2010年     めにうへ

●2010年2月7日(日)快晴、午前中は風強し

きのうは、春一番だったのだろうか。
ものすごい風の中を、スイセイと散歩した。
寒いのだけど、ダウンジャケットにマフラー、毛糸の帽子の重装備で歩いたら、吹きすさぶ大風にもて遊ばれるような感じになって、気分壮快だった。
このところ私は、書評を書く仕事のために、『いつだってボナペティ!』という本をずっと読んでいた。
映画『ジュリー&ジュリア』の、ジュリアさんの自伝だ。
それがとてもおもしろくて、毎晩寝る前に少しずつ読んでいたのだけど、おとついあたりからスピードを出し、ぐんぐん読み進んでいた。
きのうは、その感想を話しながらスイセイと散歩をしていた。
おかげで自分の言いたいことがはっきりと言葉になり、帰ってから猛烈な勢いで書評を書き始めた。
めずらしく、夜ごはんを食べ終わってからも続きをやった。
今朝、書き上げたのをスイセイに読んでもらったら、一発でOKが出た!。
わーい。
というわけで、今日は夕方からひさしぶりに川原さんがごはんを食べにくる。
それまでに、「ヨムヨム」の日記を書いたり、『十八番リレー』のことをやったり。
うちの前の大きな水たまりには、青空が映りこみ、風が吹けばさざ波立って、チラチラチラチラ光っている。
夜ごはんは、まぐろのヅケ(きのう、近所のスーパーでまぐろの解体をしていて、赤身のおいしそうなのを買った。半分はわさび醤油で食べ、残りはゆうべのうちに漬けておいた)、いろいろ盛り合わせサラダ(コールスロー、きゅうりのサラダ、白菜のサラダ、トマトのサラダ)、カレイとじゃがいもの重ね焼き(サワークリーム、ディル、山梨でもらった椎茸でソースを作る予定)、丸ごと小かぶとかぶの葉のスープ煮(オリーブオイルとコンソメで蒸し煮)。

●2010年2月1日(月)冷たい雨のち雪

きのうは、山の家を見にいっていた。
この間、スイセイと見てきたところを、みっちゃん(双子の兄)にも見てもらいたくて。
みっちゃんは、建築現場の監督さんなので、客観的な目で見てもらえる。
また改めて、不動産屋さんにも来ていただき、こんどは裏山の森も見せてもらった。
もう、すべてがバッチリだった。
たぶん、99パーセントの確率で、ここに決めることになりそう。
家は廃墟同然にボロボロだけど、スイセイとふたりで、少しずつ手を入れ、直していこうと思う。
すべて出来上がった時に、いちばんはじめの写真を見て、「本当にひどかったよね〜。あそこから、よくここまでやったよね〜」と、ふたりでビールを飲みながら大笑いしたい。
いったいそれが何年後になるかは分からないけれど。
まずは、庭や空き地を覆っている、枯れススキをぬくところから始めよう。
庭には桜と梅、南天、大きな金木犀があった。
土蔵、馬小屋みたいな納屋、ガレージ、畑、そして森の土地までついている。
森には、小さいけれど、冷たく澄んだせせらぎが流れていた。
ここでのことは、また改めて、しっかり書こうと思います。
たぶん、春から始まる「ヨムヨム」の連載として。

そして、みっちゃんの車でそのまま実家へと帰り、ひと晩泊まった。
スイセイも、みっちゃんも、母もまたいきいきとして、絶好調であった。
というわけで、今日は1時の新幹線で帰ってきた。
うちに着いて窓を開けたら、ペンギンの口ばしみたいなヒヤシンスの芽が、8ミリくらい伸びていた。

夜になって、雪が降り始めた。
去年あたりから自分の中で、ガシャンと音を立て、何かがひとつ終わったような気がしていた。
しかし、しんしんと降り積もる雪のように、世界は、また始まった!
夜ごはんは、駅ビルで買ったお寿司&つまみ&ビール。
海苔巻きいろいろ(納豆、カッパ、鉄火、中落ち、かんぴょう)、炙り寿司(帆立、サーモン、平目、カニ、海老)、ほうれん草のおひたし、島らっきょうの塩漬け、浸し黒豆、れんこんの薄味キンピラ。

●2010年1月23日(土)晴れ

今日もまた、「真夜中」の作文の続き。
昼過ぎに、かわしまよう子ちゃんから、沖縄の荷物が届いた。
島人参を送ってくれると言っていたので、楽しみにしていたら、島らっきょうと、さやつきのうずら豆もおまけで入っていた。
島人参は、白っぽい黄色で細長い。
うずら豆は、緑がかったクリーム色に紫のだんだら模様が入っていて、さやをむくと、さらにくっきりとした同系色の、指輪の石みたいな豆がクリッと出てくる。
島らっきょうの枯れた葉っぱでさえ、紫や茶色やカーキ色が混ざっている。
ちょっとドキッとした。
沖縄の野菜はカラフルなんだなあ。
潮風や、空や、草花や、森の、匂いつきの野菜。
東京の野菜は今、大根、白菜、ほうれん草、かぶ、椎茸、しめじくらいで、代わり映えしない。
白や緑や茶ばかりの分かりきった色だし、何をどう食べても、いつもとそう変わらない。
なんだかなあ、と思った。
でも、匂いがないようなところにいたのは、私の方だったと、沖縄の野菜を見ていて気がつきました。
このところ私は、作文ばかり書いていて、買い物に行ってなかった。
だから、冷蔵庫の中のものを節約しながら、残りもの料理ばかりチャチャッとやりくりし、適当にすましていた。
島らっきょうは、とても小粒。
辛みも苦みも小学1年生ぐらいにみずみずしく、みそをちょっとつけて、パリパリと皿いっぱい食べた。
うずら豆は、よう子ちゃんが書いてくれたように、豆ご飯にしてみた。
グリンピースの豆ご飯みたいに、酒と塩と白ごま油を少し加えて炊いた。
うずら豆は、ご飯とは別にも塩ゆでして食べたんだけど、そのおいしさとはまた違う味。
ご飯に炊き込んだら、豆とも、お米とも言えない、いったいどこからきたんだろう… というねっとりしたおいしさになった。
島人参は、玉ねぎとキャベツと一緒にクリームシチューにした。
甘くて、すごくおいしい。初めての食感。
島人参は、味噌をつけて食べてもおいしかった。
好物の、山ごぼうの味噌漬けを思い出すような味だった。
夜ごはんは、豚の生姜焼き(せんキャベツたっぷり、マヨネーズ)、島らっきょう&きゅうり&島人参(味噌)、クリームシチュー、うずら豆ご飯。

●2010年1月20日(水)晴れ

11時に朝ごはんを食べて、ひと仕事。
「真夜中」の作文の続きをやる。
1時からは、「きょうの料理ビギナーズ」の打ち合わせで、鷲尾さんがいらした。
鷲尾さんは、「きょうの料理」で連載していた「十八番リレー」の編集者。
「十八番リレー」は、4月に単行本になるので、今まさにまとめているところ。
お世話になっている真っ最中です。
「ビギナース」は初めてだけど、鷲尾さんが連れてきてくださった編集の方々が、とても感じのいい人たちだった。
ページに向かう態度が、皆同じ方向を向いていて、ほどよい緊張感を孕みつつ、余裕のあるゆるやかな空気。
私の意見を吸収しながらも、相の手を入れてくださり、そのことでまたさらにアイデアがわいてきたり。
撮影の日が楽しみになるような打ち合わせだった。
皆が帰って、また作文の続きをやる。
洗いものをしたり、トイレに行ったり、お風呂を洗ったりして体を動かしていると、細かい記憶が体の中を通って蘇ってくる。
ズルズル〜〜〜ッと。
忘れないうちにパソコンの前に座って、それをダーーーッと打ち込んでゆく。
今はまだ、情景としてだけで、文にはなっていのだけど。
言葉の記号を並べて置いておくような感じ。
こんどパソコンを開いた時、その記号を見ればまた蘇ってくるから、そこに浸りながら、文章に起こしてゆけばいい。
今は、そんな感じでやっている。
とちゅう、コーヒーをいれたり、夜ごはんの支度をしたりしながら、6時過ぎまでやった。

そういえば3時ごろ、布団をとり込む時、「ピチピチピチ」と聞き慣れない声がするので下を見たら、大家さんのレモンの木に、3羽も4羽もメジロが遊びにきていた。
小さくて、すべっこくて、萌葱色っていうんだろうか、ちょっとくすんだ若草色の本当にかわいらしい小鳥。
メジロが来るということは、春はもうすぐそこまできているのだな。
と思いつつ、まだ、1月の半ばを過ぎたばかりなことに気がついたのは、寝る前のお風呂の中だった。
夜ごはんは、ほうとう(山梨の駅ビルで買った。かぼちゃが練り込んである黄色い麺。大根、にんじん、里芋、長ねぎ)、切り干し大根とひじきと豆苗の和えもの、松前漬け。
スイセイは、山の家のことで頭がいっぱい。
地図を見ながらなので、なかなかほうとうが減ってゆかない。
私の方が、とっくに食べ終わってしまった。

●2010年1月17日(日)晴れ

きのうは、不動産屋さんと山の家を見に行った。
ふたつ見た。
両方とも古民家で、さいしょに見た方は、土地が思ったほど広くなかった。
となりの家との隙間も、ほとんどない。
日当りが悪く、古い家の暗さや重々しさをひしひしと感じるような家だった。
畑が離れたところにあって、そこはとても景色がよく、日当りもいいのだけど、ずっと下の方に川が流れている。
つまり、崖の上にある畑。
「畑をやっとって、ふとふり返ってみたら、みいが消えとったりするような感じじゃのう。ちょっと怖いよのう」。
もうひとつの家は、そこからさらに車で40分ほど走った、静かな山間にあった。
車もほとんど通らないし、歩いている人にもなかなか出会わない。
川沿いに、中学校と小学校があった。
川沿いの道を、タラタラとふたりで散歩してみた。
幅はあるけれど、水が少なく、延々とまっすぐに、穏やかに流れる川。
ここを、風を切りながら自転車で走ったら、さぞ気持ちがいいだろう。
トンビがホーイホーイと鳴ている他は、何の音もしない。
民家の洗濯物に、ポカポカと日射しが当たっている。
どこも動いてないように見える。
私たちの大好きな、まさに「気ぬけ」の場所だった。
家はというと、廃墟同然にボロボロ。
ここのいいところは、土地が広くて畑もあるところ。
そして何よりも、庭から望む、山々の景色が素晴らしい。
山と山の間に、白い雪をかぶった富士山のてっぺんがのぞいている。
夕陽が沈む時、きっと山が燃えるようになるんだろうな。
庭らしきところは、枯れたススキや草がボウボウで、地面はまったく見えないけれど、 枝振りのいい木が何本かしっかり生えていた。
ちょっと見たところ、梅の木みたいな感じで、新芽が芽吹いていた。
家の中のボロボロさ加減にはちょっと恐怖を覚えるけど、スイセイはけっこう気にっている様子。
さーて、どうなることでしょう。
家を見に行った時の様子は、また別のところで詳しく書くことにします。
どうぞお楽しみに。

今朝は、たっぷり眠って10時半に起きた。
スイセイはとっくに起きて、山の家のまわりの地図や、土地のことなど調べていたらしい。
朝ごはんを食べ終わって、スイセイの説明を聞いた。
近所に、小さいけれど図書館もあるみたい。
ちょっと、夢がふくらんできた。
午後からは、書きたいことがのど元まで昇ってきたので、いよいよ「真夜中」の作文にとりかかる。
夜ごはんは、塩鮭、肉じゃが(肉のかわりにちくわ、人参、玉ねぎ、じゃがいも、春雨)、たらこ、切り干し大根とほうれん草の和え物(ちりめんじゃこ、炒りごま、酢、薄口しょうゆ、白ごま油)、白菜漬け、葉唐辛子みそ、のり巻き(ゆうべの残り)。

●2010年1月10日(日)晴れ

ゆうべは、10時に寝てしまった。
今朝は10時過ぎに起きたから、12時間以上ぐっすりだった。
そしてきのうは、スイセイと喧嘩中だったので、まったくごはんを作らなかった。
それぞれが、食べたい時に自分で作って食べた。
私は、朝はスープの残りと甘食、夜がサッポロ一番しょうゆ味。
スイセイは、サッポロ一番みそ味に、夜は塩味とかまぼこ1本を食べたもよう。
まあ、たまにはこういうこともある。
誰かと一緒に暮らすというのは、きれいごとばかりではすまないのだから。
それにしても、けっこう深めの喧嘩だったから、私は落ち込んだし、きのうは1日中頭の中がぼんやりして、体の具合も悪かった。
寝ながらお腹に手を当てて、できた傷から悪いものが出てゆくように、そして清々しく強いものが体の芯からにじみ出てくることを念じながら、目をつぶっていた。
今朝はまた、一から立て直しだなと思っていたら、朝ごはんの時、「いただきます!」とスイセイが明るい声で言った。
それで、スイッとまたスイッチが入った。
ごはんを食べてから神社まで散歩し、中古のパソコン屋をのぞいて、買い物して帰ってきました。
午後からは、正月から書いていた「ふとんシネマ」の原稿の仕上げ。
実家に帰っていたヒラリンが、東京に来ていて、今サンちゃんのところにいるという。
うわーっと猛烈に会いたくなり、うち来てもらうことになった。
2年半ぶりくらいに会ったヒラリンは、前とぜんぜん変わらないんだけど、何かがすごく変わっていた。
あれ、こんなに背が高かったっけ? とも思った。
溌剌として、すっきりと、きれいになっていた。
私は、とても嬉しい。
夜ごはんは、タラのムニエル・レモンバターソース(ほうれん草炒め添え)、ひじきと豆苗とじゃこの炒り煮(残りもの)、焼豚&煮卵(正月の残り)、白菜漬け(美容師さんから漬けたのをもらった)、油揚げとねぎのみそ汁、白いご飯(ス)、高きび入り玄米(私)。
そういえば、今日は『まる子』を見るのを忘れたな。

●2010年1月3日(日)快晴

明けましておめでとうございます。
新年早々、風邪をひいていました。
今日あたりから、ようやく調子が戻ってきて、スイセイと初散歩に行った。
空気がキリッとしている中、せっせと歩いて、少しだけ汗をかいた。
しばらく散歩に出ない間に、木々はすっかり裸になって、遠くの方のマンションまで見渡せ、なんとなく広々として見えた。
歩いている人も少ないし。
微熱と鼻風邪くらいだったけど、この3日間、ずっとお腹を壊していた。
今年は、早めに大掃除にとりかかって、ちょっと精を出しすぎたのかもしれないな。
大掃除ソングは、くるりの「男の子女の子」から始まり、太陽バンド、スカンク兄弟、オハナと進み、夕暮れどきにタカシ君の「光と影」でジーンとしながら、頑張りはピークになった。
これを5日間くり返した。
棚や洋服ダンスをどかし、たまった埃を吸い取って雑巾で拭いたりしていると、つい(今年もお世話になりました)と心の中でつぶやいてしまう。
本棚を動かして、ソファーの位置をかえ、リビングの模様替えもした。
この家に住んで10年になるのだけど、その間、まったく使われないのに押し入れの奥にしまわれていた物や、もう着なくなった服など、一気に整理した。
生き方の迷いの塊みたいなものが、クローゼットや押し入れに押し込まれ、奥の方で小さく固くなっていた。
カトラリーや、器や、昔織った布や、鍋なんかも。
整理をしながら、私はいつの間にやら、エスニックな物からすっかり気持ちが離れていたことも分かった。
若い頃に集めていたアジアの布や衣装、アルミの鍋なんか、今ではどこでも買えるようになった物が、押し入れの奥にたまっていた。
「クウクウ」時代の、油まじりのメモの束や、パーティーの記録だとか。
そういう物たちを明るい所に引き出し、本当に必要なのとそうでないのとを、勢いよくバッサバッサと整理して、いらない物は処分していった。
「真夜中」の連載の、「押し入れの虫干し」みたいな気分で。
ようやく、目の前に出して太陽の光を当て、きちんと判断できるようになった。
51歳になったこととも関係があるのかな。
そんなこんなで、お正月の間お腹を壊していたのも、去年1年の毒を出しているような感じがした。
毒というか、ワインの澱みたいな。
いや、もしかしたら10年分の澱なのかもしれない。

鼻水を垂らしながら、おとといから布団の中でゲラの校正をしたり、雑誌の切り抜きを読んだり、『十八番リレー』の本のことをやったり、これからの仕事のスケジュールをまとめたりもしていた。
まだ体がついてきてないのに、正月早々から、どうやら私はもう仕事をしたがっていたみたい。
せいせいとまた、新しい澱をためながら、これからも進んでゆこう。
今年も、がんばりますだ。
夜ごはんは、醤油ラーメン(自家製焼豚&、煮卵、もやし)、松前漬け、菜の花のおひたし、酢だこ。


「エゾアムプリン」のカトキチが作って送ってくれた、アイヌの神様みたいなカッコイイ正月飾り。
ドアに写っている青いのは空、と写真を撮っている私だす。



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