2018年     めにうへ

●2018年2月11日(日)晴れ

7時15分にカーテンを開けた。
ぽっかりと丸い、橙色の太陽。
そのまま布団をかぶり、眠ってしまった。
ひなたぼっこをしているみたいに太陽を浴びながら。
柱時計が9回鳴って起きた。
今朝は「プチ・ブレ」さんのおいしいパンを焼いて食べよう。
来週の火曜日から東京に行くので、なんとなく支度をしたり、日記を書いたり。
さて、そろそろ『帰ってきた 日々ごはん4』の校正をはじめようかな。
今日はストーブをつけなくても暖かいな。と思って、窓を開けたら、それでもまだ暖かい。
さやさやと風、海も穏やかに光る春のような日だ。
「かもめ食堂」のりっちゃんからメールが届いた。
木皿さんとのトークイベントで東京へ行くことについての最後に、「気をつけて帰ってきて下さいね」と書いてあった。
そのひとことがなんだかとてもうれしかった。
「行ってきて」ではなく、「帰ってきて」。
そうか、私は神戸の住人で、神戸にまた帰ってこられるのか。
『帰ってきた 日々ごはん4』の校正は、5時半まで2階の机でやった。ときどき青い海を眺めながら。
夜ごはんは、カレーライス(みにちゃんのおいしいらっきょう)、ゆで卵とトマトと人参のサラダ(玉ねぎドレッシング)。

●2018年2月10日(土)雨

冷たい雨。
8時半に起きた。
ぐっすり眠って、夢もいろいろみた。
パンを切らしているので、朝ごはんはパンケーキを焼いた。
トマトも焼いて、仕上げにホワイトビネガー。
これは、なんとなくポルトガルな感じ。
鰯の塩焼きと食べたら、おいしそうな味。
さて、これから大阪の画材屋さんに行ってこよう。
まず、「プチ・ブレ」さんでおいしい食パン(この間、今日子ちゃんが作ってくれた卵サンドがとてもおいしかったので)を買って、「MORIS」に寄って荷物を置かせてもらい、また帰りに寄って、本(ソーセージが載っている『料理=高山なおみ』)にサインもしてこよう。
小旅行な気分で、楽しみだ。
画材屋さんではほしいものをじっくり見て、いろいろ買ってきた。
スケッチブックや、葉書サイズの画用紙や、色鉛筆やパネルやら。
ずっと雨だったけど、木皿さんの本(私が手作りしたもの)を読んだり、ときどき目を上げて霧にけぶる山を見ながら電車に揺られるのは、心落ち着く時間だった。
私はほんとうにいいところに越してきたなあと思いながら、山を見ていた。
帰りに「MORIS」に寄ったら、中国茶のお教室だった。
ヒロミさんの隣に座り、本のサインを少しして、とても珍しいお茶の一煎目をいただいた。
中国茶教室のときの「MORIS」は、薄暗く、ほの明るく、小さな音までよく聞こえる。
「香りをお聞きください」と先生がおっしゃった。
先生の立ち居振る舞いをぼんやり眺め、気配のようなのを私は聞いていた。
とくとくとくとく。さらさらさらさら。
夜ごはんは、ほうれん草炒め、ソーセージ炒め、揚げ玉入りいり豆腐、お弁当箱の冷やごはん、かぶのみそ汁。
食べながら、ご飯の冷たいのがお腹に入るのが分かった。
お腹の調子もあまりよくないみたい。
雨の外出で冷えたのかな。
薬屋さんで温泉の素を買ってきたから、お風呂でよく温まり、今夜は早めにベッドに入ろう。
お風呂から出たら、窓の外が真っ白。
ふかぶかとした霧のなかにもぐったよう。
夜中にふとカーテンをめくると、霧は下の道のところまで押しよせ、猫森の枝の先だけが電灯に白く光っていた。

●2018年2月9日(金)晴れ

7時に起きた。
よくない夢をみて、ちょっとだけ目覚めが悪いような感じだった。
このところ人にたくさん会いすぎて、もしかしたら私はちょっとくたびれているのかも。
ソーセージ教室はとても楽しかった。
集まったみなさんが、ソーセージとマッシュポテトをそれはそれはおいしそうに食べていて、私は心底うれしかった。
今日子ちゃんの文旦のデザートも、ガラスの美しい器に負けない澄んだ味がした。
房からはずした文旦と甘夏のシロップ和え、アール・グレイ紅茶のグラニテ、水のゼリーの絶妙な組み合わせ、おいしかったなあ。
今日子ちゃんはくったくのない人だから、デザートの味にも、盛りつけにもそれが表れる。
きれいなのに、整いすぎていないところがまたいいんだと思う。
なんか、「MORIS」で開く教室は、きれいで実質的な心のようなものを、やりとりするような安心感がある。
静かで、おおらかで、ゆっくりと、落ち着いた空気。
あの日は、教室に参加くださった宮下さん(京都に住んでいる編集者)をお誘いし、うちで過ごした時間もとても楽しかった。
私は、信頼できる関西の編集さんに、また新しく出会えたのだと思う。
きのうは、「かもめ食堂」のりっちゃんとやっさんが突然遊びにやって来て、ソーセージとマッシュポテトを作り、一緒に食べた。
私は木皿さんの新刊(『木皿食堂3 お布団はタイムマシーン』)のゲラを切り抜いて、本のようなものを作っていたので、なんとなくふたりのことも思いながらやっていた。
だから、玄関を開けて佇んでいるふたりを見たとき、「わっ!」とびっくりしつつ、それほどには不思議じゃなかった。
車で坂を下り、いつもの「コープさん」に買い物に行ったり、ふたりのマンションをちょっとだけ訪ねたのも楽しかった。
そうそう。
きのうは、朝から管理人さんが長靴姿でいらっしゃり、お風呂場の下水のつまりと格闘してくださっていた。
ズッポン! ズッポン!。
「こうやって、何度も繰り返していれば、まあ、2時間も続けておれば、そのうちすーっと通ることがあるんです」とおっしゃって。 いちど様子を見にいったら、配管の黒い鉄サビが浮かんだ水びたしのお風呂場に立って、腰を曲げ、排水溝をじっとのぞいてらした。 微妙な水の引き加減を観察しているようだった。
髪の毛が絡まったわけの分からないゴミも、取りよけてくださってあった。
ああ、本当に申しわけない。
私は途中でコーヒーを淹れた。
朝10時に来てくださって、柱時計が12回鳴るまでやって、「高山さん、やっぱり私ではだめのようですわ。事務所に伝えて、業者さんに来てもらうようにいたします」
とおっしゃった。
管理人さんは、本当に立派な人だなあと思う。
けっきょく、事務所の方(大家さん)の立ち会いのもと、7時過ぎに業者さんがふたり来て、15分ほど作業をし、すぐに流れるようになった。
今日は、朝からあちこち掃除。
すみずみまで雑巾がけもした。
シーツやらバスタオルやら、布巾やらクロスやら四角い物をたくさん洗濯し、屋上に干してきた。
今日は掃除やら、書類の整理やらしているうちに一日が終わってしまった。
なんとなく、何かがはじまる前のような、そのせいで胸のつかえがあるような、そんな感じもする。
新しく何かがはじまるときというのは、楽しみと同時に怖さもある。
そういう日は掃除をするにかぎる。
『帰ってきた 日々ごはん4』の校正は、もう少し落ち着いてからやろう。
夜ごはんは、白身魚ときのこのグラタン(カラスガレイ、舞茸)、ほうれん草と菊菜のオリーブオイル炒め、かぶのみそ汁、しょうがの佃煮、たくあん、ご飯。

●2018年2月6日(火)快晴

風もなく暖かい。
今朝の海は、きらきらというよりぴかぴかしている。
  平らにぺったりと光っている。
いい景色を見ながら、歯磨きをするのが好きだ。
なので今朝は、わざわざ2階に上って窓を開け、手を腰に当ててした。
そういえば山の家でも、毎朝歯ブラシを口にくわえ、庭に出て畑を眺めながらとか、スイセイが朝飯前の作業をしているのをぼんやり見ながらしていたっけ。
帰ってきてからきれいになっていると気持ちがいいので、あちこち掃除機をかけた。
さて、そろそろソーセージ教室に行ってこよう。
どんな生徒さんがいらっしゃるんだろう。
今日子ちゃんとヒロミさんのおかげで、こうして外向きになれるのがとてもありがたい。
ほっておいたら私はずっと、家にこもって書き物ばかりしているから。
さて、どうなることやら。

●2018年2月4日(日)晴れ

さっき、コンビニまで下りて宅配便を出してきた。
このところ、寝ても覚めてもやっていた『たべもの九十九』の最終校正が終わったので。
陽は差していたけど、けっこう寒く、風も強かった。
でも、すがすがしい空気。
坂を下りるとき、もみの木の集まりが枝を揺らして風に鳴っていた。
いつもの神社でお参り。
帰りは、荷物がないのですいすい。
最後は後ろ向きで、青い海を見ながら上った。
でも、今日はちょっとくたびれた。
朝からソーセージを12本仕込んだし。
これは、火曜日に「MORIS」で開くソーセージ教室の生徒さんに食べていただくもの。
おいしくできるといいな。
今日子ちゃんがつけてくれたタイトルは、「なおみさんのソーセージ&マッシュポテト実演教室」。
こんな文章も添えてくださった。
「昨年末、高山なおみさんのお家であったかいご飯をご馳走になり、お土産に手作りソーセージをいただきました。
あまりに美味しかったので、ソーセージ教室をお願いしました」
(※ソーセージ教室は定員に達したので、「MORIS」での受付は終了しました)
早めに夜ごはんの支度をしながら、玉ねぎドレッシングとマヨネーズを仕込んだ。
これもまたソーセージ教室のためのもの。
今夜はカレーライスの予定。
思うぞんぶんやって、ようやく『たべもの九十九』を送り出したと思ったら、引き換えのようにアノニマから荷物が届いた。
こんどは、『帰ってきた 日々ごはん4』の初校。
すごいなあ。
どこかから見られているみたい。
やることがあるのはとても嬉しいし、ありがたいのだけど、でも、もう少し休んでから取りかかろう。
今夜も「ムーミン」を見ながら夜ごはんを食べ、お風呂に入ったら、早めに寝よう。
夜ごはんは、カレーライス(豚肉、人参、玉ねぎ、じゃがいも)、らっきょう(「nowaki」のみにちゃんの)、ほうれん草と小松菜とコーンのバター炒め。

●2018年2月1日(木)粉雪のち雨

ゆうべの月食は、8時半を過ぎたころからはじまった。
黒い下敷きで、左下の方から少しずつ隠していっているみたい。
じわじわと確実に形が変わっている。
それを寝ながらずっと見ていた。
最後に三日月になってからは、ずいぶん長い時間三日月のままだった。
目をつぶって、また目を開けてもまだ三日月のまま。
そのかわり、じわじわと細くなってゆく。
次に目を開けたら、一瞬だけ月がどこにあるのか分からなくなった。
そのうちうっすらと赤茶っぽい小さな丸がおぼろに浮かんできて、ああ、あそこにあるなと思ったら、すごいスピードでぐんぐん姿を現わした。
そこだけ早回しのようだった。
赤銅色の月は、こりんとして堅そうだった。
飽きるまで眺め、それから眠った。
ときどきカーテンを開けて確かめながら。
月のまわりも、空も、赤みがかった黄土色。
最後に見たときには月はもう見えなくなっていて、空全体がふっくらと膨らみ、黄土色になっていた。
とても不思議な色だった。
今日は、朝から粉雪。
『たべもの九十九』の再校正日和だ。
さあ、いそしもう。
4時までやって、夜ごはんの支度をゆっくりやった。
「清荒神」さんで買ったしょうがを刻んでつくだ煮にしたり、百合根の下ごしらえをしたり。
百合根のみそ汁は、白みそ仕立てにするとたまらなくおいしい。
アムたちがクリスマスに送ってくれた百合根は、これでもう食べ切った。
夜ごはんは、じゃがいもだけのコロッケ(マッシュポテトの残りで)、しろ菜のおひたし(ごま油、ポン酢醤油)、納豆(卵、ねぎ、思いついて柚子皮を刻み入れてみた)、しょうがの佃煮、田舎風たくあん(「清荒神」さんで買った)、みそ汁(百合根、豆腐)。

●2018年1月31日(水)晴れ

6時半に起きた。
朝焼けの長い帯ができていた。
橙色の上は藍色。
カーテンをいちどしめ、7時にまた開けて陽の出を見る。
毎日毎日、一日として同じ日がない。
今日はソーセージのレシピを書いたり、仕入れをまとめたり。
11時過ぎに、待ちに待った荷物が届いた。
校閲さんが確認ずみの『たべもの九十九』、最終校正だ。
お膳の上に並べ、お茶を水筒に入れていそしむ。
至福の時間。
3時までやって、有山君と山本さんから、表紙まわりのデザインが届いた。
4種類も!。
パソコン画面に張り出し、迷う。
こりゃあ、選びきれないや。
そのあとで中野さんからも、紙版画の画像が届いた。
なんだか、楽しみなお土産をもらいすぎて、どこから開いていったら分からないような感じ。
しかも今夜は月食だそう。
ベッドの反対側に枕を置いて、眺めよう。
夜ごはんは、親子どんぶり弁当(お昼に食べた残り)、白菜入りペロペロラーメン。

●2018年1月30日(火)快晴

春がきたみたいに暖かい。
窓を開けていても、ちっとも寒くない。
中野さんがいらした次の日、宝塚線に乗って「清荒神」さんへ初詣に行った。
「清荒神」さんは台所の神様だそう。
ちらちらと雪が舞う寒い日だった。
参拝にきている人たちはみな傘を差さず、髪の毛に雪のひらをつけて歩いていた。
私もそうした。
雪に洗われるようで、とても気持ちがよかった。
参道には乾物屋さんとか、屋台がたくさん並んでいて、日曜日だからほどほどに賑やかで。
私はあこや貝の小さな兎と月がはめ込まれた、赤い塗り箸を買った。
お社の上の方に小さな滝があった。
滝壺の水は静かに澄んで青っぽく、縁のところが緑がかっていた。
絵本に出てくる竜の住処は、きっとこんな色をしているんだろうな。
お昼ごはんに入ったところがとてもいい感じのお店だったので、お参りをしてから、また寄った。
熱燗を2合に、海老の箱ずし、なまこ酢、ふぐ皮ポン酢。
冷えた体が温まり、また電車に揺られて帰ってきた。
「清荒神」さんで山椒を多めの七味唐辛子を調合してもらったので、夜ごはんはお鍋にした。
それがとてもおいしかった。
薄目にだしをひいて、まずは鶏のもも肉とお豆腐から。
食べ終わったら白菜、菊菜、しろ菜、えのき。
土鍋を台所の火にかけながら、それぞれが食べたい具を泳がせ、煮えばなを柚子入りのポン酢醤油につけて食べた。
薬味は青ねぎ、大根おろし、七味唐辛子のみ。
中野さんは立ち飲み屋のように立ったまま。
私は器によそっては階段に座り、絵を見ながら食べた。
日本酒をちびちび呑みながら。
中野さんはきのう帰られた。
三宮までお見送りし、お昼にハンバーグと白身魚のフライのコーンスープとサラダつきランチをがっちり食べた。
今朝起きたら、唇の上に吹き出物ができている。
私は栄養のとりすぎだ。
というわけで、たっぷり遊んだので、今日からまた仕事をがんばろう。
夜ごはんは、親子どんぶり(鶏肉を焼いてから煮汁に加えてみたら、香ばしくとてもおいしい)、おろしあんかけ汁(ねぎ、柚子皮)。

●2018年1月27日(土)晴れに舞う雪

7時に起きた。
カーテンを開けると、大きな大きな橙色の日の出。
海にも大きいまま映っている。
寝転んで空を眺めると、雲のひとところだけ虹色に光っている。
何かがプリズムの働きをしているのかな。
そして小雪が舞っている。
六甲の二度目の冬。
晴れているのに舞う、お天気雪だ。
うっすらと積もり、道路が白くなっている。
朝ごはんを食べ、洗濯機をまわしながらつよしさんとの絵本のテキストを直す。

ゆうべ、寝る前に気づいたことがあるので。
ふと窓を見ると、さっきよりさらに晴れている。
小雪は細かな粉となり、ちかちかと光りながら舞う。
こういうの、なんとかダストというのだっけ。
海は白銀に光り、ラジオからはお正月みたいな三味線の音楽。
さて、今日もまた『たべもの九十九』の校正だ。
ベッドの上でやろう。
午後から薄暗くなり、本格的な雪。
ここらの坂は急だから、路面が凍結したらタクシーも上ってこられない。
そのあとでまた、晴れてきた。
雪はほんの少しだけ、ちらちら。
中野さんは4時半くらいに、明るいうちに着いた。
夜ごはんは、鶏セセリの塩オリーブオイル焼き、白菜サラダ(手作りマヨネーズ)、自家製ソーセージ、マッシュポテト、焼きトマト、ほうれん草炒め(中野さん作、砕いたナッツが入っていた)、ビール、赤ワイン。

●2018年1月26日(金)晴れ

海がきらきら。
朝、プラスチックのゴミを出しに行ったら、とても寒かった。
空気がきりっとしていた。
きのうの夕方、有山君からいただいた宿題を出しにコンビニまで下りたのだけど、とても寒かった。
うちはよく陽が差すし、セントラル・ヒーティングのせいで部屋が暖かいから、分からなかった。
そうか、朝でも昼間でも、今はこんなに寒いのだな。
さて、今日は『たべもの九十九』の再校正をやろう。
ベッドの上でやろう。
これはゆうべ、寝る前から決めていた。
有山君と山本さん(アリヤマ・デザインストアの女の子)のデザインが反映されたものなので、きのうから嬉々として向かっている。
明日の夜、中野さんがいらっしゃることになった。
大阪で打ち合わせがあるとのこと。
クリスマスの次の日以来だから、お会いするのはほとんど1ヶ月ぶり。
2時くらいから小雪が舞いはじめた。
空は晴れている。
お天気雪だ。
ときどき、舞う雪を眺めながら、ときどき、窓を開けたりもしながら、『たべもの九十九』の校正。
5時までやって「ほ」が終わり、今日の分はもうおしまい。
なんとなく窓の外が黄色っぽい。
日が沈む前、雲の縁が黄色い。
建物のところどころも黄色く光っている。
なんだか、黄色い大きな雲のなかに入ってしまったよう。
雲のなかで小雪が舞っている。
雪はどんどん強くなり、風に煽られ、上からも下からも降っているよう。
夜ごはんは、大豆と野菜のありあわせグラタン(お昼に作った大豆と白菜のトマトスープにトマトペーストを加えて煮つめ、つよしさんと食べたじゃがいも、スッキーニ、人参、しめじ、ほうれん草のオリーブオイル炒めの残りをのせ、ホワイトソースとチーズをかぶせて焼いた)。

●2018年1月24日(水)快晴

朝のラジオの天気予報では、全国的に寒波が来ていると盛んに言っていた。
兵庫の北の方でも雪になるから、警戒してくださいとのこと。
けども、六甲は信じられないくらいによく晴れている。
とても暖かい。
海はいつもに増してきらきら。
まぶしいからカーテンも閉めたままだ。
きのうは、陽が傾いてからとても寒くなった。
あんまり急に寒くなったので、雪も霙も降っていないのにおかしいなあと思って、何度も窓を開け確かめた。
薄氷のようにぴんと張った空気、いつもとは違う格別な寒さだった。
今年いちばんの寒さだったと思う。
今日は、のびしろが増えたみたいに暖かい。
ここしばらく日記が書けなかった。
といっても、書いてないのは2日間だけか。
なんだか短い間に、いろいろなことがあったような気がする。
まず、つよしさんとの絵本ミーティング&ごはん会は、新しい発見もあり、とても有意義な時間だった。
次の日には朝からお弁当をこしらえ、「鉄道芸術祭」の搬出をしている立花君たちのところへ差し入れに行った。
帰りに「ヨドバシカメラ」に寄って、前回行ったときに目をつけておいたCDデッキを買い、持って帰ってきた。
冷たい雨の降る、寒い日だったな。
きのうは何をしていたのだっけ。
あちこち掃除して、CDデッキをつなぎ、『たべもの九十九』の小出さんと電話でお話し、夕方には有山君からお電話をいただいたんだった。
その間、つよしさんの絵本のテキストに向かい、またああでもないこうでもないと書き直していた。
ゆうべは、佐野洋子さんの本のカバーと帯のデザインも送られてきた。
私の書いた帯文が、洋子さんの絵の隣に並んでいる。
とてもとてもうれしい。
じつは去年の12月に、この本の編集者さんがいらしたときのことを日記に書いていました。
12月22日の日記の続きとして、読んでいただけたら嬉しいです。

・・・

洋子さんの本の編集者さんが、すがすがしいとても感じのいい方だったので、軽いお打ち合わせのあと、屋上に上った。
そしたら急にビールを呑みたくなって、また部屋に戻り、りうが送ってくれたれんこんをすりおろし、お焼きを作った。
屋上では、裏山を眺めながら、そして山の上を円を描きながら上昇しているとんびを眺めながら、私は洋子さんのことを聞いたのだ。
「洋子さんは怖かったですか? 激しい方でしたか?」
編集さんは、「うーん」と言ってしばらく沈黙してから、答えてくださった。
慎重に、言葉を選んでらっしゃるようだった。
「心にあることをそのまま、感じたことをそのまま話す方でした。
嘘をついたり、何かに紛らわしたりすることなど、少しも思いつかないみたいに」
「お酒は好きでしたか?」
「いいえ、煙草はよく吸われてましたけど、お酒はまったく呑まれなかったんですよ」
編集さんはNHK出版の川村さんという。
川村さんは子どものころ、洋子さんご一家とは家族ぐるみでおつき合いをしていた。
どこかへ一緒にお出掛けしたり、家にもよく遊びに行って、洋子さんの手料理をごちそうになったり。
息子の弦さんは二つ年上で、幼なじみ。
洋子さんが離婚なさってからは、30年近く会わない期間があったようだけど、病気をされてからまた再会したのだそう。
川村さんは長年の念願がかなって、弦さんと一緒に洋子さんのご本を作ることになり、その帯文を私に依頼してくださった。
その本は、食べ物にまつわる文章が、エッセイや絵本のなかから、あいうえおの順に引用されているそうだ。
洋子さんがよくこしらえていた料理を弦さんが再現し、カラー写真とレシピも載っているようだった。
私が今作っている本も、あいうえお順のたべものエッセイの本だから、
ご依頼をいただいたときに私は驚き、そういうのはお受けしてはいけないような気がして、大急ぎで断った。
そうしたら、「ご遺族の方が、高山さん以外に帯を書いていただける方を思いつかないとおっしゃっている。お断りされても構わないから、お話だけでもさせてください」と川村さんから電話があった。
それで、はるばる神戸までいらしてくださったのだった。
れんこんのお焼きのあとは、長ねぎの青いところが冷蔵庫にとってあったのをゆで、ぬたにした。
つまみが減ってくると、カキのオリーブオイル漬けを出したり、チーズやサラミを切ったり。
台所のカウンターでお話しながら、不思議な距離感を保ったまま、でも、私は川村さんのことを、昔からよく知っている方のような感じもしていて。
いただいた帯の仕事にも関係がないし、聞かれてもいないのに、私は自分のことをたくさん話した。
どうして神戸へやってきたのか、今の心境など、ごまかしのないよう言葉を選びながら、ぽつぽつと、あれもこれも。
話さずにはおられなかった。
なんか、ずっと、洋子さんが近くにいるような感じがして。
編集者さんは暗くなる前に、坂を下って帰っていった。
私も坂の途中までお見送りした。
あのときにはまだ空が明るく、白く出ていた細い三日月が、今は濃いオレンジの、寒空につきささりそうな月になっている。
洋子さんの本の帯文だなんて。
こんな私のところにお仕事くださるだなんて。
なんて、もったいないことだろう。
私がぽつぽつと、何でもかんでもおしゃべりしてしまったのは、書かせていただくお礼をしたかったのかもしれない。
川村さんを通じて、空の上の洋子さんに。

・・・

きのう、有山君に宿題をいただいたので、本当はそっちに向かいたいのだけど、朝から絵本のことをやりはじめ、途中でメールを書いたり、電話がかかってきたり。
でも、机に向かうと、どうしても絵本の方に引っ張られてしまう。
そうだ。
2月13日に東京へ行くことになった。
吉祥寺の「キチム」にて、木皿泉さんとトークショーをする。
木皿さんに会えると思うと、緊張してくる。
上京するのはとてもひさしぶり。
おととしの12月に、『たべたあい』の原画展で、原宿の「ギャラリー・マヤ」さんに通っていたころ以来だろうか。
それまでにやらなければならないことがたくさんあるから、ひとつひとつに立ち向かい、終わらせていこう。
夕方になったら、海がやけに青い。
水色ではなく、藍色。
窓を開けると、頬を切るような寒さ。
こんなに青いのは、寒さのせいなのかな。
夜景が灯りはじめると、さらに深い藍色。
空の真上には三日月。
また、長々と書いてしまいました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
夜ごはんは、お好み焼き(菊菜、豚こま切れ肉、卵&もやし、豚バラ肉)。

●2018年1月21日(日)晴れ

とても暖かい。
窓を開けたら、そよそよと風。
春がきたと間違えてしまいそうな陽気。
きのうは「鉄道芸術祭」のクロージング・イベントで、太陽バンドの畑さんと野村卓史さんのライブがあった。
ポルトガルの車窓からの大きな映像をバックに、ふたりの奏でる音楽を聞いた。
楽しくてたまらず、私は演奏の間中ずっとにやにやしていた。
とんちさんが加わったラップの曲も可笑しくて、涙が出てきた。
なんか、感動した。
立花君がポルトガルで買ってきた、「イル・トレノ」という古い楽譜の曲のお披露目もあった。
表紙に描かれた列車の絵がよかったから、たまたま立花君が買うことになったその楽譜。
立花君は、どんな曲が収まっているのかまったく分からないまま、卓史さんに託したのだそう。
ふたりが演奏をはじめると、電車が走り出し、スピードを上げ、アコーデオンとエレキギターがからまって景色がぐんぐん流れ、きらきら光る軌跡が見える。
そして、徐行しはじめたなと思ったら、大阪の中之島(「鉄道芸術祭」の場所)に戻ってきた。
レールを走り続けていたつもりが、海を超え、空を超え、ポルトガルから大阪のこの場所へ。
「イル・トレノ」は音符が黒々と並んでいて、テンポもおそろしく早く、とても難解な曲だったらしい。
卓史さんが楽譜を訳し、演奏し、編曲し、練習し、畑さんとのお披露目に至まで、とんでもない労力があったことだろう。
私はこのところ、部屋にこもって文ばかり書いていた。
パソコン画面の活字を頭のなかでこねくりまわし、そこから浮かぶ世界にひたる。
ひとりでいると、ひとりごとを言うようになる。
考えなくてもいいようなことを考えたりもする。
畑さんたちのライブを聞きながら、なんか私、このごろ半分死んでいるみたいだったな、と思った。
死んでいるというのは大げさか。
眠っている、という感じかな。
ごはんは三度三度作ってちゃんと食べていたけど、なんか、生きものたちとやりとりをしていなかったような。
ライブが終わって、畑さん、卓史さん、立花君、カクちゃんと外のカフェで冷たい風に当りながらコーヒーを飲んだり、立花君が連れていってくれた心斎橋のたこ焼きささんの前で、打ち上げメンバーが集まるまで30分くらい立って待っていたり。
そのたこ焼き屋さんは偶然、2年前に『ごはん 実用の料理』の編集の村瀬さんが連れてきてくださったのと同じ店だったり。
私はまだ東京に住んでいて、その日は、心斎橋の「スタンダード・ブックストア」でトークイベントがあったのだ。
そして同じ日に、六甲の今住んでいるアパートメントを、はじめて下見したのだった。
たこ焼きを何皿も頼んで、騒いだり、大笑いしたり。
「パリパリチーズ」という一皿が、確かにパリパリなのだけど、想像していたのとまったく違って、可笑しかったり。
あ、そういうことか。
私はこのところ、自分の思い通りになることばかり、予想のつくようなことばかりしていた。
外に出ると風が吹いていて、人々は行き交い、めぐっているから、自分の思い通りにならないことがぽんぽん起こる。
誰かが何か言うのをじっと待っていたり、何かがはじまりそうなのをぼんやり待っていたり。
そういうこと?
何かが起こったら、そこに自分ものっかって、楽しむ。
生きているって、そういうこと?
なんか、そんな感じがした一日だった。
私が外に出ると、待ってましたというふうに、受け入れてくださるネットワークのようなものができている感じもあった。
そういうのも、ちょっと意外だった。
私、ずっと休んでいたんだろうか。
というわけで、ゆうべは12時過ぎに帰ってきた。
慌てずに駅まで歩いて御堂筋線に乗り、梅田から阪急に乗ったら、特急の終電だった。
今日はあちこち掃除し、雑巾がけ。
これから、つよしさんがいらっしゃる。
絵を持ってきてくださる。
とても楽しみ。

●2018年1月18日(木)晴れ

今朝の日の出は、大きな太陽が海に映っていた。
きのうとは打って変わり、よく晴れている。
洗濯をして、ひさしぶりにバスローブだけ屋上に干しにいった。
風もなく、とってもいい天気。
山はいつの間に、こんなに裸になったんだろう。
そういえば猫森も木の葉がすっかり落ちている。
そのおかげで、昇りはじめの太陽がいつも見られる。
つよしさんとの絵本のことを、朝からずっとやっていた。
途中、掃除機をあちこちかける。
埃がいっぱいたまっていた。
雑巾がけも、すみずみまで。 
絵本のことを考えながら、鏡を磨いていて、ずっと思っていたことを思い出した。
また絵本の続き。
3時ごろ、台所の方ではらりと音がして、換気扇の網が落ちた。
銀色のテープで貼ってあるだけだから、「もしもはがれてしまったら、いつでもおっしゃってくださいね」と、ちょうど今朝、管理人さんがおっしゃっていた。
屋上にバスローブを取り込みにいきながら、管理人さんにお伝えしたら、すぐに来て直してくださった。
つよしさんとの絵本は、もしかしたら、なんとなく、できたかも。
プリントアウトをして、寝る前にベッドのなかで読んでみよう。
夜ごはんは、ドリア(人参とかぶのクリームシチューを作り、冷やごはんを少し加え、チーズをのせてオーブンで焼いた)、焼き餃子(ゆうべの残りを焼き、ウスターソースで)。

●2018年1月17日(水)雨 

目が覚めたとき、雨の音がすると安心するな。
まだ薄暗いけれど、カーテンを開けたら7時になるところだった。
今日は雨か。
こんな日は本を読みふけろうか。
きのうは、あちこち出掛けた(「MORIS」で今日子ちゃんとおしゃべりしたり、バスに乗って阪急御影の電気屋さんや古い市場に行ったりした)ので、晴耕雨読の気分。
と思うも、読みはじめたら、途中でやっぱり起きてしまった。
朝風呂から出ると、窓の外が夕方のよう。
これから夜になるみたいな薄暗さ。
そのうち霧が出て、下の街が真っ白になった。
静かな静かな日だ。
朝ごはんのトーストにこってり塗って食べた、今日子ちゃんのおみかんジャムがたまらなくおいしい。
皮の苦み&とろとろジューシー。
「今日子ちゃん、おいしいよー」と、窓に向かって手を振った。
午後、中野さんが絵を送ってくださった。
じっと見ていると、お話が浮かんできそうな絵……というか、もうお話が入っているような絵。
絵本についての文章がどうやらできたみたい。
推敲して仕上げ、4時くらいにお送りした。
余った紙がたくさんあるので、つけペンでお絵描き。
この間、実家に帰ったとき、母の幼稚園の園児たちの集合写真をもらってきた。
母はたぶん20代で、溌剌とした顔をしているし、昔の子どもたちもいろんな顔形があって、自由な感じがして、とてもおもしろいので。
その写真を見ながら、いろんな顔を描いてみた。
自分の小さいころの顔も描いてみた。
へたくそだなあ。
ずーっと、なんだか静かな日だなと思っていたら、今日は震災の日だった。
夕方、知った。
23年前の1月17日も、こんなに寒い日だったのだろうか。
冷蔵庫に残っていた日本酒を盃に一杯、窓から見える街に向かって献杯した。
この街に住まわせてもらっていることに、感謝を込めて。
夜ごはんに餃子を包み、焼いて、食べた。
「暮しの手帖」に載っていた、ひき肉と玉ねぎとねぎだけの餃子。
餃子だけであとは何も食べない。

●2018年1月15日(月)薄い晴れ

今朝は日の出前にカーテンを開け、寝転んだら、雲が少しずつ茜色に染まっていくのが見えた。
でっかい、まん丸な太陽が、完全に顔を出すまで眺めていた。
太陽が上ると、とたんに暖かくなる。
ゴミを出しに行った。
寒いことは寒いけど、それほどではない。
朝ごはんを食べ、洗濯機をまわしながら「気ぬけごはん」。
うちの換気扇は、穴が空いたところに網を張ってあるのだけのとてもシンプルな仕組み(穴は建物の外につながっていて、そこにも同じような網が張ってある。吸い込みのモーターがどこかについているらしい)なのだけど、その網が油で詰まって、このところまったく吸い込まないようになっていた。
なので、管理人さんに書き置きをしておいた。
管理人さんはすぐに、脚立と青いビニールシートを持って、網を貼り替えにきてくださった。
廊下の外にある排気口の網も、取り替えてくださった。
お昼前に、中野さんから1枚の絵が送られてきた。
今年はじめての絵。
パソコン画面を整理し、絵を飾った。
昇ったばかりの太陽のような、オレンジ色のキンセンカの絵。
樹君の新しいCDをかけながら、また「気ぬけごはん」。
夕方4時くらいにだいたい書き上がった。
仕上げは明日やろう。
陽が沈むと、ぐっと温度が下がり、とたんに寒くなる。
太陽の力は本当にすごい。
夜ごはんは、カラスガレイの西京漬け(自分で漬けたのをオーブンで焼いた)、肉じゃが(牛こま、玉ねぎ、じゃがいも)、大根のみそ汁、ごはん。

●2018年1月14日(日)晴れのち曇り

5時くらいに目が覚め、書きかけの絵本のことやら、絵本についての文章のことやら、言葉が浮かんでぐるぐる巡っていた。
なんだか寝ていられないような気持ち。
6時半くらいにカーテンを引くと、水平線が朝焼けだった。
オレンジ色のグラデーション。
カーテンはそのままにしておいて、寝転ぶと、ちょうどその位置から白い月が見えた。
細い細い、新月間近の月。
切ったばかりの爪みたいな月。
太陽が顔を出しても、まだ見えている。
極細の半透明の月は、水色の空を少しずつ上に上り、そのうち見えなくなった。
7時半に起きた。
朝ごはんを食べてすぐに絵本のテキストに向かう。
できたみたい。
つよしさんとのテキストは、まだできない。
絵本についての文章にまた向かう。
スイセイから連絡があり、電話をつなげたまま、きのうと同様にあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてパソコン入力。
そのあと、『帰ってきた 日々ごはん4』のアルバムと、表紙の絵について軽くミーティング。
夜ごはんは、あり合わせグラタン(この間の残りをオーブンで温めた)、ワンタンスープ(白菜、ワカメ、ねぎの青いところ)。
早めにお風呂に入り、ベッドのなかで『飛ぶ教室』を読む。
明日から「気ぬけごはん」を書くつもり。

●2018年1月13日(土)晴れ

朝から、ゆるゆるとパソコンに向かっていた。
絵本についての文章を依頼されているので。
これまでの絵本についての書類を箱から出し、部屋いっぱいに広げ、一冊一冊をどんなふうに作ってきたか思い出しながら書いていた。
編集者とのメールのやりとり(プリントしてあった)を読んだり。
神戸に越してきたばかりのころ、次々にできていたお話も読み返した。
なんだか、世界がとても濃い。
知らない人が書いたみたいだった。
私は少し、あのころから書くものが変わってきているかも。
文章は4時くらいにだいたい書けた。
文字数が大幅にオーバーしてしまった。
締め切りはまだ先だから、しばらくねかせておこう。
今日もきのうの続きで、メールの不具合についてスイセイがいろいろ調べてくれた。
夕方、電話をつなげたまま、部屋を行ったりきたりしながら、スイセイの言う通りにパソコンに入力した。
緊急にやるべきことは、ひとまず終わったたとのこと。
ほっ。
お腹がすいたので、続きは明日。
夜ごはんは、ヒロミさんのお好み焼きを再現(キャベツ、豚肉)、白菜スープ(ゆうべの鍋蒸し煮の残りで)。

●2018年1月12日(金)快晴

きれいに晴れている。
空も海も、広範囲にきらきら。
きのうはとてもおもしろい一日だった。
まず、朝っぱらからCDデッキを分解した。
CDの取り出し口が、長いこと壊れたままになっていたので。
思った通り、歯車をつなぐ黒い輪ゴムが切れていた。
似たゴムを探しに、「コーナン(ホームセンター)」へ。
寒いけど、マフラーをぐるぐる巻きにして、流れの音を聞きながら川沿いをどこまでも歩いて行くのは、とてもいい気分だった。
「コーナン」の2階の駐車場で、手をあたためながら飲んだ、自動販売機のほうじ茶ラテのおいしかったこと。
目的のゴムはなかったけれど、洗濯機のホースや丈夫なガムテープなど、ずっとほしかったものを買った。
帰りも川沿いを歩いて、適当なところで階段を上がり、お店がありそうな通りに向かって歩いていたら、見覚えのある場所に出た。
前に、今日子ちゃんが案内してくれた水道筋の商店街だ!。
ふらふらと散策し、物産店のようなところで白菜と大根を買い、お腹が空いたので、たこ焼き屋さんののれんをくぐって焼きたてを食べた。
10コ入りで250円。ふわふわでとてもおいしかった。
今日子ちゃんが連れていってくれた、古い方の商店街の魚屋さんにも行ってみたくて探したのだけど、どうしてももとの場所に戻ってきてしまう。
仕方なくあきらめ、山の方に向かってゆるやかな坂道を上った。
もう少し歩けば、いつもの「コープさん」。
買い物し、荷物をかついで坂を上っていたら、角のところでひょっこりヒロミさんとサチ子さん(イギリスから里帰りをしている、今日子ちゃんのお姉さん)に会った。
歩いて帰るつもりだったのだけど、せっかくなので3人でタクシーに乗り、うちに遊びにきていただく。
お茶を飲み(サチ子さんと私はビール)、ヒロミさんたちは今日子ちゃんのいる三宮にいちど向かい、3人揃って夕方にまたうちにいらした。
夜ごはんを4人で食べた。
サチ子さんが飛行機で帰られる前の日の、家族水入らずに参加させてもらったような楽しい晩餐だった。
リクエストをしたら、ヒロミさんがまたお好み焼き(キャベツ&牛肉&卵、長ねぎ&豚肉)を焼いてくださった。
おいしかったなー。
私は何を作ったんだっけ。
塩もみ大根とトマトのサラダ(玉ねぎドレッシング)、大根と昆布の煮物(薄目のコンソメスープ&塩&醤油、水溶き片栗粉でとろみづけ)、あり合わせグラタン(大豆のトマト煮を耐熱皿のいちばん下にしき、ホワートソースを作って、蒸したレンコンと硬めにゆでた百合根をからめて重ね、4cm角に切ったはんぺんをのせ、溶けるチーズを散らしてオーブンへ)。
さて、今日は1時から台所まわりの取材で、「建築知識」という雑誌の編集者が東京からいらっしゃる。
もう、そろそろかな。
爽やかな好青年がふたりで訪ねてらした。
立ち上がるとふたりともとても背が高く、いちいち驚いてしまう。
専門書なので写真撮影はなく、細かな質問に私がひとつひとつ答えていった。
短い文章と、イラストや図で表されるらしい。
あとは、台所のあちこちを説明すると、彼らはメモをとりながらスマートフォンで盛んに写真を撮ってらした。
取材は2時間ほどで終わり、『帰ってきた 日々ごはん4』のアルバムについてと、このところのメールの不具合について、スイセイとやりとり。
1時間近くの長電話となり、お腹がぺこぺこ。
電話を切ってから、大急ぎで作って食べた。
夜ごはんは、カラスガレイの照り焼き、白菜とえのきの鍋蒸し煮(大根おろし&ポン酢醤油。色が黒ずむし、白菜の味が負けてしまうから、えのきは入れない方がよかった)、玉ねぎと豆腐のみそ汁、ワサビの茎の醤油漬け(みっちゃんのお土産)、ご飯。

●2018年1月10日(水)晴れのち曇り、のち小雪

7時に起きた。
ようやくいつもの生活に戻ってきたみたい。
夜も普通に眠れるようになったし。
つよしさんとの会は、とても楽しかった。
ラフスケッチを何枚も描いてくださっていた。
見せていただきながら、自分のお話について、あー、そういうことだったのか……と気づいたり。
陽差しの薄い、かすかな音しか聞こえない、こもったような私の世界に風穴が空いたような感じ。
どんなふうにお話が流れていくかはまだ分からない。
はじまったばかりだから。
きのうは朝起きてすぐ、つよしさんが送ってくださった絵の画像をパソコン画面に映しながら、お話にもぐっていた。
でも、まだほとんど動かない。
そして午後から、『帰ってきた 日々ごはん4』のパソコンでの作業をはじめた。
ぐいぐいと入り込んでしまい、夕方にはもう6割方できた。
絵本作りがいよいよ本格的になり、中野さんにも出会って、『どもるどだっく』の世界にどんどんのめり込んでいったころの日記なので、私もぐいぐい引き込まれ、やめられなかった。
今日もまた続きをやる。
お昼ごはんを食べ、ふと窓を見ると、霙まじりの雨が降っていた。
思いっきり降っている。
窓を開けると、キーンと冷たい空気。
よし、続きは2階のベッドの上でやろう。
窓に近いので。
霙まじりの雨はすぐにやんだ。
そしてまたパソコン画面に戻り、しばらくして目を上げたら、雪になっていた。
ふらふらふら舞っている。
その雪もすぐにやみ、白い空。
続きをぐんぐんやる。
4時近くに、雨がまた音を立てて降りはじめた。
窓を開けるとさらに冷たい空気。
みっちりと、シャワーのような雨。
降りながらところどころ凍っているみたい。
海の方の空にも降っているのが見える。
首を出してのぞくと、めっぽう風が強い。
粉雪まじりの雨が山から吹き下ろしてくる。
さっきまで、対岸の小さな煙突がロウソクみたいに光っていたのも、今はすべて白におおわれた。
さあ、『帰ってきた 日々ごはん4』も残すところあと2日。
集中してやってしまおう。
今は2015年の大晦日、あのころは本当にスイセイとケンカばかりしていたな。
なんだか年の終わりのような夕方だ。
夜ごはんは、大豆のトマト煮のチャーハン(小さく切った大根も加えてバターで炒めた、ゆで卵添え)、白菜のサラダ。

●2018年1月8日(月)曇り

ゆうべは明け方に、けっこう雨が降っていたみたい。
地面が濡れている。
朝、ゴミを出しに行って深呼吸した。
山の匂いのする空気。
それほどには寒くない。
曇っているけれど、空のところどころに水色がある。
朝ごはんのサラダにしようと白菜を切った。
芯のところをつまんでみたら、みずみずしくて、奥行きのある味がする。
びっくりするほどおいしい。
ためしに塩をちょっとつけてみたら、その味は薄らいだ。
玉ねぎドレッシングをかけたら、もうすっかり変わってしまった。
何もつけない白菜、おいしいな。
お正月に濃い味を食べ過ぎたから、舌が敏感になっているのか、本当に白菜がおいしいのか。
この白菜はたしか、図書館のある「フォレスタ六甲」のスーパーで買った。
ゆうべから、絵本のお話が生まれはじめている。
ひとつ(ついこの間、浮かんできたもの)はほとんどでき、ずいぶん前に途中まで書いておいたものも、形を変えてまた動き出した。
今日で『たべもの九十九(仮)』の校正が終わる予定なので、つよしさんと会う約束をした。
つよしさんは明日から学校(小学校で図工の先生をしている)がはじまるので、グッドタイミングだった。
4時に三宮駅で待ち合わせだ。
ずいぶん前に書けていた方のお話に、つよしさんが1枚だけ絵をつけてくださったのを見にゆく。
楽しみだー。
それまでぎゅっと集中し、『たべもの九十九(仮)』をがんばろう。
夜ごはんは、北野のどこかで食べる予定。

●2018年1月7日(日)晴れ

今朝は8時に起きた。
夜中に何度か目が覚めたけれど、あとはぐっすり眠れた。
夢もいくつかみた。
神戸に帰ってきたのは4日の夕方、ようやく自分がどこにいるのか分かってきたみたい。
帰ってからはずっと、『たべもの九十九(仮)』の校正にいそしんでいた。
それが楽しくてたまらなかった。
きのうは朝から夢中でやって、午後にはひと通り終わり、美容院&図書館に行ってきた。
冷蔵庫に野菜が何もなかったので。
坂を下り、いつもの神社でお参りもした。
ああ、やっと帰ってこれたなあと思いながら。
帰ってすぐのころには、台所で洗いものをしていたりすると、実家の洗いもの置き場の感じがふーっと蘇ってきて、重なったりもしていた。
あの感じは何だろう。
実家での日々が、それなりに濃かったのかもしれない。
帰る日には、シンクを掃除した。
いくら掃除しても、それほどにはピカピカにならなくて、母がそこで過ごしてきた年月を思った。
ひとりの人が生き続けてゆくことの、垢のようなものも感じた。
私が寝ている間に、おからとひじき煮の残りでお焼きのようなものを作っていた母。
楕円形にまとめたのに粉をはたき、溶き卵をからませて、フライパンで焼こうとしていた。
手をべたべたにして。
母は強火で焼いていて、中まで火が通っていないのに、裏返した。
「ふたをして弱火で焼かないと、中まで火が入らないよ」と私が言うと、「やーだ、そう? ひじきもおからも火が通ってるだから、冷たくてもいいのかと思った」と力なく笑った。
そういうときの母の表情や、体の傾け方、手に絡まってしたたり落ちる卵のどろどろ。
私の話を聞くときに、口もとを凝視する(耳が通いから)真っすぐな目もよく蘇ってきていた。
あれ 、今これを書いていたら涙が出てきた。
いやだなあ。
さーて、そろそろ『たべもの九十九(仮)』の続きをやろう。
夜ごはんは、ひさしぶりにごはんを炊いて、ひとり鍋(鶏肉、豆腐、白菜、えのき、ねぎ)の予定。
西京味噌を買ってきたから、白みそ仕立てにしよう。

●2018年1月3日(水)晴れ

ぐっすり眠って、8時に起きた。
実家に帰ってきてからずっと、どうもうまく眠れてなかった。
どこにいるのか、ようやく分かってきたのかな。
今朝もよく晴れている。
富士山が上から下までくっきり見える。
朝風呂に入っていて、気づいたら30分くらい浸かっていた。
なかなか体が温まらないせいもあるけれど、ひとりになれるのはお風呂のなかくらいだから、ぼんやりと頭をめぐらせていた。
そういえばスイセイと住んでいたころにも、朝風呂のなかで夢を反芻したり、文に書く内容を思いついたりしていたっけ。
神戸ではいつでもどこでも自分に没頭できるし、思いついたらすぐにパソコンに向かえる。
だから、そういえば、お風呂に浸かりながらぼんやりすることがなくなった気がする。
お昼にれんこんのお焼きを作り、母と食べた。
本棚にあった『くんじくんのぞう』を私が見ていたら、「この絵本は、とってもおもしろいね」と盛んに言う。
「最初はよく分かんなかっただけど、何度も読んでいるうちに、どんどんおもしろくなってきたさや。やー、これはいい絵本だよ」 「この、地下にもぐっていくところ。すごく怖いら。こういう怖いところにくると、子どもたちはぶるぶるふるえて、ほんとに怖いさ。そういうのがうんと好きさや」
などと褒め、読み聞かせてくれた。
「どうゅー」と書いてないところでも、書いてあるところでも、「どうゅー」「どうゅー」と何度も言うのがすごくおもしろかった。
間合いも絶妙。
そういうのを聞いたら、子どもたちもきっと、おもしろがって真似をするんだろうな。
母はお昼を食べると眠くなるらしい。
お昼寝している間に、私は「たべもの作文」の校正をやろう。
お正月なので、そろそろこの本のタイトルを発表します。
まだ、仮なのだけど、『たべもの九十九(つくも)』といいます。
このまま順調に進めば、3月のはじめに本屋さんに並ぶ予定。
デザインは今回も、有山君にお願いしています。
みなさん、愉しみにしていてください。
みっちゃんは、今夜は息子の家族の家で新年会。
リカ一家も呼ばれているのだそう。
なので、夜ごはんはお母さんとふたりで。
いかの塩干しをバターとごま油で炒めたもの、白菜の薄味煮(片栗粉でとろみをつけた)、ひじきと切り干し大根の煮もの(母作)、鶏つくね(お鍋の残りのタネを丸めて焼き、甘辛いタレでからめた)、納豆、ごはん。
母は今夜もよく食べ、よくおしゃべりした。
あと片づけを一緒にしながら、ずっと鼻歌を歌っていた。
何の歌なのかさっぱり分からないけど。
かと思うと急に、「あー、腰が痛い」とひとりごとを言う。
何かに夢中になっていて、ふと気づくと痛くなっている様子。
今夜もまたお風呂の前に、足を投げ出して座り、気功とストレッチをやっている。
前屈をしている姿を後ろから見ると、とても88歳のおばあちゃんには見えない。
私は明日神戸に帰るので、母がお風呂に入っている間に荷物をまとめてしまう。
それにしてもこの家は寒い。
寝る前に読む絵本を、本棚からたっぷり選んだ。全部で11冊。
図書館でずっと探してみつからなかった、『かぜは どこへいくの』があった。
『ふゆねこさん』がおもしろかったから、この人の絵本をずっと探していた。
私の寝ている部屋は、ふだんは母の衣装部屋になっているらしい。
次の日曜日に教会へ出かける用の洋服がコーディネートされ、ハンガーにかけて箪笥の前にぶら下げてある。
マフラーやブローチまで、ちゃんと用意してある。
このコーディネートは2日にやっていた。
ちゃんとアイロンもかけて。

●2018年1月2日(火)晴れ

ゆうべは日本酒を呑みすぎた。
呑んだというより、呑まされた。
夜遅くにみっちゃんと歩いて帰ってきて、そのあとふたりでウイスキーのロックを1杯ずつ呑んだ。
ひさしぶりにようやくふたりだけで話せた。
寝たのは4時近くだったので、今朝はお昼まで寝てしまった。
お酒が残って、なんとなくふわふわしながらお粥を作ってみっちゃんと食べた。
母はひとりで先に食べていた。
それにしても母の食欲はすばらしい。
姉の家でもそうだったけど、このところ濃い味のものばかり食べ続けていたので、私はちょっと食傷気味。
2階の部屋で、母の本棚にあった『絵本の作家たち』をずっと読んでいた。
この本は小野明さん(『ほんとだもん』のデザイナー)が聞き手で、コージさん、荒井さん、長新太さん、ささめやゆきさんなどが、子どものころや初期に描かれた絵本の話をたくさんされている。
みんなそれぞれで、とてもおもしろい。
みんな「クウクウ」に来ていたお客さんだし、この本もちょうどそのころに出たのに、私は何も知らなかった。
ようやく頭がすっきりしてきたので、「おいしい本」の校正の続きをやりはじめるも、母がお腹が空いたと呼びにきたので、やめにする。
夜ごはんは、計画通りラーメンを作った。煮豚と煮卵をとっておいたので。
もやしとえのきをゆでたのと、シナチクをのせた(ふたりは海苔ものせていた)。
材料はみっちゃんが昼間のうちに買っておいてくれた。
早めにお風呂に入り、私は2階へ。
母は気功をしてからお風呂に入った。
みっちゃんは「ツタヤ」でDVDを借りてきて、テレビの前の炬燵の上に、氷の入ったグラスと炭酸をいそいそと揃えている。
ハイボールをちびちびやりながら、映画鑑賞。
みっちゃんの至福の時間だ。
寝る前に、母の部屋に絵本を借りにいったら、母はベッドで読書をしていた。
あたたかそうなオレンジ色の毛布と布団にくるまり、虫眼鏡を当てて文庫本の小さな文字を読んでいる。
枕もとにはオレンジ色の電気がついている。
本は太宰治の『人間失格』。
母もまた、至福の時間。
図書館で母が借りている絵本のなかで、私のお気に入りは、レオ・レオニの『びっくり たまご』。
3匹のカエルが出てくるお話。
これがおもしろくてたまらない。 
3匹のうち、1匹の女の子のカエルだけが、いつもひとりでどこかへ出かけていっては、おもしろいものを見て帰ってきて、みんなに話すところとか。
それは何のへんてつもない普通の石ころだったりするから、話してもなかなかおもしろさが伝わらないのだけど、女の子は気にせずまた出かけていくところとか。
出かけたら、どんどん歩いて遠くまで行って、おもしろいものをひとりでじっと見ているところとか。
卵から生まれたワニの赤ちゃんのことを、最後までにわとりと呼んでいるところとか。
ワニの赤ちゃんがはじめて母親に会ったとき、「おかあちゃん」と一声だけ言うところとか。
「ママ!」でもなく、「おかあさん!」でもなく。
谷川さんの翻訳は、いいものはやっぱりいいのだな。

●2018年1月1日(月)晴れ

明けまして、おめでとうございます。
今年も大掃除をするつもりで、30日の昼間に帰ってきたのだけど、母がずいぶんきれいにしてあった。
おせち料理もいくつか作ってあった。
里芋やにんじん、干ししいたけのお煮しめ、たずなコンニャクの煮物(青のりがまぶしてある)、おなますにはタコが入っていた。
きんとんや伊達巻き、数の子(味がついているもの)も買ってあった。
お雑煮のための、里芋と大根も煮てあった。
母は思っていたよりずっと元気。
肌もつやつやしている。
きのうは日曜日だったので、母とみっちゃんと3人で教会の礼拝に行ってきた。
賛美歌を歌ったり、牧師さんの説教を聞いたり。
終わって、クリスマスツリーの飾りを箱にしまうのや、その箱を屋根裏部屋に運んだりするのをみっちゃんと手伝った。
「子どものころ、日曜学校でクリスマスツリーを飾ったり片づけたりしていたね」と言い合いながら。
今はもう本当のもみの木ではなく、プラスチックでできたものだけど。
飾りも現代的なものだけど。
それでも手作りのクッキーがぶら下げられていたり、赤や黄色の玉、てっぺんには銀の大きな星。
電飾も控えめで、とてもいいツリーだった。
昔の飾りはほとんどがボール紙でできていた。
小さな家、銀紙で覆われたロウソク、てっぺんの銀の星。
赤い屋根の家の窓に目を近づけ、私はよく中をのぞいていた。
窓には黄色いセロハンが貼ってあって、部屋の中があたたかそうだったから。
のぞいても空っぽなのだけど、そこには暖炉が燃え、絨毯が敷かれ、テーブルの上には紅茶のセットが見えた。
ゆうべは、みっちゃんの娘たちが家族でやってきた。
リカは旦那さんの紳之介君と、5月に生まれた赤ん坊を連れて。
ミホも一緒に暮らしている彼氏と、テツ(柴犬)を連れて。
母も揃ってごちそうを食べながら、ささやかに忘年会。
鳥鍋(鶏肉、つくね、豆腐、白菜、えのき、春菊)、みっちゃんのお土産のカニ、牛肉のバター焼き(生ワサビ&塩)、ブリのお刺身(生ワサビび)、サラダ(スモークサーモン、大根、貝割れ)。
母が寝てから、男連中は呑みながら格闘技を見ていた。
ぽつりぽつりとおしゃべりしながら。
私は台所に立ち、ミホに手伝ってもらいながら、男連中のために何かしらつまみを作っていた。
ときどきチャンネルを変えるのだけど、『紅白歌合戦』はほとんど見ていない。
紳之介君は格闘技があまり好きではないらしく、ウイスキーのグラスを片手に私の近くに来たり。
テツをゲージから出して、遊んだり。
今年はどうだったとか、来年はどうしたいとか、忘年会らしい話はたいしてしない。
こういうのもいいな。
ミホたちが帰ってから、残りのメンバーで『紅白』を見た。
今年は起きていられるか自信がなかったのだけど、『紅白』が終わり、『ゆく年くる年』の時間になった。
あと3分で年が明ける前に、紳之介君に来年の抱負を言わされた。
みっちゃんは、「オレは、今年は、自分のことをやる」。
「おばちゃんは?」と聞かれ、「私はもう、やりたいことをやっているから、そのまま進んでいく」。
さあいったい、どんな年になるだろう。
除夜の鐘が鳴りはじめたのを合図に、みんな寝た。
私はお風呂。
リカたちがみっちゃんの部屋に泊まるので、みっちゃんは布団を下ろして居間で寝た。
そんな大晦日だった。
ゆっくり休んで、ゆっくり支度をして、5人で元旦の朝ごはん(お昼に近かった)。
母がこしらえたおせちらしきものや、数の子、鶏のハム、甘く煮たトコブシ(みっちゃんのお土産)、きんとん、伊達巻きなどを、リカが庭の赤い実を摘んできて、重箱に盛り合わせてくれた。
なかなか豪華な感じ。
ブリのお刺身(生ワサビ、醤油、黄身醤油)、煮豚&煮卵(きのうのうちに仕込んでおいた。八角がなかったので入れなかったのだけど、しょうがだけで充分においしくできた)、お雑煮(里芋、大根、ほうれん草)。
リカたちが2時ごろに帰ってからは、あと片ずけをして、私は仕事。
2階の畳の部屋で、「おいしい作文」の校正。
至福の時間。
途中で母に聞きたいことが出てきたので、部屋に呼んだ。
文を少し朗読し、コロッケ屋さんのことなどを聞いているうちに、夏の庭の思い出話になった。
家を建て替える前、古い家の庭には柿の木があった。
リリ(飼い猫)を埋めた柿の木だ。
その木の下に、夏になるたび、蒼い小さな実がたくさん落ちてきたのだそう。
実には蒼い星のようなガクがついていて、こんな形で…… と、絵を描いてみせる。
「お母さんも、エッセイを書いたさや」
そう言うと、書類の束を持ってきて畳の上に広げ、手当たり次第読みはじめた。
「あったあった! そうそう、これこれ。『踊り子のスカートのような蒼い実』って書いたさや」
もう仕事どころではなくなってしまう。
さて、そろそろ姉の家の新年会へ出掛けよう。
私と母は、ご挨拶だけして2時間くらいで帰ってくるつもり。
もう、いそいそと着替えている。

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「ぶじ日記」に出張中です
  

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