2005年3月上

●2005年3月10日(木)薄い晴れ、暖かい

12時より『翼の王国』の撮影。
今回もまたすごかった。
力強く簡素で、土のついた原始人の料理みたいになったのを、齋藤君がガッシリ受けとめて撮影してくれた。
桃ちゃんが持ってきてくれた布もバッチリだった。
『翼の王国』の撮影は、偶然(アドリブ〕をだいじにしている。
かと言って、私たちは決して奇抜なことをやりたいわけではない。
反対に何にも逆らわず、その日の素材の表情や、天気や気温、3人の体調、時間の経過などが全部ひっくるまって、時系列に沿ったというか、物事のなりわいのままに、ひとつの料理が出来上がる。
それを齋藤君がぐっと捉えて、感じたままに撮影してくれる。
桃ちゃんは、その後ろで応援の気持ちを出している。
体も頭も自由で力が抜けている分、いろんな事物から恩恵をもらっている感じがする。
不思議だけど、不思議でない。
そんな感じだ。
料理がおいしくできたので、ご機嫌でシャンパンを開け、連載2年目の乾杯をした。
昼間飲むシャンパンは、光の粒を飲む感じ。
4時くらいに全部終わり、パソコンでひと仕事する。
いつものように夕方の教育テレビメドレーを見ていたら、ぐっと眠気が。
6時から8時までしっかり寝てしまった。
大急ぎで夜ごはんの支度をする。
塩鮭、ほうれん草とショルダーベーコン炒め(フライパンに残っていた地鶏を焼いた脂で)、新玉ねぎの味噌汁(昨夜の残り)、納豆、玄米。
このくらいおかずが少ないと、全部残さず食べれるし、玄米のおいしさもひき立つものだな。

●2005年3月9日(水)快晴、春がきた

11時から撮影。
この間福岡に行ったのと同じメンバーが集まる。
だから、なんだか和気あいあい。
なぜかスイセイもいる。
太田さんのすり鉢を買ったら、むしょうに胡麻がたっぷり擦りたくなった。
なので、すり胡麻の料理を作る。
撮影はすぐに終わり、明るい大テーブルを囲んで皆してごはんを食べる感じは、旅行中に入ったうどん屋のようであった。
あそこのうどんはおいしかった。
赤澤さんと中野さんは、ジンギスカン定食を食べていた。
ごぼ天うどん(私)、鴨南うどん(齋藤君)、だんご汁定食(みどりちゃん)、とろろ定食(スイセイ)。
あと、鹿刺し、かしわ(地鶏)のおにぎりなんかも頼んで、皆でまわしながら食べた。
おいしかったなー。
3時前には全部終わって、明日の撮影用の買い物に行く。
明日は『翼の王国』だから、また齋藤君とご一緒する。
なんだか、のんびりと、やりたい仕事ばかりさせてもらっているなあ。
帰ってから郵便局に行き、帰りに農家でブロッコリーを買う。
自転車をこぎながら、今日初めて春の匂いがした。
春の匂いとは、花の香りが混ざったぼわっとした温かい匂いのこと。
『おわりの雪』ユベール・マンガレリ著を、昨日の夕方ひと息に読んだ。
雪のボタボタ音や、ズボンをしぼった水のポタポタ音や、夕方の薄い光や、まさにこういうのを清冽な世界と言うのだろう。
空気が冷たくて清く、小さな音でも響くような世界だ。
貧乏や病気や寒さなど、現実のやるせなさが低温でずっと鳴っているけれど、温かい光のようなものが、凍えそうな吹きっさらしの部屋のこたつみたいにある感じ。
具体的な食べ物が出てきたのは、オリーブのペースト(たぶんタップナードだろう)とチーズとパンを雪の上で食べた一箇所だけだったけれど、それがよかった。
煎れたてのコーヒーは何度も出てきた。コーヒーだけでお菓子はなし。
こういう物語には、食べ物は似合わない。
静かに感動し、好きな本ばかり並べている本棚の仲間に入れた。
ふと思い出して、何度となく読むのにいい本だ。
私のお気に入り夏向き本は、『砂浜』佐藤雅彦著、冬向きなのは、『ソーネチカ』と『おわりの雪』と『絵描きの植田さん』だ。
夜ごはんは、撮影のおやつにと赤澤さんが買ってきてくれたおにぎりが残っていたので、今夜はご飯を炊かなかった。昨夜のオムライスのご飯も残っていたし。
真ダラのムニエル(マッシュルームソース)、ゆでブロッコリー、オクラとめかぶのヌルヌル和え(梅種じょうゆで)、ねぎトロの梅和え、新玉ねぎの味噌汁。

●2005年3月8日(火)快晴、まったく春のよう

昼間は、ストーブをつけなくても暖かい。
大家さんの庭に工事のおじさんが3人ばかり入っていて、ハルがそれを遠巻きに見ている。
後ろ足をふんばって尻尾をクルンと巻き上げ、時々耳を動かしたりして。
でもすぐに飽きたらしく、伸びをするとそのまま前脚を揃え、ぜんぜん違う方を見て腹ばいになっている。
タイルの床は、冬の間は冷たかったけど、春の陽射しが当たって温かいのだろう。
ハルが腹ばいになっていたら、それはもう春の訪れだ。
お昼に、じゃが芋を丸ごとオーブンで焼いてみた。
200度で45分くらいかけてゆっくり焼くと、ホクホクだ。
皮までおいしかった。
福岡で買ったすり鉢が届きました。
荷をほどいて、たわしでごしごし洗い、ベランダに干す。
家で見ても、やっぱりとても大好きなすり鉢であった。
ひとつも嫌なところがみつからない。
大きさも、カーブも、肌触りも、厚みも、重さも、くし目の深さも、色みも、すべて完ぺきに大好き。
こういう物との出会い方って、本当は奇蹟に近いことだと思う。
大事に使おう。
昼ごはんを食べ終わってから、ベランダに干してあるすり鉢や、春のハルを自慢してスイセイに見せてやった。
最初はスイセイも感心してすり鉢の写真を撮ってくれたのだが、「なんだかみいと喋ってると馬鹿になる。オレは今、そういう頭じゃないんじゃけえ」と言いおいて、部屋にもどってしまった。
スイセイは、確定申告で大変なのだ。
スイセイの部屋は北向きなので、ひんやりと薄暗い。
その床の上にいろんな書類を几帳面に並べて、パソコンに打ち込んでいる。
私は陽の当たる部屋で、レシピ書きなどのんびりやる。
今月は、わりとのんびりムードなのだ。
春になってしまう前に、この間買った『終わりの雪』を読もう。
夜ごはんは、玄米のオムライス、キャベツとクレソンときゅうりのサラダ。

●2005年3月7日(月)快晴、暖かい

春のように暖かい。
掃除をしたり洗濯したり、ゆっくりと家事をこなし、2時から打ち合わせ。
1時間かからずにさっさかと終わりました。
最近、ちょっと早く起きるようになったので、1日が長い。
ちょっとしたデスクワークを終え、街へ買い物に。
帰ってからは図書館にも行った。
うーん、長いなあ1日。
夕方の教育テレビを、フラ印のポテトチップス(赤澤さんに教わった)を食べながら見る幸せ。
『クインテット』の始まりの曲が、春のバージョンに変わっていた。
もう3月だものな。
どうもインフルエンザの1週間のせいで、まだ春っていう感じがしないけど、世の中の方が、その1週間分先に進んでいる気がする。
夜ごはんは、まぐろの梅寿司、浅蜊の潮汁。

●2005年3月6日(日)薄い晴れ、寒い

昨夜は12時に寝たが、どっぷりくたびれて昼まで熟睡。
昨日おとといのたまっていた宅配便が何度も届いたが、めげずに眠る。
午後からは本のゲラ校正。
これでほとんど最終なので、ぎゅっと集中してやった。
5時半に赤澤さんに来ていただいて、渡す。
ふー。
飛行機で1時間半あれば福岡に着くんだけど、場所を移動するというのは、やっぱりなんだかくたびれるものだ。
ぼーっとしたまま、昨日の余韻に浸りながら1日を過ごす。
夜ごはんは、地鶏の鷄スキ(春菊、白菜、白滝、長ねぎ、ごぼう。地鶏と春菊は小石原村で買った)、きゅうりの塩もみ、なすのくたくた炒め煮、玄米。
今夜は早めに風呂に入って、『ウルルン』と『情熱大陸』を見たら寝る予定だ。

●2005年3月5日(土)九州は、曇り時々雪

7時半にスパッと起きた。
昨夜は温泉に入ったら、体中がぐでんぐでんになって温まり、まだ9時だったけどすぐに布団にもぐった。
スイセイはビールを1本たのんで、部屋を真っ暗にし、映画を見ていた。
布団から顔を出すたびに、川の流れがゴーゴーと耳に届き、山や自然に囲まれている安心感で、ぐっすりと眠れました。
8時に朝ごはんをしっかり食べ、齋藤君の運転で10時前に出掛ける。
いざ、すり鉢の取材です。
すり鉢を作っている太田さんというおじさんが、とても良かった。
すり鉢も、想像以上にとても好きなものだった。
粘土からすり鉢の形を作り上げ、くし目を入れ、薬をかけるところまで見せてもらったが、もの作りの人って、年なんて関係なく、通じ合えるものがあることを、ぐっと思い知りました。
前に『ウルルン』で、イタリアのフェラガモの靴をジミー大西が作りに行った時、言葉なんかを通り越して、アーチスト同志がツーカーにつながる瞬間を見て感動したが、まさにそういう感じだった。
職種はちがうけれど、私たちはふたりとも、自分の中にあるものを信じることが仕事なのだと、太田さんを見ていて再確認しました。
こういうことは、腹の底にある太いものにびーんと響いて感じる。
なんだか、元気をいただいた気がする。
みどりちゃんと一緒に取材できたことも、とても良かった。
好きな物を通じて、同じ何かを交換し合った、という感じがする。
こういう機会を作ってくださった、中野さんと赤澤さんにも感謝の気持ちでいっぱい。
すっきりと終わり、いい気分で6時45分の飛行機で帰って来ました。
9時半には家に着き、夜ごはんのラーメンを白菜とほうれん草をたっぷり入れて作る。

●2005年3月4日(金)雪

昨日の春っぽさとは打って変わり、雪がしんしんと降っている。
それでもがんばって6時半に家を出て、吉祥寺からバスに乗り羽田に行くが、飛行機は雪のため欠航。
新しくできた大2ターミナルの、自然食風バイキングレストランで、齋藤君、赤澤さん、スイセイと4人でしばらく時間をつぶす。
みどりちゃんと中野さんとも落ち合い、それぞれがバラバラに解散して、ターミナルの中をうろうろしたり、お茶を飲んだりして、1時45分発の飛行機で福岡空港へ。
レンタカーを借り、小石原村というところまで山道を行く。
今日はどこにも出掛けず、明日に備えて宿に泊まるだけ。
こういうゆったりしたスケジュールの取材って、いいなあ。
一箇所だけを、ぐっと深く取材するのだ。
取材で初めてスイセイも一緒に出掛けてきたが、とても心強く安心だ。
一応マネージャーさんみたいな形でついて来てもらった。
宿に泊まるのにひとりだと怖い(お化けが)んだけど、スイセイがいつもと変わらず隣に寝ていることが、ものすごく心温かくありがたい。

●2005年3月3日(木)快晴、暖かい

今日も9時半に起きる。
1時からは打ち合わせで大手町へ。
憧れのサン・アドで仕事ができるのが嬉しい。
しかも、川原さんとコンビを組んでだ。
内容については、今はまだ秘密なので書けないが、なんだか楽しそうなお仕事です。
帰りに西荻に寄り、「魯山」で靴の展示を見る。
DMの写真の通りに、とてもいい感じの靴だったので、色違いで2足注文する。
吉祥寺の喫茶店で赤澤から原稿をいただき、本屋に行く。
『おわりの雪』という綺麗な本を買った。
「雪のぽたぽた音とか、手おけの湯気とかが、いつまでも頭にこびりついています」という、高野文子さんの帯文が目に入ったので。
今夜は早めに風呂に入って、布団の中でだいじに読もう。
最近、夜ごはんの洗い物をスイセイが手伝ってくれるようになった。
ささやかだけど、私はとっても嬉しい。
夜ごはんは、鰆のみそ漬け(みそ、酒、みりん、きび砂糖を溶いて、ちゃんと鰆をガーゼに包んで漬けた。マスクにおまけでついていたガーゼをとっておいたので)、穴子の照焼き、小松菜と油揚げの煮浸し、茶飯、ねぎだけの味噌汁。

●2005年3月2日(水)快晴、春のように暖かい

昨夜は12時に寝てしまった。
なので今日は早起きする。
インフルエンザは、どうやら完ぺきに治ったみたい。
もう、ぶり返すということもない自信がある。
なんか、前よりも元気になっている気さえするのだ。
昨夜から浸けておいた大豆を、朝一で火にかける。
今日はみそを仕込もうと思って。
風呂場の窓をひさびさに開けると、杏の蕾がピンクになってきている。
私が知らない間に、すっかり春なんだなあ。
もう3月だものなあ。
早起きは三文の徳だ。
みそも仕込んだし、美容院にも行って、帰りに「おいしい魚屋」さんにも久々に寄った。
夜ごはんは、毛蟹、カンパチの刺し身、ほうれん草の炒め物、大豆のゆで汁のスープ、玄米。
カンパチの刺し身はシコシコだった。
そう言えば、みそを仕込んでいて思い出したのだが、この間の教室の時にハッと思ったことがあった。
大豆と麹を混ぜてからいちど団子にまるめるのだが、その時に、「おにぎりみたいにして団子にしてください」と私が言ったら、何の迷いもなく、せいせいとおにぎりを握った生徒さんがいた。
とっさに私は笑ったけれど、なんだか嬉しかったのだ。
こういうことは、本当は間違いではない。
彼女のおにぎりはおいしそうだなぁと思わせる、慣れ親しんだ手つきで、ふっと見とれてしまうような丸い動きだった。
本当は、これこそがオリジナリティーの源で、創作の原点なのだと思う。
自分だって、子供の頃から、つい皆と違ったことをやってしまい、先生に笑われたりクラスメイトから白い目で見られたりしていた。
でもそれは、紛れもなく自分の中から素直にひゅっと出てきたことだし、そういう作為のない無垢な動きにこそ、だいじなことが詰まっているんだよなー。
学校の先生って、そういうことをだいじにしてくれない人が多すぎる。
何が失敗で何が正しいかなんて、そんなことはたいして意味があることではないっていうことを、私はいつ、誰に教わったのだろう。

●2005年3月1日(火)晴れ、暖かい

12時より撮影。
どうやらやっと治ってきたみたい。
起き続けていられる確率が、確実な太いものになってきたのを感じる。
そうそう、これこれっていう感じ。
料理は1品だったので気持ちも楽だったし、編集さんも昔馴染みの方だったから、リハビリにしては最高の撮影だった。
カメラマンの田辺わかなさんも、すっとんきょうでおもしろい方であった。
終わってから、スイセイに連れられて買い物に行く。
これもリハビリの一環。
夜ごはんは、プルコギ風焼き肉にした。
昨夜、寝ながら猛烈に食べたいような気がしたので。
やっと、味がするようになってきたのです。
夜ご飯までに、原稿を4本ほとんど書き上げてしまった。
ここ1週間、寝ながら何を書こうかと考えていたのがよかったのだ。
いろんな仕事のスケジュールを後押しにさせていただいたが、原稿の締め切りだけは動かせないので、ずっと気にしていた。
とにかく、あー、よかっただ。



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