2002年12月中

●2002年12月20日(金)

早起きして日赤病院へ。
産婦人科はものすごい混んでいた。ほとんどが妊婦さんや、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている若いお母さんで、旦那さんと来ていたり、おばあちゃんと来ていて、なんとなしに幸せそうな光をふりまいていていた。
私は検査で来ているので、どよ〜んと暗い。出がけに、沢村貞子さんの「わたしの献立日記」をカバンに放り込んできたのが救われた。足にコートをかけて炬燵のようにして、ぼんやり本を読んだり、目をつぶったりして、順番がくるのをじっと待った。
お腹の中を写す機械で見ると、卵巣も子宮も異常なしできれいだそうでした。けれど一応子宮ガンの検査もしておきましょうということになった。いちどやったことがあるからその痛さを知っている私は、あの哀れな格好のまま、くるぞーくるぞーとびくびくしていた。痛いんですよねーこれがやっぱり。けど、出産はこんなものではないだろう、なんのこれしき!と思ってりきんでも、力をぬいてくださいと言われるし・・・ 後で先生が卵巣の写真を見せてくださった。「これが右の卵巣。中にあるのが卵です」と言われ、じっとみつめる私。そこにはいくらのような卵が、だいじそうにひとつだけ入っていた。なんとなくじーんとしてお腹をさすりながら帰って来ました。
帰ってからちょっと横になり、スイセイに報告。「スイセイ、わたし卵あったよ」と言うと、何だかよくわからないみたいな顔をして聞いていたが、ふすまを閉めて自分の部屋に行ってしまった。
今夜は丹治君と打ちあわせなので、スイセイとりうの晩ご飯だけ支度する。広島のかあちゃん(スイセイの)がカキを送ってくれたので、まずは酒で炒りつけてみた。むき身のカキはぶりっと大きく、かぼすを絞ったしょうゆにつけて食べたら、ものすごくおいしかった。スイセイはかあちゃんに電話なんかめったにしないのに、「もしもし、うまかったで。じゃあの。切るで。」と、ほんとにそれだけ言うために電話していたほど。
まぐろの山かけ、しじみの赤だし、昨夜の残りの聖護院かぶらの煮物に水菜をゆでて加えたもの、玄米。
9時過ぎにタクシーを拾って西荻へ。

●2002年12月19日(木)

二日酔いも少しあったが、にんにくが残っていてちょっとばかし胃が重い。
日本のにんにくは韓国のとちがって辛みが強いとミョンエが言っていたが、韓国料理というのは、生のにんにくをつぶして、調味料のように使うのだとつくづく思った。炒めたりするのではなく、仕上げに加えてコクを出すのだ。
スイセイはゆうべから徹夜で仕事をしてもまだ終わらずに、夕方4時までやっていた。りうも朝早くから撮影に行って、夕方すごいくたびれて帰って来た。
ふたりのくたびれ親子のために、水ぎょうざを作ってやった。スープは鷄ガラと塩、こしょう、ごま油で、しいたけとほうれん草と卵入り。ミョンエだったら、つぶしたにんにくとねぎのきざんだのを入れてコクを出すところだが、今日のは日本人向けにアレンジさせてもらいました。
なんとなくずっとパソコンに向かって、原稿など書いていた。
夜ごはんは、なすの煮物(この間とっておいたアラ煮の煮汁で。きんさんの本に魚の煮汁で茄子を煮るとうみゃあと書いてあったので)、聖護院かぶらとしいたけの煮物、ゴーヤとキムチ炒め、なめこの味噌汁。

●2002年12月18日(水)

ミョンエとヒラリンが来て、今日は韓国料理を教わる会になった。
ミョンエはクウクウマスターの弟の奥さんで、生粋の韓国人。だけど日本語がペラペラ。来年から韓国でレストランを始めるので、今クウクウで修業をしている。ほんとうは私が料理を教えるはずだったが、この間ミョンエが作ってくれたスジェビ(スイトン)がとてもおいしかったので、教えてもらう方になったのだ。ヒラリンはいつも私のアシスタントをしてくれているが、今日はふたりしてミョンエのアシスタントだ。
近所のキムチ屋で韓国の春雨を買い、本物のチャプチェを作ってくれた。普通は牛肉が入るけれど、ミョンエは肉を食べないので、「肉の代わりにしいたけを入れます」と言っていた。にんじん、玉ねぎ、きょうり、しいたけの具。まず玉ねぎを炒めて取り出し、同じフライパンでしいたけを炒める。ごま油少なめで炒めるので、しいたけはところどころ良い感じの焦げ目がつき、すごく良い匂いがしていた。確かにこれは肉の代わりになりそうだ。本物の春雨はムチムチして、それぞれの野菜は全部歯ごたえが残っていて、野菜の味がいきておいしい。大きいすり鉢いっぱい作ったのに、まるでパスタのようにどっさり食べてしまった私たち。
そして「マンドック」(水餃子)も作りました。豆腐、ひき肉、キムチ、春雨の具。皮もねって作ったが、ミョンエはあまり生地をこねない。薄力粉が多いからだろうか。皮は薄くのばし、具はものすごくたっぷり入れるから、皮を味わうというよりは具を食べるという感じだ。スープは牛スネ肉でとり、肉は裂いてにんにくと塩でもんでトッピングにした。卵の黄身と白身をそれぞれ薄焼き卵にし、細く切ってこれもトッピングに。
私の料理は、素早く、大胆でおおざっぱで勢いがあると自分で思っていたが、ミョンエは私を上回っていた。忘れていたが、どうしてエスニック方面に私がいったかというと、これだったのです。女の人のおおらかで力強い料理の仕方。それでいて、素材をだいじに全部使い切り、カップに残った水も捨てずに手を洗うような、地面と直結したような料理法。そういうことにあこがれ、共感したのだった。今は昔と味覚が変わって、仕事でもプライベートでもエスニック料理からけっこう離れたものばかり作っているが、「エスニック精神」は今も私の中に健在だ。
そして、酒も強いミョンエだった。ビール、赤ワイン、白ワイン、焼酎。家にある酒類を、女3人でぜんぶ飲み干した。韓国の女は強い、というのが今夜の感想でした。

●2002年12月17日(火)

テレビの収録でこんなに快晴は初めて。「ゆりかもめ」からの景色もピカピカと輝いていた。ウォークマンからは、たかし君の「ナタリー」が。
おかげで、今日は元気はつらつで収録できました。
そのまま地下鉄に乗って原君の家へ。お母さんは元気になっていた。2時間くらいテレビを見ながらだらだらと過ごす。テレビのコマーシャルに合わせて、「ジングルベールジングルベール」と歌ってもいたお母さん。あー、元気になってほんとによかった。食欲もあり、おみやげの小川軒のショートケーキをぺろりと食べてしまった。
原君は、お母さんの晩ご飯の用意をして、おしっこをさせて、レンジの上におかずを順番に並べ、「この順番に、いちどに出さずに、一品ずつ持って行ってせて食べさせてください」と書き置き(兄ちゃんが来てくれるのだ)、連れ立ってクウクウへ。
クウクウは貸し切りパーティーでした。ちゃんと会費も払い、お客さんのようにしてパーティーの料理を食べた。こんなことは初めてだ。クウクウのパーティー料理はおいしいおいしいと皆さん褒めてくれるが、今まで私はなまはんかに聞いていた気がする。自分で食べてみて、ありゃまあほんとうにおいしいわと感心した。なんというか、素材がいきいきしていて、ちゃんと気持ちを込めて作っている味がするのだ。

●2002年12月16日(月)

ちょっとダウン。
貧血ぎみなので、病院に行ってきました。
「レバーの串焼きを食べて、食べられたらね。今日は暖かくして寝ていなさいね〜」と、看護婦のおばあちゃんに言われ、おでんの材料と鷄レバーを買って帰って来ました。
レバカツを作り、おでんも今コトコト煮ているところ。あと茶飯も作っておいた。がんばってレバカツを5切れ食べました。
明日はテレビの収録なので、まだ夕方だけどもう寝ることにします。

●2002年12月15日(日)

昨夜はすごく楽しい夜でした。平松洋子さんがいらしてるな〜とは思っていたが、とても私の方からなんて話しかけられないとドキドキしていたら、むこうから来てくださった。「お会いしたかったのよー」なんておっしゃって。ひょえー!! 平松さんはとても美しい人だった。厳しい人だと思うのに、ぜんぜん気取っていなくて、酔うとずーっと微笑んだままゆらゆらして、私にもたれかかってきたりする。ひょえ〜!そう、なんだか可愛らしくもあったのです。素敵な大人の女だな〜。
みどりちゃんや日置さんや下田さん(手芸家の)たちと、ディーズでだらだら12時くらいまで飲み、そのままタクシーでバーにも行きました。代々木上原の「カエサリオン」というお店。私の隣には平松さんが座っていて、私はべろんべろんのくせに、ぴったりくっついて、いろいろ質問したりしていた。同業者としてとてもためになることをいくつも聞きました。そしてタクシーで帰って来たのだが、平松さんが車を降りてからも、通りの角の所に立って少女のように手を振っていらした。その人のお仕事ぶりを見て、いいな〜と思っていた方に実際お会いすると、やっぱり思っていた通りに素敵なのが不思議なほど。とても有名な方々なのに、「謙虚、誠実(自分に対して)、可愛らしい」という、この三拍子が揃っていらっしゃる。もちろん、ばななさん。最近では、下田直子さん、有元さん、クラムボンの郁子ちゃんもそうであった。高野照子ちゃんもそうだ。
さて、今日はクウクウの日でした。
早い時間にわっとお客さんが来て、7時にはぱーっといなくなってしまった。申し合わせたみたいに、皆さんどんどん帰ってしまうのだ。何かテレビでもあるのだろうか?とも思ったが、きっと皆さん本格的な年末に向けて、今はまだ押さえているのではないかと、クウクウスタッフ内ではそういう結論になった。

●2002年12月14日(土)

とりあえずリビングから掃除。CDまわりやビデオなども整理し、床にワックスをかけた。大掃除っていう感じではないが、寝て本を読んでばかりいるのにも飽きたので。
りうが、卒生の撮影とかで、役者係の友達を連れて来て、部屋にこもってごそごそやっている。
私とスイセイは夕方から青山へお出かけだ。ディーズ・ハルで辻和美さんのガラス展のパーティーがあるので。料理は中村晶子さんのフレンチ。すんごく楽しみです。

●2002年12月13日(金)

夕方、雪をかぶった山々が遠くに見えるような雲だった。下から夕日の橙色がさし、だんだんに暗くなっていく空を眺めながら、スイセイともやしたっぷりラーメンを食べる。スープがない麺だったので、即席トリガラスープの素、ナンプラー、しょうゆ、ごま油、XOジャン少しで適当に作ったら、とてもおいしくできた。
また寝室にもどり、本の続きを読む。
昨夜から、すごい勢いでいろんな種類の本を読んでいる。そしてコトリと寝てしまう。その繰り返しだ。だからかもしれないが、夢がすごいのだ。いくつもいくつも物語を見ているような夢なのだ。
けれど、いくら暇だからといって、寝てばかりいたらまずいような気もするが、またよく眠れるんだこれが。
そうだ、明日から少しずつ大掃除でもしようかしら。まずは台所の鍋みがきから。包丁も研がなければ。
夜ごはんは、合いびきとじゃが芋とベーコンのオムレツ、キャベツとレタスの千切り添え、ごぼうとなめこの味噌汁、わかめとじゃこのポン酢かけ、ゆうべのカマ大根。

●2002年12月12日(木)

図書館に2時間以上いたことになる。ア行から順番に読んでみようかしらと本気で思ってしまった。あちこちのコーナーをうろうろして、10冊借りて帰って来ました。
いつもの料理コーナーでなく、健康についてのコーナーなんかも覗いてみたので、めずらしい本を借りられた。それは、「106歳のでゃあーこうぶつ」という、きんさんぎんさんの、きんさんの普段の食卓を写真にした本だ。「だいこうぶつ」という意味です。
家に帰ってから見たらすごく良い本でした。単に長寿料理について書いた本ではまったくなく、ぎんさんの息子のお嫁さんが、普通に毎日のごはんを作っている。煮魚とか、まぐろの刺し身とか、煮込みうどんとか、かきの雑炊とか、おでんとかだ。
ぜんぶが大好物だが、とくにまぐろの刺し身は、「あきゃあ、やわらきゃあ、うみゃあ」からと、1週間のうち5日も食べている。煮魚もお昼にほとんど毎日だ。
「カレーはかりゃあが嫌りゃあではにゃあ。わしもみんなに合わせて、たまにはカレーぐりゃあ食べんとわりいでなも」とか言って、甘口のカレーを食べた後はきまって「かりゃーかりゃー」とつぶやく。器も普段のものだろうが、すごくおいしそう。「うみゃあもんばかり食べさせてもらって、ありがてゃあことだわ」だって。
おいしい魚屋さんに行って、かんぱちの刺し身と甘エビの刺し身、カンパチのアラを買う。あと大粒のあさりも。となりの八百屋で葉っぱもゆさゆさの泥つき大根があつたので、アラ大根にしようと決め、すぐに買った。
「カンパチの刺し身のアラだよ。おいしいよー」と、いつものおにいさんが言っていたが、それはほんとうにおいしかった。すごく新しいんだと思う。このおにいさんは、「おいしいよー」と言う時、目が細くなって口がしぼむ。
大根葉は厚揚げと炒めて、酒としょうゆとかつお節で煮た。なんとなく、きんさん風の晩ご飯になった。
デザートは、前に栗の渋皮煮を黒砂糖で煮た時のみつを、寒天にたっぷりかけたもの。
スイセイはおいしくてとても気に入ったらしく、「幻栗寒」という名前をつけてくれた。
栗の味がほんのりするからだそうだ。

●2002年12月11日(水)

ひさびさにすごく良い天気。りうが早起きして、たまっていた洗濯をしておいてくれた。
私も布団を干したりして、今日はばっちり起きました。
ベランダのいちばん近くの木に、めじろが来ていた。黄みどり色の丸っこいかわいらしい顔の鳥だ。鳴き声はチュルチュルと、図鑑に書いてあった。
ほとんど毎日家にいるので、季節の微妙な移りかわりをしっかりと感じられるようになった今日このごろ。今まで私は何十年も店の中で働いてきたから、外の変化にうとかったなーと思う。どんどん日が短くなる感じなんか、この年になるまで知らなかった。ほんとにすごいんだ。毎日少しずつ変わっていって、自然界では同じ日なんてほんとうにないのだと分かる。紅葉が輝いていることに気がついたあの日は、すでにあの日でしかなくて、もうすっかり葉が落ちてまる裸になった木に、この間は雪が積もった。そして今日はちょっと暖かく、めじろがその木にとまっていた。
ゆうべ、「麦ふみクーツェ」を読み終わりました。すごーく面白かった。なんて素敵なんだろう!今年のベスト本は、「ぶらんこ乗り」と「麦ふみクーツェ」だ。なんだか本の世界が新しくひろがったなと思う。
私はよく、とくに酔っぱらって調子の良い時、普段考える脳みそが止まって、勘みたいなものだけでふわふわと感じている時がある。人の話を聞いていてもその内容ではなくて、声の感じや顔のまわりの感じの方を、ただにやにやしながら見ているのだ。それで、いろいろなことが分かってしまうような気がする感じ。
この感じを言葉で表そうとすると、サーッと雲がかかったみたいにぼやけてしまうのだが、いしいしんじさんの本は、それを物語にして書いているような気がする。
次は「トリツカレ男」を注文しよう。これはビリケン出版というところから出していて、そこの社長さんはとてもよく知っている、会ったら必ず挨拶をするような顔見知りの人でした。一昨日の原君の個展にもいらしていて、彼がビリケンと呼ばれている理由をやっと私は知ったのだった。
今日はパンを焼きました。ライ麦入り、きび砂糖とシナモン入りの食パンだ。こねている時、水が足りないようだったので、そばにあったお茶をちょっと入れてしまった私。スイセイがスープがしょっぱい時にお茶で薄めるのを、「やだー、やめてよ」と思っていたが、モンゴルの大草原に暮らしている人も、もしかしたらやるかもしれないと思って。

日々ごはんへ  めにうへ