2003年12月下

●2003年12月31日(水)晴れ、やや寒い

朝帰りだったので、今日は2時までぐっすり寝、目が覚めてからもスイセイと布団の中でだらだらと過ごす。
昨夜の話などしながら。
そう、昨夜のクロージングパーティーはものすごかった。
そんな筈ではなかったのに、私はさいしょっからだらだらと泣いた。
もう私は1年前にクウクウを辞めたのだし、とっくに違う場所に心も体もいるつもりだったから、自分でもびっくりした。
14年の間に、スタッフたちは皆少しづつ、確実に歳をとり、大人になり、結婚して赤ん坊を産み、子供が大きくなって、そしてクウクウという店も歳をとり・・。
あ、今ちょっとうまく書けません。
昨夜はいろんなことがありすぎて、のどの上まで言葉が詰まっているのです。
なにしろ、出し物がすごかった。
皆、プロで大活躍しているというわけではなく、クウクウをやりながら音楽をやっていたりする子たちなんだけど、というか、プロはタカシ君と漣(高田)だけなんだけど。
昨夜のことは、これから正月にかけてゆっくり書きます。
さて、4時にどうにか起きた私は、あまりに目が腫れているので、帽子を目深にかぶって買い物に。
おいしい魚屋さんで、かずのこ、平目の刺し身、なまこを買う。
スイセイが掃除機をかけてくれるというので、私はおせちの準備だ。
かずのこを薄い塩水に漬け、大量のだし汁をとり、かぶを塩でもみ、今は八つ頭とにんじんを煮含めているところ。
今夜はりうが来るので、なんとなしにスイセイも私もいそいそしている。
りうは忙しいから、今年は夫婦ふたりで年明けのつもりだったのです。
夜ごはんは紅白を見ながら、八つ頭と人参の煮物、ハムと大根と青じその重ねたの、わかめのねぎ醤油、かぶの塩もみ、れんこんのナンプラー炒め。
「浪花節だよ〜女の、女の〜人生は〜〜」と、りうとスイセイが細川たかしに合わせ、コブシをきかせ歌っていた。
そして、すばらしく歌い上げた歌手には、惜しみない拍手を送る3人だ。
行く年来る年が始まり、蕎麦をゆでて食べる、いつもの我ら家族の年越しであった。
広島のかあちゃん(りうにとってはばあちゃん)に電話をして、明けましておめでとうの挨拶をするのも、毎年恒例。
ちよじが大阪に帰っているので、今夜はちよじの部屋でりうが寝る。

●2003年12月30日(火)晴れ

昨夜のクラムボンは、すごくいい感じだった。
ステージを組まずに、客席の真ん中に場所をしつらえて、郁子ちゃん、大介君、ミト君が円を描くように座って演奏した。
それを取り囲むようにしてお客さんが座る。
トイレに行きたい時には、歌っている最中でもなんでも我慢しないで行ってね。
とか、飲み物がなくなったら、いつでもどんどん注文してねとか。
お客さんのリラックスをとてもだいじにしたライブだった。
いつもクウクウでやるライブは、お客さんがお金を払って見に来てくださっているのだから、スタッフ側は黒子のように音をたてずに動きまわり、心を砕いたサービスをしなくてはと、緊張感バリバリでやっていた。
それだけがお客さんをもてなす唯一の方法だと、私は思い込んでいた。
こういうもてなし方もあるのだと、私はたいへん感心しました。
スタッフもお客さんも演奏者も、皆がリラックスして楽しんでいれば、その空間はぜったいに楽しいものになるにちがいないということ。
これは郁子ちゃんが身をもって教えてくれました。
郁子ちゃんの歌と声、そしてそういう場作りというものが、しっかり一致していた。
終わってからもちろん打ち上げをし、帰ってきたのが4時くらいだったので、今朝はぎりぎり2時までしっかり寝て起きました。
さて、今夜はついにクウクウのクロージングパーティーだ。
夕方から、爽やかに行って来ます。

●2003年12月29日(月)晴れ、風もなく暖かい

今これを書いている私の背中は、ポカポカと暖かい。
窓ごしに、すごく明るい陽が当たっているのだ。
昨夜は佐野洋子さんの「アカシアからたち麦畑」を読みながら寝た。
もう何度も繰り返して読んでいる本だ。
本を読んでいると、言葉を通じてその人の感触が私の中に入ってくるのが好き。
同時にそれが自分の感触になり、いろんなことを思い出す。
昨夜は、双子の兄のみっちゃんのことを思い出していた。
私たちは子供時代、恋人みたいに仲が良かった。
親に内緒で屋根の上に登り、お菓子を食べたり、鏡で光を反射させたりしてよく遊んだ。
自分を押さえこみ、人生は辛抱だとつぶやくみっちゃんの生き方には大反対の私だが、みっちゃんを思い出すと、胸が苦しくなるのだもの。
生き物として、私たちは体を分け合っている感じがするのです。
たぶん、世界でいちばん好きな人間をひとりだけ挙げろと言われたら、私は今でもみっちゃんと言うだろう。困ったものだなあ。
さて、今日はクウクウで「クラムボン」のライブがある。
私は受付けをやるので、少し早めに出掛けよう。
郁子ちゃんにももちろん会えるし、しおりちゃんが和楽を連れて来るかもしれない。
また今夜も大好きな人々に会える幸せ。
出掛ける前に、おせちの支度をしておこう。
といっても、ぜんぜんちゃんとしたおせちではない。
昨日買ってきた牛肉を味噌漬けにするのと、塩豚を仕込むくらいだ。

●2003年12月28日(日)晴れ、寒い

たっぷり寝て起き、サッポロ一番の塩ラーメンを食べる。
スイセイは味噌ラーメンだ。
お酒を飲んだ翌朝は、インスタントラーメンにかぎる。
昨夜もまた楽しい夜でした。
「太陽」に行くと、いつも私はたいへん気持ち良く酔っぱらう。
そんなにたくさんは飲んでないと思うのだが、場所に酔うような感じ。
磁場みたいなもんがあるような感じなのだ。
それは、集まる人たちのせいもあるかもしれない。
昨夜私は、倫子ちゃんと、とても仲良くなれた気がする。
今でもまだ、倫子ちゃんの肌の感触や匂いが、自分についている。
なんだか分からないけれど、最初はふたりともすごくたくさん話をし合ったのだけど、どんどん酔っぱらってきて、とちゅうからはずっとべたべたひっついているだけだった。
耳のすぐ傍から倫子ちゃんのつぶやく声が聞こえ、私もそれにつぶやくようにして答えていた。腕をからませ合ったり、倫子ちゃんが私の頭を撫でてくれたりしながら。
自分を剥いて、また剥いて、自分自身の感じを確かめ、それを表し伝えることが私の仕事なのだと、倫子ちゃんといっしょにいて思いました。
そして、そういう仲間同志がここにいて、別の分野でそれぞれ頑張っているということに、とても私は励まされた。
倫子ちゃんとは、来年そうそうに取材旅行をご一緒する。
立花君にしても、有山君にしても、久家さんにしても、倫子ちゃんにしても、皆みどりちゃんが私に紹介してくれた。
「いいよー、この人。高山さんはきっと好きだと思うよ」と言って。
みどりちゃんはケチケチしない。いっつも誠心誠意、大盤ぶるまいだ。
昨夜私はみどりちゃんに、とても感謝の気持ちでいっぱいになった。
「私はね、人と人をつなげる役目なんだなと自分で思ってる」とみどりちゃんが言っていたが、それはコーディネートということだ。
みどりちゃんは、仕事だけでなく、生き方でもコーディネーターをやっていらっしゃる。
「シマノホホエミ」の長野さんにも、ここのところ立て続けにお会いして、そして昨夜ちょっとだけ近づけたような気がする。
特に話をしたわけではないけれど、アイコンタクトを何度かし合った。
動物同士みたいに。
そうそう、丹治君のところから出してくれる私の料理本だが、こんどは有山君にやってもらえることが決まった。
ずっと勃起していた相手に、やっとやらしてもらえることが公認になったっていう感じ。
ほんと嬉しいっす。
今日は、時間がたらたらと過ぎ、夕方スイセイと正月用の買い物に行った。
おもちも届いたし、椿の蕾がついたひと枝も、買い物の帰り道の垣根で手折った。
葉っぱつきのみかんも買って、小さい鏡もちの上に飾りました。
夜ごはんは、白いごはんを炊いて鮭茶漬け、湯豆腐、もずく酢、レタスとハムのサラダ。
9時からウルルンスペシャルを見て泣き、情熱大陸でも泣いた。
スイセイは私と倫子ちゃんについて、「あんたらおもしろいの。なんかの、布同志みたいな感じじゃの」と言っていた。

●2003年12月27日(土)晴れ、風が冷たい

すごく晴れている。
そして、ぽっかりとした雲。
「すごいですよねー。冬の雲じゃないですよねーこれは」と、赤澤さん。
「海辺の雲みたい」と、丹治君。
これが今日の打ちあわせの第一声でした。
じつは、この「日々ごはん」が本になるので、その打ちあわせなのです。
丹治君が頑張ってプリントアウトしてくれた原稿も、今日持ってきてくれました。
なにしろその量に驚いた。
2年分の日記で、プリントアウトに3時間もかかったんだそうだ。
どうもすみません。
ぶっ通しで働いてくれたアノニマの印刷機にも、感謝の気持ちです。
そして、まだここには書けませんが、ブックデザインについて、とてもおもしろいことになりそう。
もう1冊、来年から始める本の企画もすんばらしい展開に。
うー、私は腹の底をぎゅっと締めてがんばろう。
さて、今日で今年の表向きの仕事は終わりました。
夕方から、「くうねる」の忘年会で太陽に行ってきまーす。

●2003年12月26日(金)曇りがちの晴れ

今日もまた大掃除。
オザケンのメドレーを大きくかけながらやる。
途中からちよじも参加し、スイセイは自分の部屋で雑誌の整理をしている。
たぶんパソコン雑誌の整理だと思うが、ぜんぶの記事を見ながら、必要なのを切り取ったりしているらしい。
「脳がかきまわされる感じじゃ」と言っていた。
私も昔のメモなど整理していたら、「まな板の上の恋」と書いたのが出てきた。
これは、厨房内の恋愛のこと。
夜ごはんは、肉じゃがではなくチクワじゃが、もやしと長ねぎ(青いところ)のナンプラー炒め、塩鮭、納豆、焼き茄子の味噌汁、玄米。
スイセイは、チクワじゃがを食べながら「かあちゃーん!」と叫んでいた。
スイセイのお袋の味なのだ。
夜、泥ねぎの大束でスープを作った。
手羽先の先っぽ(羽のところ)を冷凍してとっておいたのと、黒こしょうと干し海老と昆布を3時間くらい煮出し、途中からねぎのぶつ切りをたくさん入れた。
だしが出て、すごくおいしいのができました。
明日、丹治くんと赤澤さんにお出ししよう。

●2003年12月25日(木)快晴、すごく暖かい

朝から大掃除を少しづつやる。
リビングの片隅から始め、キッチンのタイル、窓みがきもやった。
換気扇はちよじがやってくれました。
ラジオをつけながらやっていたら、トワエ・モアの「ある日とつぜん」がかかった。
そして、なんとかいう札幌オリンピックの歌も。
いい歌だなあ。
こんどカラオケで捜して歌ってみよう。
西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら・・」もかかった。
名曲メドレーだ。
この間、太陽の忘年会でケンイチ君がピアノのところをベースに替えて歌っていた。
「だけど〜〜僕にーはベースがある」と歌っていたが、確かにベースをかかえて歌っていたけど、弾けないみたいだった。
あれは、ベースに憧れて買ったんですけど、僕はまだ弾けないんですという意味なんだろうか。
さて、部屋がどんどん綺麗になっていくというのは、なんていいもんなんだろう。
綺麗になってみないと分からない清々しさだ。
夕方になって、気分よく買い物に出る。
しかし、肉屋にもスーパーにも、丸鷄はもう売り切れていた。
仕方がないので、骨つきもも肉と手羽を買ってきた。
おろしにんにく、塩、黒こしょう、月桂樹、オリーブオイルをもみこんでおきながら、サフランライスを炊く。
天板に鷄、にんじん、皮ごと玉ねぎをのせてオーブンで焼く。
とちゅうでエリンギものっけて焼いた。
今夜のメニューは、鷄のオーブン焼きトマトソース添え、クレソンときゅうりとレタスのサラダ(ビネグレットソース)、ほうれん草のポタージュ、サフランライス。
赤、黄、緑と三色そろってしまった。
あまりにご馳走になってしまい、恥ずかしいので黙っていたが、今日は私の誕生日です。
「こういうクリスマスみたいなご飯は始めてじゃのう」とスイセイが言う。
言われてみて思い出したが、クリスマスというのは稼ぎ時だから、飲食業を長年やっていた私は、毎年必ず働いていたのでした。
誰も何も言ってくれないけど、自分から誕生日だなんてこっぱずかしくて言えないので黙っていた。明日になったら言おうって思って。
けど、ご飯が終わってからちよじの部屋に呼ばれて、いきなりプレゼントをもらった。
びっくりした。何で知っていたんだろう。
編集者さんからお歳暮でいただいたチョコを食べる時、どさくさにまぎれて「食べてええで。どたんじょうびぼめでとう!」と、スイセイにも言われました。
そのチョコがプレゼントなのだ。
スイセイは忘れているのかと思っていた。
ちよじにもらったのは、「かつおちゃんとわかめちゃん」という昔のマンガ。
うわーい!。
今夜寝る時に読もう。
そして明日も大掃除の続きをやろう。

●2003年12月24日(水)快晴、風もなく暖かい

8時45分に健康診断に行く。
採血したり、レントゲンを撮ったり、心電図をとったりした。
私が最初の患者さんだったので、30分くらいでスムーズに終わった。
ここは最近スイセイが通っている病院だが、看護婦さんたち全員がいい感じ。
待合室も明るく清潔で、いい空気が流れていた。
低血圧の私は、計るたびにいつも「低いですね」と言われるが、ここの先生は「下が75で上が98ですね。だいじょうぶですよ」とボソッと言った。
こんど病気になったらここに来ようと心に決める。
パン屋さんに寄り、ソーセージパンと食パンを買って、市役所までてくてく歩く。
9時や10時って、いつもの活動時間内でないので新鮮だった。
コンビニがつぶれて最近できたスーパーに何げなく入ってみたら、なんだかやたらといろんなものが安い。
あんまり安いと不安になるものだな。
もやしとインスタントラーメンだけ買う。
買い物袋に「99」と大きく印刷してあったので気がついたが、そこは、ほとんどのものが99円で売っているスーパーでした。
帰ってからカーテンをはずして洗濯する。
本棚の本も整理して、棚にオイルもぬった。
本当は、やらなければならないことが山積みだが、このところずっとひとつのことだけ考えている。
それは本のこと。
頭で考えると漠然としてしまう私は、体のどこかで考えているみたい。
そうすると、だんだん眠くなるんですね。
布団に入り、「富士日記」を読みながら寝てしまう。
夜ごはんは陳さんの麻婆豆腐、もやしとわかめのスープ、玄米。
クリスマスイブだというのに。
麻婆豆腐はスイセイの好物だから喜んで食べてくれたけど、「家はクリスマスはないんかの」なんてつぶやいていた。
明日、元気だったら鷄の丸焼きでもやってやろうかな。

●2003年12月23日(火)晴れ、暖かい

ここのところずっと、朝起きる時に胃がムカムカしていたが、どうやら治ったみたい。
爽やかに起きて洗濯をする。
布団カバーや座布団カバーも洗った。
布団を干しながら、下にいるハルのことを観察する。
「おーい、ハルー」と手を振ると、いつもより少しだけ長くこっちを見上げていた。
手を上げるのがコツなのだな。
昨夜は、いしいしんじさんの「絵描きの植田さん」を読んだ。
いしいさんの物語は、甘くない。
甘く柔らかいようでいて、じんわりと苦味がいつも混ざっている。
苦味という悲哀が。
だから好きなんだなと思う。
そしていつも、形の変わった人間が出てくる。
「麦ふみクーツェ」のクーツェは極端なノッポさん。
植田さんは、耳がほとんど聞こえない。
「プラネタリウムのふたご」のふたごは、生まれつき髪が銀色だ。
けど、皆何かがぬきん出ている。
人々の暮しはひっそりとつつましいけれど、心は大自然のように荒々しくて雄大だ。
貧乏だけど金持ち。
これが本当の金持ち。
全部読んでしまいそうなのを、昨夜は我慢した。
ゆっくりゆっくり読んでいる。
さて、今日はずっとパソコンに向かっている。
来年出す本についての、「まえがき」か「あとがき」になるか分からないけれど、そんなような文章が浮かんできているので。
というか、それがこの本の舳になるはずなので、そこのところをぐっと捉まえる作業をしているのです。
夜ごはんは、舞茸の炊込みごはん(玄米は味が染みこみにくいので、ごま油で炒めてからしょうゆ、酒、みりんを加え、なじませてからだし汁を加えて炊いてみた)、塩鮭、にんじんの塩もみ、キャベツサラダの玉ねぎドレッシング、おぼろ昆布のお吸い物。  玄米の炊込みごはん、ふだん16分熱するのを20分かけてやったらうまくいった。
だけどレシピ的にはあんまり安定しないし、ちょっと油っぽい気もする。
こんどは、あらかじめ味つけをした水で浸水させてみよう。
味つきの水を、玄米が吸いこみそうな気がするので。

●2003年12月22日(月)晴れ

鳩尾のあたりがむさ苦しく、食欲もない。
肌のツヤもいまいちっていう感じだ。
こういう日は血圧が低いにちがいない。
2時から打ちあわせ。
人に会ったおかげで少し元気になってきたので、街に出て本屋へ。
4冊ほど買ってきた。
帰りにおいしい魚屋さんに寄る。
夜ごはんは、スペアリブと大根と昆布の煮物(黒砂糖と酒としょうゆで、圧力鍋で作った)、平目のお刺し身、しめ鯖、わかめの梅じょうゆかけ、南瓜の味噌汁(冬至なので)、玄米。
今ひとつ元気がないので、今夜も早く寝ます。
本を読みながら。

●2003年12月21日(日)晴れ

カーテンを開けてずっと寝ていた。
陽射しのすじが襖に当たっているのを見ながら。
昨夜は楽しい夜でした。
「太陽」の忘年会は初めて行ったが、ビンゴにしても、全員が1曲づつ歌うのにしても、ショットでテキーラを順番に飲むのにしても、何をやっても楽しかった。
とってつけたものは何もなく、そこにいるだけで楽しくなる。
前にカラオケに行った時にもそう思ったが、有山君て全員が楽しんでいるかどうかをよく気にしている。
「まだ歌ってない人いるかなあ」とか言って、目がトロンとしながらも、ぐるりと皆を見回す様子。それが有山君のイメージだ。
そして最後には椅子の上にだらんと寝そべってしまうのも、いつもの有山君。
考えられないほどお忙しいんだと思うが、飲む時には飲んで思いきり酔っぱらう、従業員思いの爽やかなアニキだ。
ビンゴ係の立花君が、腰を振ってアメリカンに踊っていたのも目に焼きついている。
夕方6時に起きてご飯を炊き、レトルトのカレーを食べた。
スイセイはとっくに起きて風呂に入り、ひとりでラーメンを作って食べたみたい。
私はサザエさんを見て、これからまた寝ようかなと思っている。



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