2019年     めにうへ

●2019年11月3日(日)晴れのち曇り

6時半に起きた。
カーテンを開けると、ベッドの脇の壁がオレンジ色に染まった。
絵にも映り込んでいる。
それは、中野さんが描いた少女の絵なのだけど、私は母だと思っている。
母が息を引き取る前に見せた表情に、そっくりなので。
顔のまわりの色が、ふだんは燃えるようなオレンジ色なのに、今朝は黄色に見えた。
母が亡くなったのは夕方だったから、夕焼けの色だと思い込んでいた。
こんなに黄色かったのか。
絵は、本当に不思議。
見る方の気持ちで、いつも変化する。
気持ちというか、目によって。
今朝はなんとなく、母に祝福されているような気がした。
「なーみちゃん、よかったね」。
ゆうべ、寝る前に『ふたごのかがみ ピカルとヒカラ』を読んで、少しだけ気になるところが出てきた。
朝起きて、どうしようかな……と思っていたのだけど、朝風呂から上がって、ふと雲を見て、やっぱり直したくなった。
ダミー本をもういちどゆっくり読み返す。
絵本の読み聞かせをするときには、「隙間が空いたところでは、読む方もひと呼吸おいて、ゆっくり読むの。大きい字のところは、大きく、はっきりと、区切って読むさや」と母に教わった(校正中の『帰ってきた 日々ごはん6』に載っている)ので、その通りにしてみた。
そうすると、絵本のなかの空気が広がる。
読んでいる方も聞いている方も、絵に浸ることができる。
そうか。
今ごろ気がついた。
ありがとう、お母さん。
今日は、中野さんからも新しい絵本のための原画が送られてくる。
これは、去年だったか一昨年だったか(いつだったのか忘れてしまった)に作りはじめた絵本。
中野さんから絵が生まれるのを、ずっと待っていた。
すみずみまで掃除をして、迎えよう。
11時くらいに絵が届いた。
予想以上に大きな箱に入っている。
やすやすとした気持ちでは開けられない。
お昼ごはんを食べ、「あとがき」と「おまけレシピ」仕上げたら、開帳しよう。
梱包材を開き、私のお話をゆっくり唱えながら、部屋の壁じゅうにぐるりと立てかけた。
今日は、このまま絵と共に過ごそうと思う。
夜ごはんは、味噌ラーメン(ゆうべの小松菜とほうれん草のにんにく炒め、ゆで卵、ねぎ)。

●2019年11月2日(土)快晴

今朝の海は霞が晴れ、いつものところが鏡みたいに光っている。
鏡からまた、空に向かって発光している。
眩しくて、長い間は見ていられない。
柿の入ったヨーグルトを食べた。
堅くもなく、熟しすぎてもいない柿とヨーグルトは、とても合う。
この柿は、中野さんちの畑にある木で、根もとの地面にはいろんな生き物の死骸が埋まっているのだそう。
亀、ヘビ、セミ、コオロギ、ミツ(猫)も。
「ゆうとくと埋めました。だから、おいしいのかな」と電話でおっしゃっていた。
このところ、私は早寝早起きが続いている。
もう、どのくらい下に下りていないのだろう。
書き物をせっせとやっている。
今朝は、つよしさんと小野さんと作ってきた『ピカルとヒカラ』の、気になっていたところを直し、プリントして切り貼りをした。
この絵本は、『ふたごのかがみ ピカルとヒカラ』として、来年、あかね書房から出していただけることになった。
母が最期のころに、ベッドの上で「ぷひっかる」と破裂するみたいに言った絵本だ。
母は元気なときから、この絵本が出るのを、とても愉しみにしていた。
そのあとは、少しずつ書きためている「母を送る」。
『帰ってきた 日々ごはん6』の「あとがき」の続き。
そして、「おまけレシピ」。
夕方、「あとがき」が書けた。
こんなふうにいろんな文を書きながら、ひとつに頭を集中し、また別の文に向かうと、はじめて読み返しているようになって具合がいい。
いろんな色の風船を空に浮かべ、次はこれ、次はこれというふうに、糸を引き寄せては中にもぐる。
今日の夕方は、なんだか静かだな。
水色の帯の上に茜色の帯が重なり、海面をスーッと伸びている。
どこまでも、どこまでも。
空には白い三日月。
カラスが鳴いている。
夜ごはんは、和風カレー(ゆうべの豚汁を薄めて鶏肉を加えて煮、カレールウを加えた。ゆで卵、福神漬ケ、紫玉ねぎのピクルス添え)、小松菜とほうれん草のにんにく炒め。
「ムーミン」を見ながらおいしく食べた。
和風カレーは、里いも、大根、だし昆布の細切りまで入っていたのだけど、とてもおいしかった。味噌が隠し味。

●2019年11月1日(金)晴れ

今日から11月。
早い、早い。
ゆうべは寝る前に『ムーミン谷の十一月』を読んだ。
冒頭のスナフキンの下りが、やっぱり私は大好き。
ちょっとここに、引用してみる。

「ある朝早く、スナフキンは、ムーミン谷のテントの中で、目がさめました。あたりは、ひっそりしずまりかえっていました。しんみりとした秋のけはいがします。旅に出たいなあ」

まるで本当に、今のこの季節にぴったり。
その続きも好きなのだけど、もう一カ所たまらなく好きなところがある。

「冬もまぢかな、ひっそりとした秋のひとときは、寒々として、いやなときだと思ったら大まちがいです。せっせと、せいいっぱい冬じたくのたくわえをして、安心なところにしまいこむときなのですからね。自分の持ちものを、できるだけ身ぢかに、ぴったりひきよせるのは、なんとたのしいことでしょう。自分のぬくもりや、自分の考えをまとめて、心のおく深くほりさげたあなに、たくわえるのです。その安心なあなに、たいせつなものや、とうといものや、自分自身までを、そっとしまっておくのです」

吉祥寺の布団の中で、ここを何度も読んだのを思い出した。
今でもやっぱり好きだったけど、あのころとは少しだけ違う。
うーん、何かが違う。
たぶん今の私は、自分の穴にこもらなくても大丈夫になったんだろう。
こもるというと、しんみりとしたイメージがあるけれど、今はこもるにしてももっと風通しよく、明るく、ひろびろとしたところにいる。
穴の入り口を広げ、太陽や風や雨に晒されている感じがするんだと思う。
というわけで、今日もまたきのうの続き。
食料はまだまだあるから、買い物にも出ず、誰にも合わず、ここにこもって『帰ってきた 日々ごはん6』の校正にいそしもう。
今日もよく晴れているけれど、海と街が白っぽい。
午後、校正が終わったので「あとがき」を書きはじめた。
窓を開け放していてもぽかぽかと暖かいので、春霞のように見えてしまう。
さっき、中野さんから、ご実家で採れた新米が届いた。
柿も3つ。
わーい。とてもありがたい。
今夜は具沢山の豚汁にして、ぴかぴかの新米をいただこう。
夜ごはんは、豚汁(里いも、大根、玉ねぎ、豚肉、小ねぎ、柚子こしょう)、厚揚げの甘辛煮、アスパラガス(佐賀の細めのもの)のおひたし、しらすおろし、たくあん、明太子、佐賀の焼き海苔、新米。
新米が甘くふわふわで、海苔もおいしくて、おかわりしてしまった。
ひさしぶりに「ムーミン」を見ながら、お腹いっぱい食べた。
西の空には、尖った月が光っている。

●2019年10月31日(木)晴れ

今朝も霧が出ている。
でも、きのうよりはずっと明るい。
霧というか、靄だろうか。
朝ごはんは、白い窓を見ながら食べた。
木の葉の蛾は、まだとまっている。
たぶん、きのうからまったく動いていない。
さあ、今日も『帰ってきた 日々ごはん6』の続き。
「母を送る」の文も書きたいし、佐賀の原稿も書きたいのだけど、ひとつずつ前に進もうと思う。
今日も2ヶ月分の校正を終え、「おまけレシピ」をふたつ書いた。
夕方の早い時間に、玄関を見にいったのだけど、木の葉の蛾の姿がない。
がっかり。
飛び立つところを見たかったな。
夜ごはんは、フリッジ(いつぞやのヒイカ入りトマトソースの残りに、鶏肉と茄子を炒めて加えた)、ハヤトウリの塩もみ。

●2019年10月30日(水)ぼんやりした晴れ

6時半にラジオをかけながら目を覚まし、天気予報を聞いてから起きた。
霧が出ている。
空の高いところは晴れているけれど。
朝と夜の寒暖の差が大きいため、地表の水分が蒸発しているのだそう。
天気予報のお姉さんによると、「朝霧が出ると、昼晴れると言われていますね」。
玄関の通路の窓に、見たことのない蝶が張りついている。
5センチに満たない、オレンジがかった羽根と体。
うぶ毛がぎっしり生えたお腹に、目玉みたいな黒い斑点がふたつ。
6本の短かい足。
ぷっくりしてとても可愛らしい。
そっと窓を開け、表側から見て驚いた。
羽根が枯れ葉にそっくり。
あんまりびっくりしたので、写真を撮った。
蛾だろうか。
佐賀の旅は楽しかったな。
長年の仕事仲間たちと一緒に、はじめての場所に行き、知らない人たちに出会い、おいしいものをいろいろ食べ、呑んで、共に過ごした。
任された宿題がそれぞれにあるので、チームに別れて取材し、ごはんを食べるときには、たまたまのように一緒になったり。
コンビニで缶チュウハイを買い、ホテルの部屋で桃ちゃんとひさしぶりにいろいろ話せたのも、かけがえのない時間だった。
帰ってきた翌日は、朝からわが家に集まり、佐賀の食材で料理をいろいろ作った。
信頼し合っている仲間なので、みんなくつろいでいたけれど、いつもどこかしらに緊張感がある。
取材の間からずっとそうだったけど、なんだか家族みたいだった。
帰ってきた日の夜から、中野さんが泊りにいらして、「スペース草」の展覧会の最終日を迎え、搬出も終え(たまたま絵をみにきたマメちゃんと鰺坂さんが、ほとんどの作業をしてくださったそう)、中野さんはもう1泊された。
毎日、毎日、楽しい日々だった。
たっぷり遊んだから、私はまた仕事をがんばろう。
『帰ってきた 日々ごはん6』の再校正からはじめよう。
2ヶ月分が終わったところで、「おまけレシピ」をふたつ書いた。
けっきょく今日は、空はずっと晴れていたけれど、街の方は一日中うっすらと霧に覆われていた。
今は5時半。
見事な夕焼けだ。
オレンジに染まった西の空に、龍の牙のような細い細い月が白く光っている。
そうだ。
夕方のカラスの数が、急に増えた。
中野さんが泊まった3日目に気づいた。
また、カラスの集会の季節がやってきた。
夜ごはんは、焼売(「551」の中野さんのお土産)、ほうれん草と小松菜のごま和え、釜揚げしらすと小ねぎのせご飯(有明海の海苔をちぎり、青ゆずを絞った。しらす以外はすべて佐賀のお土産)、たくあん(長崎産、桃ちゃんにいただいた。青じそが挟まれていて、とてもおいしい)。
お風呂に入る前に見たら、まだ枯れ葉の蛾が同じところにとまっていた。

●2019年10月24日(木)曇り

7時に起きた。
ラジオをつけて、しばしまどろむ。
今日は、中野さんのお誕生日。
曇り空。
しっとりと落ち着いた、無口な天気。
そして私は、佐賀への旅に出掛ける日だ。
二二泊三日の短い旅だけど、帰ってきた翌日は、六甲のわが家で料理の撮影もする。
懐かしい東京のみんなとまた仕事できるのが、じんわり嬉しい。
ゆっくりの新幹線だから、歩いて坂を下り、タクシーを拾って新神戸に行くつもり。
今は10時半。
さて、そろそろ出掛けようかな。
朝ごはんの紅茶が残ったので、グラスに移し、冷蔵庫に入れた。
母の看病で病院に通っていたころに、よくそうやっていたのを思い出した。
帰ってきてからこれがあると、冷たくて、おいしく、ごくごく飲んだ。
のどを伝う感触まで思い出した。
母と過ごした初夏と、その後。
今年の夏は、暑く、長かったなあ。
では行ってきまーす。

●2019年10月23日(水)晴れ


7時半に起きた。
ゆうべは12時くらいに寝たのに、なかなか寝つけなかった。
旅立ちが近いから、どこかが昂っているのかな。
明日から、佐賀へ取材に出かける。
カメラは斎藤君だし、ひさしぶりに有山君や桃ちゃん、末崎さんにも会える。
どんなことになるだろう。
きっと、楽しいだろうな。
今朝の六甲は、ぴかぴかのいいお天気。
海もよく光っている。
空は薄い水色で、なんとなくのどかな感じがする。
いろいろなところに目がいって、朝からふだんしないような掃除をしたりしている。
旅の前というのは、なんか、厳かな気持ちになる。
背筋が伸びるというか。
きのうから、母についての文章を書きはじめた。
「暮しの手帖」から依頼された、「母を送る」という文。
まだ、何も見えてこないけれど、今日も続きをやろう。
明日の支度をゆっくりしながら。
きのうは、お昼ごはんに合わせていつもの時間にテレビをつけたら、朝ドラの再放送が終わるところだった。
それで、天皇の即位の礼をたまたま見た。
ズボンをちくちくしながら。
儀式がはじまるのを待っている間、いろんな国からのお客さんたちが、雨が降っているのを見るともなく見ているところが写っていた。
整列しているのだけど、みな顎を少し上げ、表情が少しだけゆるんでいた。
雨の向こうに、ガラス越しに見えた。
それがなんだかとてもよかった。
あと、天皇のお言葉がはじまる少し前に、青空が見えてきたところも。
夕方のニュースによると、儀式を終えた東京の空には、虹が出たそうだ。
ずっと縫っていたズボンが、夕方には仕上がった。
夜ごはんは、ヒイカのトマトソース・フリッジ、かぶのなたね油焼き、豆苗のバター炒め、塩もみキャベツのサラダ(ちりめんじゃこ、黒酢ドレッシング)。

●2019年10月20日(日)晴れ

今日は、ソウリンくん(中野さんの甥っ子)の誕生日。
気持ちよく晴れている。
朝、「ソウリンよかったな」と、中野さんがひとりごとのようにおっしゃった。
お誕生会にはいられないから、プレゼントを支度して、家族に渡してきたとのこと。
ユウトクくんの分もあるのだそう。
中野さんは今、大阪の豊中にある「スペース草」というところで、展覧会をしている。
なので、17日の飾りつけの日からうちに泊っている。
私も初日に行った。
「スペース草」は、とてもおもしろい画廊。
廃材を組み合わせて建てられたような、なんだか船の底みたいな、どことも違うめずらしい空気の場所。
そこにある歴史が、地層みたいになって、目に見えるような場所。
中野さんの新しい絵は、その場所に似合っていた。
どれもしっかりとした額(中野さんが作ったんだそう)に入って、ちゃんと「在る」。
そこに、ぶらりと人が入ってくる。
きのうは、ポーポーという熟した果物の匂いをさせて、夕方に帰ってらした。
奄美の方からもらったのを、お土産にいただいた。
窓辺でビールを呑みながら、どんな人たちが絵をみにきて、どんな話をしていたのか聞いた。
そこにいる人たちが、目に浮かぶようだった。
すごくおもしろい。
中野さんはさっき、お昼ごはんを食べ、出かけていった。
さて。
私も仕事をしようかな。
帰ってらっしゃるまで、料理本のテキストをやろう。
ポーポーは今朝、ヨーグルトに入れたら、おいしかった。
夜ごはんは、小さなサラミソーセージ、ポテトチップス、かぶとかぶの葉の鍋蒸し、スパゲティ(ヒイカのトマトソース煮、パルミジャーノ)、白ワイン。

●2019年10月15日(火)曇りのち晴れ

起きたら7時50分だった。
寝坊した。
カーテンを開けると、もうとっくに太陽が昇っている。
曇りでも、海が光っている。
いつものところが、鏡のように平らに光っている。
風がないのだ。
台風の被害が凄まじい。
テレビをつけると、どれだけ大きな台風だったかを知らされる。
被災地の方たちに、申しわけないような気持ちになる。
台風のニュースのあとは、被災地以外の、当たり前の日常を送っている楽しそうな人たちの笑顔が映る。
連休だったし、それはそれで当たり前のことなのだけど。
そのギャップに、どうしていいか分からないようになるので、きのうもおとついも、ずっと仕事をがんばった。
『本の本(仮)』の中野さんのエピローグを書き、きのうは一日中料理本のテキストをやっていた。
買い物にもずっと下りてない。
新しく買ったものを食べたくない。
うちにあるものを、食べ尽くそうと思う。
さすがに何もなくなったので、ゆうべのうちに大豆と干し椎茸を水に浸けておいた。
大根と人参、玉ねぎの半端のがあるから、スープにしよう。
ソーセージもちょっとあるし。
お昼ごはんには、五目大豆を作っておかずにしようと思う。
だしをとったあとの昆布を冷凍庫から出した。
お弁当箱にはゆうべ炊いたご飯。
梅干しものっている。
さて、今日もまた、仕事をがんばろう。
大豆をゆでながらやろう。
このごろは、日が暮れるまで集中して仕事をし、夕方からはご褒美のように縫い物をしている。
今縫っているのは、ズボン。
よく履いているズボンを型紙のように、立体裁断みたいにして、ちくちく縫っている。
切り替えの多いとても不思議な形のズボンだから、ちょっとむずかしいのだけど、ハードルが高いのがおもしろい。
それに、少しずつだけど、確実に形になってきているのが嬉しい。
このズボンは、最近見た『大いなる沈黙へ』にも影響されているみたい。
映画に出てくる修道士たちの服が清楚で、丈夫そうで、直線立ちのようなデザインもとてもいい。
着る人によって、動きによって、形を成すデザイン。
布(多分厚手の麻)を裁断する場面があるのだけど、ロール状の生成りの布も、使い込まれた大きな裁ちバサミも、黒光りする机も、すべてがしんとする美しさ。
夜ごはんは、大豆のポトフ(玉ねぎ、人参、大根、ソーセージ、大豆のゆで汁)、セイロ蒸し小松菜(ごま油、じゃこ、生姜醤油)、五目大豆、ご飯。 

●2019年10月12日(土)台風

今朝、ラジオをつけたら、ピーターバラカンの番組がはじまったところだった。
そうか。
もう、1週間がたったのか(みどりちゃんの会から)。
今週もまた、楽しいことがいっぱいあった。
中野さんが画材屋さんの帰りに遊びにいらしたのは、何曜日だったんだろう。
次の日は、雲ひとつない晴天だったので、朝ごはんを食べてすぐに遠足に出かけた。
夙川から3両しかない列車に乗り替え、終点の甲陽園駅で下り、高級住宅街の急な坂道をくねくね上り、途中から山道に入った。
萩、ススキ、臭木の花、何だか分からない赤い実、黒い実、オオムラサキ、モンキチョウ、クモ、トノサマバッタ……
次々に現れる石仏の顔を拝み、また上って、神呪寺(かんのうじ)に着いた。
てっぺんから見下ろしたら、いつもうちの窓から遠くに見える大阪の街も山も、目の前に見渡せた。
湾に沿って、ぐるっとまわったんだな。
電車ですぐだから、近いのに、遠くまでやってきた感じがした。
お昼ぬきだったので、家に帰ってきて4時くらいからワインを呑みはじめ、窓辺で早夕飯を食べはじめていたら、ちよじが急に遊びにくることになった。
ちよじは京都に撮影で来ていて、早めに終わったので、大阪の実家に寄ろうかと迷っていたみたい。
あとで聞いたら、母の祭壇の前で、手を合わせたかったのだそう。
10年くらい前だったかな、「きょうの料理」の”幼稚園のドーナツ”の回のとき、私の実家に撮影に行ってもらったことがあった。
母に会い、仕事とは関係なく写真を撮ってもらった。
そのころは、「遺影を撮って」なんてふざけていた。
ちよじは泊り、翌朝は3人で過ごした。
私は、ふと思いついたことがあり、なんとなく朝から撮影がはじまった。
お願いしたわけではないのに、朝風呂から出てきたら、ちよじはもう三脚を斜めに立て、ぐらつかないように中野さんと協力して重しを縛りつけたりしていたので。
中野さんはコーヒーを2回いれ、朝ごはんを作ってくださり、私とちよじは撮影に専念していた。
なんだか3人で合宿しているみたいで、楽しかったな。
今日は台風。
今、窓は真っ白。
風が強く吹き荒れている。
でも、窓を開けても風がこない。
東の方角から西に向かって吹いているのだ。
霧のような雨が風に煽られ、カーテンのようにはためいている。
いつ雨が強くなってもいいよう、きのうのうちから管理人さんが用意してくださっていた布を、もう支度してある。
窓際に立てかけてある紙類も、濡れないようにさっき移動した。
さあ、今日もきのうの続き。
『本の本(仮)』の校正の続きをやろう。
今日から中野さんとの対談をやる。
夕方、雨も風もやんで、辺り一面が不思議な明るさになった。
紫、オレンジ、青、水色、灰色のグラデーション。
あんまりきれいなので、外に出た。
もみくちゃにされ、葉っぱが揉まれたような緑の濃い匂い。
階段を上っているとき、西の窓がオレンジ色に染まっていた。
ドアを開けると、部屋の中までオレンジ色。
そのあと、ストンと暗くなった。
台風はこれから夜にかけ、東海と関東地方を直撃するとのこと。
どうか、たいへんなことになりませんように。
夜ごはんは、すき焼き風甘辛煮(豚肉、干し椎茸、春雨、豆腐、白菜、春菊)、ハムエッグ、ピーマンのじゃこ炒め、冷やご飯(お昼に炊いて、お弁当箱に詰めておいた)、大根のぬか漬け(「MORIS」のお客さんからいただいた水なす漬けの、残ったぬか床に漬けておいた)、赤かぶ漬け。

●2019年10月7日(月)晴れ

ゆうべは、お風呂に入って8時には寝てしまった。
おかげで4時くらいに目が覚めた。
窓を開けるとまだ空は暗く、真上にオリオン座がくっきりと出ていた。
びっくりした。
うちは夜景の光が強いから、星は見えないものと思い込んでいたので。
目をこらすと、細かな白い点々が空に浮かび上がってくるようだった。
目を少しぼやけさせるとさせると、さらに見えてくる。
モンゴルの星空みたい。
天の川らしき白い帯も見えたけど、ほんとにそうだったんだろうか。
半分寝ぼけていたので分からない。
きのう、おとついと、楽しい楽しい日々だった。
みどりちゃんのアシスタントに徹するのは、とても新鮮な喜びだった。
邪魔にならないよう、自分を奥にしまって、みどりちゃんの一挙一動を見守っていた。
みなさんの湯のみ茶碗を静かに集めたり、タイミングをみて薬缶のお湯を運んだり。
みどりちゃんが一煎目をいれ、トークをしている間に、私が二煎目、三煎目をいれ、みなさんのテーブルに置いたり。
緊張したけれど、手伝っている実感があった。
なんだか幸せだった。
裏方って、私は意外と性にあっているのかもしれない。
厨房ではいつも、そうだったんだものな。
神戸に来てからいつも近くにいる今日子ちゃんのところに、東京のみどりちゃんや村上さんがいて、こちらで出会った宮下さんや、「サビィ」でお世話になったカメラマンもいる。
こんな日がやってくるなんて、越してきたばかりのころには夢にも思っていなかった。
きのうの会は11時からだったので、2時には終わって、「かもめ食堂」の心づくしのお弁当を4人(みどりちゃん、アノニマの村上さん、今日子ちゃん、私)で食べた。
食べ終わって、私がお煎茶をいれ、今日子ちゃんがこしらえたきんつばをいただいた。
たまらなくおいしかった。
ゆっくりと片づけ、夕方の早い時間に、今日子ちゃんとバスに乗って新神戸までみどりちゃんをお見送り。
3人並んでバスに揺られ、「あそこが私の歯医者さん。なおみさんも通ってるの」と今日子ちゃんが言ったり、「あっ!海が見える」「ほんとだ」と言い合ったりするのも、じんわり幸せだった。
帰りは、二つ目のバス停まで今日子ちゃんと歩いた。
バス通りにある、インドデリの不思議なお店に入ったのもおもしろかったな。
看板にはナンやクロワッサン、シシカバブサンドの写真があって、賑やかな感じがしていたのだけど、中に入ると色が変わったようなスパイスしかなくて、インド人のおじさんは奥でテレビ(韓国語のドラマだったと今日子ちゃんが言っていた)を見ていた。
「パンはないんですか?」と聞いたら、「ココニ、アルヨ」。
冷凍庫を開けると、ラップで包んだサンドの類が、うず高く積み重ねてあった。
これを温めて出すのだろう。
私たちは逃げるように帰ってきた。
今日は、朝からてきぱきと動く。
メールの返事をしたり、「東京人」の記事の校正をしたり。
『本の本(仮)』の陽道くんとの筆談の校正もはじめた。
エピローグの文も。
おやつにみどりちゃんの手つきを思い出しながら、お煎茶をいれた。
今日子ちゃんからいただいたきんつばで、ひと息つき、また続きに集中。
気づけば外はもう薄暗い。
夜ごはんは、雑炊(ハモの炊き込みご飯、卵、菊菜)、レンコンのじりじり焼き、人参塩もみ(酢醤油、ちりめんじゃこ)。

●2019年10月4日(木)晴れ

6時に起きた。
森の上に太陽が昇ったところだった。
カーテンを開けたままベッドに横になると、雲と同じくらいの高さに、自分が寝ていた。
空は青くよく晴れているのだけど、下の方に霧のような雲がたまっている。
今朝はとても涼しい。
窓を閉めたままなのに。
それにしても、ゆうべの雨風はすごかった。
夜中の11時ごろ、窓を開けていたので慌てて起き、閉めてまわった。
1階は、雨戸越しに雨が吹き込み、けっこう床が濡れていた。
そうそう。
ゆうべは風呂上がりに空を見ていたら、厚い雲に隠れていた三日月がとつぜん現れた。
私はハッ!と驚いた。
ビクッ!という感じかも。
濃い黄色の三日月が、オオカミの目みたいに光ったので。
今日は、みどりちゃんが東京から六甲にやってくる。
明日、あさってと、「MORIS」にて「高橋みどりさんとおいしい時間」という会があるので。
「スス(新しいスペース)」で開くイベントの、こけら落としなのだそう。
会ではお煎茶をいれるそうで、私もアシスタントとしてお手伝いすることになった。
午後から教わりにいく。
ふだん私はお煎茶を飲まない。
お茶用の急須も持ってない。
どきどきするな。
ひと仕事したら、出掛けよう。
今日から3日間は、みどりちゃんと「MORIS」のために開けてある。
愉しみだなあ。

2年ぶりに会ったみどりちゃんは、溌剌としてとっても元気そうだった。
料理本を一緒に作っていたころと、ちっとも変わらない。
私は一気に嬉しくなった。
お茶のデモンストレーションをしながら、教室の生徒さんが席に座っているつもりで練習した。
1回目に私がいれたお茶は、渋みが出て、にごったような味がした。
お湯の温度が高かったんじゃないかとのこと。
体操し、深呼吸をしてから2度目をいれたら、こんどはスッキリと透明な味になった。
とてもおいしくいれられた。
みどりちゃんのと同じ味がした。
なんちゃって。
私がお茶をいれているとき、今日子ちゃんが目を閉じ、「ああ、いい香りやー」と言っていたから、茶葉がのびのびと開いてくれたのかもしれない。
夜ごはんは、みどりちゃん、ひろみさん、今日子ちゃんをうちにお招きした。
切り干し大根の浅漬け風(塩、青じそ、みりん、レモン汁、スダチ汁)、切り干し大根煮、白和え(切り干し大根煮)、五目きんぴら、舞茸のにんにくバター炒め、かぶと柿のサラダ、鱧の炊き込みご飯、美なす(ビーナスと読む)のなたね油焼き(生姜醤油)。

●2019年10月2日(水)雨のち曇り

明け方、小雨が降っていた。
みちみち、みちみち。
道路に当たってしみ込む音がした。
6時にラジオをつけ、7時に起きた。
ようやく、いつもの私の時間が戻ってきたみたい。
朝からお弁当の支度をして、あちこち掃除した。
とても久しぶりに掃除した。
思い返せば、「暮しの手帖」の村上さんがいらした日から、掃除機をかけてない。
クイックルではしていたけど。
雑巾がけも久しぶり。
そして私は、村上さんが帰ってから、誰にも会っていない。
きのうお電話で少し打ち合わせをしたのだけど、記者の方の声(関西弁)が、なんだか楽しい方のような感じがした。
どんな方だろう。
お会いするのが愉しみだ。
ピスピスピスと鳴く鳥は、何だろう。
シジュウカラかな。
今朝、電線に1羽だけでとまっていた。
いつでも探せるように、双眼鏡をベッドの上に置いているのだけど。
カザルスの「鳥のうた」で、「ピースピース」と鳴く鳥は、シジュウカラのことだったんだろうか。
そういえばきのう、電線の上で3羽の小鳥(ちょっと大きめ。でも、ヒヨドリほど大きくない)が追いかけっこをしていた。
ツバメみたいに滑空するのではなく、その場でひらひらと飛び交い、遊んでいるようだった。
羽根を広げ、宙返りしたりしながら。
蝶みたいに。
その飛び方も、羽根の模様の感じも、あまり見たことがない鳥だった。
羽根は、天白どんこ(松かさが開いたような白い亀裂の入った、どんこの高級干し椎茸)みたいな色合い。
今、ネットで画像を調べたら、ヒバリだった。
さえずりも調べてみた。
このごろ、きれいな水を喉で転がしているみたいな、とっても澄んだ声が聞こえていたのも、ヒバリだったのか。
記者の方は、思った通りの楽しい方だった。
いろいろお喋りし、写真を撮っていただいて、お弁当を半分ずつ食べた。
坂のところまでお見送りをしたのだけど、雨も降っていないし、なんだかたまらなく外に出たくなってきた。
「ユザワヤ」で糸など買いにいく用事があったので、ふと思いつき、加奈子ちゃん(『ほんとだもん』の編集者)に電話した。
せっかく三宮に出るので、お会いすることになった。
加奈子ちゃんは、朔ちゃんのお迎えの前に、びゅーっと自転車で飛んできてくださった。
「ユザワヤ」の出口の近くのベンチで、しばしおしゃべり。
ずっと欲しかったメガネケースも、いいのが買えた。
6時くらいに六甲へ帰ってきた。
夜ごはんは、カレーライス(この間の栗と鶏のポットローストの残りに、ゆでたかぶを加えてカレーにした。ゆで卵、紫玉ねぎのピクルス)。

●2019年10月1日(火)快晴

蜂の羽音がした(見えなかったけど、大きい蜂の音だった)ので、逃げていくといいなと思って、カーテンを開けたのが5時前。
6時前に陽の出のオレンジ色を見て、バッハのカンタータを聞きながらまた寝、別のクラッシック音楽がかかっていたので、そろそろ起きよう!と思ったら、もう8時前だった。
いつの間に、寝てしまったんだろう。
すっかり寝坊した。
今日もとてもいいお天気。
暑いけど、もう夏ではない。
朝ごはんに、ケンちゃん&ナオちゃんからいただいた梨をむいた。
いつもみたいに、立ったままひと切れを食べた。
なんておいしいんだろう、豊水!
本当に、甘く清らかなおいしい水が、豊かに詰まっている。
朝いちばんの果物。
私は倹約をしているから、こんな上等な梨はとても買えない。
ありがたいなあ。
ヨーグルトをかけ、海の光っているところを見ながら食べた。
今日から10月がはじまる。
『帰ってきた 日々ごはん6』の校正も、あと1ヶ月を残すところ。
さあ、がんばるぞ。
終わったら、「おまけレシピ」を書こう。
明日は、読売新聞(関西版)の取材がある。
いつも食べているお昼ごはんについて。 「幸せランチ」という記事だそう。
※夜ごはんは記録するのを忘れました。

●2019年9月28日(土)薄い晴れ

朝の天気予報をラジオで聞いて、7時に起きた。
今日は曇りのち雨の予報だけど、カーテンを開けると、晴れている。
朝風呂に浸かって出てきたら、ますます晴れてきた。
ああ、よかった。
今日はゆうとく君の運動会だから。
中野家は、家族みんなで出掛けるのだそう。
お弁当を持って。
いいな。
羨ましいな。
今私は、果物大臣。
ケンちゃん&ナオちゃんからは、立派な柿と梨をいただいたし、村上さんからは秋田のりんごをいただいた。
このりんご、新種の「あかね」というのだそう。
果肉が白く、酸っぱくてとてもおいしい。
なので、今朝のヨーグルトは盛りだくさん。
バナナ、柿、あかねの3種類にした。
きのうは、村上さんといろいろな相談をした。
主には『気ぬけごはん』の書籍化のお話。
あと、母の話もたくさんした。
栗ごはんを炊いて、夜ごはんを一緒に食べ、「はじめての土地を歩くのが愉しみなんです」と言って、7時ごろに村上さんは坂を下っていった。
私はちょっと驚き、嬉しかった。
東京の方はみんな、タクシーを呼んでまっすぐ新神戸駅まで帰っていくのに。
村上さんは近ごろ、本格的に登山を楽しむようになったのだそう。
15キロのリュックをかついで、6時間くらい歩き続けるらしい。
何年ぶりかでお会いした村上さんは若々しく、動きも軽やかで、ときどきあどけない表情が浮かんでいた。
とてもしっかりした方だから、東京にいたころには、もっと年上なのかと思っていたのだけど、りうと同い年だった。
そうか。
私は東京で、人のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。
いろんなものにベールをかけて、曇った目で見ていたのかも。
そういえば、神戸のわが家にいらっしゃると、外で会っていた人の意外な面が見えることがある。
子どものころが目に浮かんだりもする。
そういうとき私は、驚きとともにみつめ、にやにやしてしまう。
彼らともう一歩近しくなったような感じがして、嬉しくなり、ついビールを薦めてしまう。
さて、今日からまた『帰ってきた 日々ごはん6』の校正。
腰を落ち着け、いそしもう。
今私は、焼き菓子も、お大臣。
今日子ちゃんが焼いたチョコチップスクッキーと、カカオニブクッキー(どちらもオートミールが入っていて香ばしい)。
村上さんからいただいた、「近江屋洋菓子店」の昔ながらの焼き菓子もある。
ああ、嬉しい。
夜ごはんは、焼きそば(茄子、ズッキーニ、ソーセージ、目玉焼き)。

●2019年9月27日(金)曇り

明け方、ちょっと怖い夢をみた。
おかげで寝坊。
8時半に起きた。
きのうは、今日子ちゃんと料理をするのがとても楽しかった。
ヅケにするお刺身を切ってもらうのを見ていたら、ずいぶん分厚いそぎ切りにしていた。
帆立なんか、丸のままだ。
私はいつも、何も考えずについ薄く切ってしまうのだけど、食べてみたらお刺身自体のおいしさが漲っていて、びっくりした。
食後に、柿と梨をむいてもらったのも、勉強になった。
皮をむいたり、芯を取ったりするときの、なめらかな手つき。
まるで果物とつながっているみたい。
今日子ちゃんは、ちょうどいい大きさのそぎ切りにして、切ったものからお皿に盛っていた。
微妙にずらすように、重ねて。
その、美しい並び。
思わず写真を撮った。
料理もおいしくでき、みんな「おいしい、おいしい」と喜んでくださった。
とくに茄子のフライが絶品だった。
ケンちゃんは、「おいしいー! 感動した」と言っていた。
食後に飲んだお茶の菊の花が、黄色いまま残っていてきれいだったので、干しておいた。
今朝見たら、蝶の形になっていた。
写真を撮って、中野さんに送ったら、「ほう」という返事が届いた。
さて、今日は2時から打ち合わせ。
「暮しの手帳」の村上さんが、東京からいらっしゃる。
「気ぬけごはん」でいつもお世話になっているのに、うちに来るのははじめて。
そろそろかな。

●2019年9月26日(木)晴れ

6時前に目を覚まし、ラジオのバロック音楽。
天気予報を聞いて起きた。
陽の出の位置がずれてきて、ずいぶん見えるようになった。
今朝の海も、あそこだけ光っている。
あちこち掃除、洗濯。
汗をかきながらやる。
今日は、座敷机のお礼の会。
きのう、宮崎でお世話になった「エンクロス」の北村さんから、実家で採れた栗や、めずらしい佐土茄子(ぷっくりと太っていて長い)などいろいろが送られてきたので、新鮮なうちに料理したくて。
今日子ちゃんに手伝ってもらって、ごちそうを作ることにした。
お客さんは、運んでくださったお花屋さんのケンちゃん&ナオちゃん夫妻と、ヒロミさん。
海は、きのうほど青くないけれど、よく晴れている。
今日子ちゃんがいらっしゃる前に、台所から海を眺めながら、いそいそと支度した。
ヅケのつけ汁を作ったり、人参を塩もみにしたり。
樹君のギター曲をかけて。
2枚あるCDをエンドレスで。
樹君のギターは、この秋の澄んだ空気に、ぴったり。
座敷机のお礼の会のごちそうは、4目きんぴら(ごぼう、人参、ズッキーニ、ピーマン)、お刺身のゴマヅケ(ハマチ、サーモン、帆立、みょうが、青じそ)、塩もみ人参と豆腐のサラダ(黒酢ドレッシング)、皮をむいた佐土原ナスのフライ、鶏と栗と椎茸のポットロースト(赤ワイン煮のプラム入り)、スダチの絞りかけ麦ごはん、 ピーマン焼き(ワタをつけたまま、フライパンで焼きつけ、仕上げに醤油をジュッ)。デザートは、今日子ちゃんのオートミールクッキー2種(チョコチップ、カカオニブ)と菊の花のお茶。

●2019年9月25日(水)快晴

8時少し前に起きた。
九州から帰ってもう何日もたっているのに、まだ、夜型の体になっているみたい。
ゆうべもなかなか眠れず、ベッドの中で本や雑誌を読んで12時過ぎに寝た。
起きたらカーテンの隙間が、濃い黄色になっていた。
シャーッと開けたら、これまでにはない眩しい光。
空はまっ青。雲はまっ白。
西の海一帯が、銀色に輝いている。
毎年、秋から冬にかけてしか見えない海の光が、今朝からまたはじまった。
きのうは、「東京人」の原稿を仕上げ、お送りしてから私は、郵便局と区役所の用事をしに坂を下りた。
帰りに「MORIS」に寄ったら、なんと、ケンタ君のドーナツとチーズケーキの喫茶の日だった。
奥さんのみんさんにも、はじめてお会いできた。
そして、「サヴィ」でお世話になった長瀬さんと、宮下さんも、ケンタ君のドーナツを食べに来ていたのだった。
最後のひと口まで、クリームが詰まっているケンタ君のドーナッツ。
私はもくもくと食べた。
おいしくておいしくて、でも、食べているそばから、口の中でふわーっと消えてしまう。
ずっと食べたかったドーナツが、また食べられたこと。
約束もしていないのに、会いたい人に会えたこと。
なんてすてきなタイミング。
そのあとみんなで、駅前の焼き鳥屋さんへ行った。
狭い座敷に7人がぎゅうぎゅうに腰掛け、たわいなくおもしろい話をしながら、焼きたてが運ばれてくるいろんな串焼きを、隣の人と半分ずつ分け合いながら食べたのもおいしく、楽しかった。
何を食べたんだっけ。
せぎも、ぼんじり、肉巻き(水菜、ねぎ)、せせり、つくね、そで、ねぎま、玉ねぎ、椎茸、甘唐辛子、長芋。締めに鶏ぞうすい。
私は焼酎のお湯割り1杯で、いい気分になってしまった。
さあ、今日から、『帰ってきた 日々ごはん6』の校正にいそしもう。

座敷机を出して。
ぎゅっと集中し、2カ月分が終わったところで、たまらない眠気がやってきた。
1時間ばかしお昼寝。
目が覚めてもまだ空は青く、鳥の羽根みたいな雲が、シュッシュッ。
5時半なのだけど、海が青い。
さわさわと風が渡る。
なんていい季節なんだろう。
夜ごはんは、キムチチャーハン(豚肉、小松菜)、納豆。

●2019年9月23日(月)晴れ一時雨

台風の影響で、風がとても強い。
朝は晴れていたのに、いきなり暗くなって、雨がどしゃどしゃ降ってきた。
海も、どす黒くなった。
お昼を過ぎたらまた晴れてきた。
窓を閉めていても、洗濯ものがよく乾く。
海のまん中へんだけ、珊瑚礁があるみたいに、水色に光っている。

九州の旅には、パソコンを持っていかなかったので、ずっと日記を書かないでいた。
感じるだけでいっぱいいっぱいで、書かないでいることが普通だった。
前の日記が9月14日だから、9日間も。
そうだ。 
14日の日記に、宮崎でのトークイベントについて、私はすっかり間違えて盛岡市の「エンクロス」と書いてしまった。
正しくは、延岡市の「エンクロス」です。
メールで教えてくださった岩手県の方、ごめんなさい。
そして、知らせてくださり、ありがとうございました。
旅の間のことは、書きたいことがたくさんありすぎて、今でも書けない。
ひとつ分かったのは……
旅ってやっぱりおもしろい。
思ってもみないことがどかどかと起こり、新しい出会い(場所も含む)や、楽しくてたまらないこと、痛いこともあった。
予定不調和のどきどき&わくわく。
その波に連れられて、みんな、お互いの体を開き、普段は見せないところを見せ合うようなことも、できちゃうんだ。
朱実ちゃんと樹君の秘密の海に、バスに乗って出掛け、流木を燃やして肉を焼いたのも、びっくりするほど大盛りの食堂に2回入って(別々の店)がんばって食べたのも、なんだかやたらおもしろかった。
福岡の太陽も緑も勢いがあって、虫も動物も人も元気で、なのに私は平気でノースリーブを着ていたから、服との境目がくっきり焼けている。
神戸に戻ってからは、二日後に京都へも行って、中野さんは、きのうの朝帰っていった。
今日からまた、私のいつもの暮らしがはじまる。
やらなければならないことは、たくさんある。
おにぎりの絵本は、もうほとんど終わっていて、デザインを待つばかりだけれど、気づいてみれば私は今、3冊分の本作りを同時に抱えているのだ。
『帰ってきた 日々ごはん6』と、『本の本(仮)』と、立花君たちとやっている料理本。
その前に、「東京人」の原稿を書かなければ。
がんばるぞう。
夜ごはんは、マルタイラーメン(小松菜、ゆで卵、キムチ)の予定。

●2019年9月14日(土)晴れ

6時前に起きた。
カーテンを開けたら、昇ったばかりの太陽が見えた。
空はオレンジと水色のだんだら。
ゆうべは、ぐっすり眠れた。
なんか、おもしろい夢もみた気がする。
今日から私も、九州の旅がはじまる。
午後からの中野さんのライブペイントでは、樹君がギター演奏をするので、朱実ちゃんにも会える。
元気だったら、緑さん(朱実ちゃんのお母さん)もいらっしゃるとのこと。
見ている間にも、どんどん移り変わってゆく中野さんのライブペイント。
緑さんはどんな反応をされるだろう。
それも、とても愉しみ。
東京からアノニマの村上さんも駆けつけてくださる。
そして夕方には、村上さんと飛行機で宮崎へ飛ぶ。
明日は、私のトークイベント。
盛岡市の駅近くにあるらしい、「エンクロス」という施設でやります。
お近くの方、どうぞ遊びにいらしてください。
私はきっと、母のことを話したくなるだろうな……と思い、病室で記録していたメモの束をスーツケースに入れた。
みなさんにお見せできるのは、このくらいしかないので。
トークが終わったら、小倉に出て朱実ちゃんたちと合流し、その日から泊めていただく。
2年前の夏みたいに、緑さん、朱実ちゃん、樹君、中野さん(途中から参加)と5人で過ごす。
夏休みはまだ終わらない。
カレンシャツを縫っていた南の友だちというのは、樹君のこと。
たまたま彼に似合いそうな、麻の涼しそうな生地をみつけたので。
では、そろそろ出掛けようかな。
私も歩いて坂を下り、バスに乗って出発しよう。

●2019年9月12日(木)晴れ

朝、8時半くらいに中野さんは九州へ出発した。
福岡の「我輩堂」というギャラリーと福岡市美術館で、『ミツ』の原画展とライブペイントがあるので。
中野さんは坂を歩いて下り、バスに乗って新神戸まで行くのだそう。
旅立ちの朝が涼しくてよかった。
ゆうべはずいぶん雨が降ていったから、そのせいもあるのかな。
玄関と窓を開けておくと、山の方からクーラーみたいな風が吹き抜ける。
ノースリーブだと肌寒いほど。
このところの猛暑続きから、一足飛びで秋になった。
ひさしぶりに、屋上に洗濯ものを干しに行ったら、空が高くて驚いた。
青い空に鰯雲。
すっかり秋の空だ。
旅立ちの空でもある。
中野さんが出掛けてからは、「気ぬけごはん」を集中して書いていた。
夕方にはどうやら仕上がった模様。
本当は今日が締め切りなのだけど、村上さんにお願いをして、明日に伸ばしていただいた。
朝、もういちど見直しをしてからお送りしようと思う。
夜ごはんは、混ぜこぜチャーハン(いんげんのじゃこ炒め、塩もみ人参、ちくわ、枝豆、卵)、ひじき煮、きゅうりの塩もみ(青じそ)、ワカメとオクラのスープ。

●2019年9月10日(火)晴れ

このごろは6時くらいに目覚め、ラジオを小さくつけてまた目をつぶる。
バロック音楽を聞きながら、最近あったことや、子どものころのこと、母のことなど夢うつつで思い出している。
タライみたいな舟に丸くなって、記憶の波に流されている感じ。
今朝は、1回目の結婚相手のことを夢でみていた。
もう、何年も前に亡くなった人なのに、ちっとも年をとっていなくて、20代のままだった。
そして、7時のニュースと天気予報をうらうらと聞いて、起きる。
だいたい7時半くらいに。
朝方は涼しい風が吹いていた。
午後はやっぱり暑い。
この暑さは、いったい何なのだろう。
それでも玄関と窓を全開にしておけば、クーラーがなくても過ごせるのだから、ありがたい。
窓いっぱいの青。
空も海も、真っ青で、翳りがひとつもない。
ずいぶん前に中野さんと作って、放っておいた絵本(束見本に切り貼りしたもの)を見ていたら、言葉を直したくなった。
パソコンに向かい、切ったり貼ったり。
暑さを忘れてやる。
そのあと、レイアウトされたものを読みながら、奈々ちゃんのインタビュー記事の最終校正。
人ごとのように読みながら、目を皿にしてやる。
このインタビュー、ずいぶん濃厚なものになったな。
なかなか、おもしろいな。
夕方、どんどん気温が上がってきた。
2階にクーラーを入れ、掃除した。
こんなに暑いのに、いつまでも海、青いなあ。
夜ごはんは、餃子のタネの残りに片栗粉をまぶして焼いたもの(ねり辛し、ウスターソース)、塩鮭(ゆうべの残り)、茹でモロヘイヤのもずく酢がけ(ちりめんじゃこ、おろし生姜)、みそ汁(落とし卵)、ご飯。
明日は、中野さんがいらっしゃることになった。

●2019年9月8日(土)晴れ

ぐっすり眠っても、まだ眠れる、まだ眠れると思いながら寝ていた。
そろそろいいかな……と起きたら、8時半だった。
今朝も、夏が戻ってきたみたいな日。
ツクツクボウシが鳴いている。
朝ごはんのとき、台所のカウンター(簡易テーブル)でいつものようにパンをもぐもぐしていたら、ここ1週間の間一緒に過ごした人たちの幻影が見えた。
きのう、このリビングのいろんな場所で遊んでいたせっちゃんの影が、とりわけ濃い。
声もまだ、耳に残っている。
子どもがひとりいるというのは、すごいことだな。
とても強い力が動きまわっている感じがしていた。
場に、空気の渦ができていた。
そして寄藤さんも、長野君も、せっちゃんと本気で遊んでいた。
台所の方からふと見たら、寄藤さんの膝の間にせっちゃんが座って、何かしていた。
大人の男の人が子どもと一緒に遊んでいるのを見るのが、私は好き。
可愛らしく、人としての色っぽさもにじむ。
床にはご飯つぶが落ちているけれど、まだ掃除をする気になれない。
あとで、撮影中に呑んだワインの空き瓶や、ビールの空き缶から片づけよう。
そうそう。
寄藤さんがこの家のことを、「ここは本当におもしろい建物ですね。よく出会えましたね。こんな床、どこを探してもないですもん。この床の写真を見れば、高山さんの家だということが分かりますもん」とおっしゃっていた。
なんというのかな。
寄藤さんの見立ての目の鋭さにハッとした。
神戸に越してきた理由や、その意味を、内面のことではなくビジュアル面(目に見えることという意味)からバシッと突かれたのははじめてだった。
そうか、そうだったんだな。
神戸に来たのは、とても一言では言えないようないろいろな理由があるけれど、この建物に出会ったことで、大きく動き出したんだった。
あのころの私には、道がひとつしかなかったからこうなったのだけど、新しい仕事の場を無意識に探していたのかもしれない。
なんだか、寄藤さんの言い方には、まるでおにぎりの写真絵本をこうして作るために、この建物に出会ったような意味合いも含まれているような気がした。
そういえば、立花君たちと進めている料理本も、みんなこの建物の恩恵を受けている。
午後、座敷机のお礼を伝えるのと、ガラス器の展覧会を見に「MORIS」へ。
夜ごはんは、「MORIS」でばったり会った宮下さんと、和風の呑み屋で。

●2019年9月7日(土)晴れ

ゆうべはよく眠れなかった。
暑くて。
緊張していたわけではないのだけれど。
料理本の撮影の3日間は、怒濤だった。
買った食材が残ってしまうのがいやで、肉でも野菜でも、弱っていく前に何かにしてあげたくて、予定していなかった料理までどんどん作っていった。
窓の外は、カーンとした夏の空。
1階はクーラーがないから、みんな短パンにタンクトップかTシャツで動きまわり、赤澤さんは冷却スプレーを、タンクトップの上からシューッとしながら。
私も、真夏の部屋着みたいな格好で過ごした。
料理を作っては、座敷机で撮って食べ。
また作っては、たまに床の上で撮って、食べた。
二日目は3時に終わり、ビールやワインで乾杯した。
7時過ぎには解散し、私はお風呂にも入らずパタンと寝てしまった。
三日目は、いちばんたくさん作った。
5時過ぎ、光が残っているぎりぎりの時間まで、ラストスパートでたったか作った。
撮影の残りをつまみに、ビールとワインで乾杯し、7時半には解散。
立花君は広島へ、東京のみんなは新幹線で帰っていった。
夏の終わりの合宿が、こうして終わった。
さて。
今日も今日とて撮影。
おにぎりの絵本のための。
もうすぐ、編集の佐川さん、カメラマンの長野君、デザイナーの寄藤さん、そして「メリーゴーランド」の潤ちゃんと、6歳の息子のせっちゃんがいらっしゃる。
私はおにぎりを、せっちゃんに教えながら作る。
とても愉しみ。

●2019年9月4日(水)晴れ

朝、どうしても必要なものがあったので、コープさんに買い物に出た。
坂のところで蜂が死んでいて、その上空をもう一匹の蜂がぐるぐるとまわりながら飛んでいた。
まるでお弔いをしているみたいだった。
撮影の買い物だから経費が出るし、余計な体力を使いたくないから、往きも帰りもタクシーにしようと迷ったのだけど、やっぱり歩いて坂を下りたかった。
いつもみたいに。
神社でお参りをして、階段を下りたら、ハンミョウがいた。
虹色のハンミョウ。
追いかけると、いちど振り返って、飛ぶ。
1メートルくらい先に着地するので、追いかけると、振り返ってまた飛ぶ。
ハンミョウは後ろに目がないんだろうか。
わりとゆっくりな動き。
虫取りアミがあったら、私にもつかまえられるかもしれない。
きのうの撮影は、とてもよかった。
赤澤さんにレシピを説明をしようとすると、しどもどして、うまく言葉が出てこなかった。
それは、料理に体が重なっているということだから。
楽しくて、買ってきた肉や野菜を早く使いたいので、汗をかきながらどんどん料理した。
気づけば6時。
自然光がぎりぎりで、斎藤君がかわいそうだった。
ものすごく目をこらし、息を止めて撮っていたんだと思う。
すべて撮り終わったとたん、暗い方を向いて床に四つん這いになり、大きな息をしていた。
そして座敷机は、もともとこの家にあったかのように、次々とそこで料理が撮られていった。
食べるときにも、この机のまわりをみんなでわいわいと囲む。
撮影の間中、大きな波も繊細な波も当たり前のこととして抱え、吉祥寺の家にあった大テーブルのように、どっしりとそこに鎮座していた。

●2019年9月3日(火)晴れ

朝、ゴミを出しに行って、立ち止まった。
山からひんやりした風が下りてくる。
緑も落ち着いた色をしている。
でも、くるりと南を向くと太陽が暑い。
夏と秋が混ざり合っている。
こういうの、未分化の季節というんだよな。
分けられない季節だ。
天気予報によると、今日の空模様はいろいろに変わるらしい。
雨も雷もあるらしい。
さて、撮影の一日目、どうなることでしょう。
準備できることはすべてした。
作意を落とし、無邪気な心で体ごと料理に重なることが、少しでもできますように。
あとは野となれ山となれ。
10時半になったら、みんながいらっしゃる。
きのうは、ひろみさんからいただいた座敷机ではじめて仕事をした。
「気ぬけごはん」の最終校正。
机がひろびろと平らなので、心も同じように落ち着いてできた。
夜ごはんもはじめて食べてみた。
ひとりには大きすぎるので、すみっこで。
食べ終わり、いつものように濡れた台ぶきんで拭いたら、茶色に染まっていて驚いた。
慌ててメールをしてみたところ、この机は黒檀なのだそう。
だから、濡れた布で拭いたら、すぐに乾拭きしてくださいとのこと。
使い込まれた色つやだと感じていたのは、黒檀自体の色でもあるのだ。
私、黒檀の家具なんて、はじめて使わせていただく(つい敬語)。
そんな上等なものをいただいてしまった。
大事にしよう。
この机は、ひろみさんもどなたかからいただいて、ずいぶん長いこと使っていたのだそう。
「だから、なおみさんも遠慮せずもらってくださいね」と言われた。
まわりまわって私のところにやってきた黒檀の座敷机。
本当にありがたい。

●2019年9月1日(日)曇り

おとつい、道を歩いていたら、クマゼミがひっくり返っているのを2匹見た。
夏休みもきのうでおしまい。
今日から新学期がはじまる。
朝、ツクツクボウシが一心に鳴いていた。
それを聞きながら、料理本の撮影の支度をもくもくとやった。
ひとまず、作りたいものが出尽くした感じ。
2時くらいにてくてくと坂を下って、電車に乗り、三宮へ。
必要な材料を三宮に買い物に行った。
日曜日だったから、どこへ行ってもたくさんの人。
人が多いの、私は苦手だな。
六甲に着いたらほっとした。
帰ってきて、カレンシャツをちくちく。
今日は六甲も三宮も、夏が戻ってきたみたいにむしむししていた。
夜ごはんは、きのう作って冷凍しておいた餃子(確実にパリパリに焼けるようになった)、サーモンのごまヅケ、冬瓜のおつゆ(いつぞやの残り)、ご飯。
今はもう、夜の8時なのだけど、カレンダーが31日になっていた。
そしてさっき、新しい机がやってきた。
お花屋さんのおふたりと、今日子ちゃんが運んでくださった。
毎年元旦に、ひろみさんと今日子ちゃんが、あらたまった心持ちでピエンローを食べる座敷机なのだけど、もう、使わないからとくださった。
写真を見たら、子どものころにうちにあった机に似ていたのだけど、もっとずっと立派なものだった。
頑丈で、重たくて、とてもいい造り。
長年使われた木の色つやが、美しい机。
うれしいなあ、ありがたいなあ。
大切に使わせていただこう。
私は「いつでも、けっこうです」とのんびりしていたのだけど、ひろみさんがパパッと電話して、運ぶのをお花屋さんにお願いしてくれて、今日になった。
まるで、来週からの撮影のことを知ってくださっていたかのよう。
東京のみんなは、この座敷机を見てびっくりするだろうな。
風呂上がりに2階で涼んでいたら、対岸のちょうど正面に花火が上がった。
小さくて赤くて丸い打ち上げ花火。
耳を澄ますと音も聞こえた。
ヒュルルルルル ドーーン!
夏の終わりを知らせる花火。
机をいただいた記念日の花火。

●2019年8月30日(金)曇り

今朝も、どんよりしたお天気。
カーテンの隙間から漏れる光が、いつもより薄暗かったので寝坊した。
もう8時近かった。
朝ごはんの前に、プラスチックゴミを出しに下りた。
ドアを開けたら、ぴゅーっと強い風。
肌寒さのなかに夏の湿気が残っていて、少しむーんとする。
今日も今日とて、おこんじきさん。
来週からの撮影で、何を作ればいいのか。
というか、作りたいのか。
これだ! というのをスケッチしながら書き出している。
美容院に行ったら、買い出しをしてこよう。
今日から試作をこつこつやろう。
試作というよりは、練習。
これまで何気なくやってきたことを、撮影でも緊張せず、そのまま出せるように。
体に料理を重ねられるように。
そして今日は、「MORIS」のもうひとつの新しい場所に、荷物を運び込む日。
買い物を終えたら、私も手伝いに行く。
ひろみさんのお手伝いができるのが、とても嬉しい。
夜ごはんは、ひろみさんと今日子ちゃんをお招きして、キャベツと人参のコールスロー(ゆで卵、玉ねぎドレッシング、マヨネーズ)、トルコ風肉団子&ととうもろこしの炊き込みご飯。

●2019年8月29日(木)曇り一時雨

雨の予報だったけど、明るめの曇り。
朝、中野さんからお米が届いた。
わーい!
きのうでちょうど、米びつがすっからかんになってしまったので、とても助かった。
今日もどこへも出掛けずに、料理本のことがやれる。
アイデアを書いた紙を広げ、頭を巡らせる。
これは、おこんじきさん?!
気が散ると掃除をしたり、飾ってある絵の配置を変えたりしながら、ずっとやっていた。
冷凍してあった昆布をすべて刻んで、やわらかく煮てみた。
これは、ノブさんが送ってくださった上等な昆布。
だしをとったあとも、とてもじゃないけど捨てられなくて、とっておいた。
肉厚でとてもやわらかい。
この間、中野さんの家に行ったときに食べた昆布がおいしかったので、その味を思い出しながら煮た。
お店で売っている佃煮みたいな濃い味にはしたくなかった。
とにかく昆布がやわらかい。
とてもおいしくできた。
薄味だから、いっぱい食べれる。
夕方、ふと窓を見たら、青空が出ていた。
海も青く光っている。
やっぱり今日は、天気予報がはずれたー!と思って、玄関にまわると、山のてっぺんが霧に覆われている。
そのあと、みるみる黒い雲がやってきた。
でも、大阪の街は白く光っているから、きっと晴れているのだ。
そのうち雨が降りはじめ、土砂降りとなった。
急いで部屋中の窓を閉めた。
今はもう、何もかも真っ白で、何も見えない。
そして、しばらくしたら、すーっと止んだ。
通り雨だったみたい。
雨上がり、ツクツクボウシが鳴いている。
もう、夏も終わりだから、頑張っている。
健気な鳴き声に聞こえる。
夜ごはんは、冷蔵庫のものをかき集めたメニュー。
ハムエッグ(トマトソース添え)、モロヘイヤのおひたし(かつお醤油)、昆布の佃煮、冬瓜のお汁(片栗粉でとろみをつけた)ご飯、。

●2019年8月28日(水)曇りのち雨

ゆうべは雨が子守唄だった。
よーく寝た。
朝起きたら、窓ガラスに水滴がいっぱいついていた。
よほど雨風が強かったんだな。
朝ごはんを食べ終わって、ふと見上げると、茶色い翼が見えた。 
トンビだ! と思って急いで窓に近寄ったときには、すでに森の方角へ。
大きな翼を広げ、ひいらりと優雅に飛び去った。
それからはずっと雨。
きのうも今日も雨。
窓の外は霧でまっ白だ。
とても静か。
そんななか、一日中、新しい料理本の原稿を書いていた。
来週からまた、東京のみんなが集まり、合宿のような撮影がはじまる。
そろそろ「料理本週間」にして、頭も体も浸ろうと思い、いそいそとやっている。
お天気もこんなだから、とてもしっくりくる。
夕方、集中が切れてきたので、カレンシャツの続きを縫った。
もう、ほとんどできた。
あとはステッチをするだけ。
この間、中野さんをお見送りがてら元町に行ったのは、いつだったんだっけ。
あれからずっと私は家にこもっている。
冷蔵庫のものも、そろそろ食べ尽くしてしまいそう。
夜ごはんは、いかワタカレー(冷凍してあったもの。ゆで卵、ゴーヤのフライパン焼き、紫玉ねぎのピクルス)。
今は6時半。
雨上がり、ツクツクボウシが一生懸命鳴いている。

●2019年8月26日(月)快晴

ひんやりと涼しい風が吹いている。
おとつい辺りから、急に秋の空気になった。
太陽が当たるところだけは、まだ暑さを感じるのだけど。
秋の空気はなんだか透明。
すーんとしている。
蝉の声はすっかり弱々しく、夕方近くになると秋の虫が鳴く。
夜も涼しくて、とてもよく眠れる。
楽しいことがいろいろあったのだけど、なんだかずっと、日記が書けなかった。
「サビー」の撮影も、楽しかったな。
これまで今日子ちゃんといつもやってきていたことを、ぎゅっと集めて1日に凝縮したような撮影だった。
11時半に「MORIS」に集合して、あちこち買い物し、うちに帰ってきて、今日子ちゃんに手伝ってもらいながらいろんな料理を作った。
撮影のためではなく、「MORIS」を店じまいしたひろみさんが夕方いらっしゃるために、買ってきた材料でいろんな料理をこしらえたみたいな感じ。
おしゃべりしながら食べ終わって、宮下さんたちが片付けを手伝ってくださった。
夜の8時過ぎまで撮影していた。
ふつうにのんんびりやっていたら、その時間になった。
中野さんが画材屋さんに行きがてら、うちに遊びにいらしたのはその3日後。
おとついは、ふたりで京都に行った。
いつも下りる駅ではないところからバスに乗り、上七軒というところの古い街並を歩き、とってもおいしい大きな鯖寿司を買って、北野天満宮で頬張ったり。
またバスに乗って、「ホホホ座」でこのみちゃんの絵を見て、ガレージでオリオン・ビールを飲んだり。
ギャラリーのカフェで、アイスコーヒーを飲んだり。カステラをごちそうになったり。
夏の終わりを遊んだ。
中野さんはきのう帰られた。
今日は、『帰ってきた 日々ごはん6』の粗校正の続き。
4時には終わり、村上さんにお送りした。
そのあとは、窓辺で海を見ながらお裁縫。
まだ秘密なのだけど、南の方に住んでいる友人のために、「暮しの手帖」に載っていたカレンシャツを縫っている。
簡単で楽しいし、きのう「ユザワヤ」で買ってきた手縫い用の糸のすべりがよく、とても縫いやすい。
夜ごはんは、ちくわの磯辺揚げもどき(天ぷら粉を水で溶いたのをからめ、多めのなたね油で焼いた。うまくいった!)、モロヘイヤのおひたし(梅醤油)、冬瓜と豚バラの煮物(撮影の残りに片栗粉でとろみづけ)、納豆、塩むすび。

●2019年8月20日(火)曇りのち晴れ

7時に起きた。
窓を開けたら、クーラーみたいに涼しい風が入ってきた。
中野さんの家にいる間に、季節が少し移り変わったんだな。
きのうは、電車を乗り継いで夕方に帰ってきた。
六甲駅からタクシーに乗っているとき、さっきまでいたところと、なんて違うんだろうとはっきり思った。
ここは、コンクリートが多い。
意外に街。
中野さんの家のまわりは、夏草がいっぱいで、土のところもいっぱいで、むんむんしていた。
田んぼの緑、あぜ道の草の緑、原っぱの緑、木々の緑、小高い山の緑。
草むらを歩くと飛び出してくる土ガエル、コオロギ、バッタ。
道案内をするモンシロチョウ、モンキチョウ、ツマグロヒョウモン、黄色いアゲハ、黒いアゲハ、シオカラトンボ、アキアカネ、ハグロトンボ。
みんみんしゃんしゃんアブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシ。
帰る日に、温泉でつかまえた、虹みたいに光るハンミョウ。
むん、むん、むん、むん。
中野さんが昔描いた、たくさんの絵。古い紙。
ついこの間、描かれたばかりの大きな絵。新しい紙。
中野さんの朝のコーヒー、毎朝違うお母さんのいろんな果物のヨーグルト。
お姉さんが削った白蜜とアイスクリームのかき氷。
ちらし寿司、いろんな具をのせた冷やし中華、お祭りの焼きそば、焼き肉屋さんの焼き肉。
緑の田んぼのあぜ道を、花火見物に行く人たちの列。
用水路の近くに座って見た、降ってきそうな花火。
花火の終盤に、じりじりと昇るオレンジの大きな月。
ごはんを食べ、お菓子を食べ、外で遊んで汗をかいて、お風呂に入って、涼んで。
ユウトク君、ソウリン君、お母さん、お父さん、お姉さん、旦那さん、中野さん。
みんないて、私もそのなかにいた。

さっき、「ふくう食堂」の母の亡くなる日の日記をまた読んでしまった。
泣いたら、声が出てきた。
あーん、あーんと、大きな声を上げて泣いた。
看病が終わって、お葬式が終わって、納骨式もぶじに終わって、神戸に帰ってまたひとりで暮らし、撮影も終わって。
その間にずっと隠れていた小さい女の子が、現れたみたいだった。
おかあさんがいない。
おかあさんが、もういなくなっちゃった。
どこにも、いなくなっちゃった。
ぼとん、ぼとんと涙の粒も大きかった。
なんでだろう。 
ユウトク君とソウリン君と、ずっと一緒にいたからかな。
奈々ちゃんのインタビュー記事は、母のことを話したところがむずかしく、なかなか手をつけられなかった。
苦戦したけれど、夕方ようやく校正が終わった。
夜ごはんは、納豆ご飯(オクラ、みょうが)、人参塩もみサラダ(ポン酢醤油)、ちくわと卵の炒め物。
明日はいよいよ、「サビー(関西の雑誌)」の撮影だ。
お風呂に入って、早く寝よう。

●2019年8月16日(金)曇りのち晴れ

ゆうべの台風は、とても長かった。
3時ごろにいちど目が覚めたのだけど、まだ雨風が暴れていた。
うちのアパートは、横殴りの雨に弱い造りなので、窓から雨が漏れてくる。
2階の窓の桟に挟んでおいたタオルがびしょびょで、夜中にいちど取り替えた。
それからは、ゆらゆらと眠った。
ときどき、ビシャッと窓に当たる雨。
船に乗って、荒海を航海しているようだった。
母と一緒に。
1階の窓際は、管理人さんが用意してくださった、タオルや布を敷きつめておいたおかげで、何事もなかった。
並べておいたボウルに、ひとつだけ水がたまっていたくらい。
それも、夜中にいちど捨てたあとは、少しもたまっていなかった。
朝、濡れたタオルなどを片づけ、洗濯ものもたっぷり干した。
あちこち掃除もした。
今日は、これから中野さんの実家に遊びに出掛ける。
ご家族との夏休み。
とても愉しみ。
では、行ってきます。

●2019年8月15日(木)台風

ゆうべは風が吹き荒れ、ガタガタと盛大に窓が揺れていた。
でも、ちっとも怖くなかった。
風と共に眠っている感じがした。
よーく寝た。
台風のニュースをつけながら、今日も水色のワンピースをちくちく。
もうすぐ出来上がる。
夕方、奈々ちゃんからいただいている、インタビュー記事の校正をはじめた。
これは、「ライブラリー」という小冊子に載ります(「キチム」に置いてあります)。
今は6時。
しっかりとした雨。
窓の外が真っ白だ。
台風は、もうそこまで来ている。
夜ごはんは、トマトと春雨のスープ(ささ身、溶き卵)、おにぎり。

●2019年8月14日(水)晴れ

いつもみたいに7時前に起きて、ラジオをつけた。
古楽の愉しみをやっている。
今朝は、ルネッサンスの踊りの音楽だった。
同じフレーズが何度もかかる。
輪になって踊っているのが、目に浮かぶ。
今朝はよく晴れているのだけど、対岸が青くけぶっている。
天気予報によると、紀伊半島ではもう雨が降っているとのことだから、きっとそれだ。
風がとても強い。
その雨が、ゆっくりこちらにやってきて(自転車のスピードだとゆうべの天気予報で言っていた)、台風になるのかな。
明日がピークらしい。
今朝もまた、『帰ってきた 日々ごはん6』の粗校正。
そして、水色のワンピースの続きも縫おう。
風が渡る。
教会の6時の鐘が鳴ると同時に、雨が降り出した。
霧のような雨。
強風で、カーテンみたいに煽られている。
このまま台風に突入するのかと思ったら、そのあとすぐに止んだ。
夜ごはんは、具だくさんのぶっかけそうめん(ゆでささ身、かぶとかぶの葉を蒸したもの、みょうが、柚子こしょう)。

●2019年8月13日(火)晴れ

7時前に起きた。
撮影はぶじ終わり、マキちゃんも今朝早くに帰っていった。
久しぶりの撮影だったけど、暑さにもめげず、落ち着いて料理ができた。
一つ作っては撮っていただき、車座になってみんなで食べ、感想を言い合い、また作っては撮っていただいた。
東京にいたころには、このくらいの品数だったら、さっさかさっさか作って、3時には終わっていたような気がするけれど。
きのうは、すべて終わったのが6時近かった。
窓の海を見ながら、ゆったりとした気持ちでやった。
汗をたっぷりかきながら、体も気持ちも使い切った撮影だった。
どれもとてもおいしくできたし。
終わってから宮下さんとマキちゃんと3人で、海を見ながら乾杯したのも楽しい時間だった。
南風荘ビールと、白ワイン(マキちゃんのお土産)と、ビール。
つまみは、やさしい味のカマンベール・チーズ(マキちゃんのお土産)とパン、メロン。
私はいい気分で酔っぱらい、お風呂に入ってパタンと寝た。
マキちゃんは泊まった。
さて、今日もまた『帰ってきた 日々ごはん6』の粗校正の続きをやろう。
台風が来ているからか、風が強い。
山からも海からも吹いてきて、レースのカーテンを膨らませる。
ヒンヤリした秋みたいな風も、ときどき混ざっている。
夜ごはんは、お昼をしっかり食べたし、八幡さんにいただいたあられも2袋食べてしまったので、メロンだけ。
お風呂に入り、水色のワンピースを縫う。
10時までちくちくやっていた。
形になっていくのが、嬉しくて。

●2019年8月12日(月)快晴

6時半に起きた。
起きてすぐ、掃除機をかけ、エプロンにアイロンもかけ、汗をかいてシャワー。
今日は「天然生活」の撮影。
編集の八幡さんとスタイリストのマキちゃんが、東京からいらっしゃる。
ライターは宮下さんだ。
ゆうべはなんだかよく眠れなかったな。
眠れないとき私は、夜に向かって「お母さん」なんてつぶやいている。
それにしても、今朝の海は青い。
蝉がシャンシャン鳴いている。
おとついあたりから、ツクツクボウシも鳴くようになった。
きのうは、中野さんをお見送りがてら新開地に行って、撮影で使うスダチをたくさん買ってきた。
10個入って200円。
スーパーで買うより、うんと安い。
六甲道に戻ってきて、美容院にも行った。
後ろの髪を梳いてもらったので、首筋がとても涼しくなった。
さあ、洗濯ものを干したら、包丁を研ごうかな。
1階はクーラーがないから、暑さでバテてしまわないよう、焦らずにゆっくりとひとつずつ料理をこしらえ、撮っていただこう。
ふと思いついて、2階の扇風機を台所に置いていた。
これでずいぶん涼しくなった。

●2019年8月8日(木)快晴

ゆうべは少しだけカーテンを開けて寝た。
おかげで、明け方の空を見ることができた。
水色と茜色のだんだらの空。
このごろは、4時半くらいに明るくなるんだな。
そのうちひぐらしが鳴きはじめ、もういちど目をつぶった。
すぐにまた眠れた。
7時に起きた。
今朝も、『帰ってきた 日々ごはん6』の続きをやろうと思い、パソコンを開いたのだけど、ついつい母のことを書いた日記を読んでしまう。
6月に入院してからの日記を遡って。
目の前で見ているみたいに、蘇る。
涙があとからあとから噴き出し、自分でもびっくりした。
母が亡くなったことに、私はまだ慣れていないんだ。
さあ、仕事、仕事。
今日は、「天然生活」の撮影用に、レシピも書かなくちゃ。
今は6時。
白い半月が出ている。
母が亡くなって、みっちゃんの車に荷物を乗せようと駐車場に下りたとき、ビルの隙間から見えたのは、やっぱり今日の月だった。
そんなふうにふと、思い出すとき、ひやっとした空気がナイフのように体に差し込む。
そして、人が亡くなるときの、独特の空気のなかに放り込まれる。
そこは、なんというか、なんともいいようのない空気。
心がわなわなして、浮世離れしたところに、宙ぶらりんになる感じ。
青い空の高いところを、ツバメが旋回している。
若いツバメ。白いお腹がぴかぴか光っている。
夜ごはんは、かぶのサラダ(黒酢ドレッシング、じゃこ、白ごま)、いかワタカレー(紫玉ねぎのピクルス)。

●2019年8月7日(水)晴れ

蝉が鳴いている。
今日はきのうに比べたら、ずいぶん涼しい気がする。
朝ごはんを食べ、パソコンにかじりついて、『帰ってきた 日々ごはん6』の粗校正の続き。
神戸に引っ越してきた年の、6月から12月の日記だ。
このころの私は、なんだか力んでいる。
どきどきしているから、すぐに有頂天になったり、元気がなくなったり。
少し恥ずかしい。
でも、あのときは本当に無我夢中で、見たこと、聞いたこと、起こったことにいちいち驚き、すべて吸収しようとしていたんだから仕方がない。
集中が切れると、水色のワンピースを縫った。
今はまだ、縁かがりのブランケットスケッチを、延々とやっている。
洗濯ものを取り込もうと2階に上がったら、蜂が迷い込んでいた。
出口が分からなくなって、網戸の上を往ったり来たり。
布でふんわりくるんで、窓の外で振ったら、飛んでいった。
私、蜂を逃がすのがうまくなったかも。
それにしても海が青い。
空の真ん中には、白い半月(少しだけ欠けているけど)。
今は6時、ひぐらしが鳴いている。
空気がヒンヤリしている。
山の空気だ。
神戸に越してきて4度目の夏。
私は知らないうちに、心が丈夫になったかもしれない。
夜ごはんは、四色丼(鶏そぼろ、祝島のひじき煮、いり卵、人参塩もみのごま和え)、かぶの葉の辛し和え、お吸い物(干し椎茸)。
風呂上がり、2階の窓から月が見えた。
半月。
母が亡くなった日、駐車場から見た月も、こんなだった。
そうか。
あれからもう、ひと月がたとうとしているのか。

●2019年8月5日(月)快晴

母の納骨式もぶじに終わり、ゆうべ、神戸に帰ってきた。
暑いけど、玄関と窓を開けていれば、山からと海からの風が通り抜け、クーラーをつけなくても充分に過ごせる。
それに今日は、海空が真っ青で、雲も洗い立てのように白く光っている。
気持ちいい風。
ああ私、ようやく自分の場所に戻ってこれた。
今朝は、ひぐらしの声で目覚めたのだけど、眠くて眠くて、どうしても瞼を開けられないという夢をみていた。
東京でぎりぎりまで、会えるだけ会いたい人たちに会い、呑み、実家でもいろいろなことがあって、身も心も使い果たしたから、よほどくたびれているんだと思って目を開けたら、すんなり開いた。
意外に元気だった。
そしてこれは、もしかすると法に触れるようなことかもしれないけれど、お墓に納める前に、私は母の小さな骨の欠片を、ひとつだけこっそりもらってきた。
ティッシュに包んで、小瓶に入れて持ち帰ってきたのだけど、今朝それを包みから出してみた。
絵や、絵はがき、きれいな拾い物を、とっかえひっかえ飾っているセントラルヒーティングの上は、この間から母の祭壇になっている。
そこに並べようと思って。
母の骨は、よく焼けて乾燥しているので、とてももろく、持ち歩く間に粉々になってしまったところもあった。
床に散らばったその粉をかき集め、なめてみた。
とても味がある。
じゃりじゃりするけど、甘い味と酸っぱいような味とほろ苦くて香ばしい味が混ざっている。
これでお母さんは、私の体に入った。
そのあとは、旅の間の洗濯ものを2回戦やって、たっぷり干した。
たまっていたメールの返事を書いたり、「気ぬけごはん」の校正をしてお送りしたり。
冷蔵庫には食材が何もないから、あとで、郵便局まで坂を下って、買い物をして帰ってこよう。
そういえばゆうべ、寝る前に蝉が迷い込んできた。 
外に逃がそうと、つかまえようとしても、ジリジリミンミン羽を動かし、どうしてもつかまえられなないので、一緒に寝た。
もしかしたらお母さんかな? と思って。
さ、出掛けてこよう。
下の方は暑いだろうな。
夜ごはんは、いかのワタ炒め(にんにく、なたね油、バター、醤油)、かぶとかぶの葉のおひたし(じゃこのっけ)、人参の塩もみ(自家製マヨネーズ)、卵かけご飯、みそ汁(えのき、豆腐)。
今日は、郁子ちゃんにもらったCDをずっと聞いている。
すごくいい。
風呂上がりに、部屋を真っ暗にして、夜景を見ながら聞くと、これまたすごい。
なんか、神聖な感じの息吹が届く。
女の子たちの合唱の声や、おもちゃのピアノの音など、ちょっと間違えたり、ずれたり、かすったりしているようなところがほんの少しだけあって、そういうのがとても響いて胸に残る。
神聖だと感じるのは、そういうところなのかも。
透明すぎるものには、あまり感じない。
「マームとジプシー」のお芝居、『めにみえない みみにしたい』のための音楽だそう。

●2019年7月30日(火)晴れ

きのうは、女子美の集中講義のゲスト講師をした。
楽しかったな。
教室に集まった子たちのなかには、机にふさって寝ている子とかもいたけれど、途中で起き出し、ぼーっとした顔をこちらに向けながら、何かメモをとっていたりするのが見えた。
学生たちはみんな若々しく(当たり前だけど)、まだまだ子どもみたいでもあり、初々しくて、とても可愛らしかった。
緑が多い学校で、広々とした土地に、飾り気のほとんどない頑丈な建物が建っているのも、太陽や風が近くに感じられるのも、とてもよかった。
立花くんと川原さんは、こんなに風通しのいい、明るいところで教えているのだな。
ふたりとも、ちゃんと先生をやっていて、大人で、かっこよかった。
私にはできないなあ。
川原さんが質問をしてくれて、アート・ディレクターの立花くんのもとで、私たちが本を作るとき、どんなふうにしているのかとか、学生たちと同じ年のころ、どんなふうだったかなど話した。
『高山なおみの料理』と『料理=高山なおみ』の本の中身を、プロジェクターで写したりしながら。
子どものころに、言葉がうまく喋れなかった話もした。
あとは、川原さんとふたりでロシアやウズベキスタンを旅したときの話。
旅の間に持ち歩いていた私の手書きの日記帳と、その日記と川原さんのスケッチがもととなった『ウズベキスタン日記』の本も見せた。
今、いちばん興味のあるのが母のことだったので、午前中の授業のときに、最後に少しだけ話した。
人が死んでゆくことについて。
亡くなるぎりぎりまで体を使い切り、死んでゆくことについて。
話しながら私は、あのときの母の姿を思い出し、胸が詰まって声が出なくなった。
涙がこみ上げ、止めようとしたけれど、少しこぼれた。
そのことを、恥ずかしいことだなと思っていた。
どんなふうに喋っても、上手く伝えられる内容の話ではないし、死ぬことなんて、若い子たちにはまだまだ遠いだろうから、話題にすべきではなかったなと反省していた。
だから、午後の授業では話さなかった。
それに、同じ話などもう二度とできないから。
授業が終わって、学生たちが書いてくれたアンケートを読んでいたら、その話に触れている子が何人もいて驚いた。
ほとんどの子たちが、よかったです、共感できましたと書いてあった。
あるひとりの学生は、こんなふうに書いてくださった(ご本人の承諾を得て、全文を載せさせていただきます)。
「1つの独特な雰囲気をもつ本がつくられるとき・紹介される対象と、紹介する人に熱意があって、それが世間に噛み合っていないときかと思いました。高山さんはとてもおだやかだと感じましたが、ゆっくりていねいに作業をするときに、あれもこれもしようかな、どうだろうと、作業の1パートずつを1節として進めていそうな感じがして、時間に縛られず、クオリティーに縛られようとしている仕事があるんだと感じました。
小説をかこうとするとき、普段流れる時間を頭の中で無理矢理細かく分けて、ゆっくり再生していくことがありますが、料理や編集も同じことで、ゆっくりとした時間の区切りで作っていくと、その空気が出てくると思いました。もちろん、仕事は 実際は手早く行われていると思いますが、集中する意識の幅が狭いので、ゆったりとていねいに1つ1つの料理が写し出されていると思いました。
それは色々なことを専門として編集していくときに、すべて共通することだと思うので、そのような丁寧で重たいものをつくりたいときは、この話を思い出すようにすべきだと思います。
死者の話については とくにお話が上手だと思いました。人が亡くなることについて、きれいごとでもなく、彼女の気持ちや周りの様子というよりかは、自分が見ていて思ったことを話していて、うそっぽいところがなく、しんけんに聞けて、真似をしてしまいたいと思いました。
今まできいたことのある仕事のすすめ方ではなくて、個人どうしがものを作って仕事をする様子を見られたような気がして、貴重な体験でした。 これからもがんばりたいと思ったので、先生にもがんばってほしいです」
このアンケートを読んだ私は、本当に嬉しく、どれだけありがたかったか。
女子美の学生のみなさん、こんな私を誘ってくれた立花くん、川原さん。
そして、一歩離れたところから応援し、見守ってくださっていた立花くんの助手の先生たち、ありがとうございました。

●2019年7月28日(土)晴れ

6時半に起きた。
もう、ミンミン蝉が鳴いている。
朝ごはんをゆっくり食べ、洗濯ものを干し、2階だけ掃除した。
忘れ物がないか、もういちど確かめながらパッキング。
それでも時間がまだあるので、タクシーは呼ばず、歩いて坂を下りることにした。
蝉が、わしわしと大合唱。
海を見ながら、カートをごろごろ。
龍の神社でお参り。
途中でタクシーが来たら拾おうと思っていたのだけど、けっきょく下まで歩いてしまう。
旅の出発のときには、自分の足で歩き出すのが心に落ちる。
下の道に下りても、タクシーが来ないので、ちょうど来たバスに乗った。
けっこう時間がかかってしまったけれど(運転手さんはバス停まで走ってくる人のこともちゃんと待っている。これが神戸のバスのいいところ。いちど、「待ってくださーい」と叫びながら小さな男の子が駆けてきて、そのあとで乳母車を引いたお母さんが赤ちゃんと乗り込んだ)、乗ろうとしていた新幹線に間に合った。
私はいつも自由席。
混雑している「のぞみ」をやり過ごし、「ひかり」に乗った。
「ひかり」はいつも、ガラガラ。
3人席の窓際に、ひとりで座るのが好き。
今日から東京。
31日まで川原さんちに泊めてもらったら、8月1日には実家に帰省する。
母の納骨式(教会の共同墓地がある、御殿場の富士霊園で執り行われる)があるので。
近所のお寺には、姉と挨拶に行って、お墓の掃除もしてこようと相談している。
4日に神戸に帰ってくるつもりなので、用のない日には、母の洋服や下着類の整理をしようと思う。
この日記は今、新幹線のなかで書いている。
あちこち緑、緑で眩しく、目に沁みる。
同じ新幹線の旅なのに、母の病院に通っていたときと、気分がまったく違う。
なんて清々しいんだろう。
こういう気持ちにさせてくれて、お母さん、ありがとう。
それでも、名古屋駅に着いたとき、ここから「こだま」に乗り換え、新富士駅でよっちゃんの車に乗せてもらって、工場の脇の大通りを走り抜け、信号で止まったりしながら、よっちゃんから近況を聞いて、母に会うまでの時間を過ごすことはないんだなと思ったら、少し切なくなった。
そうか。
もう、あの時間は戻ってこないのか。
病院の建物はあるのに、あの病室には、母はもういないのか。
人が亡くなるというのは、こういうことだ。
決定的に、体がどこにもいなくなる。

品川駅に着いたら、電車を乗り換え、東中野のポレポレ坐に行く。
新しい絵本のことで、佐川さんとお打ち合わせだ。
お昼ごはん、ポレポレ坐で何を食べようかな。
新メニューに、祝島のひじきが入った彩り丼というのがあるらしい。
おいしそうだな。
きさらちゃんは、元気かな。

●2019年7月26日(金)快晴

暑い暑い。
ようやく本物の夏がやってきた。
明け方のひととき、寝ているといつもひぐらしの声がする。
その声を聞きながら私は、母のことを思い出しているみたい。
うとうとしながら聞いていて、そのうち気づけばミンミンぜみの大合唱になっている。
そのころになると、部屋もむわーっと暑くなるので、起きる。
だいたい7時半くらい。
朝、ゴミを出しながら森の入り口まで上った。
緑がむんむんしていた。
石垣のところにヘビがいて、「!」となった。
まだ若い、縞模様のとてもきれいなヘビだった。
1時から、リンネルの鈴木さんと打ち合わせ。
それまでにあちこち掃除をしてしまおう。
打ち合わせは2時間ほどで終わった。
5時半。
空はまだまだ明るい。
今年巣立ったばかりの若いツバメたちが、空を旋回している。
低い空も、高い空も、自在に飛び交っている。
夜ごはんの前に、納豆をかきまぜながら窓辺に立ったら、虹!
食べ終わっても、まだ出ている。
2階に行ってみたら、完璧な半円の大きな大きな虹だった。
ツバメが虹をくぐっている。
虹が消えるころ、お天気雨が降ってきた。
ひぐらしが鳴いている。
夜ごはんは、納豆ご飯(じゃこ、青じそ、みょうが)、ゆでじゃがいものポルトガル風炒め(なたね油とバターで炒め、仕上げにワインビネガー。目玉焼きのせ)。

●2019年7月24日(水)晴れ

今日、梅雨明けした。
窓を見れば、入道雲がもくもく。
中野さんが泊まっていた5日間は、夏休みみたいに楽しかった。
毎日、展覧会から帰ってらっしゃるのを待って、ごはんを作って食べたり、呑んだり。
いちど、急にマメちゃんが呑みにきたこともあった。
最終日は私も大阪に出掛け、もういちど絵をじっくり見て、小野さんと洋子さんと4人で打ち上げをした。
「itohen」までの道を、せっせと歩いているときには土砂降りだったのが、夕方にはきれいに上がっていた。
「すいか」という近所の呑み屋さんまで、雨上がりの道を4人で歩いたのも清々しかった。
大好きな人たちと一緒に過ごす時間は、母を見送ったご褒美を、天からいただいたみたいだった。
見るもの聞くもの、「いいなあ」と感じた。
きのうは、暑い暑いと言いながら、中野さんと阪急電車に乗って、三宮にショッピングに出掛けた。
大丸デパートの地下で、おいしいお寿司(ねぎとろ巻き、剣先イカの軍艦巻き)を買って帰り、早めにお風呂に入って、2階で氷入りのビールを呑みながらたわいないお喋りをした。
遠くの海を船がゆっくりと進み、空が少しずつ蒼くなり、ひぐらしが鳴いて。
夜景がぽつりぽつりと灯りはじめ、暗くなる。
中野さんが台所に下りては、2階に運んでくださったつまみは、ズッキーニとソーセージのフライパン焼きと、豆苗のにんにく炒め。
どっちも、最高においしかった。

  今日は、朝のうちに中野さんが帰られ、そのあといろいろなことをした。
まず、来週の月曜日に、東京の女子美で「夏の集中講義」というのを受け持つことになったのだけど、そのときに学生さんたちにお見せする写真のファイルを作った。
大学生に講義をするなんて、生まれてはじめて。
立花君が誘ってくださったのだけど、ドキドキするなあ。
「教えることなんて、何もないけど……」と私が言ったら、「こういう女の人がいるっていうのを、学生たちに見せてあげてください」と立花君に言われた。
そうか、それだったらできるかなあと思ってお受けした。
そのあとは、「気ぬけごはん」の校正。
それから、いらない紙で型紙を作り、きのう元町の生地屋さんで買ってきた(バーゲンだった)布を裁断して、ちくちく縫いはじめた。
夏のワンピースを作ろうと思って。
水色の麻の涼しそうな生地を買ったので。
午後に夕立か雷雨があるという予報だったけど、降らなかった。
新しい仕事も入ってきた。
お母さんが逝って、梅雨明けして、私も明けた。
私は、体も心も風通しよくなり、初々しい気持ちが膨らんできているから、きっと仕事もふわりと舞い込んでくるんだろうな。
そういうことになっているんだろう。
夜ごはんは、豆腐とワカメとみょうが和え(じゃこ、ポン酢醤油、ごま油)、ズッキーニと豆腐のとろとろ煮(冬瓜とスペアリブの煮汁の残りで煮た)、白いご飯、たくあん。

●2019年7月20日(土)曇り

雨と雨の間の、晴れではないけれど、薄い光の日。
小鳥が鳴いている。
朝、ゴミを出しながら、森の入り口まで歩いた。
ゆらゆらと坂を上っているとき、湿気と暑さの匂いがハワイ島みたいで懐かしかった。
濡れた地面、緑が濃い。
このごろは毎晩、とてもよく眠れる。
夢もよくみる。
寝ながら、だいたいは母のことを反芻している。
反芻というより、記憶の断片を検証している。
見たもの、感じたこと。
母の顔、指先、手の動き。
忘れてしまうのが、なくなってしまうのが、いやなんだろうな。
でも、忘れないと前に進めないのかな。
そのうち、すーっと離れることになるのかな。
神戸に帰ってから、いつだったか、シャワーのような強い雨が朝方に降った日があった。
そのあとでひぐらしが鳴いていた。
そして、またいつだったか、寝る前に私はおせんべいの袋を抱え、ベッドの上でぜんぶ食べてしまった夜があった。
途中でやめることができなかった。
窓を開け、網戸越しの夜景を見ながら食べていたのだけど、きれいでも、悲しくも、楽しくもなかった。
ただ、醤油の香ばしい味がしていた。
なんとなく、穴におせんべいを噛み落としている感じがしていた。
その穴は何だろう。
記憶の断片と断片との隙間なんだろうか。
母の付き添いをしていた間、待っていただいていた仕事がいくつもある。
それをきのうあたりから、少しずつ呼び起こしている。
まずは、これから先の予定を立て、メールをお送りするところから。
私には、やらなければならない仕事があること。
担当のひとりひとりに、ご連絡をしなければならないこと。
それらすべて、自分のペースでひとつづつ、落ち着いてさせていただけること。
ありがたいなあ。
今日から、「itohen」の展覧会の最後の週。
夕方になったら、中野さんがいらっしゃる。
あとで、あちこち掃除をしながら、冬瓜とスペアリブをとろとろに煮ようと思う。
3時ごろ、スペアリブの煮たのにどうしても梅干しを入れたくなり、コープさんへ。
龍の神社でお参りをし、坂を上って帰ってきた。
汗だくだくになって。
夜ごはんは、ビール、白ワイン、殻つきミックスナッツ(今日子ちゃんの北京のお土産)、スペアリブと冬瓜のとろとろ煮(梅干し入り)、とうもろこしの炊き込みご飯。

●2019年7月17日(水)晴れ

8時に起きた。
まだまだ眠れそうだったけど。
今日は、「気ぬけごはん」の続きを書かなくちゃ。
締め切りを伸ばしていただいたのだから。
いつもみたいに朝風呂に浸かって、朝ごはん。
海を見ながら、ヨーグルト(りんご入り)。
パンを焼いている間に紅茶をいれ、カウンターでおいしく食べた。
洗濯機もまわす。
ガタゴトガタゴト。
さあ、はじめよう。
今、パソコンを開いたら、「7月9日 17:18」の記録が残っていた。
これは、「気ぬけごはん」のテキストファイルを最後に閉じた時間。
私は、母が亡くなる日、こんな時間まで病室で「気ぬけごはん」を書いていたのだ。
書いている間、姉に待っていてもらって(姉が家で作ってきたおかずが、もう机に並べてあった)夕飯を食べ、そのあとでお風呂に入った。
私は何にも考えていなかった。
いつ、どうやって亡くなるかなんて。
考えないというより、そんなこと、頭からはずしたかった。
母が亡くなってからのこと、いろいろ、思い出す。
日記にも書きたいのだけど、とにかく今日は「気ぬけごはん」だ。
洗濯ものも干さないと。
お昼ごはんを食べたあと、昼寝した。
瞬間的に、ふかーーく眠った。
夏のお昼寝は、いいなあ。
「気ぬけごはん」は半分以上書けた。
続きはまた明日。
夜ごはんは、長なすのごま油焼き、かぼちゃの焼きフライ(いつぞやの串カツのときに余ったものを、冷凍しておいた。多めのなたね油でカリッと焼いた)、冷やしトマト(黒酢、醤油、ごま油)、きゅうりとみょうがの塩もみ、卵かけご飯、みそ汁(豆腐)。
風呂上がり、海を見ながら炭酸を飲んだ。
ひぐらしが鳴いている。
六甲に、また私の夏がやってきた。

●2019年7月16日(火)晴れ

海が青い。
空は、薄ぼんやりした青。
今日は、海と空の境はほとんどない。
さっき、中野さん(大阪の「itohen」で展示会をしているので、おとついときのうと2泊された)をお見送りがてら、六甲駅まで坂を下り、八幡さまのベンチで缶ジュースを飲み、蚊に刺され、「MORIS」に寄って、今日子ちゃんとひろみさんに母のことを報告し、戻ってきたところ。
今日は、夕方から雨の予報だったけど、はずれたみたい。
2階だけ掃除機をかけた。
雑巾がけもした。
せいせいとし、こうして日記を書いている。
お葬式を終えて、神戸に戻ってきたのは、日曜日だったかな。
実家にいる間は、母が亡くなる前の日で日記が止まっていた。
ずっと、書けなかった。
読者のみなさま、ご心配をおかけして、ごめんなさい。
母は、9日の夜7時25分、天国にゆきました。

夜ごはんは、なんちゃってパーコー麺(「中華三昧」の塩味のスープにトマトとほうれん草を加え、トンカツ用の豚肉←きのうから塩をしておいた。をフライパンで焼いてひと口大に切り、のせた)。
海を見ながら食べた。
半分しか食べられなかったけど、残りは明日、朝ドラの再放送を見ながら食べようと思う。
ああ私、ようやく神戸に帰ってきたんだな。・・・・・

●2019年7月9日(火)曇りのち晴れ


きのうは、長い一日だった。
いろいろなことがありすぎて、断片しか覚えていない。
日記も途中までしか書けなかった。
書けないというより、書く気持ちになれなかった。
まず、私たちは、だだっ広い病室に引っ越した。
この部屋は、付き添いの家族が泊まれるようとても広く(12畳くらいある)、お風呂もキッチンもついている。
覚えているのは、夕食を作りに行っていた姉が戻ってきたとき、「ちょっと、不謹慎だけどさあ」と笑いながら、缶ビールを2本持ってきたこと。
そのビールのラベルが、緑色だったこと。
部屋を引っ越す前、牧師さん夫妻がお祈りをしに来てくださった。
母の大好きな賛美歌(葬儀で歌ってほしいと願っている『主よ、みもとに』。神さまのもとへ魂が昇っていくときを歌った歌。姉がユーチューブでみつけ、朝からずっと母に聞かせていた)を、清らかな美しい声で牧師の奥さんが歌ってくれたこと。
ベッドのまわりに立っていたみんな(姉、みっちゃん、リカ、紳之介君)が、涙をこぼして聞いていたこと。
姉と私は泊まった。
姉には奥のベッドで寝てもらった。
私は、母の隣に簡易ベッドを置いて寝た。
ひと晩中眠れなかった。
母の呼吸は、走っているみたいに、早くて荒い息。
夜中に数えてみたら、荒い息が20〜30回続いて、そのあとすーっと静かになり、また20〜30回。
その繰り返し。
波みたいに寄せては返す。
鼻を近づけたら、母の息は、コーンスープの匂いがした。
ときどき、頭だけ起こして見ると、ベッドのオレンジ色の電気に灯され、生きているミイラが寝ているみたいだった。
何度見ても、1ミリも動いていない。
息だけしている。
夜中に起きて、髪をなでてあげ、「お母さん」と声をかけると、いちどだけ口もとが動いた。
聞こえているのかな。

今朝は、6時半に看護婦さんが起こしにきた。
母はもちろん目覚めない。
体温7度2分、血圧98ー64、脈100。
姉はもう起きて、母のそばにいる。
かぶりつくように寄り添い、耳もとにスマホを置いて、賛美歌を聞かせてあげている。
終わるとまたはじめから、何度も聞かせている。
姉は泣いているらしい。
私は、姉が寝ていた奥のベッドに横になった。
小一時間ほど休み、シャワーを浴びて目を覚まし、実家へ。
ここは、ホテルのスウィート・ルームみたいに広々している。
キッチンにはお弁当を温める電子レンジもあるし、仕事机もある。
窓もとても大きく、どことなく神戸の家に似ている。
だからもう、心を決めて、実家に置いてある荷物をスーツケースにまとめ、持ってこようと思う。
いちいち家に帰ったりせず、このまま母のそばにずっといられるように。
冷蔵庫に残しておいた食材が気になるので、みっちゃんの夕食と、姉と私のお昼ごはんをササッと作ってタッパーに詰めた。
塩豚焼いただけ(出てきた脂でピーマンを焼いた)、大根ときゅうりとみょうがの塩もみ、ビビンバ風チャーハン(ごぼうとひじきのきんぴら、卵、ねぎ、コチュジャンを添えた)、トーストサンド(ハムエッグを焼いて、 チーズとケチャップを塗り、はさんだ)。
よっちゃんが、病院まで車で送ってくれた。
11時半。体温7度2分、血圧103ー60、脈110。
お昼ごはんを食べたあとも、姉は母の傍らに座り、賛美歌を聞かせている。
2時。姉と交代(家の用事をしに帰ったので)。
姉がいなくなって、ようやく私は母のところに座ることができた。
右を向いている母は、右目だけつぶっている。
左目は薄く開いたまま、眠っている。
左目の隙間から、黒目が左右に動いているのが見える。
夢をみているの?、お母さん。
お母さんの目、何かに似ているね。
そうだ。
剥製の動物の目だ。
三日月形の瞼からのぞく黒目は、青白い膜がかかっている。
息は、それほど苦しそうではない。
脈拍(母の胸につながっている、小さな箱形の機械のスイッチを押すと数字が点滅するのを、看護婦さんが教えてくださった)は、ほとんど100だけど、ときどき120を超えることがある。
3時。体温7度6分、血圧122ー64、脈100。
スポンジブラシに水を含ませて絞ったものを口に入れると、わずかに唇をすぼませ、チュッと吸った。
5時半。体温7度3分、血圧111ー59、脈110。
6時半。血圧109ー60、脈120。
体の向きを左側に変えてから、母の呼吸はさらに早くなった。
静かな時間がまったくなく、延々走り続けているみたいな息。
胸よりも、お腹が上下に動いている。
姉がお風呂に入り、夕飯をふたりで食べた。
そのあとで、私もお風呂に入った。
ゆっくり浸かって体を洗い、シャンプーをしているとき、お風呂場のドアを姉にたたかれた。
「なーみ、早く出て!」。
急いで出ると、母の呼吸が変わっていた。
深く吸えないのか、あごを上げ、息をしている。
首の下だけで、息をしている。
枕から頭が上がるほど息を吸っても、息の力は短く、弱い。
姉が賛美歌をかけ、母の耳に届くよう歌っている。
一生懸命息を吸う母の頭は、私の手に納まりそうなくらい小さくて、しわくちゃで、生まれたての赤ん坊みたいな顔をしている。
なんて、可愛らしいんだろうと私は思う。
母の髪をなでてあげながら、私も歌った。

♪主よ、みもとに近づかん。
十字架の道 行くとも
わが歌こそ わが歌こそ
主よ、みもとに近づかん。

さすらう間に 日は暮れ
石にまくら するとも、
夢にもなお、夢にもなお、
主よ、みもとに近づかん。

天よりとどく かけはし、
われをまねく みつかい。
恵みをうけて、恵みを受けて、
主よ、みもとに近づかん。

息を吸う回数が少なくなって、息をしない間が長くなっていった。
母の目が開き、隣にいる姉を見ているのが分かった。
黒目がこちらに動き、私と目が合った。
「天よりとどく かけはし」と私たちが歌ったとき、母の上唇がわずかに開いて、「く」と「か」の形になった。
隣で見守っていたキョウヘイが、「すげえ、ばあちゃん歌ってる!」と言った。
それから2回だけ息を吸い、静かになった。
泣きながら、姉が腕時計を見て、「7時25分」と言った。

●2019年7月8日(月)曇り

7時半に姉からメールが届いた。 「今朝の母は、話しかけても、顔を拭いてあげても目を開けず、ときどき息がとても荒くなります。口の中をウェットティッシュで拭いたときだけ、口を開けてくれました。昨日よりさらに弱っています。掛川への出張は午後からなので、午前中は休んで、母の様子を見守ろうと考えています」
姉に電話をすると、できるだけ早く来てとのこと。
いつものように洗濯、コインランドリーに行き、お弁当(あるものを詰めた)を持って出た。

姉の日記より
「8:50 今にも呼吸が止まりそうになり、口を大きく開けて空気を取り込もうとしている(大きなため息)。
12〜13回息が荒くなり、30秒くらい静かになる→くり返し。
9:00 ベッドの掃除(毎朝、コロコロで小さなゴミや髪の毛をとってくださる)のため、体を横にすると、頭がだらんとしてしまう。目を開けない」

9時半に病院着。
母はぐったりとした様子で寝ている。
体がまったく動かない。
ときどき、薄く目を開けるだけ。
開けても、どこも見ていない。
きのうとはまったく違う。
おしっこが出ていないそう。
タオルケットをめくってみたら、びっくりするほど手がむくんでいた。
足も、むくんでいる。
もう水も飲めないし、アイスクリームも食べない。

●2019年7月7日(日)ぼんやりした晴れ

8時に起きたら、みっちゃんはもう起きて、コーヒーを飲んでいた。
いくら疲れていても6時間眠れば、いつもの習慣で起きてしまうんだそう。
私はまだ、いくらでも寝ていられそうだったけど、起きる。
今日は七夕だ。
姉からメールが届いた。

「なおみ、おはよう。
お母さんが、急に『孫たち元気?』と言うので、みんなの写真(米寿のお祝いのときの集合写真のこと)を見せたら、何日ぶりかに、にこりとしたの。『リコちゃんい会いたい?』と聞くと、『リコちゃん』とはっきり言った。『もし、都合がついたら、少しでもおばあちゃんに顔を見せてほしいな』と、リカに今メールを送りました。
今朝は、アイスと牛乳ゼリーを本人の意志で食べたそう。昨夜、痛み止めを飲んでいるので、今朝は飲まずに様子をみましょうとのこと。わりと、落ち着いた表情をしているよ」

私は安心し、いつものように洗濯をして、コインランドリー。その足で買い物。
静岡県産の枝豆があったので、夕食用にみっちゃんに茹でてやる。
ごぼうを買ってきて、ひじき煮(豚ひき肉、ごぼう)も作った。
みっちゃんは読書。
私はこうして日記を書いている。
さっき、先週の分もぜんぶ書いて、スイセイに送った。
今日のお昼は、みっちゃんがカフェに連れていってくれることになった。
ひさしぶりに病院以外の空気を吸えるのが、ちょっと嬉しい。
カレーがおいしい素敵なお店なんだそう。
女の人ひとりでやっているので、料理が出てくるまで、たっぷり時間がある。
みっちゃんが行くときには、その間、いつも読書をしているのだそう。
今朝、立花くんから、『球体8』が送られてきた!
とても、とても嬉しい。
私も本を持って、出掛けよう。

3時に病院着。
姉がメールを送ってから、母は眠ってばかりいるらしい。
体が堅くなり、もうほとんど動かないのだという。
たしかに、きのうとははっきり違う。
一段と弱々しくなったように見える。
痛み止めの薬は、今朝は飲んでないとのこと。
姉と交代。
母は小さな寝息をたて、静かに眠っている。
今日はよく晴れて、山の緑がくっきり見える。 
後ろに連なる山々は、青い。
ほとんど同じ格好で寝ているので、背中や腰が痛くならないよう、母の体勢は私たちでこまめに変えてあげようということになった。
さっき、姉といるとき、左向きにかえてあげて、しばらくたってからだったか、「きもち いい」と母が言った。
4時半。
「みず」「みず」と言った。
ポカリをあげても、うまく飲み込めない。
それでも一口だけごっくんし、あとは欲しがらないので、濡れお手拭きに水を含ませ、口のなかをぬぐってあげた。
5時、『富士の山』がかかる。
オルガンみたいな音に合わせ、私も一緒に歌う。
「ふーじは にーっぽん いーちーのーやま」。
放送が終わってからも、もういちど歌ったら、母は微笑み、うんうんとうなずいた。
5時半。
夕食前の検温は、7度5分、血圧106ー53、脈100。
6時に夕食。バニラアイス(3口)、とろみつきオレンジジュース(3口)。もう、あまり欲しがらない。ポカリも飲まない。
「お薬飲む?」と聞くとうなずいたので、看護婦さんと相談し、お茶(とろみつき)に溶かして飲ませる。
上手に飲んでくれた。
それからは、穏やかな顔で眠りにつく。
今、目を開けたので、左を向かせてあげた。
背中と腰の下に、両手を奥まで差し入れ、息を吐きながらひと息にエイッと持ち上げると、楽に動かせる。
母の体を動かすの、私は上手になったかも。

●2019年7月6日(土)曇り


8時までぐっすり眠った。
今朝も姉が早くから行ってくれているので、私はゆっくり。
洗濯して、コインランドリー。その足で買い物。
レバーの新鮮なのがあったので、にんにくと生姜を入れて醤油煮を作った。
あとは、麻婆茄子と、ピーマンのきんぴら(ワタも種も入れ、炒りごまをたっぷり)も。
お昼ごはんは、麻婆茄子丼、モロヘイヤのおかか醤油、ピーマンのきんぴら。
朝ドラの再放送を見ながら食べた。
このごろは、お昼に栄養のあるものをしっかり食べ、夜は野菜のおかずを何かと、おにぎりやサンドイッチ。
日記は、家事の合間に書く。
さあ、そろそろ支度をして出掛けようかな。
こんなふうに書いていると、一日の日課ができてきたみたいにも思えるけれど。
毎日、違う。
病室は変わらないのに、母はいつも新しい。看護婦さんも、毎日新しい。
神戸から来たのがいつだったか、今日が何日なのか、ちゃんとカレンダーを見て思い出さないと分からなくなる。
姉が看てくれている日は、私は休んでもいいのに、好きな人に会いに行くみたいに、いそいそと支度をして出掛けてしまう。
そして、病室にいるときは、始終お腹が空いている感じがする。
いつ何があってもいいように、私の体は非常事態の体勢になっているのかな。
おにぎりは、だから、とっても気持ちに合う。
ごはん粒がこの世にあって、本当にありがたい。
3時前に病室に着いたら、姉が体をさすってあげているところだった。 
きのうより、ぐったりしているように見える。
今日は、腕もあまり持ち上げないとのこと。
首の後ろが熱いので、氷枕をしてあげた。
心地いいみたい。
4時ごろ、「ははから てがみ こない」と言った。
「かったるい」と言うので、姉が背中をさすってやると、「あした、また、おねがい」なんて言っている。
姉「いいよー、分かったよー。明日もまたやってあげるね」
きのうみたいに窓を開け、音楽をかけてやると聞いている様子。 
姉と交代。
穏やかに、目を閉じている。
きのうみたいな大きな動きではないけれど、腕や頭を動かしている。
5時、「もう そろそろ けふすね」と言った。
夕食前の検温は、7度1分、血圧141−58、脈泊100。
ぷーすーぷーすーと、静かな寝息を立て、眠っている。
窓からは風。
ひさしぶりに水色の空が見える。湖みたいな空。
雲は多いけど、灰色ではなく白い。
さっき、一瞬だけカラッと晴れたし、西陽が強くさしていたから。
6時に夕食。
すまし汁(3口)、バニラアイス(完食)。
食後にいちど、頭を起こして窓を見た。
鳥の鳴き声が聞こえたからかな。
このくらいの時間になると、いつも聞こえる声。
たぶん、川にいる鴨が、空を渡っている声だと思う。
看護婦さんが痛み止めの薬をすりつぶし、緑茶(とろみがある)に混ぜて飲ませてくれた。
穏やかな表情で眠りはじめたので、7時過ぎに出る。
ひさしぶりに富士山を見た。
下の方は雲に隠れていたけれど。
日暮れどきの、蒼い富士山。
『富士の山』を歌いながら帰ってきた。
小雨のなか、傘をささずに。
風が強かったので。
私は、来週の木曜日まで、母のそばにいようと思う。

●2019年7月5日(金)曇り


ぐっすり眠った。
9時まで寝てしまう。
もっと寝ていられそうだった。
姉の仕事が休みなので、「今日は好きな時間においで」と言われている。
だから、ひさしぶりにゆっくりしている。
朝、姉に電話をしたら、母はきのうとそれほど変わらないらしい。
朝ごはんのときに、痛み止めを飲ませてもらったそう。
洗濯をして、コインランドリーにゆき、その足で買い物へ。
お昼ごはんは、朝ドラの再放送を見ながら食べた。
ひさしぶりに見たら、主人公のなっちゃんがずいぶん現代的な娘になっていた。
牛丼(ゆうべ、みっちゃんに作っておいた残り)、南瓜(りうが送ってくれたのを、神戸から持ってきた)のフライパン焼き、モロヘイヤとワカメの酢の物(しらすのせ)。
しっかり食べて、お腹いっぱい。
今は2階の母の部屋で、メールの返事をお送りしたり、日記を書いたりしている。
さあ、そろそろ出掛けようかな。
いつもの散歩道をゆっくり歩いて、3時前に着いた。
母はよく眠っていたらしい。
でも、姉(歯医者さんへ行った)と交代してからは、両腕を伸ばしては顔をゆがめ、辛そうにしている。
両腕を上げると目をむいて、唇をぎゅっと結び、腕を宙にふる。
何度も何度もやる。
指揮者のようにも、魔法使いが杖をふっているようにも見える。
その動きの直後に口を大きく開け、しかめっ面をする。
口を開けたとき、たまたま見たら、上あごがびっくりするほど白かった。
「私たちだって、寝苦しいと何度も寝返りを打って、少しでも体を楽にしようとするもの。母も、そうしたいんだと思う。寝返りを打とうとするんだけど、体が思うように動かなくて、痛がるんだと思う」と姉も言っていた。
そのたびに私はなでてやるのだけど、今日は、ちょっと目をつぶっただけで、すぐに起きてしまう。
薬が切れてきたのだろう。
「もちにくい」と母が言った。
それからうんとしばらくして、「ゆめみた」と言った。
「何の夢?」と聞いても、また両腕を上げ、顔をしかめる。
何回目かのとき、「たて!」と言った。
誰かに命令するように。
この病棟は、どの部屋もだいたい入り口を開けっ放しにしてある。
だから、昼間はいろんな音や声が聞こえてくる。
車いすを押しているらしい看護婦さんの、ハミングが聞こえてきた。
おばあさんかおじいさんに、歌ってあげているんだろうな。
とても小さな声で。
あの歌は何だっけ。
ベートーベンの『第九』、「はれたる あおぞら ただようくもよ」だ。
私も真似をし、母の腕をなでながら、ハミングで歌ってあげた。
そのうちに、瞼がしっかり閉じ、深く眠るようになった。
子守唄だ。
夕方、姉が戻ってきた。
『第九』の話をしたら、母は若いころ合唱団に入っていて、市民のための発表会にも出たりしていたそうだ。
そういえば大晦日には、N響の『第九』を、父と毎年愉しみに聞いていたっけ。
私が子どものころ、教会に行くと、いつも母はアルトの美声を響かせ賛美歌を歌っていた。
それが、恥ずかしかった。

「つめたい おみずを ちょうだい」と言って、吸い口でこくこくとよく飲む。
看護婦さんと相談し、夕食のあとにも痛み止めを飲ませることに決める。
夕食は、抹茶アイス(2/3くらい食べた)と、水。

●2019年7月4日(木)雨のち曇り


ゆうべは9時半に寝た。
簡易ベッドは前に借りたものより大きく、母の隣には置けなかった。
広々として寝やすかったのだけど、起き上がらないと母の姿が見えないので、気がかりでなかなか寝つけなかった。
夜、静かな寝息やイビキが聞こえてくると、安心した。
3時ごろ、「あーーーー」という大きなため息が聞こえ、ベッドのそばに行くと、左膝を立て、お腹の方に引き寄せようとしている。
きっと、貧血のせいで体が怠いのだろう。
顔をしかめ、辛そうだった。
そのあとで、「よいしょ!」というかけ声も聞こえた。
でも、そのとき私は眠くて眠くて、どうしても起き上がれなかった。
6時半、夜勤の看護婦さんに起こされ、目覚めているらしい母の声が聞こえてきた。
しばらくして私も起きる。 
ベッドに近寄ると、朦朧としながら、盛んに体が怠いのを訴える。
上に伸ばした腕が、私に抱きつこうとする。
顔をしわくちゃにして、「まだ、○○が残っている」と、大きな声で2回言った。
「だるい」
「かったるい」
「ひとの からだの この きょうち」
とても辛そうに顔をしかめているので、「お母さん、輝男(父)のそばに行くんでしょう? イエスさまのそばに行くんでしょう?」と私が言うと、うんうん、うんうんと無言でうなずいた。

7時15分、姉が来た。
カーテンを開け、明るい声をかけながら、顔を拭いてあげている。
だんだんしっかりしてきた。
姉はすごいな。
私はどうしても、闇に引っ張られる。
看護婦さんが、「高山さん、痛み止めのお薬を飲みますか?」と聞くと、大きな声で「のむ」「のみたい」とはっきり答える。
細かく砕いて、アイスクリームに混ぜてもらっているとき、母は「いちにち、いっかい」と言った。

8時半に朝食。
おもゆ(ひと口)、みそスープ(3口飲んで、いやそうな顔をしたのでやめる)、ゼリー(完食)。
9時。薄目を開け、右腕を気持ちよさそうに動かしている。 「お母さん、お薬が効いたの?」と聞くと、「たしょう。たしょうね」と答え、わずかに首をかしげ品を作って見せる。
外は強い雨。
窓ガラスについた水滴が、あとからあとから流れている。

シーツをとり代えるとき、体の向きを変えてもらってからは、よく眠っている。
私が買い物に行って戻ってきても、同じ体勢でぐっすり眠っていた。
よかった。
薬が効いているんだ。
11時。36度5分、血圧119ー67、脈95。
12時にお昼ごはん。
すまし汁(おもゆに混ぜないであげたら、完食した)、抹茶アイスとゼリーは完食。
あっちを向いて顔をしかめたり、膝を曲げたり。
体があるのが大儀そう。
母の様子を見ながら、ずっと本を読んでいたのだけど、私も息が詰まってきた。
雨上がり、窓を開けたら、涼しい風が吹いてきた。
パソコンで音楽(賛美歌みたいな外国の曲。女の人が歌っている)をかけながら、こうして日記を書いているのだけど、母は両手をゆらゆらと揺らしながら、心地よさそうにしている。
両膝を曲げ、気づけば股を開いて、風に吹かれている。
赤ん坊みたい。
ときどき、辛そうに顔をゆがめるけれど、音楽に合わせ、踊っているようにしか見えない。
4時、うとうとしている母のおでこから瞼にかけ、なでてやる。
眠りそうになる。
また、薄目を開け、腕を上げて踊る。
また目をつぶる。
すると、急に目をぱっちり開け「けさ ごてんば いった」「そして、あまなつ かった」と言った。
「御殿場? そう。よかったねえ」
次に、何を言ってくれるんだろうと待っていた。
待ちきれず、私「だれと?」。
母「みんな」。
私「そう、よかったねえ。食べたの?」
母、うんうんと無言でうなずく。
目が開きそうになると、髪をなでてあげる。また眠りに落ちる。
小一時間うとうとしていた母が、「いま みずまいた」と言った。
私「そう。涼しくなるね。いいねえ」
母は、幼女のころの夢をみているんだろうか。
それともほんとうに、さっき、水をまいたのかな。
そのあとはずっと、「からだが おもいねえ」「かったるい」。
やっぱり、リハビリ体操なんかじゃない。
貧血で体が重たくて、いたたまれないから、体を動かしていたんだ。
ようやく私は分かった。

●2019年7月3日(水)薄い晴れ


6時に起きて、ラジオを聞きながらベッドのなかでうろうろ。
出勤前のみっちゃんに会えた。
コーヒーもひと口もらえた。
パジャマのまま掃除機をかけ、洗濯し、いつもみたいにコインランドリーへ。
10時半、病院着。
ベッドの柵に、カバーがしてある(腕がぶつかっても痛くないように)。
母は薄目を開けて、バンサイしている。
そしてまた下ろすの繰り返し。
眠りそうになると、ハッ! と目を開け、またバンザイ。
12時に昼食。
おもゆ&すまし汁(2口)、バニラアイスとピーチゼリー(完食)。
食後も薄目を開けて、よく動く。
腹筋を使って、起き上がろうとしてるみたいな動きもする。
足を持ち上げたり。
そのたびに、痛みが走るのか顔をしかめる。
いちど、声は出さないのだけど、「イタタタ!」と叫んでいるみたいな口の開け方をした。
それでやっと気がついた。
お母さん、リハビリ体操をしているの?
筋肉なんかもう残っていないのに。
私が大笑いしながら、膝の屈伸運動をしてあげて、布団をかけたら、ようやく眠った。
でも、15分ほどで目覚め、両手を交互に回したりしている。
これは、ボケ防止の体操?
もう十分にボケているのに。
アイスクリームとゼリーだけで、食いつないでいるのに。
3時ごろ、キョウヘイ(姉の次男)がお見舞いにきた。
母が体操をしているらしいことを伝えると、キョウヘイは足首をやさしく動かしたり、回したりしはじめた。
足の裏を手の平で支え、「おばあちゃん、押してみな。ちがうちがう、その反対。そうそう、すごいじゃん」
しばらくやっていた。 
キョウヘイは本物のリハビリの先生なので。
体操している間に、母が言ったこと。
「おべんとう、○○○○」「おこめ、みずにつけた」
姉の今朝の日記の意味が、ようやく分かった。

姉の日記より。
「『調子はどう?』『ちょうしは……』と顔をしかめる。痛いのに両手を上げると同時に、左の膝を上げる。じっとしていられない感じかな。3回目は「よいしょ!」と言って、同じ動きをした」
でも、このときの姉は、まさか母がリハビリ体操をしているとは思っていないだろう。
4時。運動をしたから、のどが乾いたのではと思い、お茶とゼリーをあげた。
あとひと口で、ゼリーを食べ終わるというときに、母の上唇がぱくぱくと動き、痙攣した。
私は何が起こったのか分からず、じっと見ていることしかできなかったのだけど、看護婦さんが病室に飛び込んできた。
今急に、脈拍が60まで下がったとのこと。
もうひとりの看護婦さんも、慌てて入ってきた。
「吐きたいのかもしれないですね」と容器を取りに走っている間、私は両手を口の下にもってきて、「お母さん、吐いていいよ、吐いていいよ」と声をかけた。
ごめんね、お母さん。
私が調子にのって、ゼリーを早く食べさせすぎたから。
あんまり食べたくなさそうだったのに、もう少しで完食できると思って、無理をさせたんだ。
リハビリ体操をしていたことが嬉しくて、私は舞い上がった。
帰ってきたら姉に教えてあげようと思って、私は調子にのって、さっき、コンビニでアイスコーヒーの大きいのを買ってきたりしたから。
母のこと、ちゃんと、よく見てあげられなかったから。
そう看護婦さんに訴えていたら、「だいじょうぶですよ。自分のせいだと、あまり思いすぎないでください。こういうことがあるというのを、照子さんが教えてくれたんです。どんなことも、それがすべて(終末を迎えている)患者さんの人生になるんです。楽しいことも、おいしいことも、こういうこともすべて。だから、いろんなことがあって、いいんだと思います」
私は、とても助かった。
これからは気をつけるね、お母さん。
脈はそのあとすぐに正常な波に戻ったけれど、念のため姉に電話をした。

6時半、姉が帰ってきて、8時過ぎまでふたりで様子をみていた。
穏やかな様子で眠りかけていたのに、姉のケイタイが鳴って起きてしまう。
体のどこかが痛いのか、顔をしかめている。
「かったるいよう」「かったるいよう」と訴える。
母のそばにいてあげたくて、私は病院に泊まることにした。

●2019年7月2日(火)曇り


薄日が射している。
こんな日はめったにないので、部屋じゅうの窓を開け放ち、こうして日記を書いている。
外に洗濯ものを干せないのが淋しいけれど、コインランドリーが近い(向かいの家が取り壊されてから、空き地になったので、そこを通って道路を渡ると真向かいにある)のが、とても助かる。
ふかふかに乾いた洗濯ものを抱え、コインランドリーから戻るとき、お天気雨が降っていた。
さ、そろそろ出掛けようかな。
庭のあじさいを切っていこう。
11時に病院着。
病室に入ったとき、母は両腕を上に伸ばしたあと、お腹の上に下し、両手を組んだところだった。
私が声をかけても、目をつぶったまま。
お祈りをしているみたい。
こんなことができるのか。
手首から上が白く、とても冷たい。
左手の甲に、紫色の大きな斑点ができている。
寝ている間に、ベッドの柵にぶつけたんだろうか。
ゆうべはたっぷりおしっこをした様子(尿で濡れたパジャマがビニール袋に入れてあった)。
朝、体を拭いてもらったとのこと。
盛んに両手を持ち上げ、バンザイをする。
そしてまた、前に下ろす。
同じ動きを何度もしている。
お母さん、何をしているの?
体操しているの?
まさかねえ。
お昼ごはんは、バニラアイスを最初にあげた(完食)。おもゆとコンソメスープを混ぜたもの(半分食べた)、ババロア(完食)。
くつ下を履かせるときに見たら、死んだ人みたいに足先まっ白だった。とても冷たい。
看護婦さんに聞くと、「貧血がひどいんだと思います。だからきっと、体も怠いんでしょうねえ」。
午後、薄目を開けてまどろんでいる母に、本を読んであげた。
心ここにあらずの母は、まったく聞いていないみたいに見えるけど、私も読みたいので、平気で読む。
母の体の奥深くで、もうひとりの母が聞き耳を立てているような気がしながら。
それは、母の部屋の本棚にあった、手の平に乗るくらいの、活版印刷の本。
紙が茶色くなった古い本の佇まいに惹かれ、ゆうべから私も読みはじめていた。
『その故は神知りたもう』。
ガンを患い避暑地で療養しているシュザンヌ夫人から、牧師の夫に宛てた手紙が順に並んでいる。
ページのそこここに、赤いボールペンのアンダーラインがあった。
母がこれを読んでいたのは、何年くらい前なんだろう。
1930年のクリスマスの日に、療養先のローザンヌから家族のもとに送られた手紙がとてもいい。
ちょっと長くなるけれど、書き写してみます。

「今あなた方は、お自家(うち)の者だけで、灯のともったクリスマス・ツリーのまわりに皆、集まっていらっしゃるのでございましょう。ああ、わたくしはほんとうに、あなた方のおそばにいる思いがいたします。今この一時(ひととき)、あなた方のお身近にーーすぐお身近にいるような気がいたします。そんな気持ちは、昨晩も今朝もいたしました。わたくしがそちらにいませんことを、歎いて下さるには及びません。わたくしはそちらにもいるのでございます。ただ体がいないだけのことでございます。ほんとうにこの地上に生きています間は、この貧しい体が大きな苦しみの種でございます。そして体がこうしてあなた方皆と遠く離れておりますことが、わたくしには辛いのでございます。ほんとうに辛いのでございます。そんなことがあり得ると考えていましたよりも、もっと辛いのでございます」

6時15分、夕食。
姉も仕事から帰ってきた。
おもゆにスープを混ぜたのは、まったく食べない。豆腐1/2個(持ち込み)、アイスクリームとゼリー(完食)。
今日母が言った言葉は、「あいすくりーむ」と「いいよ」。
「いいよ」は、ゼリーを食べ終わり、残りの豆腐を食べさせようとしたとき、両手をパッと広げて前に押し出し、そのあとで言った
もういらないという意味らしい。
母の声は、とても不思議。
へんに高くてねばっこい。
お猿みたいに小さくなった顔の、しわくちゃの口を開け、出てくる一音一音。
余韻がしつこくあとを引く。
音なのか、意味のある言葉なのか、一瞬分からなくなる。
やせ衰えた体から、しぼり出てくる凝縮された声。
わりあいと大きく、強い声。
私は何度でも聞きたくなる。
アイスクリームという音が、あんなにあたたかく、可愛らしく、おいしそうに聞こえたことって、いままであったろうか。

●2019年7月1日(月)曇りときどき小雨

今日から7月。
そして、月曜日。
姉は仕事(月曜から木曜まで。朝、仕事前に病院に寄ってくれる)なので、私ひとりのつき添いがまたはじまる。

姉の日記から。
「7:00 みどり着
37度2分、129ー74(血圧)、酸素濃度100%。
顔をしかめ、左足(ひざ)を自分で持ち上げるので、「どこが痛い?」と聞くと、「おしり」と言った。左のお尻の下にクッションを置くと、落ちついて眠り出す」

11時半に病院着。
すやすやと眠っている。ほっぺたを触っても起きない。
母はついさっき、お風呂に入ったのだそう。
熱が6度台に下がったし、血圧も正常だったので。
看護婦さんによると、湯舟のなかで腕を上げたりして、気持ちよさそうだったとのこと。
しばらくして目覚めた母に、「おふろにはいったの? そうー、よかったねえ、お母さん。気持ちよかった?」と聞くと、私の目を見て「きのう」「きのう」と2回言った。
続きを何か言いたげだった。
なんとなく、お風呂にきのう入ったという話ではないような気がした。
「お母さん、きのう? なーに?」と聞いても、もうあらぬ方を向いている。
また、うとうと。
小さな寝息を立てながら、薄目を開けたり、またつむったり。
ゆらゆらとまどろんでいる母は、ずいぶん痩せて目が落ち窪み、あごも三角に尖って、祖母の晩年に似てきた。
12時半を過ぎたころ、ようやく目を開けたので、お昼ごはん。
おもゆにスープを混ぜてあげたら、5口ほど飲み込んだ。
今日のアイスクリームは抹茶味。
口を開けるスピードが早い。
おいしいんだな。
ボディーシャンプーが残り少ない。
新しいのを買ってこないとと思いながら私は、容器の大きさのことを考えている。
あと何回、母はお風呂に入れるんだろう。
売店に中くらいのが売っていたから、今のがなくなったら、それを買おうと決める。
食後の母は、めずらしく長い時間目覚めていた。
しきりに体を左に向けたがる。
私は本を読みながらその様子を見ていて、3度目くらいにナースコールのボタンを押した。
体の向きを変えてもらおうと思って。
そしたら母が、何気なくハイタッチしてきた。
ハイタッチができたことにも驚いたのだけど、そのとき母は、おしっことうんちをしていて、シーツを濡らしてしまっているのを私に教えていたということが、あとで分かった。
私は感激した。
すごいねえ、お母さん。分かるんだ。
5時ごろ、たまらなく眠くなり、母の寝息を聞きながらベッドにふさっていた。
そのときに、一瞬だけみた夢。
夢というかビジョンだろうか。
私は母と、階段の踊り場のようなところにいて、上を見上げている。
そこには7、8人の人がおり(頭だけが見える)、コの字型の手すりの向こうから、私たちを見下ろしている。
壁も手すりも白く、人々もみな白っぽくて、顔がよく見えない。
子どももいたような気がするけれど。
私たちから見て、10メートルほど上に並んでいたような。

6時に夕食。
また、抹茶アイス。母はよく食べた。
大好きな看護婦さんがちょうど入ってきたので、食べさせてもらった。
母は、ぐんぐん食べた。
ゼリーも大きな塊を口に入れてあげると、歯のない口でちゃんと噛み、飲み込む。
「噛んで食べると、いろんな形になって口のなかに広がるから、飲み込んだときより、おいしさを感じられるんだと思うんです」と、別の看護婦さんが言っていた。
おもゆと清し汁(干し椎茸のいい香り)を混ぜたのを、スプーンにたっぷりすくってあげると、ぐんぐん飲み込む。
私はのどに詰まるのが心配で、スプーンにちょっとずつしかのせてあげなかった。
それだと、かえって飲み込みにくいのかもしれない。時間もかかるから、その間にくたびれ、寝てしまっていたのかも。
「ただいまー」と明るい声がして、仕事帰りの姉が入ってきた。
しばらく3人で過ごす。
姉と連れ立って帰るとき、入り口のところで手を振ると、母もバイバイを返した。
そんなことができるなんて!
今日の母は、体の感覚と脳がうまくつながっていたのかもしれない。
明るいうちに出て、7時半には家に着いた。
ご飯を炊いて、みっちゃんの夜ごはんと私の明日のお弁当のおかずを作り、お風呂に浸かってすぐに寝た。
みっちゃんの夜ごはんは、タコぶつのお刺身、ブリの照り焼き、茄子のオイル焼き(おろし生姜、かつお節)、浅蜊のみそ汁、ご飯。

●2019年6月30日(日)降ったりやんだりの雨

ゆうべはよく眠れなかった。
なので、8時までベッドのなかでうろうろしていた。
いつものように洗濯と、コインランドリー。
今日は、ざ・梅雨! みたいな日だな。
朝ごはんを食べていたら、みっちゃんが起きてきた。
軽いおしゃべりのあと、それぞれの時間を過ごす。
お昼ごはんは、醤油味のスパゲティ(ベーコン、にんにく、ゴーヤー、茄子)。
2時ごろに、姉から電話があった。
母が発熱した。
体温は38度2分、血圧は正常、脈拍がいつもより多めなのは、熱のせいなのではないかと看護婦さんがおっしゃっているとのこと。
今は、脇の下に氷枕をはさみ、解熱剤を飲んで様子をみているらしい。
姉の声は低く、ゆっくりで、とても落ち着いていた。
今夜は、母の様子にもよるけれど、私が病院に泊まることになるかもしれない。
「念のため、支度をしてきてくれない?」とのことだった。
母はこのところ、ずっと平熱が続いていたのだけど、きのうの夕食前の検温では37度だった。
私はそれが、ちょっと気にかかっていた。
みっちゃんの夕飯と、私のお弁当も作ってある(焼きホッケ、卵焼き、モロヘイヤのポン酢和え)。
さあ、そろそろ支度をして、母のそばに行こう。
みっちゃんが車で送ってくれる。
あ、5時の時報の『富士の山』がかかった。
そうか。
今日は日曜日か。
病院に着いたら、姉が夕食を食べさせていた。
熱は7度4分。
おもゆやおつゆをあげても、口を結んだまま。
アイスクリームだったら進んで食べるので、「これから毎食つけてもらえるように、看護婦さんが頼んでくれるって」とのこと。
母は解熱剤を飲んでいなかった。
脇の下に氷を当てたら、そのうちに熱が下がったのだそう。
主治医は、「震えがきたり高熱が続いたら、解熱剤の点滴を処方できますが、した方がよいかどうか、ご家族で相談しておいてください」とおっしゃっていたとのこと。
母が苦しまないですむようだったら、お願いしてもいいねと姉と話した。
姉と私の夕飯は、お弁当(焼きホッケ、卵焼き、塩むすび。私が作ってきた)と、コンビニで姉が買ってきたおかず(メンチカツ、鶏の立田揚げ)を分け合って、順番に食べた。
ふたり並んでベッドの脇に腰かけ、世間話をしながら母の腕をさすったり、手を握ったり。
母は口をもぐもぐ動かし、何か言いたそうにしていた。
頭もよく動かすし、手も大きく動かす。
姉が母の腕を持ち上げ、「つねって、かいだんのぼってー、くしゅくしゅくしゅー」と脇の下をくすぐっている。
母は、ほんのちょっとだけ笑った。
ひとりのときにも、この遊びをよくやってあげているのだそう。そうすると、笑うんだそう。
私たちも子どものころに、母によくやってもらったっけ。
「もう一回やって、もう一回やってー」とせがんで。
8時半くらいまで3人で過ごし、けっきょく私は姉の車で送ってもらい、泊まらずに帰ってきた。
今夜は、母の大好きな看護婦さんが夜勤なので。
なんだか今日は、夕飯のあとの家族団らんを、病室でしたみたいだったな。

姉の日記から。
「母の大好きなナースが『照子さんは、すごいですね』と言う。
私が『生命力が強いんですかね』と聞くと、『単に生きたいというより……生きているうちは、とにかく生きようという気持ちがすごい!なんか、神がかっています』と言った。昨夜、排便があったそう(形のないもの)→(「食べ物も形がないからね」)。別のナース『特に問題はなかったです。「なおみ」とか言ってました』」

●2019年6月29日(土)曇りときどき雨

姉は今朝も、8時くらいに病院へ。
ゆうべ母は、無呼吸状態のことが何度かあったらしい。
私はゆっくりめに起き、掃除をしたり、洗濯ものをコインランドリーに乾かしにいったり。その足で、スーパーで買い物し、母の部屋でラジオを聞きながら、パソコンに日記を打ち込んだり。
昼食は、みっちゃんとふたりで。
ゴーヤチャンプル、稲庭うどん(ゆで小松菜、みょうが、生姜、青じそ、ねぎ。うどんはみっちゃんがゆでてくれた)。
2時半に、みっちゃんの車で病院へ。
母は今日も、静かに眠っている。
きのうの続きみたいに。
私は姉と並んで、刺繍の続き。
1時間ほど一緒に過ごし、姉と交代。
窓辺でちくちくしながら、眠り続けている母に、話しかけたり。
寝息が止まると刺繍をやめ、鼻に手を当てたり、胸が動いているか凝視したり。
ほっぺたを触ったり、髪をなでたり。
母は眠っていても、薄目を開けて起きていても、おとなしい赤ん坊みたいに静かにしている。
ときどき目を開けて、こちらを見る。
首をかしげ、品をつくるように笑ったりもする。
しっとりした雨。
白い窓。
笑っているみたいな寝顔。
もしかしたら、このまま息が止まってしまうこともあるかもしれないと、穏やかな心で私は思う。
もうほとんど肉のついてない、青黄色白くてつやのある、手の甲をさすってみた。
なめらかでやわらかい肌。
その下に息づいている薄い肉、血、骨。
息が止まるかもしれないことは分かっても、この肌がこの世からなくなり、もう触れなくなるという事実が、私にはまだ分からない。
夕食前、元気そうな早足の足音が近づいてきて、母の大好きな看護婦さんが、飛び込むように入ってきた。
(休日をとってらしたようで、ここ数日の間見えなかった)
「高山さーん、元気ですかー?」
声を聞いた母の顔が、みるみる変わり、満面の笑みとなった。
彼女が手を揚げると、自分から右手を揚げてハイタッチ。
そうか、好きな人のことは、本当に分かるんだ。
私「お母さん、そう、嬉しいの。よかったねえ」
母は足音が聞こえたときから、彼女が来るのを分かっていたような気がする。
そういう表情だった。
いや、その前からかも。
今日はずっと、彼女を待っていたのかも。
夕食は完食。
買っておいたアイスクリームは、溶けてムースのようになってしまったけれど、口を開けるスピードが早く、おいしそうにぜんぶ食べた。
7時半に帰宅。

●2019年6月28日(金)晴れ

11時に病院着。
今日の母はよく眠っている。
姉が刺繍の道具を持ってきていたので、私は肩かけバックのほつれているところを、延々と繕っていた。
チェーンステッチで。
姉とお喋りしながら。
3時くらいに姉が帰ってからも、母はずっと眠っている。
大きなイビきをかいたり、手も大きく、よく動かす。
気持ちよさそうに見える。
きのうは、病室に着いたとき、仕事帰りに寄った姉が、夕飯の世話をしているところだった。
母はまた一段と痩せ衰えていたけれど、肌がますます透明で、なんだか美人になっていた。
おもゆもすまし汁もほとんど食べ終わっていたので、私はマスカットゼリーを食べさせてあげた。
ぽっかりと口を開け、よく食べてくれた。
ゼリーを食べながら、しきりに手を動かし、顔をゆがめたり、微笑んだり。
そしたら急に、「みとおした けさ」と、私の目をまっすぐに見て、太い声で言った。
そのあとは、言葉の洪水だった。
姉のことも私のことも、ちゃんと分かっているようなのだけど、私たちを見るのと同じ視線で、誰もいないところを見てうなずいたり、笑いかけたり。
言葉は、アイヌ語みたいにも聞こえるし、誰かがのり移っているみたいにも聞こえる。
ひとことずつ区切って言っていたかと思うと、ときどき堂々とした声で、お芝居の台詞みたいに長く話す。
表情もめまぐるしく変わる。
老賢人のような鋭い目になったり、幼女のようになったりする。
見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、感性が冴えまくっているように見える。
私の知らないお母さん。
魔女みたい。
私「へー、お母さん、おもしろい人だねえ」
ちっとも苦しそうでなく、よく笑うし、楽しそうにしているので、私も姉もじっと見入ってしまい、ひと言も聞き逃したくなくて、笑いながらメモをとった。
「しょうてんかん。みすみす、たかのはの、つめを、はずした。はーはー、ゆーゆー」
「かっこう、さいこうと。なつは、ぼーの、ぼー。ない。なぶ。くるときは。もし、いまいーかふぁ、かふぁ、ふえ、なぞなぞ」
そうかと思うと、私の目を見て、「ゆうべねえ ゆうべねえ」と何かを私に伝えたがり、「なーに、ゆうべ、どうしたの?」と聞いたら、「あのー、ばしょ。ばしょ。えいこう」と言った。
「おなかすいた」と言ったあとには、口をあんぐりと開け、手の平をねじ込もうとしていた。
次に何をするんだろうと思って、私は黙ったままじっと見ていたのだけど、姉がすかさず「やだよう、こまったよう」と言ったのも、可笑しかった。
突然、「あっはっは!」と、急に高笑いしたりもする。
私も姉も、この大きな変化に驚きながら、心配でもあり、母のそばにずっといてあげたくて、ふたりで泊まろうかと話していた。
夜勤の看護婦さんが入ってきたので、様子を伝えると、今日は昼間からそういう傾向があったとのこと。
もしかすると、せん妄という精神状態かもしれないとおっしゃった。
血液内科の患者さんに多い、臨終が近くなるときの状態でもあるらしい。
「高山さんの場合はこういうふうですが、暴れたり、叫んだりする方もいらっしゃいます。今は血圧も心拍も正常なので、体の方は、すぐに何かがあるわけではないとは思いますけれど……」
それで私たちは安心し、10時くらいに帰ったのだった。
台風の大雨のなかを、姉の車で。

今日の夕食は、おもゆ、おつゆは完食。卵豆腐(お昼の残り)もほぼ完食。お茶ゼリーと牛乳(とろみつき)は食べない。
食べているうちに首が前に倒れ、寝てしまいそうになる。
飲み込んでいないうちに寝てしまうので、声をかけ、起こしては食べさせた。
私の夕食は6時半。
窓を開け、夕陽を眺めながらメンチカツサンド(売店で買った)を食べた。
おいしい。
夕方になって、涼しい風が吹いてきた。
母は目を開けたまま、鼻イビキをかいたり、手を動かしたり。
眠っているのと起きているのとが、混ぜこぜになっているみたい。
「お母さん、空がきれいだねえ」と声をかけると、窓の方を1回だけ見た。
とろとろしながら左腕を伸ばし、髪の毛を耳の後ろになでつける。
これは、元気だったころからの母の仕草だ。
夕食のお膳を下げる方に、「残してしまって、ごめんなさい」と声をかけたら、「そんなことはないですよ。よくがんばりました」とおっしゃった。
私「そうか、お母さん、がんばったって。よかったね」
7時になろうとしているのに、空はまだまだ明るい。
母は規則正しいイビキをかいている。
雲は、金の縁取り。
山の方にカラスが帰ってゆく。
明日、忘れずに持ってくるもの。濡れお手拭き。

●2019年6月27日(木)神戸は雨

朝から雨。
神戸もようやく梅雨に入ったみたい。
おとついは1時から雑誌の取材(いい空気の写真をたくさん撮っていただいた)、終わったと同時に、東京から佐川さんが駆けつけてくださり、絵本の打ち合わせもできた。
そしてきのうは、『本の本(仮)』のための対談。
ひと足先にいらっしゃった中野さん、1時からいらした村上さん、宮下さんと4人で過ごした。
中野さんが「話しているときは、僕は何も飲まないし、食べません」とおっしゃっていたので、みんなが集まる前におにぎりをひとつづつ食べ、1時から5時まではコーヒーだけ。
いいお天気だったのが、だんだん曇ってきて、気づけば雨が降っていて。
話は昔に遡ったり、今を流れたり、広がったり、跳んだり。
沈黙の、濃い時間もあった。
中野さんが台所に立ち、オクラのじりじり焼きを作ってくれたあたりからビールタイムとなった。
私が作ったのは、冷や奴(しらす、塩、ごま油)、ポルトガル風トマトサラダ(塩、赤ワインビネガー、なたね油、オレガノ)。
そのあとも対談らしきものは続き、話にもぐり込むあまり、私はお腹がちっとも空かなくて、メインの串カツ(かぼちゃ、じゃがいも)を揚げはじめたのは夜の8時を過ぎていた。
なんだか私は料理するのを忘れていた。
『本の本(仮)』の対談は、ひとりひとり毎回違う。
私は料理の方でも、相手が醸し出すものに影響されて作っているんだと思う。
当たり前のことかもしれないけれど。
中野さんはひと晩泊まられた。
そして今日、大雨のなか、新神戸駅までタクシーで一緒に行って、中野さんは三宮に向かい、私はこうして新幹線に乗っている。
また、母のところへ行く。
今朝、姉から届いていたメールは……

「今日の母は、とてもご機嫌です。パピプペポの発音練習につき合ってくれたり、『きのう七夕見た?きれいだった?』と聞くと、思い出すように『きれいだった』と答えたり。ひとりごとも何か言ったりしてるよ。でも幼児みたい。きのうの夕食の完食だったので、なおみはまだ帰らなくても大丈夫かな。明日から、私休みだし。でも、どうするかはなおみに任せるよ」

このメールを読んで私はとても安心し、さて、どうしようかと迷ったのだけど、なんとなく、今日行くのがいいような気がして出てきた。
そして今日は、りうからも急にメールがあり、母のお見舞いに行ってくれたのだった。
茨城からJRに乗って、岳南鉄道に乗りかえ、駅から歩いて。
その辺りは、私が高校卒業までを過ごした場所。
子どものころのお祭りや、母と行った洋品店、祖母と歩いた道。
私ではなくりうがそこにいて、ひとりで歩いている。
なんだか、おもしろいな。
りうが病院に行く時間に合わせ、私も帰ればいいんだろうけど、そういうことをわざわざしないのが私たち。
午後、りうからメールが届いた。

「おばあちゃんに会えましたー。
私を見たら、口をあんぐり開けて、ビックリした顔をしてた。笑
一瞬わかったのかもしれない。
ナースさんもわたしも、
お昼食べてもらおうとしたんだけど、
あんまり食欲がないみたいだった。
(おもゆ3口、スープ1口、野菜ジュース1口くらい)
また来ます、と言って、
来てくれた別のナースさんが、
はじめてぶどうゼリーを食べさせたら、
進んで口を開けてたから、
サッパリしたのなら食べたいのかも。
よく手を動かしたり、私が言ったことに
むっちゃほほえんでくれたり、
顔色もよかったけど、
おもゆを飲み込んだあととか、
時々どこかが痛そうにしてた。
食べてもらってる時に、
『みいがなんとかなんとか』って私がしゃべったら、
『ミートソース!』って、
おばあちゃんがすばやくゆった。
来れてよかったよ」

今は豊橋を過ぎたところ。
夕方の6時前には病院に着く予定。
さて、母はどんなふうだろう。
夕食は食べれられるかな。
それにしても肌寒い。
乗り換え駅のホームでも、カーディガンを羽織ってちょうどよかった。
あんまり冷えるので、さっきトイレに入って、スパッツをはいてきた。

●2019年6月23日(日)曇りのち一時雨

ゆうべ、9時ごろにお風呂から上がったら、ぴたぴたひたひたと密やかな音がした。
誰かが夜道を歩いているのかなと思って、窓辺にそっと近づいてのぞいたら、イノシシ家族が歩いていた。
黒々とした毛の大きいイノシシ(たぶん父親)と、ひとまわり小さな茶色っぽいの(たぶん母親)と、あとは6匹のうりぼう。
山へと向かう曲がり角のところで、うりぼうたちがもたもたし、だんごになっていた。
ゆうべ私は、8時過ぎに神戸に帰ってきた。
母はきのう、何ヶ月ぶりかでお風呂に入れてもらい、そのあとは少しくたびれたのか、気持ちよさそうに眠っていた。
湯舟に浸かっているとき、「湯加減はいかがですか?」と看護婦さんが尋ねたら「いいあんばいです」と答えたのだそう。
湯上がりでのどが乾いているだろうと、姉と何度か起こし、冷たいお茶を飲ませようと試みたのだけど、ベッドを起こしても、ほっぺたを触っても起きなかった。
ずいぶんしばらくたって、目を開けた母が、「お な か が す い た」と言った。
「が」をちゃんと挟んで言ったことにも私は驚いた。
それで、お昼の残りの卵豆腐(1/4個)と、きのうの残りの南瓜&とうもろこしのポタージュをあげてみた。
卵豆腐は全部食べた。ポタージュも飽きることなく、すべて飲み干した(1カップくらい)。
看護婦さんたちは、「(もう最期なので)高山さんには、心地いいとか、おいしいとか、楽しいとか、そういう気持ちをできるだけ感じていただきたいと思っています」とおっしゃっていた。
私はとても安心し、神戸に帰ってきたのだった。
母は、ベッドの左右に立っていた姉と私を交互に、首をまわして何度も見ていたっけ。
不思議そうな顔をして。
ふたりが揃って看病するのは、珍しかったからかな。
つかの間だったけど、私も姉とふたりで病室にいるのが楽しかった。
一所懸命食べる母を見て、ふたりで笑った。
今朝は、いつものように6時に目が覚めたのだけど、まだまだ眠たくて、けっきょく10時半まで寝ていた。
まだ、いくらでも寝られそうだった。
朝ごはんを食べ、洗濯し、メールの返事をしたりしながらゆっくり支度をしているうちに2時になった。
ひさしぶりに坂を下りて美容院へ行った。
買い物をし、「MORIS」に寄って、今日子ちゃんとひろみさんとお喋りした。
ふたりの掛け合い漫才みたいな話に励まされ、タクシーで帰り着いた。
夕方、通り雨が降った。
雨上がりの夕焼けが、とても不思議な色をしていた。
なんだかいつもより光っていた。
下がオレンジで、上が水色。
くっきりとふたつに分かれ、いつまでもいつまでも、オレンジと水色。
7時半まで続いていた。
夜ごはんは、4時ごろに、天ざるうどんを食べたので、「MORIS」のおふたりからいただいた、懐かしい味のするクッキーとお茶。

●2019年6月21(金)晴れ

姉によると、母は今朝、とてもよくお喋りしたらしい。
長いことお世話になっていた看護婦さんたちに、また会えたのが嬉しいのかもしれない。
しきりに左腕を見ているので、「腕時計、私のが壊れちゃったから借りてるよ」と言ってみせると、「そう。どうりで見ても、ないから」と言ったとか。
小一時間ほど外出して戻ったときには、「今日は、冷え込んだ」とも言ったそう。 
2時過ぎに私が病院に着き、姉と交代してからはあまりお喋りしなくなった。
夕食に、家で作ってきた南瓜ととうもろこしのポタージュをあげると、ものすごく驚いたみたいな顔をして、口を開け、せかせかと次のをせがむ。
顔を下に向けて、私が手に持っている器に口をつけ、自分で飲もうとした。
おいしかったのかな。
でも、小さなココット1杯も飲まないうちに、飽きちゃった。
おもゆとすまし汁は完食、卵豆腐(姉の持ち込み)も完食。
食べている間はきょろきょろしたり、手をよく動かしタオルケットをいじったりして落ち着きがない。
病気ではない、ただのもうろくばあさんのようで、私は可笑しくてたまらない。
「お母さん、ごはん、食べちゃおう」と、ときどきほっぺたを軽くたたくと、またポカンと口を開ける。
夕方、主治医が様子を見にきてくださった。
瞼をめくり、お腹を触って、「痛いところはありませんか?」と聞かれると、「だいじょうぶ」と答えていた。
看護婦さんがやってきて、心電図のコード(ナースセンターにつながっている)をはずしてくれた。
長い間、左の人差し指につけていた酸素濃度を計るコードも、ゆうべのうちにはずしてくれた。
体(頭と手)が、前よりもよく動くようになったのは、身軽になったせいもあるのかな。
ときどき、何かまとまったことを言うのだけど意味不明。
どこか知らない国の、文法も意味もちゃんと成り立っている言葉に聞こえる。
私はもういちど聞きたくて、「なーに?」と聞き返すのだけど、だまって苦笑いする。
言いたいことと日本語が噛み合ないんだろうか。
ちょっと、寝言にも似ているような。
母の脳みそは、どうなっているんだろうか。
おもしろいなあ。
7時15分。
ベッドの柵を握ったまま、気持ちよさそうに眠っている。
顔色もいいから、8時になる前に帰ろう。
そして私は明日、神戸へ帰ろうと思う。
来週は、雑誌のインタビューと『本の本(仮)』の対談があるので。
今は、新しくいただいた仕事はすべてお断りしているのだけど、本についてのインタビューだったので、お受けすることにした。
母の容態も落ち着いているようだし、今だ!と思って。
この病棟は、前いたところよりゆったりとして、看護婦さんたちのケアもきめ細かく、とても信頼できる。
ここで最期を迎えられることを、神さまの恵みのように感じる。

●2019年6月20日(木)晴れ

病院までのいい道をみつけたので、最近はそこを通る。
図書館の裏の川沿いの道。
昔から製麺所がある川の水は、たぶん湧き水が流れ込んでいるんだと思う。
よく澄んで、とどまることなく流れている。
いろんな種類の、いろいろな色の水草があるところ。
今日、立ち止まってよく見たら、白い小さな花(花芯が黄色い)が咲いている水草があった。
水のなかで花が咲いているなんて。
ちょっと遠まわりになるけれど、車が通らない道だから、ほっとする。
そこを日傘を差して歩く。
ここらは小学生のころに、よく歩いたような気がする。
石段を下りたところに水神さまの石碑があって、洗濯場になっている。
その脇の、見覚えのある急坂を上ってみた。
小学校2年生のときに仲良しだった友だちの家に通じる道は、そのころからちっとも変わっていないのだった。
10時半に病院着。
今朝の母は、ずいぶんはっきりした顔をしている。
目が合うと、よく微笑む。
午前中、看護婦さんと一緒に体を拭いてあげた。熱いお湯でタオルをゆすいでは絞って。
看護婦さんが「気持ちいいですか?」と聞くと、「きもちいい」とはっきりした声で言った。
そのあとは、とろとろしたり薄目を開けたり。
12時、お昼ごはん。
おもゆとコンソメスープ(ほぼ完食)、絹ごし豆腐(持ち込み。小さいのを私と一緒に食べた)。
目をつぶって食べていて、眠りそうになったら、ほっぺたをさすってやると、大きく目を開ける。
食後のアイスクリーム(いちご)を、おいしそうにたいらげた。
私の昼食は、コロッケサンド(パンを買ってきて、きのう食べ忘れていたコロッケをはさんだ。タルタルソース&ソース)、新玉ねぎのスープ(姉作)。
教会の若いお友だちのけい子ちゃんが、お見舞いにいらっしゃる。
母はとても喜び、手を握り合って、泣き顔になった。
そんな表情は、ひさしぶりに見た。
けい子ちゃんは、短いお祈りをしてくださった。
今日は、いつもより目を覚ましている時間が長いような気がする。
両腕を盛んに動かし、伸ばしたり、眺めたり、繰り返しやっている。
私が笑いかけると、必ず笑い返す。
寝転んだ赤ん坊が、自分の手足をつかんだりして、ひとりで遊んでいるみたい。
ずいぶんはっきりしているので、絵本のダミーを手渡した。
表紙を見て、題名を読んだ(『ピカルとヒカラ』といいます)。
「ぴ」とうまく言えないらしく、ぷひっ、と破裂するみたいに言った。
私は嬉しいのとおもしろいので、大笑い。
2時から3時の間は、魔の時刻。
とろとろと陽が射して、いつも眠たくなる。
だから母と一緒に眠る。
今、看護婦さんがいらして、病室を移ることになった。
前にいた、整形外科のリハビリ病棟だ。
そこは母の大好きな看護婦さんもいらっしゃる階。
3時ごろ、ベッドごと引っ越しをした。
懐かしい看護婦さんが入れ替わり立ち代わりやってきて、「高山さーん」「照子さーん」と声をかけてくださる。

●2019年6月19日(水)晴れ

下記は姉の日記より。

「6時半、みどり着。7時半に仕事に発つ。
※右手で蛍光灯の熱いところを握っていたので、すぐに離すと目を開ける。「おはよう」に応えはないが、じっとみつめ、分かっている様子。
ナースが入ってきて「高山さん、おはよう」。
ナースは、私を見る母の目と彼女を見る目を比べて、「お嬢さんだと、やっぱり笑いますね」と言った(私には分からなかった)。
※ナースが顔を拭いてくれ、「いい?」と聞くと、指でOKサイン。おむつを代えている間に、冷たいほうじ茶をくみにいき、飲ませると、嬉しそうにゴクゴク飲み、その後、静かに眠りにつく。
※なおみの絵本読んだよ。すごーくいいね。今、母に見せたら、表情を変えて、何回も本の題名を読んでいたよ。
読みはじめたので、眼鏡をかけてあげた。読んでるよ→あとで、読んであげて」

ここからは私。
11時に病院着。
左腕を上げながら、薄目を開けていた。
私のことを分かる様子。
しばらくうとうとしていたが、バラ(ローズピンクの小さなバラが庭に咲いていたので、今朝切ってきた)をコップに活けたのを、私が匂いをかいでから、母の鼻に持っていくと、すーっと匂いをかいだ。
きのうより、表情がすっきりして見える。
タオルケットを代えてあげる(お醤油のしみがついていたので)。
お昼ごはんは、おもゆ(豆乳をちょっと加え、醤油で味をつけてみた)、すまし汁(干し椎茸のいい香り)、ぶどうゼリー。ほとんど完食。
食べさせてあげている間ずっと、母は私のTシャツの裾をつかんでいた。
赤ん坊に離乳食をあげている気分。
食後、とろとろとおひるね。
きのうもそう感じたのだけど、母は寝息が静かになった。
私がポカリを飲んでいるのをじっと見る。
「飲みたい?」と聞くと、うなずいた。
ベッドを起こし、チューチューと吸って飲む。
吸い口に残った最後のポカリを吸う音。
前には、もの哀しい音に聞こえていたのだけど、今は可愛らしくて笑ってしまう。
お母さん、もっと鳴らしてと思う。
窓辺のバラがとってもいい匂い。
私がもういちどかいで、母の鼻に近づけると、薄目を開けたうっとりしているみたいな顔で、匂いを吸い込んでいた。

●2019年6月18日(火)神戸はぼんやりした晴れ

6時に起きた。
ゆうべの満月は、美しかったな。
オレンジの月明かりが海に映っていた。
それが途中から金色になった。
10時前に家を出て、海を見ながら坂を下り、ちょうどきたタクシーに乗った。
この日記は、新幹線のなかで書いています。
新富士には1時くらいに着く予定。
よっちゃんが迎えにきてくれるので、そのまま病院へ向かう。
母はどんなふうだろう。
もう、言葉は出てこないんだろうか。
今、つよしさんと作っている絵本を母に見せたくて、先週の土曜日に編集さんにカラーコピーを送っていただいた。
でも、その日はちょうど母が脳のCTを撮った日で、届くまで待てずに慌ただしく出かけてしまった。
だから今回、神戸に戻ったときに、切ったり貼ったりして絵本のダミー(本の形になっている)を作った。
中野さんにも手伝っていただいた。
今日は、それをリュックに入れて持ってきた。
母に見せたら、どんな反応を見せるだろう。
もう、分からなくなってしまっているだろうか。

ゆうべの姉からのメールは、「お母さんは、大きくは変わらないけど、今日の夕食は何回もむせていました。それと、いままでのように首をまっすぐに保てなくて傾いちゃうの」

1時半に病院着。
病室はとても静か。匂いもしない。
母は薄目を開けてぼんやりしている。
4日ぶりに会ったら、ずいぶんやせ衰えて見えた。
なんだか透明になってきている。
私のことは、分かっているのか、いないのか……という感じ。
でも、しばらくいるうちに、私の目が慣れてきたのか、4日間の距離が縮まった。
正確なことは私にも分からない。
さっき、着替えたばかりなのかな(パジャマや肌着をビニール袋にまとめたのが、椅子の上に置いてある)。
顔を近づけると、シャンプーみたいないい匂いもする。
姉の書いた日記を読んでいて、私が「お豆腐食べたの?」と聞くと、「お と お ふ」と言った。
少しずつ目が覚め、起きている時間が長くなったころ、ダミー絵本を手渡すと、ページをめくった(めくれないところもあったけど)。 にっこり笑った。
そうか、分かるのか。
持ってきてよかった。
そのあとは、目をつぶったままゆっくりと両手を動かしている。
優雅な動き。指揮者みたい。
家族写真(孫もひ孫もみんな映っている)を渡しても、もう見ない。
3時ごろ、ぷーすーぷーすー寝息をかいて眠りはじめた。
私も眠くなる。
椅子にもたれ、少しうとうとした。
「おゆはん食べる?」と、ゆっくり口を動かして私が聞くと、うなずき、「たべる」と言った。
少し微笑みながら。
夕方、買い物に出て、卵豆腐を買ってきた。
母に見せると、「た ま ご ど お ふ」と言った。
パッケージの漢字が読めたのかな(『玉子豆腐』と書いてある)。
夕食前の検温。
6度7分、血圧112と49、脈拍82。
6時半に夕食。おもゆ(ほんのぽっちり)とすまし汁はほぼ完食。持ち込みの卵豆腐(完食)、ピーチゼリー(完食)。
むせない食べさせ方を、看護婦さんに教わった。
まず第一は、目を覚まし、意識がしっかりしているときに食べさせてあげること。
1.ベッドの足の高さを少し上げる(こうすると体が下にずれずに固定される)。
2.ベッドの背を起こす。
あとは、ひとさじずつスプーンを傾け、口に入れてあげる。
飲み込んだ音を聞いてから、次を。
母は、食べているうちにくたびれるのか、途中で寝てしまいそうになった。
7時15分、スポンジブラシ、顔を拭いてクリーム、リップクリーム。
そのあとは、安らかにまどろんでしばしうとうと。
私の夕食、駅弁の残り(浜松駅で買った焼き肉弁当。わさび漬けが添えてあるのがおいしかった)とプリン(母のをもらった)。
目を覚ました母は、タオルケットの端を広げ、じっと見ている。
着物の衿を広げ、たたんでいるときみないな仕草を繰り返す。
8時に帰宅。
私はなんとなく、自分が元気なような気がする。
前回のときとは確実に違う。
何が違うのだろう。
母は今日、私が手を握ると、自分から手を放すことが多かった。
なんとなく、(この世から)離れようとしているような感じがした。
母の体が、「もう、そろそろいいかな」と思っているような。
まだ、分からないけれど。
なんとなく。
それでも私は、顔をさすって何度も話しかける。
「お母さん、ここにいるよ。大丈夫だよ」
そういうとき、今日の私は、心からの笑顔だった。
たぶん今日、母のそばにいる間に、なんだか私の心が落ちたのだ。
落ち着くところにすとんと落ちた。
神戸で体力が戻り、気持ちの筋肉もやわらかくなって、たいていのことは受け入れられるような体に変わったような気がする。
なんとなく。
「すべてがお祝いだと思うんです」のなかには、お喋りができなくなったことも、でも、短い言葉だったら、ほんのときたまぽつんと出てくることも。
ごはんが食べられなくなって、輸血も点滴も受けつけなくなって、でも、流動食だったら食べられるようになったことも。
もしかすると、これからまた、食べられなくなることも。
水さえ飲めなくなるかもしれないことも。
体の向きを自力で変えられないことも、おしっこがたくさん出ることも、もしかするとこれから出なくなることも、天国に行くことも、すべて入っている。 おやすみなさい。

●2019年6月16日(日)快晴

よく晴れている。
空も海も、真っ青。
風がひんやり涼しくて、今が何の季節なのか分からなくなる。
13日の夜に神戸に帰ってきて、私はようやく、ちゃんと眠れるようになった。
ゆうべは8時に寝て、今朝は8時に起きた。
まだ、いくらでも眠れそうだったけど、えいっと起きた。
日記を書き起こさなくちゃと思って。
帰ってきた次の日(おとつい)は、たまたま神戸で打ち合わせがあった中野さんが、うちにいらした。
買い物をして、夕飯を作ってくださり、窓辺でジュースみたいなビールを呑みながらお喋りした。
玄関の戸を開け放っていたから、風がよく通り、紙が飛んだりドライフラワーが落ちたりした。
私は「生きているなあ」と思った。
ようやく、自分のいるところが分かったような感じがした。
帰ってきた日は、母の残像が濃く、体にいっぱい詰まっていた。
ひとりでいたら、戻るのにもっと時間がかかっていただろう。
だから、中野さんが来てくださったのが、とてもありがたかった。
今は、窓の景色もはっきり見えるし、見たいものがよく見えるし、音もよく聞こえる。
きのうは、中野さんをお見送りがてら三宮に行った。
画廊で、ほとばしるようなとても自由ないい絵を見て、トンカツ屋さんでおいしいロースカツを残さず食べた。
家に帰ってきたとたん、窓が真っ白になるほどの豪雨となった。
雷も鳴った。
風もとても強かった。
そして、嵐はあっという間に過ぎ去っていった。
私はお腹がいっぱいで、夜ごはんを食べなくても平気そうだったので、早めにお風呂に入って8時に寝た。
そうだ。
神戸に帰ってきた晩、窓を開けたら緑の濡れた匂いが上ってきて、かすかにカエルの合唱が聞こえた。
そのときはまだ、「私はちゃんと、帰ってきたのかな?」という感じだった。
あんなにむんむんと、緑濃い匂いがしていたのに。
今日は朝ごはんを食べてから、ずっと日記を書いている。
母の病室で見たもの、感じたこと。
半分まで書いて、さっきスイセイに送ったところ。
あまりに長いし、内容も重めなので、半分ずつアップしてもらうことにした。
明日また、続きをやろう。

4時ごろ、姉にメールを送ったら返事が届いた。
「こんにちは。今日は暑いね! 朝は豆腐の味噌汁、昼は卵豆腐を持ち込み、よく食べてくれています。食事以外は、すやすや眠ったり、目を開けてじっと何かを考えているのか一点を見つめたり、手は割とよく動かしています。でも、目が合っても表情を変えたり、声を出すことは今日はありません。やっと生きている感じ。昨日は、牧師さんの顔を見てとてもいい表情だったのに。
昨日、いっとき右の頭を痛がって、左手のけいれんも頻繁だったので、ナースが先生に相談して痛み止めを粉状にして飲ませてくれ、落ち着きました。変化をなおみに知らせようとも思ったんだけど、遠くにいてかえって心配するかなと思い、なおみからの連絡を待ってメールしました。今は大きな変化はないけれど、いつ天国からのお迎えが来ても不思議ではない感じでもあります」

夜ごはんは、豚肉とほうれん草のにんにく炒め、塩もみ人参と豆腐のサラダ(お昼に作ったマヨネーズ&醤油)、納豆(卵白入り)、味噌汁(スナップえんどう)、自家製なめたけ、ご飯。
日暮れどき、東の空はまだ青く、白い大きな満月。ツバメが気持ちよさそうに旋回している。
風呂上がりに窓辺で涼んだ。
月明かりが、海を照らしている。
8時半、カーテンを少し開け、ころんと浮かんだ玉みたいな月を見ながら寝た。
この世界から母がいなくなる。
それは、どういうことなのだろう。
私にはまだ分からない。

●2019年6月13日(木)快晴

5時半に起きた。
姉は仕事に出掛ける前、6時半から7時半まで病院。
電話があり、母は目を覚ましているとのこと。
「よく眠れた?」と聞くと、「よく ねむれた」と答え、「おなか すいた」「ごはん」とはっきり言ったそう。
洗濯ものを干し、私は8時に病院着。
家族写真(おととし開いた米寿の会の、集合写真)を手渡すと、じっと見入っていた。
腕時計をはめてあげたら、安心した様子で、イビキをかいて眠りはじめた。
8時半。
主治医が見にきてくださった。
看護婦さんからいろいろ話を聞いてらっしゃる様子。
主「点滴をしてあげれば、しばらくは持ちますが、もうしなくてよろしいのですね?」
私「はい、けっこうです」
のどが乾いているようなら、飲み物をあげてもいいという。
看護婦さんが緑茶にとろみをつけたものを持ってきて、ベッドを起こし、飲ませてくださる。
コクコクと、吸い口に入っているのをぜんぶ飲み干した。
「照子さんが飲みたがったら、ポカリスウェットをあげてもいいし、売店が開いたら、ゼリーを買ってきて、食べさせてあげてもいいですよ」とおっしゃる。
そのあと、ポカリを吸い口で2杯ゆっくり飲んだ(2回に分けてあげた)。
マスカットゼリー(小さめ)は、ほとんど完食。
「私は誰? 名前を言える?」と聞くと、「た か や ま な お み」と答える。
私「アハハハハ! お母さん、なんでフルネームなの? じゃあ、お姉ちゃんは?」
母「た か や ま み ど り」
家族写真を指差して、「じゃあ、この人は?」と私。
母「た か や ま み つ る」
私「じゃあ、この人は?」
母「た か や ま も と む」
私「じゃあ、お父さんの名前は?」
母「た か や ま て る お」
私「すごーい。全部言えたねー、お母さん」
そのあとで、よっちゃんが来た。
よっちゃんの長男のお嫁さんが、母親と一緒に来てくださった。
次男のキョウヘイも来てくれた。
みんな、言葉が戻った母に会いにきた。
母は、「おしっこ」と、教えるようになった。
私「お母さん、おしめをしているから、そこにしても大丈夫だよ」
1時半。
「お み ま い」と、母がひとことだけつぶやいた。
私の昼ごはんは、コロッケサンド(朝作ってきた)。
姉が作ってきた玉ねぎスープを、スプーンですくって飲ませてみる。
紙コップに半分飲んだ。
ポカリをまた、吸い口で飲む。
もう、1本近く飲み干した。
家族写真が立てかけてあるところを何度も指さすので、手渡すと、そのたびにじーっと見る。
はじめて見たみたいに見る。
何度目かのとき、「ぜ ん ぶ な ま え い え る」と言った。
私は簡易ベッドに横になり、家から持ってきた『くいしんぼうのはなこさん』を、声に出して読む。
母は、聞いているのかいないのか、腕を上げて(左腕も上がるようになった)まじまじと眺めたり、また下げて、また上げ、はじめて見たみたいに眺めている。
タオルケットの端っこの、表示の紙ペラを、指でつまんだり。
私はまるで、赤ん坊に絵本を読んであげている気分。
最後まで読んで、母は眠った。
3時ごろ、家に洗濯ものを取り込みにいったついでに、リュックの荷物をまとめ、戻ってきた。
私は今日、姉が仕事から帰ってきたら、入れ替わりでいちど神戸へ戻ろうと思う。
夕方、姉が「ただいまー!お母さん」と明るい声を張り上げ、にこにこしながら帰ってきたときの、母の嬉しそうな顔といったら。
姉が病室に入ってきたとき、部屋中に花が咲いたようだった。

●2019年6月12日(水)ぼんやりした晴れ

6月11日は母の誕生日。きのうで90歳になった。
きのうも、明け方から一日中いろいろなことがあった(母は明け方、何度か呼吸が止まった)けど、日記は書かないでいた。
メモもとらなかった。
ただ、母のそばにいただけ。
泊まらずに帰ろうと決めていたので、母にはそれが伝わってしまうのか、帰り際は特に、後ろ髪を引かれる思いだったけど。
母は一日中、薄目を開け、瞬きをして、なかなか眠りにつかなかった。
うとうとと眠りかけると、すぐに目を開ける。
ここで眠ってしまったら、もう二度と目覚めなくなると思っているみたいに。
夕方、タオルで顔を拭き、クリームを塗って、髪をとかしてあげたらようやく目をつぶったのだった。
しばらくするとまた目を開け、タオルケットの端を口もとにゆっくり持ってきたり(踊りのような仕草に見えた)、また目をつぶったり。
外が暗くなり、電気を消すと、大きく目を開ける。
また、目をつぶる。
薄目を開けて瞬きをしているので、おでこから瞼の上にかけ、上から下に、そっと撫でてあげていた。
保育士のころ、中野さんがそうやって子どもたちを寝かしつけていた話を思い出したので。
何度も撫でてあげているうちに、ようやく眠ったので、いつもみたいに面会時間の終わる8時に帰ってきた。
土砂降りだったため、タクシーで。

今朝は10時過ぎに病院着。
母は目を開けていた。
表情は変わらないけれど、私が来たことが分かる様子。
もう、腕の血管がずいぶん細くなって、点滴の細い方の針も入らない。
(輸血のための太い針は、もうずいぶん前から入らないようになってしまった)。
看護婦さんと相談し、姉にも電話して、もう点滴もやめていただくことにした。
母は輸血も、飲み薬も、点滴も受けつけなくなった。
私たち家族は、母の遺言通り、自然に衰えていくのを見守ることに決める。
家から持ってきた、佐野洋子さんの『だってだってのおばあさん』を読んであげると、じっとみつめ、聞いている様子。
右手で私の二の腕のたるみを触りながら、聞いている。
疲れるのか、ときどき目をつぶるので、読むのをやめるのだけど、そうするとまた目を開ける。
なので、おしまいまで読んだ。
これは、母がいちばん好きな絵本だ。
主人公の89歳(途中から99歳になる)のおばあさんのことを、自分に似ていると思い込んでいて、「このおばあさんは、私さや」とよく言っていた。
12時。
体を拭いてもらい、きれいなパジャマに着替えた母は、すやすやとよく眠っている。
とても静かな寝息。
私は、口の上に1本だけ伸びている長い毛を切ってあげた。
お昼ごはんは、バナナチーズトースト(朝作ってきた)。
午後、かゆみが和らぐよう、お尻の辺りに乗せておいたアイスノンを右手で持ち上げ、動かそうとしている。
そんなことができるようになったのか!
重たいのかと思って、はずしてあげた。
それでもまだ、私を見ているので、ためしに頭の下に入れた。
私がオーケーサインをしながら、「オーケー?」と尋ねたら、母もオーケーサインを出した。
これは、1週間ぶりのこと。
そのあとで、耳かきをしてくださった看護婦さんとも、ハイタッチもした。
笑いかけるとよく微笑むし、目が澄んでいる。
頭もゆっくりながら、自分で動かせる。
両腕を上げ、グーチョキパーと私がやるのを真似、手を動かす。
とても真剣な顔で見て、真似る。
影絵のキツネもやった。
前みたいにちゃんとしたのではないけれど、指の体操もやっている。
左手首をさかんに撫でているので、「時計がほしいの?」と聞くと、またOKサイン。
私はとても晴れやかな気持ちになり、セブンイレブンでアイスカフェラテを買ってきた。
チョコとコロッケも買った。
カフェラテを飲む音を聞きつけ、自分も飲みたいという仕草(コップを持っているような手つきを口の前に持ってきて、傾ける)をする。
スポンジブラシに水を含ませてあげると、チューチューと吸って、うまく飲み込んでくれた。
明日、忘れずに持ってくるもの。
時計と吸い口。
3時半。安心した様子で、ようやく眠りはじめる。
4時。水筒にお茶を汲んで戻ってきたら、話し声がする。
よっちゃんの弟のカズユキ君夫婦が、お見舞いに来ていた。
母は、喋っていた。
カズユキ「照子さん。僕は、今日が誕生日。62歳になったよ。照子さんは、きのうが誕生日だっただら? いくつになった?」と聞いたら、「きゅう じっ さい」と、低い声で答えた。
ふたりが帰ってから、「私の名前は? わかる?」と聞くと、「なーおーみ」。
嬉しくて姉に電話した。
よっちゃんとみっちゃんにも電話した。
よっちゃんはすぐに駆けつけ、みっちゃんは仕事を抜け出してきた。
仕事帰りの姉は、入ってくるなり、「お母さん、お誕生日おめでとう。きのう、90歳になったね」と明るい声で言った。
きのう、母が眠り続けていたときにも、姉は「お誕生日おめでとう」と何度も声をかけていた。
母にはその声が、聞こえていたのだと思う。
朦朧として、何も分かっていないように見えたのに。
補聴器も、もうしなくなっていたのに。
今日、母が言った言葉。
「ゆうはん」「おひる」「とけい」「ごはん」。

●2019年6月10日(月)曇りのち、降ったりやんだりの雨

姉の電話によると、ゆうべ母は、寝息をほとんど立てずにすやすやと眠り続け、いちども目を覚まさなかったとのこと。
朝、病院に向かって歩いていたら、ともみちゃん(よっちゃんの弟の娘)が車を止めて拾ってくれた。
一緒に病院へ行く。
ともみちゃんは、小学校の帰りに母の家に寄り道しては、よく絵本を読んでもらっていたのだそう。
絵本を作ったこともあるんだそう。
「私が本を好きになったのは、ばあちゃんのおかげ」と言っていた。
病室に入ると、看護婦さんたちが体を拭いてくれていた。
今朝の熱は37度6分。
体を拭いているうちに、こすれて熱を持ったせいか、またじんましんが出てきた。
薬を塗ってあげると、右目だけ薄く開ける。
膜がかかっているような、どんよりした目。
手を握ると、握り返す。
私の手を探し、自分から握ってくることもある(力強く)。
朝と昼を兼ねた私のごはんは、クロワッサン1個(小、家から持ってきた)とアンパン(売店で買った)、缶コーヒー。
11時。
私が動くと、目で追う。
頭を動かそうとする。
お昼を過ぎたころ、しみしみと音をたて、雨が降りはじめた。
母は口を開け、鼻のイビキをかくようになった(私が知るなかでははじめてのこと)。
ときどき、ぽっかりと口を開け、赤ちゃんみたいなあくびをする。
よく眠っている。
しおれかけていたアジサイも、さっき水切りをして、窓辺に置いておいたら生き返った。
ぷつぷつとした小さな玉から、細かな細かな花が開きはじめている。
そうか、ガクアジサイって、こんなふうに咲くのか。
3時。
熱は7度2分。血圧は122と89。脈拍は76回。
熱を計りにきた看護婦さんに、臨終のときのことを聞いた。
看護婦「さっきまで、すやすやと穏やかに眠り続けていたのが、急に脈が下がって、30分もしないうちに亡くなってしまう方もいらっしゃるし、脈が減ってからも、三日間生き続ける方もいらっしゃいました」
私「そうですか。命の終わりは、本当にいろいろなのですね」
看「ええ。心臓の強さにもよるのだと思いますが、人によって、本当にさまざまなのだなあと感じながら、看取らせていただいています」
2時半、中野さんに電話。
母のことをいろいろ話す。
中野さんは、おじいちゃんの最期のときの話をしてくださった。
それは、私も大好きな話で、何度も聞いているはずなのに、はじめてのように聞こえた。
家族に見守られて眠っている、おじいちゃんの姿。
口もとの動きまで、目に浮かぶようだった。
不思議だなあ。
「母親が、『もう、ええよ』と声をかけたら、眠りはじめました。安心したのでしょうね」
中野さんは、「顔を触ってあげると、いいですよ」ともおっしゃっていた。
4時15分、大きく口を開け、あくびが何度も出る。
そうしてまた眠る。
こんこんと眠る。
りうに電話した。
母は、りうのおばあちゃんでもあるので。
りうは、嫁ぎ先の飼い犬が死んだときのことを思い出したらしく、電話の声がいちど沈黙した。
そのあと、すすり泣きが聞こえた。
お互いに、いろいろな話をひとしきり喋り、りうが「あたしゃ、元気だよー」と言って、電話を切った。
今夜、私はまた病院に泊まる。
夕食は、おにぎり弁当&カップみそ汁(昼間のうちに売店で買っておいた)。
8時過ぎに、みっちゃんがタオルやらお手拭きシートと一緒に、パソコンを届けてくれた。
走り書きを見ながら、日記を打ち込む。
薄暗いなか、簡易ベッドの上で夢中でやっていて、はっ!となった。
左のベッドで、母は小さな寝息をたてて眠っている。
なのに私は、母がもう天国に行ってしまって、その上で、これまでのことを振り返って書いているような気持ちになっているのだった。
なんで、私は、文を組み立てる脳みそなんか使っているんだろう。
そのとき、私はこの病室にはいない。
言葉の世界にのめり込み、記憶のなかに私はいる。
今ここで、生き続けている人がいるというのに。
あったことを、どうしても記録したい。
言葉を、紙の上に焼きつけたい。
あったことがなくなってしまうのが、耐えられない。
そこには、狂気のようなものが混ざっている。 
言葉にしようとするのは、なんて残酷なことだろう。
感じることと、言葉にすることは、もしかしたら、正反対のことなのかもしれない。
でも、それが私の選んだ仕事だし、そんなのはとっくの昔に覚悟しているつもりだった。
「なんで私は、書かなければならないの?」
声に出して言ってみた。
文なんて、書かなくたっていいじゃん。
目の前にいる人を感じるだけで、十分じゃん。
もう、やめよう。
今からは、母を感じよう。
それでもどうしても書きたくなったら、メモだけにしよう。
そう決めて、パソコンをしまった。
10時半に電気を消した。
横になっても、眠れない。

●2019年6月9日(日)曇りのち雨

明け方、トイレに起きたとき、向こうをむいた母が目を開けているようだったので、そっちに立ってみた。
手を握ると、握り返す。
言葉より何よりも、手を握り合うことが、いちばん素朴で力強い対話なのかもしれない。
そばにいるよ。
いるから、安心してもう眠りな。
もう、目を覚まさなくても大丈夫だよ、お母さん。
大きく目を開いて、こちらをじっと見る。
視線をまったく動かさない。 
赤ん坊みたいな目。
そんな目でみつめられたら、誰だって泣いてしまう。
涙がこぼれている私の目を、その目がじっと見ている。
もう、何も分からなくなっているのか、何でもお見通しなのか。
6時。
看護婦さんが病室に入ってきて、電気をつけ、「照子さん、おはようございます」と母に声をかける直前まで手を握り、みつめ合っていた。
カーテンを開けると、屋根がぐっしょり濡れている。
ゆうべは雨が降ったのかな。
8時。
姉と交代。朝ごはんのお弁当を作ってきてくれた。
家に帰ると、リカがリコ(2歳の娘)に朝ごはんを食べさせていた。
みっちゃんも朝ごはんのパンを食べている。
コーヒーを淹れてもらい、リコとしばし遊ぶ。
10時。
2階の母のベッドに横になる。
しばらくうとうと。
私は、病院の簡易ベッドで寝ているような気がしている。
右隣に母がいて、手を伸ばせば、そこに母の手がある。
自分がどこにいるのか、本当に分からなくなって、目を開けた。
そういうときには、母が隣にいるんだと思う。
時空を超えて。
目には見えなくても、そういう気がするときには、そうなのだと思う。
2時半に、姉と交代で病室へ。
1時間ほど前に、体の脇を盛んにかゆがったので、薬を塗ってあげたそう。
右耳の後ろを押さえているので、「痛い?」と聞くと、「いたがゆい」と、2度答えたとのこと。
姉の記録(母のかわりに、私と交代でその日の出来事などを日記帳に記すようになった)には、「きのうより、眠る時間は長くなっているけれど、頭はいままでよりはっきりしている感じ」とある。
左足がずいぶん堅くなっている。
左腕もマヒが進んできている様子。
私が来てからは、すやすやとよく眠っている。
ぷーすーぷーすー 鼻の下をふくらませながら。
5時少し前、右腕を高く差し上げ、宙をなでるようにゆっくりと往復しながら、口を閉じたまま、大声を上げた。
「むあーーーっ」というような声。
夢のなかで何かを見て、心が開かれたような、心を大きく動かされたような、そんな声。
小雨が降っている。
今日は町内のお祭りなのに、子どもたちはあいにくのお天気でかわいそうだな。
病院からの帰り道、毎晩、あちこちの公民館から太鼓や笛や鐘の音が聞こえていた。
夕方になると、子どもたちが寄り集まって練習をしているのだ。
ときどき、とんでもなく上手な演奏が聞こえてくる公民館があった。
母は、ずっと眠り続けている。
まったく目を覚まさない。

このまま、永遠に目を覚まさないかもしれない。 今は、痛いところもかゆいところもなく、こんなに穏やかに眠っているのだから、そうなってしまっても、いいのかもしれないと私は思う。
8時に姉と交代。
姉は今日、病院に泊まるので。
明日はそのまま仕事に出掛けるとのこと。
母が腕を上げて大声を出したことを姉に伝えたら、「そうなんだ。お母さん、神さまに会えたのかもね」と言った。

●2019年6月8日(土)神戸は晴れ

5時に起きた。
カーテンを開けると、大きくて長い、みっちり詰まった白い龍のような雲がひとすじ。
その上を、ふわふわした雲が流れている。
荷物を支度して、もうひと眠りしていたら、7時に姉から電話。
母は今朝、看護婦さんの呼びかけに目を覚まさないので、脳のCTを撮ることになった。
姉はこれから病院に駆けつけるそう。
8時ごろに姉に電話すると、母はうっすらと目覚め、言葉はないけれど意識はあるとのこと。
検査の結果、脳の右側の下の方に、小さな出血のあとがあったらしい。
言葉を司る脳がやられてしまったとのこと。
朝風呂に浸かりながら、母がしきりに右耳の後ろを押さえて痛がっていたのは、そのせいだったのかもしれないと思い当たった。
ズッキンという偏頭痛のたびに、「いたっ!」と目を開けていたのは、その部分が出血していたのかもしれない。
相当痛かったろうに、よく、がまんしていたな。
洗濯物を干し、身支度をしたら、10時には家を出て美容院へ行き、12:50発の新幹線でまた病院へ向かいます。
みっちゃんの車で、4時に病院着。
母は、きのう私が帰ったときと、ずいぶん人相が変わっていた。
「むくんでるみたい」と姉は言うけれど、私には、すぐにでも死んでしまいそうな人の顔に見える。
姉が「なおみが来たよ」と大声を出したら、目を開けた。
私のことをじっと見る。
ただじっと見る。
もう、自分が死ぬのを分かっている顔をしている。そういう目。
私が笑うと、口もとが笑う(唇の左端が上がる)。
でも、赤ん坊みたいに、相手の笑顔に反応して笑っているだけみたいにも見える。
手はよく動かすが、言葉はまったく出ない。
私のことを無表情のまま、まじまじとみつめる目。
目玉が、曇ってきているような気がする。
そのうちまた眠りはじめた。
ぷーすーぷーすー息をするたび、鼻の下が風船みたいにふくらんだり、へこんだり。
姉と相談し、私は今日病院に泊まることにした。
5時。
『富士の山』の歌。
やっぱり。日曜日の5時にだけ、特別に放送がかかるのだ。
今日は、病室のおばあさんたちは誰も歌っていない。
とても静か。
母の手を握っても、もう何も反応がない。
同じ格好でよく眠っている。
ぷーすーぷーすー。
母はもう何も食べられない。
水分補給のための点滴だけで生きている。
7時。私の夕食は、セブンイレブンのハンバーグ&スパゲティーのケチャップ炒め(コーン入り)と、のり巻き&いなり寿司(きのう買った駅弁の残りを持ってきた)。
食べたら着替え、顔を洗って簡易ベッドに横になった。
枕もとの小さい電気だけにして。
母はお腹が張るのか、自分でさすっている。
私がさすってあげると、その手の上に自分の手を重ねたり、私の手をトントンやったりする。
私も、トントン。
気づいたこと。
「お母さんはインディアン顔。耳も大きいし」
母の寝息を聞きながら、私も眠る。

夜中、母は右腕を上に伸ばしては、下ろすの繰り返し。
ベッドに触れるすれすれまで下げ、また上に伸ばす。
何をしているのかな。
看護婦さんは真っ暗ななか、2時間くらいおきに2人組でやってきて、枕もとの電気だけつけ、体の向きを変えたり(寝返りを打てないので)、おしめを取り替えてくださったり。
私は眠くてたまらず、そのたびに目が覚めても、すぐにまた眠れた。
夢もみた。

●2019年6月7日(金)曇りのち雨

雨が降り出したので、タクシーを呼んで、10時半に病院着。
今朝は、庭で野生化していたパンジーを1本取ってきた。
赤紫の控えめな花が2輪、とても愛らしい。
病室に入ったとき、母より十歳くらい若いおばあさんが、トイレ掃除をしてくださっていた。
アジサイとパンジーをコップに挿し、お見せしたら、「ガクアジサイは、いいですねえ」とおっしゃった。
私「花の色が、濃くなってきた気がします」
おばあさん「そうねえ、アジサイは色が変わるっていうからねえ」
母は顔色がいい。
ゆうべは熱もなく、よく眠れたのだそう。
パンジーを見せると、「可愛いねえ。庭に咲いてたの?」と目を細めた。
そのあとで、『くうき』を読んでいた母は、私がお茶を汲んで(自動的に出る機械がある)戻ってきたら、絵本を開いたまま眠っていた。
眼鏡をそうっとはずし、絵本を手から離し、首まで布団をかけてあげても目覚めない(これまでは、ちょっとしたことで目を開けた)。
スーピー スーピーとよく眠っている。
静かな雨。
朝のタクシーの運転手さんによると、「今日から(静岡県は)梅雨に入ったんじゃないかねえ」とのこと。

母はちっとも目を覚まさない。
もう、指の体操もしない。
OKサインもしない。
母は、鼻の下に産毛が生えていて、1本だけ口元に長くて黒い毛が生えている。
それを今日、切ってあげようと思って小さなハサミを持ってきたのだけど、まだ、深く眠っている。
すやすやと安らかに眠っている母を見ると、このまま、永遠に起きないのではないかと思う。
でも、それでもいいか、とも思う。
音もなく降り続ける雨。
白い街で、じっとしている白や灰色のビル。
木も、遠くの山も、霧に覆われ色がない。
「おしっこ」と言って、母が目を開けた。
でも、朦朧としているのか、起き上がれない。
私と看護婦さんふたりと、三人がかりでゆっくりと動かせる。
母はもう、立てなくなっている。
足がまったく動かない。
中腰のまま、目をつぶって、どうしたらいいのか分からなくなっている様子。
トイレをすませた母は、ベッドに腰掛け、トロンとした目で私のことを見る。
はじめて見たみたいな、不思議そうな目をしている。
「あなたは誰?」というような目。
そうかと思うと、私のよそゆきのワンピースの袖口を触ったりしている。
指先で肌触りを確かめているみたいに。
もう、自力でトイレに立つのは無理なので、看護婦さんと相談し、おむつに変えることになった。
姉に電話して伝える。
夕方、姉が仕事帰りに来たら、この2、3日での急激な変化にきっと驚くだろうな。
母は、お昼ごはんをはじめて残した。
食べる気力が続かないようだった。
私が箸で食べやすくちぎったものを、スプーンにのせると、自分で口に運ぶのだけど、もぐもぐしているうちに寝てしまいそうになる。
窓に打ちつける雨。
梅雨入りしたのだと、誰か看護婦さんが言っていた。
『くうき』を手渡すと、読みかけのところが分かるらしく、続きを読んでいる。
めくりすぎていないか、紙が重なっていないか指先でページを確かめながら、めくっている。
母がリクエストした『しろいうさぎとくろいうさぎ』の表紙を見せると、一瞬だけあの笑顔で微笑んだ。
今日私は、神戸に帰ろうと思うのだけど。
荷物を持って、病院に来ているのだけど。
本当に帰って、大丈夫なのだろうか。
今日の母は、これまででいちばん穏やかな表情で、痛がりもかゆがりもせず、こんこんと眠っては、薄目を開け、また眠る。
今日の眠りは、これまでとははっきり違う気がする。
眠りの深さが違う。
私は母を置いて、このまま帰っていいのだろうか。
明日とあさっては週末で、主治医の診察が休みなので、心を決め、面談を申し込んだ。
面談の結果を伝えるため、みっちゃんと姉に電話した。
よっちゃんがすぐに駆けつけてくれた。
4時台の新幹線。
私は、マスクをしたままなのがちょうどいい。
老眼鏡をかけたままだと、景色がぼやけるのだけど、それでいい。
景色(この世)をぼやかしたい。
疲れているはずなのに、目をつぶっても眠れない。
母にまつわる記憶が、頭のなかで湧いては消え、とめどない。
きのう、トイレに座ったまま母は、そこでパジャマを全部脱ぎ、汗びっしょりの体を看護婦さんに拭いてもらって、着替えた。
飛び出したお腹、たるんだ体のあちこちに赤い斑点があった。
すっかりボケて、白髪を振り乱した母は、動物みたいだった。
オラウータンみたいだった。
あの大きなお腹に、私とみっちゃんは入っていたんだな。
ありがたいな。
自分のことが分からなくなって、所在なさそうにしている母は、オラウータンだけど、なんだかきれい(神聖な生き物)に見えた。
自我や欲がないというのは、きれいなことなのかな。

神戸に帰り着き、すぐにお風呂。
トイレに起きたとき、実家のベッドに寝ているような気がした。
それは母のベッドで、壁につけてある側が同じなのだ。

●2019年6月6日(木)晴れ

このところ私は、6時半に目覚め、7時に起きる。
階下に下り、あればみっちゃんからの置き手紙を読んで、動きはじめる。
今朝はコーヒーを、私の分まで淹れてくれてあった。
うれしいな。
洗濯、掃除。
なんとなしにフラフラする。
疲れが取れない。
なので、出掛ける前に10分間ほどベッドに横になった。
10時半に家を出る。
暑い、暑い。
日傘を射して、夏の道を歩いた。
病院に着くなり、「なーみちゃん、今朝、はじめて平熱に戻ったよ」。
母は顔色がよく、表情も明るい。
看護婦さんに尋ねたら、平熱といっても36度9分だった。
昼食のお盆が届いても、起きようとしない。
朝ごはんが9時だったから、まだお腹が空かないのだそう。
なので、作ってきた(あるものを詰めるだけ)お弁当を私ひとりで食べた。
塩鯖、ほうれん草のおかか醤油、煮卵、ご飯(ごま)、干し大根の漬け物。
母は1時に昼ごはん。
煮上げ(静岡はんぺん、じゃがいも、人参、絹さや)、さつま芋のきんとん、もずく酢、和え物(キャベツ、もやし、人参。薄味なのでもずく酢をかけて食べていた)、お粥(梅干し)、プリン(入れ歯をはずしてから食べた)。
無言で食べている。
ベッドに腰掛けて食べるのだけど、あちこちこぼして赤ちゃんみたい。
元気だけど、言葉があまり出てこない。
もうろく婆さんの貫禄十分になってきた。
食後に、濡れタオルで顔を拭いてあげると、自分でクリームを塗る。
髪もとかしてあげる。
そうすると、つやつやしてぐんときれいになる。
これからは夜寝る前だけでなく、昼間もやってあげよう。
ベッドに横になった母は、ボケ防止のための手指の体操をしている。
左手がグーのときは、右手はチョキ。
左右別々の指を折っていく体操もしている。
午後、「図書館で本を借りてきて」と言う。
命令口調になっていて、にくらしいったら。
本を借りに行ったついでに家に寄り、洗濯ものを取り込んだ。

夕食前のトイレのとき、母は足がまったく動かなくなっていた。
看護婦さんに優しく誘導されると、これまでは自分で立ち上がったり、助けてもらって立てたり。
それでも、足が動かないということはなかった。
配膳係の方が、誘導してくれたのだけど、ちょっと言い方が厳しい。
母は自分が何をしようとしているのか、分からなくなっている顔をしていた。
なので、私が自分で車イスに座らせ、トイレに連れていくことにした。
母は車イスには乗れたのだけど、私の力不足で、トイレに座らせることがどうしてもできなかった。
しきりに頭をふり、目を大きく見開いたりする。
「お母さん、どうしたの?」と聞いても、まるで反応がない。
私は母を抱きかかえ、はじめて泣きたい気持ちになった。
ナースコールのボタンを押しても、忙しいのかなかなか来てくれない。
汗びっしょりかいて、トイレに座った母は、紙パンツにおもらしをしていた。
夕食は、白身魚のおろし煮、おから、煮豆、お粥。
母は完食。
私の夕食は8時。
ハムカレーパン(昼間のうちに、近所のスーパーで買っておいた)と塩もみキャベツ(家から持ってきた)。
帰り道、細い細い三日月が、空に刺さりそう。

●2019年6月5日(水)曇りのち、夜になって雨

6時半起床。
みっちゃんを見送れた。
埋め立てゴミを出し、朝風呂に浸かりながら、今日は水曜日だったと気がついた(ゴミの日は木曜日)。
洗濯ものをコインランドリーへ。
病院に持っていくものを支度。
みっちゃんと私のお弁当を作っているうちに、10時となる。
今日は介護ベッドの引き取りのため、よっちゃんが来てくれることになっている。
お弁当は、冷凍しておいた豚ひき肉で甘辛いそぼろをこしらえ、いり卵とほうれん草ナムルで、そぼろご飯。
みっちゃんには、そぼろとナムルでビビンバ丼(温泉卵、コチュジャン)。
ゆうべ、お風呂のなかで思ったこと。
お風呂に浸かると、体がほぐれる。
本当に、体が休まる。
この世にお風呂があって、こんなにありがたいと思ったこと、これまでにあったろうか。
私は今、すべての時間を純粋に、自分以外の人のために使っている。
そんなこと、これまでにあっただろうか。

10時半、よっちゃんの車で病院着。
母はお昼ごはんを食べ終わり、うとうと。
体がかったるいとしきりに訴える。
お尻のえくぼの辺りを押さえているので、私が押さえたり、さすったり。
最初はベッドの脇に腰掛けていたのだけど、とろとろと陽が射して、眠たくなってきた。
私も母の布団の上に体をあずけ、目を閉じて、寝転んだままやった。
ずいぶん長いことそうしていた。
こっちにいる間、私は仕事を何もしないことに決めた。
仕事といったら、『日々ごはん』の日記をこうしてつけるくらい。
日記だって、書いても書かなくてもよくて、すべて自分次第。
つまりは、母次第。
母が目を覚まし、何かをしてほしいと要求されたら、その通りにする。
ちょっとでも体が楽になるよう、気持ちのいいようにしてあげる。
ただそれだけだ。
「すべてがお祝いだと思うんです」という、お守りのような言葉。
母の教え子だというだけで、会ったことも、聞いたこともない人からいただいた。
それが、何にもましてかけがえのないことのように感じる。
夕食後、母が図書館の「週刊文春」を夢中で読んでいるので、私は7時半に病院を出る。
夜になって雨。
ザーザーと音をたて、気持ちいいほどの雨。

●2019年6月4日(火)晴れ

7時に起きた。
洗濯したり、台所のマットを洗って干したり。
母の布団もベランダに干した。
母はもう家には戻れないだろうということで、レンタルしていた介護ベッドを返すことになった。
それから、洗濯ものをコインランドリー(すぐ近くにある)に乾かしに行ったり。
あっという間に出掛ける時間になってしまう。
10時に家を出て、図書館で絵本を5冊借りた。
病室に着くなり母は(点滴をしていた)、「ゆうべ、眠れなかったの。じんましんも出て、かゆくて、偏頭痛もあって」と訴える。
朝、主治医がみえ、かゆみ止めの薬をもらって飲んだのだそう。
私は出掛けに、庭のアジサイを1枝切ってきた
青紫色のガクアジサイ。
「あー、うちの?」といって、一度だけ目を見開き、「咲いてたんだね。知らなかったよう、きれいだねえ」。
そのまま、目をつぶった。
窓辺に置いても、もう見ようとしない。
トイレに立つ足にも、力が入らない。
絵本にも興味を示さない。
食事のお盆が届いても、「お腹が空かない」と言う。
眠たくてたまらない様子だったけれど、「お昼を食べてから、お昼寝したら?」と誘うと、ようやく起きた。
母の昼食は、カジキマグロの生姜焼き(タレがあんになっていた)、玉ねぎとかまぼこの卵とじ、もやしとワカメの煮物、お粥(うちから持ってきた梅干しを、細かくちぎってのせてくれと身振りでいう)。
ひとことも話さず、目をつぶって一心に食べた。
ほとんど完食。
パチパチと私が拍手しても、当然のような顔をして、入れ歯を外そうとしている。
私の昼食は、鶏そぼろ弁当(病院の売店で買った。甘辛く煮た干し椎茸のスライスがのっていて、とてもおいしい)、トマト&きゅうりとみょうがの塩もみ(家から持ってきた)。
食後、かすかないびきをかいてよく眠っている。
私は絵本。
家を出る前に、郵便ポストに走り書きの手紙が入っているのに気づいた。
「高山先生。仕事で来たので立ち寄りました。6/3(月)17:42」
目覚めた母に見せると、幼稚園のときの母の教え子なのだそう。
私よりひとつかふたつ年下だそう。
「電話して、様子を伝えて」という。
母が眠ってから、病室の外(窓際のソファーのところが、携帯がよく通じる)で電話した。
圧迫骨折で入院したら、血液の重大な病気がみつかったこと。
退院後はショートステイを利用しながら、自宅で療養をしていたこと。
ゴールデンウィークに輸血のために入院し、いちどは退院したけれど、先日発熱し、また入院になったことなどつらつらと伝えた。
電話の相手は、「そうですか、そうですか」とよく話を聞いてくださり、「うちの母は、高山先生よりひとつ下ですが、みんな、順番というか、この年まで生きたら、すべてがお祝いだと思うんです」と明るい声でおっしゃった。
夕食前に、バナナより長いうんちが2本も出た。
スッキリ!!
夕食は、ロールキャベツ(添え物のブロッコリーは、私が全部食べた)、炒り大豆のにんに風味(堅かったので、これも私が全部食べた)、マッシュ南瓜(一口もらったら、なめらかで、甘くて、たまらなくおいしかった)、お粥(梅干し)。
ほとんど完食。
私の夕食は、セブンイレブンのミックスサンド。
昼間、保冷剤のやわらかいの(ゆうべ、塗り薬と一緒にみっちゃんが届けてくれた)をおでこにのせてあげていた。
それが気に入った様子で、「青いの、またのせて」と言う。
食後の薬(便秘、痛み止め、かゆみ止め)を飲み、目をつぶった。
私はいつものように、8時の放送を聞いて帰る。
夕食の前に、母は図書館で借りてきた絵本『はるになったら』のページを、ゆっくりゆっくりめくっていた。
とても気に入ったらしく、両手でこしらえたOKサインを、くさりの形にからませてみせる。
これは、まだ幼いお姉ちゃんが、小さな弟に、してあげたいことを話しかける外国の絵本。
私も大好きな絵本。
8時の放送を聞いて、帰宅。

●2019年6月3日(月)晴れ

ゆうべもその前の晩も、よく眠れているのだけど、おかしな夢を連続でみた。
私に反感を持っている人たちから、集団でいじめられる夢。
ゆうべは、空を飛んで逃げた。
相手の人たちも、空を飛んでしつこく追いかけてきた。
ああ、怖かった。
姉は今朝、9時45分に病院に着いたとのこと。
私は午後2時半に来院。
母はやけにすっきりとしたいい顔をしている。
私が病室に入ったときには熱もなく、「ああ、なおみちゃん」と手を揚げた。
すぐにまた、とろとろと眠りにつく。
私が来る少し前に、リカがお見舞いに来てくれたらしい。
母は若いころのことや、リカが子どのころのことなど、思い出話をしたらしい。
リカは話を聞きながら、マッサージしてくれたとのこと。
それで少し、くたびれたのかもしれない。
輸血の前に熱を計ったら、38度あった。
今は、輸血をしながら、とろとろとまどろんでいる。
ときおり眉間にシワを寄せるときは、ズッキン という頭痛がやってきているのだろう。
母が輸血をしている間に、主治医と姉と3人で面談した。
血液検査の結果を見ながら、これからのことを相談する。
母の夕食は、塩鯖、玉ねぎと人参の炒めもの、キャベツの辛子和え、お粥、オレンジゼリー(入れ歯をはずしてから食べていた)。
めずらしく「おいしいね」と言いながら、スプーンを動かし、ひとりで食べた。
私も、うちから作ってきたお弁当(鮭、塩鯖、枝豆、青じそ、ごまの混ぜごはんのおにぎりと卵焼き、ほうれん草のおひたし)を、ベッドに並んで腰掛け、一緒に食べた。
食後にボンタンアメ1粒と、リカのお土産のわらび餅(生クリームとあんこ入り)を半分。
母が食後に甘いものを食べるのは、とても珍しいこと。
明日、病院に来る前に、図書館に寄って絵本を借りてこようかと私が言うと、「暮しの手帖」も借りてきてほしいらしく、メモを書いてよこした。
『押し入れの虫干し』ももう一度読みたい(母はすでに何回も読んでいる)という。
私が小学生のころ、母とふたりで写生に行ったときの思い出話をゆうべしたのを、ちゃんと覚えているのだ。
夜ごはんを食べ終わったら入れ歯をはずし、スポンジブラシ(歯ブラシだと歯茎から出血するようになったので)で歯や口の中をこすり、ぶくぶくぺー。
仕上げに、マウスウォッシュを水で薄めたもので、ぶくぶくぺー。
ここまでは母が自分でやり、私は堅く絞った濡れタオルで顔を拭く。
クリームのフタを開けてやると、母は自分で顔に塗り、私は髪をとかしてあげ、寝支度をする。
電気を小さくして目をつぶっていると、看護婦さんが夕食後の薬を持ってきてくださる。
薬を飲んだら(何の薬か唱えながら)、体のかゆいところに薬を塗ってあげ、薄暗い部屋で私は『帰ってきた 日々ごはん5』を読む。
母は目をつぶりながら、手指を動かして、ボケ防止の体操。
「なおみちゃん、ここがかゆいよ」と呼ばれると、私は本を置き、薬を塗ってやる。
8時の放送を合図に、私は歩いて帰る。
ここでの日常のリズムができてきた。
明日から、姉の授業がはじまるので(女子大の講師をしている)、私ひとりきりの付き添いがはじまる。
母との時間を楽しもうと思う。
日記を走り書きしている紙が、これで終わった。
明日は、A4の紙を忘れずに持ってくること。
あと、着替えのパジャマとタオルも。

●2019年6月2日(日)晴れ

姉は朝7時から病院。
なっちゃん(いちばん上の兄の娘)が、東京から子どもたちを連れてお見舞いに来て、実家にも寄ってくれた。
翔はまた背が伸び、ずいぶん大人びていた。
私の買い物袋を持ってくれたりして。
去年一緒に沖縄に行ったときには、まだまだ子どもだったのに。
みっちゃんが素麺をたっぷりゆで、りかと私で薬味を刻んで、お昼ごはんにみんなで食べた。
午後2時、姉と交代で来院。
夕方、牧師さん夫妻がお見舞いにいらっしゃった。
母の大好きな牧師さん。
まだ微熱があるし、寝てばかりで頭がぼんやりしているのかと思ったら、はっきりとした口調で、「先生、神は私に、何を課しておられるのでしょうか」と質問した。
牧師さんはひと呼吸置いてから、「照子さんの体が恢復し、また、これまでのような生活を営むことができるよう、休むための時間をくださったのだと思います。照子さんが、これまで過ごされてきた豊かな人生を、振り返るための時間を、神は与えられたのだと思います」と、ゆっくりした口調でおっしゃった。
「病院のベッドの上は、人生の学校です」ともおっしゃっていた。
そのあとで、お祈りをしてくださった。
母は牧師さんが組んだ手の上に、覆いかぶさるように、胸から上を起こし、自分の組んだ手を乗せていた。
牧師さんが帰られてから、また長い時間うとうとしていた。
目を開けてもぼんやりした視線で、体が怠そう。
そのあと、忘れたころに話しはじめた。
父とのなれそめのこと、女学生のころに入っていた演劇部のこと。
子どもの時分には、お琴を習っていた。
指で弦をはじく仕草をしながら、「♪ターン、タラララララン(お正月に流れる曲)…… さーくーら、さーくーら」と、調子っぱずれの歌を歌う。
「バイオリンも、習ってたさや。うちはけっこう、裕福だったんだね」
ひとことずつゆっくり話し、くたびれたのかまた目をつぶった。
母は、牧師さんの話を聞いているとき、補聴器がうまくはまらなくて、聞こえているのかいないのか分からないみたいな反応をしていたけど。
そうか、ちゃんと聞こえていたのだな。
私は、『帰ってきた 日々ごはん5』の続きを読む。
日暮れどき、電気もつけずに窓の明かりだけで。
ゴーーーーーと空調が鳴っているほかは、音がしない。
ときどき、遠くで看護婦さんの声がする。
また、しばらくうとうとしたと思ったら、「おしっこみたい」と言う。
トイレのあと、また眠る。
5時の時報で、懐かしい音楽がかかった。
 間延びしたオルガンみたいにのどかな音。
『富士の山』だ。
どこかの病室のおばあさんが、最期のフレーズだけ、看護婦さんと一緒に歌っている声がかすかに聞こえてくる。
「ふーじは にーっぽん いちのーやまー」
小学校のときに、私もさんざん歌った。
あのころには、明るい歌なのかと思っていたけれど、あんがい切ない曲調の歌だったのだな(後日、5時になるたびに、またかからないかと気にかけていたのだけど鳴らない。日曜日だけなのかも)。
夕食が終わり、いつものように歯を磨いて、ぐるぐるぺーをしたあと、体をかいている。
お乳を持ち上げた下の肌が赤くなっていたので、母が家でつけていたかゆみ止めの薬を、みっちゃんに電話して持ってきてもらう。
みっちゃんはもう夕食のビールを呑みはじめてしまったので、リカ(みっちゃんの娘)が運転してくれた。
「そういう薬を勝手に塗ってもいいものなのか、看護婦さんに聞いてからにした方がいいんじゃないか」と、リカが言っていたとのこと。
看護婦さんに確認してから塗ってあげる。
ときどき、頭がズッキンと痛むというので、看護婦さんにアイスノンを持ってきてもらい、冷やした。
面会時間終了を知らせる8時の放送を聞いて、帰ってきた。

●2019年6月1日(土)晴れ

きのうは、新富士駅に迎えにきてくれたよっちゃんの車で、病院へ行った。
母は熱が出たので、病院に診察にいったところ、そのまま入院することになった。
それが、きのう。
今朝は11時に病院へ。
姉と交代。
午後から、輸血。
熱は8度5分。
しきりに体が怠いと訴える。
目をつぶったまま、首筋を押さえたり、お尻を押さえたりするので、私がさすってあげる。
ちょうどいいところに当たると、親指と人差し指でオーケーのサイン。
輸血はゆっくり、2時間以上かかる。
盛んに、「はーーっ」と大きなため息をつき、「かったるいよう」と訴える。
誰に言うでもなく、訴える。
そのうち、目をつむったまま、「アイスクリーム」というので、熱があるから食べたいのかと思ったら、「あめんぼう」と言う。
そうか、飴も食べたいのか、あとで買ってきてあげようかなと思っていたら、「い。いね……いす……イギリス」と、唱える。
ずいぶん間があいて、「う。(うは記すのが間に合わなかった)。
「え。えほん……えさ」
ゆっくりゆっくり唱える。
もう、忘れちゃったのかなと思っていると、また、ちゃんと続くを唱える。
「お。オルガン、おす、おひる、ひるね」
「か。かめ、かき、カラス、かめ」
「き。「きつね、きりん、きね、キリスト、きほん」
痛みや怠さを、紛らわしているのかな。
「く。くり、くわ、くすり、クリスマス」
「け。けいと、けがわ」
「こ。こま、ことり、こや、コーヒー、紅茶、粉ミルク、こむぎこ」
「は。はね、はれ、はれま」
「ま。マリ、マサカリ」
「や。やぎ、やさい」

ようやく輸血が終わった。
母の遅い昼食は、焼き鯖南蛮漬け(少し残した)、じゃがいもとツナの煮物(完食)、ブロッコリーのピーナッツ和え(完食)、お粥(半分残す)。
スプーンですくって、何でも自分で食べる。
私の昼食は、セブンイレブンのシュウマイ弁当。
残さずにおいしく食べた。
私は、食べたあとも、どうしてかお腹がすいている。
昼食後、痛み止めの薬を飲んで、母はうとうと。
安心した様子で、お昼寝。
2時半。
うんちが出た。
母は、「よかったよう」と静かに喜び(あんまりうんちのことばかり気にするので、姉に叱られたらしい)、「どっさり出たね」と私に合図のようにして笑いながらいう。
ころんとした可愛らしいが3つだけだったのだけど、母のなかでは、「どっさり」ということになっているらしい。
うんちが出たら、顔色もよく機嫌がいい。
輸血が効いているのかもしれない。
おやつにセブンイレブンで買ってきた牛乳寒天(みかん入り)を、半分食べ、私に残りを食べろと言う(身振りで)。
そのあと、「うさぎの子」(新聞の切り抜きを持ってきた。母が寝ている間に、病室でスケッチブックにスクラップをした)を、一ページずつゆっくりゆっくりめくって最後まで読み、「いいお話だねえ」と言って、すぐに眠った。
入れ歯をはずし、眠っている母は、受け口になって、鼻の下が長く伸びている。
ケンケン(シーーシシシと笑う、犬の漫画の)みたい。
よく眠っている。
夕食は、肉団子と野菜のあんかけ(人参、椎茸、ねぎ、いんげん)、もやしとほうれん草のナムル、ピーマンと茄子のみそ炒め、お粥、パイナップル。
母は、せかされているように、スプーンを動かして一心に食べる。
ひとことも喋らない。
おいしいとも何とも言わない。
食べないと……と思っているのかな。
ピーマンや椎茸や、噛み切れないものがあると、私の手の平に吐き出す。 
最後は、肉団子の残りをあんまでぜんぶお粥にかけ、食べた。
完食。
デザートのパイナップルを、三切れのうち二切れを私に食べろと言う。身振りで。
ひと切れ食べ終わった母は、「おいしいねえ」と、はじめて言った。
食べ終わり、歯をみがき、ぶくぶくペーをして、薬を飲んで、いびきをかいて眠りはじめた。
私の夕食は、うちからひとつだけ持ってきたアップルデニッシュ(セブンの。ひと袋に小さな正方形のものが4つ入っている。みっちゃんがきのう買ってきてくれた。朝ごはんにひとつ食べた)と熱いほうじ茶。
やわらかい甘みで、とてもおいしい。
私はいつか、母のことを思い出すとき、また、これを食べたくなるんだろうか。
7時、いびきをかいてこんこんと眠っている。
私は少しだけ、怖くなる。
このまま眠り続けて、起きなくなるんではないかと。
私はできるだけ、ここにいようと思う。
ぽっかりと目を覚ました母が、「ときどきねえ、朝なのか、夕方なのか、わからなくなるの」という。
「外を見れば分かるんじゃない?」と私が答えると、
「でもね、夜明けも、夕方も、空の色がそっくりでしょう。だからね」
今は夕方の7時過ぎ。
確かに窓の外は青とグレーのだんだらで、空は藍色。ビルの灯りがちらちらして、明け方にも見える。
「なおみちゃん、歩いて帰るだら。もう、暗いから、危ないだから、早く帰りな。もういいよう、帰りな」と母がせかすので、私は帰ってきた。
帰り着き、お風呂に入ってすぐに寝る。

●2019年5月31日(金)曇り

7時に起きた。
なんだか、長い長い夢をみた。
よく眠れたような気がするけれど。
今日からまた実家に帰省する。
母は今朝、姉がお迎えに行ったとき、トイレに立つと少しふらつき気味だったとのこと。
ちょっと、心配だな。
なので、新富士へのお迎えは、よっちゃんが来てくれることになった。
11時に歩いて坂を下り、コープさんでお昼ごはんのおかずを買って、ちょうどきたタクシーに乗った。
混ぜご飯のおにぎりを持ってきたので、チキンとうずらの卵の串カツ。
新幹線に乗ってすぐに食べた。
これ、おいしいなあ。
今は、京都と名古屋の間を走っている。
田んぼには水が張られ、まだ稲が植わっていないところと、植わっているところがある。
緑はずいぶん濃い色になった。
前回帰ったときよりも、またひとつ、季節が動いたのだ。
さて、母は、どんな具合だろう。
私はどんなふうに、母に接することができるだろう。
『うさぎの子』の新聞の切り抜きも持ってきたし、『帰ってきた 日々ごはん5』のお土産もある。
きのう、中野さんをお見送りがてら新開地で買った、夏用のパジャマのプレゼントもある。
百合の花の柄の、藤色のサッカー地の涼しげなパジャマだ。

●2019年5月29日(水)晴れ

5時半に起きた。
きのうの筆談のなかで、どうしても気になることがあり、寝ながらずっと考えていた。
ゆらゆらゆらゆら。
うらうらうらうら。
体のなかでわだかまっているもの。
どうしても、流れていかないもの。
朝、それが言葉の形になってきたので、陽道くんに手紙を書くことにした。
ふたりはまだ寝ている。
7時。
起きてきた。
私の手紙も書けた。
朝ごはんを支度している間、陽道くんは帰り支度。
樹くんもなんとなしにお手伝いしている。
きのうのピザを温めて、紅茶と、ヨーグルト。
軽い会話を筆談したり、口でおしゃべりしたり。
8時10分ほど前に、タクシーを呼んで、ふたりは水族館へ出発していった。
須磨海浜公園は、六甲道からJRに乗って、20分で着くことがわかった。
なんて近いんだろう。
こんど、行ってみたいな。
ふたりをお見送りして、掃除した。
掃除機をかけ、あちこち雑巾がけ。
床についた鉛筆のあとは、きのうの筆談の名残。
消すのが惜しいので、残しておいた。
掃除をしながら、まだ、ふたりの気配が濃くあった。
声が聞こえる。
窓を開けていると、涼やかな風が入ってくる。
緑がさわさわ揺れている、葉擦れの音がする。
とっぷりと、埋まるように降ったきのうの雨と霧のせいか、空気がひんやりしている。
山の空気みたいに静謐。
ふたりが置いていった空気と合わさっている。
ああ、あれは、なんという時間だったのだろう。
本当に、本当に楽しかった。
しばしお昼寝。
陽道くんが貸してくださった本を読んでいたら、電話が鳴った。
中野さんからだった。
夕方から、ぶらりといらっしゃることになった。
わい!。
夜ごはんは、チャーハン(中野さん作。ピーマンきんぴら、豚コマ肉、卵)、大根と青じその塩もみ、ビール、白ワイン。

●2019年5月26日(日)晴れ

暑い、暑い。
きのうよりさらに暑い。
真夏みたい。
午前中の涼しいうちに、「コープさん」とパン屋さんへ。
明日は、陽道くんと樹くんがうちにいらっしゃるので、いちごのチーズケーキを作ろうと思って、材料を買いにいった。
午後は、鉛筆や色鉛筆を削ったり。
筆談のイメージを膨らませながら、ゆるゆると支度。
チーズケーキの台も焼いた。
空気がゆらゆらしている。
なんだか、「コープさん」に行ったのが、きのうのことのように思える。
2時くらいにたまらなく眠たくなって、昼寝した。
クーラーをいれて。
体が火照る。
明日、陽道くんたちは、王子動物園でひと遊びしてからいらっしゃる。
そのあと、六甲駅で待ち合わせ。
3人で合宿のように過ごします。
とても愉しみ。
28日(月)は筆談の日。
大きな紙を床に広げてやるつもり。
11時くらいから、アノニマの村上さんと宮下さんがいらっしゃる。
それまでに、パン生地を練って発酵させておこうと思う。
樹くんがやりたいようだったら、いっしょにこねよう。
夜ごはんは、フリッジ(いつぞやのパプリカチキンの残りに、ピーマンとケチャップを加えた)、塩もみ人参としらすのサラダ(黒酢ドレッシング)。
引っ越してきたばかりのころ、このくらいの時間になると、白いイルカのような船が海を進んでいるのがいつも見えていた。
それは、船体に太陽マークのあるサンフラワー号。
夕陽が当たって、白く光る。
去年、中野さんと乗った阪九フェリーは、六甲アイランドを6時半の出航だから、そのあとで見える。
3年たってわかったこと。

●2019年5月24日(金)晴れ

朝から歯医者さんへ。
歯石のクリーニングをしていただいて、すっきりと出てきたら、待合室に今日子ちゃんがいた。
びっくりして、大きな声を出しそうになった。
ひろみさんもいらした。
なんだか、たまらなく嬉しかった。
そのあとで野菜の直売所と、美容院へ。
美容院のあとは、図書館、買い物。
大荷物で帰ってきて、八幡さまでおにぎりを食べ、「六珈」さんでコーヒー豆を買って、「MORIS」へ行った。
定休日だけど、今日子ちゃんがケーキを焼いているそうなので。
ドアを開けると、開け放った窓からの風と共に、甘ーい匂いがやってきた。
「なおみさん。いいものがあるんです。急いでらっしゃらなかったら、一緒にいかがですか?」とひろみさん。
今日子ちゃんが手に持っているのは、「フロイン堂」の紙袋。
袋から出てきたのは、あんドーナツだった。
あんドーナツ(まわりにシナモンがまぶされ、もっちりとした歯ごたえで、とてもおいしかった)と炭酸水をベランダで。
そのあと、3階と4階の踊り場に上った。
「MORIS」からもうちが見えた!
八幡さまの緑も、山の緑ももくもくと膨らんで、動物のようだった。
夜ごはんは、塩鯖、ひじき煮の白和え、しらすおろし、自家製なめたけ、味噌汁(新玉ねぎ、スナップえんどう)、ご飯。

●2019年5月23日(木)晴れ

5時に目が覚めた。
この時間でも、もうずいぶん明るい。
母の夢をみた。
家族みんなで旅をする夢。
モノレールのような乗り物に乗っていたり、連絡船に乗っていたり。
母は病気のままなのだけど、体も顔つきも若く、しっかりしていた。
船の舳先で、母は誰かとひざをつき合わせ、話し込んでいた。
涙をこぼしながら、夢中になって心のうちを話していた。
それなのに私は、体のことが心配で、母を座席の方に連れ戻してしまった。
だめだなあ私は……と思いながら目が覚めた。
このごろ、自分が騒がしい。
あちこちに出かけ、出かけた先でたくさんの人に会い、心も体もわさわさしていた気がする。
母を放ったらかしにして。
そのことを、後ろめたいと思っているんだろうか。
午前中は、人参をていねいに刻んで、五目ひじき(干し椎茸、かんぴょう、人参、ひじき)を作った。
ピーマンきんぴらも作った。
ピーマンのきんぴらは、ヘタだけ取って、ワタごと全部刻んでなたね油で炒め、塩と薄口醤油で薄味にするのが好き。
ワタが入ると、ねっとりとした歯ごたえになる。
いりごまを加えると、種なのかごまなのか分からなくなる。
どちらも香ばしい。
さあ今日も、「本の本」をやろう。
夕方にはすべて終わった。
夜ごはんは、お肉たっぷりオムレツ(新玉ねぎ、合いびき肉)、自家製なめたけ、五目ひじき、青菜のセイロ蒸し(ごま油、いりごま、薄口醤油)、ご飯。

●2019年5月22日(水)晴れ

7時半に起きた。
ラジオをつけ、カーテンを開けた。
何時間も前から、明るくなっていたのは知っていたのだけど。
真っ青な空に、猫のお腹の毛みたいな雲が広がっている。
いろいろな楽しいことが続いて、しばらく日記が書けなかった。
浄土寺という場所。
ホホホ座に、通りすがりのようにやってくる人々。
自転車を引きながら、中野さんの絵を見ている近所のおばあちゃん、子どもたち。
見ている間にもぐんぐん移り変わってゆく、中野さんの大きな大きな絵。
飛び入りで絵に加わる子どもたち。
中野さんを尋ねてきた、何人もの人たち。
ホホホ座の店番をしている、このみちゃんと、もうひとりの女の子。
なんだかふたりは、「クウクウ」で一緒に働いていた子たちにも似ているような気がした。
わずかばかりのことごとに、体じゅうで向かい合う。
きれいなものが流れてきて、背筋が伸びる。
何か、みっしり詰まったものを感じる。
一緒にいると、にやにやしてしまう。
山、川。
植物屋さん。
おにぎり屋さん。
やきとり屋さん。
居心地のいい、清潔なホホホの宿。
浄土寺にいる間じゅう、見るもの聞くもの新しくて、書きたいことがたくさんあったのに、書こうとすると、とつとつとしか言葉が出てこない。
あまりにいいところだったから。
今日は朝から、「本の本」の原稿をやっていた。
推敲のようなことを、延々とやっている。
終わらないといいなと思いながら、やっている。
3時。
海が青い。
今、ピンポンが鳴って、アノニマ・スタジオから『帰ってきた 日々ごはん5』が届いた。
青みがかった靄のようなのが、カバー写真の上をうっすらと覆って、のびたインスタントラーメンが清らかに見える。
この本は、私が神戸へ移住する前と後の6ヶ月間の記録。
引っ越してきたのが5月18日。
なんとなく記念日と思っていたのに、今年はすっかり忘れていた。
そうか。
もう、4年目に入ったのか。
今夜から、寝る前にゆっくり読もう。
4時ごろ、「コープさん」へ。
海を見ながら、ゆらゆらと下りた。
坂道をあんなに賑わしていたサツキの花は、もうない。
サツキの花は下に落ちるのではなく、咲いたままの場所で、枯れていくのだな。
重なり合った葉の間で、かさかさになって、しぼんで。
いろいろな茶色がある。
なんだかそれも、きれいだった。
きれいというのではないか。
行きは西陽がきつかったけど、帰りは陽が傾き、すいすいと上った。
小さなコケを拾う。
汗をかいたので、明るいうちにお風呂に入ってしまう。
夜ごはんは、アボガドしらすおろし(さっぱりしたなかに、とろけるような濃厚さがあり、とてもおいしい)、小松菜の塩炒め、ハンペンのなたね油焼き、エノキとかき卵のスープ、白いご飯。

●2019年5月16日(木)晴れ

朝、「ホホホ座」のライブペイント中にかける、カセットテープを選んだ。
中野「何にもない荒野で、大女がテントを建てるところを想像して、なおみさんが選んでください。自分で選ぶより、その方がおもしろいと思うんです」
自分の持っているテープを、私がひとつずつかけていくと、ちょっと聞いただけで、「あ、それはいいですね」「それは、違います」と中野さんが答える。
そのテープは昔々、「カルマ」の丸ちゃんが作ってくれたもの。
小さな箱にちょうど入るよう、8つくらいのテープが揃った。
10時半過ぎに、スパゲティー(今日子ちゃんお手製の、しらすのにんにくオイル漬けで)を作って食べ、中野さんは出掛けていった。 風もなく、いいお天気。
さて、今日は何をしよう。
せっぱつまった締め切りのものはないけれど、新しい料理本の原稿、筒井君と対談をした本(本についての本なので、「本の本」と呼ぶことにしよう)の原稿など、やらなければならないことはある。
母のことをまたひとつ思い出した。
母はトイレに行くとき、歩行器を使っているのだけど、帰りはすっかり忘れ、普通に歩いて戻ってくることもある。
なので私も、トイレには付き添わなくなった。
夕飯を食べ終わって、洗い物をしているとき、「なーみちゃん、来て、来て。うんちが出ただよー!」と大声で呼ぶものだから、見に行った。
そしたら、うぐいす色の、やわらかくてきれいな赤ちゃんのうんちみたいなのが、便器のへこんだところに、ちんまりとたまっていた。
「よかったねえ、お母さん」と私は手をたたいた。
そのあとで、もういちど「あ、出そうだよ」とトイレに立って、「なーみちゃん、また出た!見に来てー、見に来てー」と呼ばれた。
また同じくらいの量が、可愛らしくたまっていた。
母は、「ああ、よかったよう。よかったよう。よかったよう」と言いながら、戻ってきた。
そして、毎日かかさずにつけている日記帳に、排便2回と記録し、赤いボールペンで囲った。
歩行器を使うとき、母は背筋が伸び、女王陛下みたいにゆっくりと歩を進める。
だからうんちのことなのに、なんだか神聖な儀式を遂行しているように見える。
そして、「ああ、よかったよう」は、生きる歓びの声だ。
食べて、うんちする。
最上級に単純なことを、こんなにも喜べるって、すごいなあ。偉いことだなあと思う。
さて。
今日の夕方、もう一着のスカートが縫い終わった。
ゴムも入れた。
かっこいいのができた。
これで、夏のスカートが2着できた。
夜ごはんは、豚肉と野菜の生姜焼き味炒め(豚肉、新玉ねぎ、ピーマン、トマト)、いかなご、ご飯。
寝る前、ベッドの上に、月明かりが青白い窓の形になって映っていた。

●2019年5月15日(水)晴れ

とってもいいお天気。
海が眩しい。
東京では、中野さんと小野さんがトークをした青山ブックセンターで、『食べたくなる本』を買った。
料理本批評の本だそう。
私はちっとも知らなかったのだけど、自分のことが書いてあった。
私がこれまで書いた本を通して、とても公平な眼差しで、私のことを深く分析してあった。
それを、3回は読んだ。
なんだか、たいへんうまく私のことを表してくださっているようでもあり、誰か知らない、おもしろくて変な人のことが書かれているような気もしたり。
いいお天気の日に、公衆の面前で、体を裏返しにされたみたいな感じもした。
あんまり触れたくないなとつねづね思っている自分の底に、触らざるおえなくなって、触ってみたら、以外とその底に励まされたような。
へえ、そうなんだ。
私はやっぱり、変わっているのか。
理由があってこうなっているので、自分では普通だと思っていたけれど。
そもそも、普通って何なんだろう……とも思うけれど。
私みたいな変な料理家は、ほかにはいない。
だからこうして今でも本を作れたり、新しいことに挑戦できる仕事をいただける。
それはたいへんありがたく、光栄なことだと思う。
著書の三浦哲哉さん、本のなかに、私のような者を取り上げてくださり、ありがとうございました。
いつかお会いして、もっとお話を聞いてみたいです。
『食べたくなる本』は、まだ読んでないところがたくさんあるので、とても愉しみ。
明日から京都の「ホホホ座」という本屋さんで、中野さんの展覧会がはじまる。
あさってから3日間ライブペイントなので、今日は会場の設営が終わったら、うちに一泊される。
東京では『ミツ』。
トンボ帰りで戻ってきて、こんどは京都にて『旅芸人の記録』。
「ホホホ座」のある浄土寺というところは、近くに山や川もあり、とってものどかなところなのだそう。
私も18日に見に行くのが、とても愉しみ。
早めに行って、中野さんがライブペイントされているところを見ながらぼーっとしたり、近所の「田中美穂植物店」(ずっと昔『クウネル』で見て、いつか行ってみたいとずっと思っていた)を覗いたり、川沿いの道を散歩したい。
その日は、「ホホホの宿」に泊まるので、ゆっくりできる。
今は7時を過ぎたところ。
空の真上には膨らみかけた半月。
そろそろ、いらっしゃるかな。
夜ごはんは、塩もみ人参とトマトのサラダ(黒酢ドレッシング)、パプリカチキン(トマトソース、茄子、ピーマン、ゆで卵)&ご飯、ビール。

●2019年5月14日(火)ぼんやりした晴れ

6時に目覚め、ラジオを聞いているうちに、うとうと。
けっきょく、8時半に起きた。
ゆうべもまた、変な夢をみた。
ここには書かないけれど。
きのう、中野さんと東京から帰ってきた。
新神戸には夕方4時半くらいに着いて、それぞれの帰路についたあと、私はまた駅にもどって売店を少しうろうろし、停留所まで歩いて、バスに乗って、「コープさん」で買い物し、タクシーがなかなかつかまらず、帰り着いたら6時を過ぎていた。
どうしてこんなに時間がかかったのだろう。
なんだか時間の感覚が、ちょっとおかしかった。
中野さんの自宅は、新神戸からさらに電車を乗りついだところにある。
多分、6時くらいに着くのではないかとおっしゃっていたから、もしかしたら、私よりも中野さんの方が早くに家に着いたかもしれない。
東京では、川原さんとずっと一緒だった。
打ち上げのあと、「ミロ」に中野さんと川原さんと3人で寄ったら、立花くんと「sunui」の恭子ちゃんにも偶然会えた。
シミズタもケイスケも、みんなみんな、ちっとも変わらず、元気そうだった。
東京は、寒くて驚いた。
昼間と夕方の温度差がすごい。
神戸も、静岡も、多少の温度差はあるけれど、東京のはなんとなく、人工的な感じがした。
都会の気候を管理している機械が壊れてしまったか、操作ミスか何か。
昼間は正確に動いているのだけど、夕方と夜の係の人が、ダイヤルを間違えて流してしまっているような。
実家では、退院した母の介護を1日と半日だけした。
母は、輸血のおかげで元気になっていたけれど、なんとなく人相が変わっていた。
顔が内側にめりこんで、前よりも目が小さくなった。
体と同じように、顔もしぼんだのかもしれない。
そして左目が、ひどく充血していた。
いちご味の飴玉が、目にはまっているみたいに、赤く透き通っていた。
退院の数日前に、整形外科(前回入院していた病棟)の大好きな看護婦さんと再会し、抱き合って泣いて、目をこすりすぎて充血したのだそう。
でも、笑顔になると、華が開いたように変わる。
ものすごく変わる。
その笑顔は、完全に閉じた目がこう「〜」なり、口角も上がって、顔中がやわらかな曲線に包まれる。
ほんの一瞬なんだけど、やさしい、あったかな小さな光が顔から出て、まわりを灯す。
それは、私が子どものころから知っている母の笑顔だ。
私はその瞬間を、何度も見たいと思った。
母は、若く見える方だと思うのだけど、会えなかったこの2週間ちょっとの間に、ちゃんと90代のおばあちゃんの顔になった(6月で90歳になる)。
病気になると、人はそうやって急激に老いていくのだ。
でも、私は不思議に思うのだけど、いくら顔がしぼんでも、皺に埋もれていても、笑顔というのは生きている限り、最後まで変わらないものなんだろうか。
相変わらず食べることが愉しみで、「レバーが(体に)いいんだって」「あと、もずくもいいって。きゅうりが入っていたら、もっといいわね」「しらすも食べたいよ」「スーパーに売ってるお寿司が食べたいよ」。
けっきょく「お寿司だとご飯を食べ過ぎるから、やっぱりお刺身がいいわ」ということになった。
私が2階で少し休んでいる間に、紙に食べたいものを書き出してあったので、買い物に行った。
その日の夕飯は、めずらしくみっちゃんも仕事が休めたので、3人でささやかに退院祝いをした。
もずく酢(みょうが、きゅうり)、ほうれん草のおひたし(釜揚げしらすのせ)、鶏レバーの醤油煮、真鯛のごまヅケ、カツオのお刺身(にんにく醤油)、まぐろの中落ち(ねぎ)、ビール、ご飯。
もずく酢とおひたしとレバーは、ホームで出されているみたいに、ちょこちょこと小鉢に盛りつけて出した。
翌朝の日曜日は、早起きしてロールパンサンド(ゆで卵のマヨネーズ和え、生ハム、キャベツの塩もみ、)を作った。
母は、その日の夕方からまたホームで預かってもらうことになっていたので、みっちゃんの夕飯の分だけキムチチャーハンも作った。
煮卵も、前の晩に6個作っておいた。
みっちゃんは仕事が忙しく、いつも外食かコンビニ弁当なので、帰省すると私はみっちゃんのためにも料理する。
日曜日の10時ごろ、新富士駅までみっちゃんに車で送ってもらうとき、母はベッドから起き上がって窓を開け、「じゃあね、なおみちゃん、元気でね」と言いながら、手を振ってくれた。
車が発進する直前、一瞬だけあの笑顔が光り、車が動き出して私たちが隠れると、素の顔に戻って、さっさと窓を閉めるのが見えた。
その腕には、紫色の大きな斑点。
左目は、赤い飴玉。
夜ごはんは、しろ菜と豆腐入り味噌雑炊(落とし卵)。
ごはんを食べ終わり、2階の窓を開けたら、正面の海に虹らしきものが立っていた。
7時になっても、海も空もまだ明るい。
ああ私、ようやく神戸に帰ってきたのだな。

●2019年5月10日(金)晴れ

今朝の目覚めのラジオは、バロック音楽だった。
このごろは、6時半にラジオをつけ、うとうとしたりベッドの上で腰の体操をしたりして、7時に起きる。
ゆうべも、『すべての見えない光』を読んだ。
もう、あと1章を残すところまできてしまった。
終わってしまうのが惜しいので、そこから先は読まずにおき、またはじめから読んでいる。
ラジオを私が買ったのも、この本に関係がある。
「気ぬけごはん」も、きのうのうちに書けたので、せいせいと実家に帰ることができる。
これから下へ下り、美容院と図書館に行って、新神戸へまわり新幹線に乗る予定。
新富士駅に着いたら、姉かよっちゃん(姉の旦那さん)が迎えにきてくれるので、そのまま病院へまわる。
また、母に会えるのが嬉しく、いそいそと支度している。
母のお土産に、夏用のパジャマを買った。
肌触りのいい、薄紫の小花模様の可愛らしいのをみつけたので。
衿のところにブランケットステッチがしてあって、やさしい肌触りだったからそれに決めた。
午後には、内科の先生と面談があるのだそう。
夕飯は姉とよっちゃんと3人で食べながら、これからのことを相談する予定。
11日は退院なので、うちに連れて帰る。
私は母に、どんなふうに接することができるだろう。
今回はパソコンを持っていかないことにした。
できるだけ家事に追われないようにし、絵本も一緒に読もうと思う。
12日の日曜日は、午前中に実家を出て、東京へ行く。
青山ブックセンターで、中野さんと小野さんのトークがあるので。
そこには、『ミツ』の原画も飾られている。
川原さんも、トークに来てくれる。
その夜は一緒に帰って、川原さんちに、また一泊させてもらえる。
とても、楽しみ。
さあ、そろそろ出かけよう。

●2019年5月8日(水)快晴

きのうは、楽しかったな。
ひろみさん、佐知子さん、今日子ちゃんの仲良し家族が、冗談を言ったり、つっこみ合ったりしながら、うちでくつろいでくれて、それを見ているのが幸せだった。
2階の窓際に集まって、双眼鏡を覗きながら、「MORIS」が見えたとか、見えないとか、「あー、見えた!」とか喜んで。
「あそこが関空かしら」とか、「あ、飛行機が飛んでる」とか。
大阪の二上山がうちから見えるのも、ひろみさんに教わった。
今日子ちゃんとひろみさんには、いつもとってもお世話になっているから、お礼をしたくて、つい料理を作りすぎた。
メニューは、人参のきんぴら、切り干し大根とほうれん草のナムル、お豆のペコリーノチーズふりかけ(グリンピース、空豆)、空豆のなたね油焼き、塩もみにんじん(味噌マヨネース)、アボガドやっこチャイナ、真鯛のごまヅケ、ふきとお揚げさんの炊いたん、とうもろこしのかき揚げ、新玉ねぎと青じそのかき揚げ、地鶏の塩焼き(フライパンで皮面だけパリパリに焼き、あとはオーブンで)、焼豚(かもめ食堂のおいしいの)とグリンピースの炊き込みご飯。
でも3人とも、びっくりするくらいよく食べてくださった。
最後の主菜のつもりの炊き込みご飯は、軽く一杯しか食べられず、お土産に持って帰っていただいた。
鶏肉の塩焼きと、新玉ねぎのかき揚げが余計だったな。
ご飯を食べながら、壁に張ったシーツにプロジェクターで映して、『人と暮らしと、台所』の録画を4人で見た。
映画サイズに大きくて、ちょっと恥ずかしかったけど。
さあ、今日から「気ぬけごはん」を書こう。
1話分が書け、4時になったので、ポストまで散歩。
今日はなんだか肌寒いな。
カーディガンと上着を羽織って、ちょうどよかった。
汗もかかずに、すいすいと上って帰ってきた。
そうだ。
この間の日記に、サツキの色のことを赤と書いたのは間違いで、濃いピンクだった。
夜ごはんは、ピザ(この間、中野さんがいらしたときに焼いた残りを、オーブンで温め直した)、人参の塩もみ(黒酢、いりごま)。
夜、縫い上がったスカートにゴムを通した。

●2019年5月7日(火)快晴

6時半に目覚め、ラジオ。
今朝はバロック音楽だった。
天気予報を聞いて、起きる。
夜明け前、とても大きな風が吹いて、真っ暗ななか、窓ガラスがガタガタ揺れた。
怖くはなかったけれど。
寝る前にいつも読んでいる本『すべての見えない光』が、いよいよ終盤になってきていて、そのことが夢のなかで重なるような感じがした。
そう。
夢も、とっても変なのを見た。
私は、これまで自分が使ってきた道具や機械、読んできた本、拾ってきた物などを食べた。
そして、体からいちど通して出てきたもの(粘液もついてないし、形もそのまま残っている)を、本当に必要なものかどうか検証している夢。
いらないものは、どんどんゴミ袋に入れてゆく。
たぶん、必要なものは体に吸収され、出てきたものは、いるかいらないか体が判断しにくいものだったんだと思う。
はっきりとは分からないのだけれど、それは、10代や20代のころに、見た覚えのあるような雑誌や本、使っていた機械(ラジカセもあった)のような気がした。
今朝は、海がずいぶん青い。
あとで買い物に行って、今日子ちゃんたちのためにおいしいものをこしらえよう。
その前に、「気ぬけごはん」を書きはじめよう。

●2019年5月6日(月)晴れのち雨

ゆうべ姉にメールをしたら、母は元気だそう。
ゴールデンウィーク明けに、また輸血をし、11日には退院できることになった。
私は10日の夕方に、また帰省する。
「なおみが来るのを、愉しみにしている様子だよ」とのこと。
今朝もまた、2階でスカートを縫う。
窓を開けて。
緑はぴかぴか。
とてもいいお天気。
こんな季節を味わいながら、縫いものができるなんて、ありがたいな。
終わってしまうのが惜しいような気持ちで、ひと針ひと針、返し縫い。
ラジオではブラームスがかかっている。
ときどき、眼鏡越しに目を上げると、緑が風に揺れている。
そこは、鬱蒼とした森(うつぶせの猫の形に似ているので、猫森と呼んでいる)のようになっているのだけど、全体でひとつの生き物みたいに、むらむらと揺れる。
規則がないように見えて、どこか芯のようなところから発令され、連動しているみたいに思えるような動き。
ブラームスに合わせ、踊っているようにしか見えない。
指揮をしているみたいにも見える。
よく、酔っぱらって木を見ると、そうなる。
老眼鏡で遠くを見ても、そうなることが分かった。
きっと、目の焦点がゆるみ、像がぼやけるのだ。
でもそれで、脳みそを通したものではない、目そのものになり、本当の森の姿が見えるという感じがする。
天気予報によると、午後から雷まじりの雨が降って、大荒れになるそうだけど、とても信じられない。
空気の色を確かめながら、そのあともずっと縫っていた。
4時を過ぎてしばらくしたころ、雷がひとつなり、風がやんだ。
あたりは暗くなり、雨が、しめやかに降り出した。
ぽつり、ぽつり。
その、厳かなこと。
しばらくして、濡れている地面の匂いが上ってきた。
緑はじっと濡れるにまかせている。
気持ちよさそう。
待ってました、という感じ。
次に、スポーツカーが走りぬけたみたいな大きな音がして、いきなり土砂降りとなる。
また弱まり、また、強まる。
私のスカートは、雨が降り出したと同時に縫い終わってしまった。
なんか残念。
1枚の生地で2着分のスカートがとれたので、もうひとつ、まだ縫いかけなのがあるけれど。 
明日は、今日子ちゃん一家が揃ってごはんを食べにいらっしゃる。
お姉さんの佐知子さんが、ロンドンから一時帰宅されているので。
私は、ひろみさんにスカートを教わったり、端布をいただいたりして、たいへんお世話になっているから、お礼をしたい。
天気がいいみたいだから、緑色のごちそうの日にしようと思う。
夜ごはんは、具だくさんみそ汁(干し椎茸、コンニャク、アカモク、麩)、筍ご飯、キムチ。

●2019年5月5日(日)晴れ

6時半に目が覚めた。
今朝のラジオは、純和風。
お能の謡だった。
「たーかーさーごーやー」。
それでも、音を小さくして、目をつむったまま聞いていた。
今日もいいお天気。
緑がつやつやしている。
朝、掃除をしていて、玄関の扉を開けたら、「かもめ食堂」さんからの置き土産があった。
ゆうべ来てくださったみたい。
私はゆうべ、8時には電気を消し、寝てしまった。
律ちゃんのお母さんのいかなごの釘煮と、「かもめ食堂」の絶品焼豚が入っていた。
この間は、中野さんのお母さんからも、釘煮をいただいた。
それが、おいしくて、おいしくて。
つい、ご飯をおかわりしてしまう。
ふたりのお母さんの、手作りのいかなご。
なんと贅沢な!
今朝はまず、ゆうべ寝ながら思っていた絵本のことをやる。
言葉がまた、少しだけ変わった。
どうだろう。
このまましばらく放っておこう。
早めにお昼を食べ、『のどじまん』を見ながら、事務仕事(レシートや領収書の整理)。
2時にはすべて終わった。
また今日も、2階のベッドの上で、スカートの続きを縫おう。
窓を開けていると、いろんな音や匂いが入ってくる。
窓を揺らす風の音。葉擦れの音。
カラスや小鳥の声。
花の香り。
ときおり遠くから聞こえる、電車が通り過ぎる音。
たまーに、汽笛。
白いレースのカーテンが、膨らんでいる。
夜ごはんは、かもめさんの焼豚(ゆでほうれん草添え)、筍ご飯(この間炊いた若竹煮で)、いかなごの釘煮2種、人参のきんぴら、味噌汁(じゃがいも)を『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年5月4日(土)晴れ

6時に目を覚まし、ラジオをつけた。
朝のクラッシックを聞きながら、うとうと。
今朝は合唱をやっていた。
ベッドのなかで、ラジオを聞きながら眠ったり、目覚めたり。
それが、長年の夢だった。
クラッシックのあとは、天気予報、ニュースと続く。
このラジオは、カセットテープも聞くことができる。
でも、よくあるラジカセみたいに、大げさな感じがしなくて、見た目はあくまでもラジオ。
三宮に中野さんと行った日に、電気屋さんでひと目見て気に入り、買った。
カセットを出し入れするところも、手で開いて、カチッといい音をさせ閉まる。
昔風の形と作りで、とても気に入っている。
セール価格の消費税込みで、なんと2030円。
いちばん気に入ったものが安いというのは、すばらしい。
さて、今日は何をしよう。
洗濯ものを干したら、スカートの続きを縫おう。
2階のベッドの上で。
ラジオの番組が騒がしいのになると、カセットテープをかけた。
窓を開けて、ときどき緑を眺めながら。
5時半までやって、夜ごはんの支度。
それにしてもこのごろは、ずいぶん日が長くなったな。
夜ごはんは、アボガド入りオムレツ、人参のきんぴら、切り干し大根とほうれん草のナムル、春雨のピり辛炒め(ねぎだけ)、味噌汁(絹さや、豆腐)、ご飯。
できたての絵本(束見本の)を読んでから寝る。

●2019年5月3日(金)晴れ

月曜日に中野さんがいらした。
その間よく食べ、よく呑み、よくしゃべり、よく笑い、よく遊び、よく歩いた。
緑の風を、吸ったり吐いたり。
ピンクと白と赤のサツキは満開で。
今しかないこのときを、謳歌しているような日々だった。
前半は雨模様だったので、どこにも出かけず、絵本が1冊できた。
霧が出たり、雨が降ったり。
夕方になると雨が上がって、外の空気を吸いに、そこらを散歩したり。
山にも入った。
そういう目に見えない断片が、ぽろんぽろんと絵本のなかに入ったような気がする。
これは、小野さんからいただいた白い束見本。
1年前くらいに、私が詩のはじまりのようなものを書いた紙を切り抜いて、挟んでおいたら、扉のページだけ中野さんは絵を描いた。
それから忘れたころに、もうひとこと挟んでおいた。
私が縫い物をしている間に、中野さんが次の絵を描いた。
何かを切り抜いて、ペタペタと貼っている。
私が詩の続きを書き、そこらに置いておいたら、また中野さんが絵を描く。
何ページかできて、はじめから何度もめくっているうちに、詩が言いたがっていたことが見えてきたり。
そんなふうに手を動かしながら、生まれてくるものに出会えるのは楽しい。
いつも、思いも寄らない絵に驚くのだけど、詩は、絵に導かれるようにして、埋もれていたものが出てくる。
山では、山ツツジの大きな枝を1本もらってきた。
蕾だったのが、じっくりと時間をかけ、ひとつ、またひとつと花開く。
開きかかっていても、すぐには開かない。
丸二日くらいかけてようやく開くのだ。
きのうは三宮に出かけ、市役所のビルの最上階にある韓国料理屋さんで、石焼ビビンバをジュージューさせながら食べた。
歩きたい道をぐるぐる歩き、海に向かっていったらメリケンパークに着いて、海を見ながらビールを呑んだ。
夕陽がビルの間に沈むところだった。
そんな5日間、私は食べ過ぎて、1キロ太った。
今日の午後は、六甲駅まで中野さんをお見送りしたあと、「MORIS」に寄って、ひろみさんにスカートの続きを教わった。
今日子ちゃんの特製ジンジャーエールを、ベランダで飲んで、汗をかきかき坂を上って帰ってきた。
シャワーを浴び、教わったことを忘れないうちに、スカートを縫いはじめた。
さんざん遊んだあとの、すがすがしい疲れ。
2階の部屋にラジオを置いた。
ラジオって豊かだな。
夜ごはんは、おにぎり(いかなごの釘煮・中野さんのお母さん作)、筍の薄炊き(いつぞやの)、きゅうりの塩もみ(梅酢かけ)、みそ汁(絹さや、豆腐)。

●2019年4月27日(土)晴れ

7時に起きた。
カーテンを開けると、ひさしぶりの青空。
雲もまっ白。
洗い立てみたい。
隣同士の雲がくっついて、ひとつになっていくのをしばらく眺め、えいっと起きた。
ゆうべは音を立てて、雨が降っていた。
私はそれを聞きながら、『すべての見えない光』を読んでいた。
ひたすら読んでいた。
やっと、半分まできた。
とても厚い本なので、こうやって寝る前にこつこつと読み進めるのが、毎晩の静かな静かな愉しみ。
いつものように朝風呂に浸かり、朝ごはんを食べ終わってパソコンを開いたら、今日子ちゃんからメールが届いていた。
「おはようございます」という表題。

「なおみさま
今バスで阪急六甲まで降りています。
なみさんのおうちの東側と南側に虹が2つ!
バスに乗っている小さな女の子が
虹を見て『せ!どういう意味?山が虹色?』って大騒ぎです」

慌てて窓を開けてみても、虹は見えない。
2階に上ってみても、どこにもない。
時間を確かめると、1時間前に届いたメールだった。
ああ、見逃した。
それにしても、「せ!」というのは、どういう意味だろう。
兵庫弁なのかな。
あとで、美容院と図書館に行きながら「MORIS」に寄ったら、聞いてみよう。
きのうあたりから私は、ようやく神戸に帰ってきたような感じがする。
母も、元気なようなので。
世の中は大型連休がはじまったのだな。
よく晴れているけれど、きのうとは打って変わって肌寒い。
風も強く、冷たい。
坂を下りていたら、お天気雨が降ってきた。
かすかなかすかな雨。
目をこらすと、光りながら落ちている。
青空に真っ白な雲。
どこにも黒っぽい雲がないのに。
美容院から出て、六甲道を歩いているときにもまだ降っていた。
阪神御影までバスに乗って、買い物。
帰りに「MORIS」へ。
今日子ちゃんは今朝、バスのなかで、女の子が言った通りにメールを打ったのだそう。
今日子「ほんとや、『せ!』て書いてますね。どういう意味なんやろ」
私「兵庫弁?」
今日子「いやあ、そうやないと思いますけど」
私「じゃあ、お母さんのあだ名かな」
今日子「『ピ』みたいにですか?(今日子ちゃんはひろみさんのことを、ときどき『ピロミ』とか、『ピ』と呼ぶ)」
夜ごはんは、和風カレー(かぶ、人参、鶏ささみ、だし汁)、浅漬けたくあん。 

●2019年4月25日(木)曇り

6時半に起きた。
とてもよく眠れた。
窓の外に、虫が飛んでいる。
きのうよりずいぶん増えた。
なので、網戸がない2階の窓を開けられない。
その虫は、黒っぽく太い2本の足(足ではないかもしれない)をぶら下げながら、蜂のように飛ぶ。
蚊ではないと思うのだけど、蚊を大きくしたみたいな姿形。
今の季節、緑は見るからにもりもりしているけれど、生き物たちの世界も、むんむんしているのだ。
朝風呂に浸かりながら、母と自分について考えていた。
姉は、母から言われるまま、どんな要求も聞いて、何でもなく世話をしている。
学校の帰りに立ち寄っては、限られた時間のなか、バタバタと動きまわって。
私は、目の前にいる人を、そのまま受け入れることができないのかもしれない。
相手のことも、自分を通して見てしまう。
自分の都合のいいように、ねじまげようとする。
それが、自分に近しい人だとなおのこと。
我が強すぎるロッテンマイヤーさんだ。
だから、誰かと一緒に長いこと暮らせないんだと思う。
母だけでなく、生きている人はみな気高いのに。
夕方、坂を下りて「MORIS」に遊びにいった。

ベランダの椅子に座り、ひろみさんにスカートの縫い方を教わっているうちに、ビールが飲みたくなってきた。
八幡さまの緑がきれいで、とてもいい夕方だったので。
私は、駅前のスーパーで、緑色のビンのビールを買ってきた。
今日子ちゃんは、向かいの「モスバーガー」で、揚げたてのフライドポテトを買ってきてくれた。
ベランダで空を仰ぎ、初夏の夕方に乾杯。
帰ってきたら、8時前だったので、夜ごはんはなしとする。
姉からメールが届いていた。
きのうと今日、輸血をしたら、いつものお母さんに戻っていたとのこと。

●2019年4月24日(水)曇りのち雨

8時半に起きた。
くしゃみが止まらないので、あちこち掃除。
ベッドの下まで掃除機をかけ、雑巾がけ。
リビングは、学校の廊下を拭くときみたいに、腰を曲げて往ったり来たり、雑巾がけをした。
しっとりと汗をかいて、お昼ごはん。
午後、姉から電話。
母は血液検査やレントゲンなどすべて終え、遅いお昼ごはんを食べているとのこと。
元気らしい。
あとで輸血が終わったら、そのまま入院することになったそう。
前は整形外科だったけど、こんどは内科。
好きな病院だし、ここにいれば安心なので、喜んでいるらしい。
「うちから、ごま塩を持ってきて」などと、姉に頼んでいるそう。
内科の先生は、本人が希望したら退院してもいいし、様子をみてしばらく入院していてもいいとおっしゃった。
姉と相談し、ひとまずゴールデン・ウィークが終わるまで、預かっていただくのがよいのではないかということになった。
その期間は、姉もゆっくり休みが取れるし。
今は3時。
ざーざーと音を立て、雨が降りはじめた。
窓を開けると、緑の匂いが立ち上る。
緑は濡れたまま、じっとしている。
夕方、ポストまで坂を下りて散歩した。
濡れそぼった木々から、お茶の匂いがしていた。
ゆっくり下りて、ゆっくり上って、フェンスのこちら側の地面のコケをもらって帰る。
夜ごはんは、ごろごろ野菜のスープ(かぶ、人参、じゃがいも、長ねぎ、ソーセージ、生クリーム)、黒パン。

●2019年4月23日(火)晴れ

きのうの夕方、神戸に帰ってきた。
疲れているのか、そうでもないのかよく分からない。
でも、ゆうべはとても深く眠れた。
わずか4日の間だったけど、帰ってきたら季節が変わっていた。
夏みたいに暑い。
あちこち緑がもくもくして、枝など見えない。
出かけたときには、坂の桜はまだ少し残っていたのに。
メールがたくさん届いていたけれど、ぽつりぽつりとしかお返事できない。
なんだか、くしゃみと鼻水ばかり出て(花粉症だから)、それで一日が終わる。
そして、母のことを断片的に思い出している。
きのうの朝、デイサービスのお迎えがきて送り出すとき、母は自力で車に乗り込めたのだけど、ちょっと心細そうな顔をして私を見た。 血を分けた者同士の小さなお別れ。
自分でも驚いたのだけど、私も少しだけ切ないような気持ちになった。
子どもを保育園や幼稚園に預けるのは、こんな気持ちだろうか、なんて思った。
酢の物にしらすをのせたのや、厚揚げと絹さやを甘辛く煮て卵でとじたのや、お刺身やら、ホームの食事みたいに、小鉢にちょこちょこと盛って出すと、母は「やー、お御馳走だねえ」と喜んだ。
でも、座っているだけでくたびれてくるのか、そのうち目をむったまま、眉間にしわをよせて食べている。
前屈みになって、テーブルにひじをついたり、箸の先で器を押してどかしたり、近くに寄せたりする。
その箸遣いは、元気なときからの母の癖なのだけど、私はそういうのを見ると、いやな気持ちがわいてきて、「お母さん、器はちゃんと手で持って食べた方がいいと思う」と、注意した。
病人なんだから、私のいうことなんか気にしなくてもいいのに、そのあと母は、ひとつひとつの器を手に持って食べていた。
そういうときの私は、ロッテンマイヤーさん(ハイジの)みたいだ。
母のためではなく、それを見ている自分がいやなだけ。
あのとき、「かったるいだもの……」とつぶやいた、上目遣いの母の目を私は忘れないだろうな。
母は、テレビを見なくなった。
本を読む時間も少なくなった。
生きることがどんどん単純になっていく。
ごはんを食べ、入れ歯をはずし、食卓で歯をみがいたら、ぐるぐるペーと吐き出して。
食後には薬を飲む。
ボケ防止のためと思っているのか、「これは胃、これはめまい」など、ひと粒づつの薬効を言いながら。
飲み終わると、目をつむって、食道からお腹までさする。
そうして立ち上がり、歩行器につかまって姿勢を正し、ゆっくり歩いて、ベッドに腰かける。
そのまま自力で横になり、目をとじているうちに、くーくーと寝入ってしまう。
トイレに立っても、横になったらすぐに寝てしまう。
そういうとき、母の肌は蝋人形みたいに白く、私は怖くなる。
入れ歯をはずした口もとのしわが、ちゃんと動いているかどうか、じっと見た。
ほとんどの時間うとうとしているのに、入眠剤を飲むのは夜10時と決めているらしく、ふっと目を覚まし、腕時計を見ては、「まだ8時だよ」などとつぶやいている。
まるで、一日が終わるのが待ち遠しいみたいに。
白い肌は毛穴もしわもシミもなく、睫毛が生えていない目の際はますます白く、こんなにきれいだったっけというくらい、目が澄んでいる。
その目玉が、私の言うことを分かろうとして(耳がますます遠くなったので)、幼い子みたいにこちらをまっすぐにみつめる。
そうやって純に生きている相手に対し、自分はなんてつまらないことを繰り返し言っているんだろうと分かりながら、私は止めることができなかった。
私の言っていることなんか、生きることの中心からうんとはずれたところにある、頭でっかちのかさぶたみたいなものばかりだ。
母は本をあまり読まなくなったけど、『母さんのちいさかったとき』、『父さんのちいさかったとき』という昔遊びの絵本が2冊あって、それだけは同じページを開いたまま、じっくりと読んでいた。
私も気になって、読みたいな思っていたのに、けっきょく最後まで読めなかった。
掃除をしなくちゃとか、洗濯物を取り込まなくちゃとか、なんだかずっと時間に追われ、急かされているみたいな気持ちだった。
私も一緒に読んで、感想を言い合ったりすればよかった。
夜ごはんは、混ぜご飯(干し椎茸とかんぴょうの甘辛煮、いり卵、絹さや)、ブリ(冷凍しておいた)の照り焼き、お吸い物(ワカメ、豆腐)。
風呂上がり、中野さんから電話があった。
母のことをひとしきり喋り、1時間も長電話してしまう。
中野さんは、最後に、「どんなふうでも、近くにいることが、いいんだと思います」とおっしゃった。
夜、姉からメール。
ホームの看護婦さんの話によると、母の血液の数値(前よりもさらに悪くなった)では、普通なら立っていられないくらいだという。 そんなふうになっても食欲をなくさず、ごはんを残さず食べている母は本当に偉い。
余計なものが剥がれ、単純になった生を、ごはんのことばかり考えて、こつこつと生きている。
母は明日、輸血を受けに病院に行くことになった。

●2019年4月21日(日)快晴

ようやく日記が書けるようになった。
でも、何から書いていいかのか分からない。
今朝は、6時前に目が覚めたとき肌寒く、母のことが心配になり、毛布を持って下りてみた。
ゆうべはなんとなく蒸し暑く、厚手の毛布を薄いのにとりかえて寝かせたので。
母はすでにパジャマを着替え、ベッドに仰向けになったまま、かけ布団の上で両手を組みお祈りしていた。
私が布団に触ると、すぐに目を開けた。
もう、自力で(歩行器を使っている)トイレに行って、洗面所で顔を洗い、クリームも塗ったのだそう。
見たことのない服に着替えている。
小さな整理ダンスが置いてあるのだけど、そこを開け、自分で服を選んで着替えたのだな。
私は手をたたいて「すごいねえ」と讃えたのだけど、母は当然のような顔をしていた。
「この服が肌触りがよくて、やわらかくて、いちばんいいさや」なんて言って。
母は、元気なときと、そうでないときがある。
19日にショートステイ先のホームに寄ったときには、ちょうどおやつの時間で、陽の当たるリビングで皆に囲まれおしゃべりしていた。
私に気づくと、いのいちばんに手を揚げ、大きな声を出した。
とても華やいだ笑顔で、まわりのおばあちゃんたちに紹介し、「私の娘。料理研究家で、テレビにも出てるの」なんて。
そのあと部屋に戻っても、とても元気だった。
それがおとつい。
きのうの朝、帰宅したときには、顔が紙のように白かった。
目の縁も、白い。
貧血のせいで、ちょっと動くとふらふらするようで、トイレに立ったり、ごはんを食べたりしたら、すぐに横になる。
そして、うつらうつらしている。
母は、前回会ったときよりも、背中が小さくなった。
足も細くなった。
ホームのごはんがとてもおいしく、きゅうりの酢の物にしらすがのっているのがおいしかったとか、大根おろしにしらすはいいわねえとか。
あと、混ぜご飯がおいしかったとか。
「鶏肉が入っていたのかな」なんて、ひとりごと。
「おそばも出たさや、あったかいの。おいしかったよ」
「朝ごはんには、干物が出たさや」。
「残さない。私はぜーんぶ食べるさや」。
そうは言っても、一緒に食べてみると、元気だったころの半分以下しかお腹に入らないようになっている。
でも今朝は、塩もみにんじんのサラダが珍しかったらしく、「色がきれいだねえ。やあ、にんじんがこんなにおいしいとは思わなかったよ」と喜んで、トースト半分と、ベーコン入りオムレツ、りんごとはっさくのヨーグルトに蜂蜜をかけて残さず食べた。
つやつやとした元気な顔のときは、とても若々しい。
元気でないときと、20歳くらい違って見える。
夜ごはんは、いさきのお造り(みょうがのツマ)、まぐろのたたき(青じそ、ねぎ、ワサビ醤油、ごま油)、浅蜊の酒蒸し、れんこんのじりじり焼き、れんこんの薄味きんぴら、新キャベツの塩もみ(青じそ、しらすのっけ)、ほうれん草のナムル、冷やしトマト、とろろ芋、ご飯、みそ汁(豆腐、ねぎ)。
母だけ6時に食べた。
私もテーブルに座り、キャベツの塩もみを一緒に食べた。
母はとろろご飯がよっぽどおいしかったみたい。
「おいしいねえ」と何度も言って、つるつるとよく食べた。
そのあとで、みっちゃんと私は7時に夜ごはん。
軽くビールを呑みながら。
浅蜊もれんこんもキャベツも、みんな春。
若々しく、甘く、やわらかく、とてもおいしかった。
みっちゃんと食べている間、母はベッドに横になり、背中を向けて眠っていた。
こういうとき母は、とんちんかんながら、話に参加するはずなのだけど。
まるで私たちがいないみたいに。
そのあと、薄目を開けて、寝ながら腰を曲げたり、体をさすったり。
寝返りを打ったまま、じっとしているようにしか見えないのだけど、体操をしているのだと言う。

●2019年4月19日(金)ぼんやりした晴れ

暖かい。
窓の外は、いろんな若い緑でいっぱいだ。
いつの間にこんなになったんだろう。
毎日見ていたのに。
今は11時半なのだけど、朝見たときよりもまた伸びている。
朝は、黒っぽい枝がもっと見えたもの。
さて、そろそろ出掛けようかな。
また、実家に帰省します。
前回帰ったのは、3月18日から28日までだったかな。
母は、元気だろうか。

●2019年4月18日(木)晴れ

初夏のように暖かい。
海も、青い。
窓を開け、読書。
迷い込んだ蜂の羽音のブルブルを聞きながら。
『すべての見えない光』を読む。
筒井くんが最近読んで、おもしろかったというおすすめの本。
この本、とてもいい。
しんとした空気がある。
筒井くんは、もう読んだからと私にくださった。
きのうは楽しかったな。
筒井くんと対談をした。
料理は、五目きんぴら、ひじき煮の白和え、小松菜のおひたし、アボガドと豆腐のチャイナソース(醤油、オイスターソース、ごま油。なぜかピータン豆腐の味になる)、筍の炊いたん、肉厚椎茸のフライパン焼き、ちらし寿司(じゃこ、桜おぼろ、椎茸とかんぴょうの甘辛煮、いり卵、真鯛とサーモンのヅケ)、姫皮のおつゆ。
筒井くんのいろんな話を聞いて、おいしいワインを呑み、私は酔っぱらった。
だって、昼間の1時にみなさんがいらして、夜11時過ぎまでだ。
メンバーは、アノニマスタジオの村上さんと、宮下さん。
対談の前に、みんなで山に入ったのもよかった。
もうずいぶん散っていたけれど、山桜を見ることができたし、沢の水も飲めた。
私は苔を少しだけもらって帰ってきた。
ゆうべは不思議な夢をみた。
自分が子どもで、母や家族が出てきた。
3編くらいの続き物。
筒井くんの世界にもぐったから、そんな夢をみたんだと思う。
それにしても、最後に作ったちらし寿司は、具をたくさん入れすぎた。
ひとつひとつが主張しているので、何が何だか分からないような感じになった。
でも、全体でひとつの味になっていて、自分でもびっくりした。
いつもだったら私は、引き算の料理をするはずなのに、酔っぱらいながらだと、こういうことになる。
話を聞きながら、具を混ぜていったから、なんとなく、筒井くんのイメージでそうなったのかも。
いろんな小さなおいしいものが、ご飯粒が見えないくらい混ざって、角度によってあちこちできらきらしているような。
それに、たらの芽をせっかく買っておいたのに、お出しするのを忘れてしまった。
絹さやと一緒にゆでたのに、酢みそマヨネーズをかけようと思っていたのに。
明日からまた、実家へ帰省する。
土曜日の朝、母がショートステイから帰ってくるので。
夜ごはんは、チャーハン(卵、椎茸、たらの芽)、みそ汁(油揚げ、ねぎ)。

●2019年4月14日(日)降ったり止んだりの雨

静かな雨。
春の雨はあたたかい。
榎さんがいらっしゃった日は、楽しかったな。
大きな体を丸め、『くんじくんのぞう』のジオラマを、しばらくの間あちこちからじーっと見てらした。
ぽつりぽつりと、いろんなお話もした。
病気がちでよく学校を休んでいた、榎さんの子ども時代。
布団のなかでくり返し読んでいた、図鑑や漫画の本。
子どものころは、どこへでも自由に出掛けてしまう妹を探しにいくのが、自分の役目だったこと。
ある日、ひとりでお祭りに行ってしまって、探しにいったら、テキ屋の人たちとお茶を飲んでいた妹の話。
夜になって、大阪で展覧会中のマメちゃんも来てくれた。
けっきょく、夜中の12時くらいまで、呑んだり食べたりしていた。
その晩は、とてもおもしろい夢をみた。
榎さんとマメちゃんが醸し出すもの。榎さんから聞いた話のせいだと思う。
人って、目に見えないところが、動いていて、とてもおもしろい。
お客さんがうちにいらっしゃるのは、かけがえのない時間だし、本当に楽しいのだけど、ひとりの時間もまた嬉しい。
今日は朝からずっと、新しい単行本のための文章の推敲をやっている。
『のどじまん』を見ながらお昼ごはんを食べ、また、続き。
肩が凝ってきたので、さっき森の入り口まで散歩した。
長靴をはいて、傘さして。
小雨のなか、桜の花びらがはらはら散っていた。
つるニチニチソウが、花盛りだった。
雨に濡れた紫も、緑も、きれいだった。
夜ごはんは、菜の花とひき肉のピリ辛炒め、春巻き、椎茸とかんぴょうの甘辛煮、桜おむすび。
『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年4月11日(水)晴れ

7時に起きて、カーテンを開けたままごろごろ。
このところ、朝起き抜けに腰の体操をしている。
空は青く、海がきらきら光っている。
なーんだ。
やっぱり春でも光るんだ。
それに気づいたのは、おとつい。
東京帰りの中野さんが、うちに立ち寄ったのは、月曜日の夕方。
その晩、お土産話をたくさん聞いて、私はよく笑った。
中野さんが過ごしてきた東京の日々は、桜が満開で、いろんな人がくるくる動て、話し声や笑い声も聞こえてきた。
眩しくて、なんだか遠く、懐かしいような感じに包まれながら聞いていた。
私もよく喋った。
会話って、なんて楽しいんだろう、と思った。
聞きながら、話しながら、体のまわりも中も動く。
ずっとひとりでいて、私はこのところ、動いていなかったことに気づいた。
翌朝、カーテンを開けたら海が光っていた。
その日は本当にいいお天気で、白い靄がかけらもなく、海も青かった。
お昼前にふたりで出掛け、桜を見ながら坂を下って、三宮に行った。
朝、柱時計の調子が急に悪くなったので、骨董屋さんに持っていこうと思って。
骨董屋さんで、ずっとほしかった手動の青い鉛筆削りを買った。
ディズニーの光るシールがついた、頑丈そうなもの。
私が小学生のころに、誰かが持っていそうだったもの。
あんまりいいお天気だったので、そこから西に向かっててくてく歩き、桜の木をみつけると、そちらに曲がった。
たい焼き屋さんでアイスもなかを食べながら、お兄さんが焼いてくれているのを待っていたとき、雲ひとつない青空がひろがっていた。
小さな飛行機がひとつだけ、白いすじを引っ張っていた。
そこからまた歩き、コンビニでコーヒーを買って、花隈公園でしばしお花見。
満開の桜の隙間からのぞく青空。
淡いピンクと水色は、本当によくお似合い。
中野さんをお見送りしたあと、生地屋さんのバーゲンに行った。
夏用のギャザースカートに、ぴったりの生地をみつけた。
帰りに「MORIS」に寄ったのも、楽しかった。
ひろみさんにスカートの縫い方を教わったあと、今日子ちゃんと3人で『趣味どきっ!』のDVDをパソコンで見た。
ふたりの間に挟まれて、じっとだまって見ているんだけど、ふたりが登場すると、わっと笑ったりして。
それが、なんだかやたらに楽しかった。
「オアシス」で買い物をして、3人で帰ってくるのも、じんわり楽しかった。
楽しい、楽しいと、連発してしまうけど、中野さんがいらした日と、その次の日の2日間は、「ああ、楽しいー」と声が出てしまうほど、本当に楽しかった。
さて。
今日は、本のことをやろう。
きのう姉から電話があった。
母の退院が15日に決まったとのこと。
実家のリビングを母の介護部屋のようにし、週に4日間ショートステイに助けてもらいながら、姉がうちに泊まり込みで付き添うことになった。
私も月にいちどは、姉に変わって手伝いをする。
ショートステイの施設は、うちから歩いていけるところにある、小規模のとても温かい雰囲気のところなのだそう。
姉は、私が神戸に帰ってから、施設をいくつも見てまわり、いろいろ調べ、迷い、考え、そこを申し込んでくれた。
明日は、あかね書房の榎さんが、『くんじくんのぞう』のジオラマを見にいらっしゃる。
何かおいしいものをこしらえよう。
夜ごはんは、残りもの重ね焼き(ローストポークの玉ねぎソース、ほうれん草炒め、ゆでじゃがいも)、人参と絹さやのサラダ(味噌マヨネーズ)。

●2019年4月7日(日)晴れ

のどかな春の日。
朝、干してある布団の端っこに、小鳥がとまっていた。
わっ!と思ったら、飛んでいった。
そのあとにも、1階の網戸のところまで飛んできた。
うちに興味があるのかな。
お昼ごはんを食べているとき、声がしたので慌てて2階に上ったら、隣の建物の屋根にとまってこちらを見ていた。
頭から肩のあたりまでが青く、お腹の下半分が赤茶色の、つやつやしたスマートな鳥。
とてもきれい。
ジリジリブンブンと羽を震わせ、お尻の丸い蜜蜂も入ってきた。
そうか。
窓を開け放しておくと、蜂が入ってくる季節になったのだな。
鳥の名前を調べてみた。
イソヒヨドリの雄だそう。
そういえばこのさえずりは、実家に帰っていたときによく聞いた。
澄み切った水を、口のなかでころころと転がして、盛んにおしゃべりしているみたいな声。
また来ないかな。
こんど来たら、写真を撮ろう。
そのあとも、声がするたびに窓辺に立った。
窓をつーっと横切ったかと思うと、また戻ってくるのだ。
今日は、新しい絵本のテキストを書いた。
編集さんから、白紙の台割を送っていただいていたので、書き込んでみた。
写真を撮って、お送りした。
日曜日でお休みのところ、すみません。
夜ごはんは、ロールパン・サンド(焼きそば、ソーセージ、いり卵のマヨネーズ和え)、ミルクコーヒー。
『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年4月5日(金)晴れ

7時に起きた。
太陽はもう、ずいぶん高いところにある。
このごろは、陽の出の時間が早くなったのだな。
6時半に目が覚めても、すでに明るくなっている。
それに、昇る位置も変わってきている。
隣の建物に隠れて、見えない気がする。
そして、朝の海のきらきらもなくなった。
あのきらめきは、秋から冬にかけてのものだろうか。
このところの朝の海は、霞がかかったように白っぽい。
ゴミを出しにいったついでに、山の入り口まで上ってみた。
民家の桜は三分咲き。
紫色のツルニチニチ草が、咲きはじめていた。
毎年、この時期になると咲く。
ここに引っ越してきたころにも咲いていた。
あれから、もう3年がたつのだな。
もう、なのか、まだ、なのか……どちらだろう。
1輪もらって帰る。
今日は、新しい単行本のことをやろう。
実家にいるときに、なんとなくはじめたのだけど、本格的にとりかかろうと思う。
心は落ち着いている。
お昼ごろ、姉から電話があった。
母も元気でいる様子。
車イスではなく、普通の腰掛けに座って、テーブルでごはんを食べられるようになったそう。
今は4時。
海が青い。
ずいぶん日が長くなってきたな。
夜ごはんは、焼きそば(豚バラ、キャベツ、目玉焼き)、ワンタンスープ(ほうれん草)。

●2019年4月2日(火)晴れのち雨のち曇り

8時に起きた。
このごろは、いくら寝ても眠たい。
春眠暁を覚えず。
朝、カーテンの隙間の光が、天井に吊るしてあるガラス玉にあたり、玉の上に乗っているシカの胸のところが、ぽっと光っていた。
わずかに大きくなったり、小さくなったりしている白い光。
しばらく眺め、えいっと起きた。
今日は、「リンネル」のためのイラストを描いて、お送りしよう。
桜がどうなっているかも、気になるし。
11時半から、『趣味どきっ!』の再放送を見た。
ようやく落ち着いた気持ちで見ることができた。
イラストの荷物を作り、2時くらいに坂を下りた。
坂の桜は、まだまだ蕾が多かった。
神社の桜も、半分くらい。
お参りをして、鳥居をくぐったら、ぽつりぽつりときた。
お天気雨だ。
濡れながらコンビニまで歩き、イラストを送り出す。
そして郵便局まで歩き、レターパックを買った。
雨は、降ったりやんだり。
「コープさん」で買い物。
ひさしぶりなので、帰りの坂はけっこうきつかったけれど、海の見える公園は、ユキヤナギの白い花が満開だった。
『うさぎの子』に出てくるユキヤナギの絵に、そっくりだった。
山に近くなるほど雨が強くなる。
最後の桜の木の下で、雨宿り。
この桜は毎年、咲きはじめるのが遅い、おじいちゃんの樹。
空気がひんやりして、濡れながら歩くのも清々しい。
お天気雨だから。
帰ってきたら、毎日新聞が届いていた。
記事を読みながら、ちゃんとめくっていって、『うさぎの子』をみつけ、誰か知らない人が書いたつもりになって読んだ。
これから一ヶ月、ささやかな愉しみになりそうだ。
夜ごはんは、きつねうどん、かぶとかぶの葉のおひたし。
『 ノブうどん帖』の丁寧なレシピを見ながら、おだしをちゃんととって、お揚げさんを炊いた。
甘くて、ふっくらして、とってもおいしい。
噛むと、じゅわっと甘辛い汁が出てくる。
お店で食べているみたいな味。
私は、油揚げにここまで味をしみ込ませたことがない。
うどんの上に、お揚げさんを丸々1枚のせるのが、関西のきつねうどん。
あのおいしいのはどうやったら作れるんだろうと、ずっと謎だった。
一緒に煮た干し椎茸と、昆布も切ってのせた。
干し椎茸は、あぜつさんが送ってくださった大分のどんこ。
『 ノブうどん帖』の表紙の、マメちゃんの絵そっくりになった。
ああ、おいしいなあ。
ノブさんの味は、やさしいなあ。
夜、姉から電話。
母は今日、『趣味どきっ!』の再放送を、病室で看護婦さんと見たらしい。
見終わった母は、ちょっと興奮していて、「高山さん、ほっぺがピンク色!」と言われたって。
ごはんも全部食べられたし、元気だったとのこと。

●2019年4月1日(月)晴れのち雨のち晴れ

朝、水道管の清掃の方が来た。
大家さんと管理人さんもつき添って。
年に難解か、建物全体の水道管の清掃をやってくださっている、同じお兄さん。
このところ、台所の流しが詰まり気味だったから、とても助かる。
台所に3人がいても、気にせずにずっとパソコンに向かっていた。
ときどき、「高山さーん」と管理人さんにやさしい声で呼ばれる。
ラジオをつけっ放しにしていたら、今日は、新しい元号の発表があるとのこと。
私は何も知らなかった。
「発表まで、あと45分です」
「発表まで、あと30分です」
と言っている。
ついに、発表があった。
「令和」
わざわざ声をかけたりはしないのだけど、清掃のお兄さんたちも一緒にラジオを聞いていた。
今日は、大きな病院で母の検査があるので、目をつぶって祈った。
どうか、痛くありませんように。
午後、しばらくしてから大粒の雨。
そのうち大きな音がして、雹が降ってきた。
そしてまた、晴れ。
また、雨。また晴れ。
夕方、海の向こうに虹が立った。太く、くっきりしている。
柱の下のところだけなので、出たというよりは、立ったというのがぴったり。
夜ごはんは、玉ねぎ豚カツ(千切りキャベツ)、かぶの味噌汁、たくあん、混ぜるだけふりかけ(かえりじゃこ、塩昆布、かつお節、ごまを合わせ、酢とみりんと醤油と砂糖を混ぜて作った。ノブさんにいただいた)、ご飯。
夜、姉から電話があった。
母はけっきょく、お医者さんの意向もあって、検査を受けなかったのだそう。
その検査は、元気な若者が受けても痛みがきついものだから、私はとてもほっとした。
病院の喫茶室で、元号が変わったニュースを見ながら、姉がこしらえたお弁当を食べたのもよかったし、帰りは、介護タクシーの運転手さんがとてもいい人で、桜並木を走ってくれたらしい。
母は華やいで、とても嬉しそうだったとのこと。

●2019年3月31日(日)晴れのち雨のち晴れ

朝、8時に目が覚めたのだけど、染み出てくる疲れを感じ、ゆらゆらと惰眠していた。
日曜日なんだから、10時まで寝てしまおうと思って。
しぼり取れるだけしぼって、それでもまだ疲れているようなら、もっと眠ろう、と思って。
10時少し前に電話が鳴って、起きたら、中野さんだった。
ひさしぶりに声が聞けた。
母のことなど、堰を切ったようにいろいろ話す。
さあ、私も動き出そう。
帰ってきてから、はじめて掃除機をかけた。
立花くんの宿題は、きのう仕上げてお送りした。
こんな宙ぶらりんで弱っちい気持ちのときに、文など書けないと思って、依頼メールを読んですぐの晩は眠れなかった。
次の朝、お断りすることも考えて、お風呂に浸かっていた。
でも、書けないところまで追いつめていったら、出てきた。
書きたいもののイメージが、お湯のなかからぷかんと浮かび上がったみたいだった。
終わったと同時にはじまったみたいな、はじめての感触だった。
立花くんの生徒のような私には、断ることなど許されないと分かっていたから、出てきたんだと思う。
書けて、よかった。
今日は、メールの返事を書いたり、「リンネル」の写真を選んだり。
夕方、虹が出だ。
海は真ん中だけ青く、東は白っぽい。
西は、群青色。
空には黒い雲がある。
あっちは雨が降っているのだ。
夜ごはんは、グラタン(玉ねぎ、鶏ささみ、レンコン、いんげん、ほうれん草)、にんじんの塩もみサラダ(赤ワインビネガー)。
お風呂に入る前、姉に電話をしてみた。
母はきのうも今日も、とても元気だったとのこと。
よかった。

●2019年3月28日(木)薄い晴れ

9時に起きた。
ぽっかりと静かな朝。
窓の外が白っぽい。
ゆうべは帰ってすぐに、たまっていたメールを読んでお返事したり、届いていた荷物を開いたり。
お風呂に入ろうとしたら、姉から電話があった。
夕方、仕事の帰りに寄ったら、母は元気だったそう。
私が図書館で借りた絵本や本を、姉に見せたりしたのだそう。

朝ごはんを食べようとして、あんまり静かなので、ラジオをつけた。
いつものようにトーストにかぶりつき、もぐもぐしているうちに、目に涙が上ってきたので、力を入れて止めた。
うちにいると私はメソメソしてしまう。
実家にいたときには、いくらくたびれていても、何ともなかったのに。
きっと、母の体と、母をとりまくあらゆる状況に自分を重ね、ひとつになって動いていたせいで、涙など出る暇がなかったんだと思う。
生きるのと死ぬことの近くに、当たり前にいたから。
仕方ないなあ。
やばい。
今、これを書いていたら、どんどん出てきた。
ぽろんぽろん落ちる。
涙って、客観的になるから、出てくるものなんだろうか。
情緒とか、感情とかって、客観的なことと関係があるのだろうか。
今日は、留守の間に立花くんから届いていた宿題をやろう。
今は、母のことしか考えられないから、母にまつわることを書くことになるだろうと思うけども。
夜ごはんは、ワンタンスープ(白菜、干し椎茸、みそ)、たくあん、ご飯。

●2019年3月27日(水)晴れ

7時にトイレに起きた。
階段の上からのぞくと、みっちゃんの靴はなかった。
早いなあ。
もう、出かけたのか。
ゆうべは、病院から帰ってすぐに、夜ごはんの支度をした。
母の容態が変わらないようだったら、明日私は神戸へ帰るので、残った野菜を使い切った。
みっちゃんがひとりでも温め直して食べられるようものをこしらえて、タッパーに入れたり。
カレーもつくった。
お風呂に入って、ごはんを食べ終わり、ウメッシュ(ノンアル)を呑みながらひとりで『趣味どきっ!』をみるつもりで、いそいそと支度していたら、9時半ちょっと前にみっちゃんが帰ってきた。
玄関が開いた音がしたとき、まさか! と思った。
みっちゃんの帰りは毎晩10時とか11時だし、おとついは1時くらいだったから、そんなことはありえないと思っていた。
なんか、サンタクロースみたいだった。

さて、そろそろ病院へ行こう。
図書館に寄って、母の本を返して、新しい本を借りるつもり。
絵本を借りて持っていったら、喜ぶかな。
姉は学校がはじまったので(大学の先生をしている)、月曜日から私ひとりで付き添いをしている。
おとついは、介護タクシーに乗って、大きな病院に血液検査にいった(姉の旦那さんも付き添ってくれた)。
きのうから輸血がはじまった。 

図書館で絵本をいろいろ借りた。
荷物がいっぱいだったので、お昼休みをとっていた館長さんが、車で送ってくださった。
お見舞いもしてくださった。
母は、ちょうどリハビリから戻ってきたばかりで、ベッドに腰かけていた。
背筋が伸び、目もいきいきと輝いている。
話たいことがたくさんあるんです、という顔をして、館長さんに向かってお喋りしていた。
これまで見たことのない顔だった。
意志のある顔というのかな。
目がぱっちりと開いて、顔の筋肉がひきしまっていた。
それは、輸血のせいなのだ。
新しい血が体に入ると、こんなに元気になるのか。
館長さんが帰って、そのあと、私の借りてきた絵本を読んだ。
言葉がとても少ない『みさき』のことを、とてもおもしろがって読み込んでいる。
「ほら、影があるら。男の子の真下に影がはっきりあるから、お昼っていうことさや。時間と空間が、ちゃんと絵に描かれてるさや」
「絵本っていうのは、(道の上に手を添えて)前に進んでいくものなの。でも、ほら、ここで男の子は、後ろに戻るら。 そこが、すごくおもしろいさや。そういうのを、子どもはうんと喜ぶさや」
「ぼろ……ていうのは、ぼっこいっていうことだら」「ここで、雨がぽつぽつ降ってきて」「それで、この子は、ぬいぐるみがかわいそうだなと思って、戻ってきて、拾うさや」「ざーざーふってきたね」「あ、やんだ」
最後に、表紙の絵をさすりながら見て、「これはね、帰りさや。灯台が後ろにあるら」と言ったのには驚いた。
私はちっとも気づかなかった。
細かいところまで、子どもみたいな目で見ている。
3時ごろ、母はまた、しきりに「かったるいよ」と言いはじめ、目をつぶった。
輸血の力が切れたのかもしれない。
母と12日間いっしょにいて、いろんなことが分かってきた。
でも、その何十倍もの分からないことも出てきた。
これから先、母はいったいどうなるのだろう。
またすぐに、帰省しないとならないかもしれないけれど、私は自分の生活に戻らないと。
私も、生きていかないと。
夜ごはんは、白菜と小松菜のおつゆ(ノブさんが送ってくださった、おいしいおだしで)、ゆかりおにぎり(実家でにぎったお弁当の残り)。
神戸に帰ってきたら、うちがとても静かだった。
何の音もしない。
しんと、夜景が光っている。

●2019年3月22日(金)ぼんやりした晴れ

7時15分に起き、1階のリビングに下りたらみっちゃんはもう出勤したあとだった。
毎晩、帰ってくるのが10時くらいだから、私は夜ごはんのおかずを並べ、置き手紙をして、先に布団に入っている。
朝起きるといつも、食器はぜんぶきれいに洗われ、生ゴミも片づいている。
そして毎朝、みっちゃんが淹れたコーヒー(水筒に入れてくれてある)を飲む。
実家に帰ってから、今日で何日目なんだろう。
今数えたら、6日目だ。
そうか、まだそれっぽっちしかたっていないのか。
こっちに来てから、いろいろなことが次々に起こり、ついていくのがせいいっぱいで、ちっとも日記が書けなかった。
母の腰の痛みは、日に日によくなっていった。
寝たきりで、ベッドの角度を上げることさえできなかったのが、少しずつ傾斜できるようになった。
ベッドの上に机を置き、自分で食事ができるようになったのが、おとつい。
その前々日から、リハビリがはじまった。
ベッドに座り、足を下ろすだけでも辛そうだったのが、歩行器で15歩ほど歩けるようになった。
小股で、とてもゆっくりだけど。
それが、おとつい。
あれ? 先おとついだったかな。
おとついは、看護婦さんに付き添ってもらいながら、車イスでトイレに行けるようになった。
これまでずっとおしめだったから、母はとても嬉しそうだった。
大手柄のような顔をして、私を見て笑った。
姉と私は、早番と遅番を決め、ふたりで交代に付き添っている。
寝たきりで、横しか向けなかったとき、朝、昼、晩のごはんを箸やスプーンを使って口に運んでやった(母は、食べさせてあげることを「養ってもらう」と言っていた)。
おにぎりとおかずを、少しずつ、ゆっくりと口に運び、よく噛んで体の中に入れる。
残さずに食べると、「ああよかった、ぜんぶ食べられた」と、母は胸に手を当て、私は拍手する。
入れ歯をはずし、残った自分の歯を歯ブラシでこすり、口のなかををぶくぶく。
ごはんを食べるだけでもくたびれるから、目をつぶって休んでいるうちに、眠って。
おしっこで起きたり、おならしたり。
調子がいいと、うんちが出たり。
そのたびに私は、看護婦さんを呼び、おしめを取り替えたり、お尻を拭いてもらって、さっぱりと着替えたり。
寝ている間は、母のかすかないびきを聞きながら、私は本を読んだり、寝顔を眺めたり。
いびきが止まって、見ると、マスクの下の口がもぐもぐもぐもぐ動いている。
マスクのヒモがかかった耳。
母の耳はこんなに大きかったっけ、と思う。
母は、面会で誰かがいらっしゃると、別人のように華やいで元気になる。
お客さんがいらしたと告げると、「会いたいだよう。やー、嬉しいよう」と喜ぶ。
中野さんの新作絵本『ミツ』が届いた日、病院へ持っていった。
母は、ゆっくりゆっくりページをめくり、戻ったりしながら、ため息をついて読んでいた。
「涙が出そうだよう」。
読み終わって、『ミツ』を白い布団の胸に抱え、しばらく放さなかった。

今日は、1時くらいに病院に行く。
行き帰り、いつも歩いて通っている。
うちから六甲駅くらいの道のりだから、大したことはない。
でも、帰り道ではいつも、ぐったりとくたびれている。
どうしてこんなにくたびれるんだろう。
何もしていないのに。
夕方、6時半に帰ってきた。
すぐに、夜ごはんの支度。
夜ごはんは、豚のしょうが焼き(千切りキャベツ添え、しょうがを加えるのを忘れたし、甘すぎた)、刺身コンニャク(ワカメ添え、ポン酢醤油)、スープ餃子(白菜、人参)。
私は、料理がへたになった。

●2019年3月16日(土)雨のち晴れ

明け方、大きな雷が何度も轟いていた。
寝ぼけながらカーテンをめくると、いちめん黄土色の霧。
7時に起きた。
窓ガラスに雨粒が当たって、水槽のようになっている。
でも、雨は上がったみたい。
朝ごはんを食べているうちに、ぐんぐん晴れてきた。
9時に、リンネルの鈴木さんからお電話いただく。
エッセイも校正し、お送りした。
やりかけの仕事の書類はすべてプリントし、リュックに入れた。
さあ、これで準備ができた。
実家へ帰ってきます。
母は、腰の圧迫骨折で入院したのだけど、血液の病気がみつかった。
神戸にいてもそわそわと落ち着かず、気になって何もできないので、帰ることにした。
母の近くに行きたい。 母のこと、どこまで書けるかどうか分からないけれど、できるだけ記録しよう。
この日記はいま、新幹線のなかで書いている。
セブンイレブンのおにぎり(梅干し)も、ポエム(六甲のパン屋さん)のカップケーキも、とてもおいしい。
こんなにおいしかったんだ!というくらいに、おいしい。
読む本も、はじめて読んだわけではないのに、はじめてみたいな感じがする。
『ゼロになるからだ』。とても、おもしろい。
新富士駅に着いたら、姉が迎えにきてくれている。
そのまま、母の病院へ向かうつもり。

●2019年3月15日(金)晴れ

7時半に起きた。
いいお天気。
午前中に姉から電話。
母の具合が思ったより悪いので、明日帰省することになった。
私は今日、何をしておけばいいのだろう。
『帰ってきた 日々ごはん5』のゲラをお送りすること、美容院、図書館。
新聞連載の童話のゲラ(中野さんの絵が入っている)が、すべて送られてきた。
なんというありがたいタイミングだろう。
母にいいお土産ができた。
病院のベッドの上で、1枚1枚、紙芝居みたいに読んであげよう。
夜ごはんは、トマト焼き(豚ひき肉、玉ねぎ、酒、醤油、バター)、白菜の塩もみサラダ、ご飯。

●2019年3月14日(木)晴れのち曇り

5時にカーテンを開けたらまだ暗く、5時半に起きた。
オレンジがかった青白い空に、明けの明星が光っていた。
すぐに、『カゲロボ』の感想文のゲラ校正。
寝ながらずっと気になっていたので。
朝ごはんを食べ終わってからは、『帰ってきた 日々ごはん5』の最後の校正に向かった。
きのう、半分までやっておいた続き。
お昼前にはすべて終わり、木皿さんのゲラもお戻しした。
これは、新潮社の月刊誌4月号の「波」に掲載されます。
詳しくは「ちかごろの」をご覧ください。
そのあとしばらくして、病院にいる姉から電話があった。
母が急に入院することになった。
大きな病気ではないけれど、腰の骨の具合がよくない。
先々週も病院で診てもらつて、少しだけ覚悟はしていたけれど。
そわそわし、部屋のなかをうろうろと歩きまわってしまう。
ひとまず入院できただけでも、安心なのだけど。
教会や図書館に通っていろんな本を読んだり、まだまだやりたいことがたくさんあって、前向きで、童話のこともとても愉しみにしていた母のことを思うと、胸がふさぐ。
体が痛くて辛いだろうな。
まだ4時なのに、今日はずいぶん薄暗い。
海は灰色で、のっぺりと平らに見える。
どうしても心が落ち着かないので、ごはんの前に森の入り口までゆっくり歩き、ゆっくり帰ってきた。
夜ごはんは、春巻き(ピェンローの残りを煮詰め、片栗粉でまとめて包んだ)、ニラのおひたし、味噌汁(絹さや、もち麩)、ご飯(ふりかけ)。
夜、母のことで姉から電話があった。

●2019年3月12日(火)曇りのち晴れ

6時半に起きた。
昇ったばかりの太陽は、火の玉みたい。
厚い雲におおわれた空に、ぽっかり浮かんでいる。
いつもは、まわりの眩しい光ごと陽の出なのに、オレンジ色のころんとした玉だけ。
今が朝だと知らなければ、上ったばかりの大きな月のようにも見える。
窓を開け、尚ちゃんの毛糸の膝掛けを体に巻いて、しばらく見ていた。
朝風呂に浸かる前に、木皿さんの感想文の続きを書いた。
朝方、根っこがぬけて上ってきたので。
締め切りはまだ少し先なので、しばらく寝かせようか。
でも、もうできてしまったかも。
もういちど木皿さんの小説のゲラを読んでみよう。
木皿さんの感想文は、2時にはできた。
担当の編集者へお送りし、「コープさん」へ買い物へ。
海の見える公園でひと休みしたけれど、すいすい上れた。
今日は餃子を作る。
朝、再放送で見たコウケンテツさんの、おうちの餃子。
感想文を喜んでくださっているメールが、編集さんから届いた。
ああ、よかった。ほっとした。
いろいろ終わったので、餃子の具を作って、ビールを開けた。
海は薄い空色だ。
そしたら、毎日新聞の編集さんから、中野さんの絵が入ったゲラも届く。
わー。すごいすごい。
圧巻だ。
壁に張って、読んでみた。
夜ごはんは、コウさんの「おうちの餃子」、おにぎり。
コウさんの餃子は、とってもおいしいな。
大判の皮で包むのも新鮮だった。

●2019年3月11日(月)小雨のち晴れ

薄暗い朝。
お風呂から上がって窓を見ると、遠くの灯りがまだついている。
青みがかった灰色の海の、こちら側だけが毛羽立ったようになっている。
雨が降っているのだ。
朝ごはんを食べ終わったら、急に晴れ間が出てきた。
雲の流れが早い。
今日は、『カゲロボ』の書評を書きはじめよう。
木皿さんの本を評するなんて、そんな偉そうなことはとてもできないのだけど、感想文を書こう。
この間、とってもいいお天気の昼間に、ベッドの上で読んだときのことを書こう。
今、机に向かっていたら、急にわーっと明るくなったり、暗くなったりする。
シーツを洗濯したので、屋上に干しに行ったら、あんまり風が強くて、やっぱりやめた。
そのすぐあとに、ざーっと音をたて、雨が降ってきた。
お天気雨だ。
けっこう長いこと降っていた。
今日の天気は、目が離せない。
感想文を書きながら、なんども窓辺に立った。
昼ごろから晴れてきた。
窓を開けっ放しでも寒くない。
夕方、五目きんぴらを作って、りっちゃんのお母さんに教わった通りに扇風機で冷ました。
ふと窓を見ると、不思議な色をしたものが目についた。
2階段の窓から見たら、大阪のアベノハルカスの先あたりに、赤みがかった紫の靄の塊がある。
幻みたい。
じっと見ていたら、黄色や緑らしき色が現れた。
きっと、虹だと思う。
今日は、6時半になってもまだ暮れない。
いつの間に、こんなに日が長くなったんだろう。
『カゲロボ』の感想文は、ずいぶん書けた。
でも、まだ奥の方に書きたいことがあって、それが根が深く、簡単には出てこない。
明日もまた、続きをやろう。
夜ごはんは、五目きんぴら(レンコン、ごぼう、人参、コンニャク、ピーマン)、目玉焼き、ほうれん草とベーコン炒め(おとついの残り)、ごぼうの黒酢煮、ご飯。
今夜は夜景もぴかぴかだ。

●2019年3月10日(日)曇りのち雨

7時半に起きた。
どんよりした天気だけれど、心はどっかり落ち着いている。
「気ぬけごはん」は、きのうのうちにほとんど書けた。
よかった。ほっとした。
これでようやく、木皿さんの小説『カゲロボ』の書評にとりかかれる。
と、思っていたのだけれど、なんとなくまだ潮が満ちていない気がする。
もう少し体にためて、熟成させ、明日から書きはじめよう。
お昼ごはんを食べながら、「のど自慢」をのんびり見た。
いつものように、拍手したり、ほろっとしたり、笑ったり。
あとで買い物に下りたら、「MORIS」をのぞくつもり。
夜ごはんは、試作を兼ねてピェンロー(白菜たっぷりのお鍋。干し椎茸はきのうからもどしてある)を作ろうと思う。
『機関車トーマス』を見ながら食べる予定。

●2019年3月8日(金)晴れ

7時に起きた。
カーテンを開け、目をつぶったまま腹式呼吸(体操のひとつ)を10回。
ゆうべは、木皿さんの新しい小説のゲラを、いつもみたいにまた1編だけ読んで寝た。
すごくおもしろい。
毎回、遠くまで連れていかれる。
その小説の書評を書くという、大きな宿題をいただいていている。
書けるかどうか分からなくて、どきどきするけれど、でも、とても書きたいと願っている。
ゆうべはひさしぶりにぐっすり眠れた。
「かもめ食堂」さんの取材も楽しかったし、終わってから「六珈」さんで打ち合わせをして、おいしいコーヒーとチーズケーキをいただき、「MORIS」にも寄った。
「かもめ食堂」のおふたりが、出たばかりの本にサインをするというので。
ふたりが真剣にサインをしている脇で、今日子ちゃんのアクションつきの、ひろみさんとの漫才みたいなのにも笑った。
そのあと、やっさんとりっちゃんが車で送ってくださり、三人でコーヒーを飲んだ。
なんだか、六甲村のみんなに会えたような日だったな。
とても楽しく、健全な日だった。
腹式呼吸をしながら、木皿さんの小説のことで、なんとなく書きたいことが上ってきた気がする。
階段を下り、すぐにメモした。
きのうは、「かもめ食堂」のおいしいごはんをいっぱいよばれた。
夜ごはんでも、いただいたおかずを食べたから、今朝はとてもいいうんちが出た。
そういえば、「かもめ」さんのごはんを食べた日はいつもそう。
ずっと前、佐藤初女さんのごはんを食べたときにもそうなった。
きのう、りっちゃんのお母さんから教わった五目きんぴらは、野菜がいっぱいで、れんこんもごぼうもにんじんもピーマンもコンニャクも、みんなそれぞれの歯ごたえと味がした。
ちゃんと火が通って、味もしみているのに薄味で、みなそれぞれがまだ生きていて、そっくりそのままお腹に入るみたいな感じがした。
だから、腸もよく動いて、元気になるんだろう。
『六甲かもめ食堂の 野菜がおいしいお弁当』という本は、「かもめ」さんのおかずがこれでもかとぎっしり詰まった本です。
お弁当のおかずというより、ちゃんとした一品料理が、簡潔なレシピで何品も紹介されているのです。
今、アマゾンで調べてみたら、炊き込みご飯を入れて139品だそう。
すごいなあ。
本屋さんで見かけたら、ぜひ、手に取ってみてください。
さて、私もがんばろう。
今日はまず、「気ぬけごはん」から書きはじめよう。
夜ごはんは、ワンタンメン(ほうれん草、もやし、味つけ卵)。

●2019年3月5日(火)曇りのち雨

ゆうべは頭のなかがぐるぐるして、よく眠れなかった。
でも、気持ちは元気。
しゃっきりしている。
7時半に起き、朝のストレッチ体操をしてお風呂に浸かり、朝ごはんを食べ終わってからは、『帰ってきた 日々ごはん5』の新しい「あとがき」をずっと書いていた。
やけにメールが多く、いつもは2、3通なのに、15通くらい届いた。
電話もあったし。
なんだか狂おしい春。
世の中が、動いている。
空気がかきまわされている。
でも、私のいるところは静か。
窓の外は、春霞におおわれ、海が白くけぶっている。
けども、私の内側はかきまわされている。
文を書くのはそういうことだ。
気づけば3時。
雨が降っている。
書けたかもしれない。
夜ごはんは、みそ汁雑炊(油揚げ、キャベツ、大豆、溶き卵のゆうべの味噌汁に、ご飯を炊いて加えた)、ほうれん草のおひたし。
なんだか今日は、くたくただ。目も痛い。
文を書いて、こんなにくたびれたのははじめてかもしれない。
明日は、「リンネル」の取材で、「かもめ食堂」さんに料理を教わりにいくので、早めに寝よう。

●2019年2月27日(水)曇り

7時に起き、カーテンを開けた。
ベッドのなかで目をつぶり、腹式呼吸(体操のひとつ)をやっているうち、気づけば眠りかけている。
体が、眠ろうとしている。
ゆうべは9時にはベッドに入った。
ベッドに沈み込むようにくたびれていたので、すぐに眠れるのかと思ったら、そんなことはなかった。
アイデアがあれこれ浮かんでは消え、浮かんではつかまって、眠りに落ちようとすると、意識がハッと目を覚ます。
の、くり返し。
体は眠りたがっているのに、寝ちゃいけないと、意識に起こされる。
寝ていいのに。
撮影は、めっちゃ楽しい。
おもしろくてたまらない。
朝ごはんを食べ、あちこち掃除をして清めた。
今日は、10時集合。
そろそろみなさんがいらっしゃる。
さーて、どうなることやら。
1回目の撮影は、今日が最後です。

●2019年2月26日(火)快晴

7時半に起きた。
春のように暖かい。
料理本の撮影が、たまらなく楽しい。
いろいろ、剥かれる。
えー、これでいいの?
と、思う。
そうか、これでいいのか。
とも、思う。
私がいつもやっていること、考えていることが、手の動きや体の使い方に出ているらしいのだ。
そうか。
窓の外で、ツクピーツクピーと愛らしい声で鳴く小鳥。
あれはシジュウカラだっけ?
電線にひとりでとまっている。
そういえばきのう、山の入り口まで上ったら、ウグイスが鳴いていた。
今年はじめてのウグイスだ。
さて、今は11時。
ぼちぼちみなさんがいらっしゃるころかな。
それまで、体操をして待っていよう。

●2019年2月25日(月)晴れ

6時半に起きた。
カーテンを開けて寝ころんでいたら、太陽が頭の先を見せた。
じりじりと姿を表す燃える玉。
強烈な光。
窓を開け、毛糸のひざかけ(高知の尚ちゃんが編んでくれた)を体に巻きつけ、じっと眺めた。
湿った地面から立ち上る匂い。
小鳥たちが騒がしい。
ああ、ひさしぶりに昇るところを見られたな。
そのあとで、体操を4種類やった。
さて。
今日からいよいよ料理本の撮影がはじまる。
詳しいことはまだ書けないけれど、みなさんきのうのうちに東京から神戸に来てくださった。
ほんとうに、ありがたい。
私は、出せるものを出しつくせるよう、体を緩めて向かいたいと思う。
さーて、どうなることやら。

●2019年2月24日(日)晴れ

7時に起きた。
ゆうべは、8時にはもうベッドに入っていたから、いったい何時間寝たのだろう。
夢もいろいろみて、すぐにまた深い眠りに落ちた。
このところ、いろいろなことがあり、私はちょっと心の調子が不安定だった。
きのうは、股関節の突然の痛みで、原因がまるで見当たらず、ただ驚いていた。
でも、私は、そういう内面の不調が、そのまま体に出る体質なのかもしれないと思い当たった。
お腹も壊したし。
体は、なんて確かなものだろう。
そのことが、私を支えてくれている。
ありがたいなあと思う。
夜ごはんは、ひろみさんのお好み焼き(長ねぎ、豚肉)(アスパラ、豚肉)(椎茸、白菜、豚肉、卵)
3種類ぜんぶを焼いて、「機関車トーマス」を見ながら食べるつもり。

●2019年2月23日(土)晴れ

朝、起きたら、左足のつけ根が痛い。
痛くてまっすぐに立っていられない。
足をひきづって歩かないとならないくらい。
きのうもおとついも、何でもなかったのに。
どうしてなんだろう。
お風呂でもんだり、ストレッチをしてもよくならないので、整形外科に行くことにした。
なんにもなければ放っておいて、様子をみるのだけど、あさってから料理本の撮影なので。
体の具合が悪いと、心も重く、暗くなる。
坂は下りられそうもないから、タクシーを呼んだ。
感じのよさそうな病院をネットで調べ、タクシーの運転手さんに連れていってもらったのだけど、そこは最近、買い物帰りに中野さんと立ち寄っていた公園の向かいにある整形外科だった。
ついこの間も、私はこの整形外科のことを、ぼんやり見ていた。
なんとなく、いい感じのするところだなと。
でもまさか、近々お世話になるとは思ってもみなかった。
レントゲンを撮ってもらったら、骨も関節も正常とのこと。
股関節のスジが、何かの理由で炎症を起こしているらしい。
それで、リハビリも受けた。
腹筋や、体幹の筋力が弱っているらしい。
坂を上り下りしているせいだったら、今の生活を変えなければならないんだろうか……と不安だった。
ああ、よかった。
年をとるって、こういうことだ。
ストレッチや体操を続けて、筋力をつけよう。
まだまだここに住んで、歩き続けられるように。
リハビリまでの時間があったので、お昼におうどんを食べ、図書館で2時間くらい過ごしたのも、なんか、よかった。
薬を飲んだら、痛みはどんどんひいていったし。
病院が終わって、撮影の買い物もできた。
明日は、ゆっくり支度しよう。
夜ごはんは、鶏そぼろご飯(いり卵)、ちぢみほうれん草のバター炒め、みそ汁(じゃがいも、青じそ)。

●2019年2月18日(月)晴れ

7時に起きた。
太陽は雲に隠れていたけれど、オレンジと水色に染まった明け方の空だけ見れた。
6時過ぎには目覚めていたので。
今朝も、中野さんに童話を1話お送りした。
朝ごはんのあと、壁に貼り出した赤字をもういちど確認しながら、直したり、もとに戻したり。
のんびりやる。
お昼を食べて、ついに新聞の編集者にお送りした。
中野さんから、「もう1話送ってください」とのメール。
残すは、最終回の1話を明日お送りするだけ。
この童話は、毎日新聞(掲載誌面の地域が決まっているので、詳しくは「ちかごろの」にてお知らせします)の朝刊に、4月のひと月間だけ、毎日連載されます。
どうか、愉しみにしていてください。
さて。
いよいよ来週から料理本の撮影がはじまる。
今日は、その支度をぼちぼちはじめよう。
夜ごはんは、アジフライの卵とじ丼(おとつい揚げた小アジフライ、玉ねぎ、卵)、いんげんと椎茸の炒め煮、わかめのサッと炒め、具だくさんみそ汁(豆腐、椎茸、小松菜)。

●2019年2月17日(日)曇り

9時ちょっと前に起きた。
また、寝坊した。
窓の外が白い。
今朝も、童話を1話だけ中野さんにお送りした。
そしてまた、続きをやる。
お昼を食べて、「のど自慢」を見ながら、まず裏紙をA4サイズに切った。
そして、これまで書いた分をすべてプリントし、壁一面に貼ってみた。
ゆうべの電話で、中野さんも絵を貼り出しながら描いているとおっしゃっていたので。
全部貼り出してから、あちこち掃除機をかけ、玄関を出て外の空気を吸ってきた。
コーヒーもいれた。
体ごと離れているので、全体の姿が見られるのが、とてもいい。
予測が溶け、はじめて読んだみたいになる。
読みながら、イメージがつまずくところを、少しだけ赤を入れた。
さて。
これで、明日の締め切りに間に合った。
夜ごはんは、温豆腐(オリーブオイル&塩)フリッジのトマトソース炒め(玉ねぎ、プレスハム、かぶ、かぶの葉、溶けるチーズ)。

●2019年2月16日(土)曇り一時晴れ

7時に起きた。
ようやくいつもの時間が、体に戻ってきたみたい。
朝からまた、童話の続き。
きのうにひき続き、中野さんに1話だけ送った。
午後2時。
あれ? もしかして、できたかも。
これ以上、悪くも、よくもならないところまできたみたい。
明日また、はじめから読み直してみよう。
夜ごはんは、アジフライ(きのう買っておいた小アジで)、ワカメのサッと炒め、手羽元の黒酢醤油煮(ゆうべの残り)、具だくさんのみそ汁(かぶ、椎茸、かぶの葉、小松菜)。
『昨日のカレー、明日のパン』の撮影で、小アジのフライを、これでもかといっぱい作って揚げたっけ。
あのときは、しおりちゃんにずいぶん助けてもらったなあ。
もう、何年前になるんだろう。

●2019年2月14日(木)曇り

9時ちょっと前に起きた。
また寝坊した。
海の光っているところが、スケートリンクみたい。
太陽が高いからだ。
このところ、東京と実家でついてしまった、夜型の生活がまだ戻らない。
いかんなあ。
窓を開けたら、雪の花が舞っていた。
ちょっと寒い。
朝ごはんを食べ、すぐに童話。
中野さんに3話分をお送りした。
それからも、ずっと童話。
でこぼこしていたところが、なめらかになってきた。
というより、地面に埋まっていた、もともとの肌が見えてきた。
まだ、直すべきところがあるような気がするけど。
このままねかせて、明日、新しい目で眺め、また直そう。
夜ごはんは、たぬき蕎麦(天かす、ねぎ)、レンコンとごぼうのきんぴら、白菜のくたくた煮。
夕方、6時半過ぎ。
空気が蒼い。
窓を開けたら、真上に、膨らみかけた半月が出ていた。

●2019年2月13日(水)ぼんやりした晴れ

「気ぬけごはん」の校正をお送りし、朝からずっと童話を書いていた。
きのうの夕方、実家から帰ってきたのだけど、新幹線のなかでもずっとやっていた。
もう、ほとんど完成したつもりで、母に朗読してもらったら、まだまだなことが分かったので。
母は、はじめのうちは、「うーん、情景が浮かぶねえ」などと上機嫌だったのだけど、途中から声がくもってきた。
はっきりは言わないのだけど、道に迷ったような顔をしている。
むずかしいのだ。
90歳のおばあちゃんだから分からないんじゃないかな……と、心のなかで思っていたら、「私はいつも、子どもの目線で読んでるの」と言われてしまった。
なんでもお見通しだ。
それで、ちょこちょこと直しはじめたら、ダメなところが見えてきた。
中野さんには、今朝から3話ずつお送りすることになった。
もしかしたら、絵が進んでいるのかな。
追い越されてしまいそうだ。
うーん。私も、ぎりぎりまでがんばろう。
東京では、川原さんの家に2泊させてもらった。
斎藤陽道さんの「感動、」の写真展。
トークのなかで、スライドを見せてくれたのがとてもおもしろかった。
次の写真に移り変わるとき、前の写真と何秒か重なり、溶け合う瞬間。
そこに、見えないものが見えてくる。
ボクサーの額の血のあとが、一輪の赤い花になった。
自分の目が、透明になったみたいだった。
もっともっと、見たかった。
言語脳科学の大学の先生との筆談トークも、ぎっしり書き込まれたノートも、ものすごくおもしろく、興奮した。
昔の私だったら、感動してびーびー泣いたろうけれど、心は静かなまま。
見たことも聞いたこともないものが、見え隠れしながら光っていて、ただただおもしろくてたまらない現場にいる! という感じだった。
このところ、私は毎晩『異なり記念日』を読み返していた。
陽道さんも、奥さんのまなみさんも、思った通りの方だった。
姿も、表情も、なのだけど、生きている体のなかにある、勢いみたいなものが……だろうか。
次の日は、興奮覚めやらず、朝起きぬけにパジャマのまま川原さんとおしゃべりした。
絵や文(「キチム」で開いた展示会に飾ったもの)を、じっくり見せてもらったのも、とてもおもしろかった。
あちこちに話が飛びまわり、ふたりとも、とまらなかった。
雪が降りそうな日で、薄いカーテンを引いたまま、ウイスキーのお湯割りを呑んだりして。
ごはんも食べずに。
お腹がすくと、クッキーやらチョコやらつまみながら、寝床で話し続けた。
時間の流れ方が伸びたり縮んだりして、山小屋にいるみたいだった。
そして、その日は夕方から牧野さんのトークに行った。
すべてが牧野さんらしく、くすくす笑いが漏れてくるような、なんだか、あたたかい会だったな。
そのあとで、川原さんと青きみと4人で「ミロ」に呑みにいったら、立花君にも会えた。
シミズタとケイスケも、元気そうだった。
雪のなか、4人で吉祥寺駅まで歩いて帰った。
なんだか不思議だったなあ。
その次の日に、実家へ帰った。
実家では、みっちゃんが呑み屋に連れていってくれて、はじめてふたりでサシで呑んだり。母と、こちょこちょおしゃべりしたり。
童話は、パソコン画面の文字を追いながら、最初から最後まで母が朗読した。
よくもまあ集中力が続くものだと感心していたら、やっぱりそうとうくたびれたみたい。
神戸に帰ってきて、ゆうべは、「きょうの料理」を見た。
私は元気そうに映っていて、ほっとした。
時間内に、たくさんお伝えしなければならないことがあって、早口になっていたし、フライパンがなかなか温まらず、玉ねぎとひき肉を炒めるのに、木べらをかちゃかちゃ動かしすぎていたけれど。
あと、語尾が関西弁のニュアンスになっていたのが、自分でも可笑しかった。
そのあとで、陶芸家のご夫婦の台所の番組を見た。
きのうは母と、有元さんの回の再放送を見たのだけど、おもしろい番組だなあ。
じつは、最終回で私も出ます。
Eテレの、『趣味どきっ!」の「人と暮らしと、台所」という番組です。
詳しくは、「ちかごろの」をご覧ください。
長い日記を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
夜ごはんは、春雨炒め(豚コマ切れ肉、干し椎茸、絹さや、焼き肉のタレ)、ワカメのサッと炒め(ごま油、生姜、かつお節)、大根のみそ汁)、ご飯。

●2019年2月8日(金)曇り

7時半に起きた。
この日記は今、新幹線のなかで書いています。
斎藤陽道さんの写真展と、トークを見に、東京へ。
どうしても行きたくて。
言語脳学者の方と、筆談トークをなさるみたい。
浜松町の「東京人権プラザ」という展示会場には、陽道さんが書き込んだノートもあるみたいだから、ゆっくり読めたらいいなと思って。
それで、トークは7時からだけど、うんと早めに行くことにした。
新幹線のなかで、肉巻きおにぎりを食べた。
ゆうべ、しょうが焼きがとてもやわらかく、おいしくできたので、今朝、おにぎりに巻いてみた。
ラップできっちり巻くと、即席の肉巻きおにぎりみたいになる。
なかなかいいアイデア。
そろそろ、京都と名古屋の間の、いつも雪が降っている地帯を通るはずなのだけど、まだなのかな。
そこを通過するとき、今日子ちゃんのクッキーと、水筒の紅茶でおやつにしようと思う。

●2019年2月4日(月) お天気雨のち曇り

晴れていたので、屋上にシーツを干しに行ったら、細かな雨が降っていた。
ミストのようにとても細かな雨。
それで気がついた。
お天気雨だ。
慌てて下りてきて、布団を入れた。
目をこらしてみても、細かすぎて雨粒は見えないのだけど、道路にある水たまりに、小さな波紋ができている。
空の高いところは晴れていて、太陽も当たっている。
でも、下の方だけぶ厚い雲に覆われていて、高い山の上から、雲海を見ているみたい。
海も空も、白く発光している。
今日で、この世が終わってしまうような、あるいは何かを祝っているような天気。
とても珍しい天気の日。
そして、暖かい。
掃除機をかけていたら、汗が出た。
今日は立春。
春が立った日。
「立つ」という言葉には、「はじまり」という意味が含まれているのだそう。
お天気雨は、そのあとも午後2時くらいまでずっと降り続いていた。
中野さんが急にいらっしゃることになった。
三宮の「大丸」で待ち合わせ。
日陰がとても寒く、陽が当たるところは暑いくらい。
お刺身など買って帰る。
今日は、冬と春が拮抗しているような日だったな。
夜ごはんは、剣先イカのお刺身(ごま油&塩、わさび醤油、しょうが醤油)、わかさぎの唐揚げ、冷や奴(ねぎ醤油)、柚子大根、日本酒。
お酒のしめに、牛肉の甘辛煮のせご飯(中野さん作)。

●2019年2月3日(日)曇り一時晴れ

7時過ぎに起きた。
このごろ私は、夕方になると目の奥が痛くなるのだけど、もしかしたら、陽の出を見すぎなんだろうか。
朝から夕方までパソコンにかじりつき、童話に夢中になっているせいもある。
今朝も、朝ごはんを食べてからずっと童話をやっていた。
もしかして、書けたかも。
締め切りはまだ先だから、しばらく寝かせておいて、忘れたころにまた見よう。
ゆうべは、湯上がりに絨毯に寝そべり、電気ストーブを近くに寄せて「地球ドラマチック」を見た。
スカンジナビア地方の熊の親子の話だった。
小熊の兄弟が愛らしくてたまらず、手をたたいたり、笑ったりしながら見た。
そういえば、吉祥寺にいたときには、「地球ドラマチック」を毎週愉しみにしていたっけ。
これからも、ときどき見てみよう。
午後、牛乳がなくなったので、雨が降る前に「コープさん」に行った。
今日は節分祭で、龍の神社の社に、紫色の垂れ幕がしてあった。
果物や野菜もお供えしてあった。
帰り道、雨が降り出した。
小雨のなか、濡れながら坂を上った。
あたたかな雨。
しっとりと汗をかいて帰ってきた。
夜ごはんは、鰆のみそ漬け(鮭を漬けたあとのみそ床に、甘酒を加えてみた)、ほうれん草のバター炒め、五目きんぴら、柚子大根(「かもめ食堂」さんの真似をして作った)、わかめのみそ汁、ご飯。

●2019年1月31日(木)曇りのち雨

まだ暗いけど、いいことを思いついたので、紙に書いておこうと思って起きた。
夜中だと思ったら、6時半だった。
なので起きてしまう。
この時間のラジオは、いいなあ。
パソコンに向かっているうちに、空が白んできた。
でも、7時になっても明るくならない。
ぶ厚い雲に太陽が隠れているのだ。
今朝の閃きは、光っているかも。
まず、「かもめ食堂」さんの、春に出るお弁当の本のための帯文を書いた。
そして、校正を2本。
あとはずっと、童話をやっていた。
今朝の閃きを抱いたまま書いていたら、最後の情景が見えてきた。
夕方になって、雨が降り出した。
雪に変わってもおかしくないくらいの、冷たい雨。
私はお腹をこわした。
童話は、いつかは書き終えないとならないのだけど、終わってしまうのがなんか淋しい。
夜ごはんは、天ぷら(レンコン、ごぼうと人参のかき揚げ)、ご飯、みそ汁。
お腹はこわしているけど、朝から決めていたので、めげずに天ぷらを揚げた。

●2019年1月30日(水)曇りのち晴れ

ぐっすり眠って、8時少し前に起きた。
いろんな夢をみた。
夢というより、イメージの雲みたいなのがぷかりぷかり。
起きたら、左の背中が痛い。
きのうのテレビ収録は、楽しかったのだけど、どこかがずっと緊張していたんだろうな。
朝から雑誌のコラムの校正。
そして、次のリンネルのための写真選び。
それからはずっと、『帰ってきた 日々ごはん5』にまつわる原稿書きをやっていた。
ああ、背中が痛い。
一瞬だけ外に出て、そこらを歩きながら、腕をぐるぐる回してきた。
夕方、洗濯ものをたたんでいたら、あまり聞いたことのない小鳥の声がする。
窓を開けてみた。
お腹がオレンジ色の、小さな小さな鳥が、ひとりきりでいる。
透んだ声で、かすかに鳴く。
ヒッ ヒッと、ひとつづつ区切って。
この小鳥のことを、私はずっとヤマガラかと思っていたのだけど、ジョウビタキかも。
夜ごはんは、サーモンのみそ漬け焼き(白みそ、みりん、酒、ごま油を合わせ、おとついから漬けておいた)、粉ふきいも、ほうれん草と油揚げの煮浸し、五目きんぴら、納豆、ご飯。
つよしさんにお借りしている、チェコのアニメを見ながら食べた。

●2019年1月29日(火)ぼんやりした晴れ

7時に起きた。
このところ毎朝、向かいの建物にうっすらと雪が積もっている。
ゆうべはよく眠れなかったな。
夢をひとつみたけれど。
緊張しているんだろか。
いやだなー。
でも、とってもいいお天気。
太陽の下の海の金色に、「今日は、がんばりな」と言われている。
10時にタクシーのお迎えがきたら、行ってきます。
アナウンサーは大好きな岩槻さんなのだし、いつも作っている料理なんだし、リラックスしてがんばろう。
6時半に帰ってきた。
ああ、くたびれた。
急いで夜ごはんを作って食べ、お風呂。
夜ごはんは、チャーハン(豚そぼろ、卵)、ほうれん草と油揚げの煮浸し、豚汁。 

●2019年1月28日(月)曇りのち雨

ゆうべは、明け方少し前に、ぐっと冷え込んだときがあった。 空気がしんとして、外もしんとして、何の音もしない。
こういうときは雪が舞っているのかもしれないな、と思いながら目をつむっていた。
7時前にカーテンを開けた。
雲に覆われていて、陽の出は見られなかったけど、太陽が昇る前、すぐ上の雲が茜色の山脈みたいになっていた。
あれは、きのうだったっけ。
やっぱり陽の出は見られなかったのだけど、雲の切れ目から、茜色の光のカーテンが山に垂れていた。
幅広の透き通ったカーテン。
オーロラみたいで、しばらく見とれていた。
明日は、「きょうの料理」の収録で大阪のスタジオに行くので、その支度をする。
台本を読んだり、VTR(この間、うちで間撮影したもの)を見直したり。
あとで、お昼ごはんを食べたら、電車に乗って牛肉を買い物に「大丸」へ行こうと思う。
せっかくなので、生地屋さんのバーゲンものぞいてみようかな。
「大丸」デパートの牛肉は、目玉が飛び出そうに高かった。
なので、六甲に戻ってきて「いかりスーパー」で買った。
「いかり」さんのも、充分にいいお肉なので。
これは、明日のテレビで使う用。
帰りは冷たい雨。
夜ごはんは、ねぎとろ巻き(「大丸」の地下で買った)、ほうれん草と油揚げの煮浸し、豚汁(白菜と豚バラの鍋の残りに、大根、人参、白菜、ごぼう、コンニャクを加えた)。
お風呂に入る前に、もういちど台本とVTRを見て、練習しておこう。

●2019年1月27日(土)晴れのち曇りのち小雪

6時前からカーテンを開けていた。
今朝は、朝焼けはなかった。
朝、お風呂から出たら鼻血が出た。
ゆうべ夜中に目が覚めて、考えごとをしたり、『帰ってきた 日々ごはん5』のゲラを読み込んだりしていたからだ。
朝ごはんを食べ、まず中野さんに今日の分の童話を送った。
そのあとで、スイセイにメールの返事。
書く前に心を落ち着けようと思い、あちこち掃除した。
きれいになったところで、書く。
夢中で書いていて、気づけば4時を過ぎている。
海が青い。
青いのを通り越して、青紫黒い。
夕暮れどき、小雪が舞いはじめた。
どうりで寒いはずだ。
夜ごはんは、洋風そぼろご飯(玉ねぎ、合いびき肉、ディル、菊菜)、白菜と豚バラ肉のくったり煮(ポン酢醤油)、みそ汁(お麩、青じそ)。

●2019年1月25日(金)晴れのち曇り

7時に起きた。
今朝の陽の出は、控えめな美しさ。
雲に隠れた太陽のオレンジ色が、海にそのまま映っていた。
太陽が顔を出したらぐんぐん暖かくなった。
それまで、ベッドのなかでぬくぬくしていた。
太陽の威力はすごいな。
朝ごはんを食べ、いつものように童話。
このところ毎朝、これまで書いたものをメールで中野さんにお送りしている(挿絵を描いていただくので)。
毎日、一日分ずつ。
それが小さな励みになっている。
個人的な書き物(へんな言い方だけど)を、誰かに読んでもらえるのは、とてもありがたい。
感想を何も言われなくても、誰かの目が間に入るだけで、ささやかな客観性が生まれる。
『まんぷく』を見ながらお昼を食べ、今日が締め切りの原稿書きに没頭。
これは、今年に入ってから少しずつ書き進めておいた、小さなコラムが多数集まったもの。
夕方4時くらいにぶじ仕上がり、お送りした。
編集さんは、とても喜んでくださった。
ああ、よかった。
今は5時なのだけど、急に冷え込んできた。
今日は、太陽の威力を感じるのではじまり、終わった一日だった。
夜ごはんは、野菜スープ(大根、白菜、長ねぎ、玉ねぎ)、ミートソースとマッシュポテトのグラタン。

●2019年1月23日(水)晴れ

雲が多いけれど、晴れている。
暖かい。
このところずっと私は、ばななさんの古い小説を読んでいた。
『王国』の4冊からはじまって、『アムリタ』も、この間読んだ。
寝る前にベッドのなかで読むのだけど、ひと晩に1冊。
『アムリタ』は長い物語なのに、2日で読んでしまった。
なんか、もぐり込んだようになって。
『アムリタ』を読んでいたとき、登場人物のひとりひとりが纏っている空気ごと覚えていて、懐かしい人たちに再会したような気持ちになった。
現実の私は誰にも会わず、昼間は童話を書くのに夢中になって、夜になると早めに寝室に上って、読書の日々。
気づけば12時を過ぎていて、はっ!となって眠る。
夢にも出てきたし。
なんだかちょっとだけ、自家中毒のようになっていたから、おとつい中野さんがふらりと尋ねてきてくださったのが、とても嬉しかった。
中野さんは、きのう帰られた。
人と一緒に過ごせる時間は、ほんとうにありがたく貴重だ。
今日は、宮下さんが打ち合わせでいらっしゃるので、きのう三宮に中野さんをお見送りがてら、「大丸」の地下でおいしそうなエビを買ってきた。
さて、どう料理してお出ししようかな。
宮下さんとは、去年からご相談していた単行本の打ち合わせ。
ずっと待っていただいていたのだけど、今年こそ、はじめようと思う。
そうだ。
ゆうべは、『日々ごはん』の1巻を寝る前に読んだ。
半分くらいまで読んで、トイレに行こうとしたとき、自分がどこにいるのか分からなくなった。
脳みそがぐらりとなって、そうか、神戸にいるんだっけ、と思った。
読んでいる間私は、完全に吉祥寺の家にいたのだ。
そのころ私はまだ「クウクウ」で働いていて、りうも家にいて、スイセイと3人家族だった。
どんな日々を過ごしていたか、景色つきでありありと思い出していた。
ばななさんの小説といい、『日々ごはん』といい、このところ私は過去に戻って、何かを検証しているんだろうか。
自分のことを、確かめようとしてるのか。
さて、そろそろ宮下さんがいらっしゃる。
この単行本で何ができるのか。
宮下さんに半分体を預け、やわらかな心で意見を出し合おうと思う。
チーズトースト、血のソーセージ&タルト・タタン&マッシュポテト、大根のアルザス風マリネ、白菜サラダ(玉ねぎドレッシング)、水菜のナムル、ひじき煮の白和え(豆腐、ごま、ねりごま、白みそ)、海老のオリーブオイル焼き(にんにく、パセリ)、舞茸の炒めもの(オリーブオイル、アンチョビソース、ケッパー、白ワインビネガー)、赤ワイン。
お土産の赤ワインをちびちび呑みながら打ち合わせした。
夕方、宮下さんと一緒に坂を下って「MORIS」に行き、ひろみさんのピエンロー(鍋もの)と、今日子ちゃんのぜんざいをごちそうになった。
夜ごはんは、ピエンロー(くたくた白菜、干し椎茸、豚肉、鶏肉)、ぜんざい(あずき、白玉だんご、おみかんジャム)。

●2019年1月17日(木)快晴、風強し

10時半まで寝ていた。
くたびれていたので。
わざと寝坊した。
そして、へんな夢もみたので。
知らないレストランの厨房で働いていて、とても忙しく、追われている夢。
知らない人のもとで、知らない料理を作らなくてはならないし、とにかく急がなくちゃならなくて、私はひどくあたふたしていた。
その人の考えや規則を、私はちっとも理解できていなくて。
分かってないから、何をやってもうまくいかない。
自分のペースでできないことが、私はとても苦手だというのを確かめたような夢だった。
朝ごはんの支度をしていたとき、海全体が金色にさんざめいていた。
長い時間、光っていた。
窓辺に立ち、お祈り。
きのうは、撮影が終わってから、撮影の残りのグラタンを「MORIS」に持っていった。
今日子ちゃんは夕方から電車に乗って、お好み焼き屋さんに行くことになっていて、急きょ私も参加させてもらった。
今日子ちゃん、ひろみさん、「MORIS」のお客さんふたりと。
そこは、灘駅にある、ずっと行ってみたかったお店。
何を食べてもおいしくて、お腹いっぱい食べた。
何を食べたのだっけ。
ニラのベーコン巻き(キャベツ炒め添え)、小エビの塩焼き、豆腐を焼いたの(青ねぎがたっぷりのっていた。ポン酢醤油で)、キモ焼き(もやし、にんじん、キャベツ、ニラ)、えのきと菊菜のバター炒め、カキのバター焼き、椎茸焼き(ものすごい肉厚なのを、重しで押さえて焼いていた)、ねぎ焼き(すじコン入り。醤油味)、カキと豚肉のお好み焼き。
食べ過ぎたので、今日はお昼を抜いた。
そして今日は、一日中童話を書いていた。
ずいぶん進んだ。
夜ごはんの前に窓を開け、夜景に向かってもういちど祈った。
私がここで暮らせていること。
ありがとうございます。
夜ごはんは、お腹にやさしいノブさんのおうどん。
あんかけうどん(ねぎ、おろし生姜)、菊菜のおひたし、白和え(ひじき煮で)。

●2019年1月16日(水)曇りのち晴れ

6時半くらいからカーテンを開けていたのだけど、今朝は雲におおわれて、朝焼けはなし。
陽の出もまったく見られなかった。
7時に起きた。
部屋が薄暗い。
朝ごはんを食べているうちに、だんだん晴れてきた。
9時半からテレビのロケ。
そろそろみなさんがいらっしゃる。
今は、とってもいいお天気。
海もぴかぴか。
光っているところに、「がんばりな」と応援されているような。
あ、いらした。

今は、オーブンのなかを撮影中。
チーズがぐつぐつするのを待っているところ。
夜ごはんは、今日子ちゃんたちとお好み焼き屋さんで。

●2019年1月14日(月)晴れ

気持ちよく晴れている。
今日は、童話はやらない。
テキストファイルを開くとやりたくなるから、開かない。
あさって、テレビの撮影がうちであるので、朝ごはんの前に台所をしっかりめに掃除した。
続いて、「気ぬけごはん」の続き。
4時くらいに書き上がった。
洗濯ものを取り込みにいったら、空の真上に白い半月。
2階の窓を開けて深呼吸。
外に出たいな。
ちょっと、森の入り口まで散歩してこよう。
そういえばきのう、仕事机の方まで陽が入ってきて、あまりに眩しいので、吉祥寺時代に使っていた白いカーテンを出してきて、吊るしてみた。
20センチほど丈が短いのだけど、重たくならなくて、かえっていい感じ。
ぜんぜん関係がないけれど、もしかしてラジオの電波が入りやすくなったのは、カーテンのせいもあるんだろうか。
夜ごはんは、雑炊(かぶ、百合根、かぶの葉、柚子皮)、塩鯖、大根おろし。

●2019年1月13日(日)快晴

8時に起きた。
眩しい朝。
きのうは、とても楽しかった。
「nowaki」で中野さんの展示を見て、閉店してから、寒いなかてくてく歩いて恵比寿神社にお参りに行った。
筒井君は「絵本塾」があったので、みにちゃんと中野さんと3人で。
期せずして、京都の有名な神社で初詣ができた。
私は、2月からはじまる料理本作りのお祈りをした。
商売繁盛というよりは、いい本ができて、たくさんの人に届けられるように。
中野さんと私は笹を買った(みにちゃんは、きのうのうちに買った)。
京都の冬は、空気がしんとして、神戸の冷たさとはまた違う。
川が近いからだろうか。
鴨川べりに立ち並ぶ飲食店の、オレンジ色の光が、夜の黒い水面に細く長く映っていた。
いっぱい着こんで、マフラーもぐるぐる巻きにして、川沿いを3人で歩いていたとき、「ここに、光が映っているところも好きなんです」と、みにちゃんがぽつんと言った。
観光地だから人はたくさん歩いているし、話し声も聞こえてくるのだけど、みんな黒いシルエットで、どーどーと流れる川の音しかしなくて、なんだか空気が澄んでいた。
私たち3人は、前になったり後ろになったりしながら、自分の歩きたいように歩いていた。
そのときの感じ、私は忘れないだろうな。
保育園の脇道を歩いていたとき、中野さんが働いていた保育所で飼っていたうさぎの話を聞いたのも、よかった。
静かな話だった。
今思うのだけど、童話を書いていると、その世界に関係のあることが向こうから寄ってくる。
集中すればするほど、そうなる。
どこかの器官が開いて、張りついてくる。見落とさないようになる。
それは前に、『押し入れの虫干し』や、『料理=高山なおみ』の文を書いていたときと、同じ感覚。
それから、「nowaki」に戻ってきて、もういちど中野さんの絵を見て、おいしいごはんを4人で食べにいった。
ブリ大根(お通し)、カキの天ぷら、寒ブリのお刺身、平目のお造り、小芋の唐揚げ、生だこのワサビ和え、生麩とお餅の揚げびたし、生ゆばのサラダ、きつねうどん(みんなで分けた)、焼酎のお湯割り(中野さん)、熱燗(筒井君、みにちゃん、私)。
中野さんは、明日もあさっても展示が控えているので、「nowaki」に泊まり込んでらっしゃる。
なので、私はひとりで帰ってきた。
笹を大事に抱えて。
京都は遠いし、終電間際にひとりで帰ってくるのは淋しいだろうと思っていたのだけど、ちっともそんなことはなかった。
なんだか、電車に乗っている人たちひとりひとりと、一緒に帰ってきている感じがした。
ひとりの部屋も親密な感じ。
お風呂に入って、すぐに寝た。
というわけで、今朝も朝ごはんを食べ終わってから、ずっと童話を書いている。
もう3時だ。
そろそろ、「気ぬけごはん」の仕上げをしなければ。
夜ごはんは、牛スジカレー(冷凍しておいたのに、大根を蒸して加えた)、かぶの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)。

●2019年1月12日(土)曇り

まだ、薄暗いうちにカーテンを開けてみたのだけど、今朝は雲が空をおおっていて、朝焼けはなかった。
やっぱり、この間のは特別だったんだ。
朝ごはんを食べ、すぐに童話。
夢中でやる。
午後から街へ下りる予定なので、それまでがんばろう。
あとで、美容院と図書館へ行き、電車に乗って、京都へ出かける予定。
宿題の原稿書きは、あとひとつを残すのみだし、童話もずいぶん進んでほっとしたので。

●2019年1月11日(金)曇り

朝から、童話。
きのうの続き。
さっき洗濯をして、屋上に干してきた。
山は、木の葉がほとんど落ち、茶色く透けたところがずいぶん増えていた。
今朝の陽の出は見逃してしまったのだけど、きのうのがものすごかった。
6時半になる前にカーテンを開けたら、まだ暗いなか、黒い山々のシルエットの上に、強烈なオレンジの帯が伸びていた。
帯の上には青灰色の雲。
台所に下りて、ミルクティーをいれて戻ってきたら、空の高いところは水色で、オレンジとのだんだら模様になっていた。
青灰色だった雲は、7時には茜色になった。
しわの陰影がくっきりし、雲全体が赤土の大陸のよう。砂漠のよう。
海にも、雲の色が映っていた。
見とれている間に、輝きが増し、それからようやく太陽のおでましとなった。
こんなに厳かなことが、毎朝行われているとは。
今日は、午後をまわってからも、童話をずっと書いていた。
さて、次は「気ぬけごはん」をやろう。
コーヒーをいれて。
夜ごはんは、煮込みうどん(いつぞやの、かぶのみぞれあんのうどんにだし汁を加えてのばし、かぶの葉を加えて煮た)、フライパン焼き餅(焼き上がりに溶けるチーズをのせ、醤油をちょっと。海苔で巻いて食べた)、かぶのフライパン焼き、にんじん塩もみ(ポン酢しょうゆ、ごま油、ひねりごま)。

●2019年1月9日(水)雪のち晴れ

朝、7時を過ぎても薄暗い。
と思ってカーテンを開けたら、小雪が舞っていた。
そのうち、どんどん降ってきた。
上ったばかりの太陽に反射して、雪の粉が金色に光っている。
早くしないとならないのだけど、しばらく窓辺に佇んでいた。
さあ、てきぱき支度をしないと。
今日は、大阪のNHKに、スタジオに見学に行く。
9時前には家を出ないと。
支度をするうちに、雪が激しくなってきた。
傘をさして坂を下りる。
下から風で巻き上がってくる。
ポストのところまで歩いて、ちょうど来たタクシーに乗った。
電車に乗り遅れたらいやなので。
でも、六甲駅に下りたら、まったく降っていなかった。
大阪のNHKは新しく、すっきりした建物だった。
ひろびろとして、清潔で、とてもいい空気が流れていた。
「きょうの料理」のスタジオは14階にあるので、大阪城のお堀も、川も、すっかり見渡せる。
景色が大きい。
フードさんたちもみんな感じがよくて、私はとてもほっとした。
また、梅田まわりで、阪急電車に乗って帰ってきた。
夙川で下りて、お昼ごはんのパンを川べりで食べた。
水面を見ながら。
童話の続きが、出てきたがっている。
早く集中して向かいたいのだけど、その前にやらないといけない原稿書きが、ふたつかみっつある。
夜ごはんは、厚揚げのじりじり焼き(ねぎ醤油)、春巻き(「阪急梅田」のデパ地下のお総菜)、めかぶ(ねぎ、かつお節)、菊菜のおひたし(柚子のしぼり汁、ごま油、醤油、ごま)、納豆、みそ汁(豆腐、絹さや)、ご飯。
ひさしぶりの白いご飯が、たまらなくおいしかった。

●2019年1月7日(月)快晴

朝風呂から上がって、身支度をしているとき、太陽の真下の海が金色だった。
何度見てもいつも違う。
せっかくなので、見ながら2階だけ掃除機をかけてしまう。
日焼け止めを塗って。
朝ごはんのヨーグルトを食べていたら、ラジオでマーラーの「アダージェット」がかかった。
鏡のようになっている手前の海が、ちらちらちらちらきらめいている。
あまりに音楽にぴったりで、ぽーっとした。
午後から、「きょうの料理」のテレビの打ち合わせがある。
そのあと3時には小野さんがいらっしゃって、5時からつよしさんも加わって、「つ」の絵本の打ち合わせ&新年会。
小野さんがおいしい日本酒を持ってきてくださる。
とても愉しみ。
打ち合わせがはじまる前に、きのうの続きの「リンネル」の原稿を書こう。
きのうは日食だったようだけど、ちょうどその時間は雲に隠れていて、見ることができなかった。
今朝は、雲が下の方にあるので、すっきりとまん丸な太陽。
風もなく、窓を開けていても暖かい。
新年会のメニューは、かぶと大根のアルザス風マリネ(塩もみして、おろしにんにくを少し。レモン汁、ディル、オリーブオイルで和えタ)、人参の塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)、じゃがいものドフィノア、ひじき煮(干し椎茸、コンニャク)、めかぶ(だし汁、醤油、かつお節、ねぎ)、牡蠣のバター焼き(小麦粉をまぶして、オリーブオイルとバターでカリッと焼き、醤油を少し落とした)、とさか海苔の炒めもの(にんにく、にぼし、ごま油、酒、醤油)、地鶏の塩焼き、白菜の薄味煮(土鍋で煮て、だし昆布を細く切って加え、薄くとろみをつけた)、牡蠣とセリの炊き込みご飯、白ワイン、日本酒。

●2019年1月3日(木)快晴

7時の時報にまったく気づかず、8時に起きた。
ゆうべの『岸辺の旅』の空気の夢をみたみたい。
なんか、不思議な夢だった。
朝ごはんはみっちゃんと。
チーズトースト、サラダ。
かんでもかんでも鼻水が出る。
体にたまっていた悪いものが、出切ろうとしているんだ。
今回はほとんど薬を飲んでいないから、そうやって、確実に恢復していっているのがよく分かる。
もうこれで、ぶり返すことはないだろう。
今日神戸に帰るので、あちこち掃除した。
布団も干す。
母に言われ、玄関のススキを刈る。
みっちゃんも台所に掃除機をかけている。
床収納のなかも、床を上げて掃除機をかけるよう母に頼まれたらしい。
ぶつぶつ言いながらやっている。
母は、ホウキを手に持ったまま、椅子に座ってポカンとしていた。
その姿が、幼い女の子に見えた。
自分もお掃除を手伝おうとしているのだけど、邪魔になるからどうしていいか分からなくて、お父さんのことをぼんやり見ている女の子。
なんだかとても愛らしかった。
入れ歯をはずしていると、子どもみたいに見えるのかな。
それともおばあちゃんになると、子どもに近づいていくのか。
母が私の部屋におしゃべりしにきた。
童話のなかで気がついたこと(直した方がいいところ)があったらしいのだけど、忘れてしまったみたい。
母「読めば読むほど、ますます情景が見えてくるだよ。いやあ、おもしろい話だね。お母さん、愉しみだよう。どうやったら読める?」
私「うん。まだまだ完成じゃないから、頑張って書くね。新聞の連載がはじまったら、コピーをしたのを1週間にいっぺん送ろうか」
母「ああ、嬉しい。愉しみにしてるね。ファックスでもいいだよう」
昼ごはんは、磯部巻き、ちらし寿司の残り(母と私)、はんぺんと三つ葉のすまし汁(母と私)、ざる蕎麦(みっちゃん)。
さ、布団を取り込もう。
母の部屋の鏡が曇っていたのが気になっていたので、セキス水で磨いた。
ピカピカになった。
私の部屋の鏡台も磨いた。
この鏡台は、祖母が長年使っていたもの。
私が高校生のとき、部屋にあったのは、この鏡台のような気がする。
だとすると、十代後半から六十歳までの私の遍歴を映してきた鏡なんだ……と、思いながら磨いた。
今の私のことを、どう感じているだろう(鏡が)。
さ、そろそろ帰ろう。
新富士駅までみっちゃんが送ってくれる。
3時11分発の新幹線。
静岡で乗り換え、6時半くらいに神戸に着いた。
帰りの新幹線は自由席だったけど、ちゃんと座れた。
夜ごはんは、豚まん(新神戸駅で買った)、ほうれん草のおひたし(豚まんを蒸したあとに、セイロで蒸した。なたね油、醤油、ひねりごま)、かき卵スープ(豆腐、豆苗)。
窓の夜景が、やけに眩しい。
新聞の連載が4月にはじまったら、童話を切り抜いて、毎日母にファックスで送ってあげるのもいいかもしれない。

●2019年1月2日(火)薄曇り

今朝は富士山は見えない。
三分の二が雲をかぶっている。
朝、なんとなしにひとりになりたくて、わざと寝坊した。
布団のなかで絵本を読んでいた。
ゆうべはみっちゃんも、姉のところの忘年会で遅かったから、まだ寝ている。
8時半に起きた。
寝ているときにはそうでもないのだけど、朝起きると、タンと鼻水がびっくりするほど出る。
塊みたいに濃いのが出る。
きのうもそうだった。
11時過ぎに、みっちゃんと朝ごはん。
パンを焼いて、サラダとコーヒー。
コーヒーは毎朝みっちゃんが淹れてくれる。
お昼が近いので、母も自分の食べたいものをお盆にのせて一緒に食べはじめた。
きのうだったかな、布団を干していたときに、母が買い物に出かける後ろ姿を2階のベランダからたまたま見かけた。
背筋を伸ばし、足取りも軽く、すいすいとけっこうなスピードで歩いていた。
後ろから見たら、70代くらいに見えた。
ひとりでいるときには気が張っているから、案外こんな感じなのかもしれない。
普段は私たちに甘えているのかな。
それとも、歳を意識すると急に気弱になって、おばあちゃんになってしまうのか。
でも、夢中で何かをしていて、気づくと疲れているというのは本当みたい。
私「どういう感じ? 腰や背中は痛い?」
母「ううん。痛いところはない。ただ、すごくかったるいさや。背中から足から、全部が、重たーくなるような感じ」
午後、私の部屋にやってきて、おしゃべりをしたい様子だったので、去年のお正月の日記(「日々ごはん」の)を開いて見せた。
パソコンの画面を見ながら、母は声を上げて読みはじめた。
おもしろいらしく、ちっともやめようとしない。
前屈みの同じ姿勢で、ずっと。
母の集中力には驚いた。
夜ごはんは3人で。
残りもの整理を兼ねたちらし寿司(カニのほぐし身、数の子、しめ鯖、マグロの中落ち、錦糸卵、ゆで三つ葉、青じそ)、ハムの厚切りソテー(出てきた脂で水菜を炒めた)、ほうれん草のおひたし(柚子の絞り汁、醤油、かつお節、海苔)、鶏と大根の煮物(オイスターソース、だし昆布、インスタントの和風だしをほんの少し、生姜、にんにく)。
すし飯を炊飯器のなかで作ったら、べったりとした感じになってしまった。
やっぱり、合わせ酢をご飯に吸わせると同時に湿気を飛ばすには、木の器でないとだめなのかな。
今夜は、「ツタヤ」でみっちゃんが借りてきたDVDを一緒に観るつもりなので、母と先に入ることにした。
入れ歯をはずした母は、湯舟のなかで手を動かしながら、数え歌のように「四季の歌」を歌っていた。
なので、私が先に体を洗った。
「♪春を愛する人は こーころ清き人 すーみれの花のような ぼくの友だち 夏を愛する人は こーころ強き人〜」 
4番まで歌詞を間違えずに歌い終わると、「あ、歌えた」と言って、次は賛美歌。
今度は私が湯舟に浸かる。
母は体を洗いながら、賛美歌を歌っている。
ときどきゴシゴシする手を止め、歌に熱中。
背中を流してあげている間も、まだ歌っている。
私が先に上がろうとしたら、歌いながら、びっくりしたような目でこちらを見上げた。
あの目つき、私はしばらく忘れられないと思う。
小さい子どもみたいな目だった。
もっと、長く入っていてあげればよかったな。
せめて、賛美歌が終わるまで。
31日だっただろうか、私の書きかけの童話を見せたら、母はとても喜び、すぐに声を出して読みはじめた。
「いいねえ、なあみちゃん。情景が浮かぶねえ」なんて言いながら。
場面が変わるところでは、指揮をするみたいに手をひと振りし、声色を変えて。
今夜もまた、もういちど読み返したいというので、ベッドの枕もとに置いておいた。
みっちゃんとDVD鑑賞。
『岸辺の旅』という映画。
湯本香樹美さんの原作だし、主演が浅野忠信と深津絵里だから、なんとなく気になっていた。
湯本さんの物語には、死がよく出てくる。
この世とあの世が入り交じったような、不思議な場面もたくさん出てくる。
それを映像で見せようとすると、どうしてもホラーみたいなタッチになってしまうんだろう。
たぶん、原作の方が私は好きだろうな……という気もしたけれど、おもしろかった。
実家の居間で、みっちゃんとふたりで観ているというシチュエーションも、新鮮だったし。
みっちゃんはウイスキーを呑みながら、芋カリントウをポリポリやっていた。
まだ、起きているみたいだったので、私は先に10時半くらいに布団に入った。
みっちゃんが借りてきていたもう1本の映画は、『しあわせの絵の具』。
この映画も、なんとなく気になっていたもの。
もしかしたらみっちゃんは、私の好きそうなのを選んで借りてきてくれたのかな。
芋カリントウを開けてくれたのも、もちろん自分も食べたかったんだろうけど、ちょっとは私のためもあったかも。
私はまったく食べなかった。
いくらお腹がいっぱいでも、ちょっとくらい食べればよかった。

●2019年1月1日(火)晴れ

あけまして、おめでとうございます。
7時半に起きて1階に下りたら、みっちゃんが居間でシュラフに包まって寝ていた。
フードをかぶっていたから、最初、誰だか分からなかった。
なんか寒そう。
床に当たって背中も痛いだろうに。
みっちゃんの部屋には、ヒロキ(みっちゃんの長男)と娘のユリが泊まっていたらしい。
自分の部屋なんだし、広いんだから、3人で寝たらよかったのに。
私はゆうべ、9時過ぎにはお風呂に入り、先に寝てしまったので知らなかった。
おととしの大晦日には、ヒロキの家族は来られなかったのだけど、今年は奥さんのヒロミさんと、娘ふたりを連れてきた。
私は、長女のユリに『どもるどだっく』をプレゼントしようと思って、神戸から持ってきていた。
あげたらすぐに読みはじめた。
とつとつと、読む。
平仮名がほとんど読める。
ユリは今年の4月から小学生なのだそう。
今朝も、『どもるどだっく』を胸に抱え、私の方を見てにやにやしたり、開いてみたりしている。
パジャマの上にピンクのジャンパーを着て、胸に絵本を抱えている姿が、たまらなく可愛らしい。
ユリは髪が真っ黒のおかっぱで、目つきが表紙の子に似ている。
下の娘のサキ(3歳)は、自分の思いのままにのしのし歩く、図太い子。
『たべたあい』の女の子に似ていたな。
きのうの会では、ミホ(みっちゃんの次女)が作ってくれたごちそうの数々がとってもおいしかった。
仕込んだものをタッパーに入れ、器や調味料、オーブンまで持参して、ケイタリングみたいなことをしてくれた。
お腹が大きいのに(3月に生まれるのだそう)、何日も前から少しずつ支度をしていたらしい。
メニューは、なます(柚子の香りがした)、鯛の昆布じめ、ごぼうの肉巻き、カニの甲羅焼き(カニ味噌を甲羅に入れ、殻から出した身をきれいに並べて重ねたものを、グリルで香ばしく焼いていた)、サザエのつぼ焼き、ブリカマ焼き、ゆでたカニ、牛スジ大根煮(青ねぎ)、ほうれん草のおひたし、ピザ(マヨネーズ、ケチャップ、トマト、玉ねぎ、ピーマン、チーズ、生地もミホが練ったもの)、年越し蕎麦。
ヒロキは薫製卵や、珍しい漬け物をいろいろ持ってきてくれた。
私が作っておいたのは、おでん(大根、ゆで卵、厚揚げ、さつま揚げ、ちくわ、牛スジ)だけ。
私はミホや母に風邪をうつしたくなくて、マスクをしたままずっと洗い物ばかりしていた。
みっちゃんを中心に、男連中が呑んでいる食卓に、ミホが盛りつけたつまみを次々運んだり。
ビールを1杯呑んだら、もういい気分になってしまったので、あとは孫たち(みっちゃんの)やテツ(ミホが飼っている柴犬)と遊んでいた。
リカと紳之介君は、ずいぶん遅れて来た。
私は咳がゴホゴホなので、顔だけ見て、お風呂に入って先に寝た。
今朝は、朝ごはんを軽く食べ、元旦のごちそうはお昼に。
あまりに何もないので、「西友(すぐ向かいにある)」に買い物に行った。
甘エビお刺身、しめ鯖、数の子(きのうのうちに、私が仕込んでおいた)、ハムと野菜の盛り合わせ(白菜の塩もみ、きゅうり、ホワイトアスパラ、玉ねぎドレッシング、マヨネーズ)、お雑煮(ほうれん草、かつお節、海苔、大根と里いもは母が下煮をしておいてくれた)。
私があと片づけをしている間、みっちゃんと母は年賀状の返事を書いていた。
無言でやっていた。
ふたりとも、ものすごい集中していた。
私は2階の自分の部屋で、こうして日記を書いたり、書きかけの童話を読み直したり。
姉がお赤飯と自家製たくあん、畑でとれたブロッコリーを届けにきてくれた。
しばしおしゃべり。
姉の家では、夕方から新年会がある。
みっちゃんだけ出かけた。
夜ごはんは、母とふたりで5時ごろに。
おでん(ゆうべの残りにハンペンを加えた)、甘エビお刺身、しめ鯖、ほうれん草のおひたし(柚子、醤油、鰹節、のり)、大根おろし(ちりめんじゃこ)、お赤飯。
母は、よく食べる。
私もお腹いっぱい食べた。
私が洗い物をしている間、母は床に足を投げ出し、お風呂前のいつものヨガをやっている。
冷蔵庫に手をついて、背筋を鍛えるような体操もしていた。
来年90歳になるおばあちゃんとは思えないような動き。
でも、ちょっと動くとすぐに疲れるらしい。
「ああ、かったるい」が口癖になっている。
私も早めにお風呂に入り、布団のなかで本を読もう。
この読書タイムが、今回の帰省の何よりもの愉しみ。
『おわりの雪』が、たまらなくよかった。
今の私が、いちばん好きな本。
この感動をいつか何かに書けたらいいな。
もう何年も前に読んでいて、そのころにも大好きだったのだけど、出会い直した感じがする。
2005年の刊行のを買っているから、46歳くらいのときに読んだのだ。
「パルコ」の地下にあった本屋さんで買ったときのこと、どの辺りに平積みにされていたかも、よく覚えている。
本との出会いは、人に出会うのにも似ているかも。

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