2003年6月上

●2003年6月10日(火)晴れ、だったと思う(寝ていたので分からない)

昨日の撮影は、けっきょく6時までかかった。
けれど、おかげさまで苦しんでいた原稿を書き上げたし、次の原稿にもとりかかることができました。
向こうで撮影していている音がなんとなく聞こえ、限られた時間の中、私は書斎にこもっていて、っていうのがどこか緊張感があって良かったみたい。
なんか、事務所でお仕事っていう感じ。
そして、8時ごろからスイセイとハモニカキッチンで飲む。
ご機嫌で12時くらいにさっさと引き上げて来ました。が、急にクウクウの皆の顔が見たくなったもんだから、けっきょくクウクウで朝まで飲んでしまった。
というわけで、今日はひさびさにハードな二日酔い。
落ちてゆくように、ずっと寝ていました。
3時くらいにいちど起きて、サッポロ一番味噌ラーメンを食べ、またひたすら寝込む私。
まだまだ眠れるけれど、夜の8時半にやっとこさ起きました。
どこか砂漠のような所を旅していて、りんごジュースが宿の冷蔵庫にあるんだけど、宿になかなかたどり着けないという夢を見ていたんです。
夢の中で、のどから手が出そうにすごーく飲みたかった。
実はこのあいだ、アシスタントの由美ちゃんからりんごジュースをもらったんです。
長野で作っている、100パーセントのりんごジュースだ。
由美ちゃんのお母さんが、「あんたの大事な人たちにあげなさい」と言って、たくさん送ってきたそうです。
ありがてぇー!!と思いながら、氷を入れてゴクゴクと飲む、そのおいしさよ。
スイセイの部屋からも、カラカラと氷の涼しい音がしていた。
夜ごはんは、チキンソテーとレタスのサラダ、納豆、かぼちゃの味噌汁、玄米。
私は食欲なく、納豆ごはんだけ。スイセイがぜんぶ食べてくれました。
まだ11時だけど、明日また早いので、もう寝ることにします。

●2003年6月9日(月)ぼんやりした曇り

今日が本の入校なので、早起きしてもういちどぐっと原稿を見直す。
10時半にバイク便のおにいさんが受け取りに来てくれました。
バイク便のにいさんて、いつもなんか泣ける。
何かおいしいものを作って持たしてやりたくなる。カツ丼弁当とか。
「よろしくお願いします・・・」と言う時に、「道中、くれぐれも車にお気をつけて。そんなに急いで走らなくてもいいからね」と、言うと変だから言わないが、心の中でつぶやいている私だ。
さて、12時からは収納の撮影とインタビュー。
4ページなので、けっこうたくさんの写真を撮っていらっしゃる。
実は今も撮影中なんですが、私が入らなくてもいいカットの写真の時は、パソコンの前で自分の仕事をさせてもらっているんです。
新潟の紀行文も、おかげさまでさっき書き上げました。
ふふっ。これさえ終われば私はちょっと自由さ。
といっても休日は明日だけなんですけど、ちょっと飲んじゃおうかなー今日は、と思っています。

●2003年6月8日(日)快晴、夏のよう

2組の教室。暑いくらいのいい天気。
先週のクラスは、パンの発酵をストーブでやったが、今日は窓際でも充分ふくらんだ。
めきめきと自然界が移り変わっていておどろく。杏の実は、こないだまで梅の実ですか?とよく聞かれたが、今はまさに杏色になっている。
教室の季節ものは梅酒を漬けました。
皆が帰ってしばらくしたら、氷砂糖が溶け出して、青梅とのコントラストがめちゃくちゃきれい。去年もこれに感動したのだった。
夕方、買い物から帰って来る時、下の階からオムライスの匂いがした。小学生の男の子とお母さんがふたりで暮らしているんです。くー、食べたい! 夜ごはんは、時鮭、蕪の塩もみ、蕪の葉と豚肉(教室の残り)の炒め物、ゴーヤとソーセージのオムレツ、じゃが芋の味噌汁、玄米。
蕪がやけにおいしかった。葉もふさふさと元気だったし、大きな蕪だったので買ったのだ。なんか、みずみずしくてふわふわしていた。
今夜もまた、ごはんを食べながら猛烈な眠気が。
夜になってりうが来た。スイセイはなんとなしに華やいで、うれしそうでした。
私も、なんだかんだと持って帰るものを用意したりして、実家の母親状態になっていた。

●2003年6月7日(土)明るい曇り

12時から撮影。
ゆっくり茹でた新じゃがのおいしさに感激しながら、ポテトサラダをいろいろ作りました。4時半には終わり、ふーっと一服して、5時からはラジオの打ちあわせ、かと思いきいや、収録の本番でした。けっこうべらべら喋ってしまった。
夕方の気持ち良い風が入ってきて、鳥たちの声もするし、豆腐屋さんのプーーーーも、今日はやけに長く伸びていた。
6時に終わり、おいしい魚屋さんへ。
自転車をこぎながら、うなぎのいい匂いがどこかの家からしてきたので、ついうなぎの蒲焼きを買う。甘エビと平目のお刺し身も。
教室の子たちからメールが届くのがすごく嬉しい。
「先生、らっきょうを漬けましたよ」「朝からクッキーを作っています」「私は今料理が楽しくてたまりません」なんていうのを読むと、ぐっと泣けてくる。
あー、やっぱり教室始めてよかった。
夜ごはんはうなぎの蒲焼き、お刺し身、焼き茄子、ゆでもやしのからし和え、新じゃがの味噌汁、玄米。ごはんを食べながら、寝てしまいそうだった。

●2003年6月6日(金)快晴、ぼんやりと暑い

9時には起きて風呂に入り、今日もまた原稿書き。
夕方からボロットさんのライブに行くので、明日の撮影用の仕入れをしたりしながら、ひたすらパソコンに向かう。
書けないんです・・。
夕顔はどんどん大きくなってゆくし、追いつかない私の忙しさよ。

●2003年6月5日(木)快晴、蒸し暑い

ゆっくり寝てもいられずに、8時に起きてしまった。
朝から原稿書き。気が散ると洗濯をしたり、風呂に入ったりしながら。
ゆうべ帰って来たら、ファックスはたまっているし、郵便物はたまっているし、午後になったらたて続けに電話がかかってきた。くーっ、頭が爆発しそうだ。
ふと、風呂場の窓を開けると、杏の実がオレンジ色になりかかってる。
夕顔の苗は、双葉だったのがもう4枚で、背も伸びて太くなっている。
たった3日の新潟だったのに、あまりに楽しく濃い体験だったので、まるで浦島太郎状態の私だ。
原稿を書いていてもあまりに頭がいっぱいなので、たまらなくなって夕方昼寝をしていたら、すぐに電話でまた起こされ、もう起きてしまうことにした。
お土産のミズをゆでて生姜醤油であえたり、山に生えていたミョウガを刻んだり、浅葱の根のらっきょうみたいなのに味噌をつけてスイセイに食べさせているうちに、飲みや「たかやま」みたいになってきた。
キッチンの入り口に座り込み、椅子をカウンター代わりにして、スイセイが飲み初めてしまったんです。おいしい日本酒もあけ、チビチビとやりながら、私はつまみを次々作り、お互いいろいろ報告し合う。そのうちに、私も飲み始めてしまった。
いくら忙しくて、やらなければならないことが山詰みでも、泥のついたお土産は帰ってすぐに料理するとか、めずらしいものを拵えてスイセイに食べさせるとか、そういうことができなくなったら、私は料理家としておしまいだなと思う。
なーんてね。
けど、しゃれになんないほど締め切りをたくさん抱えているんです。だいじょうぶなんだろうか私は・・。
それにしても麩の味噌汁がおいしかった。昨日、取材した麩やさんでいただいた焼きたての麩で、まだやわらかいんです。

●2003年6月4日(水)新潟は晴れ

新潟の3日目。
丹治君にモーニングコールをお願いしてたんだけど、ひとりでさくさく起きました。
6時50分にホールに集合して、魚市場へ。
そして、アイガモ農法の平沢さんの田んぼに向かい、話を聞く。
その後も、あちこち廻ってたくさん取材をした。
100年以上も続けている、村の主婦たちのバテンレース。
城下町の14代も続く飴やさん。14代っていったら、浮世絵の頃ではないですか。
その頃と同じ飴を、ほとんど同じ製法で今も作り続けているんですって。
そして、一家総出(じいさん、息子とその嫁、孫とその嫁)の手作業で作り続けている、古いたたずまいの麩やさん。
麩やさんのことは、こんど何かにまとまった話を書こうと思います。
お会いした皆さん、こつこつと、ていねいに生きてきた人たちは、見ているだけでほんとうに感動しました。
てなわけで、すんごいハードな取材はすべて終わり、夕方の新幹線で東京へ。
ずっといっしょに濃密を過ごしたスタッフたちと、東京に着いたら「軽く打ち上げしましょう」という丹治君の提案もありましたが、私もどっぷり疲れているし、皆もかなり疲れてらっしゃる筈なので、爽やかに手をふって帰ってきました。
帰ってすぐに風呂に入り、お土産でいただいたおいしい飴を布団の中で食べながら寝た。

●2003年6月3日(火)新潟は晴れ

ゆうべは布団に入ったら、パタッと寝てしまった。
ひとりでこんな広い部屋で怖いかな?と思っている暇もなく。
6時に目が覚めてしまい、朝風呂へ。身支度して8時に朝ごはん。
今日の取材のひとつめは、美人林というところだった。
いかにも観光地みたいでいやだなーと思っていたら、またこれがすごく楽しかったんです。佐藤さんという森の番人みたいなおじさんが、林の中を歩きながらいろいろ話を聞かせてくれた。虫博士の永野君という男の子も、小学校の同級生が私にいろいろ教えてくれるみたいで可愛らしかった。カエルの名前とか、とんぼの名前とかね。
スタッフの三田さんやカメラマンの尾形さんも、「どこどこ、トノサマガエルの卵ってどこにあんの?」とか言っちゃって、少年みたいになっていた。
お昼ご飯は、農家の民宿でした。
ここでいろんな山菜を食べ、現物を見せてもらい、厨房まで見せていただきました。
ゆうべの旅館の料理は豪華だったけれど、ちょっと味が濃かったり、甘かったりしたから、ほんとうの山菜の味が分からなかったが、ここの山菜料理はどれも薄味で、素材の味がちゃんとして、ほんとうにおいしかった。
ご夫婦も従業員の女の人も、私のテレビを見てくださっていて、色紙にサインなんかもしちゃいました。
そして次は酒づくりの街へ。ハイ、もちろん日本酒の試飲もしましたよ。
吉川高校という高校の中にある、醸造科の生徒を取材したのがすごくおもしろかった。
杜氏を目指す男子生徒3人が、恥ずかしがりながらもちゃんと質問に答えてくれました。
中のひとりが、「自分は、中学校の時テレビを見て、杜氏になろうと決めました」とはっきり答えていた。取材用の喋り方なんかではぜんぜんなくて、素朴で純粋に。なんか、衿を正すような声と言い方でした。
彼らが実習で作ったという「若泉」というお酒、飲んでみたかったです。
そして三田さんの運転のおかげで、海岸の街についた時、ちょうど夕日が沈むところでした。でっかい夕日をバックに、ここでもまた写真撮影。
ホテルでは、とったばかりの魚のお刺し身や魚料理三昧で、最後には寿司まで出てきた。
日本酒もいろんなのを飲ませてもらい、そのまま男部屋に引っ越して、スタッフたちと飲みに入りました。
皆くたびれているのに飲むもんだから、やたらハイテンションで、かなり濃い話が飛び交い、けど、明日もまた6時起きだしという瀬戸際で、私も調子にのってべらべら喋りまくりました。
夜中の女湯は、なんだか怖かった。部屋に入ってひとりで寝るのも、淋しくて怖かった。
そう、この2日間でもって、私はスタッフの人たちを大好きになっちゃったみたいなんです。

●2003年6月2日(月)

めちゃくちゃ早起き。なんと6時でした。
11時前には新潟の越後野沢の駅に到着。朝から何も食べてなかったので、丹治君とふたりでこっそり売店の「切り干し大根のお焼き」を食べる。ほかほかでおいしかったー。
しかし、レンタカーで最初に連れて行かれたのは、十日街という所のおいしいお蕎麦やさんでした。へぎそばという大きなせいろには、波を打つようにたっぷりのお蕎麦、そして、舞茸や山菜のおいしい天ぷら。くー、お焼きなど食べるんではなかった・・。
丹治君なんか、「小食ですねー、どうやって生きてるんですか?」なんて、カメラマンににいじめられていた。
ふきの天ぷらもおいしかったが、「こしあぶら」という山菜の天ぷらがめずらしく、とてもおいしかった。舞茸も、東京で売ってるような華奢なもんでなく、むっちりと肉厚で、超おいしかった。
さて、今日のまず最初の取材は、「2部式」という着物を縫っている女の人たちの工房。
古い着物を着やすいように分解して、平たく言えばブラウスとスカートみたいに分け、お太鼓が縫い付けられた帯と、肌襦袢も分解式で、袖がビリッとはずれたり、衿もビリッとはずれたりするのを見学した。
というか、モデル役の奇麗な女の人が、目の前でどんどん脱いでいって、肌襦袢まで脱いでしまったのには驚いた。もちろん下にはキャミソールみたいなのも着ていらしたし、スラックスも履いていたけれど、いきなり露な肌が出てきたんです。
女は私と地元ライターの剣持さんだけで、あとは皆男のスタッフばかりだったから、ひょえーっと私は心配になった。
次に行ったのは、「きはだや」さんという織物の工房というか、見学に来る人が体験もできるようになっている所。古い民家をそのまま工房にしている。
まず、その建物の古さに驚きました。築160年ですって。冬は雪が3メートルも積もって相当寒いと聞いたけど、家の中の天井が高い感じや、太い木の柱や、さりげなく磨き上げられて、そこに暮らす人が家を愛していることが伝わってくる。
とても居心地が良く、家に守られている感じ。
もしも家の神様というのがほんとうにいるのだとしたら、間違いなくここの家にはいるなーっていう感じでした。
調子にのってというかのせられて、私は機織りまでやらせてもらいました。
わっ、ぜんぶ書いていくとたいへんなことになるので、ちょっとはしょります。
とにかく、行くとこ行くとこあちこちで写真をパシャパシャ撮られた私。
そして、今日だけですでに10人以上の人々(スタッフも入れて)に会い、話を聞いてはいちいちディープしてしまうので、楽しいんだけどけっこう疲れたかも。
日が暮れる頃、やっと今夜の宿の松之山温泉に着きました。
温泉に入り、豪華なご飯を食べながら軽く飲んでいると、棚田の写真を撮っていらっしゃる公務員の人がやってきた。どうやらスライド上映会をやるらしい。
明日、実物の棚田を見るんだし、もう飲み始めてるんだから、あんまり見たくないな・・と、ほんと言うとその人に会うまでは思っていたんですね私は。
けど、その30分後には、めちゃくちゃ感動して、いい気持ちになって、酔っぱらっている私でした。
野沢さんというそのおじさんは、ふだんは区役所の課長さんなんだけど、早起きして田園風景を少しづつ撮りためてきたんですって。もう20年近くになるんだけど、こつこつと撮ってきた写真は、プロ顔負けのというか、純粋にすばらしかった。
今まで私は写真について何も分かってなかったなーと、気がつきました。
写真というのは、写す人の思いがすっかり写り込んでいるものなんだ。
スライドを見ながら、おいしい日本酒を飲みながら、私には見えてきたんです。
雪の中、朝陽が登る前、そして夕方の田んぼのあぜ道で、じっとシャッターチャンスを狙って一心にかまえている野沢さんの背中が。
私は、こつこつという言葉に弱い。
七三分けの眼鏡の、余計なことはいっさい話さない野沢さんを見ていると、こつこつ、こつこつ、という言葉で頭の中がいっぱいになりました。
夜中にひとりで温泉に浸かりながら、めちゃくちゃ酔っぱらっているんだけど、野沢さんのせいでぜんぜん眠くないし、頭の中にいっぱい詰め込まれた景色のようなものが、パタパタとずっと、めくるめく感じで回っていました。スライドみたいに。

●2003年6月1日(日)雨が降りそうな曇り、のち晴れ

1時から教室。
今日は丸パンを焼きました。オートミール入りのと、ライ麦入りのを2種。
そして、はちみつとバターとシナモン、コーカサス風、ベトナム風のトッピング3パターン。パン生地をねる時に、「生地と自分がひとつになるような感じでやるといいですよ」とひとこと言ったら、とつぜん皆が上手くなって驚く。
余分な力がぬけて、すーっと体ごとで流れるような動きになった。リズミカルで見ていて安心感があり、ほれぼれする美しさだ。
皆、家で餃子を作ったらしいのだが、皮がやわらかくて、重ねておいたらくっついてしまったという生徒さんが2人いた。
湯を加えて生地をまとめる時に、なかなかまとまらないので不安になって、つい湯を追加してしまうかららしい。うーん、分かるなぁその気持ち。
しかし、これから餃子を作ろうと思っている人は、湯と粉の分量を、私のレシピにとにかく忠実にやってみてください。湯が少ないかな?と思っても、必ずまとまります。
そういうことを、本に書きたかったな。
失敗例を聞いて、作り方のコツがどんどん出てくるのです。
らっきょうの直漬けもやった。直漬けというのは、塩漬けにしないでピクルスみたいに熱した漬け汁を上からかけるというもの。
教室が終わってから、さーっと晴れ間が出てきた。
買い物に行って帰って来る時、まっすぐな道のずっと遠くの緑がはっきりと見渡せた。
しかもただの緑ではなく、若緑の木や、濃い緑の木が立っているのが分かる。空は洗ったばっかりみたいな水色だ。台風のせいで、空気がきれいになったのだろうか。
夜ごはんは、ヨーグルト入りの炊込みご飯を試作する予定。
豚肉と枝豆とクミンシードの入った中近東風だ。
あとは、じゃが芋の千切りのシャキシャキサラダ。これも試作。
明日は朝早く出発(新潟へ取材旅行)なので、早めに風呂に入ってウルルンを見て寝ることにします。



日々ごはんへ めにうへ