2002年8月中

●2002年8月20日(火)

ゆうべは朝の5時に寝たのだが、パカパカして(家の母が眠れない時の表現でよく言っていた)8時には起きてしまった。おととい煙草の吸いすぎで、咳が出て、その咳で起きてしまう感じだった。
これしきのことで忙しいなんて言ったら申し訳ないが、私にはこの2週間というもの、頭からはみ出るくらいのスケジュールなので、昨夜は、やるべきことを箇条書きにしてカレンダーに書き込んだ。それでやっと安心して寝ようと思ったのに、咳で眠れなかったというわけだ。たぶん私は興奮してもいるのだと思う。
夕方から、また本のメンバーと打ち合わせ。クウクウでごはんを食べながら。10時半には終わったが、私はもう1件はしごしたいのをぐっとこらえて帰って来た。この咳を、テレビの収録までに完治させておかないと。これからの2週間を無事に過ごして、やっと本の撮影に入るのだ。楽しみで楽しみで、もう、早く、やりたいという気持ちが溢れてきて、そわそわしているのです、今も。
夜中に本を読んでいたら小腹が空いてきたので、リガトーニをゆでながら玉ねぎといんげんと豚肉を炒めていた。クリームチーズを加えたところで、今日はデートで彼氏と晩ご飯を食べてきたはずのりうが、鼻をクンクンさせて台所にやって来た。けっきょく皆小腹が空いていたらしく、スイセイも呼んで夜食タイムとなった。

●2002年8月19日(月)

みどりちゃんから電話で、おとといのことの余韻をお互い報告し合う。
今日は充電の日だ。テレビのレシピや次の撮影の準備など、今までパソコンでやっていたが、段落がついたのでまたひと眠りしようと思う。

●2002年8月18日(日)

クウクウの日。ひとつひとつ丁寧に料理を作った。
二日酔いの時って、なんか優しい気持ちになってしまうな。気持ちも体もダメージがきて、自分が弱っているせいだろうか。野菜にも肉にもやたら愛情が沸く。そしていっしょに働いている皆のことが大好きで、ひとりずつキスをしたくなるほどだ。きっと私はニターッとした顔をして働いていたことだろう。

●2002年8月17日(土)

本のスタッフ8人が全員集まって、家でご飯会。
夕方6時に集合して軽く打ち合わせをし、ワインなど飲み始め、じゃが芋のお焼き、平パンのハーブ包みのコーカサス風と、平パンの豚肉や香菜やネギを包んだ中華バージョン、上海ゆで餃子、焼き野菜、などを作った。途中からスイセイとりうも参加して、泡盛になって焼酎までいった時は、もう朝の6時でした。
本を作り始める前に、こんだけ飲んでなんだかんだ意見を交換し合ったのは初めてだった。私は興奮ぎみで、飲みすぎで、皆が帰ってから吐きました。

●2002年8月16日(金)

朝から電話が何度も鳴ったが、そのたんびにもそもそと電話に出て、またすぐに布団にもどり、夢の続きをみる。その繰り返し。陽に焼けてプールで泳いだ後のような、ぐったりとした眠気が体中に詰まって、いくら寝てもぜんぜん抜けていかない感じだった。そして夢は、誰かに追われて殺されそうになるような、ちょっとばかしスケベな要素もあるSF超大作だった。
最後の電話はTBSからだったので、話しているうちにどんどん起こされてしまった。収録が来週中なので、今日のうちに打ち合わせをすることに。夕方から2本打ち合わせが入っているので、ついでにやってしまおうという魂胆だ。
それにしても、これを書いている今でもまだ眠たい。

●2002年8月15日(木)

ゆうべは、朝の6時まで兄夫婦と飲んでしまった。
午後に起きて墓まいりに行き、そのままスイセイとてくてく散歩した。近所なのに、テリトリー外で子供の頃にも行ったことのないような所も歩いた。ソーダ味のアイスを食べながら、サンダルでてこてこ歩いてゆく。
そして夕方の新幹線で、ぐったりと帰って来た。
夜ごはんは、りうに鮭ごはんの作り方を教えながら、はまぐりの潮汁を作る。
米を研いで炊飯器に入れ、酒、ナンプラー、薄口しょうゆ、塩、ごま油を加えた普通の水加減の上に、だし昆布と塩鮭をのっけて炊くというもの。味つけをごく薄く、白っぽくするのがコツだ。炊き上がってから鮭の身をほぐして骨を取り除き、 大葉を加えてさっくり混ぜる。夜中の1時に家族3人で食べました。

●2002年8月14日(水)

田舎へ帰郷。小田急ロマンスカーに乗って小田原で乗り換え、吉原駅へ。新幹線だと景色があまり良くないし、あっという間に着いてしまうので。東海道線で海沿いを通る時の景色をスイセイに見せてあげたかったのです。ねぶ川駅(真鶴のひとつ前)のあたりは、海に向かってなだらかな坂になっていて、小さな家がかわいらしく並び、山もせまっている。「俺はここに住むどー」と、スイセイはかなり気に入っていた。海が近いっていいなあと、近頃とみに思います。朝でも夜でも、ちょっと散歩にって感じで海があったら、どんなにかすばらしいだろう。
夕方には吉原に着いた。富士山は残念ながら雲をかぶっていて、尾根のあたりしか見えない。なにやら今日は家族が集まって、相続のことなどを話し合うのだという。

●2002年8月13日(火)

鎌倉の材木座海岸で花火大会。
スイセイと少し早めに行って、赤澤さんおすすめのそば屋「こ寿々」へ。行ったら必ず頼みなとメモをもらっていた、わさび芋、鴨焼き、出し巻き卵とビールでまずは乾杯。そして辛み大根蕎麦と、スイセイはつけ芋蕎麦。おいしかったー大満足でした。店の人たちも全員が感じ良く、清潔で、風通しが良い感じ。
ビーチサンダルで、てろてろとその辺を散歩しながら浜に向かった。浜にはびっしりと人々が埋め尽くされていたが、海の家でアルバイトしている赤澤さんのおかげで、とってもスペシャルな席をとっておいてくださった。花火はすごかったー。フィナーレは、水上からと空からの同時大連発で、音もまたドカドカとハラワタに響いて、何が何やら、自分がどこにいるのかも分からなく、夢なのかもと一瞬思ったくらい。あちこちで叫び声が上がっては花火の音にかき消され、私もいっしょになって「うぉーーーっ!」と叫んだら自分がバカのようになり、つーっと涙がこぼれました。しかしこの世にこんな贅沢なことがあっても良いのだろうか。こんなにすごいものは、一生に一度で充分ですというのが感想だった。何度も見たら、感動が薄まってしまうような気持ちだ。
「こ寿々」名物の「わらび餅」をお土産で帰ったが、やわらかくとろとろで、品のある甘さ。とてもおいしかった。

●2002年8月12日(月)

図書館に行って5冊借りてきた。
この間から気になっている、「世界音痴」はもう借りられていたし、深沢七郎の本は一冊もなくて、うーん何を借りようかと思いながら、そういやばななさんの日記に南米文学でおもしろそうな人のことが書いてあったな、ジャみたいのがつく女の人の名前だったよなと、適当な気持ちで「精霊たちの家」というのを借りてきた。読みでがあっておもしろそうだったので。それでさっき、ばななさんの日記を確かめてみたら、イサベル・アジェンデでした。当たっていました。うっれしーい気持ちで、今読み始めたところ。
夕方、涼しいので扇風機を消してみた。消してもまだ涼しいので、久々にミルクティーをいれてみた。夏が終わるのは淋しいけれど、体は秋を待っているのか。
晩ご飯は、牛肉となすの炒め物、きゅうりの塩もみ、こんにゃくの炒り煮、ゴーヤの卵やき、油揚げとねぎの味噌汁、玄米。

●2002年8月11日(日)

ちょっと二日酔いのせいもあるとは思うが、バテバテって感じでエプロンを何度も締め直して気合いを入れ、がんばってクウクウで働きました。新井君も夏バテだそうで、ふたりして食欲ない感じ。
私は今日、皆がとてもしっかりとしていることを何度も感じました。ヤノ君に料理の出し方が早過ぎると、真面目な顔でがっちり注意されもした。シェフだからって、もう言うことが何もないなーと思う。それは皆が頼もしくて、嬉しい気持ちだ。そしてどうゆうわけか、男の子たちの顔が全員やたらカッコ良く見えた日でもあった。

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●2002年2月20日(水)

●2002年2月19日(火)

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