2021年     めにうへ

●2021年5月9日(日)晴れ

朝から『帰ってきた 日々ごはん9』の最後の確認。
ぎゅっと集中してやった。
お昼前には終わり、ファックスをお送りした。
さて、「気ぬけごはん」の続きをやろう。
金曜日から書きはじめ、いいところまできているので。
晴れているのだけど、空気がクリーム色っぽい。
たぶん黄砂が舞っているんだと思う。
風も強いな。
さ、もうひとがんばりだ。
『アースシーの風』はおとつい読み終わり、ゆうべからまた『帰還』を読みはじめた。
だからかこのところ、知らない世界を冒険しているような夢を毎晩みる。
いちどは、母も出てきた。
『アースシーの風』の最後の章で、テハヌー(幼いころに親からひどい目に遭わされ、顔と手に大やけどを負った別名テヌー)が言った言葉が忘れられず、いろいろなことに当てはめられそうな気がして、ずっと考えている。

「あたし、思うんだけど、」テハヌーが口を開いた。ふだんとちがう、やわらかな声だった。「死んだら、あたし、あたしを生かしてきてくれた息を吐いてもどすことができるんじゃないかなあ。しなかったことも、みんなこの世にお返しできるんじゃないかって気がする。なりえたかもしれないのに、実際にはなれなかったもの、選べるのに選ばなかったものもね。それから、なくしたり、使ってしまったり、無駄にしたものも、みんなこの世界にもどせるんじゃないかなあ、まだ生きている途中の生命に。それが、生きてきた生命を、愛してきた愛を、してきた息を与えてくれたこの世界へのせめてものお礼だって気がする。」

3時には「気ぬけごはん」が書けた。
締め切りは明日だから、ひと晩ねかせよう。
あちこち掃除機をかけ、すっきりしたところでお裁縫の続き。
緑はもうモッサモサ。
夜ごはんは、肉じゃが(新じゃが、新玉ねぎ、牛コマ切れ肉)、ひじき煮の白和え、小松菜と油揚げの煮浸し、かぶの梅和え、味噌汁(麩、ワカメ)、ご飯。
肉じゃがをだし汁、酒、みりん、きび砂糖、薄口醤油、塩で白っぽく、薄味に煮てみたらとてもおいしくできた。
小粒の新じゃがは、ほどよくねっとりしておいしいな。

●2021年5月6日(木)晴れ

5時半に起きて、窓を開けた。
隣の建物の屋根の上から陽の出。
もう、緑が光っている。
夏山の朝の匂いがする。
夏休みのラジオ体操というよりも、ハワイ島みたいな、なんだかちょっと甘い香りが混ざっている。
懐かしいな、ハワイ島。
白い三日月が空にある。
なかなか消えていかない。
今日は、午前中に家を出て「ユザワヤ」へ行こうと思う。
なのでてきぱき動く。
あちこち掃除機をかけ、送るものをお送りし(ゲラの修正など)、けっきょく12時の鐘が鳴ってから出た。
お昼ごはんも食べずに。
坂道のサツキは茶色くなって、もうおしまい。
三宮はいつもと同じくらいの人出。
アイロンが壊れてしまったので、電気屋さんにも寄りたかったのだけど、閉まっていた。
阪急電車は行きも帰りも空いていた。
帰りの電車で、ボケッとしてひと駅乗り過ごし、「御影」まで行ってしまう。
わざわざ駅の外に出て、ぐるっとひとまわり。
何の目的もなく、ただ歩くのって変な感じ。
ぶじ六甲に帰ってきて「MORIS」に寄り、今日子ちゃんが作ったルバーブ・ジャム(銀のティースプーンにのせてあった)とクッキーをごちそうになる。
うれしいお茶の時間。
窓の緑が光って、夏みたいだった。
今日子ちゃんもヒロミさんも、このごろよく歩いているのだそう。
今、神戸大学には白い花が咲いていて、とてもいい香りなんだって。
そんな話をしているうちに私も歩きたくなり、神戸大学の中を通って、せっせと坂を上り、汗をかいて帰ってきた。
シャワーを浴びて、窓辺で南風荘ビールと柿ピー。
夜ごはんは、ササミカツ(スーパーの)、新ごぼうと人参のサラダ、かぶの鍋蒸し、筍ご飯(冷凍しておいたのをセイロで温めた)、味噌汁(豆腐、ニラ)。 

●2021年5月5日(水)雨

5時に目覚めるも、ゆらゆらと眠りに落ちるの繰り返し。
6時になったのでラジオをつけ、また落ちる。
とても静か。
雨が降っているみたい。
そのうちまたぐっすり眠ってしまい、夢もみて、ようやく起きてカーテンを開けた。
もう7時半だ。
体の奥から、眠りの液がしたたり出てくるみたいだった。
連休中の宿題を、同時に3つくらい進めていたのがきのうで終わったから、ほっとしたんだな。
さ、今日は何をしよう。
少し怠けていた現金出納帳をつけよう。
窓の外は白。
若緑が霧に透けている。
ゆうべのうちから発酵させておいたパン生地を、今はベッドの上で二次発酵中。
午後から窓辺でお裁縫。
今は、夏のワンピースを縫っている。
夜ごはんは、焼き餃子(いつぞやに冷凍しておいた)、かき卵野菜スープ(この間の肉野菜炒めに、白菜、ニラ、しろ菜を加えた)、ご飯。
風呂上がりは霧で真っ白。
窓を開けると、雲の中にいるよう。
夜景がまったく見えないのは久しぶり。
雨が降っているのかどうかも分からない。
霧に包まれていると、音がこもって耳が遠くなる。
なんだか安心する。

●2021年5月2日(日)晴れたり曇ったり、一時雨

5時半に起きた。
ベッドの端っこに立ってのぞくと、太陽は昇ったばかり。
まだけっこう大きく、オレンジがかっている。
明け方に、絵本のいい考えが浮かんできた。
なので、忘れないうちにべッドの下の床でコンテを書いてみた。
うーん。
どうだろう。
お風呂の中でも考えていた。
今日も風が強い。
掛け布団を干そうと思ったのだけど、飛んでいきそうなのでやめにした。
猫森が大きく揺れている。
雲間から太陽が顔を出すたびに、緑がパーッと光る。
そしてまた翳る、の繰り返し。
ゴーゴーと風が鳴る。
緑の嵐だ。
『みどりのあらし』は”こんな子きらいかな?”シリーズの1冊だけど、いじめについて描いたのじゃない。
何かを強く信じている男の子たちのお話を書いていたら、自然とそうなった。
さあ、洗濯、洗濯。
このところ私は、寝る前に『ゲド戦記』を読んでいる。
引っ越しのたびに手放してしまったので、最後の2巻しかないのだけど。
『帰還』は、はじめて読んだみたいにおもしろかった。
今の自分が読みたがっている本だった。
最終巻の『アースシーの風』は、おとついから読みはじめた。
先々週の土曜日だったかな。
たまたまテレビをつけたら、『ゲド戦記』を翻訳された清水真砂子さんが出ていた。
20歳のころの私は、『ゲド戦記』シリーズに夢中だったので、清水さんは憧れの女の人だった。
どんな方なんだろうとずっと思っていた。
学生時代の清水さんは、いつもひとりでいて、女の子たちのふつうのおしゃべりに入っていけなかったのだそう。
清水さんの言葉はなめらかで、声も心地いい。
分かりやすく、とてもいいことをおっしゃるので、私はどんどんメモをとっていった。
「絵本というと、『心がやさしくなるよいものだから、読み聞かせをすると子どもたちのためにいい』などというふうに言われがちだけれど、私は、どうなのかしら?と思うのです」
「世界はいいことばかりではない」
「自分の中にも、恐ろしいものがあるかもしれない。あっていいんだと思う」
「よい物語というのは、読者が体を通して、その物語を生き切れるかどうかだと思うんです」
「物語の最後は、ゲドが、自分の中にある悪をしっかりと抱きしめて、終わる」 「『帰還』では、ゲドは魔法使いとしての力をすべてなくし、名前のない者となった。ゲドは、無名を勝ち取った」 「類の中に、類のひとつ、ひとつとして入っていくこと。自分が小さく、弱くなると、まわりのいろいろなものがよく見えてくる」
「無名を勝ち取った」という言葉に、私はとても惹かれる。
『アースシーの風』を読み終えたら、もういちど『帰還』をはじめから読もう。
夜ごはんは、新ごぼうと牛こまの炒り煮、肉野菜炒め(豚肉、生きくらげ、しろ菜、ニラ、ミニトマト)、ご飯はなし。

●2021年5月1日(土)晴れのち雨

今日から5月。
5時半に起きるも、太陽はもう昇ったあとだった。
朝のうちは、ぼんやり晴れ間が出ていたのだけど、だんだん雲が集まってきて、雨となる。
午後には雷も鳴った。
ラジオの天気予報で、「荒れ模様になります」と言っていた通りだ。
新しい絵本のことをしたり、『帰ってきた 日々ごはん9』のアルバムまわりのことをしたり。
どちらもこの連休中に終わらせればいいので、グリーンピースのさやをむいたり、薄皮をはがしたさやと油揚げを薄甘く煮て、卵とじを作ったりしながらのんびりと。
夕方、雨上がりに窓を開けた。
新茶みたいな匂いがした。
とってもいい匂い。
猫森の木立が風に揺れている。
盛んに葉を翻し、裏の色を見せている。
いろいろな色の緑。
たまらなくきれい。
小鳥たちも澄んだ声でさえずっている。
みずみずしい夕方だなあ。
きのうは、住吉駅からてくてく歩いて、年金事務所に行った。
帰りはポートライナーに乗って、六甲道の区役所で届け出をした。
少しずつだけど、独立の道を前に進む。
きのう、朝ドラ『おちょやん』の千代が、「また、一から出直しや」と言っていたのがとてもよかった。
夜ごはんは、混ぜこぜチャーハン(筍ご飯の残りで。ソーセージ、ちりめんじゃこ、グリーンピース、ひじき煮、香菜、ねぎ)、かぶの味噌汁。

●2021年4月27日(火)ぼんやりした晴れ

6時に起きた。
もうとっくに陽が昇っているのを知りながら、寝ていた。
中野さんの家でも、私はだいたい6時とか、6時半に起きていた。
朝ごはんを食べ、車で遠出するときは午前中に出掛けた。
お昼前には戻ってきて、仕事場から抜けてくるお父さん、お母さんとみんなで昼食。
午後も外に出てめいっぱい遊び(サイクリングなど)、私はお姉さんと夕飯の支度をしながら、ユウトク君、ソウリン君、中野さんとクローバー畑(レンゲはもう枯れていた)で夕陽を見て、夜ごはんを食べたらお風呂。
そして、もう寝る。
毎日がとても長く感じたのは、子どもたちと一緒にいたからかな。
とくに午前中がたっぷりあって、「まだ8時?まだ9時半?」という具合だった。
なんだか、いつもの10倍くらい「生きている」感じがした。
洗濯物を干すお母さんを手伝ったり、お姉さんとおしゃべりしながらごはんの支度をして、それをみんなでわいわい食べたり。
ユウトク君と作文の宿題をやったり、散歩したり、自転車に乗ったり。
私はひとりでいると、文ばかり書いているから、頭の中だけで生を完結してしまいそうになる。
家族と一緒にいると、私が思いもしない何かがいつも起こる。
とくに子どもたち。
言うことなすこと驚きで、おもしろくてたまらない。
そんな3泊4日だった。
日記を書くつもりではなかったので、何を食べたかくらいしか記録しなかったのだけど……どうしてもという発見だけ、メモをとっていた。
それを、書き出してみることにします。

(4月22日)
お昼ごはん。明太子スパゲティ、ハムを焼いたの、おにぎり(ここまですべてお姉さん作)、アスパラのフライパン焼き(私作)。
ユウトク君はスパゲティを口から何本もすだれのように垂らしながら、ふつうに食べる。のりがまぶされたスパゲティなので、とても可笑しい。でも、私は笑わない。
午後、お宮さんでドッジボール。
大人(お兄さん、中野さん、私)も子どもも、真剣に。
私は子どものころ、ドッジボールの球が飛んでくるのが苦手だったのだけど、もう怖くなくなっていた。
夕飯の支度があるので、私は途中で切り上げた。
ごはんができても、みんなは暗くなるまでやっていた。
朝ごはんが終わったときだったかな、「月曜日にな、絵本を描くで。透明なところに」。
(ユウトク君は、私があげた束見本に絵と言葉を描いている。絵だけのページもある。ちゃんと物語になっている)
白いところではなく、「透明なところ」とユウトク君は言った。
私も明日、自分の絵本の取材をするとき、頭を透明にしてやろう。
これからも、どんなことも(仕事でないことも)、頭も体も透明にしてやろう。
夜、寝る前に、ツバメの巣に親鳥の頭が見えた。
卵を温めているんだ。

(4月23日)
子どもたちは学校と幼稚園。
午前中に中野さんとドライブ。
「道の駅」で苺(熟している)、クレソン、ルッコラ、絹さや、スナップえんどう、わけぎ(白くて丸い根っこつき)、ビーツ、ソーセージ、巻き寿司などを買う。
12時を過ぎてしまい、帰るともうお昼ごはんが支度してあった。
そぼろご飯(お姉さんが私のレシピで作ってくれた)、明太子スパゲティ(きのうの残り)、巻き寿司。
午後に倉庫の奥を探検。
中野さんのおじいさん(ソロバン職人だった)が手で作った、たくさんの木の道具。
カンナや、板をまっすぐに切るためのものなど、たくさんの作りかけ。
古い板の数々。
緑の空き地(前は畑だった)まで散歩。
柿の木の根もとにミツが眠っている。
朽ちかけた掘建て小屋、雨ざらしの椅子。
中野さんのおじいさん、おばあさん、ミツを感じる。
見えないけど、見える。
お姉さんは子どもたちとプールなので、夜ごはんの支度は私がした。
アスパラのだし浸し、わけぎのぬた(辛子酢みそ)、きのこご飯(お姉さんが昼間のうちに支度しておいたのを、私が炊いた)、ソーセージと絹さや炒め(中野さん作、ほんのりウスターソース味)、豆腐汁。

今日は、「毎日のことこと」の2話目の仕上げをし、午後にはお送りすることができた。
さ、使い切れなかったビーツ(「道の駅」で買ったもの)をゆでて、ボルシチを作ろう。
夜ごはんは、ボルシチ(牛バラ肉、かぶ、人参、新玉ねぎ、キャベツ、ビーツ)、サラダ(キャベツ、きゅうり、ミニトマト、コーン)、トースト。
明日は『日めくりだより』のインタビューで、塩屋にある濱田さんのアトリエに行く。
宮下さん、鈴木さん、この間裏山に一緒に上ったカメラマンの女の子と駅で待ち合わせだ。
小さな旅のようで、楽しみ。
晴れるといいな。
でも雨が降るみたい。
風呂上がり、東の空の低いところに桃色の大きな満月。

●2021年4月21日(水)晴れ

きのうは楽しかったな。
パソコン教室の前に、料理の支度をしながらおしゃべりしていたのだけど、今日子ちゃんが郵便屋さんの真似をして、その人はうちにもよく来てくださる集荷の方だったので、涙が出るほど笑った。
声の出し方や、ちょっとした目つき、体の動かし方。
今日子ちゃんのもの真似は、絶品なので。
ああ、今思い出しても笑けてくる。
エクセルの表計算ソフトは、今日子ちゃんが完璧なものを自分のパソコンで作って、私のパソコンに入れてくれた。
あとは私が、日々数字を打ち込んでゆきさえすれば、正確な数字が加算されていく。
仕事机にふたりで並んでいるとき、パソコン画面の明るさが、私のはマックスになっていることが分かった。
今日子ちゃんのはかなり暗め、でないと目が痛くなるのだそう。
目が疲れるなあと感じていたのは、そのせいもあったのだな。
すぐに私も真似をしてみた。
だから今は、とてもいい感じ。
早く、書き物仕事をしたくなる。
今日は3時半から、神戸新聞連載の新しい担当の方が、ご挨拶にきてくださる。
それまでのぽかんと空いた時間、さて、何をしようか。
小さな穴が空いていたカーディガンを繕おう。
窓辺でちくちく。
緑を見ながら。
花のような、雪の結晶のようなものをチェーンステッチで刺し、飾ってみた。
今日子ちゃんのメールによると、下は夏なみに暑いのだそう。
ここは山が近いから、ちょっと肌寒いくらい。
首がすーすーするので、ストールを巻いている。
伊那の島ゆり子さんが、私の分までアスパラを送ってくださったので、「MORIS」にいただきにいく予定。
夜ごはんは、黒豆の炊き込みご飯のおにぎり(いつぞやのをセイロで温めた)、アスパラせいろ蒸し(辛子味噌マヨネーズ)、アスパラ焼いただけ、おから煮、浸し黒豆。
明日から、3泊4日で中野さんの家に行くことになった。
夜、電話で話しているうちに急に決まった。
まだ、詳しいことは書けないのだけれど、絵本のための取材をするのが大きな目的。

●2021年4月20日(火)晴れ

風がさわさわ。
緑はもうすっかり伸びて、気持ちよさそうに揺れている。
三宮の眼鏡屋さんで作ってもらった、新しい眼鏡(パソコン用)がとても調子いい。
近々両用というのだそう。
ブルーライトカットも、レンズ自体に混ざっているんだそう。
私は文章書きに夢中になると、首が前に出てくる。
書いていると、頭だけの人になってしまうみたい。
しかも、足を組むクセがあるので、腰にも相当悪いことをしている。
夢中になりすぎると、痛みに気づかず、立ち上がるときにアイタタタとなるのだ。
なので、椅子の高さも調節した。
背もたれに体を預け、両足を床に着けたまま、画面をまっすぐに見られるように。
今日は、3時から今日子ちゃんがうちに来て、エクセルの表計算ソフトについて教えてくださる。
夕方にはヒロミさんもいらして、3人でごはん会だ。
メニューは、菊菜と香菜のおひたし(自家製辛子味噌マヨネーズ)、浸し黒豆、新ごぼうと人参のサラダ(すりごま、ねり辛子、フレンチマスタード、玉ねぎドレッシング、マヨネーズ)、ちらし寿司(ごま、ちりめんじゃこ、かんぴょうと干し椎茸の甘煮、おから煮、かぶの甘酢漬け、サーモンと帆立のヅケ、焼き穴子の含め煮、清美オレンジ、青じそ、いり卵)の予定。
きのうのうちに、湊川の市場で焼き穴子とお刺身を買っておいた。
おからもかんぴょうも煮てある。
サーモンのお刺身はヅケにした。
清美オレンジも房から出してある。
ちらし寿司は、「天然生活」の撮影の日に作ったものに、できるだけ近づけるつもり。
感謝の気持ちを込めて。

●2021年4月18日(日)晴れ、ときどき雨

6時に起きた。
このごろはいつも、同じくらいの時間に目が覚める。
そして、ぐっすり眠れる。
お通じもいい。
青汁を飲みはじめたからかな。
朝ごはんを食べ、2階の部屋だけ掃除機をかけた。
窓をいっぱいに開け、雑巾がけもひさしぶり。
軽く拭いただけなのに、雑巾が薄茶色になって驚く。
私はこのごろ、何をしていたんだろう。
床がきれいになったところで、衣替え。冬ものと夏ものを入れ替えた。
洋服ダンスの中も整理した。
風が渡る。
緑がそよぐ。
晴れていたかと思うと、急に翳ったりする。
いつまでも見ていられる。
猫森の中から、小鳥が飛び出してきた。
つーっと空を舞う。
ツバメだ!
海の上の空には、灰色の雲がある。
細かく波立っているように見える。
雨が降っているのかも。
さ、『帰ってきた 日々ごはん9』の続きの校正をやってしまおう。
「あとがき」の仕上げも。
あとひと月分を残すところで、散歩に出た。
山に向かって、遠くの方の坂を上った。
遠くの山は、いろいろな緑がむくむくしている。
白いところは、花が咲いているんだろうか。
薄いピンクもある。
小雨が降ってきたけれど、気にせずに歩く。
あれよあれよと強くなってきたので、駆け足で帰った。
しばらくしたらまた晴れてきた。
あ、海が緑色だ。
そのあと、ざーっと音を立てお天気雨が降り、大きな虹が出た。
夜ごはんは、寄せ集めグラタン(ホタルイカとちりめんじゃこのオイル漬け、お麩、新玉ねぎ、ほうれん草、ひたし黒豆、ゆで卵、ホワイトソース、チーズ)。

●2021年4月16日(金)薄い晴れ、のち小雨

5時半に起きた。
ゆうべは8時にはベッドの中だった。
クナイプのお風呂にゆっくりめに浸かったら、すっかり脱力してしまい、目を開けていられなかった。
ゆらゆらと眠り、いろんな夢をみた気がする。
雨も降っていたみたい。
朝ごはんの前に、聞いたことのない小鳥の声がした。
ピー、ピー、ピーと、ひときわ高い声でゆっくりと啼く。
ヒバリだろうか。
声のする方を探しても、どこにも見えない。
きのうは「コープさん」まで散歩して、リュックをしょって帰ってきた。
近ごろなだらかな坂道をみつけたので、帰りは遠まわりのコース。
最後はいつもの急坂だけど。
サツキの蕾が、ずいぶん膨らんでいた。
濃いピンクも、桃色も、白も。
そっと触ると、ふかふかしていた。
風のない穏やかな日。
さあ、心を沈め、『帰ってきた日々ごはん9』の再校正に向かおう。
「あとがき」もいいところまできているような気がする。
陽暮れ前、翳りはじめたときの緑がしたたるよう。
西陽が当たってぱーっと輝いたり、急に翳って、憂いをおびたような色になる。
夜ごはんは、塩鯖、ひたし黒豆、ほうれん草のおひたし(じゃこ、ポン酢醤油、ごま油)、自家製なめたけ、筍姫皮のきんぴら(赤唐辛子)、納豆(卵白)、煮豆(黒豆を薄甘く煮てみた)、ご飯。
夜になって小雨。

●2021年4月13日(火)ぼんやりした晴れ、のち曇り

6時半に起きた。
ゆうべは少年が出てくる夢をみた。
中学生くらいの、すっとしたきれいな感じのする子だった。
その子は私のことを前から知っている……みたいな夢。
目を覚ましたときには、細かいところまでちゃんと覚えていたのに、二度寝したら忘れてしまった。
残念。
カーテンを開けたら、電線に水滴がついていた。
ゆうべ雨が降ったのだな。
地面も濡れている。
空が白い。
今朝の「古楽の楽しみ」は、バッハのコラール。
先週の日曜日は、夕方からつよしさんが遊びにいらした。
まだ明るさの残る窓辺で、食べたり呑んだり。
ひさしぶりにいろいろな話をした。
つよしさん、学校が忙しいようだけど、元気そうだった。
何を作ったんだっけ。
空豆の真っ黒焼き(さやごと鉄のフライパンで)、空豆のペコリーノチーズふりかけ(ゆでた豆になたね油と塩、黒こしょうをまぶし、上からチーズをおろした。食べはじめ、何かが足りないような気がしてなたね油と塩を追いがけしたら、いっぺんにおいしくなった)、蓮子鯛と海老のアクアパッツァ風(なたね油でにんにくを炒め、粉をまぶした蓮子鯛と海老をムニエルみたいにソテー。白ワイン、サフランピラフミックススパイス、ミニトマト。仕上げにディルとバターをたっぷり加え、焼き汁を乳化させた)。
アクアパッツァなんて、そんな洒落たものではないけれど、蓮子鯛と海老の火の通り方がちょうどよく、とてもおいしかった。
最近、試しに買ってみた「サフランピラフミックス」というスパイスは、鶏肉を焼くのにも、ターメリックご飯にも、サフランの風味がついてなかなかいい感じ。
朝ごはんを食べていたら、晴れ間が出てきた。
ゆうべから常温発酵させていたパン生地は、今、ベッドの上で二次発酵中。
さ、今日も『帰ってきた 日々ごはん9』の再校正と、「おまけレシピ」を試作しながら書こう。
思い出した。
つよしさんはあの日、「海が緑色ですね」と言った。
そのとき私は青にしか見えなかったのだけど、ずっと見ていたら、だんだんだんだん緑色というのが分かってきた。
つよしさんは、絵を描く人のいい目を持っている。
今朝の海は少し、黄土色がかっている。
二次発酵中のパンは、お昼にはふっくらと膨らんだ。
曇っているからちょっと心配だったけど、まったく大丈夫だった。
ずいぶん暖かくなったのだ。
夕方、ざーーーーっと音がして雨が降ってきた。
窓を開けると、たまらなくいい匂いがする。
木と、緑が濡れた、精油のような匂い。
山の中にいるみたい。
夜ごはんは、ひき肉と白菜のあんかけ丼(柚子こしょう風味)、スナップえんどうの味噌汁。
夜になって霧。

●2021年4月7日(水)晴れ

6時半に起きた。
ゆうべはよく眠れなかった。
自分がどこにいるのか、まだ分かっていないような感じだった。
今、窓の外にはいろいろな若緑がある。
若緑は日に日に伸び、もう少しで枝が隠れそう。
海も青い。
なんとなしに肌寒いので、窓は開けてない。
ヒノキ花粉も盛大に飛んでいるそうだし。
中野さんの家から帰ってきて、今日で何日目なんだろう。
私はここにいるけれど、心ここにあらず。
家族と一緒に過ごした日々が、あまりに楽しかったからだろう。
それでもきのうは、生命保険の方に来ていただいて、振込先の変更の手続きをした。
あ、ツバメ!
六甲のツバメたちも帰ってきたんだ。
今日は、『帰ってきた 日々ごはん9』の再校正が届いた。
ありがたい宿題。
また明日から、とりかかろう。
夜ごはんは、中国風鶏がゆ(手羽先、大根、白菜)、キムチ。

●2021年4月3日(土)晴れ

ユウトク君となめたけを作った。
おもしろい発見がいろいろあったので、彼が言ったことをみなメモした。
そして、中野さんが小学2、3年生のころに書いた作文が出てきて、お母さんが見せてくださった。
お父さんには絵を見せてもらった。
中野さんはやっぱり、子どものころから絵が上手い。
女の子が縦笛を吹いている絵。
笛を持っている手の向きとか、力の入り具合で節ばっている指とか。
絵が描ける人というのは、そのものの成り立ちを目で見て分かり、表すことができるんだな。
私が描くと、そのものに触れられない。
描けば描くほど、ぼやけるばかり。
午後から、近所の池へサイクリングに行った。
ユウトク君が先頭、私、ソウリン君、中野さんの順で1列に走る。
「なおみさんの好きな道からいくで。ついてきてな」と、やさしい声で言われた。
そこは畑に囲まれた、どこまでもまっすぐな道。
春の草花が咲き乱れている。
レンゲ、ムスカリ、カラスノエンドウ、タンポポ、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリ、ペンペングサ、クローバー。
池の広場(夏に自転車でぐるぐるまわったところ)は、桜が満開だった。
いつもは誰もいないのに、おじさんがふたり本格的なカメラで写真を撮っていた。
池(水が干上がっていた)の向こう側に下り、ため池に向かって石投げをした。
驚いて、あちこちで亀が首を出す。
ユウトク君は三段投げができるようになっていた。
中野さんは十段くらい飛ぶ。
私がちっともできないので、投げ方をユウトク君が教えてくれた。
夕方、夕陽が沈むまでレンゲ畑に4人並んで座り、私は缶チューハイ、中野さんは缶ビール。
なかなか沈まなくて、子どもたちがかけっこはじめたり、ソウリン君がヒメオドリコソウをとってきて、蜜を吸ったり。
そのときに中野さんが言ったんだった。
「ここはよく、ミツと散歩にきていたところです。ほら、なおみさんの向こうのちょうどその辺に、ころんと横になっていました」
それで、ようやく気がついた。
レンゲ畑の左側には、柿の木がある。
絵本に描いてあったのと同じ木だ。
夕陽が沈む前、中野さんの顔はオレンジ色に照らされていた。
髪型も、絵本と同じ。
今日はミツの命日だから、ミツも一緒に見ていたかも。
夜ごはんは、ノブさんの手打ちうどん、オニオンリングフライ(「暮しの手帖」に載った私のレシピで)、南瓜の天ぷら、白菜の煮物。
手打ちうどんは、釜揚げとざるの2種類にした。
肌寒かったし、お父さんが少しやわらかめの方がいいようだったから。
薬味の大根おろしは、仕事帰りのお兄さんがたっぷりおろしてくれた。
多めにゆでたのに、子どもたちもツルツルとよく食べ、「コシがあっていいわあ」「おいしいなあ」とみなそれぞれに言いながら、ほとんどなくなった。
そうだ、忘れないように書いておこう。
ソウリン君が言っていた「赤ちゃんみたい」というのは、私の話し方が静かだからなのだそう。
声が小さいし、一言三言だけで、長いセンテンスをあまり話さないからかも。

●2021年4月2日(金)晴れ

6時過ぎに起きた。
朝のコーヒーを飲みながら、中野さんの新作絵本の絵を見せてもらう(部屋に並べたり、立てかけたりしてあったので)。
凄いことになっている。
少しは想像していたけれど、遥かに超えている。
ゆうべはよく眠れなかった。
やりたいことをいろいろ思いついてしまって。
ひとまず、今朝はユウトク君に苔(水槽で育てている)を見せてもらうことになっている(小さなキノコが1本生えている)。
中野さんの部屋の棚にあるうさぎの木の人形が、きのうからおじさんと姪に見えるようになった。
少し距離をおいて、腰掛けているうさぎ。
足をぶらぶらさせながら、ふたり並んで同じ景色を見ている。
朝ごはんを食べ、お父さん、お母さんは仕事。
お兄さんも仕事。
残りのみんな(コウタ君も)でドライブ。
西脇の「へそ公園」と、ずっと行ってみたかった服屋さんへ。
夜ごはんは、お寿司屋さんごっこ。
スーパーでお刺身をいろいろみつくろい、すし飯はお姉さん作。
ヒラメ、マダイ、サーモン、いかソーメン、甘エビ、海老、帆立、いくら、カニカマ、卵焼き(お姉さん作)、豚肉の甘辛炒め(私作)。
みんなの注文を聞きながら、中野さんとユウトク君が次々にぎってくれた。
豚肉の甘辛炒めのにぎりが、思いのほかおいしかった。
豚もものしゃぶしゃぶ用肉を3等分に切り、片栗粉をふりかけて2枚ずつ重ね、白ごま油で焼きつけた。
肉が縮まないよう、弱火と中火の間でじりじりと。
9割くらい焼けたら酒、みりん、きび砂糖、醤油を加えて強火で煮からめる。
あまり濃い味にならないように。
これをにぎりの上にかぶせ、ワサビをちょんとのせる。
ふっくらとやわらかで、つやもあり、穴子に負けないおいしさだった。
教わりながら、私もいちどだけ握ってみた。
手の平に酢水をつけ、パンパンとはたく。
すし飯は少なめに手に取り、いちどギュッと握ったら、次は軽く握ってもうおしまい。
すし飯を多くしすぎないのと、握りすぎないのがうまくいくコツみたい。
ユウトク君は、去年の夏にはこういうことができなかったような気がする。
ソウリン君も、自分が食べる分だけ握って(プラスチックの型で)お皿にのせ、もくもくと食べていた。
手先の器用さや、集中力や、自分を信じる力。
小さい人たちは新しいことを次々と獲得し、大人たちがぼんやりしている間に、どんどん成長していっている。
お寿司を食べているとき、ユウトク君が不思議そうな顔で「なおみさんは何で『平気』って言うん? どうして『大丈夫』って言わんのやろ」と聞いてきた。
これも私のクセ。
私は子どものころから、「だ」という音が出にくかった。
というより、出せなかった。
「へ」だったらすっと出る。
今は吃りもほとんど治っているので、言おうと思えば出てくるのだけど、なんとなくクセになっている。
あと、静岡県の方言もあるかもしれない。
「ほんとだ。 その通りだ。みんな、大丈夫って言うよね」
私たちの会話を聞いていたお父さんが、「平気いうのは、自分を軸に言っているような感じやな。大丈夫は、もう少し広いんやろな」と言った。
そうか。
ほんとだ。
「平気」は、わがままな感じがする。
私は少し、恥ずかしかった。自分の都合だけで言葉を使っていたことに。
これからは、「だ」が出にくいことがあっても、ちゃんと「大丈夫」と言うようにしよう。

●2021年4月1日(木)晴れ

届け出の用事をすませてから、税務署の隣の小さな公園で、桜を見上げながらおにぎりを食べた。
はじめての道、はじめての場所。
摩耶駅からJRに乗るのもはじめて。
元町に出て、お昼過ぎくらいに神戸電鉄に乗った。
新開地をぬけてしばらくすると、山の中を走る。
窓のすぐ外には、触れそうな緑。
通路に映った窓の形の木漏れ陽が、流れていく。
ちらちらちらちら。
電車は空いていて、ほとんどの人が目をつぶっている。
上を向いて寝ている人もいる。
眩しいのと眠たいのとで、私もとちゅうから目を開けていられなくなった。
桜の木の桃色が見えると、目を開ける。
見事な満開。
線路の両側に咲いているところは、桜のトンネルのよう。
駅に着いて、中野さんとまず肉屋へ行った。
合いびき肉を800グラム。
今日はハンバーグを作るのだ。
亜衣ちゃんのレシピをお手本にして、肉厚ジューシーなのを焼く予定。
いちど家に帰り、荷物の整理。
チキチキチュクチュクと、盛んにさえずっている声が聞こえる。
中野さんが言っていた通り、玄関の軒下の巣に、ツバメのつがいが戻ってきていた。
1羽が巣に入ると、交代でもう1羽がシュッと飛び出し、近くの電線で見張っている。
交代のときに、ペチャクチャやる。
中野「ほら、おしゃべりしてるでしょ」
私「ほんとね、去年巣立った若いツバメが、戻ってきているのかな」
中「そうだと思います。多分、相手をみつけて」
私「わー、ここからだとよく見える。のどのところ、ほんとにあんなに赤いんだ」
中「僕は、どっちのツバメの声なのか分かるようになりました」
冷蔵庫に何があるかを確認し、また車に乗ってスーパーへ。
軽く買い物し、アイスコーヒーを駐車場で飲んだ。
空の向こうまで、太い飛行機雲が3本交叉している。
風が気持ちいい。
この間来たのはクリスマスだったから、あちこち緑緑ですっかり春になった。
春というより、夏のはじめみたい。
お父さんたちの仕事場へも、アイスコーヒーを持っていく。
スーパーから戻ってきたら、お姉さん、ユウトク君、ソウリン君がちょうど帰ってきた。
友だちのコウタ君の家へ行ったり、牧場に行ったりしたのだそう。
牧場では生クリームを作ったのだそう。
今日は、コウタ君も泊まることになった。
子どもたちがつくしをつんできたので、居間に新聞紙を敷いてみんなでハカマ取り。
私はとちゅうで折れてしまったりするのだけど、子どもたちは指先をとがらせ、とても上手に取る。
ハカマを取ったものから、きれいに揃えて並べている。
そのあとでユウトク君、コウタ君がガス台の前に並び、それぞれつくし炒めを作った。
味つけはバター醤油。
歯ごたえも味も違って、どちらもおいしい。
私は夜ごはんの支度。
ハンバーグはなんと9人分!
玉ねぎもサラダのごぼうも、みんなお姉さんが切ってくれた。
ハンバーグはフライパンで表面だけ焼き、天板に並べてオーブンでいちどに焼き上げることにした。
赤ワインとケチャップ、ソース入りのトマトソースも作り、ふっくらと焼き上げたものを軽くからめる予定。
ハンバーグをオーブンに入れている間、夕陽を見にいった。
子どもたちと中野さんと5人、裏のレンゲ畑へ。
すでにもう、半分以上隠れてしまっていたけれど。
ここらは高い山がなく、ほとんど平地だから、ずっと遠くの丘のようなところに沈む。
明日もまた見たい。
ハンバーグは生焼けにならないよう気にしすぎて、ちょっと焼き過ぎたけれど、レストランのみたいになった。
夜ごはんは、生ワカメ(お刺身みたいにワサビ醤油で)&メカブ(ごま油とワサビ醤油、ポン酢醤油)、つくしのバター醤油炒め2種(ソウリン君とコウタ君作)、高塔山のつくしの佃煮(朱実ちゃんたちが送ってくれた。酒と醤油で軽く味つけしたのだそう)、新ごぼうのサラダ(すりごま、ごまドレッシング、マヨネーズ)、レストラン風肉厚ハンバーグ(ゆでブロッコリー添え)、ご飯。
生ワカメとメカブは、朱実ちゃんと樹くんが海で採って、すぐに食べられるようにしたのを送ってくれた。
ワカメもメカブもつくしも春の味。
どれも、粋な呑み屋で出てくるような本格的な味がして、大人たちはみんな舌鼓を打った。
出てくる前の日に、冷凍パックで届いたのだけど、持ってきてほんとによかった。
長テーブルにみんなで座り、賑やかに食べているとき、「なーみさん、何でおいしいとき、いちいちブルッてなるんや」とソウリン君につっこまれた。
それは私のクセ。
おいしい食べ物を飲み込むとき、驚いて体が震え、背筋が伸びるのだ。
食後のお茶を飲んでいるときには、「なーみさん、泣いてるやろ」と言う。
「え?そう? 花粉症だからかな」と私が答えると、「赤ちゃんみたい。変や」と言う。
「なんで?」と聞いても、にやにやするばかりで教えてくれない。
中野さんはユウトク君、ソウリン君、コウタ君と4人でお風呂。
私もそのあとで入り、髪を乾かして9時半に寝た。

●2021年3月31日(火)晴れ

6時に起きた。
太陽は昇ってしまったけれど、陽射しが気持ちいい。
今日は1時から「ポパイ」の撮影。
きのうは大変なことがあった。
黄砂が飛んでいたから、撮影の仕入れをしたらすぐに帰ってくるつもりだったのだけど、調子にのって神戸大学の中に入り、桜を眺め、坂を上ってやっこらやっこら帰ってきた。
その時点で夕方の6時。
急いで夜ごはんの支度をし、さあ食べようというときに、急に目が痒くなった。
こすっても痒みは収まらず、目薬をさしてもだめ。
それで、はじめて鏡を見た。
そしたら目が、とってもおかしな状態になっていた。
透明なゼリー状のものが、白目にぷくっと膨らんで、魚の目玉みたい。
もうちょっとで黒目を覆いそう。
めん棒でゼリーを拭おうとしても、取れない。
私は焦った。
慌ててタクシーを呼び、眼科へ行った。
このままゼリーが黒目を覆ったら、目が腫れて見えなくなるだろうし、撮影もできなくなるかもしれないと思って。
私の目を拡大鏡で覗いた先生は、「異物が目に入って、強いアレルギー反応を起こしています。鉄棒をすると指に豆ができるでしょう、それと同じで、水ぶくれのようなものです。ひどく目をこすったせいで、水がたまったんです。これは、それほど珍しいことではありません。アレルギーの目薬を出しておきますから、家に帰ってから一度、寝る前にもう一度さしておけば、明日にはずいぶんよくなっていると思いますよ」とおっしゃった。
散歩をしている間に、目のまわりに黄砂がついて、気づかずにこすったせいかも。
先生に目を洗ってもらったら、それだけでずいぶん楽になった。
帰って目薬をさし、お風呂から出たときにはずいぶん落ち着いて、ちゃんと眠れた。
今朝は先生のおっしゃった通り、本当によくなっていた。
電話をしたら、タクシーがすぐに来てくれて。
すぐに診てもらえる、信頼できるお医者さんもいて。
その病院は6時半までやっていてくれて。
とても古い建物で、薄暗いところだけれど、ヒロミさんも通っている信頼できる病院で。
私は、すべてが、本当にありがたかった。
さ。
もうじき1時。
そろそろみなさんがいらっしゃる。
今日の撮影は1品だけだから、スタッフの賄いに、かぶの蒸らし炒めを作っておこう。
もう、目はいつもと変わらない。

撮影は3時くらいにぶじ終わり、はじめてお世話になったカメラマンの女の子と、裏山に上って山桜を見た。
そのあと、気のぬけたビールで南風荘ビールを作り、春の空に乾杯した。
明日は、開業届を出しに川沿いを歩いて税務署へ行ったら、その足で中野さんのご実家へ泊まりにいく。
ユウトク君、ソウリン君たちと春休みだ。
子どもたちも私も、新年度。

●2021年3月29日(月)晴れ

黄砂が飛んでいるというので、ずっと窓を閉めていたのだけど、夕方、たまらなくなって散歩に出た。
桜の咲いている方へ、方へと誘われるように。
マスクをして、手紙を持って、ずんずん歩いた。
いつもとはまったく違う道。
そしたら、大月台公園というところに出た。
川に沿って長い石段があり、桜の古木が並んでいた。
見事な桜階段をゆっくり下り、そのままカーブ。
桜並木のゆるやかなスロープを下りきった橋のたもとに、ポストを発見。
手紙を出したら、こんどは別のコースから、桜階段に向かってもういちど歩いた。
とちゅうで、桜の花を3輪拾って帰ってきた。
去年亡くなった編集者の友人、お母さん、私の分。
帰り着き、すぐに顔を洗って、それぞれの祭壇に桜の花を活けた。
私の分の桜だけ持って2階へ。
窓を開け、缶ビール。
黄砂で霞む海と街を眺めながら。
おつまみは柿ピー(ワサビ味)。
暗くなるまで。
なんだか目に見えない二人と、お花見をしているみたいだった。
夜ごはんは、アジア風オムレツ(ホタルイカのペンネの残り、チーズ、サンバルソース)、新ごぼうのサラダ。

●2021年3月28日(日)小雨

朝から雨。
目に見えないくらいの。
でも、降っている。
陽の出は見えない。
でも太陽は、あの辺りにあると分かる。
うちの桜の小枝は、小さな花がひとつだけ開き、枯れてしまった。
朝ごはんを食べ、スイセイに送るレシートの整理をした。
あとは3月分を残すのみ。
来月からは、私が自分で「現金出納帳」を毎日つける。
きのうは、朝から皮膚科の病院へ行った。
花粉症のせいなのか、あごのあたりに発疹ができ、少しずつ広がってきていたので。
はじめてだったのだけど、とても感じがいい病院だった。
トイレの洗面所の山側の窓が開けてあり、明るくて清潔。
その自然の光や、窓から入ってくる風みたいに、爽やかな感じのする病院だった。
診察はささっと終わり、ローション(化粧水みたいなもの)と塗り薬をもらって、開店前の「MORIS」へ。
『日めくりだより』にサインし、ひろみさんと今日子ちゃんのおしゃべりに笑い、そのあと、阪急電車に乗って三宮にも行ってきた。
パソコン用の眼鏡を作ろうと思って。
眼鏡屋さんでは説明だけ聞いて、厨房用具屋さんをのぞき、生地屋さんのバーゲンものぞき、元町からJRに乗って六甲道へ。
美容院にも行った。
だから今日は、どこへも出かけなくてもいい。
急いでやらなければならない仕事もない。
これから、生のトマトでトマトソースを作ろうと思う。
しんとした日。
外が白い。
窓を開けると、けっこう降っている。
しとしとじみじみ。
枯れ木の若緑の葉がずいぶん出てきた。
朝よりもさらに、伸びているような気がする。
夜ごはんは、ホタルイカとほうれん草のトマトソースペンネ、新ごぼうのサラダ(すりごま、黒酢玉ねぎドレッシング、ディジョンマスタード、マヨネーズ)。
新ごぼうは今、生でも食べられそうなくらいに白く、みずみずしく、歯切れがいい。
ざーっと音を立ててひとしきり降った雨も、夜には止んだ。 

●2021年3月25日(木)雨のち晴れ

6時に起きた。
雨模様で、陽の出は見られず。
桜の蕾もきのうと変わらず。
朝ごはんの支度をしているとき、遠くの空に黒っぽい鳥が3羽。
一定の距離を空けたまま、縦に並んで飛んでいた。
ゆうゆうと、螺旋を描いている。
高いところから下りてきているのかな。
ずいぶん小さく見えるけど、多分カラスだ。
今日は手紙を書いたり、机まわりを整頓して税務の資料をそこに納めたり。
申告まわりのこと、今年から自分でしようと思うので。
『自炊。何にしようか』にサインもした。
夕方、雨上がりに桜見物の散歩に出た。
ポストと、「コープさん」へ。
いつもは行かない神社まで、足をのばした。
ずいぶん咲いている木と、まだ2分咲きのところと、いろいろいろいろ。
満開までにはもうしばらくありそうだ。
軽く買い物し、ゆっくりゆっくり坂を上って帰ってきた。
東の空には白い月。
暑くもなく、寒くもなく……帰り着いてすぐ、よく冷えた缶ビール。
いろいろなことがひと段落したので、坂を上っているときから決めていた。
白い月に乾杯!
もうじき6時、まだ明るい。
飲みかけのビールを持って台所へ移動し、夜ごはんの支度をした。
夜ごはんは、厚揚げのじりじり焼き(おろし生姜に醤油をちょっと)、ゆでブロッコリーのお焼き(フライパンに並べておろした長芋とチーズをのせ、丸く焼いた。ずっと前にヒロミさんに教わったレシピ)、ご飯はなし。
お風呂上がり、窓を開けると空の真上に光る月。

●2021年3月24日(水)晴れ

6時前に起きた。
ベッドの上に立ち上がって、陽の出を見る。
ここからでないと、もう見えなくなった。
気づけば、陽の出の時刻もじりじりと早まっている。
枯れ木の先にポッと浮かんだ太陽は、丸い花みたい。
朝ごはんの前にひと仕事。
『日めくりだより』のゲラの片づけを、ようやくはじめた。
税務のことも勉強中なので、資料を整理。
きのうは、パソコンで請求書をはじめて作った。
時間はかかったけれど、鈴木さんに助けてもらいながらなんとかできた。
この先、ひとりでもできるようにフォーマットを保存し、その続きでパソコンの整理もした。
いろいろ試しているうちに、これまで知らなかった機能が使えるようになった。
苦手とか、自分には向いていないとか、ぜったいできないとか。
私はずっと思い込んでいたんだな。
新しいことができるようになるのって、晴れ晴れしい気持ち。
そしてきのうは、『帰ってきた 日々ごはん9』の校正もした。
今日も続きをがんばろう。
暑い。
窓を開けると花粉症のくしゃみが出るので、玄関を開け、網戸にしている。
それでもなんとなく暑い。
きのうは肌寒く、カーディガンを羽織っていたのに。
母の祭壇に飾ってある桜の枝先3センチ(蕾が開きかかっているのが落ちていたので、忍びなく、拾ってきた)は、きのうよりも少しだけ膨らんできている。
夜ごはんは、野菜たっぷりミルクスープ(キャベツ、大根、ブロッコリー、ソーセージ、ペンネ)。
夜ごはんを食べ、2階の窓を開けて深呼吸。
白い半月(少し膨らんでいる)が、まだ青い真上の空に。
桜の蕾もずいぶん膨らみ、明日の朝には咲くかもしれない。

●2021年3月21日(日)降ったり止んだりの雨

窓は霧で真っ白。
ツクピーツクピー、チュクチュクチュクチュク。
小鳥たちの声がよく聞こえる。
海も街も霧に包まれているこんな日に、好きな仕事に向かえることが、じんわりと嬉しい。
きのうは、『日めくりだより』の本の中に登場いただいたお礼を伝えに、「植物屋」さん、「かもめ食堂」へ行った。
桜がちらほら咲いていて、ユキヤナギも満開で、上着を脱いで歩いた。
「MORIS」では、森本仁さんの展示会が開かれていて、私はお皿を1枚買った。
外の光に当てて眺めているうちに、そのお皿に盛りつけたい料理が目に浮かんできたので。
筍と新ワカメの薄炊き、蕗の薄味煮、緑の葉っぱのおひたし、白和え、白菜と夏みかんのサラダ、ローストポークと小粒じゃがいも、ハンバーグ、肉だんご……和洋中だけでなく、民族っぽい料理も受け止めてくれそうな器。
きのうはさっそく、カレイの煮つけを盛ってみた。
薄い色の煮汁が底に広がって、ワカメや生姜の色も、とてもよかった。
春先のカレイは身が白くやわやわで、脂も上品。
小さめの切り身だったけど、ひとりで2切れぜんぶ食べてしまった。
愛でながら、器ごと食べてしまったみたいな感じ。
さ、今日もまた『帰ってきた 日々ごはん9』の初校の続きをやろう。
午後から陽が差してきた。
風がとても強い。
雲よ、飛んでいけー。
今、ミニトマトを4つ割りにして、塩をまぶしておいている。
もう少し汁が出てきたら、なたね油とローリエを加えて煮、トマトペーストを補ってトマトソースにするつもり。
雨がまた降ってきた。
霧で真っ白。
夜ごはんは、ペンネのトマトソース(ホタルイカとじゃこのにんにくオイル漬け入り)、ロシアっぽいおからサラダ(マヨネーズ、クリームチーズ、ゆで卵、牛乳、粒マスタード、練り辛子、ディル)。
また、森本さんの器に盛った。

●2021年3月20日(土)晴れのち曇り

6時前に起きた。
外はもうほの明るい。
トイレに行って戻ってきたら、太陽が昇っていた。
きのうも今日も、線香花火みたい。
橙色の玉がじりじりと、霞の向こうに透けて見える。
ラジオを聞きながら、夢の体感を反芻していた。
ゆうべは寝る前に『ことり』を読み終えた。
もう、何度も繰り返し読んでいる本。
とても静かな物語なのだけど、終盤はものすごい勢いで、静の渦に巻き込まれるようになる。
「感動した」なんていう言葉には、とても収まらない。
これほどに汚れなく、清らかな物語を、私はほかに知らない。
読み終わってすぐにまたはじめから読み、とちゅうで閉じた。
自分の中にある音に、耳を澄ます。
そういうことが描かれているように思う。
そのまま眠ったから、本の中の空気を体感しているような夢をみたんだな。
さ、今日もまた『帰ってきた 日々ごはん9』の初校の続きをやろう。
お昼ごはんを食べたら、ひさしぶりに坂を下りる予定。
ポスト、コンビニ、クリーニング屋さん、「MORIS」へ。
夜ごはんは、カレイの煮つけ(だし汁多めの薄味、軽く煮たワカメ添え)、塩もみ人参とキャベツのサラダ(ハム、黒酢ドレッシング)、冷やご飯(お昼に炊いたのをお弁当箱に詰めておいた)。

●2021年3月18日(木)晴れ

たっぷり眠って、夢もいろいろなのをみて、7時半に起きた。
太陽はもうすっかり昇っている。
そういえば、朝陽が昇る場所がずいぶん東に移動した。
でも、猫森の枯れ枝の隙間から、広々と照り返している海がちゃんと見える。
火曜日からきのうまで、中野さんが泊まっていた。
画材屋さんの帰りだったとのこと。
2日目だったかな、その日私は役所の方にお会いしたり、『日めくりだより』のサインをしに、六甲の本屋さんへ出かけたり。
帰ってきて玄関を開けたら、とてもいい匂いがした。
中野さんが、じゃがいもとにんにくを鍋で蒸し焼きにしていたのだった。
ツルニチニチソウの小さな絵も描いてあり、仕事机の上に飾ってあった。
音楽は、最近私がよく聞いている、デンマークの歌曲集。
誰かがいる家に帰ってくるのはとても嬉しいのだけど、気恥ずかしくて変に浮かれてしまうような、不思議な気分。
まだ4時だったけど、じゃがいもが熱いうちに窓辺で乾杯。
「『日めくりだより』おめでとうございます」と、ささやかにお祝いしてくださった。
きのうの朝は、サインの続き。
私がサインした本を、床の上で中野さんが5冊ずつ紙で包み、プチプチでさらに包み、ダンボール箱へ。
箱の底にも、真っすぐになるよう厚紙が敷いてあった。
絵や立体をいつも包んでいるから、中野さんの手指の動きは流れるようだった。
おかげでとても丈夫な梱包で、販売部にお戻しすることができた。
お昼を食べて帰っていった中野さんは、今、新しい絵本のことをやっている。
描いているというより、手を動かしているんだそう。
今日から私は、『帰ってきた 日々ごはん9』の初校にいそしむ。
3時過ぎに、1月と2月が終わった。
コーヒーをいれ、もう少しがんばろう。
今は5時半。
3月まで終わった。
2018年の3月には、りうの次男がぶじ生まれ、翌日に私は沖縄のきこちゃんのところへ行ったのだった。
そうか。
もう、あれから3年が経ったのか。
海はまだ青く、なんとなしに霞んでいる。
今日はずっと窓を閉めていたのだけど(花粉症対策で)、開けたら、たくわんみたいな匂いがした。
なんか有機的な匂い。
春だから、地面が温まって、目に見えない生き物たちがうごめいているのかな。
夜ごはんは、鰆の味噌漬け、蒸し小松菜、しじみと豆腐の味噌汁、ゆかりおにぎり。
6時を過ぎても、まだ明るい。
ずいぶん日が伸びたものだ。

●2021年3月14日(日)晴れ

6時半に起きた。
ゆうべ練っておいたパン生地を、ベッドの上で二次発酵させながら、「天然生活」のユーチューブにのせるための動画を確認し、朝からレシピを書いていた。
この間の撮影の日に、みんなのお昼ごはんにこしらえた「具だくさんちらし寿司」。
このレシピは、雑誌の方にはもともと載せないつもりでいたし、動画の撮影も知らない間に急にはじまった。
手順がすべて撮られているわけではないけれど、あの日のそのままの時間が映し撮られていて、ゆるやかでいいなあと思う。
何人かお客さんが集まると、いつも床の絨毯の上に白いクロスを敷いて、ピクニックのようにそこでごはんを食べる。
だから、ちらし寿司もそこで作っていった。
ライターの宮下さんが、私のつぶやいたレシピをその場で記録し、ゆうべ覚書きを送ってくださったので、それをもとに書いている。
『日めくりだより』の刊行を記念して、来週か再来週にアップされるのではないかと思います。
ご興味のある方は、ぜひのぞいてみてください。
お昼も食べずに夢中でやっていたら、もう2時だ。
きのうのうちに掃除し、雑巾がけもしておいたので、今日は本にサインをしよう。
53冊あるから、ゆっくり、ゆっくりやろう。
白い紙が美しい、とても繊細な本だから、サインをするのは気が引ける。
さて、どこに書いたらいいのかな。
いよいよ、『日めくりだより』が全国の本屋さんに届けられます。
どうかみなさん、楽しみにしていてください。 
夜ごはんは、回鍋肉(ウー・ウェンさんの本のレシピで)、中華焼きそば(いつぞやの残り)。

●2021年3月12日(金)曇りのち雨

6時前に起きた。
雲が厚く、空も海も白っぽい。
今朝の「古楽の楽しみ」はミサ曲。
6時半になっても、薄暗いまま。
陽の出は見られなかった。
最近はまた、暗いうちからカーテンを開け、明けていく空を見るのが楽しみ。
おとついだったかな。
ううん、その前の日だ。
5時くらいにカーテンを開けたら、目の前に細い細い月が光っていた。
三日月よりも細い、羽根みたいな月。
あんまりきれいではっとした。
まだ夜景の灯っている暗い空に、ピンで止めたように、そこにあった。
ベッドに寝転ぶと、枕の位置からちょうど見えるので、陽が昇るまでずっと見ていた。
徐々に細く、銀の絹糸のようになり。
太陽が昇るにつれて空は青く、月は白く、もっと細くなった。
私は目をつぶったり、開けたりしながら、青空に消えてゆくまで見届けた。
今朝は、陽の出は見られなかったけど、めずらしくミルクティーをいれて戻ってきて、ベッドの上にかしこまり、きのうひろみさんにいただいた「暮しの手帖」の古い雑誌をめくった。
表紙には1957年発行とある。
私が生まれる1年前だ。
巻頭に台所研究の写真の記事があって、それをじっくり読んだ。
カラー写真ではないから、床や壁、流し台、棚などの色が書いてある。
ガスコンロの角ばったデザインも、昔ながらのオーブンも、窓も、和洋折衷のようなこの時代の台所。
木製の棚を塗ったペンキの匂い。
陶器を落とすと割れてしまう、白いタイルの流し。
そうか、こういう台所がいちばん好きなんだ!と気がついた。
朝ごはんを食べ、おとついから書きはじめた「気ぬけごはん」の続き。
窓の外が白いと思ったら、雨が降っている。
薄いセーターだけでは肌寒い。
4時には仕上がり、お送りする。
終わったー。
夜ごはんは肉厚ハンバーグ(亜衣ちゃんのレシピがお手本)のトマトソース煮(大根のバター煮、ゆで菜の花添え)、ご飯はなし。
ハンバーグはさらりとしたトマトソースでほんの少しだけ煮込んだのだけど、やわらかくジューシーで、たまらないおいしさだった。
表現は悪いけど、肉を飲んでいるみたい。
4つ作ったので、まだまだある。
風呂上がりの夜のラジオは、教会音楽。
今夜も雲に夜景のオレンジが映り込み、とてもきれい。

●2021年3月9日(火)曇り

6時半に起きた。
陽の出を見ることができた。
もうすっかり顔を出したあとだけど。
そして、山の上の雲からだったけど。
朝からゆっくりゆっくり動き、ある人に送るメールをずっと書いていた。
午後からは、神戸新聞の連載の作文の仕上げ。
写真も撮った。
とちゅうであちこち掃除。
おとついの撮影のことを思い出しながら。
「天然生活」の撮影では、朝から日暮れまで、濱田さんにたくさん写真を撮っていただいた。
私も自由に動き、そのままを撮ってもらった。
お昼ごはんのちらし寿司もおいしかったな。
いったい何種類の具を混ぜたのだろう。
おから煮(人参、コンニャク、油揚げ、ごぼう)、蕪の甘酢漬け(葉っぱも刻んで入れた)、かんぴょう煮、焼きあなごの含め煮、サーモンのお刺身(前の晩にヅケにしておいた)と、翌日そこに合わせ軽く浸けた帆立のお刺身、実山椒の佃煮、ちりめんじゃこ、炒り卵、夏みかん(休ミちゃんが送ってくださった)、青じそ。
まだ、あったかな。
こんなに混ぜたのに、ひとつひとつの味がちゃんとしてとてもおいしかった。
みんなおかわりをした。
濱田さんは4杯。
「すごい!食べるたびに違う。どう言えばいいんやろ。いろんなのが、それぞれの味をちゃんと持っていて、口の中で弾ける。その弾け方がひと口食べるたびに違う。こんなに入っているのに、全体は調和してます。なんでやろ?」とおっしゃった。
お昼を食べ、屋上に上ったら体を動かしたくなり、私は走った。
そしたら濱田さんも走りはじめ、追いかけっこになり、走る私を濱田さんが走りながら撮っていた。
最後、暮れゆく空を眺めながら、窓辺でごはんを食べる場面を撮ってもらっているときに気がついた。
濱田さんはまるで自分の眼がカメラみたいに、瞬きをするみたいにどんどん撮る。
フイルムがなくなって取り替えにいくとき、もとの立ち位置に戻ってくるとき、ゆっくりと静かに動く。
空気が動かないので、撮られていることが気にならない。
だから私も、同じようなポーズを何度もできる。
まったく関係のない動きをしても、またそれも撮られる。
決まりきっていない。
だから、すっごくおもしろい。
撮影が終わり、窓辺のテーブルでささやかに乾杯した時間も楽しかった。
もう何年も前からお世話になっているのに、私は濱田さんの話をはじめて聞いた。
文を書いてくださる宮下さんとは何度も呑んでいるけれど、鈴木さん(『日めくりだより』の編集者)とははじめて呑んだ。
濱田さんはお酒を呑まれない。
おもしろかったなー。
この撮影の様子は、『日めくりだより』の刊行を記念し、4月20日発売の「天然生活」に掲載されます。
巻頭ページに載るのだそうです。
どうかみなさん、楽しみにしていてください。
今日は、対岸の水平線が黄色い。
夕方になったら、海まで黄色くなってきた。
黄砂だろうか。
もしかして花粉?
夜ごはんは、グラタン(いつぞやの寄せ集めクリームシチューの残りに、ほうれん草炒めを加え、チーズをのせてオーブンで焼いた)。

●2021年3月7日(日)晴れ

6時半に起きた。
ひさしぶりに陽の出を見ることができた。
山の上の雲から出た。
今日はいよいよ「天然生活」の撮影。
朝、ゴミを出しにいくときに、大きく長い龍の雲が出ていた。
道路の方に出ると、小さいのも合わせて4つ。
おとついまでは曇りのち雨の予想だったのに、よく晴れてくれた。
濱田さんは晴れ男なのかな。
宮下さんも晴れ女?
ゆうべ練っておいたパンを成形し、今ベッドの上で2次発酵させている。
撮影は、ここからスタートだろうか。
濱田さんはコンテなどには関係なく、目に映ったものをどんどん撮っていってくださるから。
さて、どうなることだろう。
きっと、楽しい日になる気がする。
ちらし寿司の支度も万全だ。
あとは、野となれ山となれ。
そろそろみなさんがいらっしゃる。

●2021年3月6日(土)曇りのち晴れ

6時半に起きた。
今朝のクラシックは合唱曲。
最後のマタイ受難曲を聞きながら目をつぶり、天気予報を聞きながらストレッチ体操をして体を温めた。
寒いのかなと思ったら、4月の中旬並の気温なのだそう。
カーテンを開けるとどんよりした曇り。
さ、今朝は早くから行動しないと。
美容院と、撮影用の買い出しに出掛けるので。
まだ頭がぼんやりしているのに、動かなければならない。
ふだん私はそういう動き方をしていないから、気づかなかった。
お勤めの人たちも、家族を送り出すお母さんも、こういう朝が日常なのだな。
私はいつも、朝風呂に浸かって、ゆっくりゆっくり動いて、体の感じをつかんでいくもの。
それでだんだん、目覚めていく。
みなさん、ごくろうさまです。
8時に、朝ドラの1週間分のまとめを見ていたら、ぱーっと晴れ間が出て一瞬だけ空が明るくなった。
煙突から上る煙と、すぐ上の雲の輪郭が光っている。
一面ぼんやりとした霞がかかっているのに、そこだけ光っている。
春霞だ。
では、行ってきます。
夜ごはんは、お昼を抜いていたので4時に食べた。
おにぎり(「いかりスーパー」の)、おから煮、豚汁(ごぼう、大根、人参、玉ねぎ、ねぎ)。
食べてから、明日の仕込みをいろいろやった。
風呂上がり、雲に夜景のオレンジ色が映ってとてもきれい。

●2021年3月5日(金)曇り

7時に起きた。
いつもよりちょっと遅いけれど、ラジオをつけ、天気予報、ニュース、クラシック音楽の番組。
聞きながらベッドの上で体操。
しばらく日記が書けなかった。
気づけばもう金曜日。
中野さんが帰られたのは、いつだったっけ。
最後の日には私も新開地まで行って、市場をめぐり歩き、公園でお昼ごはんを食べた。
さつま揚げいろいろと、焼きそば(すじコン入り)と、穴子の箱ずし。
とてもいいお天気の日で、陽射しが眩しかった。
淡路島産のちりめんじゃこ(小さなホタルイカが混ざっている)や、グリーンピースを買って帰った。
ピチピチと跳ねる生きた魚を、ただ箱に入れて跳ねるまま売っている店や、ホタルイカもとても新鮮なのが2パックで200円とか。
湊川の市場はやっぱりおもしろいな。
朱実ちゃんと樹くんが遊びにきたら、連れていってあげたい。
今日は朝からめいっぱい動いていた。
あさってが「天然生活」の撮影なので、ページに載る作文を仕上げ、小さな試作をしてレシピを書き、お送りした。
電話もたくさんかかってきたし(2つだけれど)、あちこち掃除をしたりして。
みんなのお昼ごはんに、夏みかん、ちりめんじゃこ、おから煮を混ぜたちらし寿司をこしらえるつもりなので、かんぴょうを甘辛く煮た。
歯ごたえを残して、薄味に煮たかんぴょう。
おいしいなあ。
下ゆでしたかんぴょうをだし汁か薄目のコンソメで煮、グラタンにしてもきっとおいしいと思う。
お麩と合わせて。
和風グラタンだ。
きのうは、新しいテレビの仕事が決まるかもしれないという電話をいただいた。
ひとつがだめになったら、ひとつ新しいことが生まれる。
だめにならなかったら生まれなかったかもしれない、新しいこと。
偶然なのか、必然なのか……そういうものに感謝したくなるような、そんな感じのする日だった。
今、5時を過ぎたところ。
空と海は境がなく、海の水色が空に溶けている。
だからか、空がいつもより広々として見える。
遠くの灯りがともりはじめた。
今日もまた、いい夕方がはじまろうとしている。
夜ごはんは、寄せ集めシチュー(魚介入りトマトソースのペンネ、コンソメで煮た大根のさいの目切り、牛乳、チーズを少し、ディル)、キャベツの塩もみ炒め。

●2021年2月27日(土)晴れ

このごろ、朝起きられない。
なんとなく時差ボケのようになっている。
7時半にカーテンを開け、太陽の光を部屋中に入れ、もうひと眠り。
おかげでいい夢をみた。
去年の夏に亡くなった、編集者の若い友人が出てきた。
光がたっぷり入るベッドのまわりを、にこにこしながらふわふわと歩いていて、元気そうだった。
ピンクのTシャツから伸びた花模様のパジャマの足は、とても痩せていたけれど、おかっぱくらいの長さに切ったカールした茶色い髪が、ふわっと私の鼻をかすめ、シャンプーのいい匂いがした。
「ほんとはね、カツどんが食べたかったの。でも今日は、残さず食べたよ。地味なごはんを」と、あの懐かしい顔で笑った。
ちょっと流し目のようにしながら微笑む。
多分そこは病室で、彼女はあと数日で自分が亡くなるのを知っている。
私たちも知っている。
でも、ちっとも悲しくなくて、あたたかな光を部屋じゅうに放つ彼女のまわりで、私たちもふわふわと揺れていた。
最期を迎えようとしている人の、最後の光。
目覚めたとき私は、光を浴びながら目をつぶっていた。
体の中にも光が入り、ふくらんで、起きた。
朝ごはんを食べ、4月からはじまる神戸新聞の連載の文を書きはじめた。
もうじき5時。
もしかしたら、書けたかも。
締め切りはまだまだ先なので、寝かせておこう。
「ギャラリーVie」の展覧会も、残すところあと2日。
今日、また中野さんがいらっしゃる。
夜ごはんは、肉豆腐(牛こま、豚こま、しらたき、椎茸、もめん豆腐、水菜)、おから(ごぼう、油揚げ、コンニャク、人参)、納豆(卵、ねぎ)、大根の味噌汁の予定。 

●2021年2月26日(金)雨のち曇り

9時に起きた。
眠たくて、眠たくて、ちっとも起きられなかった。
きのうもたっぷり寝たのに。
私はくたびれているのかな。
雨が降っている。
静かな雨。
雲が薄いから、ぼんやりと明るい雨。
白州のみんなが集まった夜は、とっても楽しかった。
会わない間に、4年分だけ年をとった私たち。
それぞれが過ごしてきた時間を思いながら、食べたり、呑んだり、しゃべったり。
心おきない仲間たちとの会は、ささやかだけど、賜物のように幸せな時間だった。
加藤さんは泊まり、翌朝コーヒーを飲んで帰られた。
中野さんも同じ日の午後に帰った。
みんなの余韻を残しておきたくて、ずっとそのままにしていたのだけど、今日はようやくあちこち掃除機をかけた。
さて、きれいになったところで、『自炊。何にしようか』にサインをしよう。
夜ごはんは、焼き肉味の炒め物(牛こま、人参、キャベツ)、おからのポテサラ風(ゆで卵、ディル、マヨネーズ、クリームチーズ、ねり辛子、粒マスタード)、味噌汁(キャベツ)、ご飯。

●2021年2月23日(火)曇りのち晴れ

8時に起きた。
カーテンを開けると曇り空。
太陽は遠に昇り、雲の間から光がかすかに漏れている。
海に当たった先に、銀の原っぱがひとつ。
太陽の光の架け橋の幅が広がると、原っぱが増える。
見ている間にも刻々と変わる。
金の線、銀の線があちこちに伸びる。
金銀というよりも、白の中で白く光っている。
窓辺に立ってしばらく眺めていたら、私の頭の真上から光が降ってくるような感じになった。
中野さんも下の窓から見ているかな。
下に下り、「晴れた日よりも、暗いくらいの方が光るんですね」と言ったら、「そうですよ」と中野さん。
「ギャラリーVie」での展覧会も、折り返し地点を過ぎてしまった。
今日は、白州の仲間たちが展覧会を見にくるそうなので、うちにお誘いした。
中野さんはお昼ごはんを食べて出かけ、私はひとりで料理の仕込み。
佐渡島を一緒に旅した加藤さん、きんちゃん、なるみさんが集まる。
きんちゃんの娘みっちゃん(高校一年生)は、期末テストで来られない。
でも、みっちゃんの高校の先輩の、世奈さんという女の子が来るかもしれないとのこと。
台所でみんなの顔を思い浮かべながら、ときどき空や海を眺めながら、あれこれおいしいものを支度する。
こういうのがいちばん楽しいな。
献立は、生ワカメ(さっとゆでて、ワサビ醤油)、新ごぼうのサラダ(すりごま、練り辛子、粒マスタード、マヨネーズ、白味噌)、鳥肝の醤油煮(ゆで卵も加えてみた)、アルザス風大根のマリネ(レモン汁、ディル)、焼き帆立(島るり子さんの耐熱皿で、中野さんが焼いてくださる)、ひじき煮の白和え、ゆかりおにぎり、蕪の赤蕪漬けもどき。メインは辛い鶏鍋(つくね団子、手羽のスペアリブ、豆腐、ごぼう、豆苗、ニラ、コチュジャン、キムチ)の予定。

●2021年2月19日(金)曇りのち晴れ

6時半に起きた。
雲が厚く、陽の出は見えず。
でも、小鳥たちが盛んにさえずっていた。
きのうは管理人さんが、床のPタイルのはがれかけた4枚を、新しいのに取り替えてくださった。
きれいに剥がし、隙間にセメントを塗り込め、とても丁寧に。
オレンジと赤が加わった。
とても可愛らしい。
そして帰りがけに、「あ、そうや、高山さん。なにしょーかーいうの、買いましてん。うちの息子らがいろいろ見て、おいしいのを作ってくれますのん」と言われた。
はじめ、何のことなのか分からなかったのだけど、「サインをしてもろてもよろしいですか?」と言われ、ようやく分かった。
『自炊。何にしようか』だ。
『なにしょーかー』の本、嬉しいなあ。
Pタイルに重しをしておいたのをよけ、掃除をするところからはじめよう。
今、ピンポンが鳴って、『日めくりだより』の念校が届いた。
いよいよこれで最後だ。
コーヒーをいれていそしもう。
ゆっくりゆっくり読み込み、3時には終わった。
まだ明るいから、窓辺でお裁縫。
今やっているのは、靴下のダーニング。
雑巾もちくちく縫う。
だんだん暮れて、遠くの灯りがともりはじめた。
窓を開けると、キーンとした空気。
冬の山の匂いがする。
夜ごはんは、温かいものが食べたいな。
お出しをとって、ゆうべの牡蠣ご飯で雑炊にしよう。今日子ちゃんにいただいたほうれん草も入れて。

●2021年2月17日(水)雪のち晴れ

7時前に起きてカーテンを開けたら、小雪が散らついていた。
よく見ないと分からないくらいの、粉みたいな雪。
トイレに行って戻ってきたら、本格的に降っていた。
上から下から舞い踊る、薄く透けた雪。
『雪のひとひら』の英語読みは「SNOW FLAKE」というそうだけど、本当に、「フレーク」という音にぴったりな感じ。
雪は真っ白ではない。
空の方が白いので、灰色がかって見える。
あとからあとから降ってくる。
ずっと見ていると、遠くの方の雪は灰色の粉が舞っているよう。
小鳥の大群が舞っているよう。
ときおり、風に煽られて窓に貼りつくものもある。
そういうひとひらは、一瞬だけ結晶を見せ、すっと溶けてしまう。
7時前の天気予報、今朝は私の好きな天気予報士、萬木(ゆるぎ)敏一さん。
標準語なのだけど、関西弁のイントネーションが混ざった話し方で、聞く人の身になった予報を丁寧に伝えてくれる。
うそのない声だと感じる。
「今日は昼間になっても、4度から5度、上がっても6度くらいにしかなりません。風が強いので体感温度はさらに低く、冬のいちばん寒い日の服装でお出かけください」と言っていた。
今日は午後から歯医者さんを予約している。
行けるだろうか。
ひとしきり降った雪がやんで、晴れ間が出てきた。
朝ごはんのときにはもうどこもかしこも晴れ。
海には、光の帯が伸びている。
よかった。
歯医者さんをキャンセルしなくてすんだ。
朝から、「天然生活」の取材ページについての資料を作って、鈴木さんと宮下さんのお送りした。
写真を撮ったり、テキストをまとめたり。
気づけばすっかり晴れ渡っている。
海のあちこちに、白うさぎが飛んでいる。
よほど風が強いのだ。
窓を開けると、きーんとした空気。
寒いけれど気持ちいい。
さ、そろそろ出掛けましょ。
なたね油が届いたそうなので、「MORIS」にも寄る予定。
歯医者さんが終わって、遠まわりをしてしばし散歩。
「MORIS」では今日子ちゃんが焼き菓子をいろいろ焼いていて、とてもいい匂いがしていた。
ヒロミさんも帰ってらした。
クツキーのはしっこと、アール・グレイの香りのお茶と。
弾むおしゃべりと。
あー、楽しかった。
帰りのタクシーがなかなか来ず、みんな「寒いですねえ」と声を掛け合いながら待っていた。
萬木さんのおっしゃる通り、暖かめの格好をしてきてよかった。
夜ごはんは、大急ぎでクリームシチュー(ささ身、しめじ、長ねぎ、パセリをたっぷり刻んで煮込んだ。ポルトガルのお米の形のミニパスタのつもりで、冷やご飯をぱらぱらと加えた)を作って食べた。

●2021年2月15日(月)雨のち曇り、のち晴れ

雨の音を聞きながら寝ていた。
7時にラジオをつけて、ニュースを聞き、クラシックの番組を聞き終わり、そのあとゆらゆらと眠った。
胃袋の上に手のひらを重ねてのせ、寝ていた。
ゆうべ、夜ごはんのあとにお菓子(ポテチや柿の種)を食べたから、なんとなくお腹が苦しかったし、私はくたびれているのだ。
目が覚めてからは、『帰ってきた 日々ごはん8』をベッドの中でゆっくり読んで、12時に起きた。
まだ雨が降っている。
こんな日は、休息の日。
メールを送ったり、日記を書いたり。
ゆっくり。ゆっくり。
その間に、窓の外はいろいろに移り変わっていった。
3時半ごろ、ザーーーーーと大きな音がして雨が降った。
2階から見ようと思って階段を上ったら、もうやんでいた。
今はカラスが盛んに鳴いている。
何ともすがすがしい空。
どこかで虹が出ていそうな空。
と思って見たら、東の空の雲の間に小さな虹。
チ、チ、チ、チと、とぎれとぎれに鳴く小鳥が、木に遊びにきている。
なんだか今日は、空のあちこちで曇りと晴れと雨とがいちどにあるようなお天気だった。
夜ごはんは、カレーライス(いつだったか冷凍しておいたものに、ブロッコリーを加えた)、らっきょう、トマトサラダ(玉ねぎドレッシング)。

●2021年2月13日(土)晴れ

ぐっすり眠って、夢をいくつもみて、7時過ぎに起きた。
カーテンを開けると、すっかり太陽が昇っている。
太陽の下の海は、幻みたいに光っている。
ラジオからはピーター・バラカン。
部屋中が黄色くなってきた。
えいっと起きる。
なんとなく、頭がぼんやりしたまま朝ごはんを食べ、たっぷり洗濯。
今朝は海の水が膨らんでいる。
きのうが新月だったことと、関係があるんだろうか。
『帰ってきた 日々ごはん9』の校正。
しばらく間が空いていたから、確認のためにもういちど最初から読み込みながらやった。
4月まで終わった。
今は、5時少し前。
絵本を投函しに、ポストまで散歩した。
海を眺めながらゆっくり下って、遠まわり。
今日の海は、やっぱり水かさが多いような気がした。
帰り道、坂のとちゅうで、燃えるような茜色の花の蕾を拾った。
カラカラに乾いた蕾。
たぶん、クチナシの実だと思う。
手のひらをそっと開いて、見るたびにハッと驚く色。
昇ったばかりの太陽みたいな色。
帰ってから、母の祭壇に供えた。
夜ごはんは、鶏むね肉とじゃがいもの塩炒め、サラダ(レタス、パセリ、ロースハム)。

●2021年2月12日(金)曇り

朝ごはんを食べ、中野さんをお見送りがてらクリーニング屋さん、郵便局、「コープさん」へ。
歯医者さんも予約してきた。
「コープさん」では兵庫産のピチピチの小鯵をみつけ、南蛮漬けが食べたくなって買った。
帰りの坂道は、コートを脱いでも暑い、暑い。
もう、春みたいな陽気。
この一週間は楽しいことがいっぱいで、めまぐるしく、ちっとも日記が書けなかった。
日曜日には、「ギャラリーVie」でばったり会った加藤休ミちゃんをうちにお誘いした。
中野さんを展覧会場に残し、ふたりで先に帰ってきた。
私は、六甲のスーパーで買った缶チューハイの小さいのを呑んだだけで、もうすっかりいい気分になってしまった。
窓辺のテーブルで、台所で、よくおしゃべりしたなあ。
休ミちゃんに手伝ってもらいながら、カレーを作ったのも楽しかった。
よく炒めた玉ねぎと、いろんなスパイスが混ざり合った焦げ茶色のところに、トマトペーストの赤いのをちゅるっと絞り出し、ふたりで中をのぞきこんだ。
そのときお鍋の中の様子が、休ミちゃんのクレヨン画に見えた。
水曜日には、小野さんと洋子さんがいらっしゃった。
その日は中野さんも家にいて、私は昼間からのんびり料理の仕込みをしていた。
夕暮れがはじまったころ、ちょうどふたりがやってきて、窓辺のテーブルでお土産のワインをいただきながら、ごちそうをいろいろ作って食べた。
話したいこと、聞きたいことがたくさんあって。
なんだか、4人の間を流れる川に、身をまかせているような楽しさだった。
というか、川に浮かべた小舟に4人が乗り込み、大きな景色を眺めながら、おいしいものを食べたり呑んだりしながら、どこまでも流されていくような。
なかでもいちばんのハイライトは、中野さんの新作絵本『ゆめ』を小野さんが胸に抱え、ゆっくりとページをめくりながら感想(評論のようだった)を話してくださった時間。
そのひとことひとことを記憶にとどめておきたくて、でも、その場で消えていってしまいそうで。 
私は、小学生くらいの、ひとりの女の子になって聞いていたと思う。
そうだ。
「天然生活」で紹介される、『日めくりだより』の本の取材も受けた。
宮下さんがインタビューをしてくださったので、終わってから一緒に坂を下り、「ギャラリーVie」に行った。
そのあと中野さんと3人で焼き肉屋さんへ。
コロナだからとても空いていて、お酒のラストオーダーも7時まで。
8時前にはお店を出て、帰ってきた。
そんなお祭りみたいな1週間の間に、中野さんとの新作絵本、『みどりのあらし』も届いたのだった。
届いた日の翌朝、私は本を抱えて2階に上り、陽光がさんさんと降り注ぐベッドの上で声に出して読んだ。
自分が書いたことも忘れて。
絵をじっくり眺め、紙をさすりながら。
この絵本は、昆虫が大好きな小学生の男の子が主人公。
ユウトク君に描いてもらった絵もある。
カバーの題字も、中に挟まっている大切な場面の字もユウトク君だ。
だから、3人の力が集まってできた絵本。
今日は、『みどりのあらし』を姉や友人たちに送る荷物を作ったり、手紙を書いたり。
たまっていたメールの返事を送って、夜ごはんの支度をしただけで、もう夕方だ。
水平線にオレンジ色の帯が伸び、水色に溶けている。
2階の窓を開けた。
もう、今日が終わってしまう。
夜ごはんは、小鯵の南蛮漬け(人参、玉ねぎ、揚げ南瓜)、南瓜のポクポク煮、しろ菜の鍋蒸し炒め(なたね油、塩、かつお節)、味噌汁(切り干し大根)、白菜漬け、ご飯。

●2021年2月6日(土)快晴

ぐっすり眠って、8時半に起きた。
ものすごくいいお天気。
中野さんは今日から展覧会。
初日はたいてい雨か曇りで、こんなに晴れたのははじめてだそう。
早お昼(帆立と椎茸のトマトソース・スパゲティ)を食べ、11時半くらいに出掛けられた。
あんまりよく晴れているので、私も坂のところまでお見送り。
空も海も真っ青で、きらきらしていた。
ゆうべは、ワインを呑みながら中野さんといろいろ話した。
この間『帰ってきた 日々ごはん9』の粗校正をしていて、母のことを思い出し、その先ができなくなった話をした。
私「亡くなる間際のことは、毎日くらいに思い出す。息を引き取る前の顔とかね。そういうのは、いくら思い出しても平気なのに、どうして元気だったころの母を思うと、悲しくなるんだろう」
そしたら、じっと聞いていた中野さんが言った。
中「それは、なおみさんが生きているからだと思います」
私「そうか。死んだ人は変わらないから、悲しいんだ」
中「いいえ。死んだ人も、死んだときのままではなくて、変わっていくんだと思います。なおみさんが生きているから」
それを聞いて、私はとても嬉しかった。
お母さんの思い出は、これからも私の中で変化していく。
生きている人が変わっていくということは、この世にいない人も、生きている人の中で変わっていく。
つまり、お母さんは生き続けている。
そうか。
人が生きていること、死ぬということ。
その境目は、私が思っているほどくっきりと分かれているものではないのかもしれない。

私が泣いた『帰ってきた 日々ごはん9』の2018年1月7日の日記を、引用してみようと思います。
・・・・・
1月7日(日)晴れ
今朝は8時に起きた。
夜中に何度か目が覚めたけれど、あとはぐっすり眠れた。
夢もいくつかみた。
神戸に帰ってきたのは4日の夕方、ようやく自分がどこにいるのか分かってきたみたい。
帰ってからはずっと、『たべもの九十九』の校正にいそしんでいた。
それが楽しくてたまらなかった。
きのうも朝から夢中でやって、午後にはひと通り終わり、美容院と図書館に行ってきた。
冷蔵庫に野菜が何もなかったので。
坂を下り、いつもの神社でお参りもした。
ああ、やっと帰ってこれたなあと思いながら。
帰ってすぐのころには、台所で洗いものをしていると、実家の洗いものカゴの感じがふーっと蘇ってきて、重なったりもしていた。
あの感じは、いったい何だろう。
実家での日々が、それなりに濃かったのかもしれない。
帰る日には、シンクを掃除した。
いくら掃除をしても、それほどにはピカピカにならなくて、母がそこで過ごしてきた年月を思った。
ひとりの人が生き続けていくことの、垢のようなものも感じた。
私が昼寝をして、台所に下りてきたら、ひじきと切り干し大根の煮物の残りにおからを混ぜ、お焼きのようなものを作っていた母。
楕円形にまとめたのに粉をまぶし、溶き卵をからませて、フライパンで焼こうとしていた。 
手をべたべたにして。
母は強火で焼いていて、中まで火が通っていないのに、裏返した。 「ふたをして弱火で焼かないと、中まで火が入らないよ」と私が言うと、「やーだ、そう? ひじきもおからも火が通ってるだから、冷たくてもいいのかと思ったさや」と、力なく笑った。
そういうときの母の表情や、体の傾け方、手に絡まってしたたり落ちる卵のどろどろ。
私の話を聞くときに、口もとを凝視する(耳が遠いから)まっすぐな目も、よく蘇ってきていた。
あれ 、今これを書いていたら涙が出てきた。
いやだなあ。
さーて、そろそろ『たべもの九十九』の続きをやろう。
夜ごはんは、ひさしぶりにご飯を炊いて、ひとり鍋(鶏肉、豆腐、白菜、えのき茸、ねぎ)の予定。
西京味噌を買ってきたから、白味噌仕立てにしよう。
・・・・

そろそろ4時。
中野さんは6時過ぎくらいまでいて、帰ってくるとのこと。
展覧会の初日、お客さんはたくさん見にきているかな。
私はいそいそ、夜ごはんの支度。
今、だしをとっているところ。
大根を煮ようと思って。
中野さんは8時に帰ってらした。
缶チューハイの小さいので、ささやかに乾杯。
夜ごはんは、大根の薄味煮(干し椎茸、油揚げ、だしをとったあとの昆布を細く切ったもの。片栗粉でとろみをつけ、ゆでた小松菜添え)、塩鯖(大根おろし)、焼き肉(おとついの残りのお肉を焼いた)、きんぴらごぼう(いつぞやの)、大根の皮の即席漬け(柚子こしょう)、味噌汁(豆腐、ねぎ)、ご飯。
明日は、中野さんの家族が展覧会にいらっしゃるので、私も見にいく。
ユウトク君やソウリン君に、また会える。

●2021年2月4日(木)曇ったり、晴れたり

6時に起きた。
朝焼け。
カーテンを開けたとき、空の真上にちょうど月があった。
黄色に光る半月。
ラジオでは、ミサ曲。
「古楽の楽しみ」が終わり、天気予報を聞いても、ニュースを聞いても、何も頭に入ってこない。
どうしてだろう。
今日は、不思議なお天気。
薄明かりが差したかと思うと、ぱーっと晴れる。
そしてまたすぐに曇る。
雲がよく流れているのだ。
トネリコの実を食べに集まるヒヨドリたち。
また、別の木の実が熟したのだな。
ゆうべ練っておいたパン生地は、ビニール袋の中でパンパンに発酵していた。
とてもいい具合。
あちこち掃除をしたり、ふと思いついて打ち合わせの支度をしたり。
パンはとてもうまく焼けた。
さ、お昼を食べたら、打ち合わせだ。鈴木さんがいらっしゃる。
2時間ほどで終わり、お見送りがてら、最近の散歩コースを案内した。
鈴木さんがみつけてくれたおかげで、メジロとジョウビタキを見ることができた。
それから今日は、ずっと待っていたメールが届いた。
なんとなく春の兆し。
きのうが立春だったし。
土曜日から元町の「ギャラリーVie」で、『ゆめ』の原画展がはじまるので、今日は中野さんは飾りつけ。
終わったら、うちにいらっしゃる。
中野さんはうちから通うため、1週間の共同生活がはじまる。
とても楽しみ。
夜ごはんは、焼き肉(牛の赤身、玉ねぎ)、ほうれん草のおひたし(ごま油、薄口醤油)、白菜の塩もみ(炒りごま、じゃこ、ポン酢醤油)、味噌汁(絹さや)、キムチ、ご飯。

●2021年2月2日(火)曇りのち晴れ

ゆうべは8時には寝た。
なんとなく目と頭(脳みそ)がくたびれているような気がして。
ぴちゃぴちゃという雨の音を聞きながら寝ていたのだけど、そのうち風が強くなってきた。
ガタガタ揺れる窓。
ゆうらゆうらと眠りの波に揺れながら、まどろんでいた。
今朝は、空じゅうが雲に覆われ、陽の出は見られなかったけれど、バッハを聞きながらベッドの上で体操した。
ぐっすり眠ったから、私は元気。
それに、春みたいに暖かい。
朝いちばんでパソコンまわりを片づけ、さっぱりさせた。
さあ、『帰ってきた 日々ごはん9』に向かおう。
3時半。
ぐっと集中し、3月までできた。
体を動かしたくなり「コープさん」へ。
行きは神社の中を通って石段を下り、さらにぐるっとまわって遠まわりした。
歩くのが気持ちよくて。
節分なので、鰯を買ってきた。
ピチピチの新鮮なのが、とても安かった。
帰りは暑くて、カーディガンを脱いだほど。
夜ごはんは、鰯のムニエル(フライパンで焼いたのを、にんにく醤油にからめた)舞茸のバター炒め添え、クリームシチュー(節分なので、ゆでた黒豆を解凍し、ゆうべのシチューの残りに加えた)、ご飯。

●2021年2月1日(月)曇り

6時半に起きて、カーテンを開けた。
朝焼けがとてもきれい。
ラジオではミサ曲がかかっていて、母が入院していたころのことを思い出した。
私のパソコンに入っていた曲を、母に聞かせていたときのこと。
仰向けになって寝ていた母は、立てた膝をふらふらと動かし、音楽に合わせて踊っているみたいに見えた。
窓からいい風が入ってきていた。
何日も眠り続け、目を覚ましたばかりのころだ。
脳をやられて言葉が出なくなっていた母は、赤ん坊みたいにあどけなく、心地よさそうにしていた。
私はずっと見ていたっけ。
今朝の陽の出は、雲と雲の間から。
雲の瞼から、紅い目玉がのぞいているみたいだった。
今朝もまた、磨りガラスがみかん色に染まった。
壁の母の絵に当たり、息を引き取る直前の表情も思い出した。
えいっと起きる。
ちょっと肌寒いな。
今日から2月。
佐川さんからのメールで知ったのだけど、今年は明日が節分なのだそう。
もう、春も間近だ。
鼻がぐずぐず。
そういえば今日はスギ花粉が舞うと、朝ラジオで言っていた。
午後からコーヒーをいれ、いよいよ『帰ってきた 日々ごはん9』の粗校正に向かう。
今度の巻は2018年のお正月からはじまるのだけど、それはまだ、母が元気なころで、校正をしながらいちいち思い出してしまう。
記憶がまだ生々しい。
この1年後の3月に病気がみつかり、入院生活がはじまった。
1月7日の日記で、ついに涙が吹き出し、何もできなくなってしまう。
それは、私が実家に帰ったときに見た母のある場面を、神戸で思い出している日記。
ああ、だからか。
それでなかなか、『帰ってきた 日々ごはん9』に向かえなかったのか。
生きていた母を思うとき、どうしてこんなに悲しみがこみ上げてくるんだろう。
亡くなる直前の母のことは、穏やかな気持ちで思い出せるのに。
どっぷりとした曇り空。
窓の外が白っぽい。
こういうときはお裁縫。
窓辺に腰掛け、枕カバーをもう1枚縫った。
夜ごはんは、クリームシチュー(豚肉、大根、玉ねぎ、白菜、人参、じゃがいも、蕪の葉、お麩)。
寒いから、野菜たっぷりの温かいものが食べたかった。

●2021年1月29日(金)晴れ

陽の出前に起きた。
カーテンをいっぱいに開ける。
このところ、ずっとそう。
そうすると夜明け空が移り変わっていくのが見える。
ゆうべはなんだかとてもくたびれて、8時にはベッドに入った。
『雪のひとひら』を読んでいるうちに、たまらなく眠たくなり、布団の国にさらわれるように眠った。
風がとても強く、窓をガタガタ揺らしていたのも、子守唄みたいだった。
今朝の陽の出は雲の上からだから、控えめの光だったけれど、窓の下のすりガラスがすみずみまでみかん色に染まった。
天井に吊るしてある鳥とクリスタルの玉に当たり、絵に当たり、私の顔にも当たるころ、えいっと起きた。
まだ7時前。
下の部屋もみかん色。
朝ごはんを食べ、毎朝のお楽しみ「高山なおみハッシュタグ」のインスタグラムを見ていたら、『はなべろ読書記』の感想を書いてくださっている投稿をみつけた。
読んですぐに私はプッ!と吹き出した。
とてもうれしいコメントだったので、ご本人の承諾を得、引用させていただきます。

「この方は料理家ですが、私にとってはもはやほとんどロッケンローラーです。
見た目や話し方はとても穏やかですが、生き方は内田裕也の次くらいにロックな方です(笑)。
食べ物に分け隔てがないところもロッカーたるゆえんです。
マーガリンを塗ったパンもマックのポテトも皮から手作りした餃子も、それを食べている情景を丸ごと慈しみながら食べている。
トランス脂肪酸を気にしているようじゃロッカーとは言えません。
『どんなものでも匂いを嗅いで口に入れてみる。
それは言われてみれば私が子どものころからつちかってきた、世界を確かめるやり方です。(高山なおみ)』
情報の洪水の中にいると時折何を信じていいのか分からなくなることがありますが、そんな時は自分の「鼻」と「べろ」を信じろ、ってことですね。
ロッケンロール!」

書いてくださった方、ありがとうございました。
さ、『日めくりだより』の校正の見直しをしよう。
心を澄まして集中し、3時過ぎにはすべて終わった。
もう思い残すことは何もない。
荷物を作り、急いで身支度し、コンビニへ。
坂を下りるとき、海が青く光っていた。
夜ごはんは、カキと青菜のペンネ(カキに小麦粉をまぶし、にんにくのみじん切りを炒めた多めのなたね油で焼きつけた。菜の花、かぶの葉を加えて炒め、アンチョビソースをちょっと。カキを戻し入れ、お酒をふりかけ、ペンネのゆで汁で乳化させた)。
兵庫産の大粒カキ、最高!

●2021年1月27日(水)曇りのち晴れ

ゆうべは強い風が吹いていて、音を聞きながら寝た。
とてもよく眠れたみたい。
夢もみた。
今朝は雲が厚く、陽の出は見られなかったけれど、カーテンをいっぱいに開け、寝そべったまま空を見ていた。
白がぶ厚い。
そのうち白と水色の層になってきた。
クリーム色が加わり、白の薄くなったところから光が透けている。
あそこに太陽があるのだ。
晴れていなくても、早朝の空はみずみずしい。
お風呂のお湯をためにいって戻り、またベッドへ。
ぼんやり空を眺めながら、きのういただいた新しい仕事について考えていた。
あ、まずい! お湯がいっぱいになってしまう。
ぎりぎりセーフだった。
ゆうべ練っておいたパン生地は、室温にひと晩置いたら、ビニール袋がパンパンに膨らんでいる。
これまででいちばんうまくいった。
12時からは、『日めくりだより』の装幀のことで、川原さん、鈴木さんと「ZOOM」ミーティング。
1時間ほどやって、続きはまた明日。
川原さんは『日めくりだより』の内面の世界を、本という手で触れるものに表すために、いろいろなことを試してくださっている。
本の大きさ、手で持った感じ、開き加減、紙の肌触り、紙の色味……。
私は、本と同じ形のゲラを開きながら、写真や挿絵を見ながら、自分の文を読み返し校正を重ねているのだけれど、なんだかこの本は、絵本や詩画集(写真が絵)みたいだなあと感じる。
小さな音楽を聞いているみたいな文。
すでに私の書いたものではないような感じがするところも、絵本に似ている。
『日めくりだより』は「天然生活の本」として、扶桑社から3月に刊行される予定です。
東京時代から長い間お世話になってきた、「天然生活」の八幡さんが出版してくださることもとても嬉しい。
どうかみなさん、楽しみにしていてください。
明日は、10時半から急きょ鈴木さんがうちに来てくださることになった。
ふたり(鈴木さんと私)対ひとり(川原さん)で、「ZOOM」打ち合わせをする予定。
遅いお昼ごはん(鶏胸肉、白菜の葉、椎茸入り。ソース味の中華焼きそば)を食べ、『日めくりだより』の校正の仕上げをした。
息が詰まってきたので、手紙を出しにポストまで散歩。
腕をまわしながら歩く。
夕暮れの海を見ながら坂を下り、山を仰ぎながら上って帰ってきた。
上着を羽織らなくても、セーターで充分暖かかった。
もう、春みたい。
帰りの坂道(去年の夏に新しくみつけた小径)を上っていたら、タチタチピュルルーと澄んだ鳥の声がした。
何の鳥だろう。
夜ごはんは、親子どんぶり(鶏胸肉、玉ねぎ、卵、紅しょうが、焼き海苔)、味噌汁(玉ねぎ、油揚げ・おとついの残り)。

●2021年1月26日(火)晴れのち曇り

7時少し前に起きた。
陽の出は7時10分。
山の上の雲からこじんまりした太陽が、ぽっかりと顔を出した。
宅急便の集荷を8時から12時までの間にお願いしたので、しゃきっと起きて動く。
よく晴れて、春のような陽射し。
とても暖かい。
きのうは、朝早くから「口笛文庫」の尾内さんが、古本を引き取りにきてくださった。
短い間だったけれど、壁に貼ってある中野さんのライブペインティングの絵を見ながら、紅茶を飲みながら、おしゃべりした。
絵本『ゆめ』をお見せしたら、独自な感想をいっぱい言ってらした。
中野さんが聞いたら、喜ぶだろうな。
そして午後は、『日めくりだより』の表紙まわりのことで、メールのやりとりをずっとしていた。
鈴木さんと川原さんと私の空を、びゅんびゅんと行き交うメール。
電話もたくさんかかってきた。
たくさんといっても3本だけれど。
その合間に、『日めくりだより』の校正にむかい、原稿もひとつ書いた。
書きたいことが決まっていると、すーっと書ける。
気づけばもう夕方だ。
昼間は窓を開けていても大丈夫だったのに、陽が落ちたらひと息に寒くなってきた。
夜ごはんは、白菜と鶏肉のせん切り こしょう風味炒め(ウー・ウェンさんの本『料理の意味とその手立て』を見ながら作った。とてもおいしくできた)、切り干し大根煮(油揚げ、人参、だし昆布)、きんぴらごぼう、味噌汁(玉ねぎ、油揚げ・ゆうべの残り)、ご飯はなし。

●2021年1月23日(土)明るい雨

雨でも洗濯。
干しながら外を見る。
ヒヨドリたちが木に集まって遊んでる。雨でもへっちゃらなんだな……と思って見ていたら、実をついばんでいるのだった。
トネリコの黒い実。
もう、ほとんど残っていない。
さてと。
今日は何をしよう。
作文の宿題がひとつあるけれど、締め切りは1週間先。
かといって、『帰ってきた 日々ごはん9』の粗校正に向かうのも、まだ少し早い気がする。
けっきょく掃除をしたり、枕カバーをちくちく縫ったり。
枕カバーは、とても可愛らしいのができた。
古シーツの上下の生地が丈夫なままだったので(真ん中は薄くなってしまった)、そこを利用して袋状にしたのだけど、使い込まれた木綿はやわらかく、肌触りがとてもいい。
脇を青い刺繍糸で折りふせ縫いにしたら、表側に自然とステッチができた。
なんか、物を大切にする修道女の枕カバーみたいな仕上がり。
夜ごはんは、煮豚どんぶり(ころころに切った煮豚と大根の上に白菜の葉をかぶせ、セイロで温め、ご飯の上にのせた)、みそ汁(具なし)。
洗いものを終え、またパンを練った。
今夜は常温で発酵させてみる。

●2021年1月22日(金)雨 

霧で真っ白。
空も海も街も見えない。
あんまり白いので、朝起き抜けに本や雑誌を読んでいた。
暖房をつけて。
裏の山も霧に覆われている。
街の方から見たら、山ごと霧に包まれているんだろうな。
こんな日は、ゆっくりゆっくり動こう。
きのうの続きのレシートの整理と、『帰ってきた 日々ごはん』9巻の粗校正をしよう。
「ユーチューブ」で『おさるのジョージ』を見ながら、延々とレシート整理をしていた。
種類別にホッチキスで止め、ファイルにまとめる。
とても静かでほっとする。
去年の12月までが終わった。
けっきょく仕事は何もしなかった。
こんな静かな日は、何もしない方が豊かな気がして。
夜ごはんの支度にはまだ早いので、お裁縫。
枕カバーをちくちく縫っている。
夜ごはんは、中華風の焼きそば(煮豚、長ねぎ、スナップエンドウ、生姜、煮豚のタレ、目玉焼き)、もやしスープ。
焼きそばがとてもおいしかった。
今日子ちゃんにいただいた、細くて茶色い「いかりスーパー」の蒸し中華麺。
この麺が香ばしく、くせになる味。

●2021年1月20日(水)曇りのち晴れ

8時に起きた。
わざと寝坊した。
ぽっかりとした暖かな日。
ゆうべ粉を練って冷蔵庫で発酵させていたパン生地が、いまいち膨らみが悪い。
冷たくなっているし。
図書館で借りた本の通りに、野菜室に入れていたのだけど、7度以下だったのかもしれない。
それで、その本に書いてあるように、ビニール袋に入れたまま40度のお湯に5分ほど浸して温めてみた。
触ると、反対側がまだ冷たい。
お湯を替え、裏返してもういちど浸してみる。
生地に温かみとやわらかさが戻ってきた。
やった!
袋から出して、もういちど生地を丸め直してもどし、袋の口をしばって常温に置いておけば、またパンパンに膨らんでくるのだそう。
陽当りのいい2階のベッドの上に置いておいたら、本当に膨らんできた。
イースト菌は生き続けているんだ。
もういちど本を確かめてみると、冬は冷蔵庫には入れず、朝まで部屋に放置しておけばいいらしい。
というわけで、さっきベンチタイムを終え、6個に分けたのをコロンと丸めてまたベッドの上で二次発酵中。
写真の通りにタッパーを逆さにし(ふたの部分に生地をのせ、上にかぶせる)、やってみている。
いい調子。
パン生地は乾燥さえしなければ、常温でも必ず発酵するみたい。
頼もしいなあ。
小学生のころ、「かがく」という雑誌の付録についてきたお饅頭の生地を練り、押し入れで発酵させた。
あのころには発酵なんて言葉も知らないから、「膨らむ」のをじっと待った。
でも、待っても待ってもちっとも膨らまず、堅い生地を蒸し器で蒸して食べたんだった。
それでもなんか、おいしかった。
薄甘い味に、イーストがほんのり香っていて。
みっちゃんは残していたけど、私はぜんぶ食べた。
自分の手で作ったものが食べられることに、胸が高鳴り、それだけでおいしかった。
きのうの朝は、中野さんが帰る日で、陽の出と雪が重なった。
オレンジ、朱色、ピンクなどいろいろに移り変わる光を受け、ひらひらふらふらと降ってきては、上ったり、下りたりしていた。
花びらか、羽毛みたいに透ける雪。
ひとつひとつの結晶が見えそうだった。
階下で中野さんがコーヒー豆をひいている音と、窓を開ける音がした。
中野さんも見ているなと思いながら、布団をかぶって私も見ていた。
朝ごはんを食べ、帰宅する中野さんの車に乗せてもらって坂を下り、郵便局へ行った。
『帰ってきた 日々ごはん8』を、お世話になった友人たちに12冊送った。
そして「MORIS」へ。
表紙や扉の絵を描いていただいたお礼を、今日子ちゃんにお伝えしに。
開店前だったので、雑巾がけを手伝ったり、おしゃべりしたり。
いちごのショートケーキをごちそうになったり、『自炊。何にしようか』にサインしたり。
1時過ぎに帰り着いたら、中野さんから絵が届いていた。
帰ってからすぐに描かれたのだな。
工作とライブペイントと雪と陽の出。
この5日間にあったことが、混ざり合ったような絵だった。
そのあとで私は猛然と料理。
豚肩ロース肉のブロックで煮豚を作り(とちゅうで大根を加えたので、角煮のようになった)、ワンタン(合いびき肉でやってみた。ねぎもたっぷり、オイスターソースの隠し味)を作り、大根を皮ごと半月切りにしてざるに並べて干し(丸ごと1本買ったので)、パンを練ったのだった。
今日はのんびり。
時間がゴムのようにのびて、なかなか夕方にならない。
誰かと一緒にいる時間もいいけれど、ひとりもまたとてもいい。
けっきょくパンは、パン屋さんで買ったみたいにふわふわで、とってもおいしいのが焼けた。
夜ごはんは、ワンタン・チャーシューメン(煮豚、ワンタン、煮卵、コーン、もやし、水菜)。

●2021年1月17日(日)晴れのち曇り

金曜日から中野さんがいらしている。
さっき、お昼ごはんのパスタがとってもうまくできた。
豚のひき肉が残っていたので、そこにソーセージスパイス、クミンシード、オレガノ、バジル、ちぎったローリエ、カイエンヌペッパーをもみ込んで、たっぷりのオリーブオイルでにんにくと炒めた。
さらにしめじを加え軽く痛め、アンチョビソースもちょっと。
パスタがゆで上がるころにバターを落とし、ゆで汁を加えて乳化させ……パスタを和え、器に盛って、紫玉ねぎのスライスを添えた。
食べるときに紫玉ねぎを混ぜ、チーズを好きなだけおろし、すだちを絞って食べた。
なんとなく、地中海の田舎風というか、レバノン風というか。
民族っぽい味がした。
あ、もうじき2時だ。
壁には大きな紙が2枚貼ってある。
「まもなく開演です」と、中野さん。
今日は、これからうちでライブ・ペインティングがはじまる。
東京で行う予定だった同じ時間に。
きのうはきのうで工作。
針金を曲げて和紙を貼って、ある物をこしらえた。
私も教わりながら、ひとつ作った。
東京に行っていたら、「のぞき箱」作りのワークショップの日だったので。
さ、もうはじまる!
夜ごはんは、麻婆豆腐(牛コマ切れ肉、豚ひき肉、白菜)、大根の塩もみ(柚子絞り)、キムチ、ご飯、ビール。

●2021年1月14日(木)晴れ

6時半に起きてカーテンを開けると、海も街も空も、白い靄におおわれている。
太陽は雲に隠れている。
やわらかい明かり。
今朝は陽の出が見られないのかなと、ぼうっと見ていた。
すると、ぽっかりと顔を出した。
障子越しみたいな太陽。
でも輪郭はぼやけていない。
まるで昇ったばかりの満月みたい。
みかん味のグミみたい。
ずっと見ていたら、そのうち空の丸い穴から、光が漏れてくるように見えてきた。
今朝はきのうより暖かいけれど、暖房を入れた。
『日めくりだより』のゲラ(本の形になっている)をベッドに持ち込んで、起き抜けの頭で読んだ。
気づいたところに赤を入れる。
このくらいの頭の方が、冴えるべきところが冴える気がする。
さ、朝ごはんを食べたら、続きの校正に向かおう。
それにしても、今日はとても暖かい。
もやっているのも、なんか、春霞みたい。
3時過ぎに仕上がり、宅配便にのせるためコンビニへ。
坂を下りているとき、どこからか甘い花の香りがした。
早春と間違えてしまいそう。
クリーニング屋さん、パン屋さん、「コープさん」で軽く買い物し、ひさしぶりに坂を上って帰ってきた。
暑くてコートを脱いだ。
しっとりと汗をかいて、帰り着く。
ああ、いい気持ち。
まだ、日暮れまでには時間があるので、窓辺でお裁縫。
テーブルクロスの穴に刺繍した。
中野さんの展覧会とイベントに合わせ、私も仕事を入れて、15日(金)から上京する予定だったのだけど、やめにした。
そのおかげで、たっぷりとした時間が生まれた。
『日めくりだより』も、入校前にみっちりと向かい合えた。
これは、ちゃんとやっておかなければならないことだった。
夜ごはんは、寄せ集めグラタン(ゆうべのポトフの残りに、しめじ、下仁田ねぎ、麩を加え、生クリーム。バターと小麦粉でとろみづけ)、白菜の塩もみサラダ(浸し黒豆、ごま黒酢ドレッシング)。
明日、中野さんがいらっしゃることになった。

●2021年1月12日(火)雪のち曇り、のち晴れ

7時に起きた。
いつもより暗かったので。
カーテンを開けたら、雪。
ヒマラヤ杉にも道路にも積もっている。
あんまり寒いので、暖房をつけた。
クーラーはいつもつけているけれど、暖房にしたのははじめてのこと。
灰色の空から、白いふわふわしたのがあとからあとから降ってくる。
それをベッドに寝そべったまま見ていた。
今日は、ずっとこうしていたいな。
ハーブティーをいれて、戻ってきた。
前に、長いコードを買っておいたので、繋げて、引っ張って、ベッドにパソコンを持ち込んでみた。
インターネットもできる。
メールを書いて送って……そのうち明るくなってきた。
もうやんでしまいそう。
さ、今日は「気ぬけごはん」の締め切りなのだから、続きを書いてしまおう。
いつの間にやら雪はやみ、杉の木のも道路のも、お昼にはもう溶けてしまった。
3時過ぎ、書けたみたい。
晴れ間が出てきたので、山の入り口まで散歩した。
外はわりかし暖かい。
けど、空気が清冽。
流れる水の音が、いつもより大きい気がする。
雪解け水だろうか。
そんなことはないか。
体を動かすのが気持ちいい。
ちょっと、「コープさん」まで行ってこようか。
けっきょく、買いたいものがなかったので、もうひとつの山の入り口に向かって歩き、途中で急坂を下り、平地を少しだけ歩き、また同じ坂を上って帰ってきた。
遠くの山々が、うっすらと雪化粧していた。
今年はじめてかも。
夜ごはんは、カレーうどん(大根、人参、玉ねぎ、豚バラ薄切り肉)、赤大根の甘酢漬け。

●2021年1月7日(木)曇り一時雪、晴れのち曇り

6時に起きた。
いつもの朝の時間が戻ってきた。
小雪が舞っている。
雲が厚く、陽の出は見られなかったけれど、きのう行ったのはどのへんなんだろうと、窓を見ていた。
カーブした白い橋が大きく右手に見えていたから、そのすぐ左が六甲ライナーの線路だろう。
そうか。
夜になるといつも、ディズニーランドのお城みたいな夜景になる辺りだ。
起き抜けに絵を描いた。
きのう、花森さんの表紙の原画を間近で見て、描いてみたくなった。
クレヨンを重ね、ヒロミさんにいただいたガラスのペンでひっかく。
うまくいかないなあ。
朝風呂から出てきたら、中野さんから絵が届いていた。
ゆうべ写真を撮ってお送りした、臙脂色とサーモンピンクの大輪の菊の花。
すごくいい。
にくらしいほどいい。
私もさっき、この花の絵を描いていたのだ。
朝ごはんのとき、灰色の雲が海に向かっていっせいに下りてきているのに、海面だけ金色。
その上に太陽があるのだと分かる。
ラジオではラベルの「ボレロ」。
どんどん盛り上がってきた。
粉雪もどんどん強くなる。
外は、暗くなったり明るくなったり。
寒い、寒い。
スパッツはいて、レッグウォーマーを重ねていても、スカートの下まで冷えてくる。
きのうの展覧会で感じたこと。
ずいぶん昔に私は、銀座かどこかのデパートでやった向田邦子さんの展覧会(というのかな?)に行ったことがある。
出版された本、ラジオやテレビの脚本、書きかけの原稿などを一通り見て、奥の部屋に入ると、向田さんが愛用していた鉢や豆皿、ワンピースやコートや靴が展示してあった。
服は、さっきまで着ていたみたいに膨らんでいた。
靴も履いていた足の形になっていた。
ガラスケースに入っているのに、なんだか匂いまでしてきそうでドキドキした。
なぜだろう、書きかけの原稿用紙の文字や赤字を見ても、そういう気配は感じられなかったのに。
ワンピースや靴には、向田さんがなまなましく生きていた。
生きていたことが物に刻まれ、私の目の前で今も生きていた。
きのうの展覧会場でも、同じようなことを感じた。
花森さんが綴った、「暮しの手帖」の創刊号に向けた文も読んだ。
何度も読んでいるはずなのに、はじめて読んだみたいだった。
物を作ることの意気込みのような、といより、それ以前。
この情けない世の中を、愉快に生きていく宣言のような文だった。
「暮しの手帖」は、紙でできた「生きていくこと」そのものなんだなと思った。
花森さんがその言葉を書いたのは、表紙の絵を描いたのは、戦後間もない遥か昔だったかもしれないけれど。
歴史も、時間も、生きている感じがした。
あのころも今も変わらない。
世間はぐらんぐらんと動いているようだけど、そう見えるだけなのかもしれない。
夜ごはんは、煮込みハンバーグライス(ハンバーグの残りのタネを4つに丸めて焼き、赤ワイン入りのソースで煮込んだ。れんこんのフライパン焼き、ご飯添え)。
夜、お風呂から出たら、絵本の編集者さんからメールが届いていた。
新しい絵本のテキスト、みっつとも喜んでくださったみたい!

●2021年1月6日(水)晴れ

いいお天気だったので、午後から外出。
六甲ライナー(モノレール)に乗って、埋め立て地の六甲アイランドにある「神戸ゆかりの美術館」に行ってきた。
「花森安治『暮しの手帖』の絵と神戸」という展覧会。
井伏鱒二や棟方志功など、昔の文人や画家たちが寄稿した掲載誌(ページを拡大して貼ってある)を端から読んでいった。
そこに添えられた花森さんのペン画は、拡大してあるせいで、線の震えも見えた。
日本画家の小倉遊亀さんのは台所についての文章で、掲載誌とは別に、手書きの間取り図が額に入って見られるようになっている。
その線が鮮明で、さっき描かれたばかりみたい。
花森さんの表紙の原画もじっと見た。
絵筆やペン、クレヨンをけずったあとなどが、ちっとも色あせずに目の前にある。
さっき描いたばかりみたい。
どんな画材で描いているかが、「画用紙、油性クレヨン、鉛筆、色鉛筆」「キャンバス地、グワッシュ」などとプレートに記してあるのもおもしろかった。
花森さんが愛用していた絵筆や鉛筆(陶器のビールジョッキに差してあった)、木箱に入ったちびたクレヨンが展示してあるガラスケースも、あちこちの角度から見た。
棟方志功の文章のページには、版画の挿絵があった。
その原画(版画に白や銀で彩色してあった)も並べてあるのだけれど、こんな立派な絵を小さなモノクロの印刷物にしてしまうなんて、花森さんたちはなんと贅沢な本作りをしていたんだろう。
会場にはお客さんがほとんどいなくて、1枚1枚ゆっくりと、ひとりじめしながら見ることができたのもとてもよかった。
閉館の1時間前に行ったので、時間が足りなかったな。
もういちど行こうと思う。
六個ライナーはご機嫌な乗り物だった。
行きはいちばん後ろ、帰りも先頭の席に乗ったので、六甲の山々がよく見渡せた。
遠くに見えるうちのアパートメントを「あれだ!」と確かめたり、海を見たり、三宮の方角を見たり、あっという間に着いてしまうので、あちこち首を動かしながら。
軽く買い物をして、5時過ぎに「MORIS」に寄ったら、ハッピーバースデイの歌を、今日子ちゃんがマスクをしたままオペラみたいに歌ってくれた。
歌に合わせ、ひろみさんがぐるぐるまわして手渡してくれたのは、大きなビンに入ったおみかんジャム。
ありがたく嬉しい気持ちと、もらってばかりで申しわけない気持ちでいっぱいとなる。
ヒロミさんからは、ガラスでできた素敵なペンもいただいてしまった。
そのあと、大晦日の話になった。
「除夜の鐘は聞こえましたか?」と私が聞いたら、「神戸は船が汽笛を鳴らすんです」とヒロミさん。
今年はいつもより大きな音で、あちこちの船から聞こえてきたらしい。
そして、教会の鐘も鳴り響いたそう。
いかにも神戸らしいニュー・イヤーのお祝いだ。
私は10時には寝てしまったから、まったく気づかなかった。
よほどぐっすり眠りこけていたんだ。
夜ごはんは、白みそ味の雑炊(豚バラ薄切り肉、大根、人参、菊菜、冷やご飯)。
「MORIS」からの帰り道、ヒロミさんにお雑煮の話を聞いたから、白みその味が食べたくなったんだな。

●2021年1月5日(火)曇り

朝から曇り空。
海も空も白く霞んで、今にも雪が降りそうな。
きのうは、テレビのディレクターさんと打ち合わせだった。
打ち合わせといっても、何かがすぐにはじまるわけではない。
だから、お茶を飲みながらおしゃべりしていただけ。
いろんな資料をお見せしながら、2時間ほど過ごし、お見送りがてら坂を下りた。
体を動かしたくなったので。
歩きながら木を見上げたり、広々とした海を見下ろしたりしながらぽつりぽつりとおしゃべりし、六甲道の鍼灸院を教えていただいたり、向かいの中華屋さんがおいしいという話を聞いたり。
図書館が閉まっていたので、下の階の私がよく行くスーパーを見てまわり、私はだし昆布とお麩を買い、彼女はヨーグルトを買った。
ただ、それだけのことなのだけど、何だかこれまで知らなかった彼女のいいところがたくさん見えたような、そんな打ち合わせだった。
もう、何年も前から仕事をご一緒している方なのに。
はじめて出会えたような。
そういうことってあるんだな。
胸の辺りがあたたかくなるような気持ちで、帰ってきた。
今日は、急いでする仕事が何もないので、朝からなんとなく絵本のテキストを書いていた。
つらつらとやっていたら、みっつできた。
生まれたまんまの言葉と音、流れ。
書いているときには子どもの目線になっているから、大人の私から見ると理不尽なような気がしたり。
だから、恥ずかしいのだけれど、勇気を出して新年のご挨拶がわりエイッとお送りした。
編集者さんには、「年が明けましたら、次の絵本のご相談をゆるやかに」とだけメールで伝えられていて、方向性とか内容についてとか何も聞いていない。
本当に次の絵本を作ってくださるのかさえ、確かではないのだけれど。
夜ごはんは、ハンバーグ、春雨サラダ(人参、マヨネーズ、フレンチマスタード、ねり辛子、ゆで卵)、ご飯はなし。 
今日子ちゃんの真似をして、大根おろしをたっぷり添え(厚さ5センチほどもあるハンバーグと同じ大きさにこんもりとまとめた)、ポン酢醤油であっさりと。
おいしかった!
3個分の肉ダネを作ったので、1個分だけ焼いて、残りは冷蔵庫へ。
近々、煮込みハンバーグにしようと思って、炒めた玉ねぎ(ハンバーグに入れた残り)に赤ワイン、トマトピューレ、ウスターソース、醤油、ハンバーグの焼き汁、水、コンソメスープの素を加え、ひと煮立ちさせておいた。
今夜は、中野さんの家もハンバーグなのだそう。

●2021年1月1日(金)晴れ

明けまして、おめでとうございます。
今朝は6時半に起きた。
カーテンをいっぱいに開けると、オレンジと青の朝焼け。
明けの明星が黄色く光っていた。
夜景って、遠くの方のはぶるぶると瞬いているんだな。
星といっしょだ。
新しい年の陽の出は、雲の上から。
太陽が顔を出す前、山脈みたいな雲の峰々がオレンジに光り、どんどん濃くなっていった。
つるんと出た太陽は思ったより小さく、でも強烈な光をため込んだ珠のよう。
枕もとの母の絵が最高に紅く染まったとき、「お母さん、明けましておめでとう」と声をかけた。
朝ごはんの前に、クレンザーで流しまわりを磨いた。
朝ごはんは、ヨーグルト(りんご、みかん)と紅茶だけ。
早めのお昼にお雑煮を食べようと思って。
ひとりのお正月は静かだな。
柱時計の振り子の音しかしない。
新年のごちそうは、赤かぶの甘酢漬け、紅鮭の石狩漬け、浸し黒豆、塩もみ大根の柚子絞り(すりごま)、伊達巻き、お雑煮(大根、白菜、柚子皮)、磯部巻き、京番茶。
祝い箸はないけれど、誕生日プレゼント(中野さんのお姉さんにいただいた)のお箸がある。
なんだか初々しく、清潔な感じのする食卓。
写真を撮り、空の方を向いて食べた。
年賀状をポストに取りに行ったら、待ちに待った荷物が。
ヨナス・メケスのリトアニアのDVD、『Reminiscences of a Journey Lithuania』。
フランスからアマゾン経由でようやく届いた。
ひたすら見ながら、靴下の繕い。
やっぱり大好きな映像。
字幕が英語かフランス語なのだけど、まったく大丈夫。
2度見た。
夜ごはんは、ケールのチーズ入りオムレツ(浸し黒豆添え)、パン。
『ハウルの動く城』を見ながら食べた。
食べ終わったら、また靴下の繕い。
私は去年の暮れから、「ダーニングきのこ」にすっかりはまっている。

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