができている。
私は栄養のとりすぎだ。
というわけで、たっぷり遊んだので、今日からまた仕事をがんばろう。
夜ごはんは、親子どんぶり(鶏肉を焼いてから煮汁に加えてみたら、香ばしくとてもおいしい)、おろしあんかけ汁(ねぎ、柚子皮)。

●2018年1月27日(土)晴れに舞う雪

7時に起きた。
カーテンを開けると、大きな大きな橙色の日の出。
海にも大きいまま映っている。
寝転んで空を眺めると、雲のひとところだけ虹色に光っている。
何かがプリズムの働きをしているのかな。
そして小雪が舞っている。
六甲の二度目の冬。
晴れているのに舞う、お天気雪だ。
うっすらと積もり、道路が白くなっている。
朝ごはんを食べ、洗濯機をまわしながらつよしさんとの絵本のテキストを直す。

ゆうべ、寝る前に気づいたことがあるので。
ふと窓を見ると、さっきよりさらに晴れている。
小雪は細かな粉となり、ちかちかと光りながら舞う。
こういうの、なんとかダストというのだっけ。
海は白銀に光り、ラジオからはお正月みたいな三味線の音楽。
さて、今日もまた『たべもの九十九』の校正だ。
ベッドの上でやろう。
午後から薄暗くなり、本格的な雪。
ここらの坂は急だから、路面が凍結したらタクシーも上ってこられない。
そのあとでまた、晴れてきた。
雪はほんの少しだけ、ちらちら。
中野さんは4時半くらいに、明るいうちに着いた。
夜ごはんは、鶏セセリの塩オリーブオイル焼き、白菜サラダ(手作りマヨネーズ)、自家製ソーセージ、マッシュポテト、焼きトマト、ほうれん草炒め(中野さん作、砕いたナッツが入っていた)、ビール、赤ワイン。

●2018年1月26日(金)晴れ

海がきらきら。
朝、プラスチックのゴミを出しに行ったら、とても寒かった。
空気がきりっとしていた。
きのうの夕方、有山君からいただいた宿題を出しにコンビニまで下りたのだけど、とても寒かった。
うちはよく陽が差すし、セントラル・ヒーティングのせいで部屋が暖かいから、分からなかった。
そうか、朝でも昼間でも、今はこんなに寒いのだな。
さて、今日は『たべもの九十九』の再校正をやろう。
ベッドの上でやろう。
これはゆうべ、寝る前から決めていた。
有山君と山本さん(アリヤマ・デザインストアの女の子)のデザインが反映されたものなので、きのうから嬉々として向かっている。
明日の夜、中野さんがいらっしゃることになった。
大阪で打ち合わせがあるとのこと。
クリスマスの次の日以来だから、お会いするのはほとんど1ヶ月ぶり。
2時くらいから小雪が舞いはじめた。
空は晴れている。
お天気雪だ。
ときどき、舞う雪を眺めながら、ときどき、窓を開けたりもしながら、『たべもの九十九』の校正。
5時までやって「ほ」が終わり、今日の分はもうおしまい。
なんとなく窓の外が黄色っぽい。
日が沈む前、雲の縁が黄色い。
建物のところどころも黄色く光っている。
なんだか、黄色い大きな雲のなかに入ってしまったよう。
雲のなかで小雪が舞っている。
雪はどんどん強くなり、風に煽られ、上からも下からも降っているよう。
夜ごはんは、大豆と野菜のありあわせグラタン(お昼に作った大豆と白菜のトマトスープにトマトペーストを加えて煮つめ、つよしさんと食べたじゃがいも、スッキーニ、人参、しめじ、ほうれん草のオリーブオイル炒めの残りをのせ、ホワイトソースとチーズをかぶせて焼いた)。

●2018年1月24日(水)快晴

朝のラジオの天気予報では、全国的に寒波が来ていると盛んに言っていた。
兵庫の北の方でも雪になるから、警戒してくださいとのこと。
けども、六甲は信じられないくらいによく晴れている。
とても暖かい。
海はいつもに増してきらきら。
まぶしいからカーテンも閉めたままだ。
きのうは、陽が傾いてからとても寒くなった。
あんまり急に寒くなったので、雪も霙も降っていないのにおかしいなあと思って、何度も窓を開け確かめた。
薄氷のようにぴんと張った空気、いつもとは違う格別な寒さだった。
今年いちばんの寒さだったと思う。
今日は、のびしろが増えたみたいに暖かい。
ここしばらく日記が書けなかった。
といっても、書いてないのは2日間だけか。
なんだか短い間に、いろいろなことがあったような気がする。
まず、つよしさんとの絵本ミーティング&ごはん会は、新しい発見もあり、とても有意義な時間だった。
次の日には朝からお弁当をこしらえ、「鉄道芸術祭」の搬出をしている立花君たちのところへ差し入れに行った。
帰りに「ヨドバシカメラ」に寄って、前回行ったときに目をつけておいたCDデッキを買い、持って帰ってきた。
冷たい雨の降る、寒い日だったな。
きのうは何をしていたのだっけ。
あちこち掃除して、CDデッキをつなぎ、『たべもの九十九』の小出さんと電話でお話し、夕方には有山君からお電話をいただいたんだった。
その間、つよしさんの絵本のテキストに向かい、またああでもないこうでもないと書き直していた。
ゆうべは、佐野洋子さんの本のカバーと帯のデザインも送られてきた。
私の書いた帯文が、洋子さんの絵の隣に並んでいる。
とてもとてもうれしい。
じつは去年の12月に、この本の編集者さんがいらしたときのことを日記に書いていました。
12月22日の日記の続きとして、読んでいただけたら嬉しいです。

・・・

洋子さんの本の編集者さんが、すがすがしいとても感じのいい方だったので、軽いお打ち合わせのあと、屋上に上った。
そしたら急にビールを呑みたくなって、また部屋に戻り、りうが送ってくれたれんこんをすりおろし、お焼きを作った。
屋上では、裏山を眺めながら、そして山の上を円を描きながら上昇しているとんびを眺めながら、私は洋子さんのことを聞いたのだ。
「洋子さんは怖かったですか? 激しい方でしたか?」
編集さんは、「うーん」と言ってしばらく沈黙してから、答えてくださった。
慎重に、言葉を選んでらっしゃるようだった。
「心にあることをそのまま、感じたことをそのまま話す方でした。
嘘をついたり、何かに紛らわしたりすることなど、少しも思いつかないみたいに」
「お酒は好きでしたか?」
「いいえ、煙草はよく吸われてましたけど、お酒はまったく呑まれなかったんですよ」
編集さんはNHK出版の川村さんという。
川村さんは子どものころ、洋子さんご一家とは家族ぐるみでおつき合いをしていた。
どこかへ一緒にお出掛けしたり、家にもよく遊びに行って、洋子さんの手料理をごちそうになったり。
息子の弦さんは二つ年上で、幼なじみ。
洋子さんが離婚なさってからは、30年近く会わない期間があったようだけど、病気をされてからまた再会したのだそう。
川村さんは長年の念願がかなって、弦さんと一緒に洋子さんのご本を作ることになり、その帯文を私に依頼してくださった。
その本は、食べ物にまつわる文章が、エッセイや絵本のなかから、あいうえおの順に引用されているそうだ。
洋子さんがよくこしらえていた料理を弦さんが再現し、カラー写真とレシピも載っているようだった。
私が今作っている本も、あいうえお順のたべものエッセイの本だから、
ご依頼をいただいたときに私は驚き、そういうのはお受けしてはいけないような気がして、大急ぎで断った。
そうしたら、「ご遺族の方が、高山さん以外に帯を書いていただける方を思いつかないとおっしゃっている。お断りされても構わないから、お話だけでもさせてください」と川村さんから電話があった。
それで、はるばる神戸までいらしてくださったのだった。
れんこんのお焼きのあとは、長ねぎの青いところが冷蔵庫にとってあったのをゆで、ぬたにした。
つまみが減ってくると、カキのオリーブオイル漬けを出したり、チーズやサラミを切ったり。
台所のカウンターでお話しながら、不思議な距離感を保ったまま、でも、私は川村さんのことを、昔からよく知っている方のような感じもしていて。
いただいた帯の仕事にも関係がないし、聞かれてもいないのに、私は自分のことをたくさん話した。
どうして神戸へやってきたのか、今の心境など、ごまかしのないよう言葉を選びながら、ぽつぽつと、あれもこれも。
話さずにはおられなかった。
なんか、ずっと、洋子さんが近くにいるような感じがして。
編集者さんは暗くなる前に、坂を下って帰っていった。
私も坂の途中までお見送りした。
あのときにはまだ空が明るく、白く出ていた細い三日月が、今は濃いオレンジの、寒空につきささりそうな月になっている。
洋子さんの本の帯文だなんて。
こんな私のところにお仕事くださるだなんて。
なんて、もったいないことだろう。
私がぽつぽつと、何でもかんでもおしゃべりしてしまったのは、書かせていただくお礼をしたかったのかもしれない。
川村さんを通じて、空の上の洋子さんに。

・・・

きのう、有山君に宿題をいただいたので、本当はそっちに向かいたいのだけど、朝から絵本のことをやりはじめ、途中でメールを書いたり、電話がかかってきたり。
でも、机に向かうと、どうしても絵本の方に引っ張られてしまう。
そうだ。
2月13日に東京へ行くことになった。
吉祥寺の「キチム」にて、木皿泉さんとトークショーをする。
木皿さんに会えると思うと、緊張してくる。
上京するのはとてもひさしぶり。
おととしの12月に、『たべたあい』の原画展で、原宿の「ギャラリー・マヤ」さんに通っていたころ以来だろうか。
それまでにやらなければならないことがたくさんあるから、ひとつひとつに立ち向かい、終わらせていこう。
夕方になったら、海がやけに青い。
水色ではなく、藍色。
窓を開けると、頬を切るような寒さ。
こんなに青いのは、寒さのせいなのかな。
夜景が灯りはじめると、さらに深い藍色。
空の真上には三日月。
また、長々と書いてしまいました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
夜ごはんは、お好み焼き(菊菜、豚こま切れ肉、卵&もやし、豚バラ肉)。

●2018年1月21日(日)晴れ

とても暖かい。
窓を開けたら、そよそよと風。
春がきたと間違えてしまいそうな陽気。
きのうは「鉄道芸術祭」のクロージング・イベントで、太陽バンドの畑さんと野村卓史さんのライブがあった。
ポルトガルの車窓からの大きな映像をバックに、ふたりの奏でる音楽を聞いた。
楽しくてたまらず、私は演奏の間中ずっとにやにやしていた。
とんちさんが加わったラップの曲も可笑しくて、涙が出てきた。
なんか、感動した。
立花君がポルトガルで買ってきた、「イル・トレノ」という古い楽譜の曲のお披露目もあった。
表紙に描かれた列車の絵がよかったから、たまたま立花君が買うことになったその楽譜。
立花君は、どんな曲が収まっているのかまったく分からないまま、卓史さんに託したのだそう。
ふたりが演奏をはじめると、電車が走り出し、スピードを上げ、アコーデオンとエレキギターがからまって景色がぐんぐん流れ、きらきら光る軌跡が見える。
そして、徐行しはじめたなと思ったら、大阪の中之島(「鉄道芸術祭」の場所)に戻ってきた。
レールを走り続けていたつもりが、海を超え、空を超え、ポルトガルから大阪のこの場所へ。
「イル・トレノ」は音符が黒々と並んでいて、テンポもおそろしく早く、とても難解な曲だったらしい。
卓史さんが楽譜を訳し、演奏し、編曲し、練習し、畑さんとのお披露目に至まで、とんでもない労力があったことだろう。
私はこのところ、部屋にこもって文ばかり書いていた。
パソコン画面の活字を頭のなかでこねくりまわし、そこから浮かぶ世界にひたる。
ひとりでいると、ひとりごとを言うようになる。
考えなくてもいいようなことを考えたりもする。
畑さんたちのライブを聞きながら、なんか私、このごろ半分死んでいるみたいだったな、と思った。
死んでいるというのは大げさか。
眠っている、という感じかな。
ごはんは三度三度作ってちゃんと食べていたけど、なんか、生きものたちとやりとりをしていなかったような。
ライブが終わって、畑さん、卓史さん、立花君、カクちゃんと外のカフェで冷たい風に当りながらコーヒーを飲んだり、立花君が連れていってくれた心斎橋のたこ焼きささんの前で、打ち上げメンバーが集まるまで30分くらい立って待っていたり。
そのたこ焼き屋さんは偶然、2年前に『ごはん 実用の料理』の編集の村瀬さんが連れてきてくださったのと同じ店だったり。
私はまだ東京に住んでいて、その日は、心斎橋の「スタンダード・ブックストア」でトークイベントがあったのだ。
そして同じ日に、六甲の今住んでいるアパートメントを、はじめて下見したのだった。
たこ焼きを何皿も頼んで、騒いだり、大笑いしたり。
「パリパリチーズ」という一皿が、確かにパリパリなのだけど、想像していたのとまったく違って、可笑しかったり。
あ、そういうことか。
私はこのところ、自分の思い通りになることばかり、予想のつくようなことばかりしていた。
外に出ると風が吹いていて、人々は行き交い、めぐっているから、自分の思い通りにならないことがぽんぽん起こる。
誰かが何か言うのをじっと待っていたり、何かがはじまりそうなのをぼんやり待っていたり。
そういうこと?
何かが起こったら、そこに自分ものっかって、楽しむ。
生きているって、そういうこと?
なんか、そんな感じがした一日だった。
私が外に出ると、待ってましたというふうに、受け入れてくださるネットワークのようなものができている感じもあった。
そういうのも、ちょっと意外だった。
私、ずっと休んでいたんだろうか。
というわけで、ゆうべは12時過ぎに帰ってきた。
慌てずに駅まで歩いて御堂筋線に乗り、梅田から阪急に乗ったら、特急の終電だった。
今日はあちこち掃除し、雑巾がけ。
これから、つよしさんがいらっしゃる。
絵を持ってきてくださる。
とても楽しみ。

●2018年1月18日(木)晴れ

今朝の日の出は、大きな太陽が海に映っていた。
きのうとは打って変わり、よく晴れている。
洗濯をして、ひさしぶりにバスローブだけ屋上に干しにいった。
風もなく、とってもいい天気。
山はいつの間に、こんなに裸になったんだろう。
そういえば猫森も木の葉がすっかり落ちている。
そのおかげで、昇りはじめの太陽がいつも見られる。
つよしさんとの絵本のことを、朝からずっとやっていた。
途中、掃除機をあちこちかける。
埃がいっぱいたまっていた。
雑巾がけも、すみずみまで。 
絵本のことを考えながら、鏡を磨いていて、ずっと思っていたことを思い出した。
また絵本の続き。
3時ごろ、台所の方ではらりと音がして、換気扇の網が落ちた。
銀色のテープで貼ってあるだけだから、「もしもはがれてしまったら、いつでもおっしゃってくださいね」と、ちょうど今朝、管理人さんがおっしゃっていた。
屋上にバスローブを取り込みにいきながら、管理人さんにお伝えしたら、すぐに来て直してくださった。
つよしさんとの絵本は、もしかしたら、なんとなく、できたかも。
プリントアウトをして、寝る前にベッドのなかで読んでみよう。
夜ごはんは、ドリア(人参とかぶのクリームシチューを作り、冷やごはんを少し加え、チーズをのせてオーブンで焼いた)、焼き餃子(ゆうべの残りを焼き、ウスターソースで)。

●2018年1月17日(水)雨 

目が覚めたとき、雨の音がすると安心するな。
まだ薄暗いけれど、カーテンを開けたら7時になるところだった。
今日は雨か。
こんな日は本を読みふけろうか。
きのうは、あちこち出掛けた(「MORIS」で今日子ちゃんとおしゃべりしたり、バスに乗って阪急御影の電気屋さんや古い市場に行ったりした)ので、晴耕雨読の気分。
と思うも、読みはじめたら、途中でやっぱり起きてしまった。
朝風呂から出ると、窓の外が夕方のよう。
これから夜になるみたいな薄暗さ。
そのうち霧が出て、下の街が真っ白になった。
静かな静かな日だ。
朝ごはんのトーストにこってり塗って食べた、今日子ちゃんのおみかんジャムがたまらなくおいしい。
皮の苦み&とろとろジューシー。
「今日子ちゃん、おいしいよー」と、窓に向かって手を振った。
午後、中野さんが絵を送ってくださった。
じっと見ていると、お話が浮かんできそうな絵……というか、もうお話が入っているような絵。
絵本についての文章がどうやらできたみたい。
推敲して仕上げ、4時くらいにお送りした。
余った紙がたくさんあるので、つけペンでお絵描き。
この間、実家に帰ったとき、母の幼稚園の園児たちの集合写真をもらってきた。
母はたぶん20代で、溌剌とした顔をしているし、昔の子どもたちもいろんな顔形があって、自由な感じがして、とてもおもしろいので。
その写真を見ながら、いろんな顔を描いてみた。
自分の小さいころの顔も描いてみた。
へたくそだなあ。
ずーっと、なんだか静かな日だなと思っていたら、今日は震災の日だった。
夕方、知った。
23年前の1月17日も、こんなに寒い日だったのだろうか。
冷蔵庫に残っていた日本酒を盃に一杯、窓から見える街に向かって献杯した。
この街に住まわせてもらっていることに、感謝を込めて。
夜ごはんに餃子を包み、焼いて、食べた。
「暮しの手帖」に載っていた、ひき肉と玉ねぎとねぎだけの餃子。
餃子だけであとは何も食べない。

●2018年1月15日(月)薄い晴れ

今朝は日の出前にカーテンを開け、寝転んだら、雲が少しずつ茜色に染まっていくのが見えた。
でっかい、まん丸な太陽が、完全に顔を出すまで眺めていた。
太陽が上ると、とたんに暖かくなる。
ゴミを出しに行った。
寒いことは寒いけど、それほどではない。
朝ごはんを食べ、洗濯機をまわしながら「気ぬけごはん」。
うちの換気扇は、穴が空いたところに網を張ってあるのだけのとてもシンプルな仕組み(穴は建物の外につながっていて、そこにも同じような網が張ってある。吸い込みのモーターがどこかについているらしい)なのだけど、その網が油で詰まって、このところまったく吸い込まないようになっていた。
なので、管理人さんに書き置きをしておいた。
管理人さんはすぐに、脚立と青いビニールシートを持って、網を貼り替えにきてくださった。
廊下の外にある排気口の網も、取り替えてくださった。
お昼前に、中野さんから1枚の絵が送られてきた。
今年はじめての絵。
パソコン画面を整理し、絵を飾った。
昇ったばかりの太陽のような、オレンジ色のキンセンカの絵。
樹君の新しいCDをかけながら、また「気ぬけごはん」。
夕方4時くらいにだいたい書き上がった。
仕上げは明日やろう。
陽が沈むと、ぐっと温度が下がり、とたんに寒くなる。
太陽の力は本当にすごい。
夜ごはんは、カラスガレイの西京漬け(自分で漬けたのをオーブンで焼いた)、肉じゃが(牛こま、玉ねぎ、じゃがいも)、大根のみそ汁、ごはん。

●2018年1月14日(日)晴れのち曇り

5時くらいに目が覚め、書きかけの絵本のことやら、絵本についての文章のことやら、言葉が浮かんでぐるぐる巡っていた。
なんだか寝ていられないような気持ち。
6時半くらいにカーテンを引くと、水平線が朝焼けだった。
オレンジ色のグラデーション。
カーテンはそのままにしておいて、寝転ぶと、ちょうどその位置から白い月が見えた。
細い細い、新月間近の月。
切ったばかりの爪みたいな月。
太陽が顔を出しても、まだ見えている。
極細の半透明の月は、水色の空を少しずつ上に上り、そのうち見えなくなった。
7時半に起きた。
朝ごはんを食べてすぐに絵本のテキストに向かう。
できたみたい。
つよしさんとのテキストは、まだできない。
絵本についての文章にまた向かう。
スイセイから連絡があり、電話をつなげたまま、きのうと同様にあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてパソコン入力。
そのあと、『帰ってきた 日々ごはん4』のアルバムと、表紙の絵について軽くミーティング。
夜ごはんは、あり合わせグラタン(この間の残りをオーブンで温めた)、ワンタンスープ(白菜、ワカメ、ねぎの青いところ)。
早めにお風呂に入り、ベッドのなかで『飛ぶ教室』を読む。
明日から「気ぬけごはん」を書くつもり。

●2018年1月13日(土)晴れ

朝から、ゆるゆるとパソコンに向かっていた。
絵本についての文章を依頼されているので。
これまでの絵本についての書類を箱から出し、部屋いっぱいに広げ、一冊一冊をどんなふうに作ってきたか思い出しながら書いていた。
編集者とのメールのやりとり(プリントしてあった)を読んだり。
神戸に越してきたばかりのころ、次々にできていたお話も読み返した。
なんだか、世界がとても濃い。
知らない人が書いたみたいだった。
私は少し、あのころから書くものが変わってきているかも。
文章は4時くらいにだいたい書けた。
文字数が大幅にオーバーしてしまった。
締め切りはまだ先だから、しばらくねかせておこう。
今日もきのうの続きで、メールの不具合についてスイセイがいろいろ調べてくれた。
夕方、電話をつなげたまま、部屋を行ったりきたりしながら、スイセイの言う通りにパソコンに入力した。
緊急にやるべきことは、ひとまず終わったたとのこと。
ほっ。
お腹がすいたので、続きは明日。
夜ごはんは、ヒロミさんのお好み焼きを再現(キャベツ、豚肉)、白菜スープ(ゆうべの鍋蒸し煮の残りで)。

●2018年1月12日(金)快晴

きれいに晴れている。
空も海も、広範囲にきらきら。
きのうはとてもおもしろい一日だった。
まず、朝っぱらからCDデッキを分解した。
CDの取り出し口が、長いこと壊れたままになっていたので。
思った通り、歯車をつなぐ黒い輪ゴムが切れていた。
似たゴムを探しに、「コーナン(ホームセンター)」へ。
寒いけど、マフラーをぐるぐる巻きにして、流れの音を聞きながら川沿いをどこまでも歩いて行くのは、とてもいい気分だった。
「コーナン」の2階の駐車場で、手をあたためながら飲んだ、自動販売機のほうじ茶ラテのおいしかったこと。
目的のゴムはなかったけれど、洗濯機のホースや丈夫なガムテープなど、ずっとほしかったものを買った。
帰りも川沿いを歩いて、適当なところで階段を上がり、お店がありそうな通りに向かって歩いていたら、見覚えのある場所に出た。
前に、今日子ちゃんが案内してくれた水道筋の商店街だ!。
ふらふらと散策し、物産店のようなところで白菜と大根を買い、お腹が空いたので、たこ焼き屋さんののれんをくぐって焼きたてを食べた。
10コ入りで250円。ふわふわでとてもおいしかった。
今日子ちゃんが連れていってくれた、古い方の商店街の魚屋さんにも行ってみたくて探したのだけど、どうしてももとの場所に戻ってきてしまう。
仕方なくあきらめ、山の方に向かってゆるやかな坂道を上った。
もう少し歩けば、いつもの「コープさん」。
買い物し、荷物をかついで坂を上っていたら、角のところでひょっこりヒロミさんとサチ子さん(イギリスから里帰りをしている、今日子ちゃんのお姉さん)に会った。
歩いて帰るつもりだったのだけど、せっかくなので3人でタクシーに乗り、うちに遊びにきていただく。
お茶を飲み(サチ子さんと私はビール)、ヒロミさんたちは今日子ちゃんのいる三宮にいちど向かい、3人揃って夕方にまたうちにいらした。
夜ごはんを4人で食べた。
サチ子さんが飛行機で帰られる前の日の、家族水入らずに参加させてもらったような楽しい晩餐だった。
リクエストをしたら、ヒロミさんがまたお好み焼き(キャベツ&牛肉&卵、長ねぎ&豚肉)を焼いてくださった。
おいしかったなー。
私は何を作ったんだっけ。
塩もみ大根とトマトのサラダ(玉ねぎドレッシング)、大根と昆布の煮物(薄目のコンソメスープ&塩&醤油、水溶き片栗粉でとろみづけ)、あり合わせグラタン(大豆のトマト煮を耐熱皿のいちばん下にしき、ホワートソースを作って、蒸したレンコンと硬めにゆでた百合根をからめて重ね、4cm角に切ったはんぺんをのせ、溶けるチーズを散らしてオーブンへ)。
さて、今日は1時から台所まわりの取材で、「建築知識」という雑誌の編集者が東京からいらっしゃる。
もう、そろそろかな。
爽やかな好青年がふたりで訪ねてらした。
立ち上がるとふたりともとても背が高く、いちいち驚いてしまう。
専門書なので写真撮影はなく、細かな質問に私がひとつひとつ答えていった。
短い文章と、イラストや図で表されるらしい。
あとは、台所のあちこちを説明すると、彼らはメモをとりながらスマートフォンで盛んに写真を撮ってらした。
取材は2時間ほどで終わり、『帰ってきた 日々ごはん4』のアルバムについてと、このところのメールの不具合について、スイセイとやりとり。
1時間近くの長電話となり、お腹がぺこぺこ。
電話を切ってから、大急ぎで作って食べた。
夜ごはんは、カラスガレイの照り焼き、白菜とえのきの鍋蒸し煮(大根おろし&ポン酢醤油。色が黒ずむし、白菜の味が負けてしまうから、えのきは入れない方がよかった)、玉ねぎと豆腐のみそ汁、ワサビの茎の醤油漬け(みっちゃんのお土産)、ご飯。

●2018年1月10日(水)晴れのち曇り、のち小雪

7時に起きた。
ようやくいつもの生活に戻ってきたみたい。
夜も普通に眠れるようになったし。
つよしさんとの会は、とても楽しかった。
ラフスケッチを何枚も描いてくださっていた。
見せていただきながら、自分のお話について、あー、そういうことだったのか……と気づいたり。
陽差しの薄い、かすかな音しか聞こえない、こもったような私の世界に風穴が空いたような感じ。
どんなふうにお話が流れていくかはまだ分からない。
はじまったばかりだから。
きのうは朝起きてすぐ、つよしさんが送ってくださった絵の画像をパソコン画面に映しながら、お話にもぐっていた。
でも、まだほとんど動かない。
そして午後から、『帰ってきた 日々ごはん4』のパソコンでの作業をはじめた。
ぐいぐいと入り込んでしまい、夕方にはもう6割方できた。
絵本作りがいよいよ本格的になり、中野さんにも出会って、『どもるどだっく』の世界にどんどんのめり込んでいったころの日記なので、私もぐいぐい引き込まれ、やめられなかった。
今日もまた続きをやる。
お昼ごはんを食べ、ふと窓を見ると、霙まじりの雨が降っていた。
思いっきり降っている。
窓を開けると、キーンと冷たい空気。
よし、続きは2階のベッドの上でやろう。
窓に近いので。
霙まじりの雨はすぐにやんだ。
そしてまたパソコン画面に戻り、しばらくして目を上げたら、雪になっていた。
ふらふらふら舞っている。
その雪もすぐにやみ、白い空。
続きをぐんぐんやる。
4時近くに、雨がまた音を立てて降りはじめた。
窓を開けるとさらに冷たい空気。
みっちりと、シャワーのような雨。
降りながらところどころ凍っているみたい。
海の方の空にも降っているのが見える。
首を出してのぞくと、めっぽう風が強い。
粉雪まじりの雨が山から吹き下ろしてくる。
さっきまで、対岸の小さな煙突がロウソクみたいに光っていたのも、今はすべて白におおわれた。
さあ、『帰ってきた 日々ごはん4』も残すところあと2日。
集中してやってしまおう。
今は2015年の大晦日、あのころは本当にスイセイとケンカばかりしていたな。
なんだか年の終わりのような夕方だ。
夜ごはんは、大豆のトマト煮のチャーハン(小さく切った大根も加えてバターで炒めた、ゆで卵添え)、白菜のサラダ。

●2018年1月8日(月)曇り

ゆうべは明け方に、けっこう雨が降っていたみたい。
地面が濡れている。
朝、ゴミを出しに行って深呼吸した。
山の匂いのする空気。
それほどには寒くない。
曇っているけれど、空のところどころに水色がある。
朝ごはんのサラダにしようと白菜を切った。
芯のところをつまんでみたら、みずみずしくて、奥行きのある味がする。
びっくりするほどおいしい。
ためしに塩をちょっとつけてみたら、その味は薄らいだ。
玉ねぎドレッシングをかけたら、もうすっかり変わってしまった。
何もつけない白菜、おいしいな。
お正月に濃い味を食べ過ぎたから、舌が敏感になっているのか、本当に白菜がおいしいのか。
この白菜はたしか、図書館のある「フォレスタ六甲」のスーパーで買った。
ゆうべから、絵本のお話が生まれはじめている。
ひとつ(ついこの間、浮かんできたもの)はほとんどでき、ずいぶん前に途中まで書いておいたものも、形を変えてまた動き出した。
今日で『たべもの九十九(仮)』の校正が終わる予定なので、つよしさんと会う約束をした。
つよしさんは明日から学校(小学校で図工の先生をしている)がはじまるので、グッドタイミングだった。
4時に三宮駅で待ち合わせだ。
ずいぶん前に書けていた方のお話に、つよしさんが1枚だけ絵をつけてくださったのを見にゆく。
楽しみだー。
それまでぎゅっと集中し、『たべもの九十九(仮)』をがんばろう。
夜ごはんは、北野のどこかで食べる予定。

●2018年1月7日(日)晴れ

今朝は8時に起きた。
夜中に何度か目が覚めたけれど、あとはぐっすり眠れた。
夢もいくつかみた。
神戸に帰ってきたのは4日の夕方、ようやく自分がどこにいるのか分かってきたみたい。
帰ってからはずっと、『たべもの九十九(仮)』の校正にいそしんでいた。
それが楽しくてたまらなかった。
きのうは朝から夢中でやって、午後にはひと通り終わり、美容院&図書館に行ってきた。
冷蔵庫に野菜が何もなかったので。
坂を下り、いつもの神社でお参りもした。
ああ、やっと帰ってこれたなあと思いながら。
帰ってすぐのころには、台所で洗いものをしていたりすると、実家の洗いもの置き場の感じがふーっと蘇ってきて、重なったりもしていた。
あの感じは何だろう。
実家での日々が、それなりに濃かったのかもしれない。
帰る日には、シンクを掃除した。
いくら掃除しても、それほどにはピカピカにならなくて、母がそこで過ごしてきた年月を思った。
ひとりの人が生き続けてゆくことの、垢のようなものも感じた。
私が寝ている間に、おからとひじき煮の残りでお焼きのようなものを作っていた母。
楕円形にまとめたのに粉をはたき、溶き卵をからませて、フライパンで焼こうとしていた。
手をべたべたにして。
母は強火で焼いていて、中まで火が通っていないのに、裏返した。
「ふたをして弱火で焼かないと、中まで火が入らないよ」と私が言うと、「やーだ、そう? ひじきもおからも火が通ってるだから、冷たくてもいいのかと思った」と力なく笑った。
そういうときの母の表情や、体の傾け方、手に絡まってしたたり落ちる卵のどろどろ。
私の話を聞くときに、口もとを凝視する(耳が通いから)真っすぐな目もよく蘇ってきていた。
あれ 、今これを書いていたら涙が出てきた。
いやだなあ。
さーて、そろそろ『たべもの九十九(仮)』の続きをやろう。
夜ごはんは、ひさしぶりにごはんを炊いて、ひとり鍋(鶏肉、豆腐、白菜、えのき、ねぎ)の予定。
西京味噌を買ってきたから、白みそ仕立てにしよう。

●2018年1月3日(水)晴れ

ぐっすり眠って、8時に起きた。
実家に帰ってきてからずっと、どうもうまく眠れてなかった。
どこにいるのか、ようやく分かってきたのかな。
今朝もよく晴れている。
富士山が上から下までくっきり見える。
朝風呂に入っていて、気づいたら30分くらい浸かっていた。
なかなか体が温まらないせいもあるけれど、ひとりになれるのはお風呂のなかくらいだから、ぼんやりと頭をめぐらせていた。
そういえばスイセイと住んでいたころにも、朝風呂のなかで夢を反芻したり、文に書く内容を思いついたりしていたっけ。
神戸ではいつでもどこでも自分に没頭できるし、思いついたらすぐにパソコンに向かえる。
だから、そういえば、お風呂に浸かりながらぼんやりすることがなくなった気がする。
お昼にれんこんのお焼きを作り、母と食べた。
本棚にあった『くんじくんのぞう』を私が見ていたら、「この絵本は、とってもおもしろいね」と盛んに言う。
「最初はよく分かんなかっただけど、何度も読んでいるうちに、どんどんおもしろくなってきたさや。やー、これはいい絵本だよ」 「この、地下にもぐっていくところ。すごく怖いら。こういう怖いところにくると、子どもたちはぶるぶるふるえて、ほんとに怖いさ。そういうのがうんと好きさや」
などと褒め、読み聞かせてくれた。
「どうゅー」と書いてないところでも、書いてあるところでも、「どうゅー」「どうゅー」と何度も言うのがすごくおもしろかった。
間合いも絶妙。
そういうのを聞いたら、子どもたちもきっと、おもしろがって真似をするんだろうな。
母はお昼を食べると眠くなるらしい。
お昼寝している間に、私は「たべもの作文」の校正をやろう。
お正月なので、そろそろこの本のタイトルを発表します。
まだ、仮なのだけど、『たべもの九十九(つくも)』といいます。
このまま順調に進めば、3月のはじめに本屋さんに並ぶ予定。
デザインは今回も、有山君にお願いしています。
みなさん、愉しみにしていてください。
みっちゃんは、今夜は息子の家族の家で新年会。
リカ一家も呼ばれているのだそう。
なので、夜ごはんはお母さんとふたりで。
いかの塩干しをバターとごま油で炒めたもの、白菜の薄味煮(片栗粉でとろみをつけた)、ひじきと切り干し大根の煮もの(母作)、鶏つくね(お鍋の残りのタネを丸めて焼き、甘辛いタレでからめた)、納豆、ごはん。
母は今夜もよく食べ、よくおしゃべりした。
あと片づけを一緒にしながら、ずっと鼻歌を歌っていた。
何の歌なのかさっぱり分からないけど。
かと思うと急に、「あー、腰が痛い」とひとりごとを言う。
何かに夢中になっていて、ふと気づくと痛くなっている様子。
今夜もまたお風呂の前に、足を投げ出して座り、気功とストレッチをやっている。
前屈をしている姿を後ろから見ると、とても88歳のおばあちゃんには見えない。
私は明日神戸に帰るので、母がお風呂に入っている間に荷物をまとめてしまう。
それにしてもこの家は寒い。
寝る前に読む絵本を、本棚からたっぷり選んだ。全部で11冊。
図書館でずっと探してみつからなかった、『かぜは どこへいくの』があった。
『ふゆねこさん』がおもしろかったから、この人の絵本をずっと探していた。
私の寝ている部屋は、ふだんは母の衣装部屋になっているらしい。
次の日曜日に教会へ出かける用の洋服がコーディネートされ、ハンガーにかけて箪笥の前にぶら下げてある。
マフラーやブローチまで、ちゃんと用意してある。
このコーディネートは2日にやっていた。
ちゃんとアイロンもかけて。

●2018年1月2日(火)晴れ

ゆうべは日本酒を呑みすぎた。
呑んだというより、呑まされた。
夜遅くにみっちゃんと歩いて帰ってきて、そのあとふたりでウイスキーのロックを1杯ずつ呑んだ。
ひさしぶりにようやくふたりだけで話せた。
寝たのは4時近くだったので、今朝はお昼まで寝てしまった。
お酒が残って、なんとなくふわふわしながらお粥を作ってみっちゃんと食べた。
母はひとりで先に食べていた。
それにしても母の食欲はすばらしい。
姉の家でもそうだったけど、このところ濃い味のものばかり食べ続けていたので、私はちょっと食傷気味。
2階の部屋で、母の本棚にあった『絵本の作家たち』をずっと読んでいた。
この本は小野明さん(『ほんとだもん』のデザイナー)が聞き手で、コージさん、荒井さん、長新太さん、ささめやゆきさんなどが、子どものころや初期に描かれた絵本の話をたくさんされている。
みんなそれぞれで、とてもおもしろい。
みんな「クウクウ」に来ていたお客さんだし、この本もちょうどそのころに出たのに、私は何も知らなかった。
ようやく頭がすっきりしてきたので、「おいしい本」の校正の続きをやりはじめるも、母がお腹が空いたと呼びにきたので、やめにする。
夜ごはんは、計画通りラーメンを作った。煮豚と煮卵をとっておいたので。
もやしとえのきをゆでたのと、シナチクをのせた(ふたりは海苔ものせていた)。
材料はみっちゃんが昼間のうちに買っておいてくれた。
早めにお風呂に入り、私は2階へ。
母は気功をしてからお風呂に入った。
みっちゃんは「ツタヤ」でDVDを借りてきて、テレビの前の炬燵の上に、氷の入ったグラスと炭酸をいそいそと揃えている。
ハイボールをちびちびやりながら、映画鑑賞。
みっちゃんの至福の時間だ。
寝る前に、母の部屋に絵本を借りにいったら、母はベッドで読書をしていた。
あたたかそうなオレンジ色の毛布と布団にくるまり、虫眼鏡を当てて文庫本の小さな文字を読んでいる。
枕もとにはオレンジ色の電気がついている。
本は太宰治の『人間失格』。
母もまた、至福の時間。
図書館で母が借りている絵本のなかで、私のお気に入りは、レオ・レオニの『びっくり たまご』。
3匹のカエルが出てくるお話。
これがおもしろくてたまらない。 
3匹のうち、1匹の女の子のカエルだけが、いつもひとりでどこかへ出かけていっては、おもしろいものを見て帰ってきて、みんなに話すところとか。
それは何のへんてつもない普通の石ころだったりするから、話してもなかなかおもしろさが伝わらないのだけど、女の子は気にせずまた出かけていくところとか。
出かけたら、どんどん歩いて遠くまで行って、おもしろいものをひとりでじっと見ているところとか。
卵から生まれたワニの赤ちゃんのことを、最後までにわとりと呼んでいるところとか。
ワニの赤ちゃんがはじめて母親に会ったとき、「おかあちゃん」と一声だけ言うところとか。
「ママ!」でもなく、「おかあさん!」でもなく。
谷川さんの翻訳は、いいものはやっぱりいいのだな。

●2018年1月1日(月)晴れ

明けまして、おめでとうございます。
今年も大掃除をするつもりで、30日の昼間に帰ってきたのだけど、母がずいぶんきれいにしてあった。
おせち料理もいくつか作ってあった。
里芋やにんじん、干ししいたけのお煮しめ、たずなコンニャクの煮物(青のりがまぶしてある)、おなますにはタコが入っていた。
きんとんや伊達巻き、数の子(味がついているもの)も買ってあった。
お雑煮のための、里芋と大根も煮てあった。
母は思っていたよりずっと元気。
肌もつやつやしている。
きのうは日曜日だったので、母とみっちゃんと3人で教会の礼拝に行ってきた。
賛美歌を歌ったり、牧師さんの説教を聞いたり。
終わって、クリスマスツリーの飾りを箱にしまうのや、その箱を屋根裏部屋に運んだりするのをみっちゃんと手伝った。
「子どものころ、日曜学校でクリスマスツリーを飾ったり片づけたりしていたね」と言い合いながら。
今はもう本当のもみの木ではなく、プラスチックでできたものだけど。
飾りも現代的なものだけど。
それでも手作りのクッキーがぶら下げられていたり、赤や黄色の玉、てっぺんには銀の大きな星。
電飾も控えめで、とてもいいツリーだった。
昔の飾りはほとんどがボール紙でできていた。
小さな家、銀紙で覆われたロウソク、てっぺんの銀の星。
赤い屋根の家の窓に目を近づけ、私はよく中をのぞいていた。
窓には黄色いセロハンが貼ってあって、部屋の中があたたかそうだったから。
のぞいても空っぽなのだけど、そこには暖炉が燃え、絨毯が敷かれ、テーブルの上には紅茶のセットが見えた。
ゆうべは、みっちゃんの娘たちが家族でやってきた。
リカは旦那さんの紳之介君と、5月に生まれた赤ん坊を連れて。
ミホも一緒に暮らしている彼氏と、テツ(柴犬)を連れて。
母も揃ってごちそうを食べながら、ささやかに忘年会。
鳥鍋(鶏肉、つくね、豆腐、白菜、えのき、春菊)、みっちゃんのお土産のカニ、牛肉のバター焼き(生ワサビ&塩)、ブリのお刺身(生ワサビび)、サラダ(スモークサーモン、大根、貝割れ)。
母が寝てから、男連中は呑みながら格闘技を見ていた。
ぽつりぽつりとおしゃべりしながら。
私は台所に立ち、ミホに手伝ってもらいながら、男連中のために何かしらつまみを作っていた。
ときどきチャンネルを変えるのだけど、『紅白歌合戦』はほとんど見ていない。
紳之介君は格闘技があまり好きではないらしく、ウイスキーのグラスを片手に私の近くに来たり。
テツをゲージから出して、遊んだり。
今年はどうだったとか、来年はどうしたいとか、忘年会らしい話はたいしてしない。
こういうのもいいな。
ミホたちが帰ってから、残りのメンバーで『紅白』を見た。
今年は起きていられるか自信がなかったのだけど、『紅白』が終わり、『ゆく年くる年』の時間になった。
あと3分で年が明ける前に、紳之介君に来年の抱負を言わされた。
みっちゃんは、「オレは、今年は、自分のことをやる」。
「おばちゃんは?」と聞かれ、「私はもう、やりたいことをやっているから、そのまま進んでいく」。
さあいったい、どんな年になるだろう。
除夜の鐘が鳴りはじめたのを合図に、みんな寝た。
私はお風呂。
リカたちがみっちゃんの部屋に泊まるので、みっちゃんは布団を下ろして居間で寝た。
そんな大晦日だった。
ゆっくり休んで、ゆっくり支度をして、5人で元旦の朝ごはん(お昼に近かった)。
母がこしらえたおせちらしきものや、数の子、鶏のハム、甘く煮たトコブシ(みっちゃんのお土産)、きんとん、伊達巻きなどを、リカが庭の赤い実を摘んできて、重箱に盛り合わせてくれた。
なかなか豪華な感じ。
ブリのお刺身(生ワサビ、醤油、黄身醤油)、煮豚&煮卵(きのうのうちに仕込んでおいた。八角がなかったので入れなかったのだけど、しょうがだけで充分においしくできた)、お雑煮(里芋、大根、ほうれん草)。
リカたちが2時ごろに帰ってからは、あと片ずけをして、私は仕事。
2階の畳の部屋で、「おいしい作文」の校正。
至福の時間。
途中で母に聞きたいことが出てきたので、部屋に呼んだ。
文を少し朗読し、コロッケ屋さんのことなどを聞いているうちに、夏の庭の思い出話になった。
家を建て替える前、古い家の庭には柿の木があった。
リリ(飼い猫)を埋めた柿の木だ。
その木の下に、夏になるたび、蒼い小さな実がたくさん落ちてきたのだそう。
実には蒼い星のようなガクがついていて、こんな形で…… と、絵を描いてみせる。
「お母さんも、エッセイを書いたさや」
そう言うと、書類の束を持ってきて畳の上に広げ、手当たり次第読みはじめた。
「あったあった! そうそう、これこれ。『踊り子のスカートのような蒼い実』って書いたさや」
もう仕事どころではなくなってしまう。
さて、そろそろ姉の家の新年会へ出掛けよう。
私と母は、ご挨拶だけして2時間くらいで帰ってくるつもり。
もう、いそいそと着替えている。

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