2024年     めにうへ

●2024年5月11日(土)晴れ

このところ、とてもいいお天気の日が続いている。
きのうも、おとついも気温は低かったのだけど、その分空気が澄んでいるのか、対岸の山の峰々までくっきりと見えた。
今朝はちょっと山が霞んでいるけれど、よく晴れ渡っている。
緑もきらきら。
もう新緑という感じではなく、もさもさと繁茂している。
朝ごはんの前に、寝室の床をセスキ水で雑巾がけした。
光が明るくなると、私は掃除がしたくなるみたい。
きのうの朝も台所のシンクをぴかぴかに磨き、床もセスキ水で拭いた。
おとといの朝だったかな。5時前に目が覚め、ラジオをつけたら、「今日という日は、もう二度とやってきません」と、「ラジオ深夜便」のアナウンサーが言っていた。
すごいなあ。過激なことをおっしゃるなあと思った。
そのあと「今日一日を大切に過ごしましょう。あなたにとってすばらしい日でありますように」と続くのだけど。
高齢者にとっては(私もその仲間だけれど)、一日一日がとても大切なのだ。
さあ私も、二度とやってこない新しい一日を過ごそう。
きのうは、「おふくろの味」という短文を仕上げ、ある小冊子の編集者にお送りしたら、すぐに感想のメールが届いた。
嬉しくて、涙が出そうになった。
いつもひとりで、どきどきしながら書いているから、はじめて読んでくださった他者からの言葉は、本当に励みになる。
励みというか、支え。
今日は、『毎日のことこと』の校正の続き。
丹治君と伴走しているつもりで向かおうと思う。
ぎゅっと集中し、最初から最後まで通しでやった。
目が痛くなったので、とちゅうでコーヒーをいれ、目薬を差したりして。
5時ごろに終わった!
荷物も作った。
明日は夏深(いちばん上の兄の長女。沖縄に一緒に行った翔のお母さん)が泊まりにくるから、六甲道まで迎えにいくときに宅急便で送るつもり。
なんだか、海が灰色がかっている。
雨がやってこようとしているんだろうか。
夜ごはんは、『ペリーニ物語』を見ながら。
プルコギ(牛こま切れ肉、新玉ねぎ、人参、ニラ、セロリ)、ゆかりのおにぎり、すまし汁(卵豆腐、えのき)。

●2024年5月7日(火)雨のち晴れ

5時に起きて英語のラジオ。
まだ雨の音がする。
今朝の天気予報は、久しぶりに萬木敏一さんだった。
やっぱりとてもいい。
萬木さんの声は力んでいないので、聞いていて心地いい。
ニュースがはじまってカーテンを開けたら、霧でまっ白。
ゆうべからの雨はまだやまない。
きのうは、文子さんが電気屋さんに車で連れていってくれた。
クーラーが壊れてしまったので、新しくしたくて、冷蔵庫を買った電気屋さんに行ってみたのだ。
だいたいの相場は分かったけれど、うちはマンションの4階だから、取りつけ工事がむずかしそうだった。
雨が上がって晴れ間が出てきたので、朝のうちに思い立って三宮の大きな電気屋さんへ行くことにした。
ここは前に、パソコンのときにもお世話になったところ。
エアコン売り場にはベテランのおじさんがふたりいて、とても親切に分かりやすく教えてくださったので、いちばんシンプルなのを決めてきた。
来週には見積もりの方が来て、その二日後に取りつけ工事もしてくれる。
さっと出かけ、お昼過ぎには帰ってこれた。
ああ、ほっとした。
これで落ち着いて仕事ができる。
今日は「気ぬけごはん」の続きを書こう。
夜ごはんは、セロリと牛肉の中華風焼きそば(ふわふわ卵焼きのせ)、すまし汁(卵豆腐)。
『ペリーヌ物語』を見ながら食べた。

●2024年5月4日(土)晴れ

カーテンの隙間が明るくなっていたので、ラジオをつけたらまだ5時前だった。
「深夜ラジオ便」でお誕生日の花のことを言っている。
今日はハナミズキ。
白や桃色の花びらに見えるのは、苞なのだそう。花は、まん中にある黄色い雌しべのようなところ。
カーテンを開けると、細くて白い三日月。
もう空も青かった。
窓を開けるとひんやり。
小鳥たちの声はまだしない。
6時半に起きた。
きのう、『毎日のことこと』の初稿ゲラが、丹治君から送られてきた。
ゲラのところどころに書き込まれた言葉が、手紙のように感じる。
さすがは丹治君だなあという、編集者としての冴えた提案が添えてある。
「気ぬけごはん」ともうひとつ、小さな原稿を抱えているけれど、今日から少しずつ向かおうと思う。
まだゴールデンウィークだけれど、私はもう充分に遊んだので。
ふと思いつき、座卓を海の方に向けてみた。
なかなかいい感じ。新しい気持ちで向かえそう。
4時半まで集中し、文子さんからアペリティーボのお誘い。
ビールとニョクチャム、ブンタンを持っていく。
ベトナム風の小さなおつまみにしようと思って。
文子さんとファビオのキッチンの窓から見える山は、いろいろな緑がもくもく、むんむん。
白いライラックも花盛り。
風が渡り、どこかから栗の花のような匂いがしてきた。
今日という日にビールで乾杯。
6時過ぎには戻ってきた。 
海がまだ青い。
夜ごはんは窓辺で。
エビカレー(いつぞやの。ゆで卵、紫玉ねぎのピクルス)、人参の塩もみサラダ。

●2024年5月2日(木)びんやりした晴れ

きのうは雨降りで寒いくらいだった。
今朝もまだ肌寒い。
でも緑は、もりもりもくもく元気そう。
姫白丁花もとても元気で、新しい葉が大きく育ち、蕾も4つある。
やっぱりファビオに教わった通りに、枝を剪定したのがよかったのだな。
中野さんの家から戻ってきたのは火曜日。
車で一緒に来て、2泊し、中野さんはさっき帰っていった。
さあ、また私ひとりの日常がはじまる。
中野さんの家ではツバメが巣作りのまっ最中で、私は勝手口のガラス戸の下を通るたびに見ていた。
朝は歯磨きをしながら。
昼間は、靴をはきながら。
ツバメののどは赤いと思い込んでいたけれど、どちらかというと金茶のような色で、1羽はお腹の白いところにも金茶の斑が入っているのだった。
頭はまっ黒ではなく、青光りした黒。
1羽はスマートで、もう1羽はちょっとふっくらとしていた。
土くれやワラを交代でくわえてきては、編み込むようにして巣を少しずつ大きく、丈夫にしていった。
相方が戻ってくると、ちょっと前からもう分かっていたみたいに飛び立つ。
そのときに、一声鳴く。
3泊をした間、少しだけメモをとっておいたので、遡って記してみます。

・・・・・・・
●4月27日(土)晴れ
夜ごはんの下ごしらえをし(アスパラの肉巻きフライはお姉さんが揚げてくれた)、中野さん、ユウトク君、ソウリン君と4人で、いつもの空き地に夕陽を見にいった。
空き地は今、シロツケクサがいっぱい。向こうにはピンクのレンゲ畑。
なかなか沈まない夕陽。
子どもたちはフライドポテト、私と中野さんはビール。
久しぶりに飲んだので、私は缶ビール1本ですっかり酔っ払ってしまう。
明るいうちに戻ってきて、夜ごはんは、アスパラの肉巻きフライ(島るりこさんが送ってくださった、伊那の極太グリーンアスパラで。オーロラソースは中野さん作)ミックスレタス添え、フライドポテト、ご飯。
夜ごはんのあと、ユウトク君と散歩。
かわたれどきの田んぼのあぜ道を、ふたりで歩いた。
草むらの方からガサガサと音がして、顔を見合わせた。
何かの生き物が草の間を動いた音。ヘビかもしれないとのこと。
帰り道はもうまっ暗になっていたので、懐中電灯をつけ、ヘビがいないか注意しながら歩いた。 「もし、ユウトクが走ったら、なおみさんもすぐに走ってくれる?」と、怖いことを言われる。
お風呂に入って、8時半に寝た。
ツバメは、夜の散歩に出るときにはもう寝ぐらに帰っていた。
彼らの巣作りは陽の出とともにはじまり、明るいうちだけせっせとがんばって、夕方にはもうお終い。
「いい時間割りだなあと思います」と、中野さん。
自分もツバメに合わせ、このところ5時前に起きて絵を描いているのだそう。

●4月28日(日)晴れ
6時半起床。
中野さんはとっくに起きて、絵を描く部屋で何かをしている。
ツバメももう巣作りをしている。
土くれやワラの混ざった泥をくちばしにくわえて取ってきては、できかかった巣に押し込む。
ただつけるだけでなく、ねじり込んでいる。くちばしを動かして、口から何かねばる液を出しているんだろうか。
もう1羽がやってくると、すぐに飛び立つ。順番にやっている。
神戸でソウリン君のサッカーの試合があるので、お義兄さん、お姉さんと3人で朝から出かけた。
お父さん、お母さんは法事で出かける予定。
なので、中野さん、ユウトク君、私は留守番。
午前中はカーテン屋さん(去年閉店し、片づけやリフォームをしている)の壁はがしを手伝ったり、2階の裁断台で卓球したり。
お昼ごはんは中野スペシャル。卵とハムのチャーハン&サッポロ一番塩ラーメン。
食後、ユウトク君がいろいろな種類のカエルの動画を見せてくれた。
チチカカ湖にしか棲んでいないチチカカミズガエルや、体全体が丸く膨らんだフクラガエル。
声も聞かせてくれたのだけど、やっぱり私はカジカガエルがいちばん好きだった。
2時くらいに3人で温泉へ。
そこは、山の裾野にある小さなお風呂。
私が入ったときには2人だけだった(いちどに5人くらいしか入れない)。
窓から、裏山に繁茂する自然の植物が見える。
私はしょっぱいお湯を顔に何度もかけた。花粉症の痒みが治りますように。
夜ごはん用にハンバーグの種(合びき肉1キロ分)を作っておいたのだけど、お頭つきの鯛の塩焼きと(明石の桜鯛だそう)、堀りたての筍をゆでたものをお母さんが持って帰ってくれたので、ハンバーグは明日焼くことにした。
残りのひき肉で、子どもたちの大好きなそぼろを作った。
夜ごはんは、鯛の塩焼き、筍の薄炊き、甘辛そぼろ、ご飯。
早めにごはんを食べたので、まだ明るいうちに散歩。
ソウリン君と中野さんも加わって、4人で。
あぜ道のとちゅう、ユウトク君が「カエルの声がする」と言って、みんなで聞き耳を立てた。
中野さんも「うん、今聞こえた」と言うのだけれど、私には何も聞こえない。
あぜ道に突っ立って、しばらくみんなで音を立てずに耳を澄ませていた。
帰り道は、中野さんが保育士のころに子どもたちに聞かせていた、桃太郎の怖い話バージョン。
おもしろいのだけど、それまでずっと静かに物語っていたのに、急に大きな声を出すので、びっくりして怖くなる。
温泉に入ったので、お風呂はなし。
寝る前まで4人でUNO(カードゲーム)をした。
8時に就寝。

●4月29日(月)曇りのち雨
6時半起床。
ツバメの巣は、もうほとんど出来上がっている。
それでも2羽は往ったり来たり。仕上げをしているらしい。
9時半くらいに出て、中野さん、お姉さん、子どもたちと杉原川にドライブ。
カジカガエルをつかまえに。
山の方に向かって、ずいぶん走った。
そこは、自然のままのとてもきれいな川だった。
「道の駅」でおにぎり(塩むすび、山菜の炊き込み)と鶏の唐揚げ、ちくわなどを買い、川沿いの石段で早めのお昼ごはんを食べた。
川には誰もいなかった。
ユウトク君は前にこの川でカジカガエルをつかまえ、しばらく家で育ててから、放しにきたことがあるのだそう。
川原に下り、石を渡りながら奥まで行って、岩陰をじっとのぞいたり。石をひっくり返したり。
カジカガエルはみつからなかったけれど、私は水辺に自生している野生のクレソンをたくさん摘んだ。
文子さんとファビオのお土産にしようと思って。
川から帰ってきたら、まだ1時過ぎ。
朝早くに出たので、1日の長いこと。
ユウトク君と手打ちパスタを作った。
ハンバーグのつけ合わせにするつもり。
カヴァッテッリと、竹串で作るマッケローニ。
ユウトク君はすぐに覚えてコツをつかみ、最初は私が教えていたのだけれど、そのうち「こうするといいで」と教わるようになった。
短く切った生地ができたので、親指で押さえながら引いて、耳の形のオレキエッテだよと教えたら、両方の親指でぎゅっと押さえて三角にした、カマキリの顔のパスタを作りはじめた。 「エブリギエッテやで。なおみさん知ってた?」と言う。 「へえ、すごいなあ。知らんかった」。
私はすっかりだまされた。
あとで分かったのだけれど、ユウトク君が考えたらしい。
手打ちパスタはすべてまとめてゆで、ミニトマト(法事のお土産)と新玉ねぎとケチャップのソースで和えた。
夜ごはんは、大きなハンバーグ(子どもたちはチーズ入り。つけ合わせは手打ちパスタ、人参グラッセ、川で摘んだクレソン、ミニトマト)、しめじとねぎのお味噌汁、ご飯。
食後にごろごろ豆大福を食べ、ものすごくお腹いっぱい。
夜ごはんのあとにUNO。
私がお風呂に入っている間、子どもたちは中野さんの部屋で怖い話を聞いていたらしい。
8時半に就寝。
中野さんの部屋は、雨の音がよく聞こえる。

●4月30日(火)晴れ
6時15分に起きた。
子どもたちは学校。
寝起きの顔で朝ごはんを食べているユウトク君に、「なおみさん、ネルソンまだある?」と聞かれた。
クレソンのことらしい。
私と中野さんは、10時くらいに家を出て六甲へ。
湖の道を通って帰ってきた。

・・・・・・・・・

今日は、次号の「気ぬけごはん」のメニューを島崎さんにお送りし、日記を遡って書いているうちに夕方になった。
夜ごはんは、ティッコ(ようやく食べ終わった。サワークリームとケチャップ添え)、川で摘んだクレソンときゅうりとミニトマトのサラダ(玉ねぎドレッシング)。
『ペリーヌ物語』を見ながら窓辺で食べた。

●2024年4月26日(金)晴れのち曇り

5時に起きて、『中学生の基礎英語1』を聞いた。
4月から番組編成が変わったので、5時からだった『古楽のたのしみ』が、6時に戻った。
だから、英語の学習をしたければ、早起きをすればいいんだ。
5時はもう明るいし、これからどんどん陽の出の時刻が早くなっていくのだから。
風邪はもうほとんど治った。
咳をすると、奥の方でまだタンが絡まるけれど。
鼻水もそれほど出ないし、鼻も詰まっていないから、夜中に目覚めることもない。
ヒノキ花粉の時季はもう、そろそろおしまいなのだろう。
明日から中野さんの家に出かけるので、今日のうちに「となりのオハコ」。
午前中から宮下さんと、写真とキャプションについて電話でやりとり。
エッセイとレシピの仕上げもしてお送りした。
生クリームとギリシャ風ヨーグルトを買ってあったので、スメタナ(ロシア風サワークリーム)も作った。
文子さんに教わったレシピで。
ヨーグルトメーカーを持っていないので、私のはなんちゃってだけれど。
まず、よく洗った空きビンに生クリーム1/2カップを入れ、ヨーグルト大さじ1を加えてよく混ぜる。
小鍋にぬるま湯(30度〜40度くらい)を沸かし、そのビンを浸ける。フタはきっちりとは閉めずに、隙間を開けてのせておくだけ。
お湯が冷めてきたら温め直し、ころ合いの温度にしてまた浸ける。その繰り返し。
2〜3時間すると固まってくるので、フタを閉めて冷蔵庫へ。
市販のサワークリームよりも軽く、なめらかで、ロシアで食べたのによく似ているのができる。
パンにマーマレードとつけてもおいしい。
夕方、緑がしたたるよう。
グレーの空には、若い緑がよく映える。
小鳥たちも盛んにさえずっている。
今、窓の上をスーッと一直線に横切った鳥がいた。
もどってきた。
あっ、ツバメだ!
夜ごはんは、窓辺でまた『ペリーヌ物語』を見ながら食べよう。
3話まで見たから、今日は4話。
すごく変なメニューだけれど、しらすおろし(しらすを食べ切らないとならないので)、小さいおにぎり(人蔘葉とかつお節にふりかけ)、この間から食べ続けているティッコ、ビーツのサラダ(スメタナ添え)、小松菜のオイル蒸し(玉ねぎドレッシング)。

●2024年4月23日(火)小雨のち曇り

昼間にたっぷり寝ているせいで、あまりよく眠れなかった。
明け方に熟睡できたのだけど、口を開けて寝ていたらしく、喉がかぴかぴになって目覚めた。
それからはうとうと。
6時半からラジオの英語。
寝室の窓のすりガラスが、緑色に染まっている。
いつの間にこんなに緑いっぱいになったんだろう。
朝ごはんのヨーグルトも、苺もリンゴもバナナも、何でもとてもおいしい。
ひとつひとつの味がくっきりとして、驚く。
腰の痛みはほとんどなくなっているし、食欲も出てきたみたい。
さあ今日は「となりのオハコ」のエッセイの仕上げ。
寝ている間に、どう書こうか考えていたので。
朝、洗濯物を干すときに、カラスが3羽、海の上の遠くの方に見えるなあと思っていた。
その30分くらいあと、うちの近くの空を悠々と舞っていた。
近寄ったり離れたり、空は大きいんだろうな。
お昼にもやし炒めを作った。
塩だけの薄味にしたのに、とてもおいしい。
細いもやしって、こんなに香りがあっておいしいものだっけ。
私は今、舌が敏感になっているんだろうな。
熱が出ていちどダメになった細胞が、新しく生まれ変わったのかな。
文子さんからメールがあり、最近ファビオとみつけたおいしいお店のジェラートを玄関に置いてあるとのこと。
なんて嬉しいプレゼントだろう。
あとでいただこう。
「となりのオハコ」を宮下さんに送ったら、すぐにとても嬉しい感想が届いた。
ああよかった。ほっとした。
レシピもがんばって書こう。
夜ごはんは、フライパンにくっつかないホイルを敷いて、ティッコを温め直した。ビーツのサラダ、人参のサラダ(人参の葉入り)、きゅうりのサラダ(玉ねぎドレッシング)添え。
Amazonプライムで『ペリーヌ物語』第1話を見ながら窓辺で食べた。
ティッコは作った日よりもずっと香りよく、おいしくなっていた。
私の舌と鼻のせいだろうか。
今日は、姫白丁花の二つ目の花が咲いた。
よく見ると、硬い蕾がもうひとつある。
この間、ファビオに教わったように枝を剪定してから、青々として元気になった気がする。

●2024年4月22日(月)ぼんやりした晴れ

きのうよりもずっと楽になった。
熱も下がった。
5時半に起きて、掃除。
まだ微熱があるので、掃除機はかけられないけれど、モップであちこちていねいに。
ゆっくり動いた。
シーツも取り替えた。
鼻をかんだティッシュが、ものすごい量。
ゴミをまとめて出し、朝風呂に浸かって体を温め、病院へ。
ぼうっとして、耳が遠くなっているような感じがするのだけれど、坂を下りているとき、川を流れるちょろちょろという音がよく聞こえた。
海がやけにひろびろ。
大きな貨物船もとても近くに見えた。
いろいろな色の緑が、眩しい。
体がふたまわりくらい膨張し、輪郭がぼわっとした感じなのだけど、見るもの見るもの美しい。
体の節々が少し痛いけれど、そう悪くはない。
病院では、念の為にコロナの検査もしてくださった。
発熱後すぐに検査をしても、反応が出ないことがあるそうなので。
結果は陰性。
ああ、よかった。
黄砂が飛来するようになってから、私のように花粉症をこじらせ、風邪のような症状になる患者さんがとても多いとのこと。
気管支炎や喘息が出ている方もいるのだそう。
少し買い物をして帰ってきた。
朝のスーパーは、空いていて気持ちがいいな。
気づいたこと。
風邪をひいて熱があるときでも食べたくなるのは、しらす。
あとは果汁100%のジュース、バナナ、苺、アロエヨーグルト、豆腐、卵豆腐、うどん、サッポロ一番塩ラーメン。
卵豆腐は買うのを忘れたけれど、マッシュポテトが食べたくなりそうな気がして、新じゃがを買った。
帰ってから、きのうの残りのおじやにだし汁を加えてサラサラにし、ニラを刻み入れた。
大根おろしにはしらすをのせて。
きのうよりもずっとおいしく感じるけれど、まだたくさんは食べられない。
何をするにも、ゆっくりとしか動けないし。
薬を飲んで、もう1日寝ていよう。
夜ごはんは、卵うどん(ねぎ)。
半分残してしまったけれど、おいしく食べられた。
少しずつ元気がもどってきている。

●2024年4月21日(日)雨

ゆうべ、お風呂から出たときに、なんだかとても体が怠かった。
咳も出て、よく眠れなかった。
朝、微熱があった。
文子さんがパソコンを教えてくれる日だけれど、今日は1日寝ていよう。
8時になるのを待って、メールをした。
だんだん熱が上がってきた。
38度を超えたので、もしやと思い、コロナの検査キッドを出しておいた。
それからまた寝た。
気がかりなのを放っておいても仕方がないので、気持ちを落ち着けてから検査をしてみた。
陰性だった!
4時くらいに夜ごはん。おじや(豆ご飯の残り、卵、小松菜)、即席塩鮭。
何を食べてもおいしくないし、ほとんど食べられない。
7時ごろ、39度。
コロナの予防注射のときにもらったカロナールを飲んでみた。
よく眠れないけれど、熱は下がってきた。
ずいぶん楽になった。
明日は病院に行こうと思う。

●2024年4月20日(土)晴れ

ゆうべはわりとよく眠れた。
のどがイガイガし、咳も出てきたので、寝る前に葛根湯を飲んで寝たのがよかったみたい。
鼻水の出方や質が変わってきた。
ヒノキ花粉も下火になってきたそうだから、これで治ってくれるといいのだけれど。
きのうは夕方から出かけ、美容院に行った。
予約の時間まで図書館へ。
自習室で英語の絵本を読んだり、フィンランドのごはんの絵本を読んだり。
今日は、そのなかからマカロニのオーブン料理ティッコを作る予定。
玉ねぎと牛ひき肉をバターで炒めて、ゆでたマカロニを加え、牛乳と卵を混ぜた生地を流して焼く。
おろしたチーズとパン粉もふりかけて。
今日子ちゃんのイギリス土産のメースも、たっぷり加えよう。
子どもたちは、ケチャップをかけて食るんだそう。
さあ今日は、何はなくとも「となりのオハコ」。
夜ごはんは、ビーツのサラダ(玉ねぎドレッシング)、きゅうりのサラダ(塩)、ティッコ。

●2024年4月18日(木)ぼんやりした晴れ

ゆうべはマスクをして寝た。
6時ちょっと前に起きて、ラジオ。
「中学生の基礎英語1」は4月からラジオ第一になったので、なんとなく聞きにくかったのだけど、今朝はひさしぶりに聞けた。
「中学生の基礎英語2」をとちゅうまで聞いて、FM放送に変えた。
「古楽の楽しみ」が、6時からのスタートに戻った。
天気予報を聞いて、起きる。
きのうのくしゃみと鼻水は、黄砂のせいだったと分かった。
今朝も舞っているらしく、空気が白い。
霧とは違う白さ。
きのうは窓を開けていたから、部屋の中に黄砂が入ってきたんだと思う。
今日はぜったいに窓を開けないぞ。
朝ごはんの前に、あちこちていねいに掃除機をかけた。
コロナのころにつけていた布のマスクを出し、はめてみている。
少しは楽になった気がする。
ヨーグルトを食べながら外を見る。
猫森の色とりどりの緑は、とてもきれいなのだけれど、街が白い。
曇っているんだか、晴れているんだか。
花粉と黄砂が混ざっていると思うと、とても窓を開ける気になれない。
お昼前に晴れてきた。
空気が黄色っぽい。
午後、たまらなく眠くなってお昼寝。
鼻が詰まっていると、脳みそに酸素がいかないのかな。
今日は、仕事は休み。
なんだか微熱も出てきたみたい。
夜ごはんは、ゆでたビーツ(塩)、オムレツ(人参の葉)、パンデビス。
ビーツは茹でたてを熱いうちにラップに包んでしばらくおくと、つるんと皮がむける。パプリカの丸焼きと同じこと。文子さんに教わった。

●2024年4月17日(水)晴れ

中野さんは朝ごはんを食べ、帰っていった。
山梨の帰りに、月曜日から泊まっていたので。
森のなかで絵を描いていたときの話。
小鳥が近寄ってきて、後ろからトン、トンと少しずつ近寄ってくるのが、葉っぱが揺れるかすかな音で分かったこと。
ひとりで絵に集中していたとき、絵の中から小さな水の音が聞こえてきたことなど。
中野さんはとても元気になって帰ってきた。
朝は早いし、夜も遅くまで起きていたのに、ちっとも疲れが出なかったそう。
自然の息吹が体の中に入ったのかも。
きのうは、文子さんたちとアペリティーボをして、部屋に戻ったとたん、雷がゴロゴロ。
そして、道路にたたきつけるような雨。
ものすごい嵐が通り過ぎた。
ゆうべもいちど、雷と大雨があった。
私はきのうと今日、花粉症がひどく、鼻は詰まるし、目がかゆいし、よく眠れなかった。
薬は飲まない。
それでもこうやってしのいでいけば、そのうち花粉も下火になって、治るだろうと思う。
そんなわけで、仕事は何もせず、たまっていたメールのお返事。
三宮で買ってきた大きなエビは、きのうできなかったので、朝から玉ねぎを炒めてカレーを作った。
ひすい豆のさやをむいて、さやの薄皮を剥ぎ取ったり。
カレーは保存しておいて、今日は渡辺さんの料理教室で教わった、豆ごはんの天津丼にしよう。
さやはお味噌汁に入れる予定。
今日は雲が厚い。
空と海の境がなく、白灰色。
海の方は雨が降っているのかな。
それにしても鼻がかゆい〜。
今、教会の鐘が鳴った。
6時だ。
夜ごはんは、お豆ごはんの天津丼、味噌汁(新玉ねぎ、ひすい豆のサヤ、しめじ、白味噌)。

●2024年4月14日(日)晴れ

ぐっすり眠って8時に起きた。
起きたとき、まだ少し酔いが残って、ぼわっとしていた。
お風呂に浸かったら、戻ったけれど。
渡辺さんの料理教室は、一品作っては、テーブルに座ってみんなでいただき、また作っては食べる。
私の分まで小さなお味見を用意してくださったので、そのたびに玄関の通路の小さな腰掛けに座って食べた。
六甲の緑の山を見ながら。
デザートを入れて6品。
そのすべてが、ほんとうにおいしかった。
渡辺さんの料理は、味も調理法もみずみずしい。
簡単にできる手作り調味料の知恵や、「えー、そんなふうにすればいいんだ!」という驚きもあちこちにあった。
家族や大切な人に、すぐにでも作ってあげたくなる料理。
料理教室って、お店とはまたちがう楽しさがあるんだなあ。
さあ、「となりのオハコ」の続きを書こう。
豪華客船が湾をゆっくりと、神戸港に向かって進んでいくのが見えた。
小鳥たちもよくさえずっている。
気づけばもう夕方。
猫森の緑は、今日一日でまた伸びた。
ほとんど枝が見えないし、なんかもさもさしている。
夜ごはんは、中華粥(鶏手羽元、大根)、大根の皮の醤油黒酢漬け、じゃがいものせん切りナムル(今日子ちゃん作)、しょうが油(きのう渡辺さんのクラスで教わった)。

●2024年4月13日(土)晴れ

ぐっすり眠って6時前に起きた。
このところの眠たい日々から、ようやく出られた。
ラジオをつけてうつらうつらし、7時前には起きた。
今日はいろいろ楽しみなことがあるから。
そう。
きのう、姫白丁花に薄桃色の小さな蕾がひとつだけ膨らんでいるのをみつけ、1階に下ろしてきた。
今朝は開いているだろうか。
そして丹治君からは、「毎日のことこと」の文字組や、製本の案が送られてきた。
ゆうべは3種類の文字組(本の形に綴じてある)を、ベッドの中で読んでみた。
はじめて読む読者のつもりになって。
手に持った感触も含め、本の言葉がなだらかに入ってくる形をみつけた気がする。
そのことをお知らせしなくちゃ。
きのうは、中野さんからも写真が届いた。
森の中に、まっ白いキャンバスが吊るされていた。
今朝はそこに描かれた絵。
森の中に森が息づいているような、森の向こうで水が光っているような。
きのう一日で描いた絵なのかな。
今日はそこに、どんな景色が生まれるんだろう。
さあ私も、自分の仕事をがんばろう。
渡辺さんの「となりの オハコ」は、きのうから書きはじめた。
今日も続きをやって、3時くらいに「MORIS 」に出かけ、料理教室の皿洗いのお手伝いをする。
渡辺さんに、もぐろう。
夜ごはんは「MORIS」にて。文子さん、ファビオもやって来て、レッスンを受けていた宮下さんを入れて、みんなで7名。料理はすべて今日子ちゃん作。
人参の甘酸っぱいナムル(フェンネルと八角が入っていた)、じゃがいものせん切りナムル、ミニトマトのキムチ。厚切りの豚バラ肉をじりじり焼いてサムギョプサル(サニーレタス、エゴマ、ねぎのキムチ&ねぎのジャン・途中から渡辺さんが菊菜をのせて焼いてくれた)、マッコリ。
帰りは、文子さんが車で送ってくれた。
文子さんの隣にはファビオ、後部座席にヒロミさん、今日子ちゃんと私。
神戸の古い友人と、新しい友人が同じ車の中にいて、夜景がきらきらした坂道を、くねくねと上っていった。
私の話にウケた今日子ちゃんが、大笑い。
みんなで同じごはんを食べたこと、帰りも近所の友人たちとぎりぎりまで一緒にいられること。
満開だった桜も、もうお終いなこと。
私はマッコリを小さなグラスに2杯呑んだだけなのに、なんだかとろけそうだった。

●2024年4月11日(木)晴れ

8時に起きた。
眠くて、眠くて。
6時過ぎにラジオをつけ、「中学生の基礎英語」の1と2を聞いたし、天気予報もニュースも遠くで聞こえていたのだけれど、春眠暁を覚えず……と思いながら寝ていた。
きのうはビールの原稿の仕上げをし、お送りした。
締め切りはまだ先だったのだけど、ひとまず終わりにして、次の仕事に向かいたかったから。
3時半ごろ、銀行の用事をしがてら坂を下りた。
早くに咲いた桜は半分散り落ちていたけれど、坂の上の方の桜はまだ満開で、海も青く、ひろびろとした気持ちで下りた。
龍の神社の木も、もう葉桜。
バス通りの桜も同じ。
この間の大嵐で、散ってしまったのかな。
帰りに「MORIS」に寄った。
定休日だし、窓が閉まっていたからお出かけしているかなあと思いながらノックをしたら、今日子ちゃんが扉を開けてくれた。
ヒロミさんもいた。
ふたりとも、すごく元気そうだった!
クッキーを焼いている甘い匂い。
ああ、なんだかとっても久しぶり。
東京でのこと、インターネットがつながったことなどお喋りして、買い物をし、タクシーで帰ってきたのだった。
帰ってきてすぐに作った夜ごはんは、肉豆腐をしたときの牛肉と椎茸を煮汁ごと残しておいたので、にぼしのだし汁とヤンニンジャン、味噌を加えて、チゲ鍋風の煮込みを作った。
しめじと豆腐と、落とし卵も加えて。
本当は、韓国のインスタントラーメンがよかったのだけど、六甲のスーパーには売ってなかったから、ゆでうどんを1/3袋加えた。
どうしてチゲ鍋が食べたくなったかというと、キム・ナレさんの韓国料理の本を「MORIS」で見せてもらって、いろんな料理がすごくおいしそうだったから。
私はまだまだ、コリアンブーム。
今日は、バルバラの懐かしいCDを出してきて、朝から聞いている。
坂本龍一さんが食卓の前で聞いていた曲は、バルバラのような気がして。
三拍子の歌。
若いころに私もよく聞いていた、たぶん同じレコードの。
あ、エディット・ピアフかも。
カセットテープに吹き込んであるのを出してきた。
5時ごろ、文子さんたちのところでアペリティーボ。
人参とラディッシュの塩もみサラダ(赤ワインビネガー、蜂蜜、川原さんお手製の粒マスタード)とビールを持っていく。
階段の方まで、ものすごくいい匂い。
文子さんが、スパイシーシチューとクスクスを作ってくれている。
キッチンの窓から見える景色は、しばらく見ない間に、すっかり若緑が増えていた。
ところどころに、薄桃色の山桜も。
とってもいい景色。ビールを飲みながら、深呼吸した。
夜ごはんは、モロッコナイト。
クスクス&スパイシーシチュー(文子さん作・牛肉、モロッコインゲン、赤と黄色のパプリカ、人参、小玉ねぎ)、ハリサソース、玉ねぎとレーズンを甘く炒めたもの、揚げなすの香菜和え添え(人参とラディッシュのサラダも盛り合わせて食べた)、赤ワイン。
文子さんのスパイシーシチューは、いろいろなスパイスが混ざり合っていた。
メキシコのチリと炒めた玉ねぎで作ったペーストや、肉桂、カルダモン、クミン、コリアンダー、ターメリックまで、いろいろ入っているのだそう。
土鍋で煮込んであるのもタジンみたいで、最高においしかった。
きっと文子さんはこういう料理をニューヨークで作って、友人たちにふるまっていたんだろうな。
そう思ったら、なんだか神戸の街や海が、マンハッタンの夜景に見え、私までニューヨークのふたりのアパートにいるみたいな気がしてきた。

●2024年4月9日(火)雨のち曇り、大風

ゆうべはものすごい風だった。
すべてを巻き上げ、たたきつけるような風。
びゅうびゅうを通り越し、ごうごうと鳴っていた。
怖くはなかったけれど、夢の中まで音が侵入してきて、誰か知らない人たちがうちに避難している夢をみた。
寝室にもふたりいたし、1階は公民館くらいの広さになっていて、寝ている人たちをまたいで窓辺に行くまで時間がかかった。
暗いなか、木がめちゃくちゃに揺れ、ごうごうと唸っていた。
その夢がちょっと怖かった。
今日は中野さんが山梨に出発する日。心配になって、起きてすぐに新幹線の運行状況を調べたら、運休はなし。
安心して「いってらっしゃい」のメールを送った。
すると、出発は明日とのこと。
まぬけだなあ。
春の嵐の朝に出発するのは、中野さんらしいなあと思い込んでいたのだ。
朝からあちこち掃除。
東京から帰って、はじめて掃除機をかけた。
さあ、すっきりしたところで、ビールの原稿の続きを書こう。
きのうがんばったおかげで、いいところまで来ている気がする。
お昼にばたばたしないよう、お弁当も詰めたし(きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、ししゃも、ゆうべのご飯)、だしもとってある。
亜由美さんにいただいた絹さやを、たっぷり入れたお味噌汁にする予定。
風はやんできた。
さあ、がんばってやってしまおう。
夜、お風呂から出て、日曜日に見た坂本龍一さんのドキュメントをNHKプラスでもういちど見た。
亡くなるまでの最期の記録。
やっぱり、ものすごくいい。
静かで、親密で。
そして、なんてかわいらしいんだろう。
フランス人の女の歌手の歌を聞きながら、両手を鼻に当て、指揮をするみたいに小さく動かし、泣きそうになる場面(食卓にお弁当みたいなもがいろいろ並んでいた)が大好きだった。
痩せて、たぶんもうあまりごはんが食べられないようになっていて。
なのに、音楽に対しては少しも枯れず、かえってどんどんみずみずしく透明になっていく。
本当に、死ぬまで、音楽そのものみたいな人だったんだな。
こういうのを見ると、いろいろなことが怖くなくなる。
夜ごはんは、記録するのを忘れました。

●2024年4月6日(土)ぼんやりとした晴れ

8時に起きた。
わざと寝坊した。
東京の疲れは、すっかりとれたみたい。
猫森の緑は、きのうよりもさらに伸びている。
黒っぽい木の枝が隠れてきている。
窓を開けていても、ちっとも寒くない。
この間、中野さんが「朝は小鳥の声がよく聞こえて目が覚めます。いつもより騒がしいんです。寝ていられなくて、僕も起きます」と言っていたけれど、今朝は六甲も小鳥たちがよく鳴いている気がする。
洗濯物を干しているとき、ものすごくいい声の小鳥が電線に止まっていた。
このところ声は聞こえていたのだけれど、姿を見るのははじめて。
全体的には濃いグレーなのだけど、背中が青っぽくぴかぴかしている。
尾羽が長く、ヒヨドリよりも小柄で、すっとした綺麗な鳥。
嘴を開けたり閉じたりしていたから、あの小鳥だと分かった。
双眼鏡で確かめようとしたら、飛んでいってしまった。
何ていう小鳥だろう。
今月と来月は、宿題の原稿が4つある。
今日は、いちばん早い締め切りの、ビールについての文を書きはじめないと。
2時には、文子さんとファビオと3人で家を出て「itohen」へ行くので、少しでも書き進めておかないと。
「itohen」は「四月と十月」の展覧会。4時からトークショーがあり、牧野さんと鯵坂さんが対談するらしい。青木隼人さんという方もギターで参加とのこと。
牧野さんに会うのは久しぶりだし、加藤休ミちゃんにも会える。マメちゃんもいるかもしれない。
さあ、頑張らないと。
今日も私は、朝からエプロンを巻いている。
大好き!
夜ごはんは「itohen」の近所のタイ料理屋さんで。生春巻き、鶏の唐揚げ、ベトナム風の混ぜご飯、カオマンガイなど。ビール&ワイン。

●2024年4月5日(金)晴れ

8時に起きた。
猫森の枯れ木の若緑の小さな葉は、東京に出かける前よりもずいぶん伸びている。
ゆうべ東京から帰ってきたときには、タクシーの窓から満開の桜が見えた。
バス通りも、龍の神社も、坂道のも、みな見事な満開。
きのうは、料理家の渡辺廉啓さんのところに、「となりのオハコ」の取材に行った。
川原さんも一緒に。
楽しくて、おいしくて、私たちはふたりとも渡辺さんの魅力にすっかりやられてしまい、取材後も興奮冷めやらず、東京駅のサントリーバーでハイボールを飲みながら、教わった料理のおさらいをしていた。
ふたりとも、すぐに作りたくて。
私の走り書きのレシピは、自分でも読み取れないほど字が汚いけれど、記憶が新しいからどうにか読める。
そして川原さんも、渡辺さんの一挙一動をかなりよく見ていたらしく、彼の声や動きをふたりで思い出しながら、ああ言ってたよねとか、こうだったよね、などと言い合いながら進めていった。
川原さんはイラストを描き、順を追ってくれた。
頭の整理がされるし、すごく分かりやすい。
レシピやエッセイを書くときに、とっても参考になりそうなので、写真を撮らせてもらった。
うちに着いたのは、10時半くらいだったかな。
お風呂に入ってすぐに寝たのだけど、なんだか眠りが浅かった。
なんとなく、自分がどこにいるのか分からないような感じだった。
このたびの川原さん宅は、2泊だけだったけれど、着いたその日に井の頭公園に桜見物にいって、買い物をして帰り、ふたりで料理しながらポルトガルのワインで乾杯した。
何を作ったんだっけ。
牡蠣に粉をまぶして、前に川原さんが牡蠣のオイル蒸しを作った残りのオイル(にんにくやローリエ、牡蠣のうまみがよく出ていた)にオリーブオイルを加え、じくじくと焼いたもの。そのまた残りのオイルで、そら豆を薄皮ごとゆっくりと焼いた。それと水茄子のサラダ(手で割いてオリーブオイルと塩)。
川原さんが作ったのは、きゅうりの薄切りサラダ(ヴィネグレットソース)、トマト(室温で熟成させたそう)、タラと白ねぎのマリネ(タラは粉をはたいてカリッと揚げ、ねぎはじりじりと焼いてバルサミコ酢のソースで和え、生の菊菜をのせていた)。
翌日は、川原さんの部屋で、アノニマの村上さんと打ち合わせ。
そのあと電車に乗って、雨のなか「どんぐり舎」のコーヒー豆を買いに西荻に行ったり、八百屋さんでゆでたての筍やおいしそうなニラを買ったり。
その日の夜ごはんは、筍と豆腐の薄炊き、姫皮のきんぴら(炒りごまたっぷり)、ニラの塩炒め(豚バラ薄切り肉に塩を多めにまぶし、しばらくおいて即席塩豚にしてからごま油でニラと炒めた)、パクチー&ねぎ醤油(香菜と細ねぎ刻んで空きビンに入れ、醤油、きび砂糖少し、ごま油を加えてよく混ぜた。香菜はねぎの5倍くらいの量)、土鍋で炊いたご飯。
そうそう。村上さんとの打ち合わせの前には、お昼ごはんに平麺の中華焼きそばも作った。
具は厚揚げ、人参、菊菜の軸、長ネギの細切り。味つけは添付のソースを1袋半に、オイスターソース。
トマトとかき卵のスープ添えもおいしかった。
しっかり食べてから打ち合わせをし、西荻に出かけたんだった。
ふたりでいると共同生活みたいになって、ロシアやウズベキスタンを旅していたときのことを思い出す。
宿題のビールについての原稿も、書きたいことが浮かんできた。
今日は、のんびりと片づけをしたり、ポストにたまっていた書類の整理をしたり。
渡辺さんのお店の2階にある「エプロン商会」で買った、滝本さんのエプロンが嬉しくて、朝からずっと巻いている。
ギャザースカートみたいな腰巻きエプロン。
人生初のリバティープリント。おばあちゃんになっても似合いそうな、細かな赤のギンガムに、青い小花模様が散らばっている。
夕方、亜由美さんが野菜をいろいろ持ってきてくださった。
文子さんの分もあるので、3人でアペリティーボ(亜由美さんは車なので、グレープフルーツジュースの炭酸割り)。
亜由美さんと文子さんのお喋りに花が咲いている。私の知らない間に、仲良しになっていたんだな。キッチンに立って、塩むすびをにぎりながら聞いているのが、じんわり嬉しかった。
夜ごはんは亜由美さんと。鮭粕汁(即席塩鮭、大根、椎茸)、塩むすび(炒りごまをたっぷりまぶしたものと、焼き海苔)。
文子さんとファビオにもお裾分けした。

●2024年4月1日(月)晴れ

朝、中野さんをお見送りがてら、海の見える公園まで坂を下りた。
坂のとちゅうの桜の木は、もうほとんどの蕾が開いていた。
きのうは電車を乗り継いで長田に行ったのだけど、いつもいちばんに開く龍の神社の桜も、六甲の街の桜もまだ。
ここのがいちばん早いみたい。
坂を上って帰ってきたら、文子さんとファビオがマンションの玄関から出てきたところだった。
荷物をいっぱい持っている。
今日からふたりは、大阪の実家へ。
中野さんも帰ってしまったし、なんだかちょっとぽつんとしてしまうけれど、その淋しさもまたいい。
明日から私は東京だし、中野さんももうじき展覧会のために山梨へ旅に出る。
春は、新しいことがはじまる季節。
私の東京行きは、「となりのオハコ」の取材のため。
晴れるのは明日だけで、しばらく雨が続くようなので、ちょっと早めの新幹線で来て、桜見物に行かない?と、川原さんに誘われている。
朝起きたときの様子で決めようと思う。
もうじき6時。
陽が落ちはじめ海は、今、最高に青い。
夜ごはんは、チゲ鍋(いつぞやの人参と蕪のポトフの残りにキムチ、豆腐、ヤンニンジャン、味噌を加えた)、しらす小どんぶり。
ちかごろ私は、コリアンブーム。 

●2024年3月29日(金)曇りのち晴れ、風強し

明け方に、窓を打つ大雨と大風。
ぐっすり眠って、目が覚めたら7時半だった。
朝になっても風は強いまま。
朝ごはんのヨーグルトを食べながら、流れゆく雲を見た。
ピュルピュルゴーゴーヒューヒュー。
猫森木も揺れている。
今日はいよいよ、新しいプロバイダーに申し込みをする。
本当はきのうの夕方でもよかったのだけど、この間も文子さんたちのところに夕飯どきにおじゃましてしまったし、新しいことをするのは朝がいいと思って。
文子さんは今朝早くにまた大阪に帰ったので、自力で申し込みをしないとならない。
でも、ファビオがいる。
翻訳アプリで調べ、ファビオにメールした。
It’s better to do new things in the morning.
いい言葉。
なんだか格言みたい。
覚えたいのでノートに書いた。
もしも今日、インターネットが開通したら、メールが繋がらなくなってからちょうど1ヶ月。
果たして、うまくいくだろうか。
この1ヶ月はずっと、七転び八起きだったから、期待しすぎないようにしよう。
でも、どうか、うまくいきますように。
10時になったら、ファビオの部屋をノックする約束。
11時半から歯医者さんなので、帰ってきたらすぐに食べられるようにお弁当(牛そぼろ、いり卵、ほうれん草のお浸し、きんぴらごぼう)も作った。
10時。ファビオのところで、プロバイダーの申し込みをした。
クレジットカードの入力を間違え、ちょっと戸惑ったけれど、どうにか自力で完了。
ヘルプセンターに問い合わせたら、設定の仕方はパソコンのメーカーに尋ねてくださいとのこと。
11時に家を出て歯医者さんへ。
桜の花は、きのうよりもさらに開いていた。
ユキヤナギは満開。
帰ってすぐにお弁当をかっこみ、パソコンの設定にとりかかるも、ちっともうまくいかない。
アップル・サポートセンターに電話をしても根本的なところがおかしいようで、いちどファビオを呼びに行って、部屋に来てもらった。
一緒にいろいろ試し、考えてくれたのだけど、何をやってもダメでもうお手上げ。
ファビオが帰ってから、もういちどサポートセンターに電話をしたら、受けてくれた女性の方がとても親切だった。
ひとつひとつ、手を取るように教えてくださる。
おかげで、ようやくいろいろな意味が分かってきた。
それでも、まだ繋がりはしなかったのだけど、何がおかしいのかがはっきりと分かった。
最後に、感謝の気持ちを伝えながら、「パソコン用語もよく知らずに、素朴な質問ばかりして申しわけなかったです」とその女性に伝えたら、「もう一息ですよ」と励まされた。
それで、もういちどプロバイダーに電話をし、入力すべき情報をつきとめた。
そしたらスイッと繋がった。
思わず缶ビールを持ってファビオの部屋をノックし、小さく乾杯した。
昔は電話をかければ、分からないことは何でも答えてもらえたのだけど、今は「ホームページを確認してください」と音声に言われ、待っても待ってもなかなかオペレーターに繋がらないのだ。
この1ヶ月間、文子さんとファビオに助けてもらいながら、どうにかこうにかここまで来れたことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
お風呂から上がっても、嬉しさがじんわりと込み上げてくる。
なんだか胸の辺りがぽーっとしているのだ。
ああ、パソコンやインターネットは、私にとってよほど大切なものだったんだ。
ようく分かった。
夜ごはんは、けんちんうどんの残り(大根、ごぼう、しめじ)。

●2024年3月28日(木)晴れのち曇り

朝のうちは晴れていたのに、だんだん雲が厚くなってきた。
暖かいような、でも薄着になるとちょっと肌寒いような。
このところ雨続きだったけれど、きのうはとってもいいお天気だった。
それで、ひさしぶりに坂を下りた。
坂のとちゅうの桜は蕾が膨らんで、黄緑色になっていた。
ピンクがのぞいている枝もあった。
海は青く、あちこちから花の匂いが届いて、川の水もどうどうと流れる。
それはこのところの大雨のせいだけど、水が澄んでいて、なんだか雪解け水みたいだった。
銀行や郵便局の用事もすべて終え、買い物をして帰ってきた。
今日は、朝からNTT に電話。
またひとつ、進んだ。
セーターも洗った。
午後からは、丹治君と電話で本(「毎日のことこと」)のためのやりとり。
あちこち掃除して、きんぴらごぼう、ポテトサラダを仕込み、休ミちゃんが送ってくれた酸っぱい夏みかんで、マーマレードの第2弾。
マーマレードは皮をゆでるところまで。
夜ごはんは、炊き立てのご飯でお弁当にした(きんぴらごぼう、即席塩鮭、ほうれん草のお浸し、ポテトサラダ)。赤だし味噌汁(しめじ、豆腐)。

●2024年3月24日(日)明るい雨

きのうは急に誘われて、文子さんとファビオと雨のなかを長田にドライブに行った。
古道具屋さんに行くというのでついていったのだけど、メキシコの椅子に私が一目惚れ。2脚並んでいたのを二つとも買った。
赤っぽい丈夫な木で作られた、教会で使われていたような、学校や図書館で使われていたような椅子。
椅子というより腰掛けという感じ。
二つはほとんど同じ形なのだけど、背もたれの飾り板の幅が違ったり、彫り位置が違ったりする。
ヨーロッパの教会の椅子は質素だけれど、メキシコらしい明るさが混ざった、土着の匂いのする素朴さ。
形も、木の感じも、座り心地も大好き。
ゆうべ、古道具屋さんの若者が運んでくださったので、今朝はそのひとつに座って、霧にけぶる海を見ながらヨーグルトを食べた。ひとつはテーブルにして。
長田のキムチ屋さん(というより、お惣菜屋さんだろうか。韓国の下町にありそうなところだった。文子さんによると、土間の厨房に大きな蒸し釜があったそう)で、蒸し豚、豚足、キムチ、ヤンジンジャンを買ってきたので、今日は3人で春場所の千秋楽を見ながら、うちでごはんを食べようということになっている。
私は朝からあちこち掃除をして清め、『新装 野菜だより』にサイン。
新装版は、生まれ変わったように白く清々しい姿。
帯の白も、洗い立ての体操服のように眩しい。
タイトル文字も大きくなって、なんだか元気そう。若返ったような気がする。
2005年に出した本が、こうしてまた新しい姿になって本屋さんに並ぶ。
ありがたい気持ちでいっぱいだ。
私の娘(孫かもしれない)の世代の子たちに、手に取ってもらえたら嬉しいなあ。
「料理をはじめる前に」で書いた初版の言葉は、村上さんと相談して少しだけ書きかえた。
「この本は台所の近くに置いて、どんどん自由に使いこんでいただけたら嬉しいです。余白にメモを書きこんでもいいし、しみをつけてもいい。使われることで汚れていくのは、料理本の幸せだと思います」
ビニールカバーはなくなったけれど、今も同じ気持ちです。
さて、春場所。
きのうケガをして、もしかすると休場になるかもしれないと危ぶまれていた尊富士が、土俵に上がる‥‥とテレビから聞こえたとき、ちょうどファビオが蒸し豚、豚足、キムチを乗せたお盆を持ってやってきた。
相撲観戦は大盛り上がり。
台所にテレビを向け、チヂミ(文子さんが部屋で焼いてきてくれた・春菊、セロリの葉、豚肉)&ニラソース(文子さん作)をつまみながらビールやハイボールを呑んだ。
豚足(半分に割り、冷たいまま細切りにしたものと、セイロで温め直してフライパンで香ばしく焼いた)と、キャベツとセロリのサラダも。
相撲が終わってから、窓辺でごはんを食べた。
ファビオの蒸し豚の切り方は、ローストポークのよう。
私だったら、レタスに包みやすいようにもっと小さく切ってしまう。
めいめいがお皿に大きいのをペロンとのせ、ナイフで切りながら食べたのが、外国の感じがしてとてもよかった。
豚肉はゆでたことしかなかったけれど、蒸すとジューシーかつ噛みごたえがあって、最高においしいな。
冷たいまま食べずに、ラップに包まれた塊のまま、火を止めたセイロで温めたのもよかったとも思けれど、あのお惣菜屋さんの蒸し豚が特別なのだ。
夜ごはんは、ポッサム(蒸し豚、サニーレタス、青じそ、 白菜キムチ、ニラソース、ヤンニンジャン)、豆もやしの炊き込みご飯(ニラソース)。

●2024年3月21日(木)ぼんやりした晴れ

6時ちょっと前に起きて、久しぶりに「中学生の基礎英語1」。
終わって、カーテンを開けたら 朝陽に照らされながら小雪が舞っていた。
布団をかぶり、しばし眺める。
前の建物の屋上にもうっすら積もって、真っ白。
街の方の屋根も、白くなっている。
ゆうべのうちに降ったんだな。
太陽が昇ったら、雪はやんだ。
今朝は、水道の水が氷みたいに冷たい。

きのう焼いたブリ(ディル塩麹漬けの)を、お昼に白パンでサンドイッチにしようと思いつき、キャベツとセロリを塩もみしておく。
しんなりしたら赤ワインビネガーと粒マスタード、ハチミツをほんのちょっと。ポテトサラダ(手作りマヨネーズ、玉ねぎみじん切り)も挟む予定。
さあ、今日からまた『帰ってきた 日々ごはん16』の粗校正に向かおう。
その前に、「となりのオハコ」のゲラ校正。午後に宮下さんからお電話をいただくので。
洗濯物を干しているから、窓は開けているのだけれど、パソコンを打つ指がかじかむ。
新しい私のMacは、まだインターネットも繋がらないし、これまで使えていたソフトが使えなくなっていたりもするけれど、立ち上がりが驚くほど早い。
やけに寒いなあと思ったら、また雪が降ってきた。
窓が白い。でも、明るい雪だ。
4時までやって、『帰ってきた 日々ごはん16』の粗校正はあと2ヶ月を残すところ。
あちこち掃除機をかけ、きれいさっぱりしたところで、相撲観戦をしながら窓辺でビール&柿ピー。
ずいぶん日が伸びたなあ。
夜ごはんは、切り干し大根煮、蕪の葉のお浸し、大根おろし(ポン酢しょうゆ)、ふわふわ納豆(卵白)、味噌汁(蕪、豆腐)。お腹がいっぱいなのでご飯はなし。

●2024年3月20日(水)雨のち、晴れたり曇ったり

ゆうべは3時くらいに雨が降りはじめた。
窓を開け、空気の匂いを嗅いだ。
地面の生ぐさい匂い。
あちこちで生き物たちがうごめいている、有機的な匂い。
冬とはまったく違う、春の雨の匂いだ。
そのうち雨はどんどん強くなり、窓を打ちつける大きな音。
風も吹き荒れ、大嵐となった。
すっかり目が覚めてしまい、明け方にようやく眠れたので、起きたら8時。
大寝坊。
今日は春分の日なのだな。
朝からマーマレードの続き。
煮上がったので、お昼ごはんのあとに郵便局まで散歩した。
お天気雨の降るなか、大風に煽られながら。
坂の下の海は青く、さざ波立って、白ウサギがたくさん飛んでいる。
どこかで虹が出ていそうに明るい空。
でも、指がかじかみそうなくらいに寒い。
郵便局はお休みだった!
そうか、春分の日は祝日なのだった。
雨風が強くなって傘がひっくり返るので、パン屋さんと「コープさん」で買い物し、タクシーで帰ってきた。
帰りつき、しばらくすると窓が灰色。
雨は霙に変わった。
そしてまた晴れ間が出て、今は海が青い。
日暮れどき、風花が風に巻き上げられている。
夜ごはんは、野菜たっぷりスープ餃子(キャベツ、人参、もやし、エノキ、ほうれん草)。

●2024年3月19日(火)曇り

明け方、急に寒くなって毛布を1枚出し、羽毛布団の上にかけた。
朝になったらそれほどでもない。
寒いんだか、暖かいんだか分からないような感じ。
ベッドの中で、新しいプロバイダーのことをいろいろ調べた。
少しずつだけど、分かってきた気がする。
きのうの朝は中野さんが帰ってから、文子さんに手伝ってもらいながら、NTTの名義変更のための書類を添付して送った。
夕方にまたお邪魔して、新しいメールアドレスの手続きをした。
アップルIDも私の名前に変え、パスワードも決めた。
プロバイダーの申し込みは、名義変更の完了書類が届いてからすればいいので、今日から私は新しいMacで仕事をはじめよう。
『帰ってきた 日々ごはん16』のパソコン上での粗校正。
新しいMacに変わって、どういうわけか縦書きに変換ができないのだけれど、横書きのままやっている。
今回は、2021年7月からの半年間。
3年前の夏。
蝉時雨、突然の夕立、お天気雨。
『高山なおみの神戸だより 海の見える小さな台所から”6年目の夏”』の撮影。
懐かしい日々の記録を読み込んでいたら、このところのパソコン騒動でフワフワと落ち着かなかった心持ちが、どんどん平らになってきた。
とん、とんと進んで、2ヶ月分が終わった。
気づけばもう夕方。
空は白く、海も灰色。
なんだか小雪が舞いそうなくらいに寒い。
ふと思い立ち、マーマレードを作りはじめた。
今日は皮を刻んで、茹でるところまで。
夜ごはんは、きつねうどん(油揚げ、蕪の葉、お麩、ねぎ)。

●2024年3月16日(土)快晴

ゆうべは、鼻が詰まって寝苦しかった。
中野さんはもうとっくに起きて、コーヒーのいい匂い。
私は7時に起きた。
Macの初期設定は、古い方のパソコンのバックアップをしておいたおかげで、わりとすんなりできた。
ただ、インターネットはやっぱり通じない。
プロバイダーとの連絡も、ちっともできない。
それで、いろいろ試しているうちに、また私がどこかの設定をいじってしまい、ファビオの部屋のWi-Fiさえも繋がらなくなってしまった。
アップルサポートセンターの人に電話をし、ようやくもとに戻ったけれど。
そのあとテーブルにファビオと二人並んで、グーグルの翻訳アプリで通訳をしながら、まず、これまでのプロバイダーとの退会手続きをした。
私は新しいMacのマウスの指の触れ方がわからず、書いていた書類が消えてしまったりもしながら、何度もやってようやくできた。
そしてファビオは、「今日私たちがやったこと」と「次のステップ(これから私がやるべきこと)」をまとめてメールで送ってくれた。
私ひとりでできることは先にやり、文子さんが大阪から戻ったら、教わりながらやっていこうと思う。
鼻水がとめどもなく出てくる。
スギ花粉は最盛期だし、ヒノキの花粉も飛びはじめたとのこと。
いつものようにおにぎりを作り、朝ごはんをしっかり食べ、中野さんは9時半に出かけていった。
壁画制作も今日で最後、今日は11時からイベントがあり、子どもたちがやってくるのだそう。
私は布団を干したり、洗濯物を干したり。
ポカポカと暖かいので窓を開けている。
あんまり鼻水が出てくるので、マスクをしてみたら、スパッと止まった。
これ、いいかも。
早い夕方、文子さんが大阪から帰ってきた!
中野さんも早く終わって帰ってきた!
窓べでハイボール(私)、中野さん(ビール)と柿ピー。
夜ごはんは、焼きそばライス(キャベツ、豚肉)、餃子の具の小さいハンバーグ。

●2024年3月13日(水)晴れ

ぐっすり眠って、起きたら7時半だった。
おもしろい夢をみた。
長編だったから、トイレにも起きなかった。
中野さんはもうとっくに起きて、コーヒーを淹れている匂いがする。
今日は3月13日、1が3に挟まれているからサンドイッチの日だそう。
朝のテレビで、パン屋のおばあさんとおじいさんが、厚焼き卵のサンドイッチを作っていた。
そこは、街の人たちに愛され続けている懐かしい感じのパン屋さん。
続いて『ブギウギ』を見た。
私があんまり遅いので、朝ごはんは中野さん作。
炒り卵のオープンサンド、パンデビス(文子さんにいただいた)のシャルシッチャ(ゆうべの残り)のせ、トマトとレタスのサラダ(ゆうべの残り)。
しっかり食べて、たっぷり洗濯。
あちこち掃除。
中野さんの壁画制作は、月、火とやって、今日と明日は中休み。
そして今日は、いよいよ新しいMacがやってくる。
勉強のために小さいノートも支度した。
Macは夕方の4時くらいに届いた。
箱から取り出し開け、フタを開いたら「こんにちは」と声がし、いきなりはじまった。
ドキドキするので、初期設定は明日の朝にすることにして、車で「御影クラッセ」に買い物。
夜ごはんは、焼き餃子(豚ひき肉、椎茸、キャベツ、ニラ、にんにく)、ご飯。

●2024年3月10日(日)晴れ

このごろは、6時にはもう明るくなる。
カーテンを開けなくても、それが分かる。
今朝の陽の出は6時20分くらい。
オレンジの玉。
昇る位置も、ずいぶん建物の方に近づいてきた。
季節はどんどん動いているのだな。
ラジオの天気予報を聞きながら、うとうと。
太陽の光がまっすぐに当たり、目の中が赤くなる。
その温かな赤が、体にいき渡るように深呼吸をしてから起きた。
さあ、今日は美容院に行かないと。
あちこち掃除。
窓を開けていても、ちっとも寒くない。
この間、ファビオがおもしろいことを言っていた。
それは、こんなこと。
私たちがはじめて出会ったのは、ふたりがこのマンションを下見に来ていた日。
「ここはいいところですよ。景色もいいし、管理人さんも親切なんです」と、思わず声をかけたのだけど、私は文子さんとファビオの目をまっすぐに見ていて、まるでスキャンされているようだったそう。
あのときの感じは、言葉にはできないのだけれど、彼らの印象にはっきりと惹かれるものがあったからだ。
それが今、こうして急速に近しくなり、毎日のように顔を合わせ、何でも話せる間柄になっている。
「あのとき、どうしてひと目見て分かったんだろう」と聞いたら、ファビオが言ったのだ。
「僕も子どものころからずっとひとりでいたけれど、なおみさんもそうでしょう?文ちゃんもそう。きっと僕らは、小さいころから自分の心の奥をよく感じてきたから、分かるんだと思う」。
そんなこと、はじめて聞いたから驚いた。
でも、そんな気がする。
なるほどなあ。
とても物理的な考え!
私はよくいろいろな人から、「高山さんは、人を引き寄せる力がありますね」と言われる。
それが、なんだかちっともピンとこなかった。
そんな力はないもの。
でも、未来のことは分からないけれど、はじめて会った目の前にいる人の感触を、曇りのない実感で確かめることはできる。
スイセイに出会ったときも、中野さんに出会ったときも、このマンションに出合ったときも。
きっと、そういうことなんだと思う。

中野さんはまだ風邪が完治していないので、私だけ小さいハイボール。
夜ごはんは、ハンバーグ(にんじんのクミングラッセ、ほうれん草炒め)、味噌汁(豆腐、なめこ)、昆布の薄味漬物、たくわん、ご飯。
『サザエさん』を見ながら食べた。

●2024年3月9日(土)晴れ一時雪

きのうは「気ぬけごはん」を書き上げ、3時過ぎにはファビオの部屋に行って、ぶじにお送りできた。
そして、大阪の実家に帰省していた文子さんが、ひと晩だけ戻ってくることになった。
嬉しくて、アペリティーボ。
うちにあるものでささっと作ったおつまみは、ハムのマリネ(玉ねぎ、パプリカ、ケッパー、赤ワインビネガー、粒マスタード、オリーブオイル)、にんじんの塩もみサラダ(手作りレモンマヨネーズ)、おにぎり(肉みそ、昆布の薄味佃煮)。
白ワインとパソコンを持っておじゃました。
いろいろな話をしているうちに、あっという間に10時。
部屋に戻ってお風呂に入り、パタンと寝てしまった。
今朝はわざと寝坊した。
ちょっと二日酔いだったし、このところ抱えていた締め切り原稿がすべて終わったので。
9時ちょっと前に起きて、カーテンを開けたら、海が盛大に光っていた。
すごく眩しい。
光をたっぷり浴びてから起きた。
さて、今日は確定申告の最後の支度。
12日に税理士さんがいらっしゃるから、ぎりぎり間に合った!
午後になって、なんだか窓が白いなあと思ったら、雪が舞っていた。
ふわふわとしたけっこう大きな雪。
2階に上って窓を開けた。
ちっとも寒くない。
ちょうどそのとき、文子さんが荷物を抱えて下の道を通った。
「行ってらっしゃーい!」と私。
「ファビオは家にいるから、またいつでも行ってな」と、文子さん。
週末は仕事のメールが届かないから、また来週からお世話になろう。
新しいパソコンは、4月7日以降にならないと届かないと言われていたので、覚悟をしていたのだけれど、もう発送されたとのこと(アメリカから?)。
けっきょく13日に届くことになった。
明日はまた中野さんがいらしゃって、しばしの共同生活。
月曜日から壁画制作がはじまるので。
夜ごはんは、きのこ雑炊(しめじ、大根、ニラ)、鰯(にんにく、ケッパー、バジル・この間パスタにした残り)のオムレツ(パプリカ、ほうれん草、チーズ)。

●2024年3月7日(木)曇り時々晴れ

久しぶりに陽の出を見た。
今朝は、雲の隙間からほんのぽっちりのオレンジだったけれど。
しばらく待っていたら、雲のうんと上から顔を出した。
光を浴びて起きる。
さあ、今日は「気ぬけごはん」に集中しないと。
遅れていた仕事を進めていかないと。
私のおばあちゃんパソコンは、朝立ち上げるときにはとってものろのろだけど、しばらくやっている間に普通の速さに近づいてくる気がする。
テキストを書いているときには、これまでと変わらないスピード。
デスクトップに並べてあった写真やファイルを整理して、スッキリさせたのも関係があるんだろうか。
きっと、ある気がする。
こんなに違うとは。すごいことだ。
きのうの朝だったかな、中野さんに言われたこと。 「新しいパソコンが来たら、生きものだと思えばいいんです。血の通った、自分と血肉をともにしているものだと思ったらいいんです。そうしたら相手のことを分かろうとするから、できなかったことも、できるようになっていくんじゃないかな」
夜ごはんは、ほろふき大根の煮汁のお粥(大根も小さく刻んだ、卵、白みそ)。

●2024年3月6日(水)曇り

このところずっと、パソコン騒動の渦中にいたけれど、今日からようやく落ち着いた。
状況は変わらないのだけれど、対処方が分かってきた。
まず、私は新しいMacを注文することができた。
そこにいき着くまでには、長い道のりだったけれど。
文子さんが、私の仕事内容に見合った機種を選んで、スクリーンショットに残してくれたおかげ。
月曜日、三宮の電気屋さんには、私ひとりで行った。
中野さんは電気屋が苦手だし、「ユザワヤ」で買い物があったので。
そこは、パソコンが苦手な私にも分かるよう、とても親切に対応してくださった。
説明を聞いて、ひとつひとつ納得していった。
文子さんが勧めてくれたモデルは、アップルに注文しなければならなくて、届くまでにどのくらいかかるかも分からないということだった。
それで、その店の見本でいいなと思ったものを買おうとしたのだけれど、在庫がなかった。
そのあと、中野さんと「ギャラリーVie」に絵を引き取りに行って、その足でハーバーランドにある大きな電気屋さんに行こうとして、電話をすると、やはり在庫がないとのこと。
それで、思い切って大阪の「アップルストア」に行った。
心斎橋の駅からすぐのところなのに、私は反対側に行ってしまい、ぐるっと遠回りをしてようやく着いた。
そこでも苦手ないろいろがあったけれど、文子さんが勧めてくれたモデルをどうにか注文することができた。
4月7日以降に届くとのこと。
きのうは、このところの不具合について、中野さんとひとつひとつ検証していった。
ふたりともパソコンが苦手ながら、用語を調べるところから。
ひとつひとつを読み込み、確かめながら進んでいくと、おかしなところが予測できるようになる。
その上で、アップル・サポートセンターに電話をした。
中野さんは隣に座って、私が言葉に詰まると助け船を出してくれた。
途中でインターネットを繋げるために、パソコンと停滞電話を持って6階の文子さんの部屋にも行った。
文子さんは出かける前だったのに、私の代わりにサポートセンターの方の言うことを聞いて進めてくれた。
部屋に戻ってきて、また別のことを試し、やっぱり繋がらないので電話を切った。
それでようやく、すべては私のパソコンが古いせいだからなのかもしれないという考えに至った。
きのう、ビールを飲みながら中野さんに言われたこと。
「なおみさんは、苦手なことを苦手だと思っていてもいいけれど、ひとつひとつ、分からないことは誰かに聞いたり、調べたり、それを記録したりして、確かめながらやっていけば、そのうちにできるようになっていくんじゃないでしょうか。いままでできていたことができなくなるんじゃなくて、できなかったことが、できるようになっていくんです」 「うちの父親は、これまでできていたことがどんどんできなくなっています。ネジを外すのもできなくなったんですけど、僕はこのごろ、すごいなあと思うんです。はじめは僕に頼んでいたけれど、断っているうちに、自分で工夫をするようになったんです。今はテコの原理を使ったりして、できるようになりました。ゆっくりですけどね」
新しいパソコンが届いたら、私はノートを作ろう。
設定の仕方をサポートセンターに教わりながら、これまで知ろうとしなかったパソコン用語も覚えていこう。
今朝は、中野さんが帰る前に、車でJA御影に連れていってもらった。
野菜やお肉をたっぷり買い物。
しばらくこもって、「気ぬけごはん」を書かないとならないから。
今日は、ファビオの部屋を訪ね、Wi-Fiをお借りしてメールを受け取り、それをプリントアウトして赤字を入れ、また送るというのをした。
ファビオの部屋に2度行った。
その度に英語を話すのだけど、文子さんがいないから、どうにかして伝えようとがんばる。
英語の勉強になるし、とても楽しい。
そして私は携帯電話でメールを打つのも、必要に迫られて前よりも少し早くなった。
ファビオとも英語でラインをし合っている。
できないことがひとつあると、できるようになることが二つ、三つと増えていく。
おもしろいな。
とにかく今は、おばあちゃんパソコンで、これまで通りに原稿が書ける。
そのことが、本当にありがたい。
あと1ヶ月弱、動き続けてくれますように、よろしく頼みます。
夜ごはんは、ほろふき大根(肉味噌)、いくら(おとといの残り)、焼き海苔、かき卵汁(いつぞやの)、ご飯。

●2024年3月4日(月)曇りのち晴れ

6時ちょっと過ぎに起きた。
「中学生の基礎英語1」は、後半だけ聞けた。
先週は、メールがいきなりつながらなくなってしまい、バタバタとしていた。
「パソコン相談室」に持っていって、一度良くなったのだけど、色々試しているうちに、またダメになってしまった。インターネットさえもつながらなくなった!
それでもきのうは、原稿を一つ書いた。
私のパソコンは、考えてみればもう15年くらい使っている。
たしか『ホノカアボーイ』の撮影で、ハワイ島に持っていけるように買った。
もう、おばあちゃんなんだなあ。
というわけで、今週アップする分(今日と水曜日の日記)は、文子さんのお部屋から、Wi-Fiをお借りしてスイセイに送ろうと思います。
届きますように。
朝、8時半くらいに文子さんが来てくれることになってるので、支度をしなくっちゃ。
今日は、中野さんが車でいらっしゃる予定なので、パソコンを買いに行くつもり。
文子さんとファビオは、Macのいろいろがとても詳しいことが分かったので、教えていただく。本当にありがたい。
ではここまでで、今日の日記は終わりにします。

●2024年2月28日(水)晴れ

このごろはだいたい5時に起き、ラジオをつけてうとうとする。
レジオの声が遠くなったり近くなったり。
今朝はうとうとし過ぎて、「中学生の基礎英語1」を聞きのがしてしまった。
次の番組から聞いて、またうとうと。
けっきょく7時のニュースを聞いてから起きた。
海が幻のように光っている。
大阪の方まで白く、光の幻。
でも、とってもいいお天気。
朝風呂にゆっくり浸かり、お湯を抜く前にスニーカーを洗って、そのままバスタブの掃除。
バスルームの床やトイレまでごしごしこすって、きれいさっぱり。
裸のままこんなのができるということは、ずいぶん温かくなったということ。
そして、このところうんうんいいながら向かっていた「となりのオハコ」の原稿が、きのう書き上がったから。
朝からメールがつながらない(ブラウザが工事中とのことだけれど)。
お昼に新品のフライパンでパスタの残りを温めようとして、お鍋のふたをのせたら、ピッタリと隙間なくはまってしまい、取れなくなった。
お湯をかけたり、ボウルのお湯で煮たり、根気よく弱火にかけたりしているうちに、ポンッと音を立てて取れた。
中が真空状態になっていたみたい。
このフライパンは、文子さんのニューヨークのお友だちがアメリカのネットで買ってくださったとてもいい もの。
きのう、文子さんが持ってきてくれた。
はじめて使う前に、私は洗礼を受けた。
おかげで、フライパンの新しい匂いが取れた気がする。
さあ、気を取り直して、レシピを書こう。
夜ごはんは、卵のお粥(奈良漬け)。

●2024年2月25日(日)雨

しっかりとした雨が降っている。
静かな日曜日。
天気予報によると、「冬の寒さに逆戻り」とのこと。
朝風呂にたっぷり浸かり、5本指の靴下を重ねばきして、厚手のスパッツとレッグウォーマー。
それでも足もとが冷える。
さあ、今日は文を書く日和。
「となりのオハコ」の原稿に向かおう。
きのうたっぷり遊んだおかげで、集中できそう。
5時までがんばって、文子さんとファビオの部屋にアペリティーボ。
共働学舎のチーズ、ピーマンマリネ(肉厚のピーマンを厚切りにして塩をふり、軽くしんなりしたらディル、赤ワインビネガー、バルサミコ酢、はちみつ)、ウイスキー、炭酸を持って。
前菜はチーズとクラッカー、ピーマンマリネ、カンパリソーダ(飲み残しのスプマンテ入り)。
文子さんが用意してくれたのは、空豆の春巻き。
いちど部屋に戻って、冷凍してあるイタリア風ワンタンを取りにいき、揚げてもらった。
最後にいただいた、文子さんのミネストローネ(ファビオのマンマスタイル)のおいしいこと!
セロリ、玉ねぎ、にんじん、大根、小松菜、白インゲン豆、ブロッコリー。にんにくとトマトソースをちょっと、赤唐辛子もちょっと。あとは塩だけだそう。
器に盛ってオリーブオイルをまわし、パルミジャーノをふりかけて食べた。
とろりとして、やさしくて、たまらないおいしさだった。

●2024年2月24日(土)晴れ

春のように暖かい。
今日は、ユウトク君が電車に乗りたいそうで、お姉さんとふたりで急に遊びにくることになった。
私は寝坊をして8時半に起きたので、洗濯したり掃除機をかけたりと朝からバタバタ。
文子さんからもメールが届いていたのに、気づかなかった。
手作りのプリンを、玄関の赤い椅子の上に置いてくださっているとのこと。
わー、すごい!
きのう会ったときに、ユウトク君たちが来ることを伝えたから、早起きして作ってくれたんだ。
お昼ごはんは、冷凍しておいたハンバーグのタネの残りを丸めて、トマトソースで煮込み、ミートボールのパスタを作った。
ユウトク君にチーズをおろしてもらったり、コーヒー豆をひいてもらったり。
ユウトク君、最初はちょっと緊張していたようだけど、うちの床はすべるから、体を丸めてくるくる回ったりして遊んでいた。
このところ私は、確定申告のことで頭がパンパンになっていたので、そういういちいちが嬉しかった。
デザートはコーヒーとプリン。
てくてく歩いて3人で六甲道へ。
「何でそんなに電車が好きなん?形?音?」と聞くと、「うーん分からへん。音は好きやな」とのこと。
踏切のところで、阪急電車が通り過ぎるのを2本見た。
六甲道のホームでは、乗る電車を1本遅らせた。
これから特別急行が通過するから。
電車が猛スピードで通り過ぎたときと、貨物列車が通り過ぎたとき、私はこっそりユウトク君の顔を見た。
普通の顔をしているけれど、口を小さく動かしながら見ていた。
なんだか、無心だった。
すごくよかった。
どこが好きなのか説明できないくらいに、心から好きでたまらないことをしている人と一緒にいられるのは、素晴らしい。
そしてお姉さんも、待つことが当たり前のようにしてそこにいるのだ。
六甲道から三宮までJR。
電車の中ではふたりとも入り口に立っている。
神戸電鉄でも、ユウトク君はいつも立っているのだそう。
その方が外の景色がよく見えるから。
私だけ空いているシートに腰かけた。
ふたりの後ろ姿を見ながら私は、ユウトク君は景色というよりも、外が流れていくのを見るのが好きなのかもしれないと思った。
スピードにのって、体が運ばれていく感覚とか。
次に阪急電車に乗り換えたとき、「音が静かやなあ」とユウトク君が言った。
本当にその通り。
そうか、走る音が静かなのか。
だから私は阪急電車が好きなんだな。
新開地駅の「よつばや」さんで、家族のためにピロシキを買っているのがうらやましく、私も文子さんたちにお土産を買った。
ふたりをお見送りしてから、ベンチに腰かけピロシキを食べた。
揚げたては、やっぱりおいしい。
夜ごはんは軽めに、スープ雑炊(いつぞやに土鍋で作った水炊き風スープに冷やご飯を少し。鶏もも肉、白菜、パプリカ)。

●2024年2月19日(火)曇りときどき晴れ間

今朝は、これまででいちばん暖かい気がする。
薄手のセーターでも暑いので、サマーセーターにした。
雲は厚いけれど、ときどき薄陽が差して、ぱーっと明るくなったりもする。
海は白く、春霞みたい。
窓を開けていても寒くない。
でも、夕方からまた気温が下がるようだから、靴下は重ねばき。
厚手のスパッツにレッグウォーマもつけている。
とにかく温かくしていれば、気温の変化にもついていけそうな気がして。
日中は暖かく、日が暮れると寒くなる国に来ているつもりになって。
きのうは、確定申告で必要な書類を揃えた。
もう少しで支度ができる。
今日は、メールをお送りしたり、手紙を書いたり。
掃除機もかけてさっぱり。
私のお腹は、まだくたびれているみたい。
お昼ごはんは、ゆうべの残りの南瓜のポタージュ(干し椎茸のおだし)に白菜とパプリカを加え、雑炊を作ろうかな。『ブギウギ』を見ながら食べよう。
ファビオがつるつるにしてくれたまな板を使うたびに、胸が温かくなる。
もう何十年も前にスイセイが作ってくれたこのまな板は、長年使って黒ずんできていた。
それを、私が東京に行っている間に、サンドペーパーでこすってきれいにしてくれた。
新品よりも表面がなめらかになり、目も詰まって、木のいい匂いがする。
きっと、何日もかかったんじゃないだろうか。
文子さんによると、マンションの前の道の角(バックミラーの下)で、ずっとこすっていたのだそう。
近所のおばあさんやおじいさんに、「何をしているの?」と聞かれる度に、ファビオは 包丁で切る仕草をしながら「マナイタ」と答えたんだそう。
それが楽しかったそうだ。
午後からずっと、確定申告の支度。
エクセルに打ち込んだ収入と源泉徴収額を、1月分からもういちど見直した。
計算間違いがけっこうあった。
私はこういうのとっても苦手。
でも、何度もやって、どうにか確かになった。
支払い調書が届いていない編集部に確認をしたり。
一日中やっていた。
ゆっくりだけど、ひとつひとつクリアーになっていくのは気持ちがいいなあ。
けっきょく、5時くらいまでやっていた。
夜ごはんは、チャプチェ(プルコギの残りに春雨とほうれん草を加えて炒め直した)、かき卵スープ(豆腐、茎ワカメ)、ご飯。

●2024年2月18日(日)晴れ

ぽかぽかと陽が当たり、とても暖かい。
さっき、小鳥の声がラジオから聞こえてきた。
うちの小鳥たちに混ざり、どちらが鳴いているのか分からなくなって2階の窓を開けた。
猫森からも、山の方からもいろいろな囀りが聞こえる。
ちゅくちゅくちゅぴちゅぴつくぴーつくぴー。
まだ、もう少し先になるだろうけれど、春がやってくるのだ。
ゆうべは奥の奥までぐっすり眠れた。
夜中に何度か目が覚めたけれど、そのたびにぐーっと眠りに引き戻された。
まだ眠れる、まだ眠れると思いながら8時半まで寝て、太陽の光をいっぱいに浴びて起きた。
今日はなんだか充電の日。
鋭気を養う日。
それでもゆっくり動きながら、つい新しい料理本のことを考えている。
浮かんでくる言葉をメモしたり、作りたい料理のことを考えたり。
ついこの間のように思うのなけど、青山ブックセンターでのトークショーから、もう1週間がたったんだな。
三浦さんのお話はやっぱりおもしろく、あちこちに飛んで、聞きながら私は頭の中にメモをした。
打ち上げは、渋谷の「麗郷」という台湾料理のお店。
円卓を囲んで、ひさしぶりに丹治君と美佳ちゃんともおしゃべりできた。
そのときに三浦さんがおっしゃった、私についてのひと言。
「過剰」という言葉が、あまりに自分を言い当てていて、さすがは映画の批評家さんだなあと大きくうなずいた。
三浦さんの好きなおすすめ映画も教わった。
ジョン・カサヴェテス監督の『ラブ・ストリームズ』。
「ジーナ・ローランズがいいんだよなあ。高山さんに似ています」とおっしゃっていた。
確か、そのときに「過剰」という言葉が出てきたような。
『ラブ・ストリームズ』、ぜひとも見てみたい。
こんどの新しい料理本でやりたいと思っていることは、三浦さんとお話ししたことにもつながっている感じがする。
そうそう、朗読の仕事もぶじに終わった。
スタジオブースにひとりこもり、集中して原稿を読んでいると、どんどん静まっていく感覚があった。
読むというよりも、声をのせていくというか。
言葉を声に映し、照らしていくような。
自分の書いた文章だったからかもしれないけれど、私は案外、朗読の仕事が好きなのかもしれない。
夜ごはんは、プルコギ(文子さんに教わったレシピに、パプリカ、ピーマン、しめじを加えた)、しらすの白い白和え(休ミちゃんのレシピで)、白菜のスープ、ご飯。
『まる子』を見ながら食べる予定。

●2024年2月17日(土)ぼんやりした晴れ

柱時計が5回鳴って、しばらくしてからラジオをつけた。
ベートーベンの交響曲がかかっていた。
6時からは、ウィーンの大聖堂での合唱曲。
明るくなってきたので台所に下り、コーヒーをいれた。
またベッドに戻ってきて、白んでゆく空を眺めながらコーヒーを飲んだ。
いつもの私の時間が戻ってきた。
雲が厚くて見えなかったけれど、天気予報によると、陽の出は6時42分だったそう。
2月のはじめが6時55分だったから、着実に早くなってきている。
朝からあちこち掃除機をかけた。
ようやくきれいすることができた。
東京から帰ってきたのは、14日の夜。
夜ごはんを軽く食べ、お風呂に入ってすぐに寝たのだけれど、次の日になっても疲れが取れなかったので整体に行った。
なんか、体がバラバラで、歩くのもぎくしゃくする感じだった。
青山ブックセンターでのトークショー、朗読の仕事、3つの打ち合わせ。
なかでも新しい料理本の打ち合わせが、暴れん坊だった。
4泊5日の長丁場。
川原さんちでお昼寝をさせてもらいながら、どうにか頑張ることができた。
今日は、たまっていた日記を書いたり、校正ゲラの確認をしたり。
あっという間に2時になって、文子さんとファビオとお買い物。
「MORIS」に寄って、今日子ちゃんとヒロミさんにも会えた。
ふたりとも元気そうで、うれしかった。
神戸の、心の親戚たち。
帰ってきて、しばし文子さんとお茶をした。
夜ごはんの支度をしているとき、空も街も茜色に染まり、部屋の中まで入ってきた。
2階に上って窓を開けた。
しばしのマジックアワー。
夜ごはんは、白菜と豚肉の雑炊(牡蠣の中国風佃煮の煮汁で)、じゃがいもの千切り炒め(オリーブオイル、薄口醤油、青のり)。
東京から帰ってからずっと、私は雑炊ばかり食べている気がする。
口当たりがやさしいから、つい。

●2024年2月12日(月)東京は晴れ

今朝はゆっくり起きて(朝ドラを見られなかった!)、朝風呂に浸かって目を覚まし、11時くらいにお出かけ。
西荻窪までの懐かしい道を、川原さんと歩いた。
ここを通るのは何年ぶりだろう。
『高山なおみの料理』の撮影の夜、みんなが帰ってしまっても、なかなかテンションが下がらなかった私は、ウォークマンでオザケンを聞きながら、酔っぱらって夜中に歩いた「のらぼう」までの道。
それからしばらく間が開いて、中野さんに出会ったころにも、ひとりでよく歩いた。
ということは、9年ぶりくらい? 
昔のまま残っている建物、家、空き地があった。
大きな公園も、そのままあった。
古い銭湯がなくなって、コンビニになっていたので、ちょっとだけ迷って「のらぼう」に着いた。
「のらぼう」は、テイクアウト用の出窓のコーナーが新しくできていた。
新しいメニュー、懐かしいメニュー、値段の書かれた張り紙を川原さんとじっと見た。
口の中が唾液でいっぱいになった。
買って帰りたかったし、マキオ君にも会いたかったけれど、「準備中」の張り紙。
三ちゃんのパン屋「toki doki(トキドキ)」は、「のらぼう」の小径を出てすぐのところ。
新しいビルの外階段をとんとん上がると、煙草屋さんみたいな窓があり、焼きたての懐かしいパンがいろいろ並んでいた。
三ちゃんの姿も、パンの種類も、三鷹でやっていたころとちっとも変わらない。
三ちゃんはとても元気だった。
新しいパン工房にも入らせてもらった。
部屋の広さや形、調理台やオーブンの配置も違うし、壁の色だってスカイブルーから赤に変わっていたのに、前の工房と何かがまったく一緒だった。
木枠のショーケースも、机も、道具類もそのまま持ってきて使っている。
いいなあ、三ちゃんは。
できたての揚げパンと、レーズンがぎっしり入った丸いパン、黒オリーブとチーズが挟まった、木の葉の形のカリカリしたパンを食べた。
やっぱり、すごくおいしい。
いい材料を使っていることが分かる。
今日は、「泊めてもらっているお礼に、川原さんの好きな料理を何でも作るよ。ふたりでワインでも呑みながら、一緒に食べようね」と川原さんと約束していたのだけれど、三ちゃんも誘うことになった。
帰りに「どんぐり舎」に寄ってコーヒー豆を買い、電車に乗って帰ってきた。
川原さんの作りおきのじゃがいものピュレに合わせるために、吉祥寺の駅ビルの懐かしい魚屋さんで、新鮮な鰯を買った。あと、真ダイのお刺身も。
「紀伊ノ国屋」さんでは、ステーキ用の牛もも肉と、国産の白いチーズ、カヴァ。
駅ビルで買い物をしたあと(袋に荷物を詰め手いるとき)、私は足がつり、ストレッチをしてどうにか歩けるようになった。
私たちは今日、6万歩も歩いたのだそう。
夜ごはんは3人で。前菜は、真ダイのカルパッチョ(失敗した手作りマヨネーズ、粒マスタード、ドライバジル)、スライスミニトマト&白いチーズ(フェタチーズに似ていて、とてもおいしかった)、蕪と小松菜の茎のオリーブオイル蒸し、紫キャベツのサラダ(塩もみをしてアップルヴィネガー、粒マスタード)、茄子のイタリア風レンジ蒸し(ドライタイム、川原さん作)黒オリーブペーストが挟まったカリカリパン(「toki doki」の葉っぱの形のパン)、玉ねぎパン(「toki doki」の)。
メインは、ポルトガル風鰯のフライパン焼き(前菜で残ったミニトマトを加え、カヴァをふりかけて軽く蒸し焼きに)、牛もも肉のステーキ2種(塩とワサビ&おろし玉ねぎ、バルサミコ酢、薄口醤油のソース)、カヴァ、赤ワイン。

●2024年2月8日(土)曇り

ラジオの合唱番組をゆらゆらと聞いて、天気予報がはじまる前にカーテンを開けたら、まさに今、太陽が顔を出したところだった。
みずみずしいオレンジの陽の出。
果物の橙みたい。
今日子ちゃんの橙マーマレードと同じ色だ。
ニュースを聞いた。
小澤征爾さんが亡くなったとのこと。
しばらく目をつむり、えいっ!と起きた。
明日の朝から私は、東京に出かけるのだから、今日はいろいろ準備をしないと。
「ダンチュウ」のエッセイは、ゆうべ書き上げてお送りした。
編集者さんが、とても喜んでくださった。
あともうちょっとだけ直せば、完成。
レシピも、もう少しだ。
明日のトークイベントには、お世話になっている編集者がたくさん聞きにきてくださる。
「気ぬけごはん」の島崎さん、「となりのオハコ」の八幡さん、『どもるどだっく』『おにぎりをつくる』の佐川さん。
初期の『日々ごはん』を作ってくれた、丹治君と美佳さんもいらっしゃる。
お相手の三浦哲哉さんは、繊細な感性で、たくさんの言葉を持っている方。
洞察力が深く学者さんみたいに賢い方なのに、ちっとも偉そうでない可愛らしい方。
だからきっと、楽しいに違いない。
お会いするのがとても楽しみ。
今回も、いつものように川原さんちに泊めてもらい、打ち合わせもたくさん入れている。
4泊5日のロードムービーみたいな日々を走り抜けられるように、今日はゆっくり支度して、体も心も休めよう。
休ミちゃんの取材は、とてもおもしろかった。
おいしいお酒とつまみをごちそうになって、新幹線で帰り着いたのは、夜の10時くらい。
お風呂に入ってすぐに寝たのだけど、休ミちゃんの気配に包まれ(押し寄せてきた)、なかなか寝つけなかった。
休ミちゃんはとても独自な人で、私にとってはまだたくさんの未知がある。
取材でも、言葉では説明しなかった。
でも、じっと思い出していると、何かが分かりそう。
はっきり分かったことはひとつだけ。
私は、休ミちゃんのことをますます好きになった。
夜ごはんは、豆カレー(文子さん作)をのせたチーズトースト、イタリア風ワンタンスープ(キャベツ、水菜)の予定。

●2024年2月7日(水)快晴のち曇り

きのうとは打って変わって、風もなくぽかぽか陽気。
海もきらきら。
ゆうべは4時くらいに目が覚め、ラジオをつけたら「ラジオ深夜便」をやっていた。
懐かしい声のアナウンサーの人が、オホーツク海のシャチのことを伝えていた。
とてもゆっくりとした声で、何度も同じような言葉を繰り返していた。
寝ぼけていたので、確かなことは覚えていないけれど。
オホーツク海の沖の方で、流氷が崩れて、シャチの群れが動けなくなっている。
海上なんとか隊の人が、ドローンを飛ばして撮影したところ、17頭のシャチが流氷の間に挟まれていることが分かった。
このままでは死んでしまうけれど、人の力が及ばない極寒の場所なので(だっただろうか?)、助けることができない。
もういちど流氷が崩れて、壊れたら、隙間が開いて助かるのだけれど。
というような内容だった。
ニュースでもなく、お知らせでもなくて、悲しくて美しいお話を読んでいるように聞こえた。
小川末吉の『赤いろうそくと人魚』にも似ているような。
もしかするとこのアナウンサーは、大きな地震があった次の日の明け方に、私が聞いた声の方と同じ人なのかもしれない。
ラジオはいちど消し、6時前にまたつけて、『中学生の基礎英語1』。
一応は聞いていたのだけれど、うたた寝している間に終わってしまった。
ちゃんと目を覚ましたのは、7時のニュースも天気予報も終わったころ。
太陽はとっくに昇り、海が最上級に輝いていた。
さあ、「ダンチュウ」のエッセイの続きを書かないと。
途中で日が翳り、ぐんと寒くなってきた。
夕方になって、風花がちらちら舞った。
だいたい書けたようだけど、まだまだ推敲が必要。
夜ごはんは、ウズベキスタンのダンプリング(文子さん作を冷凍しておいた)のミルクスープ(人参、白菜、スナップエンドウ、ディル)、ルッコラのサラダ(玉ねぎドレッシング)。
明日は朝早くから、「となりのオハコ」の取材で、新幹線で倉敷に出かける。
加藤休ミちゃんのところ。
早めにお風呂に入って寝よう。

●2024年2月5日(月)雨

雨が強くなってきた。
霧も出て、あちこち真っ白。
風がぴゅーぴゅー。寒い、寒い。
春がやってくる前の嵐みたいな日。
中野さんは朝ごはんを食べ、11時くらいに車で帰っていった。
雨が強くなる前で、よかった。
きのうは、とてもいい日だった。
発表会を、家族が見にきてくれたみたいな、特別な日だった。
ギャラリー「Vie 」では、ユウトク君の絵にも、ソウリン君の絵にも、赤いシールが貼ってあった(売れましたという印)
私の2枚の絵にも、貼ってあった。
嬉し、はずかし。
ギャラリー「Vie 」にみんなでいるとき、文子さんとファビオが入ってきて、手を振り合った。
中野さんの家族と挨拶をし合ったり、小さな声でおしゃべりしたり。
絵を見たいと思っている人が、約束もしていないのに、偶然に同じ場に集う。
なんともいえない幸せ。
帰るときに、もういちど壁画のところに行って、絵の前で集合写真を撮った。
家族写真の中に私も入れていただいた。
そんな日だった。
今日は、楽しみにしていたお祭りが、ひとつ終わってしまったような気持ち。
余韻をかみしめながら、これからはじまる仕事の予定をまとめたり、メールを送ったり。
さあ、私も新しい仕事に向かわないと。
今週は忙しいのだから。
まず、「ダンチュウ」のエッセイを書くこと。
8日は、「となりのオハコ」の取材で、倉敷在住の絵本作家、加藤休ミちゃんのところへ行く。
そして11日には、朝から東京に出掛け、「青山ブックセンター」で三浦哲哉さんとのトークイベント。
13日は、渋谷のスタジオに、自分で書いた文を朗読しにいき、夕方からは新しい料理本の打ち合わせで、赤澤さんたちにお会いする。
14日は、八幡さんと「となりのオハコ」の打ち合わせ。
また、川原さんの家に泊めてもらう。
三浦哲哉さんとのトークイベントでは、どんな話が飛び出すんだろう。
どきどきするなあ。
じつは、1月2日の日記に書いた、「うちにいらっしゃる予定だったお客さん」というのは、三浦哲哉さんのこと。
1日に大きな地震があって、どうしても新年をお祝いする気持ちになれなくて。メールをしたら、三浦さんも同じ気持ちでいてくださった。
そういうときの、共通の感覚って、とても大切なことだと思う。
もしかすると、一番くらいに。
生き物同士が匂いを嗅ぎ合って、確かめ合うときの繊細なセンス。
信じてもいいのか、否か。
三浦さんはやっぱりいいなあ、と思った。
トークイベント、まだお席がたっぷりあるようなので、よろしかったらみなさんも聞きにいらしてください。
詳しくは「ちかごろの」をご覧ください。
夜ごはんは、具沢山豚汁(豚バラ肉、ごぼう、大根、人参、白菜、水菜)、ふわふわ納豆(白身入り)、白菜キムチ(文子さんにいただいた、キムチ屋さんの)、ご飯の予定。

●2024年2月3日(土)曇りのち晴れ

6時ちょっと前に起きた。
ラジオを聞きながら、ゆらゆら。
今朝の陽の出は6時55分だそう。
やっぱり少しずつ、少しずつ、早くなってきているな。
陽の出前の空には、オレンジ色と黄色の帯が細く伸びていて……その間に、眩しい小さな光がチッとのぞいているなと思っていたら、ぐんぐん姿を現した。
今朝のは、こっくりとした光の太陽。
中野さんも下の窓から見ているかな。
きのうは、朝起きたときに、ちょっと風邪っぽい気がして、中野さんの壁画を見に行くのはやめにした。
葛根湯を飲んで温かくし、家で過ごしていた。
仕事らしいことをしたのは、アノニマの村上さんと電話で話し、そのあとで小さなイラストをひとつ描き、『野菜だより』の新装版刊行のために、寄せる言葉を書いた。
それだけ。
中野さんはゆうべ、7時くらいに、とても元気な様子で帰ってきた。
ちょっと頬がこけていたけれど。
それはそうだろう。大きな壁に、立ったまま2日続けて絵を描いていたのだから。
ビールを飲みながら、完成した壁画の写真を見せてくださった。
そしたら、うちの窓から見える陽の出の風景が描かれていた。
薔薇色と青の夜明けの空に上る、2本の煙突の白い煙。
海は金色。
街も光に包まれている。
きのうの朝の情景だろうか、それとも前回中野さんがいらしたときに、ものすごくくっきりとした眩しい朝があったから、その日のだろうか。
私はきっと、その日の情景ではないかと思った。
日記を振り返ると、1月26日。
汽笛がヴォッ、ヴォッ……と短く鳴って、目覚めた朝だ。
「白鷺が3羽飛んでいったのを見た」と言っていたのは、いつだっけ。
私は白鷺なんか、六甲でいちども見たことがないのだけれど。
真っ白な大きな鳥が、天井で翼を広げている。
明日は、中野さんの家族が、みんなで神戸に来る。
とんかつ屋さんでお昼ごはんを食べ、完成した壁画を見にいく。
その後に、ギャラリー「Vie 」の展覧会にも行く。
楽しみだなあ。
今日は、「ダンチュウ」の撮影。
私はとても元気。
きのう休んでおいて、よかった。
中野さんは、朝から映画を見に出掛けた。
あ、今タクシーの音がした。
編集者とカメラマンがいらしたみたい。
夜ごはんは、撮影の残りを文子さんとファビオの部屋で。ワインも開け、乾杯。とちゅうから中野さんも参加した。

●2024年2月1日(木)曇りときどき雨

今日から2月。
6時前に起きて、炊飯器のスイッチを入れた。
おにぎりを作ろうと思って。
まだ空は薄暗く、霧も出ている。
寝室に戻ってきて、「中学生の基礎英語1」。
中野さんはもう起きているみたい。
朝ごはんを食べ、おにぎりを作った。
大きな地震から、今日で1ヶ月がたった。
とても静かな日。
いよいよ壁画制作が、今朝からはじまる。
中野さんは8時くらいに、車で出ていった。
がんばれー!
私は、ゲラの校正をせっせとする。
「毎日のことここ」、「となりのオハコ」、「きょうの料理」。
いつもよりも、ぎゅっと集中できた。
どうしてかな。
中野さんもがんばっていることを思うと、なんとなく士気が上がる感じ。
お昼を食べ、もうしばらくしたら、美容院に行ってこよう。
撮影用の買い物を軽くして、帰りに三宮にまわり、壁画の制作現場に寄ろうと思う。
さっき、一瞬だけ薄陽が差して明るくなり、ふーっともとの曇り空に戻った。
夕方は風が冷たく、ぐっと寒くなった。
5時少し前に着いて、しばし見学。
中野さんと一緒に車で帰ってきた。
帰り道、「コープさん」で買い物。
ぴゅるるるるーと、吹き飛ばされそうな風。
夜ごはんは、金目鯛の煮付け(ごぼう)、ほうれん草のお浸し(ごま)、とろろ芋、カクテキ、味噌汁(豆腐)。

●2024年1月30日(火)快晴

すみずみまで晴れ渡っている。
そして、暖かい。
きのうは、文子さんとファビオと、ひさしぶりのアペリティーボだった。
冷蔵庫には何もなかったけれど、バジルペーストの残りが少しあったので、クリームチーズに混ぜてみた。
ハーブクリームチーズの変形版。
ちょっとナッツテイストを感じる、なかなかおいしいのができた。
私が持っていったのは、それだけ。
玄関の扉を開けたとき、西陽がいっぱいに差し、部屋中が黄色くなっていた。
今まさに、夕陽が山に沈もうとしているとき、カヴァで「おかえりなさい」の乾杯をした。
文子さんがミニトマトを薄く切って、おいしいチーズと器に並べ、温めたパンと生ハム(コッパ)と。
ひさしぶりにいっぱいおしゃべりして、ランブルスコも開けてしまった。
気づいたら9時前。
私はけっこう酔っぱらっていたみたい。
部屋に戻ってすぐにお風呂に入り、パタンと寝てしまった。
今朝は、柱時計が5つ鳴って目が覚めた。
ぐっすりだった。
いつもだったら、夜中に必ずトイレに起きるのに。
ふたりが帰ってきて、私は安心したんだと思う。
というわけで、今朝は曙の時間から。
カーテンを開けたら、空はまだ暗く、明けの明星が輝いていた。
「古楽の楽しみ」を聞いているうちに少しずつ明るんできて、オレンジ、薔薇色、水色、青のグラデーション。
「中学生の基礎英語」もちゃんと聞けた。
朝に聞けたのは、本当にひさしぶり。
なんだか、晴れ晴れとした気持ち。
さ、今日は歯医者さんだ。
郵便局、銀行、買い物。「MORIS」にも寄って、『帰ってきた 日々ごはん⑮』にサインをする予定。
明日からまた、中野さんが泊まりにいらっしゃる。
いよいよ壁画制作がはじまるので。
夕方、文子さんとファビオが、お豆のカレーとインド風の揚げパンを持ってきてくださった。
窓辺で3人、軽くビール。
カレーは明日、中野さんと食べようと思う。
夜ごはんは、かき揚げうどん(ほうれん草)、白菜の塩もみサラダ。

●2024年1月28日(日)晴れのち曇り、一時雨、のち晴れ

ぐっすり眠って、6時半に起きた。
今朝の陽の出も、雲の間から。
オレンジ色の光が、海にも映っていた。
金曜日にいただいた新しい仕事の原稿は、きのうの朝、起きてすぐに書いた。
寝ながら、ああだこうだと考えていたので。
これで安心、お受けすることができる。
そのあとはずっと、朗読の原稿を書いていた。
今日は、声に出して読みながら推敲している。
締め切りまで間があるので、しばらくねかせておこう。
午前中は晴れ間が出ていたのだけれど、気づけば窓が白い。
寒い、寒い。
いつ小雪が舞っても、おかしくないくらい。
3時ごろ、文子さんからメールが届いた。
去年のクリスマスのあとから、大阪のご実家に帰っていたふたりが、ようやく戻ってきた。
明日の夕方、アペリティーボに誘われた。
ふたりがいない間は、6階の窓を見上げるたびに、胸に空洞ができたみたいだった。
窓を開けると、雨。
霙みたいな雨。
なんだか、香ばしい匂いがする。
夕方になって晴れ、虹が出た。
「おかえりなさい」の虹。
文子さんとファビオが、上の部屋にいると思うだけで、じんとする。
夜ごはんは、温かいおうどん(赤澤さんにいただいた「もちもち全粉麺」で。椎茸の甘煮、ほうれん草、葱、柚子皮)、とろろ芋(卵黄)。
『まる子』を見ながら食べる予定。

●2024年1月26日(金)曇り一時晴れ

船の汽笛が鳴って、目が覚めた。
ヴォッ、ヴォッ……と、短く2回。
カーテンを開けると、向かいの建物の屋上に雪がうっすら積もっていた。
陽の出は、雲と雲の間から。
オレンジ色に光る目玉が覗いているみたい。
中野さんがコーヒーをいれている匂いがする。
キッチンに下り、コーヒーを注いで戻ってきても、まだオレンジの強い光。
ベッドの中で続きを眺める。
そのうち完全に雲に隠れると、空と山の間にオレンジ色の空間ができた。
下にある街並の黒いシルエットが浮かび上がって、オレンジの街がそこにあるみたい。
向こうに見える雲も、山と相似形。
不思議だなあ。
もしかして、屋根に積もった雪と関係があるんだろうか。
太陽が完全に姿を現したとき、窓を開けてみた。
ものすごく眩しい。
ニュースと天気予報が終わって、寝室を光でいっぱいにしてから、エイッ!と起きた。
きのうは、中野さんが壁画を描く予定の地下道を見学にいった。
いちばん近い駐車場も確かめ、そのあとで写真展を見に県立美術館に行った。
海の近くにある大きな美術館。
帰り道で小雪が舞いはじめ、家に着いたら、本格的になった。
はらはらはらはら降ってくる。
ふぶいたり、風に巻き上げられて空に昇ったり。
窓辺に立つと、小さな結晶が見えた。
ふたつ繋がっているものもある。
ガラスに触れると、あっという間に消えてしまう。
ビールを飲みながら、長いこと見ていた。
インドのサラダを作ってふたりで食べ、私はすっかりお腹が冷えてしまった。
このサラダは夏向きだ。
雪の日に窓辺で食べるものではない。
そのあとで作った椎茸のスパゲティが、やさしい味で、とてもおいしかった。
少なめのにんにくのみじん切りを米油で炒め、椎茸を加えてしんなり炒めてからバターを溶かし、レモン汁、レモンの皮のすり下し。
スパゲティのゆで汁を加えて乳化させ、ゆでたてを和えた。
器に盛って、青じそのせん切りとしらす。
ただ、それだけなのだけど、バターとレモン汁の加減がちょうどよかった。
中野さんは今朝、10時くらいに帰っていった。
私は原稿書き。
一日中やっていた。
とちゅう、パーッと晴れたので、布団を干しに2階へ。
気づくと翳っていて、大急ぎで取り込んだり。
夜ごはんは、白菜と豚肉の土鍋蒸し(ポン酢醤油、ごまダレ)、大根おろし、ご飯はなし。
夜、HPの方のアドレスに、新しい仕事が届いていた。
いつか、私のところにも来るといいなあと思っていた、ある雑誌の原稿依頼。
どうしよう。
書けるだろうか。

●2024年1月24日(水)快晴

ゆうべは風がとても強かった。
今朝もまだ、強い。
海の光っているところが、ウロコのよう。
太陽が昇るにつれ、それが大きく広がって、真正面も東の端も、すべてがさざ波立っている。
大きな龍が横たわっているよう。
台所に立って見たら、窓一面が発光していた。
すごく眩しい。
きのうは、中野さんとギャラリー「Vie」で待ち合わせ、絵を搬入してきた。
車で帰ってきて、そのまま御影のスーパーで買い物。
高知産の中トロを奮発し、お刺身丼にした。
すまし汁(ほうれん草、柚子皮)と。
絵を搬入できたお祝い。
さあ、今日は何をしよう。
風の音と、柱時計の音しか聞こえない。
ときどき小鳥。
「毎日のことこと」の続きを書こうかな。
お昼は、中野さんが焼きそばを作ってくださるそう。
朝ドラの再放送を見終わったころ、小雪がちらほら。
急いで「コープさん」に卵を買いにいく。
車って、なんて便利なのだろう。
そのあとで、台所のシンクを掃除。 
剥がれかかっていた、銀色のテープを貼ってもらった。
中野さんは今、白い棚の扉に絵を描いている。
私は、朗読のためのエッセイを書きはじめた。
海が青い。
ところどころ緑がかって、沖縄の海みたい。
よく見ると、大阪の山に雪がうっすら積もっている。
棚の扉には赤い花。
なんとなく、中欧風の台所になった。
とても嬉しい。
夕暮れの窓辺で、ポテトチップスをつまみに、赤ワインの炭酸割り(私)、ビール(中野さん)。
空の上の方が晴れ、雲の下はいつまでも茜色だった。
そこに、いろいろな形の小さな雲が行進していた。
去年死んでしまったカメ吉、ピーちゃん、フグの赤ちゃん。
夜ごはんは、ラム・ステーキ(焼きじゃがいも添え)、ハムとほうれん草のオムレツ、ご飯(中野さんだけ)。

●2024年1月20日(土)小雨のち曇り

ぐっすり眠れた。
柱時計が8回鳴って、驚いて起きたのだけど、まだまだ眠れそうだった。
夢もみなかった。
きのうから、枕と薄掛けを変えてみている。
これも、新しい仕事のひとつ。
枕はとても大きくふんわりとしているのに、ほどよい硬さがあり、頭をのせたり動いたりすると、その都度私の頭にフィットして、ついてきてくれる感じ。
薄掛け布団は、軽いのにとても温かい。
肌に当たるところがタオル生地なので、それもまた心地よく、いつもの羽根布団を上に重ねると、布団ではない温かなもの(安心感のような?)に包まれているよう。
体と心が丸ごと包み込まれる。
寝具というのは、すごいものだな。
さて、今日は何をしよう。
きのう買った額縁に、また色を塗ろう。
この間、JA御影でおいしそうなキャベツを丸ごと買ったので、ロールキャベツを作ろうと思うのだけど、ふと思いついて、干し椎茸を戻してみた。
いつもは固形スープの素を使うのだけど、干し椎茸のだしで煮てみようと思って。
そうだ、ひろみさんと今日子ちゃんをお呼びしよう。
人参や玉ねぎを刻みながら、くず野菜もどんどん加えていく。
大根も皮ごと。
甘みが出て、とてもおいしいおだしができた。
玉ねぎと人参をバターで炒め、細かく刻んだ干し椎茸も加えようかどうしようかと迷っていて、きのう今日子ちゃんからいただいたイギリス土産のメースの匂いをかいでみた。
パッケージにはこう書いてある。
(間違えているかもしれないけれど、読んだだけで英語の意味が分かった)
「ナツメグに似ているけれど、もっとやわらかな香り。チーズにふりかけたり、ベシャメルやホワイトソース、または魚のパイ。そしてスープ。あるいはケーキに入れたり、プディング、それから他にも焼き菓子に」
うーん、ほんとうにその通り。
そしてフレッシュ。
これはきっと、うまくまとめてくれそうだ。
夜ごはんは、赤ワインの炭酸割りと、人参の塩もみサラダ(赤ワインヴィネガー、オリーブオイル、ディル)&ゆで立てビーツ(手作りマヨネーズ添え)、ロールキャベツ(合いびき肉、豚ロース薄切り肉のみじん切り、干し椎茸、玉ねぎ、人参)、乾燥たもぎ茸(黄色いしめじのようなきのこ。亜由美さんがくださった)と生姜の炊き込みご飯。
ロールキャベツは、ひとつ目をねり辛子で和風に食べ、ふたつ目は、生クリームと手作りサワークリーム(文子さんに教わった)を加えて軽く煮た。メースもひとふり、刻んだディルをたっぷり。
ロシアでこんなのを食べたことがある気がする。
ふたりとも、とても喜んでくださった。
食後は、今日子ちゃんの米粉のマフィン(いちごを焼き込んである)をセイロで軽く蒸して温めた。
おいしかったなあ。
ロールキャベツを食べる前に、枕とかけ布団を2階から下ろしてきて、ふたりに寝てもらったのも楽しかったな。

●2024年1月17日(火)晴れ、ときどき小雪

7時に起きた。
前の建物の屋上が、薄っすら白くなっている。
ゆうべは雪が降ったのかな。
陽の出は雲の上から。
オレンジ金色に光ったとき、小雪がふらふらと舞っているのに気づいた。
窓を開けても、それほどには寒くない。
おとついから中野さんがいらしていて、きのうは、車でJA御影のスーパーに行った。
神戸ポークの分厚いお肉で、トンカツ!
トンカツなんてはじめて揚げるので、「暮しの手帖」のバックナンバーを見て勉強した。
低めの温度で揚げたら、取り出してしばらく寝かせ(予熱でじわじわと火を通す)、最後に強火でカリッと揚げる。
おかげで、サックサクのすばらしくジューシーなトンカツができた。
中野さんのミックスソースもおいしかったな。
今朝は、その残りでカツサンドにした。
中野さんは画材屋さんへ。
しばしのひとりの時間。
掃除機をかけたり、仕事をしたり。
空は青く、海もきらきら。
風が強いからか、空気がキリッと澄んでいる気がする。
きのう私は、額縁の色の塗り方を教わった。
サンドペーパーでこすって、さらになめらかに。
今日も続きをやる。
これは、元町のギャラリー「Vie」で1月27日からはじまる公募展のための支度。
詳しくは「ちがごろの」をご覧ください。
夜ごはんは、窓辺で明るいうちに。
おつまみ盛り合わせ(ハム、ソーセージ、レタス、手作りマヨネーズ、ペペロナータ、浸し黒豆)、ブロッコリーとアンチョビのスパゲティ、ビール&焼酎お湯割り(中野さん)、赤ワイン(私)。

●2024年1月13日(土)晴れ、一時雹

よく眠れたような、そうでもないような。
いろんな夢をみた気がする。
夢のなかでも動きまわっていたような。
市の健康診断の日なので、てきぱき動く。
9時過ぎに家を出た。
電車に乗ってもいいのだけれど、歩くことにした。
iPhoneの道案内の通りに歩く。
けっきょく、すごく遠まわりをして1時間くらいかかった。
でも、はじめて通る道だったので、珍しいお店をいくつかみつけておもしろかったな。
シャッターは閉まっていたけれど、サーターアンダギーのお店もあった。
思ったよりずっと早く終わったので、帰りもてくてく歩く。
よく歩いたので、「コープさん」で軽く買い物をして、タクシーで帰ってきた。
そういえば、この間私は「今年は仕事をがんばるぞ」と、心に決めた。
そうしたら新しい仕事がみっつ舞い込んできた。
なかには、文章を書いて朗読するというのもある。
朗読を録音するなんて、はじめてのこと。
ドキドキするけれど、わくわくもする。
このところずっとひとりでいるから、決意のことは誰にも言っていないし、日記もまだアップされていないのに。
不思議なことってあるものだ。
海の色がやけに青く、遠くの方は緑がかっていて、夏みたいだと思っていたら、ぴゅるるるると風がひと吹きし、お天気雨が降ってきた。
慌てて2階の窓から見ると、わ!雹だ!
ひとしきり降ってあたりは灰色になり、またぱーっと晴れてきた。
かすかに小雪が舞っている。
初お天気雪だ!
夜ごはんは、マッシュポテトのグラタン(撮影の残りの蕪入りマッシュポテトに、トマトソースとチーズを重ねて焼いた)。

●2024年1月12日(金)曇りのち晴れ、のち曇り

ゆうべは2時に目が醒めてしまい、それからは3時、4時と柱時計の音がしていた。
明け方に、ぐぐーっと眠った。
そして、ラジオをつけたら7時のニュースが聞こえてきた。
『中学生の基礎英語1』を聞き逃してしまった。
朝ごはんを食べたり、掃除をしてりしているうちに、あっという間に10時。
ピンポンが鳴って、ちよじと千葉さんが来た!
「きょうの料理」の撮影。
きのうはもういちど試作をしたので、準備万端。
撮影中は、急にパーッと明るくなったり、夕方、雨が降っているのかと思うほどグレーの空になったり。
めまぐるしいお天気だった。
ひとつひとつ、ていねいに追っていって、5時半に終わった。
明るさも、ぎりぎり間に合った。
ふーっとひと息、ちよじがコーヒーをいれてくれたので、シン・エゾアムプリンを3人で。
バナナといちごを添えてみた。
うーん、やっぱりおいしいなあ。
ふたりは、6時過ぎにタクシーで帰っていった。
撮影でたくさん食べたので、夜ごはんはなし。
明日は市の健康診断。
早めに寝ようと思うけれど、すでに今、眠たくて瞼がくっつきそう。 

●2024年1月9日(火)晴れ

ゆうべは寒くて、夜中に毛布を1枚追加した。
ベッドの中で、ガタガタ震えてしまう感じだった。
iPhoneで確かめたら、零度とのこと。
今朝は5時前に目覚め、ラジオを聞いていた。
「古楽の楽しみ」と、英語学習の番組を一通り。
とちゅうでカーテンを開けたら、空の下の方に大きな三日月が光っていた。
山際の雲に赤味がさし、だんだん明るくなっていく。
台所に下り、ミルクコーヒーを温めてベッドへ。
飲みながらの陽の出は、7時過ぎ。
太陽が出たとたんに、ぐんぐん暖かくなってきた。
さあ、今日は「気ぬけごはん」を仕上げてお送りしなくては。
3時には仕上がり、島崎さんにお送りした。
「毎日のことこと」の校正も終わった。
夕方、買い物に出る。
金曜日は「きょうの料理」の撮影なので、少しずつ仕入れをしておこうと思って。
坂を下りながらふと、今年は、仕事をがんばろうかなあと思った。
向いていないからなんて言ってお断りせずに、いただいた仕事は、どんなことでもやってみよう。
やってみてだめだったら、次はやめればいいんだから。
何でも真剣にやれば、楽しいはずなんだから。
などとぶつぶつつぶやきながら坂を下りた。
神戸に来たばかりのころよりも、心も体もずっと丈夫になったような気がする。
だから、今年の抱負だ。
白龍の神社にお参り。
「いかりスーパー」で買い物をさっとして、バスに乗り、ささっと帰ってきた。
ディルもワインも買えた。
帰りの坂道は、リュックをしょって上った。
空気がキンとして気持ちいい。
坂の上まで上ったとき、山際の空が茜色に染まっていた。
6時前に帰ってこれた。
明日はもういちど試作をしたいから、思い切って行ってきてよかった。
夜ごはんは、白みそ雑炊(白菜、はんぺん、蕪の葉、卵)、数の子(これで食べ終わった)、白菜の甘酢漬け。

●2024年1月7日(日)晴れときどき曇り

6時半くらいに起きた。
ゆうべは、厨房にいる夢をみた。
鶏肉をさばいて、パプリカや唐辛子の粉を混ぜた溶かしバターを塗って焼いたり、何かのシチューを寸胴鍋で煮込んだり。
何人かのお客さんに向け、ひらめくアイデアを次々試し(朝まで覚えていたのに忘れてしまった)、私はちょっと興奮しながら作っていた。
目覚めたときに、高揚している感じがまだ体に残っていて、ああやっぱりこういうことが好きなんだなあと思った。
ちょっと筋肉痛のような感じもあった。
陽の出は、山の上の雲から。
ボンタンみたいな大きいまん丸が、ぬるりと昇った。
今朝はいつもより寒い。
指先が冷たいので、厚手のスパッツの上からくつ下を重ねばきし、レッグウォーマーもつけてパソコンに向かう。
朝、アムとカトキチからプリンが届いた。
2月から発売される予定の、新しいエゾアムプリン。
箱を開けたとき、どこかの寒い国から届いたような感じがした。
パウンドケーキみたいな銀色のアルミの四角い形も、半透明の白い紙も、プリンの上にかぶせてある松ぼっくりのシートも、すべてが清楚でしんとする。
これまではプリンの生地にカラメルソースを焼き込んでいたけれど、別に添えることになったんだな。
持つと、ずっしり重たい。
おいしさやていねいな気持ちが、ぎっしり詰まっている感じがする。
さあ今日も、「気ぬけごはん」の続きをやろう。
がんばって書いて、新しいエゾアムプリンをおやつにいただこう。
シンエゾアムプリンは、目の覚めるようなおいしさだった。
びっくりした!
これまでももちろんおいしかったけど、もっともっと濃厚。
カラメルソースの苦みもほどよく、とろみがあってお皿をなめたいくらい。
でも、カラメルソースがかかっていないところも、ねっとりもったりとしてすごくおいしかった。
いい材料を使っていることがよく分かる。
これはもうプリンというより、ケーキみたい。
ワインにも合いそうな気がする。
これまでの丸い陶器の器が使えないことになり、アムたちは旅から帰ってきて試作を繰り返していたみたいだけれど、よくぞここまで到達したなあ。
すごいなあ。
夜ごはんは、洋風ワンタンスープ(鶏ひき肉、豚バラ薄切り肉、ディル、白菜、椎茸、人参)。

●2024年1月3日(水)曇り

眠れたんだか、そうでもないんだか。
明け方、ラジオをつけたら、「ラジオ深夜便」が終わるところだった。
エンディングの音楽が流れ、昔懐かしいような声のアナウンサーが、誕生日の花と花言葉を伝えていた。
今日の花はスノードロップだそう。
花言葉や名前の由来、植生などの説明をひと通りし、「今日が誕生日のみなさん、おめでとうございます」と穏やかに言った。
それを私は、目をつぶって聞いていた。 「さあ、今夜は少しお休みになれましたでしょうか。まだ、夜明けまでには少し時間があります。少しでもお休みください」。
そうして、ちょっとの静寂のあと、「辛い、というお気持ちの方がたくさんいらっしゃると思います。きのうよりはしかし、今日はよくなる。希望を持って、今日一日、健やかにお過ごしください」と、言った。
地震とか、被災地とか、ひとことも言わなかった。
こういう言葉を何気なく言える人は、あまりいない。
静かで、強い言葉だと思った。
さあ、私も動き出そう。
早めのお昼ごはんを食べ、荷物を出しにコンビニへ。
川沿いを歩きたくなり、散歩した。
ハクセキレイがチョンチョン歩き、カーブを描いて水辺に舞い下りる。
鴨を見ながら、飛び石を向こう岸へ渡り、通りに出て水道筋の商店街へ。
どこもシャッターが閉まっていた。
「コープさん」も閉まっていたけれど、隣のおいしいケーキ屋さんでケーキを買った。
午後から雨になるようだったので、傘を持っていったのだけど、けっきょく降られなかった。
お正月も今日で終わり。
明日から私は、仕事をしよう。
「毎日のことこと」に、今日のことを書いてみようか。
書けるかどうか、分からないけれど。
夜ごはんは、ピェンロー(ゆうべのを温め直した)。
体がぽかぽか。
暑くてセーターを脱いだほど。
すごいな、ごま油。
もしかしかするとピェンローは、中国の寒い地方で生まれたのかもしれない。

●2024年1月2日(火)快晴

6時半にラジオをつけた。
7時のニュースを聞いて、ずいぶんたってからテレビをつけた。
洗濯をしたり、掃除をしたり。
窓辺に腰かけ、エプロンのほころびを繕いながら決めた。
今日は、お客さんがうちにいらして、新年のお祝いをすることになっていたのだけれど。
料理もささやかながら、支度をしていたのだけれど。
どうしても、そういう気持ちになれない。
やっぱりとりやめにしよう。
メールをしてみよう。
穏やかなこのお正月を、静かに大切に過ごそうと思う。
海も空も、眩しいくらいに青い。
早めの夜ごはんは、「となりのオハコ」の試作でピェンローを作った。
ヒロミさんの手つきを思い出しながら、ひとつひとつていねいに作っていった。
とてもうまくいった。
塩と一味唐辛子だけの味つけが、染みるおいしさ。
ひとりでほぼ半分平らげ、体がぽかぽか。
ごま油がたっぷりのお鍋だからかな。
夕方、6時を知らせる教会の鐘が、いつもより長く鳴っていた。
カラーンコローンカラーンコローンカランコローンカラーンコローン……。
応援のメッセージだろうか。
ファビオのベストは、ずいぶん編めた。

●2024年1月1日(月)快晴

明けまして、おめでとうございます。
起きたら8時半だった。
大寝坊。
ゆうべは12時まで起きていたから仕方がないけれど、初陽の出を見られなかった。
もうとっくに上に昇り、海が眩しく光っている。
朝から中野さんのお母さんのベストの続き。
ゆうべ編み上がったので、裏に返して毛糸の始末。
ベッドの上で、背中に太陽を浴びながらやる。
朝風呂のあと、お風呂場の掃除。
遅い朝ごはんは、ヨーグルト(亜由美さんにいただいた大きないちご)だけ。
今年のお正月のお花は、ソウリン君が折り紙で作ってくれた花束。
きのう、植物屋さんをのぞいてみたら、真紅のアネモネがあった。
ビロードみたいでとてもきれいだったのだけど、そういえば、うちにもアネモネの素敵な花があった!と思って。
10時くらいだったかな、台所に立っているとき、窓の海が一面金色になった。
こんなに広い範囲で光ることって、これまであったろうか。
お正月だから?
掃除をしたり、黒豆をゆでたり、洗濯したりしている間にお昼となる。
元日のささやかなごちそうは、数の子、丹波黒豆の甘煮(文子さんが作ってくれた)、帆立のお刺身、お雑煮(白菜、大根、丸餅)、磯辺巻き、白菜と大根の塩もみ柚子搾り。
午後もベストの続き。
完成した!
パソコンに向かい、先週の日記をまとめているとき、地震があった。
ゆらゆらと揺れ、私は2階のベッドの下にもぐった。
テレビをつけると、石川県に大きな地震があり、津波の情報が流れていた。
アナウンサーが避難を呼びかけ、叫んでいる。
夜ごはんは、チゲ(切り干し大根のみそ汁にコチュジャンを加え、豆腐、落とし卵)、帆立の漬け、白菜と大根の塩もみ柚子搾り、ご飯。
どこのチャンネルをまわしても、地震と津波のニュース。
ラジオも同じ。
夜、ファビオのベストを編みはじめた。

いままでの日々ごはん

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「ぶじ日記」に出張中です
  

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めにうへ