2019年     めにうへ

●2019年5月10日(金)晴れ

今朝の目覚めのラジオは、バロック音楽だった。
このごろは、6時半にラジオをつけ、うとうとしたりベッドの上で腰の体操をしたりして、7時に起きる。
ゆうべも、『すべての見えない光』を読んだ。
もう、あと1章を残すところまできてしまった。
終わってしまうのが惜しいので、そこから先は読まずにおき、またはじめから読んでいる。
ラジオを私が買ったのも、この本に関係がある。
「気ぬけごはん」も、きのうのうちに書けたので、せいせいと実家に帰ることができる。
これから下へ下り、美容院と図書館に行って、新神戸へまわり新幹線に乗る予定。
新富士駅に着いたら、姉かよっちゃん(姉の旦那さん)が迎えにきてくれるので、そのまま病院へまわる。
また、母に会えるのが嬉しく、いそいそと支度している。
母のお土産に、夏用のパジャマを買った。
肌触りのいい、薄紫の小花模様の可愛らしいのをみつけたので。
衿のところにブランケットステッチがしてあって、やさしい肌触りだったからそれに決めた。
午後には、内科の先生と面談があるのだそう。
夕飯は姉とよっちゃんと3人で食べながら、これからのことを相談する予定。
11日は退院なので、うちに連れて帰る。
私は母に、どんなふうに接することができるだろう。
今回はパソコンを持っていかないことにした。
できるだけ家事に追われないようにし、絵本も一緒に読もうと思う。
12日の日曜日は、午前中に実家を出て、東京へ行く。
青山ブックセンターで、中野さんと小野さんのトークがあるので。
そこには、『ミツ』の原画も飾られている。
川原さんも、トークに来てくれる。
その夜は一緒に帰って、川原さんちに、また一泊させてもらえる。
とても、楽しみ。
さあ、そろそろ出かけよう。

●2019年5月8日(水)快晴

きのうは、楽しかったな。
ひろみさん、佐知子さん、今日子ちゃんの仲良し家族が、冗談を言ったり、つっこみ合ったりしながら、うちでくつろいでくれて、それを見ているのが幸せだった。
2階の窓際に集まって、双眼鏡を覗きながら、「MORIS」が見えたとか、見えないとか、「あー、見えた!」とか喜んで。
「あそこが関空かしら」とか、「あ、飛行機が飛んでる」とか。
大阪の二上山がうちから見えるのも、ひろみさんに教わった。
今日子ちゃんとひろみさんには、いつもとってもお世話になっているから、お礼をしたくて、つい料理を作りすぎた。
メニューは、人参のきんぴら、切り干し大根とほうれん草のナムル、お豆のペコリーノチーズふりかけ(グリンピース、空豆)、空豆のなたね油焼き、塩もみにんじん(味噌マヨネース)、アボガドやっこチャイナ、真鯛のごまヅケ、ふきとお揚げさんの炊いたん、とうもろこしのかき揚げ、新玉ねぎと青じそのかき揚げ、地鶏の塩焼き(フライパンで皮面だけパリパリに焼き、あとはオーブンで)、焼豚(かもめ食堂のおいしいの)とグリンピースの炊き込みご飯。
でも3人とも、びっくりするくらいよく食べてくださった。
最後の主菜のつもりの炊き込みご飯は、軽く一杯しか食べられず、お土産に持って帰っていただいた。
鶏肉の塩焼きと、新玉ねぎのかき揚げが余計だったな。
ご飯を食べながら、壁に張ったシーツにプロジェクターで映して、『人と暮らしと、台所』の録画を4人で見た。
映画サイズに大きくて、ちょっと恥ずかしかったけど。
さあ、今日から「気ぬけごはん」を書こう。
1話分が書け、4時になったので、ポストまで散歩。
今日はなんだか肌寒いな。
カーディガンと上着を羽織って、ちょうどよかった。
汗もかかずに、すいすいと上って帰ってきた。
そうだ。
この間の日記に、サツキの色のことを赤と書いたのは間違いで、濃いピンクだった。
夜ごはんは、ピザ(この間、中野さんがいらしたときに焼いた残りを、オーブンで温め直した)、人参の塩もみ(黒酢、いりごま)。
夜、縫い上がったスカートにゴムを通した。

●2019年5月7日(火)快晴

6時半に目覚め、ラジオ。
今朝はバロック音楽だった。
天気予報を聞いて、起きる。
夜明け前、とても大きな風が吹いて、真っ暗ななか、窓ガラスがガタガタ揺れた。
怖くはなかったけれど。
寝る前にいつも読んでいる本『すべての見えない光』が、いよいよ終盤になってきていて、そのことが夢のなかで重なるような感じがした。
そう。
夢も、とっても変なのを見た。
私は、これまで自分が使ってきた道具や機械、読んできた本、拾ってきた物などを食べた。
そして、体からいちど通して出てきたもの(粘液もついてないし、形もそのまま残っている)を、本当に必要なものかどうか検証している夢。
いらないものは、どんどんゴミ袋に入れてゆく。
たぶん、必要なものは体に吸収され、出てきたものは、いるかいらないか体が判断しにくいものだったんだと思う。
はっきりとは分からないのだけれど、それは、10代や20代のころに、見た覚えのあるような雑誌や本、使っていた機械(ラジカセもあった)のような気がした。
今朝は、海がずいぶん青い。
あとで買い物に行って、今日子ちゃんたちのためにおいしいものをこしらえよう。
その前に、「気ぬけごはん」を書きはじめよう。

●2019年5月6日(月)晴れのち雨

ゆうべ姉にメールをしたら、母は元気だそう。
ゴールデンウィーク明けに、また輸血をし、11日には退院できることになった。
私は10日の夕方に、また帰省する。
「なおみが来るのを、愉しみにしている様子だよ」とのこと。
今朝もまた、2階でスカートを縫う。
窓を開けて。
緑はぴかぴか。
とてもいいお天気。
こんな季節を味わいながら、縫いものができるなんて、ありがたいな。
終わってしまうのが惜しいような気持ちで、ひと針ひと針、返し縫い。
ラジオではブラームスがかかっている。
ときどき、眼鏡越しに目を上げると、緑が風に揺れている。
そこは、鬱蒼とした森(うつぶせの猫の形に似ているので、猫森と呼んでいる)のようになっているのだけど、全体でひとつの生き物みたいに、むらむらと揺れる。
規則がないように見えて、どこか芯のようなところから発令され、連動しているみたいに思えるような動き。
ブラームスに合わせ、踊っているようにしか見えない。
指揮をしているみたいにも見える。
よく、酔っぱらって木を見ると、そうなる。
老眼鏡で遠くを見ても、そうなることが分かった。
きっと、目の焦点がゆるみ、像がぼやけるのだ。
でもそれで、脳みそを通したものではない、目そのものになり、本当の森の姿が見えるという感じがする。
天気予報によると、午後から雷まじりの雨が降って、大荒れになるそうだけど、とても信じられない。
空気の色を確かめながら、そのあともずっと縫っていた。
4時を過ぎてしばらくしたころ、雷がひとつなり、風がやんだ。
あたりは暗くなり、雨が、しめやかに降り出した。
ぽつり、ぽつり。
その、厳かなこと。
しばらくして、濡れている地面の匂いが上ってきた。
緑はじっと濡れるにまかせている。
気持ちよさそう。
待ってました、という感じ。
次に、スポーツカーが走りぬけたみたいな大きな音がして、いきなり土砂降りとなる。
また弱まり、また、強まる。
私のスカートは、雨が降り出したと同時に縫い終わってしまった。
なんか残念。
1枚の生地で2着分のスカートがとれたので、もうひとつ、まだ縫いかけなのがあるけれど。 
明日は、今日子ちゃん一家が揃ってごはんを食べにいらっしゃる。
お姉さんの佐知子さんが、ロンドンから一時帰宅されているので。
私は、ひろみさんにスカートを教わったり、端布をいただいたりして、たいへんお世話になっているから、お礼をしたい。
天気がいいみたいだから、緑色のごちそうの日にしようと思う。
夜ごはんは、具だくさんみそ汁(干し椎茸、コンニャク、アカモク、麩)、筍ご飯、キムチ。

●2019年5月5日(日)晴れ

6時半に目が覚めた。
今朝のラジオは、純和風。
お能の謡だった。
「たーかーさーごーやー」。
それでも、音を小さくして、目をつむったまま聞いていた。
今日もいいお天気。
緑がつやつやしている。
朝、掃除をしていて、玄関の扉を開けたら、「かもめ食堂」さんからの置き土産があった。
ゆうべ来てくださったみたい。
私はゆうべ、8時には電気を消し、寝てしまった。
律ちゃんのお母さんのいかなごの釘煮と、「かもめ食堂」の絶品焼豚が入っていた。
この間は、中野さんのお母さんからも、釘煮をいただいた。
それが、おいしくて、おいしくて。
つい、ご飯をおかわりしてしまう。
ふたりのお母さんの、手作りのいかなご。
なんと贅沢な!
今朝はまず、ゆうべ寝ながら思っていた絵本のことをやる。
言葉がまた、少しだけ変わった。
どうだろう。
このまましばらく放っておこう。
早めにお昼を食べ、『のどじまん』を見ながら、事務仕事(レシートや領収書の整理)。
2時にはすべて終わった。
また今日も、2階のベッドの上で、スカートの続きを縫おう。
窓を開けていると、いろんな音や匂いが入ってくる。
窓を揺らす風の音。葉擦れの音。
カラスや小鳥の声。
花の香り。
ときおり遠くから聞こえる、電車が通り過ぎる音。
たまーに、汽笛。
白いレースのカーテンが、膨らんでいる。
夜ごはんは、かもめさんの焼豚(ゆでほうれん草添え)、筍ご飯(この間炊いた若竹煮で)、いかなごの釘煮2種、人参のきんぴら、味噌汁(じゃがいも)を『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年5月4日(土)晴れ

6時に目を覚まし、ラジオをつけた。
朝のクラッシックを聞きながら、うとうと。
今朝は合唱をやっていた。
ベッドのなかで、ラジオを聞きながら眠ったり、目覚めたり。
それが、長年の夢だった。
クラッシックのあとは、天気予報、ニュースと続く。
このラジオは、カセットテープも聞くことができる。
でも、よくあるラジカセみたいに、大げさな感じがしなくて、見た目はあくまでもラジオ。
三宮に中野さんと行った日に、電気屋さんでひと目見て気に入り、買った。
カセットを出し入れするところも、手で開いて、カチッといい音をさせ閉まる。
昔風の形と作りで、とても気に入っている。
セール価格の消費税込みで、なんと2030円。
いちばん気に入ったものが安いというのは、すばらしい。
さて、今日は何をしよう。
洗濯ものを干したら、スカートの続きを縫おう。
2階のベッドの上で。
ラジオの番組が騒がしいのになると、カセットテープをかけた。
窓を開けて、ときどき緑を眺めながら。
5時半までやって、夜ごはんの支度。
それにしてもこのごろは、ずいぶん日が長くなったな。
夜ごはんは、アボガド入りオムレツ、人参のきんぴら、切り干し大根とほうれん草のナムル、春雨のピり辛炒め(ねぎだけ)、味噌汁(絹さや、豆腐)、ご飯。
できたての絵本(束見本の)を読んでから寝る。

●2019年5月3日(金)晴れ

月曜日に中野さんがいらした。
その間よく食べ、よく呑み、よくしゃべり、よく笑い、よく遊び、よく歩いた。
緑の風を、吸ったり吐いたり。
ピンクと白と赤のサツキは満開で。
今しかないこのときを、謳歌しているような日々だった。
前半は雨模様だったので、どこにも出かけず、絵本が1冊できた。
霧が出たり、雨が降ったり。
夕方になると雨が上がって、外の空気を吸いに、そこらを散歩したり。
山にも入った。
そういう目に見えない断片が、ぽろんぽろんと絵本のなかに入ったような気がする。
これは、小野さんからいただいた白い束見本。
1年前くらいに、私が詩のはじまりのようなものを書いた紙を切り抜いて、挟んでおいたら、扉のページだけ中野さんは絵を描いた。
それから忘れたころに、もうひとこと挟んでおいた。
私が縫い物をしている間に、中野さんが次の絵を描いた。
何かを切り抜いて、ペタペタと貼っている。
私が詩の続きを書き、そこらに置いておいたら、また中野さんが絵を描く。
何ページかできて、はじめから何度もめくっているうちに、詩が言いたがっていたことが見えてきたり。
そんなふうに手を動かしながら、生まれてくるものに出会えるのは楽しい。
いつも、思いも寄らない絵に驚くのだけど、詩は、絵に導かれるようにして、埋もれていたものが出てくる。
山では、山ツツジの大きな枝を1本もらってきた。
蕾だったのが、じっくりと時間をかけ、ひとつ、またひとつと花開く。
開きかかっていても、すぐには開かない。
丸二日くらいかけてようやく開くのだ。
きのうは三宮に出かけ、市役所のビルの最上階にある韓国料理屋さんで、石焼ビビンバをジュージューさせながら食べた。
歩きたい道をぐるぐる歩き、海に向かっていったらメリケンパークに着いて、海を見ながらビールを呑んだ。
夕陽がビルの間に沈むところだった。
そんな5日間、私は食べ過ぎて、1キロ太った。
今日の午後は、六甲駅まで中野さんをお見送りしたあと、「MORIS」に寄って、ひろみさんにスカートの続きを教わった。
今日子ちゃんの特製ジンジャーエールを、ベランダで飲んで、汗をかきかき坂を上って帰ってきた。
シャワーを浴び、教わったことを忘れないうちに、スカートを縫いはじめた。
さんざん遊んだあとの、すがすがしい疲れ。
2階の部屋にラジオを置いた。
ラジオって豊かだな。
夜ごはんは、おにぎり(いかなごの釘煮・中野さんのお母さん作)、筍の薄炊き(いつぞやの)、きゅうりの塩もみ(梅酢かけ)、みそ汁(絹さや、豆腐)。

●2019年4月27日(土)晴れ

7時に起きた。
カーテンを開けると、ひさしぶりの青空。
雲もまっ白。
洗い立てみたい。
隣同士の雲がくっついて、ひとつになっていくのをしばらく眺め、えいっと起きた。
ゆうべは音を立てて、雨が降っていた。
私はそれを聞きながら、『すべての見えない光』を読んでいた。
ひたすら読んでいた。
やっと、半分まできた。
とても厚い本なので、こうやって寝る前にこつこつと読み進めるのが、毎晩の静かな静かな愉しみ。
いつものように朝風呂に浸かり、朝ごはんを食べ終わってパソコンを開いたら、今日子ちゃんからメールが届いていた。
「おはようございます」という表題。

「なおみさま
今バスで阪急六甲まで降りています。
なみさんのおうちの東側と南側に虹が2つ!
バスに乗っている小さな女の子が
虹を見て『せ!どういう意味?山が虹色?』って大騒ぎです」

慌てて窓を開けてみても、虹は見えない。
2階に上ってみても、どこにもない。
時間を確かめると、1時間前に届いたメールだった。
ああ、見逃した。
それにしても、「せ!」というのは、どういう意味だろう。
兵庫弁なのかな。
あとで、美容院と図書館に行きながら「MORIS」に寄ったら、聞いてみよう。
きのうあたりから私は、ようやく神戸に帰ってきたような感じがする。
母も、元気なようなので。
世の中は大型連休がはじまったのだな。
よく晴れているけれど、きのうとは打って変わって肌寒い。
風も強く、冷たい。
坂を下りていたら、お天気雨が降ってきた。
かすかなかすかな雨。
目をこらすと、光りながら落ちている。
青空に真っ白な雲。
どこにも黒っぽい雲がないのに。
美容院から出て、六甲道を歩いているときにもまだ降っていた。
阪神御影までバスに乗って、買い物。
帰りに「MORIS」へ。
今日子ちゃんは今朝、バスのなかで、女の子が言った通りにメールを打ったのだそう。
今日子「ほんとや、『せ!』て書いてますね。どういう意味なんやろ」
私「兵庫弁?」
今日子「いやあ、そうやないと思いますけど」
私「じゃあ、お母さんのあだ名かな」
今日子「『ピ』みたいにですか?(今日子ちゃんはひろみさんのことを、ときどき『ピロミ』とか、『ピ』と呼ぶ)」
夜ごはんは、和風カレー(かぶ、人参、鶏ささみ、だし汁)、浅漬けたくあん。 

●2019年4月25日(木)曇り

6時半に起きた。
とてもよく眠れた。
窓の外に、虫が飛んでいる。
きのうよりずいぶん増えた。
なので、網戸がない2階の窓を開けられない。
その虫は、黒っぽく太い2本の足(足ではないかもしれない)をぶら下げながら、蜂のように飛ぶ。
蚊ではないと思うのだけど、蚊を大きくしたみたいな姿形。
今の季節、緑は見るからにもりもりしているけれど、生き物たちの世界も、むんむんしているのだ。
朝風呂に浸かりながら、母と自分について考えていた。
姉は、母から言われるまま、どんな要求も聞いて、何でもなく世話をしている。
学校の帰りに立ち寄っては、限られた時間のなか、バタバタと動きまわって。
私は、目の前にいる人を、そのまま受け入れることができないのかもしれない。
相手のことも、自分を通して見てしまう。
自分の都合のいいように、ねじまげようとする。
それが、自分に近しい人だとなおのこと。
我が強すぎるロッテンマイヤーさんだ。
だから、誰かと一緒に長いこと暮らせないんだと思う。
母だけでなく、生きている人はみな気高いのに。
夕方、坂を下りて「MORIS」に遊びにいった。

ベランダの椅子に座り、ひろみさんにスカートの縫い方を教わっているうちに、ビールが飲みたくなってきた。
八幡さまの緑がきれいで、とてもいい夕方だったので。
私は、駅前のスーパーで、緑色のビンのビールを買ってきた。
今日子ちゃんは、向かいの「モスバーガー」で、揚げたてのフライドポテトを買ってきてくれた。
ベランダで空を仰ぎ、初夏の夕方に乾杯。
帰ってきたら、8時前だったので、夜ごはんはなしとする。
姉からメールが届いていた。
きのうと今日、輸血をしたら、いつものお母さんに戻っていたとのこと。

●2019年4月24日(水)曇りのち雨

8時半に起きた。
くしゃみが止まらないので、あちこち掃除。
ベッドの下まで掃除機をかけ、雑巾がけ。
リビングは、学校の廊下を拭くときみたいに、腰を曲げて往ったり来たり、雑巾がけをした。
しっとりと汗をかいて、お昼ごはん。
午後、姉から電話。
母は血液検査やレントゲンなどすべて終え、遅いお昼ごはんを食べているとのこと。
元気らしい。
あとで輸血が終わったら、そのまま入院することになったそう。
前は整形外科だったけど、こんどは内科。
好きな病院だし、ここにいれば安心なので、喜んでいるらしい。
「うちから、ごま塩を持ってきて」などと、姉に頼んでいるそう。
内科の先生は、本人が希望したら退院してもいいし、様子をみてしばらく入院していてもいいとおっしゃった。
姉と相談し、ひとまずゴールデン・ウィークが終わるまで、預かっていただくのがよいのではないかということになった。
その期間は、姉もゆっくり休みが取れるし。
今は3時。
ざーざーと音を立て、雨が降りはじめた。
窓を開けると、緑の匂いが立ち上る。
緑は濡れたまま、じっとしている。
夕方、ポストまで坂を下りて散歩した。
濡れそぼった木々から、お茶の匂いがしていた。
ゆっくり下りて、ゆっくり上って、フェンスのこちら側の地面のコケをもらって帰る。
夜ごはんは、ごろごろ野菜のスープ(かぶ、人参、じゃがいも、長ねぎ、ソーセージ、生クリーム)、黒パン。

●2019年4月23日(火)晴れ

きのうの夕方、神戸に帰ってきた。
疲れているのか、そうでもないのかよく分からない。
でも、ゆうべはとても深く眠れた。
わずか4日の間だったけど、帰ってきたら季節が変わっていた。
夏みたいに暑い。
あちこち緑がもくもくして、枝など見えない。
出かけたときには、坂の桜はまだ少し残っていたのに。
メールがたくさん届いていたけれど、ぽつりぽつりとしかお返事できない。
なんだか、くしゃみと鼻水ばかり出て(花粉症だから)、それで一日が終わる。
そして、母のことを断片的に思い出している。
きのうの朝、デイサービスのお迎えがきて送り出すとき、母は自力で車に乗り込めたのだけど、ちょっと心細そうな顔をして私を見た。 血を分けた者同士の小さなお別れ。
自分でも驚いたのだけど、私も少しだけ切ないような気持ちになった。
子どもを保育園や幼稚園に預けるのは、こんな気持ちだろうか、なんて思った。
酢の物にしらすをのせたのや、厚揚げと絹さやを甘辛く煮て卵でとじたのや、お刺身やら、ホームの食事みたいに、小鉢にちょこちょこと盛って出すと、母は「やー、お御馳走だねえ」と喜んだ。
でも、座っているだけでくたびれてくるのか、そのうち目をむったまま、眉間にしわをよせて食べている。
前屈みになって、テーブルにひじをついたり、箸の先で器を押してどかしたり、近くに寄せたりする。
その箸遣いは、元気なときからの母の癖なのだけど、私はそういうのを見ると、いやな気持ちがわいてきて、「お母さん、器はちゃんと手で持って食べた方がいいと思う」と、注意した。
病人なんだから、私のいうことなんか気にしなくてもいいのに、そのあと母は、ひとつひとつの器を手に持って食べていた。
そういうときの私は、ロッテンマイヤーさん(ハイジの)みたいだ。
母のためではなく、それを見ている自分がいやなだけ。
あのとき、「かったるいだもの……」とつぶやいた、上目遣いの母の目を私は忘れないだろうな。
母は、テレビを見なくなった。
本を読む時間も少なくなった。
生きることがどんどん単純になっていく。
ごはんを食べ、入れ歯をはずし、食卓で歯をみがいたら、ぐるぐるペーと吐き出して。
食後には薬を飲む。
ボケ防止のためと思っているのか、「これは胃、これはめまい」など、ひと粒づつの薬効を言いながら。
飲み終わると、目をつむって、食道からお腹までさする。
そうして立ち上がり、歩行器につかまって姿勢を正し、ゆっくり歩いて、ベッドに腰かける。
そのまま自力で横になり、目をとじているうちに、くーくーと寝入ってしまう。
トイレに立っても、横になったらすぐに寝てしまう。
そういうとき、母の肌は蝋人形みたいに白く、私は怖くなる。
入れ歯をはずした口もとのしわが、ちゃんと動いているかどうか、じっと見た。
ほとんどの時間うとうとしているのに、入眠剤を飲むのは夜10時と決めているらしく、ふっと目を覚まし、腕時計を見ては、「まだ8時だよ」などとつぶやいている。
まるで、一日が終わるのが待ち遠しいみたいに。
白い肌は毛穴もしわもシミもなく、睫毛が生えていない目の際はますます白く、こんなにきれいだったっけというくらい、目が澄んでいる。
その目玉が、私の言うことを分かろうとして(耳がますます遠くなったので)、幼い子みたいにこちらをまっすぐにみつめる。
そうやって純に生きている相手に対し、自分はなんてつまらないことを繰り返し言っているんだろうと分かりながら、私は止めることができなかった。
私の言っていることなんか、生きることの中心からうんとはずれたところにある、頭でっかちのかさぶたみたいなものばかりだ。
母は本をあまり読まなくなったけど、『母さんのちいさかったとき』、『父さんのちいさかったとき』という昔遊びの絵本が2冊あって、それだけは同じページを開いたまま、じっくりと読んでいた。
私も気になって、読みたいな思っていたのに、けっきょく最後まで読めなかった。
掃除をしなくちゃとか、洗濯物を取り込まなくちゃとか、なんだかずっと時間に追われ、急かされているみたいな気持ちだった。
私も一緒に読んで、感想を言い合ったりすればよかった。
夜ごはんは、混ぜご飯(干し椎茸とかんぴょうの甘辛煮、いり卵、絹さや)、ブリ(冷凍しておいた)の照り焼き、お吸い物(ワカメ、豆腐)。
風呂上がり、中野さんから電話があった。
母のことをひとしきり喋り、1時間も長電話してしまう。
中野さんは、最後に、「どんなふうでも、近くにいることが、いいんだと思います」とおっしゃった。
夜、姉からメール。
ホームの看護婦さんの話によると、母の血液の数値(前よりもさらに悪くなった)では、普通なら立っていられないくらいだという。 そんなふうになっても食欲をなくさず、ごはんを残さず食べている母は本当に偉い。
余計なものが剥がれ、単純になった生を、ごはんのことばかり考えて、こつこつと生きている。
母は明日、輸血を受けに病院に行くことになった。

●2019年4月21日(日)快晴

ようやく日記が書けるようになった。
でも、何から書いていいかのか分からない。
今朝は、6時前に目が覚めたとき肌寒く、母のことが心配になり、毛布を持って下りてみた。
ゆうべはなんとなく蒸し暑く、厚手の毛布を薄いのにとりかえて寝かせたので。
母はすでにパジャマを着替え、ベッドに仰向けになったまま、かけ布団の上で両手を組みお祈りしていた。
私が布団に触ると、すぐに目を開けた。
もう、自力で(歩行器を使っている)トイレに行って、洗面所で顔を洗い、クリームも塗ったのだそう。
見たことのない服に着替えている。
小さな整理ダンスが置いてあるのだけど、そこを開け、自分で服を選んで着替えたのだな。
私は手をたたいて「すごいねえ」と讃えたのだけど、母は当然のような顔をしていた。
「この服が肌触りがよくて、やわらかくて、いちばんいいさや」なんて言って。
母は、元気なときと、そうでないときがある。
19日にショートステイ先のホームに寄ったときには、ちょうどおやつの時間で、陽の当たるリビングで皆に囲まれおしゃべりしていた。
私に気づくと、いのいちばんに手を揚げ、大きな声を出した。
とても華やいだ笑顔で、まわりのおばあちゃんたちに紹介し、「私の娘。料理研究家で、テレビにも出てるの」なんて。
そのあと部屋に戻っても、とても元気だった。
それがおとつい。
きのうの朝、帰宅したときには、顔が紙のように白かった。
目の縁も、白い。
貧血のせいで、ちょっと動くとふらふらするようで、トイレに立ったり、ごはんを食べたりしたら、すぐに横になる。
そして、うつらうつらしている。
母は、前回会ったときよりも、背中が小さくなった。
足も細くなった。
ホームのごはんがとてもおいしく、きゅうりの酢の物にしらすがのっているのがおいしかったとか、大根おろしにしらすはいいわねえとか。
あと、混ぜご飯がおいしかったとか。
「鶏肉が入っていたのかな」なんて、ひとりごと。
「おそばも出たさや、あったかいの。おいしかったよ」
「朝ごはんには、干物が出たさや」。
「残さない。私はぜーんぶ食べるさや」。
そうは言っても、一緒に食べてみると、元気だったころの半分以下しかお腹に入らないようになっている。
でも今朝は、塩もみにんじんのサラダが珍しかったらしく、「色がきれいだねえ。やあ、にんじんがこんなにおいしいとは思わなかったよ」と喜んで、トースト半分と、ベーコン入りオムレツ、りんごとはっさくのヨーグルトに蜂蜜をかけて残さず食べた。
つやつやとした元気な顔のときは、とても若々しい。
元気でないときと、20歳くらい違って見える。
夜ごはんは、いさきのお造り(みょうがのツマ)、まぐろのたたき(青じそ、ねぎ、ワサビ醤油、ごま油)、浅蜊の酒蒸し、れんこんのじりじり焼き、れんこんの薄味きんぴら、新キャベツの塩もみ(青じそ、しらすのっけ)、ほうれん草のナムル、冷やしトマト、とろろ芋、ご飯、みそ汁(豆腐、ねぎ)。
母だけ6時に食べた。
私もテーブルに座り、キャベツの塩もみを一緒に食べた。
母はとろろご飯がよっぽどおいしかったみたい。
「おいしいねえ」と何度も言って、つるつるとよく食べた。
そのあとで、みっちゃんと私は7時に夜ごはん。
軽くビールを呑みながら。
浅蜊もれんこんもキャベツも、みんな春。
若々しく、甘く、やわらかく、とてもおいしかった。
みっちゃんと食べている間、母はベッドに横になり、背中を向けて眠っていた。
こういうとき母は、とんちんかんながら、話に参加するはずなのだけど。
まるで私たちがいないみたいに。
そのあと、薄目を開けて、寝ながら腰を曲げたり、体をさすったり。
寝返りを打ったまま、じっとしているようにしか見えないのだけど、体操をしているのだと言う。

●2019年4月19日(金)ぼんやりした晴れ

暖かい。
窓の外は、いろんな若い緑でいっぱいだ。
いつの間にこんなになったんだろう。
毎日見ていたのに。
今は11時半なのだけど、朝見たときよりもまた伸びている。
朝は、黒っぽい枝がもっと見えたもの。
さて、そろそろ出掛けようかな。
また、実家に帰省します。
前回帰ったのは、3月18日から28日までだったかな。
母は、元気だろうか。

●2019年4月18日(木)晴れ

初夏のように暖かい。
海も、青い。
窓を開け、読書。
迷い込んだ蜂の羽音のブルブルを聞きながら。
『すべての見えない光』を読む。
筒井くんが最近読んで、おもしろかったというおすすめの本。
この本、とてもいい。
しんとした空気がある。
筒井くんは、もう読んだからと私にくださった。
きのうは楽しかったな。
筒井くんと対談をした。
料理は、五目きんぴら、ひじき煮の白和え、小松菜のおひたし、アボガドと豆腐のチャイナソース(醤油、オイスターソース、ごま油。なぜかピータン豆腐の味になる)、筍の炊いたん、肉厚椎茸のフライパン焼き、ちらし寿司(じゃこ、桜おぼろ、椎茸とかんぴょうの甘辛煮、いり卵、真鯛とサーモンのヅケ)、姫皮のおつゆ。
筒井くんのいろんな話を聞いて、おいしいワインを呑み、私は酔っぱらった。
だって、昼間の1時にみなさんがいらして、夜11時過ぎまでだ。
メンバーは、アノニマスタジオの村上さんと、宮下さん。
対談の前に、みんなで山に入ったのもよかった。
もうずいぶん散っていたけれど、山桜を見ることができたし、沢の水も飲めた。
私は苔を少しだけもらって帰ってきた。
ゆうべは不思議な夢をみた。
自分が子どもで、母や家族が出てきた。
3編くらいの続き物。
筒井くんの世界にもぐったから、そんな夢をみたんだと思う。
それにしても、最後に作ったちらし寿司は、具をたくさん入れすぎた。
ひとつひとつが主張しているので、何が何だか分からないような感じになった。
でも、全体でひとつの味になっていて、自分でもびっくりした。
いつもだったら私は、引き算の料理をするはずなのに、酔っぱらいながらだと、こういうことになる。
話を聞きながら、具を混ぜていったから、なんとなく、筒井くんのイメージでそうなったのかも。
いろんな小さなおいしいものが、ご飯粒が見えないくらい混ざって、角度によってあちこちできらきらしているような。
それに、たらの芽をせっかく買っておいたのに、お出しするのを忘れてしまった。
絹さやと一緒にゆでたのに、酢みそマヨネーズをかけようと思っていたのに。
明日からまた、実家へ帰省する。
土曜日の朝、母がショートステイから帰ってくるので。
夜ごはんは、チャーハン(卵、椎茸、たらの芽)、みそ汁(油揚げ、ねぎ)。

●2019年4月14日(日)降ったり止んだりの雨

静かな雨。
春の雨はあたたかい。
榎さんがいらっしゃった日は、楽しかったな。
大きな体を丸め、『くんじくんのぞう』のジオラマを、しばらくの間あちこちからじーっと見てらした。
ぽつりぽつりと、いろんなお話もした。
病気がちでよく学校を休んでいた、榎さんの子ども時代。
布団のなかでくり返し読んでいた、図鑑や漫画の本。
子どものころは、どこへでも自由に出掛けてしまう妹を探しにいくのが、自分の役目だったこと。
ある日、ひとりでお祭りに行ってしまって、探しにいったら、テキ屋の人たちとお茶を飲んでいた妹の話。
夜になって、大阪で展覧会中のマメちゃんも来てくれた。
けっきょく、夜中の12時くらいまで、呑んだり食べたりしていた。
その晩は、とてもおもしろい夢をみた。
榎さんとマメちゃんが醸し出すもの。榎さんから聞いた話のせいだと思う。
人って、目に見えないところが、動いていて、とてもおもしろい。
お客さんがうちにいらっしゃるのは、かけがえのない時間だし、本当に楽しいのだけど、ひとりの時間もまた嬉しい。
今日は朝からずっと、新しい単行本のための文章の推敲をやっている。
『のどじまん』を見ながらお昼ごはんを食べ、また、続き。
肩が凝ってきたので、さっき森の入り口まで散歩した。
長靴をはいて、傘さして。
小雨のなか、桜の花びらがはらはら散っていた。
つるニチニチソウが、花盛りだった。
雨に濡れた紫も、緑も、きれいだった。
夜ごはんは、菜の花とひき肉のピリ辛炒め、春巻き、椎茸とかんぴょうの甘辛煮、桜おむすび。
『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年4月11日(水)晴れ

7時に起きて、カーテンを開けたままごろごろ。
このところ、朝起き抜けに腰の体操をしている。
空は青く、海がきらきら光っている。
なーんだ。
やっぱり春でも光るんだ。
それに気づいたのは、おとつい。
東京帰りの中野さんが、うちに立ち寄ったのは、月曜日の夕方。
その晩、お土産話をたくさん聞いて、私はよく笑った。
中野さんが過ごしてきた東京の日々は、桜が満開で、いろんな人がくるくる動て、話し声や笑い声も聞こえてきた。
眩しくて、なんだか遠く、懐かしいような感じに包まれながら聞いていた。
私もよく喋った。
会話って、なんて楽しいんだろう、と思った。
聞きながら、話しながら、体のまわりも中も動く。
ずっとひとりでいて、私はこのところ、動いていなかったことに気づいた。
翌朝、カーテンを開けたら海が光っていた。
その日は本当にいいお天気で、白い靄がかけらもなく、海も青かった。
お昼前にふたりで出掛け、桜を見ながら坂を下って、三宮に行った。
朝、柱時計の調子が急に悪くなったので、骨董屋さんに持っていこうと思って。
骨董屋さんで、ずっとほしかった手動の青い鉛筆削りを買った。
ディズニーの光るシールがついた、頑丈そうなもの。
私が小学生のころに、誰かが持っていそうだったもの。
あんまりいいお天気だったので、そこから西に向かっててくてく歩き、桜の木をみつけると、そちらに曲がった。
たい焼き屋さんでアイスもなかを食べながら、お兄さんが焼いてくれているのを待っていたとき、雲ひとつない青空がひろがっていた。
小さな飛行機がひとつだけ、白いすじを引っ張っていた。
そこからまた歩き、コンビニでコーヒーを買って、花隈公園でしばしお花見。
満開の桜の隙間からのぞく青空。
淡いピンクと水色は、本当によくお似合い。
中野さんをお見送りしたあと、生地屋さんのバーゲンに行った。
夏用のギャザースカートに、ぴったりの生地をみつけた。
帰りに「MORIS」に寄ったのも、楽しかった。
ひろみさんにスカートの縫い方を教わったあと、今日子ちゃんと3人で『趣味どきっ!』のDVDをパソコンで見た。
ふたりの間に挟まれて、じっとだまって見ているんだけど、ふたりが登場すると、わっと笑ったりして。
それが、なんだかやたらに楽しかった。
「オアシス」で買い物をして、3人で帰ってくるのも、じんわり楽しかった。
楽しい、楽しいと、連発してしまうけど、中野さんがいらした日と、その次の日の2日間は、「ああ、楽しいー」と声が出てしまうほど、本当に楽しかった。
さて。
今日は、本のことをやろう。
きのう姉から電話があった。
母の退院が15日に決まったとのこと。
実家のリビングを母の介護部屋のようにし、週に4日間ショートステイに助けてもらいながら、姉がうちに泊まり込みで付き添うことになった。
私も月にいちどは、姉に変わって手伝いをする。
ショートステイの施設は、うちから歩いていけるところにある、小規模のとても温かい雰囲気のところなのだそう。
姉は、私が神戸に帰ってから、施設をいくつも見てまわり、いろいろ調べ、迷い、考え、そこを申し込んでくれた。
明日は、あかね書房の榎さんが、『くんじくんのぞう』のジオラマを見にいらっしゃる。
何かおいしいものをこしらえよう。
夜ごはんは、残りもの重ね焼き(ローストポークの玉ねぎソース、ほうれん草炒め、ゆでじゃがいも)、人参と絹さやのサラダ(味噌マヨネーズ)。

●2019年4月7日(日)晴れ

のどかな春の日。
朝、干してある布団の端っこに、小鳥がとまっていた。
わっ!と思ったら、飛んでいった。
そのあとにも、1階の網戸のところまで飛んできた。
うちに興味があるのかな。
お昼ごはんを食べているとき、声がしたので慌てて2階に上ったら、隣の建物の屋根にとまってこちらを見ていた。
頭から肩のあたりまでが青く、お腹の下半分が赤茶色の、つやつやしたスマートな鳥。
とてもきれい。
ジリジリブンブンと羽を震わせ、お尻の丸い蜜蜂も入ってきた。
そうか。
窓を開け放しておくと、蜂が入ってくる季節になったのだな。
鳥の名前を調べてみた。
イソヒヨドリの雄だそう。
そういえばこのさえずりは、実家に帰っていたときによく聞いた。
澄み切った水を、口のなかでころころと転がして、盛んにおしゃべりしているみたいな声。
また来ないかな。
こんど来たら、写真を撮ろう。
そのあとも、声がするたびに窓辺に立った。
窓をつーっと横切ったかと思うと、また戻ってくるのだ。
今日は、新しい絵本のテキストを書いた。
編集さんから、白紙の台割を送っていただいていたので、書き込んでみた。
写真を撮って、お送りした。
日曜日でお休みのところ、すみません。
夜ごはんは、ロールパン・サンド(焼きそば、ソーセージ、いり卵のマヨネーズ和え)、ミルクコーヒー。
『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年4月5日(金)晴れ

7時に起きた。
太陽はもう、ずいぶん高いところにある。
このごろは、陽の出の時間が早くなったのだな。
6時半に目が覚めても、すでに明るくなっている。
それに、昇る位置も変わってきている。
隣の建物に隠れて、見えない気がする。
そして、朝の海のきらきらもなくなった。
あのきらめきは、秋から冬にかけてのものだろうか。
このところの朝の海は、霞がかかったように白っぽい。
ゴミを出しにいったついでに、山の入り口まで上ってみた。
民家の桜は三分咲き。
紫色のツルニチニチ草が、咲きはじめていた。
毎年、この時期になると咲く。
ここに引っ越してきたころにも咲いていた。
あれから、もう3年がたつのだな。
もう、なのか、まだ、なのか……どちらだろう。
1輪もらって帰る。
今日は、新しい単行本のことをやろう。
実家にいるときに、なんとなくはじめたのだけど、本格的にとりかかろうと思う。
心は落ち着いている。
お昼ごろ、姉から電話があった。
母も元気でいる様子。
車イスではなく、普通の腰掛けに座って、テーブルでごはんを食べられるようになったそう。
今は4時。
海が青い。
ずいぶん日が長くなってきたな。
夜ごはんは、焼きそば(豚バラ、キャベツ、目玉焼き)、ワンタンスープ(ほうれん草)。

●2019年4月2日(火)晴れのち雨のち曇り

8時に起きた。
このごろは、いくら寝ても眠たい。
春眠暁を覚えず。
朝、カーテンの隙間の光が、天井に吊るしてあるガラス玉にあたり、玉の上に乗っているシカの胸のところが、ぽっと光っていた。
わずかに大きくなったり、小さくなったりしている白い光。
しばらく眺め、えいっと起きた。
今日は、「リンネル」のためのイラストを描いて、お送りしよう。
桜がどうなっているかも、気になるし。
11時半から、『趣味どきっ!』の再放送を見た。
ようやく落ち着いた気持ちで見ることができた。
イラストの荷物を作り、2時くらいに坂を下りた。
坂の桜は、まだまだ蕾が多かった。
神社の桜も、半分くらい。
お参りをして、鳥居をくぐったら、ぽつりぽつりときた。
お天気雨だ。
濡れながらコンビニまで歩き、イラストを送り出す。
そして郵便局まで歩き、レターパックを買った。
雨は、降ったりやんだり。
「コープさん」で買い物。
ひさしぶりなので、帰りの坂はけっこうきつかったけれど、海の見える公園は、ユキヤナギの白い花が満開だった。
『うさぎの子』に出てくるユキヤナギの絵に、そっくりだった。
山に近くなるほど雨が強くなる。
最後の桜の木の下で、雨宿り。
この桜は毎年、咲きはじめるのが遅い、おじいちゃんの樹。
空気がひんやりして、濡れながら歩くのも清々しい。
お天気雨だから。
帰ってきたら、毎日新聞が届いていた。
記事を読みながら、ちゃんとめくっていって、『うさぎの子』をみつけ、誰か知らない人が書いたつもりになって読んだ。
これから一ヶ月、ささやかな愉しみになりそうだ。
夜ごはんは、きつねうどん、かぶとかぶの葉のおひたし。
『 ノブうどん帖』の丁寧なレシピを見ながら、おだしをちゃんととって、お揚げさんを炊いた。
甘くて、ふっくらして、とってもおいしい。
噛むと、じゅわっと甘辛い汁が出てくる。
お店で食べているみたいな味。
私は、油揚げにここまで味をしみ込ませたことがない。
うどんの上に、お揚げさんを丸々1枚のせるのが、関西のきつねうどん。
あのおいしいのはどうやったら作れるんだろうと、ずっと謎だった。
一緒に煮た干し椎茸と、昆布も切ってのせた。
干し椎茸は、あぜつさんが送ってくださった大分のどんこ。
『 ノブうどん帖』の表紙の、マメちゃんの絵そっくりになった。
ああ、おいしいなあ。
ノブさんの味は、やさしいなあ。
夜、姉から電話。
母は今日、『趣味どきっ!』の再放送を、病室で看護婦さんと見たらしい。
見終わった母は、ちょっと興奮していて、「高山さん、ほっぺがピンク色!」と言われたって。
ごはんも全部食べられたし、元気だったとのこと。

●2019年4月1日(月)晴れのち雨のち晴れ

朝、水道管の清掃の方が来た。
大家さんと管理人さんもつき添って。
年に難解か、建物全体の水道管の清掃をやってくださっている、同じお兄さん。
このところ、台所の流しが詰まり気味だったから、とても助かる。
台所に3人がいても、気にせずにずっとパソコンに向かっていた。
ときどき、「高山さーん」と管理人さんにやさしい声で呼ばれる。
ラジオをつけっ放しにしていたら、今日は、新しい元号の発表があるとのこと。
私は何も知らなかった。
「発表まで、あと45分です」
「発表まで、あと30分です」
と言っている。
ついに、発表があった。
「令和」
わざわざ声をかけたりはしないのだけど、清掃のお兄さんたちも一緒にラジオを聞いていた。
今日は、大きな病院で母の検査があるので、目をつぶって祈った。
どうか、痛くありませんように。
午後、しばらくしてから大粒の雨。
そのうち大きな音がして、雹が降ってきた。
そしてまた、晴れ。
また、雨。また晴れ。
夕方、海の向こうに虹が立った。太く、くっきりしている。
柱の下のところだけなので、出たというよりは、立ったというのがぴったり。
夜ごはんは、玉ねぎ豚カツ(千切りキャベツ)、かぶの味噌汁、たくあん、混ぜるだけふりかけ(かえりじゃこ、塩昆布、かつお節、ごまを合わせ、酢とみりんと醤油と砂糖を混ぜて作った。ノブさんにいただいた)、ご飯。
夜、姉から電話があった。
母はけっきょく、お医者さんの意向もあって、検査を受けなかったのだそう。
その検査は、元気な若者が受けても痛みがきついものだから、私はとてもほっとした。
病院の喫茶室で、元号が変わったニュースを見ながら、姉がこしらえたお弁当を食べたのもよかったし、帰りは、介護タクシーの運転手さんがとてもいい人で、桜並木を走ってくれたらしい。
母は華やいで、とても嬉しそうだったとのこと。

●2019年3月31日(日)晴れのち雨のち晴れ

朝、8時に目が覚めたのだけど、染み出てくる疲れを感じ、ゆらゆらと惰眠していた。
日曜日なんだから、10時まで寝てしまおうと思って。
しぼり取れるだけしぼって、それでもまだ疲れているようなら、もっと眠ろう、と思って。
10時少し前に電話が鳴って、起きたら、中野さんだった。
ひさしぶりに声が聞けた。
母のことなど、堰を切ったようにいろいろ話す。
さあ、私も動き出そう。
帰ってきてから、はじめて掃除機をかけた。
立花くんの宿題は、きのう仕上げてお送りした。
こんな宙ぶらりんで弱っちい気持ちのときに、文など書けないと思って、依頼メールを読んですぐの晩は眠れなかった。
次の朝、お断りすることも考えて、お風呂に浸かっていた。
でも、書けないところまで追いつめていったら、出てきた。
書きたいもののイメージが、お湯のなかからぷかんと浮かび上がったみたいだった。
終わったと同時にはじまったみたいな、はじめての感触だった。
立花くんの生徒のような私には、断ることなど許されないと分かっていたから、出てきたんだと思う。
書けて、よかった。
今日は、メールの返事を書いたり、「リンネル」の写真を選んだり。
夕方、虹が出だ。
海は真ん中だけ青く、東は白っぽい。
西は、群青色。
空には黒い雲がある。
あっちは雨が降っているのだ。
夜ごはんは、グラタン(玉ねぎ、鶏ささみ、レンコン、いんげん、ほうれん草)、にんじんの塩もみサラダ(赤ワインビネガー)。
お風呂に入る前、姉に電話をしてみた。
母はきのうも今日も、とても元気だったとのこと。
よかった。

●2019年3月28日(木)薄い晴れ

9時に起きた。
ぽっかりと静かな朝。
窓の外が白っぽい。
ゆうべは帰ってすぐに、たまっていたメールを読んでお返事したり、届いていた荷物を開いたり。
お風呂に入ろうとしたら、姉から電話があった。
夕方、仕事の帰りに寄ったら、母は元気だったそう。
私が図書館で借りた絵本や本を、姉に見せたりしたのだそう。

朝ごはんを食べようとして、あんまり静かなので、ラジオをつけた。
いつものようにトーストにかぶりつき、もぐもぐしているうちに、目に涙が上ってきたので、力を入れて止めた。
うちにいると私はメソメソしてしまう。
実家にいたときには、いくらくたびれていても、何ともなかったのに。
きっと、母の体と、母をとりまくあらゆる状況に自分を重ね、ひとつになって動いていたせいで、涙など出る暇がなかったんだと思う。
生きるのと死ぬことの近くに、当たり前にいたから。
仕方ないなあ。
やばい。
今、これを書いていたら、どんどん出てきた。
ぽろんぽろん落ちる。
涙って、客観的になるから、出てくるものなんだろうか。
情緒とか、感情とかって、客観的なことと関係があるのだろうか。
今日は、留守の間に立花くんから届いていた宿題をやろう。
今は、母のことしか考えられないから、母にまつわることを書くことになるだろうと思うけども。
夜ごはんは、ワンタンスープ(白菜、干し椎茸、みそ)、たくあん、ご飯。

●2019年3月27日(水)晴れ

7時にトイレに起きた。
階段の上からのぞくと、みっちゃんの靴はなかった。
早いなあ。
もう、出かけたのか。
ゆうべは、病院から帰ってすぐに、夜ごはんの支度をした。
母の容態が変わらないようだったら、明日私は神戸へ帰るので、残った野菜を使い切った。
みっちゃんがひとりでも温め直して食べられるようものをこしらえて、タッパーに入れたり。
カレーもつくった。
お風呂に入って、ごはんを食べ終わり、ウメッシュ(ノンアル)を呑みながらひとりで『趣味どきっ!』をみるつもりで、いそいそと支度していたら、9時半ちょっと前にみっちゃんが帰ってきた。
玄関が開いた音がしたとき、まさか! と思った。
みっちゃんの帰りは毎晩10時とか11時だし、おとついは1時くらいだったから、そんなことはありえないと思っていた。
なんか、サンタクロースみたいだった。

さて、そろそろ病院へ行こう。
図書館に寄って、母の本を返して、新しい本を借りるつもり。
絵本を借りて持っていったら、喜ぶかな。
姉は学校がはじまったので(大学の先生をしている)、月曜日から私ひとりで付き添いをしている。
おとついは、介護タクシーに乗って、大きな病院に血液検査にいった(姉の旦那さんも付き添ってくれた)。
きのうから輸血がはじまった。 

図書館で絵本をいろいろ借りた。
荷物がいっぱいだったので、お昼休みをとっていた館長さんが、車で送ってくださった。
お見舞いもしてくださった。
母は、ちょうどリハビリから戻ってきたばかりで、ベッドに腰かけていた。
背筋が伸び、目もいきいきと輝いている。
話たいことがたくさんあるんです、という顔をして、館長さんに向かってお喋りしていた。
これまで見たことのない顔だった。
意志のある顔というのかな。
目がぱっちりと開いて、顔の筋肉がひきしまっていた。
それは、輸血のせいなのだ。
新しい血が体に入ると、こんなに元気になるのか。
館長さんが帰って、そのあと、私の借りてきた絵本を読んだ。
言葉がとても少ない『みさき』のことを、とてもおもしろがって読み込んでいる。
「ほら、影があるら。男の子の真下に影がはっきりあるから、お昼っていうことさや。時間と空間が、ちゃんと絵に描かれてるさや」
「絵本っていうのは、(道の上に手を添えて)前に進んでいくものなの。でも、ほら、ここで男の子は、後ろに戻るら。 そこが、すごくおもしろいさや。そういうのを、子どもはうんと喜ぶさや」
「ぼろ……ていうのは、ぼっこいっていうことだら」「ここで、雨がぽつぽつ降ってきて」「それで、この子は、ぬいぐるみがかわいそうだなと思って、戻ってきて、拾うさや」「ざーざーふってきたね」「あ、やんだ」
最後に、表紙の絵をさすりながら見て、「これはね、帰りさや。灯台が後ろにあるら」と言ったのには驚いた。
私はちっとも気づかなかった。
細かいところまで、子どもみたいな目で見ている。
3時ごろ、母はまた、しきりに「かったるいよ」と言いはじめ、目をつぶった。
輸血の力が切れたのかもしれない。
母と12日間いっしょにいて、いろんなことが分かってきた。
でも、その何十倍もの分からないことも出てきた。
これから先、母はいったいどうなるのだろう。
またすぐに、帰省しないとならないかもしれないけれど、私は自分の生活に戻らないと。
私も、生きていかないと。
夜ごはんは、白菜と小松菜のおつゆ(ノブさんが送ってくださった、おいしいおだしで)、ゆかりおにぎり(実家でにぎったお弁当の残り)。
神戸に帰ってきたら、うちがとても静かだった。
何の音もしない。
しんと、夜景が光っている。

●2019年3月22日(金)ぼんやりした晴れ

7時15分に起き、1階のリビングに下りたらみっちゃんはもう出勤したあとだった。
毎晩、帰ってくるのが10時くらいだから、私は夜ごはんのおかずを並べ、置き手紙をして、先に布団に入っている。
朝起きるといつも、食器はぜんぶきれいに洗われ、生ゴミも片づいている。
そして毎朝、みっちゃんが淹れたコーヒー(水筒に入れてくれてある)を飲む。
実家に帰ってから、今日で何日目なんだろう。
今数えたら、6日目だ。
そうか、まだそれっぽっちしかたっていないのか。
こっちに来てから、いろいろなことが次々に起こり、ついていくのがせいいっぱいで、ちっとも日記が書けなかった。
母の腰の痛みは、日に日によくなっていった。
寝たきりで、ベッドの角度を上げることさえできなかったのが、少しずつ傾斜できるようになった。
ベッドの上に机を置き、自分で食事ができるようになったのが、おとつい。
その前々日から、リハビリがはじまった。
ベッドに座り、足を下ろすだけでも辛そうだったのが、歩行器で15歩ほど歩けるようになった。
小股で、とてもゆっくりだけど。
それが、おとつい。
あれ? 先おとついだったかな。
おとついは、看護婦さんに付き添ってもらいながら、車イスでトイレに行けるようになった。
これまでずっとおしめだったから、母はとても嬉しそうだった。
大手柄のような顔をして、私を見て笑った。
姉と私は、早番と遅番を決め、ふたりで交代に付き添っている。
寝たきりで、横しか向けなかったとき、朝、昼、晩のごはんを箸やスプーンを使って口に運んでやった(母は、食べさせてあげることを「養ってもらう」と言っていた)。
おにぎりとおかずを、少しずつ、ゆっくりと口に運び、よく噛んで体の中に入れる。
残さずに食べると、「ああよかった、ぜんぶ食べられた」と、母は胸に手を当て、私は拍手する。
入れ歯をはずし、残った自分の歯を歯ブラシでこすり、口のなかををぶくぶく。
ごはんを食べるだけでもくたびれるから、目をつぶって休んでいるうちに、眠って。
おしっこで起きたり、おならしたり。
調子がいいと、うんちが出たり。
そのたびに私は、看護婦さんを呼び、おしめを取り替えたり、お尻を拭いてもらって、さっぱりと着替えたり。
寝ている間は、母のかすかないびきを聞きながら、私は本を読んだり、寝顔を眺めたり。
いびきが止まって、見ると、マスクの下の口がもぐもぐもぐもぐ動いている。
マスクのヒモがかかった耳。
母の耳はこんなに大きかったっけ、と思う。
母は、面会で誰かがいらっしゃると、別人のように華やいで元気になる。
お客さんがいらしたと告げると、「会いたいだよう。やー、嬉しいよう」と喜ぶ。
中野さんの新作絵本『ミツ』が届いた日、病院へ持っていった。
母は、ゆっくりゆっくりページをめくり、戻ったりしながら、ため息をついて読んでいた。
「涙が出そうだよう」。
読み終わって、『ミツ』を白い布団の胸に抱え、しばらく放さなかった。

今日は、1時くらいに病院に行く。
行き帰り、いつも歩いて通っている。
うちから六甲駅くらいの道のりだから、大したことはない。
でも、帰り道ではいつも、ぐったりとくたびれている。
どうしてこんなにくたびれるんだろう。
何もしていないのに。
夕方、6時半に帰ってきた。
すぐに、夜ごはんの支度。
夜ごはんは、豚のしょうが焼き(千切りキャベツ添え、しょうがを加えるのを忘れたし、甘すぎた)、刺身コンニャク(ワカメ添え、ポン酢醤油)、スープ餃子(白菜、人参)。
私は、料理がへたになった。

●2019年3月16日(土)雨のち晴れ

明け方、大きな雷が何度も轟いていた。
寝ぼけながらカーテンをめくると、いちめん黄土色の霧。
7時に起きた。
窓ガラスに雨粒が当たって、水槽のようになっている。
でも、雨は上がったみたい。
朝ごはんを食べているうちに、ぐんぐん晴れてきた。
9時に、リンネルの鈴木さんからお電話いただく。
エッセイも校正し、お送りした。
やりかけの仕事の書類はすべてプリントし、リュックに入れた。
さあ、これで準備ができた。
実家へ帰ってきます。
母は、腰の圧迫骨折で入院したのだけど、血液の病気がみつかった。
神戸にいてもそわそわと落ち着かず、気になって何もできないので、帰ることにした。
母の近くに行きたい。 母のこと、どこまで書けるかどうか分からないけれど、できるだけ記録しよう。
この日記はいま、新幹線のなかで書いている。
セブンイレブンのおにぎり(梅干し)も、ポエム(六甲のパン屋さん)のカップケーキも、とてもおいしい。
こんなにおいしかったんだ!というくらいに、おいしい。
読む本も、はじめて読んだわけではないのに、はじめてみたいな感じがする。
『ゼロになるからだ』。とても、おもしろい。
新富士駅に着いたら、姉が迎えにきてくれている。
そのまま、母の病院へ向かうつもり。

●2019年3月15日(金)晴れ

7時半に起きた。
いいお天気。
午前中に姉から電話。
母の具合が思ったより悪いので、明日帰省することになった。
私は今日、何をしておけばいいのだろう。
『帰ってきた 日々ごはん5』のゲラをお送りすること、美容院、図書館。
新聞連載の童話のゲラ(中野さんの絵が入っている)が、すべて送られてきた。
なんというありがたいタイミングだろう。
母にいいお土産ができた。
病院のベッドの上で、1枚1枚、紙芝居みたいに読んであげよう。
夜ごはんは、トマト焼き(豚ひき肉、玉ねぎ、酒、醤油、バター)、白菜の塩もみサラダ、ご飯。

●2019年3月14日(木)晴れのち曇り

5時にカーテンを開けたらまだ暗く、5時半に起きた。
オレンジがかった青白い空に、明けの明星が光っていた。
すぐに、『カゲロボ』の感想文のゲラ校正。
寝ながらずっと気になっていたので。
朝ごはんを食べ終わってからは、『帰ってきた 日々ごはん5』の最後の校正に向かった。
きのう、半分までやっておいた続き。
お昼前にはすべて終わり、木皿さんのゲラもお戻しした。
これは、新潮社の月刊誌4月号の「波」に掲載されます。
詳しくは「ちかごろの」をご覧ください。
そのあとしばらくして、病院にいる姉から電話があった。
母が急に入院することになった。
大きな病気ではないけれど、腰の骨の具合がよくない。
先々週も病院で診てもらつて、少しだけ覚悟はしていたけれど。
そわそわし、部屋のなかをうろうろと歩きまわってしまう。
ひとまず入院できただけでも、安心なのだけど。
教会や図書館に通っていろんな本を読んだり、まだまだやりたいことがたくさんあって、前向きで、童話のこともとても愉しみにしていた母のことを思うと、胸がふさぐ。
体が痛くて辛いだろうな。
まだ4時なのに、今日はずいぶん薄暗い。
海は灰色で、のっぺりと平らに見える。
どうしても心が落ち着かないので、ごはんの前に森の入り口までゆっくり歩き、ゆっくり帰ってきた。
夜ごはんは、春巻き(ピェンローの残りを煮詰め、片栗粉でまとめて包んだ)、ニラのおひたし、味噌汁(絹さや、もち麩)、ご飯(ふりかけ)。
夜、母のことで姉から電話があった。

●2019年3月12日(火)曇りのち晴れ

6時半に起きた。
昇ったばかりの太陽は、火の玉みたい。
厚い雲におおわれた空に、ぽっかり浮かんでいる。
いつもは、まわりの眩しい光ごと陽の出なのに、オレンジ色のころんとした玉だけ。
今が朝だと知らなければ、上ったばかりの大きな月のようにも見える。
窓を開け、尚ちゃんの毛糸の膝掛けを体に巻いて、しばらく見ていた。
朝風呂に浸かる前に、木皿さんの感想文の続きを書いた。
朝方、根っこがぬけて上ってきたので。
締め切りはまだ少し先なので、しばらく寝かせようか。
でも、もうできてしまったかも。
もういちど木皿さんの小説のゲラを読んでみよう。
木皿さんの感想文は、2時にはできた。
担当の編集者へお送りし、「コープさん」へ買い物へ。
海の見える公園でひと休みしたけれど、すいすい上れた。
今日は餃子を作る。
朝、再放送で見たコウケンテツさんの、おうちの餃子。
感想文を喜んでくださっているメールが、編集さんから届いた。
ああ、よかった。ほっとした。
いろいろ終わったので、餃子の具を作って、ビールを開けた。
海は薄い空色だ。
そしたら、毎日新聞の編集さんから、中野さんの絵が入ったゲラも届く。
わー。すごいすごい。
圧巻だ。
壁に張って、読んでみた。
夜ごはんは、コウさんの「おうちの餃子」、おにぎり。
コウさんの餃子は、とってもおいしいな。
大判の皮で包むのも新鮮だった。

●2019年3月11日(月)小雨のち晴れ

薄暗い朝。
お風呂から上がって窓を見ると、遠くの灯りがまだついている。
青みがかった灰色の海の、こちら側だけが毛羽立ったようになっている。
雨が降っているのだ。
朝ごはんを食べ終わったら、急に晴れ間が出てきた。
雲の流れが早い。
今日は、『カゲロボ』の書評を書きはじめよう。
木皿さんの本を評するなんて、そんな偉そうなことはとてもできないのだけど、感想文を書こう。
この間、とってもいいお天気の昼間に、ベッドの上で読んだときのことを書こう。
今、机に向かっていたら、急にわーっと明るくなったり、暗くなったりする。
シーツを洗濯したので、屋上に干しに行ったら、あんまり風が強くて、やっぱりやめた。
そのすぐあとに、ざーっと音をたて、雨が降ってきた。
お天気雨だ。
けっこう長いこと降っていた。
今日の天気は、目が離せない。
感想文を書きながら、なんども窓辺に立った。
昼ごろから晴れてきた。
窓を開けっ放しでも寒くない。
夕方、五目きんぴらを作って、りっちゃんのお母さんに教わった通りに扇風機で冷ました。
ふと窓を見ると、不思議な色をしたものが目についた。
2階段の窓から見たら、大阪のアベノハルカスの先あたりに、赤みがかった紫の靄の塊がある。
幻みたい。
じっと見ていたら、黄色や緑らしき色が現れた。
きっと、虹だと思う。
今日は、6時半になってもまだ暮れない。
いつの間に、こんなに日が長くなったんだろう。
『カゲロボ』の感想文は、ずいぶん書けた。
でも、まだ奥の方に書きたいことがあって、それが根が深く、簡単には出てこない。
明日もまた、続きをやろう。
夜ごはんは、五目きんぴら(レンコン、ごぼう、人参、コンニャク、ピーマン)、目玉焼き、ほうれん草とベーコン炒め(おとついの残り)、ごぼうの黒酢煮、ご飯。
今夜は夜景もぴかぴかだ。

●2019年3月10日(日)曇りのち雨

7時半に起きた。
どんよりした天気だけれど、心はどっかり落ち着いている。
「気ぬけごはん」は、きのうのうちにほとんど書けた。
よかった。ほっとした。
これでようやく、木皿さんの小説『カゲロボ』の書評にとりかかれる。
と、思っていたのだけれど、なんとなくまだ潮が満ちていない気がする。
もう少し体にためて、熟成させ、明日から書きはじめよう。
お昼ごはんを食べながら、「のど自慢」をのんびり見た。
いつものように、拍手したり、ほろっとしたり、笑ったり。
あとで買い物に下りたら、「MORIS」をのぞくつもり。
夜ごはんは、試作を兼ねてピェンロー(白菜たっぷりのお鍋。干し椎茸はきのうからもどしてある)を作ろうと思う。
『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年3月8日(金)晴れ

7時に起きた。
カーテンを開け、目をつぶったまま腹式呼吸(体操のひとつ)を10回。
ゆうべは、木皿さんの新しい小説のゲラを、いつもみたいにまた1編だけ読んで寝た。
すごくおもしろい。
毎回、遠くまで連れていかれる。
その小説の書評を書くという、大きな宿題をいただいていている。
書けるかどうか分からなくて、どきどきするけれど、でも、とても書きたいと願っている。
ゆうべはひさしぶりにぐっすり眠れた。
「かもめ食堂」さんの取材も楽しかったし、終わってから「六珈」さんで打ち合わせをして、おいしいコーヒーとチーズケーキをいただき、「MORIS」にも寄った。
「かもめ食堂」のおふたりが、出たばかりの本にサインをするというので。
ふたりが真剣にサインをしている脇で、今日子ちゃんのアクションつきの、ひろみさんとの漫才みたいなのにも笑った。
そのあと、やっさんとりっちゃんが車で送ってくださり、三人でコーヒーを飲んだ。
なんだか、六甲村のみんなに会えたような日だったな。
とても楽しく、健全な日だった。
腹式呼吸をしながら、木皿さんの小説のことで、なんとなく書きたいことが上ってきた気がする。
階段を下り、すぐにメモした。
きのうは、「かもめ食堂」のおいしいごはんをいっぱいよばれた。
夜ごはんでも、いただいたおかずを食べたから、今朝はとてもいいうんちが出た。
そういえば、「かもめ」さんのごはんを食べた日はいつもそう。
ずっと前、佐藤初女さんのごはんを食べたときにもそうなった。
きのう、りっちゃんのお母さんから教わった五目きんぴらは、野菜がいっぱいで、れんこんもごぼうもにんじんもピーマンもコンニャクも、みんなそれぞれの歯ごたえと味がした。
ちゃんと火が通って、味もしみているのに薄味で、みなそれぞれがまだ生きていて、そっくりそのままお腹に入るみたいな感じがした。
だから、腸もよく動いて、元気になるんだろう。
『六甲かもめ食堂の 野菜がおいしいお弁当』という本は、「かもめ」さんのおかずがこれでもかとぎっしり詰まった本です。
お弁当のおかずというより、ちゃんとした一品料理が、簡潔なレシピで何品も紹介されているのです。
今、アマゾンで調べてみたら、炊き込みご飯を入れて139品だそう。
すごいなあ。
本屋さんで見かけたら、ぜひ、手に取ってみてください。
さて、私もがんばろう。
今日はまず、「気ぬけごはん」から書きはじめよう。
夜ごはんは、ワンタンメン(ほうれん草、もやし、味つけ卵)。

●2019年3月5日(火)曇りのち雨

ゆうべは頭のなかがぐるぐるして、よく眠れなかった。
でも、気持ちは元気。
しゃっきりしている。
7時半に起き、朝のストレッチ体操をしてお風呂に浸かり、朝ごはんを食べ終わってからは、『帰ってきた 日々ごはん5』の新しい「あとがき」をずっと書いていた。
やけにメールが多く、いつもは2、3通なのに、15通くらい届いた。
電話もあったし。
なんだか狂おしい春。
世の中が、動いている。
空気がかきまわされている。
でも、私のいるところは静か。
窓の外は、春霞におおわれ、海が白くけぶっている。
けども、私の内側はかきまわされている。
文を書くのはそういうことだ。
気づけば3時。
雨が降っている。
書けたかもしれない。
夜ごはんは、みそ汁雑炊(油揚げ、キャベツ、大豆、溶き卵のゆうべの味噌汁に、ご飯を炊いて加えた)、ほうれん草のおひたし。
なんだか今日は、くたくただ。目も痛い。
文を書いて、こんなにくたびれたのははじめてかもしれない。
明日は、「リンネル」の取材で、「かもめ食堂」さんに料理を教わりにいくので、早めに寝よう。

●2019年2月27日(水)曇り

7時に起き、カーテンを開けた。
ベッドのなかで目をつぶり、腹式呼吸(体操のひとつ)をやっているうち、気づけば眠りかけている。
体が、眠ろうとしている。
ゆうべは9時にはベッドに入った。
ベッドに沈み込むようにくたびれていたので、すぐに眠れるのかと思ったら、そんなことはなかった。
アイデアがあれこれ浮かんでは消え、浮かんではつかまって、眠りに落ちようとすると、意識がハッと目を覚ます。
の、くり返し。
体は眠りたがっているのに、寝ちゃいけないと、意識に起こされる。
寝ていいのに。
撮影は、めっちゃ楽しい。
おもしろくてたまらない。
朝ごはんを食べ、あちこち掃除をして清めた。
今日は、10時集合。
そろそろみなさんがいらっしゃる。
さーて、どうなることやら。
1回目の撮影は、今日が最後です。

●2019年2月26日(火)快晴

7時半に起きた。
春のように暖かい。
料理本の撮影が、たまらなく楽しい。
いろいろ、剥かれる。
えー、これでいいの?
と、思う。
そうか、これでいいのか。
とも、思う。
私がいつもやっていること、考えていることが、手の動きや体の使い方に出ているらしいのだ。
そうか。
窓の外で、ツクピーツクピーと愛らしい声で鳴く小鳥。
あれはシジュウカラだっけ?
電線にひとりでとまっている。
そういえばきのう、山の入り口まで上ったら、ウグイスが鳴いていた。
今年はじめてのウグイスだ。
さて、今は11時。
ぼちぼちみなさんがいらっしゃるころかな。
それまで、体操をして待っていよう。

●2019年2月25日(月)晴れ

6時半に起きた。
カーテンを開けて寝ころんでいたら、太陽が頭の先を見せた。
じりじりと姿を表す燃える玉。
強烈な光。
窓を開け、毛糸のひざかけ(高知の尚ちゃんが編んでくれた)を体に巻きつけ、じっと眺めた。
湿った地面から立ち上る匂い。
小鳥たちが騒がしい。
ああ、ひさしぶりに昇るところを見られたな。
そのあとで、体操を4種類やった。
さて。
今日からいよいよ料理本の撮影がはじまる。
詳しいことはまだ書けないけれど、みなさんきのうのうちに東京から神戸に来てくださった。
ほんとうに、ありがたい。
私は、出せるものを出しつくせるよう、体を緩めて向かいたいと思う。
さーて、どうなることやら。

●2019年2月24日(日)晴れ

7時に起きた。
ゆうべは、8時にはもうベッドに入っていたから、いったい何時間寝たのだろう。
夢もいろいろみて、すぐにまた深い眠りに落ちた。
このところ、いろいろなことがあり、私はちょっと心の調子が不安定だった。
きのうは、股関節の突然の痛みで、原因がまるで見当たらず、ただ驚いていた。
でも、私は、そういう内面の不調が、そのまま体に出る体質なのかもしれないと思い当たった。
お腹も壊したし。
体は、なんて確かなものだろう。
そのことが、私を支えてくれている。
ありがたいなあと思う。
夜ごはんは、ひろみさんのお好み焼き(長ねぎ、豚肉)(アスパラ、豚肉)(椎茸、白菜、豚肉、卵)
3種類ぜんぶを焼いて、「機関車トーマス」を見ながら食べるつもり。

●2019年2月23日(土)晴れ

朝、起きたら、左足のつけ根が痛い。
痛くてまっすぐに立っていられない。
足をひきづって歩かないとならないくらい。
きのうもおとついも、何でもなかったのに。
どうしてなんだろう。
お風呂でもんだり、ストレッチをしてもよくならないので、整形外科に行くことにした。
なんにもなければ放っておいて、様子をみるのだけど、あさってから料理本の撮影なので。
体の具合が悪いと、心も重く、暗くなる。
坂は下りられそうもないから、タクシーを呼んだ。
感じのよさそうな病院をネットで調べ、タクシーの運転手さんに連れていってもらったのだけど、そこは最近、買い物帰りに中野さんと立ち寄っていた公園の向かいにある整形外科だった。
ついこの間も、私はこの整形外科のことを、ぼんやり見ていた。
なんとなく、いい感じのするところだなと。
でもまさか、近々お世話になるとは思ってもみなかった。
レントゲンを撮ってもらったら、骨も関節も正常とのこと。
股関節のスジが、何かの理由で炎症を起こしているらしい。
それで、リハビリも受けた。
腹筋や、体幹の筋力が弱っているらしい。
坂を上り下りしているせいだったら、今の生活を変えなければならないんだろうか……と不安だった。
ああ、よかった。
年をとるって、こういうことだ。
ストレッチや体操を続けて、筋力をつけよう。
まだまだここに住んで、歩き続けられるように。
リハビリまでの時間があったので、お昼におうどんを食べ、図書館で2時間くらい過ごしたのも、なんか、よかった。
薬を飲んだら、痛みはどんどんひいていったし。
病院が終わって、撮影の買い物もできた。
明日は、ゆっくり支度しよう。
夜ごはんは、鶏そぼろご飯(いり卵)、ちぢみほうれん草のバター炒め、みそ汁(じゃがいも、青じそ)。

●2019年2月18日(月)晴れ

7時に起きた。
太陽は雲に隠れていたけれど、オレンジと水色に染まった明け方の空だけ見れた。
6時過ぎには目覚めていたので。
今朝も、中野さんに童話を1話お送りした。
朝ごはんのあと、壁に貼り出した赤字をもういちど確認しながら、直したり、もとに戻したり。
のんびりやる。
お昼を食べて、ついに新聞の編集者にお送りした。
中野さんから、「もう1話送ってください」とのメール。
残すは、最終回の1話を明日お送りするだけ。
この童話は、毎日新聞(掲載誌面の地域が決まっているので、詳しくは「ちかごろの」にてお知らせします)の朝刊に、4月のひと月間だけ、毎日連載されます。
どうか、愉しみにしていてください。
さて。
いよいよ来週から料理本の撮影がはじまる。
今日は、その支度をぼちぼちはじめよう。
夜ごはんは、アジフライの卵とじ丼(おとつい揚げた小アジフライ、玉ねぎ、卵)、いんげんと椎茸の炒め煮、わかめのサッと炒め、具だくさんみそ汁(豆腐、椎茸、小松菜)。

●2019年2月17日(日)曇り

9時ちょっと前に起きた。
また、寝坊した。
窓の外が白い。
今朝も、童話を1話だけ中野さんにお送りした。
そしてまた、続きをやる。
お昼を食べて、「のど自慢」を見ながら、まず裏紙をA4サイズに切った。
そして、これまで書いた分をすべてプリントし、壁一面に貼ってみた。
ゆうべの電話で、中野さんも絵を貼り出しながら描いているとおっしゃっていたので。
全部貼り出してから、あちこち掃除機をかけ、玄関を出て外の空気を吸ってきた。
コーヒーもいれた。
体ごと離れているので、全体の姿が見られるのが、とてもいい。
予測が溶け、はじめて読んだみたいになる。
読みながら、イメージがつまずくところを、少しだけ赤を入れた。
さて。
これで、明日の締め切りに間に合った。
夜ごはんは、温豆腐(オリーブオイル&塩)フリッジのトマトソース炒め(玉ねぎ、プレスハム、かぶ、かぶの葉、溶けるチーズ)。

●2019年2月16日(土)曇り一時晴れ

7時に起きた。
ようやくいつもの時間が、体に戻ってきたみたい。
朝からまた、童話の続き。
きのうにひき続き、中野さんに1話だけ送った。
午後2時。
あれ? もしかして、できたかも。
これ以上、悪くも、よくもならないところまできたみたい。
明日また、はじめから読み直してみよう。
夜ごはんは、アジフライ(きのう買っておいた小アジで)、ワカメのサッと炒め、手羽元の黒酢醤油煮(ゆうべの残り)、具だくさんのみそ汁(かぶ、椎茸、かぶの葉、小松菜)。
『昨日のカレー、明日のパン』の撮影で、小アジのフライを、これでもかといっぱい作って揚げたっけ。
あのときは、しおりちゃんにずいぶん助けてもらったなあ。
もう、何年前になるんだろう。

●2019年2月14日(木)曇り

9時ちょっと前に起きた。
また寝坊した。
海の光っているところが、スケートリンクみたい。
太陽が高いからだ。
このところ、東京と実家でついてしまった、夜型の生活がまだ戻らない。
いかんなあ。
窓を開けたら、雪の花が舞っていた。
ちょっと寒い。
朝ごはんを食べ、すぐに童話。
中野さんに3話分をお送りした。
それからも、ずっと童話。
でこぼこしていたところが、なめらかになってきた。
というより、地面に埋まっていた、もともとの肌が見えてきた。
まだ、直すべきところがあるような気がするけど。
このままねかせて、明日、新しい目で眺め、また直そう。
夜ごはんは、たぬき蕎麦(天かす、ねぎ)、レンコンとごぼうのきんぴら、白菜のくたくた煮。
夕方、6時半過ぎ。
空気が蒼い。
窓を開けたら、真上に、膨らみかけた半月が出ていた。

●2019年2月13日(水)ぼんやりした晴れ

「気ぬけごはん」の校正をお送りし、朝からずっと童話を書いていた。
きのうの夕方、実家から帰ってきたのだけど、新幹線のなかでもずっとやっていた。
もう、ほとんど完成したつもりで、母に朗読してもらったら、まだまだなことが分かったので。
母は、はじめのうちは、「うーん、情景が浮かぶねえ」などと上機嫌だったのだけど、途中から声がくもってきた。
はっきりは言わないのだけど、道に迷ったような顔をしている。
むずかしいのだ。
90歳のおばあちゃんだから分からないんじゃないかな……と、心のなかで思っていたら、「私はいつも、子どもの目線で読んでるの」と言われてしまった。
なんでもお見通しだ。
それで、ちょこちょこと直しはじめたら、ダメなところが見えてきた。
中野さんには、今朝から3話ずつお送りすることになった。
もしかしたら、絵が進んでいるのかな。
追い越されてしまいそうだ。
うーん。私も、ぎりぎりまでがんばろう。
東京では、川原さんの家に2泊させてもらった。
斎藤陽道さんの「感動、」の写真展。
トークのなかで、スライドを見せてくれたのがとてもおもしろかった。
次の写真に移り変わるとき、前の写真と何秒か重なり、溶け合う瞬間。
そこに、見えないものが見えてくる。
ボクサーの額の血のあとが、一輪の赤い花になった。
自分の目が、透明になったみたいだった。
もっともっと、見たかった。
言語脳科学の大学の先生との筆談トークも、ぎっしり書き込まれたノートも、ものすごくおもしろく、興奮した。
昔の私だったら、感動してびーびー泣いたろうけれど、心は静かなまま。
見たことも聞いたこともないものが、見え隠れしながら光っていて、ただただおもしろくてたまらない現場にいる! という感じだった。
このところ、私は毎晩『異なり記念日』を読み返していた。
陽道さんも、奥さんのまなみさんも、思った通りの方だった。
姿も、表情も、なのだけど、生きている体のなかにある、勢いみたいなものが……だろうか。
次の日は、興奮覚めやらず、朝起きぬけにパジャマのまま川原さんとおしゃべりした。
絵や文(「キチム」で開いた展示会に飾ったもの)を、じっくり見せてもらったのも、とてもおもしろかった。
あちこちに話が飛びまわり、ふたりとも、とまらなかった。
雪が降りそうな日で、薄いカーテンを引いたまま、ウイスキーのお湯割りを呑んだりして。
ごはんも食べずに。
お腹がすくと、クッキーやらチョコやらつまみながら、寝床で話し続けた。
時間の流れ方が伸びたり縮んだりして、山小屋にいるみたいだった。
そして、その日は夕方から牧野さんのトークに行った。
すべてが牧野さんらしく、くすくす笑いが漏れてくるような、なんだか、あたたかい会だったな。
そのあとで、川原さんと青きみと4人で「ミロ」に呑みにいったら、立花君にも会えた。
シミズタとケイスケも、元気そうだった。
雪のなか、4人で吉祥寺駅まで歩いて帰った。
なんだか不思議だったなあ。
その次の日に、実家へ帰った。
実家では、みっちゃんが呑み屋に連れていってくれて、はじめてふたりでサシで呑んだり。母と、こちょこちょおしゃべりしたり。
童話は、パソコン画面の文字を追いながら、最初から最後まで母が朗読した。
よくもまあ集中力が続くものだと感心していたら、やっぱりそうとうくたびれたみたい。
神戸に帰ってきて、ゆうべは、「きょうの料理」を見た。
私は元気そうに映っていて、ほっとした。
時間内に、たくさんお伝えしなければならないことがあって、早口になっていたし、フライパンがなかなか温まらず、玉ねぎとひき肉を炒めるのに、木べらをかちゃかちゃ動かしすぎていたけれど。
あと、語尾が関西弁のニュアンスになっていたのが、自分でも可笑しかった。
そのあとで、陶芸家のご夫婦の台所の番組を見た。
きのうは母と、有元さんの回の再放送を見たのだけど、おもしろい番組だなあ。
じつは、最終回で私も出ます。
Eテレの、『趣味どきっ!」の「人と暮らしと、台所」という番組です。
詳しくは、「ちかごろの」をご覧ください。
長い日記を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
夜ごはんは、春雨炒め(豚コマ切れ肉、干し椎茸、絹さや、焼き肉のタレ)、ワカメのサッと炒め(ごま油、生姜、かつお節)、大根のみそ汁)、ご飯。

●2019年2月8日(金)曇り

7時半に起きた。
この日記は今、新幹線のなかで書いています。
斎藤陽道さんの写真展と、トークを見に、東京へ。
どうしても行きたくて。
言語脳学者の方と、筆談トークをなさるみたい。
浜松町の「東京人権プラザ」という展示会場には、陽道さんが書き込んだノートもあるみたいだから、ゆっくり読めたらいいなと思って。
それで、トークは7時からだけど、うんと早めに行くことにした。
新幹線のなかで、肉巻きおにぎりを食べた。
ゆうべ、しょうが焼きがとてもやわらかく、おいしくできたので、今朝、おにぎりに巻いてみた。
ラップできっちり巻くと、即席の肉巻きおにぎりみたいになる。
なかなかいいアイデア。
そろそろ、京都と名古屋の間の、いつも雪が降っている地帯を通るはずなのだけど、まだなのかな。
そこを通過するとき、今日子ちゃんのクッキーと、水筒の紅茶でおやつにしようと思う。

●2019年2月4日(月) お天気雨のち曇り

晴れていたので、屋上にシーツを干しに行ったら、細かな雨が降っていた。
ミストのようにとても細かな雨。
それで気がついた。
お天気雨だ。
慌てて下りてきて、布団を入れた。
目をこらしてみても、細かすぎて雨粒は見えないのだけど、道路にある水たまりに、小さな波紋ができている。
空の高いところは晴れていて、太陽も当たっている。
でも、下の方だけぶ厚い雲に覆われていて、高い山の上から、雲海を見ているみたい。
海も空も、白く発光している。
今日で、この世が終わってしまうような、あるいは何かを祝っているような天気。
とても珍しい天気の日。
そして、暖かい。
掃除機をかけていたら、汗が出た。
今日は立春。
春が立った日。
「立つ」という言葉には、「はじまり」という意味が含まれているのだそう。
お天気雨は、そのあとも午後2時くらいまでずっと降り続いていた。
中野さんが急にいらっしゃることになった。
三宮の「大丸」で待ち合わせ。
日陰がとても寒く、陽が当たるところは暑いくらい。
お刺身など買って帰る。
今日は、冬と春が拮抗しているような日だったな。
夜ごはんは、剣先イカのお刺身(ごま油&塩、わさび醤油、しょうが醤油)、わかさぎの唐揚げ、冷や奴(ねぎ醤油)、柚子大根、日本酒。
お酒のしめに、牛肉の甘辛煮のせご飯(中野さん作)。

●2019年2月3日(日)曇り一時晴れ

7時過ぎに起きた。
このごろ私は、夕方になると目の奥が痛くなるのだけど、もしかしたら、陽の出を見すぎなんだろうか。
朝から夕方までパソコンにかじりつき、童話に夢中になっているせいもある。
今朝も、朝ごはんを食べてからずっと童話をやっていた。
もしかして、書けたかも。
締め切りはまだ先だから、しばらく寝かせておいて、忘れたころにまた見よう。
ゆうべは、湯上がりに絨毯に寝そべり、電気ストーブを近くに寄せて「地球ドラマチック」を見た。
スカンジナビア地方の熊の親子の話だった。
小熊の兄弟が愛らしくてたまらず、手をたたいたり、笑ったりしながら見た。
そういえば、吉祥寺にいたときには、「地球ドラマチック」を毎週愉しみにしていたっけ。
これからも、ときどき見てみよう。
午後、牛乳がなくなったので、雨が降る前に「コープさん」に行った。
今日は節分祭で、龍の神社の社に、紫色の垂れ幕がしてあった。
果物や野菜もお供えしてあった。
帰り道、雨が降り出した。
小雨のなか、濡れながら坂を上った。
あたたかな雨。
しっとりと汗をかいて帰ってきた。
夜ごはんは、鰆のみそ漬け(鮭を漬けたあとのみそ床に、甘酒を加えてみた)、ほうれん草のバター炒め、五目きんぴら、柚子大根(「かもめ食堂」さんの真似をして作った)、わかめのみそ汁、ご飯。

●2019年1月31日(木)曇りのち雨

まだ暗いけど、いいことを思いついたので、紙に書いておこうと思って起きた。
夜中だと思ったら、6時半だった。
なので起きてしまう。
この時間のラジオは、いいなあ。
パソコンに向かっているうちに、空が白んできた。
でも、7時になっても明るくならない。
ぶ厚い雲に太陽が隠れているのだ。
今朝の閃きは、光っているかも。
まず、「かもめ食堂」さんの、春に出るお弁当の本のための帯文を書いた。
そして、校正を2本。
あとはずっと、童話をやっていた。
今朝の閃きを抱いたまま書いていたら、最後の情景が見えてきた。
夕方になって、雨が降り出した。
雪に変わってもおかしくないくらいの、冷たい雨。
私はお腹をこわした。
童話は、いつかは書き終えないとならないのだけど、終わってしまうのがなんか淋しい。
夜ごはんは、天ぷら(レンコン、ごぼうと人参のかき揚げ)、ご飯、みそ汁。
お腹はこわしているけど、朝から決めていたので、めげずに天ぷらを揚げた。

●2019年1月30日(水)曇りのち晴れ

ぐっすり眠って、8時少し前に起きた。
いろんな夢をみた。
夢というより、イメージの雲みたいなのがぷかりぷかり。
起きたら、左の背中が痛い。
きのうのテレビ収録は、楽しかったのだけど、どこかがずっと緊張していたんだろうな。
朝から雑誌のコラムの校正。
そして、次のリンネルのための写真選び。
それからはずっと、『帰ってきた 日々ごはん5』にまつわる原稿書きをやっていた。
ああ、背中が痛い。
一瞬だけ外に出て、そこらを歩きながら、腕をぐるぐる回してきた。
夕方、洗濯ものをたたんでいたら、あまり聞いたことのない小鳥の声がする。
窓を開けてみた。
お腹がオレンジ色の、小さな小さな鳥が、ひとりきりでいる。
透んだ声で、かすかに鳴く。
ヒッ ヒッと、ひとつづつ区切って。
この小鳥のことを、私はずっとヤマガラかと思っていたのだけど、ジョウビタキかも。
夜ごはんは、サーモンのみそ漬け焼き(白みそ、みりん、酒、ごま油を合わせ、おとついから漬けておいた)、粉ふきいも、ほうれん草と油揚げの煮浸し、五目きんぴら、納豆、ご飯。
つよしさんにお借りしている、チェコのアニメを見ながら食べた。

●2019年1月29日(火)ぼんやりした晴れ

7時に起きた。
このところ毎朝、向かいの建物にうっすらと雪が積もっている。
ゆうべはよく眠れなかったな。
夢をひとつみたけれど。
緊張しているんだろか。
いやだなー。
でも、とってもいいお天気。
太陽の下の海の金色に、「今日は、がんばりな」と言われている。
10時にタクシーのお迎えがきたら、行ってきます。
アナウンサーは大好きな岩槻さんなのだし、いつも作っている料理なんだし、リラックスしてがんばろう。
6時半に帰ってきた。
ああ、くたびれた。
急いで夜ごはんを作って食べ、お風呂。
夜ごはんは、チャーハン(豚そぼろ、卵)、ほうれん草と油揚げの煮浸し、豚汁。 

●2019年1月28日(月)曇りのち雨

ゆうべは、明け方少し前に、ぐっと冷え込んだときがあった。 空気がしんとして、外もしんとして、何の音もしない。
こういうときは雪が舞っているのかもしれないな、と思いながら目をつむっていた。
7時前にカーテンを開けた。
雲に覆われていて、陽の出は見られなかったけど、太陽が昇る前、すぐ上の雲が茜色の山脈みたいになっていた。
あれは、きのうだったっけ。
やっぱり陽の出は見られなかったのだけど、雲の切れ目から、茜色の光のカーテンが山に垂れていた。
幅広の透き通ったカーテン。
オーロラみたいで、しばらく見とれていた。
明日は、「きょうの料理」の収録で大阪のスタジオに行くので、その支度をする。
台本を読んだり、VTR(この間、うちで間撮影したもの)を見直したり。
あとで、お昼ごはんを食べたら、電車に乗って牛肉を買い物に「大丸」へ行こうと思う。
せっかくなので、生地屋さんのバーゲンものぞいてみようかな。
「大丸」デパートの牛肉は、目玉が飛び出そうに高かった。
なので、六甲に戻ってきて「いかりスーパー」で買った。
「いかり」さんのも、充分にいいお肉なので。
これは、明日のテレビで使う用。
帰りは冷たい雨。
夜ごはんは、ねぎとろ巻き(「大丸」の地下で買った)、ほうれん草と油揚げの煮浸し、豚汁(白菜と豚バラの鍋の残りに、大根、人参、白菜、ごぼう、コンニャクを加えた)。
お風呂に入る前に、もういちど台本とVTRを見て、練習しておこう。

●2019年1月27日(土)晴れのち曇りのち小雪

6時前からカーテンを開けていた。
今朝は、朝焼けはなかった。
朝、お風呂から出たら鼻血が出た。
ゆうべ夜中に目が覚めて、考えごとをしたり、『帰ってきた 日々ごはん5』のゲラを読み込んだりしていたからだ。
朝ごはんを食べ、まず中野さんに今日の分の童話を送った。
そのあとで、スイセイにメールの返事。
書く前に心を落ち着けようと思い、あちこち掃除した。
きれいになったところで、書く。
夢中で書いていて、気づけば4時を過ぎている。
海が青い。
青いのを通り越して、青紫黒い。
夕暮れどき、小雪が舞いはじめた。
どうりで寒いはずだ。
夜ごはんは、洋風そぼろご飯(玉ねぎ、合いびき肉、ディル、菊菜)、白菜と豚バラ肉のくったり煮(ポン酢醤油)、みそ汁(お麩、青じそ)。

●2019年1月25日(金)晴れのち曇り

7時に起きた。
今朝の陽の出は、控えめな美しさ。
雲に隠れた太陽のオレンジ色が、海にそのまま映っていた。
太陽が顔を出したらぐんぐん暖かくなった。
それまで、ベッドのなかでぬくぬくしていた。
太陽の威力はすごいな。
朝ごはんを食べ、いつものように童話。
このところ毎朝、これまで書いたものをメールで中野さんにお送りしている(挿絵を描いていただくので)。
毎日、一日分ずつ。
それが小さな励みになっている。
個人的な書き物(へんな言い方だけど)を、誰かに読んでもらえるのは、とてもありがたい。
感想を何も言われなくても、誰かの目が間に入るだけで、ささやかな客観性が生まれる。
『まんぷく』を見ながらお昼を食べ、今日が締め切りの原稿書きに没頭。
これは、今年に入ってから少しずつ書き進めておいた、小さなコラムが多数集まったもの。
夕方4時くらいにぶじ仕上がり、お送りした。
編集さんは、とても喜んでくださった。
ああ、よかった。
今は5時なのだけど、急に冷え込んできた。
今日は、太陽の威力を感じるのではじまり、終わった一日だった。
夜ごはんは、野菜スープ(大根、白菜、長ねぎ、玉ねぎ)、ミートソースとマッシュポテトのグラタン。

●2019年1月23日(水)晴れ

雲が多いけれど、晴れている。
暖かい。
このところずっと私は、ばななさんの古い小説を読んでいた。
『王国』の4冊からはじまって、『アムリタ』も、この間読んだ。
寝る前にベッドのなかで読むのだけど、ひと晩に1冊。
『アムリタ』は長い物語なのに、2日で読んでしまった。
なんか、もぐり込んだようになって。
『アムリタ』を読んでいたとき、登場人物のひとりひとりが纏っている空気ごと覚えていて、懐かしい人たちに再会したような気持ちになった。
現実の私は誰にも会わず、昼間は童話を書くのに夢中になって、夜になると早めに寝室に上って、読書の日々。
気づけば12時を過ぎていて、はっ!となって眠る。
夢にも出てきたし。
なんだかちょっとだけ、自家中毒のようになっていたから、おとつい中野さんがふらりと尋ねてきてくださったのが、とても嬉しかった。
中野さんは、きのう帰られた。
人と一緒に過ごせる時間は、ほんとうにありがたく貴重だ。
今日は、宮下さんが打ち合わせでいらっしゃるので、きのう三宮に中野さんをお見送りがてら、「大丸」の地下でおいしそうなエビを買ってきた。
さて、どう料理してお出ししようかな。
宮下さんとは、去年からご相談していた単行本の打ち合わせ。
ずっと待っていただいていたのだけど、今年こそ、はじめようと思う。
そうだ。
ゆうべは、『日々ごはん』の1巻を寝る前に読んだ。
半分くらいまで読んで、トイレに行こうとしたとき、自分がどこにいるのか分からなくなった。
脳みそがぐらりとなって、そうか、神戸にいるんだっけ、と思った。
読んでいる間私は、完全に吉祥寺の家にいたのだ。
そのころ私はまだ「クウクウ」で働いていて、りうも家にいて、スイセイと3人家族だった。
どんな日々を過ごしていたか、景色つきでありありと思い出していた。
ばななさんの小説といい、『日々ごはん』といい、このところ私は過去に戻って、何かを検証しているんだろうか。
自分のことを、確かめようとしてるのか。
さて、そろそろ宮下さんがいらっしゃる。
この単行本で何ができるのか。
宮下さんに半分体を預け、やわらかな心で意見を出し合おうと思う。
チーズトースト、血のソーセージ&タルト・タタン&マッシュポテト、大根のアルザス風マリネ、白菜サラダ(玉ねぎドレッシング)、水菜のナムル、ひじき煮の白和え(豆腐、ごま、ねりごま、白みそ)、海老のオリーブオイル焼き(にんにく、パセリ)、舞茸の炒めもの(オリーブオイル、アンチョビソース、ケッパー、白ワインビネガー)、赤ワイン。
お土産の赤ワインをちびちび呑みながら打ち合わせした。
夕方、宮下さんと一緒に坂を下って「MORIS」に行き、ひろみさんのピエンロー(鍋もの)と、今日子ちゃんのぜんざいをごちそうになった。
夜ごはんは、ピエンロー(くたくた白菜、干し椎茸、豚肉、鶏肉)、ぜんざい(あずき、白玉だんご、おみかんジャム)。

●2019年1月17日(木)快晴、風強し

10時半まで寝ていた。
くたびれていたので。
わざと寝坊した。
そして、へんな夢もみたので。
知らないレストランの厨房で働いていて、とても忙しく、追われている夢。
知らない人のもとで、知らない料理を作らなくてはならないし、とにかく急がなくちゃならなくて、私はひどくあたふたしていた。
その人の考えや規則を、私はちっとも理解できていなくて。
分かってないから、何をやってもうまくいかない。
自分のペースでできないことが、私はとても苦手だというのを確かめたような夢だった。
朝ごはんの支度をしていたとき、海全体が金色にさんざめいていた。
長い時間、光っていた。
窓辺に立ち、お祈り。
きのうは、撮影が終わってから、撮影の残りのグラタンを「MORIS」に持っていった。
今日子ちゃんは夕方から電車に乗って、お好み焼き屋さんに行くことになっていて、急きょ私も参加させてもらった。
今日子ちゃん、ひろみさん、「MORIS」のお客さんふたりと。
そこは、灘駅にある、ずっと行ってみたかったお店。
何を食べてもおいしくて、お腹いっぱい食べた。
何を食べたのだっけ。
ニラのベーコン巻き(キャベツ炒め添え)、小エビの塩焼き、豆腐を焼いたの(青ねぎがたっぷりのっていた。ポン酢醤油で)、キモ焼き(もやし、にんじん、キャベツ、ニラ)、えのきと菊菜のバター炒め、カキのバター焼き、椎茸焼き(ものすごい肉厚なのを、重しで押さえて焼いていた)、ねぎ焼き(すじコン入り。醤油味)、カキと豚肉のお好み焼き。
食べ過ぎたので、今日はお昼を抜いた。
そして今日は、一日中童話を書いていた。
ずいぶん進んだ。
夜ごはんの前に窓を開け、夜景に向かってもういちど祈った。
私がここで暮らせていること。
ありがとうございます。
夜ごはんは、お腹にやさしいノブさんのおうどん。
あんかけうどん(ねぎ、おろし生姜)、菊菜のおひたし、白和え(ひじき煮で)。

●2019年1月16日(水)曇りのち晴れ

6時半くらいからカーテンを開けていたのだけど、今朝は雲におおわれて、朝焼けはなし。
陽の出もまったく見られなかった。
7時に起きた。
部屋が薄暗い。
朝ごはんを食べているうちに、だんだん晴れてきた。
9時半からテレビのロケ。
そろそろみなさんがいらっしゃる。
今は、とってもいいお天気。
海もぴかぴか。
光っているところに、「がんばりな」と応援されているような。
あ、いらした。

今は、オーブンのなかを撮影中。
チーズがぐつぐつするのを待っているところ。
夜ごはんは、今日子ちゃんたちとお好み焼き屋さんで。

●2019年1月14日(月)晴れ

気持ちよく晴れている。
今日は、童話はやらない。
テキストファイルを開くとやりたくなるから、開かない。
あさって、テレビの撮影がうちであるので、朝ごはんの前に台所をしっかりめに掃除した。
続いて、「気ぬけごはん」の続き。
4時くらいに書き上がった。
洗濯ものを取り込みにいったら、空の真上に白い半月。
2階の窓を開けて深呼吸。
外に出たいな。
ちょっと、森の入り口まで散歩してこよう。
そういえばきのう、仕事机の方まで陽が入ってきて、あまりに眩しいので、吉祥寺時代に使っていた白いカーテンを出してきて、吊るしてみた。
20センチほど丈が短いのだけど、重たくならなくて、かえっていい感じ。
ぜんぜん関係がないけれど、もしかしてラジオの電波が入りやすくなったのは、カーテンのせいもあるんだろうか。
夜ごはんは、雑炊(かぶ、百合根、かぶの葉、柚子皮)、塩鯖、大根おろし。

●2019年1月13日(日)快晴

8時に起きた。
眩しい朝。
きのうは、とても楽しかった。
「nowaki」で中野さんの展示を見て、閉店してから、寒いなかてくてく歩いて恵比寿神社にお参りに行った。
筒井君は「絵本塾」があったので、みにちゃんと中野さんと3人で。
期せずして、京都の有名な神社で初詣ができた。
私は、2月からはじまる料理本作りのお祈りをした。
商売繁盛というよりは、いい本ができて、たくさんの人に届けられるように。
中野さんと私は笹を買った(みにちゃんは、きのうのうちに買った)。
京都の冬は、空気がしんとして、神戸の冷たさとはまた違う。
川が近いからだろうか。
鴨川べりに立ち並ぶ飲食店の、オレンジ色の光が、夜の黒い水面に細く長く映っていた。
いっぱい着こんで、マフラーもぐるぐる巻きにして、川沿いを3人で歩いていたとき、「ここに、光が映っているところも好きなんです」と、みにちゃんがぽつんと言った。
観光地だから人はたくさん歩いているし、話し声も聞こえてくるのだけど、みんな黒いシルエットで、どーどーと流れる川の音しかしなくて、なんだか空気が澄んでいた。
私たち3人は、前になったり後ろになったりしながら、自分の歩きたいように歩いていた。
そのときの感じ、私は忘れないだろうな。
保育園の脇道を歩いていたとき、中野さんが働いていた保育所で飼っていたうさぎの話を聞いたのも、よかった。
静かな話だった。
今思うのだけど、童話を書いていると、その世界に関係のあることが向こうから寄ってくる。
集中すればするほど、そうなる。
どこかの器官が開いて、張りついてくる。見落とさないようになる。
それは前に、『押し入れの虫干し』や、『料理=高山なおみ』の文を書いていたときと、同じ感覚。
それから、「nowaki」に戻ってきて、もういちど中野さんの絵を見て、おいしいごはんを4人で食べにいった。
ブリ大根(お通し)、カキの天ぷら、寒ブリのお刺身、平目のお造り、小芋の唐揚げ、生だこのワサビ和え、生麩とお餅の揚げびたし、生ゆばのサラダ、きつねうどん(みんなで分けた)、焼酎のお湯割り(中野さん)、熱燗(筒井君、みにちゃん、私)。
中野さんは、明日もあさっても展示が控えているので、「nowaki」に泊まり込んでらっしゃる。
なので、私はひとりで帰ってきた。
笹を大事に抱えて。
京都は遠いし、終電間際にひとりで帰ってくるのは淋しいだろうと思っていたのだけど、ちっともそんなことはなかった。
なんだか、電車に乗っている人たちひとりひとりと、一緒に帰ってきている感じがした。
ひとりの部屋も親密な感じ。
お風呂に入って、すぐに寝た。
というわけで、今朝も朝ごはんを食べ終わってから、ずっと童話を書いている。
もう3時だ。
そろそろ、「気ぬけごはん」の仕上げをしなければ。
夜ごはんは、牛スジカレー(冷凍しておいたのに、大根を蒸して加えた)、かぶの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)。

●2019年1月12日(土)曇り

まだ、薄暗いうちにカーテンを開けてみたのだけど、今朝は雲が空をおおっていて、朝焼けはなかった。
やっぱり、この間のは特別だったんだ。
朝ごはんを食べ、すぐに童話。
夢中でやる。
午後から街へ下りる予定なので、それまでがんばろう。
あとで、美容院と図書館へ行き、電車に乗って、京都へ出かける予定。
宿題の原稿書きは、あとひとつを残すのみだし、童話もずいぶん進んでほっとしたので。

●2019年1月11日(金)曇り

朝から、童話。
きのうの続き。
さっき洗濯をして、屋上に干してきた。
山は、木の葉がほとんど落ち、茶色く透けたところがずいぶん増えていた。
今朝の陽の出は見逃してしまったのだけど、きのうのがものすごかった。
6時半になる前にカーテンを開けたら、まだ暗いなか、黒い山々のシルエットの上に、強烈なオレンジの帯が伸びていた。
帯の上には青灰色の雲。
台所に下りて、ミルクティーをいれて戻ってきたら、空の高いところは水色で、オレンジとのだんだら模様になっていた。
青灰色だった雲は、7時には茜色になった。
しわの陰影がくっきりし、雲全体が赤土の大陸のよう。砂漠のよう。
海にも、雲の色が映っていた。
見とれている間に、輝きが増し、それからようやく太陽のおでましとなった。
こんなに厳かなことが、毎朝行われているとは。
今日は、午後をまわってからも、童話をずっと書いていた。
さて、次は「気ぬけごはん」をやろう。
コーヒーをいれて。
夜ごはんは、煮込みうどん(いつぞやの、かぶのみぞれあんのうどんにだし汁を加えてのばし、かぶの葉を加えて煮た)、フライパン焼き餅(焼き上がりに溶けるチーズをのせ、醤油をちょっと。海苔で巻いて食べた)、かぶのフライパン焼き、にんじん塩もみ(ポン酢しょうゆ、ごま油、ひねりごま)。

●2019年1月9日(水)雪のち晴れ

朝、7時を過ぎても薄暗い。
と思ってカーテンを開けたら、小雪が舞っていた。
そのうち、どんどん降ってきた。
上ったばかりの太陽に反射して、雪の粉が金色に光っている。
早くしないとならないのだけど、しばらく窓辺に佇んでいた。
さあ、てきぱき支度をしないと。
今日は、大阪のNHKに、スタジオに見学に行く。
9時前には家を出ないと。
支度をするうちに、雪が激しくなってきた。
傘をさして坂を下りる。
下から風で巻き上がってくる。
ポストのところまで歩いて、ちょうど来たタクシーに乗った。
電車に乗り遅れたらいやなので。
でも、六甲駅に下りたら、まったく降っていなかった。
大阪のNHKは新しく、すっきりした建物だった。
ひろびろとして、清潔で、とてもいい空気が流れていた。
「きょうの料理」のスタジオは14階にあるので、大阪城のお堀も、川も、すっかり見渡せる。
景色が大きい。
フードさんたちもみんな感じがよくて、私はとてもほっとした。
また、梅田まわりで、阪急電車に乗って帰ってきた。
夙川で下りて、お昼ごはんのパンを川べりで食べた。
水面を見ながら。
童話の続きが、出てきたがっている。
早く集中して向かいたいのだけど、その前にやらないといけない原稿書きが、ふたつかみっつある。
夜ごはんは、厚揚げのじりじり焼き(ねぎ醤油)、春巻き(「阪急梅田」のデパ地下のお総菜)、めかぶ(ねぎ、かつお節)、菊菜のおひたし(柚子のしぼり汁、ごま油、醤油、ごま)、納豆、みそ汁(豆腐、絹さや)、ご飯。
ひさしぶりの白いご飯が、たまらなくおいしかった。

●2019年1月7日(月)快晴

朝風呂から上がって、身支度をしているとき、太陽の真下の海が金色だった。
何度見てもいつも違う。
せっかくなので、見ながら2階だけ掃除機をかけてしまう。
日焼け止めを塗って。
朝ごはんのヨーグルトを食べていたら、ラジオでマーラーの「アダージェット」がかかった。
鏡のようになっている手前の海が、ちらちらちらちらきらめいている。
あまりに音楽にぴったりで、ぽーっとした。
午後から、「きょうの料理」のテレビの打ち合わせがある。
そのあと3時には小野さんがいらっしゃって、5時からつよしさんも加わって、「つ」の絵本の打ち合わせ&新年会。
小野さんがおいしい日本酒を持ってきてくださる。
とても愉しみ。
打ち合わせがはじまる前に、きのうの続きの「リンネル」の原稿を書こう。
きのうは日食だったようだけど、ちょうどその時間は雲に隠れていて、見ることができなかった。
今朝は、雲が下の方にあるので、すっきりとまん丸な太陽。
風もなく、窓を開けていても暖かい。
新年会のメニューは、かぶと大根のアルザス風マリネ(塩もみして、おろしにんにくを少し。レモン汁、ディル、オリーブオイルで和えタ)、人参の塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)、じゃがいものドフィノア、ひじき煮(干し椎茸、コンニャク)、めかぶ(だし汁、醤油、かつお節、ねぎ)、牡蠣のバター焼き(小麦粉をまぶして、オリーブオイルとバターでカリッと焼き、醤油を少し落とした)、とさか海苔の炒めもの(にんにく、にぼし、ごま油、酒、醤油)、地鶏の塩焼き、白菜の薄味煮(土鍋で煮て、だし昆布を細く切って加え、薄くとろみをつけた)、牡蠣とセリの炊き込みご飯、白ワイン、日本酒。

●2019年1月3日(木)快晴

7時の時報にまったく気づかず、8時に起きた。
ゆうべの『岸辺の旅』の空気の夢をみたみたい。
なんか、不思議な夢だった。
朝ごはんはみっちゃんと。
チーズトースト、サラダ。
かんでもかんでも鼻水が出る。
体にたまっていた悪いものが、出切ろうとしているんだ。
今回はほとんど薬を飲んでいないから、そうやって、確実に恢復していっているのがよく分かる。
もうこれで、ぶり返すことはないだろう。
今日神戸に帰るので、あちこち掃除した。
布団も干す。
母に言われ、玄関のススキを刈る。
みっちゃんも台所に掃除機をかけている。
床収納のなかも、床を上げて掃除機をかけるよう母に頼まれたらしい。
ぶつぶつ言いながらやっている。
母は、ホウキを手に持ったまま、椅子に座ってポカンとしていた。
その姿が、幼い女の子に見えた。
自分もお掃除を手伝おうとしているのだけど、邪魔になるからどうしていいか分からなくて、お父さんのことをぼんやり見ている女の子。
なんだかとても愛らしかった。
入れ歯をはずしていると、子どもみたいに見えるのかな。
それともおばあちゃんになると、子どもに近づいていくのか。
母が私の部屋におしゃべりしにきた。
童話のなかで気がついたこと(直した方がいいところ)があったらしいのだけど、忘れてしまったみたい。
母「読めば読むほど、ますます情景が見えてくるだよ。いやあ、おもしろい話だね。お母さん、愉しみだよう。どうやったら読める?」
私「うん。まだまだ完成じゃないから、頑張って書くね。新聞の連載がはじまったら、コピーをしたのを1週間にいっぺん送ろうか」
母「ああ、嬉しい。愉しみにしてるね。ファックスでもいいだよう」
昼ごはんは、磯部巻き、ちらし寿司の残り(母と私)、はんぺんと三つ葉のすまし汁(母と私)、ざる蕎麦(みっちゃん)。
さ、布団を取り込もう。
母の部屋の鏡が曇っていたのが気になっていたので、セキス水で磨いた。
ピカピカになった。
私の部屋の鏡台も磨いた。
この鏡台は、祖母が長年使っていたもの。
私が高校生のとき、部屋にあったのは、この鏡台のような気がする。
だとすると、十代後半から六十歳までの私の遍歴を映してきた鏡なんだ……と、思いながら磨いた。
今の私のことを、どう感じているだろう(鏡が)。
さ、そろそろ帰ろう。
新富士駅までみっちゃんが送ってくれる。
3時11分発の新幹線。
静岡で乗り換え、6時半くらいに神戸に着いた。
帰りの新幹線は自由席だったけど、ちゃんと座れた。
夜ごはんは、豚まん(新神戸駅で買った)、ほうれん草のおひたし(豚まんを蒸したあとに、セイロで蒸した。なたね油、醤油、ひねりごま)、かき卵スープ(豆腐、豆苗)。
窓の夜景が、やけに眩しい。
新聞の連載が4月にはじまったら、童話を切り抜いて、毎日母にファックスで送ってあげるのもいいかもしれない。

●2019年1月2日(火)薄曇り

今朝は富士山は見えない。
三分の二が雲をかぶっている。
朝、なんとなしにひとりになりたくて、わざと寝坊した。
布団のなかで絵本を読んでいた。
ゆうべはみっちゃんも、姉のところの忘年会で遅かったから、まだ寝ている。
8時半に起きた。
寝ているときにはそうでもないのだけど、朝起きると、タンと鼻水がびっくりするほど出る。
塊みたいに濃いのが出る。
きのうもそうだった。
11時過ぎに、みっちゃんと朝ごはん。
パンを焼いて、サラダとコーヒー。
コーヒーは毎朝みっちゃんが淹れてくれる。
お昼が近いので、母も自分の食べたいものをお盆にのせて一緒に食べはじめた。
きのうだったかな、布団を干していたときに、母が買い物に出かける後ろ姿を2階のベランダからたまたま見かけた。
背筋を伸ばし、足取りも軽く、すいすいとけっこうなスピードで歩いていた。
後ろから見たら、70代くらいに見えた。
ひとりでいるときには気が張っているから、案外こんな感じなのかもしれない。
普段は私たちに甘えているのかな。
それとも、歳を意識すると急に気弱になって、おばあちゃんになってしまうのか。
でも、夢中で何かをしていて、気づくと疲れているというのは本当みたい。
私「どういう感じ? 腰や背中は痛い?」
母「ううん。痛いところはない。ただ、すごくかったるいさや。背中から足から、全部が、重たーくなるような感じ」
午後、私の部屋にやってきて、おしゃべりをしたい様子だったので、去年のお正月の日記(「日々ごはん」の)を開いて見せた。
パソコンの画面を見ながら、母は声を上げて読みはじめた。
おもしろいらしく、ちっともやめようとしない。
前屈みの同じ姿勢で、ずっと。
母の集中力には驚いた。
夜ごはんは3人で。
残りもの整理を兼ねたちらし寿司(カニのほぐし身、数の子、しめ鯖、マグロの中落ち、錦糸卵、ゆで三つ葉、青じそ)、ハムの厚切りソテー(出てきた脂で水菜を炒めた)、ほうれん草のおひたし(柚子の絞り汁、醤油、かつお節、海苔)、鶏と大根の煮物(オイスターソース、だし昆布、インスタントの和風だしをほんの少し、生姜、にんにく)。
すし飯を炊飯器のなかで作ったら、べったりとした感じになってしまった。
やっぱり、合わせ酢をご飯に吸わせると同時に湿気を飛ばすには、木の器でないとだめなのかな。
今夜は、「ツタヤ」でみっちゃんが借りてきたDVDを一緒に観るつもりなので、母と先に入ることにした。
入れ歯をはずした母は、湯舟のなかで手を動かしながら、数え歌のように「四季の歌」を歌っていた。
なので、私が先に体を洗った。
「♪春を愛する人は こーころ清き人 すーみれの花のような ぼくの友だち 夏を愛する人は こーころ強き人〜」 
4番まで歌詞を間違えずに歌い終わると、「あ、歌えた」と言って、次は賛美歌。
今度は私が湯舟に浸かる。
母は体を洗いながら、賛美歌を歌っている。
ときどきゴシゴシする手を止め、歌に熱中。
背中を流してあげている間も、まだ歌っている。
私が先に上がろうとしたら、歌いながら、びっくりしたような目でこちらを見上げた。
あの目つき、私はしばらく忘れられないと思う。
小さい子どもみたいな目だった。
もっと、長く入っていてあげればよかったな。
せめて、賛美歌が終わるまで。
31日だっただろうか、私の書きかけの童話を見せたら、母はとても喜び、すぐに声を出して読みはじめた。
「いいねえ、なあみちゃん。情景が浮かぶねえ」なんて言いながら。
場面が変わるところでは、指揮をするみたいに手をひと振りし、声色を変えて。
今夜もまた、もういちど読み返したいというので、ベッドの枕もとに置いておいた。
みっちゃんとDVD鑑賞。
『岸辺の旅』という映画。
湯本香樹美さんの原作だし、主演が浅野忠信と深津絵里だから、なんとなく気になっていた。
湯本さんの物語には、死がよく出てくる。
この世とあの世が入り交じったような、不思議な場面もたくさん出てくる。
それを映像で見せようとすると、どうしてもホラーみたいなタッチになってしまうんだろう。
たぶん、原作の方が私は好きだろうな……という気もしたけれど、おもしろかった。
実家の居間で、みっちゃんとふたりで観ているというシチュエーションも、新鮮だったし。
みっちゃんはウイスキーを呑みながら、芋カリントウをポリポリやっていた。
まだ、起きているみたいだったので、私は先に10時半くらいに布団に入った。
みっちゃんが借りてきていたもう1本の映画は、『しあわせの絵の具』。
この映画も、なんとなく気になっていたもの。
もしかしたらみっちゃんは、私の好きそうなのを選んで借りてきてくれたのかな。
芋カリントウを開けてくれたのも、もちろん自分も食べたかったんだろうけど、ちょっとは私のためもあったかも。
私はまったく食べなかった。
いくらお腹がいっぱいでも、ちょっとくらい食べればよかった。

●2019年1月1日(火)晴れ

あけまして、おめでとうございます。
7時半に起きて1階に下りたら、みっちゃんが居間でシュラフに包まって寝ていた。
フードをかぶっていたから、最初、誰だか分からなかった。
なんか寒そう。
床に当たって背中も痛いだろうに。
みっちゃんの部屋には、ヒロキ(みっちゃんの長男)と娘のユリが泊まっていたらしい。
自分の部屋なんだし、広いんだから、3人で寝たらよかったのに。
私はゆうべ、9時過ぎにはお風呂に入り、先に寝てしまったので知らなかった。
おととしの大晦日には、ヒロキの家族は来られなかったのだけど、今年は奥さんのヒロミさんと、娘ふたりを連れてきた。
私は、長女のユリに『どもるどだっく』をプレゼントしようと思って、神戸から持ってきていた。
あげたらすぐに読みはじめた。
とつとつと、読む。
平仮名がほとんど読める。
ユリは今年の4月から小学生なのだそう。
今朝も、『どもるどだっく』を胸に抱え、私の方を見てにやにやしたり、開いてみたりしている。
パジャマの上にピンクのジャンパーを着て、胸に絵本を抱えている姿が、たまらなく可愛らしい。
ユリは髪が真っ黒のおかっぱで、目つきが表紙の子に似ている。
下の娘のサキ(3歳)は、自分の思いのままにのしのし歩く、図太い子。
『たべたあい』の女の子に似ていたな。
きのうの会では、ミホ(みっちゃんの次女)が作ってくれたごちそうの数々がとってもおいしかった。
仕込んだものをタッパーに入れ、器や調味料、オーブンまで持参して、ケイタリングみたいなことをしてくれた。
お腹が大きいのに(3月に生まれるのだそう)、何日も前から少しずつ支度をしていたらしい。
メニューは、なます(柚子の香りがした)、鯛の昆布じめ、ごぼうの肉巻き、カニの甲羅焼き(カニ味噌を甲羅に入れ、殻から出した身をきれいに並べて重ねたものを、グリルで香ばしく焼いていた)、サザエのつぼ焼き、ブリカマ焼き、ゆでたカニ、牛スジ大根煮(青ねぎ)、ほうれん草のおひたし、ピザ(マヨネーズ、ケチャップ、トマト、玉ねぎ、ピーマン、チーズ、生地もミホが練ったもの)、年越し蕎麦。
ヒロキは薫製卵や、珍しい漬け物をいろいろ持ってきてくれた。
私が作っておいたのは、おでん(大根、ゆで卵、厚揚げ、さつま揚げ、ちくわ、牛スジ)だけ。
私はミホや母に風邪をうつしたくなくて、マスクをしたままずっと洗い物ばかりしていた。
みっちゃんを中心に、男連中が呑んでいる食卓に、ミホが盛りつけたつまみを次々運んだり。
ビールを1杯呑んだら、もういい気分になってしまったので、あとは孫たち(みっちゃんの)やテツ(ミホが飼っている柴犬)と遊んでいた。
リカと紳之介君は、ずいぶん遅れて来た。
私は咳がゴホゴホなので、顔だけ見て、お風呂に入って先に寝た。
今朝は、朝ごはんを軽く食べ、元旦のごちそうはお昼に。
あまりに何もないので、「西友(すぐ向かいにある)」に買い物に行った。
甘エビお刺身、しめ鯖、数の子(きのうのうちに、私が仕込んでおいた)、ハムと野菜の盛り合わせ(白菜の塩もみ、きゅうり、ホワイトアスパラ、玉ねぎドレッシング、マヨネーズ)、お雑煮(ほうれん草、かつお節、海苔、大根と里いもは母が下煮をしておいてくれた)。
私があと片づけをしている間、みっちゃんと母は年賀状の返事を書いていた。
無言でやっていた。
ふたりとも、ものすごい集中していた。
私は2階の自分の部屋で、こうして日記を書いたり、書きかけの童話を読み直したり。
姉がお赤飯と自家製たくあん、畑でとれたブロッコリーを届けにきてくれた。
しばしおしゃべり。
姉の家では、夕方から新年会がある。
みっちゃんだけ出かけた。
夜ごはんは、母とふたりで5時ごろに。
おでん(ゆうべの残りにハンペンを加えた)、甘エビお刺身、しめ鯖、ほうれん草のおひたし(柚子、醤油、鰹節、のり)、大根おろし(ちりめんじゃこ)、お赤飯。
母は、よく食べる。
私もお腹いっぱい食べた。
私が洗い物をしている間、母は床に足を投げ出し、お風呂前のいつものヨガをやっている。
冷蔵庫に手をついて、背筋を鍛えるような体操もしていた。
来年90歳になるおばあちゃんとは思えないような動き。
でも、ちょっと動くとすぐに疲れるらしい。
「ああ、かったるい」が口癖になっている。
私も早めにお風呂に入り、布団のなかで本を読もう。
この読書タイムが、今回の帰省の何よりもの愉しみ。
『おわりの雪』が、たまらなくよかった。
今の私が、いちばん好きな本。
この感動をいつか何かに書けたらいいな。
もう何年も前に読んでいて、そのころにも大好きだったのだけど、出会い直した感じがする。
2005年の刊行のを買っているから、46歳くらいのときに読んだのだ。
「パルコ」の地下にあった本屋さんで買ったときのこと、どの辺りに平積みにされていたかも、よく覚えている。
本との出会いは、人に出会うのにも似ているかも。

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