2017年     めにうへ

●2017年1月21日(土)曇りのち晴れ、ときどき小雪

7時半になる前に起き、カーテンを開けると、向こうの海の雲の上(このところ、雲だ雲だと書いているけども、本当は対岸に見える山の上のことです)から太陽が昇ったところだった。
今朝は曇り。
太陽は、線香花火のような橙色のまん丸。
うっすらと雲がかかっているのか、それほどには眩しくない。
見ている間にもどんどん昇って、海から離れてゆく。
下界では雪が舞っている。
台所に下りてお湯を沸かし、お湯に蜂蜜を溶かした甘い飲みものを作ってベッドに戻った。
最近は、この蜂蜜お湯が気に入っていて、夜寝る前にときどき飲む。
パソコンを持ってきて、ベッドの上で『ほんとだもん』につける文をもういちど推敲した。
寝ている間に上ってきた言葉に直す。
調子がいいので、続いて日記も書く。
きのうの日記が、ようやく書けた。
さて、そろそろ起きようかと時計を見たら10時半なのだった。
太陽はもう、空の真ん中へん。
今日は、『帰ってきた 日々ごはん3』の校正をやろう。
今は2014年の日記をやっているのだけど、スイセイが広島へ帰ったり、山の家へ行ったりすると、私はとりとめなく時間を過ごし、ひとり分のごはんを作っている。
適当な気持ちで作るから、できあがったごはんも適当な味で、ちっともおいしくなく『るきさん』に憧れたりしている。
ときどき山の家にも出掛けては、雑草抜きに精を出し、一日が終わるとお風呂場で行水してさっぱりと着替え、夕陽が反射して茜色に移り変わる山肌を眺めたりしている。
山の家の空気が懐かしい。
日記には書けなかったけれど、このころはよく、スイセイと深めの喧嘩をしていたことも思い出し、校正をしながら少しだけ胸が痛くなった。
スイセイは今、あの山の家でどんなふうに暮らしているんだろう。
お風呂はどうしているのかな、ごはんはちゃんと作っておいしく食べているんだろうか。
夜ごはんは、ソーセージと壬生菜の炒めもの、納豆(卵、下仁田ねぎ醤油)、みそ汁(豆腐、えのき)、ご飯。
お風呂から出て2階へ上ると、煙突の煙の先っぽを、いも虫みたいな雲が大口を開けて食べていた。
ぱくっ、ぱくっ。
そのうちいも虫は本当に蝶になり、私はぷっと噴き出した。
羽根の丸い模様の穴が、だんだん大きくなって、そこからばらばらにくずれ、空に溶けた。

●2017年1月20日(金)曇り一時晴れ、雨、雹、小雪

朝、ゴミを出しに行ったら、白いものがふらふらと舞っていた。
朝ごはんを食べているうちに、少しずつ明るくなって、今は晴れている。
雲は多いけど。
きのうは、中野さんをお見送りがてらバスで三宮へ行ってみた。
海の方へ向かって歩いたり、おいしそうなパン屋さんでカレーパンをひとつ買って、半分ずつ食べたり。
「大丸デパート」を超えたところにある路地には、いい感じのする小さなお店がぽつぽつと並んでいた。
気になる洋服屋さんを覗いたり、雑貨屋さんを覗いたり、サンドイッチ屋さんを窓から覗いたり。
ウインドー・ショッピングは楽しい。
中野さんは蜂蜜をすくう木の棒(先がクルクルしている)を、お父さんへのプレゼントに買ってらした。
そうそう、うちを出てバスに乗る前、いつもの坂道の神社の脇を下りていたときだ。
何の話からだったか、「私は主観が強すぎて、俯瞰してみることができないの。客観が苦手」と私が言った。
そしたら中野さんが、「なおみさんは、もっと主観にもぐっていったらいいんです。そしたら客観になれます」とおっしゃった。
そうか。
そういうことなのかな。
これでも、まだまだなんだ。
私は怖いんだと思う。
もっと主観にもぐってしまってもいいんだという嬉しいような気持ちと、そんなにもぐったら、壊れてしまわないんだろうかという不安な気持ち。
そんなことをしたら、目を覆いたくなるような醜いものが出てきて、みんな、私のまわりから逃げていってしまうんではないか、とか。
でも、たぶん地べたに堕ちるその直前に、どこかが大きく開き、逆さになって、ふわりと舞い上がる。
空中分解して、バラバラになってしまうのでは決してなく……という気もする。

ウインドー・ショッピングのあと、「ユザワヤ」に行き、ペン先(太い線が描ける種類の)と、スミレ色とカナリア色のカラーインク、チャック、黒い布テープなどを選び、買った。
最近、いつも使っている小さな肩掛けバックに留め口がなく、また財布を落としそうなので、かぶせるような布を当ててチャックをつけようと思って。
「ユザワヤ」から出たらもう夕方で、暗くなりかけていた。
うら淋しい気持ちが、ふっと、押し寄せてきた。
中野さんは来週から東京で、しばらくの間会えないから、私はなんとなしに離れがたく、新開地で夕ごはんを食べながら軽く呑みましょうかと相談していた。
でも、「やっぱり、今日は帰ります」と伝えた。
帰ったら、中野さんは展覧会の準備がまだ残っているのだし、そろそろ私も自分のことをはじめなければ。
こんどお会いできるのは、『ほんとだもん』の次回の打ち合わせ。
その間、大阪の大学で対談(マメ イケダさんという方とします)の仕事もいただいているし、本当は私にも宿題があるのだから。
『帰ってきた 日々ごはん3』の校正も、編集者にずっと待っていただいている新しい本のための「たべもの作文」も、そろそろ書きためていかなければ。熊本でのトーク(2月3日、長崎次郎書店でします)の支度もあるし、「おいしい本」の作文も、雑誌の料理の試作やら、レシピ書きだって。
心を切り替えようと思い、えいやっと別れ、帰ってきた。
六甲に着いて、「六珈」さんでコーヒー豆を買い、電気がついていたから「MORIS」にも寄ってみた。
そしたら、大田垣蓮月さんという幕末時代の女の人(尼さんで、歌人でも陶芸家でもあったそうです)の書の展示をやっていた。
このところ私もペンで平仮名をずっと書いていたから、その字のたよたよとしたやわらかさ、なのに強さや太さも隠れているみたいな線に見とれてしまう。
ひと通り眺めたところで、ふと思いつき、ヒロミさんにカバンのチャックのつけ方を相談してみた。
私のアイデアをお伝えすると、ヒロミさんはお裁縫箱をさっと取り出し、マチ針を打って、縫いはじめのところまでやってくださった。
「ここは丈夫な方がいいから、返し縫いがいいでしょうね」
マチ針を打つときの布を触る手つき、糸の通し方、指ぬきをつけた針の刺し方、視線の落とし方、姿勢のよさ。
うちの母も姉も縫いものが苦手だったから、これまで誰にも教わったことがない私は、何でも自己流でやってきた。
年上の女の人から、まさかお裁縫を教えてもらえるなんて。
じんとして、涙がにじんだ。
そして、中国茶の先生が、これからいらっしゃるとのこと。
「MORIS」で開かれるお茶会の、リハーサルをするのだそう。
お茶の先生の話は、前々から今日子ちゃんに聞いていたのだけど、なんとなくご年配の方を想像していた。
そしたら私よりずいぶん若い、とても姿勢のいい身軽な感じのする方だった。
机を動かし、机の上にのせた椅子の上に乗って電気の高さを変え、和紙をくしゃくしゃに丸め、乾いた蓮の葉をひとつひとつ袋から取り出し、机の一カ所に集め、その上に大きな木の丸盆をのせる……
机にも、和紙にも、炭にも、茶器にも、自分の方からすーっと体を寄せ、体を曲げ、流れるように動いてらっしゃる。
踊っているみたい。
踊りというより、お祈りみたいな静かな動き。
準備がととのって、今日子ちゃんとヒロミさんと私がお客になり、お茶会のリハーサルがはじまった。
お茶の葉の話(説明という感じでなない)を少しだけ聴き、書を目で見るのではなく、そこにあることを感じながら、蓮月さんの茶器で一煎、二煎、三煎、四煎目までいただいた。
四川省の蒙山というところで採れた、一葉という名前の紅茶だそう。
見せていただいた茶葉の形は、なんだか蓮月さんの書にも似ていた。
どこからやってきたのか、とても小さな白いクモがお盆のまわりを歩いたり、お茶がしたたる音を聴いているみたいにじっとしたりしていた。
私にもいろいろな音が、よく聴こえていた。
自分ののどが、ゴクンと鳴ってお腹の方へ下りていったり。
一煎目のお茶はチョコレートのような甘い匂いがした。 
二煎目だったか、三煎目だったか、飲み終わってからお茶碗を嗅いだら、この間、雪の日に森のなかに入ったときの匂いがした。
緑の葉っぱがきれいな発酵をしたような、混じりけのない、深々とした厚みがあるようで、軽やかな香り。
お茶の味も、匂いも、先生の声も、お湯を注ぐ音、手つき、部屋の空気の色合も、すべてがしんとひとつになっていた。
お茶って、こういうものなのか。
お茶会というのは、形式ばってかた苦しいものだと、これまで私はずっと濁った目で見ていた。
赤いフードつきのセーターに、黒いふわっとした木綿のスカート、毛糸の黒い帽子にスニーカー姿の先生は、目には見えないものをたくさん纏われていた。
目の前にいる先生の体がお茶の木で、お茶の雫を体を通して抽出し、最後の透明な一滴まで、残らず私たちはいただいているような。
そして先生の体の後ろには、高い山のある険しい土地や、土の色、お茶の葉を育て、摘み、揉み、蒸し、干している人々……私にはお茶の知識などないけれど、そういう景色や寒さが見えた。
お茶に合わせてこしらえた今日子ちゃんのお菓子は、ガトーショコラを丸く型抜きし、そこにあけた小さな穴に、グレプフルーツのきれいな色のみずみずしいジャムが丸く詰められていた。
黒い大きな月と、小さな月(穴をあけた分)が、黒い漆器に並んでいる。
外に出たらもう真っ暗だった。
こんなこと、一生にそう何度も味わえないだろうというくらいに、もったいないような時間だった。
お茶会はきっと、机を動かしたりする準備のときからはじまっていた。
一期一会とはこのことなのか。
いままで、この空気の清い感じ、この心地よさは何なんだろうと思っていたのだけど、そうか、「MORIS」は茶室でもあったのか。
タクシーに乗って帰ったら10時過ぎ。
夜ごはんは食べず、お風呂に入ってすぐに寝た。
お茶とケーキの合わさった、おいしい味が消えてしまうのがいやなので。
ああやっと、きのうのことが書けました。
長々と読んでくださり、ありがとうございます。
今日は、『ほんとだもん』に添える小さな文を書き上げ、お送りした。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(白菜、下仁田ねぎの青いところ、菜の花、卵、天かす、三輪山で買った七味唐辛子)。

●2017年1月18日(水)明るい曇り

今朝は10時から『ほんとだもん』の打ち合わせ。
デザイナーの小野(羽島一希)さんと加奈子ちゃんがいらっしゃるので、7時半に起きた。
私が身支度をしているうちに、中野さんが掃除機をかけてくださる。
中野さんは元気。
きれいに清められた1階で、絵本で使われるかもしれない描き文字を書いた。
インクをつける式のペンで。
これはGペンというのかな。
生前、父がペン習字で使っていたのを、この間お正月に帰ったときに実家でみつけ、もらってきた。
いままで私は、画材屋さんで買ってきたペンに、使い方もよく分からずにインクを何度もつけながら絵を描いていたのだけど、中野さんに描き方を教わった。
描き方というか、インクのつけ方。
力を入れて描いても、太く描いても、何をしても自由なことも教わった。
使い終わったら、水では洗わずに(錆びてしまうから)ボロ布やテイッシュでぬぐって、それでもまだこびりついているインクは、布の先をツバでちょっと濡らしてぬぐえばきれいになることも。
すべて書き終わったら車の音がして、原画の宅急便と、小野さんたちが同時に着いた。
ドアを開けたとき、玄関に並んで立っていたおふたりともが、マフラーをまったく同じようにぐるぐる巻きにしてらした。
加奈子ちゃんのは赤い木の実の模様、小野さんのはメキシコのポンチョみたいな明るい色の縞模様。
「小野さんは、きっと青い服を着てらっしゃいますよ。靴下は、けっこうカラフルなのを履かれるんです」と中野さんがおっしゃっていた通り、青いシャツにレインボー柄の靴下の小野さんは、床に並べた原画をご覧になり、「うーん、うーん」とおっしゃりながら、とても感じていらっしゃる。
言葉で説明しなくても、小野さんにはすーっと伝わる。
ペンの描き文字よりも鉛筆の方が線の太さが合いそうなことが分かり、3人が何やらお打ち合わせをしているのを遠くで聞きながら、私はまたひと通り書いていった。
なんとなくだけど、自分のなかに小学2年生の女の子が上ってきているような感じもしながら。
原画をしまい、打ち合わせがすべて終わってからお出ししたお昼ごはんは……
まず、キャベツのシチー(サワークリームのかわりに、ヨーグルトの水分を漉したクリームにディルとパセリを刻んだものを添え、スープに混ぜながら)。
小野さんは昔、「クウクウ」にもよくいらっしゃっていたから、なんとなくそんなメニューになったのだけど、そういえば「キャベツのシチー」は塩豚とキャベツのスープにヨーグルトを加えた煮込み料理にそっくりな味がした。たしか、「コーカサス風 塩豚とキャベツのスープ煮」という名前だったような。
あとは、アルザス風大根(これも「クウクウ」メニュー。塩をした大根の出てきた水分ごと、ほんの少しのおろしにんにく、レモン汁、オリーブオイルで和え、ディルとパセリ)&スモークサーモン、下仁田ねぎのとろとろ煮(玉ねぎドレッシング)、おから(干ししいたけ、さつま揚げ)、ひたし大豆(切り昆布入り)、鶏レバーのしょうゆ煮、カマンベールチーズ&クラッカー(加奈子ちゃんのお土産)、すくい豆腐(下仁田ねぎじょうゆ)、ポルトガルの白ワイン(若い葡萄で作られた微発砲のもの。加奈子ちゃんのお土産)。
ここでひと休みし、屋上に上って空や海や山を眺めながら、ポテトチップス&千葉産の落花生(マキちゃんにいただいたおいしいの)。
戻ってきて、土鍋ご飯(中野さんのご実家のお米で)、自家製イワシの干物、神戸風牛スジ煮込み(コンニャク、刻みねぎ)、おかか(だしをとったあとの)の甘辛煮、もろみ(自家製しょうゆを仕込んでいる途中のもの)。
小野さんがこのあと東京でお仕事があるそうで、2時半くらいにお開きとなった。
おふたりが帰られてから、中野さんと焼酎のお湯割をちびちび呑んでいたのだけど、『ほんとだもん』の原画を急きょ今日中にお送りしなければならないことになり……梱包し、宅配便に受け取りに来てもらったところで、ぐっと安心したのか急に眠たくなってしまう。
卵雑炊(中野さん作・天かす入り)を食べて、7時半くらいに寝てしまう。

●2017年1月17日(火)晴れ

とても暖かい。
お昼過ぎに中野さんと八幡さまで待ち合わせ。
1週間ぶりにお会いした中野さんは、なんだか輪郭が薄茶色い。
髪が茶色っぽいだけでなく、顔の色というか、顔のまわりというか……体のまわりも。
逆光で見ているせいかなと思い、隣に立って見直しても、やっぱり薄茶色い。
鼻声で「寒いですね」と言って、ぶるぶる震えてらっしゃる。
今日はとても暖かいのに。
中野さんはもうすぐ東京で展覧会があるから、絵を描かれたり額縁をこしらえたり、きっとものすごく頑張ったのだ。
それに中野さんが住んでらっしゃるところは、神戸よりもずっと寒く、絵を描かれている部屋(ほら穴と呼んでいる)も底冷えがするくらい寒い。
ここまでくる間に乗っていた電車も、ずっと寒かったのだそう。
図書館へ行く前に、温かいおうどん(ほのかに中華が混じったような卵とじうどん/中野さん、梅干しとおぼろ昆布のうどん/私)を食べたら、ようやくいつもの中野さんに戻った。
絵本を借りて、厄神さん(厄神厄除大祭)のための出店を盛んに準備している、八幡さまの賑やかな参道を通り、「いかりスーパー」で軽く買い物し、男坂を上って帰ってきた。
中野さんの自作絵本『ほのちゃん』が20日に出るので、今夜はそのお祝い。
レバーの入った大きなハンバーグを焼いて、椎茸と粒マスタード、チーズ入りのクリームソースをかけ、オーブンで焼く予定。
台所で私が支度をしている間、窓辺に腰掛けていた中野さんは、同じ雲をずっと見ていた。
ときどき「なおみさん、見てください」と声をかけられる。
中「ほら、あそこ。煙突の煙の先を、雲が食べているんです。ほら食べた。あの雲、へんな形だなあ」
それは、亀の甲羅みたいにこんもりとした山型の雲。
左端が口になっていて、その反対側は象の鼻みたいなのが細く伸びている。
私が玉ねぎを炒めて冷まし、鶏レバーを刻み、牛乳でふやかしたパン粉と卵をひき肉に加えて練っている間も、まだ見てらっしゃる。
中「なおみさん、どんどん形が変わっていますよ」
立ち上がって腰を曲げ、窓に顔を近づけ、ポケットに両手をつっこんで見ている。
そのあとも中野さんは、雲が完全に消えてなくなるまで見ていた。
こういうのがきっと、いつか絵になり、お話になるのかな。
オーブンでハンバーグ・グラタンを焼いている間に、『ほのちゃん』を読んでいただいた。
この絵本は歌になっている。
後ろに描いてある楽譜を見ながら、私も一緒に歌う。
夜ごはんは、レバー入りハンバーグ・グラタン、白菜とにんじんの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)、赤ワイン。
めずらしく、「酔っぱらってしまいました」とおっしゃって、先にお風呂に入った中野さんは、8時半には寝てしまった。
やっぱり、とてもくたびれているご様子。
展覧会のために、きっと、精魂を詰め込んだんだ。
この展覧会は、「ぼくたちのサーカス」というタイトルで、1月26日(木)から2月6日(月)まで、西荻窪の「ウレシカ」で開かれます。
『ほのちゃん』の原画と、紙版画がたくさんと、描きおろしの絵。
東京のみなさん、よろしかったらぜひお出かけください。

●2017年1月15日(日)晴れ、雪

朝起きて、カーテンを開け、朝日が上っているのをちょっと見て、また仰向けになった。
青い空に、白いものがふらふら。
おや? と思って下を見たら、雪が積もっていた。
うっすらだけど、屋根は真っ白。
本格的なお天気雪だ。
あとで、朝ごはんの前に、森の入り口まで上ってみようかな。
行ってきました。
中に入り、杉の木の5人兄弟が踊っているところまで歩いた。
森の中はけっこう積もっていた。
ところどころ、落ち葉が見えるくらいの積もり具合。
雪を踏みしめ歩いた。
キクキクと音がした。
枝の間から差し込んだ陽の光のなかを、粉雪が斜めに舞っていた。
金色の穴から金の埃が吹き込んでいるよう。
森のなかは、とてもいい匂いがしていた。
清冽なのは同じなのだけど、夏とはまた違った緑の匂い。
もっと深々とした、お茶みたいな匂い。きれいな緑色の。
夏が中学生だとしたら、今朝の森の緑は40代くらいの匂い。
さて、朝ごはんだ。
今日は「気ぬけごはん」をやろう。
雪は、そのあともときどき舞っていた。
強くなったり、弱まったり。
でも、晴れているからかちっとも積もらない。
舞いながら、下に落ちるまでには溶けてしまう。
あるいは道路の熱で、溶けてしまう。
「雪も降りますけど、降ってもすぐに溶けてしまって、積もることはめったにないです」
神戸の人たちがみな口を揃えて言っていたのは、これだったのだ。
夜ごはんは、神戸風牛スジ煮、豆腐入り卵雑炊(ゆうべの鍋の残りの汁で煮た。ゆで大豆、壬生菜、天かす、万能ねぎ、味噌)。

●2017年1月14日(土)晴れ、風強し

7時半少し前に、海の上の雲から日の出。
カーテンをさっと開けてパッと閉め、また寝た。
8時に起き、お風呂のなかでセーターを洗って干した。
押し洗いの仕方を調べたら、動画つきで出てきた。
最近は何でもパソコンで調べることができ、とっても便利。
さて、今日は「気ぬけごはん」を書きはじめよう。
1話を書き終わったあたりで、スイセイから電話がかかってきた。
受話器を取ると、間髪入れずに「スイセイ」と、ひとこと。
慌てているわけでも、早口なわけでもないのだけど、電話での会話をテレパシーみたいに捉え、無駄のない最低限の挨拶がスイセイらしく、なんだかとても懐かしかった。
スイセイが調べた統計によると、全国的に1月中旬の今の時期がいちばん寒いのだそう。
これから寒波もくるとのこと。
私「へー、そうなんだ」
ス「へーって、知らんのんだ。みいは、そういうことが気にならんの?」
私「うん。うちは冬じゃないみたいにあったかいの。陽が当たると暑いくらい」
本当に、うちのアパートメントは暖房をつけなくても春のように暖かいので。
テレビがつかないから、ニュースも知らない。
山の家の寒さについて、寒さのしのぎ方について、スイセイはたくさん話してくれた。
樋を伝って落ちてくる雨水をためておいて農具を洗ったりもしているそう。
少ない荷物のなかでやりくりし、命をつないでいるような感じが、とてもスイセイらしいし、すごくおもしろい。
私「山登りの人みたい」
ス「そうなんよ。最近、植村(直己)さんのこともよう考える。あと、アムやカトキチが移住したばかりのころに、どうやって北海道の冬をしのいでいったかとか、1年目はどうじゃったか、2年目はどうじゃったかとか、気になるんよのう」
もっともっと聞いていたかったのだけど、生命保険の方がいらっしゃり、電話を切った。
ひと仕事して、「coop」へ。
小麦粉、キャベツ、洗剤、トイレットペーパーにティッシュなどたっぷり買い物をし、パン屋さんへも寄って、大荷物で坂を上った。
海の見える公園でひと休み。
リュックの背負いヒモを担ぎやすいようにきつく締め直し、水を飲んだ。
キンと冷たい水のおいしかったこと。手の平にすくって立て続けに5杯飲んだ。
最近、坂道を上っていて、ふと、(ここはそんなに急ではないな。ほとんどなだらかだ)と感じることがある。
下だけ見て歩いていると、目の加減でそれほど斜めには見えないからか。
いちばん最後に控えている坂は、さすがに急だけど。
途中で、茶色と灰色の可愛らしい子犬をいつも散歩させている女の人とすれ違い、挨拶を交わした。
「私たちも(子犬のことも含まっている)これから、パン屋(私のパン屋さんの袋を見て)へ行ってきます。雪が降るとこの坂道は凍るから、車はもちろんスリップするし、歩くのも、こういうところ(柵のこと)につかまって下りないと、滑ってたいへんなんです。3年に1回くらいあるんです。でも今日は、降りそうもないか。だいじょうぶそうかな?」
坂を上りつめたところで、西の空のクリームパンみたいな雲の上に、幅広い金色の縁どり。
家に帰り、買ったものをリュックから出していて驚いた。
私、薄口しょうゆに、牛乳、ツナ缶(3つ入りのパック)や菜種油の大きいのも買ったんだった。重たいわけだ。
タクシーに乗るつもりで買い物し、やっぱり歩けそうだから、歩いてしまおう……となった。
歩きながら私は今日、スイセイがとても元気そうだったから、感謝の気持ちを表すには、これくらいの坂を歩いて上らなければ気がすまなかったんだと思う。
夜ごはんは、ひとり豚しゃぶ鍋(豚しゃぶ用薄切り肉、絹ごし豆腐、えのき、壬生菜。薬味は大根おろし、赤柚子こしょう、ねぎ、ポン酢しょうゆ)。お豆腐をいっぱい食べたのでご飯はなし。
夜、お風呂の掃除をしながらゆっくり入り、出てきたら雪が降っていた。
夜景が見えないから、霧かしら? と思って、窓を開けたら降っていた。
白いのが、舞ってる舞ってる。
もみの木はうっすらと白。もみの木の隣の木は真っ白。
屋根にも積もっている。
あったかいお酒が飲みたくなって、梅酒のお湯割を作り、2階のベットによじ上ると、もうずいぶん弱まっていた。
このままやんでしまうのだろうか。
お風呂に入る前、ちょっと冷えるような気がして1階のヒーターを入れたとき、すでにもう降っていたのかも。

●2017年1月13日(金)快晴いちじ曇り

今日は原稿の校正を、いったいいくつやったんだろう。
3つかな、4つかな。
3つだ。
メールも電話もたくさんあった。
最近、間違い電話もやけに多い。
いつも「竹田さんですか?」という電話。
そしてみな、セールスっぽい感じの人からの電話。
電話番号がうちと同じらしいけど、どうなのだろう。
「気ぬけごはん」も書きはじめた。
3時ごろ、ベッドの上で陽を浴びながら編み物をしていた。
ふと窓を開けたら、雪が舞っていた。
ふらふらふらふら。
この間より量の少ないお天気雪だ。
夕焼けは、西の空の雲の縁(上だけ)が茜色。
下はハッカ飴のような水色。
夜ごはんは、トマト雑炊(大豆のゆで汁、白菜、人参、ポールウィンナー、固形スープの素、ハリサソース、トマトペースト、牛乳、冷やごはん)。
粉チーズをふりかけ、「ムーミン」を見ながら食べた。

●2017年1月12日(木) 快晴

7時に目が覚めた。
太陽が海の上の雲のところから顔を出し、ちょうど上ろうとしているところだった。
しばらく目をつむり、8時に起きる。
もう、太陽はずいぶん上って、たまらなく眩しい。
海も黄色に光っている。
玄関を開け、鰯の干物(きのう塩水に浸け、干しておいた)を風通しのいいところに干し直した。
朝ごはんを食べ終わり、管理人さんに流しのつまりを直していただいた。
「こんなんですが、私に直せることやったら、何でもいたします。いつでも声をかけてくださいね。では、お邪魔しました。えらいすいません」
お願いしに下へ下りると、いつでもすぐに来てくださる。本当にありがたい。
今日はなんとなく、試作のようなことをして、フライパンのなかの様子や変化のポイントを見逃さないように、レシピを書いたりしている。
なんだか私、料理家みたい。
雑誌の仕事、やってみようと思う。
器のスタイリングもアシスタントも、マキちゃんに手伝ってもらえば、できそうな気がする。
スケジュールが近すぎるけども、東京では当たり前のことだから、がんばってみようかと思っていたところに、メールが届いた。
次の号で改めて、高山さんのやりたい方向でやりませんか?とのこと。
わ! 本当に、ありがたい。
夜ごはんは、おからチャーハン(塩鮭、卵)、白菜と大根のおつゆ(湯豆腐の残りでうどんを作ったときのおつゆを薄め、ほうれん草を加え、塩で味をととのえた)。

●2017年1月11日(水)快晴

8時半に起きた。
朝からよく晴れている。
セーターを着ていると、暑いくらい。
布団を干したり、シーツやらバスタオルを洗濯したり、ひさしぶりにあちこち片づけた。
さーて、今日から『帰ってきた 日々ごはん3』のパソコンでの校正作業をはじめよう。
今日からはじまる私の新しい生活。
私の仕事はじめ。
そして今日の海は、太陽が当たった一カ所だけでなく、なぜだか全面がさざ波立ち、光っている。
キラキラチカチカ。
2時半まで『帰ってきた 日々ごはん3』を集中してやった。
手紙を出したいのだけど、切手がないので郵便局まで歩いた。
いつもの神社でお参りし、川沿いにずっと下まで歩いた。
ここが、最寄りの郵便局。
はじめて来たのだけど、こじんまりとして、とってもいい雰囲気だった。
吉祥寺でいつも通っていた郵便局に、空気が似ている。
そのあとは、なくした帽子を探しに歩いてまわる。
まずは図書館へ、そしていつものスーパーへ(ここがいちばんあやしいので、落とした翌日にも確かめにきた)。
今日は、スーパーにいる係の女の人も、警備室の人も、とても親身に対応してくださった。
念のため、また名前と電話番号を伝えたら、すでにノートに記してあった。
前回の警備員さんは、とてもそっけなかったのだけど、ちゃんと書いておいてくださったのだな。判子もちゃんと押してあった。
もしも届けがあったら、電話をくださることになっている。
もしやと思い、その前の日に行った「めぐみの郷」でも聞いてみた。
レジの女の人が、忘れ物ノートを開いて見てくださる(この人もとっても感じがよかった)が、やっぱりここにもなかった。
いったい、どこにいってしまったんだろう。
大切な茶色い毛糸の帽子。
赤い木の実みたいなのが、ぽつぽつと編み込まれている。
この帽子は、中野さんが倉敷へ家族旅行に行ったときに、お土産で買ってきてくださった。
じつは、神社でお財布を落とす前の日に、この帽子をなくしたのです。
私は神戸へ来てから、よく物をなくすようになった。
バスに乗って、坂をのぼり、帰ってきた。
帰ってきたら、東京でお世話になっていた雑誌の編集者さんから電話があった。
料理の撮影、神戸まで来てくださるとのこと。
ありがたいことです。
ちょうど企画の内容が、このところ作っているひとりのごはんに近いもの……どうしよう、やってみようかな。
夜ごはんは、真鯛の西京漬け(椎茸と壬生菜のバター炒め添え)、小かぶと大豆のみそ汁、塩昆布、もろみ味噌、ご飯。

●2017年1月10日(火)快晴

8時にいちど起きたのだけど、トイレへ行ってまたベッドへ。
『ココアどこ わたしはゴマだれ』を読んだり、目をつぶったりしているうち、泥のように眠ってしまう。
夢もたくさんみるし、いくらでも寝ていられる。
10時くらいにゆかりおにぎり(ゆうべのうちににぎっておいた)をひとつとみかんを食べ、また眠った。
ゆらゆらと夢をむさぼっていたら、佐川さんから電話があり起きる。
世の中は、もう動き出しているのだな。
このところのいろいろが、深く楽しかったから、その分のくたびれもまた、きっとたまっているのだ。
今日は、パジャマのままゆらゆらと過ごそうと思う。
いま、台所へ行ったら、大豆が水に浸けてあった。
そうか、ゆうべ寝る前に私がやったんだ。
じゃあ、大豆をゆでながら、読書の日としよう。
呼び鈴が鳴っても、出ないことにしよう。
慌ただしくてずっと読めずにいた、和光鶴川幼稚園のお母さん方の感想や手紙をふと思い出し、読みはじめる。
私はこれを、去年の12月のうちに送っていただいたことさえ忘れていた。
読みはじめてすぐ、ひとりひとりのお母さんの生の声が聞こえるようで、ありがたく、涙が噴き出し、もうそれだけになってしまう。
『どもるどだっく』の絵本のことを、強く感じていることがいっぱいあるのに言葉がままならなくて、うまく伝えることのできない子どもたちのかわりに、4歳のなみちゃんがお母さんに向かって教えてくれているようだとか。
読み聞かせのあとのお話会で私が喋っていた言葉を、娘さんが私の体を借り、自分にお願いしていると感じてくださったお母さんもいた。
私はたしか、こんな話をした。
「料理を作るときに、どんなことを大切にしていますか?」という質問に、「料理家のくせに、手先があまり器用でないせいもあるけれど、野菜をきちんと揃えて切るとか、面取りをしたり、お皿にきれいに並べて盛りつけたりとか、料理をしすぎないようにしています。目の前の食材をじっと観察していると、どうやったらおいしくなるかとかいうのが、自然に分かってくる。あと、玉ねぎをじっくり炒めていていたら焦がしてしまって、そしたらその焦げからカラメルが出て、混ぜているうちになじんで香ばしさが加わったとか……そういう偶然や、自然発生的なことを大切にしようとしています。これはもしかしたら、子どもも同じなのかもしれないです。何かをしなさいと強いられると何もしないけど、放っておくと、勝手にやりはじめる。私は子どもを生んだことも育てたこともないので、自分が子どものころのことしか分かりませんが、子どもって、景色はキラキラしているし、ごはんはおいしいし、体を動かすのも面白くてたまらない。生きているだけで楽しくて仕方がないので、『邪魔しないで』って思います。まわりと同じようにできなくても、怒ったりせずに、どうか見守っていてあげてください。みんなと同じようにできなくても、放っておいていいと思う。自分で傷ついて、自分で泣いて、元気がなくなって。元気がないのはつまらないので、どうしたらいいかというのを自分で発明し、分かっていく気がします。それに、みんなと同じようにできないのは、わざと同じようにしないのかもしれない。子どもたちはむき身の体と心で感じるから、本当は、何でもわかっているんだと思う。私たち大人よりずっと」
私が『どもるどだっく』を作っているときは、もう夢中だった。
ただひたすらに楽しくてたまらなかったから、体ごと4歳のなみちゃんに戻ることができた。
そこから上ってくる言葉だけ綴り、見えている景色を、中野さんに描いていただくことができた。
夜ごはんは、洋風雑炊(大根、ポールウィンナー、大豆、ほうれん草、大豆のゆで汁、チーズ、牛乳、味噌)。

●2017年1月9日(月)晴れ

いつもの神社のところまで中野さんをお見送りし、いま帰ってきたところ。
中野さんに合わせたわけではないのだけど、私は自然にゆっくりと歩いていて、そしたらいろいろな細かなものが目に入ってきた。
木の実や葉っぱ、道に落ちている小石、小鳥の尾羽の色、塀のシミなどがくっきり見える。
海のひとところが光っていたり、さざ波立っていたりするのを坂を下りながら眺めていると、「あー」とか「はー」とかしか声が出ない。
よく見たり感じたりしているときは、それだけでいっぱいになっているので、言葉が出てこない。
空気を含め交感し合っているのがわかるから、対話はしているんだと思う。
坂の途中でわずかな雨を先に感じたのは、中野さんだった。
1滴、2滴くらいの雨。
お天気雨だ。
実家にいる間、私はまわりのスピードにのみ込まれ、ぐるぐるとせわしなく動いていた気がする。
こっちに帰ってきて、ひさしぶりに中野さんに会った日に、そのことに気がついた。
私が六甲に戻ったのは、4日の夕方。
5日には中野さんがいらっしゃり、『ほんとだもん』の新しい原画とカバー絵を何枚か見せていただいた。
これまで描いた絵もすべて床に並べ、実家にいる間に少しだけ動いていた私のテキストとすり合わせたり。
新しい絵を見たことで、またテキストが変わったり、最初に戻ったり。
6日は、加奈子ちゃんがいらっしゃって、3人で打ち合わせ。
中野さんとふたりで、これしかないと決め込んでいた絵が、加奈子ちゃんの新鮮なひらめきのおかげで転がり、思ってもみない展開となった。
絵を入れかえただけで、見えないものが、見えてくる。
隠れていた匂いのような気配が、立ちのぼる。
「もしかしたら、とってもおかしなことかもしれませんが……」とおっしゃりながら、加奈子ちゃんがひらめいた絵をはめたとき、私は体の芯がぶるぶるっと震えた。
ああ、そういうことをこの物語は伝えたがっていたのか。
人の手で動かすのではなく、すでにできていた、すでにあった目には見えない何かを、確かにつかまえたような感じがしたんだと思う。 絵というのは、絵本というのは、いろいろに動いては物語が生まれる。
本当におもしろい。
7日は、電車を乗り継いで、中野さんと奈良の三輪山に初詣に行った。
いくつもある社でお参りするたび、感謝の想いを伝え、安産のお守り(みっちゃんの娘のリカが5月に出産するので)と、災いよけの鈴のお守りを自分用に買った。
お守りを買った直後、私は財布を落とした。
私は焦り、猛烈に省みた。
それはとても凝縮された、濃い時間だった。
けっきょく、ちゃんと届けてくださった方がいて、みつけることができたのだけど。
神戸に帰ってからのここ数日は、なんだか新しく感じることばかり。
いろいろなことがあって、日記に描ききれないや。
中野さんが泊まってらっしゃる間のごはんは、何を食べたのだっけ。
どんなものも、何を食べても、しんからおいしかった。
舌の感覚が開いたように、細かなところまで、すみずみまで。
いま思い出すのは、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋(中野さんがこしらえた)。これがとくにおいしかった。
だしも水も入れないのに、自分の体から出てきた水分のみで煮た白菜の、甘み、苦み、酸味。
中野さんともたくさん話した。
子どものころのこと、家族のこと、親戚のこと、学生時代のことなど、たくさん話してくださった。
声を聞きながら、私の頭の中にはとぎれなく映像が浮かんだ。
私もまた、ぼそぼそと話した。
どうして神戸へやってきたのか、どうして中野さんに出会い、こうして一緒にいるのか。
前からうすうす感じていたことが、ここ数日の間に、ようやく言葉にできるようになった気がすることについて。
それは、こういうこと。
私は極端に自我が強く、誰にも押さえられないような、どうしようもない暴れん坊が心(魂というのかな)のなかにいる。
というか、そのことはスイセイとの諍いが増えた去年くらいから、ようやく自覚しはじめた。
暴れん坊は、私が本を作り続けるしつこさの源にもなっているのは確かなのだけど、ときに私を傷つけ、まわりも傷つけ、壊す。
だから、鎮めてくれる存在が必要なのだと、ずっと思っていた。
六甲のこの家は、空や太陽や風、雨や嵐、森、山、川など、人の力の及ばない、わからないものに囲まれている。
わからないものたちは、私の暴れん坊を鎮め、諌めてくれる。
「わからない」ということ。
わからないからこそ、いろいろなものが浮かび上がり、物語りが自然にわき起こる。
中野さんには体があり、生きている生身の人だけれど、中野さんも私を諌め、鎮めてくれるもの。
太陽や風のようなものと、同じ仲間だと私は感じているみたい。
中野さんの絵は、描き方は、人知を超えている。
そんなことをぽつりぽつり話していたら、耳をすますように少しだけ顔を傾けじっと聞いていた中野さんが、「なおみさんは、オオカミから生まれたんですよね。世の中の人たちが、なおみさんを怖がるのは、そういうところなのかもしれません。でも、なおみさんには育ての親がたくさんいらっしゃる。スイセイさんもそのおひとりでしょ?」とおっしゃった。
ほんとうに。
私はオオカミから生まれたから、言葉が通じないと相手に噛みついたり、傷つけたりしてしまう。
これまでスイセイにもたくさん噛みついてきた。
よく我慢してくれていたなあ。
スイセイにはずいぶん育ててもらったから、これからはもう、自分の力でやりなさいということなんだと思う。
それが、この世を生きる私のミッションの大半なのかもって思う。
この部屋で中野さんの絵に囲まれ、絵本を作りながら、文を書きながら、そういう力を身につけるのが、今年の、これからの、私の抱負です。
夜ごはんは、塩鮭(三輪山へ行く日、におにぎりにした残りをほぐしておいた)、ほうれん草とポールウィンナーのバター炒め、ワカメと青じそのみそ汁。

●2017年1月3日(火)晴れ

午後、いちばん上の兄が帰省し、姉も駆けつけて、兄弟姉妹で話し合い。
主には母に何かあったときのことの相談。
母が希望するお葬式(キリスト教にのっとった式を、教会でやりたいのだそう。ずいぶん前から、歌ってほしい賛美歌まで決めてある)のこと、遺産相続のこと。
米寿のお祝いのことなど。
私はこれまで、10年以上も(20年以上かもしれない)お正月に実家へ帰ることをしてこなかった。
でも、神戸でひとり暮らしをするようになってから、こうして気軽に帰ってこられるようになった。
帰省するたび、母と絵本の話で盛り上がったり、母の子どものころの話を聞いたり。
とても勇気がいったけれど、スイセイと離れて暮らすことを決心したおかげで、思ってもみなかった新しいことに繋がり、広がってゆく。
そのことを不思議に思う。
けど、そうなるようにできていたようにも、なんとなく、思う。

●2017年1月2日(月)晴れ

今日も、居間と台所の大掃除。
途中からおでんを煮ながらやった。
午後、姉が家で使わなくなった棚を持ってきてくれた。
みっちゃんは自分の部屋で図面を広げ、仕事をしていたのだけど、すぐに組み立ててくれた。
この棚を、私の本だけ集めた本棚にしたいと母がいう。
これまで送り続けてきた雑誌(すべてとってあった)や本を並べた。
夜ごはんは、おでん(ちくわ、静岡の黒はんぺん、厚揚げ、コンニャク、ゆで卵、大根、八頭)、ブリカマ塩焼き、大根おろし、鶏皮の甘辛煮(七味唐辛子)
母とまたお風呂に入り、布団のなかで絵本を読む。

●2017年1月1日(日)晴れ

明けましておめでとうございます。
今朝もまた、富士山の裾野までくっきりと見える。
母は8時半ごろ、教会の礼拝へ行ったそう(みっちゃんが車で送ってくれた)。
私はぐっすり眠って10時に起き、朝風呂に入りがてら、お風呂場を徹底的に大掃除した。
2時間近くこもってやっていた。
母が教会から帰ったら、お昼ごはん。
ささやかな元旦のごちそうを、炬燵の上に並べた。
「明けましておめでとう」の挨拶をし、母の感謝のお祈り(けっこう長かった)を聞いて、3人で食べはじめる。
私とみっちゃんだけ、軽くビールで乾杯。
数の子、煮豚、白菜と大根のサラダ、真鯛の昆布じめ、お雑煮(大根、八頭、ほうれん草)。
みっちゃんは、2階の畳の部屋(母の衣装部屋になっているのだけど、部屋の半分はいらない物が積み重なり、物置のようになっていた)を徹底的に大掃除してくれた。
ここは私がいつも泊まる部屋。
母はあまり掃除をしない人だから、ずいぶん埃がたまっていた。
カーテンをはずし、窓もピカピカに磨いてくれた。
畳の部分がとても広くなり、部屋にあるのはおばあちゃんの鏡台とタンス、古いステレオ(私たちが幼稚園のころからあるもの)だけになった。
これから先、母に何かあったときに、私がいつでも帰ってきて泊まれるように。
インターネットが繋げさえすれば、パソコンを持ち込んでここでも仕事ができるように。
そんなことも思い、今年は実家を大掃除するつもりで帰ってきた。
お昼を食べ終わったら、台所と居間も少しずつ大掃除。
夜ごはんを食べ終わってお風呂に入る前、母がいつもやっている気功を教わった。
腕や足をこすったり、首や体を傾けたり。
「はい、次はネコ」と言いながら、体を伸ばす母は、元気元気。
生きる活力がまだたっぷりある感じ。
20分ほどやって、最後に肩をもみ合った。
母「なーみちゃん、お風呂に一緒に入るかあ」
私「うん、いいよ」
クリスマスに神戸の教会へキャンドル礼拝に行った話をすると、母とても喜び、興奮していた。
「ああベツレヘムよ、ちいさなまち〜」の賛美歌を、思い出しながら高らかに歌う母は、体を洗う手がすぐに止まってしまう。

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