2010年     めにうへ

●2010年8月29日(日)快晴

終わった〜!
「ヨムヨム」はきのう、「ふとんシネマ」もさっき書き上がって、お送りした。
これで、夏休みの宿題がぜんぶ終わった。
背中にかついでいた荷物を、ようやくすべて下ろしたような感じ。この達成感&開放感は、なってみないと分からない。本当にひさしぶりかも。
ぶらっと出掛けたいような気分だったが、あちこち掃除をしはじめたら、こっちの方が楽しくなってしまう。
台所を磨き、ずっと気になっていた窓拭きもやった。
明日は、名古屋のビエンナーレを終えたシマブクさんが、奥さんを連れて遊びにくるし。川原さんにもひさしぶりに会えるので。
今、こうしてキーボードを打ちながら眺めていると、窓が大きくなったように見える。外の緑もくっきりし、こちらに飛び出してくるよう。
もしかしたら私は、「真夜中」の時からずっと、窓の景色を見る余裕もなく、あるいは曇った窓のぼんやりした景色のまま、せまーい視野でもって自分の中だけに潜り込み、書き物に没頭していたのかも。
夕方、洗濯物をとり込む時、涼しい風が吹きぬけた。あちこち、黄色っぽい光に被われている。
ゆうべも、風呂上がりに窓を開けたら、虫の声が聞こえた。
毎日、暑い暑いとクーラーばかりつけていたけれど、もう確実に、秋へと近づいているのだな。
夜ごはんは、和風カレー(塩豚、大根、人参、ゴーヤ)、五目ひじき煮、春雨サラダ(ピーマン、ハム、玉ねぎ、人参)、サニーレタスと青じその和風サラダ(ポン酢とごま油をかけて、軽くもんだ)、ゴーヤの松前漬け(三ちゃんのお母さんが作った)。

●2010年8月22日(日)快晴

朝から「真夜中」。
きのう、もうほとんど仕上がったような気がして、図書館へ推敲をやりに行ったのだけど、今朝、新しい頭で読み直してみたら、まだまだだったので。
とちゅう、プリンターの調子が悪くなり、スイセイの部屋へ行くと、「みいよう、追い詰められたみたいな顔になっとるで。風呂でも入って休憩せんにゃあ」と言われる。でも、もう少しなのでがんばる。
2時半くらいに書き上がった。風呂から上がって寝そべっていたら、スイセイからOKが出た。
よっしゃあ! 明日の締め切りに間に合った。
夕方から、経堂でやっているイベントへ、スイセイについてゆく。オオヤコーヒーという、出張コーヒー屋さんが出ているらしい。

●2010年8月15日(日)晴れ、真夏日

明日からまた山の家へ行くので、早起きのクセをつけようと思って7時半に起きた。
洗濯物を干しながら空を仰ぐと、ひさしぶりの青空。このところしばらく曇りや雨が続いていたけど、ようやく真夏らしい空が戻ってきた。今日もまた、暑くなりそうだなあ。
朝ごはんの前に、「真夜中」の続きをやり始めよう。
書けない日も、とにかくパソコンの前へ座って、夏休みの宿題のようにして書いてきた「真夜中」の作文。
子供のころのことを思い出しながらやっているのだけど、少しでも書けると、そこからずんずん景色が蘇り、バーッとそれを打ち込んでいると、連鎖反応のようにまた細かいところまで思い出す。
まるで、土を少しずつ手の平でどけていったら、形を持った何かが顔を出し、さらにじわじわと姿を表してゆくのがおもしろく、どんどん土を払ってしまうような。
この10日くらいかかって、ようやく形になってきた。今日ももう少しやって、続きは山の家へ持っていって、書いてみようという計画だ。
「今日も何かのピークじゃと思う」と言って、スイセイが何度も冷蔵庫のお茶やアイスをとりに来た。私も、頭のまわりはポーッとして空気が止まったようになっているのだけど、中はけっこう冴えている。夢中になってずっと座っていたせいで、お尻が痛くなるほど。
さあ、そろそろ明日の支度をして、『ハイジ』、『まる子』、『サザエさん』だ。
そういえば今日は、終戦記念日だ。このところ、戦争にまつわるテレビを毎晩やっていて、スイセイと一緒によく見ている。とくに、おとついやった、第二次世界大戦中の古い映像に最新技術で色をのせ、カラーにした番組がとてもよかった。
思わず、テレビの前にかしこまって、身をのり出して見た。なんだか、ものすごくありがたいような映像だった。
夜ごはんは、ステーキチャーハン(牛ももの脂が少ないところをサイコロに切って、おろしにんにく、酒、しょうゆをまぶしておいた。ごま油、バター、万能ねぎ、炒りごま)、薬味おろし(大根おろし、みょうが、青じそ)、サラダ(レタス、ピーマン、人参)、しじみの赤だし。

●2010年8月8日(土)快晴

今日もまたよく晴れ渡って、洗濯ものがよく乾きそう。風が、部屋の中をサワサワと吹き抜けてゆく。
山の家でひいた風邪は、ようやく完治した。
今回はお医者へも行かず、薬も飲まずに自力で治した。熱が出たのも久しぶりだった。
今数えてみたら、10日くらいかかったけど、風邪が治り切らないきのうまでの間、咳をしながらもいろいろ楽しいことがあった。でも、とりあえずぜんぶ終わってしまったなあ。風邪と共に去りぬだ。
「キチム」でのスカンク兄弟のライブでカレー作りを手伝い、郁子ちゃんたちとごはんを食べ、「ニチニチ」でのクウクウマスターの還暦パーティー。きのうは、『日々ごはん12』のサインをしにアノニマスタジオへジープで連れていってもらった。
いろいろ終わったので、今日はひとりぽっちりとし、刷り上がってきた『日々ごはん12』を読んだりしている。風に吹かれながら。スイセイも出かけているから、やけに部屋がスースーしている。
さーて、でも、そろそろ「真夜中」の作文の続きにとりかからねば。
なんとなしに私は、今まで腹の底の方でゆらゆらしていた芯棒が、ぼってりと固まったような感じがある。芯の地盤というか。
「薬を飲まずに風邪を治すと、毒出しされて、前よりも元気になるよ」と川原さんが前に言っていた。治りかけのころには分からなかったけど、もしかしてこれのことだろうか。
今夜はJウェイブで8時から、前にシマブクさんと対談したラジオが流れるので、早めに風呂へ入ってしまおう。
夜ごはんは、しらすおろし、焼き鳥(きのうドライブの帰りに買った残り)、そうめんの冷麺風(つる紫、キムチ、温泉卵)。
ラジオは、なんだかおもしろいことになっていた。私は最初からぶっ飛んでいて、馬鹿の人みたいであった。やっぱり、料理界のジミーちゃんなのだなと自分でも思った。

●2010年7月24日(金)快晴

きのうから山の家へ来ている。
今朝は、5時前に起きてしまった。スイセイはもっと前から起きていた様子。
お腹が空いたそうで、まだ青暗い窓辺に座って、ゆうべの枝豆を食べていた。
だんだんに明るくなってきたので、私も起きる。外の水道で歯を磨いたり、顔を洗ったり。
スイセイは、お湯を沸かし、インスタントラーメンを作っている。
ひと口もらってみると、ものすごくおいしい。いつも食べているサッポ ロ一番みそラーメンじゃない味がする。
コーヒーを飲みながら、私はこれを書いています。
今回はじめてなのだけど、パソコンを持ってきて正解だったな。思いついたことを、そのつどメモのようにしてどんどん打ち込んでおいている。その感じが、脳みそでない体の作業のような感じで、山の家の空気にピッタリくる。
さーて、今日は何をしよう。まずは洗濯かな。
今、「みいよう、ちょっと見てくれんかのう」と外から声がして行ってみると、門のところに生えていた頑固なススキを、根こそぎひっこぬいてあった。
ススキは根深くて、ちょっとやそっとでは抜けない。どうやって抜いたかというと、ロープを巻き付け、機械でグルグル回して抜いたらしい。
この機械は、滑車みたいになっていて、少しの力で重たいものでも運べるものらしい。スイセイは、その力を使って運ぶのではなく、ひっこ抜いた。
今朝は、裏山の通り道の竹やぶの片づけで、7時から出かけるそう。蚊よけの網ズボンを履いて、ガーデニング用のポケットがたくさんついたエプロン(100円ショップの)を巻き、さらに植木屋さんがするようなベルトにポケットがついたのをはめて準備している。ポケットには、ノコギリ、植木バサミ、水などが入っているらしい。
私は、洗濯物を干し終わったら、仏壇がある部屋の掃除をし、納屋から網戸を出して拭いて、はめた。網戸を拭いている時、力まかせにやったので網戸をやぶいてしまう。
「そういうの、いやじゃのう。みいはのう、工作の方面から見るとけっこう乱暴なんよ」とスイセイに怒られる。
夕方6時くらいにみっちゃんが来た。
仕事を終えて、御殿場から車で来た。陽が沈まないうちに3人で温泉(今は工事中なんで普通のお湯だけど)にゆく。
帰ってすぐ、月を眺めながら、蚊に刺されながらビールふと下を見ると、梅干しと太いきゅうりが3本、軒下に置いてあるのをみつけた。
ほとんど同時に、元組長のUさんがやって来て、「出かけてるようらったから、置いといたさや。こないだ、あんたらが帰ってから、梅をもいで漬けといたさや。あんた、梅をもいでかなかっただら?。え、もいだ?。だけんどうーんとちいとだら。私のもこんなちいとで悪いけんどさ、もう土用干しもしてあるだから、東京へ持っていきな」。
梅干しはぜんぜんちいとなんかではない。味付け海苔の大きなビンに、2/3ほども詰まっていた。
早朝/(ス)枝豆、サッポロ一番味噌ラーメン(煮卵入り)。
朝/おにぎり(梅干し、きのうの残り)、インスタントみそ汁。
昼/茄子ときゅうり(畑のおばあちゃんにもらった)とみょうがの塩もみ(しょうが入り)、ざるそば。
夜/ゆでとうもろこし、焼豚&牛タンスモーク(みっちゃんのお土産)、枝豆(ゆうべの残り)、きゅうり(みそ)、茄子のしょうが炒め、ピーマン炒め(焼豚の脂身で)、味つけ卵。

●2010年7月18日(日)快晴

気持ちよく晴れている。
朝ごはんにソーミンチャンプル(たらこ、ニラ、万能ねぎ入り)を作ってみた。パンばかりだと飽きてしまうので。
スイセイも私も、このところ食欲が落ちていて、ふたりで3束で十分だった。
食べながら、窓の外は水色の空。ハケで描いたような雲は、秋空みたいだけど、きっと空気が乾燥しているのだ。クルクル君もよく回っている。
ゆうべは、夜ごはんを食べ終わって、図書館のところの盆踊りにフラッと行ってみた。
けっこう賑わっていて、焼きそばや焼き鳥、金魚すくいなんかの出店も出ていた。
東京音頭、どらえもん音頭、炭坑節が何度もくり返しかかり、子供ら順番に叩く太鼓に合わせ、近所の人たちが二重の輪になって踊っていた。
ゆかたを着た若い女の子やおばちゃんたちはもちろん、普段着の人たちや、おじさんもけっこういた。
うちの街の天使たち(近所の福祉施設で働いている)や、労働者風の兄ちゃんふたり組みや、中学生男子5人組みも混じっていた。
みんなくったくがなく、人の目とか誰も気にしてないみたいだった。ただただ、同じ音楽に合わせて、みんなで踊るのが楽しいという感じ。ヘタな人も上手な人も。
盆踊りって、そういうところが大昔から変わらないような気がした。もしかしたら、神さま事や収穫のお祝なんかが、庶民の暮らしに当たり前に息づいていた太古の昔から。ずっとずっと…。
明るい電気に照らされ、やぐらの周りをまわってゆく人たちのことを、ラムネを飲みながらスイセイと見ていたら、ちょっとジーンとした。
さて今日は、3時から整体へ行き、帰ったら『ハイジ』『まる子』『サザエさん』を見る予定。
夜ごはんは、ゴーヤカレー、キャベツとにんじんのサラダ、白いご飯。

●2010年7月11日(日)曇りのち雨

今朝は8時半に起きた。
このところ、7時半くらいに起きるのが続いていたから、ちょっと寝坊。
布団を干して、洗濯機を回しながらばななさんの『王国その4』をずっと読んでいる。
きのうは、『その1』から『その3』を一気に読み倒し、寝る前の布団の中で『その4』を読みはじめ、もったいないからすぐに読むのをやめた。
きのうもまったく仕事をやらなかったけれど、今日もまた、ぐっと読み耽るつもり。桑の葉入りの「ふるさと万年茶」をすすりながら。
3時過ぎに読み終わった。
ハーーッと、爽やかなため息がひとつ出た。
なんだか、深く楽しく長い旅から帰ってきたよう。国境も年代も、人格さえも超えて。
読み終えてすぐ、胸の中のこの空気を保存したまま、「ふとんシネマ」を書きはじめる。
コンビニに買い物にいっていたスイセイが、不二屋の「ネクターサワー」と「ほろよい白いサワー」というのを買ってきてくれた。
「今、正にこういうのが飲みたかった! 何で分かったの?」と聞くと、2本ともクジで当たったのだそう。
夜ごはんは、ゴーヤチャンプル、油揚げの煮物、冷やしトマト、モロヘイヤとみょうがのおひたし、広島菜、白いご飯(スイ)、玄米(私)。
夜ごはんを食べ終わり、散歩がてらスイセイと選挙へ。

*お知らせ

「キチム」についての日記を都合によりアップするのを控えていましたが、諸般の事情が整いましたのでこのたび改めて過去にさかのぼって以下の日にちを付け加えることにしました。
よろしくお願いします。ふくう食堂ボイラー室

●2010年5月9日(日)
●2010年5月8日(土)
●2010年5月7日(金)
●2010年4月28日(水)
●2010年4月25日(日)
●2010年4月24日(土)
●2010年4月7日(水)
●2010年3月31日(水)

●2010年6月28日(月)曇り、いち時晴れ

ヒヨドリの声が、今朝は「いいよ、いいよ」と聞こえた。「ピーヨピーヨ、ピーヨピーヨ」。
スイセイは、冷たいみそ汁のぶっかけご飯を食べて車検へ。
私は、きのうから書き始めた「ふとんシネマ」の続きをやる。
書くのをずっと忘れていたが、山の家の梅干しは、ぶじに白梅酢が上がってきた。まだ青かったし、傷があるのはよけておいたけど、茶色い斑点がついているのもあったから、だいじょうぶかな?と思っていた。
ちょっと時間がかかったけど、1週間くらいで白梅酢が上がって、きのう赤じそをもんで加えた。今朝見たら、ぶじに赤梅酢に浸っている。
山の家の梅干し、どんな味だろう。土用干しが楽しみだな。
夜ごはんは、焼き餃子、揚げ夏野菜(りうのカボチャ、三ちゃんの賀茂ナス、ジャンボピーマン、いんげん)の黒酢マリネ、人参の塩もみ。
餃子をたくさん食べられるように、ご飯は炊かなかった。具を少なめに包んだので、ふたりで40個くらい食べた。

●2010年6月27日(日)明るい曇り

きのうは、松浦さんとの対談のあと、ひと仕事をして「キチム」へ行った。
おおはた雄一さんのライブに、自転車でスイーッと出かけられるなんて、ぜいたくだなあと思いながら。
奈々ちゃんによると、お客さんは70人ちょっと集まったそう。ほとんどが立ち見席なのだけど、床に座って足を投げ出している女の子もいた。みんな自由に音楽を聴いていて、とてもいい雰囲気だった。
休憩中には、カフェ「Localite」の飲み物や、ビールやワインを片手に、奥の「STONE」の展示を眺めたり(今、『日々ごはん11』の絵を描いてくれたリーダーが、イラストとカバン展をやっている。6月30日までだそうです)、食堂「ウラニワ」の軽食を食べたり。
「ウラニワ」のごはんは、ひよこ豆といんげん豆のキーマカレー(黒米ご飯)とか、牛スジ煮込み丼とか。あと、アボガドディップやソーセージの盛り合わせなんかもあった。隣でカレーとアボガドディップを食べていた女の子たちが、「うまっ!」と2回言った。
出てくる前にカレーをかっこんできてしまった私は、とても後悔したけど、サングリアもフルーティーでおいしかったなあ。
「キチム」は、広くもなく狭くもなく、そこに集まっている人たち同士が、あたたかい空気を作り出していた。灯りもやわらかくて、「sunui」の手作りグッズが飾られている壁が、舞台美術みたいに見えた。
おおはたさんが「水門」を歌っている時、一瞬デジャブーのようになった。
私は、「STONE」のスペースのいちばん後ろのベンチに腰かけて聴いていた。
ここは、もう「クウクウ」ではないことは、頭でも体でも、よーく理解している。なのに、強烈にどこかが変わらずにあるような気がした。それはいったい何なんだろう。
「水門」がいつ頃できた歌なのかは知らないけれど、もしかしたら友部正人さんが、ずっと前にこの場所で歌ったことがあるかもしれない。15年以上前に、その歌声を私は厨房で聴いていたかもしれない。
オレンジ色がかったレンガの床は、私たちの「クウクウ」時代からそこにあり、今その上に立って体を揺らしている若者たちは、その頃にはきっと小学生だった。
もしかすると、その中のひとりかふたりくらいは、親に連れられて「クウクウ」へ来て、この床を踏んだことがあるかもしれない。
おおはたさんは、渡さんの歌も何曲か歌っていた。私はなんだかニヤニヤしてきた。
歌い継ぐとか、ひき継ぐとか、くり返すとか、そういうことの中に、「変わらない何か」があるのかな。
時間も場所も人も超えた何か。そこにはいつも、「好き」という気持ちだけが必ず混じっているような気がする。
郁子ちゃんはツアーのまっ最中だけど、とちゅうで郁子ちゃんが飛び出してきて、おおはたさんとハモッたりするような気がしてならなかった。
きっといつか、「キチム」ではそんなこともあるんだろうな。
今日から「ふとんシネマ」の原稿書き。4時ごろ、ひさしぶりに散歩にいった。
夜ごはんは、蒸し鶏のパリパリ焼き(レタスをしいて甘酢ダレをかけた)、きんぴら、小松菜の煮びたし、キムチ、玉ねぎとワカメのみそ汁、白いご飯(スイ)、黒米入り玄米(私)。

●2010年6月18日(金)曇りのち雨

7時に起きてしまった。 今日はラジオの収録で、島袋さんがいらっしゃる。 きのう、電話でラジオのディレクターさんと話していて分かったのだけど、島袋さんというのはシマブクさんと読むのだそう。
熊谷さんも、立花くんも、シマブクさんと呼んでいて、私もそう呼びたかったけど、初対面だからとがまんしていた。そうか、今日お会いしたら、シマブクさんて呼んでもいいんだな。
シマブクさんは美術家の方だけど、ベルリンで干物を作っているという記事を、前に「暮らしの手帖」で読んだ。
それで、私もそのページ見ながら干物を作ってみたのだった。うちのスーパーに、たたき用の新鮮な鰺が売っていたので。
ちょっと「暮らしの手帖」の中から、シマブクさんの干物の作り方についての文章を、ここに書き写してみます。
「魚を卸して、海水よりもちょっと辛いかなぁと思うくらいの塩水につけて、30分から1時間。水気を切り、ザルでも洗濯干しでも、魚を並べるかはさんで吊るすかして、半日。天候や干物の乾き具合によっては、次の日の朝まで。時々風や太陽、夜空の星を眺めて、雨が降らないことを確かめて」。
「干しているうちに、カラカラになりすぎないように。表面が乾いて身が透き通ってきたら、できあがり。今日の風なら何時間くらいかな、とか、寝るまでに上げようか、朝まで干そうか、というように自然と対話しながらつくります」。
干物は本当においしくて、2回やってみたけど2回とも味がまったく違ったので、ほおーっと感心していた。
いちおう、図書館でも干物の本を借りてみたのだけど、けっきょくシマブクさんの記事がいちばん分かりやすかった。
レシピというのは、こういうものなんだなって思った。
2回目は雨が降ったので、洗面所の窓を開けて、洗濯機の上に吊るしたりしていた。雨の日の干物は、しっとりと水けがあって、ほわほわと繊維のようにほぐれた。
そして、それから3日後くらいに、ラジオの方から電話がかかってきて、シマブクさんとの対談のお話をいただいた。鰺の干物がつないでくれたご縁だ。
11時半に、皆さんがいらっしゃって収録が始まる。
さーて、どうなることやら。

対談は、ものすごく楽しかった。
その様子は、こんど8月にJ-WANEの番組で流れる予定なので、ここには書かないことにします(詳しい情報は、近くなったら「ちかごろの」に載せます)。
シマブクさんはすごくおもしろい方で、話し声が穏やかだった。
いっしょにいるといろんな話を聞きたくなり、自分も話したいことがどんどん湧いてきて、もどかしいような感じになった。
楽しい時間はアッという間に過ぎてしまうし。
雨の中、シマブクさんと川原さんをお送りしてから、スイセイとビールを買いにいってふたり宴会となり、最後には喧嘩にもなって、8時くらいにパタンと寝てしまった。
なので、夜ごはんはなし。
私は、楽しくて楽しくて、子供みたいに興奮していたのだと思う。

●2010年6月6日(日)晴れ

今朝はムクドリの声がしない。
群れごとどこかへ飛んでいったのだろうか。
どういうわけできのうはあんなにうちの前の木に集まっていたのか、ムクドリに聞いてみたい。
朝ごはんを食べながら、山の家へいつから出かけるかについてなど、スイセイと話す。
早起きして、おにぎりを持って、ドライブ中の窓からの景色のことなど考えるだけでワクワクしてくる。
「ヨムヨム」の校正を仕上げてお送りし、4時から整体へ。
今日は、パソコンでの正しい姿勢のことを教わった。今も、その姿勢を作って気にしながらこれを書いている。
夜ごはんは、冷や奴、長崎チャンポン(福岡のスーパーで買ったチャンポン麺、海老、いか、キャベツ、椎茸、もやし、うずらの卵)。
夜ごはんを食べながら、『ゆれる』を見始める。
食べ終わって、本格的に畳の部屋で見た。
ものすごくおもしろかった。見ている間からそうだったけど、つり橋の上を歩いているような、足元がおぼつかないような不安定な感覚がずっと体の底にあって、見終わってもまだそれが残っていた。長い間船に揺られて、地面に降り立った時みたいな感じ。
私は、「ゆれる」を体現してしまったのだな。監督さんはそういうふうにこの映画を作ったんだな、と思った。

●2010年6月5日(土)晴れのち天気雨

ゆうべは、夜中に雨がしとしと降っていた。
どうして知っているかというと、よく眠れなかったから。
体のあちこちが熱を持ったようになって、狂おしいくらいに重たい眠りに誘われる意識と、寝苦しくて目が覚めてしまう体とのバトルのようだった。
きのう整体へ行ったせいで、体がびっくりしているのだ。夜中に熱を計ってみたら、6度9分あった。
朝起きてからは、熱っぽさもひいてずいぶん調子がいい。背中が軽く、首もグーンとよく曲がる。
さーて、そろそろ仕事に入ろう。
そういえば、明け方からずいぶん鳥の声がしていた。ギリギリとかガリガリとかいう声。
今も、仕事部屋の目の前の木にいっぱいとまっている。どうやらムクドリの群れみたい。
鳴き声とか、緑がムンムンしている様子とか、まるで密林のよう。
しばらく部屋でゲラ校正をやっていたのだけど、ムクドリたちがあまりに騒がしいので、図書館の机でやってきた。
はじめは向かいに座り合わせたおじさんのことや、途中から座ってきた男の子が鼻をすする音が気になっていたのだけど、すぐ集中に突入。
場所と空気がかわると、ちょっと遠くから自分の書いたものを読むことができる。
とちゅう、肩や首を回したりしながら、閉館の音楽が流れてもまだやっていた。
夜ごはんの支度をしていたら、天気雨が降った。
空は薄い水色で、綿をひきちぎったような薄い雲が広がっている。ところどころ、濃い水色のところもある。
このごろは、6時半を過ぎてもまだ明るいのだな。本当に日が長くなったものだ。
薄暗くなって、ようやくムクドリの声がしなくなった。
今日はムクドリではじまり、ムクドリで終わった日だったな。
夜ごはんは、ホッケの干物、厚揚げと絹さやの炒め煮(酒、だし汁、醤油のみで甘くしなかった)、ゴーヤとみょうがと青じその梅種醤油和え、みそ汁(豆腐、わかめ)、浅漬けたくわん、白いご飯(スイ)、黒米入り玄米(私)。

●2010年5月29日(土)晴れ

8時に起きた。
ゆうべは、あんまり眠れなかったけど、旅先ではいつものことなのでよしとする。
なんとなく、ケンタロウ君の夢をみたような気がするなあ。
きのうは、昼前に福岡に着いて、能古島へ下見にいった。
帰りに、船着き場のところにある「ノコニコカフェ」へ寄った。
お店をやっているご夫婦は、ふつうの挨拶をしながら顔を見ているだけなのに、こっちの体の中に、そよそよといい風が吹いてくるようなふたりだった。
声も、顔もいい。スーッとひき込まれてしまう。
港の方へ向いた小さなコンロの前で、だんなさんがおいしそうなものを焼いている。薄焼きパンみたいなもの?。
カウンターに座って、窓(というか入り口。上から下まで、横もぜんぶ開いている)から見える景色を眺めなら、このままここにずっといたいなあ、と思った。
昔からそこにあったような、茶色っぽい小さな建物(木の壁に看板がある)が曲り角に建っていて、ゆるやかな坂道が港まで続いている。
「ノコニコカフェ」は、道がゆるくカーブしたところにあるので、そういう全部が見渡せる。
建物は低く、海も下の方に少しのぞいていて、空がでっかい。
ああここで、だんだんに沈みゆく夕陽を眺めながら、海からの風を受けてゆらゆらしていたいなあ。
ちびちびとビールを飲みたいなあ。
能古島の夏ミカンを絞った生ジュースと順ぐりに。
大きいコップをもらって、ジュースで割って飲んでもいいな。
あの、薄焼きパンのサンドみたいなのも食べてみたい。
流れている音楽も、聞いたことがないのに、とても好きな感じだった。
なんだか、ここにあるいろいろなことにものすごくぴったりな音楽で、自然と体が揺れてしまう。なんか、顔がゆるんでニヤニヤしてしまうような。
ふと川原さんの方を見ると、やっぱりニヤニヤしていた。
きのうは、もっともっといろんなことがあったのだけど、書こうとすると、胸がつまるようになってしまうので、ぜんぜん書き切れない。
帰りのフエリーも、小学生の下校時間に重なったのがよかった。
立ったまま図書館の本(『ギリシャ神話』だった)を読んでいる子、ペットボトルに海の水とゲンゴロウみたいな生き物を入れて、中を覗き込んでいるグループ。
船が進むゴーゴーゆう音に負けないくらい、子どもらの元気な話し声でいっぱいで。
夕方に近づいてゆく海の感じとか、船着き場に着いた時のホッとした感じとか、わずか10分間の乗船なんだけど、長野君の「シマノホホエミ」の本の中にいるみたいだった。
「立体シマノホホエミだねえ。現実シマノホホエミっていうかさあ…」などと、川原さんと言い合った。
その長野君とも、これから会えると思うと、またニヤニヤしてしまう。
川原さんは船から降りる時、「わー、このかばんかわいいですねえ」なんて、小学生の女の子にほめられていた。
というわけで、これからカレー作りに出発だ。
まず、業務用のスーパーで野菜類の仕入れをし、いざ「トレネ」へ。厨房を借していただけるので。
ゆうべの夜ごはんは鶏鍋だった。
鶏のだんご(小さい)や、鶏肉のいろんな部位、いろんなキモが半透明の白っぽいスープで煮てあって、まずスープを湯のみで飲み、鶏を食べ、それから野菜その他(白菜、にんじん、ねぎ、えのき、豆腐、マロニー)へと進んだ。
スープも何もかも、コクがあって「うーん」と唸りながら食べた。とにかく、鶏が新鮮なのだ。
ほかには、鶏皮の酢の物、鶏の空揚げ、鍋のしめのラーメン&雑炊。
福岡の松尾さん(ノコノコロックを企画した人)は、「柚子こしょうをつけてみてください」と、何かを食べようとするたんびにすすめる。
ああ、松尾さんのことももっと書きたい。
向かいに座ったケンタロウ君の食べっぷりがすばらしく、胸がスカッとした。男はこうでなくっちゃ。
ケンタロウ君がおもしろいことばっかり言って、食べっぷりもおもしろかったので、私は観察するようになっていたから、それできっと、夢をみたんだな。

●2010年5月27日(木)晴れときどき曇り

「ふとんシネマ」を書き上げ、お送りする。
これで、ようやく旅行前の仕事がすべて終わった。
風呂から上がって窓をあけると、夜空が蒼い湖のようになっていた。ものすごく晴れているのだ。夜なのに。
湖の中には、青黄色に光る丸い月。
明日から、いよいよ福岡だ。
能古島というところへ、スカンク兄弟の応援団として、ノコノコロックのカレーを作りに行く。目標200皿!。
川原さんもいっしょ。
湖のようなあの空を飛んで、明日の12時には、もう福岡に着いているなんて。夢のように不思議だ。
夜ごはんは、小松菜のオリーブオイル炒め、鶏もも骨つき肉のウィーン風フライ、ちくわと干し椎茸の煮物(ゆうべの)、黒米入り玄米(私)、白いご飯(スイ)、大根と青じそのみそ汁(ゆうべの)。
鶏もも骨つき肉のウィーン風フライは試作だったので、へんてこな献立になった。

●2010年5月23日(日)雨

今日が雨とはまったく思わず、ゆうべから干物を作りはじめてしまった。
きのう、スーパーで刺し身用の大きな鰺をみつけたので。
でも、寝ている間に部屋の中でもずいぶん乾いたし、起きてすぐ、窓を開けてカーテンレールのところに干したり、風呂場の窓の近くに干したりしている。
今、見に行ったら、表面がずいぶん透明になってきている。
雨の日の干物はどんなだろう。今夜焼いて食べるのが楽しみだ。
来週の金曜日から旅行に出るので、それまでにやらねばならない仕事を、今日もまたチクチクとひとつずつやってゆこう。
あとで、きのう買った小梅も漬ける予定。
そういえば大家さんの杏、今年は様子がおかしい。
梅のような緑色の実がキュッと固いまま枝について、葉っぱもずいぶん枯れている。
ちょっと前、葉っぱに白っぽい卵みたいな虫がついていたし、もしかしたら今年のめちゃくちゃな天気のせいもあるのだろうか。
夜ごはんは、鰺の干物(自家製)、かぶと油揚げの薄味煮(ゆでたかぶの葉を添えた)、南瓜のポクポク煮、きゅうりのぬか漬け、おにぎり(梅干し)。
雨の日の鰺の干物も、とてもおいしかった。身が細かい繊維のようにほぐれて、ふわふわとやわらかだった。

●2010年5月21日(金)爽やかな晴れ

掃除機をかけ、あちこち雑巾がけ。
雑巾がけの手を休め、窓の緑を見ながら、いろんなことが終わったような気がするなあと、ふと思った。
「真夜中」の作文も書き終わったし。
このところあちこち出かけ、人にも会って、ごはんを食べたり飲んだりして、ずいぶん楽しかったな。
うちにも人が来た。
「クウネル」の打ち合わせもあったし、きのうは高知のナオちゃんとsunuiの恭子ちゃんが泊まった。
楽しいことも、たくさんたまると前へ進めなくなる。
こうやって、たまったものを雑巾で拭いているのは、またこれからはじまる新しいことの準備をしているような気がした。
夜ごはんは、麻棒豆腐(玄米にのっけた)、ゴーヤとみょうがの梅醤油和え、きゅうりのぬか漬け、もずく(おろし生姜)。

●2010年5月12日(水)雨のち晴れ

明るい雨。
うちの前の空き地の大きな水たまりに、波紋がたくさんできている。
新緑の上へ、静かに雨が降り注ぐ様子はジャングルのよう…と思っていたら、雷がひとつ鳴って、ざわざわと風がはじまり、そのうち大降りになった。
きのうから、ようやく「真夜中」のカンヅメがはじまった。
長い糸を通した針で、チクチクと縫い進んでいるような感じ。時々、前に戻ってほどいては、縫い直したりもしているので、スピードはのろいけど。確実に前へ進んでいる。
スイセイはゆうべ、ゴホゴホと咳をしていた。このところ根を詰めて事務仕事をしていたから、風邪をひいたのかも。あとでショウガのシロップを作ってやろう。
夜ごはんは、中華焼そば(ゆうべの八宝菜の残りで)、人参の塩もみ、冷凍シュウマイ。

●2010年5月9日(日)晴れ

穏やかな天気。ジャスミンの甘い匂いでいっぱいだ。
鳥がチュパチュパとよく鳴いている。
「キチム」のお披露目は、ものすごく楽しい会だった。
関係者だけのパーティーだったのだけど、200人以上のお客さんが集まった。
まず、中へ入るのに靴を脱ぐことに驚いた。
ライブは2部構成で、お客さんも2回に分けて入ってもらうようになっていた。だから、フロアーには始終スタッフをのぞいて100人以上の人たちがいるのに、床に座ったら隙間もけっこうあって、ちっとも窮屈でない。
「クウクウ」でライブをやる時は、椅子をあるだけいっぱいに並べても、100人のお客さんがやっとだった。
テーブルもないから、食べ物と飲み物で両手がふさがっていたし、いちど座ってしまったら、なかなか身動きできなくて、トイレだって休憩時間にしか行けなかった。なんか、お客さんたちは皆、かしこまって音楽を聞いていたような気がする。
「キチム」は、とにかく自由だった。
音楽を聞きたい人、食べたい人、トイレの人、煙草を吸いたい人、みんながイルカみたいにスイスイスイスイ。
「Localite」には大テーブルが置かれ、「ウラニワ」の大皿料理がいっぱいに並んでいた。
「クウクウ」チームや三ちゃん、ナッチが作ってきた持ち寄り料理&スイーツも、並べ切れないくらいにあった。
事務所は、預かった荷物を保管するクローク・ルーム。
  奥のギャラリースペースでは、子供や赤ちゃん連れの人たちが、敷物の上でピクニックみたいになっていた。
喫煙部屋もちゃんとあった。ライブ中は音が近所に漏れないよう、ずっと閉め切っていたらしく、煙がモクモクして、なんとなくたまり場みたいになっていて、プッと笑ってしまった。
リーダーは、「クウクウ」時代からホール係のチーフだったのだけど、エプロンのポケットに、メモやらマジックやらハサミやらセロテープやら何でもつっこんで、「では、お客さんを入れますよー!」なんて、みんなを仕切って大活躍していた。
私は、自分が作ってきたちらし寿司を並べたら、しおりちゃんたちにお任せして、さっそく楽しみはじめた。
古本屋の「百年」君とビールを飲みながら、あっちこっちに話が飛び、そしてまた、ちょっと濃くておもしろい話もした。
トイレのついでに誰かが私たちのところへやってきて、そのうちまた誰かがいなくなると、ひさしぶりに会う別の誰かがやってきて、ハグしたりして。
約束もしてないのに、会いたい人にたくさん会えた。
いつもだったら、人がたくさん集まるところに自分がいると、それだけで緊張するのだけど、「キチム」はなんだかぜんぜん違った。
なんでだろう。すごくよく知っている大きな建物に、場所に、場所の人(人間ではない)に、抱かれているような感じがしていた。
そこはもう「クウクウ」なんかではまったくなく、完全に新しいお店だった。ここが「キチム」なんだあ。
  なんか、こんな気がした。
ほんとうは、この場所はずっと前からあって、「クウクウ」マスターが20年前に、お店をはじめようとあちこち自転車でフラフラ探しているうちに、偶然みつけた。
「クウクウ」だった時代、「みな李」だった時代、そしてこんどは「キチム」の時代がはじまる。
場所の体は、ずっと昔からそこにあり続け、これからもずっと変らない。
2部のライブは、川原さんと並んでいちばん前に座った。
郁子ちゃんのピアノのすぐ目の前。ステージなんかなくて、みんなが座っている床の延長。

♪できるだけ むずかしくしないで 伝えたい 
大げさなのは くたびれちゃうよ
ぼくにできるかな? できるかな?
きみにできるかな? かーな?
あの人の髪の毛が ゆれているから
あっちの方から ほら風がふいている
ぼくをさそう風 さそう風
きみをつつむ風
すこしも むずかしいことなんてない
自分に正直で さえ いれば♪

郁子ちゃんの歌がはじまって、歌声を聞いたとたん、涙が吹き出した。
何度も何度も聞いていた曲なのに、そうか、こういう歌だったのかと思った。
そうか。郁子ちゃんが「キチム」でやろうとしていることは、もう、ずっと前から音楽の中ではじまっていたんだな。
歌声も、ピアノも、まるで部屋の中で聞いているみたいだった。
うちのリビングに、みんなが集まっているみたい。
ザックさんのPAは、音がちっとも飛び出してない。何にもしてないみたいになのに、細かな震えまで、スーッと体に染み込んできた。
学校の先生や、家族や、親戚や、クラスの子や、先輩や、職場の上司なんか。子供のころにも若いころにも、「世の中からはみ出さないように」って、みんなが私に教えようとした。「もっと大きな声でハキハキと、自信を持って答えなさい」。
決まりごと、お金、将来のこと、夢のことなんか。でも、本当にそうなの? みんな、体の周りと頭だけで、口の先っぽだけで言ってるだけなんじゃないの?。
この世界は、本当は誰にもなんにも分からなくて、ゆらゆらしてて、あてどのないものなんじゃないの?。
だから、私は自分でみつけることにした。
迷うし、ぐちゃぐちゃだし、情けないし、しつっこいし、どこからどこまでが自分なのかも分からないけど。
私の中にある感受性を、すり切れるまで正直に使うことでしか、この世を確かめることなんてできないから。
「いろんなカセをはずして、みんなで探そう!」
郁子ちゃんはきっと、そんなふうなことを歌っている。
そして、「キチム」でもそれを実現しようとしている。
そんな考えが、酔っぱらった私の体中をグルグルグルグルまわっていた。
それからあとは、タカシ君も加わった。
スチールドラムやパーカッションも入って、どんどん楽しくなっていった。
タカシ君の歌で、「キチム」は広々とした原っぱへ移動した。向こうには海が見え、外国や、宇宙からの風も吹いてきた。
私はケチだったなあ、とつくづく思った。
料理や言葉や本を、自分の中だけでせせこましく作っていて、面と向かって、人になんにもあげてなかったな。
郁子ちゃんたちの音楽のやり方は、いつもお客さんと同じ場所に立っている。お客さんの目の前に体をさらし、吸ったり吐いたり、出したりもらったりしている。
私は今まで、講演とか教室とか、先生と呼ばれそうなことをよけて通って、やらないできた。
でもこれから、ちょっとやってみようかなと思う。ゆっくり、できることからじわじわと。
平らな場所「キチム」を、郁子ちゃんと奈々ちゃんが、せっかく開いてくれたのだから。

てなわけで、お披露目の会で思ったこと、ようやく書けました。
早い夕方、スイセイと散歩がてら買い物に出た。
塀で囲まれた大きなお屋敷があったところに、この間から工事が入っていたのだけど、りっぱな木を何本も残して、子供らが集まる広々とした公園になっていた。
洗濯物をたたみながら、『まる子』と『サザエさん』。
夜ごはんは、中華丼(えび、帆立て、干し椎茸、筍、春キャベツ、にんじん、ピーマン)、キャベツたっぷり餃子(スーパーで、中国人の奥さんが売っていた)。

●2010年5月8日(土)快晴

風もなく、心地よい天気。
これこそが、本来の5月の陽気だろうな。
ゆうべは建物の夢をみた。その建物は、自分のことを「楽器だ」と言った。中に入ったら、その場所の声がそう言った。
古い校舎みたいに大きくて、焼跡で炭になったようにまっ黒な柱や板壁。見た目はまったく違うのだけど、どうやらそこは「キチム」のようだった。
 郁子ちゃんは音楽そのものみたいな人だから、そうか、そういうわけだったのか……と、寝ぼけながら思った。
今日もまた、日記のまとめ。遡って書いている。
これを書いてしまわないと、どうにも前へ進めないので。
夜ごはんは、筍とフキの炊き合わせ、小松菜の煮びたし、塩鮭、ふきの葉の佃煮、筍ご飯。
筍は、ゆうべ蕎麦屋の奥さんにゆでたのをいただいた。
今年は、ずいぶん早い時期からたっぷり筍を食べたけど、これで食べ収めかもしれないな。

●2010年5月7日(金)小雨

11時まで寝てしまった。ようやくぐっすり眠れた。
お昼ごろ強い風が吹いて、どんぐりの木が大きく枝を揺らしていた。雨粒がガラス窓にびっしりついているのを見て、「海の崖の上に建っとる家みたいじゃのう」とスイセイが言っていたけど、午後からはしっとりした雨となった。
まるで、何かを諌めるように降りそぼる、静かな雨。
おとついは、「キチム」のお披露目パーティーだった。
きのうの朝は、いつもの時間に起きたものの、いち日中パーティーの余韻をひきずって、まったく仕事にならなかった。
今日あたりから、ようやくお腹にストンと重しが戻ってきたようなので、また「真夜中」の作文に突入だ。
 ぎりぎりまでやって、早い夕方、散歩がてらリハビリへ。
首を皮ヒモで吊る物理療法をやりながら目をつぶっていたら、うちの療法士さんたちは、みんな話し方がゆっくりなことに気がついた。ああ、だからここへ来ると、こんなに気持ちが緩むのだな。
帰りしな、スイセイとふたりで「キチム」を階段の上から覗いてみた。
玄関の扉が開け放してあって、入り口にマットが敷いてある。
お披露目パーティーの時みたいに、靴を脱いで入るようになっているのかな。
店の中は薄暗いけど、厨房の灯りが床まで届いていた。音楽が小さく流れていて、人の話し声もほんのり届く。
夕方のいい風が通っている感じがした。まだ、本式にはお店は開店してないみたいだけど。
いつもの蕎麦屋に寄って、早めの夜ごはん。
ビール2本をちびちび飲みながら、山芋と生ワサビの海苔巻き、茶わん蒸し(ふたりで1つ)、天ぷら盛り合わせ、ざる蕎麦。
 帰ったら、郁子ちゃんからメールが届いていた。
今はツアーで大分にいて、これから初日のライブが始まるところ。
「キチム」について、もう書いてもいいって郁子ちゃんからゴーが出たから、書きます。
そして、これまでアップするのを控えていた、「キチム」に関わることを書いた日の日記も、改めて載せることにしました。
3月31日から、ぜひ遡ってのぼって読んでいただけたらと思います。
そして、これは私からのお願いです。
この日記を読んで、たくさんの人たちが「キチム」に来てくださることになると思います。
けれど、お店の営業など初めてのこと、ゆっくり、じっくり、味わいながら進めてゆきたいと、郁子ちゃんも奈々ちゃんも願っています。
まわりには民家もあります。いつもの暮らしのお邪魔にならないよう、心を遣っていただけたらと、これは親心のように、思っています。

さて、「キチム」というのは、「クウクウ」跡地にできた、郁子ちゃんと妹の奈々ちゃんの店。というかスペース。
中には、食堂「ウラニワ」、カフェ「Localite」、ギャラリー「STONE」の3つのお店が入っている。
「sunui」の壁では、作家さんたちの作品が売られている。これからリーダーも、手製のカバンなどを売ることになっているらしい。
あと、今はまだできてないけれど、もしかするとマッサージ屋さんも入ることになるらしい。「クウクウ」時代、私たちの休憩所だった部屋に。
そして、私たちが12卓と呼んでいた、少しだけ奥まったところ。6、7人がゆったり腰掛けられるテーブルが柱と壁に囲われて、やけに落ち着く四角いへこみ。
大切なお客さんがいらっしゃると、いつもそこへ通していたその場所は、「キチム」の事務所になった。
 食材やワイン、お酒のストックがいろいろ置かれていた、一年中ほとんど温度が変らない倉庫。ここも、これから何かのための場所になるらしい。
たとえばその部屋の天井に、定点ビデオカメラが設置されていて、1990年の5月から(「クウクウ」がオープンした月)、この20年分のフイルムを巻戻し、早回ししてみたらどうだろう。
そこには31才から45才までの私の姿が、マスターやたびたび移り変わる若いスタッフ、長年変らないスタッフたちに混じって、チョロチョロと行ったり来たりしているだろう。
倉庫はロッカールームでもあったから、私たちは毎日そこで着替えをしていた。
シェフの私が、新入りの男の子を連れ込んで説教していたり、元気のない女の子の背中をさすって励ましたり、たまに厳しいことを言って、誰かを泣かしていたのも写っていることだろう。
 私がひと足先に辞めてからの1年間は、残ったスタッフたちと、相変わらずのマスターの姿が写っている。
そして2003年の暮れに「クウクウ」が閉店し、次に始まった「みな李」の6年間あまり。そこは、サーモンピンクの壁と明るい電気に照らされたキッズルームだったから、たくさんの子供たちの遊ぶ姿が写っているだろう。
「みな李」が閉店した去年の12月から、1月までの間は、電気が消えて真っ暗な画面が続く。
来る日も来る日も、誰も出入りしない、黒い箱のような部屋。
次に写った人影が、郁子ちゃん。
クウクウマスターに連れられて、はじめて足を踏み入れた夜、まるで廃虚のようだと思ったそうだ。
誰にも使われず、見向きもされず、愛されなくなったこの場所から、郁子ちゃんの耳に「た、す、け、てー」と、悲鳴が届いたって。
郁子ちゃんにとって「クウクウ」は、バンドをはじめたばかりのころ、誰かの誕生日やちょっと特別な日にだけ、仲間たちと集まっては、好物の黒ごまスペアリブにかぶりついた場所。
そのうち、タカシ君やクラムボンのライブもやるようになって、入れ代わり立ち代わり、たくさんの人たちが集まった。
明るくて、いつも笑い声が絶えなくて、大勢の人たちがおいしいごはんを食べに、誰かに会うために出入りして、いきいきと動いていたところだったから。
さてそして、定点ビデオカメラのこれからの映像には、3つのお店の新しい仲間たち、このスペースを思うぞんぶんに使って、ライブやイベントなど楽しいことを計画している、郁子ちゃんと奈々ちゃんの姿も写っているだろう。音楽が流れ、歌が聞こえ、お客さんたちの賑やかな笑い声が聞こえてくるだろう。
もちろん、それを応援している私やスイセイ、たくさんの友人たちの姿も。

雨はもう止んだみたい。
窓から、大家さんのジャスミンの花の匂いがしてくる。
「キチム」のお披露目パーティーでのことを、早く書きたいのだけど、まだまだ書き切れないなあ。続きは明日にしようか。

●2010年4月30日(金)晴れ

どんぐりの花、すっかり茶色がかって、きのうの強風で飛ばされたのか、数もずいぶん少なくなった。
あちこち掃除をして、「ふとんシネマ」の校正。
コーヒーをいれて、ぎりぎりまで「真夜中」の作文をやる。
三時からは、共同通信社のインタビュー。『十八番リレー』を紹介してくださるとのこと。
なんと、『いつだってボナペティ!』の書評の仕事でお世話になった記者の方が、インタビュアーとして来てくださった。
メールだけのやりとりだったけど、とても感じがいい方だったので、お名前をしっかり覚えていた。
おかげで、ペラペラとよく喋った。喋りながらも、すごくたくさん写真を撮られていたので、なんとなく落ち着かなくて、さらにああでもないこうでもないと喋ったような気がする。
終わったのは四時四十五分だった。
散歩がてら、遠い方のコンビニまで歩いて、メール便を出しにゆく。とちゅう、農家の無人売り場でブロッコリーと菜花を買った。
夜ごはんは、残りもの整理メニュー。
冷凍してあったチキンライスでドリア。ブロッコリーとキャベツをゆでてホワイトソースで和え、チーズをのせてオーブンで焼いた。あとは、おとついの残りのハンバーグ。
風呂から上がって、だらだらとテレビを見てくつろぐ。
ふー。今日は喋りすぎて、ちょっとくたびれた。じつはインタビューって苦手だったんだ。
ひとつのことを聞かれて答えていると、言いたいことが数珠つなぎに頭の中に発生してくる。それを片っ端から話さないと気がすまなくなって、自分の内面にもぐって言葉を探しにゆく。正確に伝えたい一心で。
でも、喋れば喋るほど、まわりが見えなくなって、自分が言おうとしていたことからも、どんどん遠くなるような気がしてくる。ちゃんと伝わっているだろうかと、心配になったりもする。
何かについて答えていて、「料理のことでも、その他のことでも、自分が気がついたことを、読者の方にあらいざらい伝えたいんだと思います」と言ったら、「それは、読者に教えたい、という気持ちなんですか?」と質問された。
「うーん。教えたいというのとは違うんです。伝えたいともちょっと違うし…」と考え込みながら鷲尾さんの方を見たら、「高山さんは、いいことをひとりじめしたくないんですよ」と言ってくれた。
ピンポーン!。まさにその通り。そうか、そう言えばいいんだと目からウロコだった。

●2010年4月28日(水)曇り

夕方、買い物がてらひとりでリハビリへ。
治療の前に「キチム」をのぞいたら、足場のてっぺんで、ナッチが壁にめりこむようになりながら壁画を描いていた。
壁画は、思いもよらないことになっていた。私はぞわぞわと鳥肌が立った。
もらった漆喰が半端な量で、たまたまいろんな色だったから、白、肌色、レンガ色と、なくなったら次の色というふうに、流れるまま塗っていった。
その上から何も考えずに描いているうち、いろんな動物が出てきたんだそう。描いたというより、浮き出てきたのをなぞったような感じだそう。
この間、リーダーが手伝っていて、階段から落ちたみたいだけど、大丈夫だろうか。
夜ごはんは、お肉屋さんのコロッケ、エビすり身フライ、ラーメン(メンマ、小松菜、ゆで卵)。

●2010年4月25日(日)晴れ

11時から、ひさびさに「レタスクラブ」の撮影。
リーダーのアシストも素晴らしく、サクサクと進んで、1時半にはすべて終わった。
今日は、「キチム」の壁画をナッチが描いていて、これからリーダーも手伝いにゆくそうなので、差し入れを作った。
そら豆ご飯のおにぎりと、ちくわとゆで卵の照り焼き(レシピを教えながら、リーダーに作ってもらった)。おまけで、高崎さんたちにいただいたサンミゲロもつけてやった。
洗濯物をたたみながら、『まる子』と『サザエさん』。
夜ごはんは、残りものメニュー。うどと菜花の薄炊き、うどと長ねぎのぬた、うど皮のきんぴら、編集の女の子が買ってきてくださったおにぎり。

●2010年4月24日(土)快晴

また今朝も、眠ていられないような気分で起きてしまった。
6時半だ。
きのうは、とても楽しかった。
郁子ちゃんの新しいアルバムの、「ハレルトマヂカ」という曲のプロモーションビデオの撮影で、高崎さんが来た。
夕方、4時くらいに高崎さんとスタッフの男の子がふたりでやってきて、ちょこっと雑談をしているうちに、あれよあれよといろんな人たちが、カメラや機材と共に部屋に上がってきた。
廊下にも洗面所にも人がたくさんいて、女優さんのヘアーメイクをしたりしている。
狭い家の中に、総勢20人くらいいただろうか。玄関の靴が積み重なっていて、トイレに行く時プッと笑ってしまった。
外でもまだ人が待機しているらしく、新しい顔の人が出たり入ったりしている。
撮影の様子を、スイセイとモニターを見せてもらいながら、ソファーの片隅で見学した。
本番がはじまって、「スタート!」と高崎さんが声をかけてから、「カット!」と言うまでの間、決して音を立ててはいけないあの緊張感。姿勢を固めて息を止め、自分の存在を潜める感じ。
なんか、ぞわぞわした。
ウーロン茶のCMの時も、『ホノカアボーイ』の撮影の時にも、この緊張感がたまらなく好きだった。
大勢の人たちがひとつのことにギュッと集中する瞬間。そしてそこに、自分も裏方として参加している。
『ホノカアボーイ』では脚本だったから、高崎さんの「スタート!」の声も、そういえばはじめて聞いた。
そんなのは前から知っていたつもりだったけど、高崎さんは監督なのにちっともえらぶってなくて、大声を張り上げたり、ものごとを乱暴に動かしたりしない。
なのにいつも緊張感が敷きつめてあって、上の方を、ゆるやかに風が流れているような感じがした。いいことをみつけたら、すぐにつかまえられるように。そして、役者さんのお芝居や、まわりのこと全部の周りに、透明な薄い膜がフワッとかけられているような。
その膜は高崎さんから出ているんだけど、自分の中にスーッと戻って集中する感じも、すごくよかった。カッコよかった。
CMの撮影の時も、いつもこんな風なんだろうな。
後半はキッチンにこもって、スタッフのお土産にと、混ぜご飯をおにぎりにしていただけなのだけど、映画やCMの撮影の仕事を、高崎さんとまたやりたくなった。ムクムクと。
撮影が終わってから、改装中の「キチム」へ高崎さんを連れてゆき、郁子ちゃんにも会えた。
内装の工事は着々と進んで、荒井さんが残した壁画も、上から完全に白く塗られていた。
これから新しい壁画が描かれるのも、また楽しみ。
知っている顔も、知らない顔も、いろんな人たちが手伝いに来ていて、ペンキを塗ったり、板を切ったり、床にかわばりついた黒い汚れを削ったりしていた。
 新しいことがはじまろうとしている場所って、なんかいいな。
ふつふつと、みんなの楽しみな気持ちが木屑や埃の光る点々になって、そこらを舞い上がっていた。
さあて、私もがんばるど。
今日は、『日々ごはん12』の校正の、仕上げをやってしまおう。
ひと通りはじめからやって、三時半に終わった。
ふー。1回目に書き込んだ句読点の直しを、けっきょくほとんど元にもどした。終わったら消しゴムのカスの山。
明日の撮影の準備をし、あちこち掃除。
スイセイを誘って、散歩がてら買い物へ。
空気はひんやりしているけど、陽射しのまぶしさはもう初夏のものだった。あちこちで花水木の花が咲いていた。赤と白の。
帰ってから、きのうの撮影の残りでいただいたサンミゲロの缶ビールを開ける。プシュッと。夕陽に向かって、ひとりで乾杯!。
夜ごはんは、鰺の刺身、まぐろの刺身、うど(農家で買った)と菜花の薄炊き、うどと長ねぎのぬた、うど皮のきんぴら、しらす、たらこ、白いご飯、焼き海苔。
ご飯を土鍋で炊いて、お刺身やしらす、たらこを手巻き寿司みたいに海苔で包んで食べた。しらすにしょうが醤油をちょこっとのせ、海苔で巻いて食べるのがたまらなくおいしかった。

●2010年4月21日(水)晴れ

朝、6時過ぎにトイレで起き、いつものようにもういちど寝ようとしたのだけど、うまく眠れなくて起きてしまった。
なんとなく寝ていられないような気持ち。
晴れているけど、ベランダの手すりに雨粒が残っている。
どんぐりの花は、ずいぶん花らしくなってきた。
この簪のようなのが、夏になると西陽に当たって金色に光るんだったな。
書きかけの「ふとんシネマ」の仕上げをしようと思い、ゆうべ『エターナル・サンシャイン』の観納めをしていたのだけど、やっぱり何度観ても同じところで切なくなる。
それがなぜなのか、言葉にできるくらいはっきり分かった。
そして前回、山の家へ行った時、胸が締めつけられるようになった理由も、さらにもうひとつ分かった気がした。
それは、記憶にまつわること。
あの家のおばあちゃんの荷物は、誰にも面倒をみられずに、埃にまみれて朽ち、滅びようとしていた。
その様子が、薄れてゆく記憶を表す映像にそっくりで、あの時の気持ちが蘇ってきた。
生きるっていうことは、絶えず滅びるものと新しく更新するものが同時にある。
新しいことが始まるというのは、それと同時に、今あることが古びてゆくこと。
りうが結婚をし、赤ん坊が生まれたことは最高級に嬉しいこと。
だけど同時に、私たちや、また私たちの親は年をとり、しぼんで枯れ、人はみないつかは死ぬ。
すり切れ、滅びゆく記憶のように。
そういうからくりが残酷で、どうしようもなくて、切なく哀しいような気持ちになったのだと思う。
さーて。
今日は『日々ごはん12』の校正の続きと、「ふとんシネマ」の続きをやろう。
「真夜中」の作文でカンヅメの日々へと突入するために、ぬかりなくやってしまおう。
パソコンに向かっていたら、「ギェー、ギエー」と聞き覚えのある声がした。
目を上げるとオナガだった。今年はじめてだ。
夜ごはんは、ひじきの白和え、ちくわのかば焼き(ゆで卵添え)、根三つ葉のおひたし(きのうの残り)、キャベツと卵のみそ汁、玄米(私)、白いご飯(スイ)。

●2010年4月12日(月)雨

きのうは5月のような暖かさだったのに、今朝はまた逆戻り。
今年の春は、行ったり来たりがとても激しい。
『十八番リレー』の本のことを、ゆうべ寝る前にスイセイがほめていたので、朝ごはんを食べながら、どこがおもしろかったか聞いてみた。
「あのの、オレのことを誘ってくれとるような気がしたんよ」。
どこのページを開いてもよそよそしくなくて、手招きが見える。語りかけてくるような本だそう。
「本っていうのんは、ふつうオレらが住んでるところとちょっと違う世界のことが書いてあると思うんじゃけど、この本は、同じなんよのう。女たちって、いきなり哲学の話がしたいわけじゃなくて、井戸端会議が大好きじゃろ? そういう生理に合うとるいうかの。川原さんのイラストの力が大きいのうと思う」
「隙間があって、ギチギチしてないのもええよのう」とも言っていたけれど、隙間ってやる気にさせる。考えたり、感じたり、イメージすることができる。これは、アリヤマデザインの力だ。
さーて、私も次に進もう。
山の家へ、この間行った時の「ヨムヨム」の日記が、ゆうべようやく書けた。
書けたといっても、感じたことを起きた順ににどんどん打ち込む形式で、まだまだ文章の形にはなっていないけれど。
しばらく寝かせてからまた続きをやるとして、今日は、「ふとんシネマ」を書きはじめよう。そして、そろそろ、次の「真夜中」も。
夜ごはんは、麻婆春雨(冷凍してあったのに、ゆでておいた筍を加えた)、筍と小松菜の炒めもの、中華うま煮(中華丼の残りに、干し椎茸とゆで筍を加えた)、餃子スープ(冷凍しておいた餃子で)、白いご飯(スイ)、玄米(私)。
筍が出てくると、つい和風に炊くのばかりやってしまうけど、中華にするのはドキッとするおいしさだと毎年思う。

●2010年4月8日(木)快晴

いい陽気。
パソコンに向かっても、どうにも集中できない。
ベランダに出て、遠くに霞む桜を、背伸びして眺めたりして。
近所の公園の桜が気になって、仕事にならないのだ。
(川原さん、どうしてるかな?)と思い、干してある布団に寄りかかりながら電話をしてみた。
 川「お昼を食べ終わったら、井の頭公園の方にでも、桜を見に出ようかなあと思ってたとこ」
 私「えー、ほんとに?」
 ならばと、ふたりしてカンタン花見をすることになった。
うちの近所の酒屋の前で待ち合わせ、缶ビールを1本ずつ。
日本酒の小ビンも選んでいたら、酒屋のおかみさんが、「それは以心伝心という意味です」と言った。私たちが手にとっていたそのお酒のラベルには、「不立文字」と書いてあった。ほほうー。私らのことじゃん。
公園の桜は、風もないのにハラハラと散っていた。
陽だまりの地面に舞い落ちる花吹雪を眺めながら、花びらがビールの口についているのをそのままにして飲んだ。
たわいない話をしたり、寝転んで桜に見愡れたり、だいじな話が飛び出してきたり。お茶でも飲むように、ちびちびとビールを飲みながら。
その間、近所の人らしきおばさんが、胸に手を当てじっと桜を見上げていたり、小学生の男の子が学校の帰りに寄り道しにきたり。ランドセルの女の子が、ふたりで花びらをかけ合っていたり。みんな、ここの桜がどうなったか、様子を見にきているようだった。
陽が傾きはじめたころ、私たちもお開きに。
帰りに、スポーツセンターのグランドや、上水沿いの小道や、古木の桜並木を歩いた。
川原さんは、前にこの近辺に住んでいたころにも、桜の時期になるとあちこち偵察をしてまわっていたそうだ。私なんかより、よっぽど桜のことが大好きで、この辺りの名所もよく知っていた。
 川「こんどは、私の散歩コースを一緒に歩いてみようよ」
市役所でトイレを借りて、いつものパン屋さんで食パンとバゲットを買って、解散。「ようやく、腰を落ち着けて仕事ができるね」と言い合いながら、手を振って別れた。
夜ごはんは、鰺の干物、ごぼうのきんぴら(甘くない)、小松菜の煮びたし(しらすのっけ)、スライス新玉ねぎ(梅種しょうゆ、ごま油)、納豆、たくわん、油麩とねぎのみそ汁、白いご飯(スイ)、玄米(私)。
きんぴらを、みりんを入れずにごま油と酒と薄口しょうゆだけで炒めたら、「ごぼうがうまいのう」と言って、スイセイがパクパク食べた。そうか、いつも甘くするからあまり食べなかったのか。

●2010年4月7日(水)曇り

きのうは、元「クウクウ」跡地の、階段のところの壁画を消す会だった。「クウクウ」スタッフと、その子供たちも何人か集まって、ちょっと同窓会みたいになった。
20年前に描いた、市場や屋台の荒井さんの絵は、ちっとも色褪せずに残っていた。
荒井さんが白いペンキを手の平につけて消しはじめたのだけど、下に描かれた自分の絵を、ところどころ小さな四角で囲んだりして、少しだけ残しながら進んでいった。
はじめは、残したところをあとでまた全体に白く塗りつぶすのかと思っていた。
ずいぶん進んでから、「消してるんじゃなくて、白で描いてるんだ… 」と、隣で見ていた永谷(しおりちゃんの旦那さん。「クウクウ」の創立メンバー)がひとりごとのように言って、ようやく私にも分かった。
そうか! 新しく壁画を描いているんだ。
手の平で撫で、手の甲でも撫でて描いているから、白い手袋をはめたみたいになった荒井さんの両手は、そのあともどんどん白を塗り重ね、最後には小さな家々や、窓らしきものや、紙風船みたいな形が残った。「みな李」の文字も消され、空には水色の三日月と、星が浮かんでいる。
荒井さんは、いちばんお終いに、黒いペンキで煙のような細い線を家々から昇らせて、それぞれの線をなんとなしにつないだ。
煙突から出た煙りがたなびいて、漂っているような。よその家のともつながって、空気に混ざって溶けてゆくような。
「なんか小さい家が、親戚とか、村みたいに見えてきた」と「sunui」の恭子ちゃんに終わってから言ったら、「うん。そこに音符みたいなのが加わったら、家系図みたいになったねえ」と笑っていた。
荒井さんが描いている間、タカシ君と郁子ちゃんが階段の下でずっと歌っていた。
新しいことが始まるための儀式のような、それは同時に、何かが終わることのようでもある気がして、マスターが買ってきてくれた缶ビールをちびちび飲みながら、ツーーッと涙が落ちた。
「あ、泣かないで、高山さん。私もうつるから」。
長いこと「クウクウ」で一緒に働いていたちいちゃんも、立ったまま隣でもらい泣き。
マスターは、ものすごく嬉しそうだったな。写真を撮ったり、ビールを買いに走ったり、転がるようにあちこち動いて、ずっと大声で笑っていた。
というわけで、今朝はひさしぶりの二日酔い。12時まで寝てしまった。
風呂に浸かってゆっくり目を覚まし、マルタイラーメン(私)、ハムトーストサンド(スイ)を食べて、リハビリへ。
整形外科の受けつけのところで、いつも今日の調子を番号に表して伝えるのだけど、はじめてゼロだった。
1は少し悪い。2は悪い。3はかなり悪い。ゼロは調子がいい。
ひさしぶりにお酒を飲んだせいなのか、きのうが楽しかったせいなのか、丸いち日パソコン仕事をしなかったせいなのか、背中の凝りがまったくなかった。
「調子がいいです」と言ったら、療法士さんの触り方が、いつもよりほんの少し強めで、時間もたっぷりやってくれたような気がする。
スイセイが隣のベッドで五十肩の治療をしていたのだけど、時々聞こえてくるくぐもった声が、やたらと懐かしいような、でもはじめて聞く知らない人の声のようにも聞こえてくる。
背中を揉んでもらいながら目をつぶり、ぼんやりした頭で聞いていても、やっぱり自分好みの声だったので、へえー、と思った。
夜ごはんは、チキンカレー(この間の残り)、キャベツとにんじんのサラダ。

●2010年4月2日(金)雨のち曇り

風呂場の下の杏は、今年もまた、食べ終わった葡萄の房のようになっている。
ゆうべの風で、終いまですっかり散ってしまった。
もう、黄緑色の若葉までちらほら出てきている。
朝ごはんを食べ、雨降りだけど、スイセイと早めに散歩。
あちこちで桜が満開だった。白っぽいのや、ぼんぼりのように薄桃色にけぶったのやら。
遠くから眺めると、他の木々の緑色のグラデーションと合わさった景色もまた美しく、うっとりしながら傘をさして歩く。
とちゅうから雨もやんで、ひさしぶりに走りたくなった。
中央公園まで、桜天井の下をふたり並んでゆっくり走った。ひとことも喋らずに。
そういえば、今日はひさしぶりに何も仕事をしなかったな。
夜ごはんは、竹の子の薄味煮、チキンカレー(鶏ぶつ切り、玉ねぎ、トマト、キャベツ、赤ピーマン)、黒豆入り玄米(私)、白いご飯(スイ)、ゆで卵、コールスロー(キャベツ、人参、クレソン、きゅうり)。
この間、ハワイチームのみんなが集まった夜、川原さんが作ってくれたカレーがたまらなくおいしくて、次の日になっても、味と香りがずっと口の中に残っていた。
カレー粉(朝岡食品の)をもらって帰ったので、教わったように真似して作ってみた。
カレールウはまったく使わずに、4時間くらい煮込むサラサラめのカレー。キャベツと赤ピーマンは、冷蔵庫にあったので思いついて入れた。
へんてこなメニューになったが、明日の朝ごはんは、花見しながらお弁当を食べる予定なので、どうしても竹の子を煮たくなったのだ。

●2010年3月31日(水)曇り

ゆうべは、朝の4時半くらいに帰ってきた。
去年ハワイ島へ一緒に行った5人組み&リーダーが、川原さんちに集まって、飲んで食べて、最後はスピーカーの前に体育座りして歌った。
郁子ちゃんの「ピアノ」のCDをかけながら。本物の郁子ちゃんが隣にいて、耳もとで歌っているのを聞きながら。
楽しくてたまらなくて、夜なのか真夜中なのか、時間がまったく分からなくなってしまったのだった。
今朝は11時にいちど起き、サッポロ一番を食べて2時半まで寝た。整形外科のリハビリが4時に予約だったので、風呂に入り、目を覚ました。何もなかったら、そのままダラダラと寝てしまいたいところだったけど。
リハビリが終わって、改装中の元「クウクウ」跡地をのぞきに行ったら、時間など約束してなかったのに、ちょうど郁子ちゃんが店の前にいて、スイセイと立ち話をしていた。
そのうち、「クウクウ」マスターも偶然に立ち寄り、空気の通り道のことなど、店の中や外を3人が行ったり来たりしながら話していた。
その間、厨房にいた私は、ちょっとでも参考になるようにと思い、「クウクウ」時代の写真や調理器具の配置図を見せながら、これからここで食堂をやろうとしている男の子に説明をしていた。
私たちが、どんな導線で動いていたか、下水の掃除はどうしていたか。そして何が不十分で、何について困っていたかなどなど。
じつは、郁子ちゃんと妹の奈々ちゃんで、この場所を借りることになった。とても広いから、中をいくつかに分けて、食堂やカフェ、ギャラリーなどのお店が入ることになった。全体の名前を「キチム」というそうだ。
これから先、このスペースを使って、ライブやイベントなんかもできるような場所にしたいそう。ふたりはここの大家さんとか、管理人さんみたいな役割になるらしい。
改装中の店内は、「クウクウ」のあと、この場所を引き継いだ韓国料理店「みな李」の壁や、天井、いろいろな装飾品がはがされて、あちこち砂埃だらけだったけど、「クウクウ」だったころの地肌が出てきていた。
厨房も、「みな李」が閉店して使われていなかった三ヶ月あまりの間に、あちこち埃をかぶり、ずいぶん薄汚れていた。
店というのは、誰にも使われなくなって手入れをされず、戸をしめ切って風も通らないようになると、こんな風に荒んでしまうんだ。
でもきっと、ここはもとの体がすごくいいから、磨いていったらまた生き返る。
店の中をウロウロして、「クウクウ」の地肌をあちこちみつけるたびに、私は不思議な気持ちになった。
なんだか、郁子ちゃんと奈々ちゃんが、瓦礫に埋もれていた「クウクウ」をみつけ、救い出してくれたような気がした。
帰りに蕎麦屋へ寄って、スイセイはビール1本とざる蕎麦、私は天ぷら蕎麦を食べる。
なので、夜ごはんはなし。布団の上でダラダラとせんべいなど食べながら、テレビを見てそのまま寝てしまう。

●2010年3月27日(土)晴れ

11時に起きた。ひさしぶりに、体の底からぐっすり眠れた気がする。
ゆうべは山梨から帰ってきて、お風呂に入ってすぐに寝た。9時前には布団に入ったから、13時間くらい寝たことになる。
旅行中の洗濯物をたっぷり干した。スイセイの赤いパンツが、風を孕んで鯉のぼりみたいに膨らんでいる。
わずか2日の間だったけど、日常を離れて帰ってくると、もとの暮らしのペースに戻るのがたいへんだ。
あさってが撮影だから、今夜は試作をやる予定。山の家の近所にある、椎茸山のおじさんにもらったりっぱな椎茸も食べよう。
そして、この2日間にあった日記を、忘れないうちに早く書きたい。
ゆうべ寝ながら(寝ぼけながら)ずっと考えていたこと。
山の家の蔵の中からはい出てきた時、胸がいっぱいで、泣きたいような気持ちになった。
あの時は、どうしてなのか分からなかった。
ただただ、雑巾みたいに胸をぎゅーっと絞られ、たまらない気持ちで見上げた空がまっ青だった。
白い雲がプカリプカリと浮かんでいるのが、なんだかやたらにまぶしかった。
そのわけが、なんとなしに分かった気がした。
この家のおばあちゃんが、大切に箪笥のひき出しにとっておいたいろんな色の裂き布や、手製の薄掛け布団。
風呂敷に包まれた絹のハギレ。一時は重宝され、ちゃんと役目を果たしていた緑色の蚊屋や、薄紙に包まれた鶯色のビロードの草履など。
そういう物たちが、埃にまみれて放置されていたことについて。
役目を果たした後、きちんと葬られないまま、朽ちようとしていたことについて。
私は、ものを作るひとりの人として、哀しかったような気がする。
人間の体は歳を重ねれば衰え、しなび、枯れてゆくけれど、物は死なない。
手を入れながら使い込み、可愛がってあげれば、何世代だって生き続ける。
でも私だって、うちの実家が壊される時、平気でそういう物たちを見捨ててきた。
時代が新しくなり、便利になることはすばらしい。
赤ん坊が生まれて家族が栄えていくことも、末広に明るく頼もしい。
だけど、未来が明るいことも、物が朽ちてゆくことも、全部が合わさってもの哀しい。
ああ、でも、それともちょっと違う。
私は、薄暗い蔵の中で、病気で亡くなったこの家のおばあちゃんと、しばらくの間一緒に過ごしたのだ。
「私がぜんぶ確かめて、ちゃんと使ってやるからね」と言いながら。
実際の時間は、10分くらいだったろう。
でも、この家に染みついている膨大な思い出をかいま見せてもらった。
たぶん、タイムスリップをした。青空を見て、現代に戻ってきたように感じたんだと思う。
「えかったのう。今日だったからえかったんだと思う。はじめに来た時に見たら、生々しすぎて、みいなんか吐いとったかもわからんで」
 夜ごはんは、チキンライス、ウインナー炒め、ゆで卵、スーパーのポテトサラダ、椎茸のホイル焼き、みそ汁(くずし豆腐、ねぎ)。

●2010年3月21日(日)曇り

ゆうべの風はすさまじかった。
ゴーゴー、ヒューヒューと吹き荒れるたび、マンションごと揺れた。
トイレに起きた時に、カーテンを開けてみたら、花弁のような白っぽいものがいっぱい、渦を巻くように空気中に舞い上がっているのが見えた。大家さんのどんぐりの木は、右に左に大きくしなっている。
こんな風の夜など滅多にないのだから、ベランダに出て、自分を吹きっさらしの中にさらしてみたいとも思ったが、窓を開けたらとんでもないことになるような気がした。
世の中は大丈夫なんだろうか、壊れてしまわないんだろうか… 、ぼんやりした頭のまま、よく眠れなかった。
時々、スイセイが隣にちゃんといるかどうか確かめたりもした。
朝起きたら、嵐はウソのようになくなっている。
クルクル君も無事だったし、風呂場の杏もほとんど昨日と変らない。
児童公園の向こうのコブシの白い花も、散ってないように見える。ゆうべの、あの花弁みたいに見えた白いものは何だったんだろう。
今日やることは、レシピ書きとコラム、「ヨムヨム」の原稿の推敲。余裕があったら、「ふとんシネマ」も書きはじめよう。
夕方までがんばってあちこちにお送りし、『まる子』と『サザエさん』。
『まる子』が終わるころ、夕暮れの蒼い空が、下の方の茜色とくっきりと分かれて、怖いくらいにきれいだった。今日も強い風が吹いていたからだろうか。真上には、上向き加減の金ピカ三日月だ。
夜ごはんは、塩鮭、あぶ玉煮(油揚げ、天かす、卵、三つ葉)、ほうれん草のおひたし(しょうゆ、レモン汁)、ワンタンスープ、納豆、豆ご飯(スイ、ゆうべの残り)、玄米(私)。

●2010年3月14日(日)快晴

風もなく、とても穏やかな天気。
布団を干しながら空を仰ぐと、飛行機雲がスーッと伸びているところだった。
いちど部屋に戻って、毛布を干す時にまた見上げたら、またたくまに雲は消え、飛行機の後ろに、魚の尻尾みたいな短いスジがあるだけだった。空気が乾燥しているってことだろうか。
メールの返事など書いているうちに、あっという間に2時になってしまう。コーヒーをいれて、今日もまた、『日々ごはん12』の校正の続きをやる。
2007年の9月とか、10月だなんて、もう、2年半以上も前になってしまうのだな。
ウーロン茶のCMの仕事で中国へ通うのもそろそろ落ち着いてききたけれど、まだ、ハワイのハの字も出てこない頃。
合間をみて、撮影もがんばってやっているし、散歩に出てはよく走っている。
早めの夕方、買い物に出た。
風呂場の下の杏は、今朝窓を開けて見た時には、蕾が開きかかっているところだったのが、もうちゃんと開いていた。朝は二つ三つだったのに、六つくらいある。
横断歩道のところの桜の木も、蕾らしきものがいっぱいついて、網の目のようになっていた。
今ごろ、山の家の桜はどうなっているだろう。
『日々ごはん12』を読み込んでいると、ついつい、この2年半にあったこと、これから始まることに思いを巡らしてしまい、ちょっと目眩のようになる。
じつは、「ヨムヨム」誌で、4月の発売号から山の家まわりの日記の連載が始まります。 どうぞ、楽しみにしていてください。
夜ごはんは、カレー丼(蕎麦屋さん風)、コロッケ(スーパーの)、ほうれん草のおひたし(ゆうべの)、たくわん、大根のみそ汁。

●2010年3月6日(土)雨、寒い

雑誌の校正をひとつ終え、美容院へ。
雨だけど、今日を逃したらしばらく行けないので、山登り用の合羽を着てゆく。
傘もささず、自転車で。
井の頭公園の紅白の梅は、ちとせ飴の色合い。
土曜日なのに、雨のおかげでほとんど人が歩いてなくて、スイスイと自転車をこいだ。
合羽っていいもんだな。
傘をささなくていい分、自由になれて、雨を近くで味わえる。
防水がきちんときいた合羽を、ハワイ行の時に奮発して買ったのだけど、やっぱりいいもんだ。
濡れそぼった景色の中に、濡れずにいられるなんて。
こんど、ズボンの方もちゃんとしたのを買おう。
帰り道、雨の空気に沈丁花の香りが混じっていた。
「紀ノ国屋」にソムリエのお兄さんがいたので、いくつか味見をし、オーガニックのおいしいワインを、赤、白と両方買った。
夜ごはんは、餃子、ゆでブロッコリー(農家の)、くずし豆腐と卵のスープ、ふきのとう味噌(この間、青きみが味噌を入れてからよく練っていたので、私も真似をした。ねっとりとうまくできた)。
餃子は2回戦で40個くらい焼き、思う存分食べた。なので、ご飯はなし。

●2010年2月28日(日)雨のち曇り、のち晴れ

静かな雨。ベランダの柵に水滴がびっしりついて、白いナマコのよう。
ゆうべは、黒いレバーのような固まりをたくさん吐く夢をみた。子猫が寄ってきて、吐きたてをむしゃむしゃと食べた。
夢の中では気分が悪かったけど、起きてみたらスッキリ爽快。背中の凝りもなくなっている。ゆうべ、寝る前にお灸をすえてもらったから、悪いものが出たのだろうか。
書きものをやっていると、夢中になって時間を忘れる。その間、きっと私は、ものすごく悪い姿勢でパソコンに向かっているのだと思う。気がつくと、背中から肩にかけ固まっているのだ。しかも左側ばかり。
きのうは、6時15分になったらご飯のスイッチを押そうと思いながら、気がついたら6時半になっていた。気づくまでの40分の間、私はここにいなかった。きのうはそれが40分だったけど、もっと短い時もあれば、長い時もある。文に夢中になることは仕方のないことなので、そういう時には料理をしないようにしなければ。この前は、煮物を焦が したこともある。煮ていることもすっからかんに忘れてしまうし、焦げくさい匂いさえ届かないのだ。
朝ごはんの支度をしながら、書きたいことが二つばかしのぼってきたので、食べ終わって早々に、「気ぬけごはん」の原稿書きをやる。
そのうちに晴れ間が出てきて、スイセイは散歩へいった。私は洗濯物をベランダに出し、続きをやる。
「ふとんシネマ」の校正、「ヨムヨム」の日記、『十八番リレー』の最後の見直し(明日、鷲尾さんと川原さんがいらしてつき合わせをするので)。今日はやることがたくさんある。
夜ごはんは、ムキガレイの煮つけ、キャベツの塩もみ(塩を少なめにして、昆布の佃煮を混ぜた)、チャプチェ(春雨、ニラ、人参、玉ねぎを焼肉のタレで炒めた、おとついの残り)、デザートは、朝のうちに作っておいたいちごのババロア(私だけ)。

●2010年2月21日(日)晴れ

朝起きて、いつものように青汁を飲みながらベランダに出る。今日もまた、空が青いなあ。
大家さんの沈丁花は蕾がふくらんで、上から見るとえんじ色のボタンのよう。
朝ごはんを食べ、スイセイと散歩に出る。このところずっと雨で行けなかったから、たぶん2週間以上ぶり。
しばらく見ないうちに、いつも通る小道の家が壊されて更地になっていたり、公園の草が少しだけ伸びていたり。あちらこちら、なんとなく薄茶に黄緑色が混じっているようで、春はもうそこまで来ているような、ボワンとした景色。
上水沿いの梅林の梅が、白い花をいっぱいに咲かせていた。
スーパーでたっぷり買い物をして、帰ってきた。
帰ってから、畳の部屋にパソコンを持ち出し、「ヨムヨム」の日記の続き。
夕方までがんばり、「まる子」と「サザエさん」。
今夜は、すき焼きだ!
夜ごはんは、すき焼き(牛肉、しらたき、わけぎ、クレソン、白菜、水菜、焼き豆腐、舞たけ、エリンギ、わけぎ、生卵)、広島菜の漬け物、キムチ、白いご飯。

●2010年2月13日(土)雨、すごく寒い

12時まで寝てしまった。
こんなに寝たのは、ものすごく久しぶり。
ハワイからこっち、私は寝るのが前ほど好きでなくなり、早起きの癖がついていた。
ゆうべは、スイセイが病院でもらってきた湿布薬を貼って寝た。
それがよかったみたい。
首から肩にかけ、ひんやりしたゼリーに包まれているみたいに安定し、眠りに沈んでいった。
このところ、強烈な肩こりで、よく眠れてなかったから。
きのうは、撮影が終わってみて気づいたら、どっぷりくたびれていたし。
起きたら、スイセイに「みい、久しぶりじゃのう。 顔がETみたいになっとるで」と笑われた。
朝ごはんをふたりで食べ、「ヨムヨム」の原稿の続きをやる。
山の家を見にいった日のことを、順を追って書いています。
いろいろ思い出しながら書いていると、『フランス日記』ほどではないけれど、1日がけっこう長く、なかなか終わらない。
8時まで夢中でやって、夜ごはんにする。
今日は、スイセイが昔の友だちと飲み会なので、オリンピック開会式の、出場者の行進を見ながらひとりで食べた。
中国が90名以上とか、フランスが108名とか、多勢の国もあるけれど、15名とか、3名とか、国によっていろいろだ。
とくに、暑い国には雪や氷がないものな。
アルバニアは1名だけ。
クリクリ金髪頭のかわいい青年が、ニコニコしながら旗をふって歩いていて、私はこの子を応援したくなった。
これは、世界的な紅白歌合戦みたいなものだから、行進している選手たちはみな、この場に居合わせられたことに感謝しているような華々しい笑顔で、手を振りながら歩いている。
オリンピックの開会式など初めて見たけれど、清々しくてなかなかいいもんだな。
私は、日本選手の中では、だんぜん高木美帆ちゃんを応援している。
なぜかというと、変な野心がなく、かわいいから。
サッカーのドリブルも上手いし、ヒップポップを踊っているところもかっこいい。
中学や高校生の頃、クラスに男の子っぽい女子がいるとドキドキした。
美帆ちゃんて、そういうのを思い出すような子だ。
夜ごはんは、盛り合わせサラダ(きゅうり、かぶ、人参)、スープスパゲティー(白菜をトマトスープで蒸し煮し、出掛ける前にスイセイに作ってあげたのに、ほとんど食べなかったアンチョビ入りトマトソースのスパゲティーを加えた)。
スパゲティーは粉チーズをかけ、鍋ごと食べた。
スペインかどこかの、ひとりもののごはんみたいで、たいへんおいしかった。

●2010年2月7日(日)快晴、午前中は風強し

きのうは、春一番だったのだろうか。
ものすごい風の中を、スイセイと散歩した。
寒いのだけど、ダウンジャケットにマフラー、毛糸の帽子の重装備で歩いたら、吹きすさぶ大風にもて遊ばれるような感じになって、気分壮快だった。
このところ私は、書評を書く仕事のために、『いつだってボナペティ!』という本をずっと読んでいた。
映画『ジュリー&ジュリア』の、ジュリアさんの自伝だ。
それがとてもおもしろくて、毎晩寝る前に少しずつ読んでいたのだけど、おとついあたりからスピードを出し、ぐんぐん読み進んでいた。
きのうは、その感想を話しながらスイセイと散歩をしていた。
おかげで自分の言いたいことがはっきりと言葉になり、帰ってから猛烈な勢いで書評を書き始めた。
めずらしく、夜ごはんを食べ終わってからも続きをやった。
今朝、書き上げたのをスイセイに読んでもらったら、一発でOKが出た!。
わーい。
というわけで、今日は夕方からひさしぶりに川原さんがごはんを食べにくる。
それまでに、「ヨムヨム」の日記を書いたり、『十八番リレー』のことをやったり。
うちの前の大きな水たまりには、青空が映りこみ、風が吹けばさざ波立って、チラチラチラチラ光っている。
夜ごはんは、まぐろのヅケ(きのう、近所のスーパーでまぐろの解体をしていて、赤身のおいしそうなのを買った。半分はわさび醤油で食べ、残りはゆうべのうちに漬けておいた)、いろいろ盛り合わせサラダ(コールスロー、きゅうりのサラダ、白菜のサラダ、トマトのサラダ)、カレイとじゃがいもの重ね焼き(サワークリーム、ディル、山梨でもらった椎茸でソースを作る予定)、丸ごと小かぶとかぶの葉のスープ煮(オリーブオイルとコンソメで蒸し煮)。

●2010年2月1日(月)冷たい雨のち雪

きのうは、山の家を見にいっていた。
この間、スイセイと見てきたところを、みっちゃん(双子の兄)にも見てもらいたくて。
みっちゃんは、建築現場の監督さんなので、客観的な目で見てもらえる。
また改めて、不動産屋さんにも来ていただき、こんどは裏山の森も見せてもらった。
もう、すべてがバッチリだった。
たぶん、99パーセントの確率で、ここに決めることになりそう。
家は廃墟同然にボロボロだけど、スイセイとふたりで、少しずつ手を入れ、直していこうと思う。
すべて出来上がった時に、いちばんはじめの写真を見て、「本当にひどかったよね〜。あそこから、よくここまでやったよね〜」と、ふたりでビールを飲みながら大笑いしたい。
いったいそれが何年後になるかは分からないけれど。
まずは、庭や空き地を覆っている、枯れススキをぬくところから始めよう。
庭には桜と梅、南天、大きな金木犀があった。
土蔵、馬小屋みたいな納屋、ガレージ、畑、そして森の土地までついている。
森には、小さいけれど、冷たく澄んだせせらぎが流れていた。
ここでのことは、また改めて、しっかり書こうと思います。
たぶん、春から始まる「ヨムヨム」の連載として。

そして、みっちゃんの車でそのまま実家へと帰り、ひと晩泊まった。
スイセイも、みっちゃんも、母もまたいきいきとして、絶好調であった。
というわけで、今日は1時の新幹線で帰ってきた。
うちに着いて窓を開けたら、ペンギンの口ばしみたいなヒヤシンスの芽が、8ミリくらい伸びていた。

夜になって、雪が降り始めた。
去年あたりから自分の中で、ガシャンと音を立て、何かがひとつ終わったような気がしていた。
しかし、しんしんと降り積もる雪のように、世界は、また始まった!
夜ごはんは、駅ビルで買ったお寿司&つまみ&ビール。
海苔巻きいろいろ(納豆、カッパ、鉄火、中落ち、かんぴょう)、炙り寿司(帆立、サーモン、平目、カニ、海老)、ほうれん草のおひたし、島らっきょうの塩漬け、浸し黒豆、れんこんの薄味キンピラ。

●2010年1月23日(土)晴れ

今日もまた、「真夜中」の作文の続き。
昼過ぎに、かわしまよう子ちゃんから、沖縄の荷物が届いた。
島人参を送ってくれると言っていたので、楽しみにしていたら、島らっきょうと、さやつきのうずら豆もおまけで入っていた。
島人参は、白っぽい黄色で細長い。
うずら豆は、緑がかったクリーム色に紫のだんだら模様が入っていて、さやをむくと、さらにくっきりとした同系色の、指輪の石みたいな豆がクリッと出てくる。
島らっきょうの枯れた葉っぱでさえ、紫や茶色やカーキ色が混ざっている。
ちょっとドキッとした。
沖縄の野菜はカラフルなんだなあ。
潮風や、空や、草花や、森の、匂いつきの野菜。
東京の野菜は今、大根、白菜、ほうれん草、かぶ、椎茸、しめじくらいで、代わり映えしない。
白や緑や茶ばかりの分かりきった色だし、何をどう食べても、いつもとそう変わらない。
なんだかなあ、と思った。
でも、匂いがないようなところにいたのは、私の方だったと、沖縄の野菜を見ていて気がつきました。
このところ私は、作文ばかり書いていて、買い物に行ってなかった。
だから、冷蔵庫の中のものを節約しながら、残りもの料理ばかりチャチャッとやりくりし、適当にすましていた。
島らっきょうは、とても小粒。
辛みも苦みも小学1年生ぐらいにみずみずしく、みそをちょっとつけて、パリパリと皿いっぱい食べた。
うずら豆は、よう子ちゃんが書いてくれたように、豆ご飯にしてみた。
グリンピースの豆ご飯みたいに、酒と塩と白ごま油を少し加えて炊いた。
うずら豆は、ご飯とは別にも塩ゆでして食べたんだけど、そのおいしさとはまた違う味。
ご飯に炊き込んだら、豆とも、お米とも言えない、いったいどこからきたんだろう… というねっとりしたおいしさになった。
島人参は、玉ねぎとキャベツと一緒にクリームシチューにした。
甘くて、すごくおいしい。初めての食感。
島人参は、味噌をつけて食べてもおいしかった。
好物の、山ごぼうの味噌漬けを思い出すような味だった。
夜ごはんは、豚の生姜焼き(せんキャベツたっぷり、マヨネーズ)、島らっきょう&きゅうり&島人参(味噌)、クリームシチュー、うずら豆ご飯。

●2010年1月20日(水)晴れ

11時に朝ごはんを食べて、ひと仕事。
「真夜中」の作文の続きをやる。
1時からは、「きょうの料理ビギナーズ」の打ち合わせで、鷲尾さんがいらした。
鷲尾さんは、「きょうの料理」で連載していた「十八番リレー」の編集者。
「十八番リレー」は、4月に単行本になるので、今まさにまとめているところ。
お世話になっている真っ最中です。
「ビギナース」は初めてだけど、鷲尾さんが連れてきてくださった編集の方々が、とても感じのいい人たちだった。
ページに向かう態度が、皆同じ方向を向いていて、ほどよい緊張感を孕みつつ、余裕のあるゆるやかな空気。
私の意見を吸収しながらも、相の手を入れてくださり、そのことでまたさらにアイデアがわいてきたり。
撮影の日が楽しみになるような打ち合わせだった。
皆が帰って、また作文の続きをやる。
洗いものをしたり、トイレに行ったり、お風呂を洗ったりして体を動かしていると、細かい記憶が体の中を通って蘇ってくる。
ズルズル〜〜〜ッと。
忘れないうちにパソコンの前に座って、それをダーーーッと打ち込んでゆく。
今はまだ、情景としてだけで、文にはなっていのだけど。
言葉の記号を並べて置いておくような感じ。
こんどパソコンを開いた時、その記号を見ればまた蘇ってくるから、そこに浸りながら、文章に起こしてゆけばいい。
今は、そんな感じでやっている。
とちゅう、コーヒーをいれたり、夜ごはんの支度をしたりしながら、6時過ぎまでやった。

そういえば3時ごろ、布団をとり込む時、「ピチピチピチ」と聞き慣れない声がするので下を見たら、大家さんのレモンの木に、3羽も4羽もメジロが遊びにきていた。
小さくて、すべっこくて、萌葱色っていうんだろうか、ちょっとくすんだ若草色の本当にかわいらしい小鳥。
メジロが来るということは、春はもうすぐそこまできているのだな。
と思いつつ、まだ、1月の半ばを過ぎたばかりなことに気がついたのは、寝る前のお風呂の中だった。
夜ごはんは、ほうとう(山梨の駅ビルで買った。かぼちゃが練り込んである黄色い麺。大根、にんじん、里芋、長ねぎ)、切り干し大根とひじきと豆苗の和えもの、松前漬け。
スイセイは、山の家のことで頭がいっぱい。
地図を見ながらなので、なかなかほうとうが減ってゆかない。
私の方が、とっくに食べ終わってしまった。

●2010年1月17日(日)晴れ

きのうは、不動産屋さんと山の家を見に行った。
ふたつ見た。
両方とも古民家で、さいしょに見た方は、土地が思ったほど広くなかった。
となりの家との隙間も、ほとんどない。
日当りが悪く、古い家の暗さや重々しさをひしひしと感じるような家だった。
畑が離れたところにあって、そこはとても景色がよく、日当りもいいのだけど、ずっと下の方に川が流れている。
つまり、崖の上にある畑。
「畑をやっとって、ふとふり返ってみたら、みいが消えとったりするような感じじゃのう。ちょっと怖いよのう」。
もうひとつの家は、そこからさらに車で40分ほど走った、静かな山間にあった。
車もほとんど通らないし、歩いている人にもなかなか出会わない。
川沿いに、中学校と小学校があった。
川沿いの道を、タラタラとふたりで散歩してみた。
幅はあるけれど、水が少なく、延々とまっすぐに、穏やかに流れる川。
ここを、風を切りながら自転車で走ったら、さぞ気持ちがいいだろう。
トンビがホーイホーイと鳴ている他は、何の音もしない。
民家の洗濯物に、ポカポカと日射しが当たっている。
どこも動いてないように見える。
私たちの大好きな、まさに「気ぬけ」の場所だった。
家はというと、廃墟同然にボロボロ。
ここのいいところは、土地が広くて畑もあるところ。
そして何よりも、庭から望む、山々の景色が素晴らしい。
山と山の間に、白い雪をかぶった富士山のてっぺんがのぞいている。
夕陽が沈む時、きっと山が燃えるようになるんだろうな。
庭らしきところは、枯れたススキや草がボウボウで、地面はまったく見えないけれど、 枝振りのいい木が何本かしっかり生えていた。
ちょっと見たところ、梅の木みたいな感じで、新芽が芽吹いていた。
家の中のボロボロさ加減にはちょっと恐怖を覚えるけど、スイセイはけっこう気にっている様子。
さーて、どうなることでしょう。
家を見に行った時の様子は、また別のところで詳しく書くことにします。
どうぞお楽しみに。

今朝は、たっぷり眠って10時半に起きた。
スイセイはとっくに起きて、山の家のまわりの地図や、土地のことなど調べていたらしい。
朝ごはんを食べ終わって、スイセイの説明を聞いた。
近所に、小さいけれど図書館もあるみたい。
ちょっと、夢がふくらんできた。
午後からは、書きたいことがのど元まで昇ってきたので、いよいよ「真夜中」の作文にとりかかる。
夜ごはんは、塩鮭、肉じゃが(肉のかわりにちくわ、人参、玉ねぎ、じゃがいも、春雨)、たらこ、切り干し大根とほうれん草の和え物(ちりめんじゃこ、炒りごま、酢、薄口しょうゆ、白ごま油)、白菜漬け、葉唐辛子みそ、のり巻き(ゆうべの残り)。

●2010年1月10日(日)晴れ

ゆうべは、10時に寝てしまった。
今朝は10時過ぎに起きたから、12時間以上ぐっすりだった。
そしてきのうは、スイセイと喧嘩中だったので、まったくごはんを作らなかった。
それぞれが、食べたい時に自分で作って食べた。
私は、朝はスープの残りと甘食、夜がサッポロ一番しょうゆ味。
スイセイは、サッポロ一番みそ味に、夜は塩味とかまぼこ1本を食べたもよう。
まあ、たまにはこういうこともある。
誰かと一緒に暮らすというのは、きれいごとばかりではすまないのだから。
それにしても、けっこう深めの喧嘩だったから、私は落ち込んだし、きのうは1日中頭の中がぼんやりして、体の具合も悪かった。
寝ながらお腹に手を当てて、できた傷から悪いものが出てゆくように、そして清々しく強いものが体の芯からにじみ出てくることを念じながら、目をつぶっていた。
今朝はまた、一から立て直しだなと思っていたら、朝ごはんの時、「いただきます!」とスイセイが明るい声で言った。
それで、スイッとまたスイッチが入った。
ごはんを食べてから神社まで散歩し、中古のパソコン屋をのぞいて、買い物して帰ってきました。
午後からは、正月から書いていた「ふとんシネマ」の原稿の仕上げ。
実家に帰っていたヒラリンが、東京に来ていて、今サンちゃんのところにいるという。
うわーっと猛烈に会いたくなり、うち来てもらうことになった。
2年半ぶりくらいに会ったヒラリンは、前とぜんぜん変わらないんだけど、何かがすごく変わっていた。
あれ、こんなに背が高かったっけ? とも思った。
溌剌として、すっきりと、きれいになっていた。
私は、とても嬉しい。
夜ごはんは、タラのムニエル・レモンバターソース(ほうれん草炒め添え)、ひじきと豆苗とじゃこの炒り煮(残りもの)、焼豚&煮卵(正月の残り)、白菜漬け(美容師さんから漬けたのをもらった)、油揚げとねぎのみそ汁、白いご飯(ス)、高きび入り玄米(私)。
そういえば、今日は『まる子』を見るのを忘れたな。

●2010年1月3日(日)快晴

明けましておめでとうございます。
新年早々、風邪をひいていました。
今日あたりから、ようやく調子が戻ってきて、スイセイと初散歩に行った。
空気がキリッとしている中、せっせと歩いて、少しだけ汗をかいた。
しばらく散歩に出ない間に、木々はすっかり裸になって、遠くの方のマンションまで見渡せ、なんとなく広々として見えた。
歩いている人も少ないし。
微熱と鼻風邪くらいだったけど、この3日間、ずっとお腹を壊していた。
今年は、早めに大掃除にとりかかって、ちょっと精を出しすぎたのかもしれないな。
大掃除ソングは、くるりの「男の子女の子」から始まり、太陽バンド、スカンク兄弟、オハナと進み、夕暮れどきにタカシ君の「光と影」でジーンとしながら、頑張りはピークになった。
これを5日間くり返した。
棚や洋服ダンスをどかし、たまった埃を吸い取って雑巾で拭いたりしていると、つい(今年もお世話になりました)と心の中でつぶやいてしまう。
本棚を動かして、ソファーの位置をかえ、リビングの模様替えもした。
この家に住んで10年になるのだけど、その間、まったく使われないのに押し入れの奥にしまわれていた物や、もう着なくなった服など、一気に整理した。
生き方の迷いの塊みたいなものが、クローゼットや押し入れに押し込まれ、奥の方で小さく固くなっていた。
カトラリーや、器や、昔織った布や、鍋なんかも。
整理をしながら、私はいつの間にやら、エスニックな物からすっかり気持ちが離れていたことも分かった。
若い頃に集めていたアジアの布や衣装、アルミの鍋なんか、今ではどこでも買えるようになった物が、押し入れの奥にたまっていた。
「クウクウ」時代の、油まじりのメモの束や、パーティーの記録だとか。
そういう物たちを明るい所に引き出し、本当に必要なのとそうでないのとを、勢いよくバッサバッサと整理して、いらない物は処分していった。
「真夜中」の連載の、「押し入れの虫干し」みたいな気分で。
ようやく、目の前に出して太陽の光を当て、きちんと判断できるようになった。
51歳になったこととも関係があるのかな。
そんなこんなで、お正月の間お腹を壊していたのも、去年1年の毒を出しているような感じがした。
毒というか、ワインの澱みたいな。
いや、もしかしたら10年分の澱なのかもしれない。

鼻水を垂らしながら、おとといから布団の中でゲラの校正をしたり、雑誌の切り抜きを読んだり、『十八番リレー』の本のことをやったり、これからの仕事のスケジュールをまとめたりもしていた。
まだ体がついてきてないのに、正月早々から、どうやら私はもう仕事をしたがっていたみたい。
せいせいとまた、新しい澱をためながら、これからも進んでゆこう。
今年も、がんばりますだ。
夜ごはんは、醤油ラーメン(自家製焼豚&、煮卵、もやし)、松前漬け、菜の花のおひたし、酢だこ。


「エゾアムプリン」のカトキチが作って送ってくれた、アイヌの神様みたいなカッコイイ正月飾り。
ドアに写っている青いのは空、と写真を撮っている私だす。



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