2016年     めにうへ

●2016年12月31日(土)晴れ

きのうの午後、実家に帰ってきた。
今年は、みっちゃんとウイスキーをちびちび飲みながら、「紅白」を見ている。
ささやかだけど、お正月料理らしきものを作りながら、つまみをちょこちょこ出したりして。
これまでスイセイと毎年やってきたようなことを、みっちゃんを相手にやっている。
なんだか可笑しい。
「そろそろ蕎麦が喰いたいなあ」 とみっちゃんが言えば、「ん? いいよ。分かった」と返事して、いそいそと台所に立ったり。
カセットコンロに網をのせ、みっちゃんが仕事帰りに買ってきたエイヒレと鮭とばを炙ったり、チーズのおつまみを出してきたり。「先にお風呂に入っちゃうね」とか言いながら。
今年の「紅白」は、「エックス・ジャパン」のヨシキとかいう人と、聖子ちゃんの歌がとてもよかった。
高橋真梨子が登場したとき、「おー、出たねえ〜」とみっちゃんが喜んだ。
高橋真梨子はスイセイも大好きな人だから、登場すると手をたたいて喜んでいたのを思い出し、なんだかますます可笑しかった。
最後の方に出てきた「イエロー・モンキー」というグループの歌が、大人っぽく落ち着いていて、歌詞もとてもよかった。
宇多田ヒカルもとても楽しみ。
夜ごはんは、煮豚、煮卵、真鯛の昆布じめ、白菜と大根のサラダ(市販の玉ねぎドレッシング)、夕方姉が持ってきてくれたお蕎麦(ゆでてある)とおつゆ。
そうだった、そうだった。
うちの実家の年越し蕎麦は、人参と豚肉(姉のは干し椎茸も入っていた)入りの温かいおつゆのお蕎麦なのだった。
熱湯でさっと温め直したお蕎麦を丼にあけ、煮立てたおつゆをかけて、天かすとねぎ、七味唐辛子。
このお蕎麦の味が懐かしく、とってもおいしかった。

●2016年12月29日(木)曇り

起きぬけにふと思い立ち、ツリーの片づけをした。
明日から実家に帰るし、戻ってきたらもう新しい年なので。
そしてすぐに、『ほんとだもん』の打ち合わせもあるので。
家やクマなどの細々とした人形の飾りをはずし、箱にしまった。
木の実や枯れ葉なんかは、また来年拾ったものを飾ろうと思う。
白い羽根と綿毛だけ残しておいて、裸になった枝に雪を降らせたら、なんだかお正月らしい飾りになった。
それだけでは淋しいなので、赤い実やどんぐりなんかもちょっとつるしてみた。
あとであちこち掃除をし、今年最後の紙ゴミを出したら、旅の支度をしなくては。
1時ごろ、「MORIS」のヒロミさんがミンスパイを届けにきてくださった。
今年はとてもお世話になったので、こちらからご挨拶に行かないとならないのに。
紅茶をいれ、加奈子ちゃんから送っていただいたフルーツケーキでしばしおしゃべり。
思いがけず楽しい時間だった。
そのあと、リトルモアから届いた展覧会の絵の梱包をほどいた。
長距離の移動に耐えられるよう、一枚一枚の絵がとてもていねいに、頑丈に包まれていて、なんだか感動してしまった。
年末の大忙しのなかの作業は、きっとたいへんだったろうと思う。
今年は、いろいろあったけれど、どうにかここまでくることができました。
年末モードに入っているからなのか、今日はことさらにいろいろなことに感謝したくなる。
なので、気持ちを込めて雑巾がけをした。
東京の友人たちと仕事仲間に、こちらでお世話になっている六甲村のみんな、絵本の編集者、私を中野さんに出会わせ、ここまで連れてきてくださったどなたか分からない大きなものに、そしてスイセイに。
夜ごはんは、カレーライス(ゆうべの豚汁の残りを薄めてソーセージを加え、カレールウをひとつ)、らっきょう、福神漬け、キャベツのサラダ。

●2016年12月28日(水)晴れ

とてもよく眠って、柱時計が八つ鳴ったので起きた。
カーテンを開けたら、雪が舞っていた。
白い花弁のような雪が、上から下から斜めから風に舞う。
少しではなく、たっぷり。
空は青く、よく晴れているのに。
ここに越してきてから、お天気雨はよく見るようになったけど、お天気雪っていうのを私は生まれてはじめて見た。
それとも、こういうののことを風花っていうのかな。
朝ごはんのトーストに、バターと花梨のジュレをのせて食べた。
すごーくおいしい。
このジュレは、クリスマスイブの晩に今日子ちゃんからいただいた。 
大きな鍋で花梨の実を煮て、次の日漉して、砂糖やペクチンを加え、ゆるく固めたのだそう。
「花梨を煮ているとき、ものすごいい匂いがするんですわ。そして、その汁はルビー色なんです。ルビー色ですよ」
顔の前で花が開くように手を動かしながら、今日子ちゃんがキラキラと言っていたのを思い出しながら食べた。
太陽にかざすと光る。まさに、指輪のルビー色ですわ。
25日には、中野さんがいらしてすぐ、ツリーの飾りつけの続きをやった。
今年、あちこちで拾っては、部屋に飾っていた木の実や、フクロウの形をした木の欠片、小枝、どんぐりなどに中野さんが小さなフックをつけ、私は糸を通してひとつずつぶら下げていった。
落ち葉がきれいなまま残っているのには、茎のところに糸を結んでぶら下げた。
金色の小さな玉にも糸を結んでぶら下げてみた。
賑やかになったところで、白い羽根や綿毛を雪に見立てて上から落とした。
「かもめ食堂」さんにいただいた不思議な形の黄色い花(今朝、ゴミを出しにゆこうと玄関を出たら、外にこっそりと置いてあった)や、加奈子ちゃんから送られてきた大きな松ぼっくり、お花やさんで買った濃紫色の蘭の花(バンダ蘭という)、教会の模型、ロシアの人形などまわりに飾って、電飾をつけたら、祭壇のようになった。
アノニマ・スタジオの村上さんから送られてきたツリーの飾り人形は、暖炉(温水ヒーターだけど)の上に金の玉のモールをロープーウェイのように吊って、そこにぶら下げた(中野さんがやった)。
中野さんからもプレゼントをいただいた。
細々と、いろいろな素敵なものをもらった。
プレゼントはこのひとつだけですよ……というように、バラバラとくださり(玄関を入ってすぐには花の形の松ぼっくり)、最後には手品のように絵が出てきた。
絵は、四つん這いのなみちゃん(『どもるどだっく』の原型になった絵)が58歳になったみたいな、クリスマスの自分。
そうんなふうに見える絵。
なんだか、絵本のなかみたいに、忘れられないクリスマスとなった。
子どものころからずっと、私は本当はこんなにクリスマが好きだったのに、なんで今までしてこなかったのかな。
というわけで、クリスマスの飾りはまだ片づける気にならず、そのままにしてある。
そして、まだクリスマスのCD(ブロンズ新社の酒井さんにいただいた。女の人のボーカルの、あんまりクリスマスクリスマスしていない曲)をかけている。
さて、そろそろたまっている日記をやろう。
今日の分は、夜ごはんを記録できないけれど、もうスイセイに送ってしまうことにします。

●2016年12月25日(日)晴れ

ゆうべは早夕飯を食べ、教会のキャンドル礼拝に行ってきた。
坂をてくてく下りているとき、寒いからか夜景がくっきりと光っていた。
キーンとした冷たい空気のなか、6時を知らせる教会の鐘がゆっくり鳴り響いた。
カラ――ン カラ――ン
坂を下りるまで誰にも会わず、車も通らなかった。
神社の前のカーブのところで、ひとりだけすれ違った。
サンタクロースの格好をしたピザ屋の配達のお兄さんが、バイクに乗って坂を下りてきた。
教会の受付のおばさんに、「はじめて来ました」と伝えたら、「ようこそいらしてくださいました」とあたたかく迎えられ、小さなロウソク立てを手渡された。
ロウソク立てはアルミホイルで手作りしてあり、柊の葉と赤い実が飾ってあった。
中に入ったら、そこは子どものころに通っていた教会によく似ていた。
さほど広くはないのに、天井が高いところも、しんとした空気も、匂いも。
ロウソクの小さな灯火を掲げ、知らない人たちに混じって賛美歌を歌うのは、厳かで、ゆったりとして、とてもいい気持ちだった。
知らない歌も、声を合わせ適当に歌った。
なかに太い声の男の人がいて、アルトの美声を響かせていた。
メロディーだけはよく知っている曲に、とてもいい詩がついている賛美歌を、私は得意げに高らかに歌った。

ーーああベツレヘムよ、小さな町。静かな夜空に またたく星。恐れに満ちた、闇のなかに希望の光は 今日輝くーー

帰りに「MORIS」の灯りがついていたので、今日子ちゃんとしばしおしゃべりし、ふたりでバスに乗って帰ってきたのも、じんわり嬉しかった。
あと、教会へ行く前に、すばらしいお花屋さんに入った。
ここは、とてもいい匂いのするところ。
中に入ったとたん、広々とした森の奥にひとりでいるみたいになった。
このお店のご夫婦は、今日子ちゃんとも、「かもめ食堂」のおふたりとも、みんな友だち。
パン屋の「プチブレ」さんも、「六珈」さんも、みんな六甲村の仲間たち。
なんだかちょっとムーミン谷みたい。
今日は、夕方から中野さんがいらして、クリスマス会とお誕生会をする。
メニューは、下仁田ねぎの天火焼き、レンコンフライ、南部風フライドチキン、大根の塩もみサラダ、ロメインレタスのサラダ、イタリアのスパークリングワイン(赤の辛口をみつけた)の予定。

●2016年12月24日(土)曇り

7時半前にカーテンを開けたら、大きな太陽が海の近くにあった。
冬の日の出って、もしかしたら海から昇るんだろうか。
明日、確かめてみよう。
冬は空気が澄んでいて、何もかもがくっきり見える。
曇りの日でも、雨も、風も、くっきりと見える。
見えるというより感じられる。
だから、ちゃんと見なくちゃもったいない。
洗濯ものを干していて、ふと思った。
ていねいな暮らしとか、ていねいに生きるとか、ひところよく言われていたけれど、私はずっとへんてこりんな感じがしていた。
掃除をきちんとしたり、規則正しく生活したり、料理をこしらえてちゃんと食べたりすることは、「ていねいに」ということと、簡単には繋がらないような気がしていた。
そういう、人がすることではないような、もっと大きなものに寄り添うこと。 
もしも「ていねいに」ということが、生きることのなかであるとしたら、毎日のなかにいてとても大きく変わっていくお天気のようなもの、人知でははかりしれないようなものごとを、しっかり受け止め、感じること。
ごはんをちゃんと作ろうとしたり、掃除をしなくちゃと焦ると、見逃してしまうようなこと。
だから、ごはんをきちんと作らなくても、掃除をしっかりしなくても、寝坊しても、ぐだぐだと暮らしても、引きこもっても、ていねいに生きられる。
どうなんだろう。
今日は、11時半に美容院を予約している。
ちょっと早めに出て、この間中野さんと散歩したときにみつけた、古くて小さく可愛らしい教会が、どの道にあったのか確かめよう。
今夜は、クリスマスのキャンドル礼拝へ行こうと思って。
図書館へも寄って、クリスマスの絵本を借り、明日のごちそうの買い物をしてこよう。
たしか「みのりの郷」に、地鶏が安く売っていたような。
夜ごはんは5時半に食べた。
教会のクリスマス礼拝が7時からなので。
レンコンチャーハン(レンコンきんぴら、ソーセージ。早めに作って、お弁当箱へ詰めておいた)、ほうれん草のごま和え、スパゲティー(鮭、玉ねぎ、白菜)の残りのオムレツ(ケチャップかけ)。

●2016年12月23日(金)晴れいち時雨、雹

ベッドの上で洗濯ものをたたんでいたら、お天気雨が降ってきた。
どこかで虹が出ていないかなあと、何度も外を見た。
雨がやんだとき、梢にたまった雫に逆光が当たり、ひと粒ひと粒が光っていた。
絵本か何かの世界みたいに、うそみたいに、きれいだった。
太陽が雲に隠れると、光は消える。
そして顔を出すと、また光る。
キラキラキラキラ キラキラキラキラ。
そのあとで雹も降った。
雹が降ってきたときは、辺りが急に暗くなり、バラバラと音がして、私は慌てて2階へ駆け上った。
窓から腕を出すと、雨粒に混じって氷の粒が肌に当たり、すぐ溶けた。
空を見たり、雨を見たり、海を見たりしていて、私は今日はいったい何をしていたんだろう。
部屋のなかをイルカみたいに泳ぎまわり、パソコンの前に座ったり、ツリーの飾りつけをちょっとだけしたり、掃除をしたり、流しを磨いたり。
自由に、自由に動いていた。
時間がたつのがとてもゆっくりで、まだ1時か、まだ2時か……と思いながら。
不思議なお天気のせいだろうか。
そうか、そういえばゆうべも不思議だった。
たたきつけるような雨が降っていて、風もとても強く、風呂上がりに窓を開けたら、紅い落ち葉がピューッと宙を舞い踊り、下のもみの木もめちゃくちゃに体を揺らし踊っていた。
大笑いしたいような風だったけど、寝室がびしょびしょになったらいやだから、窓を閉めて寝た。
雨と風の音を聞きながら。
雨と風の音は眠り薬。
ちょっと目が覚めても、またすーっと眠りに入り、夢のなか。
東京のことを書きたいのだけど、どうも書けない。
私は六甲に帰ってきてからこっち、体のなかが入れ替わったみたいに仕事らしいことが何もできず、感じるのにただただ忙しい。
行き当たりばったりに、とりとめもなく動いているようでいて、とても実があるような。とても満足できているような。
そうそう、掃除をここまでやってから(1階の部屋の半分を雑巾がけをした)と決め、ミルクティーを沸かし、窓辺に腰掛け食べたフルーツケーキのなんともおいしかったこと。
このケーキは、東京でトークイベントをした「Title」のカフェでアルバイトをしている女の子がくださった。
よくねかされたいろいろな果物が、ちょうどいい具合に合わさり、ねっとりと、スパイスもほどよく感じられ、寒い国の森の樹液みたいな、長い年月がかかって茶色くなった砂糖みたいな、熟成された甘みだった。
クリスマス間近にぴったりの味。
そうそう、きのうから末森樹君のCDもエンドレスでかけている。
クリスマスの曲ではないのに、今にぴったりな気がして。
まるで、この部屋で弾いてくださっているみたいなギターの音。
空や雲や、雨や太陽に、何の邪魔もしない、ただただ心地よい音楽。
そういえば、今朝は起きぬけから自由だった。
ベッドに寝そべったまま空を見上げていた。
青空を背景に、雲が、それこそもくもくと、できつつあるところを延々と見ていた。
そのまま、きのう図書館で借りてきた絵本を読んだ。
ああ、ますます東京でのことが書けない。
東京でも、とても楽しかったのに。
夜ごはんは、レンコンの肉巻きフライ(ゆうべの)、白菜の塩もみ、大根とワカメのみそ汁(ゆうべの)、冷やご飯(ゆうべのうちにお弁当箱に詰めておいたのに、ふりかけとすりごまを振り、大根葉のおかか炒めとたくわんをのせた)。
今夜もまた、「ムーミン」を見ながら食べた。
テレビ(正しくはチューナー)が壊れているので。

●2016年12月22日(木)曇りのち雨

東京からは19日の夜に帰ってきた。
パソコンを持っていったのだけど、毎日いろいろなことがありすぎて、なんだかちっとも日記が書けなかった。
今日もまだ、なんとなしに落ち着かないので、東京でのことは余裕が出てきたら少しずつ書いていこうと思います。
きのうは、「おいしい本」の原稿を書いた。
MARUUさんの『うさぎのまんが』について。
自分でも驚いたのだけど、1日で書くことができた。
しかも、2時間くらいの間に。
自分のなかではもっともっと長かったのだけど、時計を見たら2時間しかたっていなかった。
『うさぎのまんが』はじめて読んだときから、強く感じていたことがある。
それは、ほかの本では感じたことのない、『うさぎのまんが』にしかない確かなことで、書きたいのはそのひとつだけだった。
だから、その気持ちを言葉に変換しさえすればよかった。
でも、いつもならその変換がなかなか大変で、3日も4日もかかるのに。
東京でも、わざと何も考えないようにしていたし、きのうもただ『うさぎのまんが』をもういちど読んでいただけ。
どうしてなんだろう。
今朝は、ぐっすり眠って8時半に起きた。
郵便物を確認して、原稿を3本校正し、ファックスを送ったらもう3時。たまっていたメールの返事もお送りした。
それでもどうしても図書館へ行きたかったので、雨が降っていたけれど、行ってきた。
六甲道から電車に乗り、大きい方の図書館へ。
クリスマスが近いから、襟に毛皮がついたコートなんか着ていってしまったけども、とても暖かかく、たくさん歩いて汗をかいた。
たっぷり買い物し、タクシーで帰ってきた。
家に着いたのは6時過ぎ。
りうが送ってくれたレンコンの肉巻きフライがどうしても食べたかったので、すぐに作りはじめた。
肉を巻かないのも作って、揚げたてをすぐ食べた。
肉を巻かなくても、充分においしかった。
というか、巻かない方がおいしいくらいだった。
厚切りのレンコンフライは、カキフライよりおいしい。
兵庫のウスターソース(イカリ印)は、東京のよりも味が穏やかで、たっぷりつけてもソースだらけの味にならないところが大好き。
夜ごはんは、レンコンフライ、レンコンの肉巻きフライ、千切りキャベツ、れんこんキンピラ(いつぞやの)、納豆、大根とわかめのみそ汁、新米。

●2016年12月13日(火)曇りのち雨

ゆうべは雨が降ったみたい。道路が濡れている。
いろいろなことがあり、ぜんぶ楽しくて、そして慌ただしく、ずっと日記が書けませんでした。
作文の仕事もひとつ抱えていたし。
それもゆうべ、どうにかできた模様。
今日は仕上げをやって、夕方までにはお送りしよう。
ギャラリー「MORIS」の料理教室は、とっても楽しかった。
前の日には、六甲道までマキちゃんと歩き、あちこちまわって買い物をした。
「めぐみの郷」では野菜類、おいしい牛肉屋さんで牛スネ肉、駅ビルの中にある輸入食材のお店で白ワイン、「コープ」で粉類…… あとはどこに行ったのだっけ。
帰りに「MORIS」に寄って、打ち合わせをしたり、ロシアの写真をスライド上映できるかどうか確かめたり。
タクシーで帰り、牛スネ肉でスープのだしをとりながら、シチー(ロシア風の具だくさんスープ)の具を刻んだり、ロシア餃子の玉ねぎを刻んだり、サワークリームを作ったり。
私は途中でくたびれが出てしまい、マキちゃんに弱音を吐いたりもした。
前の晩には「かもめ食堂」のおふたりが、スープストック用の寸胴鍋を持ってきてくださったり、「プチブレ」さんのおいしいパンも、今日子ちゃんが予約をしてくれた。
「MORIS」のキッチンで、窓からの景色をときどき眺めながら料理するのはとても心地よく、参加者の人たちもみんな気持ちがいい方たちばかりで、料理もすべておいしくできた。
ひさしぶりの料理の集いは、とっても楽しかったのだけど、マキちゃんがいないと、とてもひとりではできなかったし、六甲村のご近所さんみなさんの助けがないとできなかった。
そんな会でもありました。
今、作文の仕上げをやっていたら、雨が降ってきた。
心静かな雨。
空も海も建物も、すべてがまっ白。
展覧会の準備をするには、ちょうどいい日和。
明日から、いよいよ東京です。
14日から19日まで出掛けます。
「ギャラリーハウスMAYA」さんで、『たべたあい』の原画の展示と、「絵とことば」の展覧会。
あとで、ベッドのなかで作文の原稿を読んだり、ライブペイントで読む「ことば」をイメージしたり、お昼寝もしようと思います。
まだ、分からないのだけど、もしかすると新しいお話が出かかっているような気もする。
中野さんには極秘なのだけど、お話が出できたら、ライブペイントで読もうかな。
(夜ごはん、記録するのを忘れました)

※開いてくださった方、日記が滞っていてごめんなさい。
東京でのことは、これから少しずつ書こうと思っています。来週の更新を楽しみにしていてください。

●2016年12月8日(木)晴れ

今、うちにはクリスマスツリーがある。
おとつい中野さんと森に入り、取ってきた。
今まででいちばん奥の方まで上ってみた。
そこにはダムらしきコンクリートのつい立てがあった。
そこでいきどまり。泉もあった。
木は、その泉の近くで中野さんがみつけた。
モミの木ではないけれど、腰の高さくらいの細くて枝振りのいい枯れ木。
たぶん、何かの木のヒコバエなのかな。
ほんの少しだけ枯れ葉が残っている。
虫食いのあとが、レースのような枯れ葉。
この木をガラスびん(中野さんが天使の絵を描いた)に立て、銀色の紙の長靴(「空色画房」の近所の、アンティークの小物屋さんで、私が子どものころに飾っていたような古い電飾や、セルロイドのブローチなどを買ったら、おまけでくださった)、家、クマの人形、鳥の羽根なんかをちょこちょこと飾っている。
今朝も起きてすぐに、飾った。
おとついはクリスマスソングをかけながら、中野さんとずっと飾りつけをやっていた。
私はクリスマスの前に、こういうことをずーっとやりたかった。
北海道のアムみたいに。
スイセイといたときだって、別にひとりでやってもよかったのに、なんだかできなかった。
きっとこういうの、うっとうしいだろうなと思って、遠慮していた。
恥ずかしかったのかもしれない。
中野さんは2泊していかれた。
その間、東京の「ギャラリーハウスマヤ」さんでの展覧会の準備をしたり、作戦会議をしたり。
私は「ことば」を清書して、熊谷さんに送ったり。
お昼ごはんを食べに「かもめ食堂」へゆき、「みのりの郷」へ買い物に行ったり。
きのうは、新開地の駅から湊川の商店街を通って、山の方の温泉がある辺りまで歩いた。
山の中腹の展望台(何もないところ)で空を仰ぎ、トンビを見たり、ツリーに飾る赤い木の実や、何かの植物の綿毛(帰ってから、雪に見立てて飾った)を拾ったり。
帰りは川沿いの小道を歩いた。
途中で、お地蔵さんを何体も奉ってある祠があり、今朝供えたのだろうなと分かる新鮮な花やお水があった。
とてもきれいに掃除され、この辺りの人たちが、愛着を持ってお世話をしている感じがした。
小学校が近くにあり、子どもたちが道で遊んでいたり、公園でサッカーをしていたり。
なんだかそこは、無垢で、きれいな空気が流れている小道だった。
新開地のいつものお店で軽く呑み、改札でお見送りした。
六甲に着いたときにはもう真っ暗だったけれど、タクシーには乗らず、ゆらゆらと坂をのぼって帰ってきた。
今日は、朝からたまっていたメールの返事を書いたり、11日にギャラリー「MORIS」でやる料理教室(ロシア餃子を作ります)のためのレシピ書きや、試作の準備をしたりしているうちに、あっという間に暗くなってしまった。
明日は、東京からマキちゃんが泊まりにくる(料理教室を手伝ってくれるのです)。
楽しみだなあ。
夜ごはんは、焼きそば(冷麺の麺を半分残しておいたもの、油揚げ、椎茸、水菜、オイスターソース)、おにぎり(ゆかり)、みそ汁(じゃがいも、ねぎ)、かぶの葉のごま和え(いつぞやの残り)、たくわん。

●2016年12月5日(月)快晴のち曇り

明け方に、ちょっといやな夢をみた。
年上の女の人にいじめられる夢。
その人に何かを質問され、私はちゃんと答えようとする。
でも、心にあるままを正直に答えても、機転をきかせその人が喜びそうなふうに答えても、ちっとも納得してくれない。
いいがかりをつけられ、私が口ごもると、どんどん口調が荒くなって机をたたいたりする。
その人は、顔も様子も「ムーミン」に出てくるフィヨンカさんに似ていた。
もう、何をしてもだめだと分かるから、私は逃げるのだけど、逃げても逃げても追いかけられ、うちにいても手下のような女の人たちがどかどかと入ってきて、着ている服を脱がされたりした。
それはどうしようもなく辛く、私がこの世からいなくならなければこのルーテンは終わらない、それしか解決策はないんだ……と、体で感じさせられたような夢。
いじめている側も、本人の意志では止められずに、どうしようもできないんだろうという感じがした。
人間の心に潜む、ものすごく悪いもの。どす黒いもの。
そういうのが、世の中には確かにあるっていうことも、よく分かった。
(いい気になるなよ!)という、忠告の夢なのかもしれないけれど、実際にいじめを受けている人の気持ちが分かったのは、よかったと思う。
ずっと前にも私は、戦争中に娼婦だった夢や、ホームレスの外人の女の子だった夢をみた。
そのときにも実感として、生々しい感覚が体に残った。
夢のなかのこういう体験が、お話を書くときに役に立つんだと思う。
いやな気持ちのまま起きるのはいやだから、もうひと眠りしたら、10時まで寝てしまった。
カーテンを開けると、猛烈に明るい。すみずみまで海が光っていた。
ものすごく目が腫れている。
あちこち掃除をし、洗濯ものもたっぷり干した。
コーヒーをいれて、「Wonderful Kobe」の作文の仕上げをやった。

きのうの蔦屋さんでのトークは、とても楽しかった。
「あなたの日々のごはん」と題して、日々のごはん作りのことについて参加者からの質問を読み上げたり、私が思いついたことを答えたり、質問くださった方にお話してもらったりした。
引っ越してから、ぽつぽつと記録しておいた私のごはん写真も、スライドでお見せした。
それを見ながらまた、質問にお答えしたり。
関西のファンの方たちは、積極的に話しかけてくださり、サイン会に並んでくださった方もとても朗らかだった。
そういう明るい空気が、私にも伝染したのかもしれない。
そしたら今日、とっても嬉しいメールをいただきました。
ご本人に了解を得て、ここに一部を載せさせていただきます。

___

こんにちは。
初めてお便りします。
昨日のトークショーに参加しました○○と申します。
高山さんのお話の内容もさることながら、立ち居振る舞いがとってもとってもかわいくて、なんだかそれをとっても伝えたくてのお便りです。

軽やかな足取りでふわっと登壇され、緊張とワクワクが混じった顔でこちらを見渡されたとき、なぜか「赤毛のアンみたいや!」と思いました。
茶色の編み上げ靴とワンピースのせいかもしれません。
いまちょうど図書館で借りたアンを読んでいるので、「アンが実際におったんや!」と、私は胸がきゅんっとなりました。

ところが、その後お話をされる姿は魔女の宅急便のキキみたいなんです。はにかんで、説明して、笑って、思い出して…… という表情や、なんでしょう、ワンピースの姿がキキちゃんだったんですね。
ちょっとやんちゃで面白がりな女の子が、自分の毎日を一生懸命話してくれてる感じなんです。

ところがところが、サラダのお話、『ガサッと盛り付けてドレッシングをかけるだけが、一番きれいなんですよ』。この時だけ、とってもロックでした。ロックな女でかっこよかったんです。
ふわ〜っと穏やかに聞いてた心に、ビリリッと電気が走りました。

少女のようで、かわいらしくて、でもロックで、そんでもって年齢と経験を重ね続けてるってもう最強じゃん、かなわん。
と、思ったんです。

昨夜、我が家の夕食は湯豆腐でした。
煮汁アレンジの術を流用して、今日の一人昼ごはんは、湯豆腐の残り湯を使って和風カレーにします。
大きなお皿にガサッとロックによそって食べます!

まとまりのない文章でごめんなさい。
でもとにかく、昨日のトークショーに行けて良かったということが伝われば幸いです。
ありがとうございました。

______

私は、関西の方たちの底抜けの朗らかさ、おもしろいことを言って必ずや笑わせないと、引っ込みがつかないというようなサービス精神を、尊敬しています。
私もいつか、そういうことがサラッとできるおばちゃんになりたいと願います。
でもきっと、いつまでもできないんだろうな。
今日は夕方の6時くらいに、中野さんがいらっしゃる。
夜ごはんは、玉ねぎ(アムが送ってくれた北海道の)の丸焼き、じゃがいものチーズ焼き(にんにくとじゃこをバターで炒めてまわしかけ、チーズをのせて焼いた)、ポレポレ坐の焼きソーセージ、大根とトマトの重ねサラダ。

●2016年12月3日(土)快晴

ものすごくよく晴れている。
窓を開けないと、温室のようになっていて暑いくらい。
もったいないのでシーツとバスタオルを洗濯し、屋上に干した。
なんだか今朝は、やけに海が近く見えた。
山も、この間アリヤマくんたちがいらしたときとは色が違う。
黄土色や赤茶色、茶色が増えてきたような。
すっかり葉っぱが落ちた裸の木が、あちこち増えてきたからか。
もうすぐ、このアパートメントにはじめて来た日がやってくる。
今、日記を遡ってみたら、去年の12月9日だった。
大阪の心斎橋の本屋さんでトークイベントがあった日に、ここへ下見にやってきた。
屋上へも上った。
あのときの山は、もうちょっと茶色がかっていた気がする。
部屋のなかへ足を踏み入れ、窓からの景色を眺め、あの日にはすでに、ここへ越してくるような気がしていた。
ぼんやりとだけど、お腹の底の方に、強く、太く。
だから、トークのお客さんのある男の子から、「高山さんが行ってみたい国はどこですか?」と質問されたとき、「ここです。というか、神戸です」と答えた。
そして、神戸へ越してくるだろうことを話した。
「まだ秘密ですが」と言いおいて。
そしたらみなさん、本当に秘密にしておいてくださった。
神戸に住んでいる方から、励ましのメールもいただいた。
あのときは、みなさん、ありがとうございました。

あちこちにメールを送ったり、お返事したり、明日のトークショーの準備などをしているうちに、お昼になってしまった。
このごろは、一日がとても早く過ぎてしまう。
それはきっと、陽が短くなったからだ。
太陽と共に過ごしているから。
屋上へ洗濯ものを取り込みに行ったら、西の端っこの海がキラキラしていた。
太陽はいまその真上にある。
まだ2時なのに、夏だったら6時くらいの場所。
だって、今朝の10時、すでに太陽は真上にあった。
日記も書きたいし、「Wonderful Kobe」作文も、早く仕上げをしなければ。
なんだか、太陽にせかされている感じです。
夜ごはんは、おでんカレー(おでんの残りにゆで卵とトマト、カレールウを加えた。おでんはこれですべて食べ切った)、ご飯、白菜と人参のサラダ。
明日は梅田の蔦屋さんで『帰ってきた 日々ごはん2』のトークショウがある。
その前に六甲道の駅で、新幹線の帰りの切符を買う予定。
今夜は早めにベッドに入ろう。

●2016年12月2日(金)晴れ

ゆうべはぐっすり眠れた。
なんとなく寝ながら、何も考えないようにした。
それを心がけたら、深く眠れた気がする。
そうか、そうすればいいのか。
8時に起きた。
すっきりとした目覚め。
午後まで「ことば」と作文の続きをやって、ふと思いつき、市の子宮ガン検診へ行くことにした。
2度目に電話をしたところが、とってもいい感じのところだったので。
ここは予約がなしとのことで、都合のいいときにいつ行ってもいいとのことだった。
その前に電話をしたところは、受付の人の声がキンキンして、なんだか感じが悪かった。いちど予約を入れたのだけど、しばらく考えてキャンセルした。
てくてくと坂を下り、六甲道へ。
やっぱり、思った通りにとてもいい雰囲気の病院だった。
すぐに診てもらえたし。
5年ほど検診をしていなかったから、ちょっと不安だったのだけど、先生は触診で分かるらしく「たぶん何も問題はないでしょう」とおっしゃっていた。
来週には結果が出る。
歩いて行けるところに、産婦人科のいい病院をみつけた。
何かあったら、ここへ来よう。
軽く買い物をして、バスに乗り、坂を上った。
日が暮れても、まだそれほどには寒くない。
6時を知らせる教会の鐘がゆっくりと鳴り響き、振り返った海に、夜景が光っていた。
なんだかクリスマスのよう。
私はこの街が、大好きだ。
坂のてっぺんまできたら、西の空に細い月。
光ってない黒いところにも、丸い線がうっすらと見える。
とてもきれい。
帰り着いたら郵便受けに、うれしいプレゼントが入っていた。
「かもめ食堂」のやっさんとりっちゃんから届いた、クリスマス・リースだ!
カードには「お友だちに、”森で拾ってきたような”ってお願いして作ってもらいました」と書いてある。
本当に、そんな感じ。
森の小さな動物たちが、手分けして木の実や枝やきれいな葉を集め、こしらえたみたい。
へくそかずらのツヤツヤとした茶色い実や、緑のかわいらしい葉、よく見ると小さな紫色の実がほんのわずかに絡まっている。
私の趣味はけっこう偏っているのに、どうして好きな感じが、おふたりにはこんなにも分かってしまうんだろう。
夜ごはんは、ブリの照り焼き、ハムエッグ(水菜の塩炒め添え)、みそ野菜スープ(ゆうべの中華風スープを薄め、みそをちょっとだけ加えた)、冷やご飯(お湯を沸かした鍋にザルをひっかけて蒸した)。

●2016年12月1日(木)曇り

朝、聞き慣れない音がしてカーテンをめくると、管理人のおじいちゃんが下の道のつき当たりのところを竹ぼうきではいていた。
まだ薄暗い。
時計を見ると7時前。
寒そうだなあ。
この道にいつも枯れ葉やゴミが落ちていないのは、管理人さんが毎朝掃除をしてくださっていたからなのだな。
同じところに、ホースで水をかけているのも見たことがある。そこは、犬の散歩の人たちが毎朝、毎夕、おしゃべりに華を咲かせている場所だから。
夏の間はいつも、真っ白な半袖Tシャツだった管理人さんは、秋ぐらいから黒いヤッケを羽織るようになった。
昼間は暖かいけど、朝はさすがに気温が下がる。ヤッケだけで寒くないんだろうか。
しばらく日記が書けなかったけれど、楽しいことがいろいろありました。
月曜日には東京からアリヤマくん、長野くん、赤澤さんがいらっしゃった。
私たちは何をおしゃべりしていたんだっけ。
私は神戸へ来てからわかったことなど、アリヤマくんに話した。
長野くんは、写真をたくさん撮ってくださった。
屋上でワインを呑みながら、音楽を聞いたり、歌ったり、紅葉の山を眺めたり。
仕事のことは、誰も何も言わなかった。
ほどよく冷えた体におでんがおいしかったな。
食べ終わってすぐ、アリヤマくんと長野くんは、床の上で伸びていた。
小さくイビキをかいて。
ふたりとも、相変わらずとっても忙しいのに、予定を合わせ、こんなに遠くまで来てくださったのだな。
それが本当にありがたかった。
ふたりが寝ている間、赤澤さんとおしゃべりしながら、なんだかいろいろが切なく、涙がこぼれた。
神戸へ越してきたのは喜ばしいことなのだけど、過ぎてゆく時間が儚く、生きていくこと自体が切ないような。
大自然の営みがよく見える場所に日常的にいるから、そんなふうに感じるのだろうか。
それともこれが、年をとるってことなのか。
みんなに心配をかけたくなかったのに、3人が部屋に入ってきて、アリヤマくんのお土産のワインの紙袋のなかに黄色いバラの花束をみつけただけで、涙がふき出してしまった。
きっと、東京のアニキたち(アリヤマくんは8つ下、長野くんは10歳下だけど)に会えて、甘えたくなったんだろうと思う。
一緒に仕事をしたり遊んでいたころが懐かしく、いろんな記憶が蘇ってしまった。
湿っぽくていやだなあ。
いつもの坂を下りて駅までお見送りし、バスに乗って、また坂を上って帰ってきた。
夜景がキラッキラブルブルしていたのも、目に涙がたまって反射していたせいだ。
部屋に入ったら、台所がすっきりとかたづいていた。
赤澤さんがやってくださったのだ。
そうそう、こんなこともあった。
土曜日は「空色画房」の最終日だったので、お昼ちょっと前くらいに着くよう見計らって阪急電車に乗り、岡本の駅で特急に乗り換えた。
並んでいる人たちが少ない後ろの方へと、なんとなくずれていって、電車が来たので前の人の後ろについて乗り込み、目を上げたら、見たことのある帽子をかぶって微笑んでいる人がいた。
中野さんだった。
(12時くらいに着くようにしようかな)と、お互いメールをしていただけで、待ち合わせも何もしていないのに。
私は「えー、なんでここにいるの?」と驚いたけれど、「きっと、乗ってくるだろうなと思っていました」と中野さんはすました顔でおっしゃった。
きのうは、年末の新幹線の切符を買いに六甲道へ行った。
「みどりの窓口」で1ヶ月前から発売だそうなので。
今年は、30日から1月4日まで実家に帰ろうと思って。
そしてそのまま電車に乗って、住吉の図書館へ。
おもしろそうな絵本を5册借り、軽く買い物もし、「六珈」さんでおいしいコーヒーを2杯飲んだ。
私がお店に入ったとき、ほかにはお客さんが誰もいなかった。
そのうち、ぽつりぽつりと入ってきた。
みんなひとりで。
店のなかには、静かにクリスマスの曲(あんまりクリスマス、クリスマスしていない)がかかっていて、それぞれ自分の世界に入っている。
マスターはそんなお客たちのことを、間に漂う靄のようなところで感じ取りながら、放っておいてくださる。
表に出たところで、ばったりお会いすることができた「六珈」さんの奥さんと、帰り道をご一緒し、自然のままの神社でお参りして、そのまま坂を上って帰ってきた。
今日は、「ことば」の推敲をやる。
午後からは「Wonderful Kobe」というタウン誌のための作文を書きはじめた。
少しずつ、書けてきている。
夜ごはんは、ちまき(梅田駅ビルの豚まん屋さんで買ったものを蒸し直した)、中華風スープ(白菜、椎茸、ほうれん草、卵、ねぎ)。 今夜もまた、「ムーミン」を見ながら食べる。

●2016年11月27日(日)雨と霧

朝起きたら、いちめんの霧だった。
海も空もどこまでも真っ白。
雲のなかにいるよう。
霧のなか、紅葉が浮かんでいる。
紅、黄、緑、濃い緑。
こういうのが、いちばんきれいかも。
今朝は雨の音と、鳥の声があるから、音楽は何もいらない。
本屋さんで飾る『たべたあい』の色紙に、中野さんが絵を描いていらっしゃる。
私は台所で、おでんの支度。
明日、東京からアリヤマくん、長野くん、赤澤さんがいらっしゃるので。
きのうのうちに下ゆでしておいた牛スジを切って、串に刺し、まずは酒とひたひたの水だけで煮て、とちゅうからだし汁と塩を加えた。
水から下ゆでした大根を加えて煮、しばらくしたらゆで卵。
こんなに静かだと、そして中野さんが絵を描かれていると、やたらと丁寧にしたくなり、大根を面取りして隠し包丁まで入れた。
牛スジとだしの合わさったスープは、コクがあるのにすっきと澄み渡り、とてもおいしい。
お昼ごはんは塩鮭、卵焼き(中野さん作)、大根おろし、大根葉とじゃこの炒め煮、ハム、おでんのおつゆ(ねぎ、柚子皮)。
色紙の絵の上に、私のコメントと名前を書いた。
休憩し、コーヒーを飲んで、サイン本を80冊作る。
手分けしてやる共著のサインは、楽しいな。
夜ごはんは、パプリカチキン(白菜と人参のサラダ、ご飯添え)。

●2016年11月25日(金)晴れのち曇り

快晴。
海が眩しい。
太陽が近い。
眩しくて眩しくて、2階にいられないほどだった。
鏡に映った青空の、くっきりときれいなこと。
きのうは、2階にパソコンを持ち込み、宿題の文を書いていたのだけど、窓の外が気になって気になって、空ばかり見て、仕事にならなかった。
真上の空は青いのに、はるか遠くの灰色の雲の下だけ、海が灰色にさざ波立っていた。
そうして東の空では、雲間から太陽が海面に当たって、水蒸気が空へとのぼり、雲の成り立ちを見ているようだった。
今日は、12時過ぎに美容院へ。
ひさしぶりに坂を下りた。
それほどには寒くないのだけど、買ったばかりの冬のコートを着て下りたら、しっとりと汗をかいた。
銀行へ行って住所変更の手続きと、「みのりの郷」でほうれん草、水菜、大根(ゆっさゆさの葉っぱつき)、りっぱな椎茸、丹波鶏、牛スジなどを買った。
ここは野菜も肉も魚も、とてもいい。安くて、新鮮で。
図書館で絵本を3冊借りた。
グロリア・ヒューストン文、バーバラ・クーニー絵『おもいでのクリスマスツリー』、ルース・ソーヤー文、バーバラ・クーニー絵『とってもふしぎなクリスマス』。
わ、今気がついたのだけど、同じ絵の人の本を偶然借りている。
ちょっと見たところ、まったく違う人の絵に見えるのだけど。
あとは、『かばくんのふね』。
こちらはやっぱり、岸田衿子さんと中田に千代子さんのコンビの。
大荷物で六甲道から六甲まで歩き、「六珈」さんでおいしいホットサンド(カレー風味のひき肉と玉ねぎ、マスタード)と濃いめのコーヒー。
「イカリスーパー」でいつものイタリアの赤ワインを買って、タクシーで帰ってきた。
明日は「空色画房」の最終日なので、出掛ける支度をしていたら、中野さんから続々と絵が送られてきた。
昔、描かれたものみたい。
すごい!
言葉が出たがって、うずうずしてくるような絵。
夜ごはんは、ソーミンチャンプル(この間ゆでた素麺の残りで。ちりめんじゃこ、ねぎ)、ほうれん草のおひたし(ポン酢しょうゆ)。

●2016年11月23日(水)曇り

ゆうべはたいへんな大風だった。
ぶるぶるびゅーびゅー、窓がガタガタ。
何度も目が覚め、それでも半分は寝ぼけているから、寝返りを打っている間にすーっとまた眠れて……の繰り返し。
風の音は子守唄。
いちどだけカーテンをめくって覗いたら、下のもみの木が、隣の木と絡まり合い、もみくちゃになりながら踊っていた。
窓にとても細かな水滴がついていたから、わずかに雨も降っていたのかも。
起きてもまだ大風。
木枯らしだ。
台所の洗剤がなくなったので、ためしに「松の力」に変えてみた。
これは、この間東京に行ったとき、マキちゃんちで顔を洗うのに初めて使わせてもらってから、大好きになった洗剤。
ペットボトルに分けてもらったのを持って帰り、顔を洗ったり、髪の毛を洗ったりするうちにどんどん気に入って、通販で大きいパックのを注文してみた。
これはすごい。
川原さんにも、ずいぶん前から薦められていたのに、私はちっとも試してみなかった。
何でもピカピカになる。
とくにグラスがピッカピカ。
洗い上がりの手触りもスッキリとしてとてもいいので、ガスコンロを磨き、オーブンを磨き、そのまま下りていって、床もこすった。 いいなあ、気持ちいいなあ「松の力」。
と感じ入っていたら、ピンポンが鳴って、『ココアどこ わたしはゴマだれ』の見本が届いた。
スゴイ!
本の大きさといい、ぶ厚さといい、銀、黒、白、グレーの配分、紙の厚さ、手触り、文字の姿形、そして、この軽さ。
本の塊=スイセイという感じがする。
寄藤さんからスイセイへの、敬いの気持ちを感じる。
カバーだけでも、スイセイ語録が噴出している。
私は、感無量です。
図書館へでも行こうかと思っていたけれど、今日は、読書の日にしよう。
一日中、これを読みふけろう。
いつお腹がすいてもいいように、チャーハン(ちりめんじゃこ、卵、ねぎ、ピーマン、自家製なめたけを使い切った)を作り、お弁当箱に詰めた。
夕方、読み終わり、がまんできなくなってスイセイに電話した。
スイセイはまだ箱から開けていなかった。
一方的に、どれだけよかったかを伝える。
なんだかこの本は、おおぜいの、自分のことをダメダメだと思っている人たちに向けた「スイセイ教室」みたい。
そして私は、「スイセイ教室」を中退したんだなと思った。
スイセイ先生に、「顔を洗って、出直してこい」と、あたたかく言われたような感じ。
夜ごはんは、お昼に食べたチャーハン弁当の残り、ぶっかけ素麺(大根おろし、天かす、網焼きピーマン、柚子皮、絹ごし豆腐)。

●2016年11月22日(火)快晴

朝、目が覚めたら、奥の部屋までぼんやりと明るかった。
1階の窓から光が上がってきているのだ。
黄色というか、金色。
こういうの、本当にひさしぶり。
明け方にみた夢が、なんだかとてもリアルだった。
自分の隠されていたところがあらわになったような、(ああ、やっぱりそうなんだ)と思うような夢。
物語になりそうだったので、しばしベッドのなかで反芻してみたのだけど、夢だからやっぱりおかしなところがたくさんある。
今朝は、シーツやらバスタオルやら大物を洗濯した。
屋上に干すのもとてもひさしぶり。
管理人さんが、ボイラー室からちょうど出てきたところ。
管「今日はあったかいですねえ、ほんまに、めちゃめちゃあったかいですやん。洗濯もんが、よう乾きそうで、いいですねえ」
海のさざ波立ったところが、きらきらしている。
ずいぶん下の方で、白い鳥が飛んでいるのだなと思ったら、道路を走っている車に太陽が反射して、光っていてるのだった。
「チイ チイ チイ」と、途切れ途切れに鳴いているのは何の鳥だろう。
きのうも、つよしさんといるときに来ていた。
きのうのつよしさんとの会は、女子会みたいだったな。
つよしさんは手作りのサングリア(ぶどう、リンゴ、柿が入って、冷えていた)や、トルコの大きな干しいちじく、朝焼いたパン、醤油屋さんのもろみを持ってきてくださった。
おしゃべりしながら台所に立ち、ソーセージを焼いたり、ポトフを煮込んだり。
床にまな板を置いて、チーズや鹿のサラミを切ってはパンにのせて食べ、赤ワイン。
きさらちゃんが送ってくれたセルリアックを細切りにし、塩味のきんぴらみたいなのも作ってみた。
これがとてもおいしかった。
ちょっと、「ジャガリコ」みたいな味で。
途中、屋上に上って、紅葉の山々を眺めながら呑んだのも楽しかったな。
7時半くらいにお開きとなり、蒼い海と夜景を眺めながらいつもの坂道を下り、神社でお参りし、お墓猫を探し(いなかった)、六甲駅までお見送りした。
私は八幡さまでお参りし、タクシーで帰ってきた。
今日は、時間がたっぷりあるので、「ことば」の推敲をやる。
これは、『たべたあい』の刊行記念で、12月に「ギャラリーハウスマヤ」で開く「絵とことばで織りなす交感展覧会」の準備。
中野さんの絵を見ているうちに出てきた、小さな文、物語、詩のようなもの。
夜ごはんは、ポトフ(ゆうべの残りに牛乳を加え、みそをほんのちょっと)、冷やご飯、明太子、もろみ。

●2016年11月20日(日)曇り

19日の夜8時ごろに帰ってきた。
実家へは1泊した。
母は、とても元気だった。
目つきにしっかりとした芯があった。
意志のある顔というか。
まるで、時計を逆まわししているみたいに、会うたびに元気になっているのが不思議なくらい。
幼稚園での感想をとても楽しみにしていたようで、私が話す口元をじっと見ながら (耳が遠くなってから、口の動きで判断するようになったのだな)聞いているのだけど、話している途中に、身振り手振りで喋りはじめる。
自分が先生だったころの子どもたちの様子を、鮮明に思い出すらしく、涙ぐんだり、笑ったりと忙しい。
「どれ、なーみちゃん、お母さんに読んで聞かせてみな」と、『どもるどだっく』と『たべたあい』を読まされたり。
「隙間が空いたところでは、読む方もひと呼吸おいて、ゆっくり読むの。大きい字のところは、大きく、はっきりくぎって読むさや」
なんて教えてくれた。
最近読んだ岸田衿子さんの『かばくん』という絵本が、とてもおもしろかったので、「うちにあったら、もらっていい?」と聞くと、母はすぐに立ち上がって「かばくん、かばくん」と言いながら本棚の隅から隅まで探してくれた。
母「かばくん。どうぶつえんに あさがきた……えーと、そのあとは何だったっけな。小さいカメの子も出てくるだよね」
私「えーと……かめよりちいさいもの なんだ? あぶく」
母「そうだそうだ。あと子どもらの足がいっぱい出てくるだよね、スカートはいたこや、半ズボンの子や」
よく覚えているもんだなあ。さすが、読み聞かせのプロだ。
幼稚園での会は、とてもとても楽しかった。
雑木林に囲まれた丘にある、自然のままのかわいらしい畑を見学したり、みかんが木から落ちているのを拾って食べたり、子どもらが芋掘りの絵を描き上がったところを見学したり、パレットや、お絵描き用の小さな雑巾が、教室の外に干してあるのを見たり。
子どもたちへの読み聞かせが終わったあと、「絵本をまだ見たい人は、前へ来て、見てもいいですよ」と呼びかけたら、8人くらいの子たちがわらわらと集まってきた。
そのなかに、私の髪の毛を触りにきた女の子がいた。
「どうして、おしゃべりができなかったの?」と小さい声で聞かれた。
私は、うーんと少し考えて、「おしゃべりしたいことがたくさんありすぎて、体にいっぱいつまっちゃったのかな。そのまんま声を出したら、あああああって、どもって、みんなみたいにうまくおしゃべりができなかったの」と答えた。
そしたら、最初は耳の下の方の髪を触っていた手が上にきて、すーっとなでられたような感じになった。
あっという間のことだったし、とてもやさしい手つきだったから、なでてくれたのか、触っただけなのか、よく分からなかったんだけど。
思いもよらないことだったので、私はドキドキし、とてもうれしかった。
ほかのふたりの女の子は、立ち上がりぎわにハイタッチしてくれた。
お母さんたちに向けての会も楽しかったし、みなさんにも感謝されて、もったいないくらいに嬉しかったのだけど……やっぱり、どうしても講演会のように、ありがたいお話をみんなで聞いているという雰囲気になってしまったことを、次の日の朝、実家の布団のなかで反省していた。
子どもたちへの読み聞かせは、これからもやってみたいけど、お母さんへのお話は、もう、この1回きりで終わりにしようと。
そしたら今朝、ずっとお世話をしてくださっていた、役員のお母さんの中村さんから、とても嬉しいメールが届いた。
中村さんは、私のことをみなさんに紹介し、このたびの会を提案してくださった方。
『どもるどだっく』が出たばかりの、6月だったか7月だったかに、お誘いのメールをくださったあとも、何度も何度もお便りを送ってくれた。
私は今朝、このメールを読んで、うれしくて、ありがたくて涙が噴き出した。
ああ、やっぱりやってよかったのかな。
中村さんにご了承を得、いただいたメールの一部を引用させていただこうと思います。

・・・・・

高山なおみさま

先日は和光鶴川幼稚園にお越しくださり
ありがとうございました。

その日の夜のうちにいろんなお母さんから
私のLINEに「聞いてよかった」「感動した」
と声が届きました。
司会のゆきえさんも涙をこらえていました。

高山さんが真摯にお話くださったおかげです。

あすかちゃんは帰りの車で
「すぐにはみ出しちゃうんだよ。うまくしゃべれないんだよ」
と一生懸命、おねえちゃんに説明していたそうです。

あすかちゃんは高山さんに読んでもらったあと
頭をなでた子です。
幼稚園で教室に行く前にママにくっついて、離れられないでいるのを
見かけます。『どもるどだっく』を好きになったようです。

手書きの感想をこれから受け取るので
集まりましたら、まとめて
高山さんへ送ります。

(中略)

高山さんのお話を聞いた私は
『どもるどだっく』の表紙の女の子が
じっとこっちを見ているのが浮かぶと
もううちの娘がみんなと同じにできない、ということで
雑に怒ったりすることはできない気がします。
来た方はきっとみんなそうでしょう。
子どものお守りですね。

お疲れになったと思います。
心をこめてくださり、ありがとうございます。
また感想を送ります。

・・・・・

明日はつよしさんが遊びにいらっしゃるので、夕方坂を下りて買い物に出た。
暖かいのは部屋だけなのかと思っていたのだけど、外もっても暖かく、帰りの坂道ではしっとりと汗をかいた。
夜ごはんは、肉団子の酢豚風(玉ねぎとピーマンをごま油で炒め、スーパーの肉団子あんかけを加え、酢で味をととのえた)、チャーハン(卵とゆうべの水菜のじゃこ炒めで)、しじみのみそ汁。

●2016年11月16日(水)快晴

今日は、本当に慌ただしかった。
これはとてもめずらしいこと。
朝から、「気ぬけごはん」の仕上げ、「おいしい本」の校正、「ダ・ヴィンチ」インタビューの校正。
うちにいる日に、こんなに晴れたのはひさしぶりだったので、屋上に洗濯ものも干した。
山は、黄色、黄土色、紅、緑のパッチワーク、もうひとまわり紅葉が深まっていた。
明日は、町田の和光鶴川幼稚園というところへ、『どもるどだっく』と『たべたあい』を読み聞かせに行く。
子どもたちに読んだら、そのあとはお母さんたちにも読み、子どものころのことや、料理のことなどを話す会をやる。
ドキドキした気持ちをお腹に納めつつ、お話会の助けになりそうなものをコピーしたり、新幹線や電車の時間を調べてコピーしたり。
実家に泊まるので、その用意をしたり。
夜、中野さんから、今日描いたという小さな絵が3枚届いた。
この間、散歩していたときに、私が拾ったヤマネコだろうか。
ヤマネコは、拾ったというよりも、私のコートに勝手にくっついてきた。
街路樹と生け垣のわずかな隙間を通りぬけたとき、木から皮がはがれたみたい。
どこからどう見ても、ヤマネコにしか見えない木の皮。
朱実ちゃんの『ヤマネコ毛布』の文を、「おいしい本」に書いたばかりだったせいもあるかもしれないけれど。
そのあとすぐに、真っ白な羽毛を拾った(多分、鳩のもの。飛んできたみたいだった)中野さんは、ヤマネコのお腹にのせ、「毛布です」と言った。
「空色画房」の川べりを散歩したときに拾った、何かの実の殻は、ヤマネコの心臓になった(ハートの形をしていたので)。
私たちはこういう見立てを、真剣にやって遊んでいる。
夜ごはんは、ハムカツ(どうしても食べたくて作った)、肉豆腐(冷凍しておいた豚肉と、この間のすき焼きの残りの焼き豆腐と白滝、玉ねぎで)、かぶのみそ汁(青じそ)、納豆(ねぎ、青じそ、ハムカツの衣の残りの卵)、新米。
お風呂にゆっくり浸かり、日記を書いていたらもう9時半だ。
寝る前に、『どもるどだっく』の読み聞かせの練習をしよう。
明日は、朝7時16分の新幹線だから、7時には駅に着いていたい。
ということは、6時30分にはタクシーを呼ばなければ。
早く寝よう。

●2016年11月15日(火)曇り、時々お天気雨

ゆうべもまた、霧のなかだった。
夜景がまったく見えず、窓を開けたら、雲のなかにいるようだった。
今朝もまだ、霧のなか。
そのうちに少しずつ、下の街が見えてきた。
※夜ごはんを記録するのを忘れました。

●2016年11月14日(月)曇り、夜になって雨

9時に起きた。
お見送りがてら、新開地へ。
中野さんは神戸電鉄に乗り換え、専門学校(保育士の学校だそう)のときのおばあちゃん先生の家へ行った。
このごろ中野さんは、保育士時代の話をぽつりぽつりとしてくださる。
子どもたちがどんなだったか、どんな子がいて、その子に自分がどんなふうに接していたか。
それが、とてもおもしろい。
そういうとき私は、子どもの気持ちに自分を重ねながら聞いているみたい。
「空色画房」のトークショーにも、教え子の男の子(高校生になっていた)とそのお父さんが来てくださったし、12日には保育園の先生たちが子ども連れでいらっしゃり、私も会うことができた。
きのうは、中野さんと散歩がてら隣町の図書館へ行って、絵本を9冊借りてきた。
小さな子どもたちに混ざって、絨毯の敷いてあるところに座り、私も絵本を1冊読んでもらったり、近くの川べりの道を歩いたり、いろんなものを売っているめずらしい果物屋さんに入ったり、知らない駅から電車に乗ったり。
東京にいたころには、打ち合わせでも撮影でも何でも自宅でやっていたから、吉祥寺から外へ出掛けることがほとんどなかった。
用事があれば、歩いて行くか、自転車でこと足りていたので、「Suica」のチャージなんか、1年に1度くらいしかしなかったような。
それに東京では、山の家へ行くのが楽しみなくらいで、どこかに出掛けたいとあまり思わなかった。
たまに飲み会に行くときくらいしか、電車に乗るってことがなかったし。
今は、「Suica」のチャージがとっても頻繁。
中野さんとあちこち物見遊山し、無邪気に楽しんでいる。
中野さんは目や耳がとてもいいから、あまり人が見ないような小さなものをみつけたり、かすかなもの音を聞き分けたり。
そういうことが、私にもだんだん移ってきているような気がする。
それは、4歳のころのなみちゃんにも通じる世界の見方。
私は思い出しているみたい。
中野さんをお見送りしてから、商店街のなかにある古本屋さんで、童話の本を3冊と、カレーライスの本を買った。
童話は、ハンス・バウマン著『大昔の狩人の洞穴』、江口渙『かみなりの子』『小川未明童話全集1』。
ここは、とってもいい古本屋さんだった。
映画や音楽にまつわる本、画集もいろいろあった。
お客さんは私くらいしかいなかったので、ゆっくりと巡り、気になる本を取り出してはめくった。
2時間近くいたかも。
そのあと湊川の市場をひとめぐりし、塩鮭、ちりめんじゃこ、大きなかぶを買った。
本当は生すじこを買って、しょうゆ漬けにしたかったんだけど、「かもめ食堂」のりっちゃんによると、関西ではほとんど出まわらないし、しょうゆ漬けをする話も聞いたことがないらしい。
それでもあきらめきれず、前にピッチピチのメバル(まだ生きていた)を買った魚屋さんに尋ねてみた。
「生すじこは、扱ってません。うちはあるものはあるけど、ないものは、ないです」と言われ、きっぱりあきらめる。
皮のいいお財布をみつけたので買う。
これまでの私のお財布は、はじけたところを糸でかがって、20年以上使い続けてきた。
愛着はあるのだけど、とっても古びていた。
あと、フードのついた紺色のコートも買った。
新品のコートを買ったのも、本当にひさしぶり。
10年ぶりくらいかもしれない。
新開地の駅でピロシキをひとつ買い、電車のなかで食べた。
六甲のバスの運転手さんも、とっても感じがよかった
夜ごはんは、塩鮭(大根おろし)、大きなかぶの薄味煮(皮ごとだし汁、塩、淡口醤油で煮て、ゆでた葉を加え、片栗粉で煮汁にとろみをつけた)、即席みそ汁(かつお節、みそ、昆布)、冷やご飯、のりの佃煮、自家製なめたけ。
ムーミンを見ながら食べた。
夜になって、雨が降りはじめた。
静かな雨。
今夜は満月で、しかもスーパームーンという特別に大きな満月だそうだけど、雨の音もまた、よし。

●2016年11月11日(金)快晴

7時に目が覚め、カーテンを開けたら、ちょうど朝焼けの時間だった。
とても清潔な空。
しばし眺める。
7時半に起きた。
窓を開けると、電線に水の玉が並び、きらきらと光っていた。
ダンボールと紙ゴミを出しにゆくついでに、森の入り口まで歩いた。
地面が濡れている。
朝方、雨が降ったんだな。
よく眠っていて、ちっとも気づかなかった。
山は紅葉が深まっている。
みずみずしい森の匂い、鳥が鳴いている。
茶色と深い緑が混じったツタの葉と、何だか分からない紅くとがった葉っぱを拾い、野ぶどうの実が瑠璃色と赤紫に色づいているところを、ひと枝もらってきた。
部屋のなかはポッカポカ。
太陽の力はすごいなあ。
今日は、佐渡島の明香ちゃん一家が「空色画房」にいらっしゃる。
佐渡の旅のチーム(なるみさん、ラリちゃん、加藤さん)も集まるようなので、私も午後から出掛けるつもり。筒井くんや、京都の編集者もいらっしゃる。
中野さんは夕方からいらっしゃるとのこと。
あとで「気ぬけごはん」のさわりだけ書いたら、身支度をして出掛けよう。
そうだ。今日は、いよいよ『たべたあい』の発売日だ。

●2016年11月10日(木)曇り

寒い。
きのうからひと息に冬になった。
部屋のなかは温かいけども、長袖のTシャツだけではちょっと肌寒い気がする。
今日から部屋の温水ヒーターが解禁になった。
パソコンに向かって仕事をしている間に、管理人のおじいちゃんが何度も来てくださった。
ふたを開け、中に通っているホースのネジをゆるめ、たまっていた古いお湯をバケツに取り出している。
私「これは、何をしてらっしゃるんですか?」
管「はい。エアーが入っていないかどうか、確かめているんですわ。これでもうだいじょうぶ、ダイアルを回したら入ります。これが強、これが弱。寒ければ、夜中もつけっぱなしにしておいてだいじょうぶですからね、はい。床にも天井にもだーーっと管が通ってますから、そりゃああったかいですよ」
流しの水が流れにくかったのも見てくださる。
私が仕事の電話をしている間に、つまりを直すポンプのようなもので、ズッポンズッポンとやってくださった。
管理人さんは、小学校の用務員さんみたい。
のこぎりでも脚立でも、お願いすれば貸してくださるし、どこかの具合が悪かったら、すぐに見に来て直してくださる。
ありがたいことです。
夜ごはんは、椎茸と昆布のスパゲティー(干し椎茸、だしを取ったあとの昆布、菊菜、バター、醤油)、じゃが芋とさつま芋のサラダ、キャベツと人参の塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)。
スパゲティーがとてもおいしくできた。干し椎茸は、ごま油で炒めてもどし汁と醤油を加え、味をしみ込ませてからパスタと和えた。
詳しいレシピは、いつか「気ぬけごはん」に書こう。
温風ヒーターがとっても温かい。
流しも、スーッと流れるようになった。
夜、スイセイに聞きたいことがあって電話したら、スイセイの方がたくさんおしゃべりし、30分くらい長電話をしてしまった。
途中で、スイセイお得意のたとえ話も出て、それがバカバカしくおかしくて、ふたりして笑った。
なんだかその感じは、ものすごく懐かしかった。
スイセイの声は、元気そうだった。 
私もこのごろ、なんだか元気だ。
心の芯棒がしっかりしてきた。
ゼロになったとか、マイナスになったとか。マイナスになったつもりだったけど、残るものはちゃんとあった……とか。
それはけっきょく、自分で物語を作っているのかもしれない。
元気になってゆく自分の物語。
まわりとか、世間とか、そんなのを主体にするんじゃなくて、自分を主体においた物語。
絵本や架空のお話を作っているから、そういうのが得意になったというのもあるんだろうか。

●2016年11月9日(水)快晴

ものすごくいいお天気。
カーテンを開け、海の光っているところを見るのだけど、眩しくて目を開けていられない。
夜中、風がとても強かった。
今朝もまだ風があるから、海がさざ波立っている。
いちばん光っているところは、金のさざ波。
ゆうべはとても楽しかった。
おでんばかりお腹いっぱい食べて、ふたりといろいろおしゃべりをした。
「高田屋」さんはとてもいいお店で、おでんもよく味がしみ、おいしかった。
おばちゃんが何人も働いていて、お客さんは満席なんだけど、誰も忙しそうにしてない。なのに活気がある。
おばちゃんだからときどきオーダーを間違えたり、後ろの席のお客さんが頼んだものがうちにきたりするんだけど、誰も何もとがめないし、お客さんたちもちっとも気にしない。
前に中野さんと新開地で入った飲み屋もそうだったけど、神戸ではおばちゃんたちがふつうにウエイトレスをしている。
とっても気安いから、くつろいだ気持ちで呑める。
「かもめ食堂」のおふたりともお酒は呑めないそうで、ウーロン茶。私ひとりで日本酒1合と、梅酒を呑んだ。
おでんは、大根と焼き豆腐(みそダレがかかっていた)、ゆで卵、牛スジ、棒天(ごぼう入りさつま揚げ)、じゃがいも、つくね棒、たこ、コンニャク。
あとは、カキフライ、ブリの塩焼き、山芋細切り(卵黄、のり、わさび)など、それぞれが食べたいものを頼んだ。
帰りにスーパーへも寄ってくださった。
私はトレットペーパーとティッシュを買う。りっちゃんはヨーグルト。
うちに帰ってきたら、エレベーターのところに張り紙がしてあった。
いよいよ10日から暖房が使えるようになるとのこと。
なんとなしに別れがたく、部屋へも寄っていただいて、3人でコーヒーを飲んだ。
そうだ、ゆうべはふたりの夢をみたような気がする。
3人で冒険をしている夢。
さて、今日は美容院へ行ってこよう。
帰りに図書館へ寄って、りっちゃんに教わった「めぐみの郷(地元の野菜が置いてある)」ものぞいてみよう。
夜ごはんは、肉野菜炒め(豚コマ切れ肉、人参、ピーマン、白菜、小松菜)、切り干し大根と小松菜の煮浸し(ようやく食べ切った)、じゃが芋とさつま芋のサラダ、即席みそ汁(かつお節、みそ)、白いご飯。

●2016年11月8日(火)曇りのち雨

ぐっすり眠って、柱時計が8回鳴ったので起きた。
カーテンの隙間が白い。
今朝も曇っているのかな。
気づけば雨。
とても静かな雨。
窓を開け、ハーッとしたら、白い息が出た。
今日は「かもめ食堂」のりっちゃんとやっさんと、おでんを食べに行く日。
新開地の「高田屋」さん。
「たかたや」というのを普通に読んだら、前に「MORIS」の今日子ちゃんに直された。
正しくは、「たか」は低い音、「た」がいちばん高く、「や」で下がる。
あとで、5時半くらいに、車でお迎えに来てくださるそう。
雨降りなのでおでん日和。
うれしいな。
お迎えが来る前にぎゅっと集中したので、「おいしい本」がだいたい書けた。
今回は、朱実ちゃんの絵本『ヤマネコ毛布』について。
あ、車の音がした。来たみたい。
では、行ってきます。

●2016年11月6日(日)曇り

ゆうべはどこかが興奮していて、よく眠れなかった。
これはたぶん、『うさぎのまんが』のせい。
半分寝ぼけながら私は、延々と自分を振り返るようなことをしていたみたい。
緑色のスライムがずーっと思い浮かんでいた。
『どもるどだっく』を作りはじめ、中野さんに出会ってから、たぶん私はゼロになった。
ゼロというよりマイナスかも。
でないと、スイセイと離れたりなんてできなかった。
けれど私は、これまでの自分の断片が流れ落ちて消えたりしないよう、スライムみたいにやわらかくなりながらも、へばりつき、こらえていたのかも。
このことは、言葉に置き換えて伝えられるようになったら、いつかちゃんと書いてみようと思う。
朝起きたら、カーテンの隙間から入る光がちっとも眩しくなくなく、落ち着いていた。
窓の外は白く、どんよりと曇っていて、海のひとところに金色のスジができている。
太陽があるところだけ、雲を通してカーテンみたいに光が射し、真っすぐに海に当たっているのだ。
下の道を、傘をさして歩いてゆく人がいる。
目には見えないくらいの霧雨が降っているのかも。
白い空を仰ぎながら、ベッドに寝そべり、今日は読書の日と決めた。
自分の本ばかり、まずは『押し入れの虫干し』を読む。
こういうの、もしかすると神戸へ越してきてからはじめてかもしれない。
読みはじめて、すぐに分かった。
そこにはこれまでの自分の好きなものが、ちゃんと息づいて、今とつながっていた。
マイナスになっても、ちゃんとある。
夜ごはんは、混ぜこぜ雑炊(さつま芋のみそ汁の残り、お鍋の残りの野菜、落とし卵)。

●2016年11月5日(土)快晴

ゆうべは、お鍋をして食べた。
台所で私が支度をしている間、中野さんはコルク人形を作っていた。
神社で中野さんが拾った木の実(私が持ち歩いているうちに、実が落ちて枝だけになってしまった)を人形の頭に差したり、顔を描いたり(はじめから浮き出ている模様を活かして)。
できかかったのを棚に置き、真剣な顔で長いことじっとみつめ、何かをつけ加えたりしてらっしゃる。
その穏やかな時間、ゆっくりと薬味を刻み、ごまを煎ってごま味噌だれを作り、野菜や豆腐を切った。
私がお風呂に入っている間に、中野さんはつくね団子を作ってくださった。
そのあと、中野さんもお風呂に入り、風呂上がりの温まった体で鍋をつつき合った。
今まで、鍋ものってそれほどには好きでなかったのだけど、私ははじめて、すごくおいしいと感じた。
今朝は、8時過ぎに起きた。
中野さんはいつものように先に起きていて、私が朝風呂に浸かっていると、コーヒーをいれるいい匂いがしてきた。
私はこのごろ、中野さんと一緒に過ごすことに対し、心が落ち着いてきたような気がする。
よく眠れるようになったし、夢もみる。
1階で中野さんが絵を描かれているときに、私は2階で書き物をして、それは私の個人的な仕事のこともあるし、合作の絵本や、絵から引き出された童話や詩のようなものでもあり……
お腹がすいたらどちらかがごはんを作り、たまに屋上で空や山を眺めながら食べたり、また仕事して、洗濯ものを取り込むついでに屋上へ上ったり、夕方の散歩に出たり。
同じ家にいながらにして、お互いの奥深く自分にもぐることが、無理なくできそうな気がしてきた。
今朝は、中野さんをお見送りがてら坂を下り、お墓猫に挨拶をして、上ってきた。
そして、きのうお送りいただいたMARUUさんの『うさぎのまんが』を、陽の当たるベッドの上で読んだ。
ひと息に読んでしまった。
細かなところまでおもしろく、最初は笑いながら読んでいたのだけど、猫の話のあたりからなんだかぼろぼろと泣けてきて、読み終わったときには、打ちのめされたようになっていた。
体ごとノックをくらったような、運動して汗をかいたような爽やかな読後感と同時に、不思議な興奮が上ってきた。
なんだろう、本のなかに自分と同じ匂いを嗅いだのかな。
そのあとで私は、自分の今まで書いた本を引っ張り出して、読んだ。
『諸国空想料理店 クウクウのごちそう』と『きえもの日記』。
私の過剰なところや、どうしようもないところ。
そういうものを俯瞰して見ることができたような。
これまで自分は、どんなことに困っていて、何についてもがき、何を改めようとこうして神戸までやってきたのか。
  誰かが偽りのない気持ちで描いたものを読むと、鏡のように自分が分かることってあるんだな。
本のなかで、木皿さんの『昨夜のカレー 明日のパン』のことにも少しだけふれてあったので、ごはんを食べながらひさしぶりに、本当にひさしぶりにDVDを見た。
夜ごはんは、冷やご飯(ゆうべ炊いた新米を、昼間のうちにお弁当箱に詰め、ゆかりをふりかけておいた)、目玉焼き(ウスターソース)、ごぼうの煮物(平目の煮つけの汁で煮ておいた)、切り干し大根と小松菜の煮浸し(いつぞやの)、赤かぶ漬け、さつま芋のみそ汁。

●2016年11月4日(金)快晴

今日もまた、よく晴れている。
きのうのトークイベントは、思ってもみないような展開になった。
とても楽しく、心が震えた。
準備として、私はこれまでの日記をさかのぼり、絵本に関係のあるところを抜粋して、プリントアウトしておいた。
去年の6月に「空色画房」にはじめて行った日から、中野さんとメールでやりとりをしながら、どんなふうにして『どもるどだっく』ができていったか。
「僕は、あんまりお話することがないです」と中野さんがおっしゃっていたので、私はそのプリントを、お客さんたちの前で読み上げようかと思っていた。
でも、トークがはじまったら、私はすっかりしどろもどろ。
中野さんは短く挨拶したあと、「空色画房」の展示のころのことなど、当時のご自分の状況(新しい絵が描けなくなっていたのだそう)をひとことだけ話すと、おしゃべりをする代わりに、私が送った手紙を読んでくださった。
それは、絵本作りがはじまる直前のものと、作りかけの途中にお送りした2通。
自分でもすっかり忘れていた手紙の内容に、いろいろなことが蘇り、私はそのときのことを正確に、言葉を選びながら落ち着いて話すことができた。
マイクを使わないので、声が届かないかもしれないと思っていたのだけど、低く、太い声が、お腹から出ていたような気がする。
聞いてくださっているみなさんと、目に見えないやりとりをしている感じがずっとあった。
「空色画房」の夢の絵も、お見せしたりして。
あとは中野さんのリードのもと、『どもるどだっく』の朗読をした。
これまでで、いちばん気持ちよく、そのままの心で読めた。
そうしようと思ってしたわけではないけれど、どもるところは、ちょっとホーミーみたいな感じになった。
最後に、『たべたあい』を中野さんが読んでくださった。
作り声を出したり、おもしろおかしく読んでいるわけではないのに、あちこちでクスクス笑いが起きていた。
さて。
今日もまた、私のリクエストで「空色画房」へ行くことになった。
いただいたお菓子も置きっぱなしだし、中野さんが画材屋さん(この間は閉まっていたそう)へ行きたいそうなので。
画材屋さんでは、私も自分の買い物をした。
つけペンと茶色のインク、絵を描いてやぶると葉書になる小さなスケッチブック。
画材屋さんはとても落ち着く場所なのだけど、この近辺もいちどだけ歩いたことがあるのだけど、なんだか遠い感じのする知らない街だった。
車も人も多く、埃っぽかった。
市場も少し歩き、魚介を売っているお店で買い物をしようと思ったのだけど、大音量で郷ひろみの歌がかかっていて、焼いた頭つきのエビやらにぎり寿司(シャリもネタも大きい)などに、韓国や中国の人たちがむしゃぶりついているのを見たら、なんだか精気を吸い取られるような感じになった。
昔私はアジアへよく旅に出て、そういうのが好きだったんだけどな。
「空色画房」のあるあたりは、川がゆったりと流れ、空が大きく、どれだけ気持ちのいいところだったかよく分かった。
電車を乗り継ぎ、六甲駅へ着いたらホッとした。
ここは静かで、清く、心温かい、なんていいところなんだろう。
買い物をして、6時ごろに帰ってきた。
うちのアパートメントまでの小道の上に、三日月がきのうにも増して光っていた。
夜、母から電話があった。
この間、『たべたあい』を送ったので。
母「なーみちゃん、いやーあんた、すごい本ができたねえ。帯に、原田郁子さんという方が、バクハツ!って書いてあるけども、お母さんもまったくバクハツしそうだっただよ。めくるごとに、もうどきどきしちゃってねえ、この絵描きさんの絵は、ほんとうにすごいねえ。絵に力があるよ、すばらしいねえ。井上先生(近所に住んでいるおばあちゃん友だち)にも読んであげただけど、ふたりしてどきどきしちゃってねえ。図書館にも持っていって、館長さんらとみんなで見たさや。(図書館には)なーみちゃんのコーナーを作ってくれてあるだよ。あんたの本がみんな並んでるだよ。お母さん、うれしいよう。こんどあんたが帰ってきたら、挨拶しに一緒に行きたいだよう」
寝る前らしく、入れ歯をはずしてベッドのなかで話していた。
私が何か応えても、補聴器をはずしているからよく聞こえないらしく、「あー?なに?」と言う。
大きな声でしゃべるだけしゃべって、電話を切った。
夜ごはんは、お鍋(手羽元、つくね、白菜、えのき、菊菜、長ねぎ、絹ごし豆腐、もみじおろし、小ねぎ、スダチ、ポン酢醤油、ごま味噌だれ)、残りのスープでおじや(中野さん作。溶き卵、小さいねぎ)、ビール。

●2016年11月3日(木)快晴

中野さんは画材屋さんへまわってから、「空色画房」へ行くのだそう。
ひと足先に10時ごろ出掛けた。
私は掃除をしたり、洗濯したり、のんびりと支度して12時近くに家を出る。
今日は、「空色画房」のトークイベントの日。
さて、どうなることやら。

●2016年11月2日(水)晴れ

きのうの「空色画房」の搬入は、とても楽しかった。
まず、『どもるどだっく』の原画を藤井さん(私が夢の絵に描いたおかっぱの女性)と一緒に手伝いながら、中野さんが壁に飾った。
次に、中野さんの絵にその場で私がタイトルをつけ、小さな紙に書いて絵の下に貼っていった。
絵は、はじめて見るものと、見たことのあるものが半々くらい。
こんなことをしたら、絵の世界が壊れてしまうのではないかとも思うのだけど、「壊れてもいいんです。やってみましょう」と中野さんはおっしゃる。
それで、実験的にやってみることになった。
一枚一枚の絵の前に立って、なんとなしに浮かび上がってきた言葉のメモをとった。
出てこないのはそのままにしておいて、あちこちふらふらと歩いてはまた眺め、そのうち何かと何かがつながったり、見えないものが見えてきたり、いきなりのジャンプがあったり。
その間、中野さんも藤井さんも、たいしておしゃべりせずに、それぞれのことを黙々とやってらした。
私は無言、あるいはぶつぶつとひとりごとをつぶやいていたかも。
1枚の絵にいくつも案が出てきてしまったものは、紙に書いて貼っておき、最後におふたりに選んでもらった。
2案出ていたのは、「なおみさん、ふたつ題があってもいいんじゃないでしょうか」と中野さんがおっしゃって、「てりふりこぞう(おたまじゃくしはぼくの友だち)」としたり。
6時ごろに終わり、川沿いのカフェで赤ワインとソーセージで乾杯。
そのまま川沿いを散歩して、大通りや繁華街を通って梅田まで歩き、駅の飲食店街にある、古くからあるカウンターだけの小さな飲み屋で、私はハイボール、中野さんはウイスキーのロックとジンライムを呑んだ。
炒り銀杏(お店のお兄さんが熱いからと殻をむいてくれた)、焼きみょうが(かつお節、醤油)、缶ごと温めたオイルサーディンをつまみに。
ここは、中野さんが美大生のころに、先輩に連れられてよく入っていたお店だそう。
丸いカウンターの向こうで、赤いベレー帽をかぶったおしゃれなおじいちゃんがひとりで呑んでいた。
こういうところ、私も大好き。
今日は、朝ごはんを食べ、洗濯ものを部屋干ししてから、てくてく歩いて出掛けた。
遠まわりして六甲駅までゆき、三宮でリュックを買ったり、眼鏡屋さん(中野さんの家族が昔からお世話になっているお店)を教わったり。
モノレールにも乗った。
モノレールからは、きらきら光る海が見えた。
いつもうちの窓から、遥か下の方に見えていた景色のなかを、いま自分が走っている不思議。
「IKEA」のある駅で降り、冬の布団と布団カバーを買った。
「IKEA」は大きな倉庫みたいで、いろいろな色の何種類もの生活用品が何でも揃っていた。
量産品が大量に並んでいるお店は、世知辛いような感じがして私はとても苦手なのだけど、「IKEA」はなんだか違った。
天井がとても高く、広々としていて、どこか知らない国にいるみたい。
ディズニー映画の『モンスターズ・インク』に出てきそうな、夢のあるところ。
キッチンや子ども部屋、リビングなどのモデルルームも、実物大のおもちゃの世界みたいに見えた。
そのなかを中野さんとふたりでゆっくり巡るのは、なんだか不思議なおもしろさだった。
レジを終えたところで食べた100円のホットドッグも、フライドチキンも、すごくおいしかった。
私が子どものころにこんなところへ来たら、夢に迷い込んだみたいな感じになって、学校だとか、家だとか、車が走っている道路とか、ふだん自分がいるところとどう区別をしたらいいか分からなくなってしまっただろう。
帰りは、ちょうど夕陽が沈むころで、モノレールからの景色がもの哀しかった。
いつも窓から見ているのと同じに、埋め立て地のいちばん遠くの方から灯りが灯りはじめているのだった。
帰ったらもう真っ暗で、さっきまでいたところがすみずみまで夜景になっていた。
夜ごはんは、じゃがいものロースティ(「イケヤ」で買ったポーランド産の冷凍品。中野さんだけソーセージ添え)、チーズ(「イケヤ」で買ったスゥエーデン産)、白菜と人参ときゅうりのサラダ、白ワイン(ミュスカデ)。
夜8時ごろ、待ちに待った『たべたあい』の見本がリトルモアから届いた。
すごい迫力の絵、色、大きさ、手触り。

●2016年10月31日(月)晴れのち曇り

朝の6時半。
カーテンだけ開けて、ベッドから半分顔を出し、窓の外を眺めた。
空は洗いたての水色。
朝陽が雲に透け、ところどころ虹色に光っている。
空全体が、1枚の大きな貝を裏返したよう。
しばらくすると、鱗雲の大群がやってきた。
そのうち大群はいくつかに分かれ、鳥の翼となった。
朝陽は雲の後ろで、ゆっくりと昇っている。
今日もまた、新しい一日がはじまる。
せっかく太陽が出ていてもったいないので、パンを練った。
強力粉が少ししかなかったけれど、薄力粉を混ぜて。
正確には強力粉170グラムに、薄力粉280グラム。
発酵させている間に、屋上に洗濯ものを干しにゆき、そのままエレベーターで下りて、管理人のおじいちゃんにヒーターのことを聞きにゆく。
部屋に備えつけの温水ヒーターは、11月の何日かになったら、つまみをひねればつくのだそう。
管「はいー、そうなんですわ。建物全体が、いっぺんに使えるようになるんですわ。そうなったらまた、張り紙でお知らせしますから。ほんでももし、わからんようなことがあれば、いつでもおっしゃってくださいね。お部屋を訪ねてお教えしますから。わたしは素人で、(機械のことは)あんまりわからんのですけど、それでもちょいちょい直したりしますんでね、はいー」
洗濯ものを干しながら、屋上から眺めた山は、ちょっと前よりもずいぶんと黄ばんでいた。
きのうは洗濯ものを干さなかったから、たぶん、おとついよりもだ。
そのうち、曇ってきた。
こういう日は、パンの発酵は2階のベッドの上がいちばん。
座布団を敷いて、その上にのせる。
1階よりも2階の方がだんぜん暖かい。
暖かい空気は軽く、上に上る性質があるんだっけ。
パンを焼きながら、『たべたあい』の献本リストを作って、熊谷さんにお送りした。
お昼ごはんは、焼きたての食パンと、ソーセージのスープ(粗挽きソーセージ、大根、人参、玉ねぎ)。
パンがとてもおいしい。
ずいぶん前、東北の震災があったすぐあとに「クウネル」の文を書いていたころ、強力粉と間違えて薄力粉でパンを練ったことがあった。 そのときに知ったのだ、パンは薄力粉でも焼けるって。
ちょっとフランスパンの生地みたいになって、そっちの方が好きなくらいだった。
さて、手紙を出しにポストまで坂を下りようかな。
けっきょく遠まわり散歩をしながら、酒屋さん(ここがいちばん近くにあるお店)でシードル(最近、キリンの「ハードシードル」というのが気に入っている)を買い、いつものポストに投函し、坂を上って帰ってきた。
小学生の下校時間と重なり、二人連れの女の子が、「みーあげてごらんーよるのーほーしをー」と、ハモリながら歩いていた。
夕方、雑巾がけをしていたら、中野さんから新しい絵の画像が届いた。
手をとめ、じーっと見入る。
夜ごはんは、ハヤシライス(「暮しの手帖」のトークのときに、丸善書店さんでいただいた赤い缶詰の)、白菜と人参の塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)、ゆで卵、さつま芋(中野さんのご実家の畑の。甥っ子が収穫したもの)のオイル焼き。
ハヤシライスもさつま芋も、とってもおいしくて、大満足のごはんだった。
冷やご飯が冷蔵庫にあったので、さつま芋を焼き終わった残りの油で炒めた。これが、バターライスもどきになって、さらによかったみたい。
夜、中野さんの絵に言葉をつけた。
絵から遠いような、近いような気もする、詩なのか歌なのかわからないようなものが出てきたので。
明日は、「空色画房」の搬入で大阪へ行く。今夜は早めに寝よう。
12時に、橋のところで中野さんとお待ち合わせ。

●2016年10月29日(土)

ゆうべ、寝る前に窓を見たら、とっても不思議なことになっていた。
一面灰色で、夜景がまったく見えなかった。
窓を開けたら、雲のなかにいるようだった。
下の道路や電信柱やもみの木まではかろうじて見えるのだけど、その向こうに広がっているはずの街は、ぶ厚い霧に覆われているのか、一点の灯りも見えなかった。
こんなこともあるのだなあと、驚いた。
夜景が見えないのはやっぱり淋しいな、と思いながら本を読んで、10時過ぎに寝た。
今朝は、ゆうべの霧が信じられないほどの快晴。
眩しいのでカーテンをぴっちりと閉め、思いっきり眠って、起きたら10時だった。
とてもよく眠れた。
夢もいろんなのをたくさんみた。
朝ごはんは、さつま芋の炊き込みご飯のおにぎりと、大根の塩もみと、みそ汁。
2階の寝室の机で食べた。
今日もまた、海がきらっきらだ。
風は強いけれど、ちっとも寒くない。
窓をいっぱいに開け放ち、風の音を聞きながら、陽の当たるベッドの上で絵本を続けざまに読んだ。
青空に、半透明のビニール袋がふらふらと舞っている。
糸の切れた凧みたいに。
それをみつけたとき私は、わーっと声を上げ、笑った。
うんとしばらくして外を見ると、街の方にベールのような薄い膜がかかっている。
それが近くにやってきて、手前の空気がふわーっと灰色になり、目をこらさないと分からないくらいの細かな細かな霧雨となった。
すぐ向こうの空は晴れている。
みごとなお天気雨。
どこかで虹が出ているかも。
4時ごろ、急に体を動かしたくなり、図書館へ。
童話を3冊ほど借り、スーパーで買い物。
山からの冷たい風に背中を押されながら坂を下り、神社でお参りし、海からの温かい風に押されながら、坂を上って帰ってきた。
夜ごはんは、平目の煮つけ(ごぼうも一緒に煮た)、小松菜と卵の炒め物、大根と豆腐のみそ汁(青じそ)、さつま芋の炊き込みご飯(ゆうべ、お弁当箱に詰めておいた)。
今夜は早めにベッドに入り、童話を読もう。

●2016年10月28日(金)降ったりやんだりの雨

きのうは、夕ごはんを食べる前にふと思いつき、テレビとデッキをつないで、テレビ画面でもDVDが見られるようにした。
最初は声だけしか聞こえなくて、映像が映らなかったのだけど、「引っ越しノート」に記しておいた配線図(「暮しの手帖」に写真が載ったものです)をよく見直し、コードを差しかえてみたら、ちゃんと見られるようになった。
自分にはできないと思い込んでいたことが、少しずつできるようになって、それがひとつ、ふたつと増えてきたことがとても嬉しい。
今まで、こいうことはぜんぶスイセイにお願いし、やってもらうのが当たり前のように思っていた。
私はずいぶん長いこと、感謝の気持ちをどこかへ忘れてしまっていた。
誰かに何かをお願いし、それを叶えてもらえることは、本当はとても珍く、奇跡に近いことなのかもしれない。
四六時中誰かと一緒にいると、どこかが麻痺してくる。
その人といつまでも一緒にいられると思ったとたん、目に見えないくらいの微妙さで、関係が揺らぎ、こわれはじめる。
ひとりだといつも、ヒリヒリするような心もとなさと隣り合わせだから、誰かと一緒にいられる時間をとても大切に思う。
ひとり暮らしをしながら、私は改めて、そういう勉強をしているような気がする。
私は双子病。
お母さんのお腹のなかにいるときから、ずーっと、いつも誰かと一緒だったから、そういうことが分からなかった。
そのうち、ひとりでいても世界がいきいきと楽しく、濃い時間に感じられるようになれたらいいなあ。
そんなわけで、きのうは夕飯を食べながら、ひさしぶりに「楽しいムーミン一家」を見た。
風呂上がりにも続きを見て、寝た。
今朝は、明け方に新しい絵本のフレーズが上ってきたので、「ひらめきノート」にメモをした。
8時半に起き、朝風呂、朝ごはん。
このごろ、ペットボトルのお醤油は、2日にいちどふたを開けてガス抜きし、15回ずつ振っている。
ずいぶん肌寒くなってきたので、なんとなしに冬支度。
ヒーターがいつでも使えるように、上に並べていた飾り物(森から拾ってきた枝葉や、虫など)を移動したり、絨毯を敷いたり、冬用の座布団カバーに取り替えたり。
温湯ヒーターの使い方を教わろうと思い、1階に下りたのだけど、管理人のおじいちゃんの部屋はカーテンが閉まっていて、今日はお休みのようだった。
まだそれほどには寒くないから、またこんど教わろう。
2階にパソコンを持ち込み、日記を書いたり、思いついたことをメモしたり。
今日の海は、灰色に水色が混じった色。
空は、灰色のグラデーションに、ほんのりとした黄色のスジが見える。
あとで、「空色画房」の夢の絵の続きを描こうかな。
夜ごはんは、丹波の黒枝豆の白和え(白ごま、ごまペースト、白みそ、きび砂糖)、メンチカツもどき(ハンバーグの残り1/2個にパン粉の衣をつけ、フライパンでじわじわと焼いた。大成功のおいしさ)、マッシュポテトのポテトサラダ(マッシュポテトの残りに玉ねぎドレッシング、マヨネーズ、ねり辛し、塩もみにんじんを混ぜた)、豆苗(3回目の水栽培で生えてきたもの)の水塩炒め、大根と青じそのみそ汁、さつま芋(中野さんのご実家の畑の)の炊き込みご飯。
さつま芋ご飯がとてもおいしくできた。黄色く透き通ったさつま芋が、甘くて、おいしくて、食べ過ぎました。

●2016年10月26日(水)曇り一時晴れ、天気雨、虹

きのうは、お弁当を持って遠足に行った。
天王山の中腹にある、古い洋館の大山崎山荘美術館。
中野さんが保育士をされていたころ、子どもたちを連れてよく天王山へ登っていたんだそう。
モネの睡蓮の絵が何枚も飾ってある部屋で、「じっと見ていると、おもしろいですよ」と中野さんに教わった。
しばらくじーっと見ていたら、絵のあちこちに、いろんなものが見えてきた。
池の向こうの森へと続く道、その奥の茂みの暗がり、池の水面にはライオンの顔。
中野さんは、じっと見ていると、色のひとつひとつが粒子の集まりのように見えるのだそう。
雨が降ったりやんだりのお天気だったけど、いい遠足だった。
今朝は、洗濯をして、朝ごはん。
いまは「空色画房」の絵を描いている。
これは、去年の6月だったかに、大阪の「空色画房」に行った夜にみた夢の絵。
そこではじめて中野さんの絵を見て、ひとりでは『どもるどだっく』の絵本を作れないけれど、この人の絵の力を借りれば、できるかもしれないと思った場所。
大きな窓があり、窓いっぱいに川が見える、とても気持ちのいい画廊だった。
夢のなかの「空色画房」は三角形になっていて、奥のとがったところでおかっぱの女の人(画廊で会った方)が背中を向け、カードのようなものにスタンプを押していた。
壁にはたくさんの絵が飾られ、三角形の片側(実際とは反対側)の壁には、天井まで切り取ったような大きな縦長の窓(ガラスははまっていない)があった。
窓の遥か下の方には幅の広い川が横たわり、青いような黄緑のような透き通った水が、向こうから手前にどーどーと流れていた。
岸辺では、子どもたちが水浴びをして遊んでいた。
ひとりは麦わら帽子をかぶっていて、赤と白だったか、赤と水色だったかの縞模様の半袖シャツを着ている。
水のかけ合いっこをして、はしゃいでいる声。
何かを叫び合いながら、笑いさざめいているきらきらとした明るい声。水しぶき。
そんなのが、水音に混じって上まで上ってくる。
子どもたちは川の中には入っていなかったから、夏ではなかったんだろうな。
窓のこちら側に立って、私ともうひとりの誰かが下を覗き見ている。
そんな夢。
最初はひとりで描いていたのだけど、川の絵がどうしてもうまくできなくて、中野さんに手伝っていただいた。
中野さんは黄緑と水色のパステルを順に塗り、その上から肌色を塗り重ねて指でこすり、白いクレヨンを上から塗った。
そして、水で濡らした筆で上から下になでたら、本当に川が流れているようになった。
夢をみた日には、まさかこんなふうにして、中野さんの隣で絵を描いているなんて思っていなかった。
でも、私のなかのなみちゃんには、こうなることがわかっていたような気がする。
お昼ごはんは、チャーハン弁当(中野さん作)を屋上で食べた。
3時ごろ、お天気雨が降ってきた。
窓から覗くと、東の空に虹が出ていた。
夜ごはんは、中野さんをお見送りがてら、新開地の飲み屋で。
マグロの中落ち、マグロほほ肉のポン酢和え、納豆の磯辺揚げ、野菜の天ぷら(茄子、れんこん、青じそ、さつま芋、椎茸)、おでん(大根、じゃがいも、さつま揚げ、牛スジ)、ビール、日本酒。
11月3日(木)から26日(土)まで(木、金、土のみ)、大阪の「空色画房」で、『どもるどだっく』の原画展を開くことになりました。

●2016年10月24日(月)快晴

今朝の陽の出は、控えめなきれいさだった。
オレンジ色がひとすじだけ、まっすぐに伸びていた。
カーテンを開けてそれを確かめ、しばらく目をつぶっていたのだけど、東の森(猫の形をした木々の集まり)から太陽が顔を出したので、もう起きてしまう。
カーテンをいっぱいに開け、眩しい光を部屋に入れた。
満月の女の子の絵にも、黄色い光が当たっている。
この絵を中野さんが描いてくださったのは、去年の7月31日(サインがある)。
あのころにはずいぶん痩せっぴいだった女の子(なみちゃん)は、今では私の体のなかに入り、背骨のようなものになってくれている気がする。
私はこのごろ、神戸へやってきてよかったのだと、心の底から思えるようになった。
朝風呂に浸かり、朝ごはんを食べ、あちこち掃除した。
流しのところで包丁を研ぎながら、窓を見て驚いた。
今朝の海は、ことのほかきらきらしている。
街や建物もくっきりと、近くに見える。
道路を走っている車もちゃんと見えるし、歩いている人まで見えそう。
空気が澄んでいるのだ。
これから加奈子ちゃん(神戸在住の編集者)と中野さんがいらっしゃって、3冊目の絵本『ほんとだもん』の打ち合わせ。
今日は中野さんのお誕生日でもあるので、リクエストにお応えしてハンバーグをこしらえる予定。
夜ごはんは、白菜と生ハムのサラダ(玉ねぎドレッシング)、きのこスープのパイかぶせ(玉ねぎ、黒なまこ茸、舞茸、生クリーム、パイシート)、ハンバーグ(マッシュポテト添え)、白いご飯(中野さんのご実家で採れた新米で)、カヴァ、赤ワイン。
スープのパイはふっくらと香ばしく膨らんで、とてもうまくいった。
ハンバーグを『料理=高山なおみ』のレシピを見ながら真面目に作ったのだけど、片面を焼きすぎて、笑ってしまうくらいに焦がしてしまった。おもしろかったので、写真を撮った。

●2016年10月17日(月)雨のち晴れ

ゆうべは、雨が降っていた。
雨の音を聞きたくて、窓を少しだけ開けて寝た。
朝方、強くなったので、窓を閉めた。
柱時計が4つ鳴って、その次に6つ鳴ったので、もう起きてしまう。
天気予報でも雨だと言っていたし、このまま降り続くのかな。タクシーに乗るときに、傘がいるなあ……などと思っていた。
そしたら、そのうちにやんで、薄陽がさしてきた。
ゴミを出しにゆき、森へは行かずに戻ってきて、エレベーターついでに屋上へ上って、ハンガーをとりにいった(きのう、物干竿にかけたまま忘れていたので)。
屋上は青空がいっぱいに広がっている。
海の向こうに見える紀伊半島(積水ハウスのカメラマンさんに教わった)の山が、蒼い山脈のようになっている。
洗濯されたみたいな空に、真っ白な雲。
旅の空だ。
柵の手前に、カラスの羽根が1本だけ落ちてきたので、もらってきた。
さて、これからあちこち掃除機をかけたら、タクシーを呼んで、東京へ出掛けます。
中野さんの展覧会を見にいくのが主な目的で、「アンドプレミアム」の小さな取材、『たべたあい』の帯文の確認や、イベントの打ち合わせなど。
18日は、ちよじの家に行って、くんじと遊ぶのもとても楽しみ。
その日はたっぷり遊んで、一緒に中野さんのライブペイントを見にゆく。
川原さんにも会えることになった。
夜は、マキちゃんの部屋に泊めてもらえる。
あの、空がでっかく見える、5階の部屋。
一泊目はふたりで寝て、二泊目からはマキちゃんが実家へ帰るので、私ひとりで泊めてもらえる。
「ホテルみたいに、バスタオルとか歯磨き粉とかも使ってくださいねー」と言われている。
本当に、助かります。

●2016年10月15日(土)快晴

いいお天気だこと。
今朝は、太陽が当たっている海のキラキラの幅が大きかった。
屋上へ洗濯ものを干しにいったら、少し歩きたくなって、そのままエレベーターで1階まで下りた。
森の入り口までのつもりが、あまりによく晴れ渡り、山も光っていたので、中まで入ってみることにした。
サンダルばきだけど、行けるところまで行ってみようと思って。
森のなかは、木漏れ日が射していて、落花生みたいな匂いがしていた。
湿った土っぽいんではなく、乾いた匂い。
ぼんやりと明るい空気。
歩いても、歩いても、怖い感じがちっともしない。
枝を1本拾って、蜘蛛の巣を払いながら、ゆっくりゆっくり、郁子ちゃんに教わったときのことを思い出し、歌いながら歩いた。
気づいたら、泉(ずっと泉と呼んでいるけども、小さな滝壺のことです)を通り越し、斜面を伝う清流のところまで上っていた。
泉に下りるところの斜面の雰囲気が、いつもと変わっていて、気づかなかったみたい。
そこにはビーバーが枝を集めて作ったようなダムがあり、きれいな水がたまっていた。
こういうののことを、何と呼ぶのかな。きれいな水がたまっているところは、何でも泉と呼びたいのだけど。
小さな泉の水は、斜面の岩を伝って下に流れ落ちている。
またいで渡り、向こうの岩に腰掛けた。
枝葉の間から陽が射し込み、水面の照り返しが顔に当たって、そこだけ熱い。
泉の水は、足をひたすと氷みたいに冷たかった。
アメンボウが何匹か、スーイスーイ。
ときおりそれぞれが近寄っては、くっつきすぎるとびっくりしたように、スイッと離れる。
鳥が鳴いている。
しばらくぼおっとしていた。
背中の方で、何かが落ちてきた音がして、びくっとなった。
たぶん、どんぐりの丸い大きな実だろうけれど、石が落ちみたいに大きな音だった。
それを合図に立ち上がり、また、下りてきた。
私は今日、はじめてひとりで森へ入ることができた。
そういえば、森だ、森だとずっと言っているけれども、これだって林だろうな。
林というか、正しくは山林と呼ぶのだろう。
でも、森の方が響きがいいから、これからもそう呼ぶことにする。

しばらくの間、なんとなしに落ち着かず、日記が書けなかったけれど、いろいろなことがありました。
まず、東京の編集者さんと新しい本を作ることになった。
連載ではなく、書き下ろし。
これから少しずつ、書きためてゆこうと思う。
これは、たべものにまつわるエッセイの本なので、「たべもの作文」と呼ぶことにしよう。
次の日には、積水ハウスのブログの取材の方たちが、東京からいらした。
12時から撮影がはじまって、夕暮れの時刻まで、たくさん写真を撮っていってくださった。
長時間の取材だったけど、とても気持ちのいい方たちのチームだったので、私はリラックスしてやれた。
そして、その次の日だったか、急に思い立ってプロジェクターを2階の寝室に持ち込み、セットした。
パソコンにつなぐのも、自分でいろいろ調べ、ああでもないこうでもないとやっているうちに、ちゃんと見られるようになった。
おとついは、グールドの『バッハ・コレクション』と、ユーリ・ノルシュテインのアニメーション『霧につつまれたハリネズミ』と『狐と兎』と『話の話』。
寝る前には『やかまし村のこどもたち』も見た。
ゆうべは、『ハル、孤独の島』。
「高山ふとんシネマ」ならぬ「高山ベッドシネマ」だ。
きのうは、靴の修理の受け取りにいくついでに、図書館へも行った。
吉祥寺の図書館では、絵本のタイトル名がアイウエオ順だったけど、出版社ごとのアイウエオ順に並んでいる。
なので、「あかね書房」の棚から順番に、おもしろそうな絵本を選んで借りることにした。
ひとりの暮らしが、少しずつ豊かになってきている。
夜ごはんは、めちゃくちゃチャーハン(ふりかけのおにぎり、さつま揚げ、小松菜、天かす)、茄子のオイル焼き。
テレビを見ながらごはんを食べようとしたのだけど、つかない。
どうやらチューナーの様子がおかしいみたい。
私がDVDばかり見ていたから、やきもちを焼いたのだろうか。
『とと姉ちゃん』も終わってしまったし、テレビがなくても、まあよしとしようか。

●2016年10月10日(月)快晴

今朝の朝焼けは、空がまっぷたつに分かれていた。
上がオレンジで、下が白。
とても強い風が吹いていて、窓を開けたら、とても寒かった。
今年はじめての寒さ。
冬のはじまりのような寒さ。
カーテンを閉めて目をつぶっていたのだけど、だんだんに明るく、目の中が白っぽくなってきたので起きてしまう。
太陽が昇ったら、気温も上がってきた。
細かなところまでくっきりとした鱗雲。
窓の端から端まで。
青い空に、太った白蛇が横たわっているよう。
こんなにすごい空、見ないともったいない。
コーヒーをいれて、急いで戻ってきて、ベッドの上で飲んだ。洋梨もむいた。 太陽に当たりながら、『きりのなかの はりねずみ』の絵本を読んだ。
子どものころ、陽に当たりながら、こんなふうに絵本をよく読んでいた。
好きなページを開き、うっとりと匂いをかいで、浸っていた。
今はもうお母さんに怒られることもないし、朝ごはんを待っている人もいないから、いくらでもそれができる。
続いて、きのう図書館で借りてきた『マーシャと白い鳥』を読み、朱実ちゃんの『ヤマネコ毛布』を読んだ。
パソコンを取りに下り、ベッドの上で「おいしい本」を書きはじめた。
あっという間に10時を過ぎ、朝風呂に入って、朝ごはん。
今朝は、ペットボトルのお醤油を混ぜるのが遅くなってしまった。
海の色がやけに青い。
風が強いからだろうか。
この間から私は、パソコンを2階に持ち込んで、空や海を眺めながら仕事をするようになった。
今日やったのは、あさってのインタビュー(積水ハウスの)で言いたいことをまとめるのと、アノニマから頼まれていた、おすすめ本5冊のコメント書き。
明日は、11時くらいに編集者さんが東京から打ち合わせにいらっしゃるので、今日のうちに掃除しておこう。
今は夕方の5時前、まだまだ海が青い。
夜ごはんは、冷麺(ワカメ、青じそ、トマト、キムチ)、餃子(いつぞや作って冷凍していたのを焼いた)。

●2016年10月7日(金)快晴

今朝もまた、晴れ渡っている。
朝早くから、太陽が当たっているところの海が、白く光っている。
キッチンに下りたら、いのいちばんに手作り醤油のペットボトルのふたを開け、ガスを抜いて、よく振った。
日課があるってすばらしい。
『とと姉ちゃん』は終わってしまったけれど、これからはこれを朝のお楽しみとしよう。
プラスチック包装のゴミを出しに行き、森の入り口まで散歩した。
紫や瑠璃色に色づいている野ぶどうをひと枝いただく。今日は、赤澤さんがいらっしゃるから。
洗濯ものを屋上に干し、あちこち掃除した。
11時ごろにメールが届いた。
赤澤さんは、そろそろ六甲駅に着くのだそう。
新幹線でいらっしゃるのかと思ったら、河原町から阪急電車に乗ってくるのだそう。しかも、駅から歩いてくるらしい。
さすがは赤澤さん。
きっと、自分の足で歩いて確かめないと、何も分からないからだ。
編集者魂だ。
料理本作りをはじめられるかどうか、いやいや、まだそれ以前のぼんやりとした感じなのだけど、ここ最近、ようやく心が落ち着いてきて、絵本以外の何かをはじめたいような気持ちになってきたので、「遊びにきませんか?」とメールをしたのです。
前々からのお約束だったし。
そしたら、赤澤さんが大阪と京都にいらっしゃる日とたまたま重なった。
それで旅程を1日延長し、まずは、私がどんなところでどんなふうに暮らしているか、覗きにきてくださることになった。
家庭訪問みたいな感じで、ちょっとどきどきする。
私は、そのままを見せようと思う。
いらしたら、屋上でビールでも飲もう。
パンも練って、ただいま発酵中。
さて……
玄関の網戸を勝手に開け(ハワイの民家ではよくあること)、赤澤さんがうちに入ってきた第一声は、「おつかれさまでーす。ーーここから先は、靴をぬいで廊下を歩きながらおっしゃったことーーもう、高山さん、言ってくださいよー。なんだよー、もう。すごいなあ、坂、坂、あの坂を、上らなきゃならないなんて。あんなに急だとは、誰も思わないですよー。いくらなんでも、あんな急な坂。もう、メールで教えてくださいよー。上るのはちょっとたいへんですよとか、急ですからタクシーの方がいいかもしれません、とか。私は何度も立ち止まって、休みながら来ましたよ。何度休んだか分かりませんよ。タクシーで来ればよかったって、何度も悔やみましたよー」
しかも私は、ワインやらトマト、ソーセージなど、買い物を頼んだのだ。赤澤さんは茄子、しいたけ、モッツァレラチーズも追加してくださった。
両肩には旅の荷物、右手にはずっしりと重い、スーパーの買い物袋。
私はのっけから大笑い。
笑いながら、赤澤さんの下町のまぶしい太陽みたいな、吉祥寺の家に入ってきたときとまったく変わらない、ざっくばらんな感じがたまらなく懐かしく、涙が出る。
私の方では、赤澤さんのことだから、ふだん私がやっているままを、あえて試してみようという意気込みなのかと思っていた。
それにバスで途中まで来れば、その先の坂は距離が短いし、ぜんぜんたいしたことないと思っていた。
長野くん(「暮しの手帖」の引っ越し記事の写真を撮ってくださった)と赤澤さんはよく一緒に仕事をしてらっしゃるから、坂の話も、私がいつも買い物をしているスーパーの話も聞いているんじゃないかと思って。
そしたら赤澤さんは、わざと何も聞かないようにしていたのだそう。
「暮しの手帖」も、まったく読んでないのだそう。
あ「だって、この目で見るまでは、何にも入れたくないじゃないですか。ちゃーんとこの目で、体で、確かめないとですよ、高山さん」
私「アハハハ、じゃあほんとに、体でちゃんと確かめられたじゃないですか」
あ「そうですけどー」
赤澤さんは玄関を入ってすぐ、とても安心したのだそう。私の匂いが溢れ出ていたから。
そして、「吉祥寺の家とぜんぜん変わってないですよ。見た目とか広さとかは違うけど、空気が同じです。台所もほとんど変わってないです」とおっしゃっていた。
そうか、そうなのか。
パンを焼きながら、ふたりでキッチンに立ち、ちゃちゃっと料理した。
私が作ったのは、じゃがいもとにんにくの鍋蒸し焼き(これは中野さんに教わった。ル・クルーゼの鍋のおまけのレシピに書いてあったのだそう。鍋のふたについた蒸気は落とさないのがコツなのに、私はがさつだから何度か落としてしまった。ホクホクでおいしかったけど、時間をかけすぎたせいもあり、じゃがいもの皮にしわがよった。とちゅうで加えた椎茸はもんくなしにおいしかった)、トマトとモッツァレラのカプネーゼ(赤澤さん作・柚子こしょう&ごま油)、トマト、モッツァレラ、椎茸のオーブン焼き(私のアイデアで、赤澤さん作。パルミジャーノのおろしたのがあったので、かけて焼いてみた)、焼きたて食パン(バターとオイルサーディンをのせて食べた)、カヴァ、ビール。
屋上へも上って、呑んだ。
あ「高山さん、すごいですねえ。この空、この山。やばいですよーこの陽差し。サングラスをしないと白内障になりますよ」
私「うん。下りて持ってくる。ビールも持ってこようか」
あ「はい、持ってきてください。とにかく高山さんは、もう我慢しないでください。なんでもやりたいことを、ずんずんやってください。そして、私たちに見せてください。暮らしでも、料理でも、食べたものでも、何を思ったかでも、森のことでも、坂道のことでも、どんなことでも何でも記録しておいてください。書いてください。それが、そのまま高山さんの料理になるんですから。本になるんですから。こういうこと、ホントは私は言いたくないですけど、高山さんは有名人なんですよー。みんな、待ってるんですから……ていうかー、私が読みたいんです。書いてください。もうー、高山さん」
私はよく笑い、汗みたいに涙が出た。
ありがたくて、楽しくて、時間だけがどんどん過ぎていった。
帰り際におっしゃったこと。
あ「ひとつだけお願いしていいですか? 高山さん、体だけは気をつけてくださいよ。ごはんをちゃんと食べてください」
私「ごはん、いつも作ってるし、ちゃんと食べてるもん」
あ「アハハハ、そうですよねえ」
赤澤さんは、これから大阪の飲み屋へ寄って、今夜のうちに鎌倉へ帰るのだという。
東京からいらっしゃる編集者さんは、ふつう新幹線で新神戸までぱーっと来て、タクシーで坂を上って、下り、また新神戸から新幹線でぱーっと帰るのが当たり前なのに。
赤澤さんは行きも帰りも阪急電鉄だ。
4時過ぎ、男坂の方をふたりで下って、いつもの神社でお参りし、六甲駅へ向かった。
駅の近くのチケット屋さんで、赤澤さんは梅田までの切符を買った。
ここで買うと、半額になるんだそう(これまで私は、この店は何なんだろうとずっと思っていた。これからは私も真似しよう)。
あ「高山さん、suicaなんか使ってたらだめですよ。関西はいいですよねえ、こういう店がふつうにあるんですよ。大好きですよ、助かりますよーほんとうに」
ギャラリー「MORIS」をちらっと覗いて、今日子ちゃんとヒロミさんに赤澤さんをご紹介し、「六珈」さんでアイスコーヒーとおいしいホットサンドを食べ、八幡さまにお参りして、改札までお見送りした。
私は泣かないよう、お腹に力を入れてがまんした。
別れてから、ティッシュペーパーやら、洗剤やら、強力粉やら、重たいものをわざわざいろいろ買って、タクシーに乗った。
3000円のタクシー券が当たる抽選の紙を、運転手さんに渡さないといけないので。
締め切りが10月10日までなので。
帰ってきたら、中野さんから絵が届いていた。
またしても、絵本には収まらないような、私ひとりで見ているのがもったいないような、凄い絵だった。
中野さんは、10月12日(水)から10月19日(水)まで、東京で展覧会(銀座の「枝香庵」にて)を開きます。
みなさん、よろしかったら、観にいってください。
夜ごはんは、じゃがいもの鍋蒸し焼きの残り、にんじんとキャベツの塩もみ(明日の朝ごはん用に作りながら、つまんだ)。スーパーで秋刀魚の唐揚げを買ったのだけど、お米も磨いでおいたのだけど、そういえば、昼間からずっと食べっ放しでお腹がいっぱいだったので。
磨いだお米は冷蔵庫に入れておいた。

●2016年10月6日(木)快晴

7時半に起きた。
ひさしぶりの晴天。
真っ青な空に、クジラみたいな大きな雲が光っている。 
海もきらっきらしている。
ペットボトルの醤油のガスを抜き、よく振って、朝風呂。
窓枠に布団を干した。
あんまりすごいので、写真を撮った。
こういう日は、気持ちもカラッと晴れ渡る。
洗濯機を回しながら朝ごはんを食べ、「おいしい本」と「気ぬけごはん」の校正。
屋上に立ち、ぐるっとゆっくりまわりながら、山と海、空を眺めた。
本当にすばらしいお天気だ。
洗濯ものもはためいている。
さっき、『帰ってきた日々ごはん2』が100冊届いた。
2階の部屋で、窓の方へ机を向け、海が眺められるようにしながらサインした。
感謝の心を入れて。
この本が、この海の上を羽ばたいて、みなさんのところへ届くように。
とてもいい気持ち。
そのうち日が落ちてきた。
慌ててやるのはもったいないなあ。
今、中野さんからもの凄い絵が送られてきた。
絵本や物語には、到底収まらない絵。
どうしよう。ビールを飲んじゃおか。

●2016年10月5日(水)静かな雨

『帰ってきた 日々ごはん2』のサイン用の本が届く日かと思って、8時に前に起きた。
メールを確認したら、届くのは明日とのこと。
なので今日は、お醤油キッドでペットボトルに醤油を仕込んだ。
これは、きさらちゃんから教わった。
去年仕込んだという、きさらちゃんのお醤油を味見させてもらったら、ものすごくおいしかったので、私も今年注文してみた。
このキッドは青ヶ島制塩事務所というところで作っているそうです。
「ひんぎゃの塩」で作った水塩と、「醤油用大豆麹(小麦入り)」を混ぜて、あとは発酵のガスをぬくために1週間ほど毎日ペットボトルのフタをあけ、よく振って混ぜる。
そのあとガスをぬく回数は、だんだん減らしてゆけばいいらしい。とにかくよく振って混ぜること。
「ペットボトルの醤油は仕込んだ日から9ヶ月以上かけて発酵分解・熟成します。仕込んだ『もろみ』は、出来上がるまでしっかり振り、美味しい醤油に育てます」と書いてある。
大豆麹(茶色と緑を混ぜたような色の、いい匂いのするものだった)を、漏斗と菜箸を使ってこぼさないようペットボトルにちょっとずつ入るのも、なんだか楽しかった。
こういうのは、楽しい手間だ。
そのあと、ベッドで泯さんの本を読んでいたら、またたまらない眠気がやってきて、ぐーっと深く眠った。短い時間だったけど。
泯さんの本を読んでいると、どういうわけかいつもそうなる。
眠りながら、体に言葉をしみ込ませているような感じなのかな。
このことは「おいしい本」に書き加えよう。
目覚めてすぐ、また本の続きを読んだ。
読んでいるとき、大きな風が吹いていた。
大気やら水滴やら、私の体のなかの何やらが、出たり、入ったりしている。
しばらく日記を書けなかったけれど、郁子ちゃんが帰ってからは、ブログ上(「積水ハウス」の)で取材をしてくださる方々が東京からいらっしゃり、打ち合わせをした。
その次の日には、中野さんがいらした。
次の日に、加奈子ちゃんと3冊目の絵本の打ち合わせをし、泯さんのダンスを見に京都へ行き、そしたら横断歩道のところで偶然お絹さんと村上さん(中野さんの古くからのお友だち)に会うことができ、その次の日には別々に京都へ行って、中野さんは筒井くんと打ち合わせ、私は平安神宮の近くの本屋さんで「メリーゴーランド」の潤ちゃんとトークイベント。
次の日には、つよしゆうこさん(中野さんのお友だちの絵本作家)の展覧会を見に行って、3人で焼き肉を食べた。
あちこち出掛けた次の日は、朝からとても静かな雨が降っていて、私は書きたいことが上ってきたので「クウネル」のコラム書き、中野さんはずっと絵を描いていらした。
そんな日々だった。
夜ごはんは、カレーライス(冷凍しておいたビーフカレー)。
お風呂に入って2階に上ると、夜景のきらびやかさにいつもハッとする。
心が鎮まる、寝るまでのこの時間……大好きだ。

●2016年9月28日(水)晴れ

きのうのお昼ごろ、郁子ちゃんが遊びにきた。
広島でライブがあったそうで、帰りに寄ってくれた。
うちに入ったとたん、わーっと声を上げて、窓辺にはりつき景色を眺めていた。
2階に上ったきり、なかなか下りてこないから見にゆくと、郁子ちゃんはまた窓辺にいて、柵に寄りかかり景色をじーっと見ていた。
振り向いた郁子ちゃんは泣いていた。
この部屋に入ったら、あんまり空気が澄んでいて、勝手に涙が出てきたんだそう。
そして、海と空と山に向かって、そっとお参りしてくれたんだそう。
「高山さんをよろしくおねがいします」と。
私もちょっともらい泣き。
ずいぶん前に、吉祥寺の家へ遊びにきたときにも、私が台所で料理している間、郁子ちゃんがどこかに見えなくなって、探しまわったら私の仕事場のベランダの柵のところに腰掛けていた。
公園の木が集まっているところ(あのころは、森と呼んでいたっけ)を眺め、足をぶらぶらさせながら、鼻歌をうたっていた。星の王子さまみたいに。
郁子ちゃんとおしゃべりしながら屋上でビールを飲んだり、洗濯ものを干したり。
空を見たり、山を見たり。
そのあと、森にも入った。
私も郁子ちゃんも、同時くらいに「失礼します」と森に声をかけてから入った。
私が先に立って、蜘蛛の巣を払いながら、前へ進んだ。
ビールを飲んでいたからほろ酔いで、そんなんで森に入ってもいいのかどうか少しだけ心配だったけど、中に入ったら大丈夫だということがすぐに分かった。
森は、シミズタ&ケイスケと入ったときとはまた様変わりしていた。
あのときはなんとなく、怖いような、人を寄せつけないような感じがしていたのだけど、きのうは迎え入れられている感じがした。
森が、うれしそうにしているみたいな感じ。
森という体を揺らしているみたいな。
森は、畏れ多くて怖いときもあるし、誰か人が入ったせいで空気が荒らされて、怖いような感じがするときもある。
シミズタたちのときは、木が倒れていたり、道ができていたりしていて、荒らされている感じがあった。
郁子ちゃんと入った森は、緑がいきいきとみずみずしく、きれいな水みたいな声で鳥が鳴き、きのこもあちこちにはえていた。
泉までの斜面も、やすやすと降りられた。
靴をぬいで泉に入った。
はじめて入った。
い「入っちゃおうか」
私「うん。入ろう」
いつもは、神聖な感じがして、中に入るなんて思いつきもしなかったのだけど、「いいですよ」と言われているような感じがしたから。
郁子ちゃんは泉のところで歌ってくれた。歌というより、声を出した。
声の音楽。
郁子ちゃんの声は、とてもよく響いていた。
私も真似をしてみた。
最初はうまくいかなかったけど、教わっているうちに、うまくできるようになった。
い「高山さん、自分の体を笛みたいに思ってね、声を出してみて、響かせるみたいに。うん、そうそう。できてるできてる」
郁子ちゃんが先に歌って、ひと呼吸おき、そのあと私も同じフレーズを歌った。
帰り道でも歌った。
なんだか、離れたところにいる動物同士が、声を響かせ応え合っているみたいな感じだった。
そのあとは、六甲道の駅まで散歩したり、私がいつもお参りしている神社へ案内したり。
夜もまた屋上に上って、夜景を眺めながらワインを飲み、いろいろな話をいっぱいした。
今朝は、『とと姉ちゃん』を見たいから私は8時に起きたのだけど、郁子ちゃんはぐっすり眠っているようだった。
きっと、ライブで使い果たしたんだろうなと思って、私はそっとしておいた。
郁子ちゃんが起きてきたら、ゆうべの続きみたいに、またいろいろな話。
沈黙の時間も含め、郁子ちゃんと話していると、なんか、テレパシーみたいな感じになる。
言葉で説明しなくても、大事なことを伝え合える。
そのことを思い出した。
今日はとても暑くて、夏が戻ってきたみたいだった。
また洗濯ものを干して、森ではなく、こんどはハイキングコースの山へ上ったり。
少しずつ少しずつ夕暮れに染まってゆく空と、夕陽の照り返しで白く光る船や海を眺めながら、屋上でビールを2缶ずつ飲んで、柿ピーをつまみ……暗くなるまでそこにいて、さっき、郁子ちゃんはタクシーで帰っていった。
私はこのところなんとなしに元気がなく、心のおき場所が定まっていなかった。
でも、郁子ちゃんが来てくれたおかげで、また、動き出したような気がする。

●2016年9月25日(日)晴れ

明け方に目が覚めて、カーテンを開けたら、太陽が上りはじめたところだった。
トイレに下り、もういちど寝ようと思ったのだけど、あんまり空がきれいなので起き上がり、壁に枕を当てずっと見ていた。
カーテンをいっぱいに引き、窓も開ける。
空は茜色とクリーム色、空色のだんだら。海の向こうの山はまだ黒々としている。
木の葉に透けて、オレンジ色の大きな玉が見える。
まわりも強いオレンジの光。
しばらくすると、まん丸でまばゆい太陽が、木の上から顔を出した。
太陽の色は白いようにも、青白いようにも、緑がかっているようにも、真珠色のようにも、金色のようにも見えるけど、どの色にも当てはまらないような、ただただとても眩しい色。
輪郭がじりじりぶるぶる震えている。
あんまり眩しいので、下にサングラスを取りに行って、かけて見た。
それでも眩しく、すぐに見ていられなくなった。
目は別のところを見る。
太陽の光が当たっている肌のところが熱い。
私はそのまま、太陽に身をさらしていた。じーんじーん。
太陽は公平だなあ……と思いながら。
ベッドに寝そべると、そのうち雲が光り出し、大きな鳥の翼のようになった。
ほわほわした羽毛が、絵の具を歯ブラシにつけ、たたいて絵を描いたみたいに、白く光っている。
もう、起きてしまおう。
気分がいいので粉を練り、パンを焼いた。
水の代わりにヨーグルトで練るフォカッチャの生地は、いつもは丸く焼くのだけど、型に入れて食パンみたいにして焼いた。
10時に朝ごはん。
このパン、濃厚でとてもおいしいぞ。
今日もまた、物語の続きを書く。
誰にも頼まれていないのに。
きのうは、生命保険の方がうちに来てくださり、いろいろと話を聞いた。
今入っている保険が、どういう内容なのかほとんど知らなかったので。
担当の方は私より若い女の人なのだけど、説明する声がゆったりとしていて、小さな質問にもいちいち立ち止まって答えてくださり、とても分かりやすかった。
今までのままでいくと、来年にはぐんと支払い額が上がってしまうので、この機会にもっとシンプルなものに変えようと思う。
「暮しの手帖」が届いていたので、母に送ろうとポストの道まで下りた。
柵の向こうに落ちている赤い実や、色づきはじめた落ち葉を拾っているうちに、もっと歩きたくなった。
コンビニで電話代を支払い、はじめて通る道を歩いて、八幡さまでお参りをして、お気に入りの喫茶店へも行った。
ミルクティーを飲みながら、お店にある絵本を3冊ゆっくりと読んだ。2時間近くいただろうか。
いつものスーパーで赤ワインとハムとヨーグルトを買ってバスに乗り、坂を上って帰ってきた。
きのうの坂道は、おとついよりもうんと楽にスイスイと上れた。
おとついは、「なんだーさか、こんなーさか、なんだーさか、こんなーさか」と歌いながら、休み休み上ったもの。
夜ごはんは、スープ(玉ねぎ、ソーセージ、キャベツ)、自家製パン。

●2016年9月23日(金)曇り一時晴れ

どんよりした空。
でも、ときおり太陽が顔を出す。
このところ細々と洗濯しては、2階の部屋に干している。
きのうのうちに、「おいしい本」が書き上がったので、気持ちは軽い。
今朝、もういちど読んで、少しだけ直した。
1時ごろに坂を下り、美容院へ行った。
そのあと、六甲道から電車に乗って、隣町の図書館へ。
絵本のコーナーがとても広々していて気持ちがよかった。気づいたら2時間以上いた。
床には絨毯がしいてあり、棚の前にかしこまって、気になる絵本を開いたり。
ひとりで来ているおばあさんや、小さな子どもたち、若いお母さんたちに混ざって。
なんだか、吉祥寺に住んでいたころに通っていた図書館みたいでもある。
3冊ばかし借りてきた。
『夜のみみずく(ヨーレン詩/くどうなおこ訳/ショーエンヘール絵)』、『鹿踊のはじまり(宮澤賢治)』、『深山の秋(小川未明名作選集)』。
図書館から出て横断歩道を渡るとき、西の空がほんのりとした夕焼けだった。
なんとなしにうら淋しく、ふと、自分はいったい何をしているんだろう……という気持ちになる。
考えても仕方がないので、牛乳と豚こま切れ肉だけ買ってバスに乗り、せっせと坂を上って帰ってきた。
坂を上っているとき、教会の鐘が鳴った。6時だ。
このごろは、ずいぶん日が短くなったな。
今日は、お昼ごはんを食べ損ねたので、お腹がぺこぺこだ。
シャワーを浴び、急いで納豆チャーハンを作った。
夜ごはんは、納豆チャーハン(油揚げ、卵、ちりめんじゃこ、豆苗)、南瓜のポクポク煮(いつぞやの)、なすとピーマンのみそ炒め(ゆうべの残り)。
さて、歯を磨いたら、今夜は早めに2階へ上って、ベッドで絵本を読もう。

●2016年9月23日(金)曇りときどき雨

「スイセイ留守ごはん」臨時報告

ア、アー。
キコエマスカ?、コ、コチラスイセイデス。
あ、どうやら電波届くようですね。
あのー、まーご存知の方、多々おられると思いますが、おれはいま山梨にいます。
山梨の、まー田舎、そんなに高くないなだらかな山なみに抱かれた朽ちつつあるボロ家の中、ダンボール山のふもとになんとかネット基地設営に成功しました。
これからスイセイは、こちらを前線として単独活動していきます。
ひとりで寂しそう?
いや、こちらには戸を閉めても勝手に入ってくる虫虫をはじめとして、家のまわりで始終おしゃべり止めない小鳥たち、この夏によく育って塀の外まですっかり溢れている草や樹々などなど、ここらの住人たち総出で歓迎してくれています。
いく日もかかった引越しも、どの台風もなんとか大事な時は雨を止めてくれましたし、あと少しという15日と16日の夜には見事にでっかい満月が正面から照らしてくれました。
引越しに際して協力してくれた方、遠くからでも案じてくれた方、すべての方方。
引越しにまつわるすべての状況、引越し自体、に感謝します。

てな引越しなど忙殺状態にあり、このWeb「日々ごはん」アップ、少々滞りました。

ここの地、「日々ごはん」中で「山の家」と称していましたが、これからはスイセイ主体の場所として名前も新たに「野の編(ののへん)」となります。
それで「ののへん」ではーーー、ズー。
ズズズズズアー、ザーーーーーー。
ア、電波ガ、デンパガーーーー、アーーー。

ザーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

●2016年9月20日(火)台風

明け方、強い風で目が覚めた。
トイレに下りると、窓の外がやけに蒼かった。
東の空のひとところだけ白く光っている。
太陽が上ろうとしているのだ。
風が強いせいなのか、空気がよほど澄んでいるのか、夜景の光もキラキラしてて、すべてがくっきりとしている。
海も空と同じ、不思議なほどに、同じ蒼色をしているのだった。
6時に起きてしまう。
とても強い風。
中野さんが帰られる前の日、壁に貼った大きなキャンバスに描いていった絵の言葉が、ゆうべ寝る前からうずうずと出たがっていた。
夜、暗いなかでひらめきノートに書きとめていたので、すらすらと言葉が出てきた。
物語というより、ある場面の言葉。
詩のような、短いお話のような。
夢中でやっていて、あっという間に8時を過ぎてしまい、『とと姉ちゃん』を見逃した。
天気予報が、台風の直撃情報をものものしく伝えている。
風はどんどん強くなる。
このあたりも、午後には雷雨が激しくなるとのこと。
でも、私はちっとも怖くない。
なんだかこのアパートメントに、守られているような感じがするから。
管理人のおじいちゃんが、さっき見回りにきてくださった。
玄関を開けたとき、山側からの風が凄まじく、木の枝がずいぶん揺れているのが見えた。
3階と6階は、山側の廊下の窓から、雨が漏れてきているそうだ。
海側の部屋の窓も、台風の風雨が強くなると、いつも雨漏りがするのだそう。
「でも、今はだいじょうぶそうですね。何かあれば、呼んでくださいね。また見にまいりますから」
5時くらいに「気ぬけごはん」が仕上がり、お送りした。
ときを同じくして、台風も去ったもよう。
嵐の最中は、窓ガラスに雨が打ちつけ、水族館のようになっていた。
ときおり大きな音をたて、大風が吹いて、前の木が大きく揺れていた。
電線も揺れる。
そんななか、「気ぬけごはん」を夢中でやっていたのだ。
台風が過ぎ去ったころ、森の入り口まで散歩した。
風で折れたくぬぎの枝を拾って帰る。
青い実がひとつついている。
夜ごはんは、ささ身のチーズカツレツ(せんキャベツ添え)、おにぎり(梅干しの、ゆうべにぎっておいた)、みそ汁(豆腐、えのき、大根、豆苗)。

●2016年9月19日(月)風強し、少しの雨

台風がきているらしい。
風は強いようだけど、降ったりやんだりの雨。
ゆうべは、輪になってバレーボールをしている中学生の女の子たちの夢をみた。
ひとりの女の子がボールになって(姿は人間。紺色の制服のスカートをはいている)、蹴り上げられたりもしているのだけど、空へ高く高く飛んで、とても楽しそうにしていた。
ゆうべ送ってくださった中野さんの絵に、朝から言葉をつけている。
以前に送られてきていたほかの絵もやっていたら、止まらなくなった。
締め切りが明日なので、えいやっ!と気持ちを切りかえ、きのうの続きの「気ぬけごはん」をやる。
夕方、スイセイから電話があった。
ひさしぶりにたくさん話した。
柱時計が2回鳴ったから、1時間以上話したことになる。
おもには『ココアどこ わたしはゴマだれ』と、引っ越しの話。
なによりも、スイセイが無事に山の家に引っ越せたことが、とても嬉しかった。
台風が来ているから、今日は外へ出るつもりはなかったのだけど、どうしても神社へお礼をしに行きたくなり、坂を下りる。
パン屋さんで食パンとカレーパンを買い、橋の近くのコーポで買い物。
キャベツ、南瓜、白菜、小松菜(小さな束)、ニラ、なす、トマト、大根(小さく切ってあるもの)、ブリの切り身、ささ身、牛乳、卵。
このところ野菜不足だったので、たっぷり買ってしまった。
風で傘がおちょこになってしまい、骨が折れてしまったみたい。
雨も強くなってきたから、タクシーで帰ろうと思ったのだけど、でもやっぱり歩いて上ることにした。
よりによって強力粉と薄力粉まで買ってしまったので、大荷物なのだけど。
帰りにもういちど、神社でお礼をする。
台風のさなか、霧のような雨と風にさらされながら、ゆっくりゆっくり男坂を上って帰ってきた。
家に着いたらお風呂に入って、温まればいいやと思って。
夜ごはんは、ブリの塩焼き(大根おろし、スダチ)、なすの油焼き、きゅうりのぬか漬け、たくわん、具沢山のみそ汁(なす、大根、ニラ、えのき)。

●2016年9月16日(金)曇りときどき晴れ

ゆうべはすばらしい月夜だった。
ベッドに横たわり、ずっと見ていた。
仰向けになると、大きな空の真ん中に月がくる。
夜空に穴があいているみたい。
月は西の空へ、だんだんに動いていった。
高くなるにつれ雲が晴れ、まん丸でまばゆい姿が現れた。
部屋の奥まで月明かりの届く、完璧な姿。
でも、上りはじめの薄い雲がかかっているくらいが、いちばんきれいだった。
今朝は11時に中野さん、12時には筒井くんがいらっしゃり、今は2階で新作絵本の打ち合わせをしている。
ときどき笑い声が聞こえてくる。
私はいそいそとお昼ごはんの支度などしながら、こうして日記を書いている。
なんだかおもしろい。
高校生のころに、双子のみっちゃんが男友だちを家に連れてくると、私は張り切って前の日から支度をし、お菓子を焼いたり、コーヒーをいれてあげたりした。
そんな、青くさいような気持ちに似ている。
ふたりのお打ち合わせが終わり、1階でカレーを食べながら、ワインをちびちび飲みながら、3人で『たべたあい』の打ち合わせ。
筒井くんが帰られてから、床をきれいに掃除して、『ほんとだもん』の原画を並べ、新しい絵をはめこんでみた。
新しい絵は、思ってもみないものだった。
でも、はじめからわかっていたような気も、しないではない。
本当に、そのように、私の目には見えていた気がする。
この絵本はすべて、去年の秋に私が見たこと、本当にあったこと。
説明したわけではないのに、それがそのまま絵になった。
というか、中野さんの絵があったから、お話が出てきたのか。
時間を気にせず、作ろうとしないでいたら、今になってとん、とんと、はまるべきところに収まった。
私の子どものころと、去年の秋と、今年の秋のはじめがすんなりつながった。

●2016年9月15日(木)曇り一時晴れ

今日はいよいよ、吉祥寺の家の引き渡しの日。
アノニマの村上さんが、近所の和菓子屋さん(大晦日には、毎年つき立てのお餅を買っていたお店)のお弁当をスイセイに差し入れしてくれた。
写真も撮って、メールで送ってくださった。
台所はピッカピカに磨かれていた。
この台所にも、17年間お世話になりました。
本当なら私が掃除をして収めなければならなかったのに、どこもかしこもスイセイが元にもどし、大家さんに引き渡てしてくれた。
そんなわけで、今週は日記のアップが遅れています。
何度も開いてくださっている方、ごめんなさい。
午後、郵便受けを見に下りたついでに、アパートの外へ出てみた。
そこらを歩いたり、ツユ草が咲いているのを屈んで見たりしていたら、うちの柱時計のボーンボーンが聞こえてきた。
そうか、外にまで聞こえていたのか。
きのうの昼間は、大きなくしゃみがなんども聞こえていた。
とにかくまわりが静かなのだ。
ベッドに寝転び本を読んでいたら、睡魔に襲われ、5分ほど眠ってしまう。
このことは、「おいしい本」に書こう。
1階に下りて、カレーを作る。
玉ねぎを茶色くなるまでよく炒め、赤ワインを加えたビーフカレー。
明日は、筒井くんと中野さんがいらっしゃるので、お昼ごはんに出そうと思う。
カレーを作っている途中、森の入り口まで散歩した。
窓からカレーの匂いがするかどうか、確かめるために。
カレーの匂い、しませんでした。
ワインを開けたので、ちびちび飲みながら、ちょっとした原稿を書いた。
赤ワインを夕方にひとりで飲むと、ちょっと淋しいような気分になるな。
今夜は十五夜さんだ。
雲の隙間から、白いまん丸な顔が少しだけ見える。
夜ごはんは、プラム、ヨーグルト(シリアル入り)、ふりかけのおにぎり、赤ワイン。
月は今、雲に見え隠れ。
顔を出すと、薄緑色のまばゆく大きな丸い月。
雲のベールがかかっているときは、緑のような虹色のような、真珠貝の裏側のような色でおおわれる。
こういうのを幽玄というんだろうか。
ずっと見守っていたいけど、先にお風呂に入ってしまう。

●2016年9月14日(水)晴れのち曇りときどき雨

朝起きたら晴れていたので、洗濯をした。
シーツもバスタオルも。
でも、曇ってきた。
屋上には、種が混じった鳥のうんちがたくさん落ちていた。
コリアンダーシードにそっくりな種。
何の植物のだろう。
種はこうやって、あちこちに運ばれてゆくのだ。
窓の外が白い。
やっぱり今日は、天気予報の通り曇りのち雨なのだろうか。
今、取り込みにいってきた。
シーツとタオルは、ほとんど乾いていた。
午後、『ココアどこ わたしはゴマだれ』のことでスイセイに電話をしてみた。
まさに今、吉祥寺の家を引き払う直前で、大わらわのようだった。
台風が来ているから、軽トラに荷物を積むのも雨の合間をぬってだし、山の家へ運ぶのも、タイミングをみはからいながら何度も往復しているらしい。
スイセイの声を聞いていると、自分との違いが浮き立ってくる。
たまらなく体を動かしたくなったので、坂を下り、夏に着ていた緑のワンピースを出しにクリーニング屋さんへ行った。
ここを通るたび、雨の日も、真夏の猛烈な日差しの日も、一心にアイロンがけをしている正直そうなおじさんが窓からいつも見えていた。
いつかクリーニングを出す日がきたら、ここにしようと決めていたお店。
冷蔵庫もからっぽだったので、けっきょく六甲道でしこたま買い物をして帰ってきた。
ものすごい大荷物となり、タクシーで帰ってきた。
最近は、あんまり歩かなくなってしまったな。
夜ごはんは、散らしずし(今日子ちゃんに教わった、テイクアウトのおいしいお寿司屋さんの)、みそ汁(ワカメ)。 ●2016年9月13日(火)雨が降ったりやんだり


朝起きたら、メールがたくさん届いていた。
『とと姉ちゃん』を見ながら朝ごはんを食べ、洗濯機を回し、佐渡島の旅仲間、きんちゃんへお返事メールを書いていたら、今日子ちゃんから電話がかかってきた。
11時から、うちで打ち合わせをすることになった。
お昼ごはんを食べながら。
冷蔵庫には何もなかったけれど、この間、筒井くんたちとの打ち合わせでお出しした、メバルの煮つけの煮汁が残っていたので、しょうがをたっぷり刻んで炊き込みご飯にしてみた。
メバルはお頭つきの骨ごととってあった。
そこに水を足して煮出し、醤油とみりんで味をととのえた。風味づけにごま油、スライス干ししいたけともどし汁も加えた。
土鍋で炊いてみた。
雑穀(黒米、緑米などいろいろ混ざっている)を加えたせいなのか、火を早めに消しすぎたせいなのか、芯が残るご飯になってしまい、わーっ!となって、急きょセイロで蒸すことにした。
大皿に盛ってから、ねぎと青じそを散らし、粉山椒も混ぜ、スダチをしぼって食べた。
とてもおいしくできました。
今日子ちゃんが帰ってから、「ダンチュウ」の作文の続き。
2時には仕上がり、お送りした。
さーて、今日は何をしよう。
ベッドで本を読もうかな。
今読んでいるのは、田中泯さんの『僕はずっと裸だった』。
最近よく考えている体の中のことと、つながる。
夜ごはんは、お昼の残りの炊き込みご飯、大根ときゅうりとワカメのサラダ、落とし芋のみそ汁、らっきょう、たくわん。
今日の夕焼けは、ことのほかすばらしい。
茜色に紫を混ぜたような色が、広がっている。
海もまったく同じ色。
ときおり真っ黒な羽根を広げ、カラスが渡る。
ひらりと舞い上がったり、大きく旋回したり。
遠くの方からだんだんに、オレンジ色が灯り出した。
今、空はもう蒼。
暗くなるまで目が放せない。

●2016年9月11日(日)快晴

朝、蝉が一匹鳴いていた。
ベッドの外壁のところにとまっていたみたい。
朝方、目が覚める前に、ミシミシピチピチと泡がはじけるようなかすかな音がしていた。
自分の体の中からしているみたいだった。
これが、いつも中野さんがおっしゃっている雨の降りはじめの音なのかと思って、カーテンをめくったら、道路は乾いていた。
あとでそのことを伝えると、「なおみさんの体の中で、何かが発酵してはるんじゃないですか?」。
そうかも。
まだ、表には出てきてないけれど、物語なのか、言葉なのか、何かがふつふつしているのかも。
きのうは、野ぶどうの実が色づきはじめている枝を、私ひとりで森の入り口からもらってくるついでに、土をひとにぎりもらってきた。
その土に墨を混ぜ、中野さんはきのう絵を描いていた。
私はパソコンに向かって自分の用事をしていた。
背中越しにバシャン、シュッシュッ、ゴシゴシと、ちょっと激しい音がしていた。
そのあと、3時前に御影の美術館へ中川一政を見にいった。
今日は、中野さんが帰られる日なので、早めにお昼ごはんを作った。
(みそ漬けにしておいたハモの炊き込みご飯。ハモはフライパンで焼き目をつけ、生姜のせん切りといっしょに炊き上がりに混ぜた。茶碗に盛ってからねぎを散らして、スダチ)。
さっき、坂の途中の神社までお見送りをしてきたところ。
丸い実のついた舟の形の落ち葉を拾い、せっせと坂を上って帰ってきたら、部屋の中がひろびろとしていた。
汗をかいたので、私はすぐにシャワーを浴びた。
淋しいわけではないのだけど、これまでどんなふうにひとりで暮らしてきたのか忘れてしまったような、へんな感じ。
夜ごはんは、お昼の残りの炊き込みご飯、水菜の梅じゃこ和え(ミニちゃんの梅干しがとてもおいしい)、漬け物、みそ汁(ワカメ、青じそ)。
ひさしぶりに『まる子』と『サザエさん』を見ながら食べた。

●2016年9月9日(金)快晴

いい風が吹いている。
今朝は9時ちょっと前に起きた。
私は洗濯。
中野さんがコーヒーをいれて、私はプラムのラッシーを作った。
プラムを皮ごと入れたら、時間がたつごとにどんどん酸っぱくなっていった。あんまりおいしくない。
身も酸っぱいけど、皮のせいもあるかも。
いつもみたいにぽつぽつとお喋りし、そのあとでなんとなく、ワンピースの裾がほつれたのを繕っていたら、向こうの方で中野さんがごそごそと絵を描きはじめた。 梱包用のクッション材に描いている。
ゴシゴシギシギシ。
歯ブラシで描いているみたい。
絵本合宿がはじまって、今日で何日目かな。
筒井くんとミニちゃんがうちにいらして、『たべたあい』の打ち合わせをしたのは6日の火曜日だった。
その日の朝、新開地の駅の改札で中野さんと待ち合わせをして、湊川の市場で魚や貝を買った。
メバルはまだピシピシと生きていた。
私と中野さんの絵本合宿は、その日からはじまった。
きのうは、私も中野さんも電話がたくさんかかってきて、それぞれの用事をしていた。
中野さんが2階へ上って長いこと電話をしている間、『ほんとだもん』の原画を床いっぱいに並べ、私は絵に言葉を当てはめる作業をしていた。
前に作ったダミー本のことは忘れて。
これが、絵本作りの至福のとき。
1枚1枚の絵を指差しながら、テキストを読んで、中野さんに見ていただいた。
そしたらもう、ほとんどの場面ができ上がっていて、新しく描いてもらう絵はあと2枚だけということが分かった。
京都の本屋さんのサイン本を30冊ほど作り、コーヒー豆を買いに夕方の散歩に出た。
てくてく歩いて六甲道へ。
いろんなお店を覗きながら散歩して、コープで牛肉を買って、八幡さまでお参りをして帰ってきた。
中野さんは一日のうちに3回か4回、「今日は、微速の日です」とおっしゃっていた。
というわけで、きのうの夜ごはんは、焼き肉(牛タン、牛カルビ、ミニトマト、ミニちゃんのお土産のアイヌのしし唐辛子、伏見唐辛子)、雑穀ご飯のおにぎり、ビール。
鉄のフライパンで、牛タン、野菜、カルビ、野菜、カルビの順番に焼いて食べた。
最初、私が牛タンを焼き、塩&ごま油にスダチをしぼって食卓で食べた。そのあと野菜の担当は私、肉は中野さんが焼いてくださった。
中野さんは肉を焼くのがとても上手。
肉はキムチと一緒にえごまの葉に巻いて食べた。 ●2016年9月2日(土)晴れ


うちのカレンダーは8月のままだった。
今日、気がついて、直した。
たくさんたくさんいろいろなことがあって、ぜんぶ楽しいことばかりで、この1週間日記が書けませんでした。
今日はずっと、『ココアどこ わたしはゴマだれ』の校正をやっていた。
中野さんが作ってくださった机で。
しばらく前に、対談部分を中心を読み直し、直しを入れておいたのだけど、もういちどはじめから、とくに私の文章とスイセイの文章をじっくり読み、いまさっき終わった。
この本は、とてつもない本だ。
本当に、見たこともない本。
誰が書いたのか、もう分からなくなってしまうくらいに。
スイセイのものでも、私のものでもすでにない。
それはきっと、寄藤さんのデザインのせいもうんとある。
読んでくださる人のもの。
あるいはもっと。
これから大きくなる子どもたち、赤ん坊。
まだ目に見えない人たちや、もう、いなくなった人たち。
蝉が鳴いている。
今年さいごの蝉の声。
明日は、『帰ってきた 日々ごはん2』の、「おまけレシピ」の最後の校正をやる。
ここ1週間にあったこと、明日、落ち着いて書けるかな。
きっと書けないだろうから、もう、スイセイに送ってしまおう。
まだ5時だけど、今日はもう、お風呂に入ってしまおう。
夜ごはんは、もやし(細い)炒め、ポールウインナー。
ポールウインナーは、そのまんま何にもしないで食べるのがいちばんおいしい(ソーセージの長さに切って、炒めるのも前にやってみた)。

●2016年8月26日(金)晴れ

夕方から、京都の本屋さんで「暮しの手帖」の編集長、澤田さんとの対談がある。
朝早く出たり、新幹線やタクシーに乗ったりしなくてもいいのが、とても気楽。
3時40分にここを出て、阪急電車に乗れば充分に間に合う。
なので、いろいろやる。
「おいしい本」はずいぶん書けたかも。
ああいやだ、だんだんドキドキしてきた。
澤田さんはとても穏やかな声でおしゃべりなさるし、やさしいし、私とほとんど同級生なので、緊張はしていないのだけど。
まだまだ時間があるから、お昼ねしよう。

●2016年8月25日(木)晴れ

夕方の雲がとてもきれいで、2階の窓から眺めていた。
鏡をふと見たら、こっちの方がさらにきれいで、みとれる。
もくもくとした輪郭も、ずっともくもくしている。
「ひらめきノート」にメモした。
こういうのが絵本の種になるので。
ーーひたひた ひたひた。夏は、(もう)おわってしまいましたーー
これは、神戸へ越してきたばかりに思いついたもの。
すでにメモしてある。
夜ごはんは、鯵の干物(引っ越してきてはじめて焼いた。とてもおいしい。残りの2枚は冷凍した。こんど、塩鮭も焼いてみよう)、冷や奴(ひじき煮と明太子添え)、オクラの煮浸し(浸し汁は昆布だしに塩で薄味をつけ、柚子こしょう。「かもめ食堂」で食べたのを真似しました)、雑穀ご飯(黒米入りの雑穀をたくさん入れたら、もち米のご飯みたいになってとてもおいしい)。
今日は、中野さんから画材などなどが送られてきた。
びっくり箱のようで、私は中をよく見れない。
梱包材に描かれた絵(東京にいるころに描いてくださったもの)だけ取り出し、壁に立てかけた。
生の絵もあるようだけど、どきどきして触れない。
この間は、画材屋さんから画材一式が送られてきた。
ダンボール1箱と、細長い箱と、平たい箱。
絵の具やら紙やら、いろいろ入っているみたい。

●2016年8月24日(水)快晴

ゆうべはクーラーをいちどもつけなかった。
窓を開けて寝たら、明け方は寒いほどだった。3時ごろだったかな。
今朝は日の出と共に起きてしまう。
『ロシア日記』と『ウズベキスタン日記』のどこを読もうかなと、ちょうど開いたページがよかったので、そこにする。
どこからどこまで読もうか、鉛筆で印をつけた。
誠光社さんでのトークで、朗読するつもり。
でも、読めなさそうだったら、むりして読まないこと。
前に、ハリネズミの願いのとき、私は 本を開いていざ読もうと思ったら、言葉が出てこなかった。
息を整えてそれでも読もうとしたのだけど、やっぱりのどに声が詰まってしまって、読めなかった。
けっきょく編集者さんに読んでいただいたのだけど、私は読めなくてよかったな、と思った。
そういうこと、大切にしたい。
トークイベントというのは、生身のからだを来てくださったお客さんの前にさらすことだと思っているので。
それで、いい。
今日から「おいしい本」の原稿を書こう。
『陸にあがった人魚のはなし』について。
夜ごはんは、トマトソースのスパゲティと気ぬけワイン(シミズタたちが来たときに飲んだ残り)。

●2016年8月22日(月)晴れ

ベランダに……あ、まちがえた。
屋上に、洗濯ものを干していて、アッと思って取り込みに行った。
そしたらちょうど雨の降りはじめ。
降りはじめだけれど、ぽつぽつぽつとかなりの大粒だったから、けっこう濡れてしまった。
あと5分前に気がついたら、ゆっくりふつうに取り込んで、ちょうど終わったころに、ぽつり……となったろう。
アッと思う前には、風が強くなりはじめていた。
ぶわーっと風が吹いて、エレベーターで昇ったら、もう降っていた。
ずいぶん前、「お昼前から雷がなって、ぶわーっと雨がふったり、やんだとおもったらまたふったり」というメールを中野さんからいただいた。
うちはカラッカラに晴れ渡っているから、とても信じられなかったけど、中野さんが住んでいるところは同じ兵庫県でも、やっぱりずいぶん遠いんだ。
空はやっぱり違うんだなと思いながらも、ぼんやり気をつけていた。
うちの空は、ぽつりぽつりのあと、すぐにやんで、ちゃんとした雨にはならなかった。
ゆうべ、はじめて虫の声がした。
いまも少しだけ聞こえています。
秋の虫。
今日は、冷蔵庫の食料が底をついたので、5時を過ぎていたけれど、買い物に行った。
いつものスーパーでしこたま買って、ワインも3本も買って、牛乳も1リットル買って、アイスも買って(いつもは歩いている間に溶けてしまうから、ぜったいに買えなかった)、タクシーで帰ってきた。
夜ごはんは、のり巻き(スーパーの/穴子きゅうり、マグロ)、なすの米油焼き(おろし生姜)、ささみと小松菜の和え物(ささみは酒蒸しにし、塩、白ごま油、薄口醤油少しで和えた)、酢の物(味がついたもずく酢のパックに、みょうが、きゅうりの塩もみを和えた)。
忘れていた。
今日、街へ下りる途中、シカの角を拾った。
神社で。
木の枝だけど。
神社で拾い物をしてはいけない気がして、でもどうしても欲しかったので、お参りをして、「もらっていいですか」と聞いて、もらってきた。
いま、玄関のところにある。
3つ股の角。
よく見ると、4つ股。

●2016年8月21日(日)快晴

青い空、海もまっ青。
これが秋の眺めだろうか。
東京からは、19日の夜に帰ってきました。
楽しかったこと、嬉しかったこと、たいへんだったこと、いろいろあったけど、ぶじに戻ってこれてよかった。
いちばん嬉しかったのは、ひさしぶりに会ったスイセイが元気そうだったこと。
身体中に活力がめぐっている感じがした。
かといってハリハリした感じではなく、顔も、声も、動きも、前よりもずっとゆったりと、穏やかな空気をまとっていた。
そしてなんだか、みずみずしかった。
8月いっぱいで吉祥寺の家を引き払わなければならないから、引っ越しの荷作りもあるだろうし、『帰ってきた 日々ごはん2』のデザインの仕上げや、『ココアどこ わたしはゴマだれ』の校正など、やらなければならないことに囲まれているようだったのに。
スイセイもよくお喋りし、これまででいちばん私の話を聞いてくれた。
1時間に満たない、短い時間だったけど。
私にはそれで充分だった。
今回は、引っ越しの掃除を少しでも手伝いたくて、心づもりをしてきた。
でも部屋は、思っていたよりずっときれいだった。
私が泊まった部屋(もと仕事部屋)も、前には雑巾がけをしないとならなかったけど、ちっとも床がざらざらしてなくて、そのまま布団を敷くことができた。
お風呂の排水溝もきれいだったので、私はトイレだけ軽く掃除をした。
スイセイは山の家へ少しずつ荷物を運んでいるらしく、何かの修理もしなければならないそうで、その日も急に出掛けることになった。
なので私も1泊で帰ってくることにした。
合鍵を手渡し、玄関を出るときに、一瞬だけリビングの床が目に入った。
そのとき、(ここに来るのも最後だ)と思ってしまった。
涙が浮かんでスイセイに挨拶する声が変になったので、息をとめ、それ以上出ないようがまんした。
かわりに鼻水が出た。
夕方、「ポレポレ坐」でおいしいカレーライスを食べ、きさらちゃんの顔を見て、新幹線に乗って新神戸に着いた。
新神戸からはタクシーで、10分もかからなかった。
7時13分発の新幹線に乗ったのだけど、10時20分には六甲のアパートの部屋にいた。
帰ってきたら、ここが自分の居場所なのだとはっきりと分かった。
そんな、東京でした。
今日は『とと姉ちゃん』がないけれど、いつものように8時に朝ごはんを食べ、洗濯機をまわしながら作文。
ゆうべから「シカ」の文をやっている。
最初に書いた文がいちばんいいことが分かり、そこにもどしつつ、新しく加えたり、直したり。
お昼ごはんを食べ、また続き。
プリントアウトしては読み直し、また少しだけ直す。
声を出して読み、ひとまず落ち着いて日記を書いていたら、中野さんから「シカ」の絵が送られてきた。
たぶん、最後の場面の絵。
何もお願いしていないのに。
言葉と絵が同じ世界にいる。
絵が届たとき、息をのんだまま見ているほか何もできなかった。
本当にすごいものを見ると、人って声が出ないのだな。
私はもう、なんだかすっかり脱力してしまいました。
夜ごはんは、肉みそチャーハン(にんじんを千切りにして炒め合わせ、目玉焼きをのせた)、ワカメとしらすの酢の物(らっきょうと漬け汁を水で薄めた)。
ゆうべの気のぬけたビールを飲みながらチャーハンを作り、蒼くなりかかった空を眺めながら食べた。
カラスが群れでやってきて、窓の上を渡っていった。
黒い羽根を広げて見せながら。
1羽がもどってきて、また渡る。2羽が続くこともある。
カラスたちはきっと、いつも私が窓辺でごはんを食べているのを知っている。

●2016年8月18日(木)

6時半に起きた。
蝉の声が、ずいぶん弱々しくなった。
秋をほんのり感じる空気。
ここらが山に近いこともあるかもしれないけれど、今日子ちゃんのところへかき氷を食べにいった日に、急に涼しくなったことを実感した。
それまでの毎日はあまりに暑く、どうしても炎天下の坂道を下りる気にならなかった。
下の部屋はいつも少しだけ窓を開け、レースのカーテンをひいている。
今朝、カーテンをシャッと開け、窓を開けたら秋の風が入ってきた。
シミズタたちが帰ってしまい、夏が終わった。
今朝から空気が違う。
『とと姉ちゃん』を見ながら朝ごはん。
9時にタクシーが迎えにきてくださり、新神戸の駅から新幹線に乗ります。
私はタクシーの予約ができるようになった。
これまではずっと、電話が怖かった。
ひとりで暮らすようになって、パソコン関係の不具合や、お酒の注文、タクシーの予約を自分でしなくてはならなくなったのだけど、電話口の相手はみな余裕があって、やさしいことが分かった。
それは私が怖がっていたせいもあるのかな。
そういう空気に反応して、人はイライラしたりするのかもしれない。
さて、東京へ行ってまいります。

●2016年8月17日(水)曇りがちの晴れ

今日は朝から美容院へ行って、六甲道でちょっと買い物をして、図書館へも寄った。
途中までバスに乗って、てくてく歩いてさっき帰ってきたところ。
洗濯ものを屋上に干して出掛けてしまったから、心配だった。
天気予報によると、今日は通り雨があるかもしれないとのことだったけど、どうにかまぬがれた。
ああ、よかった。
シャワーを浴びて、お昼寝。
ゆうべは、7時くらいにベッドに入ったのだけど、ずーっと目が覚めていた。
半分は眠っていて、とても長い時間がすぎるのを感じながら寝ていた。
明日から東京なので、アイロンがけをしたりして支度する。
荷物はリュックひとつ、うんと少なめにした。
パソコンも持っていかないので、日記は書かないつもり。
また、スイセイのところへ泊めてもらうのだけど、その後どうなっているかな。
「ポレポレ坐」の原画展が7月の頭だったから、ひと月ちょっとぶりだ。
今回は、渋谷の「HMV」という本屋さんで『ロシア日記』と『ウズベキスタン日記』のトークイベント。
その前に、『帰ってきた日々ごはん2』のインタビューと、本の発売をお祝いして、葛西さんを囲んだ会食を、あぜつさんがご用意くださっている。
葛西さんにお会いするのは、何年ぶりだろう。
ウーロン茶のコマーシャルの仕事で、サン・アドに通っていたころだから、かれこれ10年近く前になるのかも。
尊敬している大好きな方だから、ドキドキするけれど、とても楽しみだ。
シミズタたちが来た日は、すっかりいい気持ちに酔っぱらってしまい、ほとんど日記が書けなかった。
なのでここに、ちょっとだけ書いてみます。
シミズタとケイスケは、小学校の同じクラスの仲良しが、転校した友だち(私のこと)のところに会いに来てくれたみたいな感じだった。
子ども同士みたいにくったくなく、よく笑って、よく遊んだ。
いつ何をしても、何を食べたり飲んだりしてもよくって。
3人分の洗濯ものを、シミズタと屋上に干しにいくだけで、なんだか楽しくて。
森へも行った。
森の中はなんだか姿が変わっていた。
大雨は降ってないと思うのだけど、地面が動いて、斜面がさらに急になっていたり、木が倒れていたり。
泉のところへは私が案内するつもりが、ふたりの方がずっと健脚で、頼りになった。
踏ん張ったから、まったく大丈夫だったのだけど、シミズタはいちど斜面をすべり落ちかけた。
すぐ下がちょっとした崖のようになっていたから、ヒヤッとした。
後ろからついていった私は、しばらくして怖くなった。
「なんだか急に怖くなった」と私が言って、身体が堅くなったまま斜面で動けなかったとき、遠くにいたはずのケイスケがすぐ近くに立っていて、手を差し伸べてくれた。
「だいじょうぶ? 高山さん。高山さんが落っこちそうになっても、必ず僕が受け止めるから」
ケイスケは頼りになる、うそがない、やさしい子。
シミズタは、ケイスケに出会えて、ほんとによかったな。
夜ごはんは、ぶっかけ冷や奴(焼きなす、ねぎ、みょうが、おろし生姜)、ゴーヤー&肉みそ(シミズタたちのお昼ごはんに、ゴーヤーとつるむらさき炒めものを作ったのだけど、ゴーヤだけほんの少し残っていた。そこにいつぞやの肉みそを混ぜた)、ゆかりおにぎり。
ぶっかけ冷や奴は、そうめんをゆでようとしていて冷蔵庫に豆腐をみつけ、急きょ変更した。
つまり、ぶっかけそうめんのそうめんのかわりに、絹ごし豆腐(1/2丁)をスプーンですくって浮かべ、焼きなすを添え、ねぎをちらした。みょうがとおろし生姜ものせた。
これが発明のようにおいしかった。
けどなんとなく、夏にどこかの料亭で出てきそうでもある。
焼きなすやオクラ、みょうがなどを盛り合わせた冷やし鉢の、豆腐バージョンというところか。

●2016年8月15日(火)曇りのち晴れ

朝は曇っていて、窓の外が白かった。
空も海も、建物と同じ色。
(せっかくシミズタたちが来るのにな、残念だなぁ)と思いながら汗をかきかき雑巾がけをしていたら、じわじわと晴れてきた。
やった!
シミズタとケイスケは、晴れ女か晴れ男なんじゃないだろか。
だって今日は、一日中曇りの予報だったような。雨も降るって言っていたような。
そうだ、忘れないように書いておこう。
ゆうべ、真夜中にイノシシのお母さんとウリ坊を見た。
ウリ坊が2匹しかいなかったけど(いつもは3匹いる)、1匹はお母さんの前を走っていて見えなかったのかな。
足音がしたとき、なんとなく人間のお母さんのような感じがした。
ピタピタピタというより、ヒタヒタヒタというひそやかな足音。
サンダルはいて、坂を小走りしているような。
どこかの奥さんが走っているんだと思って、下を見たらイノシシだった。
私は半分寝ぼけていたので、イノシシの親子は街では人に化けているのかもしれないなと思った。
さて、そろそろシミズタたちを迎えに下りようかな。

今は、3人で呑んでいるところ。
うちにはカセットデッキがない(引っ越しの前に、私が分解して壊してしまった)のだけど、ケイスケが小さなラジカセを持ってきていて、ちょこちょこっと線をつないだら、テープがきけるようになった!
機械を分解したり、修理したり、ケイスケはこういうことを小学生のころからやっていたらしい。
すごいことだ。
カトキチにもらった昔のカセットテープが出てきて、かけてみた。
シールには、「メリークリスマス。お元気ですか? 僕のバンド(DAU・ダウ)です。聞いてください」と書いてある。
これは確か、私が「クウクウ」で働いていたころにもらったもの。
もう何年ぐらい前になるんだろう。15年とか20年だろうか。もっとだろうか。
すごーくいい。
はじめて聞いたみたいに聞こえる。
夜になり、屋上で3人で呑んだ。
赤い三角コーンの中にラジカセを入れたら、こもったような、なんともいえずいい音がして、よく響いている。
これは、拡張マイクと同じ原理なのかな。
ケイスケは正真正銘の音キチだ。
屋上にたまたまあったもので、さっさかと工夫して、どんな音も響かせることができる。
私の隣にはシミズタ。
3人の真上には大きな空、眼下では神戸の街や港の夜景が広がっている。
カトキチが、懐かしい声で歌ってる。

目が覚めたら見えた Nothing you can’t to do
ケムリ吐いてみえた Nothing you can’t to do
世界じゅうが砂の上に立ち
瞬きさえ許さずにまどろむ
かすかだけど聞こえるさ Nothing you can’t to do
ひとときが一日の長さで
包むような 変わらない仕草で
パンが焼けるあいだ Nothing you can’t to do

部屋に下りてから、you can’t to do の意味をケイスケに聞いたら、「ないこと あなた できないこと ないのさ」と紙に書いてくれた。
つまり、「あなたには、できないことはない」。
夜ごはんは、天ぷら(ケイスケ作・高知のお土産のりゅうきゅうとゴーヤ、剣先いか)、剣先イカのお刺身(私が作った・ワタ醤油、塩、ブッシュカン)、サーロインステーキ(私が作った・高知のにんにく、バルサミコ酢、しょうゆ、バター)、ビール、シャンパン、白ワイン、赤ワイン。

●2016年8月14日(日)雲の多い晴れ

朝から洗濯。
このごろはシーツやら何やら、なんだかんだと毎日洗濯しては、屋上に干している。
アパートの住民は私のほかには誰も干していないので、物干しざおは使いたい放題。
目の前の山を眺めながら、風に吹かれながら干す。
今朝は真上の雲が灰色で、ちょっと怪し気だけど干してきた。通り雨があるかも。
きのう、『帰ってきた 日々ごはん2』のカバーまわりが送られてきた。
見本にカバーをかぶせ、本棚のところに立てかけてある。
遠くから眺めたり、手に取ってじーっと見たり。
すごくいい。
すごくいい絵。
スイセイのデザインも冴えている。
ありがたいなあ。
神戸へ越してきたら、『帰ってきた 日々ごはん2』に関することは、スイセイとアノニマ・スタジオにすべておまかせしようと決めていた。
私がやったのは、写真選びとそこにつける言葉くらい。
本作りから手を放し、まかせているのも忘れているくらいの気持ちで、ぼんやり待っていた。
離れていると、ちゃんとできてくる。
自分が思ってるより、ずっと大きく、広々としたものになって。
私は、日記の内容だけにしっかり向かえばいいんだな。
それはとても、自由な感じ。
明日は、シミズタとケイスケがうちに泊まりにくる。
あとであちこち掃除しよう。
彼らはいま高知にいて、「にこみちゃん(マー坊がやっている飲み屋)」三昧らしい。
バスで三宮までやってくる。
淡路島へ行ったときに橋で見たあのバスだ。
きっと、ふたりとも陽に焼けているだろうな。
楽しみだなあ。
炒めものをすると汗をかくので、ごはんの支度をすっかりすませ、お風呂にも入ってしまう。
風呂上がりに2階で着替えていたら、空がほのかな夕焼け。街も海も雲で白くけぶっているけれど。
ビールを飲むことにした。
シミズタたちが遊びにくる前夜祭だ。
ひぐらしがカナカナカナカナ鳴いている。
白かった月がだんだん光り、金色になるまで。
今夜の月は、茶碗を斜めにしたような形。
夜ごはんは、マーボー茄子チャーハン、酢の物。
マーボー茄子チャーハンは、冷凍してあった雑穀ご飯と、ゆうべの残りのマーボー茄子春雨を炒め合わせ、チャーハンもどきにした。
仕上げにちぎった青じそを加え、コチュジャンを添えたら、なんか韓国風になった。おいしい。
酢の物は、きゅうりピーマンと塩もみしておいたものにワカメを加え、みょうがも少し刻んだ。
甘酢のかわりに、中野さんのお母さんがこしらえたらっきょう漬けの汁に薄口醤油をほんのちょっと混ぜた。ついでにらっきょう(小粒)も加えた。これが、革新的なおいしさだった。

●2016年8月12日(金)晴れ

ゆうべの夢。
東京の仕事仲間がたくさん集っている何かの会(山の斜面が広くなっているようなところだった)の最後に、自分の仕事について何でもいいから発言し合う……みたいなことになった。
そういうの私は苦手なのだけど、どうしても何かを言わなければならなくて、人が発言している間中ずっと考えている夢。
絵本や、このところ書いている物語のことについて、思っていたみたい。
夢なのに、とてもしっかりとした考えだった。
それはこんなこと。
寝る前に、ベッドに仰向けになって目をつぶり、静かにしていると、いろいろな物音や気配が身体を通り抜ける。
海からの風や、山からの風、樹が揺れる音、葉がこすれる音、雨がやってくる前の音、などなど。
音というか、感じ。目には見えないけど、見えるような感じがするもの。
窓を開けて寝ているので、網戸越しにそういうのが侵入してくる。 それはとっても現実的なものごと。
眠ったり、ちょっと覚めたり、まどろみながらひと晩中そうしている。
そのときの私は、もう私でないような感じ。
夜があけて、少しずつ空が明るみ、鳥が鳴く。
蝉が鳴きはじめるのはもう少しあとで、陽がのぼってから。
私はただ、そういう気配に身体を晒してさえいればいい。
そうれば勝手に蓄積されたものが、出てくるときには出てくるような。
書きたくなったときには、もう世界はできているから、そうなるまでじっと待っている。
待っている時間は長くても、知らんぷりしながらできるだけ触らずにいると、いつか必ず出てくるみたい。
そういうことを話そうとしていた夢。
このごろ、その通りのことを思っていたので、はっきり覚えていた。
でも、絵本や物語も、私が実際に体験したものだけが言葉になって出てくる。
夢や空想のなかでの体験も含むのだけど。
それはけっきょく、私の日記の書き方にも通じているような。
今日は、どうやら作文が書けない日みたい。
読書の日にしようかな。
それでもけっきょく、午後からずっとやっていた。
時間を忘れて。
けど、ずっとやっていたわりには、ちっとも進んでいない。
まあ、こういう日もある。
こういう日に書いた文は、あんまりよくない。
7時までやって、今日はおしまい。
夜ごはんは、オムライス(いつぞやの雑穀ご飯と枝豆の炊き込みご飯で。玉ねぎ、ソーセージ、ピーマン、ケチャップ)。

●2016年8月11日(木)晴れ

朝からきのうの作文の続き。
ゆうべは途中まで書いたもの、今朝は完結したのを中野さんにお送りしたら、しばらくしてシカの絵が届いた。
朝描かれたんだろうか。
夕焼けの仔ジカ、だろうか。
編集者からお願いされているとか、本の形にするとか、そういうのは何もないのだけど、今日からまた、別のお話にとりかかる。
これは、創作民話みたいなもので、ポレポレ坐のイベントのときに頭だけ朗読したもの。
2階にこもって、書きはじめた。
けど途中で、どうにもこうにも詰まってしまう。
4時前に急に思い立ち、「MORIS」へかき氷を食べにいくことにした。
東京帰りの今日子ちゃんは、とっても元気だった。
お客さんと3歳の息子さん、途中からヒロミさんも加わって、今日子ちゃんの身振り手振りのおもしろ話を聞いた。
私は、窓が開いて新しい空気が通ったような、晴れやかな気持ちになり、よく笑った。
かき氷はシャリシャリと削った氷の上に、桃の煮たのと作り立ての白玉だんご。下には小豆の煮たのが隠れていた。
甘みが押さえられていて、果物の味がちゃんとする、大人のかき氷。
小豆の煮たのもあんこという感じではなく、さらっとしていて、豆そのもののおいしい味がした。
そのあと歩いて図書館へゆき、六甲道で待ち合わせ。
今日子ちゃんとヒロミさんおすすめの、ねぎラーメンの中華屋さんへ。
人気のお店らしく、20分ほど並んだけども(祝日だったからかも)、何を食べても大満足のおいしさだった。
夜ごはんは、蒸し鶏とねぎの炒めもの、卵春巻き、ニラレバ炒め、ねぎ冷麺(今日子ちゃんとヒロミさん。関西で冷麺というのは冷やし中華のこと)、ねぎラーメン(私)。
ねぎラーメンには細く切ってラー油で和えた山盛りのねぎ(炒めてあるのか、高温で油通しをしてあるのか、とても香ばしい)がのっていて、麺は細め。スープもクセになるおいしさだった(遠くで香ばしいエビの味がした)。
ラーメンが大好きななるみさんに、食べていただきたいなぁ。
ビールも紹興酒も飲まずに、おいしいごはんをモリモリ食べる。女どうしは気楽でいい。

●2016年8月9日(火)晴れ

朝から佐渡日記の推敲。
旅のメンバーに確認していただきながら、CCでメールのやりとりをしている。
それが楽しくてたまらない。
お返事を待ちながら、パソコンに向かって作文の続き。 きのうから書きはじめた短編ものだ。
これは、シカが出てくるお話。
大人向けの童話のようなもの、だろうか。
きのうの朝、目が覚めたらうずうずと世界が上ってきた。
裏の森、森の奥にある泉、滝壺、佐渡島の洞窟、大風の夜、雨などなど、たまっていたものがある場面をきっかけに出てきたみたい。
書きながら言葉がからまり、ふくらみ、自分でも思ってもみないところへ流される。
神戸に来てから長いこと夢をみなくなっていたのだけど、現実で見えていたものが、夢のワンシーンのように蓄積されていたのかな。
指先をとがらせ、からまり合った糸をほどくように、するすると引き出してやる。
絵本の文を書くときともまた少し違う感触。
そうか、これでいいのか。
4時ごろ、屋上に洗濯ものを取り込みにいき、汗をかいたので早めにお風呂。
夜ごはんは、南瓜のオイル焼き(塩とポン酢醤油で)、油揚げの薄味煮(冷凍しておいたもの)、きゅうりのぬか漬け(水なすのぬか漬けのぬかをとっておき、きゅうりを漬けてみた)、みそ汁(じゃがいも、祝島のふのり)、枝豆の炊き込みご飯、ビール。
まだ青い海と空を眺めながら食べた。

●2016年8月5日(金)ぼんやりした晴れ

ゆうべ、佐渡島から夜の10時半くらいに帰ってきた。
今朝は8時くらいに目覚め、ベッドの中で頭をうろうろさせていたのだけど、もう起きてしまう。
なんとなしに体が重たいし、頭もぼんやりしているのだけど、たまらなく日記が書きたくなったので。
中野さんはまだ寝ている。
佐渡島はとても楽しく、濃く、有意義な旅だった。
毎晩遅くまで呑みながらいろんな話をしていても、毎朝早起きして、朝ごはんをしっかり食べ、島のあちこちを車でまわり、いろいろな景色を眺め、子どもたちの声を聞き、様子を眺め、ごはんを作り、食べ、笑い、お風呂に入り、眠った。
集合時間や出発の時間は一応決めてあるのだけど、そんなにきちきちとはしてないから、いつも間に合わない人がいて、間に合った人たちはタバコを吸ったりしながらぼんやり待っていたり。
それぞれがみんなそのままで、何かをしなくてはいけないというのもなく、でも、一緒にいる人たちのことを感じながら、そこに集っていた。
そうだ、忘れたくないことをひとつ、ふたつ。
佐渡島に着いた日、どこかに向かって海岸沿いの道をひた走っているとき、それまでお喋りしていた声がふと止まり、みんながだまっている時間があった。
波のまったくない静かな海は、人々が暮らしている家々から驚くほど近くにあった。
海だけが広々と見えていたかと思うと、家々に隠れ、隙間からふっと青がのぞいたりして。
過ぎゆくそんな景色を、私はぼんやりと眺めていた。
車に乗っているほかの6人も景色を眺めたり、前を向いたりして、何かを感じている。
何も喋らないんだけど、みんなしてそこにいる。
私は、出会ったばかりの彼らのことを、もう大好きになりかけていて、ノラ・ジョーンズの歌がかかっていて。
今の車の中のこの感じを、何年もたってからひとりでふと思い出したりするんだろうな……と思ったら、泣けてきた。
どうしたってときは流れていくし、人も変わっていく。
いくら大好きな人でも、いつまでも一緒にはいられない。
時間を止めることはできない。
噴き出してくる涙の向こうには、地面とほとんど同じ高さに海があり、島のおじいちゃんやおばあちゃんが集まって草抜きをしていたり、子どもらが浜遊びをしていたり。
畑の脇道に咲いている紫色のかわいらしい花、キンセンカのオレンジ色、真っ赤なダリアが眩しかった。
赤泊港の夏祭りに行ったのは、そのあとでのこと。
舞台では民謡やら踊りやら、島の住民たちのいろいろな芸が披露されていて、見たい人はブルーシートに足を投げ出してビールを呑んだり、私と中野さんとラリちゃんは海を見に行ったりしていた(途中から私たちも会場に戻り、夢中になって芸を見た)。
すべての芸が終わって、花火が揚がった。
花火の一発一発は、説明のマイクの声が聞こえてから一拍置いて、夜空に揚がった。
たとえばこんなふうに。
「祝港祭り、赤泊のますますの発展とみなさまの多幸を願って!○○遊漁船協会さま、5号玉二発」……パーーン!パパパー――ン!パパパパー――ン!
「9周年を祝って。○○美容室さま、5号玉一発」……パーーン!パパー――ン!
「正央訓、由梨、結婚おめでとう。○○さま、7号玉一発」……パーーン!パパパー――ン!パパパパー――ン!
「孫たちの成長と家族の健康を祈願して。三益のじいちゃんばあちゃん、5号玉一発」……パーーン!パパー――ン!
「房子おばあちゃん長生きしてね。○○さま、5号玉一発」……パーーン!パパー――ン!
島の商店や美容院やグループ、一般の家族たちがお金を出し、揚げているのだった。
こんな花火大会を、私は生まれてはじめて見た。
スピードもゆっくりだから、ちゃんと見て、感じることができた。
ひとつひとつの花火はみな違って、どれもきれいだった。

今朝、ベッドの中で思っていたのだけど、旅の間中、なんだか私はずっとレッスンを受けていたような感じがする。
先生は中野さんであり、中野さんが会わせてくださったすべての人たち。もちろん子どもたちも含む。
もっというと、中野さんに出会った去年の夏から、レッスンはすでにはじまっていた。
神戸へ越してきて出会った、ギャラリー「MORIS」の今日子ちゃん、ヒロミさん、そのお友だち、「かもめ食堂」のふたり、スーパーのレジの女の子、子どもを連れたお母さん、町ですれ違う人たち。
何のレッスンを受けているかというと、私の身体の奥にある、どうしようもないものについて。
いつのころからかその部分の成長が止まり、成熟せぬまま大人になってしまったあるところ。
みんなでゲームをしていて、自分が負けていると分かると、私は机をひっくり返してめちゃめちゃにするような子どもだった。
夕方になると一日が終わるのが切なく、体の外と内がひっくり返りそうに悲しくなる。
自分の思い通りにいかないと、変わりようのない自然界を相手にしてまで、いつまでも泣き叫ぶような子どもだった。畳にうっぷし、鼻水でどろどろになりながら。
我が強く、自分の感覚しか信じられなくて、まわりのことを俯瞰して見ることができない。
それが、そのまま大人になってしまった。
スイセイにはよく、「みいの中には”尊大さん”がおる」と言われていた。
自分のことまで燃やし尽くしてしまいそうな、炎みたいなその力が、私の創作に役立っていることは確かなのだけど。
そしてそれは、私の武器でもあるのだけど。
佐渡島の旅の仲間たちは、それぞれに熱いものを持っているのに、自分ひとりのことよりも、一緒にいるみんなとの時間を愛し、俯瞰して味わっているような感じがした。
だから、私の先生。
私が「レッスン」のことを書いていたら(このあたりの日記は土曜日にやっていました)、ラリちゃんから中野さんにちょうどメールが送られてきました。
そもそも、「みーちゃんにもわかる◯◯教室」というのは、出掛ける前からラリさんときんちゃんの間でアイデアが持ち上がっていたらしい。
呑んでばかりもいいけれど、せっかく集まったのだから、旅のメンバーそれぞれに、教室や講座のようなのを開いてもらったら楽しいんじゃないかということで、加藤さんには数学教室、中野さんにはお絵描き教室、私には子どもクッキング教室、もしくは私の子ども時代の話。
なるみさんは世界史で、きんちゃんは世の中についてのトークショー、ラリちゃんは「日本のアートフェスティバルの歴史〜『アートキャンプ白州』からはじまるアートフェスティバルと地域振興について〜」ということだったみたい。
けっきょくは、遊んでばかりいて教室は開けませんでした。加藤さんだけは、ちゃんとプリントを用意してくださっていたのに。

旅を終えてからのラリちゃんのメール。
「日々ごはん」の読者の方々にも、島での私たちの様子がよく伝わるのではと思い、ぜひ読んでいただきたくなりました。
日記の最後に、載せさせてもらおうと思います(ラリさんには了承ずみです)。
まーくんというのは、中野さんのこと。みーちゃんというのはきんちゃんの娘のみっちゃんのことです。

・・・

みなさん

あらためまして、お疲れ様です!
さて、突然ですが記憶と感覚が新鮮なうちに「みーちゃんにもわかるプロデュース教室」をいたします。

この「みーちゃんにもわかる◯◯教室」が何かというと、今回の夏休み佐渡旅はみーちゃんも一緒だし、大人も子供も楽しめる旅になるといいなぁ、ということで提案したものでした。
この教室、みんなが黒板に向かうのではなく、それぞれが時間と機会を見つけてやっていたなぁ、と振り返ってます。

なるみさんはみんなとの大阪での再会をきっかけにこの旅を具体化してくれて、重要な引率者先生だったし、きんちゃんは場を盛り上げたり社会の出来事を私たちの中に引き寄せてくれるコーディネーター先生だったし、まーくんはなおみさんを連れてきてくれたお絵描き先生だったし、なおみさんは食の大切さを教えてくれてみんなを和ませてくれる先生だったし、
加藤さんは知識を洗練してくれる長老先生だったし、そしてあすかちゃんはおうちや畑、子育てから暮らしの豊かさを教えてくれる先生だったし、三島くんは佐渡の自然と住民の素晴らしさと生き方を教えてくれる先生だったし、ほのちゃんは今を生きる時間の大切さを教えてくれる先生だったし、てるちゃんは言葉を介さないコミュニケーションを教えてくる先生だったし、そしてみーちゃんは大人と子供それぞれの面白さを教えてくれる先生だったし、みんなを通してとてもたくさんのまなびを得ることができました。

楽しい仲間たちたちとワイワイ過ごしているだけなのに、この密度の濃さは何だったんだろうか、と考えています。

わたしがなぜ「プロデュース教室」というタイトルをつけたかというと、元々は「アートキャンプ白州から始まるアートイベントについて」ってなことで、白州のことを振り返りつつ、今のことを考えたいなぁと思いながら、この佐渡旅をそれぞれがプロデューサーとなりプロデュースしてみては?という自由研究を提案してみようかと思っていましたが、もうみんな素晴らしいプロデュース力で自然と佐渡旅がプロデュースされていましたね。
私がプロデュースという言葉にこだわりたいなと思ったきっかけは、尊敬する先輩プロデューサーが舞台の仕事を辞めて、知り合いの介護を始められた時、その方をプロデュースするんだ、と力強くおっしゃっていたのを聞いて、目を開かされたからです。

そして、「アートキャンプ白州」は何だったんだろう、今あるアートイベントでは何が起こっているんだろうということを考えた時に、思い浮かぶキーワードは「コミュニティ」ということばです。各地でのアートイベントではコミュニティの課題を顕在化させるのに、アートの手法が持ち込まれているのですが、私はそもそもコミュニティという概念に対していまいち理解できないできました。自分自身の経験の中にコミュニティを感じることがなかったからです。

ここでさっきの『密度の濃さ』と重なる感覚になるのですが、今回の佐渡旅は自分の思うコミュニティに近かったように感じています。距離は遠くても互いの事を感じて、集まった時はまさにあすかちゃんが言うように『持ち寄る』。だから、人が増えることで平均化されて希釈されるのではなく、どんどんと濃度が濃くなる。
このことを白州でやっていたのかなぁと。白州に通っていた時周りの大人たちが持ち寄る姿を見て、私もこうなりたいと思っていました。

白州町での「アートキャンプ白州」は終わってしまったけど、こうやってあちこちで小さな「アートキャンプ白州」は継続し、増殖しているのでしょうか。

そうそう、プロデューサーが集うコミュニティに存在するものは何かを考えた時に、そこにあるのは、『確かな愛』だと思います。
いま、愛とは程遠い言葉や態度が氾濫しているけど、小さなところや見えない見えにくいところに『確かな愛』は育てられていると信じています。

私も長く音信不通状態で、申し訳ないなと思いつつ、いつもみんなのことは考えていました。久しぶりの再会と濃い旅で、たくさんの思い出の宝物が新たに持てたし、確認できました。ほんと勉強になった。
ありがとう!!

●2016年8月3日(水)晴れたり曇ったり

6時くらいに目が覚めた。
どうしようまだ眠たいんだけど、トイレに行きたいな。
(よし、トイレへ行ってからまた寝よう)と思って、起き上がったら、ラリちゃんもちょうど起き上がった。まったく同時に。
きんちゃんはうつぶせのまま目を開け、布団の上で伸びをしている。
 トイレにはみっちゃん(きんちゃんの娘)が入っていた。
私はなんとなく筋肉痛。頭もぼんやり。
今朝もまた朝早くから、みそ汁のいい匂いがしていた。なるみさんだ。
なるみさんはいつも、誰よりも早く起きて(目が覚めちゃうんですよね……と言っていた)朝ごはんの支度をしている。
きのうのみそ汁は、油揚げ(肉厚のもの)と豆腐とワカメ(どれも佐渡島産)。だしになりそうなものはスライス干し椎茸しかなったのに、ちゃんとコクがあって、はーっとため息が出るおいしさだった。
今朝は昆布と干し椎茸のだし。きのうあすかちゃんちでだし昆布をもらったので、寝る前に鍋に水を張り、私が浸けておいた。
トイレ待ちの間に味見をすると、今朝のもまたはーっとため息がもれるおいしさだ。
「みそ汁に茄子を入れてもいいですかねえ。でも、茄子はパスタで使いますよね。どうしましょうか」となるみさん。
「わあ、いいですね、茄子のみそ汁。パスタはそのときに考えるから使ってもぜんぜんだいじょうぶですよ」と私は答えた。
なるみさんはいつも、みんなのごはんのことを考えている。
きのう、あすかちゃんちにバーベキューに行く前にも、「台所に何人も立って支度をするのは大変だし、すぐに焼けるようにしておいた方があすかちゃんも楽だろうから、野菜は切ったのを持っていった方がいいと思って」と言いながら、ピーマンやら万願寺唐辛子やらどんどん切ってビニール袋に詰めていた。私も手伝った。
そういうことをしながらも、翌日の朝ごはんはどうするか、お昼ごはんは? 夕飯はどうするかとか、ひとまわり先のことまで考えている。だとすると、お米はあと何合あればいいのかとか。
”白州”時代、キッチン班のリーダーだったというラリちゃんに、「なるみさんはいつもみんなのごはんのことを考えてくれてるね。”白州”のときからそういう役をやっていたの?」と聞いたら、「いや、役ゆうか、性格やと思います」ということだった。
ラリちゃんときさらちゃんはキッチン班で、多いときには200人分くらいのスタッフたちにごはんを作っていたらしいけど、なるみさんはキッチン班ではなく、何かの全体をとりまとめるリーダーのようなことをしていたらしい。
私はとても納得した。
だって、誰が手伝っても手伝わなくてもどっちでもよく、当たり前みたいに、癖のように動いていたから。
(あとでなるみさんは、「だんどりを考えるのが好きなんです。頭の中でいつもそういうことばかり考えています」と教えてくださった)
私は今、中野さんの”白州”時代の昔なじみの友だちと、佐渡島に来ています。
7月31日の日記は、電車を待っている間にホームのベンチで出だしだけ書いた。
出発の時間が早かったので、中野さんは前の日からうちに泊まって、翌朝タクシーで六甲道へ向かった。
京都の稲荷駅で下り、伏見稲荷神社の駐車場で待ち合わせ、旅の仲間たちにはじめて会って、車でここまで連れてきてもらった。新潟の直江津港からフェリーにも乗った。
車はなるみさんの。運転もずーっとなるみさんだった。
そのあとの日々は、いろんなことがどしどし起こって、何をしてもどこにいても楽しく、おもしろくてたまらなかったので、とても日記を書く気になれなかった。
そもそもの旅のはじまりは、「なおみさん、夏に佐渡島に行きませんか?」と中野さんに誘われたこと。
”白州”でのことは、中野さんに出会ったときから、ぽつりぽつりと聞いていた。
でも中野さんは、「僕が学生のころ、山梨の白州というところで、木を切っていました。お風呂に何週間も入らないんですけど、大丈夫なんです。きっと、汗の塩が肌を守ってくれていたんだと思います」とか、ぽつりぽつりとおっしゃるくらいで、具体的なことはほとんど分からなかった。
「ポレポレ坐」のきさらちゃんが、子どものころ(小学校の5、6年生か中一くらい)にそこにいたので、”白州”がどういうところで、中野さんたちが何のために木を切ったりしていたのかは、きさらちゃんが教えてくれた。
中野さん、きさらちゃん、旅の仲間たちが共有している”白州”が、いったいどういうところで、どんな体験をされたのか。
みんなから聞いた話を私ながらに要約すると、こういうことになります。
そこは山梨の白州(現在の北杜市)にある、「身体気象農場」というところ。
1985年の夏に、舞踊(ぶよう)家の田中泯さんが主となってこしらえた。
88年から「白州・夏・フェスティバル」が開かれ、農地や神社での踊りの公演や作品展示、体験農業などのワークショップもあった。
93年の夏からは、大きなサマー・フェスティバル(「アートキャンプ白州」と名前を変えた)が毎年開かれ、1〜2ヵ月の共同生活を軸とした創作活動にも取り組んで、踊りやらお芝居やら音楽やらワークショップやら、いろいろなことがそこで行われたらしい。
全国から有志を募って集められたスタッフは、出入りの者を含めると総勢200人ほど。
寝る場所と三度の食事はふるまわれるかわりに、みんなボランティアだったんだそう。
すべて一から作らなければならないから、日々の作業は木を切ったり草を抜いたり、空き家を修理して宿泊できるようにしたり、農場の人に教わりながら農業をしたり。
都会から続々とやってくる、訳の分からない若者たちをいぶかしがっている農家のおじいちゃんがいると、安心してもらえるうようお宅に訪ねていって話をしたり(なるみさんはそういうこともしていたらしい)。
スタッフの交通手段(アートキャンプの地区内はとても広いので、作業連絡やその他の用事のために、各班に何台かずつ配給されていたそう)や、お客さんにレンタルする自転車を、毎日毎日何十台も作り続けたり、修理したりしていた人もいたそうだ。
フェスティバルがはじまると、お客さんたちの駐車場作り、交通整理、キャンプ場作りからはじまって、スタッフたちは舞台を作ったり、大道具や小道具を作ったり。
そういうことのすべてが、アートキャンプ全体に自ら関わる、関わっている、関わってしまっているという意味で、スタッフたちは「当事者」とも呼ばれていたとか。
中野さんは20年ほど前に、大学の先輩に誘われて、毎年そこに参加していたらしい。
卒業してからも通っていたから、合わせると5、6回。いつもテントで寝泊まりしていたそうだ。
今回の佐渡島の旅のメンバーは、みな関西の人たち。
「アートキャンプ白州」の「当事者」として、ひとりひとりがそれぞれの理由で集まり、入った時期も班もみな違うのだけど、気づけば集まって呑んでいたりして、仲良くなった人たち。

旅に行くことは決めたものの、団体行動が苦手な私は、佐渡行きが近づくにつれドキドキしていた。
そしたら中野さんが、旅のメンバーの情報を書いてメールで送ってくださった。
ここに、そのときの人物紹介のメール文を載せてみます。

・・・

なおみさん

佐渡の旅道中の仲間の紹介です。

加藤さん
もと高校の数学教師。
今は退職し、世界各地へ旅を続けている。
独身。

あすかちゃん
一昨年、大阪から佐渡へ。
20代は、オランダに在住。服飾の仕事をしていた。
大阪時代、使わなくなったハギレなどで、かっぽう着をつくったり、ご近所さんとの日々を大切に生活する。

なるみさん
高校時代、加藤さんの生徒だった。
特別支援学校で、子どもらと過ごす日々を、現在も進行中。

きんちゃん
東京生まれ。
20代より、世界を旅する。
機関銃のように喋り、初めての方は、ききとりにくいかも。
慣れると、心地よくなる。照れ屋さん。

みっちゃん
きんちゃんのひとり娘。小学6年生。
繊細かつ、大胆な性格は、母を遥かに超えている。幼さの残る感じが、いい。

ラリさん
白州では、みんなにおそれられていた、らしい。
主義主張が、はっきりとしている。
ライオン、強いなかに、繊細な優しさが
滲み出る。

ご参考まで。

・・・

みんなの正確な歳は分からないけれど、あすかちゃんは30代、きんちゃんとなるみさんとラリちゃんは40代。
「アートキャンプ白州」での担当は、ラリちゃんとあすかちゃんがキッチン班、なるみさんは主に出場者(出演者も全体に関わっているという意味を込め、そう呼んでいたらしい)の対応、きんちゃんは出場者対応や事務局、販売ほか、いろいろなことをしていたらしい。
加藤さんは私よりひとつ年下で、フェスティバルのある期間において、リーダー(リーダーとは誰も呼ばない。スタッフたちが何かをすべきか、その理由をすべて分かっている人)的なことをされていたらしい。でも、指示したりするだけでなく、中野さんたちと同じような肉体労働もされていた。
このメンバーが全員揃うのは、本当に久しぶり。
予定を合わせ、佐渡島へ移住したあすかちゃんに会いにやってきた、というわけです。
加藤さんは私の『ウズベキスタン日記』と『どもるどだっく』を読んでくださっていて、みんなの前で感想をおっしゃった。
「『どもるどだっく』で僕がいちばん好きなのは、ほら、表紙にもなっている”つきよの はらっぱで”。それとその次の、”らくだおどりと ちょうちょうをおどった”というところ。あれは何というか…… 、子どもと、言葉や事物との……、うれしいたたかい、というか……そうなんですよ。だから”あくしゅ”するんだよね」とか。
しぼり出すような(ぴったりの言葉を探されている)言い方で。
「加藤さんはいつも、僕の絵の感想を言葉にして、きちんと伝えてくださるんです」と、中野さんもおっしゃっていた。

今は朝の9時半。
加藤さん、きんちゃん、なるみさん、ラリちゃんは8時にここを出て、シーカヤックへ。さっき中野さんが車で送っていった。
私とみっちゃんは留守番。
その間にこうして日記を書いています。2階の畳の部屋で。
みっちゃんは下で、絵を描いているみたい。
ここは、佐渡島の南の宿根木という集落にある「伊三郎」さんという民宿。
歴史ある本物の古い民家を一軒借りて、自炊をしながら泊まっている。
中野さんが戻ってきたら、私たちは3人で、あすかちゃんと三島くん(あすかちゃんの旦那さん)の家に出掛けます。
娘のほのかちゃん(3歳)と、てるちゃん(11ヶ月)も一緒に、家の近くにある浜へ連れていってくれるらしい。
みんなで海水浴だ。
島に住んでいる友だちの家族も一緒に。

●2016年7月31日(日)晴れ

4時に起きた。
5時40分に中野さんとタクシーで六甲道駅へ。

●2016年7月28日(木)快晴

ゆうべはとても涼しく、よく眠れた。
6時半までぐっすりだった。
これは、いままでではじめてのこと。
ベッドの堅さにも、ここにいる自分にも、ようやく慣れたのかな。
中野さんの声を電話で聞いて、心安らかになって、そのままストンと寝てしまった。
朝ごはんは、ゆうべのうちににぎっておいたゆかりおにぎりと、いつぞやのごぼうと切り干し大根と牛コマの炒り煮(ようやく食べ切った)。お椀にみそとかつおぶし、ワカメを入れて熱いお湯を注ぐ、即席みそ汁と。
食べながら、『とと姉ちゃん』。
洗濯ものをたっぷりやり、日焼け止めクリームを塗って帽子をかぶり、ベランダに干してきた。
最近は、シーツなどの大物だけでなく、下着以外のほとんどを干すようになった。
部屋干しだとカラッと乾かないので。
メールの返事や日記を書いているうちに、お昼になってしまった。
今日もきれいに晴れて、海が真っ青だ。
蝉もジンジンジリジリ鳴いている。
近ごろ、「ふくう食堂」のファンの方がメールをくださるようになった。
それがとても嬉しく、励みになる。
ありがとうございます。
「日々ごはん」の日記をはじめたころには、毎日メールをいただいていたけれど、ここ何年かはぽつりぽつりで、1週間にひとりくださるくらいだった。
私の日記の書き方は、自分を実験台のようにして、心や身体の変化を記録をしている感じ。
そういう綴り方は昔から変わらない。
みなさん、神戸へ来てからの私の変化、孤独感とか不安だとかに、親近感を持ってくださっているみたい。
昔の私は、自分の弱いところをちゃんと見れていなかったんだろうか。それとも、日記には書かないようにしていたんだろうか。
その両方だったような気がする。
さて、今日も『ココアどこ わたしはゴマだれ』の続きをやろう。
2階に行ったら、カーテンのところに蝉がいて、ジリジリと大きな声で鳴いていた。
しばらくほおっておいて、下で続きをやっていたのだけど、次に上ったら窓の桟のところにはまって鳴いていた。
困っているようだったので、つかんで窓から逃がしてやった。
すぐに飛んでいった。
そのときの鳴き方が、少し高い音でジリジリジリ〜〜と鳴いていて、「ありがとございました〜〜」と聞こえた。
6時近いのに、海がまだ青い。
早めにお風呂に入ってしまう。
窓を開け、2階で涼む。
今日の海は特別に青いので、ビールを飲むことにした。
台所で急いでつまみを作った。
マキオ君の本のゲラに載っていた「いんげんと蒸し鶏の海苔あえ」を真似して、ツルムラサキで作った。ちょうどササミの酒蒸しがあったので。
マキオ君のは鶏の胸肉だけど。そして、いんげんのかわりにツルムラサキでもおいしいと書いてあったので。
本当に、とてもおいしくできた。
なかったので入れなかっただけど、ここにちりめんじゃこが加わったらさらにコクが出て、本当に「のらぼう」の味になるなあ。
あとは、じゃがいもの細切りとピーマンのバター炒め。
台所に立って海を眺めながら、いそいそとつまみを作っているとき、ひとりでいるのが幸せだと、はじめて感じたような気がする。
夜ごはんは、ツルムラサキと蒸しササミの海苔あえ、じゃがいもの細切りとピーマン(淡路島の)のバター炒めプレミアムモルツ(近所の酒屋さんに箱入りで注文してみました)。

●2016年7月27日(水)曇りのち晴れ

5時半に起きた。
とてもよく眠れた。
夢も何か、おもしろいのをみたような気がする。
朝風呂に浸かって、たまっていたビン、カン、ペットボトルのゴミを出しにゆく。
森の入り口近くまで歩いて、洗濯。
朝ごはんを食べながら、『とと姉ちゃん』。
きのうのハモは、とてもとてもおいしかった。
私はこれまで、ハモというものをほとんど食べたことがなかった。
天ぷらなんか、ふわっふわで溶けそうだった。
まず、焼きハモの棒寿司(味つけはアナゴの照り焼きのような感じだけど、皮が香ばしく、身もしっかりしていた)、湯引きハモのにぎり(梅肉がちょこんとのっていた)、ハモの天ぷら、生しらす丼、煮アナゴ丼(アナゴもまた、ハモと甲乙つけがたいほどおいしかった。ふわっとしていて)、赤ウニのにぎり(1貫の1/3くらいの大きさ。塩で食べた)。
最後にいただいた赤ウニが、一生にいちど味わえれば充分というくらいの、堪えられないおいしさだった。甘みと新鮮な海の香りが混じった、奥行きのある複雑な味。食べ終わってからも、口の中に余韻がずっと残っていた。
今、これを書いていても、味が蘇ってくる。
淡路島の玉ねぎは甘みがあって特別おいしいらしいのに、前回行ったときには買いそびれてしまった。
今回は、東京のきさらちゃんに送ってあげようと思って買って帰ったのだけど、この暑さなので、送っている間に傷んでしまうんじゃないかと箱詰めしながら気がついた。
なので、7個分を片っ端から薄切りにして、炒めることにした。
大鍋でじくじく炒めながら、『ココアどこ わたしはゴマだれ』の初校をやる。
集中が切れると、「のらぼう」のマキオ君の料理本(『野菜のごちそう 春夏秋冬』秋の発売だそう)のゲラを読んだ。帯の言葉を考えながら。
懐かしい「のらぼう」の料理……どれもおいしそう。
とっても分かりやすいレシピにまとまっている。
夜ごはんは、前回のカレー(鍋ごと冷蔵庫に入れておいたのに、淡路島のミニトマトを加えて温めた)。
夜、お風呂から上がって涼みながら日記を書いていたら、中野さんから電話がかかってきた。
今日、中野さんは、ご両親と一緒に朝から家のまわりの草引きをしたり、庭のバラやオリーブの木の剪定をしていたそう。
ゴミ袋10袋にもなって、陽に焼けたそう。
中野さんは、絵を描かれるときは洞穴のような自分の部屋にとじこもるけど、家族との生活も大切にしてらっしゃる。
自分のためだけでないことに時間を使うって、とっても豊かなことだな。
中野さんの話を聞いていると、純粋に羨ましく思う。
なんというか、地に足がついて、あたたかい。
そういう気持ちは、スイセイから離れ、ひとりになってみてはじめて味わったような気がする。
そういえば私も、最近はよく母とファックスのやりとりをしたり、電話で話したりするようになった。
共通の興味は、絵本。
母も近所の図書館に、しょっちゅう通っているとのこと。
館長さんがとてもやさしい方で、外の階段を降りるのに、いつも手を貸してくださるんだそう。

●2016年7月25日(月)曇り

7時に起きて、朝風呂に浸かり、ゴミを出して『とと姉ちゃん』。朝ごはんを食べながら。
書きたいことが雲のように集まってきたので、「おいしい本」の原稿を書きはじめた。
お昼には仕上がり、お送りする。
8月3日が締め切りなのだけど、もうできてしまった。
佐藤雅彦さんの『砂浜』について書きました。
山が近いからここの空気は林間学校みたいで、子どものころの夏休みのことをよく思い出していた。
『砂浜』は永遠の夏の物語だ。
「暮しの手帖」が届いた。
自分の記事を、ドキドキしながら読んだ。
もちろんゲラは確認しているので、内容は知っているのだけど。
なんだかはじめて読むように新鮮で、自分のことながら、そうか、そういうことだったのか……と思いながら読んだ。
電光石火のように引っ越してきてしまったけれど、そのときには前しか見えていないから、分からなかったことがある。お腹のなかでは分かっていたのかもしれないけれど。
ここに暮らして2ヶ月半、越してきた理由がだんだんに表に現れてきているような、それでようやく、やっぱりこれでよかったのだ……と、思うような感じ。
ライターの渡辺さんは、私が口にする言葉の端々から、少し先の未来をも読み取ってらしたのかもしれない。
引っ越し前の今と、2ヶ月後に分かってきた未来の今の両方が描かれているような気がするのです。
長野さんの写真にも、今、そのときにしか現れえないものが映っている。
私にとっても記念の記事になりました。
本当に、ありがたいことです。
『とと姉ちゃん』を見ながら、ちょこまかしたおかずを並べ、お昼ごはんを食べたら、もう今日はやることがなくなってしまった。
ふと思いつき、隣町の絵本屋さんへ。
ここは去年の冬、芦屋のジュンク堂で『実用の料理 ごはん』のトークショーをしたときに来てくださった男の子が、「高山さんが好きそうな、とってもいい絵本のお店がありますよ」と教えてくださったところ。
きのう、別の方がメールで知らせてくれたので、地図を調べてみたら、ひとりでも行けそうなところにあった。
郵便局も通り道にあったから、レターパックを買って、母に「暮しの手帖」を送った。
絵本屋さんは本当にいいお店だった。
店主のおばあさんが、ご自分で選んだ本だけを置いてあるみたい。
なんだか図書室にいるみたいに落ち着いた空気があり、小さな木の腰掛けに座って、気になる題名と絵の本を片っ端から開いては読んだ。
ときどき棚の向こうから(勘定台に仕事机がつながっている。そこがおばあさんのいつもの場所なのだ)、ページをめくる音や、鼻をすする音が聞こえてきたり、お茶をいれているらしい音がしたり。
小一時間はいたろうか。いや、もう少しいたかもしれない。
東京にいるときに図書館で何度も借りていた『トムテ』と、中を読んでおもしろそうだった『フーさん引っ越しをする』(フィンランドの児童書)と、『陸にあがった人魚のはなし』(モーリス・センダックの挿絵)を買った。
おばあさんとも、少しお話した。
小川未明の本をなんとなく探していたのだけど、1冊もないとのこと。
買った本を包装紙に包んでくださるのも、なんだか嬉しかったな。
3冊が重なって包まれている様子は、子どものころのプレゼントを思い出す。
せっかく隣町まで来たので、前にリーダーに教わったパン屋さんで、おいしそうなグラハム粉の食パンとクッキーを買い、「coop」で少しだけ買い物。
野菜を買おうとして、やめにした。
明日は今日子ちゃんたちとまた淡路島へ出掛ける。島の産直の売り場にはきっと、夏野菜がありそうだから。
新鮮そうなハモを骨切りしたのも安く売っていて、じっと見る。
でも、明日はハモずくしなんだから。
六甲駅に着いたら6時を過ぎていた。
せっかくなので八幡さまにお参りし、いつものように坂を上って帰ってきた。男坂の方から。
汗びっしょりかいて、すぐにお風呂。
夜ごはんは、お昼のみそ汁でワカメ雑炊、ごぼうの炒り煮、「coop」で買ったクリームコロッケ、ゴーヤーときゅうりのポン酢じょうゆ和え(お昼の残り)、冷や奴(錦小路の「そや」というお店の。きめ細かくなめらかで、ごま豆腐のようにねっとりしている。塩と白ごま油で食べた)。
最近、寝る前に毎晩ベッドで読書をしている。
ゆうべとその前の晩は、自分の『ロシア日記ーシベリア鉄道に乗って』を読んでいた。
すばらしい造本なので、読んでいる間心が下に落ち着いて、本のなかを存分に旅できる。
紙の手ざわりも、文字も、余白も、すべてがなじんでいて、私と川原さんがロシアを旅していたときから、こうなるように決まっていたみたいな姿の本だ。
『ウズベキスタン日記ー空想料理の故郷へ」の表紙の色は、ウズベキスタンの空の青なんだな。ロシアの方は、建物の壁の色みたい。
川原さんの目から見えた景色は、その場で描かれたものばかりだから、いきいきと震えていて。本の間に挟まれている感じも、儚げな感じがする。
淡路島へは、生しらすを食べに行った方たちと同じメンバーで出掛ける。
明日の朝、坂道の途中に10時に立っていたら、車で拾ってくださる。 楽しみだなあ。

●2016年7月24日(日)ぼんやりした晴れ

ゆうべは夜中に目が覚めて、窓の月を見るともなく見ていた。
銀色の月だった。
半月よりも少しふっくらとした月。
銀色の蝶々の片方の羽根みたい。
銀色蝶は、やりかけの新しい絵本に出てくるので、(ああそうか、そういう月もあるのか)と思いながら。
輪郭がぼやけたり、そのうち金色に光ったり。
雲の加減でまわりが湖のようになったり、虹の輪っかがかかったり。
そのまわりは灰色と藤色を混ぜたような色。
ぴたぴたぴたぴたと小さな音がして、下をのぞいてみると、お母さんイノシシを先頭にうりぼうが3匹。
うりぼうたちは等しい間隔を開けながら一列に並び、黒い影がそれぞれに伸びていた。
静かに角を曲がって、森の方へ。
時計を確かめると2時半だ。
あまり慌てていないようだったのは、真夜中だったからか。
7時に起きた。
今日は『とと姉ちゃん』はやらないのだな。
きのうの続きでお裁縫。
レースのはぎれの縁をかがって、本棚の覆いを作ったり、プリンターの覆いを作ったり。
残ったはぎれも繋ぎ合わせ、ちくちくと縫い合わせた。
全部やらずに、縫いかけをカゴに入れ、とっておく。
もう何十年もできずにいたけど、こういうこと、私はずーっとやりたかった。
あちこち掃除機をかけ、こうして日記を書いている。
そろそろ「おいしい本」の原稿を書きはじめようかな。
そうだ。忘れないように書いておこう。
この間、駅の本屋さんで、何の目的もなくひとりでうろうろしていたとき、とりたてて買いたいものがあるわけではなく、スーパーにいたとき、私はふと途方に暮れた。
ふわふわとして、自分の正体がないように感じた。
誰かのために、時間を使わないことの心もとなさ。
でも、ちゃんと坂を上って帰って、お風呂に入り、ごはんを作って食べ、早めに寝たら、次の日は前よりもたくましくなっていた。
きちんと淋しいのを感じたら、その分だけ心が丈夫になっている。
なんか、工作の仕組みみたい。
ひさしぶりに『サザエさん』を見ながら夜ごはん。
カレー(「ウズベキスタン風肉じゃが」にカレー粉とルウを混ぜた)&雑穀ごはん、コールスロー(キャベツ、にんじん、玉ねぎ、ゆで卵)。

●2016年7月22日(金)晴れ

4時に起きた。
ゆうべは9時にベッドに入ったし、とてもよく眠れたので。
窓を開けて寝たら、網戸越しにひんやりした空気が入ってきて、クーラーなどいらなかった。
外はまだ蒼さが残り、夜景の灯りもついている。
東の空だけが、ほんのりと明るんでいる。
樹々が吐き出す緑の濃い匂い。
ひぐらしが雨のように鳴いている。
台所に下り、お湯を沸かし、コーヒーをいれてまたベッドへ。
だんだん明るくなるにつれ、小鳥たちのさえずりが聞こえてきた。
空を横ぎる鳥、丸っこい大きな蜂が羽根を震わせ空中に止まっているなと思っていたら、東の方へ飛んでった。
真新しい朝の山の空気。
昔、山小屋でアルバイトをしていたころの朝みたいだ。
今日もまた、一日がはじまるんだ。
  私は今まで、半分は夢の中を生きていたのかもしれない。
現実がいやで、靄をかぶせたまま。
東京が私にそうさせていたのか、スイセイの傘の下で甘んじていたのか。
などと、つらつら考えながら外を見ていた。
私は今、ちゃんとここにいるな。
ずっと昔にペルーのクスコへ行ったとき、高山病にかかったら、標高の高いところからいちど下に降り、戻ってくると抵抗感が薄まり、治ることがあるって聞いたことがある。
神戸へ来てからも、私はまだ、自分がどこにいるのかはっきりとは分からないような感じがあったと思う。
でも、この間私は東京へいちど帰り、過ごし、またここに戻ってきて、ようやく身体ごと、無意識までもが分かったのかも。
ずっと下の方で、電車が走っている音がする。
始発電車が走り出したんだ。
教会の屋根の縁が、オレンジ色に光っているのは、朝陽が当たっているのだ。
さて、今日は何をしよう。
「気ぬけごはん」の原稿はきのうお送りしたし。
包装容器のゴミと雑紙を出しにいったら、『とと姉ちゃん』を見て、落ち着いた気持ちで『ココアどこ わたしはゴマだれ』の校正に向かおう。
けっきょく、スイセイと高野さんとメールでやりとりをしながら、一日中やっていた。
今日は『ココアどこ わたしはゴマだれ』デーだったな。
夜ごはんは、小松菜のおひたし(ポン酢しょうゆ、ごま油)、ごぼうと切り干し大根と牛コマの炒り煮、ぶっかけ素麺(焼きなす、トマト、みょうが、青じそ)。
ぶっかけ素麺がたまらなくおいしかった。

●2016年7月19日(火)快晴

今朝は8時ぎりぎりに起きて、『とと姉ちゃん』。
朝ごはんはプラムとトマト、大根ときゅうりの塩もみだけ。
ハムもトーストも食べない。東京にいる間、ずっと野菜不足だったから。
きのうは夕方になってからも、海と空が青いままだった。
京阪神エルマガジン社の村瀬さんからのメールで知ったのだけど、関西地方はきのう、梅雨明けしたみたい。
こんなに海が真っ青なのは、とてもめずらしいこと。
よほど空気が乾燥していたのだな。
きのうあたりから私は、ようやく神戸の日常に戻ってきたような気がする。
あちこち掃除をしたり、屋上に洗濯ものを干しにいったり。
きのうは音楽を聞きながら(最近は、タカシくんの『深呼吸』をくり返し聞いている)、ずっと日記を書いていた。
暑くなってくると2階に避難し、クーラーを入れた。
17日に書いた日記の中で、「少しずつ穴を埋めながら、絵本もどんどん書いて、前よりはましになって、年をとっていく自分の体をいたわれるようになればいい」と書いた。
「いたわる」という言葉がしばらく頭の中にぶら下がって、気になっていたのだけど、体を「いたわる」境地まで到達するには、私はまだ若く、もうしばらく時間がある。「慈しむ」が合っているのかもしれないと思う。
「年をとっていく自分の体をかわいがりながら、慈しみながら、生きていければいい」
という感じかも。
今朝もまた、よく晴れている。
でも、海はぼんやり霞んでいる。
「厚手の洗濯ものもよく乾くでしょう」と朝の天気予報で言っていたので、タオルケットとバスローブ(引っ越し祝いであぜつさんにいただいた)を洗濯し、さっき屋上に干してきた。
森の方で「ホーーートテチテト」とウグイスが鳴いていた。
ウグイスはここに越してきたころからずっと鳴いている。いつまでたっても、上手くならない。
さて、今日から「気ぬけごはん」を書こう。
今、中野さんからメールがあり、これから京都で新作絵本の打ち合わせがあるそうで、それが終わったらいらっしゃることになった。 それまで「気ぬけごはん」に集中しよう。
夜ごはんは、帆立のお刺身、冷や奴(しらす、塩、ごま油)、焼きなすとオクラの冷やし鉢(月曜日に作った)、ごぼうと切り干し大根と牛コマの炒り煮(月曜日に作ったものに、牛コマを加えて味をつけ直した)、太刀魚のみそ漬け(この間、新開地の市場で買ったのをみそ漬けにし、冷凍しておいた)、ビール&白ワイン。

●2016年7月17日(日)曇りのち晴れ、のち曇り

ゆうべは、夜中にいちど目が覚めて、それからは眠ってるんだか起きてるんだか。
ぼおっとしたままお腹に手を当て、窓の外の音を聞いていた。
柱時計が4つ鳴って、5つ鳴って、鳥なのか虫なのか、葉っぱなのか、樹の幹なのかーー生き物がたてている音がして。
柱時計が6つ鳴ったころ、ザーーッと雨が降り出した。
しばらくして雨はやみ、小鳥の声がし、蝉の声がし、カラスの声がし、6時半に、いつものカウベルのかすかな音が、遠くから近づいてきた。
これは、茶色い子犬を放して、近所のおじさん(前に、登山口のことを教えてくれた)が散歩してる音。
それを聞いて、安心して眠ったような気がする。10時近くまで。
とてもよく眠ったのだけど、眠りながら私は、ずっと考えていた。
主には孤独について、だろうか。
きのうは、芦屋の本屋さんで、『ハリネズミの願い』という本の翻訳をなさった、長山さきさんとトークをした。
オランダに住んでらっしゃるさきさんは、私の『日々ごはん』や『記憶のスパイス』を、寝る前に5分だけ、毎晩ベッドで読んでくださっているそうだ。
子どものころのことなど、たくさん話してくださって、私ははじめてお会いするさきさんの中に、自分を重ねるようにして聞いていた。
さきさんは鈴が鳴るような、三角形の金属の楽器(トライアングルだっけ?)が鳴るような、女の人らしいとてもいい声をしてらした。
そして、ひとつもウソをついてないと分かる、声と、目の動きと、表情。
小さいころのさきさんは、誰とも口をきかず、いつもひとりで遊んでいて、「へんな子」と呼ばれていたとか。
頭の中に架空の友だちがいたとか。
言葉もままらなないのに、20代で単身オランダに乗り込み、今も思い出したくないほどの、たまらない孤独を感じていた最初の6年間のこととか。
翻訳の仕事をしていて、いい訳が浮かんでくるときには、頭と天が繋がって、上の方から言葉が下りてくるような感じになるだとか。
会が終わって、さきさんの幼なじみのお友だち(彼女が私の本をオランダまで送ってくださったそう)と、編集者と4人でごはんを食べた。
3人とも私と同世代(たぶん、私の方が5つくらい上)で、さきさんには22歳の息子さん、お友だちには中学生と高校生(間違っていたら、ごめんなさい)のお子さん、編集者には中学生の娘さんがいる。
さきさんはトークのときから、青と緑が混ざったきれいな色のシャツを羽織っていて、「息子のを借りてきたんです」とか、「パパはホテルのコックをやっているから、お肉を焼くのが上手いんです」とか。大好きな翻訳の仕事を夢中でやりながらも、家族のことをいちばんに思っている様子が伝わってきた。
さきさんのお友だちにも、編集さんにも、旦那さんと愛する家族がいる。
3人がお話しする声、ちょっとした表情の隙間に、それぞれの暮らしの様子を思い浮かべながら聞いていた。
羨ましいというのではないのだけど、なんだか私には、眩しいような感じがしながら聞いてた。
みんなと別れ、芦屋の駅から六甲道まで電車に乗って、六甲まで歩き、坂道を上って、急坂の手前でタクシーを拾い、うちに帰ってきた。
運転手さんは、とても感じのいいおじさんだった。
お風呂に入って、夜景を眺め、バタンと寝た。
淋しいというのではないのだけど、そんな夜だった。
寝ながらずっと考えていたのは、自分の穴のこと。
私にはたぶん、何か、大きな穴が開いている。
身体の奥のどこか、えぐれたようになっている。
これまでは、この人と死ぬまで一緒にいれば、自分の穴はだいじょうぶだと思い込み、スイセイの隠れものの下で生きてきた。
でも、いつかはこの穴を、自分の力で埋めないと。
きっと私は、それをしに神戸へやってきた。
新しい人たちに出会うことは、とても楽しく、嬉しく、興奮することでもあるけれど、自分の足りなさ、自分のえぐれに触ることでもある。
もしかしたら、中野さんに出会って、絵本の物語が次々生まれているのは、そのえぐれと関係があるのかもしれない。
生みながら私は、少しずつ穴を埋めるようなことをしている。
みんなの穴は、どんなだろう。
大きくも小さくも、みんな穴を抱えながら生きているのかな。
どんなふうに折り合いをつけ、生きているんだろう。
私の穴も、いつまでも埋まらないかもしれない。
孤独だけど、ひとりぼっちではない。
少しずつ穴を埋めながら、絵本もどんどん書いて、前よりはましになって、年をとっていく自分の体をいたわれるようになればいい。
ひとつひとつ、お腹の中で確かめながら、つらつらとそんなことを考えていた。
もしかして、こんなことを考えたり感じたりするのは、『ハリネズミの願い』を読んだからなのかな。
本の世界をまるごと翻訳した、さきさんの生身の体にお会いしたおかげで、そんなふうになったのかもしれない。
私はまだ、『ハリネズミの願い』をおしまいまで読んでない。
また最初に戻って、毎晩1章ずつ読んでいくのが楽しみ。

というわけで、今日は汗をいっぱいかきながらてくてく坂を下り、美容院へ。
「かもめ食堂」でおいしいお昼ごはんを食べ、ふたりとおしゃべり。
六甲道の駅ビルで、ずっと欲しかった長靴を買って帰ってきた。
夜ごはんはなし。
ゆうべは牛肉をしっかり食べたし、お昼も3時ごろだったので。
2階にクーラーを入れ、ベッドの上で涼みながら日記を書いていたら、中野さんから電話がかかってきた。
できかかっている絵本を、耳元で読んでくださる。
懐かしいような、とてもいい声。
それはそれは、ブラボーなお話。
今夜は、海のうんと高いところに、ぽっかり月が出ています。

●2016年7月5日(火)曇り

きのう上京した。
吉祥寺に着いて、バスに乗って、下りて、マンションの下の公園のところあたりで、てん、てんと、地面に真っ黒なしみをつけるほどの大粒の雨が降り出した。
ドアを開け、スイセイがひとりで暮らしている部屋のおもしろさに驚いている間に、どしゃぶりとなった。
助かった!
スイセイは留守。
この部屋のおもしろさを、何と言おう。
神戸に引っ越してからひと月半あまり、家の中がどんなことになっているのか、本当をいうと私は想像するのが怖かった。 
きっとスイセイは掃除をしてないだろうし、洗濯機も冷蔵庫も私が持っていってしまったから、汗くさい匂いや、食べ物の傷んだ匂いがするかもしれないと覚悟していた。
けれどもまったく、そんなことはなかった。
スイセイの秩序で掃除された部屋(雑巾がけはしてないみたいだったけど)、台所もお風呂も、洗濯のシステムも、うちの中すべてが「ザ・スイセイ」になっていた。
全体的には町工場みたい。工場ではなく、こうば。
やりかけの書類が、大テーブルにずらりと並べたままになっていたり、ネジ釘の類がサイズ別に箱に入れられ並んでいたり、紙が取り出しやすいよう、ペットボトルを切ったのがティッシュの箱の下にはめ込んであったり。あと、丸椅子の上に板を置いただけのサイドテーブル(時計の定位置らしい)とか。
ガスオーブンを持ち出してしまったキッチンは、板が渡され、電熱器がひとつだけ。
どういう仕組みなのかよく分からないのだけど、ぶら下げられる時計とコードがつながっていて、時間がくるとスイッチが消えるようになっていたり(その間、自分の部屋でスイセイがパソコンに向かっていてもだいじょうぶなように)。
すべてがシステム。すべてが工作……という感じ。
棚に置いてある食器類は、すべてステンレスやコッヘルの類。
箸もステンレス。コップはプラスチック。
山の家の梅で、梅干しも漬けてあった。
床はいちども掃除されてないみたいだったけど、スイセイはスリッパをはいているからだいじょうぶなのだ。
スイセイは、ずっとこういう生活をしたかったんだよあ。
よく私なんかといっしょにいてくれたなあ。今まできっと、我慢していたんだろうな。
私は自分のしたいことだけして、スイセイのことを、ずーっと押さえつけていたんだ。
上京したその日は、原画の搬入の様子を見に行って、中野さんやきさらちゃん、ブロンズ新社の方たちとごはんを食べ、終電のひとつ前くらいで帰ってきた。
スイセイはもう寝ていて、玄関の電気だけがついていた。
私はお風呂に入り、これまで仕事部屋だったところに布団(正しくは毛布を折り畳んだもの)をしいて、ダンボール箱やわけの分からない荷物に囲まれながら寝た。
朝7時ころに起きて、トイレのついでに覗いたら、スイセイが自分の部屋でパソコンに向かっていた。
黒ぶち眼鏡に坊主頭。足穂(稲垣)みたい!
なんて、頑丈そうな顔。
考えの頑丈さが、顔や身体にはみ出している。

・・・・・

ここから先は、東京滞在中の何日目に記したのか分かりません。
毎日、どかどかといろんなことが起き、積み重なって、日記が書けないので、感じたことを忘れないよう、箇条書きのようにパソコンに打ち込んでいました。
それをちょっと並べてみます。

駅で電車を待っていたときのこと。
東京は、音が大きい。
耳のすぐ近くで声がする。
東京にいたとき、私は耳の穴をとじて、音があまり入ってこないようにしていたかもしれないと思った。
電車の中で、荷物がぶつかったりすると、前にいる人が執拗に振り返る。靴の先がほんのちょっとぶつかっただけでもそう。
そのたびに私は、「ごめんなさい」と笑顔で謝った。
でも、振り返ったその人は、別にイライラしたり怒ったりしているわけではないみたい。
危険を察知できるよう、いつもビクビクして、自分の身を守ろうとしているだけなのかもしれないと思った。
東京の電車の中は、いつ何が起こるか分からないから。
座っている人たちは、10人中9人がスマホをやっていて、ゲームをしたり、テレビを見ている人もいた。
まるで、そこにいることを、感じないようにしているみたい。
2時から、絵本ラジオ。
そのあと、新聞の取材を1本と、打ち合わせ。
口のまわりにぶつぶつができた。
私は、東京が怖い。
自分がどこにいるのか分からない。
私は本当に、神戸に住んでいたんだっけ。
もしかしたらまだ、身体の半分は吉祥寺に住んでいるのかな。
次の日、新聞の取材と打ち合わせ。
1日空けて、次の日、「百年」の前に打ち合わせ。

帰りの深夜バスで、若い女の子が寝ていた。
首をガクンと前に倒し、ぐっすり眠っていた。
とてもくたびれているみたいだった。
私はその女の子の後ろに座って、ブラウスの穴を見ていた。
襟ぐりのところが、一カ所だけ丸くくりぬかれた可愛らしい白いブラウス。
丸くくりぬかれたそこにある肌は、女の子が寝ていると、ぐったりと死んでいるみたいに見え、女の子が起き上がると、生き返った。
私がバスから降りたとき、バスの口から、夜に吐き出されたみたいな感じがした。
降りた途端に、すごい勢いで走り出したから。
神戸のバスは降りるときにお金を払うし、運転手さんはひとりひとりのことを見てくれる。
止まるのも、走り出すのも、もっとずーっとゆっくりしているから、そっちに慣れてしまったんだろう。

イベントは、「百年」のも「ポレポレ座」のも、とってもとっても楽しかった。
ちよじがクンジ(2歳になる息子)を連れてきたり、「クウクウ」マスターも見にきてくれて、とても嬉しいことを言われたり。
中野さんのお友だちや、絵本の編集者にもたくさん会って、私はどんどん元気になり、東京が怖いのもなくなった。
最後の晩は、きさらちゃんのアパートに泊めてもらった。
きさらちゃんと中野さんの寝息を聞きながら、ふたりの気配を感じながら寝ていたら、窓がだんだん明るくなってきて、カラスの声や、小鳥の声、ゴミを集める車の音がした。 
隣の部屋の人のドアがパタンと閉まって、前の道をカツカツと歩いてゆく音がした。
人や街の立てる音が、いろいろに絡まって、すぐ近くで聞こえた。
なんだか私は、そういうものすべてに、守られている感じがした。
東京というところは、誰かに助けられたり、助けたりしながら、街や電車やお店にも、助けられながら、絡まり合いながら生きている。
頼ったり、甘えたり、力を貸したり、声をかけたり、笑ったり、泣いたり、落ち込んだり、くたびれたり、這い上がったり。
そんな気がした。
私は東京にいるとき、自分ひとりで何でもやっているような気になっていた。
スイセイにも、友だちにも、編集者にも、仕事仲間にも、ずいぶん助けてもらっていたのに、そういうこと、きっとちゃんとは分かっていなかった。
私のことなんか、誰も支えてくれないと思っていた。
支えてくれているって、信じてしまっては、いけないような気がしていた。
私はわがままだから、そんなの、おこがましいような感じがしていた。
神戸の家は、山や森、海や風が近くにあって、葉っぱがこすれる音だとか、鳥や動物たちの気配、そういうものたちに私はとても支えられているのだけど。
そうかあ、東京もそのことと一緒なのかもしれない、と思った。
きさらちゃんと楽ちゃんも、中野さんが紹介してくださったたくさんのお友だちも、毎日顔を見せてくださったブロンズ新社の方々も、佐川さんも、みんな驚くほど支え合いながら生きていた。
そういうことが、ちゃんと目に見えていた。
私も、その仲間に入れてもらえるよう、これからがんばろうと思う。

●2016年7月2日(土)晴れ

6時半に起きた。
空が青い。
『とと姉ちゃん』を見ながら朝ごはんを食べ、たっぷり洗濯。
月曜日から東京へ行くので、着替えなど支度する。ちょっと、旅行へでも出掛けるみたいな気分。
いそいそと支度する。
午後からは『帰ってきた 日々ごはん2』の最終校正。
もう、さんざん見直してきたので、ほとんど直すところはないのだけど。「あとがき」も書きはじめた。
今夜はお弁当にするつもり。4時くらいにおかずを作り、詰めてしまう。キッチンに立ち、ときどき海を眺めながらやった。
今日の海は、かなりの青さ。
窓辺の椅子に腰掛け、校正の続きをはじめるも、あんまり海が青いので、白ワインの炭酸割りを飲みはじめてしまう。
どこかの教会の鐘が鳴っています。
夜ごはんは、お弁当(卵焼き、「かもめ食堂」のひじき煮&うずら豆の甘煮。冷凍しておいたハンバーグを焼いた。緑色のおかずがないので、ご飯に青のりをふりかけた)、にんじんときゅうりの塩もみ。

●2016年6月29日(水)雨

明け方、カラスの鳴く大きな声がして窓から覗いたら、アパートメントの下のところに4羽集まっていた。
嘴をつつき合ったりして仲がいい。家族のよう。
鳴いているのは1羽だけ。
声と同時に嘴が開き、口の中の白いところが見えている。いちばん年下の腕白坊主の弟か、妹という感じ。
しばらく眺め、すぐに寝たのだけど、それからは眠れなくなってしまう。
柱時計が5つ鳴って、6つ鳴って、7つ鳴ったので起きる。
ゆうべ、「かもめ食堂」のおふたりが、スイカを丸ごと買ったそうで、半分に切ったのを持ってきてくださった。お店のお総菜も。
私はもうお風呂に入り、夜ごはんも食べ終わって、パジャマのような格好でくつろいでいたのだけど、なんだか嬉しかった。
部屋の中をあちこち案内し、お風呂場やトイレまでお見せして、スイカを切って3人で食べた。
スイカはちゃんと、ビニールのぶら下げられるアミアミのに入っていた。
なんだか、木皿さんの「すいか」みたいだったな。
ご近所さんだし、とても気持ちのいいおふたりだから、お近づきになれて嬉しい。
というわけで、朝ごはんはスイカとヨーグルト。
食べ終わるとすぐに、『ウズベキスタン日記』の「あとがき」を書きはじめた。
昼前には終わり、あぜつさんにお送りしたら、なんだかとてもほめられた。
ああ、よかった。
もしかすると私は、文を書くことを絵本で鍛えられたのかもしれない。
ふつふつと、体の中に浮かんだり沈んだりしているだけで、まだ言葉になってない書きたいことが、雨が降っていることや、聞こえてくる音や、ふと思い出したことなどのいろんな感じが絡まって、指先から出てくる。それをそっくりすくって並べ、パソコンに打ち込んでいるだけ。
「ポレポレ座」の原画展で飾る絵や、9日のトークショーのためにお見せする『どもるどだっく』を作ったときのスケッチブックや資料などを箱詰め。
ヤマトさんに集荷に来ていただいて、発送した。
てくてく歩いて下り、美容院へ。
帰りに生協の大きい方のスーパーで買い物し、テイクアウトのお寿司(今日子ちゃんから教わった、家族で昔からやっているお店)を買って、雨上がりの坂道をえっらおっちら上って帰ってきた。
モミの木の葉の1本1本の先っぽに、雨のしずくがついていた。そのきらきらを、傘でつついたりしながら。
こういうこと、小学校の帰り道にひとりでよくやっていたような気がする。
びっくりするほど汗をかき、すぐにお風呂。
中野さんから、新しい絵が届いていた。
これは今作っている絵本とは関係のない絵。
ブラボー!
明日は、新潮社の「波」というPR誌の対談で、京都へ行ってきます。
「誠光社」という本屋さんの店長さんと、『ロシア日記』と『ウズベキスタン日記』についてお話します。
あぜつさんにもひさしぶりに会える。
とても楽しみ。
夜ごはんは、テイクアウトのお寿司、「かもめ食堂」のお総菜いろいろ(うずら豆の甘煮、厚揚げと牛肉の煮物、サツマイモとごぼうといんげんのサラダ)。
お寿司もお総菜も、たまらなくおいしかった。

●2016年6月27日(月)晴れのち曇り、のち雨

柱時計が6回鳴ったので、もう起きてしまう。今朝はゴミを出す日だし。
なんとなしにあちこち掃除して、朝風呂に浸かる。
ゴミを出してから、いつものように森の入り口まで歩いた。
きのう気づいたのだけど、ここだけ草刈りをしたあとがある。もしかして近所の人がやったのかな。
それで、森の中に入ってみた。ほんの5、6歩だけど。
石垣の上に、切り落とした山椒の小枝がよけてあったので、もらって帰る。
佃煮にしようと思って。
さあ、今日から『ウズベキスタン日記』の最終校正にとりかかろう。
11時ごろ、管理人のおじいちゃんが電線の隙間を直しにきてくださった。
「すみませんねえ。素人なもんですから、うまいことできませんで。これでしばらくは大丈夫やと思いますけどねえ」
謙遜してらっしゃるけれど、とてもとてもていねいな仕事。隙間なくパテを塗り込め、表面もなめらかにしてくださった。
山椒の葉を枝からはずし、今は酒、みりん、砂糖、醤油、水で煮ているところ。
途中でふと、冷凍庫にだしをとったあとの昆布(四角く切っておいた)と本枯れぶしがあったのを思い出し、加えてみた。ちょっと香りが足りないようなので、粉山椒も少し。なかなかおいしくできました。おにぎりやお粥に合いそう。
3時まで校正をやって、集中が切れたので森へ散歩にゆく。ワークブーツに長ズボン、虫よけスプレーもして完全防備。
ひとりで森に入るのははじめてなので、胸がドキドキした。
それともこの鼓動は、坂道を上ったせい?
森は、ちょっと中に入っただけで、生き物の気配が急に濃くなった。
黄土色の羽根にグレーの斑点のある、きれいな蛾がひらひら舞っていた。金色の小さな虫も葉っぱにしがみついている。蜘蛛の巣もある。
その先は薄暗く、地面が湿って、落ち葉も濡れていた。
耳がなくなったように静か。
遠くで、水の音がかすかにするような気がする。
そのうち、いろいろな音が複雑に重なり合っているような気がしてきた。
聞こえているのか、聞こえないのか分からない。
耳で聞いているんじゃないような感じもする。
隠れている音が、ひそかに聞こえてくるような。
誰かと一緒にいるときには、ちっとも感じなかったのだけど、森は怖い。
けっきょく私は、ひとつ目の石垣のところまでしか行けなかった。
すぐ先にあるのに、暗いところは奥行きがあって、苔の生えた木や葉っぱが複雑に絡まり、見ているだけでぞくぞくした。
森から出たら、こんどは外の世界の方がしんとしていた。
それで、森の中の音が本当に騒がしかったんだと分かった。
音の大きさではなく、細かな気配が絡み合ったヒダのようなものが、鼓膜を震わせるような。
戻ってきて、うちのアパートメントを通り越し、向こう側にある坂も上ってみた。
ここはなだらかな坂道。
犬の散歩のおじさんが教えてくださった(この人は、毎朝6時半くらいに茶色い子犬を散歩させている)のだけど、その先は登山口になっているんだそう。
「日曜日になると、ハイキングの人たちがよく歩いてはりますよ。1時間半くらいで頂上まで登れますわ」
木橋(川の水は流れていない)を渡り、草の間の道を歩いてみた。
人が歩きやすいように切り開いてあるけれど、森は自然のままでいきいきとしていた。
看板のあるところまで歩いた。そこからは上りになっているらしい。
上の方には湖があるみたい。
こんど、おにぎりを持って登ってみよう。
でも、うちの森の方が、私は好き。
地面にも木にも石ころにも、はかりしれない何かが宿っている気がするから。
いつかあそこに、ひとりで入れるようになろうと思う。
奥の滝と、泉まで下りられたら最高だ。
中野さんに電話で伝えたら、「ひとりもなかなかいいものでしょう。なおみさんは森で、もっとゆっくりされたらいいんですよ。2、3時間くらい。僕は森に入ると、なかなか出てきませんよ」と、言われた。
夜ごはんは、ショートパスタ(これですべて食べ切った)、茄子とピーマンとトマトのオリーブオイル炒め、赤ワイン。
5時半ごろ、静かな音を立てて雨が降りはじめた。

●2016年6月26日(日)晴れ

柱時計が10回鳴って、えいっと起きた。
これまででいちばんの朝寝坊。
明け方いちど目が覚めたのだけど、二度寝してからもまた、ぐっすりと眠れた。
きのう図書館から帰ってきて思ったのだけど、ゆうべみたいな淋しい気持ちの魂は、音楽や絵や本が慰め、引っ張り上げてくれる。
私の仕事は、そういうものを作ることだったんだな……と思った。
今までは、そんなふうにちゃんと思ったことがなかった。
本当に淋しい気持ちを味わったから、お腹の底から分かったことだ。
きのう『とと姉ちゃん』で、常子のおばあちゃんが言っていたのも、お腹にしみた。
「木材というのは、40年後に使われることを思って、植えるんだ。常子も、次に生きる人のことを考えて、暮らしておくれ」
洗濯機をまわしながら、「おいしい本」の原稿書き。
3時には仕上がって、お送りする。
東京にいるときに図書館で借りた、『わたしのおいわいのとき』という絵本について。
書きたいことは、長い間ずーっとぼんやりあったのだけど、頭のなかでふつふつしているだけで、まだ言葉にはなっていなかった。
でも、書きはじめるうちにどんどん形になってきた。はじめからそこにあったみたいに。
きのう、図書館で借りた本がとてもおもしろかった。
そこにはこんなことが書いてあった。
自分の文の書き方、本の作り方について、とくに中野さんと絵本を作りはじめるようになってから、強く感じていたこと。
それが、とても分かりやすい言葉になって、書いてありました。
ミヒャエル・エンデの『ものがたりの余白』というインタビュー集です。
ちょっと長くなるけれど、書き写してみます。
___
エンデ:(前略)わたしが知る画家たちはたいてい、描こうとする絵の大体のコンセプトは持っているけれども、でも、どこかある箇所から描きはじめ、そうするとその描く作業中になにかが生まれてくる。それは、ときには、もともと描こうと思っていたことよりもはるかに重要だったりするのです。ほんとうに、題材からたえまなくなにかが作者に向かって出てくる。そして、それは耳を傾けなくてはならない。少なくともわたしは執筆中に生まれるもの、ときには偶然出てくることからたくさんのヒントを得ました。
ですから、わたしは、たとえばトーマス・マンのように仕事ができない。
トーマス・マンはかれの小説のプランを前もってきっちり立てておくのです。ページさえも。ときには、どこにはじめてどの人物が登場するかまで。トーマス・マンは設計図をすっかり仕上げてから、毎日、ひたすら階を重ねて造り上げてゆく。わたしにはできない。やれと言われても、まったくできないことです。そうやれば、偶然からはなにもやってこないからです。わたしには、偶然からわたしになにかがやってくるのがいつもとても大切なのです。わたし自身が知らないなにか、わたし自身にさえよくわからないなにかが。わたしに興味があるのは、わたしにわからないことだけなのですから。

ーーそのように偶然生まれることや、出てくるものは、どこからやってくるのでしょう? こう訊くこと自体が可能なのかどうか、 わかりませんが……。

エンデ:そうですね。それは外からもやってきます。森を歩いていて、なにか奇妙な木の根っこがそこに落ちているのを目にする。すると、それを手にとり、どんな形かよくみることができるでしょう。唐突に、これは顔だ、ここから腕がのびているって、見えてくる。ほんの少しだけ削るだけで、なにか形ができあがることもよくあります。わたしが執筆するときも同じです。時々は……、わたしが実はほとんどなにも手を加えなくてもよいような、なにかが生まれることもあるのです。それは、おのずからそうなったのです。言葉との仕事は、リアルな材料を相手にする仕事とはちがいます。が、言葉との遊びからもたくさんなにかが生まれてくるのです。
わたしが書くのは、あるインタビュー(「詩人からの瓶に入った手紙」、『エンデのメモ箱』所収)でスペイン人のメリーノ氏が言うように、本を書くというのは、言葉でひとつの現実をつくることです。そして、この言葉たちはある意味で自律性を持っている。言葉は(作家が)自分で作るわけじゃない。それはすでにそこにあるのです。それに、言葉は、現れるものでもある。そして、つかみかたが乱暴でなければないほど、さわりかたが、そっとやさしくあればあるほど、現れるものも多くなるし、言語がおのずから提供してくれるものも多くなります。わたしはそれを頼りにすることがよくあるのです。
___

原稿をお送りしてから、坂を下りてポストに手紙を出しにいった。もっと歩きたかったので、神社でお参りし、さらに下りてパン屋さんへ。
ゆっくりと坂をのぼって、ゆらゆら帰ってきた。
たっぷり汗をかいたので、先にお風呂に入ってしまう。
夜ごはんは、にんじんの塩もみサラダ、ショートパスタのクリームソース和え(いつぞやの)、ハンバーグ(冷凍しておいたのを焼いて、バスサミコ酢&醤油のソース)、焼きカレーパン、赤ワイン。
いつものように窓辺で食べる。
最近、自分ひとりに作るごはんも、おいしくできるようになった。

●2016年6月25日(土)薄い晴れ

7時半に起きた。
柱時計のボーンボーンという音は、音用のねじを巻かないとゆっくりになる。
ゆっくりになったり早くなったりするのは、自分の聞こえ方のせいだと思っていたのだけど。
これは中野さんから教わったこと。
1階に下り、ねじを巻いて、朝風呂。
ゆうべ私は、夜おそくまでパソコンに向かって、『どもるどだっく』のことを、誰かが感想を書いてくださっていないかなあと、あちこち探していた。
それでふと、淋しくなった。
自分が誰の役にもたたず、からっぽな人に思えた。
ひとりで暮らすというのは、幾度もやってくるそういう心もとない気持ちと、隣り合わせになることなんだろうな。
でもそれは、生きているのを、きちんと感じることだ。
一緒にいる誰かに甘えたり、暮らしの乱雑さに紛れさせたりして、慣れてはいけない感覚。
そういう気持ちに、きちんと向き合えるかどうか。感じながら、それでもごはんを食べ、体を動かし、よく見て、よく聞いて、生きていく。
淋しいのも、悲しいのも、楽しいのも、おいしいのも、この世にはすべていっしょくたにあることを。
これまでスイセイにたくさん教わってきたけれど、そういうの、本当には分かっていなかったかも。
孤独とか、ひとりぼっちとか、スイセイと一緒にいたから言えていたことは、まだまだ甘っちょろかった。
さて、今日もまた、『ロシア日記』の最終校正にいそしもう。
終わったら、下に降りて、図書館と「かもめ食堂」へ行こうかな。
行ってきました。
「かもめ食堂」ではおにぎり(梅、鮭)と、白和え、ひじき、うずらの卵のスコッチエッグ、みそ汁をいただいた。食後には紅茶とカステラ(これも手作り)。
どれも大満足のおいしさだった。
食べ終わって、『ロシア日記』のゲラをもういちど確認し、コンビニに出しにいった。
もうこれで、心残りは何もない。
図書館へも行き、カードを作って、5冊ほど借りてきました。
夜ごはんは、にんじんの塩もみサラダ、かぼちゃサラダ、小松菜のオリーブオイル蒸し、赤ワイン。
本を読みながら食べる。

●2016年6月24日(金)晴れのち曇り、のち雨

静かな雨が降っている。
海も空も白くけぶって境なく、建物だけがぼんやり見える。
天気予報は大当たり。
12時少し前から、本当に雨が降りはじめました。
今朝はぐっすり眠って、6時半に起きた。
『とと姉ちゃん』までたっぷり時間があるので、スニーカーを2足洗った。
お風呂に浸かりながら洗ってみた。
まず、湯船に半分くらいお湯をため、スニーカーを浸けておく。
私もそこに裸になって入りながら、タワシでよくこすった。
だいたいの汚れが落ちたら、お湯を抜いて、洗剤をつけてゴシゴシ。
よくすすいだら風呂桶のまわりに立てかけ、またお湯をためて、私が浸かる。
落ち着いた気持ちでできるので、いつもよりきれいに洗うことができた。
さあ、今日から『ロシア日記』と『ウズベキスタン日記』の最終校正をはじめよう。
装丁も、帯も、デザインも、中に挟み込まれる川原さんの絵のレイアウトも、すべて上がってきた。
ロシアとウズベキスタンで見た景色、出会った人のこと、食べた味、空気の匂いを、ただただそっくりそのまま写しとろうとするのに精一杯の、私の子どもじみた文章に、貫禄ある大人っぽい服を着せていただいた。
葛西薫さんがやってくださいました。
この本は、このまま順調にゆけば、2冊同時に7月中旬に発売されます。
お昼ごはんに南瓜を炊いた。カラスガレイを煮た汁が残っていたので、少しだけ水を加えて煮てみた。
これで、りうが送ってくれた江戸崎南瓜はすべて使い切った。
今年は神戸でお世話になっている人たちに、おすそわけすることができてよかったな。
管理人のおじいちゃんにあげたとき、びっくりした顔が見る間に変わって、本当に嬉しそうな顔になった。翌朝、下で会ったら「ゆうべ、(奥さんが)炊いてくれましたわ。とてもおいしく炊いてくれました。ごちそうさまでした」と、もういちど嬉しそうな顔になった。
雨が強くなってきた。
少し肌寒いので、カーディガンを羽織る。
最終校正、これで正真正銘最後なので、心残りがないようみっちりと向かう。
自分で書いたものを読んで、泣いていてはしょうがないのだけど、百合子さんが泊まったであろうホテルの部屋へ入ったときのこと、そのあと行った公園で、川原さんがとても優しかったのをまざまざと思い出し、涙が噴き出す。
雨はぐんぐん激しくなる。
窓から引き込んだ電線(テレビのアンテナ用のケーブル)を伝って、雨水が漏れてくる。
しばらくボウルを置いてすごしていたのだけど、下へ降り、管理人さんに置き手紙をしてきた。
1時間ほどで、見にきてくださる。
どうやら電線を通してあるパテ(粘度のようなもの)が古くなって、隙間から雨が入ってきているみたい。
管理人のおじいちゃんは、ケーブルをぐいぐいと押し出し、カーブのところをうまく外に出して、真下に水が落ちるようにしてくださった。
もう、部屋には入ってこないけど、自宅からパテを持ってきて、月曜日に直してくださるとのこと。
「もうしわけありませんね。もうしばらく、お待ちくださいね」
どこかの教会の鐘が鳴って、コーヒーを淹れた。
さて、続きをもうひとがんばりやってしまおう。
夜ごはんはカレーライス(いつぞやのチキンポトフを薄め、ルウを加え、南瓜の煮物も加えた。中野さんのお母さんのおいしいらっきょう)。
夜ごはんを食べ終わってもまだまだ明るかったので、山の入り口まで散歩した。
雨で水かさが増えているのか、川の音が大きく聞こえた。
帰ったら、部屋の中がむしむし。

●2016年6月23日(木)晴れ

東京にいるときは、時間は四角い箱に入って、規則正しく、毎日変わらず、いつも同じように動いていたような気がする。
神戸に来てからはゆっくりになったり、早くなったり、一日の間でもいろいろに形を変えて、やわらかく、私のまわりにふんわりとあるような感じ。
包まれているような感じ。
前は包まれているんじゃなく、まわりを囲われていた。
ゆうべはそんなことを、つらつらと思いながら寝ていた。
雨が強く強く降ったり、弱くなったりの音を聞きながら。
あんなにどしゃどしゃと降っていたのに、朝起きてカーテンを開けたら、晴れていた。
8時過ぎに起きたので、今朝もまた『とと姉ちゃん』を見られなかった。
朝ごはんを食べ、雑誌の記事の校正をえんえんとやっていた。
お昼は素麺をゆで、みょうがとねぎを刻んで、ワカメと納豆をのせてぶっかけにしてみた。
窓辺で食べる。おいしい。
続きの校正をまたやった。
3時ごろ、窓の水色がリノリウムの床に映っている。
あんまり空が青いので、窓辺の腰掛けで今、この日記を書いています。
緑の葉はすっかり乾いて、風が吹くと葉ずれの音がする。
そうだ。ゆうべの夢。
東京の友人が赤ん坊を生んだ。
赤ん坊は、小さな顔をくしゃくしゃにして、ひゆひゆと泣いていた。
髪の毛がとうもろこしのヒゲのように細く、産毛みたいにやわらかで、皮膚も透けるほど薄く、たまらなく愛らしかった。髪には赤いリボンを結んでいた。
さて、コンビニまで散歩してこようかな。
行ってきました。
風に吹かれながらゆらゆらと歩くのは、とても気持ちがよかった。
帰り道、坂を後ろ向きに上って海を見た。
今日はもしかすると、これまででいちばん海が青いかも。
夜ごはんは、豚肉とピーマン炒め丼(自分の本を見て焼き肉のタレを作った。りうが送ってくれた南瓜も焼いて、キムチ添え)、ワカメの韓国風スープ。

●2016年6月19日(日)雨が降ったり、やんだり

さっき、坂の途中の神社まで中野さんをお見送りし、えっちらおっちら帰ってきたのだけど、まだ坂を上りたい気がして、そのままなんとなしに森の入り口まで上った。
雨上がりの森は、とてもいい匂いを出していた。
中に入ろうかと思って、やっぱりやめた。
森の気配が濃くなっているような、人が足を踏み入れてはいけないような感じがしたので。
今日は、朝から中野さんと3冊目の絵本のダミー本を作っていた。
加奈子ちゃんがきのうのうちにカラーコピーを送ってくださったので。
やってもやらなくても、どちらでもよかったのだけど、朝起きてお喋りしているうちに自然とはじまった。
中野さんとの絵本制作。この間は、何かに引きずり込まれるような感じになって、終わってひとりになったら、私はずいぶんとくたびれていた。
でも今日は、当たり前のように中野さんといて、当たり前のように合作していた。
どちらかが何かに気づき、その絵をはめてみたら軸が移動して、もとからそうなるようにできていたみたいにして、物語の意味がさらに深まったり。
絵は、もうずいぶん前に描かれたもので、そのときには分からなかったのに、今、見えるようになっていたり。
私たちの手を離れ、絵本が勝手に動き出している。
私はそういうことに対し、ふたりでいても、いちいち驚かずにできるようになった(これまで、ひとりのときはできていたけれど)。
きのうは電車に乗って海へ出掛け、浜辺の岩ずたいに歩いた。
昼間は白い月だったのが、夜になって光るまでそこにいた。
おとついは、何をしていたんだっけ。
中野さんが三宮で打ち合わせがあって、そのあと待ち合わせをして、植田さんとコージさんの展示会を覗いて。
そのあとは、どうしていたのだっけ。
いろいろ忘れてしまったけれど、でも、そういうことのすべてが、ひと晩、ふた晩と眠っているうちに私たちの中で熟成され、絵本の種になっているらしいことにもちっとも驚かない。
お腹の底に、重しが沈んでいるから。
今日は、ダミー本作りの間中、雨が強く降り出したり、ずっと降っていたかと思ったら、やんでいたり。
海の上の方に青空が見えて、気づいたらまた白くけぶっていたり。
ずっと、いい雨だった。
夕方、佐藤初女さんが残した言葉と、それにまつわるとても短い文を書いてお送りしたら、編集の方から電話があった。
「高山さん、ありがとうございました! とてもとてもいい文章をいただいて、嬉しくて、お声が聞きたくてお電話をしてしまいました」
編集さんは、本当に喜んでらっしゃる声だった。
少し涙ぐんでいらしたみたい。
ああ、よかった。
夜ごはんは、くずし豆腐(ごま油、塩、粉山椒)、卵雑炊(ちりめんじゃこ、春菊、雑穀ご飯)、ほうれん草のおひたし。
ひさしぶりに『まる子』と『サザエさん』を見ながら食べた。
明日はいよいよ、BL出版で打ち合わせです。

●2016年6月15日(水)晴れ、夜になって雨

ずっと寝ていた。
強い薬のせいか、ものすごくよく眠れる。
でも、きのうあたりから、そろそろあきてきた。
きのうは、がまんができなくて、起きてしまい、4冊目の絵本のダミー本を作った。
今朝は普通に起き、きちんと着替えてあちこち掃除もした。
「暮しの手帖」のレイアウト写真を確認したり、電話のやりとりをしたり、スイセイに電話して意見を聞いたり。
机に向かい、ダミー本の言葉の修正をする。
ときどき海を眺めながら、大きい気持ちでやる。
どうやら風邪は、ずいぶん治ってきているみたい。
電話で話していて咳き込むと、しつこいタンがからむけれど。
朝、あぜつさんが箱詰めしたものを送ってくださった。
入っていたのは、十品目のど飴(大根、生姜、蜂蜜、レンコン、金柑、りんご、柚子、梅、ねぎ、紅茶が含まれている)、杏のゼリー、「一保堂」のほうじ茶、『須賀敦子の手紙』という本。
「お加減いかがですか。ノドによさそうなものを少し。あと、ねどこのおともに『須賀敦子の手紙』を」という葉書入り。
きのうメールで気管支炎だとお伝えしたのだけど、読まれたあと、すぐに包んで出してくださったんだと思う。
遠く離れていると、そういう心遣いが胸にこたえる。
本当にうれしかった。
なんとなく仕事をしながら、なんとなく1階だけ掃除機をかけ、ポトフを煮込みながら雑巾がけ。
部屋がとても広いので、窓辺をふいたら雑巾はそのままにして台所仕事をし、また真ん中をふいて、思い出したころに玄関に続く廊下を… という気ままさだ。
窓には大きな海が横たわっているので、掃除をするのも四角四面でなく、風通しのいい心持ちでやってしまうみたい。
夜ごはんは、チキンのポトフ(鶏もも肉、大根、にんじん、ズッキーニ、インカじゃがいも、淡路島の玉ねぎ、キャベツ、神戸の粗挽きソーセージ)、バタートースト。
いつものように、窓辺の椅子で夕暮れの海を見ながら食べた。
大満足のおいしさだった。
7時を過ぎるとだんだんに薄暗くなり、それに伴い遠くの方から港の灯りが灯りはじめる。
油断はせず、今夜も早めにベッドに入ろう。
寝る前に、あぜつさんからいただいた本を読もうかな。 

●2016年6月13日(月)曇りのち雨

ゆうべもひどく咳が出たけれど、眠れないということはなかった。
咳にまみれて寝ているような感じ。
意識よりも、身体の方がくたびれていて、泥沼の眠りに誘われるような。
それはそれで悪い感じではなく、気持ちよかった。
朝ごはんを食べ、10時過ぎに病院へ。
坂の途中の神社まで歩いて下り、お参りをして、橋を渡ったあたりでちょうど来たタクシーに乗った。
病院は駅の近く。
ただの風邪なのかと思っていたら、私は気管支炎にかかっていたらしい。
「最近、肺炎の変な菌も流行ってはりますから、気管支炎の抗生物質を飲んで効かないようなら、レントゲンを撮って調べましょうね」と言われる。
肺炎の菌は、小学校の運動会で流行りはじめたそう。
とってもいい感じのする女医さんで、私は安心した。質問しても、ゆっくりと、何でも答えてくださる。
私はノドが弱い(風邪をひくと、いつもノドからやられる)から、これからもきっとお世話になるだろう。
小児科も専門なので、待合室には小さな子どもやお母さんがいて、なんとなしに『なずな』を思い出す。
郵便局でレターパックを買ったり、生協の大きい方のスーパーで買い物したりと、けっこう歩いていてしまう。
駅からタクシーに乗った。
このタクシーの運ちゃんが、あんまり感じのいい人ではなかった。
なんとなくイライラしていて、私の物言いに、いちいちつっかかってくる。
私はマスクをしていたし、きっぱりとした感じで行き先を伝えられなかったからかな。
おじいちゃんに近い年代の、落ち着いたふうに見える人なのだけど。
神戸にも感じの悪い人っているんだな。初めて会ったような気がします。
帰って、薬を飲んで、泥のように眠った。
私はこっちへ来てから、ずっと旅行中のように、いきいきと動きまわっていた。
朝もほとんど日の出と共に目が覚め(眩しくて起きてしまう)、もったいなくて寝ていられないような心地で起きて、毎日を過ごしていた。
いろんなものがきれいに見えて、楽しくてたまらなかった。
でもきっと、身体はとてもくたびれていたんだと思う。
だから、身体を崩すのって、大事だなと思った。
風邪をひいたことで心が身体に負け、無意識の芯までゆるみ、ようやく平らな心と身体に近づこうとしているような気がする。
夜ごはんは豚のしょうが焼き(せん切りキャベツ添え)、新ごぼうとしめじといんげんの炒り煮、らっきょう(中野さんのお母さんの自家製。小粒で、たまらなくおいしい)、赤空豆の炊き込みご飯(冷凍しておいたのを蒸した)、即席みそ汁(お椀にワカメと味噌を入れ、ご飯を蒸したお湯を注いだだけ)。

●2016年6月12日(日)曇りのち雨

ゆうべは咳でよく眠れなかった。
薬を飲んで、朝からひたすら寝ている。
神戸に越してきてから、まるで旅行中のように毎日が楽しく、いきいきと過ごしてきたけれど、私の身体は、ようやく緩んできたのかも。
ここにいることが、ようやく分かってきたのかも。
午後の何時ごろからか、しみしみと静かな音がして、雨が降りはじめた。
寝たり起きたりしながら、ひさしぶりに『センセイの鞄』を読んだ。
雨はどんどん強くなってゆく。
それにしても私はこのところ、風邪のひきすぎだ。
夜ごはんは、雑炊(ゆうべの茄子のみそ汁に、鶏肉とご飯を加えて、卵を落とした)。
夜、雨が上がった。
雨で洗われたのか、夜景がずいぶん光って見えた。
くっきり、はっきり。
私は明日、病院へ行ってこよう。

●2016年6月11日(土)晴れ

今朝の『とと姉ちゃん』は、ぼろ泣きだった。
河原で常子が見送りするところ、列車の窓を開け、星野さんが叫ぶところ。
星野さんは大阪へ行ってしまった。もう、出てこないんだろうか。
午後からお天気が崩れると天気予報で言っていたので、タオルケットを洗濯して、早めに屋上へ干しにいった。
朝から『ロシア日記』の単行本のための「あとがき」。
どうやら書けたようなので、あぜつさんにお送りする。よさそうだったら、『ウズベキスタン日記』の方も書きはじめよう。
けっきょくそのあとは、ずっと日記を書いていた。
今週は、いろいろなことがあったから。
今は3時だけど、まだまだいいお天気。海もまずまずの青さ。
そうだ。ここでお知らせを。
絵本『どもるどだっく』は6月17日に発売され、それにまつわるイベントのため、多分私は7月5日から上京します。
「百年」での土井さんとの対談は、予約がいっぱいになってしまったらしいけど、9日の「ポレポレ座」の方は、まだ席がたくさんあるようです。
今夜はハンバーグを作る予定。きのうのうちに、合いびき肉を買っておいたので。
ゆうべ作ったかぼちゃ(りうが茨城から送ってくれた、毎年恒例の江戸崎かぼちゃ)のグラタンの残りを添えて食べよう。
あと、新ごぼうも買っておいたから、炒め煮を作ろう。こういう常備菜は、ひとり暮らしにはたいへん重宝。
それはそうと、おとついくらいから私は、のどがいがらっぽい。風邪をひいたのかな。
ホームセンターに連れていってもらった日、それでなくても荷物が多かったのに、「いかりスーパー」に寄って、ワインやら牛乳やらいろいろ買って、大荷物で坂道を上って帰ってきたのがこたえているのかも。
冷蔵庫がなくなったので(引っ越しの振動で、古い方の冷蔵庫が壊れてしまった。もう、15年以上使っているし、買ったときすでに中古だったのだから、寿命なんだと諦めた。この間、クーラーのとりつけの日に、管理人のおじいちゃんと電気屋さんの青年が台車にのせて、表へ出してくださった。私も少し手伝った)、野菜を切ったり、何かを炒めたりしながら窓を見ると、海が見える。
下の方のビル群は隠れ、海と、あとは小さい船くらいしか見えない。
ハンバーグの肉だねを作って、ごぼうの炒め煮が煮上がったら、坂を下りてコンビニまで散歩しよう。レターパックとソースを買わなくちゃ。
4時を過ぎてもまだまだ明るい。東京の3時くらいの明るさ。
けっきょく、コンビニを2軒まわったけれど、レターパックはおいてなかった。郵便局へ行かないとだめみたい。
パン屋さんで、ぶどうパンと焼きカレーパン(今日子ちゃんがおいしいと言っていた)を買って、男坂の方を上って帰ってきた。とちゅう、神社に寄ってお参りもした。
汗をいっぱいかいて帰ってきたら、有里枝ちゃんから電話がかかってきた。
有里枝ちゃんは最近、神戸と東京を行ったり来たりして、写真を撮っていたそう。
三宮の海の方で、展示会があるとのこと。久しぶりにいろいろ喋った。
夜ごはんは、ハンバーグ(かぼちゃのグラタン添え)、新ごぼうとしめじといんげんの炒り煮、トマト、赤空豆(淡路島で買った)の炊き込みご飯、なすのみそ汁。
いつものように窓辺に椅子を出し、海を見ながら食べた。
さあ、お風呂に入ってしまおう。

●2016年6月8日(水)晴れ

柱時計が7回鳴る音で、エイッと起きた。
今朝は、ビンと缶のゴミ(ずっとためていた)の日だし、きのう『とと姉ちゃん』が見られなかったから。
いつもみたいに、朝風呂にゆっくり浸かって、いつもみたいに、なんとなしに朝ごはんの支度をして、ゴミを出しにいった。
「暮しの手帖」の方々、中野さん、川原さんと飲んだワインのビンの数といったら。
ぜんぶで10本近くあった。
朝ごはんは、キャベツときゅうりのサラダと、ロールパン2つ(バター&マーマレード)、紅茶。
『とと姉ちゃん』を見ながら食べ、星野さんが出てきたあたりで泣く。
先週の土曜日は、加奈子ちゃんと中野さんと打ち合わせだった。
「十字屋」という洋食屋さんで、加奈子ちゃんはカツがのったハヤシライス、私と中野さんはオムライスを食べた。
加奈子ちゃん、お電話では「とっても雰囲気のあるレストランなんですが、ちょっと量が少ないかもしれません」とおっしゃっていたけれど、ちっともそんなことはなく、私はお腹いっぱいになった。
オムライス、おいしかったな。考えてみたらお店で食べるのは、はじめてだったかも。
打ち合わせもぶじ終わり、加奈子ちゃんを見送りがてら三宮の街を歩いていたら、たまたま入った古道具屋さんで古い柱時計をみつけた。
ひと目見て、ものすごく好きだったけど、すぐに買う勇気がなく、中野さんとあちこち散歩した。
新開地の映画館のあたりから、湊川公園まで歩いて、昔ながらの市場もずいぶん巡った。
大きなサザエをふたつ(ひとつ250円だったかな)、メロン(250円だった)を買ったり、おじさんとおばさんがやっている屋台のような店で、子どもたちに混じってレモン水(大きなガラスの筒のような容器にたっぷり作ってある。レモンの輪切りがたくさん入っていた。氷も入っていたかな? 注文すると、柄杓のようなのでコップにすくってくれる。1杯100円)を立ち飲みしたり。
レモンがたっぷりの蜂蜜味。ロシアだったか、ペルーだったかで飲んだことのあるような、懐かしい味がした。
隣のガラス容器には、「アメ」というのもあった。ほうじ茶のように茶色い。冷やしアメのことだろうか。こんどはあれを、ぜひ飲んでみたい。
てくてく歩いてまた電車に乗り、三宮に戻って、さっきの柱時計を買った。
おじさんは3000円まけてくださった。
うちに帰り着き、火鉢を出して、サザエやホタルイカの干物を焼き、日本酒を飲み、ご飯を炊いて食べ、『まぼろしの市街戦』という映画(プロジェクターで壁に映して)を観て寝た。
次の日、朝ごはんを食べてからだったか、お昼ごはんを食べてからだったか、柱時計を取りつけ、そのあとで絵本を朗読し合ったり、小説を読み合ったり。
そのうち、白いノートに絵(前回、中野さんが持ってきてくださった原画の続き)を描きはじめ、私も一緒になって描いているうちに、物語が転がりはじめた。 
中野さんは1泊で帰られるつもりだったのだけど、そんなふうにして、なんとなく絵本の制作がはじまった。
1階で寝ていた中野さんは、柱時計のカチカチ音がうるさかったんじゃないかな。
私が2階で寝ていても、刻の音が鳴るたびに目が覚めた。1時、2時、3時……5時くらいまで聞こえていた。
次の日も、続きをやった。
思ってもみない絵が、中野さんの指先から生まれてくるのを目の当たりにした。
その次の日は、朝起き抜けに、顔も洗わずにはじまった。
夢をみたわけでもないのに。
私はパソコンに向かい、プリントしたのを切り抜き、ノートに貼っていった。
隣で中野さんはセロテープをちぎって、切り抜いた紙の裏に貼ったりと、手伝ってくださった。きのうとは逆に、私がリードしている形だったので。
前の晩は、ユーリ・ノルシュテインのアニメーションを観た。
「霧につつまれたハリネズミ」がおもしろくて、2回観た。
雨の中を歩いたり、川へ降りたり、何かを拾ったり、窓の外を見たり、柱時計を取りつけたり、小説を読み合ったり。そういうものすべてが、制作の種になっているのが分かった。
私がパソコンに向かっている間、朝ごはん(お昼に近かった)に中野さんがチャーハンを作ってくださった。
鮭とカラスガレイの西京漬けの、いつぞやの残りをほぐして、ほうれん草を細かく刻んだのと、卵が入ったチャーハン。
お茶碗で型取りしたのか、こんもりと丸く、白いお皿に盛りつけてあった。上にはしらすがチョコンとのっていた。
少しくらい小骨が混ざっていても、私だったら平気で炒めてしまいそうだけど、中野さんのは口にあたるものがひとつもなく、ごま油のいい匂いがして、ふんわりとやさしい味で、とてもおいしかった。
午後、中野さんを坂の途中の神社までお見送りし、私は急坂を上って、汗をかきかき帰ってきた。
「週間朝日」で使われる写真を選ばないとならなかったので、スイセイにひさしぶりに電話した。
スイセイの声は元気そうで、私が質問すると、つらつらと杏の砂糖煮のことを聞かせてくれた。
インターネットで調べたら、杏1個は約40グラムだと書いてあったから、杏の個数で全体のグラム数を割り出したんだそう。
「うちには計りがないけえ、ほいじゃが全部で○○個じゃったから、1・5キロだって分かったんよ」
「砂糖はスプーン印の上白糖。袋の下半分のちょっと下までが、赤い(袋に赤い色が印刷してある)んよ。1袋1キロ入りじゃけえ、ほいじゃけ赤いところまでがだいたい400グラムじゃのうと思うて。杏1・5キロに対して砂糖は400グラム。そしたらもう、すごい好みの味にできたんよ。次の日、口に触るから裏ごししたら、もう、バッチシじゃった」
スイセイはなんて具体的な人なのだろう。
私はこの人に、どれだけ助けられただろうと、なんだか懐かしいような気持ちで声を聞いていた。
昼寝をしたら、吸い込まれるようにくったりと眠ってしまった。
私はよほど、くたびれていたのだ。
3日続けて夜更かししたし、朝も早起きだったから、そりゃあくたびれるだろうけど。
放っておくと私は、感覚的な方に、どんどんもぐってしまう。
でも、それだけでは生きられないと、身体のどこかで分かっている。
雨がずっと降っていたから、雨に誘われてしまったのかな。
きのうまでのこと、ようやく書けた。
中野さんとの絵本合宿のこと、これはちゃんと記録しておかなければ…… と思って、書きました。
今日は、いいお天気なのがとても助かる。
洗濯を何回戦もやって、シーツも洗い、さっき屋上に干してきたところ。
昼ごはんは、冷凍ごはんを蒸かし(小鍋に湯を沸かし、ざるかませた)に、納豆(しらす、みょうが、ねぎ)、だしなしみそ汁(わかめとみそをお椀に入れ、ごはんの蒸し汁を注いで混ぜた)、ふきの葉の佃煮(ファーマーズマーケットで買ったふきの葉をとっておいて、煮たもの)、切り干し大根煮(「かもめ食堂」のおいしいの)。
今日は、4時にお約束がある。
「MORIS」のヒロミさんが、「トーハン」というホームセンターまで、車でびゃーっと連れていってくれるそう。
ヒロミさんも土など買いたくて、近々行こうと思っていたとのこと。
洗濯機の延長ホースやら、A4の紙やら、買いたいものがいろいろあるのでとても助かります。

●2016年6月3日(金)晴れ

朝、プラスチックゴミをはじめて出しにいった。
ついでに、森の近くまで歩いて、夾竹桃の細長い葉っぱを拾って帰ってきた。
今朝の『とと姉ちゃん』は、片桐はいりさんの演技が素晴らしかった。
ハムレットのお芝居のとき、ど迫力のおもしろさで、思わず拍手した。
おもしろすぎて、感動して、涙が出た。
すごいなあ。
はいりさんはきっと、この短いシーンだけのために、何度も何度もお稽古しただろう。決して怠けない人だもの。
はいりさんの努力と比べたら、私なぞ足もとにも及ばないけれど、そういうのを見ると、もの作り同士としてとても励まされる。
私もがんばろう……と思う。
今日は、今週のことを振り返って、ずっと日記を書いていた。
きのうの取材の様子は、「暮しの手帖」9月号(東京での引っ越しの様子は前編として、7月号に載ります)に載るので、詳しくはここには書けないけれど、今日子ちゃんの案内で、あちこち連れていってもらった。
ずーっと、ずーっと楽しかった。
「かもめ食堂」のおふたりにお会いすることもできた。
なんと、おふたりのお住まいは、うちとご近所なのかも!
今日子ちゃんが犬の吠え声ができるのも、びっくりだった。
本物の犬そっくりで、もう、ほとんど『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』。 
私はそういうの、大好きだから興奮した。
私「わー、すごいすごい今日子ちゃん。『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』って知ってる? 見たことある?」
今日子「ワン!(もちろんという感じで、うなずきながら)」
きのうは、6時くらいに家に帰りつき、少しだけ撮影をして、あとは打ち上げとなった。
市場で買ってきたお刺身や、西京漬けのおいしい魚(カラスガレイ、銀ムツ、鰆)、「かもめ食堂」のお総菜、ヒロミさんが朝買っておいてくださった直売所のいんげん&新じゃがをゆでて、ビールと日本酒で乾杯した。
どれもこれもとてもおいしく、窓の海を見ながら、青かったのが、だんだん暗くなり、夜景に変わるまで、あっという間だった。
8時ごろ、渡辺さんがひと足先にお帰りになり、長野くんと島崎さんは、10時ごろまでゆっくりしていった。
タクシーに乗るとき、長野くんの方からハグしてくださった。
長野くんとは長年のおつき合いだから、別れがたく、私はほんのちょっとだけ、涙がにじんだ。
合わせて4日間に渡る、色濃い、とてもいい取材だったし。
みんなが帰ってひとりになったら淋しいかな、と思っていたのだけど、それほどでもなく、「おつかれさま!」と自分に向かって声をかけ、テキパキとお風呂に入り、すぐに寝た。
今日のお昼ごはんは、「かもめ食堂」さんのお総菜いろいろと、雑穀ご飯、新じゃがのみそ汁。
食べながら、もういちど『とと姉ちゃん』を見た。
2時ごろ、猛烈に眠くなり昼寝。
今朝も5時に起きてしまったので。
30分ほど寝て、『ウズベキスタン日記』の校正を見直し、荷物を作った。
できかかっている絵本の続きも、少しだけ書いた。
明日は、編集の加奈子ちゃんと中野さんと三宮でお打ち合わせ。
いよいよ、3冊目の絵本が動き出しそうです(テキストはすでに書けている)。
打ち合わせの前に、公園でやるファーマーズ・マーケットにもお誘いいただいた。
加奈子ちゃんはマーケットに息子さんを連れてくるらしい。それもまた、楽しみ。
夜ごはんは、かき揚げの卵とじ丼(「かもめ食堂」さんにいただいたかき揚げで)、切り干し大根煮&煮豆、みそ汁(新じゃが、ねぎ)。
ゆうべ、みんなで食べた「かもめ食堂」のお総菜が、とてもおいしかった。白和えはいろんな野菜が入り、ねっとりと濃厚なごまの味がした。切り干し大根を煮たのも、煮豆も、とても穏やかな味。ゴーヤーが入ったポテトサラダもおいしかったなあ。
お店で作っているというより、お母さんがちゃんとこしらえてくれた家庭の味がする。
そうそう。今日、「週間朝日」の記事についてスイセイにメールをしたら、返事が届いた。
神戸に来てから、スイセイからもらった初めてのメール。
「きのう、あんず(1.5キロぐらい)を取って、さっき煮たとこです。これから各方面にメールを打って、午後はちよじん家に棚相談で出かけます」
大家さんの杏、今年も実ったんだな。
毎年、この季節になると、私がお酒に漬けたりシロップで煮たりしていた。
スイセイはそういうとき、さも興味がなさそうにしていた。
その杏を、スイセイが煮ることがあるだなんて、これまで想像していたことがあっただろうか。
ちよじの家に、持っていってあげたのかな。
スイセイが煮た杏、どんな味だったろう。
煮詰めてあるんだろうか、それともお砂糖を少なめに、あっさりと煮てあるのかな。食べてみたかったな。

●2016年6月1日(水)晴れ

朝から「おいしい本」の校正をお送りする。
午後、街へ下り、買い物がてら美容院へ。
4時過ぎに、坂をのぼって汗をかきかき帰ってきたら、窓の海が真っ青だった。
これまででいちばんの、青さ。くっきりさ。
空気が澄んでいるんだろうか。
引っ越してきてからこれまでずっと、空は晴れていても、海のまわりはいつも靄がかかっていた。
いつもこんななのかなあ、冬にここを見に来たときには、もっと青くくっきりしていたような気がするけど、季節のせいなのかなあ……などと、ぼんやり思っていた。
6時になっても外はまだ明るく、波まで、海の向こうの陸地の、山のへこみの陰影まで、くっきりと見える。
あんまりきれいなので、中野さんにメールを送ったら、電話がかかってきた。
私は白ワインを飲みながら、どれだけ海が青いかを実況中継した。
光る海の上を、真っ白なイルカみたいな船が、すーっと横切っていく。
中野さんが住んでらっしゃるところも、今日はやっぱり空気が澄んで、景色がくっきりと見えるのだそう。
「風のせいもあるんでしょうか。駅に降りたら、風が吹いて、いちど止まって、また、ざわーーっと吹いていました」
向かいの陸地は、「淡路島かもしれない」とのこと。
「淡路島は西から南にかけて、以外と長く、伸びているんです」
電話を切ってからも、そのままちびちびとワインを飲み続け、夜ごはんとする。鶏手羽カレー(雑穀ご飯、ほうれん草と水菜とディルのバター炒め)。
明日は「暮しの手帖」の取材だ。
また、長野くんたちが、東京からはるばるいらっしゃる。
朝10時半にはいらっしゃる。
それが、とてもとても楽しみ。
お風呂に入って、早めに寝よう。

●2016年5月31日(火)曇りのち雨

「おいしい本(川上さんの『大きな鳥にさらわれないよう』について書きました)」の仕上げをし、1時過ぎに街へ下りた。
「ウズベキスタン日記」の校正をしに、駅の近くの喫茶店へ。
1時半から7時すぎまでそこにいて、校正をやり終えた。
お店の人が放っておいてくださるので、私はものすごく集中できた。
途中でいちど、八幡さまに行った。首が痛くなったので。
いつものように、竜の口から流れる水で手を洗い、水を飲み、お参りをして戻ってきて、また続きをやった。
いちばん最初のページから終わりまで、同じ気持ちのまま校正ができたのは、はじめてのこと。
夜ごはんは、きしめん(「いかりスーパー」で買った小エビの天ぷら、ゆでほうれん草&水菜、わかめ)、冷や奴(しらすのっけ、柚子こしょう)。淡路島の釜揚げしらすが、ほっわほわで、ものすごくおいしかった。

●2016年5月30日(月)雨のち

7時前に起きた。
このところ毎日そうなのだけど、ベッドで寝ていると、夜中に必ず目が覚める。
クローゼット部屋(6畳間)に敷いてある布団の方に移動して寝ると、すーっと深く眠れる。
布団って、身体のくたびれをしんみりと吸い取ってくれるみたい。
ベッドは堅いから、吸い取ってくれる感じがしない。
でもゆうべは、布団の方で寝ても安らがなかったので、ベッドに戻り、枕を反対側にして頭を絵の下に持ってきたら、よく眠れた。
どういう加減なのか分からないのだけど、これで、寝場所が落ち着いたかも。
もう、布団をたたんでしまっても、だいじょうぶそう。
それにしても夢をみない。
時間は短めだけど、ぐーっと深く眠っているのかな。
今朝はこれから、淡路島へ生しらす丼を食べにいきます。
おとついの前だったか、「MORIS(モリス)」の今日子ちゃんから唐突に電話があり、「なおみさん、生しらす、食べに行きませんか」と誘われた。
「ヒロミ(今日子ちゃんのお母さん)は安全運転ですから、安心してください」と。
「ひとつ原稿の宿題があるので、終わりそうだったら、行きたいです」と、私は答えた。
というわけで、「おいしい本」の原稿が締め切りに間に合いそうなので、行ってきます。
今日子ちゃんとヒロミさん、あと3人のお友だちは、春には生の鰆(炙ってある)丼を食べにいったのだそう。
鰆の上に淡路島の新玉ねぎと、みょうが、青じそがのっていたらしい。
それはそれは、おいしかったそう。
「MORIS」の下で10時に待ち合わせ。
では、行ってまいります。
同行の方たちは、リエさんとエミさん。
鰆を食べに一緒に出掛けたもうひとりのお友だちは、生しらす丼をとても楽しみにしていたのだけど、お仕事の関係で、急きょ東京に転勤になってしまったそう。
車は5人乗りだから、シートがひとり分空いたから、なおみさんを誘ったんだと言ってらしたけど、私がひとりで淋しくしてるんじゃないかと気遣ってくださったんじゃないかと思う。
それがとても嬉しかった。
今日子ちゃんからは、そのことだけのために電話をくださった。
東京へ行った彼女は私のファンでいてくださったようで、「生しらすは食べられへん、高山さんにも会われへんゆうて、めちゃくちゃがっかりしてはりました」と、今日子ちゃん。
今日子ちゃんは、”「こんにちは」と笑顔で言える子になるように”という想いでつけられた名の通り、とても元気なおもしろい女の子。
人を笑かすのがすごく上手なんだけど、ふつうの人の笑かし方じゃない。
なんというか、小学生の女子(どちらかというと男子かも)みたいに純粋で、冴えた感度のおもしろさ。
だから私も小学生になって、一緒に遊んでいるみたいな感じになる。
すぐに仲良しになった。
車は街を上ってゆくと、すぐに緑でいっぱいになった。
森、森、川、滝、また森、自然のままの古い神社。
この坂道を、川原さんにもらった靴をはいて、ずっと歩いてみたい。
六甲山のロープーウェイ入り口からは、本格的な山道となる。
こんなところ、車でないと来られない。
誘っていただいて、ほんとによかった。
長い長いトンネルを通っているときの、私たちの会話。
私「六甲山の中をもぐっているの?」
今日子「いま、山を超えてんの」
ヒロミ「いやいや、山をぬけてるのよ」
車中では、今日子ちゃんとヒロミさんの掛け合い、リエさんのおもしろい(ぬけっぷりの自由な感じが、私に似てらっしゃるような気がしてお聞きしたら、私と同じ戌年、山羊座、B型でした)受け答え、エミさんの上品で、のんびりとした話し声。
いちいちがおもしろく、笑ってばかりいた。
明石大橋を渡るとき、大型のバスが隣を走っていて、行き先を見ると高知のはりまや橋だった。
わーー!
高知の亨子ちゃんや尚ちゃんのところへ、バスで行けるなんて。
そしたらぜったいに、「にこみちゃん」へも行って、マー坊に会おう。
三宮から4時間くらいで着くのだそう。
車の中では、生しらすの次は、何の魚がおいしいのかという話題で盛り上がっていた。
ヒロミ「ハモかしら、アナゴかしらね」
私をのぞいた全員「ハモー、ハモー」「ハモ好き〜〜」「ハモ食べたーい」
今日子「ハモは魚へんに豊と書きましたっけ。言ったそばからよだれが出ますわ。でも今日は、しらすに悪いから、あんまりハモて言わないでおこ。しらすがやきもち焼いたらあきませんから」
ヒロミ「そうですよ。売り切れだったりしたら困りますから」
昼食は、生しらす丼(ごまダレ、梅肉、わさび醤油、しょうが醤油、のり)、釜揚げしらす(大根おろし)、赤だしみそ汁(なめこと、小さく切った豆腐)、かやく(たくわんの細切りをごまで和えてある)。
生しらすはご飯とは別の器にこんもりと盛られ、指先でひねったいりごまがかかっていた。
まず、ご飯の上にのりを散らしたら、好きな薬味と味つけにした生しらすをのせて食べる、という仕組み。
わさび醤油には青じそ、しょうが醤油には小ねぎが添えてあった。
生しらすはあくまでも新鮮、ご飯もふんわりとして、その、おいしさと言ったら!
みんな、おしゃべりをやめ、「うーん」「うーん」とうなりながら食べていた。
生しらす、いくらでも食べられそうだった。
今日子「私、わんこしらすでいけますわ。これやったらいろんな味で、なんぼでも食べれるもん。ご飯がなくてもええわ」
外のベンチで食後のデザート。
みなさんそれぞれに、おいしいものをご用意くださっていた。
昔風の水筒(水色のホウロウ)に詰められた、アンバーという紅茶(ダージリンに、カモミールとローズが混ざっている)の水出し。
ヒロミさんはちゃんとしたお湯飲み茶碗(そばちょこ)を、刺し子の布(90歳を超えた、今はもう亡くなっている、どこかのおばあさんが刺したのだそう)にくるんで持ってきていた。
リエさんは、京都の「辻利」というところのお抹茶カステラ(懐紙とアンティークの小さなフォークもご用意)。
エミさんは、河内晩柑(房から出し、甘みが足りないので梅酒を少しふりかけたのだそう。「モリス」のガラスの器に入れてあった)、ココナッツマカロン。
私は、外で食べるものは、果物とナイフだけみたいな野蛮なやり方ばっかりで、器も割れないどうでもいい物だし、こんなふうなおしゃれで素敵なピクニックをしたことがない。
おいしくいただくのは、生しらす丼に飽き足らず、デザートまで。
なんて、愉しみつくされるんだろう。
私も真似したい……
そのあとは、直売所で淡路島の特産をいろいろ買った。
釜揚げしらす(木箱にたっぷり入って780円。たぶん、釜揚げしたてを冷凍してあるんだと思う)、ワカメの塩蔵(「新芽入り」と書いてある)、トマト、きゅうり、水菜、ディル、赤空豆(ご飯に炊き込むと、お赤飯のようになるのだそう)。
淡路牧場では、淡路牛乳のソフトクリームを食べた。あっさりして、甘すぎず、とてもおいしかった。
そのあとは、車でたくさん走って、「小豆(こまめ)堂」という、小さくて可愛らしい物を売っている骨董屋さんへ行った。
私はアメリカの古い紙ばさみと、黒い木のボタン(赤い花の手描き入り)、 森永のビスケットの缶(四角い大きなもの)を買った。
この缶をみつけたとき、たまらなく懐かしい気持ちになった。
それは私が2年生のとき、従姉妹のエリちゃんの家で食べたビスケットが入っていたのと、たぶん、同じ缶だったから。
私は、模様のついた丸いのや四角いのや、赤いジャムや黄色いクリームが挟まったのや、チョコレート色のやら、いろいろな形と匂いのビスケットが詰め合わさっているのが夢のようで、「♪ポケットをたたくとビスケットがひとつ、もひとつたたくとビスケットがふたつ」とこっそり歌いながら、ポケットをたたき、ちょっとずつ大切に齧っていた。
姉に気づかれ、「アンタ、ばっかじゃない? そんなことしたって、出てきっこないじゃん」と毒づかれた。
私はとても恥ずかしく、自分のやったことを消してしまいたかった。
今だったら、どうどうと人前でもやれるけど。
淡路島に行って、帰ってきたら、私はみなさんのことが大好きになっていた。
帰りしな、うちに寄ってもらって、お茶とチョコレートケーキ(加奈子ちゃんにいただいた三宮のどこだかのお店の)をお出しした。
お礼が何もできなくて、しまっておいた料理本を差し上げた。
東京から越してくるとき、増刷のたびにいただいた著書を、どうしようかと迷っていて、やっぱり持ってくることにしたのは、このためだったのだなと思った。
そしてもうひとつ、車の中でみんなが盛んに「かもめ食堂」を連発していて、「えっ? まさかそこは、木皿さんが大好きだった「かもめ食堂」のこと? どこかに引っ越されたと聞いていたけど……」となり、そしたらまさにその「かもめ食堂」だった。
『昨夜のカレー、明日のパン』ドラマの撮影のとき、「パワースポット」のモデルにさせていただいたのは、「かもめ食堂」だった。
私はホームページをプリントアウトして勉強し、メニューやお皿のイメージを決めた。
美術さんたちも、そのときの写真を元に、お店の感じを再現されたのでした。
いつか「かもめ食堂」に行ってみたいと思っていたのが、木皿さんとの対談で実現したのは去年の12月。
でもまさか、同じ街に暮らしている同士として、また出会えるなんて。
2日に、「暮しの手帖」の取材で、今日子ちゃんに連れていってもらえることになった。
淡路島は、とても大きな島だった。
山に囲まれ、畑も川も、大きな道路もあるから、島の中を走っているのを忘れてしまう。
海が見えてくると、「あっそうか、島だったんだ」と、不思議な気持ちになったほど。
この日記は今、6月3日に思い出しながら書いています。
よく晴れ渡った日、うちの窓から海の向こう側に見える細長い陸地は、山の緑の陰影まで見える。
山の下には、白っぽい四角い建物が並んで光っている。
後日、その陸地は淡路島だと知りました。
おかげでそれからは、(あそこに行ったんだな)と思いながら、窓を見るようになりました。
今日子ちゃんは、もとはといえばみどりちゃんが大好きな女の子で、みどりちゃんの器の本のイベントの日、「タミゼ・クロイソ」ではじめてお会いした。
私が六甲へ越すことになったとき、「六甲だったら、今日子ちゃんがいるよ。彼女は生まれも育ちも六甲だから、いろんなことを知ってるだろうし、きっと助けてくれるよ」とみどりちゃんが教えてくれたのです。
本当に、その通りになった。
ありがたいことです。
夜ごはんは、雑穀ご飯&チキンカレー(川原さんが東京で作ったのを冷凍しておいてくれた)、キャベツとピーマンの塩もみサラダ(バルサミコ酢と玉ねぎ入り)、白ワインを1杯。

●2016年5月28日(土)曇りのち小雨のち晴れ間

午前中は曇り空で、草刈り機の音がずっとしていた。
さっき、雨が降り出した。
ひそひそと緑に沁みる雨。
下の街は白くけぶって、煙突みたいな塔の灯りが点滅しているのが見える。
海も空も境のない白。
おとついの前の日、中野さんが絵を3枚持ってきてくださった。
それは、今進めている絵本とは別の物語の絵。
いつだったか、東京にいる間に、「こんなのが出てきました」と中野さんから届いた画像に、私が勝手に物語をつけた。
絵本にしては、ちょっと長いめのお話ができそうなもの。
はたしてそれが絵本の形になるのかも、どこで出していただくのかも分からずに、ずるずると出てきてしまったもの。
この間、川原さんと山に入って泉まで下りたら、その物語の続きが出たがって、書きはじめてしまったので、中野さんに絵を持ってきてくださいとお願いした。
中野さんは2泊していかれた。
その間私たちは、山に入って、もうひとつ下の滝まで下りたり、根っこずたいに山を上って探検したり。
中野さんはおもしろい形の古木を見立てながら拾って、あるものは森の木の根元に立てかけ、あるものはうちに持ち帰ったり。
あとは何をしていたんだっけ。
そうそう、合作の絵も描いた。
子どものころの話をしたり、絵本の話をしたり、音楽を聞いたり、迷い込んできた蜂を観察したり、ごはんを食べたり。
食器棚が倒れないよう、たまたまあった物を利用して、壁に固定してくださったりもした。
きのうは中野さんを見送りがてら、区役所まで小さい遠足をした。
白長蛇を奉っている神社をお参りし、中華屋さんで鹿肉の餃子と冷やし中華、チャーハンをお昼に食べた。
歩きながら、めずらしい形の花をみつけると立ち止まり、耳の先に裂け目のある黒猫と向かい合って座ったり。
私は、こっちに来て、目がよくなったような気がする。
そういうことが、すべて絵本の種になるからそうしているのか、目がよくなったから、絵本の種になっているのか、分からないけれど。
中野さんの目の見え方が、私にうつったのかもしれない。
歩くのもゆっくりになった。
中野さんと別れて区役所で住民票を届けるとき、ひとりでぼんやりしていたら、説明をしに近寄ってきてくださった係の方がいた。
男の人がひとり、女の人がふたり。
あと、窓口の女の人ふたりも。
みな心がこもっていて、自然で、とても感じがよかった。
その人たちの顔を、私は驚きと共にじっと見た。
ひとりひとりが、こんなにもみんな違うのかと。
目と目が近寄って、落ち窪んでいる女の人の目玉は、タヌキかアナグマみたいに黒々と、いきいきと光っていた。
表情の変化を見、声を聞いていると、その人がどんどん近くに感じられ、輪郭がくっきりして、心の内側や、ふだんの生活の様子まで透けて見えるようだった。
私はこれまで東京で、人というものをきちんと見ていなかったのかな。
まわりに漂っている空気みたいなものだけ感じて、好きだとか、嫌いだとか、苦手だとか、自分の我を通して見ていたような気がする。
それはもしかすると、人が怖かったのかも。
世間も、街も、怖くて、感覚を閉じていたのかも。
そんな気がした。
区役所のある街の大きなスーパーで、牛乳とバナナ、流しのゴミ袋、トイレットペーパーを買い、バスに乗った。
いつもの停留所で下り、川原さんに教わった歩き方で、急坂をゆっくり上って帰ってきた。
その日の晩ごはんは、みそ雑炊(本枯れ節で直接だしをとった鍋に、いつぞやの雑穀ご飯、落とし卵、青じそ)、ひじき煮(川原さん作)、ポテトサラダ&おから(区役所のある街の食堂の前で売っていた、手作りお総菜)。
そうそう。
おとついの夜だったか、大嵐で窓ガラスががたがたと大きな音をたてていた。
明け方、トイレに起きたときに外を見たら、夜景が白くぼやけて空に溶け、幻想的だった。
雨も大降りだったし、猛烈に風が強かったので、このアパートメントごと海の方へ流されていってもおかしくないような感じがした。
私は半分寝ぼけていたのか、ちっとも怖くなかった。
何があっても、この建物が守ってくれている感じがしたんだと思う。
ああ、ようやくきのう、おとつい、その前のことが書けました。
あとで、ベッドに寝っころがって、川上弘美さんの『大きな鳥にさらわれないよう』を読もう。
次回の「おいしい本」に書けるだろうか。
それとも今回は、東京にいたときに図書館で借りて読んだ、『わたしのおいわいのとき』という絵本のことを書こうかな。
夜ごはんは、キャベツの千切りサラダ(塩もみにはせず、バルサミコ酢入りのドレッシングをかけた)、ナポリタン風スパゲティ(ソーセージ、ピーマン、トマトソース、ケチャップ、バター)。
窓辺に腰掛け、ツバメが2羽、追いかけっこをしているのを見ながら食べた。
そろそろ7時になるのに、外はまだ明るい。
東の上の方に青空が見えてきた。下の街は雲に覆われているように見えるけど。
山の空の色は、変わりやすいような気がする。
もしかしたら天気自体も、下の方とは微妙に違うんだろうか。

●2016年5月24日(火)ぼんやりした晴れ

今朝もまた6時前に起きた。
朝風呂に浸かって目を覚まし、本のダンボール箱を開け、本棚に詰めるのをやった。
鳥が鳴いている。
そうだ。忘れないように、ここに書いておかないと。
きのうからの日記ですが、私は21日から先の曜日をすっかり間違えていました。
川原さんが帰ったのは日曜日だし、テレビを繋いでくれた人が来たのは月曜日だった。
なのにきのう私は、すっかり日曜日だと思い込んで日記を書いていた。
テレビを繋いでくださる人のことも、カレンダーには月曜日だと書き込んだ覚えがあるけども、何かの関係で予定が変わったか、私が書き間違えたのかな……くらいにぼんやり思っていた。
今朝、『とと姉ちゃん』を見て、『朝イチ』に画面が変わったとき、イノっちが「24日火曜日、おはようございます」と言って、はっ!と気づいた。
「気ぬけごはん」の締め切りが、今日だったのです。
それでも、すぐにはとりかかれず、本を並べるのをやったり、洗濯機をまわしたり。
そのあと、朝ごはんを食べながら頭の中を整理して、パソコンに向かったら、なんだかとっても集中でき、つるつると書きたい言葉が出てきて、午後にはだいたい仕上がった。
今日は布団カバーの洗濯をして、屋上に干しにいってみました。
水筒に冷たいお茶を詰め、帽子をかぶって。
目の前に連なる緑濃い山は、絵本(筒井君と作っているもの)で中野さんが描いてくださった、大きな山の絵そのものだった。
絵の方には電波塔がないけれど、稜線の感じも、アマゾンみたいなもりもりとした緑もそっくり。
実物の山の奥には、滝も泉もあるのだから(絵では表に出てきている)。
中野さんは、この緑の山をどこかで見たのかな。
不思議だけど、不思議じゃない。
本当をいうと、中野さんは絵を描く前に、この山をいちどだけ見たことがあります。
2度目に私がこのアパートメントを見にきた日、中野さんも神戸まで出てきてくださり、不動産屋さんと大家さんの立ち会いのもと、屋上に上った。
でも、そのときはまだ冬で、枯れ木だらけだったから、山は茶色にすすけていた。
そのあとふたりで山に入り、赤い岩に流れる小さな滝と泉をみつけた。
東京に帰ってわりとすぐ、私の方で別のきっかけからお話の種ができ、転がりはじめ、中野さんの絵の画像が届くごとに、色濃く分かってきたのだけど、たぶん私たちのなかではすでに、お話に出てくる森はこの山のことになっていたんだと思う。
だから、不思議だけど、不思議ではない。
それに絵本の山の絵は、もっともっとはてしない。
小さな人たちも、大人も、みんな自分の山を持っているはずだから、自分の心にある山として見てくれる。
『とと姉ちゃん』を今朝はじめてこっちで見たのだけど、15分がとても長く感じた。
いつもの3倍くらいの時間だった。
なんでなんだろう。
オープニングの曲では、ヒカルちゃんに合わせて私も歌い、ドラマがじはじまってからは、おもしろくて、楽しくて、声を上げて笑った。
片桐はいりさん、最高!
さて、「気ぬけごはん」の仕上げをやって、メールでお送りしよう。
編集の村上さんは、心配して待っていらっしゃるかも。
お送りしたら、ちょっとだけ昼寝しよう。
夜ごはんは、記録するのを忘れました。ごめんなさい。

●2016年5月23日(日)ぼんやりした晴れ

6時に起きた。
ゆうべはカーテンを開けて、月明かりの中で寝た。満月だったから。
夜中にトイレに起きたとき、暗闇で目をこらしたら、蜂はまだ壁の同じところにいた。
朝、起きて下に行くと、まだ同じところでじっとしている。
もしかしたら、ゆうべのセージの煙のせいで弱ってしまったのかな。
ここで、死のうとしてるんだろうか。
それとも、すでに瀕死だった蜂が迷い込んできたんだろうか。
朝風呂にゆっくり浸かり、着替えて、ゴミを出しに行った。
ついでに森の入り口まで散歩して、スイカズラの花と、紫色の何だか分からないかわいらしい花と、ノイバラを摘んだ。
帰ってきたら、蜂はいなかった。
ちょっと、淋しいような気持ち。
もしもここで死んだら、飾っておこうと思っていたのに。
黒が多めで黄色が少なめの、胴体が長めの、とても綺麗な蜂だった。
昼間、廊下にモップがけをしていた管理人のおじいちゃんに聞いてみたら、それはスズメ蜂ではないそうだ。
スズメ蜂は何もしなくても、人に向かってきて射す。
体が大きいから怖そうに見えるけど、ジリジリブンブン大きな音をたてて飛ぶだけで、人には向かってこない、やさしい蜂なんだそう。
管理人さん「スズメ蜂に4つとこ射されたら、もう命はないゆわはりますわ。そりゃあ、腫れますで。こーんなに」
私「スズメ蜂は、どんな蜂ですか?」
管「いかにも怖そうな蜂です」
私「そうですか」
管「窓を開けとりましたらな、ここらは虫でも鳥でも、間違えて入ってきますから。下の(階の)人のところへも、こないだ鳥が迷い込んで、一日中ぐるぐるして、鳥は逃げ口が分からんようになるからあちこちぶつかって、けっきょく死んでしもて、かわいそうなことしましたわ」
私はこの土地での暮らし方を、ひとつひとつ、虫や植物やイノシシや管理人さんに教わっています。
午後、アンテナを繋げてくださる人が来て、テレビがつながった。
ラジオのことを質問したら、ラジオのアンテナもつないでくださり、FMがとてもよく入るようになった。
今朝、私は10時から、wakwakのサービスセンターに電話して、メール回線のためのパソコン入力について教わっていた。
とても親切ていねいに、ゆっくりと教えてくださるのだけど、いくらやっても繋がらない。
スイセイにも何度も電話をしてしまった。
けっきょく、私の入力していたパスワードに間違いがあったようで、何度目かでようやく繋がった。4時くらいに。
今日は、メールとテレビとラジオが繋がった日なので、仕事はしなくてもいいことにする。
蜂も出ていってくれたし。
今、6時半を過ぎたところなのだけど、外はまだまだ明るい。
そういえば、西の方は日の入りの時間が少しゆっくりだと、トークショーに来てくださったファンの方が教えてくれたっけ。
今日もまた、先にお風呂に入ってから夜ごはんにしよう。
「気ぬけごはん」は、あとで元気があったら続きを書こう。
そういえば、『まる子』も『サザエさん』も見たいと思わないのは、なんでだろう。
夜ごはんは、五穀入りのご飯を炊いた。肉だんご(引っ越しの日のお総菜の残り)と玉ねぎの酢豚風、豆腐のみそ汁、納豆。

●2016年5月22日(土)快晴・満月

川原さんが帰る日。
阪急電鉄に乗って、岡本という駅で下り、摂津本山駅まで見送った。
ここからJR東海道線に乗れば、30分ほどで新大阪まで行けるのだそう。
岡本の駅まわりは賑やかだった。でも、下町みたいな心安い賑やかさ。
大きな文房具屋さんで、「ひっつきむし(絵を飾る用)」とホワイトボード用のマジック、自家焙煎のお店でコーヒー豆も買った。
川原さんと別れてからは、私ひとりで街を散策。
ニュージーランドのワインを買い、洋服屋さんで緑色の袖無しワンピースを買った。「コープ」で、スコットランドの安くておいしそうなウイスキーも買った。
六甲に戻り、「いかりスーパー」で、ハムとバターを買う。
リュックを背負い、風に吹かれながら坂を上った。
川原さんに教わった急な坂の上り方は、ゆっくり&小股。
遠くを見るんじゃなく、足が出るすぐ前だけを見て、小股でゆっくり歩くと疲れない。
汗をかいて帰りつき、お風呂に入った。
今日から私は、ひとりになった。
引っ越しの初日には、大勢が手伝ってくださった。
川原さんをはじめ、取材の人たち(「公表してもかまいませんよ」と編集長がおっしゃったので、お伝えしますが、じつはこのたびの引っ越しの様子は、「暮しの手帖」に載ります。ライターは渡辺尚子さん、カメラマンは長野くん)と、神戸の絵本編集者の加奈子ちゃん。
長野くんはCDデッキをつないでくれたり、渡辺さんと一緒にベッドを組み立ててくださった。
夕方、加奈子ちゃんと入れ違いで、絵描きの中野さんもいらっしゃり、ダンボール箱をしばったり、細々したことを手伝ってくださった。
東京でお世話になっている仕事仲間や川原さんに、これから神戸でお世話になろうとしている、中野さんと加奈子ちゃんをご紹介できたのが、私はとても嬉しかった。
夕方、海のすぐ上の空がオレンジがかってきたので、片づけをやめ、2階の床に丸くなってみなで乾杯した。
編集の島崎さんが「いかりスーパー」で買ってきてくださった、ハムやチーズやお総菜をつまみに、澤田編集長からのプレゼント(18日の朝、東京駅まで見送りにきてくださった)のおいしいシャンパンと、ワイン、ワイン、ワイン。
取材チームは8時くらいにお帰りになり、中野さんは1泊し、川原さんは今日まで泊まっていた。
線香花火がじりじり燃えてるみたいなオレンジ色の、大きな満月を見ながら、夜ごはん。
まず、冷ややっこに醤油だけかけて、ミュスカデを1杯。
豆腐も、醤油も、ものすごくおいしい。
夜ごはんは、温かいおつゆのそうめん(刻みみょうがをたっぷり、ねぎ、だしをとったあとの昆布)、ひじき煮(川原さんが東京で作ってきてくれた)、にんじんの塩揉みを添え、白ごま油をかけた。
満月の夜から、ほんとうのひとり暮らしがはじまった……
と、今、ここまで日記を書いたところで、ブーーンブンブンとすごい音をたてて、窓から虫が入ってきた。
電気にとまった。
5センチくらいもある大きな蜂。もしかすると、スズメ蜂かも。
私は焦り、できるだけ音をたてずに移動して、蚊取り線香をつけたり、セージの束を燃やしたり。
煙を立てて、(出ていってください、出ていってください、お願いします)と何度も唱えた。
しばらくそうしていて、私が何もしなければ蜂も何もしてこないことが、だんだんに分かってきた。
静かにそーっと動いて、2階のドアをしめ、灯りをすべて消して、寝る。
今日の昼間、景色がよく見えるように、管理人のおじいちゃんに網戸をはずしていただいたのだけど。
やっぱり、よくなかったのかもしれない。
去年、スズメ蜂が山の方の窓から入ってきて、通路を何匹もブンブン飛び回ってた。だから駆除したって言っていたもの。

●2016年5月21日(金)快晴

川原さんは朝ごはんを食べて、遠足。坂を下りて出掛けていった。
「気ぬけごはん」を書きはじめないと、締め切りに間に合わないので、私は留守番。
でも、ちょっと書いては、海を眺めたり。
車が止まる音がすると、窓辺に立って下の道を見たり。
郵便屋さんが来ないかな、宅急便が来ないかな……と、見ている。
きのうはあんなに電話があったのに、今日はひとつもかかってこない。
あ、不動産屋が来た。
私に用事なのかと思ったら、お客さんを案内しているとのこと。
文がひとつできたら、そわそわと急に心もとなく、淋しくなった。
4時ごろ、川原さんに電話してみたら、駅の近くの喫茶店にいるという。
急いで着替え、日焼け止めだけ塗って、私も坂を下りる。
今日は、淋しくなったら外に出掛けるのがいちばんだと分かった日。
スーパーのレジの人でも、歩いている人でも、誰でもいいから人の声を聞いて、生活をしている人たちの息吹を浴び、坂道を上って帰ってくると、心が楽しくなっている。
川原さんがいなくなっても、きっと私は大丈夫。
夜ごはんは、ソーセージとセロリとアスパラのマスタード炒め、スパゲティ(本枯れ節、大根おろし、青ねぎ)、白ワイン(ミュスカデ)。
スパゲティがとてもおいしくできた。このレシピは「気ぬけごはん」に、明日書こう。

●2016年5月20日(木)曇りがちの晴れ

一日が長くて、今日が何日か、引っ越してきてから何日目なのか、分からなくなります。
夜、お風呂から出て、髪を乾かしながら窓辺で夜景をぼんやり見ていたら、ポクポクポクというような音がした。
誰かが歩いているのかなと思って下を見たら、イノシシが。
アスファルトの道を走りぬけ、大きくカーブを曲がり、慌てて森の方へ駆け上っていった。
毛の色は、ダンボールに茶色を混ぜたような薄い色で、毛が堅そうだった。
テレビなんかで見ると、もっと濃い茶の感じがしてたけど。
「わー、イノちゃんに会っちゃった!」
川原さんにそう言うと、なかなか信じられないというように、どんな感じでどこを走っていたかなど、詳しく聞かれる。
今朝は、川原さんとふわふわと森へ入って、滝のある泉まで下りてしまったけど、こんど森へ行くときは、やっぱり気をつけよう。
イノシシの森におじゃまするんだものな。
夜ごはんは、五穀ご飯、具だくさんのみそ汁(じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、ソーセージ)、ひじき煮、納豆(川原さんはねぎ好き。高知のねぎをたっぷり刻んで入れた)。
ここで食べるごはんは、何を食べてもひとつひとつの味がちゃんとして、ものすごくおいしい。

●2016年5月17日(火)雨

吉祥寺から、荷物が運ばれていきました。 お願いをした引っ越し屋さんは、ぜんぶで6人くらいいただろうか。みな、ベテランの方たちで、流れるような作業だった。
物を触る手つきがやさしく、心穏やかな、力持ち。
きのう、エアコンの取り外しに来た人がとっても乱暴だったから、私はちょっと心配だった。
でも今日の人たちは、誰ひとりとしてピリピリしてなくて、どんなに小さな家具も、傷つきやすそうなものはひとつひとつ梱包し、キルティングの布をかぶせ、物によってはその上からネットまでかぶせて運び出してくださった。 雨だから、階段を下りるのも積み込むのもたいへんだろうに。
梱包している人は、ひとつひとつの物をよく見て、どんな包み方をすればいいか、見極めているようだった。
梱包する人も、運び出す人も、みんな自分たちの仕事に誇りを持っているような感じがした。職人さんみたいだった。
お支払いのときに聞いたのだけど、今日の人たちはみな、親方なんだそうだ。
繁忙期は、親方ひとりに、若い子たちが何人かでチームを作ってやるのだけど、今は暇な時期だから、たまたまそういう組み合わせになったのだそう。
ありがたいことです。
今夜は、仕事部屋でひとりで寝ようと思い、寝床を作った。
何にもない部屋って、いいな。
家具がないと、ガランとして、音がよく響く。
明日持っていくリュックと着替えを揃え、枕元には目覚まし時計。
まるでホテルの部屋みたい。
寝転ぶと、鳥が渡ってゆく。
飛行機が見える。
ここからも、こんなに窓いっぱい、大きな空が見えたのだな。
電子レンジの音も、パソコンでかけている音楽も、とてもいい音。
今、スイセイが部屋でくしゃみした。
ヘーーークション。
きのうは、スイセイと近所の中華屋でごはんを食べているうちに、喧嘩になった。
帰ってきてからも、言い争いになって、私はそのままの気持ちをひきづってお風呂に入った。
でも今日は、これまでいちども手伝ってくれなかったスイセイが、はじめて手を貸してくれた。
どうして手伝わなかったかというと、私がひとりで何でもできるようになるように、わざとそうしていたんだと思う。
今日は、マキちゃんも来てくれた。冷蔵庫をふいたり、台所をふいたり。最後まで、掃除を手伝ってくれて、とても助かった。
夕方、雨がやんだ。
窓を開けたら、ジゃスミンの香りがふわーっとした。
スイセイがラーメンを作ってくれている音が、台所から大きく聞こえてくる。
ガスレンジがないから、自分用に買った電気コンロで作っている。
公園の木の葉が揺れている。
空き地の大きな水たまりに、逆さになった木が映っている。
背くらべしているようにしか見えなくなった、双子のイチョウの木。
桐の木、ハクモクレン、何だか名前が分からない木。
この木は、夏には、ビンの底が集まったみたいに、花芯の紅い白い花を咲かせていたっけ。
どの木の緑もみな、グレーの落ち着いた空気に沈んで、沁みる。
ここは、なんていいところだったんだろう。
夜ごはんは、混ぜたラーメン(サッポロ一番のみそ、しょうゆ)、鯖ずし、ピーマンのにんにく炒め、夏野菜の塩もみ(きゅうり、みょうが、しょうが・これだけ私が作った)。
混ぜたラーメンは、スイセイの名作だと思う。
ス「うまいよのう。ほいじゃがスープも違うけど、麺も種類が違うんで。スパイスもの、唐辛子とコショウが混ざってるんじゃけえ」
私「じゃあまるで、私とスイセイみたいじゃん」
唐辛子がスイセイで、コショウが私。
スパイス同士が合わさった混ぜたラーメンは、なのにとてもやさしい味がする。
明日はいよいよ、神戸に出発。
8時半の新幹線で向かいます。

●2016年5月15日(日)晴れ

このところ毎日、引っ越しの荷物詰めで、ちっとも日記が書けませんでした。
外は、緑輝くものすごくいいお天気が続いているのに、散歩もせずに朝から夕方までやっていた。
やってもやっても片づかないから、終わりが見えなくて、ずっと心がふわふわしていた気がする。
まだタンスの中をやってないとか、台所をやらなくちゃとか、お風呂場もやらなくちゃ、とか。
スイセイが山の家へ出掛けて留守だったのは、月曜日から金曜日まで。
その間、私はちっとも淋しいと感じなかったし、毎晩とてもよく眠れた。
不思議だなあ。もう、ひとり暮らしのモードに入ったのだろうか。
一度は私から電話して、二度くらいスイセイからも電話があった。
スイセイの声は、なんだか若いころの感じが混ざっていて、とっても遠いところにいる感じがした。
山の家の空気や風、緑がムンムンしている匂いも、受話器の穴を伝って、遠いところから流れてきていた。
いちど、スイセイの声の後ろから、夕方の音楽(遠き山に日が落ちて〜)がうっすらと聞こえたことがあって、ほんの一瞬、胸がきゅっとなった。
火曜日にはりうに会った。
りうはひとりで茨城から電車に乗ってやってきて、「ポレポレ座」でお昼ごはんを食べた。
別居のことや、絵本のことや、立て続けにいっばい私が喋るのを、鋭いツッコミを入れながら、ぜんぶ聞いてくれた。
りうはとても元気で、若々しく、ノリノリだった。
なんだか体つきも顔も、一緒に暮らしていた大学生のころに戻ったみたいだった。
その日は、朱実ちゃんの展示会の初日で、樹くんにも会えたし、きさらちゃんにも、楽ちゃんにも会えた。
7月に「ポレポレ座」でやる絵本の原画展の打ち合わせもできた。
雨がくる前まで、樹くんがギターを弾いてくれた。
ときどき電車が通る音がして、ギターの音色と重なって、窓にはビルの影が映っていた。
昼間の光だったのが、だんだんに夕方の色になって、夜になって。
外のテーブル席で、ワインをちびちび飲みながら、ずーっとそこにいた。
会いたかった人たちに一度に会えたこと。そこにいるだけで、とても楽しかった。
けっきょく私は、11時半の開店から夜11時の閉店までいた。
帰り道、ひとりで「ハコバー」へ寄って、シミズタにお別れの挨拶をし、中央線に乗って、吉祥寺まで一緒に帰ってきた。
その翌日からは、朝ごはん食べ、すぐに荷持つ詰め。
お昼を食べて、夕方まで続きをやって、簡単な夜ごはんをひとりで食べ、お風呂に入って、本を読んで、眠る。
自分だけの時間が流れていた。
ふわふわしているのだけど、濃いめな時間。
スイセイが帰ってきたら、なんだかものすごく強い個性のでこぼこした塊が、そこにいる感じがした。
自分とは、大きく違う人。
とても違う匂いがある人。
私はスイセイのことを、いつの間にやらすっかり自分の中に入れてしまって、きちんと感じることをしていなかったのかもしれない。
誰かと暮らし、四六時中一緒にいるというのは、どういうことなんだろう。
私にはまだ、よく分からない。
ああ、ようやくここ1週間のことが書けました。
ずいぶん長い日記になってしまうけれど、忘れたくないので、リーダーのこともここに書いておきます。
「ポレポレ座」へ行った次の日、私は少し二日酔いで、それでも台所の作業をやっていた。
食器を包むのがけっこう大変で、不器用だからすごくへただし、割れないように気を使わなくちゃならなくて。
その日はどんよりしたお天気で、(なんで私、引っ越しなんかすることになっちゃったんだろう……)なんて思いながらやっていた。
午後になって、リーダーがやってきた。
いらなくなった食器をもらいにきてくれたんだけど、自分がもらうというより、アルバイトをしているお店で使えるとか、フリーマーケットで売れそうだとか、冗談を飛ばしながらどんどんどんどん包んでいった。
でも、大げさな感じでなく、なんとなーくそこにいて、なんとなーくなのに、きっちり手際よく梱包している。
リーダーは、郁子ちゃんと大宮エリーさんの『変わる』というCDも、1枚だけ残っていたのを持ってきてくれた。
かけてたら、泣けてきた。
ものすごくいい歌だった。
たくさんの人に届く言葉というのは、こういうのなんだなと分かった。
私は、自分のわがままで引っ越しをするのだし、これまでつき合ってきた友だちからも自分から離れるのだから、誰かに手伝ってもらおうなんてこれっぽっちも思っていなかった。
4月の末くらいから、コツコツと作業をしてきたけど、ひとりでやるのは自分に向き合うことだから、たまに落ち込むこともあった。
私がたいへんなとき、リーダーはなにげなくいつもそばにいてくれたような気がする。
そういえば「クウクウ」の閉店のときにも、マスターの手伝いを最後までひとりでやっていたなあ。
ああ、リーダーのこともようやく書けた。
次の日には川原さんも手伝いにきてくれたのだけど、ここでは割愛します。
そんなこともあり、今日、ようやくほとんどの荷物を詰め終えることができた。
ダンボールは、今数えたら45箱くらいあった。
あさっては、いよいよ引っ越しです。
引っ越し屋さんが荷物を積みにきたら、その晩私はこの家に泊まり、18日の朝、神戸へ出発します。
スイセイはまだしばらく、この家に住み続けるので、7月の「ポレポレ座」でのイベントのときには、泊めてもらえる。
そしてなんと川原さんが、神戸のアパーメントまで、泊まりがけで手伝いに来てくれることになりました!
みんなありがとう。
私はもう、甘えることにした。
夜ごはんは、お赤飯(たまたま冷凍庫に小豆を煮たのがあったので)、ブリの照り焼き、ほうれん草のおひたし、浅蜊のみそ汁(青じそ)、たくわん。

●2016年5月8日(日)晴れ

朝ごはんを食べ、パン屋さんから帰ってくるスイセイを待って、吉祥寺の街へ買い物。
まず、100円ショップへ。
ドライバーなどなど、私のひとり暮らし用の工具類を買った。
小学校の入学の準備で、文房具を選んでもらっているみたい。
次に、「ヨドバシカメラ」でパソコンまわりのいろいろ。
スイセイのおすすめプリンターと外づけハードディスクをチェックし、光回線用のケーブルと、コードレスのマウスも買った。
お昼ごはんを食べて解散。
そのあと私は、中古の電気屋さんや「無印」やらひとりで買い物。
帰りに、この間引き取っていただいた古本の代金をもらいに、「百年」に寄った。
絵本コーナーの棚の前に立ったら、帰れなくなってしまう。
「百年」には、いい空気があった。
さっきまでいた店は、どこも同じような形や色の電化製品や、文房具、収納ボックスや、洋服やらがたくさん並んでいて……私はどこにいても落ち着かず、頭がぐるぐるして、ちっともいい気持ちじゃなかった。
「百年」にあるものは、ひとつひとつがちゃんと違って、それぞれの古本がその本ならではの匂いを出していた。
私は図書館にいるみたいな気持ちになって、めぼしい本を開いては、中を読んだ。
ずっと欲しかった『はせがわくんきらいや』をみつけ、ゲットした!
並木道まで来て、絵本を開いてページをさすったりしながら、ぶらぶら歩いて帰ってきたら、4時だった。
洗濯ものを取り入れたり、買ってきた工具をお道具箱に詰めたり。
スイセイにマウスをつないでもらい、使えるようになった。
その、すばらしく滑りのよいマウス!
パソコンの画面の動きまで早くなった。なんか、未来がやってきたよう。
このマウスは900円だった。
これまでのは、前のパソコンを近所の中古屋さんで買ったときにおまけでもらったのだけど、コードが絡まったりもしながらけっこう満足して使っていた。
8年間使ったマウスは、右手の親指と人差し指が当たるとこだけ塗装がはげていた。
そのことをスイセイに伝えると、「ええ話じゃのうと思うけど、もらったのを使い続けるのは当然のこと。ほいじゃがみいよう、何かあったときのために、前のんもちゃんととっておくんで」と言われた。
私もそう思う。
たくさん買い物をするのは、自分のどこかが傷がつくような感じになる。
ひとつの物をずっと使い続けるって、安心して落ち着く。
『まる子』を見ながら、カレー用のじゃがいも、にんじん、玉ねぎを切り、『サザエさん』を見ながら、サラダのキャベツを刻んだ。
夜ごはんは、カレーライス、キャベツのコールスロー。

●2016年5月4日(水)晴れ

青い空。
チュパチュパと鳥もよく鳴いている。
ゆうべは雨と風がとても強く、音を聞きながら寝ていた。
いちど、起き上がってカーテンの向こうをのぞこうと思ったのだけど、半分寝ぼけていて、体が動かなかった。
すごい嵐だったから、こんなに気持ちよく晴れ渡るとは思わなかった。
天気予報によると今日は、雨ではなかったっけ。
子どもたちは喜んでいるだろうな。
ゴールデン・ウィークのまっただ中、みんなは外で遊んでいるでしょうが、私は引っ越しの整理。
今日は、仕事部屋の書類を箱詰めする予定。
きのうは、本をすべて詰め終わった。
ダンボール3箱分になった。
前回「百年」に引き取ってもらったのと合わせると、全部で6箱分。
神戸へ持っていく本も6箱だから、ちょうど半分に減らしたことになる。
もっと減らしたつもりだったけど、そんなものか。
雑誌類は今のまま持っていって、向こうで仕分けを考えようと思う。
そういえば太ももが筋肉痛だ。立ったり座ったりして、けっこう運動をしていたのかも。
このところの私は、毎日朝から夕方まで箱詰めをして、1日が終わると、ぐったりとくたびれている。
プールから帰ってきたときみたいな、さっぱりとした疲れだ。
そして、夜は風呂上がりに川上弘美さんの『大きな鳥にさらわれないよう』を読んで、寝る。
頭の中がかきまわされるような面白い本。近未来の話なのだけど、なんか身体にくる。
短編をひとつ読んで、もういちど同じのを繰り返し読んでから眠ると、夢に出てくる。
ゆうべは、なんとなしにのどがイガイガしていたので、真っ暗ななか布団からはい出し、うがいをして寝た。
今朝はすっきり。今は、風邪などひいてはいられぬ。
午前中のうちに図書館へ。
絵本を8冊と、カザルスのCDを借りてきた。
緑のさわやかな風が、むき出しの腕や首すじをさわさわと撫で、髪の毛の中を吹き抜けてゆく。
帰り道、公園に青い梅の実が落ちていた。ゆうべの嵐のせいだろか。
さあ、引っ越し作業だ。
やりはじめたら、川原さんからメールが届いた。
部屋を模様替えしたのだそう。
今日はやっぱりお休みにして、川原さんちに遊びにゆくことにする。
けっきょく夕方までいっしょにいた。
おにぎり屋さんでおにぎりと唐揚げを買って帰り、ひじき煮とほうれん草のおひたしだけ作った。
おにぎり(梅、鮭玄米、鶏きのこ)、鶏の唐揚げ、ひじき煮、ほうれん草のおひたし、冷や奴。
今日は川原さんとひさしぶりに散歩し、肉まんを食べながらビールも飲んだ。
なんだか、転校前の親友同士が、最後に公園で遊んだみたいな日だったな。
川原さんはひとり暮らしの先輩として、いいことをいっぱい教えてくれた。
「ひとりで想像しているときがいちばん不安なの。実際にやってみると、けっこう簡単にできたり、楽しかったりするんだよね」
「もしも落ち込むようなことがあっても、何日かすると必ず戻ってこられるから大丈夫。なんか、落ち込むことに飽きちゃうんだよね。お腹もすくしね。人って生きるためにできてるんだなあってつくづく思うよ」
そうだ。
先週アップした日記に、『グレーテルのかまど』の放送を5月と書いたけれど、6月27日(月)の間違いでした。

●2016年5月2日(月)曇り

最近は『とと姉ちゃん』を欠かさずに見ている。
毎日、ささやかながらも事件や発見があり、とてもおもしろい。
主人公の女の子の目が、マッキー(「クウクウ」時代に厨房で働いていた大好きな娘)に似ていて、ついじーっとみつめてしまう。
朝ごはんを食べ終わってからは、ずっと本の整理をしていた。
途中で「百年」の樽本くんがいらっしゃり、ダンボール3箱分と雑誌を30冊ばかり、引き取ってくださる。
詰めたものからどんどん運び出してくれるので、とても助かる。
引き続き、整理。
いちど詰めた本を、しばらくしてからもういちど出してみて、再度選び直したりしながら、真剣に向かう。
神戸の部屋には収納がないし、本棚もあまり持っていかないので。
それに、これからまた、新しい本が増えるかもしれないので。
これまで集めてきた料理本のほとんどを、どんどん古本に出そうとしていて、自分でも驚く。
これはどういう現象だろう。
自分が載っている、お茶の本だの器やスープやお弁当の本(すべてムック)なんかも、どんどんよけていった。
もう、何の未練もない。
これまでの自分の料理は、すべて出し切ったということなのかな。
これからは、ひとり暮らしをしながら新しく出てきた料理で、また新しくスタートしようと思っているんだろうか。
スパイスやチーズの分厚い辞典や、外国の料理本はとってある。
あと、ヨーロッパの鉄道がらみの本も。
私はこれから、旅に出るんだろうか。
絵本は、これまで大切にしてきた木葉井悦子さんのや、大道あやさんのもの、実家からもらってきた本など、今自分が持っている中でよけるものが1冊もなかった。
あと、『ゲド戦記』なんかの童話も。
本を手に部屋から出てきたスイセイが、「オレも、みいにならって本を整理しとるの」。
どうやらスイセイも、山の家での新しい生活の支度をはじめているみたい。
5時までやって、畳の部屋にまな板を持ち出し、『わしも』と『忍たま』を見ながら、夜ごはんで使う野菜をのんびり刻んだり、大根や生わさびをおろしたり。
このごろは、ずいぶんと日が長くなったもんだな。
夜ごはんは、ポークソテー(わさび醤油バターソース)、春キャベツとほうれん草の鍋蒸し炒め、しらすおろし、豆腐と三つ葉のみそ汁、納豆、白いご飯。
夜ごはんを食べながら、スイセイは昼間、市役所に行ったときのことを大きな声で私に言って聞かせる。
市役所はずいぶん込み合っていたけれど、みんな、とても感じがよかったそうだ。
「これからオレが生まれ変わって、8回目くらいに、もし女に生まれたら、市役所に勤めてもええのう」なんて。
夜、料理本をことごとく手放していることの不思議について、樽本くんにメールをしたら、返事をいただいた。
「本の整理は心の整理なので、いまの心の状態がすごく反映されると思います。ぜひとも、この機会に自分と向き合ってください!」

●2016年5月1日(日)晴れ

6時半に起きた。
今日は10時からテレビの収録がある。
なので、朝ごはんは7時半。
インタビューで何を喋ろうか考えながら、のんびりと支度した。
これは、Eテレの『グレーテルのかまど』という番組。ちらっとだけ出演します。
佐藤雅子さんの『私の保存食ノート』は、19歳のころからの愛読書なので、私はちっとも緊張していない。
いつもと同じマーマレードジャムも作る予定。
さーて、どうなることやら。
4時前に終わりました。
スタッフさんたちはみんな気持ちのいい方たちで、とてもていねいに、ひとつひとつ撮影してくださった。
ずらりと並べた私の著書を写すとき、大テーブルの前の床の上にいきなり黒い布が敷かれたと思ったら、線路みたいなのが登場して、カメラマンさんはスーッと横に移動しながら撮影してらした。
いつもは洗濯ものなんかを畳んでいる床なのに、映画みたいな立派なセットが出てきて、私は心の中でプッと笑った。
みなさん、当たり前みたいに淡々と作業をしてらっしゃる。ありがたいことです。
昼食休憩でみなさんが外に出てらっしゃる間に、私たちも昼ごはんを食べながら、スイセイがすごくいいことを言った。
本番でディレクターさんに伝えたら、なんだかとても喜ばれた。
おかげでインタビューがきゅっとしまりました。
この番組は、5月27日(月)22時からの放映だそうです(再放送は6月29日の10時25分から)。
さーて、街へ買い物に行ってこよう。
帰ったら、『まる子』と『サザエさん』だ。
自転車がパンクしているので、修理をしに自転車屋さんまで引きずりながら大通りを歩いていたら、アパートのベランダにナツコが見えた。
携帯で電話して、手を振り合う。
ローズも出てきて、振り合う。
パンク修理が終わり、ナツコの部屋へ会いに行った。
ベランダには洗濯ものがいっぱい干してあって、ローズがサボテンをブリキのバケツ(ドリルで穴をあけてある)に植え替えているところだった。
ナツコとローズに会うのは、ものすごく久しぶり。
ふたりともとても元気そうだった。
なんか、ふたりの体から透き通った、健康そうな湯気が出ているみたいな感じがした
引っ越しの前に会えて、よかったな。
ナツコの同級生と、小6の娘さんもいて、みんなで並んで写真を撮った。
スイセイの好きな会津のお蕎麦を探しに、「東急」と「紀ノ国屋」をはしごして帰ってきたら、ちょうど『まる子』がはじまったところだった
夜ごはんは、ざる蕎麦(ゆで水菜添え)、天ぷら盛り合わせ(「東急」の)、かぶとにんじんの塩もみ(辛し酢みそがけ)、冷や奴(しらす、生わさび、ねぎ)。食後に卵ボーロ。

●2016年4月29日(金)快晴、風強し

先週はいろいろなことが重なって、日記が書けませんでした。
開いてくださった方、ごめんなさい。
18日には絵本の色校正を確認しに、中野さんとブロンズ新社に行った。
20日には筒井くんと3人で、別の絵本の原画をリトルモアへ見に行ったり。
立て続けに中野さんの原画を見て、生の筆跡の迫力に圧倒され、帰ってから湯あたりみたいになったり。
「暮しの手帖」の取材もあった。
引っ越しの荷物整理に火がついて、寝室の本棚を箱詰めしたり、CDを箱詰めしたり。
カセットテープを聞き直して、神戸に持っていくのと人にあげるのを分けたりして。
この家に越してきてから、15年間まったく聞いていなかったカセットの音楽が、
新しい部屋にはとても合う気がしたり。
外国のホテルみたいにがらんとしたあの部屋で、窓を開け、空や海を眺めながら聞いている自分が目に浮かんだり。
そしてそれは20代のころ、スイセイに会う前によく聞いていたものだったり(昔、「カルマ」で働いていたころに、オーナーの丸ちゃんがダビングしてくださった)。
引っ越しの整理って、とてもおもしろい現象だな。
階段の踊り場みたいな広場に、ぺたんと腰を下ろし、自分でもすっかり忘れていた何十年分かのものごとを、ばーーんと目の前に広げているような。
そのひとつひとつを眺め、裏返したり匂いをかいだりして、いらなくなったものはどんどん省いてゆく。
それってきっと、自分の未来を見てる。
そういう機会は、生きている間にそうないから、私は真剣に向かう。楽しいし。
「階段の踊り場」というのは、たしか名古屋のイベントのときに、スイセイが言っていた。
新しい生活がはじまったら、一歩なのか半歩なのか分からないけども、足を踏み出し、1段だけ上ろうとする……そんな感じだろうか。
今は上るでもなく、下りるでもなく、その中間にある平らな広場にいる。
踊り場っていい言葉だな。
人生の階段の踊り場だ。

ゆうべは、『実用の料理 ごはん』の打ち上げだった。
牧野さんの案内で、銭湯からはじまって、高円寺のディープな居酒屋を2軒はしごした。
しめに、窓から駅が見えるカラオケ屋さんに行って、電車の時間を気にせずに歌い、そしたらたまたま遅れていた終電に間に合って、リーダーとてろてろと歩いて帰り、うちに着いたのは2時だった。
本の打ち上げなのだけど、なんとなしにみんなが私の移住を気遣ってくれているのが、じんわりと伝わってきた。
みどりちゃんも、赤澤さんも、アリヤマくんも、斎藤くんも、牧野さんも、村瀬さんも、イナちゃんも、リーダーも、みんなみんな元気でやさしかった。
古い映画館みたいな匂いのする、地下にあるディープな飲み屋で、隣に座っている人の似顔絵を、全員が順番に描いたりして。
冗談ばっかり言って、ゲラゲラ笑ったり。
アリヤマくんが、「何をしても、どういうことになっても、高山さんが元気だったらいいんですよ」と、くだらない馬鹿話の合間に2回くらい言ってくれたり。
カラオケでも、なにげなく『贈る言葉』を歌ってくれたりして。
私は泣いたりするのがいやだから、知らんぷりしていたけど、嬉しかった。
あと、『夏の終わりのセレナーデ』を斎藤くんとアリヤマくんでハモって、いまいちうまくいかないから、私も加わって。
そしたらますますダメになって。
お開きの間際、2度目に挑戦したときには、斎藤くんとリーダーが完璧なハモりを聞かせてくれたり。
『恋するフォーチュンクッキー』を、全員で2度踊ったり。
カラオケのとき、みんなで歌って楽しかったりいい歌だったりすると、いつも私は「もう1回やろうよ!」と子どもみたいにせがむ。
そういうの、ふだんはだいたい無視されて、新しい歌を次々とみんなが入れ、どんどん歌っていくのだけど、ゆうべはなぜか「おっ、じゃあもう1回やろう!」とアリヤマくんが率先し、私のわがままを聞いてくれたような気がする。

お酒はほとんど残っておらず、今朝は10時に起きた。
『帰ってきた 日々ごはん2』のおまけレシピを書いていたら、絵本の再校正が送られてきた。
じっくりと眺める。
中野さんと電話で意見を言い合い、そのあと、あんまりいいお天気なので散歩した。
何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな風のなか、虹の公園の近くまで歩いた。
どこもかしこも、生まれたばかりの緑がビニールみたいに柔らかい。
あちこちで立ち止まっては、ピカピカ光ったうすべったい若葉をさわりながら歩いた。
吹きすさぶ風に気持ちいいくらい身をまかせ、背の高い木が大きく揺れていた。
ざわざわと音をたてて揺れると、私も立ち止まって帽子を押さえ、見上げた。
小学生の子どもみたいに、さっぱりとした心で。
農家のところでほうれん草を買う。
この間スイセイが、「うまいのう、ほんとにうまいのう」といつもの和菓子屋さんの道明寺をすごく喜んだので、柏餅も買った。草餅の粒あんと、白いお餅の練りあん。
絵本の再校正の意見を、1ページ1ページ佐川さんに電話でお伝えし終わり、窓を見たら、あたり一面が夕方の最後の光で黄色っぽくなっていた。
ベランダに立ち、ほーっとため息をつく。
去年のちょうど今ごろから作ってきた、中野さんとの1作目の絵本が、ようやく最終地点まできました。
この本は、私の小さいころのことを描いた絵本で、『どもるどだっく』といいます。6月半ばに本屋さんに並びます。
どうかみなさん、楽しみにしていてください。
ああ、長々と書いてしまった。
読んでくださった方、ありがとうございます。
夜ごはんは、筍ごはん(おとついの筍の薄味煮をとっておき、煮汁ごと炊き込んだ)、ブリの塩焼き、大根おろし、かぶの葉とほうれん草の煮浸し、食後にかしわ餅(スイ・草餅、私・白いお餅)。

●2016年4月17日(日)雨のち晴れ、風猛烈に強し

風がビュービュー吹いている。雨も降っているのかな。
音を聞きながら目をつぶって、8時になったのでエイッと起きる。
風はどんどん強くなり、朝ごはんを食べ終わったころには雨もふり出し、嵐となった。
春の嵐だ。
窓ガラスに雨がぶつかって、水槽のよう。
引っ越し整理の一環で、昔のメモ帳をパラパラとめくる。
波照間島へ行ったときのメモに、こんな走り書きあり。
「私の体はからっぽで、外を眺めているだけで泣けてくる」
ああやっぱり、私はあのころからちっとも変わっていない。
最近、石牟礼道子さんの『花いちもんめ』を読んでいて、思い当たるところがあった。
「若い頃は夜中になると家からさまよい出すくせがあって、恐がりもせずに磯の岩の上を歩いて歌をうたっていたり、山道を歩いて木々の枝の間からお月様を眺めていたり、その頃にありがちな魂の抜け出す病気であったかと思う。もし人と会ったりしたら、妖怪と思われたかもしれない。親たちはそんな風にさまよい歩くくせがある娘のことを、何かしら不安に思ってはいたようだったが、具体的には知らないでいた。
いまは体力がなくなって、そういうことはできないけれども、あれは狂気とまではゆかないが正常ともいえず、その続きのように今はものを書いている。しかしものとはいったいなんのことだろう」
そうか、心が体から流れ出し、からっぽになるように感じるのを、魂が抜けるというのか。
酔っぱらって木の下に寝転んで空を見上げたり、酔っぱらってなくても、あまりにも雄大な自然を目の当たりにすると、私もそうなる。
馬鹿のようになって、自然とひとつになって、自分がなくなり、たまらなく幸せになる。
そんなふうになるのは私だけで、これは病気の一種なのかと思っていたのだけど、石牟礼さんもそうだと分かり、なんだか安心した。
それに石牟礼さんは、私と同じくホームに入ってきた反対方向の電車に飛び乗ってしまうし、新宿の駅で自分がどこにいるのか分からなくなって、人の列について行ったり、機械にも疎いらしいことが書いてあり、読みながら私は大笑いした。
だけども石牟礼さんは、そういう自分を熟知し、俯瞰して眺め、おもしろがって、美しい文章に昇華してらっしゃる。
私はまだ、そういうののただ中にいるから、ただのわがままな人としてまわりの人に迷惑をかけてしまうんだな。
11時ごろ、傘をさして図書館へ行く。
外に出ると、木の匂い。新茶みたいな匂いもする。これはきっと若葉の匂い。若葉に傷をつけたときみたいな匂いだ。
雲が風に流され、薄陽が差したかと思うと、パーッと晴れて天気雨になる。
吹きっさらしの風のなかを歩くのは、とても気分がよかった。
空から赤い小さな花弁が舞ってきて、拾う。最近私は、散歩中に拾った花弁で押し花を作っているので。
絵本ばかり8冊借りてきた。
さっきメモ帳をめくっていたら、子どものころに立花君が読んだというおすすめの絵本が書いてあった。
このメモは確か、「ギャラリー360度」で森の写真の展覧会をやったときに、そのあとの打ち上げで教わって、書いた。
『やまの このはこぞう』と『そりになったブナの木』。
あれ? 川原さんに教わったんだったっけ。
どちらも書庫にあり、借りられた。
さて今日は、『帰ってきた 日々ごはん2』のおまけレシピを書こう。
1時を過ぎたころ、青空が出てきた。雨は降ったりやんだり。
どこかで虹が出ていそうな空なので、私は何度もベランダに立ちながら、この日記を書いている。
新じゃがの肉じゃがを煮ながら、おまけレシピを3つ書き、『まる子』に間に合った。
夜ごはんは、肉じゃが(新じゃが、玉ねぎ、豚バラ肉、春雨)、納豆、広島菜、麩とねぎのみそ汁、白いご飯。

●2016年4月16日(土)晴れ

今朝は寝坊して、『とと姉ちゃん』を見られなかった。
大家さんのどんぐりの木は、日に日に若葉がぐんぐんと伸び、今は若草色の花簪になっている。
銀杏の木にも、チョビひげみたいな若葉がそこかしこに出ている。
布団を干していると、下の公園で小さな子どもとお父さんが駆けまわっている声がする。
鳥も「ツクピー ツクピー」とよく鳴いている。シジュカラだろうか。
九州で大きな地震があって、ニュースを見ると、避難をしている人たちが今とても大変な想いをしてらっしゃる。
東京はこんなにのどかな陽気なのに。
そのギャップに、どうしていいか分からない心が宙ぶらりんになるので、ラジオもテレビも消し、私は『帰ってきた 日々ごはん2』の校正をやる。ひたすらやる。
2時までやって美容院へ。
自転車がパンクしていたので、せっせと歩いて行った。
井の頭公園の桜は、とおに散ってしまったけれど、たくさんの人たちがピクニックをしていた。タンポポに混じって、薄紫のスミレの花が咲いていた。初夏のような陽気だった。
ひさしぶりに「紀ノ国屋」で買い物。
今日は、ずいぶん歩いた。
夜ごはんは、「おまけレシピ」の試作をやる。
空豆の塩ゆで、冷や奴(ねぎ、生姜)、きゅうり&味噌、手羽元と大根の煮物(煮豚を作るときの調味料で煮て、片栗粉でとろみをつけた。『帰ってきた 日々ごはん2』の日記にある通り、私だけご飯にぶっかけ、粉山椒をかけて食べた)、たくわん、広島菜、白いご飯。

●2016年4月13日(水)晴れ

とても暖かい。
セーターを洗った。
朝からメールの調子が悪く、スイセイに見てもらう。
私はパソコンのことがよく分からないくせに、注意のメッセージが出てきても、たいして気にしない。
青い色がついている方を押せばどうにかなる気がして、ポチッとし、さっさかと進んでしまう。
それでうまくいくこともあるけれど、ときどき、お手上げのこともある。
スイセイはこういうとき、ひとつひとつを確認しながら、立ち止まって考える。ちゃんと理解してから、次へ進む。
「みいは、機械ゆうのは頑丈で壊れんもんじゃと思っとるじゃろう。ほいじゃがプリンターでも何でも、大切に扱わんと壊れるんで。オレはパソコンはほんのちょっとしたことで詰まったり、壊れたりするもんじゃと思うとるから、何か問題があると胸をドキドキさせて向かうんよ。丁寧にやらんとだめなんで」
これからは、パソコンのことも自分で対処しなければならないので、最近私は、スイセイに教わったことをノートにつけるようになった。
聞けば聞くほど、知らないことがたくさんある。 「ファインダー」とか「フォルダー」とか「ファイル」とか、ぜんぶフがつくから、これまでちっとも覚えられなかったけど、少しずつ意味が分かってきた。
メールがつながらない原因は分かったのだけど、まだ直らない。
続きは、昼ごはんを食べ終わってからということになった。
そうそう。
忘れないようにここに書いておく。
風邪が治りかけの日、私は夕飯を作るのがおっくうだったのだけど、思い切って買い物に出た。
スーパーでふきのとうと浅蜊を買った。
お米をといで、ご飯を炊いて、まな板の前に立って何かを刻んだり、ゆっくりだけど動いているうちに、なんだかお腹に重しができてくるのが分かった。
ふきのとうは佃煮に、浅蜊はみそ汁にした。
小粒ながらも貝殻の縁いっぱいまで膨らんだ浅蜊は、甘くて、やわらかくて、とてもおいしかった。ふきのとうも苦みに春の活力が混じっていた。
どちらも食べてみたいと分からない味だった。
そういうの、言葉にするのはうんと簡単だし、新潟の新聞のコラムにもそんなようなことを書いたけど、ふきのとうも浅蜊も、ほんとに春を運んできてくれた。
食べると、体の中に春が入った。
スイセイも「ええ苦みじゃのう」と喜んでいたから、きっと体の中に入った。
私は料理家なのに、なんだかすっかり忘れていた。
ひとり暮らしをはじめたら、スパゲティやら雑炊やら、簡単にできるものばかりで食べることをすませてしまいそうだけど、体や心の免疫が落ちてきたら、めんどうくさがらずにご飯を炊いて支度をしてみよう。
布団の中で本を読んだり、夢をたくさんみたりするのも、内側の奥行きにもぐれるから、それはそれで豊かなんだけど、どんどんふさぎ虫になってしまう。
いつもと決まった時間に起き、散歩したり、買い物に出たり、野菜の皮をむいて、その皮をどうやって食べようかと工夫したりするのって、体の源のスイッチが押されるような感じだ。足の裏が、地面につながるような感じ。
メールもぶじつながり、午後からは洋服ダンスの整理、第一弾。
3時くらいに、たまたまアノニマの村上さんがいらっしゃり、着なくなった服やストール、大きな器などをあげた。
ものすごく喜んでくださった。
どれも、捨てるには忍びないものばかり。使ってくださる人がいると、物も生き返る。ほんとにありがたい。
村上さんは今日、表紙の絵を描いてくださる方が焼いたケーキを持ってきてくれた。
『帰ってきた 日々ごはん2』のゲラも届いた。
わーい、宿題がやってきた。
私は仕事中毒だから、とてもうれしい。
村上さんが帰ったあと、村上さんが立っていた床の上に、桜の花弁が1枚落ちていた。
まるで、桜の精みたいじゃん。
夜ごはんは、焼きなす、ししゃも、かき菜と新玉ねぎのオイスターソース炒め、ふきのとうの佃煮、漬け物(きゅうり、かぶ、たくわん)、大根のみそ汁、白いご飯。

●2016年4月9日(土)晴れだったのかな?

8時に『とと姉ちゃん』を見て、エイッと起き、朝ごはんを作った。
きのうよりはずいぶん楽になったけれど、まだ怠いので、食べてまたすぐに寝る。
ぶり返すといやなので。
本を読んだり、うとうとしたり。
そのうち波がやってきて、さらわれ、眠る。
いくら寝ても、まだ眠れる。
目をつぶっていると、頭の中いっぱいに言葉が広がって、私は寝ながら文を書いている。
とってもいい言いまわしが湧いてくるので、どんどん書いている…… でも、瞼を開けると、クモの子を散らしたように言葉たちが退散する。
言葉は、黒い文字で書かれていて、それがぼろぼろと紙の上からこぼれ落ちてゆく。
どこまでが夢なのか何なのか分からない。
夕方の5時ごろまでうろうろしていた。
元気になってきたようなので、お風呂に入り、ひさしぶりに夜ごはんの支度。
夜ごはんは、塩鮭、ほうれん草と菜の花のおひたし、もずく酢、白いご飯。
布団をパタンと折り曲げてたたんだ部屋で食べる。
私もスイセイもお茶漬けにした。

●2016年4月8日(金)晴れ

風邪はひどくなっている。
歯医者さんをキャンセルし、病院へ。
ねんのため、インフルエンザかどうかも調べてくださった。
ただの風邪だそう。
よかった。
今日はとにかく寝ていようと思う。

●2016年4月7日(木)雨

風邪をひいた。体が怠い。
そういえばここしばらくの間、のどがかゆかった。鼻水もよく出ていた。
花粉症のせいだとばかり思っていたけれど、すでに風邪っぴきだったのかも。
朝ごはんを食べ、図書館へ行って絵本やらいろいろ借りて帰り、またパジャマに着替え、薬を飲んで寝る。
きのうは、「週間朝日」の「夫婦善哉」の取材が、ぶじ終わった。
絵本の表紙の絵も、おとつい中野さんから送られてきて、これですべて出そろった。
自分が描いたわけではないのに、きっと私はほっとしたんだと思う。
夕方、具合がよくなってきたので、起きて夜ごはんの支度をした。
夜ごはんは、月見そば(菜の花)、冷や奴(柚子こしょう)。
天気予報によると、明日は晴れるみたい。
明日からまたがんばろう。
あ、忘れてた。明日は11時に歯医者さんだ。

●2016年4月3日(日)曇り

曇っているけど、暖かい。
ゆうべはいつもより遅く寝たので、9時近くまでぐっすりだった。
夢もいろいろみた気がする。
スイセイはとっくに起き、スーパーでバナナを買ってきた。ダンボール箱も抱えている。
何か作るのかな。
朝ごはんは10時半。すっかり遅くなってしまって、申しわけない。
食べ終わったころ、中野さんから描きかけの絵が送られてきた。
メールでお返事したり、電話をしたり。
明日は、「ダ・ヴィンチ」の取材で、『Zの本』のデザインをお願いしている寄藤さんがいらっしゃる。その前に、佐川さんがいらして、絵本のインタビューもある。
なので、あちこち掃除をしながら料理を作った。
トマトピューレを買い忘れたので、途中で買い物へ。
近所の公園の桜は満開で、ちらほらと散りはじめていた。
おじいさんふたりが、赤い顔をしてベンチで語り合っていたり、車いすのおじいちゃんの家族連れが、水筒の飲み物をまわし飲みしながら、プリッツなんかをポリポリしていたり。
道ゆく人たちは、みんな上を向いて歩いていた。
私もまた、上を向いてにやにやしながら歩いた。
お昼ごはんにじゃがいものお焼きを焼いて、スイセイに味見してもらった。
「オレにはチーズが多いような気がするのう。野菜を添えるか、パンにのせて食べたらちょうどええと思うで」
明日出すときには、ルッコラを添えよう。
なんだか今日は、お客さんを迎えるために、一日中かけて、めいっぱい支度をしているみたいな日だった。
でも、ちっとも無理はしていない。
部屋の中をイルカみたいに泳ぎながら、焦りもせず、ゆっくりと料理するのは楽しかった。
作りながらアイデアも浮かんできた。
フィッシュマンズをかけながら、窓を開けてやった。
じんわりと、自分に戻っていくような時間だった。
料理をしながら待っているうちに、中野さんからもう1枚の別の絵が送られてきた。
そして夕方、途中だった絵が完成し、送られてきた。
体ごとで描いてらっしゃるのが分かるような、大きな絵。
筒井くんに転送する。
今日は、日曜日だったのだな。
『まる子』も『サザエさん』も見るのを忘れた。
夜ごはんは、天ぷらうどん(スーパーのちくわ天と、南瓜天)、のらぼう菜のおひたし、食後にブンタン。
いつの間にやら、風呂上がりに窓を開けていられる季節になった。
なまこみたいな大きな雲が、蒼い夜空の左から右までいっぱいに、のったりと出ていた。

●2016年3月31日(木)晴れ

とてもいいお天気。
今朝は10時半からアノニマの村上さんと『帰ってきた日々ごはん2』の打ち合わせ&作業。
ぐーっと集中して、12時半までやった。
お昼を食べて、2時からは「暮しの手帖」の打ち合わせ。
編集長の澤田さん、島崎さん、ライターさんがいらっしゃる。
なんだかんだと、2時間近くお話ししてしまった。
玄関でお見送りをしていたら、遠くの方で桜がずいぶん咲いているのが見えた。
スイセイが留守だったので、書き置きをして、夏によく通っていた大きな石のある公園まで、てくてく歩いた。
桜はあちこちで咲いていた。
どの樹の桜も、ひとつひとつ違うように見えた。
桜の花って、こんなに薄い桃色だったっけ。花びら1枚1枚が、こんなに透けていたっけ。
今年の桜はなんだかとてもきれいに見える。
どうしてなんだろう。
帰り道で、5時半の「夕焼け小焼け」の音楽(市の放送)が鳴った。
じゃがいもを農家で買い、慌てて帰ってセイロで蒸し、ポテトサラダを作った。
豚のしょうが焼きに、どうしてもポテトサラダを添えたくて。
夜ごはんは、豚のしょうが焼き(「暮しの手帖」に載っていた飛田和緒さんのレシピでやった。せんキャベツ、ポテトサラダ添え)、大根のみそ汁、白菜漬け、白いご飯。
しょうが焼き、とてもおいしかった。
4月は、取材やインタビュー、対談がいくつも続くから、私は体を頑丈にしておかないと。体というより、気持ちかな。
でないと、くたびれて風邪をひいてしまいそう。
これからの1ヶ月は、引っ越しの荷物整理に力を注ぎたいので、心を下に置いて、気持ちを落ち着けながら、少しずつ前に進もう。

●2016年3月30日(水)薄曇り

しばらく日記がアップできず、開いてくださった方ごめんなさい。
先週の土曜日は、名古屋の「カイツブリの塔」でイベント(スイセイとトークしました)があった。
会場の「テレビ塔」は満席で、東京や埼玉、大分の別府から新幹線に乗って来てくださった方もいた。
おかげさまで、本当に楽しい会ができました。
その夜はスタッフたちと軽く打ち上げをし(名古屋名物がいろいろある居酒屋さんで)、ホテルに泊まった。
日曜日はその足で京都へ行って、「nowaki」で新しい絵本の打ち合わせ。
東京に帰ってきた翌日は、夕方まで寝たり起きたりしていたので、日記が書けませんでした。
日曜日には、絵描きの中野さんと、12時半くらいに京都の四条駅で待ち合わせをした。
てくてく歩いているうちに偶然錦小路に出たので、「高倉屋」さんを覗いて千香ちゃん(大好きな本『きょうの漬け物』の著者)に挨拶し、菜の花漬けなどを筒井くんたちのお土産に買った。神社で水を飲んで、またてくてく歩いて鴨川の土手へ。
中野さんはおむすびをにぎってきてくださった(お母さんがこしらえたイカナゴの釘煮入り)。それがおいしくて、おいしくて。
お米も自分のところの田んぼで作っているから、ご飯粒もおいしくて。
錦小路で買ったさつま揚げ(ささがきごぼう、ミニトマト、筍)と、あとは、私が駅で買った赤ワインとチーズとサラミ。
去年の秋、週刊新潮の取材であぜつさんと鴨川沿いを散歩して以来、私はここで川を見たり空を見上げたりしながらお弁当を食べるのが夢だった。
お天気もよく、桜はまだ蕾だったけど、おかげで観光客らしき人はいなくて、近所の子どもたちが遊んでいるくらい。トンビもたくさん飛んでいた。
いしいさんの日記や小説を読んでいると、鴨川のことがよく出てくる。飛び石の方にも行ってみたかったのだけど、あっという間に約束の3時になってしまう。 
絵本のデザイン案を土手の上に広げ、ぐっと集中して確認し合い、佐川さんにも電話した(その前に、催促のお電話をいただいてしまった。きのうから約束をしていたのに、私がすっかり忘れてしまったので)。
「nowaki」での筒井くん、中野さんとの打ち合わせは30分もかからずに終わり、そのあとは今展示をしている絵本作家の加藤休ミちゃんと4人で呑んだ。
休ミちゃんの絵は、秋刀魚でも鯖でも、ものすごく微妙な光までみっちり描き込んである。実物より小さいから、ものすごく細かく。
目玉も鱗も、お腹の膨らみも、生きた魚が壁に貼ってあるみたい。
クレパスで描いてらっしゃるそう。
私は眼鏡をかけようとしてやめた。
裸眼で見ても、虫眼鏡で見ているみたいな、自分の目がうんとよくなったような。
生きている魚より、もっと生きている。
描いてらっしゃるところを想像すると、気が遠くなるような、なんだか凄みのある絵だった。 窓の外が蒼くなって、筒井くんの奥さんのミニちゃんが東京へ出かけるのを見送りながら、私はひとりゆっくりぶらぶら歩いて、コンビニで日本酒とビールを買い。
そのあとはあっという間に日暮れとなり、あれよあれよと帰りの時間になった(多分8時くらい)。
「nowaki」はとてもいい空気で、居心地がよく、すべてが楽しすぎて、本当にあっという間だった。
いったい何をお喋りしていたんだろう。ほとんど覚えていない。
「絵本の絵って、ほかの絵とは違うんですか?」と、筒井くんと休ミちゃんを問いつめたような気もする。
そんなには呑んでいないのに、私はけっこう酔っぱらっていて、休ミちゃんの腕にべたべたとつかまりながら、気づけば京都駅にいた(多分その前に電車に乗った)。
新幹線の切符を買うのも、すごく手伝っていただいた。
そして新幹線の中でも、乾杯した途端にビールをこぼし、休ミちゃんは自分の手拭をマッハで出して床を拭いてくださった。
そのあとはほとんどお喋りできず、爆睡した。
休ミちゃんだってお疲れだろうし、けっこう呑んでいたのに。
うんと年下(中野さんよりもひとつ下だそう)なのに、すっかり甘えてしまい、おかげで無事に三鷹まで帰ってこれました。
ふー、やっと先週のことが書けた。
今朝は、朝ごはんを食べてすぐ、中野さんとデザインの再確認の電話。明日が絵本の校了日なので。
そしてまた、続きの原稿書き。
『ピダハン』についておとついから書いているのだけど、なかなかできない。
短い文章なので、省いたり、加えたりしながら、ああでもないこうでもないとお昼過ぎまで夢中でやっていた。
布団も敷きっぱなし、洗濯ものも洗濯機に入れっぱなしで。
そのうちに、新しい絵が中野さんから送られてきた。
わーい! とてもいきいきとした絵。
1時ごろ、どうにか原稿ができ、自信がないのでスイセイに見てもらう。
あっさりとオーケーが出た。
ほっ。
今日が締め切りだから、ぎりぎり間に合った。
今はすでに夕方なのだけど、佐川さんからパソコンに折り返し送られてくるデザイン案を待っているところ。
それを確認し、もういちど中野さんとご相談する。そしたら入校完了だ。
中野さんは絵を描く人の透き通ったいい目玉を持っているから、絵の動きと同じように、言葉の動きも見てくださる。
絵本のことははじめてなので、よく分からないのだけど、こういう作業も協力し合えるのがとても嬉しく、楽しく、心強い。
夜ごはんは、麻婆春雨(海老、豚ひき肉、トウチ入り)、小松菜の鍋蒸し炒め、白菜漬け、白いご飯。

●2016年3月23日(水)曇り一時晴れ

空は曇っているけれど、そんなに寒くはない。
午前中から「シルバー人材センター」へ行った。
きのうのうちに目をつけていた、金属のラックをスイセイに見てもらおうと思って。
神戸の台所に置いたらちょうどよさそうだったので。
中古にしてはちょっと高いけど、まあまあとのこと。予約をして帰ってきた。
土曜日の名古屋のイベントの支度をしたり、メールをしたり、なんとなしに落ち着かない。
2時くらいから、きのうの続きの『帰ってきた 日々ごはん2』の荒校正をやった。
『料理=高山なおみ』の文を書いていたころの日記を読みながら、自分のしつこさにゲーが出そうになる。
私はほんとに仕方がないな。
5時前に終わり、散歩がてら買い物へ。
校正をやっているとき、なんとなく今日はごはんを作りたくなかった。スイセイにお願いして納豆スパゲティーか、冷凍してあるサーモンのスパゲティーか、今夜は簡単なごはんにしたいなと思いながら『帰ってきた 日々ごはん2』の校正をしていたのだけど、ほうれん草とちくわの煮浸しやら、水菜のおひたしやら、献立のいろいろを見ているうちに作りたくなってきた。
『日々ごはん』の読者のみなさんから、そんなふうな症状になるとよくお聞きするが、自分の日記を読んでいるのに、自分もそうなった。
味が口に中に蘇り、器に盛りつけた様子も目に浮かんで、食べたくなり、作りたくなる。そのときには匂いもしている。
そうか、こういう感じなのか。
ハクモクレンの花が咲いていた。開き切って、まわりが茶色くなりかかっている花もあった。
道に落ちた花弁は、白い靴べらのようだった。1枚拾って帰る。
開いたらすぐ、潔く散り落ちるというのは、私のハクモクレンのイメージだったのだな。
まあ、それもいいか。
花も人も、生きものはみなきれいばかりではいられないんだから。
夜ごはんは、サーモンのムニエル(大根おろし)、小松菜とちくわの煮浸し、もずく酢、豆腐のみそ汁、白いご飯。
最近、寝る前に布団の上で読んでいるのは『ピダハン』。これがおもしろくてたまらない。
来月の読売新聞の「おいしい本」に書こうかな。
明日は、3時から引っ越し屋さんが来て、見積もりをしていただくことになっている。
さーて、どうなることやら。

●2016年3月18日(金)曇り

明け方、ものすごく寒くて、ストーブをつけようとしたのだけど、私は石油ストーブのつけ方をすっかり忘れてしまっていた。
いつも、あんなに何でもなくやっていたことなのに。自分のことながら、なんだかとても驚いた。残酷だなあ私は。
「チュイ、チュイ」と、可愛らしい声が聞こえる。ひと鳴きひと鳴きごとに区切ったような、とても賢そうな声。
そーっと窓を開けると、桑の木にとまっていた。
オレンジがかった茶色のぷっくりお腹、頭の黒い、ヤマガラだ!
窓をいっぱいに開け、私は紅茶を、スイセイはコーヒーを飲みながら、山を見ながらだらだらとお喋り。
何を喋っても楽しく、おもしろい。
スイセイのこの感じが懐かしくなったら、神戸から電話したり、メールをしたりするんだろうか。
そういうとき、どんな私が出てくるんだろか。
なんて思った。
外の水道で食器を洗った。
ゆうべ、2本目のソーセージを焼きすぎて、アムプリンの器に黒焦げを作ってしまった。
もう使えなくなってしまうかもと、半分はあきらめていたのだけど。
まず、たまった油を、そこらに落ちている枯れ葉でぬぐってみた。
けっこう頑固な焦げなので、洗剤をつけてスポンジでこすっても、たわしでこすってもびくともしない。
ふと思いつき、ザラザラした石を拾ってこすってみた。
これがバッチリ!
細かいところは小石でやった。さらに、土もなすりつけてみた。
アマゾンの女たちが、川べりでそんなふうに洗っていたなと思って。
細かな汚れもすべて落ち、新品みたいにすべすべになった。
そうか、洗剤や石けんがなくっても、石や土でこすればいいんだな。
山の家暮らしは、半分はキャンプみたいなものだから、頭がゼロになる。
焚き火をすれば原始時代に直結するし、星空を仰げば簡単に宇宙へ行ける。
そういう頭になれることが、スリリングで、すごくおもしろい。
でもスイセイは山の家ではもちろん、東京にいるときから、私と出会ったときから、すでにそうだった。
ずっとゼロの頭で、誰に何と言われようとびくともせずに、いつも独自のアイデアであふれていた。
お昼には東京へ帰るので、台所と廊下とトイレと玄関をほうきではいて、雑巾がけをした。
夜ごはんは、うどん(ほうれん草、ねぎ)、コロッケ(直売所で買った)、いなり寿司(直売所の)。

●2016年3月17日(木)快晴

6時に起きた。
山の家へ明日行く予定だったのが、急きょ今日になったので。
きのうの夜、スイセイに言われて、荷物の支度はゆうべのうちにしておいた。
今朝は中野さんから大作が送られてくる予定だし、「気ぬけごはん」の締め切りだから、お昼までに書き上げてお送りしないと。
朝ごはんを食べ、ぎゅっと集中して、原稿の仕上げ。
ぎりぎりで間に合った。
絵も送られてきた! 
素晴らしい。本当に、見事な絵。
12時45分にジープに乗り込み、出発。
ものすごくいい天気。
いつものコンビニで、私はフランクフルト・ソーセージとおにぎり(鮭)を買った。スイセイは棒の形のパン(チョコチップが入っている)だけ。コーヒーは自分で水筒に詰めてきたのだそう。運転しながら飲めるよう、スポーツドリンク用の水筒に入っている。なんか、システムが進化している。
八王子を過ぎたあたりから、もう空気が違う。都会の空気じゃない。
暑いのでセーターを脱いだ。
日焼け止めを塗ってきて正解だったな。
高尾を過ぎて、富士山の頭が見えた。
「まあ、こんなに真っ正面に出てもらえて。生クリームを塗ってあるみたいじゃのう」
ラジオでは、寅さんが「男はつらいよ」を歌っている。
♪ 奮闘努力のかいもなく 今日も涙の
今日も涙の日が落ちる 日が落ちる
ドブに落ちても値のある奴は
いつかは蓮(はちす)の花と咲く
意地は張っても心の中じゃ
泣いているんだ 兄さんは
目方で男が 売れるなら 
こんな苦労も こんな苦労もかけまいにかけまいに
男とゆうもの つらいもの 顔で笑って
顔で笑って 腹で泣く腹で泣く ♪
寅さんが、本気で歌っている。
歌が終わって、私は拍手した。
すごいいい歌。こんなにも心がこもった声の歌だったのか。
「この人(渥美清のこと)は、ほんとにええ人じゃのう」
トンネルをくぐると、ラジオが消える。
笹子トンネルの中をたんたんとジープが走る。いつもと同じはずなのに、とてもとても長いトンネルだった。
その間、私は黙祷していた。目は空いたままだったけど。
笹子トンネルを抜けたら、目の前に雪をかぶった南アルプスが連なっていた。
くっきりと青白く光って、近くに見える。
その青空のうんと上の方に、流れ星のスジみたいなひこうき雲が、短くシュッと出ている。
「すごい、すごい」と叫んでいたら、「喜んでもらえて、うれしいよ」とスイセイが言った。
ここらの山の感じは、ポカラみたい。
雪をかぶっているということは、よほど標高が高いっていうことだ。神戸の山は低いから、雪はない。
私「なんだかポカラみたいだね」
ス「ええことを言うのう。ほうなんよ、ここらは盆地じゃから、ポカラと同じなんよ。ほーんと、南アルプスゆうのはヒマラヤみたいなもんよ」
高速を下り、いつもの川沿いの道をゆく。
菜の花の黄色が満開の土手には、ちちちちと紫色の小さな花も咲いている。
畑に挟まれたまっすぐな道、なだらかに連なる山々。
ここを走るのも、山の家へ行くのも、私は去年の8月ぶり。
どこを見てもすごくいい景色に感じるのは、私がここを離れようとしているから、そんなふうに見えるんだろうか。
でも、そういう気持ちを差し引いても、本当にここはいい道。
4時前に着いた。
ス「まずよう、みい、家に入る前にクローバーを見てほしいんよ」
庭にまわると、クローバーがぎっしりと絨毯のように広がっていた。スイセイから話には聞いていたけど、本当に畳2枚分はある。
しかも、茎も葉も野生のように肉厚で、濃い緑色。
ス「のう? イネ化の草を喰っとるじゃろう」
クローバーに地面が覆われると、ほかの草が生えなくなるらしい。
庭やら畑やらに広がって、芝生がわりになるといいなと思い、スイセイが武蔵野の地面から実験的に移植したのは、3年前のことだっけ。
スポーツセンターの土手の裏手で、スイセイが採取しているのを、人が来ないように私は見張っていた。
でも、植え替えて何年たってもほとんど様子が変わらなかったし、一時はまったくなくなったこともあった。
去年の8月にはほんの少し増えていたけど、ひょろひょろと背ばかり高く、茎が細くて葉も薄く、弱々しい感じだった。
前回、スイセイが来たのは11日前なのだけど、そのときに見て驚いたのだそう。
えらいなあ、ふんばったなあ、クローバー。地面の下は、どうなっているんだろう。
スイセイがここに住むようになったら、庭中が青々と覆われているのも、夢ではないかも。
勝手口の鍵を開けて、家の中に入るとき、すでにスイセイの家へお邪魔するみたいな気持ちだった。
ほんの少しドキドキした。不思議だなあ。
部屋の中は案外きれいになっていた。掃除機をかけなくても大丈夫そうだったので、雑巾がけだけした。
掃除とか、台所のこととか、洗濯のこととか、スイセイひとりでやっていけるかどうか、私は少し心配だった。
真っ黒になったから、雑巾がけはしてないみたいだけど。でも、これなら大丈夫かも。
この家は、スイセイの工夫があちこちにされている。
あいかわらず水は外の水道だし、カセットコンロだけど。
それに今は、水道管にヒビが入っているそうで、キャンプ用タンクに水をためたらすぐに元栓を閉めなければならない。
でも、そういうふうだと水を大切に使う。水の大切さが分かるし、味もとてもおいしい。
スイセイはいつものように焚き火の準備。
パソコンをつないでもらって、私はメール。
中野さんから、また新しい絵が送られてきた!
あちこちメールを送り、私も庭に出て焚き火を見る。
焚き火をはじめたときにはまだ空が青く、白かった月も、だんだんに光りはじめた。
途中で私は畑の上に登り、お墓のおばあちゃんに挨拶をした。
ここを離れ、神戸へ移り住むことになったことの報告と、「私がいない間も、スイセイのことをお守りください。よろしくお願いします」と。
陽が落ちると、ここらは本当の暗闇になる。
山々に抱きかかえられた、ぽっかりと静かな集落だ。
街灯もないから、夜になると家々の電気だけが、ひっそりと青白くついているだけ。
ここは、本当にいいところなんだなあ。
月見ヶ丘から見下ろしたら、満開を過ぎた梅の木の向こうで、オレンジの焚き火の光が煌々と灯っていた。
その光のなかを、スイセイが動いているのが見えた。
なんだかたまらなく懐かしいような、ノドもとあたりがあったかくなるような。
だったら別々になんか住まなければいいのに、と思われるかもしれないけれど、今のままの私ではだめなのだ。
ここで、スイセイと楽しく暮らしたいんだったら、うんと変わらないと。
それに私には、どうしても神戸でやりたい仕事がある。
その仕事をしながら、自分を鍛えよう。
焚き火を見ながら、ビールやらウイスキーを飲みながら、スイセイの作った変な発明品、工夫の仕方、考え方がおもしろくてたまらない。
まるで私の目の曇りが取れたみたいに、いちいち感心し、笑けてしまう。
スイセイにはこの家で、どんどんやりたいことをやってもらいたい。
暗くなるにつれ星がくっきりしてきた。
オリオンも、何だか分からない星座も、いちだんと光が浮き立って、ひとつひとつの星が黄色く見える。
屋根の上あたりの黒い空に、長くて太い白っぽいすじが見えた。
わっ、飛行機雲だ!
夜に飛行機雲を見たのは、生まれてはじめて。
まるで、天の川のようだった。 焚き火ごはんは、焼きソーセージ&丸ごと焼きピーマン(アムプリンの器にふたをして、蒸し焼きにした)、きゅうり(塩、味噌)、炙りチーズ(四角いチーズの銀紙の上だけをはがし、網にのせてぷっくりするまで焼いた。粒こしょうを石臼でくだいてパラパラ。スーパーで100円くらいのチーズだからこそ。これが、たまらなくおいしかった)、ビール、ウイスキー。

●2016年3月15日(火)晴れ

ひさしぶりにいい天気。とても暖かい。
部屋干しだった洗濯ものを、ベランダに出す喜び。
さらに洗濯して、布団も干した。
朝ごはんを食べ終わり、また新しいダミー本を作った。
散歩がてら郵便局へ出しにゆく。
上着はわざと着ずに、マフラーだけ巻いて、バスケット・シューズですいすい歩いた。
ちょっと風は強めだけど、春の風だ。
ハクモクレンの花がずいぶん咲いている。
肉厚の白い花弁が、ぷっくりと膨らんだまま天を差している。
その膨らみに白竜が卵を産みつけた話が、『家守奇譚』にあった気がする。
冬の間中、堅くなって辛抱していた産毛の殻がぱっくり割れると、白い艶姿を表し、風にも負けず長いこと膨らみのままでいて、花弁が開いたら、はらりと落ちる。
潔いこの白い花が、私は花の中で一番くらいに好きかもしれない。
帰り着き、きのうの続きの「気ぬけごはん」。
中野さんから次の絵が届くのを待ちながらやる。
あとで、『帰ってきた 日々ごはん2』の校正(パソコン内で)も進めよう。
まだまだ陽が高いのが、じんわりと嬉しい。
夜ごはんは餃子にする予定。
「気ぬけごはん」、ひと通り書けたみたい。
4時を過ぎてもまだ明るい。
洗濯ものを取り込むとき、真上に白い半月が出ていた。
夜ごはんは、焼き餃子(白菜、春キャベツ、ニラ、長ねぎ、しょうが、豚ひき肉)、切り干し大根と貝割れ菜の梅和え、中華スープ(ワカメ、ニラ)。

●2016年3月11日(金)曇り

今朝もまた、とても寒い。
そんな中、朝から絵本のダミー本作り。
きのうとはまた違うバージョンを、小さいスケッチブックで作った。
散歩がてら郵便局へ出しにゆく。
ハクモクレンの白い大きな花弁が、天に向かって開きかかっている。今はまだ3分咲きというところ。
前の日記にコブシと書いたのは、ハクモクレンの間違いだった。
道に落ちている、蕾の殻というんだろうか……産毛に覆われたその殻は、動物の毛皮にしか見えない。拾って帰る。
神戸の編集者からお電話をいただき、そのあと中野さんと電話。
夕方、武蔵野市のガス会社と、姫路のプロパンガス業者さんへも電話した。
私が使っているガスコンロは、フランスのロジェール社のものなのだけど、インターネットで探しても、東京のガス会社に電話をしても、すでにロジェールの代理店はなくなっているということだった。
神戸のアパートメントはプロパンガスなので、このコンロを使い続けるには、都市ガスからプロパンに変換する部品が必要になる。
もう、15年以上使っているコンロだし、愛着があるから、使えなくなるのは残念だなと思いながらも、私は半分は諦めていた。
でも、スイセイが保存してくれていたカタログやら、ほかの資料を見ていたら、「ロジェール」のサービスセンターの一覧表があった。
ためしに兵庫の支店に電話をかけてみたら、つながった。
ここはもう、ロジェールのコンロはIHしか扱っていないということだったのだけど、部品があるかどうか、すぐに調べてくださった。
そしたら、1セットだけあるとのこと!
うちのコンロは古い機種だから、そもそも部品が残っていること自体が奇跡のよう。
本当に、本当にありがたい。
それでもういちど、姫路のプロパンガス業者さんに電話した。
この人は、さっきもそうだったのだけど、いちいちの受け応えが業務ではなく、心から真っすぐに出てきているような声をしてらした。
だからなのか、かれこれしかじかと伝えているとき、私はその人の兵庫弁のイントネーションがすっかり移ってしまっていた。
なんだか今日は、電話の日だったな。
夜ごはんは、パセリ入りドライカレー(「ダンチュー」に載っていた平松さんのレシピで)、ゆで卵、らっきょう、のらぼう菜とショルダーベーコンの鍋蒸し炒め、食後に、いただいたフルーツケーキ。

●2016年3月10日(木)曇り

とても寒い。冬に逆戻りしてしまったよう。
でも、私は元気。
朝、版元さんが、さっそく絵のカラーコピーが送ってくださった。
11時から歯医者さんだったので、コピーを切り抜くところまでやって、続きのダミー本作りは喫茶店で。
1冊は中野さんにお送りした。
自分の分は、帰ってからゆっくり作った。
絵を眺めながらページをめくっているうちに、言葉も少しずつ変わる。
それを、鉛筆でどんどん書き込んでいった。
絵本の制作って、なんか動いている。
私が動かしているというより、絵と言葉が勝手に動いていく。
私はそれを、鮮度のあるうちに記録しているだけ、という感じがする。
夜ごはんは、鰯のフライパン焼き、かまぼこ(生わさび)、しらたきとさつま揚げの炒り煮、じゃがいものみそ汁(青じそ)、炊き込みご飯(新ごぼう、舞茸、芽ひじき)。

●2016年3月9日(水)雨

2時からアノニマとの打ち合わせ。
『帰ってきた 日々ごはん2』の表紙を描いてくださる方もいらっしゃり、おしゃべりしたり、絵を見せていただいたり。
村上さんのお土産の、春らしい和菓子をみんなで食べたり。
絵の彼女とは、何度かお会いしたことはあったけれど、こんなふうにおしゃべりするのははじめて。
「『日々ごはん』を読むときは、いつも色が思い浮かびながら読んでいるんです。それは、本の中の感じの色でもあるし、その日のお天気だとか、自分の中の感じだとか、いろんなものが合わさっているのかもしれないです。目に見えているということではないんだけども……」とおっしゃっていた。
隣に座って声を聞いているだけで、ああ、この人にだったらまるごと任せても大丈夫だろう、と思った。
それは、玄関を入ってきたときから、なんとなしに感じていたような。服装とか、靴とか、靴の脱ぎ方とか、表情、声、言葉の選び方、顔や体のまわりに漂っているもの……そういうすべてに、彼女の感じが無理なく流れ出ているというか。そしてそれが、描かれる絵ともしっくり重なっている。そんな気がしたから。
村上さん、浅井さん、スイセイと大テーブルで顔をつき合わせ、これからの作業工程や、写真のことなどを打ち合わせている間、彼女は部屋の中を音も立てずに移動して、置いてある何かをじーっと見たり、メモ帳に何か書いたりしていた。
そして、その打ち合わせの間にも、中野さんの絵の画像が次々と届いていた。
ほとばしるように描いてらっしゃるのが、伝わってくるような絵。
朝10時ごろに1枚、2時ごろに1枚、4時ごろにもう1枚。
体の半分、心の半分は打ち合わせをしながらも、私は朝からずっと、野生のカモシカの出産を見守っているような気持ちだった。
夕方、スケッチブックを買いにゆき、夜、絵本のダミーを作りはじめた。

●2016年3月7日(日)曇り

ときどき晴れ間が出るくらいの、ぼんやりとした曇り空。
おとつい、スイセイが山の家へ出掛けた。
初日は独身気分でわくわくしていたのだけど、きのうは何だか少しだけ淋しかった。
それでもいつもと同じくらいの時間に起き、布団を上げて、朝もお昼も時間通りにちゃんと食べ、仕事した。
私は、ひとり暮らしの練習をしているような気がした。
でも、ごはんはあまりおいしく感じられないし、たくさん食べられなかったな。
ゆうべは冷蔵庫にだし汁があったので、豚肉と豆腐とほうれん草とワカメの鍋にした。
ひとり鍋と、ご飯(緑米と白米を混ぜて炊いてみた)と、白菜漬け。
ひとりだとぼんやりして、気持ちばかりがふわふわし、現実感が薄れそうになる。
それは楽しいことなので、内側へ内側へとすーっと引き込まれていくのだけど。
時間を気にせず、とりとめなく動いていると、自分がそこにいないような、からっぽになったような。
ひとり暮らしの人たちは、みんなえらいな。
ひとりの気楽さや、愉しみももちろんあるだろうけれど、ふいっとやってくる淋しさみたいなものと、どうやって折り合いをつけているんだろう。
私はゆうべ寝る前に、布団の中でお腹に力をため、自分を離れて見る(感じる?)ようなことをしてみた。
それは頭の中の、幽体離脱のような感じでもあった。
朝起きたら、なんだか芯が太くなっていた。
散歩をして体を動かしたり、自分の食べる分だけの買い物にも行った。
内側にもぐったり、夢をみたりするのは私は大得意だけど、思う存分それができるように、もう1本の足はちゃんと地面に立っていないと。
どちらかというと、そっちを軸足にして杭のように打ち込んでおけばいいのかも。
これまではスイセイが杭の役目をやってくれていたから、私はそのことにすっかり甘えて、好き放題に飛びまわっていられた。
おかげで今日は、お腹の底に明るい光が灯ったようになり、ひとつひとつの仕事を集中してできた。
お昼には、ゆうべの残りの鍋にみそを溶いて、豚汁のようにし、納豆ご飯を食べた。
小さい作文も今日は2話分書いて、10回分の仕上げをし、図書館へ持って行って最後の推敲をし、さっきお送りしたところ。
神戸のアパートメントの契約書も、一式揃えてお送りした。
ただ、洗い物だけはやってない。
ひとりだと食器が少ないから、朝とお昼の分をシンクにためておいて、夜ごはんの支度をしながらいちどに洗う。
これは、神戸で暮らすようになっても、そうなるだろう。
今夜はちゃんとした夕食を作ろうと思う。というか、作りたい。
スイセイは『まる子』や『サザエさん』が嫌いなので、いつも日曜日だけは7時に夕食(ふだんは6時半)なのだけど、今夜は『サザエさん』を見ながら食べられる。
それが、じんわり嬉しい。
夜ごはんは、タラ(むき身)のフライ&じゃがいも&ほうれん草のバターソテー。
このところ毎晩、寝る前に『遠足』を見ているのだけど、国境近くのレストランでみんなが食べていたのは……『高山ふとんシネマ』を書いていた頃には、鶏の骨つきもも肉のフライとマッシュポテトに見えていたのだけど、今は、どう見ても白身魚のフライに見える。
ゆでたじゃがいもをバターで炒めてあるのが添えられていて、マッシュポテトなどどこにもない。
きっとあの頃には、鶏のフライとマッシュポテトがたまらなく食べたくて、そのように見えたのだろう。いい加減だなあ。

●2016年3月2日(水)快晴

ものすごくいい天気。
長くておもしろい夢をみていたので8時半に起きた。もう、カーテンの隙間から青空が覗いている。
スイセイはとっくに起き、大テーブルで何かをしている音がする。
赤いヤッケの袖口(ほどいてある)にアイロンをかけていた。集中してやっている。
こういうときスイセイは、とても慎重になっているので、「いいねえ、それ」とか気軽に声をかけないようにした。
朝風呂に浸かりながら、夢のことを反芻する。
風呂上がりに裸のまま、夢の場面を書き出しておいた。服を着ると忘れそうだったので。
空は青く、ぽっかりと白い雲がのんびり浮かんでいる。
私はいいことを思いついた。
簡易テーブルをベランダに出して、テラスのようにしよう。
コーヒーをいれて、「ひらめきノート」をテーブルに広げ、場面ごと詳しく書いた。スケッチもして、色鉛筆で塗っておく。
どんな夢かというと、カトキチとアムの東京にある家(夢の中ではそういうことになっていた)に遊びに行ったら、知らない人たちが出てきて、みんながどんどん動物になっていく夢だった。
山羊とか、牛とか、めんどりとか。
ゆうべ、カトキチからもらったメールを読んでから寝たからだと思う。
「人のことって、一緒に暮らすとか、長い時間一緒にいたり、過ごしたりしないと分からない。ケーちゃんとムラのことだって10年近くで過ごして、やっとどういう人間かがよーく理解できたくらいだもん。ここでの暮らしもそうで、10年暮らしてやっと、自然のこと、天気のこと、村人のこと、田舎に暮らすということ、その他諸々の全体をよーく理解した感じだもん」
きのう、あぜつさんが立派な生わさびを送ってくださった。
下田のわさび農園を取材されたらしく、そこのお土産だ。
たまたま豚トロがあったので、焼いて、ワサビ&塩で食べた。それがたまらなくおいしかった。
おいしい生わさびって、辛いだけじゃない。辛さも香りもやさしく、舌触りもなめらか。
豚トロから出た油で焼いたタマネギにつけても、とてもおいしかった。
生わさびはたぶん、何につけてもおいしいのだろう。
今夜は、お刺身をいろいろ買ってきて、手巻きにしようという計画。楽しみだ。
図書館から借りてきた、ロシアのおばあさんが主人公の絵本を読んでいて、ふと、昔織った絨毯を思い出し、押し入れから出してきて裾のほつれを直す。
少しだけほどいてその分を房にし、縦糸に結び出したら、楽しくて止まらない。
今日は小さい作文(新潟日報の「甘口辛口」という連載で、10回分を書くことになっています)を休もう。
4時になり、大急ぎで買い物へ。
夜ごはんは、手巻きご飯(お刺身「そでイカ、愛媛のブリ」、きゅうり、自家製梅みそ、青じそ、貝割れ大根、生わさび、焼きのり、白いご飯)、春菊のごま和え、かき玉汁。

●2016年2月26日(金)快晴

ぽっかぽかのいいお天気。
洗濯ものをたっぷり干す。
スイセイのシーツも、ようやく洗濯できた。
あちこち掃除をして、京都在住の編集者、筒井くんと1時から打ち合わせ。
できたばかりの絵本のテキストをお見せしたり、中野さんの絵の画像をお見せしたり。
筒井くんとは秋にポレポレ座で偶然お会いしたのだけど、そのときにはご挨拶だけだった。おしゃべりするのははじめて。
なんだかお話したいことが、どんどん湧いてきてしまうような方だった。
私の底と、筒井君の底が、なんでもなく会話をしているような。
でも、厳しい話ではちっともなく、声は優しく穏やかで、ひっそりしていて、ときどきふーっと風が吹く。
純真で、やんちゃなところもある、中学生か高校生の男の子みたいで。
日本酒が好きだという話になり、冷蔵庫にあったお正月の残りの気の抜けたお酒で、杯に1杯だけ乾杯した。満月卵もひとつあったので、お出しした。
絵本の仕事、もしかしたら神戸でそんなようなことがはじまるのかな……と、うっすらとは感じていたような気もするのだけど、それがどういうことなのか分からなかった。
いつの間にやらこんなふうになっていた。
思いあまって踏み出した足が、ずぼっとはまり、うんしょ、っと抜き、また一歩、と進んできたらこうなった。
今は力がぬけて、水が流れているところに浸っているだけ、みたいな感じがする。というか、水そのものだろうか。
そういう私の変化を、スイセイは何も言わずに放っておいてくれる。
京都へ帰る筒井くんを送っていきながら、三鷹駅までてくてく歩き、私は駅向こうの店で買い物。
切り干し大根や白菜漬け、スパゲティ、イタリアのトマト缶など買って帰る。
横断歩道の前でふと靴屋さんに入り、白いバスケット・シューズを買った。
バスケット・シューズなんてはじめて買ったけど、今とても気に入って毎日履いているワークブーツと同じ形だったので。
この靴は川原さんにもらった。
足首をガチッと支えてくれるこの靴を履いていると、私の足はどんなところへも、ずんずん歩いていけた。
春になったらこんどはこのバスケット・シューズで、神戸の坂道や、京都やら大阪やら、どんどん歩いていこうと思う。
夜ごはんは、ひじき煮(ちくわ、コンニャク、にんじん、青大豆)、春雨と白菜のユズこしょう炒め煮、モツ煮込み(コンニャク、大根、にんじん、長ねぎ・きのう作った鍋に豆腐を加えた)、白菜漬け、たくわん、白いご飯。

●2016年2月24日(水)曇り

今朝もきのうにひき続き、どんよりした空。
風もあるみたい。
裸の木の上の方にさっきから鳥が1羽、ずっととまっている。同じ姿勢のまま、頭だけがあっちを見たり、こっちを見たり。
ずいぶん細めだけど、ヒヨドリだ。
ゆうべは寝ながら思いついた何かのフレーズがあって、それを口の中で何度も唱え、覚えながら寝た。
けど、起きたらすっかり忘れていた。
「なんとかかんとかは、何々だ」みたいな短いものだったから、覚えられると思ったのに。
やっぱり夜中でもちゃんと起きて、「ひらめきノート」に書いておかなければだめだな。
アムが作って送ってくれたワイルドベリー(アムが育てた)のジャムを、きのうついに食べ終わってしまった。
ジャムなどめったに食べないスイセイが、「おいしいのう。おいしいジュースの味がするのう」と言って、毎朝楽しみにしていた。
お砂糖が少なくて、フレッシュで、野性的な味がして、ほんとにおいしかった。
さびしいので、今朝のトーストにはブルーチーズの欠片とマーマレードジャムをのせて食べた。
うーん、これはイタリアーンな味。
朝ごはんには毒だ。
スイセイにすすめても、食べようとしない。
きのうは、アノニマとの打ち合わせが終わって、村上さんが持ってきてくださった『帰ってきた 日々ごはん1』の読書カードと手紙を読んだ。
この手紙の方は、読書カードには収まり切らないからと、4枚に渡る手紙を書いてくださった。
『日々ごはん』が帰ってきたのが、とても嬉しかったこと。新しく出る本が、「今までの『日々ごはん』から変わったらいやだな〜と思っていたら、ずっと手元にあったような、ずっと私のお気に入りの本棚にあった1冊のよう」で安心したこと。
この方は、これまでの『日々ごはん』の好きなところに、フセンを貼りながら読まれていて、そのフセンの箇所を、何巻目の何ページかまで記しながら、いくつか手紙に書き出してくださっていた。
百合子さんの『富士日記』についても、同じようになさっているようで、抜き出してあった。
私も同じところをいいなあと思っていたので、なんだかとても嬉しくなった。
そして、ご本人も「長々と書いていますが(きたなく) すみません」と書いていらっしゃるのだけど、本当に走り書きのような字で、便せんでも何でもないA4の白い紙に、想いが湧いてきた順に隅から隅まで。
書きたいことがあって、どうしようもなくて、書いているというような字で。
近くにいる私に、話しかけてくださっているような書き方で。
もしかするとこの方は、ふだんは手紙などあまり書かない人なのかもしれない。
けども、お忙しい生活のなか、やりかけのいろいろな用事をよけた机の上で、無我夢中で一気に書き、切手を貼って、ポストまで出しに行ってくださったような。
この手紙には、そんなふうな、すべてのほんとうがある感じがした。
最近のホームページで私が発表した、これからのことについて。
(ご本人からの承諾を受け、ここに少しぬき書きさせていただきます) ーー正直な感想は「残念」でした。私は日々ごはんの中の、見たこともない高山さんのおうち、大好きでした。きせつのどんぐりの木の鳥たち。きれいな夕焼け。ふろ上がりの窓をあけてみる月。ベランダから見るハルの元気なすがた。キッチンからは、温かな湯気。おいしい料理、スイセイさんとのあたたかな会話。たくさんの人があつまる、にぎやかな高山さんのマンションが大好きでした。ふつう料理家の先生は、キッチンスタジオ付きのすごいおうちに住んでいるのに、いつまでも、このままでいて下さいね……と、年末の読者カードには書くつもりでした。
でも、最近になって、やはり変わらずにいられるものなんて、この世界にはないのですよね。私もこの2、3年はかなりいろいろあって、そういう時には「流されてみる」のもいいかと思ったのです。「流されてみる→流れにのってみる」のです。よく、……に流されるなとか、色々と言う人もいますが、けっきょくみんな、流れに乗っかっていくしかないんですよね。それは、どの川に行ったとしてもーー
手紙のいちばん最後には、「まだ、まだ、さむいですが、お体に気を付けてください。高山さん 『ほいじゃが、楽しいと思うで!』ですよ。」とあった。
私は、涙がふき出した。
それはスイセイがよく私に言っていた言葉。
『日々ごはん』を書きはじめたころだったか、テレビの収録やトークショーがある前の晩になると、私は緊張して眠れないことがよくあった。
当日も靴をはきながら、(行きたくないなあ……)と思っていると、玄関先でスイセイが声をかけてくれた。
「みいよう、リラック、リラックでの。ほいじゃが、楽しいと思うで!」
あのころから比べると、私はずいぶん成長し、怖いものも少なくなって、たいがいのことは楽しくできるようになった。だから、いつのころからかスイセイにも言われなくなった。
それでもこれからのひとり暮らしのことを思うと、ふと、目の前が曇る日がある。
だからほんとは今、まさにスイセイに言ってほしい言葉だったんだと気がついた。
でも、私のわがままでこうなっているんだし、自分で決めたんだから、そんなことまで望んだらバチが当たる。
彼女の手紙には、こんなことも書いてあった。
ーースイセイさんの、「ほいじゃが、楽しいと思うで」。これ、すごく好きです。何かをはじめる時、一歩踏み出さなくてはならない時、少し力のぬけたこのことば、「がんばれ」でも「……してみたら」でもなく、私は何かの時、いつも自分にこの言葉を言っています。高山さんも、これからの生活の中で、何かの時、ちょっと思い出してみてください。「ほいじゃが、楽しいと思うで」ーー うん、そうだね。
そういうときには、自分で自分に言えばいいんだよね。
この手紙を書いてくださった方、本当にありがとうございました。

今、ここまで書いて、ふと窓の外を見たら、ヒヨドリがまだ同じところにとまっていた。
さっき見たときには、別のヒヨドリが3羽くらい集まっていて、そのあとすぐにどこかへ飛んでいってしまったというのに。
私は窓を開け、「わー、まだとまってるの?!」と声をかけた。
風に吹かれて枝が揺れると、自分も揺れるのを、楽しんでいるみたい。
このヒヨドリは私だ。
さて。
そろそろ「おいしい本」の原稿を書きはじめよう。
今日は、5時から「ロシア日記」の打ち合わせで、あぜつさんがいらっしゃる。
それまでがんばろう。

●2016年2月19日(金)晴れ

風もなく、ぽっかぽか。
今日から24節気でいう、雨水(雪が雨に変わるころ)に入ったのだそう。
洗濯ものを干すのも、掃除をするのも、窓を開けっ放しにしておいたままでも十分に暖かい。
さて、今日もまたウズベキスタンの続き。
きのうもやったので、ずいぶんできてきている。
今日は、後半部分をとくに念入りに書こうと思う。
このところ私は、畳の部屋にパソコンを移動して書いている。
陽が当たるので、ストーブをつけなくても暖かいから、少しだけウズベキスタンに近寄れる。 
そして、畳の部屋ではインターネットの配線をつなげないので、夕方までがんばったらコードをつないでメールタイム!というのが、ごほうびのようでもある。
今日もがんばろう。
4時前にはどうにか終わり、プリントアウト。
ひと晩ねかせてから、明日、推敲しよう。
ひさしぶりに中央公園まで散歩した。
暖かいので上着はなし、セーターにマフラーだけ巻いて。
手袋をして歩いていたら、ちょっと汗ばむほどだった。
上水沿いの桜は、花芽が膨らんできていて、見ようによってはピンクがかっている。ジンチョウゲのつぼみも、えんじ色に膨らんだ。
空にも、ぷっくり膨らんだ白い月。
上水沿いの自動販売機で大根を、いつものパン屋さんでバゲットを買った。今夜は洋風のごはんにしようと思って。
生カキも買った。今年はこれで食べ納めかも。
たっぷり買い物をして帰ってきたら、白い月が光りはじめていた。あと2日、3日で満々になりそうな月。
夜ごはんは、カキとタラのバター焼き(塩、こしょうで下味をつけ、小麦粉をまぶしてフライパンに並べて焼いた。フライパンごと出したら、なんとなく北欧風の感じになった)、タラモサラタ(じゃがいも、たらこ、自家製マヨネーズ、にんにく)、ちぢみほうれん草の鍋蒸し炒め、大根のマリネ(大根自体の辛みがなかったので、酢とオイルをまわすときにワサビを加えてみた)、バゲット、赤ワイン。
リトルモアの熊谷さんから、暮れにいただいたオーガニックワインをあけた。
お正月は風邪をひいたりして元気がなかったから、大切にとっておいた。
熊谷さんの手紙に書いてあったのだけど、このワインは、「すべては時が作る」という名前なんだそう。
「それはの、もうひとこと加えるなら、『私は何もしていませんよ』ゆうことなんよ」とスイセイ。
そうか。なんだか、今日飲むのにぴったりのワインだったな。
食後に、シバッチ&祥子ちゃんが送ってくださった能古の島のイヨカン。野性的な甘みでおいしい!
最近私は、メイクインをゆっくりゆでて、マッシュにするのが流行っている。男爵にもキタアカリにもない甘みがあって、とてもおいしい。栗ともまた違う、もくもくとした甘み。
メイクインはスープや煮込みにむいていているなんていう定説は、信じてはだめだ。
マッシュポテトはどんなじゃがいもでもそれなりに、ぜったいにおいしくできる。
今日のタラモサラタも、うなりたくなるほどのおいしさだった。
この間、朝日新聞の取材で質問されて、ついペロッと「メイクイン以外のじゃがいもがいいと思います」と言ってしまったのが悔やまれます。

●2016年2月17日(水)晴れたり曇ったり

7時ちょっと過ぎに起きた。
最近私は、だいたい7時半には起きるようになった。
遅くとも8時にはぜったい起きる。
カーテンの隙間が水色で、うずうずして起きるような感じ。
でも、寝るのも早いので、たぶん10時間近くは寝ている。
夢もいくつもみる。
体の中も、まわりも、よく流れているような感じがする。
おととしだったか、急に立ち上がったりすると、膝が痛いことがあったけど、それもいつの間にやらよくなった。
今はまったく痛みもなく、大股でスイスイ歩ける。
神戸は急な坂道が多いから、さらに私の足は鍛えられるかもしれない。
午前中はメールをあちこちに送ったり、返事をしたり。絵本をぼんやり読んだり。
午後からは、ウズベキスタンの日記の続き。
4時半までがんばった。
もしかするとひと通り書けたかもしれない。
後半はまだ、なぐり書きみたいな状態だけど。
夜ごはんの肉じゃがを煮ながら、ベランダへ出た。
ビルのまわりだけが、ほんのりオレンジ色をした、ひかえめだけどきりっとした夕焼け。
空はまだ青く、白い雲も浮かんでいる。そして真上にはピッカピカの半月。
私は物干し竿を両手でつかみ、伸びをした。
今夜は、ホウロー鍋で蒸らし炒めにするのを、ちぢみほうれん草でやってみた。いかにもアクが強そうだし、どうしよう……とも迷ったのだけど、思い切ってやってみた。料理家なんだから何でも実験だと思って。
そうしたら、とってもおいしくできて驚いた。
濃い甘みの中にほんのちょっとの苦みが混じり、深くて、肉厚なうまみ。すごーい。
夜ごはんは、肉じゃが、ちぢみほうれん草の鍋蒸し炒め、自家製なめたけ、梅みそ(だしをとった残りのかつお節と昆布を刻んで加え、作ってみた)、かぶのみそ汁、白いご飯。
きのうは、最近書いているのとはまた別の、新しい絵本のテキストができた。
お話の種は少し前からあったのだけど、布団の中でねぼけながら出てきた言葉を「ひらめき帳」にメモしておいて、朝、できるだけ壊さずに、パソコンのなかに置いていったら、つるつるとつながった。

●2016年2月14日(日)曇りのち晴れ

ゆうべは風と雨が激しく、音を聞きながら寝た。
夜中にいちど、カーテンを開けてみた。
雨が吹き込んできて顔に当たる。生ぬるいような風。
シュロの木が大きく体をくねらせ、公園の緑も風に煽られていた。
春の嵐だ。
朝ごはんを食べているときには曇っていて、このまま今日はどんよりしたお天気なのかなと思っていたら、今、西の雲がものすごい勢いで流れている。
そのうち青空はぐんぐんと広がって、一瞬天気雨となり、すっかり晴れ上がった。
窓を開けていても、春のように暖かい。
そうそう、きのうプリンターを借りに行ったら、スイセイは切り抜いた紙で掌くらいの何かを作っていた。
このところ設計図を書いていたようだったから、きっとそれだ。
「なーにそれ?」と聞いたら、ふたのようにかぶさる傘みたいなその紙の中心に、キリの先を当てた。
それを、電気ストーブの上に持っていったら、ゆっくり回りはじめた。 クルクルクルクル……わー、風車だ!
風ではなく、熱で回る仕組みらしい。
さて、私は今日もまた、ウズベキスタン。
4時半までやった。甘夏の皮をゆでながら。明日、マーマレードジャムを煮ようと思って。
今日も今日とて図書館へ。
帰り道、まだまだ明るいので、家の前を通り越してぐるっと散歩した。
腕をまわしたり、伸びをしたりしながら。
やわらかい風にのって、花の匂いがしてきた。白梅が咲いている。
いつもの散歩道で、コブシのつぼみがつんつんと天を差していた。
この白い花が咲くころ、私はどうしているだろう。
夜ごはんは、ホルモンうどん(モツ、ニラ、もやし、キャベツ・岡山の名物がスーパーに売っていたので、試しに買ってみた)、かぶの白ごま油焼き。

●2016年2月11日(木)晴れ

朝起きてカーテンを開け、窓の外を見たら、私の目は変になっていた。
空き地の目の前に、裸のイチョウの木が2本並んで立っているのだけど、双子の木がせいくらべをしているようにしか見えない。
毎日見ていた木なのに。
2本の木はこんな近くに、こんなふうに並んで立っていたっけ。
あちこちで伸びようとしている短い小枝は、イチョウの木の指。
てっぺんの指先をピーンと伸ばし、どっちが背が高いかやっている。
とくに右の木の方がきかん坊で、今にも動き出しそうだ。
おもしろくなって、空き地の入り口にある木も見た。
門の手前に向かい合わせで立っている2本の木は、どう見ても門番だ。
私は絵本の読み過ぎなのか?
でも、小さいころには、幼稚園や小学校の木がこんなふうに見えていたような気がする。
物語はすでに、あちこちに散らばっているのだな。
このところ、中野さんが絵の画像をよく送ってくださる。
それをパソコンの画面にためているのだけれど、しばらく眺めてひと晩かふた晩眠ると、お話の種ができている。
ちょっと前に見た絵の断片と、新しい絵が勝手につながることもある。
それがおもしろくてたまらず、ゆうべも寝る前までやっていた。
そういうことも関係があるのかな。
今日は祝日で、空き地に車が停まっていないから、イチョウの木がそんなふうに見えたんだろうか。
朝ごはんのとき、スイセイに聞いたら、今日は建国記念日なのだそう。
そうか、国ができた記念日なのか。
ちょうどいいので、私の目が変になった記念日にしよう。
あちこち念入りに掃除をし、畳の部屋にパソコンを持ち込んで、『ロシア日記』の続き。
きのうあたりから、ようやく私はウズベキスタンに飛べるようになってきた。
夜ごはんは、外食。東小金井の「インド富士」へ。
きのう、インド帰りのリーダーがうちにお土産を届けにきてくれて、旅の写真をいっぱい見た。
そしたらたまらなくカレーが食べたくなった。しかも、本格的なのを。
うるいのヨーグルトみそソース、ラムのスパイス炒め、チキンカレー(スイ)、3種類の盛り合わせカレー(私・チキンカレー、野菜のサンバル、ラッサムスープ)、ビール&ラッシー&泡盛のお湯割(スイ)、インド富士サワー&赤ワイン(私)。
うるいも、ラムもおいしかったな。
カレーはコクがあって、辛いものは辛く、スパイスが混ざり合った濃厚な味。汗をかきながら食べた。大満足のおいしさだった。
去年の暮れに、「テニスコーツ」のライブではじめて「インド富士」に行って、カレーを食べてからというもの、口の中に何度も蘇ってきた味。 
そのときにはスコッチエッグのカレーを食べた。
あれもまた、おいしかったなあ。

●2016年2月9日(火)晴れ、風強し

朝ごはんを食べ、ウズベキスタンの日記の続き。
川原さんと一緒に旅をしたのは、2013年の6月のこと。
「考える人」の連載が終わったのは去年の夏だから、最後の日記を書いていたころからも、すでに10ヶ月近くたっているんだろうか。
現地で走り書きした日記帳の文字を見ても、ウズベキスタンは遥か遠いところにある。
なので、これまで書いたものを、はじめから読み直した。
ウズベキスタンの灼熱の暑さ、コバルトブルーの空、空気が乾いた感じを注入しようと思って。
少しずつ、少しずつ肌が思い出してきた。
4時まで書いて、散歩がてら買い物へ。
商店街の和菓子屋さんは、白衣のおじいさんが店番をしていた。
この人はお店のご主人。厳しい面持ちの矍鑠としたおじいさんで、現役の職人さんでもある。
ふたつ残っていた草餅を買ったら、「最後だから、気持ちだけだけど……」とぼそりと言って、10円まけてくださった。
それが、なんだかやけに嬉しかった。
夜ごはんの下ごしらえをひと通りやって、窓辺に立つと、夕焼けだった。
ビルの谷間はオレンジ。まだ青が残っている上の空に、ばかでかい空豆みたいなぷっくりした雲。
空豆は見る間に伸びて、クジラの形になった。シッポまでちゃんとついているので、私は写真を撮った。
スイセイが水筒の水を入れがてら台所にやってきて、「おかえり」と言われ、びっくりする。
こういうの、これまであんまりなかったかも。
私がスーパーの袋をぶら下げて帰ってきて、玄関で「ただいま」と言っても、いつもスイセイは自分の部屋でテレビをつけながら何か夢中でやっているから、声が聞こえないらしく何も答えないのがふつう。
そういえばこのところ、私もなんとなく、ちゃんとした料理を作っている。自分のレシピ本を見ながら。
きのうはキャベツオムレツだったし、今日はレバーの焼き肉風だ。
そしてこのごろスイセイは、夜ごはんを食べながら「うまい」とよく言ってくれる。
これまでは、私ひとりがおいしがって食べていても、だいたい無言のままだった。
「おいしい?」と私がわざわざ聞くと、「まあまあ」と答えるのがほとんど。
そのたびに私は少しムッとしたり、なんにも感じなかったり。
誰かと一緒に長いこと暮らすというのは、そういうことでもあるから。
夜ごはんは、レバーの焼き肉風(白菜、貝割れ大根、にんじんのサラダ添え)、小松菜とかき菜の鍋蒸し炒め(ル・クルーゼの鍋で・白ごま油を青菜にからめて軽く炒め、塩をふってふたをするだけ。青菜から出てきた水分だけで、だしもなにも入れない。最近のスイセイのお気に入り)、白菜漬け、たくわん、キャベツとねぎのみそ汁、白いご飯。

●2016年2月6日(土)曇り

寒い。
朝ごはんを食べ終わり、そのままスイセイとミーティング。
おもには『帰ってきた 日々ごはん』の続編について。
最近、私たちは言い争いをほとんどしなくなった。
スイセイは前と変わらないんだろうけど、きっと私の方が、少しだけ変わったんだと思う。
「お風呂に入れ」とか「洗濯させてくれ」とか言わなくなったし、そういうことがまったく気にならなくなった。
プリンターを借りにいくときなんか、おじぎをしてから部屋に入るくらい。
そういうときスイセイは、厳しい眼差しでパソコンに向かっていて、部屋の空気が神聖な感じがする。
これまでとちっとも変わらない、散らかった部屋なのに。
「週刊新潮」から、「週間食卓日記」のページの仕事をいただいたので、先週の土曜日からきのうまでの1週間、きちんきちんと毎日書いていた。
朝何時に起きたとか、何時に寝たとか、三度三度の献立をちょこちょこと記していくのが、なんだかとても楽しかった。
推敲して文字数を合わせ、今朝お送りしたのだけど、私の毎日はコラム書きと図書館でできていることが分かった。
今日も、朝からコラム書き。
3時半くらいに、がまんができなくなりまた図書館へ。
じつは最近、外国のワ行の題名の絵本から順番に読んでいる。
絵をパッと見て、開いて、なんとなくいい匂いのするものを。
今日はラ行。
お父さんと子どもがたくさんいる。
読み聞かせをしているお父さんも5、6人いた。
大きな紙芝居を抱えているお父さんのまわりを、前になったり後ろになったり、嬉しそうに兄妹がつきまとっていた。
この家族のお母さんは、きっとうちで晩ごはんの支度をしてるんだろうな。
夜ごはんは、肉豆腐(牛こま切れ肉、木綿豆腐、糸こんにゃく、長ねぎ、しいたけ)、切り干し大根煮(干ししいたけ、にんじん、ちくわ、油揚げ)、切り干し大根と油揚げのみそ汁、紅しょうが、白いご飯。
風呂から上がって、いつものように絵本タイム。
『リスとはじめての雪(セバスティアン・メッシェンモーザー著)』がおもしろくてたまらず、何度も噴き出しながら読んだ。
とても細密な絵なのに、なんでこんなにめちゃくちゃなんだろう。
切なさもダイナミックも、夢も現実もちゃんとある。
布団の上で拍手喝采。

●2016年2月2日(火)快晴

朝、目が覚めたら、カーテンの隙間から青空がのぞいていた。
その隙間にちょうどはまるように、白い月が出ていた。
三日月でもないし、半月でもない。
どちらかというと半月に近い月。
この月は、なんていう名前がついているんだろう。
朝ごはんを食べながら、スイセイとミーティング。
3月に名古屋でやるイベントのことです。
話しているうちに、ふたりともどんどんいいアイデアが湧いてきて、私の頭の中もくるくるまわる。
スイセイの言葉も冴えている。
私はどんどんメモしていった。
今日は午後からふたつ打ち合わせがあるし、明日も撮影なので、あちこち雑巾がけをしていたら、中野さんから電話があった。
風邪をひいてらっしゃる声。
新しい絵本のことで、神戸の編集者さんにきのうお会いしたとのこと。
早いなあ。
私が動き出したと同時に、なんだかまわりの空気も大きくまわりはじめている感じがする。
うれしいな。
2時からは、赤澤さんと料理本の打ち合わせ。
神戸のことや、これからのことなどお話しする。
ちょっと話すだけで、赤澤さんにはすーっと伝わって、どっしりとした意見をとても軽い感じで言ってくださる。
見晴らしのいいところから、ずっと先の方まで眺めてくださっているみたいな、ひろびろとした意見。
猛獣(私のこと)のおっかさんみたい。
赤澤さんと出会ってから、そろそろ15年くらいになるだろうか。
「時代も人も高山さんも、いろいろと移り変わっていくけれど、根本のところは、何も変わってないのかもしれませんね」と、最後にぽつりと言ってらした。
4時半からは、あぜつさんと『ロシア日記(仮)』の打ち合わせ。
マンション(アパートメントという感じ)の写真をお見せしながら、神戸のことなどもお話しする。
そろそろ「ウズベク日記」の続きの原稿を、本格的にとりかからねば!
夜ごはんは、いつぞやのカレー、サフランライス、白菜とトマトのサラダ。

●2016年2月1日(月)曇り

どんよりとした空、きのうよりさらに寒い。
朝ごはんを食べながら、『帰ってきた 日々ごはん1』の読者カードを読んで、笑ったり、涙がこぼれたり。
ある方のに、「今回の表紙カバーは、なんだかびっくりした。目を細めたり離したりしたらいいものが見えるやつですか?」と書いてあり、スイセイは爆笑していた。
11時半に、『高山ふとんシネマ』の文庫本を届けに、幻冬舎の竹村さんがいらっしゃる。
イラストの入り方など、単行本とは少しだけ変えてくださっているみたい。なんだか、とてもかわいらしい本になった。
さすがはアリヤマ君。
あとで、「はじめに」からじっくり読むのが楽しみだ。
木皿さんの解説も、初めて読む人のつもりになって、読もう。
この本は、2月9日に本屋さんに並ぶそうです。
2時からは、名古屋からいらした熊谷君ご夫婦と打ち合わせ。3月にスイセイとやるトークイベントについて。
ふたりが玄関を入ってきたとき、若々しく明るい光が、風といっしょにふわーっと入ってきた。
りうよりもさらに若いふたり。30代の前半だそう。
打ち合わせは順調に進み、4時くらいにロールキャベツのグラタンをお出しする。
私たちも一緒に食べたので、夜ごはんはなし。
7時ごろ、スイセイは自分で納豆ぶっかけうどんを作って食べていた。
そうだ。きのうのこと、忘れないようにここに書いておこう。
きのうの夕方、買い物から帰るとすぐに、閉館30分前の図書館へ行った。
日曜日だったから、絵本のコーナーは満員で、お父さんも何人かいた。
私は自分の借りたい本をさっさかと選び、借りる手続きを先にして、それとは別に読みたい絵本も何冊か選んでいつものソファーに座った。
片側にはマスクをしたお母さんが、男の子に絵本を読み聞かせていた。
とても早口で、ガサガサとした声だった。
ただ、文字を追っているだけみたいな。
ソファーの上には20冊以上の絵本が積み上げてあったから、片っ端から読んでいたのかもしれない。
右側の端に、もうひとりのお母さんがいた。
このお母さんは、とても穏やかな声で絵本を読み聞かせていた。
詩でも絵本でも、感情を込めた抑揚のある読み方がどうも私は苦手なのだけど、このお母さんの声には心がこもっていた。
息継ぎをしながら、流れるようにゆっくり読んでいる。
隣にちょこんと座っている3歳くらいの男の子は、絵本でなく、向こうの方を見ていた。
でも、ときどき「トーマスはどこ行っちゃったの?」と声をはさんでいたから、ちゃんとお話を聞いているんだと分かった。
私は読みかけの本を閉じてひざに置き、お母さんの声を聞いていた。
その声と、丸みのある言葉を聞いていて、なんだか、打ちのめされたような感じになった。
私は自分の絵本に出てくるあるひとつの言葉について、このところずっとこだわっていた。
でもそれは、自分の表現欲みたいなものにまみれていただけのような気がしてきた。
私の絵本も、お母さんに、こんな声で読んでもらいたい。
絵本の言葉というのは、お母さんの体の中から、安らかな声が出るようでないといけない気がした。
子どもたちは、その声を聞いて、小さな胸をドキドキさせたりするんだから。
そうそう。
おとつい、『わたしのくまさんに(デニス・ハシュレイ文・ジム・ラマルシェ絵)』という絵本を借りた。
絵に惹かれたわけではないのだけど、今江祥智さんの訳だったし、森の話みたいだったから。
風呂上がりの布団の上にかしこまり、声を出して何度も読んだ。
本の袖に、「こんな一冊には、そうそう出会えない気がします……。」と、今江さんの言葉が書いてあった。
ほんとに、まさに、その言葉の通りだと思った。

●2016年1月28日(木)曇り

曇っているけれど、それほどには寒くない。
明日は午前中から「ダンチュー」の打ち合わせなので、あちこち掃除機を念入りにかけ、雑巾がけもしておいた。
夜ごはんのカレーも作っておく。
じゃがいもを丸ごと4個、ゆっくりゆでながらパソコン仕事。
煮くずれないよう最後に加えて、ルウは「バーモンドカレー」と「こくまろ」、じゃがいもゴロゴロのカレーになった。
新しい絵本の打ち合わせのため、まず東京駅へ。
神戸の編集者さんが、別件の用事で東京へいらっしゃるというので。
帰りの新幹線にすぐに乗れるよう、東京駅の中にある「ドトール」で2時頃待ち合わせをし、絵本のテキストを読んでいただいた。
そのあと、ホーム近くの待合室で、新幹線の時間ぎりぎりまでお話した。
本格的な作業は、きっと神戸で暮らすようになってからだろうけれど、次の絵本のこと、ぼちぼちとはじめようと思います。
4時半に、「ポレポレ座」で佐川さんと打ち合わせ。
新しいダミー本をお見せしながら。
この間、実家に帰ったときにダミー本を見せたら、孫たちに向かっていきなり母が読み聞かせをはじめた。
字は大きいから見えずらいわけでないんだろうけれど、87歳のおばあちゃんが、読みにくそうにしていたところが気になっていた。
それで、言葉と言葉の隙間の開け方など、少しだけ変えてみた。
これまでも、何度も何度もテキストを変更してきたので、佐川さんはそのたびに、ダミー本のコピーをとってくださった。
それが申しわけなくて。
だからもう、これで最後の最後と思いながら、きのう切り貼りをしておいた。
物語のはじまりも、これしかないと思って、直したもの。
けれどもなんと、佐川さんの方から新しいご提案が。
ぎりぎりまで寝かせ、ゆっくり考えることになった。
去年1年間をかけ、中野さん、佐川さんと作ってきたこの絵本。順調に進めば6月中旬の発売だそうです。
6時過ぎに吉祥寺に着き、買い物。
スイセイに電話をしたら、自分でカレーを温め、とっくに食べたとのこと。
あんまりお腹がすいていたので、「ローソン」で「げんこつコロッケ」というのを買って、かじりながら帰ってきた。
コンビニでコロッケなんてはじめて買ったのだけど、おいしいな。
夜ごはんは、カレーライス。
あんなにゴロゴロしていたじゃがいもは、スイセイがいっぱい食べたらしく、3片くらいしか残っていなかった。
らっきょうと福神漬をたっぷり添え、テレビを見ながらひとりで食べた。

●2016年1月25日(月)晴れ

この間、蔦屋のトークショーに名古屋からいらした方が、「西の方は東京に比べて日が長いというか、夕方の時間が長いような気がします」とおっしゃっていた。
その方から、メールをいただきました。
「サイン会の時に、西の方が日が長いと言った者なのですが、あのあと調べてみたら、正確には日の入りの時間が遅いとのことです。東京と神戸では20分くらい違うそう(私の地元名古屋と東京は10分くらいの差。でもこれが結構気持ちがちがうんです!!)。1日の日の長さは変わらないけれど、暗くなるのが少し遅いというのは、新しい暮らしを始める時にはとっても心強いのではと思います」
それが、とても嬉しかった。
神戸に住むようになったら、毎日、移りゆく夕方の空を大きな窓から味わおう。
そしてそれを、日記に書こう。
山の家にいるスイセイにも、いちいちメールをしてしまいそう。
3日くらい前から書きはじめていた、読売新聞の「おいしい本」の原稿が、どうやらできたみたい。
暗くなる前に、散歩がてら買い物へ。
歩きはじめたら気持ちがよく、きりっとした空気のなか、ずんずん歩いてしまう。
まず、農家の庭先販売でブロッコリーを、いつものパン屋さんでクリームパンと、チョコのはさまったクロワッサンを買い、商店街の和菓子屋さんで、道明寺と寒餅(黒豆が入っている)を。スーパーでも買い物して帰ってきた。
歩いているうちに日が暮れ、耳が痛いくらいに冷たくなったけど、気持ちよかったな。
中央公園の原っぱには、薄暗いなか5、6人が輪になり、大声を上げながらフリスビーをやっている高校生の男の子たちがいた。
うちに着く手前の道では、自転車集団の高校生が、「タンターン、タタタタンタンタン、タタタターンタタン(サッカーの応援のときに歌う曲?)」と、全員で歌いながらこっちに向かってきた。
曲がり角のところでその声が厚くなり、全員の声が高らかに、完全にはもったとき、私は横断歩道を渡りながら「わーーっ!」と声が出た。拍手したいくらいだった。
私は、なんだか、元気みたいだ。
夜ごはんは、スイセイのリクエストで、赤いかまぼこの入った中華どん(豚コマ切れ肉、しいたけ、白菜、うずらの卵。青みがなかったので、仕上げにブロッコリーについていた葉っぱを刻んで加えた)、大根とかぶのキムチ、ほうれん草のごま和え。

●2016年1月24日(日)静岡は晴れ

きのうは、湘南の蔦屋でトークイベントをした。
蔦屋さんは、藤沢の駅からだいぶん奥まったところにあるのに、たくさんの方が集まってくださって、私はとてもうれしかった。
お天気もどんよりしていたし、雪が降るかもしれないと危ぶまれていたのに。
トークが終わって、サイン会になった。
サインを書いて本をお渡しする前に、私の方から手を出して、ひとりひとりと握手をした。
冷たい手の平の人、あたたかくふっくらした人、汗で湿っている人。いろんな肌触りを感じながら、私はぎゅーっと握った。
握り返してくださった人もいるし、握られるまま、力を緩めて任せてくださっている人、おずおずと、冷たい手のまま固まっている人もいた。
手の平に、その人その人の生きている匂いを感じた。
すべて終わって、控え室に荷物を取りに戻ったとき、自分がとっても元気になっているような感じがした。
それで、握手をしてもらっていたのは、私の方だったんだと気がついた。
その足で東海道線に乗り、実家に帰った。
着いたのは夜の9時ごろ。
リカとミホ(みっちゃんの娘)がそれぞれ彼氏を連れて来て、つまみを作って待っていてくれた。
若い人たちを相手に、ビールやウイスキーを飲みながら、自分のことを「おばちゃんはね」と、話す私。
家族が、ここにあった。
みっちゃんも元気だったし、母も声に張りがあり、肌もつやつやとして、前よりもうんとパワーアップしていた。
絵本を読み聞かせしてくれたのだけど、笑っちゃうくらい感情が込もっていて、ちょっと気持ち悪かった。
手品も見せてくれた。
髪ももう真っ白だし、足腰は衰えてきているものの、気持ちのエネルギーみたいなものは、有り余っているのだなと分かった。
家の中も片づいて、台所も前よりきれいになっていたし、お母さん、元気になったのかもしれない。
100歳まで生きるような気がしてきた。
風が強く、雪をかぶった富士山がみごとにくっきりと大きく見えて、『富士ファミリー』みたいだった。
というわけで、今日は夕方4時くらいの新幹線で帰ってきた。
吉祥寺の家に帰り着いたとき、リビングの電気が消えていて、スイセイは留守だった。
何度電話をしても通じなかったから、どこかに出掛けているのかな、今日はひとりで夜ごはんかな……と思っていたら、6時半ちょうどに玄関が開いて、スイセイが帰ってきた音がした。
見慣れない黒いムートンのジャケットを着たスイセイ。なんだか、ものすごくひさしぶりに会ったような気がした。
夜ごはんは、緑米のおこわ&ひじき煮(私。リカが働いている野菜料理のお店で買った)、鶏の唐揚げ&十穀おにぎり(吉祥寺で買った)、のり弁(スイセイが自分で買ってきた)、ほうれん草炒め、たくわん(美容師さんにもらった)、ほうじ茶。

●2016年1月20日(水)快晴

朝からパソコンにかじりついて、「気ぬけごはん」。
2時ごろ、ゆうべのスープを雑炊にしてお昼にした。
窓の外がキラッキラ。
しみひとつない真っ青な空に、くっきりとした白い雲が、立体的に光っている。
厚みのある陰影を持った雲は、ゆっくりゆっくり流れている。
なんだか洋風の空。ハワイの空みたい。ラピュタの空みたい。
あちこちに残っている雪に、反射しているからなのかな。
たまらなくなって散歩に出る。
大まわりして図書館に絵本を返しに行ったら、すぐに帰ってこようと思って。
いつもの散歩道を農家の方へ歩いていったら、中学生の男子3人組が、雪を丸めて投げていた。
ぶつけ合いではなく、どこかへ遠慮がちに投げている。
なんとなく、「ぼくたちもう大きいから、そういうの恥ずかしいんだけども」という感じで。
角を曲がったら、小学校帰りの男の子たちが雪合戦をしていた。
道路の脇にかたまった雪を丸めては、歓声を上げ、すべりそうになりながらせいせいと駆けまわっていた。
図書館では、絵本を3冊とDVDを1本借りてきた。
さて、続きをがんばるべ。
「気ぬけごはん」の試作のため、大豆をほとほとゆでながらやる。
途中からシチューも煮込みながら。
夕方、5時半くらいに原稿が仕上がってお送りしたら、締め切りは明日だった。
ガクッ。
でも、終わって、私はとてもうれしい。1日得をしたような気分。
図書館でみつけたのは、「グスコーブドリの伝記」のアニメ。
あとで、お風呂から上がったら、布団の中で見よう。
夜ごはんは、クリームシチュー(鶏手羽元、にんじん、じゃがいも、キャベツ)、大豆のマッシュポテトもどき。

●2016年1月19日(火)晴れ

屋根の上に積もった雪が、キラキラしている。
風が冷たいけれど、太陽はあたたかい。
なんだか空気が新しい。
朝ごはんのとき、「ほいじゃけど、SMAPと同じタイミングじゃったのがおもしろいのう」とスイセイに笑われた。
おとついの日記で発表したことについてだ。
私はこのごろめっきりテレビを見なくなっていたから、そんなニュースも知らなかったんだけど、朝、新聞で読んだ。
キムタクが、「これからは、ただ前を見て進みます」って、会見で言っていたらしい。ふふ。
仕事をはじめる前に、パソコンでなんとなく『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』のブックレビューを読んでいた。
ある方の書かれた文に、釘づけになってしまう。
私、あの本を書いていたころから、ちっとも変わっていないんだ……と、ふいをつかれた。
料理家だとか文筆家だとか名乗って、つっ走ってきたけれど、まだ何者にもなっていないのは、今の私だ。
お腹の中にある、「どうしてもやってみたい」という気持ち。
神戸に移住してまで、やろうとしていること。
気持ちが揺らぐ日は、先が見えなくなって、鏡の前でぼんやり立ちすくんでいる自分。
あのころに書いた自分の言葉が本になり、きっと私よりうんと若い人が、何十年もたってからどこか遠くで読んでくださった。
その人の言葉が、何年か後にこうしてまた私のところに戻ってきて、こんなふうに胸をつかまれ、励まされるなんて。
言葉って、すごいものだな。
本当に、誰のものでもないんだな。
勝手ながら、ここに一部を引用させていただきます。
ブックレビューを書いてくださった方、ありがとうございました。

ーー高山さんのプライベートを日記形式に綴りながら、
自分と向き合うこと、
曖昧な自分自身を
受け入れることしか
生きる術はないのだということを
この本は教えてくれる。
高山さんが
まだ何者でもなかった頃の苦悩や葛藤が、
同じように今現在
何者かになろうとして
悶々とした心を抱え生きている人や
過去にとらわれ立ちすくんでしまっている人の
胸の中の深い深い
核の部分に
共鳴していく。
(中略)
自分に正直であること。
誰が何と言っても、
自分の好きに
誇りを持っていいのです。
自分にしか分からないスペシャルなことを
一つ一つ味わってゆけば
それは自分の核となり、
いつか自分自身を救ってくれる。
そうですよね、高山さん。ーー

夜ごはんは、スイセイのリクエストで麻婆豆腐どんぶり、広島菜、中華スープ(もやし、ニラ、溶き卵)。

●2016年1月18日(月)雪のち雨のち晴れ

朝起きたら、雪が降っていた。
目の前の空き地にも積もっている。
でも、びしゃびゃとした雪。
このまま雨になって、溶けてしまうのかな。
カーテンを開けて、雪の空が見えるようにし、また布団にもぐった。電気ストーブをつけて。
スイセイはもうとっくに起き、部屋で何かしている。
私は、このところの自分と、自分のまわりで起こっているいろいろな変化について、目をつぶって考えることにした。
ぐるぐると絡まっている糸を、ほぐしてみようと思って。
どうしてこうなったんだろう。
これから、どうなるんだろう。
いろいろな理由があるけれど、けっきょく、分からなくなって起きてしまう。
でも、なるようにしかならないんだろうな、きっと。
何かが動くときというのは、いちどに動くんじゃなく、思ってもみなかった誰かに出会ったり、新しいできごとが起こったりして、少しずつ少しずつ流れの方に自然と誘われてゆく。
流れはじめると、何十年もかかって川底にたまっていた何層もの泥みたいなものが、剥がれるときにはいっぺんに、ごっそりと塊で剥がれ、もうそこにとどまっていられない重さになって、どうしようもなく押し流されていくような、そんな感じがする。
だから私は、頭で考えずに、身をまかせていればいいのかもしれない。
このお腹の中にある気持ちだけを信じて、誰かを頼りにするんじゃなく、自分の足で立ち、歩き、空気の匂いを嗅ぎ、ごはんを作って食べ、お風呂に入って、眠ろう。
これまでみたいに文を書いたり、料理本のための試作やレシピ書き。それから、新しくはじまるだろう仕事もがんばろう。
ひとり暮しなんてはじめてに近いし、日常的にごはんを作ってあげられる人もいなくなって、双子病の私はきっと淋しいだろうけど。
でもきっと、私の料理は変わるだろうな。
私は確実に年をとってきていて、体も変わってきているから、滋養があってほんのちょっとでもおいしいような、ひとり暮しならではの料理を作るようになるかもしれない。この土地の食材を使って。
神戸には、絵描きの中野さんもいてくれるし、これから新しい絵本を作ろうとしている編集者も、木皿さんたちもいらっしゃる。この先もお世話になるだろう出版社も、料理本の編集者も、大阪にいらっしゃる。
神戸へは、大きめの旅に出る感じ。
旅先で、遠くから、スイセイのことを感じたい。

朝ごはんの支度をしていたら、バタンとドアが閉まる音がして、赤いヤッケのフードをかぶったびしょぬれのスイセイが立っていた。小学生の子どもみたいな顔をして。
玄関の階段の雪かきをしていたそう。
階段の雪かきは、すべらずに歩きやすくするためだけど、本当は道路の雪かきもしたい。雪を溝がある方の脇に寄せ、溶けて水になったときの道すじを作って、側溝に無理なく流れるようにしたいんだそう。
それは、砂場遊びにも似ていて、大好きな作業なんだそう。
本当は「気ぬけごはん」をやらなければならないのだけど、私は今日、ずっと日記を書いていた。
3時を過ぎたころ、青空が出てきた。
あちこちやけに眩しく、雪解けのぼしゃぼしゃ音は、まるで春がきたみたい。
今日は1日の間に、真冬から春までぜんぶ揃ったような日だったな。
夜ごはんは、たらこと白菜のスパゲティーの予定。

●2016年1月17日(日)晴れのち曇り

朝、洗濯ものを干していたら、ずいぶんと長い飛行機雲が出ていた。
竜だ! と思いながら見上げると、新しくもうひとすじ、白煙をまっすぐに吐きながら、青い空をどこまでもどこまでも伸びてゆく。
先っぽには小さな飛行機。羽を広げ、角ばったところまでくっきりと光って、空を切り開くように、気持ちいいくらいに、ぐんぐん伸びる。
ベランダの柵に体をのけぞらせ、仰いだ。
2頭並んだ白竜は空に横たわったまま、よく見るとふわーっと後ろに動いているのだった。
飛行機雲って、同じところにとどまっているものとばかり思っていたけれど、流れているんだな。ほかの雲と同じように。
この1週間はあっという間で、日記が書けませんでした。
連休明けの13日には、神戸へ行った。
これからはじまる私の新しい暮らしの場所が、本当にそこでいいのかどうか、もういちど確かめに。
今年、私とスイセイは生活の場を別々にし、関係をみつめ直そうとしています。
吉祥寺の家をひき払い、スイセイは山の家へ、私は神戸へ。
12月のはじめに大阪の本屋さんでトークイベントがあった日、すでに私は物件の下見に行っていました。
みつけたのは、急な坂道の上にそびえ立つ7階建てのマンション。
マンションというより、古くて頑丈なロシアのホテルみたいな建物。
北側は六甲の山に抱かれ、南の窓いっぱいに、海と空が半分ずつ見える。
建物の脇道を上ってゆくと、森につながる入り口があった。
13日は駅からの急坂を歩いて上り、途中の神社でお参りをし、森の中にも入ってみた。
森には人ひとりが通れるくらいの山道があり、しばらく上っていったら、奥の方に赤い岩を伝って流れる小さな滝と泉が隠れていた。
木の根っこを伝って斜面を下り、赤い岩のふところに座って、泉の水を飲んだ。
冷たくてほのかに甘みもあるような、とてもおいしい水だった。
慣れ親しんだ場所を離れ、友だちからも離れ、新しい土地にひとりで飛び込むのは、たまらなく心細くもあるけれど、私の心はずいぶん落ち着いてきているみたい。
前みたいに、地肌に貼ったガムテープを無理やりはがされるような、ひりつく痛みはなくなった。
きっともう、前に進むしかないんだと分かっているんだと思う。
神戸から帰って、歯医者へも行った。
具合の悪いところを少しずつ直し、仕事の整理や準備もして、これからゆっくりゆっくり動き出そうと思います。
お昼ごはんの支度をしていて、曇ってきたので洗濯ものを取り込もうとしたら、大家さんのレモンの木にメジロが1羽遊びにきていた。
若草色をした、まるっこい体のかわいらしい小鳥。
柿の木にはシジュウカラ。チイチイチイとちっちゃな声で鳴いていた。
さて、今日から「気ぬけごはん」を書きはじめよう。
あとで図書館へ行って、また絵本を借りてきたら、『まる子』と『サザエさん』だ。
夜ごはんは、鯖のみそ煮(焼きねぎ添え)、白菜と豚こまの薄味煮、落とし卵とねぎのみそ汁、広島菜、白いご飯。
長ねぎがとてもおいしいな。今の時季、白いところも緑のところも、みっちりと漲ってみずみずしい。
お昼ごはんを釜揚げうどんにしたら、「ねぎがおいしいのう」と言って、めずらしくスイセイが生のままつまんでいたくらい。

●2016年1月9日(土)快晴

布団を干すとき、どんぐりの枝が揺れているなと思って下をのぞいてみたら、大家さんが木にハシゴをかけているところだった。
すぐに私に気がついて、「ご迷惑をおかけしているから、少し枝を落とそうと思って」とおっしゃった。
いやいや、私のところはまったく迷惑などかかっていない。窓から見えるどんぐりの濃い緑は、小さな林みたいでありがたかった。
でも、2階の家族はきっと、日影になってしまうんだろうな。
それにしても、ピッカピカのいいお天気。
1本だけある公園の緑の木の葉っぱが、今日もまたビンの底みたいに、むくげの花みたいに、光っている。
あちこちが眩しく、いきいきとして見えるということは、私の風邪は治ってきているんだな。
ゆうべも咳とタンが出たけれど、これまでとは違う表面的な感じ。
前は、気管の深いところが病んでいて、そこからこみ上げるように出ている感じがしていた。
さて、今日は皮膚科へ行ってこよう。
最近背中に、湿疹のようなかぶれのようなのができてしまったので。
そしてまた、歯医者さんにも行くタイミングをはかっている。
先週、歯磨きをしていたら、奥歯の被せものがはずれてしまったので。
だめになるときには、いっぺんにあちこち悪くなる。
ひとつひとつ、悪いところを治していって、去年の暮れにできなかったことも、これからひとつひとつやってゆこう。
なんだか私は、風邪をひく前よりも、うんと元気になっている。力が漲っているような気がする。
夕方、お米屋さんが配達にきてくださった。
『実用の料理 ごはん』に載っている料理はすべて、このお米屋さんのお米を使ったので、おじさんに1冊プレゼントしようとずっと思っていたのだった。
そんな話をしながら、「よろしかったら……」と言って手渡すと、おじさんはにこにことして、とても嬉しそうな顔になった。
胸のあたりから、喉を通って、わーっと上にのぼってきて、顔に到達したおじさんの心。本当に喜んでくださっている心が、目に見えるようだった。
だから私も、すごく嬉しかった。
「クウクウ」時代からずーっと、お世話になっているお米屋さん。もう、20年以上のおつきあいになる。
注文をするといつも、精米したてを持ってきてくださって、「今日は少しあったかでしたね」とか、「風が少し強いですね」とか、ひとことだけ挨拶するけれど、あんまりこちらを見たりしないおじさん。
そうそうこの間、神戸の本屋さんのトークショーに参加してくださった若者が、『実用の料理 ごはん』の中から炊き込みごはんを作って、感想メールを送ってくれました。
男の子が私のレシピをこんなふうに愛用してくださっているのがとても嬉しかったので、ここに少し引用させていただきます。
ーーこんにちは。神戸芦屋のジュンク堂で開かれたトークイベントに参加させていただいた者です。(中略)あの後、『『実用の料理 ごはん』からいくつか作って感想をお伝えしようと思っていました。ところが、最初に「焼きかぼちゃごはん」を作ったところ、あまりにもおいしくて三回も立て続けに作ってしまい、ようやく一昨日「鶏とさつまいものエスニックごはん」を作り、まだ二品にとどまっています。
「焼きかぼちゃごはん」を食べたとき、普段は煮たり焼いたりしているかぼちゃはこんなに甘かったんだなと改めて思いました。栗ごはんを食べたときのように甘く感じました。「ああ、ごはんっておいしいなあ」としみじみ思いながら幸せな気持ちでいただきました。
「鶏とさつまいものエスニックごはん」もとてもおいしかったです。最初は味の予想がつきませんでしたが、さつまいもがとても合っていて辛いケチャップもアクセントになっていて、ぱくぱく食べてしまいました。まだあと1食分残っているので、今夜もいただきます。
ーー
夜ごはんは、鮭のみそ漬け、菜の花のおひたし2種(だし汁、薄口しょうゆ&だし汁、ねり辛子、薄口しょうゆ)、しらたきの炒り煮(豚バラ入り、山椒)、静紫の浅漬け(高倉屋さんにいただいた)、数の子、黒豆煮、豆腐とねぎのみそ汁、白いご飯(精米したての)。

●2016年1月8日(金)晴れ

ゆうべはほとんど咳もなく、よく眠れた。
朝、9時までぐっすりだった。
でも、起きて新聞を読んでいるときに、咳とタンがびっくりするほど出た。
これまでは夜だけだった。
夜でなく、昼間に出るというのは、治ってきているということ?
分からない。
薬が今日でおしまいだし、明日から連休に入るから、やっぱりあとで病院に行って薬だけもらってこよう。
布団を干すときに見たら、大家さんのどんぐりの木は、すっかり葉が落ちてまっ裸になっていた。
ついこの間まで、わずかながらも茶色い枯れ葉がついていたのに。
私はずっと、外を眺めていなかったのだな。
若い枝が、ほうきを逆さにしたみたいに空を差している。
幹やほかの枝とは色が違うし、細いので、若い枝だとわかる。
去年かおととし、大家さんがずいぶん剪定していたから、そこから出てきた新しい枝だ。
その枝からさらに枝分かれした細い枝には、小さな芽が出てきている。
春になったら、これが葉っぱになるんだろうか。
空には飛行機雲がひとすじ、すーーっと真っすぐに、どこまでも伸びている。
ようやくきのうで、仕事部屋の片づけが終わった。
そういえば今思うと、片づけをしながら埃を吸い込んで、私はちょっと咳き込んだりしていた。
埃って、弱っている喉にとってはばい菌なんだろうか。
スイセイはおとついあたりから冬服になった(いつものオレンジのジャージの上に黒いダウンベスト)。
さっき、プリントをしにいったら、何かの図面を描いていた。何を作るんだろう。
さあ私は今日、もしかしたら作りはじめるかもしれない次の料理本について、ぼんやりと考える日にしよう。病院の受付時間がくるまで。
今日が、私の仕事はじめだ。
夜ごはんは、ハム(お正月の残り)と白菜のクリームスパゲティー(半端に残っていた三浦大根と、アムにもらった百合根もゆでて加えた。生クリーム、ドライバジル、パセリ)。

●2016年1月5日(火)晴れ

あけまして、おめでとうございます。  今年の私は、寝正月。
昼間はわりと元気なのだけど、夜、布団に入ると咳が止まらず、気管が狭くなるような感じもあり、苦しくて眠れない。
おかしいなあと思ってきのう病院へ行ったら、気管支炎だそう。
そんなわけで、しばらく日記が書けませんでした。
そもそも、風邪のひきはじめは去年の暮れの29日。
熱はすぐに下がったのだけど、2日にシミズタのところの新年会に行って、こじらせてしまったみたい。
北海道から遊びに来ていたアムとカトキチにも会えたし、シミズタとケイスケがこしらえたおいしいごちそうやチーズもいっぱいいただいて、ワインをちびちび飲んで。
シミズタんちは庭つきの一軒家で、あちこちに手作りの工夫がされた、本当に居心地のいい家だった。
陽当たりもいいので、昼間は明るい光がこたつの部屋まで差し込んで、夕方に移り変わるにつれ、オレンジがかった木漏れ日が壁に映って、ちらちらしていた。
ずーっと、とても楽しかったのだけど、途中でまたスイセイを怒らせてしまった。
木皿さんのドラマがあったので、スイセイをおいて私だけはじめから先に帰るつもりだったのだけど、けっきょくずいぶん遅くなってしまい、テレビをつけたら『富士ファミリー』はすでに終わっていた。
ガーン。
しおりちゃんが作ったおはぎ、見たかったのに。
去年の暮れから今年にかけ、私は本当にだめだめだ。
スイセイにも申しわけない。
きのうは、薬を飲んで寝たり起きたりしながら、読売新聞の読書コラムをずーっと書いていた。
今日は朝からきのうの続き。仕上げをして、さっき送ったところ。
あちこち掃除機をかけ、雑巾がけ。なんと大晦日ぶり。
少しずつ、前へ進もう。
読売新聞の担当の編集者さんは今、ストックホルムに出張してらっしゃるのだけど、すぐにお返事をくださり、とても喜んでくださった。
ご指摘のところを少しだけ直し、お戻しした。
ああ、よかった。
明日から、『ロシア日記』の続きも書きはじめようかな。
夜ごはんは、数の子、黒豆(薄甘く煮た)、大根ときゅうりの塩もみサラダ(青じそ)ズワイガニ、磯部巻き(私だけチーズも一緒に巻いた)

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