2017年     めにうへ

●2017年2月19日(日)快晴

明け方、トイレに起きたとき、ひさしぶりに朝焼けを見た。
ベッドに戻って、目をつぶって、しばらくしてカーテンをめくると、たまらなく眩しい火の玉がまさに今昇ったところ。
そのあと、柱時計が七回鳴った。
今朝はものすごくいいお天気。
翳りがひとつもない。
チイチイチイチュクチュクと、澄んだ声で鳴く鳥がいる。
とても小さな声。
双眼鏡でのぞいてみても、姿は見えず。
明け方にも聞こえていたようだけど、何の鳥だろう。
さて、今日は、大きい方の図書館へ行ってこよう。
おにぎりを持って途中の公園で食べ、六甲道から電車に乗る予定。
行ってきました。
日曜日の図書館は、とても人が多かった。
私はこのところ、誰にも会わずにこもっていたから、たくさんの人たちがいるというだけで胸が踊った。
絵本のコーナーには子どもたちもたくさんいた。
本棚のいちばん隅に座り、端からめぼしい本をどんどんめくっていった。
3歳くらいの女の子が、何度か様子をみにきた。
目が合うと、困ったような顔をするのだけど、またしばらくすると見にくる。
大人が真剣に絵本を読んでいるのがめずらしいのかな。
「みのりの郷」で野菜をいろいろ買い、「コープさん」で牛すじとコロッケを買った。
「MORIS」へちらりと寄って、ロンドン帰りの今日子ちゃんの顔を見て、男坂の方から歩いて帰ってきた。
絵本7冊に、キャベツやら玉ねぎやらじゃがいもをしょっていたので、さすがに息が切れた。
夜ごはんは、コロッケの卵とじ丼(玉ねぎ、海苔)、みそ汁(麩、ねぎ)。

●2017年2月18日(土)曇り一時晴れ

ぼんやりとしたお天気。
ゆうべは風が強く、ゴーゴーガタガタいう音を聞きながら、とても深く眠った。
夢もたくさんみた。
充分に眠ったなと思って起きたら、まだ8時前だった。
今日は、しばらく休んでいた「たべもの作文」をがんばろう。
「ぶーんぶーん、ぶんたららったった」と歌いながら、階段を下りた。
けれどもやっぱり絵本の方に引っ張られ、ついはじめてしまう。
きのう書いたテキストが、また動いた。
今日のお昼は、もやし入りエースコックのワンタンメンと、小さいおにぎり。
食べ終わったら、ベッドの上に机とパソコンを運び、「ぶんたららったった」。
「たべもの作文」は、「う」と「お」の話を書いて4時くらいにお送りした。
やっぱり2階でやると、集中できる。
部屋が狭いぶん、気が散らないのかも。
夜ごはんは、洋風雑炊(ゆうべの白菜と豚肉のミルフィーユ鍋の残りで)、切り干し大根ときゅうりとセロリの和え物。

●2017年2月17日(金)雨

雨ふり。
朝、なんとなしに起きる気になれず、ヒーターをつけてベッドのなかで読書をしていた。
中勘助の『銀の匙』。
私はこの本を、ずいぶん前から持っていたのだけど、あるところまで読むとどうしても先に進めなかった。
今日は、細々した描写がすんなり入ってきて、映像が目に浮かぶ。
とてもおもしろい。
まめまめしくいつもそばにいる伯母さんが、とてもいい。
姿はもちろん、声まで聞こえてきそう。
宅配便が届いたので、えいっと起きた。
朝ごはんを食べ、絵本のテキストを書きはじめる。
中野さんの絵や、お絵描き帳に描かれた絵をじーっと眺めてから、紅茶をいれたりして、またパソコンに向かう。
プリントして切り抜き、ダミーの白い絵本に張っていった。
もしかしたら、ずいぶんできたかも。
雨の日は集中できるのかな。
中野さんの絵ができたら、きっと、まだまだ動くのだろうけど。
ひとまず、中野さんにお送りしてみよう。
夜ごはんは、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋(ポン酢じょうゆ)、納豆(下仁田ねぎじょうゆ)、たくわん、金山寺みそ、ご飯。

●2017年2月16日(木)快晴

朝からよく晴れている。
布団を干したまま窓を開けっ放していても、ぽっかぽか。
シーツも洗濯した。
小説はすでにお送りしたのに、朝ごはんを食べ終わって、もういちど読み込んでしまう。
少しだけ直したいところが出てきた。
これは、校正のタイミングで反映させよう。
小説を書くのは、ちょっとだけ絵本にも似ているような気がした。
身のまわりで起こったこと、出会った人、夢、景色なんかが少しだけ形を変えて出てくるところが。
小手先でやるのではなく、そこに生まれつつあるひとつの世界を、離れたところからぼんやり眺め(感じ)頭を遊ばせているうち、パタパタとトランプが裏返るみたいにつながって、勝手に形が変わっていくところが、なんだか似ていた。
でも小説は、絵本よりもずっと具体的だった。
すべてを言葉で表さなければならないからかな。
主人公は私ではないもっと若い女の子なのだけど、私でもあるし、その子のおばあちゃんが私なのかもしれない。
絵本もそうなのだけど、けっきょくは自分の体を通して感じたことしか私は書けないんだろうと思う。
というか、これでいいのかな。
まだ私にはよく分からない。
こういうものはみんな、読んでくださった人のなかで成就するから。
今日は、「おいしい本」と「気ぬけごはん」の校正と、あとはメールの返事をお送りしたり、母にファックスを送ったりしているうちに、すでにもう陽が翳ってきた。
手紙を出しにポストまで散歩した。
ほかには何も持たず、ふらっと坂を下り、ふらっと坂を上る気持ちよさ。
小学生の男の子とか、小さな女の子とか、とても可愛らしいのでついじーっと観察してしまう。
たまらなく声の可愛い、喋り方も可愛い(舌がまわっていない)、おかっぱの小学生の女の子がいた。
夜ごはんは、カラスガレイの煮つけ、切り干し大根ときゅうりとセロリの和え物、金山寺みそ、もやしのみそ汁、ご飯。

●2017年2月15日(水)晴れ

とてもいい天気。
きのう小説を送ったので、お返事のメールを愉しみにしていた。
担当の編集者さんは、具体的な感想を細々と上げ、喜んでくださっているみたい。
ああ、ほっとした。
ご指摘のところを少しだけ修正し、ゆうべ寝ながら考えていたところも直して送った。
1時には終わってしまう。
このところ、ずっとひとり合宿をしていたのが、なんだか楽しかったな。
奥の部屋に布団を敷いて寝て、朝起きるとそのままベッドの上が書斎になった。
いつ終わるんだろう、ほんとにできるんだろうか……と途中で不安になったけれど、できてしまうとちょっと淋しい。
「おいしい本」も仕上げ、お送りした。
ひさしぶりにあちこち掃除。
敷きっぱなしだった布団も干した。
今日はずいぶん暖かいみたい。
たまらなく体を動かしたくなり、3時過ぎに散歩に出る。
川沿いを下ってパン屋さんへ行き、郵便局でレターパックを買い、ぐるっとまわって「コープ」で軽く買い物。
そうそう、ゆうべ読んでいた阿古真理さんの『うちのご飯の60年』に、「コープさん」と書かれていた。
神戸ではそう呼ぶのかもしれない。
私もこれからそう呼ぼう。
ゆっくりと坂を上り、途中の公園で水を飲んだ。
クリームコルネ(カスタード)も食べた。
おいしい!
急坂を上り切って、いつもの角を曲がるとき、西陽が当たって眩しかった。
夜ごはんは、鴨南蛮風そば(鶏肉、干ししいたけ、長ねぎ、なす)、切り干し大根の和え物(きゅうり、セロリ、ごま油、酢、薄口しょうゆ)。

●2017年2月13日(月)晴れときどき天気雨、雪

柱時計が八つ鳴ったので起きた。
とてもいいお天気。
すみずみまで晴れ渡っている。
ゆうべは寝ながら、小説のことをやっていた。
住んでいる部屋の様子をイメージしたり、主人公と登場人物との関係を地図のように思い描いたり。
朝起きて、その地図を色鉛筆で描いてみた。
というわけで、今朝から小説のひとり合宿がはじまった。
ベッドの上に机を置き、パソコンを持ち込んで向かう。
下の机で書いていると、どうも集中できないので。
12時きっかりにお昼ごはん(ゆかりおにぎり、きのうの残りの具だくさんみそ汁、なすの炒め煮)を食べ、またすぐに2階へ上って続きを書いた。
途中でふと窓を見たら、小雪が舞っていた。
うっとりする間もなく、4時までやった。
もしかすると、ほとんどできたかもしれない。
私は自分の文章に甘いところがあるから、まだまだかもしれないけれど、少なくとも骨格はできたと思う。
文字量もちょうどいい。
体を動かしたくなって、ゴミを出しにいきがてら森の入り口までゆっくり坂を上った。
お天気雨が、上に行くにつれ、雪が混じる。
森の入り口に立つと、さわさわさわさわと音をたて降っていた。
夜ごはんは、冬野菜のグラタン(長ねぎ、白菜、南瓜、えのき、麩)。
グラタンを作っていて思い出した。
日記に書くのを忘れていたのだけど、カレイを洋風に焼いた日、中野さんが作ってくださったご飯ものには驚いた。
ル・クルーゼの小さな鍋で、何やらやっているなとは思っていたのだけど、それは冷やご飯に水を加え、バターとナツメグで柔らかく煮たもの。
冷凍のご飯でやったのだそう。
私だったらすぐにコンソメや牛乳を加えてしまいそうだけど、ただ、バターと塩とナツメグだけ。
それはまさしくリゾットの味と歯ごたえ。
しっかりした魚料理のあとに食べるのに、ちょうどいい塩梅だった。
中野さんはおいしいものをこしらえても、「たまたまできてしまいました」とか、「えー、これほんとにおいしいんですか?」などとおっしゃる。
本当に私は驚き、正直な気持ちでほめるのだけど、「僕は、料理が上手じゃないです」と、いつまでも言い張り決して譲らない。

●2017年2月12日(日)晴れ一時雪

さっき、中野さんをお見送りしてきた。
川沿いにずっと下ったところまで。
歩きながらも、絵本の場面のことが浮かんでくる。
中野さんもそうみたい。
お腹がオレンジ色の小鳥が飛び立ったり、向こうの方で黒猫が斜面を下りようとしていたり、立ち止まってはふたりで見た。
でも、なんとなく、一緒に見ているというよりは、違う目でそれぞれが見ている……みたいな感じ。
きのうは、東京から絵本編集者がいらして打ち合わせをした。
私は朝から切り干し大根を煮たり、ふと思いついてマヨネーズを作ったり。
こういうとき、いつも私は無意識に食べてくれる人のことを思いながら作る。
味見をしたとき、切り干し大根煮もマヨネーズもやさしい味になったから、もしかするとその編集者さんはやさしい人なのかも……と思っていた。
想像通りでした。
体は大きい方なのだけど、表情や、顔のまわりに漂っているものがやわらかい感じがする。
私と中野さんはアライグマさんと呼んでいる。
お話のあらすじをなんとなくお伝えしてから、テキストの冒頭だけ切り貼りしたダミー本と、合宿中に描かれた中野さんの絵をお見せした。
アライグマさんはとても喜んでくださった。
いつまでに何をする……とかではなく、私たちから出てくるものが、とりあえず見せられるくらいの形になるまで、待っていてくださることになった。
お出しした料理は、塩炒り銀杏、さつま揚げのフライパン焼き(おろし生姜)、白菜とにんじんの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング、醤油ちょっと)、鶏レバーの醤油煮、スナップえんどうの白和え(絹ごし豆腐、ごま、みそ、きび砂糖)、串揚げいろいろ(れんこん、南瓜、蒸し里芋、帆立、ソーセージ)、スティックサラダ(中野さん作・きゅうり、セロリ、にんじん、ごま入り自家製マヨネーズ)、牛すじ煮の炊き込みご飯(牛すじ、コンニャク、ねぎ、青じそ)、ビール、赤ワイン、ハイボール、焼酎お湯割。
中野さんをお見送りしてからは、「コープ」で買い物をし、お墓猫の頭をなで、神社でお参りをして帰ってきた。
坂の途中から小雪が舞いはじめ、部屋に着いてふと窓を見ると、本格的に降っている。
2階のベッドによじのぼり、窓に張りついて見た。
街の上の雲が、霧のようになっている。
その霧は、蜂の群れか何かみたいなひとかたまりとなって、なだらかに上昇したり下降したりしながら、とても細かな雪を降らせている。
太陽が当たって、キラキラチカチカと猛烈に光っている。
まるで、空の高いところから見ているよう。
まるで、何かをお祝いしているような空。
それもほんのつかの間。
雪はやみ、空はぐんぐん青くなり、今はよく晴れている。
絵本合宿、本当に楽しかったな。
さてと、私は小説の続きを書かなければ。
夜ごはんは、なすの炒め煮、切り干し大根煮(干し椎茸)、焼き塩サバ(大根おろし)、具だくさんのみそ汁(レンコン、里芋、南瓜、椎茸、麩)。

●2017年2月10日(金)曇りのち晴れ

おとつい中野さんがやってきて、いよいよ絵本合宿がはじまった。
きのうは雪が舞っていて、私は2階のベッドにパソコンを持ち込み、小説を書いていた。
その間、中野さんは1階で、大きな紙を絵本のサイズに切って貼り重ね、真っ白なダミーの絵本を作ってらした。
お絵描きノートには、主人公の男の子の絵が描いてあった。
主人公の姿が目に見えるようになると、私のテキストも転がり出す。
出たがってうずうずしているけれど、今はまだ小説を書かないと。
夕方になって、中野さんはビールをちびちび、私もワインを飲みながら夕飯の支度をした。
小説のなかにフランスの場面が少しだけ出てくるので、作る料理もつい洋風になってしまう。
普段だったら煮つけにしそうな卵入りのカレイの切り身を、おろしにんにく、牛乳につけておいた。
小麦粉をまぶしてバターで焼き、両面に香ばしい色がついたら香草パン粉(オレガノ、粉チーズ)をふりかけ、オーブンで焼いた。
焼き上がったところに、ケッパーを細かく刻んだものと汁をほんのちょっとかけまわした。
これが香ばしく、本当においしかった。
中野さんが作ってくださったのは、白菜と大根のサラダ。
白菜は繊維に沿って縦に切ってあり、おどろくほどみずみずしかった。
ドレッシングには細かく刻んだ梅干しと、粉チーズもちょっとだけ混ざっていたみたい。
その、ほんのちょっとの加減が、何が入っているのか分からないくらいのコクがでて、なんとなしにクリーミー。
こういうの、私にはできない。

白菜は塩をほんのひとふりあて、軽く触った(もむほどでない)のだそう。
白菜自身のおいしい水分も、ドレッシングの仲間みたいだった。
絵本合宿をしていると、微妙な味までよく分かるみたい。
時間の流れも、ちょっと違う。
いろんなことぜんぶが、絵本に関係がある気がしてくる。
向こうから吸いついてくる感じ。
とても楽しい。
ゆうべは9時にはお風呂に入り、絵本を読んでから寝た。
これも、勉強会みたいな感じ。
今朝は8時に起きた。
私は薄暗いうちから起き、メモをとったりしていた。 
朝一でパソコンにむかい、絵本のテキストを書く。
中野さんも起きてらした。
今日は、11時くらいに出掛ける。
BL出版で『ほんとだもん』の色校正の確認をしたら、映画を見に行く予定。
ティム・バートンの『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』。
これもまた、絵本に関係してきそうな気がする。小説にも? だろうか。
それにしても不思議なお天気。
朝起きたときには小雪が舞っていて、向かいの建物の天井にほうきではいたみたいな雪が積もっていたのだけど。
それからずんずん晴れてきて、今は空がまっぷたつ。
明るいところと灰色の雲。
あ、雷が鳴った。
海の向こうが灰色だ。
三宮の方は雨が降っているかも。
では、行ってきます。
夜ごはんは、六甲駅近くのおいしい焼き鳥屋さんで。
焼き鳥いろいろ、焼き満願寺唐辛子、焼き山芋、焼きうずらの卵、焼き銀杏、ビール、焼酎のお湯割り、梅酒お湯割り。

●2017年2月7日(火)曇りのち晴れ

小雪が風に舞っている。
空は白いけど、ときおり雲が割れてわーっと明るい光が射す。
朝ごはんにあんかけスープを飲んだ。
雪を見ながら。
お腹の調子はずいぶんよくなってきているみたい。
きのうは、「おいしい本」の原稿が書けた。
『ふくろうくん』という絵本について書いた。
締め切りはまだ先だから、しばらくねかせておこうと思う。
あとは、いったい何をしていたんだっけ。
お腹があまり空かなくて、困ったなあと思いながらオムライスを作ったら、けっこうおいしかった。
夜、中野さんから電話があった。
なんだかものすごくひさしぶりに、声を聞いたような気がした。
今朝は、まだ暗いうちに、次に作ろうとしている絵本の言葉が上ってきたので「ひらめきノート」にメモした。
さて、今日から私は短編小説にとりかかろう。
主人公の女の子のイメージは、書いてゆくうちに、バラバラになっていた雲がだんだんだんだん近寄って、集まって、体らしきものになっていくような感覚。
これは、はじめての感覚。
夕方までやって、暗くなる前にゴミを出しがてら森の入り口まで歩いた。
今日はとても寒い。
ひさしぶりの寒さ。
きんと冷たい山の空気。
夜ごはんは、焼きそばライス(お昼の残りに、炊き立てご飯をちょっとだけ添えた)、カレーライス(いつぞやに作った、鶏肉とかぶの薄味煮にルウを溶かし入れた)。
『ムーミン』もさすがに飽きてきたので、『まぼろしの市街戦』という映画を見ながら食べた。
すごくおもしろい。
ずいぶん前にいちど中野さんと見たのだけど、あのときにはよく分からなくて途中で眠たくなった。
お風呂から出たら、続きはプロジェクターで見よう。
ひさしぶりの高山ベッドシネマだ。

●2017年2月5日(日)小雨のち曇り

10時半まで寝ていた。
ひさしぶりにとてもよく眠れた。
明け方、まだ薄暗いうちにトイレに起き、カーテンをめくったら道路が濡れていた。
それからお腹に手を当て、また眠った。
部屋はとてもしんみりとして、雨の音だけがしていた。
みち みち みち  ぽこん ぱこん というような音。
たくさん降っているわけではなく、たぶん、小雨。
雨の降りはじめなどに、かすかに聴こえるいつもの音だ。
その音のせいかもしれないけども、おもしろい夢をみた。
ピンクや黄色や黄緑色の、透き通ったとても小さな玉がぷかぷかと浮かんでいる夢。
その玉は表皮が張っているのだけど、ひとつひとつの中にはとろりとした液体が入っている。
新鮮な生すじこでこしらえたしょうゆ漬けのような、というと、ちょっと生臭そうでいやなのだけど、綺麗な赤の透明さや、周りの皮がパンと張っている感じがよく似ていた。
宙に浮かんでいるその玉が、私の胸やお腹のまわりにときどき下りてきて、体に触れるとはじけ、ほのかないい香りを出す。
ぽこん ぱこん ぷちん みちん
雨の音とともに、はじけてひろがる。
私はその玉に体と心をさすってもらっているような、あたたかな心持ちがしながら眠っていた。
夢もたくさんみたような気がする。
起きて、お風呂に入ってからは、ずっと日記を書いていた。
スイセイから電話がかかってきて、いちど切り、合間にお昼ごはんを食べ、そのあとでまたかかってきて、ぜんぶで2時間くらい長電話した。
私は熊本でのことなどを話し、スイセイはここ最近の山の家での新しい心境など、たくさん話してくれた。
『ほんとだもん』の加奈子ちゃんと、「暮しの手帖」の島崎さんとも仕事の電話。
そしてまた、日記の続き。
今日は、文章の仕事が何もできなかったけど、明日から私はがんばろうと思う。
熊本でのことも、また、ゆっくりしたときに書こうと思います。
夜ごはんは、豚まん(ゆうべ、新神戸駅で買ったのを蒸篭でふかした)、ワカメスープ(溶き卵と、餃子の皮の残りを切って、ワンタンのように加えた)。

●2017年2月4日(土)曇り

9時半に起きた。 あまりよく眠れなかったけど、夜中にいちど起きたとき、六甲の家で寝ているのと勘違いし、トイレに行こうとしてベッドを下りる方向を間違えた。
ということは、それなりには眠れたんだろうか。
きのうのトークは、とても楽しかった。
熊本のファンの方々も、長崎次郎書店のスタッフの方々も、みな本当によくしてくださった。 
あたたかくというより、熱く。もったいないような真心で、迎えてくださった。
だから私もがんばって、たくさん喋った。喋りすぎてのどがかれそうになった。
絵本も3冊(『ほんとだもん』のデザインラフをお見せしながら、はじめて公の場で読んだ)朗読したし。
『ココアどこ わたしはゴマだれ』も一部朗読した。
話はあちこちに飛び交い、話しながらも、ここにいる人たちに伝えたいことがどんどん上ってきた。
私の持っているものは、何でもあげたいという気持ちがせり上がってきた。
だから興奮し、汗もたくさんかいた。
サイン会が終わって、控え室(まったく控え室という感じではない。床の間も仏壇もある畳の部屋)に引っ込み、長崎次郎さんの遺影に向かって、「ありがとうございました」と挨拶をした。
そしたら次郎さんが、にやっと笑いかけてくださったみたいな感じがした。
「ようやったのう。なかなかおもしろかったで」
みたいな。
だからもういちど、仏壇に向かって手を合わせ、「ありがとうございました。また、ここに来させてもらえるよう、頑張ります」とお伝えした。
サイン会が終わって、お隣の「Clasiqve」というビストロで、おいしいワインと、手の込んだ本当においしいお料理の数々(パテはもちろん、ハムや生ハム、サラミも自家製とのこと)をいただいた。
何をいただいたか、書いてみようと思うのだけど……お店の方、料理の説明をきちんとお尋ねできなかったので、私の主観で書かせていただきます。間違っていたらごめんなさい。
前菜はハムやソーセージ、パテの山盛りの盛り合わせ(盛りつけが大胆ですごくかっこよかった。本当に山盛り、ぎっしり)、いろいろな葉っぱ(香草)といちごが繊細にからまったアジ(地元で採れた大きなものだそう)のカルパッチョ風の一皿、山羊のチーズを焼いたのがのったサラダ、カキのポタージュ(何かの葉っぱのピュレが混ざっているのかな、スープが薄い緑色をしていた)あとは、フランスに行ったときに食べられなかった、憧れのアッシェ・パルマンティエ(マッシュポテトとひき肉のグラタン)。 私の左隣にはずっと亜衣ちゃんがいてくれ、右隣は入れ替わり立ち替わり違う方が座って、話しかけてくださった。
二次会へは、長次郎書店の社長(私よりうんと若い、少年みたいなみずみずしい青年)が熊本の老舗のバーへ連れていってくださった。
メンバーはフィッシュマンズ好きなスタッフの斎藤君(トークショウのとき、音響をやってくださった)、お客さんでいらした「かもめブックス(東京の神楽坂にあるそう)」のオーナー、ブロンズ新社の佐藤さん、アノニマの安西君。
私は男の人ばかり(みんな年下)に囲まれて、金柑のカクテルをいただいた。
帰り際に、熊本の銘菓のお土産までいただいた。
地方へトークに出掛けたなかで、こんなに心のこもった接待を受けたのは、はじめてかもしれない。
社長さんはきっと、自分の生まれた熊本のことが大好きで、自慢に思っているんだろうな。
脈々と受け継がれた歴史や、そこに暮らす人たちの当たり前の気持ち、生きる意気込みのようなものの綺麗さを、ずっと感じていた。
そうか、これが接待というものなのか。
そういうの、私ははじめて知ったような気がする。
ホテルに帰ったら、夜中の2時を過ぎていた。
お風呂に浸かって温まり、腹巻きをしてすぐに寝た。

ホテルで朝ごはんを軽く食べ、11時にチェックアウトし、「tartelette」という小さなお店で、今この日記を書いています。
ここはきのう、長崎次郎書店の大村さん(今回のトークショーを企画してくださった方。『どもるどだっく』が出たときから、私を呼んで何かの会をしてほしいと声を上げてくださり、長い時間をかけていろいろな準備をしてくださった)が教えてくださった。
大村さんからいただいたお手紙には、こんなふうに書いてあり、神戸にいるときからぜひ行ってみたいと思っていた。
ちょっとここに、書き出させていただきます。

「tartelette」長崎書店近くの、小さなカフェです。タルト、キッシュ、それぞれ限られた生地の中で表現される季節はほんとうにおいしく。新鮮です。店主、岩下さんの根底をなすものは、高山さんの本とフィッシュマンズの音楽です。

「tartelette」は、古い建物と建物の間にある、細長いお店。
木の門が空いていなかったら、通り過ぎてしまいそうなくらい。
ここのことを、私は何て書こう。
風が通る場所。
空や、お天気、外の空気と境目がないこの感じ。
ああ、これ以上、もう書けないや。
今はこのお店で、「ほんとうにおいしく、新鮮」なタルトを食べながら、温かいカフラテを飲みながら、息を吸ったり吐いたりだけしていたい。
ここのことはまたゆっくり、神戸に帰ってから書かせていただきます。
夜ごはんは、お弁当(駅弁ではなく、熊本駅のお土産売り場で買った。貝のヒモの炊き込みご飯、鶏の唐揚げ、かまぼこ、卵焼き、筑前煮)
帰りの新幹線のなかで5時くらいに食べた。
熊本駅のホームで、新幹線を待っていたときに、『どもるどだっく』を持った男の人が私をみつけ、声をかけてくださった。
その方は亜衣ちゃんのお友だち。
きのう、亜衣ちゃんがそのお友だちの娘にあげたいからと『どもるどだっく』を買ってくださって、サインをしたのだけど、そのとき私は娘さんの名前を間違えて書いてしまった。
「木」という字が入っていたのだけど、私は「樹」なのかと思ってしまい、慌てて間違えた字の上から緑色の鉛筆でくしゅくしゅと隠してしまった。
だけど『どもるどだっく』をもらった娘さんは、このページをめくるたびにきっと悲しむだろうなと思って。
なんであの場で機転をきかせ、「木」を絵文字にして、緑の葉っぱもつけてあげればよかったのに、どうして私は焦ってしまったんだろう……と、ゆうべ寝ながらぼんやり考えていた。
そしたらその人が、その娘のお父さんだった。
もう、新幹線はホームに入ってきていたのだけど、私は慌ててペンを握りしめ(リュックのポケットの筆箱を、お父さんに取り出していただいた)、根っこつきの木の絵を描いた。
お父さんと言葉を交わす暇もなかったので、おっしゃることにたくさんうなずいて、目だけで挨拶し、最後にしっかり握手をした。
同じ時間にそこにい合わすことができ、こんなに人が並んでいるホームで、いるかいないか分からない私のことをよくみつけてくださったなと思うと、声が出なかった。
本当は、「tartelette」のことも、その次に行った「木村酒店」でのことも書きたいのだけど、今はとても描ききれない。
落ち着いたら、また、書かせてください。
熊本で迎えてくださったみなさん、本当にありがとうございました。
私は神戸で、がんばろうと思います。

●2017年2月3日(土)快晴

7時くらいに明るくなってきたので、カーテンをあけ、朝陽を浴びてしばらくしてから起きた。
太陽はもう海の真上。
とってもいいお天気。
朝からあちこちにメールの返事を書く。
2月の予定がつまり過ぎてしまったので、ゆうべちょっと不安になり、スケジュール調整をしていただくためにあちこちメールをお送りしていた。
まず、短編小説の依頼がとつぜん届いた。
とても迷ったのだけど、水がテーマだということで、エイッとお受けすることにした。
小説なんて頼まれたのははじめてだけど、なんだかワクワクする。
そしてそれは、絵本のお話を書くのと同じようにできるかもしれない……とも思って。
書きたいことも、もう上ってきている(すでにたくさんアイデアを走り書きしてある)。
締め切りは15日。「おいしい本」も15日。
あと、8日か9日から中野さんがうちにいらして、いよいよ絵本合宿をすることになったので。
その間、その絵本の編集者も、打ち合わせにいらっしゃれることになったし。
本当に申しわけないのだけど、先のばしにできる打ち合わせや撮影は、すべて後ろにまわさせてただくことにした。
私はたくさんのことがいちどにできないし、風邪もどうなるか、体調がいまいち自信がないので。
今日は、熊本の長崎次郎書店というところでトークイベントがある。
料理家の亜衣ちゃんもみに来てくださるとのこと。
楽しみだなあ。
では、10時になったら出掛けます。
行ってきます。

今、この日記は新幹線のなかで書いています。
出てくるときに、坂の途中のいつもの神社でお参りをしたら、果物やお餅のお供え物がしてあった。
紫の垂れ幕もかかっている。
今日は節分なので、11時から豆まきがあるとのこと。私も参加したかったな。
残念だけど、いつものようにお参りだけし、タクシーに乗った。
11時12分の新幹線で出発。
お昼ごはんは、ゆうべのうちににぎっておいたおむすび(ゆかり、しらす、すりごま)、卵焼き(中野さんが作ってくださったもの)。
こうやって新幹線に乗っていると、新神戸はとても便利なところだというのが分かる。
岡山まですぐだし、四国へ行くにも岡山で別の電車にのりかえればいいらしい。
山口駅を過ぎたあたりの長いトンネルは、海の中をもぐっていたんだろうか。
外に出たらもうそこは、眩しい港だった。
鉄鋼場のような、古くて頑丈な工場が港の脇に見えた。
ここはもう、本州とはどこかが違う。
あ、次は久留米。
その次が熊本だから、そろそろ下りる支度をしなければ。

●2017年2月1日(水)曇りのち晴れ

起きてみるも、まだ本調子ではない。
なんとなくのどがいがらっぽいような気がして、薬を飲み、また寝る。
『ほんとだもん』のあとがきのことでふと思いつき、加奈子ちゃんにメールを何度か送っては、また2階に上って眠った。
和光鶴川幼稚園のお母さんの手紙を読んで、また眠る。
3時ごろ、中野さんから電話があった。
新しい絵本の打ち合わせのこと、絵本合宿のことなど。
私は寝てばかりもいられない。
あさってから熊本へ出掛けるのだし、それまでにきちんと治そうと思い、夕方、厚着をして病院へ行ってきた。
お腹からくる風邪だそう。
のども少し腫れているとのこと。
病院から帰ってきたらもう7時。
ごはんを作って食べ、お風呂に浸かって温まり、薬を飲んで寝た。
夜ごはんは、鶏とかぶの薄味煮(あんかけなので、きのうのお粥にかけて食べた)。

●2017年1月31日(火)晴れ

10時半まで寝てしまった。
起きてみると、なんとなく体が怠い。
私は呑み疲れているんだろうか。
お腹もすかない。
いつもの中野さんのコーヒーが、あまりおいしく感じない。
なのでお湯を沸かし、白湯を飲んだ。
胃袋があたたまって、ようやくひと心地。
お昼に中野さんがご飯を炊いて、卵焼きを作ってくださった。
牛すじ丼(中野さん)、白いご飯(私/梅干し、大根おろし、しらす、卵焼き)。
さっき、川のところまでお見送りし、坂を上って帰ってきた。
それからは腹巻きをして眠る。
お腹に手を当てて温めながら、とろとろと眠っては覚め、うとうとしては目覚める。
絵本を読んだり、本を読んだり。
気づけばもう外は暗く、柱時計が七つ鳴った。
昼間のご飯の残りで、おかゆ(ほうれん草、卵)を作って少しだけ食べ、歯をみがいて寝た。

●2017年1月30日(月)曇りのち晴れ

朝起きたら、うっすらと霧が出ていた。
朝ごはんに中野さんが作ってくださったのは、トーストを香ばしく焼いて半分に切り、半月のハムをのせ、玉ねぎドレッシングをちょろりとかけ、粉チーズをふりかけたもの。
中野さんは東京にいる間、玉ねぎドレッシングの味を思い出し、ずっと食べたかったんです……なんて、うれしいことをおっしゃる。 今日は1時からBL出版で打ち合わせ。
早めに出掛け、魚市場の近くの食堂でお昼を食べようということになった。
いつもの坂を下り、神社でお参り。
目には見えないくらいの細かな霧雨(空気の隙間はたくさん空いている)が降っていて、私だけ傘をさして歩いた。
下るにつれ雲が分かれるように晴れ間が出て、バスで三宮に着いたときには完全に晴れていた。
海岸線という地下鉄に乗り、中央市場前で下り、海鮮丼を食べた。
中野さんはサーモンといくらの親子丼、私はそこにマグロが加わった贅沢丼。
もちろんだけどお刺身はとても新鮮で、マグロも濃厚な味で、ちょっと甘めのタレがかかっていてとてもおいしく、ペロッと食べてしまった。
ここは海に近いせいか、とても風が強い。
食べたあと、シャッターが閉まっている場内を少し歩いた。
刃物屋さんで、ずっと前から欲しかったワサビ用の鮫皮のおろし金をひとつと、昆布屋さんでとろろ昆布を買った。
BL出版で、小野さんのデザインを見せていただく。
すばらしかった。
ひとつも文句(意見)が出ない。
すべてがそうなるようになっていた、みたいなデザイン。
デザインした感じがない……といおうか。
3冊目の絵本『ほんとだもん』が、無事着地しようとしている。
打ち合わせが終わり、三宮駅から中野さんとてくてく歩いた。
途中、どこかの神社の下の公園でひと休み。ベンチに座ったらすーっと力が抜けて、私はちょっとくたびれていた。
元気だったら、六甲まで歩いてゆけただろうけれど、けっきょく王子公園駅までにして、一駅だけ電車に乗って六甲へ。
軽く買い物をして、帰ってきた。
明るいうちに帰ってこれて、よかった。
窓辺に腰掛けを並べ、夕暮れの空を眺めながら、ビールと赤ワイン。
つまみはポテトスナック。
夜ごはんは、切り昆布の炒め煮、切り干し大根、ミートソースのスパゲティー(粉チーズ、タバスコ)。
途中、きさらちゃんと中野さんが東京で見た『耳をすませば』のアニメの話になった。
私も何度も見ている大好きなアニメなので、聖司君と雫の話や、いいシーンの話をしているうち、私は主題歌の「カントリーロード」をたまらなく歌いたくなってしまう。
YouTubeで探しても、映画の中の歌(雫たちが歌っている)は出てこないので、『ゼロになるからだ(覚和歌子さんの詩集)』を見ながら、「いつも何度でも」の歌をふたりで声を合わせ、はきはきと歌った。
中野さんは保育士時代に、この歌を子どもたちと何度も練習し、何かの発表会で披露したことがあるそうだ。
そんな話も聞きながら、歌った。
それが何だかやたらに楽しかった。子ども同士みたいで。

●2017年1月29日(日)霧雨

きのうは、とても楽しかった。
駅でマメちゃん(会ったとたん、あまりにお名前にぴったりな娘だったので、そう呼ばせていただくことにしました)をひと目見て、キャンパスまでの道を歩きながらちょっと緒お喋りしている間に、私はすぐに好きになった。
まず、喋り方がいい。
こちらをちらっとだけ見て、すぐに目をそらすところもいい。
ひとこと何かを話すと、独特な間があく。
まったくの沈黙ではないのだけど、隙間というか、時間の流れが変わるというか。
たぶんその間に私の言葉や声、その周辺にあるいろいろな気配を体に入れ、租借しているんだなという感じの間。
私は道で拾ったとてもきれいな赤い欠片(拾ったとき、苺のキャンディーかなと思って、匂いを嗅いだら無臭だった。なめてもみたけど、無味だった。たぶん、プラスチックか何かの破片)をあげた。
そのときの反応も、とってもよかった。
「きれいですね」とぽつりと言い、陽にかざしてにやにや見ていた。
マメちゃんとは言葉ではない感覚のやりとりをしながら、子ども同士みたいに遊べそう。
今日子ちゃんにもらったキンカンもお土産に持っていったので、スケッチブックに絵を描いていただいた。
インタビューの内容も、学生たちがいろいろと考えてくださっていて、なんだか可愛らしかったな。
大人の真似をしているみたいで。
でも、突然冴えたことを聞かれたりもし、ドキッとしたり。
終わってから電車を乗り継ぎ、「nowaki」へ行った。
筒井君が1階で「絵本塾」をされている間、私は2階でミニちゃんと絵本を読んだりして遊んでいた。
猫のゆきちゃんが、私のカバンの匂いを嗅ぎに何度もやってきた。
持ち手のところをクンクンして、一度だけ舌を出した。舌の先っぽだけ、ほんのちょっとペロッと。
舌の先が持ち手には届かなかったので、舐めてはいないのだけど、うっとりして舌が出てしまったみたいな可愛らしい感じだった。
ゆきちゃんは、私がいる間はまったく鳴かなかった。
とても静かに動く。品のある、とてもきれいな猫。
私には見えないなにかが見えるようで、宙に向かって前足を振りかざし、パンチしていた。
筒井君たちと一緒に行った(マメちゃんも途中から参加した)和食のお店も、おいしかったなあ。
けれども今朝は、なんとなしに胃が重たい。
日本酒のせいなのかな。
ちょっとしか飲んでいないのに。
お腹もちょっとだけ壊れ気味。
今日は、中野さんが東京から帰っていらっしゃる日。
6時半くらいにいらっしゃるので、それまで横になっていよう。腹巻き巻いて。
ひと眠りしたら、ずいぶん元気になった。すっきりしている。
中野さんはきっと、展覧会でたくさんの人たちに会い、呑み疲れてらっしゃるだろうから、温かいおうどん(「野分」のミニちゃんにいただいた手打ちうどんで。そしたら、マメちゃんがアルバイトをしている「itohen」という本屋さんのカフェで出している、ノブさんという方の手打ちうどんだった)を作る予定。
ひさしぶりにお会いした中野さんは、何だかとても元気だった。
東京でのお土産話をたくさん聞かせてくださる。
絵本の編集者さんたちのことや、きさらちゃんのことなど聞きながらビールをちびちび飲んでいるうち、私もすっかり元気になる。
夜ごはんは、月見うどん(中野さん。ほうれん草、天かす、ワカメ)、たぬきうどん(私。ほうれん草、ワカメ、天かす)、ビール。
夜、寝る前に、窓が真っ白になった。
海も空も街も、完全に真っ白。
ぶわぶわとこちらに向かって膨らんでいるような、ぶ厚い霧が立ちこめていた。

●2017年1月28日(土)快晴

今朝は大輪のダリアの絵を描いた。
きのう、お花やさんで買った。
黒蝶というダリアだそう。
臙脂色のビロードのような、とても惹かれる色。 
そして今日は、大阪の大学でアートメディア論研究室というところの学才が、対談のお仕事をくださり、午後から出掛ける。
料理の絵を描かれるマメイケダさんという方とお話します。
石橋駅は十三に近いので、終わったら河原町の「nowaki」へまわって、筒井君とミニちゃんとごはんを食べる予定。
とても楽しみ。
では、行ってきまーす。

●2017年1月26日(木)快晴

7時過ぎに目が覚めると、カーテンにオレンジ色が透けていた。
めくったらピカーッと朝陽が。
すぐ下の海も、大きな太陽と同じ色に光っている。
眩しすぎるのですぐにカーテンをしめた。
しばらく目をつぶり、8時前に起きた。
今朝もまた、よく晴れている。
ゆうべ夜中にトイレに起きたとき、ヒロミさんにいただいたチェアーの背もたれの隙間から、夜景のオレンジが透けていた。
それを見たらなんだか心があたたかくなった。
もう何十年も前に、イギリス人の誰かが愛着を持ってこしらえたこの椅子がお店に並んだとき、たくさんの人が見たり、撫でたり、座ってみたりしたんだろうな。
そしてそれをヒロミさんが気に入って、手に入れ、長年(20年以上とおっしゃっていた)腰掛けていた。
使われなくなってからは、本当に埃をかぶっていたかもしれないけれど、ヒロミさんと今日子ちゃんの暮らしの片隅にいつもあり、ずっと寄り添ってきた椅子だ。
もしかすると私にも、そういうものが垣間見えたんだと思う。
もう何年も前に、『たべる しゃべる』で取材をしたとき、タミゼの昌ちゃんが「物は人を慰めてくれますから」というようなことを言っていた。
私にはその意味がずっと分からなかった。
今なら分かる。
朝起きて、お礼のメールをすぐに書き、今日子ちゃんに送ったら返事が届いた。
「昨晩はご馳走さまでした。餃子にウスターソース、新しい発見でした。
椅子も良いところへ行ったねえとひろみは何度も言っています。私が同じことを何度も言うと『しつこい』と嫌な顔をするのにずっと言っています。しかし良かった!良かった!」
ああ、本当に、よかったよかった。
洗濯ものを干しているとき、何も音がしなかった。
静かな日曜日みたいな真っ昼間。
鳥も鳴いていない。
静かだなあ、音がしないなあと思ったら、「ぶおーー!」とひとつ汽笛が鳴った。
ふいをつかえれた。
笑ってしまうような音。
今朝もまた、絵を描いた。
今日子ちゃんにいただいた金柑の絵。
さて、「たべもの作文」も書きはじめよう。
きのうは「あ」がつく食べものを書いたから、今日は「い」のつく食べ物について。
もう書きたいことは決まっている。
これから一日にひとつ、日記のように書いていこうと思う。
暗くなる前には仕上がり、お送りした。
今日の夕暮れは、とってもゴージャス。
空の半分が茜色。
茜色は4重にも5重にも層をなしている。
下の方は蒼が混じり、上は黄色で水色の空に溶けている。
私は窓辺のチェアに腰掛け、茜色が紫がかるまで見ていた。
夜ごはんは、切り昆布の炒め煮(みどりちゃんの本を見て作った。薄味にしたら本当にばくばくと食べられる。にんじん、青菜がなかったのでニラ入り)、切り干し大根煮(干し椎茸、にんじん)、牛すじ煮込みの炊き込みご飯(しめじ。茶碗に盛ってから刻みねぎ、紅しょうが)

●2017年1月25日(水)快晴

7時半に起きた。
ひさびさによく晴れている。
朝風呂に入る前に、「ユザワヤ」で買ったカラーインクで絵を描きはじめたら、止まらなくなってしまう。
ごはんを食べ、また描いた。
なんだか自由に描ける。とても楽しい。
4枚描いた。
サインもすんなり出てきたので、それに決め、日付と並べて描いた。
そのあとは、仕事の電話がいくつもあった。
メールのお返事もいくつか書いた。
2階へ上がり、洗濯ものを干すとき、首筋に陽が当たって暑いくらいだった。
そういえば、最近はめっきり屋上に干しにいかなくなった。
冬の洗濯ものと屋上というのが、なんとなく結びつかないせいもあるのだけど。
冬の光は乾燥しているのか、2階の窓際はサンルームみたいで、シーツやバスタオルを折りたたんで干していてもよく乾くので。
屋上の洗濯ものは、やっぱり夏が似合う。緑の山と白いシーツだ。
午後、またもう1枚絵を描いた。
そして今日から、「たべもの作文」も書きはじめた。
きのうからの計画で、夜ごはんは餃子にしようと思って、白菜を刻んで塩をしたり、そこにニラを加えたり。
作文を書きながら、ひき肉にねぎと調味料を加えて練って、餃子の具もできてゆく。
作文もできてゆく。
途中で掃除機もかけた。
窓の外は、水色の空から青、碧、蒼へと移り変わり、西の雲だけほんの少し茜色がさしている。
夕方には作文を編集者さんにお送りした。
そろそろ餃子を包もうかなと思っていたら、今日子ちゃんから電話があった。
この間、ヒロミさんがおっしゃっていた椅子を持ってきてくださるとのこと。
それで、じゃあ一緒に餃子を焼いて食べましょうということになった。
それは、先週のお茶会リハーサルの日でのこと、ヒロミさんが「 年末になおみさんのおうちへ伺ったときに、窓辺に置いたらきっといいんじゃないかしらというような椅子が、うちにあるんですけど、もしもお邪魔でないようでしたら、もらっていただけるかしら?」とおっしゃった。
写真を見ると、とってもいい感じのするアンティークの椅子。
「うちではもう使わずに、何年もおいてあって、埃をかぶってしまっていて、もらってくださる方を探していたんです」
今日子ちゃんも、「何人家族や?っていうくらい、うちには椅子がいっぱいあるんです。もらってやってください」なんて言う。
持ってきてくださった椅子は、たまらなく素敵なものだった。
イギリスの古いもので、ウィンザーチェアというのだそう。
背もたれの曲げ木にスティック状の木が並び、真ん中に車輪みたいな透かし模様がある。よく見ると、手で彫ったみたい。
肘当てに、タータンチエックの膝掛けなどかけておいたら、とってもよく似合いそう。
「暮しの手帖」の花森さんが、絵に描かれていたような椅子だ。
座ってみると、背もたれも肘当てもやわらかなカーブがあって、体をすっぽりと包み、支えてくれる。
そういえば、ムーミンパパの書斎の椅子が壊れたとき、椅子がパパの体の一部みたいなものだったことに気がついた話があった。
村の人たちが、自分のとっておきの椅子を持ち寄ってくれたのだけど、どの椅子に座っても落ち着かず、パパはぼんやりしてばかりいて、病気のようになって、小説がちっとも書けなくなってしまった。
本当にそんなふうな座りごこちだ。
そしてこの椅子は、椅子というよりチェアという感じ。
このチェアは、本当にすばらしい。
今日子ちゃんはお手製のクッキーと”おみかんジャム”、小さな金柑もお土産で持ってきてくださった。
”おみかんジャム”は、クリスマスイブの夜に教会のキャンドル礼拝の帰りに寄ったとき、ちょうど作っているところだった。
明日もういちど煮るとかで、途中まで煮た大鍋をベランダで冷ましていた。
そのときもとてもいい匂いがしていた。
うれしいな。明日の朝ごはんでトーストにのせて食べよう。
ヒロミさんにも今日子ちゃんにも、私はいつもいただいてばかりいる。
私は自分の本くらいしかあげられるものがないのが、本当に申しわけない。
今日子ちゃんたちは、人に何かをあげるのがとても上手だと思う。
私はこれまで誰かにプレゼントをしたり、お土産をあげたりすることが苦手だった。
自分が作ったおかずや、タレとか、あとは気持ちや、言葉みたいに、目に見えないものはたくさんあげられるのだけど、お店で売っているような形のある物に、心は収まらないような気がしていたんだと思う。
照れくさいような気もしていたし。
でも、神戸へ来てからは私も、人に何かを贈りたくなってきた。 
中野さんはいつも、家族のために必ずお土産を買って帰られる。
甘いものとか、甥っ子への小さなオモチャとか。
真似をして私も、暮れに実家へ帰るとき、姉の家とリカ(姪)たちに神戸の豚マンを買っていった。
餃子は、とてもうまくできた。
「暮しの手帖」に載っていたレシピを見て、羽根つき餃子にした。
2袋分の皮で包んだから、50個近くあったと思う。
それを3回に分けて焼いて、焼きたてを3人で食べた。
ウスターソースをつけるのをお教えしたら、おふたりとも気に入ってくださった。
神戸のウスターソース(イカリソース)は濃すぎず、さらっとしておいしいから。
「これ、食べてもよろしいかしら」と何度か言いながら、ヒロミさんがたくさん食べてくださったのが、私はほんとに嬉しかった。
食後にお茶とクッキーをいただきながら、またしてもお裁縫をしていただいた。
ホックか何かをつけなければ、開いてしまう手編みのバックに、ヒロミさんがボタンを縫いつけ、今日子ちゃんがひっかける紐を作ってくださった。
夜ごはんは、焼き餃子(白菜、ニラ、豚ひき肉、下仁田ねぎの青いところ、オイスターソース、醤油、酒、片栗粉)、ポテトサラダ(ブロッコリー、ゆで卵、玉ねぎ、玉ねぎドレッシング、マヨネーズ、マスタード)。

●2017年1月24日(火)雪のち晴れ

朝、7時半前に起き、カーテンを開けたら雪が舞っていた。
下の道路にも積もっている。
明け方から降っていたのかな。
ゆうべ私は、とってもいい夢をみたような気がする。
それを思い出したくて、お腹に手を当てしばらくじっとしていた。
窓に舞う雪を見ながら。
吹き上げられた雪が、ときおり窓については消える。
それは、心安らかに過ごせる秘策のようなものを誰か(天上にいる人のような気がした)に教わっていた夢で、布にも関係がある。
布に切れ目を入れて、それをお腹にのせるのだったか、たたんだものを重ね目をずらして置くのだったか。
ずっと前から想っているお話にも関係がありそうな夢。
目が覚めたとき、私はとても大きな心になっていた。
きっと、ゆうべ読んでいた本にも関係があるんだろうな。
さて、今日は何をしよう……と思っていたら、加奈子ちゃんからメールが送られてきた。
『ほんとだもん』の小さな文についてのことを、朝いちばんでやる。
帯文の候補も送られてきた。
さて、今日から「たべもの作文」をはじめようと思います。
と書きながらも、今、オーブンから甘い匂いが漂っている。
マフィンを焼いているところ。
甘いものが食べたかったら、自分で作ればいいんだと気がつき、マフィンを焼こうとゆうべから決めていた。
レシピは、ずいぶん前の号の「暮しの手帖」に載っていた「わたしのマフィン」。
そこにある通りに作り、さっきオーブンに入れたところ。
「世界一おいしい、と言いたいマフィンがあります。なぜ、世界一おいしいと言いたくなるのでしょう。ぜひ一度、レシピ通りに、ここで紹介するマフィンを焼いてみてください。その理由がきっとわかります。森岡梨さんのマフィンが大好きになるでしょう」
この文句がたまらない。
マフィン型がなかったので、プリン型に紙をしいて流してみた。
うーん、いい匂い。
今日はあとで、ミートソースも作る予定(赤い本の自分のレシピで)。
「たべもの作文」は、タイトルだけ打ち込んだまま、その先はまだちっとも書けない。
書きたいことは上ってきているのだけど、メールのお返事をしたり、台所へ行ったりずっとうろうろしていた。
雪も舞ったり、やんだり。
夕方、また雪が舞ってきたので外に出たくなり、帽子をかぶってマフラーをぐるぐる巻きにし、ゴミを出しにいった。
粉雪の玉が紺色のコートの上に降りかかり、溶けずにたまっていた。
入り口のところまゆっくり坂を上り、森の匂いをかいで帰ってきた。
いちど帰り着いてコートを脱ぐも、ものたりなくなってまた坂を下りる。
ポストまでのつもりが神社までとなり、やっぱり「COOP」まで。
ちょっとだけ買い物をして帰ってきた。
5時に坂を下りはじめ、行って帰って50分しかたっていなかった。
坂を上るの、早くなってきたのかも。
「ずいぶん、なだらかだなぁ」と思いながら歩いていたし。
夜ごはんは、クリームシチューの残りの雑炊(朝の白菜サラダのにんにくが多すぎたので、レモン汁、ディル、パセリ入りだったけれどかまわずに加えて煮てみた。酸味がいい効果で、なかなかおいしくできた。ちょっとザワークラウトのスープみたいでもある。すでに煮込まれていたシチューの具はコーン、ブロッコリー、椎茸、ソーセージ)。

●2017年1月23日(月)晴れのち雪時々曇り

さっきまでよく晴れていたのだけど、空が白いな、海も白いなと思って窓際に立つと、小雪が舞っているのだった。
近ごろはこういうことがよくある。
一日の間でも、お天気がくるくる変わる。
山の天気なのだろうか。
部屋のなかは温かいのだけど、窓を開けると空気がキンと冷たくて、陽が落ちるころにはさすがに寒くなり、ヒーターを入れる日々。
きのうエレベーターのなかで一緒になった、いつも子犬を連れて散歩してらっしゃる女の人が、「寒いことは寒いですね」と、おっしゃった。
まさに、その通り。
このアパートメントは建物自体が温かいので、「寒いですね〜」というほどの寒さではなく、部屋のなかにいる分にはとても過ごしやすい。
この日記を書いている今も、太陽の熱の方が強いのか、雪は小さな雨粒くらいになった。
小麦粉くらいの雪。
雪と雪の間も隙間がいっぱい空いている。
窓辺に腰掛け、お昼ごはんを食べながら雪が舞っているのを眺めた。
ミルクティーと菓子パン(とろりとしたメープルシロップが中に焼き込まれている)だ。
さて、今日も『帰ってきた 日々ごはん3』の校正をやろう。
きのう、ようやく前半が終わったところ。
パソコンに向かっている間、ちょっと目を放したすきに晴れてしまい、海も空もはっきりと見えるようになって、雪はすっかりやんでいた。
ああ、その移り変わりを見逃してしまった。
こんどは目をそらさずに観察しよう……と思いながら、またパソコンに向かっていた。
ふと窓を見ると、また真っ白。
さっきより大きな雪が舞っている。
2階に上って窓を開けると、鳥の羽毛のような雪。
盛大に舞っている。
クリームシチューを温めて、あとで窓辺で食べよう。
しばらくはやみそうにないので、夢中になって『帰ってきた 日々ごはん3』をやっていたら、中野さんから木の人形の写真が送られてきた。
わっ! すごい、すごい。
クリスマスイブの夜、お花屋さんにいただいたユーカリの実が頭になっている。
降りしきる雪と響き合っているような、静かな感じのする人形。
前と後ろにふたりの子どもがいる。
ふたりの関係は神話の世界のような、何かの象徴のような感じのする人形。
『帰ってきた 日々ごはん3』は夕方には終わり、ぶじ村上さんにお送りした。
夜ごはんは、豚のしょうが焼き(片栗粉をまぶしてから焼いた。椎茸も厚切りにし、片栗粉をまぶして焼き、豚肉と共にタレにからめてみた)、白菜のせん切り&ポテトサラダ(じゃがいも、ブロッコリー、玉ねぎ、ゆで卵)添え、みそ汁(いつぞやの。えのき、豆腐)

●2017年1月21日(土)曇りのち晴れ、ときどき小雪

7時半になる前に起き、カーテンを開けると、向こうの海の雲の上(このところ、雲だ雲だと書いているけども、本当は対岸に見える山の上のことです)から太陽が昇ったところだった。
今朝は曇り。
太陽は、線香花火のような橙色のまん丸。
うっすらと雲がかかっているのか、それほどには眩しくない。
見ている間にもどんどん昇って、海から離れてゆく。
下界では雪が舞っている。
台所に下りてお湯を沸かし、お湯に蜂蜜を溶かした甘い飲みものを作ってベッドに戻った。
最近は、この蜂蜜お湯が気に入っていて、夜寝る前にときどき飲む。
パソコンを持ってきて、ベッドの上で『ほんとだもん』につける文をもういちど推敲した。
寝ている間に上ってきた言葉に直す。
調子がいいので、続いて日記も書く。
きのうの日記が、ようやく書けた。
さて、そろそろ起きようかと時計を見たら10時半なのだった。
太陽はもう、空の真ん中へん。
今日は、『帰ってきた 日々ごはん3』の校正をやろう。
今は2014年の日記をやっているのだけど、スイセイが広島へ帰ったり、山の家へ行ったりすると、私はとりとめなく時間を過ごし、ひとり分のごはんを作っている。
適当な気持ちで作るから、できあがったごはんも適当な味で、ちっともおいしくなく『るきさん』に憧れたりしている。
ときどき山の家にも出掛けては、雑草抜きに精を出し、一日が終わるとお風呂場で行水してさっぱりと着替え、夕陽が反射して茜色に移り変わる山肌を眺めたりしている。
山の家の空気が懐かしい。
日記には書けなかったけれど、このころはよく、スイセイと深めの喧嘩をしていたことも思い出し、校正をしながら少しだけ胸が痛くなった。
スイセイは今、あの山の家でどんなふうに暮らしているんだろう。
お風呂はどうしているのかな、ごはんはちゃんと作っておいしく食べているんだろうか。
夜ごはんは、ソーセージと壬生菜の炒めもの、納豆(卵、下仁田ねぎ醤油)、みそ汁(豆腐、えのき)、ご飯。
お風呂から出て2階へ上ると、煙突の煙の先っぽを、いも虫みたいな雲が大口を開けて食べていた。
ぱくっ、ぱくっ。
そのうちいも虫は本当に蝶になり、私はぷっと噴き出した。
羽根の丸い模様の穴が、だんだん大きくなって、そこからばらばらにくずれ、空に溶けた。

●2017年1月20日(金)曇り一時晴れ、雨、雹、小雪

朝、ゴミを出しに行ったら、白いものがふらふらと舞っていた。
朝ごはんを食べているうちに、少しずつ明るくなって、今は晴れている。
雲は多いけど。
きのうは、中野さんをお見送りがてらバスで三宮へ行ってみた。
海の方へ向かって歩いたり、おいしそうなパン屋さんでカレーパンをひとつ買って、半分ずつ食べたり。
「大丸デパート」を超えたところにある路地には、いい感じのする小さなお店がぽつぽつと並んでいた。
気になる洋服屋さんを覗いたり、雑貨屋さんを覗いたり、サンドイッチ屋さんを窓から覗いたり。
ウインドー・ショッピングは楽しい。
中野さんは蜂蜜をすくう木の棒(先がクルクルしている)を、お父さんへのプレゼントに買ってらした。
そうそう、うちを出てバスに乗る前、いつもの坂道の神社の脇を下りていたときだ。
何の話からだったか、「私は主観が強すぎて、俯瞰してみることができないの。客観が苦手」と私が言った。
そしたら中野さんが、「なおみさんは、もっと主観にもぐっていったらいいんです。そしたら客観になれます」とおっしゃった。
そうか。
そういうことなのかな。
これでも、まだまだなんだ。
私は怖いんだと思う。
もっと主観にもぐってしまってもいいんだという嬉しいような気持ちと、そんなにもぐったら、壊れてしまわないんだろうかという不安な気持ち。
そんなことをしたら、目を覆いたくなるような醜いものが出てきて、みんな、私のまわりから逃げていってしまうんではないか、とか。
でも、たぶん地べたに堕ちるその直前に、どこかが大きく開き、逆さになって、ふわりと舞い上がる。
空中分解して、バラバラになってしまうのでは決してなく……という気もする。

ウインドー・ショッピングのあと、「ユザワヤ」に行き、ペン先(太い線が描ける種類の)と、スミレ色とカナリア色のカラーインク、チャック、黒い布テープなどを選び、買った。
最近、いつも使っている小さな肩掛けバックに留め口がなく、また財布を落としそうなので、かぶせるような布を当ててチャックをつけようと思って。
「ユザワヤ」から出たらもう夕方で、暗くなりかけていた。
うら淋しい気持ちが、ふっと、押し寄せてきた。
中野さんは来週から東京で、しばらくの間会えないから、私はなんとなしに離れがたく、新開地で夕ごはんを食べながら軽く呑みましょうかと相談していた。
でも、「やっぱり、今日は帰ります」と伝えた。
帰ったら、中野さんは展覧会の準備がまだ残っているのだし、そろそろ私も自分のことをはじめなければ。
こんどお会いできるのは、『ほんとだもん』の次回の打ち合わせ。
その間、大阪の大学で対談(マメ イケダさんという方とします)の仕事もいただいているし、本当は私にも宿題があるのだから。
『帰ってきた 日々ごはん3』の校正も、編集者にずっと待っていただいている新しい本のための「たべもの作文」も、そろそろ書きためていかなければ。熊本でのトーク(2月3日、長崎次郎書店でします)の支度もあるし、「おいしい本」の作文も、雑誌の料理の試作やら、レシピ書きだって。
心を切り替えようと思い、えいやっと別れ、帰ってきた。
六甲に着いて、「六珈」さんでコーヒー豆を買い、電気がついていたから「MORIS」にも寄ってみた。
そしたら、大田垣蓮月さんという幕末時代の女の人(尼さんで、歌人でも陶芸家でもあったそうです)の書の展示をやっていた。
このところ私もペンで平仮名をずっと書いていたから、その字のたよたよとしたやわらかさ、なのに強さや太さも隠れているみたいな線に見とれてしまう。
ひと通り眺めたところで、ふと思いつき、ヒロミさんにカバンのチャックのつけ方を相談してみた。
私のアイデアをお伝えすると、ヒロミさんはお裁縫箱をさっと取り出し、マチ針を打って、縫いはじめのところまでやってくださった。
「ここは丈夫な方がいいから、返し縫いがいいでしょうね」
マチ針を打つときの布を触る手つき、糸の通し方、指ぬきをつけた針の刺し方、視線の落とし方、姿勢のよさ。
うちの母も姉も縫いものが苦手だったから、これまで誰にも教わったことがない私は、何でも自己流でやってきた。
年上の女の人から、まさかお裁縫を教えてもらえるなんて。
じんとして、涙がにじんだ。
そして、中国茶の先生が、これからいらっしゃるとのこと。
「MORIS」で開かれるお茶会の、リハーサルをするのだそう。
お茶の先生の話は、前々から今日子ちゃんに聞いていたのだけど、なんとなくご年配の方を想像していた。
そしたら私よりずいぶん若い、とても姿勢のいい身軽な感じのする方だった。
机を動かし、机の上にのせた椅子の上に乗って電気の高さを変え、和紙をくしゃくしゃに丸め、乾いた蓮の葉をひとつひとつ袋から取り出し、机の一カ所に集め、その上に大きな木の丸盆をのせる……
机にも、和紙にも、炭にも、茶器にも、自分の方からすーっと体を寄せ、体を曲げ、流れるように動いてらっしゃる。
踊っているみたい。
踊りというより、お祈りみたいな静かな動き。
準備がととのって、今日子ちゃんとヒロミさんと私がお客になり、お茶会のリハーサルがはじまった。
お茶の葉の話(説明という感じでなない)を少しだけ聴き、書を目で見るのではなく、そこにあることを感じながら、蓮月さんの茶器で一煎、二煎、三煎、四煎目までいただいた。
四川省の蒙山というところで採れた、一葉という名前の紅茶だそう。
見せていただいた茶葉の形は、なんだか蓮月さんの書にも似ていた。
どこからやってきたのか、とても小さな白いクモがお盆のまわりを歩いたり、お茶がしたたる音を聴いているみたいにじっとしたりしていた。
私にもいろいろな音が、よく聴こえていた。
自分ののどが、ゴクンと鳴ってお腹の方へ下りていったり。
一煎目のお茶はチョコレートのような甘い匂いがした。 
二煎目だったか、三煎目だったか、飲み終わってからお茶碗を嗅いだら、この間、雪の日に森のなかに入ったときの匂いがした。
緑の葉っぱがきれいな発酵をしたような、混じりけのない、深々とした厚みがあるようで、軽やかな香り。
お茶の味も、匂いも、先生の声も、お湯を注ぐ音、手つき、部屋の空気の色合も、すべてがしんとひとつになっていた。
お茶って、こういうものなのか。
お茶会というのは、形式ばってかた苦しいものだと、これまで私はずっと濁った目で見ていた。
赤いフードつきのセーターに、黒いふわっとした木綿のスカート、毛糸の黒い帽子にスニーカー姿の先生は、目には見えないものをたくさん纏われていた。
目の前にいる先生の体がお茶の木で、お茶の雫を体を通して抽出し、最後の透明な一滴まで、残らず私たちはいただいているような。
そして先生の体の後ろには、高い山のある険しい土地や、土の色、お茶の葉を育て、摘み、揉み、蒸し、干している人々……私にはお茶の知識などないけれど、そういう景色や寒さが見えた。
お茶に合わせてこしらえた今日子ちゃんのお菓子は、ガトーショコラを丸く型抜きし、そこにあけた小さな穴に、グレプフルーツのきれいな色のみずみずしいジャムが丸く詰められていた。
黒い大きな月と、小さな月(穴をあけた分)が、黒い漆器に並んでいる。
外に出たらもう真っ暗だった。
こんなこと、一生にそう何度も味わえないだろうというくらいに、もったいないような時間だった。
お茶会はきっと、机を動かしたりする準備のときからはじまっていた。
一期一会とはこのことなのか。
いままで、この空気の清い感じ、この心地よさは何なんだろうと思っていたのだけど、そうか、「MORIS」は茶室でもあったのか。
タクシーに乗って帰ったら10時過ぎ。
夜ごはんは食べず、お風呂に入ってすぐに寝た。
お茶とケーキの合わさった、おいしい味が消えてしまうのがいやなので。
ああやっと、きのうのことが書けました。
長々と読んでくださり、ありがとうございます。
今日は、『ほんとだもん』に添える小さな文を書き上げ、お送りした。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(白菜、下仁田ねぎの青いところ、菜の花、卵、天かす、三輪山で買った七味唐辛子)。

●2017年1月18日(水)明るい曇り

今朝は10時から『ほんとだもん』の打ち合わせ。
デザイナーの小野(羽島一希)さんと加奈子ちゃんがいらっしゃるので、7時半に起きた。
私が身支度をしているうちに、中野さんが掃除機をかけてくださる。
中野さんは元気。
きれいに清められた1階で、絵本で使われるかもしれない描き文字を書いた。
インクをつける式のペンで。
これはGペンというのかな。
生前、父がペン習字で使っていたのを、この間お正月に帰ったときに実家でみつけ、もらってきた。
いままで私は、画材屋さんで買ってきたペンに、使い方もよく分からずにインクを何度もつけながら絵を描いていたのだけど、中野さんに描き方を教わった。
描き方というか、インクのつけ方。
力を入れて描いても、太く描いても、何をしても自由なことも教わった。
使い終わったら、水では洗わずに(錆びてしまうから)ボロ布やテイッシュでぬぐって、それでもまだこびりついているインクは、布の先をツバでちょっと濡らしてぬぐえばきれいになることも。
すべて書き終わったら車の音がして、原画の宅急便と、小野さんたちが同時に着いた。
ドアを開けたとき、玄関に並んで立っていたおふたりともが、マフラーをまったく同じようにぐるぐる巻きにしてらした。
加奈子ちゃんのは赤い木の実の模様、小野さんのはメキシコのポンチョみたいな明るい色の縞模様。
「小野さんは、きっと青い服を着てらっしゃいますよ。靴下は、けっこうカラフルなのを履かれるんです」と中野さんがおっしゃっていた通り、青いシャツにレインボー柄の靴下の小野さんは、床に並べた原画をご覧になり、「うーん、うーん」とおっしゃりながら、とても感じていらっしゃる。
言葉で説明しなくても、小野さんにはすーっと伝わる。
ペンの描き文字よりも鉛筆の方が線の太さが合いそうなことが分かり、3人が何やらお打ち合わせをしているのを遠くで聞きながら、私はまたひと通り書いていった。
なんとなくだけど、自分のなかに小学2年生の女の子が上ってきているような感じもしながら。
原画をしまい、打ち合わせがすべて終わってからお出ししたお昼ごはんは……
まず、キャベツのシチー(サワークリームのかわりに、ヨーグルトの水分を漉したクリームにディルとパセリを刻んだものを添え、スープに混ぜながら)。
小野さんは昔、「クウクウ」にもよくいらっしゃっていたから、なんとなくそんなメニューになったのだけど、そういえば「キャベツのシチー」は塩豚とキャベツのスープにヨーグルトを加えた煮込み料理にそっくりな味がした。たしか、「コーカサス風 塩豚とキャベツのスープ煮」という名前だったような。
あとは、アルザス風大根(これも「クウクウ」メニュー。塩をした大根の出てきた水分ごと、ほんの少しのおろしにんにく、レモン汁、オリーブオイルで和え、ディルとパセリ)&スモークサーモン、下仁田ねぎのとろとろ煮(玉ねぎドレッシング)、おから(干ししいたけ、さつま揚げ)、ひたし大豆(切り昆布入り)、鶏レバーのしょうゆ煮、カマンベールチーズ&クラッカー(加奈子ちゃんのお土産)、すくい豆腐(下仁田ねぎじょうゆ)、ポルトガルの白ワイン(若い葡萄で作られた微発砲のもの。加奈子ちゃんのお土産)。
ここでひと休みし、屋上に上って空や海や山を眺めながら、ポテトチップス&千葉産の落花生(マキちゃんにいただいたおいしいの)。
戻ってきて、土鍋ご飯(中野さんのご実家のお米で)、自家製イワシの干物、神戸風牛スジ煮込み(コンニャク、刻みねぎ)、おかか(だしをとったあとの)の甘辛煮、もろみ(自家製しょうゆを仕込んでいる途中のもの)。
小野さんがこのあと東京でお仕事があるそうで、2時半くらいにお開きとなった。
おふたりが帰られてから、中野さんと焼酎のお湯割をちびちび呑んでいたのだけど、『ほんとだもん』の原画を急きょ今日中にお送りしなければならないことになり……梱包し、宅配便に受け取りに来てもらったところで、ぐっと安心したのか急に眠たくなってしまう。
卵雑炊(中野さん作・天かす入り)を食べて、7時半くらいに寝てしまう。

●2017年1月17日(火)晴れ

とても暖かい。
お昼過ぎに中野さんと八幡さまで待ち合わせ。
1週間ぶりにお会いした中野さんは、なんだか輪郭が薄茶色い。
髪が茶色っぽいだけでなく、顔の色というか、顔のまわりというか……体のまわりも。
逆光で見ているせいかなと思い、隣に立って見直しても、やっぱり薄茶色い。
鼻声で「寒いですね」と言って、ぶるぶる震えてらっしゃる。
今日はとても暖かいのに。
中野さんはもうすぐ東京で展覧会があるから、絵を描かれたり額縁をこしらえたり、きっとものすごく頑張ったのだ。
それに中野さんが住んでらっしゃるところは、神戸よりもずっと寒く、絵を描かれている部屋(ほら穴と呼んでいる)も底冷えがするくらい寒い。
ここまでくる間に乗っていた電車も、ずっと寒かったのだそう。
図書館へ行く前に、温かいおうどん(ほのかに中華が混じったような卵とじうどん/中野さん、梅干しとおぼろ昆布のうどん/私)を食べたら、ようやくいつもの中野さんに戻った。
絵本を借りて、厄神さん(厄神厄除大祭)のための出店を盛んに準備している、八幡さまの賑やかな参道を通り、「いかりスーパー」で軽く買い物し、男坂を上って帰ってきた。
中野さんの自作絵本『ほのちゃん』が20日に出るので、今夜はそのお祝い。
レバーの入った大きなハンバーグを焼いて、椎茸と粒マスタード、チーズ入りのクリームソースをかけ、オーブンで焼く予定。
台所で私が支度をしている間、窓辺に腰掛けていた中野さんは、同じ雲をずっと見ていた。
ときどき「なおみさん、見てください」と声をかけられる。
中「ほら、あそこ。煙突の煙の先を、雲が食べているんです。ほら食べた。あの雲、へんな形だなあ」
それは、亀の甲羅みたいにこんもりとした山型の雲。
左端が口になっていて、その反対側は象の鼻みたいなのが細く伸びている。
私が玉ねぎを炒めて冷まし、鶏レバーを刻み、牛乳でふやかしたパン粉と卵をひき肉に加えて練っている間も、まだ見てらっしゃる。
中「なおみさん、どんどん形が変わっていますよ」
立ち上がって腰を曲げ、窓に顔を近づけ、ポケットに両手をつっこんで見ている。
そのあとも中野さんは、雲が完全に消えてなくなるまで見ていた。
こういうのがきっと、いつか絵になり、お話になるのかな。
オーブンでハンバーグ・グラタンを焼いている間に、『ほのちゃん』を読んでいただいた。
この絵本は歌になっている。
後ろに描いてある楽譜を見ながら、私も一緒に歌う。
夜ごはんは、レバー入りハンバーグ・グラタン、白菜とにんじんの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)、赤ワイン。
めずらしく、「酔っぱらってしまいました」とおっしゃって、先にお風呂に入った中野さんは、8時半には寝てしまった。
やっぱり、とてもくたびれているご様子。
展覧会のために、きっと、精魂を詰め込んだんだ。
この展覧会は、「ぼくたちのサーカス」というタイトルで、1月26日(木)から2月6日(月)まで、西荻窪の「ウレシカ」で開かれます。
『ほのちゃん』の原画と、紙版画がたくさんと、描きおろしの絵。
東京のみなさん、よろしかったらぜひお出かけください。

●2017年1月15日(日)晴れ、雪

朝起きて、カーテンを開け、朝日が上っているのをちょっと見て、また仰向けになった。
青い空に、白いものがふらふら。
おや? と思って下を見たら、雪が積もっていた。
うっすらだけど、屋根は真っ白。
本格的なお天気雪だ。
あとで、朝ごはんの前に、森の入り口まで上ってみようかな。
行ってきました。
中に入り、杉の木の5人兄弟が踊っているところまで歩いた。
森の中はけっこう積もっていた。
ところどころ、落ち葉が見えるくらいの積もり具合。
雪を踏みしめ歩いた。
キクキクと音がした。
枝の間から差し込んだ陽の光のなかを、粉雪が斜めに舞っていた。
金色の穴から金の埃が吹き込んでいるよう。
森のなかは、とてもいい匂いがしていた。
清冽なのは同じなのだけど、夏とはまた違った緑の匂い。
もっと深々とした、お茶みたいな匂い。きれいな緑色の。
夏が中学生だとしたら、今朝の森の緑は40代くらいの匂い。
さて、朝ごはんだ。
今日は「気ぬけごはん」をやろう。
雪は、そのあともときどき舞っていた。
強くなったり、弱まったり。
でも、晴れているからかちっとも積もらない。
舞いながら、下に落ちるまでには溶けてしまう。
あるいは道路の熱で、溶けてしまう。
「雪も降りますけど、降ってもすぐに溶けてしまって、積もることはめったにないです」
神戸の人たちがみな口を揃えて言っていたのは、これだったのだ。
夜ごはんは、神戸風牛スジ煮、豆腐入り卵雑炊(ゆうべの鍋の残りの汁で煮た。ゆで大豆、壬生菜、天かす、万能ねぎ、味噌)。

●2017年1月14日(土)晴れ、風強し

7時半少し前に、海の上の雲から日の出。
カーテンをさっと開けてパッと閉め、また寝た。
8時に起き、お風呂のなかでセーターを洗って干した。
押し洗いの仕方を調べたら、動画つきで出てきた。
最近は何でもパソコンで調べることができ、とっても便利。
さて、今日は「気ぬけごはん」を書きはじめよう。
1話を書き終わったあたりで、スイセイから電話がかかってきた。
受話器を取ると、間髪入れずに「スイセイ」と、ひとこと。
慌てているわけでも、早口なわけでもないのだけど、電話での会話をテレパシーみたいに捉え、無駄のない最低限の挨拶がスイセイらしく、なんだかとても懐かしかった。
スイセイが調べた統計によると、全国的に1月中旬の今の時期がいちばん寒いのだそう。
これから寒波もくるとのこと。
私「へー、そうなんだ」
ス「へーって、知らんのんだ。みいは、そういうことが気にならんの?」
私「うん。うちは冬じゃないみたいにあったかいの。陽が当たると暑いくらい」
本当に、うちのアパートメントは暖房をつけなくても春のように暖かいので。
テレビがつかないから、ニュースも知らない。
山の家の寒さについて、寒さのしのぎ方について、スイセイはたくさん話してくれた。
樋を伝って落ちてくる雨水をためておいて農具を洗ったりもしているそう。
少ない荷物のなかでやりくりし、命をつないでいるような感じが、とてもスイセイらしいし、すごくおもしろい。
私「山登りの人みたい」
ス「そうなんよ。最近、植村(直己)さんのこともよう考える。あと、アムやカトキチが移住したばかりのころに、どうやって北海道の冬をしのいでいったかとか、1年目はどうじゃったか、2年目はどうじゃったかとか、気になるんよのう」
もっともっと聞いていたかったのだけど、生命保険の方がいらっしゃり、電話を切った。
ひと仕事して、「coop」へ。
小麦粉、キャベツ、洗剤、トイレットペーパーにティッシュなどたっぷり買い物をし、パン屋さんへも寄って、大荷物で坂を上った。
海の見える公園でひと休み。
リュックの背負いヒモを担ぎやすいようにきつく締め直し、水を飲んだ。
キンと冷たい水のおいしかったこと。手の平にすくって立て続けに5杯飲んだ。
最近、坂道を上っていて、ふと、(ここはそんなに急ではないな。ほとんどなだらかだ)と感じることがある。
下だけ見て歩いていると、目の加減でそれほど斜めには見えないからか。
いちばん最後に控えている坂は、さすがに急だけど。
途中で、茶色と灰色の可愛らしい子犬をいつも散歩させている女の人とすれ違い、挨拶を交わした。
「私たちも(子犬のことも含まっている)これから、パン屋(私のパン屋さんの袋を見て)へ行ってきます。雪が降るとこの坂道は凍るから、車はもちろんスリップするし、歩くのも、こういうところ(柵のこと)につかまって下りないと、滑ってたいへんなんです。3年に1回くらいあるんです。でも今日は、降りそうもないか。だいじょうぶそうかな?」
坂を上りつめたところで、西の空のクリームパンみたいな雲の上に、幅広い金色の縁どり。
家に帰り、買ったものをリュックから出していて驚いた。
私、薄口しょうゆに、牛乳、ツナ缶(3つ入りのパック)や菜種油の大きいのも買ったんだった。重たいわけだ。
タクシーに乗るつもりで買い物し、やっぱり歩けそうだから、歩いてしまおう……となった。
歩きながら私は今日、スイセイがとても元気そうだったから、感謝の気持ちを表すには、これくらいの坂を歩いて上らなければ気がすまなかったんだと思う。
夜ごはんは、ひとり豚しゃぶ鍋(豚しゃぶ用薄切り肉、絹ごし豆腐、えのき、壬生菜。薬味は大根おろし、赤柚子こしょう、ねぎ、ポン酢しょうゆ)。お豆腐をいっぱい食べたのでご飯はなし。
夜、お風呂の掃除をしながらゆっくり入り、出てきたら雪が降っていた。
夜景が見えないから、霧かしら? と思って、窓を開けたら降っていた。
白いのが、舞ってる舞ってる。
もみの木はうっすらと白。もみの木の隣の木は真っ白。
屋根にも積もっている。
あったかいお酒が飲みたくなって、梅酒のお湯割を作り、2階のベットによじ上ると、もうずいぶん弱まっていた。
このままやんでしまうのだろうか。
お風呂に入る前、ちょっと冷えるような気がして1階のヒーターを入れたとき、すでにもう降っていたのかも。

●2017年1月13日(金)快晴いちじ曇り

今日は原稿の校正を、いったいいくつやったんだろう。
3つかな、4つかな。
3つだ。
メールも電話もたくさんあった。
最近、間違い電話もやけに多い。
いつも「竹田さんですか?」という電話。
そしてみな、セールスっぽい感じの人からの電話。
電話番号がうちと同じらしいけど、どうなのだろう。
「気ぬけごはん」も書きはじめた。
3時ごろ、ベッドの上で陽を浴びながら編み物をしていた。
ふと窓を開けたら、雪が舞っていた。
ふらふらふらふら。
この間より量の少ないお天気雪だ。
夕焼けは、西の空の雲の縁(上だけ)が茜色。
下はハッカ飴のような水色。
夜ごはんは、トマト雑炊(大豆のゆで汁、白菜、人参、ポールウィンナー、固形スープの素、ハリサソース、トマトペースト、牛乳、冷やごはん)。
粉チーズをふりかけ、「ムーミン」を見ながら食べた。

●2017年1月12日(木) 快晴

7時に目が覚めた。
太陽が海の上の雲のところから顔を出し、ちょうど上ろうとしているところだった。
しばらく目をつむり、8時に起きる。
もう、太陽はずいぶん上って、たまらなく眩しい。
海も黄色に光っている。
玄関を開け、鰯の干物(きのう塩水に浸け、干しておいた)を風通しのいいところに干し直した。
朝ごはんを食べ終わり、管理人さんに流しのつまりを直していただいた。
「こんなんですが、私に直せることやったら、何でもいたします。いつでも声をかけてくださいね。では、お邪魔しました。えらいすいません」
お願いしに下へ下りると、いつでもすぐに来てくださる。本当にありがたい。
今日はなんとなく、試作のようなことをして、フライパンのなかの様子や変化のポイントを見逃さないように、レシピを書いたりしている。
なんだか私、料理家みたい。
雑誌の仕事、やってみようと思う。
器のスタイリングもアシスタントも、マキちゃんに手伝ってもらえば、できそうな気がする。
スケジュールが近すぎるけども、東京では当たり前のことだから、がんばってみようかと思っていたところに、メールが届いた。
次の号で改めて、高山さんのやりたい方向でやりませんか?とのこと。
わ! 本当に、ありがたい。
夜ごはんは、おからチャーハン(塩鮭、卵)、白菜と大根のおつゆ(湯豆腐の残りでうどんを作ったときのおつゆを薄め、ほうれん草を加え、塩で味をととのえた)。

●2017年1月11日(水)快晴

8時半に起きた。
朝からよく晴れている。
セーターを着ていると、暑いくらい。
布団を干したり、シーツやらバスタオルを洗濯したり、ひさしぶりにあちこち片づけた。
さーて、今日から『帰ってきた 日々ごはん3』のパソコンでの校正作業をはじめよう。
今日からはじまる私の新しい生活。
私の仕事はじめ。
そして今日の海は、太陽が当たった一カ所だけでなく、なぜだか全面がさざ波立ち、光っている。
キラキラチカチカ。
2時半まで『帰ってきた 日々ごはん3』を集中してやった。
手紙を出したいのだけど、切手がないので郵便局まで歩いた。
いつもの神社でお参りし、川沿いにずっと下まで歩いた。
ここが、最寄りの郵便局。
はじめて来たのだけど、こじんまりとして、とってもいい雰囲気だった。
吉祥寺でいつも通っていた郵便局に、空気が似ている。
そのあとは、なくした帽子を探しに歩いてまわる。
まずは図書館へ、そしていつものスーパーへ(ここがいちばんあやしいので、落とした翌日にも確かめにきた)。
今日は、スーパーにいる係の女の人も、警備室の人も、とても親身に対応してくださった。
念のため、また名前と電話番号を伝えたら、すでにノートに記してあった。
前回の警備員さんは、とてもそっけなかったのだけど、ちゃんと書いておいてくださったのだな。判子もちゃんと押してあった。
もしも届けがあったら、電話をくださることになっている。
もしやと思い、その前の日に行った「めぐみの郷」でも聞いてみた。
レジの女の人が、忘れ物ノートを開いて見てくださる(この人もとっても感じがよかった)が、やっぱりここにもなかった。
いったい、どこにいってしまったんだろう。
大切な茶色い毛糸の帽子。
赤い木の実みたいなのが、ぽつぽつと編み込まれている。
この帽子は、中野さんが倉敷へ家族旅行に行ったときに、お土産で買ってきてくださった。
じつは、神社でお財布を落とす前の日に、この帽子をなくしたのです。
私は神戸へ来てから、よく物をなくすようになった。
バスに乗って、坂をのぼり、帰ってきた。
帰ってきたら、東京でお世話になっていた雑誌の編集者さんから電話があった。
料理の撮影、神戸まで来てくださるとのこと。
ありがたいことです。
ちょうど企画の内容が、このところ作っているひとりのごはんに近いもの……どうしよう、やってみようかな。
夜ごはんは、真鯛の西京漬け(椎茸と壬生菜のバター炒め添え)、小かぶと大豆のみそ汁、塩昆布、もろみ味噌、ご飯。

●2017年1月10日(火)快晴

8時にいちど起きたのだけど、トイレへ行ってまたベッドへ。
『ココアどこ わたしはゴマだれ』を読んだり、目をつぶったりしているうち、泥のように眠ってしまう。
夢もたくさんみるし、いくらでも寝ていられる。
10時くらいにゆかりおにぎり(ゆうべのうちににぎっておいた)をひとつとみかんを食べ、また眠った。
ゆらゆらと夢をむさぼっていたら、佐川さんから電話があり起きる。
世の中は、もう動き出しているのだな。
このところのいろいろが、深く楽しかったから、その分のくたびれもまた、きっとたまっているのだ。
今日は、パジャマのままゆらゆらと過ごそうと思う。
いま、台所へ行ったら、大豆が水に浸けてあった。
そうか、ゆうべ寝る前に私がやったんだ。
じゃあ、大豆をゆでながら、読書の日としよう。
呼び鈴が鳴っても、出ないことにしよう。
慌ただしくてずっと読めずにいた、和光鶴川幼稚園のお母さん方の感想や手紙をふと思い出し、読みはじめる。
私はこれを、去年の12月のうちに送っていただいたことさえ忘れていた。
読みはじめてすぐ、ひとりひとりのお母さんの生の声が聞こえるようで、ありがたく、涙が噴き出し、もうそれだけになってしまう。
『どもるどだっく』の絵本のことを、強く感じていることがいっぱいあるのに言葉がままならなくて、うまく伝えることのできない子どもたちのかわりに、4歳のなみちゃんがお母さんに向かって教えてくれているようだとか。
読み聞かせのあとのお話会で私が喋っていた言葉を、娘さんが私の体を借り、自分にお願いしていると感じてくださったお母さんもいた。
私はたしか、こんな話をした。
「料理を作るときに、どんなことを大切にしていますか?」という質問に、「料理家のくせに、手先があまり器用でないせいもあるけれど、野菜をきちんと揃えて切るとか、面取りをしたり、お皿にきれいに並べて盛りつけたりとか、料理をしすぎないようにしています。目の前の食材をじっと観察していると、どうやったらおいしくなるかとかいうのが、自然に分かってくる。あと、玉ねぎをじっくり炒めていていたら焦がしてしまって、そしたらその焦げからカラメルが出て、混ぜているうちになじんで香ばしさが加わったとか……そういう偶然や、自然発生的なことを大切にしようとしています。これはもしかしたら、子どもも同じなのかもしれないです。何かをしなさいと強いられると何もしないけど、放っておくと、勝手にやりはじめる。私は子どもを生んだことも育てたこともないので、自分が子どものころのことしか分かりませんが、子どもって、景色はキラキラしているし、ごはんはおいしいし、体を動かすのも面白くてたまらない。生きているだけで楽しくて仕方がないので、『邪魔しないで』って思います。まわりと同じようにできなくても、怒ったりせずに、どうか見守っていてあげてください。みんなと同じようにできなくても、放っておいていいと思う。自分で傷ついて、自分で泣いて、元気がなくなって。元気がないのはつまらないので、どうしたらいいかというのを自分で発明し、分かっていく気がします。それに、みんなと同じようにできないのは、わざと同じようにしないのかもしれない。子どもたちはむき身の体と心で感じるから、本当は、何でもわかっているんだと思う。私たち大人よりずっと」
私が『どもるどだっく』を作っているときは、もう夢中だった。
ただひたすらに楽しくてたまらなかったから、体ごと4歳のなみちゃんに戻ることができた。
そこから上ってくる言葉だけ綴り、見えている景色を、中野さんに描いていただくことができた。
夜ごはんは、洋風雑炊(大根、ポールウィンナー、大豆、ほうれん草、大豆のゆで汁、チーズ、牛乳、味噌)。

●2017年1月9日(月)晴れ

いつもの神社のところまで中野さんをお見送りし、いま帰ってきたところ。
中野さんに合わせたわけではないのだけど、私は自然にゆっくりと歩いていて、そしたらいろいろな細かなものが目に入ってきた。
木の実や葉っぱ、道に落ちている小石、小鳥の尾羽の色、塀のシミなどがくっきり見える。
海のひとところが光っていたり、さざ波立っていたりするのを坂を下りながら眺めていると、「あー」とか「はー」とかしか声が出ない。
よく見たり感じたりしているときは、それだけでいっぱいになっているので、言葉が出てこない。
空気を含め交感し合っているのがわかるから、対話はしているんだと思う。
坂の途中でわずかな雨を先に感じたのは、中野さんだった。
1滴、2滴くらいの雨。
お天気雨だ。
実家にいる間、私はまわりのスピードにのみ込まれ、ぐるぐるとせわしなく動いていた気がする。
こっちに帰ってきて、ひさしぶりに中野さんに会った日に、そのことに気がついた。
私が六甲に戻ったのは、4日の夕方。
5日には中野さんがいらっしゃり、『ほんとだもん』の新しい原画とカバー絵を何枚か見せていただいた。
これまで描いた絵もすべて床に並べ、実家にいる間に少しだけ動いていた私のテキストとすり合わせたり。
新しい絵を見たことで、またテキストが変わったり、最初に戻ったり。
6日は、加奈子ちゃんがいらっしゃって、3人で打ち合わせ。
中野さんとふたりで、これしかないと決め込んでいた絵が、加奈子ちゃんの新鮮なひらめきのおかげで転がり、思ってもみない展開となった。
絵を入れかえただけで、見えないものが、見えてくる。
隠れていた匂いのような気配が、立ちのぼる。
「もしかしたら、とってもおかしなことかもしれませんが……」とおっしゃりながら、加奈子ちゃんがひらめいた絵をはめたとき、私は体の芯がぶるぶるっと震えた。
ああ、そういうことをこの物語は伝えたがっていたのか。
人の手で動かすのではなく、すでにできていた、すでにあった目には見えない何かを、確かにつかまえたような感じがしたんだと思う。 絵というのは、絵本というのは、いろいろに動いては物語が生まれる。
本当におもしろい。
7日は、電車を乗り継いで、中野さんと奈良の三輪山に初詣に行った。
いくつもある社でお参りするたび、感謝の想いを伝え、安産のお守り(みっちゃんの娘のリカが5月に出産するので)と、災いよけの鈴のお守りを自分用に買った。
お守りを買った直後、私は財布を落とした。
私は焦り、猛烈に省みた。
それはとても凝縮された、濃い時間だった。
けっきょく、ちゃんと届けてくださった方がいて、みつけることができたのだけど。
神戸に帰ってからのここ数日は、なんだか新しく感じることばかり。
いろいろなことがあって、日記に描ききれないや。
中野さんが泊まってらっしゃる間のごはんは、何を食べたのだっけ。
どんなものも、何を食べても、しんからおいしかった。
舌の感覚が開いたように、細かなところまで、すみずみまで。
いま思い出すのは、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋(中野さんがこしらえた)。これがとくにおいしかった。
だしも水も入れないのに、自分の体から出てきた水分のみで煮た白菜の、甘み、苦み、酸味。
中野さんともたくさん話した。
子どものころのこと、家族のこと、親戚のこと、学生時代のことなど、たくさん話してくださった。
声を聞きながら、私の頭の中にはとぎれなく映像が浮かんだ。
私もまた、ぼそぼそと話した。
どうして神戸へやってきたのか、どうして中野さんに出会い、こうして一緒にいるのか。
前からうすうす感じていたことが、ここ数日の間に、ようやく言葉にできるようになった気がすることについて。
それは、こういうこと。
私は極端に自我が強く、誰にも押さえられないような、どうしようもない暴れん坊が心(魂というのかな)のなかにいる。
というか、そのことはスイセイとの諍いが増えた去年くらいから、ようやく自覚しはじめた。
暴れん坊は、私が本を作り続けるしつこさの源にもなっているのは確かなのだけど、ときに私を傷つけ、まわりも傷つけ、壊す。
だから、鎮めてくれる存在が必要なのだと、ずっと思っていた。
六甲のこの家は、空や太陽や風、雨や嵐、森、山、川など、人の力の及ばない、わからないものに囲まれている。
わからないものたちは、私の暴れん坊を鎮め、諌めてくれる。
「わからない」ということ。
わからないからこそ、いろいろなものが浮かび上がり、物語りが自然にわき起こる。
中野さんには体があり、生きている生身の人だけれど、中野さんも私を諌め、鎮めてくれるもの。
太陽や風のようなものと、同じ仲間だと私は感じているみたい。
中野さんの絵は、描き方は、人知を超えている。
そんなことをぽつりぽつり話していたら、耳をすますように少しだけ顔を傾けじっと聞いていた中野さんが、「なおみさんは、オオカミから生まれたんですよね。世の中の人たちが、なおみさんを怖がるのは、そういうところなのかもしれません。でも、なおみさんには育ての親がたくさんいらっしゃる。スイセイさんもそのおひとりでしょ?」とおっしゃった。
ほんとうに。
私はオオカミから生まれたから、言葉が通じないと相手に噛みついたり、傷つけたりしてしまう。
これまでスイセイにもたくさん噛みついてきた。
よく我慢してくれていたなあ。
スイセイにはずいぶん育ててもらったから、これからはもう、自分の力でやりなさいということなんだと思う。
それが、この世を生きる私のミッションの大半なのかもって思う。
この部屋で中野さんの絵に囲まれ、絵本を作りながら、文を書きながら、そういう力を身につけるのが、今年の、これからの、私の抱負です。
夜ごはんは、塩鮭(三輪山へ行く日、におにぎりにした残りをほぐしておいた)、ほうれん草とポールウィンナーのバター炒め、ワカメと青じそのみそ汁。

●2017年1月3日(火)晴れ

午後、いちばん上の兄が帰省し、姉も駆けつけて、兄弟姉妹で話し合い。
主には母に何かあったときのことの相談。
母が希望するお葬式(キリスト教にのっとった式を、教会でやりたいのだそう。ずいぶん前から、歌ってほしい賛美歌まで決めてある)のこと、遺産相続のこと。
米寿のお祝いのことなど。
私はこれまで、10年以上も(20年以上かもしれない)お正月に実家へ帰ることをしてこなかった。
でも、神戸でひとり暮らしをするようになってから、こうして気軽に帰ってこられるようになった。
帰省するたび、母と絵本の話で盛り上がったり、母の子どものころの話を聞いたり。
とても勇気がいったけれど、スイセイと離れて暮らすことを決心したおかげで、思ってもみなかった新しいことに繋がり、広がってゆく。
そのことを不思議に思う。
けど、そうなるようにできていたようにも、なんとなく、思う。

●2017年1月2日(月)晴れ

今日も、居間と台所の大掃除。
途中からおでんを煮ながらやった。
午後、姉が家で使わなくなった棚を持ってきてくれた。
みっちゃんは自分の部屋で図面を広げ、仕事をしていたのだけど、すぐに組み立ててくれた。
この棚を、私の本だけ集めた本棚にしたいと母がいう。
これまで送り続けてきた雑誌(すべてとってあった)や本を並べた。
夜ごはんは、おでん(ちくわ、静岡の黒はんぺん、厚揚げ、コンニャク、ゆで卵、大根、八頭)、ブリカマ塩焼き、大根おろし、鶏皮の甘辛煮(七味唐辛子)
母とまたお風呂に入り、布団のなかで絵本を読む。

●2017年1月1日(日)晴れ

明けましておめでとうございます。
今朝もまた、富士山の裾野までくっきりと見える。
母は8時半ごろ、教会の礼拝へ行ったそう(みっちゃんが車で送ってくれた)。
私はぐっすり眠って10時に起き、朝風呂に入りがてら、お風呂場を徹底的に大掃除した。
2時間近くこもってやっていた。
母が教会から帰ったら、お昼ごはん。
ささやかな元旦のごちそうを、炬燵の上に並べた。
「明けましておめでとう」の挨拶をし、母の感謝のお祈り(けっこう長かった)を聞いて、3人で食べはじめる。
私とみっちゃんだけ、軽くビールで乾杯。
数の子、煮豚、白菜と大根のサラダ、真鯛の昆布じめ、お雑煮(大根、八頭、ほうれん草)。
みっちゃんは、2階の畳の部屋(母の衣装部屋になっているのだけど、部屋の半分はいらない物が積み重なり、物置のようになっていた)を徹底的に大掃除してくれた。
ここは私がいつも泊まる部屋。
母はあまり掃除をしない人だから、ずいぶん埃がたまっていた。
カーテンをはずし、窓もピカピカに磨いてくれた。
畳の部分がとても広くなり、部屋にあるのはおばあちゃんの鏡台とタンス、古いステレオ(私たちが幼稚園のころからあるもの)だけになった。
これから先、母に何かあったときに、私がいつでも帰ってきて泊まれるように。
インターネットが繋げさえすれば、パソコンを持ち込んでここでも仕事ができるように。
そんなことも思い、今年は実家を大掃除するつもりで帰ってきた。
お昼を食べ終わったら、台所と居間も少しずつ大掃除。
夜ごはんを食べ終わってお風呂に入る前、母がいつもやっている気功を教わった。
腕や足をこすったり、首や体を傾けたり。
「はい、次はネコ」と言いながら、体を伸ばす母は、元気元気。
生きる活力がまだたっぷりある感じ。
20分ほどやって、最後に肩をもみ合った。
母「なーみちゃん、お風呂に一緒に入るかあ」
私「うん、いいよ」
クリスマスに神戸の教会へキャンドル礼拝に行った話をすると、母とても喜び、興奮していた。
「ああベツレヘムよ、ちいさなまち〜」の賛美歌を、思い出しながら高らかに歌う母は、体を洗う手がすぐに止まってしまう。

いままでの日々ごはん

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