2012年     めにうへ

●2012年12月30日(日)冷たい雨

朝から大掃除。今日は台所をやっている。
今年は24日から、仕事の合間にぼちぼちやりはじめた。
リビングの窓ぎわからはじめ、仕事場の窓ぎわへ。カーテンをはずして洗濯したり、念入りに窓拭きしたり。
その間、歯医者へも行った。今年最後の定期検診なのだけど、3日もかけて歯石をすっきり取ってもらった。
本格的にはじめたのは27日から。
その日にやるべき掃除を終え、でも、掃除したことなどすっかり忘れてお風呂から上がってくると、ふと、部屋の空気が新しくなっているような気がする。
電話も本棚も、テレビも押し入れの桟も、カーテンのなみなみまで、物々の輪郭が角ばって見える。
それがたまらなくいい気分で、毎年バカのように大掃除をしている。
外は冷たい雨がそぼ降っているけれど、ひとりで台所の掃除に専念。部屋の中は温かく、ラジオからはピアノ曲が流れている。
スイセイは、自分の部屋で何かしていてこっちへは来ない。
「紀ノ国屋」で買っておいたオレンジXという洗剤が、とてもいい。
タイルの壁や床、オーブンの隅っこの脂汚れなど、これまであきらめていたところがピカピカになる。
夜ごはんは、きつねうどん(ほうれん草)、だし巻卵。

●2012年12月24日(月)晴れ

明日が紙ゴミの日なので、大掃除の第一歩。
たまっていた雑誌の整理(自分が載っているページを切り抜いた)や、今年一年分の仕事の書類など、どんどん片づけていった。
裏が印刷されてない書類は、コピー用紙で使えるのでとっておく。
大きさの違う紙は、A4サイズに合わせ、スイセイがカッターでぜんぶ切り揃えてくれた。端切れは電話の横のメモ用紙に。
おかげで、ダンボール1箱分のコピー用紙ができた。
ずっと整理ができず、箱に入れたままになっていた『チクタク食卓 上・下』の書類も、ようやく片づけた。
本の形になっている書類(カラーコピーを半分に折り、のりで貼って重ねてある。編集の田中君がやってくれた)は、書き込みやフセンがいっぱいで、同じようなのが6冊くらいある。
それ以前の原稿の束もたくさんあるし、一冊分のレイアウトを、鉛筆で下書きしたラフコンテも出てきた。
フセンをはがし、ホッチキスをはずし、使える紙と使えない紙に分けた。
ピンクや黄色、緑色のフセンが山となり、何度もしつっこくやりとりした形跡が、目の前に表れる。
私は呆れ返った。
自分のしつこさに目がまわり、鼻のつけ根がつーんとして、やるせないような気持ちになった。
このしつこさの源は、何なんだろう。ひとたび本作りがはじまると、アメーバーみたいに、私の体にまん延するしつこさのお化け。
本を作っている最中は楽しくてたまらず、私はゴールに向かってただ走っているだけだから、客観的になるスキがなくてまったく分からないのだ。
そういう自分は仕方がないとしても、川原さんも、田中君も、不平ひとつ漏らさず、心から楽しそうに、ぴったりと私に伴走してくれた。よくぞこんなにがんばってくれたものだ。
本当に、労を惜しまずに関わってくださった。この本は、そういう賜物なのだな。
いつもいつも、進むべき新しい仕事ばかりに気持ちがいってしまい、『チクタク食卓』のことなど遠に忘れていたのだけど。
大掃除って、こういうことを思い出すためにするものなのかもしれないな。
夜ごはんは、ゆうべの白菜と豚肉の重ね蒸しの残りで、煮込みうどん(白菜、豚こま、なめこ、長ねぎ)、れんこんの塩きんぴら。
りうが送ってくれたれんこん、これでついに食べ切った。

●2012年12月12日(水)晴れ

きのうは雑誌の撮影だったのだけど、なんとなく頭がふらふらしていた。
目眩なのか風邪なのか分からなかったけど、のどが痛いような気がして、撮影が終ってすぐに布団にもぐった。リーダーが梅しょう番茶を作ってくれた。
週末からいよいよ料理本の撮影がはじまるのに、今日のようになったらいやなので、お医者へ行った。風邪のひきはじめだったみたい。
薬を飲んですぐに寝たのだけど、10時にはちゃんと起きて、『ゴーイングマイホーム』を見た。
料理がものすごくおいしそうだし、景色も、出ている役者さんたちも、音楽も、すべてが大好きでたまらない。
もう、最終回に向かっているのだろうか。
りんどうの紫の花がいっぱい咲いているところでこみ上げた。
見終ってからもなかなか抜けられず、スイセイが隣で寝ていなかったら、嗚咽したいくらいだった。
今日は、薬を飲むために、バナナやらコンビニで買ったカステラを食べながら、『なずな』を読んでは目を閉じ、眠ってばかりいる。
空がこんなに青い日に、カーテンをいっぱいに開けて、マスクをして眠る。
眠りは浅いようだけど、薬のせいなのかいくらでも寝ていられる。
これだけ寝ておけば、撮影には影響がないだろうか。
夕方、西陽がリビングの奥まで射し込み、部屋中がまっ黄っ黄になっていた。大家さんのどんぐりの葉と同じ色だ。
スイセイは昌ちゃんの展示会に出掛けたまままだ帰ってこない。今夜はナツコたちと「トネリコ」でごはんだそう。
なので、夜ごはんはなし。

●2012年12月9日(日)快晴

朝、起きたとき、青空の真ん中に白い月が出ていた。
大男が切り放った爪みたいな、左舷の三日月だ。
きのうは一日中、だらだらと過ごした。
朝8時前に目覚めたのだけど、そのまま布団の中で『今日もいち日、ぶじ日記』を読み耽った。
私たちの毎日は、すでにちっとも確かなものなんかじゃなく、いつ壊れてもおかしくないいろいろな出来事で成り立っている。
それはもう、地球がこの世に生まれたときから。
うんにゃ、宇宙ができたときからか。
山の家から帰ってきたのは、トンネル事故があった日で、私はお昼過ぎに、ナツコの車で現場近くの下の道路を走っていた。
通行止めの高速道路には、当たり前だけど車が1台も走ってなくて、コンクリートの堤防が建っているだけみたいに見慣れない。
でもときおり、パトカーや救急車、簡易トイレを乗せたトラックが走り抜けるのが見えた。
甲斐大和の「道の駅」を超えた辺りから、渋滞がはじまって、上の高速道路につながる一筋の坂道だけ、車が列を作って停めてあり、幾人もの人たちが、蟻の行列みたいになっていた。
報道関係の車のようだった。
そんなことはないと思うのだけど、今思い出すと、ぜんぶが黒い車だったような。
人々もみな黒いコートやダウンジャケットを着て、帽子をかぶっている人も、かぶってない人も、全員が黒かったような。
みんな、黒い影を着ていたからかもしれない。
事故や災害で人が亡くなった場所というのは、きな臭い靄のようなのが漂っている。
窓を閉めているから匂いなんてしない筈なのに、そういう匂いがした。
ナツコは前だけを向いて運転してくれていたけど、私はずっと、体をよじって高速道路の側ばかり見ていた。
山の家を出るときから、ユーミンのベスト盤がエンドレスでかかっていた。よく見ないと分からないくらいに粉雪が舞いはじめ、道路には「0度」の表示が出ていた。
渋滞でもなんでも、甲州街道をこのまま走り続けていれば、いつかは吉祥寺にたどり着けるだろう。
そんな安心感でさえ、かすれた鉛筆の線ぐらいにしか確かでなく、硬い道路の上を、のろのろと箱に乗って、前の箱にぶつかりそうになりながら、移動している自分の体もふがいない。
でも、そのどよーんとした、眠たいような鈍い安心感が心地よく、灰色の冬の空と、ユーミンの音楽と、たわいない私たちのお喋りがひとつになっていた。
おとついは、新しい料理本の会合だった(打ち合わせという感じではない)。
終ってから、「アムリタ食堂」で軽く祝杯を上げた。
なので、きのうは二日酔いでもあった。
『今日もいち日、ぶじ日記』も、私のところからようやく飛んでいった。
また、新しくはじまる日々。今日は、そんな日だ。
まずは、「ダ・ヴィンチ」の「はなべろ読書記」を書き上げてしまおう。
夜ごはんは、里いもとほうれん草の薄炊き、ブリの照焼き(大根おろし、山椒)、自家製なめたけ、キャベツ(ロールキャベツでゆでた残り)のみそ汁、白いご飯(スイ)、玄米(私)。

●2012年12月2日(日)晴れ

7時過ぎに起きる。
朝方、寒くて目が覚めた。でも、まだまだ余力があるくらいの寒さ。
スイセイは明け方に起きて、外に出ていた様子。
パジャマのまま外に出ると、あちこち霜が降りて、白くなっている。
軒下に放置しておいたススキの根っこ(夏にバッコンしたもの)を、庭の方へ掃き出している。
「こうしといたらの、雨風にさらされて、土や小石が自然に落ちるじゃろう」と、私に説明しているスイセイは、スキーパンツのせいでふっくらして見えるし、毛糸の帽子に眼鏡の顔も、丸まる太った知らないお兄さんが、庭を履いているみたいに見える。
台所に戻ると、ナツコはもう自分の寝床を片づけていた。私はまたシュラフにもぐる。
ミルクコーヒーを飲みながら、しばしふたりで語り合う。
畑へ出て歯磨き。外の水道で顔を洗う。部屋のはホースが凍っていて、水が出ないので。これは、ゆうべよりさらに寒かったということだ。
ホースは日向に干しておく。
10時、庭へお盆を出し、朝ごはんがわりのお茶。
稲荷ずし(スイ)、りんご、クッキー、チョコレート、ラスク、紅茶。
稲荷ずしは、いちど凍って溶けたような味だそう。ゆうべ窓際に置いていたから、凍ってしまったのかも。そうか、部屋の中は冷蔵庫より寒いのだな。
ナツコもスイセイも引き続き作業。
私はメールを書いたり、日記を書いたり。
東京にいるリーダーからメールがあって知ったのだけど、笹子トンネルで事故があったそう。
トンネルの天井が落ちて、車が燃えたそう。閉じ込められた車もあるらしい。
私たちも、お昼を食べたら片づけて出掛けよう。
高速道路は通行止めのようだけど、大月まで下の道路を走れば、また高速に乗れるだろう。
道が混雑しているかもしれないけれど、ぶじ、帰り着けることを祈ろう。
スイセイは、前の晩から決めていた通り、もうひと晩泊まるのだそう。

●2012年12月1日(土)晴れ

ゆうべは、思っていたよりは寒くなかった。
十分に着込んで寝たので、夜中に電気マットを消したほど。
朝は、顔が寒い。まだシュラフにもぐっていたかったけど、ナツコが続けざまに3回くしゃみをして、7時に起きる。
ナツコはとっくに起きて、ストーブに当たっていた。
スイセイはさらにとっくに起き、ストーブをつけて、外に出ていった(明け方、そういう音がした)。
トイレの窓から覗いたら、畑の枯れ草を片づけている。私が呼んでもまったく気づかない。
ナツコに紅茶をいれてもらって、ようやく起きる。
窓も開けてみる。でも、寒いのでまだシュラフをかぶっている。チョコレートケーキ、バナナバームクーヘンをつまむ。
ナツコ「こっちの色のある山もきれいだけど、あっちの色のない山もきれいだね」
手前の山は、残り火の紅葉が燃えるよう。遠くの山の連なりは、山水画みたいな灰色だ。
はじめてこの家を見にきたとき、私は庭の方にまわって、枯れススキの間からこの山を眺めた。
あの時はまだ、冬枯れの裸の山だったけど、季節ごとに移り変わる山の景色が、めまぐるしく頭をよぎった。
春の山桜、青空の下で映える新緑の山々、燃えるような秋の紅葉。
あのとき想像していたものが、今ここにあるこの景色だ。
ナツコは作業着に着替え、出ていった。
私はこうして日記を書いている。
台所の庭から、コツコツいう音が聞こえてくる。
ナツコが石を拾い集めて、箱に投げ入れている音だろうか。
さて、そろそろ私も動き出そう。寝床を片づけ、朝ごはんを支度しよう。
朝ごはんは、グリルパン・トースト、ほうれん草とハム炒め、オムレツ、紅茶。
朝飯前の作業を終えたふたりを迎え……
私「ゆっくりしてって」
ス「なんか、海の家みたいじゃのう」
ナ「ここは山の家。なおみの山の家」
食べながら、スイセイが話したこと。
スイセイは、草マルチというのを考えている。
マルチというのは、畑に黒いビニールをかぶせ、太陽が当たらないようにしてそこだけ雑草がはえないようにする方法で、それを草でやろうというわけ。
クローバーやれんげを植えて、庭や畑をおおうことで雑草の力を弱め、将来的にはそのまま耕せば畑の肥やしにすることも考えている。そういうのを緑肥というのだそう。これは、『大草原の小さな家』にも書いてあったから、私にも分かる。
今回、東京で育てた(道ばたで採取したもの)クローバーとミゾソバを持ってきている。
朝ごはんを食べ終り、10時半からは「工作教室」。
先生はスイセイ、生徒はナツコと私。一回目の今日は、「道具の使い方」だそう。
のこぎりの使い方を実技としてやり(杉の板を切ってみた)、植木バサミの刃の重なりの仕組みや、バッコンの使い方の注意も教わる。
のこぎりは力を入れてはだめ。ひっかかる時ほど力技でなく、やさしく手を動かす。刃先の動きに気持ちを集中し、自分が刃のひとつになっているつもりで。
なーんだ、これは料理と同じことだ。
台所の裏庭の落ち葉を集めながら、石集め。
草を抜き、はみ出している枝ものこぎりで切った。
私は今までのこぎりが嫌いだったけど、好きになった。
やさしくやってあげれば、いつかは必ず切り落とせることが分かったから、ていねいな気持ちを保ちながら手を動かせる。
昼ごはんは、おでん(しらたき、大根、じゃないも、ちくわ、ソーセージ、卵、はんぺん/東京で作った残りを、きのうからストーブにのせておいた)
午後は本格的に台所裏庭の作業。
最初は表面の石だけ拾っていたのだけど、クワやシャベルが石に当たってはかどらないので、大きな石はバッコンで掘り出し、草も根っこごとぬいた。
ナツコは向こう側。それぞれ夢中になってやる。鼻歌を歌ったりしながら。
今日は風が強い。天気予報でも注意報が出ていたけれど、こっちの強いというのは、そうとう強い。いきなりまとまった風がくる。
ピューッと吹くと、思いもよらない物が、勢いよく飛ばされる。麦わら帽子のツバが煽られ、ヒモがアゴにくい込む。

せっかく落ち葉をためておいても、石をのせておかないと散らばってしまう。
石積みで使うかもしれない大きな石は脇に集め、瓦は瓦で集めた。
小さめの石だけコンテナーに入れ、集ったらナツコが一輪車で運んで、畑脇の道にきれいに敷き詰めてくれた。
3時までやって、休憩。りんごを食べる。山の紅葉が見えるところの石に腰掛けて。
台所裏の庭は、石がごろごろしているから、スイセイが「アイルランド」と名前をつけた。
道具を洗い、片づける。
4時過ぎに温泉へ。
冷えた体には、温泉がごちそう。
露天風呂はとくにごちそう。顔が冷めたいのに、体はぽかぽかゆーるゆる。
おいしい日本酒が飲みたくて、はじめての酒屋を覗いてみる。
ここは古い木造の店で、前から気になっていたところ。
山梨の地酒ばかり売っているお店だった。いろいろ迷って、「富士川」というのを買う。前に、いしいしんじさんが、おいしいと言っていたような気がして。
夜ごはんは、スモークレバー、南瓜の塩蒸し煮、グリルパン焼きいろいろ(油揚げ、いか入りさつま揚げ、お餅)、大根の塩もみ、ポテトサラダ(スーパーの。冷蔵庫で凍っていた)、牛スネステーキ(昼間のうちから、白ワイン、しょうゆちょっと、サラダ油でマリネしておいた)、まいたけのバター炒め(肉を焼いたあとのフライパンで)。
牛スネステーキが、たまらなくおいしかった。
ゆうべよりさらに進化したおいしさ。「気ぬけごはん」に書こうと思う。
スイセイは明日もうひと晩したいという。畑の作業をやりかけているし、クローバーも植えかえしたいそう。
なので、明日はナツコの車に乗せてもらって東京へ帰る予定。
今夜は月がピッカピカ。星もずいぶん出ている。
こんなに月がきれいなのは、昼間風が強かったせいで、空気が澄んでいるからだろうか。
そういえば昼間も、奥の山の紅葉がすみずみまでくっきり見えていた。
スイセイは熱燗(「富士川」は冷やで飲んだ方がおいしかった)をちびちびやりながら、ナツコを相手に真面目な顔をして語っている。私は日記を書いている。
スイセイが着ているスキーパンツは、幅広のサスペンダーがついているので、リュックか何かをしょっているみたいに見える。何度見てもそう見える。 10時半に就寝。

●2012年11月30日(金)曇り

1時過ぎに山の家に着いた。
山は、思っていたより寒くない。覚悟してたっぷり着込んできたせいもあるかもしれないけれど。
ここに着くまでの道のりは、紅葉がとてもきれいだった。
きっと、終いの紅葉だ。時期がずれているだろうから、まったく期待をしていなかったのだけど。
もう少しずれると、茶色になってしまうだろうオレンシ色の葉、濃い緑、黄色、ところどころに紅もあった。
鍵を開ける前に、まずはお墓のご先祖さんに挨拶にゆく。『今日もいち日、ぶじ日記』を持って。
「おかげさまで、ぶじ本が出ました。この家のことをたくさん書かせてもらいました。ありがとうございます」
畑のススキも雑草も、前回スイセイがずいぶん刈り取っておいてくれたおかげで、丈が短くすっきりと見晴らしがいい。
庭の雑草は、もうほとんど淘汰されている。
夏に三ちゃんが開墾してくれたところも、芝生のような小さな草が覆っているだけで、ススキはまったく出ていない。
リーダーが発掘してくれた道には、南瓜がひとつできていた(資材置き場の地面から勝手に生え出ていたもの)。
しばらくしてナツコの車がやってきた。
庭でお茶を飲んでひと休みしたら、私は掃除。
スイセイは畑仕事、ナツコはすきま風が入ってこないよう、台所と畳の部屋の間に、お膳やトタン板をかませて寒さ対策。
今夜は温泉には行かないので、明るいうちにスーパーへ。
どこを見ても紅葉がきれい。これまで来たなかで、今がいちばんいい時季かも。
このところ私は、ずっと慌ただしくしていて、出掛ける直前まで仕事をしていた。
どうせ2泊しかできないし、帰ってからもやることがあるので、来るのをやめようかとも思っていたくらい。
でも、ああ、やっぱり来てよかった。
ひんやりと清冽なこの山の空気。
東京の暮らしにはまっていると、この空気のことを忘れてしまうのだな。
帰ってすぐに夕食の支度。スイセイは庭で火を起こしている。
明るいうちから焚き火ごはん。
前回スイセイは屋根に上り、壊れかけていた屋根裏部屋の手すりをはずしてておいた。
それをバラバラにし、庭に放っておいたのがちょうど乾いて、いい薪になった。
棒状の木にはホゾが切ってある。釘を使ってないみたい。
この家は築100年以上になるのだから、もしかしたらこの木だって、同じくらい古いかもしれない。
ビールをちびちび飲みながら、焼き鳥と厚切りハムを、アムプリンの器で蒸し焼きにして食べた。
小さな網にのせて、ちくわ、かぼちゃ(ナツコのお母さんが持たせてくれた)も焼いた。
原始人みたいに、なんでも火に炙って食べるのをいろいろ試してみたくて、隙間から上っている細い煙りをめがけてプロセスチーズをのせ、ふたをして焼いてみる(これはスイセイのアイデア)。薫製もどきができた。
スプーンにのせたみそも焼いてみる。
うーん、なんておいしいんだろう。
最後は、『はじめ人間ギャートルズ』みたいにしたくて、東京から持ってきた牛のスネ肉も焼いてみる。
大きい塊を3等分し、塩と粒こしょうをまぶして、瞬いているおき火の上に直に網をのせて。
牛スネ肉なんて、シチューやカレーに使う意外考えつかなかったけれど、噛みちぎって食べる肉そのもののおいしさに、スイセイもナツコも唸った。
なんか、カウボウイみたい。
ビーフジャーキーみたいでもある。
ラジオからは、九ちゃんの『見上げてごらん夜の星を』。
部屋に戻り、ナツコとふたりであと片づけ。
私は顔を洗って寝床を作り、外へ出て歯磨き。
ホースが凍らないよう、水を出して物干ざおにぶら下げておく。
青白く光る月が、靄に透けている。
その間、ひとりでぺらぺらとよく喋り、ご機嫌でビールの続きを飲んでいたスイセイは、9時を過ぎた頃、「オレはもう寝る」と宣言したとたん、ことんと寝てしまう。
私たちは10時に寝る。

●2012年11月25日(日)晴れ

寝坊した。
10時に起きて、布団の中で『きょうもいち日、ぶじ日記』を読み耽る。
はじめて読む読者さんのつもりになって。
きのうは、青山ブックセンターで、みどりちゃんとトークショーだった。
お客さんは120人くらい集った。
話しながら、みどりちゃんに出会った頃のことをまざまざと思い出したり、『高山なおみの料理』の本を作っていた日々のことを思い出したり。
照明の下、マイクを握って話しているみどりちゃんと、その隣で頷いている私。
こうして一緒に年を重ねることの不思議。これからもまだまだ、新しい仕事に挑み、本を作ろうとしている私たち。
丹治君やアリヤマ君、川原さんが、いちばん後ろの席にいるのが見えて。
トークが終ったら、横尾かおるちゃんや、アリヤマ・デザインストアの娘たちや、「クウネル」編集部の人たちも来てくださっていて。
しょっちゅう会っているけれど、赤澤さんと熊谷さんが出迎えてくれて。
みんな、俯瞰して見ると、ちゃんと少しずつ年をとっていて。
そういういろいろが、なんだかとても喜ばしく、ありがたく、切なく、まわりの空気に向かって深々と頭を下げたいような気持ちになった。
そんなわけで、今日はわざと仕事をしない。
12時に起きて朝ごはんを食べ、掃除も何もせずにゆっくり動く。
夜ごはんは、みそラーメン(白菜、ワカメ、味つけ卵)、大根の浅漬け(青じそ)。
明日から、また私はがんばろう。

●2012年11月18日(日)快晴

きのうとは打って変って、とてもいい天気。
昼間のうちは足に陽が当たって、ぽかぽかしていたのに、陽が落ちたとたん冷え込んできた。
でも、ようやくいろいろな原稿書きが終った。
『ぶじ日記』の手が離れてから、「はなべろ読書記」、「気ぬけごはん」と続いていた。
合間をみて、『よりぬきサザエさん』の評論(というか、感想文みたいなもの)も書いた。
そしてようやく、「ロシア日記」も仕上がった様子。
明日、もういちど推敲をしてからお送りしよう。
夜ごはんは、スイセイがピザを頼んでくれるそうなので、早めにお風呂に入ってしまおう。
夜ごはんは、白菜のコールスロー、宅配ピザ。

●2012年11月9日(金)ぼんやりした晴れ

ゆうべ私は8時半に寝た。
夢の中でもぐっすり眠り、夢をみていたような気がする。
朝起きたら、肩凝りがまったくなく、体が軽くなっていた。
きのう、整体へ行って思い切りほぐしてもらったからだ。
帰ったら体がぽかぽかして、夜ごはんを食べながらも眠たくてたまらず、必死でお風呂へ入り、布団に入ったのだった。 
整体の先生によると、私の体は背中も肩も首もすべてが前のめりになったまま、固まっていたのだそう。
もちろん心当たりがある。このところずっと『ぶじ日記』の校正に夢中だったせいだ。
それも、おとついでようやく手が離れた。
あとは野となれ花となれ。
新しい日、新しい体。
今日からまた、新しい気持ちでがんばろう。
きのうの続きの「はなべろ読書記」を書いたら、いよいよ「ロシア日記」に突入だ。
そういえば、今朝起きてスイセイが部屋に入ったら、スズメが1羽飛びまわっていたそうだ。
ほんのちょっとの窓の隙間から入ってきたらしい。
慌てて窓を開け、逃がしたそうだけど、スイセイの部屋は散らかっているから、巣を作るのにちょうどいいなと思ったのかもしれない。
お母さんスズメだったのかも。
夜ごはんは、ロールキャベツ、銀杏塩炒り、納豆(私だけ)、白いご飯。
ロールキャベツは箸でほぐれるくらい柔らかく煮た。かくし味で醤油をちょっと落としたので、納豆ご飯にも合った。

●2012年11月4日(日)快晴

ゆうべはようやくぐっすり眠れた。
寝る前に、自分で作った束見本を、ワインを飲みながらずっと眺めていた。
これは、『今日もいち日、ぶじ日記』のためのもの。
表紙の絵を貼ったり、もくじや本文ページ、挿絵を挟んだりしてある。
きのうは散歩をしながら、スイセイに怒られた。
つまり私が、「いちばん好きなもの」を望みすぎるということ。
今決まっているカバーは、2番目に好きなもの。私はいちばんのカバーがあきらめ切れず、ずっと悶々としていた。
2番目のカバーといちばん好きなカバーを、とっかえひっかえかけているうちに、かえって2番目の方に決まってよかったのかもしれない…… と、はじめて思うことができた。
それで、ずいぶん気持ちが落ちついたのだと思う。
自分の好みを押し進めることに執着していたあまり、感情的になっていたから、きっと、いろいろなことを公平に見ることができなっていたんだろう。
この1週間、本の姿形ばかりにとらわれていたけれど、私がやらなければならないのは中身なのだと、ハッと我に返った。
もう、これで最後なのだから、心を落ち着けて校正にとり組もう。
この本が皆さんのところに飛んでゆくのは、11月30日。どうか、楽しみに待っていてください。
今、ピンポンが鳴って、荷物が届いた。
真っ赤に輝くりんご。
わーい! 今年もまた、マキコちゃんが送ってくださった。
夜ごはんは、鮭弁当(おかか、海苔、塩鮭。自分で作った)、撮影の残りのおかずいろいろ。

●2012年10月26日(金)晴れ

よく晴れている。暑いくらい。
ゆうべ寝る前に、駅弁のテレビを見たので、私はお昼にお弁当が食べたくてたまらない。
「あとで三鷹駅の方へ散歩がてら買いにいかない?」と、朝ごはんを食べながらスイセイに相談する。
並木道の木陰に自転車をとめ、ひとりでお弁当を売っている女の子(前にスイセイが歯医者の帰りにみつけた)のことを思い出し、11時半に出かける。
まだ来ていない様子。
ベンチに腰かけ、道ゆく人や飛行機雲を眺めながらぼんやり待つ。
12時近くになっても、まだ来ない。
私はいくらでも待っていられる。
お昼の休憩の、サラリーマンの人たちも会社から出てくる。
そのうち女の人がやってきた。
スイセイがいうには、いつもの女の子ではないそうだ。
やっぱり買うのをやめて三鷹駅へ。
入場券を買って中に入るが、駅弁らしきものは売っていない。
けっきょく、チェーン店のお弁当屋さんで、ホカホカの「のり弁」を買って帰ってきた。
途中、シルバー人材センターへも寄る。
クリスマスツリーのセットをみつけ、欲しくなる。
「みいは今日、パーパーしとる」とスイセイがいう。
どういう意味かというと、気が多くて散らかっている。あれもこれもと欲しがるくせに、すぐに飽きてほかの物に目移りしたり、話があちこちに飛びまわったりしてうるさいのだそう。
「ロシア日記を書く時に、みいはオレを寄せつけんくらいに集中して、背中を丸めてパソコンに向かっとるじゃろう。それの正反対じゃけえ」
そういう時には、ちょっと欲しいと思っても、がまんして買わない方がいいのだそう。
たしかに。今日の私はパーパーしている。要するに、私は暇なのだな。
理由はほかにもある。ゆうべ見た『きょうの料理』が、とてもよかったからだ。ドーナツも本当においしそうだったし、明るくて楽しい番組になっていたから。
見るまでは、どんなことになっているか分からなくて、ずっと不安だったんだと思う。
もうひとつよかったのは、サラリーマンの人たちが、お昼ごはんをとても楽しみしていることが分かったこと。
みんな、財布を片手に、ニコニコしながら歩いていた。
私も昼ごはんを楽しみに、あちこち歩きまわっていたので、そういう気持ちがよく分かった。
夜ごはんは、とろろ蕎麦、椎茸のさっと焼き(ごま油、しょうゆ、七味、スダチ)。

●2012年10月19日(金)晴れ

スイセイは6時前に起きた。
ストーブをつけている音がする。
私はまだシュラフにもぐっている。窓の外が明るい。
グールドのピアノがラジオでかかったので、エイッと起きる。
空が青い。ようやく晴れた。
スイセイは作業。私はミルクティーをいれ、この日記を書いている。
おとついは眠れなかったけど、ゆうべはとてもよく眠れた。
いくつも夢をみて、目が覚めてもまたスーッと眠れた。
朝方は毛布と青いシュラフだけでは肌寒く、子供シュラフもかけて寝た。
外で歯磨き。
スイセイは畑の草を抜いている。
枝豆畑だったあたりにしゃがんで、巻きついている蔓らしき草を、一本一本抜きとっては、はずしている。
時々、目の先のまだ山盛りの草を見たりしながら。
私がいることにはなかなか気づかない。
朝ごはんは、いもこ汁、素うどん(コッヘルで)、稲荷ずし(私)。
コッヘルうどんがとてもおいしい。コッヘルで食べると、何でもおいしい。
こんどはカレーライスをぜひ食べてみたい。真冬には、お雑煮を作って食べよう。
きのうは一日中雨でできなかったので、朝ごはんを食べたら、納屋の屋根に上り、屋根裏を覗いてみる予定。
きのうは真っ暗で分からなかったけど、今朝はよく晴れているから、中の天井が見える(黒い戸ではなかった)。
今、屋根に上って見てきた。
お蚕さんの台や、家財道具なんかがそのまま残っているのを想像していたけれど、中にはスコーンと何もない。
とても広く、アマゾン側の戸口隙間から、光が射しているのが見える。
黒くすすけた梁と、茅葺き屋根の裏側の藁。柱にヒモで括ってある。全体的には、植物で編んだカゴのよう。
天井の梁は、あまり太くはないみたい。
中に入ってみたいが、あとはスイセイにまかせ、私はあちこち掃除をする。
今日は、東京へ帰るので。
屋根裏の戸は、中にはずれ落ちていたらしい。
スイセイは、崩れ落ちそうになっていた手すりを壊し、中へ入ってみた。
1ケ所に動物のフンがあったほかは、何も見当たらなかったそう。
あとは、1階につながる梯子段の穴らしきものがあったらしい。
今度、天井板をはずしたり、屋根裏の床板をはずしたりして、家の中のこともはじめてみるそう。
うーん、いよいよだ。楽しみだなあ。
スイセイははずれた戸を頑丈に打ちつけ、トタン板も張りつけて修繕をした。これで安心。

●2012年10月18日(木)雨

小雨の中、庭へ出て歯磨き。
スイセイは畑のススキを刈っている。
9時に朝ごはん。
トースト、ハムステーキ、目玉焼き、きゅうりの塩もみ、じゃがいものポタージュ(インスタントの)。
今回、新しく導入された台所用品はコッヘル。知らない間にスイセイが買って、持ってきてくれた。
コッヘルのスープは、キャンプみたいでとてもおいしい。
インスタントのものは、こういう食器がぴったり。
雨が止んでいる。
地面が柔らかくなっているので、今のうちに草取りをする。
根っこが浅いので、三本歯のクワでやると、すぐに抜ける。
前回、川原さんがススキを抜いたのを集めておいた軒下のところが、コウロギの巣になっている様子。
ゴキブリほどに立派な、艶があって大きいのが、出たり入ったりしている。
小雨が降りはじめると、キュロロコロロととてもいい声で鳴く。
こんなに涼しくても、まだ蚊はいる。
顔や首に、北海道で買ったハッカ油を塗ってやると、ちょっとはましみたい。
休憩で、直売所で買ったぶどう(甲斐路という品種)を食べた。
気が遠くなるほどおいしい。
生きている味が、生き物(私のこと)の体に入ってきたような感じがした。
果物は、景色を眺めながら外で食べるのがいちばんおいしいと思う。
けっきょく、クワだけでなくバッコンも使って、お昼まで草取りに専念。とちゅうでやめることができなかった。
きのう、近所を散歩したとき、金木犀の花が咲いていたから、今が時期なのだと分かった。
やっぱりうちの金木犀は、今年は咲かないのだ。
金木犀にも裏年っていうのがあるんだろうか。
昼ごはんは、インスタントラーメン(コッヘルで)、おにぎり、稲荷ずし、カレーヌードル。以上を分け合いながら食べた。
くったりとくたびれている。
頭がぼーっとしている。
校正ができなさそうなので、ちょっとだけ横になってからはじめよう。
3時半まで校正。
いちども休憩しなかった。なんか、山の家だと集中度が違うのだ。
4時に出て、温泉へ。
ホームセンターに寄って、スイセイは三角歯(先っぽが彫刻刀の刃のようになって、振り下ろすと地面に刺さる)のクワを買った。
温泉の前の山にかかる、高速道路のトンネル工事は、前に来たときより進んでいた。
小雨の中、露天風呂に浸かる。私ひとりの貸しきり。
発疹は、ずいぶんきれいに治ってきた。
スイセイはお湯に浸かりながら、さっき買ったクワを、やっぱり大きい方と交換してもらおうと思いついたそう。
値段は張るけれど、そっちの方が重みがあるから、うちの石だらけの地面にも刺さりやすいだろうと思って。
帰りにホームセンターに寄り、交換してもらった。
ジープに乗って待っていたら、大きい方のクワを持って、スイセイがにこにこしながら戻ってきた。
私は夜ごはんの支度、スイセイは戻ってすぐに地面でクワを試してた。バッチリだったそう。
夜ごはんは、冷や奴、いかの一夜干し(フライパンで焼いて醤油をまわし、バターを落とした)、きゅうり&みそ、いもこ汁(ゆうべの煮物をのばし、豆腐、まいたけ、みそを加えた)、ミニ散らし寿司(スーパーの)。
スイセイはビール。
私は1杯だけでいい気持ちになってしまう。
今夜、スイセイは元気だそう。きのうは山に来たばかりで体が慣れず、くたびれていたそう。
外はとても風が強い。
台所の裏の扉に、枝が当たる音がする。台風がきているのだ。
スイセイはビールをちびちび飲みながら、まだ喋っている。
9時半に就寝。ビショビショと雨の音がよく聞こえる。
新しい家になっても、雨の音がよく聞こえる造りになるといいな。

●2012年10月17日(水)曇りのち雨

今日から山の家に来ている。
どうしても来たくて、スイセイにお願いして急きょ決まった。
『ぶじ日記』の校正は、山でやればいいのだとおとつい気がつき、持ってきた。
庭の草はそれなりに生えているけれど、メヒシバ(子供の頃、穂で王冠を作って遊んだ)やエノコロ草、ドクダミなど。
ススキはまったくない。ヨモギもほとんどない。
花がふたつついた白百合が、スッと1本だけ立っている。
ほかの白百合はもう花が終り、種をもったさや(?)が硬く膨らんでいる。
台所の方の庭も、アマゾンも、まあまあ生えてはいるけれど、2ヶ月近く放っておいたのだから、まあこんなものだろう。
去年よりはうんとましなので、私は驚かない。
ススキや蔓の植物など、根っこが深くて強い草が淘汰され、次の世代の草になったのだな。
金木犀の花が、まったく見当たらないのはどういうわけだろう。散った形跡もないし。
スイセイは雨の中、畑の上のススキを刈ったり、庭の草を取ってみたり。
山に連れてこられて喜んでいる犬みたいに、何かしたくてたまらないみたいに、動きまわっている。
ちょっと驚いたのは、屋根裏部屋の戸がはずれていたこと。
この間の台風のせいだろうと思うけれど、下から見ると、戸が外れた四角が真っ黒に見える。
あれは、中の暗闇だろうか。それとももう1枚、黒い戸がはなっているんだろうか。
明日、中を覗いてみる予定。
私はというと、早く落ち着いて校正をしたいのだけど、なんだかもったいないような気がして、窓の外を眺めたりしている。
雨の日もまたよし。
森を通ってやってくる、山のひんやりした空気。これがずっと恋しかったのだ。
午後、高速道路の工事をしているところまで、散歩がてら見学にいく。
道路ができる計画の場所が、うちの窓から見えるかどうかとても気になるが、これは前から分かっていたこと。
まあ、いたしかたない。
ビショビショと降る雨の音を聞きながら、校正。
なんだか、東京にいるときよりも頭の中がしんとして、じっと取り組むことができる。
スイセイは、アイパッドで天気予報など調べている。
寒いのでストーブをつけた。
まだ6時なのに、真っ暗。東京の8時くらいの暗さだ。
私が校正に夢中なので、今夜はスイセイが夜ごはんを作ってくれるそう。
夜ごはんは、なすのステーキ(みそと白ワインで味つけ)、鶏手羽塩焼き(出てきた脂でまいたけを炒めた)、マカロニサラダ(スーパーの)、里いもとちくわの煮物(私が作った)、きゅうり&金山寺みそ(直売所で買った)、ビール。
発疹がひどくなったらいやなので、私はビールを飲まない。
山へ来ると、何を食べても本当においしいことを、しばらく忘れていたな。
スイセイは8時に寝てしまった。
私も寝床に入るが、眠れない。体に沁み入るような、いろんな虫の声がする。

●2012年10月13日(土)晴れ

打ち合わせや撮影やら、しばらく続いていたので、今日はひきこもる。
朝ごはんも食べず、歯も磨かずに、パジャマのまま本を読みふけった。
読んでいたのは『ソーネチカ』。何度も読んでも、やっぱり同じところで涙がこぼれてたまらない。
明日はちゃんと起きて、真面目に働こう。
発疹も、ずいぶんよくなってきた。
夜ごはんは、おでん(ゆうべの残り)、茶飯、ゴーヤーと大根のワイン醤油漬け。

●2012年10月12日(金)曇り時々晴れ

1週間くらい前から上半身に赤いブツブツができ、皮膚科で3日前にみてもらった。
ウィルス性の発疹とのこと。
免疫力が下がっていると、そういうことになるらしい。
そういえば、テレビの収録あたりからこっち、忙しかったかも。
今日は、菊池亜希子さんが「LEE」の取材でうちにいらっしゃる。「仕事場訪問」というページだそう。
さーて、どうなることやら。
菊池さんは、まっさらな女の子だった。
背が高く、姿勢もよく、ちょっと低めの声でゆっくり話す。
部屋を案内したり、共通の好きな本の話をしたり、押し入れの中のテレビを見せたり。ゆったりした取材だった。
私は母のようになり、帰りがけに自家製なめたけをお土産にした。
夜ごはんは、おでん(厚揚げ、コンニャク、ゆで卵、ウインナー入りさつま揚げ、たこつみれ、大根、じゃがいも、里いも)、ワイン醤油漬け(大根、ゴーヤー、きゅうり)。
おでんの里いもはスイセイのリクエストでやってみた。ぬめりが出そうなので、下ゆでしてから別々に煮て、盛りつける時に合わせた。

●2012年10月8日(日)雨のち晴れ

しとしとと静かな雨が降っている。寒いくらい。
6時半に起き、コーヒーをいれてミホを送り出す。
ミホは今日、三ちゃんのケータリングの手伝いをするそう。
髪をピンでぴっちり留め、7時くらいに出ていった。
もうひと寝入りしようと思ったのだけど、出たばかりの「自家製レシピ秋冬編」を布団の中で読んでいたら、眠れなくなった。
これは「暮しの手帖」の別冊。
打ち合わせで松浦さんたちがいらっしゃったのは、去年の春だったろうか。
それから何度か打ち合わせを重ね、秋から冬にかけて少しずつ撮影をした。
その後も、原稿のやりとりをしつこくし、ようやく本になったのだ。
すごくいい本ができたなあ。
私のほかには、ケンタロウ君と飛田和緒さんが料理を作っていらっしゃる。
小さく挟まるコラムはもちろんのこと、ひとつひとつのレシピも本当に三人三様で、リード(料理名につく小さなコトバ)を読んでいるだけで、話しぶりや声が聞こえてきそう。
これは、みどりちゃんのスタイリング(一冊通してやっている)の力もずいぶんあると思う。
カメラは齋藤君と木村拓さん。
この本に参加できて光栄だな。頑張ってやって、本当によかったな。
午後からは、「クロワッサン」の原稿書き。
きのうから書いていたのが、ずいぶん形になってきた。
朝は寒くて長袖を着るくらいだったけれど、ミホが帰ってきたと同時に晴れ間が出て、ぐんと暑くなった。
2時半に3人で昼ごはん。
お土産でもらってきた三ちゃんのパンで、ミホがハンバーガーを作ってくれた。
とちゅうで覗きにいったら、玉ねぎをものすごく細かく刻んでいた。卵も入っていないし、パン粉もなかったのに(食パンを牛乳に浸けた)、ふんわりした焼き上がりで、すごーくおいしい。ナツメグの効き方もほどよし。
レタスも外葉しかなかったし、卵も切らしていたのに、ないながらも工夫して作ることができるんだな。
うーん、本当に私より料理がうまいかも。
本人がまったく得意がらないところも、感心するばかり。
夕方、陽が落ちる前に出て、散歩がてらミホのアパートを探しにゆく。
本当に上京するかどうか、まだまだ決められないようだけど、なんとなしに下見をする感じで。
スイセイと3人、てくてく歩いて三ちゃんちの方まで見てまわった。
エバ子(エバジャム)は、夕暮れの中、白衣を着て仕事をしていた。
夜ごはんは、お刺身(トビウオ、鰯)、焼き茄子、しし唐のしょうゆ炒め、ピクルス(三ちゃん作)、水菜の煮びたし、きのこご飯(まいたけ)、たくわん、ビール、白ワイン。
炊き込みご飯とたくわんて、なんて合うんだろう。
ミホは明日の朝帰るそう。

●2012年10月5日(金)快晴

きのうから、ミホ(みっちゃんの娘、25歳)が泊まりにきている。
東京に住んでみたい(かもしれない)そうなので、社会科見学も兼ねて。
この間、『きょうの料理』のロケで実家に帰ったとき、ミホの話を聞いているうち、私の友だちがどんなふうに働いて、生きているのか見せたくなった。
それで、私の方から誘ってみたのだった。
きのうは、新しい料理本の打ち合わせで、フルメンバーが集ったので、さっそく紹介した。
赤澤さん、立花君、みどりちゃん、齋藤君、川原さん、そしてリトルモアの熊谷さん。
じつは、『高山なおみの料理』のメンバーで、新しい料理本を作ることになったのです!
夜ごはんは、ミホが作ってくれた。
さつまいものオイル焼き、なすのフライパン焼き(かつおぶし、しょうが醤油)、目鯛のみそ漬け(私が漬けておいたもの)、枝豆、青じその醤油漬け、ゴーヤーの松前漬け(三ちゃんのお母さん作)、白いご飯。
さつまいもをあんな風にフライパンで焼くおかずを、私ははじめて食べた。すごくおいしかった。
なすも、私だったら1枚でベロンと焼くのに、ミホのは食べやすく半分に切ってから焼いてあった。
ミホは栄養士の大学を出ているそうだけど、もしかしたら私より料理が上手かも。

●2012年9月26日(水)晴れ

このところ、ずっとぐずぐずした天気だったけど、ようやく晴れた。
朝ごはんを終えてすぐに、原稿書きの続き。
何を書いているかというと、みどりちゃんの新しい本『私の好きな料理の本』の書評。
きのうから書きはじめたのが、どうやら形になってきた。
スイセイに見てもらいながら、夢中になってやる。
3時くらいに書き上がり、スイセイからもOKが出たところで散歩へ。
中央公園は芝生がどこまでも広がって、イギリスの庭園のよう。
文章の仕事は、ひとつ書き終わるとせいせいし、とても嬉しいのだけど、はじめる前はいつも不安。
ちゃんと締めきりに間に合うだろうかとか、いいのが書けるかどうかとか、いろいろ考える。
書きはじめて形になってくると、どんどんおもしろくなって、おもちゃのようにしてああでもないこうでもないと遊んでいる。
削ったり、加えたり、また削ったりして。
そうやってひとつひとつが終り、また新しい文章にとりかかる。
料理の仕事だと、まったく不安にならないのに、文章は、そんな感じ。
そんな話をスイセイにしながら、イギリス庭園を横断した。
スーパーで買い物をして帰ってくる。
「今日の雲は、綿菓子をひきちぎったようじゃの。これは秋特有の雲で」
帰りついて窓の外をふと見ると、西の空ぜんぶが広範囲に茜色。
こんな夕焼けは、とてもめずらしいこと。
夜ごはんは、豚のしょうが焼き(玉ねぎ入り)レタス添え、小松菜ともやしの煮びたし、自家製なめたけ、練り梅(美容師さんにいただいた)、ゴーヤーの黒酢しょうゆ漬け、みょうとねぎのみそ汁。

●2012年9月23日(日)雨

肌寒い雨。
ゆうべはぐっすり眠って、7時に起きた。
リーダーがひと足先に来て、アシストしてもらいながら仕込み。
撮影は12時から。カメラマンはちよじ。
トップバッターでちょじが玄関を入ってきたとき、顔も声も、晴れの日のように明るかった。
最近、ちよじ(昔、うちで居候をしていた)に写真を撮ってもらうことが多くなったのは、妹のように可愛がっているからとか、気安いからとかではなく、いい写真をいい雰囲気で撮ってもらえるようになったから。
3時半くらいに解散し、スイセイを呼んで、リーダー&ちよじでお茶を飲みながら世間話。
何にもなければ、ビールでも飲みたいところだけど、今月中に仕上げなければならない作文があと2本、10月半ばまでにも3本あるので、気がぬけないのだった。
ふたりを送りがてらスーパーへ。『まる子』に間に合った!
夜ごはんは、広島風うどん(とろろ昆布、かまぼこ、小松菜)、ゴーヤーの黒酢しょうゆ漬け。

●2012年9月22日(土)曇りのち晴れ

ゆうべはタオルケットだけでは肌寒く、毛布を出した。
きのうまで、あんなに蒸し暑かったのに。今日は秋分の日。
朝ごはんを食べながらスイセイが、「背中を押されて、つんのめったみたいに秋になったのう」と言った。
そうか、本当に夏が終ってしまったのか。
テレビのロケもぶじ終って、よくやく普段の日々が戻ってきた。
きのうは、新しい料理本の2回目の打ち合わせだった(編集者とだけ)。
詳しいことはまだ書けないけれど、本のイメージが頭のまわりにポカーンと浮かんできている。
撮影は12月からだけど、また、怒濤のように楽しい大仕事がはじまる予感。なんたって、メンバーがすごい。
午後から晴れ間が見えてきた。
洗濯物を出し、布団を干し、さーて仕事にとりかかろう。
「小説新潮」の原稿書きと、明日の撮影の準備だ。
夜ごはんは、簡単おでん(コンニャク、厚揚げ、つみれ、さつま揚げ、ゆで卵)、しょうが入り茶飯。

●2012年9月16日(日)曇りのち雨のち晴れ

ゆうべはよく眠れなかった。
きっと、明日から『きょうの料理』のロケがはじまるので、気がたかぶっているのだ。
「ロシア日記」の校正を仕上げ、コンビニまで散歩。
パン屋さんにも行こうと思っていたのだけど、雨が降り出した。
とちゅうで別れ、スイセイはパン屋、私はスーパーへ。
「はなべろ読書記」の校正も終り、あちこち掃除する。
インタビューで何を喋ろうか……などと思いながら、雑巾がけをしていたら、だんだん晴れてきた。
洗濯物を出し、風呂場のマットを干し、ベランダに出て私も陽に当たる。
台所が映るかもしれないので、フライパンの底を磨いた。
ロケは、明日から3日間。
さーて、どうなることやら。
この様子は、10月25日に放送される予定です。どうか楽しみにしていてください。
あとで『平清盛』を見る予定。早めに風呂へ入ってしまおう。
夜ごはんは、ざる蕎麦(水菜、ワカメ、青じそ、ねぎ)、焼きなすのごま和え、にんじん塩もみ、しめ鯖。

●2012年9月9日(日)快晴

ゆうべは虫の声がした。
そういえば蝉の声も、ずいぶん小さくなった。
今年も夏が終ってゆく。
「鼻べろ読書記」の原稿がずいぶん書き上がったので、今日から「気ぬけごはん」の文をやる。
夢中になって書いていて、仕事部屋がものすごく暑いことに気づく。水風呂に浸かり、ついでにお風呂の蓋も洗って干した。
今月は、文章の仕事がいくつも重なってしまった。テレビのロケもあるし、料理の撮影もひとつある。
忙しいのはありがたいことだけど、山の家へはきっと行けないだろうな。
今ごろ庭はどんなことになっているだろう。
秋の虫は鳴いているだろうか。
この間、いつものように散歩に出たら、中央公園はガラガラだった。
夕方で、西陽が強かったけれど、芝生にあおむけになった。
最近私は、ちょっと根をつめると目が痛くなる。
瞼を押さえたり、目のつけ根をもんだりして、パッと目を開けたら、真上に大きな空が広がっていた。
体ごと吸い込まれ、混ざってしまいそうな青い空だった。
夜ごはんは、冷やしトマト、餃子(おとつい包んだ残りを焼いた)、ラーメン(水菜、ゆで卵)。

●2012年9月2日(日)晴れ時々大雨

2週間も日記を休んでしまって、ごめんなさい。
撮影や打ち合わせ、ゲラ校正をひとつひとつ終らせながら、原稿書きにはまっていました。
何を書いていたかというと、『今日もいち日、ぶじ日記』の前書きと「東北日記」。
「東北日記」は、去年「ヨムヨム」に載ったのを単行本のために直していたのです。
私は毎年夏になると、汗をかきながら『黒い雨』を読むのだけど、今年は自分で書いた「東北日記」を読み返し、震災のことを反芻していました。
『今日もいち日、ぶじ日記』は11月に新潮社から発売。どうか、楽しみにしていてください。
木曜日からは、2泊3日でりうたちが遊びにきた。
そよは11月で3才、トーキチも11月で満1才になる。
きのうの夕方、スイセイと上野駅まで見送りにいってからは、あちこち片づけたり、また前書きを直したり。
そよは自我がずいぶん芽生えて言うことをきかず、小憎らしい場面さえあった。トーキチはハイハイの時期だから、何でも口に入れて目が離せない。
りうがトイレのときや、どちらかをお風呂に入れているときなんかに、スイセイと協力しながら面倒をみた。
私のことは「みいばあば」と呼ぶように教えたのだけど、「みいばあばば」と1、2度言っただけ。すぐに忘れてしまい、「お姉さん」と呼ばれたりした。
そよにとっては、いつも一緒にいる茨城の家族が「じいじ、ばあば、ひいばあば」。りうの母親は「東京ばあば」だから、ばあばがたくさんいて混乱するのだろう。
スイセイはすんなり「じいじ」と呼ばれていた。
私はスイセイともりうとも孫たちとも血が繋がっていない。
そのことを今まで何とも思っていなかったのだけど、今回は少しだけ淋しいと感じた。
それにしても、ふたりともすぐに「おなかすいたー」となり、りうもおっぱいを出すから腹ペコで、私はずっとごはんを作っていたような気がする。作りがいもあった。
りうと台所に立って、洗い物をしながらお喋りするのも楽しかったな。嫁と姑とか、姉妹みたいな感じでもあった。
私は子供を生んだことがないし、育てたこともないから、りうに教わりながらの「子育て筋トレ」みたいな日々であった。
今はまだ、そよの話し声や、トーキチをだっこしたときの重さ、よだれのベタベタとかまだこの家の中に漂っていて、スイセイに話しかける私の声までがそよと重なってしまう。
夜ごはんは、南の島風カレー(シバッちにもらったトムヤムクンスープの素とカレールウで作った。えび、なす、玉ねぎ、トマト)、豆腐サラダ(サニーレタス、きゅうり、豆腐、キムチ)。

●2012年8月19日(日)快晴

朝から、洗濯大会。
朝ごはんのパンを切らしていたので、スイセイを誘ってパン屋さんまで散歩。
きのう、山の家から帰ってきたら、東京もすっかり秋の空気になっていた。
ちょっと前、上水沿いを散歩していた時には、ところどころに秋の空気を感じるくらいだった。
それは夏の中に、秋の空気の粒子が混ざっているような感じ。
今はもう、その粒々感がなくなって、なめらかな秋の空気だ。
陽の当たるところは暑いけど、風が秋なのだ。
夜ごはんの買い物もして帰ってきた。
大テーブルにいろんな書類をのせ、片っ端から校正をやる。
校正はまだ終わらないけど、大量の洗濯物をたたみながら、『トムソーヤの冒険』。
『まる子』と『サザエさん』もあとで見よう。
夜ごはんは、ざる蕎麦、天ぷら(海老、まい茸、しめじ、茄子、ピーマン)、小松菜のおひたし、ワカメのお刺身。

●2012年8月17日(木)晴れのち大雨

6時半に起きた。
スイセイはとっくに起きていたみたい。
私はものすごく深く、よく眠れた。
朝飯前に、台所の庭の続き。屋根で日陰になっているところまでやる。
スイセイは畑の方のススキを刈っている。穂が出る前に刈っておきたいのだそう。
朝ごはんは、コールスロー(東京から持ってきた)、 ポテトサラダ(スーパーの)、ハムエッグ、バタートースト、ミルクティー(私)、ミルクコーヒー(スイ)。
パンをよけいに焼いて、いつお腹がすいてもいいように、カマンベールチーズとハムのサンドイッチを作っておいた。
台所の庭の続きをやる。
今は、ヤブガラシがひと絡みしたくらいだから、たぐってひっぱってやれば、力を入れなくても簡単に取れる。ヨモギは根っこごと抜き取る。ふきも、食べ納めにしようと、全部刈る。
12時ちょうどに昼ごはん。
トーストサンド、おにぎり、稲荷ずし、コロッケ、カレーヌードル、きゅうりの梅和え、にんじんのワイン醤油漬け。
午後もまた続きをやる。
ふと思いつき、バケツとタンクに水を入れ、日向に出しておく。お風呂で使おうと思って。
日陰のところはすべてやっつけた。
天気予報によると、今日は大雨と落雷注意報が出ている。
2時をまわった頃、遠くの山々だけ水墨画のようになっている。
こっちは明るいのに。
私は水浴びをして着替え、山の向こうから大雨がやってくるのを見学する。
そのうち風が吹いてきて、水墨画は手前の山まで移ってきた。
ふたつ向こうの山まで、霧がかかっているように見える。
いちばん近くの山も、うっすらと霞みがかかっている。
気づけば、奥の山々は、輪郭もすっかりぼやけ、白々とした空に紛れて境がない。
ブワッと大風がひと吹きした。
風の中に、雨粒が混じっていた。
さっきまで明るかったのに、あたりはぼんやりと暗くなり、そのうちに大粒の雨がポツリポツリと降り出した。
スイセイは庭で何かしている。
「ぐわらんぐわらん」と轟く雷の音。
トタン屋根に打ちつける雨音。
いちばん近くの山が白くなったのと同時に、土砂降りとなる。
植物の青々した匂い。地面の生々しい匂い。
窓を閉め、アマゾンの窓に移動する。
こっちも、バケツをひっくり返したような土砂降りだ。
強風と雨が吹き込んできたので、あちこちの窓を閉めてまわるが、間に合わず、木のかすみたいなのが入ってきた。
ひとりで台所にいるのが怖い。
閉め切った窓が白い。外はどうなっているんだろう。
こんなのは、山の家ではじめてのこと。
少し落ち着いてきたので、玄関の椅子に座って眺める。
スイセイは、雨の通り道を作っている。
雷が鳴る場所も、雨と同じように移動していく。
あちこちで轟きあう。ステレオみたい。
少しずつ小降りになってきた。
窓を開け、また山を眺める。水墨画だったところが、今はうっすらピンク色になっている。
ラジオでは、「鳥の歌」「月光」「チゴイネルワイゼン」がかかっている。
私はおしりをずらして椅子に座り、山しか見えないようにする。
椅子の後ろから、スイセイも一緒にしばらく眺めていた。
そのうちスイセイは昼寝。
私はパソコンができないので(雷が怖いから)、手持ち無沙汰。
アマゾンを見にいったり、庭を見たり。
雨に濡れた庭の草が抜きやすそうで、どうしてもやりたくなる。作業着に着替えていたら、スイセイが起きてきた。
小雨の中、私は庭の草抜き。スイセイは畑のススキ。
そのうち、けっこう降ってきた。それぞれ合羽を着込み、続きに専念する。
髪の毛までびしょ濡れになって、行水。日向の水は、大成功だった。髪も洗った(シャンプーはしない。水洗いとリンスだけ)。
風呂に入っていたら、今日もまた子供放送が聞こえてきた。
あれはきっと、夏休みだけの放送だ。
私は今、こうしてたまった日記を書いている。
なので、今夜はスイセイごはん。
鳥手羽をじっくりじっくり焼いている。私がいつもやっているように、フタをしてやっている。
今、焼き上がった。焼き立てを食べる。ものすごくおいしい。
私はまた、日記に戻る。
次は、ソーセージを焼いている。茄子も焼いてくれないかなあ。
スイセイが焼いたソーセージは、目眩がするくらいおいしかった。
食べ終わってすぐ、冷や奴を食べる。口に入れてすぐには分からないが、しばらくするとじーんときて、大豆の濃い味がする。
「まず、ソーセージに胡椒をまぶして食べる。そのあとに、ただの冷や奴を食べる。ここは、『味わい酒場』。こんなの、だーれもやらんようの」とスイセイがぶつぶつ言っている。
今は、茄子を焼いている。
茄子は、直売所で買った、太いのが6本入って100円。「秋なす」と書いてある。
スイセイに言われた通りに、私が茄子を切った。たて半分に切り、亀の甲羅のように切り込みを入れた。
今は、じっくりじっくり弱火で焼いている。
茄子は仕上げに、「たまたまフタが開いとったから、ワイン醤油漬けの汁をかけた。醤油もちょっとの」。
それが、たまたなくおいしい。油が少ないのにとろっとろ。茄子ステーキだ!
スイセイの『味わい酒場』、雨がしとしと降っている。
10時40分、庭に出て歯を磨く。
雨は止んでいる。
抜いた草を積み上げたあたりから、コウロギの合唱が聞こえてくる。
明日の朝は、できるだけ早めに東京へ帰る予定。

●2012年8月16日(木)快晴

8時5分に高速に乗った。
青い山々と富士山が見える。
さて、山の家の白百合は、もう咲いているだろうか。
お盆休みで談合坂が混んでいそうなので、ひとつ目のインターでトイレ休憩。凍ったジュースも買う。
青い山々は、近くまでくるとくっきりした緑となり、その中を走ってゆく。
「流れとる雲が、なんか秋っぽいよのう」
ほーんと、水彩絵の具で描いて、まわりをぼかしたような雲だ。そして空は、水色。青ではない。
高尾あたりで渋滞。でも、車はゆっくり流れている。
暑さ対策で天井に張った銀色シートのおかげで、ジープの中はそれほど暑くない。
窓も開けられるし、景色のいいところで渋滞になってよかったな。
相模湖を過ぎたところで渋滞は終わり。
フロントガラスがきれいになったように、緑がクリアーに見える。光の具合だろうか、それとも今日は、特別に空気が澄んでいるんだろうか。
9時45分に直売所。
談合坂で休憩しなかったから、いつもより早くに着いてしまったくらい。
きゅうり、茄子、ピーマン、桃、青りんご(小さめ)、うみたて卵、おにぎり、稲荷ずし、コロッケを買う。
お休み処で朝ごはん。
おにぎり(直売所の)&ぶどうジュース(スイ)、ひじきご飯のおにぎり&桃ジュース(私)
スイセイのぶどうジュースをちょっともらって、ジープの中で飲んだ。
ものすごくおいしい。巨峰を皮ごと凍らせて、ジューサーにかけてあるらしい。ジープの中から景色を眺めながらというのが、またおいしい理由。
こんどまた9月に来たら、忘れずに買って、ジープの中で飲もう。
ホームセンターとスーパー、郵便局へ寄る。
山がくっきりと近くに見える。やっぱりよほど空気が澄んでいるのだ。
11時に山の家に着いた。
白百合が咲いている!
前回、みんながやってくれたところは、ところどころ草が生えているけど、ほとんどきれいなまま。
川原さんがバッコンをやったところだけ、おそろしいほど草が生えていない。地面しか見えない。
端っこだけ、ススキの小さなのがぽそり、ぽそり。帰りの時間ぎりぎりまでやっていたから、最後はちょっと慌てたんだろうな。みっちゃんとふたりでやっていたし。
川原さんの集中力はすごいなあ。
いつものようにあちこち掃除。畳の部屋の廊下も雑巾がけ。
台所の庭の、白百合のまわりの草を取る。日陰のところだけやった。
そういえば、蝉の声がまったく聞こえない。チロチロと、秋の虫の声がする。
スイセイとふたりがかりで風呂掃除。
今までは、お風呂場の戸を開けるだけでも怖いくらいだったのだけど、掃除機をかけ、窓を拭き、外の水道からホースをつないでタイルをこすったら、見違えるほどきれいになった。
水だけど、うちにお風呂ができたー!
窓をいっぱいに開け、行水する。
後ろをふり返ればアマゾンの緑が見える。露天風呂みたい。
「遠き山に陽が落ちて〜」の音楽が鳴って、子供の声の町内放送がかかる。
「児童生徒の皆さん、6時になりました。今日もいち日、楽しく過ごせましたか? 気をつけて、家に帰りましょう」
お昼には、「どこどこ町の、誰々さんが亡くなりました。葬儀は、どこどこです」という放送もあった。
夜は、焚き火ごはん。
ソーセージ、冷や奴、きゅうり&味噌、わさび漬け、にんじんのワイン醤油漬け、ビール(スイ)、ワインの炭酸割り(私)。
早めに台所に戻るも、私は眠たくてたまらない。
歯を磨いて寝床を作り、ごろごろしながらスイセイのおしゃべりを聞く。
10時に寝た。

●2012年8月12日(日)曇りのち晴れ

朝のうちは、今にも雨が降りそうだったけど、午後には晴れ間が出てきた。
きのうも今日も、天気予報はうれしいはずれ。
「ロシア日記」が予定より早く仕上がったので、おとついときのうは、『Zの本』の書き起こしをやった。
「今日もいち日、ぶじ日記」が本になるので、「まえがき」を書こうと机に向かうが、どうにも進まない。
思い切って、今日は何もやらない日と決める。
「クウネル」を、1号から全部眺めまわす。
まだうんと先のことだけど、山の家をどんな感じに改築しようかな、などと思いながら、ペラペラめくった。
お昼ごはんを食べ、まただらだらする。
いつの間にやら空は真っ青で、蝉も心おきなく鳴いている。
あとで、図書館へ行ってこよう。
夕方になっても、蝉はやけくそのように鳴いている。
玄米の炊きはじめの圧力鍋の音と、蝉の声が紛らわしく、『まる子』を見ながら、台所へ何度も様子を見にいった。
蝉はまだ盛大に鳴いている。夜ごはんは、麻婆豆腐(ゴーヤー入り)、冷やしトマト、しらすおろし、オクラの梅和え、白いご飯(スイ)、玄米(私)。

●2012年8月5日(日)快晴

「ロシア日記」は今日で4日目。
今はウラン・ウデにいて、川原さんと通訳さんと3人で乗り合いバスを待っているところ。
ウラン・ウデの空は、青かったなあ。雲も真っ白で、空が近かった。
もう半分以上書けたので、午後からはたまっていたゲラ校正を3本やる。
あちこち掃除して、雑巾がけ。
3時ごろ、コンビニへ宅配便を出しにいきながら、図書館へ。ぐるっとまわっていつもの農家で夏野菜を買う。
茄子、きゅうり、トマト、枝豆。
このごろは、スイセイと散歩をしながら、3軒ある農家の軒先でいつも何かしら買う。
ゴーヤーやピーマンのこともあるし、トウモロコシのこともある。
夏野菜は形が揃ってないくらいの方が、みずみずしくておいしいなと思う。きゅうりはもちろん曲がっているし、太くて皮も厚い。
だから、スーパーで野菜を買う暇がない。
夏休みの宿題みたいに、机にかじりついて「ロシア日記」を書き、汗をかくたびに水風呂に浸かって、パーパーした服を着る。
夕方になったら、夏の空を仰ぎながら散歩して、夏野菜をぶら下げて帰る。
なんと幸せなことだろう。
夜ごはんは、枝豆、トマトのマリネ(乱切りにして塩をふり、サラダ油を少しかけて冷蔵庫へ。トマトから出た汁もまたおいしい)、茄子とピーマンのくたくた煮、明太子としらすの散らし寿司(塩もみしたきゅうり、塩でもんで熱湯をかけたゴーヤー、青じそ、みょうが、焼き海苔)。

●2012年7月29日(日)晴れ

朝から「ぶじ日記」の原稿書き。
4時過ぎに郁子ちゃんが来た。
いろいろとつもる話をしているうちに、日が暮れてきた。
あんまり空がきれいなので、続きはベランダで飲みながらということになる。
簡単なつまみ(冷やしトマト、オクラの刻みみょうがのっけ、焼き茄子)を作ったり、ベランダに敷物をしいたり、支度をしていたのだけど、郁子ちゃんが見当たらない。
郁子ちゃんは、私の部屋のベランダの手すりに腰かけ、空を眺めながら鼻歌を歌っていた。
三階立てだからけっこう高さがある。
星の王子さまが小さな惑星に腰かけ、足をぶらぶらさせながら宇宙を眺めているのにそっくりだった。
リビングの方のベランダで、スイセイと3人、しばし飲む。
郁子「ビールを飲みながら、こうして上を向くと、でっかい空があるってすごいよね」
7時半くらいにエバ子のお店のお披露目パーティーへ。
タカシ君もやってきた。
私は、ひさしぶりにタカシ君に会えたのがとても嬉しく、話したいこともいっぱいあったのでベラベラとよく喋り、ちょっとしつこいくらいだった。
郁子ちゃんはうちに泊まった。

●2012年7月25日(水)晴れ

7時10分前に起きた。
ペカーッと晴れている。
歯を磨きながら、庭や畑をゆっくりと眺めてまわる。
みんな、暑さと蚊をものともせず、頑張って作業をしてくれたんだな。
作業のあとを眺めていると、それぞれの人柄が見えるような気がした。
作業をしていたときの心がどんなだったかも、湯気のように見えてくる。
川原さんは、地面に感謝をしながら、道具にも感謝しながら、根っこのひとつひとつにちゃんと向き合ってひっこ抜き、ひとつところにきれいに集めていた。
きっと川原さんは、絵を描くときもそんなふうなんだろうな。
ナツコの丘も、ずいぶん平らになっていた。
上の方にあって目立たないけれど、木陰がないから相当暑かったろう。
ナツコは縁側で休み休み、マイペースで確実にやっていたんだなと分かる。
そういえばナツコは寝そべりながら目をつぶり、アイフォンで音楽を聞いていた。
会社員時代にも、お昼をひとりで食べ終わると、ベンチに寝そべって音楽を聞いていたって、前に言っていたっけ。
そしてひと晩たった庭と畑は、またもとの愛着のある場所に戻っていた。
みんながやってくれたことが、たったのひと晩だけど自然にさらされたことで、誰々という固有名詞ではなくなった。
その人その人から浮かび上がり、置いていった魂が、自然の力にからみとられつつあるような。
なんか、そんな感じがした。
来月にはまた、どれほどの草に被われているだろう。
そしたらまた、私とスイセイで少しずつ抜いてゆけばいい。
朝ごはんは、土鍋ご飯を炊いてカレーライス(スイ)、塩むすび、野沢菜、鮎の甘露煮(私)
あちこち念入りに掃除をし、山の家納めをする。
ブレーカーを下ろし、水道の栓もしめてから、庭を見渡しながらスイセイと水筒のお茶を飲んだ。帰る前、いつもやっているように。
10時ちょっと過ぎに出て、スーパーで分別ゴミを出す。
直売所に寄ってトイレを借り、ふたりで桃ジュースを飲んでから、高速に乗った。

●2012年7月24日(火)晴れ

5時半に起きる。
起きたら、ナツコが台所で寝ていた。
やっぱり山の家の三人家族だなあと思って見ていたら、パチッとナツコが目を開けた。
目だけで「おはよう」を言い合う。
夜中に蚊が出て、シュラフをかぶって寝ていたのだけど、暑くなったので避難してきたそう。
ゆうべのお皿をゆっくり洗いながら、朝ごはんの支度。
朝/トースト、山小屋風サラダ(キャベツときゅうりの塩もみにトマトを混ぜた)、ベビーチーズ、ゆで卵、ミルクティー。
昼/炊き込みご飯(まいたけ、しょうが)、鮎の甘露煮、いんげんと茄子のみそ炒め(柚子こしょう入り)、スティックにんじんの塩もみ、いんげんのおひたし、きゃらぶき(裏庭のをとって煮た)。
今は、お昼ごはんを食べおわって、みんなして台所でごろごろしている。
私は、これまでのことを思い出しながらこうして日記を書いているのだけど、朝何があったか、もう思い出せない。
朝ごはんの前から、リーダーと三ちゃんは作業をしていた。
ナツコは、これまでの疲れが出てきたのか縁側で昼寝。
私はというと、朝ごはんを食べ終わってみんなが作業に戻ったら、お昼の支度をしながらメールチェックしているうちに、12時になってしまった。
時々、庭へ様子を見にいっては、ふたりの作業を見て、水を飲めとか休憩しろとか言ってまわる。
Kおばあちゃんが畑に出ていて、いんげん、茄子をもらった。
スイセイはお昼前の1時間ほど作業をしていた。あとは昼寝ばかり。
娘たちががんばってくれているので、山の家の3人家族は、それを温かく見守っているような感じ。
リーダーは、顔を真っ赤にして、畑の脇道(畑との境い目の石垣が土に埋もれているのを掘り返すと、コンクリートの道が出てきた)を発掘している。
ここは、みっちゃんがとちゅうまで掘り出してくれたコンクリートの続きの道で、ナツコの丘の脇にある小さな門(ピーターラビットに出てきそうな鉄の門)まで続いている。
三ちゃんは、たんたんとススキのバッコンをしては、平らなところを広げ、まるで野の草花でも摘むようにしてまわりの草を抜いている。
小さいブルドーザーみたいにパワーがあるけれど、体の動きはしなやかで優雅だし、表情も穏やかだ。
縁側に腰かけて観察していたスイセイは、「三ちゃんは田舎美人じゃったんじゃのう」と言った。
さっき、休憩中の三ちゃんに話しかけたら、真っ黒でキラキラした目玉に、きれいになったうちの庭が映っていたんだそう。
2時過ぎまでやって、ふたりは泊まった部屋と廊下を雑巾がけ。
ナツコは、私が川原さんに借りていたシュラフを、上手にしまってくれた(自分でもやってみたのだけど、私はせっかちだから、どうしてもうまくいかなかった)。
自分のエアーマットも、体重をかけて空気を抜きながら、何度も繰り返し巻き込んで小さくしていた。
その、落ち着いた確かな動き。私はナツコのそういうところをはじめて見た。
車に荷物を積み込み、作業し終わったところをみんなで眺めてまわった。
3時過ぎ、ナツコの運転で3人は帰っていった。
またスイセイとふたりきりになる。
焚き火をしてゴミを燃やし、椅子に腰かけ庭を眺める。
あちこちすみずみまできれいになって、私はとても嬉しいのだけど、どういうわけだか愛着が薄いような気がする。
自分でバッコンをしていたときには、いつまででも飽きずに眺め、うっとりできたのに。
目をつぶると蝉の声。
椅子から落ちそうに眠たくなり、ふたりで昼寝。
目を覚まし、床に寝転んだまま、夕方の蒼い山を眺める。
だんだんに、ふたりだけでいるいつもの感覚が戻ってきた。
みんなといるのはたまらなく楽しいし、ワクワクもするんだけど、やっぱり山の家はふたりが基本だな。
私は、みんなといるときと、スイセイとふたりだけのときの声のトーンが違うことに気がついた。
ふたりだけだと、子供みたいな寝起きの声になる。
4時半くらいに蕎麦をゆでて食べた。
外の水道で服のまま行水し、今日もまた温泉へは行かない。
暗くなる前に、川沿いをてろてろ歩いて、コンビニまで散歩。
明日は東京へ帰るので、残り物とコンビニものでごはん。
つまみは何も作らず、お皿にものせず、スイセイはビールをちびちび飲みながら、私はお茶をすすりながら、とりとめのない話をする。
夜/チップスター&麦茶(私)。(以下スイセイ)バターピーナッツ、カマンベールチーズ、ピーマンの醤油漬け(料理用の白ワインと醤油を半々で合わせたものに、ピーマンの細切りを昼間のうちから漬けておいた)、ハム(ねり辛子)。

●2012年7月23日(月)快晴

7時半くらいに起きる。スイセイとナツコはもうとっくに起きていた様子。 ナツコはパソコン(お父さんが急に北海道へ行くことになったらしく、飛行機のチケットを予約している)、スイセイはアイパッドでその手伝いをしている。 スイ「ほいじゃが、まだ眠いのう。頭の中に眠い塊があって、まだ溶けとらんような感じ」 私「うん、私もまだ小さいのがある」 スイセイはインスタントコーヒー、私は枕元にカセットコンロを置いて、ふたり分のミルクティーを沸かす。 お茶を飲みながら、3人家族でだらだらと話す。 どうでもいいような話もするし、クラブ活動は何だったかを話しているうちに、それがけっこう深みのある話にもなる。低いテンションのまま。 朝/きのうのカレーを温め、パンを浸けて食べた(スイだけ)。 私はそろそろと起き出し、ゆうべの食器を洗ったり、洗濯したり、シーツを干したり。 リーダーと三ちゃんを迎えにいく前に、あちこち雑巾がけ。 ふたりとも山の家ははじめてなので、ボロボロさ加減に驚かないように。 バス停の近くのスーパーで、ふたりは待っていた。 ふたりとも、都会の匂いがする。 帰ってすぐに庭で昼ごはん。 昼/きのうのカレーライス(土鍋ご飯)、富士宮焼そば(リカに教わった通りに作った)、茄子としし唐辛子のくたくた煮(ゆうべの)、鮎の甘露煮。 ふたりをひき連れ、畑や敷地内を散策する。ものすごく暑い。 リーダーが暑気にあったようなので、タオルをおでこにのせ、昼寝させる(今朝も早かったし、ゆうべはイベントの手伝いでずいぶん遅かったらしい)。 今日から蚊が出てきた。急に暑くなったせいだろうか。 三ちゃんは、スイセイに教わりながら畑の脇道のバッコンをやっている。 明るいうちから焚き火ごはんにしたいので、4時半くらいに温泉へ。 温泉は、ほとんど私たちだけの貸し切りだった。 スーパーで飲み物と焼き鳥(焼いてない)だけ買う。 夜/焼き鳥(ねぎま)、焼いただけ野菜(ゴーヤ、いんげん、まいたけ)、焼いただけコンニャク&厚揚げ(醤油&七味唐辛子)、焼いただけソーセージ、ビール、白ワインの炭酸割り。 三ちゃんが焚き火の傍で身を屈め、野菜を裏返している様子は、おかかえシェフみたい。 切り方も焼き方も、私と違ってとても丁寧だから、スイセイは大喜び。 11時まで外にいて、寝支度をする。 どんな場所でもよく寝られる三ちゃんが、奥の畳の部屋で当然のように寝ようとしているので、リーダーとナツコも自然とそっちへ行った。 三ちゃんは、「起きたときに、目の前に流しがあるよりあっちの方がいいから」と言っていたけれど、古畳だし、間仕切りもカーテンもないのに、勇気があるなあ。 歯を磨きながら3人の部屋を覗くと、ビニールひもが張られ、洗濯物を干してある。修学旅行のよう。 私とスイセイだけ台所で寝る。 12時前に就寝。

●2012年7月22日(日)曇りのち薄い晴れ

ナツコがいちばん早く起きた。
外で、アイフォンを聞いていた様子。
私と川原さんは7時過ぎに起きる。
寝そべったまま、すぐにふたりで話しはじめる。
ナツコにカフェオレ(泡立っている)をいれてもらう。寝床で飲みながら、川原さんともっと話す。近況や、深いことも話す。窓を開けて、景色を眺めながら。
寝そべったままの高さから眺めると、家々の屋根が隠れ、山しか見えない。
9時くらいから起き出す。
めいめい好きなときに顔を洗ったり、歯を磨いたり。
10時半過ぎにリカ(みっちちゃんの長女なので、私の姪。8月で27歳になるんだそう)が、電車に乗ってやって来た。
夫婦仲があまりよくない両親のもとで育ったリカは、明るくて、やさしくて、かわいくて、涙が出るほどいい娘。
私はもう、日記を書きたくない。
なんでかというと、何をやっても楽しくて楽しくてたまらなくて、言葉にするのがもったいないからだ。
これからは、ごはんのことだけを記すことにし、書きたくなったらまた書くことにしよう。
朝/ナツコと作った。グリルパントースト(みっちゃんのお土産パンで)、オムレツ、サラダ(きゅうり&ミニトマト)、ソーセージ炒め(ナツコにタコにしてもらった。顔の切り込みを格子柄に入れるのと、タコの足がちゃんと開く焼き方も教わった)、ピーマン炒め、紅茶。
昼/カレーライス(三ちゃんの飯盒でご飯を炊いた)、富士宮焼そば(リカのお土産。リカが作った)、デザートはプラム。
3時に、みっちゃんの運転でリカは帰っていった。
4時くらいに、みんなで川原さんを駅まで送る。
川原さんを送って帰ってきたら、Kおばあちゃんが畑に出ていて、トマトをもらう。
「あんたー、トマトいる? おいしいだからさ、持ってきなあ。私は砂糖をかけて食べるさや。うまいで」
ほかにも、自分用に採っておいた茄子といんげんもくれてよこす。
みんな帰ってしまって、ほんのり、淋しいような気がする。
けど、またいつもの3人(ナツコ、スイセイ、私)に戻った。私たちは、山の家の3人家族だ。
家族だけなので、体は水で洗うだけ。今日は温泉にも行かない。
夜/おにぎり(青じその塩漬けを巻いてある。昼間のうちにリカがにぎってくれたもの)、きゃらぶき(台所の庭のふきを煮た)、茄子としし唐辛子のくたくた煮、鮎の甘露煮(みっちゃんのお土産)、鳥手羽塩焼き、ざる蕎麦。
夜ごはんは家の中で食べるつもりだったのだけど、縁側でスイセイがビール(気ぬけビールという名前。ゆうべの残りの気のぬけたビールのこと)を飲み出したので、きゃらぶきなど、軽いつまみを出しているうちに、腰を落ち着けてしまう。
あんまり夕方が気持ちいいので。
私とナツコは冷たいお茶。
軒下から蜘蛛が降りてきて、蜘蛛の巣を作りはじめた。
おしりから(口から?)糸を出しながら、スーーッとすごいスピードで降りてくる蜘蛛は、スパイダーマンのよう。
いちど下まで落ちると、しばらくじっとして、張った糸を今度は上ってゆき、斜め横に進む。
蜘蛛がどこかにいなくなるまで、3人で観察していた。
暗くなったので、台所へ戻り、続きの飲み会。
私だけ寝床でごろごろしながら、お茶や、白ワインをほんのちょっとだけ飲みながら参加。目をつぶったり、開けたりしてふたりの話を聞いている。
スイ「ほいじゃが、ナツコが作ったゆうベのラーメンはうまかったのう。ただの『すごいうまい』だけじゃないんよの。『もの』がつくくらいじゃったんよのう」
ナツコ「てきとうラーメン」
私は、このことを、「気ぬけごはん」に書こう。てきとうラーメンというタイトルで。
10時過ぎに寝る。
明日の朝、リーダーと三ちゃんが来る。

山の家日記は、ここらでいちど休止して、スイセイにアップしてもらいます。この続きはまたいつか。

●2012年7月21日(土)曇り時々雨

ぐっすり眠れた。
鳥の声がして明るくなってきたので起きる。5時ちょっと過ぎ。みんなはまだ寝ている。
私はきのうの日記を、忘れないうちにこうして書いている。
窓を開けてみる。そんなには寒くない。雨はやんだみたいだけど、ボショボショしている。朝露なのか、雨の残りなのか分からない。
庭に出て、あちこち歩きながら歯磨き。
いちばん背の高い百合は、てっぺんに蕾らしきものが見える。
雨のおかげで地面が湿って、草が抜きやすそう。
待ち切れないので、ツナギに着替え、ひとりでバッコン。
7時のサイレンが鳴っても、みんなはまだ起きてこない。
7時半くらいに起こしてみた。
なんでかというと、これから雨が降ると天気予報が言ったから。
川原さんがバッコンをやるのは、今しかないかもしれないから。
庭に出て、川原さんにススキのバッコンを教える。私はほかの雑草を抜く。
ナツコは石垣の上の小道にはみ出している枝を切っている。スイセイは、畑の測量。
9時に朝ごはん。
グリルパントースト、サラダ(きゅうり&トマト)、オムレツ、ハムステーキ、ミルクティー。
川原さんは、汗びっしょりで部屋に入ってきた。バッコンに夢中になっていたらしい。
「うまいのう。まるではじめて食べ物を食べたみたいに、スーッと体に入っていくのう」とスイセイ。大きく頷く川原さん。「うーん、ほんと。うーん、おいしいー」。
私は自慢な気持ち。
10時からまた草抜き。川原さんは続きのバッコン。スイセイとナツコは、装備をし、山の土地の測量へ行った。
川原さんは今、ススキの根っこのこと以外、何も考えられないのだそう。
太いのをみつけると、長いままきれいに取りたくて、根っこに沿ってもっともっと横に掘り進むのだそう。
私が隣に立って様子を見ていても、しばらくは私がいることに気づかない。そのくらい夢中。
私は自分の草とりに戻る。私も没頭しようと思うのだけど、そばに一心な人がいると思うと、自分はさぼってもいいような気になって、あちこちの草をやたらめたらに抜いている。ちゃんときれいにしようという気持ちがない。
裏口の方から、「おーい。こんにちはー」という声が近寄ってきて、みっちゃん(双子の)が来た。
「道の駅」で買ったお土産を両手にぶら下げて。「山崎」のウイスキーもある。
川原さんは、みっちゃんのことを「東京の人みたい」と言った。都会のどこかで設計事務所を構え、仕事をバリバリやっている人みたいに見えるんだそう。
お昼は、ざるうどん(ナツコのお母さんが持たせてくれた)、葉しょうが(みっちゃん土産)、太巻き(ゆうべの残り)、枝豆、ごぼうの漬け物(みっちゃん土産)。
午後からは、作業の続き。
みっちゃんも作業着に着替え、庭の端から草を抜いている。
みっちゃんは、石畳のヘリぎりぎりのところから、きっちりときれいにしていく。
抜き取った草も一ケ所に集め、作業をしている最中から、あたり一面がきれい。道具でも何でも、散らからない。私のやり方と正反対。
みっちゃんは、雨が降り出す手前に、でこぼこした地面を金属のほうきでなだらかにした。
私と川原さんが、雨が降ってきたのでしぶしぶやめたのは、4時。
川原さんはあとで、「雨のおかげでやめることができて、ほんとに助かった。もし、あのときやめてなかったら、夢中になりすぎて体のことが分からなくて、倒れていたかも」と言っていた。
雨の中、合羽を着て、測量したうちの山をみんなで見にゆく。
そこは、川を挟んで右側の方の山。私もはじめて登る。
お墓の脇を上ってゆくと、ひらけた場所に出た。
木を少し切らせてもらって、いつかここに山小屋を建てたい。
水筒にお茶を入れ、ひとりでここへ来て、本を読んだり、昼寝をしたりしたい。
雨の日にもそこで本を読み、山に染みいる雨音を聞きながら、ふと、本から目を上げて、小窓越しの雨を見たい。
温泉へ。
めちゃめちゃ混んでいた。どこかの観光バスが停まっていたから、覚悟はしていたけれど。
夜ごはんは、縁側で。
降ったりやんだりの、雨の庭を見ながら食べる。
すっかり暗くなっても、まだ飲む。話す。
みんな話す。みんな飲む。
ナツコはじっと聞いていて、ぽつりといいことを言う。
みっちゃんは、お酒が入るといっぱい話す。私も、声が変るほどいっぱい話す。
何を話しても、おもしろくてたまらなくて、涙が出る。
馬肉ハム(みっちゃんのお土産/黒こしょうがまわりについている。ねり辛子をつけて食べた)、きゅうり&葉しょうが(味噌)、稲荷ずし(スーパーの)、とうもろこし、カマンベールチーズ(東京から持参)、ゴーヤチャンプル(縁側にコンロを持っていって私が作った)、「山崎ウイスキー」。
夜、インスタントラーメン(明星チャルメラ)をナツコが作ってくれた。自分のコッフェルとキャンプ用のストーブで。
みんなで山登りのテントの中にいるみたい。
ひとつの鍋をまわし、順番にすする。スープがたっぷりで、すごくおいしい。
もっと食べたいので、もうひとつ作ってもらった。
もやしが入っていないのに、もやしの味がして、薄いスープがすごくおいしい。
気がついたら12時を過ぎていて、みな寝床へ入る。

●2012年7月20日(金)曇りのち雨

山の家へ行くので、6時に起きた。
きのう、おとついとはうって変り、とても涼しい。肌寒いくらい。
このところずっと熱帯夜だったから、ひさびさによく眠れたし。
もしも暑かったら、涼しいうち(6時くらい)に出ようと思っていたので、とても助かる(ジープはクーラーがないから)。
駐車場を出て走り出したところで、スイセイが合羽を忘れたことに気づいた。ぐるっとまわってとりに戻り、ふりだしに戻る。
8時40分に高速に乗った。
山々は鬱蒼として、夏草の威勢がいい。ススキものびのびと、若緑の葉を伸ばしている。
高尾山あたりで小雨となる。
山の緑が霧雨に濡れ、冴えざえとしている。晴れた日の冴えざえとは違う、グレーの空の、冴えざえ。
談合坂インターは寒いくらい。
フランクフルトを食べながら歩いているカップルも、ソフトクリームをなめている人も、そのへんを歩いている人たちも、老若男女みな半袖や袖無しで、腕をこすったりしている。
長袖を着ている人は誰もいない。
私は、雨でも風でも何でもよけてくれるオレンジ色のいいヤッケを着ているからだいじょうぶ。
鮭おにぎり1個(私)、スイセイはたこ焼きを買っただけで、今は食べない。おにぎりは200円もした。インターチェンジの中は何でも高くてばからしいので、ほかには何も買わない。
テラスに座って食べる。スイセイは缶コーヒーを飲んでいる。
目の前を観光客がたくさん歩いているが、気にならない。アリの行列のように見える。
山々は、すっかり霧をかぶって山水画のよう。
談合坂を出てしばらく走ると、山の上の方が霧に被われている。雲のようにも見える。
「霧と雲はどう違うの?」とスイセイに聞いたら、「ほうねえ。霧ともいうけど、まあ、おんなじことよ」。
そうなのか、霧は雲なのか。とちゅう、霧の中を走ったけど、あそこは標高が高かったから、雲が降りてきていたのだな。
10時半に直売所に着いた。
きゅうり(6本入り100円)、ミニトマト(200円)、ししとう(100円)、ピーマン(100円)、青じそ(100円)、桃(大2個入り380円)、プラム(サンタローザ種350円)、うみたて卵。
とうもろこしは売り切れだった。レジのおばさんに聞いたら、もう品薄なのだそう。
私の前のおばちゃんは、箱で買っていた。
直売所の御休み所で、桃ジュースを買い、ジープの中で飲む。
ものすごくおいしい。砂糖も何も入っていないそのままのおいしさ。生の桃を凍らせたのをジューサーにかけているらしい。
「道の駅」でとうもろこしを買う。前回買っておいしかった、ゴールドラッシュ種(8本で800円)。
川の近くで大雨。ジープはつっ走る。
バケツの水をひっくり返したような土砂降り加減は、東北の旅を思い出す。
ジープの正面の窓(なんていう名前だったっけ)の下の空気孔から雨が漏れてきたので、私はバスタオルをつっこんだ。
うちの近くのトンネルをぬけたら、急に雨が弱くなった。
やっぱりここは、『千と千尋』のトンネル(ここから先は別世界という意味で、スイセイがつけた)だ。
11時過ぎに山の家に着いた。
雨の中、庭を見てまわる。
高速のどこかで白い百合が咲いていたから、(もしや庭のも…)と、ちょっとだけ期待していたが、うちのはまだだった。
庭はまた、草が伸びている。ところどころにススキの若いのもある。
前回バッコンをした土蔵脇のドクダミは、ほとんどきれいな地面のままだ。
最後にバッコンをあきらめ、表面のドクダミを刈っただけのところは、やっぱりまた生えかかっている。自然は正直だな。
台所の床は、うっすらとカビがはえているところがあった。でも、まあまあきれい。
2時過ぎくらいにナツコと川原さんが来た。おしゃべりが楽しくて、高速の出口を降りまちがえ、ひとつ先の出口からまわってきたんだそう。
カーナビに入れた住所(しかも私が、間違えて伝えていた)と勘を頼りに、自力で来た。
何かあっても、ちょっとやそっとでは電話をかけてきたりしない。ナツコってそういう娘だ。
雨なので外の作業はできない。
奥の間の、これまでいちども掃除をしたことがない部屋に4人で集っていたら、ナツコが蜘蛛の巣を払いはじめた。
みんなで掃除することにする。
掃除機をかけ、雑巾がけ。
雑巾は、すぐに真っ黒。3回拭いても、まだ黒く汚れがつく。
柱を拭いたり、梁を拭いたりしていると、お寺に泊まるので、掃除をしているみたい。みんなで雑巾を持って。
この家の黒くて頑丈な柱や、梁、舳は、昔のままの姿。雑巾がけをすればするほど、つやつやして見えてくる。
玄関の方からふと見ると、開け放した縁側の窓のその向こうに、アマゾンの緑が見える。
今はまだボロ畳だし、家自体が斜めになっているけれど、新しい家になったときに、この同じ場所から見える景色のことを透視した。
今まで、南側の庭の眺めばかり見とれていたけど、何年もたっていつかここで暮らすようになったら、アマゾンの庭も私たちの心をすごく助けてくれるだろう。
放っておいたら、いつまででも掃除していたい気持ちを切り上げ、温泉へ。
スーパーへ寄って、今夜の食材を買う。
ホームセンターにも寄り、ビニール軍手と、アンダーフードというのを買う(帽子の下にかぶると汗を吸いとり、ムレやベタつきを抑えます。綿100パーセント。と袋に書いてあった。帰ってから袋を開けてみたら、手ぬぐいのような昔風の柄の、木綿の帽子だった。スイスの民族衣装みたいでもある。すごくかわいらしい。私は気に入った。380円)。
川原さんは麦わら帽子、ナツコもビニール軍手&アンダー手袋を買った。
温泉はガラガラだった。私たちのほかには、おばあちゃんが三人くらいしかいない。
露天風呂にも先客が誰もいない。川原さんと浸かる。山の上の方に霧が出ている。
夜ごはんは、畑の枝豆(スイセイが種をまいた)、きゅうり&にんじん(味噌)、水茄子のつまみ(川原さんがやってくれた。半分に切って、塩水にしばらく浸したのを薄切りにして皿にきれいに並べ、白ごま油と塩をふりかけていた)、スーパーのポテトサラダ&マカロニサラダ、冷ややっこ(柚子こしょう)、鰺のたたき(ねぎ、しょうが)、スーパーの海苔巻き&稲荷ずし、鳥手羽の塩焼き(出てきた脂でしし唐を炒めた)、ビール、シャンパン、焼酎。
今夜は、ナツコが仕事を辞めたお祝の夜でもある。
だらだらと飲みながら、話はあちこちに飛んで、川原さんがビニール軍手を足に履いたのを真似し、私も両手両足に履いて、パタパタ歩いたりして(アヒルみたいな生き物に変身できる)。
道具類も作業着やビニール軍手も、気になるものは迷いながらも、何でも試しに買ってみたり、やってみる。それが楽しい。
「オレらはしろうとじゃから、それでええの」
みんなが盛り上がっている中、庭に出て歯磨き。雨はやんでいる。
気づいたら12時を過ぎてしまい、台所に寝床を作って4人で雑魚寝。
今夜はタオルケットだけでは寒い。扇風機なんて、もちろんつけない。

●2012年7月14日(土)小雨のち快晴

山の家で使っているマットまで洗ってしまったが、小雨がぱらついてきた。
朝起きたときには、東の方に青空が見えていたので、これから晴れるのかと思ってしまった。
天気雨とはいえないけれど、まあまあ明るい雨。
ベランダに出ると、ぽつぽつと雨が落ちてくる。
緑の隙間にハルが見える。前足を揃え、腹這いになってじっとしている。
犬も、小雨が気持ちいいんだろうか。時々体が揺れるのは、うとうとしているのだ。
茶色い毛並み、三角にとがった顔と黒い鼻先、ピンと立ち上がった耳。すべてがぴたりとかわいらしく、いつまでも見飽きない。
10時ぐらいから、また晴れ間が出てきた。ぐんぐん晴れて、快晴となる。
スイセイは、ジープの屋根にのせる日よけを作っている(100円ショップで買った、銀色のマットを縫い合わせて袋とじにし、丸くした針金を芯に挟み込んでいる)
私は、試作をしながら、きのうから書きはじめた「気ぬけごはん」の続き。
今夜は、見たいテレビがめじろ押しだ。
9時からは、『アド街ック天国』の富良野特集でエゾアムプリンが出るし、10時からは、『グレーテルのかまど』で私が出る。たぶん、ちょこっとだと思うけど。
きのうは、『となりのトトロ』を久しぶりに見た。
何十年も住んでいなかった古い家に、黒っぽい何かが棲みついている感じとか、くすの木の巨木が風に揺れ、あたりに何かがいそうな感じとか。山の家に通いはじめた頃のことを思い出した。
今はもう、新しい空気を入れたり、明るい太陽に晒したりしているうちに、山の家で怖さを感じることがなくなってしまった。
そういえば、しばらく忘れていたな。
自然を畏れ、恐ろしいと感じること。人間がうんとちっぽけに感じること。
もしかしたら、私の方が慣れてしまっただけなのかも。
夜ごはんは、冷やし茶漬け(永谷園のお茶漬け海苔、梅干し、塩辛)、塩麹漬けの豚肉炒め(ピーマン添え)、ワカメのお刺身(ワサビ醤油&ポン酢醤油)、いんげんのおひたし(せん切りしょうが)。

●2012年7月9日(月)晴れ

このところ、遅くとも7時半には起きている毎日。早寝早起きが、気持ちいいので。
朝ごはんを食べにきたスイセイが、めずらしくベランダから顔を出し、「ほんとにきれいになったんじゃのう」と言った。
向かいの空き地の草刈りのことだ。
私は、自分がほめられたような気持ちになった。
校正のやりとりの電話や、水曜日の撮影についての電話が2本。
これから「紀ノ国屋」へ仕入れに行きがてら、川原さんの家へ寄ろう。
夜ごはんは、ロシア風牛肉とキャベツのシチュー(にんじん、セロリ、じゃがいも、サワークリーム、ディル)、パン。

●2012年7月6日(金)曇りのち雨

今にも雨が降りそうだけど、降ってこない。
朝早くからガーガーと音がして、水色の作業服の人が向かいの空き地で草刈りをしている。
音がしなくなったので見ると、いつの間にかもうひとり増え、刈り終えた草の上に足を投げ出しお茶を飲んでいる。
時計を見ると、ちょうど10時だ。
スイセイは、もう1本の親知らずを抜くので歯医者へ。
12時に覗いてみたら、ふたりの作業員はお弁当を広げて食べていた。
あちこち掃除機をかけ、雑巾がけ。
洗濯機の方まで、青くすがすがしい匂いが届く。ドクダミの匂いも混じっている。
3時前、小雨が降ってきた。
ベランダを覗くと、3人になっている。
雨の中、刈り終えた草を大きな袋へぎゅうぎゅうに集め、軽トラの荷台にのせている。
3時からは打ち合わせで、なーちゃん、赤澤さん、関口君がいらっしゃる。いよいよ「ダ・ヴィンチ」の連載がはじまるので。
終わって、近所の喫茶店へ。白ワインの炭酸割りを飲みながら、続きの打ち合わせ。
私とスイセイはふたりで残り、中華風冷や奴とにんじんのきんぴらをたのむ。とてもおいしい。私だけ、日替わり弁当も買って帰った。
夜ごはんは、サーモンの和風ムニエル弁当(私)、サッポロ一番ソース焼そば(スイ)。

●2012年6月29日(金)快晴

5時に起きた。スイセイはもっと前から起きて、アイパッドをやっていた。
歯を磨きながら、庭へ出る。きのう掘り起こされたドクダミの土はふかふかと平らで、白っぽい色。とてもきれい。
今日はどこをやろうか。明日は東京へ帰るので、今日いち日を有効に使おう。
屋根から水が落ちている。これは雨ではなく、朝露だ。
山の間から日の出を拝む。
サングラスを急いでとりに戻り、眺めるうち、ぐんぐん丸くなって、山の上にぽっかりと浮かんだ。大きい太陽だ。
さーて、そろそろ朝飯前の作業をやろうかな。と思ったら、ひと仕事を終えたスイセイが戻ってきて、朝ごはんを食べたいそう。
7時に朝ごはん。
ソーセージとピーマン炒め、ゆで卵、塩もみきゅうり、トマト、バタートースト、ミルクティー(私)、コーヒー(スイ)
こんにゃくのピリ辛煮を煮ながら、南瓜の塩蒸し煮(塩をまぶして水をひき出す)の支度をしておく。これは、昼ごはんを食べながら蒸すつもり。コンロがひとつしかないので。
スイセイは朝早く起きすぎたようで、食後に昼寝をしている。
ラジオからはクラッシック、鳥の声がよく聞こえる。
なんと、まだ7時台というのがうれしいではないか。こんにゃくが煮えたら、私も動き出そう。
まずは、畑の斜面のオオアレチノギクをひっこ抜く。まだ20〜30センチほどの長さだから、真上にひっぱれば、根っこごとスッと抜ける。
ヒメジョオンはなかなか抜けないので、枯れるまで待つことにする。ヨモギも、雨が降って地面がぬかるんだらスっと抜けそうだけど、今はとちゅうで切れてしまうので、次回にまわそう。
これで『大草原の小さな家』の丘は、ずいぶん平らになった。草は出てるけど、まだ短いから大丈夫。
日陰になってきたので、裏庭をやる。
ヤブガラシが伸びはじめているのを引っ張ってとりのぞき、スギナの枯れかかっているのも取る。
桑の木のひこ生えが、わさわさと大きく育ったのも、マサカリで切り落とす。
私はマサカリが好きだ。力を入れなくても、振り落とせば自分の重さでスイッと切り落とせる。
採り終わったのは、葉っぱでも草でもぜんぶまとめて畑へ運ぶ。
また、蔵の脇に移動。
ドクダミの根っこは、しつこい。深いところで横にも繋がっているみたい。きのうは、バッコンのせいでとちゅうから切れてしまうので分からなかった。
帰ったら、図書館の図鑑で調べてみよう。
ドクダミはでしゃばりじゃないし、控えめな美人なんだけど、つきあってみたら、陰湿でそうとうしつこいのだ。
額には玉の汗。目にも入ってくる。
つなぎの下のTシャツも汗びっしょりなので、休憩するときには、つなぎの上を脱いで、両袖を腰のところで結ぶ。
手を洗い、顔も洗い、結んでいた髪をほどいて風を入れる。
梅ジュースがとてもおいしい。ビタミンがいっぱいありそうな味。
12時に昼ごはん。
ざる蕎麦(青じそ、ワサビ)、南瓜の塩蒸し、こんにゃくのピリ辛煮、さつま揚げ、ミニトマト。
今の時間、外はカンカン照りなので、私は日記を書いている。30度以上あるみたい。
この家は、ひんやりした風がよく通る。私は山が見えるところへ寝転び、目をつぶる。
鳥の声と、遠くからラジオの音、スイセイが何かを切っているのこぎりの音。
ときおり列車が通る音と、梅の実が屋根に落ちる音がする。
私は目をつぶりながら、考える。
野良作業のとき、長靴や地下足袋、つなぎ、麦わら帽子など、装備をして臨むことについて。
それは、ヘビや虫から身を守ってくれるし、作業をしていると、思ってもみないところに枝があったり、反動でビョーンと枝が向かってきたりも、あるいは頭をぶつけたりもする。
つまり、危ないことを気にせず、夢中になれる。頭がボケていても大丈夫。そういうことなんだな。
午後は裏庭の草とり。フキも刈る。
スイセイの携帯が台所で鳴ったようなので、携帯が入っているカバンを持って、呼びにいった。
でも、スイセイはどこにもいない。庭にも、納屋にも、畑にも、アマゾンにもいない。
そのときスイセイは、敷地の外にいたのがあとで分かった。崩れそうになっていた塀の補強で、ツルを巻いていたそう。
探しているとき、庭も裏山も、陽に当たってぽかーんと広く、やけに静かだった。だーれもいない。カラスが鳴いていた。
私はこの場所にひとりぼっち。とり残されたように、急に心細くなった。
身近な人が死ぬのって、何度も何度もぶり返すように、こういう気持ちを感じることなんだろうか。
今日は最後の夜。焚き火ごはんにしようと思う。
バタバタするのがいやなので、温泉へも行かないことに決める。
外の水道でTシャツをめくって水浴びし、残りは部屋に隠れて濡れタオルで拭いた。
さっぱり着替えて庭へ出る。夕方の風がいい気持ち。
夜ごはんは、ソーセージ(おき火にアムプリンの器をのせ、スイセイが蒸し焼きにしたら、バツグンにうまく焼けた。はじけた皮がパリッパリに香ばしい)、焼きとうもろこし、枝豆、こんにゃくのピリ辛煮、きゅうり&みそ、さつま揚げ、ビール、白ワイン。
ふたりとも倒れ込むようにして9時前に寝る。
明日は、午前中にもうひと仕事して、東京へ帰るつもり。

●2012年6月28日(木)曇り

明るくなってきたころ、鳥の声がして目が覚めた。遠くの森で鳴いているようにくぐもった、でも響く声。
7時50分に起きる。スイセイはもうとっくに起きていた様子。
ゆうべはぐっすり眠れた。夢もたくさんみた。私は空を飛んで、逃げる夢を見ていたなあ。
スイセイは朝飯前の野良仕事。歯磨きをしながら見にゆくと、苺畑を作っているんだそう。苗のまわりの草をとっている。苺は、前にここの畑をやっていたおばあちゃんが植え、残してくれた。
私は朝ごはんのお茶を沸かしながら、この日記を書いている。
朝/バタートースト、ポテトサラダ(直売所の)、きゅうりとトマトのサラダ、スクランブルエッグ、ミルクティー(私)、コーヒー(スイ)。
「外で作業をしとるとの、いろんな鳥の声がするの。植物がむんむんしとるのんと同じように、今は、鳥もむんむんしとるのかものお(繁殖期という意味)」
土蔵脇のドクダミは、バッコンで根っこを抜くことにした。
ススキは横にのびるけど、どくだみの根っこは、ススキと違って深く伸びていることが分かった。
赤い、みみず色をした茎の下にあるドクダミの根っこは、白くてまっすぐ。ドクダミって、色白のきれいな女の人みたい。
バッコンをつき差して、土を柔らかくしては、クワで掘り返し、根っこを掘り出す作業。少しずつ、少しずつ進む。
掘っているうちに、ごぼうのような違う根っこも出てくる。これはきっと、冬だったか春だったかに石垣に絡まっていた、ツタの一種の根っこだ。横に伸び、木の枝のように太くなっている。
引っ張っても取れないほど頑固なので、マサカリ(金太郎がかついでいたみたいなのが、お玉くらいに小さくなったもの)で切っては、またほじる。
地面を平らにしたら、くっきりと現れてきたのは石垣だ。
大きな丸みをおびた石が、傾斜に合わせ、斜めに積み上げてある。石にはつやもある。とてもいい石垣だ。それを励みに、バッコンをがんばる。
こんど、「高山さんのご趣味は何ですか」と聞かれたら、「バッコンです」と答えよう。
気になることは、根こそぎひっこ抜く。悪いものは(悩みごとにおきかえる)根っこごとほじくり出す。そうすれば、庭のススキがそうだったように、次に出てくるのは若くて刈りやすい葉っぱだから、目立つし、すぐに抜ける。そんなのは些細な悩みごとだから、元気な気持ちですっと抜ける。
私は休み休みやる。焚き火のところへ座って、外の水道の水を飲む。水が、とてもおいしい。
台所で何かを作るより、作業の方が気がいっているので、昼ごはんは、庭で適当に食べることにした。
おにぎり、大豆コロッケ、ミニトマト、二十日大根。スイセイは二十日大根を気に入った。苦味と辛味が好きだそう。デザートには、ミルクコーヒー、マドレーヌ、クッキー。
4時半までやって道具を洗い、片づける。
温泉へ。
スイセイは露天に入ったとたん、「ふにゃー」と体がなったそう。
スーパーで買い物をして帰ってくる。私の体も頭も、ふにゃふにゃとなる。
夜ごはんは、枝豆、冷や奴、にぎり寿司(半分ずつ)、マカロニサラダ(マカロニでなくスパゲティがマヨネーズで和えてあったが、おいしい)、鳥手羽先の塩焼き(出てきた脂でまいたけ&しめじを炒めた)、二十日大根。
「ラディッシュだーい好き。おれのことをラデイッシュ坊やと呼んでもええで」
スイセイがおいしいおいしと、何でもよく食べる。
歯医者へ通ったりして、このところやわらかいものしか食べられなかったけど、恢復したのだ。あー、よかったな。
私は頭がふにゃふにゃで、ほとんど喋れないので、笑ってばかりいる。
コンロの合間をみて、朝のうちから梅に砂糖をまぶしておいたのを(浸透圧でずいぶん水が出ている)火にかけた。梅の砂糖煮。ものすごくいい匂い。味をみると、花の匂いの味がする。
寝る前に水と混ぜて、麦茶ポットに梅ジュースを作って冷蔵庫へ入れた。明日、休憩のときに飲もう。
私は、寝床でごろごろしながら、ビールを飲みながら止まらないスイセイの話を聞いている。
9時半に寝る。

●2012年6月27日(水)晴れ

8時半に出て山の家へ。
スイセイは6月の頭(私が能古の島で楽しんでいたとき)に行ったけど、私は4月(桜のころ)ぶり。
9時半に高速に乗った。前回には枯れ木でほわほわしていた山々も、今はもうすっかり緑が生えそろい、むんむんしている。道路の方まではみ出しているくらい。
談合坂インターでスイセイはたこ焼き、私は夏みかん(能古の島の祥子ちゃん&シバッちから送られてきたのを、ゆうべのうちにむいてタッパーへ入れておいた)。
直売所で、夏の新メニュー「おざら」というのを私はたのむ。
ざるにのった冷たい麺を、温かいお汁(玉ねぎ、にんじん、油揚げ、肉厚の干し椎茸)につけて食べる。麺はとうもろこし粉が練り込んであって黄色く、こしがある。干し椎茸のだしがきいたこくのある汁につけて食べると、ラーメンのような、うどんのような、どちらともとれるような味。とてもおいしい。
新じゃが、青じそ、ピーマン、トマト、ミニトマト、きゅうり、とうもろこし、二十日大根、桃、生みたて卵、おにぎり、いなり寿司、大豆コロッケ、ポテトサラダを買う。
山の家へ着くと、まず庭へ出た。
庭も、畑も、アマゾンもナツコの丘も、どこもかしこも草に被われている。
私はがっくりくる。せっかく地面が見えるほど抜いたのに。
「みいよう、ほいじゃが去年よりはずっとましじゃろう? そう思わんにゃだめで」
春に来たときスイセイが植えた枝豆は、小さいけれど育っていた。まったく世話をしてないのに、ちゃんと実がなった。
梅の実は、梅干しにするのにちょうどいいくらいの黄色く熟したのが、ずいぶん落ちていた。
あと5日来るのが早かったら、ちょうど採りどきだったのになあ。
できるだけ落ちたばかりの実を集めて拾う。傷があるけど、砂糖をまぶして梅ジュースの素を作ろうと思う。
いつものように部屋の掃除を終え、住処らしく整えたら、青いつなぎに着替えてひと仕事。
まず、庭の草取りをやる。
前回、アマゾンから切り出した、細い竹を放っておいたのが黄色く乾いた。金木犀の木の根元に積んであったのがじゃまになったので、蔵の脇に並べようとスイセイと相談する。
そこはドクダミが花盛りなので、こんどはドクダミをどんどん刈る。いちおう全体的にやってみたけど、赤い茎がピョンピョン出ている。私はこれを、根こそぎひっこ抜きたい。このまま放っておけば、またすぐに葉っぱが出てきて、竹にからみつく様子が目に浮かぶから。
でも、これは明日の楽しみにしておこう。
ドクダミ刈りは、休み休みやった。休憩時間に、能古の島の甘夏みかんを食べる。小高い山々を眺めながら食べる。うーん、おいしい。果物って、外の景色のいいところで食べるのがいちばんおいしいな。
スイセイは前に切り落とした枝(ちょうどよく乾いている)を燃やしている。大きいのは切りながら。
5時くらいから夜ごはんの支度。枝豆を収穫してゆでる。今夜は焚き火ごはんだ。
ゆでとうもろこし(これはゴールデンラッシュという品種、忘れないように書いておこう。甘すぎず、昔のとうもろこしにわりと近くてすごくおいしい。
甘々娘〈カンカンむすめと読む〉というのもあったけど、すごく甘そうな気がしてやめた)、枝豆、自家製ソーセージ(アムプリンの器を網にのせ、蒸し焼きにした。出てきた脂でピーマンを炒めた)、きゅうり&みそ、ビール(スイ)、白ワイン(私)。
まだ明るいうちから、空を眺めながら、ゆっくり食べる。
日が沈み、立ち上がると梅の木の向こうにおぼろ月が見える。
いろんな話をしながらも、食べながらも、飲みながらも、スイセイは枯れ木や枝を燃やしている。
大きな枝が炉からはみだしても最初はそのまま燃やしておく。うんとしばらくしてのこぎりで切り、また燃やす。そのうちほどよい大きさになり、静かに燃えて、灰となる。
さいしょは、シューッといって、木に含まれた水分が出ている音がする。そのうち音がしなくなると、炎で包まれる。
じわじわと燃え進み、気がつけば燃えかすとなり、ちろちろと赤く瞬いて、白い灰となる。
とてもきれい。いつまでも見飽きない。
木が燃える様子は、焼き場で人が燃えているようにも思う。
9時半に就寝。スイセイは倒れ込むようにして寝た。

●2012年6月20日(水)晴れ

ゆうべの台風はすさまじかった。
大風が吹きすさぶたび窓が揺れ、ぴゅーぴゅーと鳴る音の向こうから、救急車らしき音も聞こえてきた。
そんな中窓を開けると、シャワーのように雨が顔に降りかかってきた。公園の木は全身を大きくくねらせ、緑の濃い匂いがぷーんとする。
葉っぱを揉んだような、木を切って、中の肌が出てきたときのような匂い。
危険でなかったら外へ出て、濃い自然の息吹きを吸い込みながら、こんな大風に身も心もくちゃくちゃにされてみたい……と思った。
今朝は、大洗濯をされたような空。
雲も真っ白だし、青いところは鮮やかな水色。風もまだまだ強い。
スイセイは朝からジープの荷物を運び出し、すっきりときれいにして、車検へ出しに出かけた。
細々としたところは部品を取り寄せ、自分で修理したらしい。
私は、次の本についての構想を練るのと、「小説新潮」の原稿書き。
窓を開け、気持ちのいい風に吹きっさらしになりながらやる。
ジープがぶじ戻ってきたら、そろそろ山の家へも行きたいな。
夕方から整体へ。
先生によると、私の背中はかなりガチガチだったそう。
終わってから着替えてソファーへ座ったら、リュックひとつを下ろしたくらいに体が軽やかになっていた。
夜ごはんは、牛丼(牛丼屋さんで買った)、小松菜と油揚げの煮びたし、豆腐とねぎのみそ汁。

●2012年6月17日(日)曇り時々晴れ

ゆうべは11時に寝たのだけど、よく眠れなかった。
ああいやだ、私は緊張しているんだろうか。
「みいよう、料理の撮影じゃないんじゃけ、楽しい気持ちでやればええんで」とスイセイに言われる。
1時からは収録。
音が入るので窓も閉め切らなければならないし、音楽もかけられない。
どうにかこうにか喋ったけれど、やっぱりインタビューは苦手だな。
私の本なども撮影し、4時に終わった。
そうめん(スイセイ作)を食べ、散歩へ。
蒸し暑く、空気が動いていない。マラソンをしている人たちが多い。
中央公園では、風の向きを調べるフキナガシ(小さい鯉のぼりみたいなもの)が、たらんと下がったままだった。本当に無風なのだ。
夜ごはんは、真夏みたいな献立になった。
カンパチのお刺身、冷やしトマト、枝豆、谷中しょうが、焼きなす&焼きピーマン、鉄火巻、ビール(私だけ)。

●2012年6月14日(木)快晴

梅雨の晴れ間のカラリとした天気。
布団、ベンチのマット、シーツ、バスタオル、まな板、ざるなど、ベランダは干し物でいっぱい。
午後いちで、散歩がてら買い物へ。
横断歩道のところで、アスファルトに小さな丸がたくさんできていた。渡りながらにやにやする。
これは、桜並木の木漏れ日。コップの底ぐらいの正確な円が重なるように散らばっている。
3時からはテレビの打ち合わせ。
お会いするまではちょっと緊張していたのだけど、ディレクターさんはとても雰囲気のいい女の人で、話しやすく、一気に安心した。
詳しくはまだ書けないのだけど、NHK教育テレビの番組で、私の大好きな作家について話すことになった。
本のことなど話しているうち、私は急に涙がこみ上げ、ぐっとがまんして留まった。一瞬だけだったけど。
会ったことも、話したこともない人なのに、あまりに大好きでたまらないからだ。
収録のとき、インタビューで泣き出したら困るなあ。
夜ごはんは、スイセイと近所のお蕎麦屋さんへ。
そばがきの素揚げ、冷や奴、板わさ、しめ鯖、ざる蕎麦一枚(半分ずつ食べた)、ビール。

●2012年6月9日(土)雨

きのうは、新聞の撮影で料理を作って、夕方からは、川原さんと立花君の展示会へ行った。
オープニングレセプションが6時からで、それに間に合うように行ったのだけど、作品を見ながらおしゃべりしているうち、森の中でピクニックでもしているようになり、気がついたら8時になっていて、そのままみんなで飲み会へ流れ、カラオケへも行って、朝方帰ってきた。
カラオケなんか、ほんとにひさしぶりに行った(私が誘ったのだ)。
飲み会も、カラオケも、楽しかったなあ。
カラオケ屋を出たらもう明るくなっていた。
帰り道、ずっと青山にいたつもりだったのに、立花君たちのあとを追ってビルの間の路地をちょっと歩いただけで、ワープしたみたいに渋谷駅へ出た。
雨がしょぼ降る中を、傘もささずに歩いている若者たち、駅でたむろしている若者たち、外国人の若者もたくさんいた。
夜中と朝のすきまの時間、世の中が消え、都会にいるのに山の中とか、草っ原とか、荒野にいるみたいだった。
なんか、能古の島の続きみたいでもあった。
帰り着いたのは何時だったんだろう。
そのままパタンと布団にうっぷし、夕方の5時まで寝て、バナナ2本とアイスモナカ2個を食べ、お腹がピーピーとなり、また寝た。
ずっと雨が降っていたみたい。
夜の9時半に起きてお風呂へ入り、ようやくいつもの自分に戻ったので、こうして日記を書いている。
そういえばきのうのメンバーは、衣食住(衣服家、料理家、建築家)、絵(川原)、美術(立花)、本(編集者)が揃っていたんだな。
夜、お風呂に入るときに体重を測ったら、1キロ半くらい減っていた。私はずっと歌いっぱなし(マイクなしで)だったから、カラオケの画面に出る消費カロリーって、あながち嘘ではないのかも。
夜ごはんはなし。スイセイは、自分でラーメンを作って食べた様子。
東京も、今日から梅雨に入ったそうだ。

●2012年6月5日(火)曇り

7時に起きた。
たくさん眠ったけど、まだ、東京へ戻ってこない。
というか、戻りたくない。
今日は、歯医者さんの予約をしてあった。けど、朝から出かけるのは無理な気がする。
ほかの日に予約をかえてもらおうと思うのだけど、電話でちゃんと喋ることができなさそうなので、スイセイにお願いして、かけてもらった。
私は、小学生のダメダメなーみちゃんに戻ってしまった。
ダメダメなーみちゃんは、知らない人と喋るのは苦手だけれど、心はどこまでも自由。
能古の島へ行って、「ノコニコカフェ」の祥子ちゃんとシバッちに会って、家でカレーを作って、テニスコーツのさやさんにも会えて、帰ってきたら、そうなっていた。
3日の夜に帰ってきて、スイセイが山の家だったからひとりで寝て、きのうもずっと寝たり起きたり。
いくら寝ても戻らない。
耳の中では、テニスコーツの「あしたの曲」がずっと鳴っている。
夜ごはんを食べ終わってから、それぞれの旅の話をし合った。
スイセイは眠たそうだったけど、「ノコニコカフェ」のダンボールスピーカーの写真を見せたとたん、シャキンと起き上がって、みるみる元気になった。
それからは、ビールと焼酎をちびちび飲みながらのふたり宴会。
今年の「ノコノコロック12 カレーなる復活編」は、サイコーだった。
スカンクの兄貴たちも、エンジンにオイルがよくまわって、畑さんのギターも歌声も、めちゃめちゃかっこよかった。
欠席のケンケンの分まで、みんなががんばっているのがよく分かった。
私も、ケンケンをお腹の底にしまって、カレーを作った。
すごく真面目にちゃんと作った。
カレーは、225皿とハーフサイズが7皿分売れた。
一緒に作った祥子ちゃん、シバッち、ふたりの家の台所、公園のトイレ、川原さん、三ちゃん、リーダー、食材を買いに、車で一緒に走りまわってくれた浅葉さんのおかげ。
そして当日、出店でよそるのを手伝ってくれたり、器が足りなくて、急きょ洗いにいってくれた東京チームの面々のおかげ。
ご飯を炊いてくれるおばちゃんとの連絡ががうまくいかず、お客さんをずいぶん待たせてしまったのが、大反省点だけど。
そして私は、300皿分はありそうなことが分かった時点で、すーっと気が抜けた。
寸胴の半分くらいあったカレーの鍋を、ひとつ焦がした。
それも大反省点だけど、まあしょうがない。できることはぜんぶやった。
あまりに楽しいことがたくさんあって、書きたいこともいっぱいで、胸が詰るようになるけれど、これから少しずつ書いていこうと思います。
まず、シバッちと祥子ちゃんの家は、台所に竈のあとがある(その上に中華のコンロを3つ乗せている)、古い農家だった。
トイレは外にある。
庭とかにあるんじゃなくて、畑の脇道をゆっくり歩いて5分くらいのところに、公園のトイレがあった。
水洗じゃないし、男用の便器がひとつと、女用がひとつしかないけれど、ほどよく清潔で、公園のすべり台の向こうにはでっかい海がある。
そうか、家にトイレがなくってもいいんだ。
匂いがしないし、掃除もしなくていいから便利かも。と私は思った。
家は伸びたい放題の緑に囲まれ、小さい葉っぱのつる植物が絡まっている。それが、すごくかわいらしい。
そうか、いいんだ、とらなくても。と私は思う。
思いながら私の頭には、山の家のトイレや、つるが生い茂った(前回、がんばってすごくとった)アマゾン(裏庭)が浮かんだ。帰ったら、スイセイに教えてやろう。
お風呂はあるけど薪だから、友だちが泊まったときくらいしか焚かない。シャワーはソーラーで、夏なんか、熱すぎるくらいのお湯が出てびっくりする。
玄関の土間が広くて涼しいから、食材でも何でも置ける。
そこから続く土間の台所はちょうどよく清潔で、窓を開ければ緑があり、いい風が入ってくる。
土間にあるはめごろしの正方形の窓には、外で生えている緑の葉っぱが、すりガラスに顔を押しつけ(通勤電車の詰め込まれた乗客がみたいに)、額縁つきの絵画みたい。 
薄暗い土間に、外の光が玄関からほんのり入って、紗がかかったみたいにぼやけている。タルコフスキーの映画みたい。
道具は何が必要だとか、鍋の大きさはどれくらいだとか、東京にいるとき、私は祥子ちゃんに質問をいくつもした。
必要なものは、経費で買ってもいいんじゃないかとか、松尾さんのお友だちでキッチンスタジオを開いた方がいるらしいから、その人に借りたらどうかとか、そんなことも言った。
でも、何度か電話でやりとりをしながら、祥子ちゃんの声を聞いているうちに、ないものもいっぱいあるけど、「あるもの」でやればいいんだなと分かった。
そう思って東京から来たのだけど、この家へきてみたら、その「あるもの」が凄すぎて、私はガツンとやられた。
自然はもりもり豊かにあるし、祥子ちゃんとシバッちは、ふたりとも真っ黒ないい髪の毛がたっぷりあり、体も頑丈そうで活力が漲り、工夫のある暮らしは、人の知恵を超えていた。
祥子ちゃんたちの家は、人なんかとっくに超えて、タヌキとか、アナグマの家みたいだった。
ちょうどいい場所にあった木のうろとか、ほら穴を、居心地よく整えて、アナグマの夫婦が幸せに暮らしている。
家の中には、アナグマならではの工夫があちこちにある。これは、シバッちの担当みたい。そういうところが、なんだかスイセイにも似ていた。
奥さんは服を自分で縫うし、育てた小麦を曵いて粉に混ぜ、パンやクッキーも焼く。
絵も、本も、音楽もある。
川原さんとリーダーと私は、最後の晩、ここに泊めてもらった。
私はずっと、どこかが緊張していて(カレーがうまくいくように心配だったんだと思う)、ホテルではほとんど眠れてなかったのに、ここでは、ものすごくぐっすり眠れた。
家に守られている感じがした。
その家は、まわりをとりかこむ緑に守られ、緑は、海に守られている。
そうそう。カレーを仕込んでいたとき、カトキチたちの音楽がかかった。
ちゃんとお腹で呼吸をしながら、たくさんのいろんなことを感じながら、落ち着いた気持ちで作るのにぴったりな音楽。
仕上げをしていた夕方には、フィッシュマンズのシーズンがかかった。
いち日の作業が終わってほっとした気分と、ほら穴みたいにひんやり涼しい空気。
空はまだ暮れきらず、蒼と緑が混ざったような空気の色。
フィッシュマンズの音楽が、あんまりぴったりくるので、じーんとして涙がにじんだ。
アムたちの家でかかったときにも、フィッシュマンズがよく似合っていたのを思い出した。
そういうとき、佐藤くんは、あっちから来ているんだと思った。
本当は、ライブのこととか、テニスコーツのさやさんのこととか、ご飯をよそるのをずっと手伝ってくれた千さんのこととか、もっともっと書きたいのだけど、このへんでやめておきます。
そろそろなーみちゃんも、東京へ戻らないとなりません。
明日は、「クロワッサン」の撮影があるので。
あちこち掃除をして、買い物へも行かないとならないので。
きっと、この日記を待ってくださっている人たちがいっぱいいるから、今夜は夜ごはんの前に、スイセイにアップしてもらいます。

●2012年5月31日(木)東京は曇り

朝、早起きして洗濯をしているとき、スイセイと離ればなれになる匂い(たぶん洗剤の匂い)がした。ちょっと不安なような、心細いような。
なんで、洗濯の匂いが心細いんだっけ。
ハワイ島で映画の料理の仕事をしていたとき、1ヶ月以上もスイセイから離れ、三ちゃんとふたりコンドミニアムで暮らしていた。
たぶん、そのときの洗濯の匂いと重なったんだと思う。
映画の仕事なんてはじめてで、分からないことばかりだったし、毎日毎日、大勢の人たちと一緒にいたから。
川原さん、三ちゃん、リーダー、「SUNUI」のヨーコちゃんと、9時20分発のバスで羽田へ。
みんなに会ったら、ぐんぐん楽しくなってきた。いざ、「ノコノコロック12」へ!
今年は、ノコニコカフェの祥子ちゃんとシバッち夫妻の自宅の台所をお借りして、出店のカレーを200皿分仕込む予定。
11時30分発(ちょっと遅れて40分発になった)の飛行機で福岡空港へ。
飛行機から降りるとき、まだ空港内を歩いているのに、東京とは空気がうんと違うのが分かった。
暑いんだけど暑すぎず、しっとりと湿って、体中の毛穴が開くような、いい空気。
ヨーコちゃんは「SUNUI」チーム(ステージの美術担当)の車へ、私たち4人はカレー班なので、出迎えてくれた「ノコニコカフェ」の祥子ちゃんと、浅葉さん(ノコリータサイダーなどを作っている人)の車へ乗せてもらう。
乗り込むちょうどそのとき、雨が降ってきた。
福岡の雨は粒が大きい。雨脚はどんどん強くなる。
窓の外は灰色。「ごめんなさーい。私と三ちゃんが雨女だからかもですー」とリーダーが言った。
しばらく走っているうちに、雨は上がった。
南国の雨ははっきりしているなあ。バーッと思いっきり降ったかと思ったら、天気雨みたいになって、あっさりやんでしまった。
南の島のスコールみたい。雲が出てきても、なんだか眩しい。
ホテルのチェックアウトは後まわしにして、カレーの材料を仕入れてまわる。
まずは、宮崎牛のくず肉(骨のまわりについた、マグロでいうと中落ちみたいな肉)を仕入れに糸島方面へ。
そのあと、「道の駅」がスーパーになったみたいな大きな店で、キャベツ(160円×2コ、170円×2コ、180円×1コ、190円×1コ)、にんじん(140円×14袋)、きゅうり(100円×7袋)、青じそ(80円×4袋)を買う。
お昼に「牧のうどん」でうどんを食べ、業務用食材を売っている大きなスーパーで(道を挟んだ向い側にも、同じように大きなスーパーがあるところとか、ハワイみたい)、カレールウやカレー粉、ローリエ、福神漬などを買う。
今年のカレーの具は、宮崎牛のくず肉、玉ねぎ、にんじん、しめじ。玉ねぎは、能古の島の農家さんから仕入れたのがある(おまけでにんじんもいただいたそう)ので、あとはしめじ。
しめじだけは、仕込みの当日(明日)に仕入れたい。けど、しめじだけのために、わざわざ市場まで車を運転してもらって、船着き場へまわるのは時間と労力のロスだ。
けっきょく、祥子ちゃんのアイデアにより、船着き場の近くの小さな八百屋さんでしめじ(100グラムのを50袋)を注文し、明日のお昼の船に乗せてもらうこととなった。
船着き場のリヤカーを借りて、食材を積み込み、夕陽が傾きかけたころ、船に乗る。
私たちはウインドブレーカーを羽織り、甲板へ出る。それぞれがいたい場所に立って海を見ている。
船の上のこの瞬間。東京で仕事をしながら、頭に何度浮かべたことだろう。
私はサングラスをして、太陽の光の道ができているところを眺める。キラキラキラキラキラキラ。
船は風を受け、ゆっくり進んでゆく。能古の島が、だんだんに近づいてくる。

能古の島は、平らな海にもっこり浮かぶ、『ひょっこりひょうたん島』みたいな緑濃い島。
祥子ちゃんとリヤカーを引いて船を降りる。すぐに「ノコニコカフェ」の看板が見えてくる。
お店までの道(ロータリーのようになっている)は、記憶の中ではもっと坂になっていた。カーブのところにある木の建物も、実際にはそれほど古ぼけていない。
シバッち(祥子ちゃんの旦那さん)の顔が見えないと思ったら、椅子の上に立ち上がって、何かをしている最中だった(天井の何かを修理していたのかな)。
「ノコニコカフェ」はいい匂い。緑の風のような、南の果物のような。クンクンするうち、柑橘の匂いだと分かった。
シバッちおすすめのスムージーを作ってもらう。
日向夏(島特産の小さい夏みかんみたいなもの)をたっぷり絞って(シバッちが半分に切る係、祥子ちゃんは銀色の頑丈な機械で絞る係)、凍らせてあったハッサクの実を加えてジューサーにかける。砂糖もクリームも何も入れないんだそう。
のどを通る冷たさ、なめらかさ、甘すぎず酸っぱすぎず、いい匂いがしてクリーミーで。それはもう、とんでもなくおいしかった(後日、皮をむいただけの日向夏を食べた三ちゃんが、「このまわりのフワフワした白いところが、生クリームっぽい味がするからかも」と感心していた)。
スムージーだけでもおいしすぎるほどおいしいのだが、私はどうしても、ビールと混ぜたのも飲んでみたい。
スペインの瓶ビールを買い、自分でちょっと混ぜてみる。おいしい。でも、もったいない。
軽トラックに食材を積み込み、祥子ちゃんたちの家へ。
運転はシバッち、助手席には祥子ちゃん。私たち4人は荷台へ乗る。
海辺の小道を、風を切って走る。
ビールを飲もうと口へ持っていっても、がたがた揺れるので飲めない。
吹き飛ばされないよう帽子を押さえながら、私は海を見たり、反対側へ首をまわしたり。
郵便局や公民会らしきところ、古い屋根の下のお地蔵さんなど、通り過ぎてゆく景色を見るのが忙しく、キョロキョロする。
太陽の光と、海からの風。さ緑の透明な草みたいなの(青のりだろうか)が、波打ち際で光っている。
三ちゃんも、リーダーも、川原さんも、みんな笑っている。
「あーー!」と私は叫んだ。
しばらく走って、祥子ちゃんたちの家へ着いた。
畑と夏草に被われた、古い家。ああ、この家のことを何と言おう。
引き戸を開けて中へ入ると薄暗く、とても静か。
『大草原の小さな家』に出てくる、丘の下を掘った土壁の家みたい。ひんやりと涼しいのは、天井や壁の上の地べたが、びっしりと草に被われているから。
明日、カレーの仕込みをする台所を見学し、土間に靴を脱ぎ捨てて畳の部屋へ上がる。
銭湯の着替え場くらいに広い部屋。本棚にはいろんな本があり、壁のいろんなところに絵が貼ってある。
積んである布団によっかかり、畳(ござが敷き詰めてあるみたい)に足を投げ出し寝そべってみる。
ござはつるつるとてかって、すべらかな肌触り。
いろんな人の足の裏が何度も何度もこの上を踏み、自由気ままに背中を伸ばしたあとがあるような。
日本人も外人も、男も女も子供もおばあちゃんも、頭がいい人も悪い人も、おしゃべりな人も無口な人も、器用な人も不器用な人も、誰もを迎え入れてくれるような、悠然とした感触。
「展望台へ行ってみませんか?」とシバッちに誘われ、また荷台へ乗る。
オレンジ色の太陽は、山と山の間に、今まさに沈んでゆくところ。
竹林、森の中へずんずん入って、ジャングルみたいなところも通り抜ける。
私たちが女だからといって、シバッちは優しくなんて走らない。細い山道をガンガン進むから、振り落とされないよう、荷台のつい立てにみなしっかりつかまっている。
展望台は、何もない草っ原にぽつんと尖って立っていた。
何もないというのは、人工的な物がないという意味。緑はたっぷりある。私はいっぺんで気に入った。
てっぺんまで階段を登ると、眼下に広がる緑は、飛行機の窓から見える雲海のよう。
もこもことした緑は、森とも山とも違う。雲以外にはどの名前もあてはまらない。
雲を彩るのは緑のグラデーション。あんなにいろんな緑色がこの世にあるなんて。黄色がかった緑、白っぽい緑、オリーブ色、うぐいす色、紺が混ざった緑、もっともっと……。
若葉のころは、また違った緑だろうか。秋の紅葉や、冬景色はどんなだろう(祥子ちゃんに聞いたら、積もるほどではないけど雪も降るそう)。
西の方では、ぽっかりした夕陽が薄墨色の山に沈もうとしている。花札の絵みたい。そっちも気になるのだけど、私は緑の方ばかり見ている。
海の向こう岸の側は、見ないようにする。ビルが林立してニューヨークみたいだから。
帰りは、坂道を背中から下る。ちょっとジェットコースターのよう。竹林のトンネルをくぐりぬけ、森の小道を走り抜けてゆく。
そうか、今まさに、緑の雲の下を私たちは走っているのだ。
「アーー!」と川原さんが叫び、私も叫ぶ。みんな叫ぶ。
私たちは軽トラに、「白いリムジン」と名前をつけた。明日もあさっても、島の中ではいつもこのリムジンで移動できるのだ。
「ノコニコカフェ」に戻ったとき、「どうしよう私、一日目なのにもう絶好調だ」と言うと、「いいよー、もうどんどんいっちゃってー」と川原さんが答えた。

●2012年5月21日(月)晴れたり曇ったり

6時に起きて身支度し、金環日食を見にゆく。
歩きながらも日食用眼鏡で見る。
木漏れ日も気にしながら歩く。
地面に三日月型の影ができている。すれ違う子供たちは、影踏みをしながら歩いている。
工事現場の大きなブリキ板の壁に、公園の木漏れ日の三日月が重なるように、いちめん無数に映っているところを発見。
道路に出て、ひとりで観察していた男の子に教えると、「すげえー!」と叫んだ。
向こうにいるらしい友だちやお母さんを呼んでいる。私はいい気分。
中央公園の芝生には、すでにたくさんの人たちが集って、みな太陽の方を見ていた。カップルもいるし、ひとりで見ている人もいる。犬の散歩のついでの人もいる。
私たちはコートの近くの広々したところにゴザを敷き、寝転んで眺める。
「みいよう、黒く影になっとるのが月なんで。ええか、そのつもりで見るんで」
私の眼鏡は郵便局で買った(切手つきの)もので、太陽がオレンジ色に見える。スイセイのはちゃんとしたやつなので、太陽は黄緑色。まわりの雲まで見える。
さいしょは三日月が出ているのとそう変らないように見えていたのだけど、そのうち黒い影が、ぐんぐん球体に見えてきた。
「みいよう、『2001年宇宙の旅』みたいじゃのう」
あたりはだんだん薄暗くなり、それに伴い肌寒くなった。
完全に重なってリングになったときには、身震いするほど寒かった。
太陽の熱って、偉大なんだなあ。
長袖のウィンドブレーを持ってきてよかったけれど、ああ、水筒に熱いお茶(冷たいのを入れてきた)を入れてくるんだった。
ピークが終わると、みな少しずつ立ち上がって帰りはじめた。
しばらくすると空が曇ってきた。そのうち完全に雲に隠れてしまう。
帰り道は、もう誰も太陽を見ていない。私はときどき眼鏡をとり出して見ている。
横断歩道のところまできたら、会社へ急ぐ人や、子供の手を引いて急ぎ足のお母さんがさっさか歩いている。
「なんか、ドラマが終わったみたいじゃのう」とスイセイ。さっきまで、たいへんなことが起こっていたのに、今はもうみんな、何もなかったようにしている。
太陽がうっすらと雲に隠れると、肉眼でも見ることができた。
ちょっと太めの三日月のような白い太陽は、氷砂糖のよう。
帰ったらミルクコーヒーをいれ、「ロシア日記」の最後の仕上げ。
10時過ぎに、ようやくお送りした。
夜ごはんは、かけそば(ゆで小松菜)、だし巻き卵、めかぶ、切り干し大根煮(いつぞやの)。

●2012年5月19日(土)快晴

大家さんのどんぐりは、気づけばずいぶん葉が茂っている。濃い緑色の硬い葉っぱだ。
花が散ったあとに小さな突起(秋にはこれがどんぐりになる)もできている。ついこの間まで、簪のような花が咲いていたのに。
きのうは6時半に起きてしまい、小さな取材を2本やった。
そのあと外へ出て、「ロシア日記」の推敲。
図書館が閉っていたので、近所の喫茶店でやった。
どうしてこんなに次々と仕事をこなしているかというと、すべては「ノコノコロックフェス」のため。
今年もまた、スカンク兄弟の応援でカレーを作る。目標200皿だ。
今日は朝から「ロシア日記」の仕上げ。
2時にはだいたいでき上がって、散歩。メール便を出しに、遠い方のコンビニへ、いつもは通らない道を歩いた。
どこかのお宅の垣根に、濃い紫の鉄仙の花が咲いていた。
この季節に、この色の花を見るのが好きだ。今、パソコンで調べたら、洋名をクレマチスというのだな。
ぐるっとまわって、散歩がてらスーパーへ。
スイセイの好物の谷中しょうがが、今年はじめて出ていた。鶏レバーが新しかったので買う。
スイセイも事務仕事をがんばっているし、「ロシア日記」がひと段落ついたので、ビールを少しだけ買う。
今夜は、『地球ドラマチック』で日食のことをやるので、いつもより早めにごはんにする予定。あとで風呂にも入ってしまおう。
夜ごはんは、鶏手羽の塩焼き、レバーの塩焼き&たれ焼き、谷中しょうが&きゅうり(みそ添え)、刺し身こんにゃく、冷や奴、スーパーのお寿司、ビール。

●2012年5月16日(水)快晴

今日も朝から「ロシア日記」。
シベリア鉄道でのことを書いているので、文の方もトコトコとゆっくり進んでいる。
2時過ぎ、スイセイが誘いにきて散歩へ出ると、遠くの方のアスファルトが濡れているように見える。何歩か歩くとなくなった。夏によく現れる陽炎なのだった。
どこからか、ほんのりと栗の花の匂いがする。今年はじめての匂い。
天気予報によると、今日がいままででいちばん暑いのだそう。
上水沿いを歩きながら、金冠日食についてスイセイに教わる。
木漏れ日での見方も教わる。
どこかの家の塀から飛び出している木の梢から、太陽を透かしてみると、葉の隙間に小さな強い光がたくさん見える。
太陽がいっぱいだ。
私は今まで知らなかった。ピントが合ったときの地面に現れる木漏れ日が、小さい太陽の集りだったとは。
ピンホールカメラの仕組みについても教わる。
のどが乾く。本当に夏のよう。
「こうやって、暑いのに少しずつ体を慣らしてゆくのはええことで」
みんな日陰を探して集っているから、中央公園の芝生の真ん中には、私たちのほか誰もいない。
帽子をとって風に吹かれる。
ここまで歩いてきたのは、広々したところに立つためだったんだ。
ほんものの広々は、やっぱりいいなあ。
文を書いていると、頭の中はロシアまでひとっ飛びなんだけど、何にもない草原の景色を書いていたって、脳みそ自体はきゅっと縮こまっているんだなと分かった。
今夜はそうめんにしてくれとスイセイが言う。茄子やみょうがなどを買って帰る。
夜ごはんは、そうめん(みょうが、しょうが、万能ねぎ、青じそ、ゆでたかぶの葉)、焼き茄子、切り干し大根煮、ホッケのみりん干し、はんぺんの網焼き。

●2012年5月13日(日)快晴

きのうも今日も、気持ちのいい晴れ方。緑が冴えざえし、空気が乾燥している。
私の髪の毛は、湿気のバロメーター。雨の日や、雨の前後の日はブハッとなって、『マグマ大使』のゴアみたいなんだけど、きのうと今日はほとんどストレート。
朝ごはんを食べ終わった頃、スイセイに荷物が届いた。
2メートル以上ある、赤と黒の鉄の棒みたいなもの。これは、重い物を持ち上げる機械だそう。
ジープはもちろん、家まで持ち上げられるらしい。木の根っこも抜けるかもしれないそう。
「最近、オレのいちばん好きな道具が分かったんじゃ。それはテコ」。ちょっとの力でも、工夫次第ですごい事ができるから。
大テーブルにのせて、古タオルで包んだりしながら、いそいそと梱包し直しているスイセイ。山の家へ持ってゆくんだそう。
私が横から話しかけても、「うん」とか「あー」とか言うだけで、ちゃんと答えてくれない。
この一週間、合間をみては「Zの本」の原稿を書いていた。
撮影もひとつあったし、打ち合わせも3本くらいたて続けにやった。「気ぬけごはん」の原稿も書き上げたので、今日からいよいよ「ロシア日記」に突入だ。
あとで、マントゥーの試作もする予定。
「ロシア日記」は、シベリア鉄道に乗り込み、ハバロフスクを出発したところから。
ずんずん書いていて、ハッと気づいたら目が痛い。
きのう、おとついあたりから、やけに目が乾く。これもまた空気が乾燥しているから?
マントゥーの生地を練り、発酵させている間に、スイセイを誘ってコンビニまで散歩。
ゲラを出し、自動販売機の無人売り場でウド(100円だった)を買って、ぐるっとまわって帰ってくる。
どこもかしこも緑がいきいきして、若いのが垣根からピョンピョンはみ出しているのだけど、油をぬったようにピッカピカの葉があった。あれは、何の木だろう。
ホタテとサーモンのお刺身(撮影の残り)が冷凍してあるから、ウドも加えて、今夜はクリーム仕立てのスパゲティーにする予定。
あとで、『まる子』と『サザエさん』、8時からは『平清盛』だ。
『サザエさん』を見ながらごはんの支度をしていたら、ピンポンが鳴った。
リーダーが、実家から送られてきたスナップえんどうといちごを届けてくれた。「採れたてだから、早くみんなに分けて! っておかんに言われたんで、持ってきました」。
ちょうどスパゲティをゆでていたところだったので、スナップえんどうもゆでて、お皿に添えた。
うーん、甘くてプリップリだ。
夜ごはんは、レタスサラダ、ホタテとサーモンのクリームスパゲティ(ウドはさっとゆでてアクをぬいてから加えた)、スナップえんどう添え、食後にいちご。

●2012年5月5日(土)快晴

今日は子供の日。ようやく晴れた。
朝ごはんを食べ、「気ぬけごはん」の仕上げをやって散歩へ。
太陽が首筋に当たって、暑いくらい。
このところ雨ばかり続いていたけれど、ひと息に夏になってしまったな。
コンビニでアイスを買って、中央公園へ。齧りながら歩く。
鯉のぼりを凧にずらりと並べて揚げているおじさんがいた。うまく風をはらむと、ずいぶん高くまで揚がる。
いちばん下には、アンパンマンの絵のとても大きな鯉。
このおじさんは、前に黒いイカの凧を揚げていた人かもしれない。
子供らは大喜びで、芝生に映る鯉の影を追いかけ、裸足で駆けずりまわっていた。
私たちも足を投げ出して座り、しばし眺める。
なんて気持ちのいい風だろう。
ついこの間、大きな水たまりがあった場所も、すっかりもとに戻り、いちめんの若緑だ。
お父さんもお母さんも子供らも、風に吹かれながらみな笑っている。
帰りに和菓子屋さんでかしわ餅をふたつ、太巻き、稲荷ずし、筍ご飯のおにぎりを買った。
帰ってからは仕事の続き。「小説新潮」の原稿の校正、あさっての撮影のレシピ書き、その次の撮影のメニュースケッチなど、どんどんやる。
窓の外はもりもりした緑。ときどき強い風が入ってきて、原稿が飛ばされるのを追いかけながらやった。
8時から『ウォリー』をやるので、夕方のうちにお風呂へ入ってしまおう。今日は菖蒲湯だ。
夜ごはんは、太巻き、稲荷ずし、筍ご飯のおにぎり、冷や奴(みょうが、しょうが)、カマスのお刺身、小松菜のおひたし(おかか醤油)。

●2012年5月3日(木)雨

明け方、水たまりに雨の滴が落ちる音が心地よく、子守唄のように聞いていたのだけど、ハッとして目が覚めた。
カーテンの隙間から覗くと、ベランダに水がいっぱいたまっている。10センチくらいも深さがある。
ゆうべからの大雨のせいだ。
雨はまだ強く降っているし、放っておいたら部屋の中へ入ってきそうな勢いだったので、パジャマの上に合羽を羽織り、ベランダの排水溝にたまっていた泥を手でかき出した。
そのとたん、サーーッと水が流れた。
目が覚める前、水に関係のある夢をみていたような気がする。
午後からは、ユリエちゃんが今まで撮った写真(スイセイの発明品の)を見せにきてくれた。
新しい作品(いろんなカバン類)をスイセイが部屋から次々出してくると、カメラを取りに車へ戻り、ひとつひとつテーブルの上にのせては、写真を撮ってゆく。
その間私は、自分の部屋でレシピを書いたり、台所へいってマントゥーを作ったり。
ユリエちゃんは、スイセイの作ったものを見ても、「ワー」とか「キャー」とか大げさに騒がない。
「いいですねえこれ…」とか言いながら、たんたんとカメラを構え、スイセイと世間話をしながらシャッターを切る。
「スイセイショー」のとき、発明品の数々を見たユリエちゃんが、スイセイに向かって「写真を撮らせてもらってもいいですか?」と話しかけたことからはじまったこの撮影会。
ふたりとも、ただ興味のあることを長いこと続けてきただけみたいだけど、いつか何かの形になればいいなあと私は思う。
おやつに、三人でマントゥーの蒸したてにコンデンスミルクをつけて食べた。油で揚げるのもやってみた。これは試作。
雨のなか、長靴をはいてスイセイと散歩。
中央公園には、若緑の芝生の上に大きな水たまりができ、水の中を鳥たちが歩いている。スズメ、シジュウカラ、ムクドリ。
水たまり脇の濡れた芝生の上を横断する気持ちよさ。
私たちが歩くと、鳥たちが順に飛び立つ。
まるで、雨季のアフリカの草原のよう。
遠くの方で、お父さんと息子がサッカーボールを追いかけているほかは誰もいない。
帰りに買い物をしてスーパーから出てきたら、雨はやんでいた。
夜ごはんは、またマントゥーの試作。なすの肉みそ炒め、じゃこ入り炒り卵、セロリときゅうりの中華風和えもの。

●2012年4月27日(金)降ったりやんだりの雨


きのうの「Zの会」は、打ち合わせ中にスイセイと喧嘩みたいに(ちょっとだけ)なってしまった。
まあ、そんなこともある。夫婦で一冊の本を作るのって、むずかしいなあ。
今朝は、11時に赤澤さんがいらっしゃって、「ジョルニ」と、新しい料理本の打ち合わせ。
12時半からは関口君が加わって、「ダ・ヴィンチ」の連載の打ち合わせ。
どんよりした天気だったので、私は朝から頭がぼんやりしていたのだけど、赤澤さんと話しているうちに、ぐんぐんと頭が冴え、がぜんやる気になってきた。
赤澤さんの元気がのりうつったよう。
詳しいことはまだ書けないけれど、「ダ・ヴィンチ」にて、また楽しいことがはじまりそうな予感。
2時くらいにすべて終わった。
「小説新潮」の原稿を書き、スイセイと散歩。
中央公園の近くのガレージに、泥まみれの器が山積みになっているのをスイセイがみつけた。
「風雨のために汚れたセト物です。ご自由にお持ちください。(新しいセト物が汚れたものです)」というはり紙がしてある。
近寄ってみると、新聞紙や梱包材のワラが朽ちて張りつき、泥のようになっている。
紅茶茶碗を手にとって指でこすると、かろうじて透けて見えるのだけど、古くさい花の絵なんかが描かれていている。
ちょっと、ロシアの器にも似ている。
ネコジャラシのと、薔薇の花の紅茶茶碗。揃いのソーサーもみつけ、いただくことにする。
選んでいるのは私たちだけ。あまりに汚れているので、誰も見向きもせずに通り過ぎてゆく。
茶色くなった新聞紙に包まれたお皿が、隅っこの方で山積みになっている。
開くと、洋食屋さんのデザート皿みたいな、金ぶちの真っ白い新品のお皿が出てきた。
金のゴチック文字で「EIFUKU」と書いてある。5枚ほどいただく。
「わー、福だ!」。うちの屋号は「FUKUU」だし。
帰るとすぐに熱湯に浸け、洗ってみた。
新聞紙は昭和43年のものと判明。
ということは、私が10才のころから、ずっとほどかれずに積まれていたお皿だ。
お皿の裏に、朽ちて黒くなった枯れ葉が張りついているのかと思っていたら、広告や新聞紙なのだった。
ここは昔、食器屋さんだったのかなあ。
それとも、お店はどこか別のところで構えていて、在庫置き場がここにあったのか。
とにかく雨が吹き込んだり、雨漏りしたりもしながら、40年以上もの間、ほったらかしになっていたんじゃないだろうか。
小学校4年生から今まで、私が生きてきた同じ時間を、この器らも生きてきた。
スイセイは、ガラスのふたものを15個くらいもらってきた。
昔の喫茶店で角砂糖入れとして使っていそうな、いかにも古くさい感じ。
同じ大きさで重ねることもできるから、部品入れにしてもいいし、建築材のガラスブロックがわりにもなるんじゃないかという見立てでもらったらしい。
そういえば、小学校の図書室の壁に、こんなふうなでこぼこした厚手ガラスがはまっていたような気がする。
景色は見えないけれど、外が明るいのや、校庭の緑色が透けて見えるくらいの透明度。
山の家を建て替えるとき、土壁に埋め込んだら、明かりとりの小さな窓ができる。
西側の壁にはめこんだりしたら、ガラスを通して西陽が壁に当たるかも。
お風呂場とかもいいかも。
ああ、夢が広がる。
夜ごはんは、スーパーのコロッケ(レタス添え)、太巻き&納豆巻き(スーパーの)、白モツと菜の花の炒めもの(ゆうべの残り)、コンニャクとれんこんの炒り煮(おとついの)。

●2012年4月18日(水)晴れ

今朝も7時に起きた。
朝いちばんで窓を開けると、空気が真新しい。
雨が降った翌日の晴れは、また格別だ。
チイチイと鳥がさえずるなか、仕事へ出掛けてゆく人をベランダから見送る。
玄関を掃いている人、駅の方角へ自転車でつっ走る人、みんなご苦労さまです。
今朝もまた、「クウネル」のレイアウトを開いて眺め、中身も読み、ため息をひとつついた。
朝ごはんが終わったら、週末の撮影のレシピ書き。
11時から「レタスクラブ」の打ち合わせ、2時からは「ウィズカーサ」の打ち合わせ。
ところで、植物図鑑や植物の絵本を見ていて分かったのだけど、「ナツコの丘」に生えていた草はイヌムギだ。
そして、アマゾンのつるは藤。
よーく思い出してみたら、去年の夏くらいに、アマゾンで藤の葉が茂っているのを、塀の外側から見かけたことがあったもの。
午後は街へ出て買い物。
夜ごはんは、トントロ塩焼き&ほうれん草炒め(出てきた脂で炒めた)、湯豆腐(木の芽みそ)、餃子(「アトレ」の餃子屋さんの)、ひめ皮のみそ汁(ゆうべの残り)、白いご飯。
読者の方から、4月9日の日記のきのこ汁が黒っぽくなったのは、なめこではなくてまいたけのせいではないですか? という、親切なメールが届いた。
それで、思い出したのだけど、そういえば山梨のまいたけは、しめじのような色で白っぽく、ふしぎと煮込んでもあまり黒ずまないのです。歯ごたえもコリコリしたままだし。
なので調子にのって、直売所やスーパーで買ってきては、鍋に放り込んで長時間ストーブにのせておいたのだけど。
まあ、うっすらとは黒くなっていたのかもしれない。
そこへなめこが入って、ぜーんぶ吸い取ってしまったのかも。
さいしょはトロミがあっておいしかったのに、煮込んでいるうちにただの黒いきのこになってしまったから。
どちらにしても、なめこは仕上げにさっと煮るくらいがいいんだと思います。

●2012年4月17日(火)薄曇りのち雷雨

このところ毎朝6時半に起きている。
そして、布団の上に座って「0655」のおはようソング、「レタスレタス」を見る。
今朝は、作り方が大写しになり、サラダも新しいのになっていた。
りうは子育て中なので、朝早くから教育テレビをつけっ放しにしているそうだ。
りうには何も伝えてなかったのだけど、「レタスレタス」のサラダを作る手を見て、私じゃないかと思ったそう。放映されたばかりの頃に、電話がかかってきた。
「木村カエラちゃんの歌もかわいいし、映像もホワンとしているのに、鶏の足みたいな筋張った手だけが浮いてて、やけに気になったんだよ。やっぱみいの手だったんだ。みいの手は、独特なんだよねえ」
以前、3月10日の日記で書いた、「歌に合わせて料理を作った」というのは、このときの撮影のことです。おかげで私はすっかり早起きになりました。
早起きすると、いつもより1時間早く朝ごはんになるから、午前中が長い。
山から帰ってずっと書いていた「クウネル」の作文は、きのうお送りしたのだけど、もう少しだけ直す。
2時頃にでき上がり、スイセイと散歩へ。
農家で、いつものルッコラと、若い山椒の葉が出ていたので買う。今日は筍を煮ようと思って。
パン屋へも寄り、大きい食パンを1本買う。
中央公園に入ったところで雷が鳴りはじめ、大粒の雨がポツリポツリ。
そこからは延々走ってスーパーへ。
「クウネル」の戸田さんから電話があり、もうひと直しする。
もぐっては書き、またはじめから読み返し、直し、詰ると窓辺へ立つ。窓の外は天気雨。
夕方、ようやくOKの返事をいただいた。
雨上がりの外を歩きたくなったので、夜ごはんの支度をすませ、図書館へ。
植物の図鑑ばかり借りてきた。ちょうど散歩から帰ってきたハル(大家さんの犬)にも会えた。
夜ごはんは、筍とワカメの炊き合わせ(山椒の葉)、初がつお(青じそ、レモン汁、醤油、ごま油)、もやしとほうれん草の辛子和え、筍のひめ皮のみそ汁、白いご飯(スイセイは卵かけごはんにしていた)。
夜、「クウネル」の文がレイアウトされたものが送られてきた。はーっと、いいため息が出る。
写真を眺めているうち、中身までしかと読み込んでしまう。
もう、暗記するほど何度も読んでいるのだけど、雑誌になったときのことを想像しながら、ページから匂い立つ湯気にひたりながら読む。
写真と文と、それらを配置するデザイン。
文字の大きさ、形、文字の余白、段落の長さ。
紙、紙の匂い、肌触り。
たぶん私は、高山なおみという作家の、いちばんの読者なんだと思う。

●2012年4月9日(月)快晴

朝6時の外の気温は、零度だったそう。
地面には霜がおりていたらしい。
「あのの、地面にうっすら片栗粉をまいたような感じかの。屋根から滴が落ちたあともあったで」
スイセイは朝から畑の作業。
アムプリンが送ってくれた豆を植えてみるのだそう。
これは、平沢で昔から作られてきた在来種の豆で、いろんな柄のきれいなのが、おはじきみたいに寄せ集められている。それをスイセイが、仕分けして持ってきた。
あと、直売所で買っておいた枝豆2種も植えるのだそう。
天気予報によると、今日はよく晴れて気温も上がり、21度まで上がるところもあるようだ。
朝ごはんは8時半。
グリルパントースト、ほうれん草炒め、しいたけのバター焼き、サラダ(きゅうり、ラディッシュ)、じゃがいも(ゆうべ焚き火で焼いておいた残り)のオムレツ、インスタントのじゃがいもポタージュ(スイ)、ミルクティー(私)。
私も畑を手伝う。
畑というのは、「大草原の小さな家」の丘のこと。「ナツコの丘」の下に広がっている。
今まではおばあちゃんに貸していて、じゃがいもやら何やら育てていたみたいだけど、去年体を壊して休んだそう。だから去年の夏は草がぼうぼうになっていた。確か、ネコジャラシがはえていたような覚えがある。
今はその草もすっかり枯れて、地面に張りついている。そのワラのようなのを刈り取り、集めた。
陽に焼けないよう、太陽を背中にして、斜面の低い方にお尻を向けて草刈りをする。
納屋にあった、小振りの草刈りガマがいちばん好き。
大きさも刃のカーブも絶妙で、手になじむ。
たぶん、おばあちゃんが使っていたものと思うので、「おばあちゃんのカマ」と呼んで私はいつも持ち歩き、使い終わるときれいに洗って、大事にしている。
あれ、これは前に書いたっけ?
首にタオルを巻き、汗をぬぐいながら、何度も小休止しながらやる。どこかでウグイスが3羽ぐらい鳴いている。
どんどん畑らしくなってきた。
そのうち、ワラのベッドもできた。後ろ向きにバーンと寝転び、遠くの山々を眺める。
枯れ木のもたくさんあるようだけど、緑がずいぶん増えたなあ。山の中腹に、山桜らしき薄桃色の木がぽつん、ぽつんと、3本ばかし見える。
こんな風に遠くの景色を毎日眺めていたら、目がよくなるかもしれないな。
髪を結んでいるゴムが汗で濡れているので、はずして、指で髪の毛をほぐす。その、風を通すときの気持ちよさ。
そのあとスイセイは、三本鍬で耕しはじめた。
私は畑の脇の小道をきれいにした。草を取ったり、ススキの株をみつけるとまたバッコン。私はススキのバッコンが上手になったかもしれない。
バッコンの道具を片手に、地面をくまなく見てまわる私はススキキラーだ。
12時のサイレンが鳴って、お昼の支度。
きのこ汁(しいたけ、まいたけ、里いも、なめこ、餅入り油揚げ、ゆで卵)、おにぎり。
きのこ汁になめこを入れて煮込んだら、全体が黒っぽくなってしまった。
生のときには、あんなに鮮やかなオレンジ色のような、金色のようなきのこだったのに。
みそ汁に入れて煮えばなを食べるか、さっとゆでて大根おろしで和えるのがいいんだな。
よく煮込んだらだめ。汁までぜんぶ黒ずんでしまう。もう入れないように、忘れないようここに書いておこう。
食後、スイセイは昼寝。
私はいちご(おばあちゃんが植えておいてくれた)のまわりの草取りや、畑の小道をきれいにする。
もういちど、ススキが出てないか見まわす。
スイセイは枝豆の種をまいている。
私は、橋向こうの自動販売機で買ってきた、レモンの味がついた水を飲みながら、干し草ベッドで休憩。
きのうまで熱い飲み物をふーふーいいながら飲んでいたのに、今日は冷たいのがおいしい。
山の上には、青い空にぽっかり浮かんだラピュタみたいな雲。
今日は、温泉へ早めに行くことにする。
ホームセンターに寄って、畑にかぶせる鳥よけの網を買う。
3時15分。昼間の温泉ははじめて。露天風呂は太陽がまぶしく、目をつぶって入った。
へろへろとなり、帰りにスーパーに寄る。
今夜は料理をしなくていいように、食べたいお弁当をそれぞれが選んだ。
夜ごはんは、チキンカツ弁当(スイ)、ちらし寿司(私)、ほうれん草のおひたし(おかか醤油)、マカロニサラダ(スーパーの)、インスタントみそ汁(私)、ビール。
私はビールを飲む気がしないので、お茶を飲む。
7時半に寝た。スイセイはアイパッドで何か調べものをしている様子。
明日は、11時くらいに東京へ帰る予定。

●2012年4月8日(日)晴れ

6時半に起きた。
今朝もまた太陽が、窓にベカーッと当たっている。
スイセイは朝めし前の作業に出ていった。
私は頼まれた洗濯をやる。あとはメールをチェックしたり、日記を書いたり。
8時半に朝ごはん
スイ/コーンスープ、お餅の塩茶漬け(ストーブで焼いたお餅に熱湯をかけ、塩を入れて食べていた。広島の食べ方だそう) 私/クリームチーズ& バナナトースト(私)、インスタントカフェオレ。
きのうの続きのつるほぐしと、庭の草取りをやる。
ススキの若葉が出はじめているところをみつけると、どんなに小さくてもバッコンをする。
「ナツコの丘」に出ていたのと同じ緑色の草があったので、噛んで味をみる。ススキの若葉の方も噛んで味をみる。
葉のまわりにうっすらと毛がはえ、見た目よりも硬めな歯ごたえはよく似ているけれど、草の方は青臭い苦味が残り、ススキはほとんど味がしない。
落ち着いて観察すると、根っこのはえ方もちがう。これはススキでないなと私は判断した。
次にここへ来るころには、もっと丈が伸びているだろうからはっきりするだろうけど、帰ったら、図書館の図鑑で調べてみよう。
何の植物なのか調べるため、つるもサンプルを持って帰るつもりだ。
12時のサイレンが鳴り、昼ごはん。
塩むすび(土鍋で炊いたご飯で)、ソーセージとほうれん草(Kおばあちゃんにいただいた)の塩炒め、きのこ汁。
午後からは、ふたりでアマゾンを集中的にやった。
おかげでずいぶん片づき、アマゾンはぽっかり明るくなった。
薮の中から現れた木は、南天、野バラ、シュロ、ボケ(紅い花が咲いている)、笹竹、ニセアカシア、アオキ、桑。
バラバラになった石灯籠も出てきた。いつの日か、これに蝋燭を灯してみたい。
風が出てきたけれど、アマゾンを眺めながら黒ビールで乾杯する。
これまでお化け屋敷みたいだと思っていたのに、庭まわりが片づくと、なんとなしに家の方まできれいに見えてくる。
夜ごはんは、焚き火ごはん。
ソーセージ、チーズ、じゃがいも(濡れた新聞紙とアルミホイルに包んで、火の中にくべておいた)、赤ワイン、ビール。
部屋へ戻って、スイセイはビール。
パソコンをネットにつなげる機械のことで喧嘩をし、(昼間、何のスイッチか分からずに私がめちゃくちゃに押したら、調子が悪くなった。スイセイは作業を中断し、サポートセンターに電話をかけなくちゃならなくなった。そのことで昼間も私は怒られたのに、また同じことでスイセイが怒り出した)私は8時半に寝てしまう。

●2012年4月7日(土)晴れ

スイセイは6時前から起きて、ストーブをつけておいてくれた。
私はシュラフでぬくぬくし、天上を眺めている。この天上をいつかひっぺがすときがくるんだなと思って。どんな屋根裏が出てくるだろう。梁や柱はどんなだろう。
6時半に起きる。
太陽がのぼるのが早い。のぼると、めきめきと暖かくなる。窓ごしにすごく明るい光が差している。
窓を開けてもそれほどには寒くない。窓辺に椅子を出し、コーヒーを飲む。どこかの木を切っているスイセイののこぎりの音がする。
私は、天上を眺めているときにみつけた台所の角のクモの巣を綿菓子みたいにして箸で巻き取った。
おもちをストーブで焼いて食べ、私も朝飯前のひと仕事。
庭の草取りなどやる。よーく見ると、ススキの若葉が出ているところがある。そこをめがけてバッコンすると、根っこはまたいきいきと蘇り(中が白くみずみずしい)、張りめぐらされつつある。
ススキとの勝負はまだこれからなのかも。初夏になって、どうなっているかが楽しみだ。
草かと思っていた細長いのはノビルだった。まだ小さいけど、朝ごはんに少しぬいておく。
ナツコがきれいにしてくれた丘の上も、ススキが株ではえはじめているのをバッコンする。陽当たりがいいせいか、こっちのススキは成長が早く、葉はまだやわらかいけれど30センチは伸びている。
ここはこれから「ナツコの丘」と呼ぼう。石もなく、地面がやわらかい(昔は畑だったのかもしれない)ので、けっこうやりやすい。
9時過ぎに朝ごはん。
ほうれん草炒め(ゆうべの焼き手羽先の脂が残っているフライパンで)、きゅうり&ラディッシュ(塩)、ノビル(塩)、トースト2種(クリームチーズ&バター)、ミルクティー(私)、紅茶(スイ)。
さて、お昼までもうひと仕事。スイセイが焚き火をはじめた。
今日から私は地下足袋デビュー。「ナツコの丘」のバッコンの続きをやった。
立ち上がったり、農具を持ち上げたりするとき、ヨッコラショとか、エイラーショッとか、いちいち掛け声をかけてしまう。リズムをつけて、アーラヨッとか。
民謡のはやし言葉って、こんな風にしてできたのかも。
黒人の人たちが、作業をしながら歌うみたいに、日本でも農作業をしながら歌ったのがはじまりなんじゃないだろうか。 12時15分にお昼ごはん。
おにぎり(きのうの残り)、稲荷ずし(スイ)、きのこ汁(きのうからストーブにのせておいたスープにだしの素をちょっと加え、塩としょうゆで味つけ。しいたけ、まいたけ、里いも、コンニャク、豆腐を煮た)、ほうれん草のおひたし(おかか醤油)。
昼ごはんの支度をしているとき、お向かいのSさんの庭から話声が聞こえていた。あとで見ると、鯉のぼりが上がっていた。赤や青、紫、茶色、ウロコと目玉に金色が入った、立派な鯉のぼりだ。
「ナツコの丘」は、端の方までびっしりと緑の草がはえている。
なんとなしに、ススキの若葉らしき草が群れになっているような気がする。ちょっと掘り返してみるが、きりがないのでやめる。
午後からはつくし摘み&スギナ取り。
そしてアマゾン作業中のスイセイの手伝い。
絡まり合ったつるをはずしながら、枝を払ったり、竹(細い)を切ったり。つるはつるで集めておいて、土蔵の屋根の下へまとめ(いつかカゴを編んでみたいので)、あとのは庭へ運ぶ。
つるは、1年目はまだ緑色が残り、新聞紙の束を結べそうなほどしなやかなのに、奥の方のつるは木のように太くなって、別の木に巻きついている。しめつけられた木は、枯れるでもなく負けずに育つものだから、つるをはずしたところがねじねじにへこんで沖縄のかりんとうみたい。
「みいは、つい食べ物を想像するんじゃの。オレは魔法使いの杖みたいじゃのうと思う」
とちゅうから枝分かれしたり、また別の木に絡まったりして二重三重になっているけれど、少しずつほどきほどきしてたどってゆけば、必ずはずれる。
だいじなのは、いらいらしたり、コノヤローとか思ったりしないこと。そうしないと、植物の方がうんと強いからやられてしまう。
のんびりした気持ちで、悠然とやっているとうまくゆくみたい。
木とつるがバラバラになったとき、とてもせいせいとした気分になる。
さんざんススキの地下茎とつき合ってきた私には、つるが地表の根っこに見える。そして、つるの絡まり合いは、自然にできたカゴのようにも思えてくる。
スイセイに伝えると、「みいはええことをいうのう。逆に、昔の人はこういうのを見て、カゴを編もうと思ったかも分からんで」。
風が出て、陽が翳ると急に寒くなった。
とっくりのセーターは、暑いかもしれないと思っていたけれど、持ってきてやっぱり正解だった。
5時に作業を終え、スーパーへ寄って温泉へ。
スーパーから出てきた男たちが、「さみーなー」と言いながら襟を立てていた。本当に、東京の11月か12月くらいの寒さ。
露天と中のお風呂をいったり来たり。腕を回したり、腰をもんだりしながらたっぷり浸かる。
帰りのジープの中で、くねくねへろへろになる。
夜ごはんは、こごみのおひたし(おかか醤油)、ポテトサラダ(スーパーの)、ちらし寿司(私/スーパーの)、稲荷ずし(スイ)、鶏手羽塩焼き、つくしの醤油炒め、きのこ汁(大きななめことゆで卵を加えた)、ビール、黒ビール。
食べているうちに口がきけないほど眠くなり、私は9時半に寝た。
※今回もまた、山の家の日記は2日分しかアップできませんが、書け次第、続きを載せることにします。

●2012年4月6日(金)ぼんやりした晴れ

9時に家を出て、山の家へ。
桜並木のトンネルをジープでくぐりぬけるとき、「ちょっとの、小さいんじゃけどみいにプレゼントじゃけえ」とスイセイが言った。
桜は八分咲きというところかな。黒い幹に桃色が映えている。
10時5分に高速に乗る。雲が多く、山が見えない。
八王子の桜はまだ咲いてない。
雪が消え、緑は確実に増えているけれど、山々はまだ冬の色。
談合坂あたりで晴れてきた。
ここの桜は、ピンクが少し覗いているものの、蕾はまだ固い。
どこを走っても桜の花はまだの様子。私たちは、東京の桜がいちばんいい時季に出てきてしまったのだな。
ジープのラジオの電波がよく入るようになった。ほとんど雑音が聞こえない。
これはスイセイがアンテナを伸ばしたおかげだ。
どうやったかというと、もとのアンテナの根元に延長コードをつないで、右側の端まで伸ばしてある。つまり、コンセントの尖った方がアンテナの先っぽになるそう。
「何でも工夫して手を入れてやったらの、少しずつじゃけどようなってゆくんよ」
勝沼あたりから、急に春がきたようなのどかな景色が広がった。
桜もずいぶん開いているし、果物用の桃の花も咲いている。薄い桃色、濃い桃色、菜の花やレンギョウの黄色。
やっぱりここらは暖かいのだ。
12時に直売所で買い物。おにぎり&おかず(私)、空揚げ弁当(スイ)、じゃがいも、さつまいも、里いも、しいたけ、まいたけ、エシャロット(やわらかく長い葉っぱつき)、ほうれん草、きゅうり、ラディッシュ、りんご(小ぶりで青いところが多め)、こだわり卵。
休憩所でお昼にする。
もろこしスイトン(私/里いも、ごぼう、大根、にんじん、しめじ、油揚げ、山梨のみそ。ほうれん草のごま和えがついてきた)、ぜんざい(スイ/大根とにんじんの浅漬け添え)。
ここの桜は、五分咲きくらい。きのうかおとついの東京くらい。あれ? おとついは大嵐だったっけ。
スーパーと郵便局に寄り、山の家に着いたのは2時半。家へ入る前に、庭をぐるりとまわる。
台所の庭につくしがいっぱい、気持ちの悪いほど出ていた。
にょきにょきと、こんなに隙間なく出ているつくしは、はじめて見た。
いつものように私は掃除。
部屋の中は、思っていたよりも寒い。ストーブをつけたいところだけど、我慢してぞうきん掛け。
スイセイは休まずに外の作業。アマゾン(土蔵の脇の薮地帯)のつるをはずしたり、竹を切ったりしている。
仕事のメール確認などしながら、手羽先の羽を切り落とし、ストーブの鍋に入れてスープをとる。
つくしをザルいっぱい摘んだ。フキの小さな若葉、よもぎの若葉も摘んだ。
つくしのハカマとりは、本当は外でやりたいくらい。寒いけど、窓を開けてやる。
思い出したように顔を上げ、暮れゆく山々を眺めては、またつくしのハカマをとる。とってもとっても終わらない。
夜ごはんは、天ぷら(つくし、ふきの若葉、よもぎの若葉、しいたけ)、エシャロットの葉のおひたし(ぬるっとしてとてもおいしかった)、きゅうり&ラディッシュ&エシャロットのみそ添え、つくしの醤油炒め、とり手羽先の塩焼き。ビール、黒ビール、赤ワイン。
天ぷらがたまらなくおいしかった。とくにつくしとしいたけが。
つくしはほの甘く、ほの苦く、少し酸っぱい。
スイセイは、つくしの醤油炒めもずいぶん気に入っていた。
「山菜ゆうのは、春のお祝いみたいな食べ物じゃのう」
夜ごはんを食べ終わり、大きな声でさんざんしゃべくっていたスイセイは、眼鏡をかけたまま9時半に寝てしまった。私はなんだか眠れないので、こうして日記を書いている。
「クウネル」の写真(誰に撮ってもらったかはまだここに書けません。どうか、5月号を楽しみにしていてください)のPDFが送られてきたので、興奮してますます眠れない。

●2012年4月1日(日)快晴

朝から風呂場の掃除。
洗濯物を干しながら仰ぐと、青い空に白い雲。きのうの嵐で、大掃除されたみたいな青。
朝ごはんを食べ、窓拭きもやる(きのうの雨粒斑点が気になるので)。
その間スイセイは、冷蔵庫の裏(いろんな機械が収まっているところ)の埃を吸い取っていた。
表側にまわり、底の部分のカバーをはずすと、溶けた霜の水受けが出てきた。
水は少ししかたまってないけれど、埃が茶色くなってかわばりついている。
私はこれを、いちども掃除したおぼえがない。
下の床にはダンボールやらティッシュの箱(騒音をやわらげようとして詰めておいた)が埃にまみれ、ゴキブリの薬(3つあった)や磁石なんかも絡まっている。
12年分の埃を掃除するのは私の役目。
コンセントを差し、冷凍庫と冷蔵庫に温度計を入れて散歩に出る。
風呂場の下の杏は八分咲き。今がいちばんきれいなときなので、じーっと見る。
上水沿いの桜も、中央公園のも、蕾はすっかり膨らんでピンクがのぞいているけれど、開いている花はまだない。
手の平をグーに握ったときみたいに、花弁がたたまれている。
スーパーで筍を買った。
家に帰りつき、さっそく冷蔵庫を開けてみる。
冷凍庫がマイナス11度、冷蔵庫は2度。
「ヤッター!生き返ったー!」と叫び、スイセイと抱き合う。
筍をゆでながら、掃除の続き。
夜ごはんは、筍と菜の花の炊き合せ、五目ひじき煮(ひじき、切り干し大根、にんじん、干ししいたけ、ちくわ、いんげん)、チャプチェ(牛肉、春雨、にんじん、しいたけ、ほうれん草、ごま)、白いご飯。

●2012年3月31日(土)春の嵐

びっくりするくらい強い風が吹いている。
ゆうべのうちに、もの干しハンガーを入れておいてよかった。
雨粒が窓にたたきつけられ、細かな斑点だらけなので、外の景色がよく見えない。
朝ごはんのとき、サッシの網戸が右、左とスライドしていた。こんなのは、ここへ越してきてはじめて見た。
春って、なんて激しいのだろうと思いながら、「小説新潮」の原稿書き。
明るいうちに仕上げ、お送りする。
28日にやったいしいさんとのトークイベントは、意識のジェットコースターに、ふたり並んで乗っているみたいだった。
気づけば、水の底へ潜っているようになり、またそれがパーンとはじけ、空中へと昇って明るいところで飛び散る。
その間中私は、いしいさんのトークに振り落とされないようしっかりつかまっていた。
楽しくて楽しくてたまらなかった。

おとついから、台所の方の冷蔵庫が壊れている。
冷凍庫の温度が2度、冷蔵庫は10度までしか下がらない。
このところ、夜中に聞き慣れない音がして、ハッと目が覚めていたのだけど、あれは冷蔵庫から聞こえていたのだ。
ペットボトルを上から押さえたみたいな「バキッ!」という音。
シンプルなつくりで大好きだったけど、そもそも中古で買ったものだし、もう12年は使っているから新しいのを買いどきかも。1989年製造と書いてある。
スイセイに相談し、もう少し様子をみようということになった。
冷蔵庫の裏をはずし、配電盤を見たり、体を屈めて機械が詰っているところを覗き込んでいるスイセイの背中は、修理屋のお兄さんみたい。
どちらにしても、ひと晩コンセントを抜いて、明日になったら変化をみようということになった。
夜ごはんは、肉じゃが(じゃがいも、豚肉、ちくわ、玉ねぎ)、塩鮭(中辛口)、ほうれん草のおひたし、ごぼうとコンニャクの炒り煮(いつぞやの残り)、納豆(私)、ワカメのみそ汁、白いご飯。

●2012年3月23日(金)曇りのち雨

パンも牛乳もなかったので、朝ごはんの前に買い物散歩。
風呂場の下の杏は、ピンクの蕾がずいぶん膨らんでいる。でも、今年は開花がかなり遅れている。
そのことに、きのう気がついた。配達にきたお米屋さんに教えられた。
おじさん「あれは桜ですか?」
私「いいえ、杏です」
おじさん「そうですよね。いつもだったら、もうとっくに咲いているころだと思うんですけど。今年は遅いですねえ」
天気予報では寒くなるといっていたけど、歩いているうちに汗が出てきた。
あちこちから、甘い匂いがぷーんと届く。いろんな花の匂い。
スイセイと歩きながら、今作っている本のあだ名をつけようということになった。
河出書房の高野さんと、2年以上前からあたためていたアイデアが、ようやく姿を現しはじめ、動き出した。
まだ詳しいことは書けないけれど、この本はスイセイと私の共著になります。
何がとび出してくるかまだ分からないとか、スイセイと私の、いちばんつき当たりまで触って作る本という意味も込めて、『Zの本』になった。
これから、高野さんと3人で集まる日のことは、『Zの会』と呼ぶことにしよう。
いつものようにパン屋さんで大きい食パンを1本買い、中央公園へ。
公園の芝生は、この間まで白っぽい藁みたいだったのが、若緑の葉がぼそっぼそっと出てきていた。
とちゅう小雨が降り出したが、気にせず歩いて帰り着く。
今日は、夕方から「クウネル」の10周年パーティーがある。
川原さんとスイセイと出かけるのが楽しみ。
それまで、ひと仕事をしてしまおう。

●2012年3月16日(金)晴れのち曇り

ぐっすり眠って7時半に起きた。
まだ、いくらでも寝ていられるし、目が覚めてもまたすぐに、いくらでも眠れる。
よく眠って、私の体はすっかり元気になったみたい。
のどの痛みもとれた。すごいなあ、ちょうど頃合のときに休めてやれば、体はチャージされるのだ。
明け方に、ちょっと大きめの地震があったけど、たいして怖いこともなく、またぐっすり眠れた。
この家は、地震がくるとゆさゆさゆさと家ごと揺れる。
家ごと守られているみたいな揺れ方。
家という体が、地面の振動に合わせて、力を抜きながら動いているだけのような。
揺れているとき、茅葺き屋根の藁がこすれ合うような音がした。だからか、編み込まれた大きなカゴ(この家のこと)が、地面に伏せてあるみたいな感じがした。
私は寝ぼけていたんだろうか。だからか、まったく怖い感じがなかった。
もしかしたらこの家は、釘を使わずに、木を組んで建ててあるんだろうか。解体して、骨組みがどうなっているか見るのがすごくたのしみだ。
もしも釘を使ってない、昔ながらの建築だったら、大切に、それをうまくいかすようにリフォームしよう。
スイセイは朝から庭に出て火を焚き、干涸びた枝(木とつながってはいるけど)や、通り道を遮っていた枝をノコギリで切り落としては、燃やしている。
今朝、スイセイが起きたのは6時半。外は零度、部屋の中は1度だったそう。
ストーブをつけてもなかなか温まらないから、どうしようかのうと思って庭へ出て、焚き火をして目を覚ましながら、あたたまっていたのだそう。
8時半に朝ごはん。
キャベツとスナップえんどう炒め(ベーコン)、ベビーチーズ、トースト、紅茶(スイ)、ミルク紅茶(私)。
スイセイはよく喋る。元気が戻ってきた様子。
「体っての、使いすぎると壊れてしまうけど、ある程度のところでやめといて、しっかりめに休めてやったら、前よりも調子が上がることがあるみたいじゃのう」
私も今朝、シュラフの中でまったく同じことを考えていた。
東京にいると、休息のしどきに気づくセンサーが鈍くなっているから、壊れるまで気づかずに、つい働きすぎてしまうけど、東京にいても、山でのこの感じを覚えておけばいいのだな。
今日は、あまり大がかりな作業をしないことにしよう。
お昼まで原稿書きをやって、午後から少しだけ作業をしよう。
明日の朝には東京に帰るので、「山暮しの納め」をお腹の底において、心得ながら動こう。
今夜は、温泉にも買い物にも行かないので、「焚き火ごはん」の予定。
と思っていたのだけど、けっきょく、作業をやりはじめたら、止まらなくなってしまう。
台所裏の庭の瓦が、積み上げてあった(たぶん何十年も放っておかれ、崩れかかっていた。今は枯れているけど、夏にはツタの葉がジャングルみたいに絡まっていた)のを、塀のところへきちんと積み直した。
地面に散らばっていた瓦も、軒下に積み上げた。
石積みの作業って、こんなだろうか。ひとつひとつ積んでゆくと、ひとつの形ができてくる。それが、たまらなく楽しい。
裏庭(アマゾンと呼んでいる)を通って、南側の庭まで出られるようになったのが嬉しく、私はアマゾンの笹も刈った。
からまって立ち枯れている蔓や、はみ出している枝も切る。
木の芽どきになればまた草でいっぱいになるだろうけど、これまでのアマゾンほどには密集しないだろう。
枝は枝でまとめ、笹は畑の方へ捨てた。
5時になったので作業をやめる。
午後から少しずつ曇ってきたし、風も冷たく寒いので、「焚き火ごはん」は中止。
スイセイが作業したところ、私のやったところ、それぞれの作業の成果をほめ合いながら、家のまわりをぐるりと歩いてまわる。缶ビールを飲みながら(私だけ)。
桑の木がなくなり、畑の柵も取ったおかげで、『大草原の小さな家』のエンディングの(ローラたちが駆け下りてくる)丘みたいになった。
まわりがすっきりしたおかげで、わが家もそれほどボロには見えない。藁葺きを被った赤いトタン屋根も、なんとなしにかわいらしく見える。
夜ごはんは、鳥手羽の塩焼き(出てきた脂でスイトンの残りを焼く↓次にまいたけ炒め↓次にキャベツ炒め)、大根おろし、ベビーチーズ、ビール。

●2012年3月15日(木)晴れ

スイセイは6時に起きた。私はまだシュラフから出られない。
外の気温は、マイナス5度だったそう。バケツの水も凍っているそう。
スイセイはしょうが湯を飲んで、アイマックをやって二度寝。私もまた寝る。
7時半に起きて、ミルクコーヒーをいれる。今、飲みながらこうして日記を書いている。
スイセイは外へ出ていった。太陽が出て(雲に隠れているけど、地面に陽が当たっていたらしい)、気温は2度まで上がったそう。
今日もまたよく晴れそうだ。
今日は、台所の裏の作業の続きをやる。今まででいちばん大きいススキの株の塊(カール・ルイスとスイセイが呼んでいる)を掘り出すつもり。
その切り株は、無印の冷蔵庫くらいの大きさがある。
どんなに大きな塊も、少しずつ少しずつ切り崩しながら掘り出してゆけば、必ず取れる。ゆうべも寝ながら、作業のことを思うと楽しみだった。
さて、そろそろ動き出そう。スイセイが庭で作業している音がする。
朝ごはんは9時。
おでん(スイ/ゆで卵、コンニャク、厚揚げ、ちくわ)、お蕎麦(私/きのうの残りにスナップえんどう、卵を加えた)。
朝ごはんの片づけをしながら、おやつ用にパンケーキ(天ぷら粉、卵、牛乳、蜂蜜)を焼いておく。
防災の有線放送があった。
今朝、6時半ごろに、隣の地区のおじいちゃんが行方不明になった。縞模様のマフラー、黒い運動靴を履いているそう。
きっと、朝ごはんを食べずに散歩へ出て、まだ帰ってこないから、心配して家族が届けたのだろう。
11時頃、台所の庭の作業をしていたら、また放送があった。
「さきほどの行方不明の方は、ぶじ、みつかりました」
お昼までに、カール・ルイスを半分やった。
ふきのとうを採る。つくしは、アスパラガスみたいな頭の先が、やわらかい土の下から覗きはじめているところ。こんなの、はじめて見た。踏まないように注意しながら作業する。
12月に来たときには、根っこが仮死状態のようになっていて、バッコンするのがとてもラクだった。
今は、ごぼうみたいだった根っこが、また濃い黄色に戻り(スイセイはこの根っこをはじめて見たとき、ビニールホースが埋まっているんだと思ったそう。けばけばしい黄色なので)、細い根っこも、力強く絡まり合っている。
地面の中は、もうずいぶん前から春の兆しがあったのだな。
おやつにパンケーキを温め直し、バナナをくるんでみた。ちょっとだけロールケーキみたい。ぺたんこだけど。
おやつの時間が12時近かったので、お昼を食べずにもうひと仕事。こんどは、畑の上のススキを刈るのをやった。
スイセイは、使われていない方の畑の柵や、トタン板をはずす作業。
スイセイは朝から頑張っていたから昼寝。
私はもうひとふんばり。ついに、カール・ルイスの残りをやっつけた!
「気ぬけごはん」の原稿を仕上げながら、土鍋でご飯を炊く。
お昼ごはんは3時。
ソーセージ炒め、キャベツ炒め、カレーライス(レトルトの)。
東京にいるときよりも、ぐーんとお腹がすくのは、ここの自然が激しいからだろうか。
自然は、何があるか分からないから、私の体も死なないように必死なのかな。
そして、何を食べてもものすごくおいしいのは、何でなんだろう。
道具の泥を洗って納屋に片づけ、今日の仕事は終わりとする。
4時20分、まだ明るいうちにスーパー&ホームセンター&温泉。
温泉から帰ったら、へにょっとなる。
思い切りくたびれが出た感じ。のどの一点だけ、痛い。
夜ごはんは7時。ふきのとうみそ(作りたてを食べたいというスイセイのリクエスト)、冷や奴(おろし生姜、醤油)、きのこ汁(おでんの残りのコンニャク、大根、厚揚げを小さく切って、田舎味噌で味をつけた。まいたけと豆腐、おろし生姜も入れた)、フライパンにのせたまま、ストーブで温めておいたコロッケ(私)&ハムカツ(スイ)。
うちのふきのとうは、まだ出はじめで小さかったせいか、直売所の驚くような苦味がなく、楽しみにしていたスイセイはしょんぼり。
私は、ビールが飲めない。
電気ストーブを近くに寄せ、きのこ汁を食べる。
スイセイにきのこ汁をよそってもらうと、誰かが作ってくれたみたいにおいしくなる。生姜のせいなのか、体もポカポカ。
歯も磨かずに、私は8時過ぎに寝てしまう。スイセイもくたびれた様子で、9時ごろ寝た。

●2012年3月14日(水)晴れ

7時のサイレンで起きた。
ゆうべは、12月に来たときよりもずっと暖かかった。ちょっと暑くて目が覚め、夜中に1枚脱いだほど。
スイセイによると、起きぬけの部屋の中は1度。外の気温はマイナス1度。
水道のホースは凍ってしまった。やっぱり甘くみず、中の水を出して、元栓も閉めておくべきだった。
でもこれも、前回ほどではない。凍ったホースも物干竿にかけておいたらすぐに溶けた。
スイセイは朝飯前に何やら作業している。私は寝床を片づけたり、ゆうべの洗いものをやりながら、朝ごはんの支度。
ためておいた洗い桶の水が、ものすごく冷たい。
氷のように冷たいってよく言うけど、ほんとにその通り。指が切れそうに冷たい。水道の水も、出したては氷水のよう。しばらくすると、ぬるくなってきた。
昼ごはんのほうれん草もゆでておく(ゆうべの山菜天ぷらの天かすがあるので、お蕎麦にでもしようと思って)。
朝ごはんは、ほうれん草炒め(ベーコン)、おでんのキゃベツ巻き(スープがわりに、おでんの汁に牛乳をちょっと注いでこしょうをふったら、洋風になった)、バナナ、ストーブで焼いたトースト。
今回から投入された台所道具は、洗いカゴとカセットコンロ(今までは、キャンプ用のガスボンベ式簡易コンロだった)。これでぐーんと便利になった。
こんど来るとき、忘れずに持ってくるものは、ティーパックの紅茶、自分の水筒(これがあれば、いつまでも熱々のお茶をふーふーいいながら飲める。マグカップのお茶は、飲んでいるうちから冷めてしまうので)。
朝ごはんを食べながらスイセイが言ったこと。忘れないようにここに書いておこう。 「天体の観測所いうのは、山奥の空気がええところに建てて、宇宙を観測するんじゃけどの、山の家は、生きることの観測所みたいじゃのうっておれは思う」
朝ごはんのあと、台所の向こうの庭をやる。
夏の間にススキを刈ったまま、倒しておいたのがちょうどよく枯れているので、集めてはどんどん畑の方へ運んだ。
だんだん地面が見えてくるのがとても嬉しい。切り株もくっきりと顔を出してきた。
ススキの下で、ふきのとうが出ているのもみつける。
納屋にあった道具が大活躍。草刈りのカマに、ぎざぎざがついている道具。ススキを運ぶのでも、何をやっても植物の蔓が必ずひっかかるから、切りながらできる。ひとまとめにつかむのにも、絶妙の角度をしている。
カマを片手にどんどん集め、出てきたばかりの雑草も、ちょこちょこと根っこごと掘り返すことができる。
カマ、すごいなあ。
錆びているのにちゃんと切れる。大事に使おう。
スイセイは、畑の向こうの桑の木をぜんぶ切り終えた。
前回切っておいて乾いた枝を、どんどん火にくべながら、庭にはみ出した干涸びたような枝や、紙くずも、土に紛れ込んでいる昔のビニール(朽ちないで残っている)もどんどん燃やす。
どんどん灰になって、煙りになって、天にのぼってゆく。そのあとくされのなさ。
お昼は、お蕎麦(ほうれん草、天かす)、おでん(ゆで卵、ちくわ)。
お昼のサイレンと同時に食べる。
後片づけをしながら土鍋でご飯を炊いて、おにぎりにして、さーてそろそろ午後の作業にとりかかろう。
私は、片っ端からススキの切り株の塊をバッコンで掘り返した。
ずいぶん地面が平になってきた。腐った木が、土になりかけているのを、ほぐす作業は、とっても気持ちいい。
もっと頑張れそうだけど、ここで続けてしまうとまた腰や腕にきそうなので、やめどきが肝心。あとは明日にまわそう。
一日の作業を終え、外の流しで道具の泥を洗い流し、納屋に並べておくのも、また気持ちがいい。
夜ごはんは6時。
温泉が休みなので、徐々に暗くなる空と、おき火の瞬きを眺めながらビール。気がつけば夜空は★でいっぱい。
焚き火に網をのせ、ドイツのソーセージ(エゾアムプリンの器に鉄のふたをして、蒸し焼きにした)、ちくわ(ソーセージのあとに焼いた)、焼きおにぎり(私)、スイトンの網焼き、鮭トバ、ビール。
夜ごはんを食べながら、今日いち日、作業をしながら考えたり、感じたことをスイセイに話す。
ススキの株をぬいたり、地面を開墾していると、瓦の割れたのや石も、いろんなのが出てくる。
今は集めておくだけしかできないけど、いつかこれを種類べつに分別して、アムみたいに庭に道を作りたい。 パン焼きの釜を、瓦で作ったらどうだろう。
いらないものは燃やして、引き継ぐものはいただいて、大事に使おう。
私たちは、お金がたくさんあるわけではないから、たまたま家をすぐに壊すことをしなかった。でも、そのおかげで、作業をしながらいろんなことに気がついた。
今は、地面を開墾しながら、土地の神様にも、家の神様にも、ここのご先祖さまにも、「私たちはこういう者です。これからここを使わせてもらいます」と、挨拶をしているような気がする。
夜、地震があった。山の家でははじめてのこと。
蛍光灯のヒモがけっこう揺れたので、私はストーブを消そうとか、立ち上がって何かしなくちゃとか、ちょっと焦った。
「大丈夫。みい、落ち着いて」と、スイセイ。
そうか。ここで地震があったら、シュラフをかぶればいいんだな。
11時半に寝る。
スイセイは、ゆうべの残りの気のぬけたビール飲みながら、寝ている私に話しかけながら、山にいる喜びを、何度も何度も言っていた。
「みいよう。オレらはの、地面で遊んどるの。すんごい楽しいよのう」

●2012年3月13日(火)快晴

6時半に起きた。
9時ちょっと前に家を出て、山の家へ。
ジープの中はずいぶん暖かく、セーターを一枚脱いだほど。
スイ「こんな天気のええ日に、出かける場所があって、ほいじゃがオレらは幸せじゃのう」
私「ほんとだね。作業するのも、何かを作って食べるのも、温泉に行くのもぜんぶが楽しみ。自分ちだから、お金もかからないしね」
調布インターを入ったところで、富士山が見えた。
スイ「ワーオ! ふじちゃん」
うっすらと雪化粧した連峰は、何という山だろう。その間から真っ白な富士山(上部1/3くらい)がのぞいている。
白いところがホワホワとして、上等なカマンベールチーズみたい。
ラジオでは、声楽家の男の人が「ふる里」を歌っている。
「うーさーぎおーいし、かーのーやーまー」、堂々とした歌声。
スイ「この歌って、ほんとは力強い歌なんじゃのう。何があってもめげませんみたいな。決してなくならん、みたいな」
山々はもう冬の色ではない。クリスマス前にここを走ったときには、どこもかしこも濃い茶色だった。
それが薄茶色になり、今はちょっと黄色味を帯びて、どことなく明るい色合いになっている。緑の分量も増えているような気がする。
10時、談合坂インターで朝ごはん。
スイ/かけそば&南瓜天ぷら。私/煮込みうどん(にんじん、大根、椎茸/長ねぎ)&南瓜天ぷら。
11時15分、高速を下りる。
目の前には、しっかりした雪をかぶった山がひとつと、うっすら雪をかぶった南アルプスの峰々。
私がこんな季節に来たのは、はじめてかも(スイセイは去年ひとりで来ていた)。冬でもない、春でもない、果物もない(果物専門の直売所の、雨戸が閉っている)。
ホームセンターと大きいスーパーに寄る。
店を出るたんびに、薄化粧した山々が駐車場のすぐ向こうに連なっていて、いちいちハッと驚く。
空気もキーンとして硬く、東京とはうんと違う。でも寒くない。陽射しが強く、ポカポカして暑いくらい。
空気が乾燥しているんだろうか。ネパールのポカラとか、ペルーのクスコみたい。
いつもの直売所が定休日だったので、山の家の近くの小さな直売所で、ふきのとう、ほうれん草、スナップえんどうを買う。
山の家へ着いたのは12時。
3ヶ月近く来ていなかったけど、けっこうきれいなままだった。
あちこち掃除をしたら、ちょっとだけ雑巾が黒くなった。
昼ごはんは、スイ/ドーナツ&バナナ。私/ビスケット&ミルクティー。
掃除をしたり、ストーブにかけるおでんの支度をしている間、スイセイはさっさと外へ出て、作業に夢中になっていた。
畑の向こうの木を切ったり、庭の邪魔な木を切ったり、焚き火をしたり。
ときどき用事で戻ってきて、窓のところにスイセイが立つ。
そのたんびに、陰になった黒っぽいスイセイと、ぽっかり浮かんだ雲と青空とのコントラストの激しさに、私はいちいちびっくりする。
ふきのとうみそを作って、スイセイに味見をしてもらった。
口に入れたとたん無言になった。
「みその味が強くて、最初は分からんかったんじゃけど、そのあと、襲われるみたいにおいしい苦味がくるんよ。ものすごいおいしいのう」
5時ごろ温泉へ。
冬の間は、4時過ぎにはもう暗くなりかかっていたのに、ずいぶん日が長くなったものだ。
露天風呂にじっくり浸かる。
夜ごはんは、ふきのとうみそ、山菜の天ぷら(ふきのとう、うちの庭のよもぎの若葉)、マカロニサラダ(スーパーの)、とり手羽のグリルパン焼き(塩、黒こしょう)、おでん(大根、うずら天、キャベツ巻き)、ベビーチーズ、ビール。
山菜の天ぷらは、ふきのとうはもちろん、よもぎの根っこまで香ばしく、とてもおいしかった。
小鍋に油を熱し、揚げ立てを食べては、次のを揚げた。
「福島のおばあちゃんたちは、毎年毎年、こういうのんを愉しみに暮らしてきたんで。申し訳ないのう。オレらはこうして、庭に出てきたのでも食べられるんじゃから、こんなにありがたいことはないんで」
ひとつ残念だったのは、天ぷら粉でやったこと。
粉が黄色くて、ほんのり甘いような、まじり気のある味がした。なんとなくホットケーキミックスに近いような。てんぷら粉には、ふくらし粉が入っているんだろうか。
ということは、パンケーキを焼くといいかも。
ふきのとうみそは、できたてのおいしい苦味が薄まったそう。
「みいよう、こんどは食べる直前に作ってくれえの」
ビールをちびちび飲みながら、山へ来れた喜びを喋り合っているうち、あっという間に11時になった。
歯を磨いて、私は11時半に寝床に入る。
スイセイは枕もとにテーブルを移動し、ひとりビールを飲みながら、宙を見ている。
※今回は、1日分しかアップできませんが、山の家の日記は書け次第、続きを載せることにします。

●2012年3月11日(日)曇り一時晴れ

今日は震災から一年がたった節目の日。
6時半に起き、新聞をいつもよりしっかり読む。今日いち日を、大事に過ごそうと思う。
朝ごはんを食べ終わり、「気ぬけごはん」の続き。
あとで、川原さんのところへお皿を返しにゆこう。、オレンジ、黄色、グリーン(もう一枚は割れてしまい、何色だったか覚えていないそう)の縁飾りがついたガラスのお皿。
川原さんが子供のころから、家族の朝ごはんで毎朝使っていたそうだ。
この間の撮影では、グリーンのを使わせていただいた。これは、お父さんのだったらしい。
2時46分にサイレンが鳴り、スイセイとふたりで黙とう。
目をとじたら、8月にまわった被災地の情景がありありと浮かんできた。
追悼式を見終わり、チャンネルをあちこちまわしてテレビを見続けるうち(スイセイはさっさと部屋へ戻った)、やっぱり今日は、うちでひっそり過ごそうと決める。
なので、川原さんのところへは行かないことになった。
夜ごはんの支度をしながら、いつものように『まる子』と『サザエさん』。
夜ごはんは、みそ雑炊(油揚げ、干ししいたけ、卵)、ひじき煮、きんぴら、しらす、しば漬け。

●2012年3月10日(土)小雨が降ったりやんだり

たっぷり眠って、10時過ぎに起きた。
きのうは、歌に合わせて料理を作る撮影だった。これは私の大好きな番組の中でやる。
4月2日からのオンエアまでは内密なので、まだ詳しいことは書けないけれど、放映されたら「ちかごろ」にてお知らせします。
撮影は早い夕方には終わったのだけど、私は力を使い果し、くたびれて9時に寝てしまった。
遠足の前の日みたいに楽しみでたまらず、おとついの晩、ほとんど眠れなかったので。
午後からは「ロシア日記」の校正と、「気ぬけごはん」の原稿書き。寒いので、腰に膝掛けを巻いていち日中過ごした。
夜ごはんは、ソース焼そば(豚コマ、キャベツ、目玉焼き)、レタスの中華風炒め(オイスターソース、醤油)、ごぼうとにんじんのきんぴら、中華スープ(豆腐)。

●2012年2月29日(水)雪

朝起きたら、雪が積もっていた。天気予報の通りになった。
朝ごはんを食べながら、窓の外を眺める。
あとからあとから降りしきる雪。ときおり、物干ざおに積もった雪がバサリと落ちるけど、音は聞こえない。
大家さんのどんぐりの木は、枝の根もとの三つ又に雪がたまって、白い花が咲いたようになっている。
公園の向こうの裸の大木は、空をつき刺している幹も、恐竜の肋骨みたいに枝分かれしたいちばん細いところにも、どの枝にも均等に雪でコーティングされ、慎重に作られた美術品のよう。
あれは、銀杏の木だったっけ。
今日は、わざと布団をたたまない。起き抜けの形のまま、かけ布団がめくれたままにしておく。
なんとなく、雪の景色に似合うので。
天気予報によるとお昼にはやむそうだけど、まったくおとろえることなく降り続いている。
あとで、スイセイと映画の試写会へ行かなければならないので、気持ちを緩めないようにしているけど。
これから出かけるのでなければ、雪景色を眺める目も違ってくるのだろうけれど…… でも、それでもやっぱりとてもきれい。
夜ごはんは、近所の蕎麦屋へ。
蕎麦がきの素揚げ、ほたるイカの沖漬け、さつま揚げの盛り合わせ、ざる蕎麦(スイ)、天ぷら蕎麦(私)、ビール、熱燗。

●2012年2月26日(日)曇り

ぼんやりした曇り。でも、どんよりした感じではない。
今日みたいなどっちつかずの曇りの日を、どんよりと感じるかぼんやりと感じるかは、自分の心の具合によるかもしれないな。
あとで、「ロシア日記」の校正と、「小説新潮」の原稿の仕上げをやろう。やることがあるって、すばらしい。
『たべる しゃべる』の文庫版が刷り上がった。
単行本の葛西さんの造本をいかし、文庫本に合うように、川原さんがすべてデザインしてくださった。
写真も、単行本と同じように挟めることになった。
単行本が子供で、文庫本は孫。
私は、自分の孫が生まれたように、とても嬉しい。
3月初旬に、本屋さんに並びます!
早い夕方、スイセイと散歩。
北風が強く寒いのだけど、芯までは冷たくない。寒いのはまわりだけという感じ。
今夜もまた、見たいテレビがめじろ押しなので、『まる子』がはじまる前にお風呂へ入ってしまおう。
夜ごはんは、しめ鯖、いかのお刺し身、おから(三ちゃんのお母さんが作ったのをまたいただいた)、ほうれん草のおひたし、春キャベツのごま和え、焼き海苔(築地のお店のをいただいた)、ワカメのみそ汁、白いご飯(スイ)、五分搗きご飯(私)。

●2012年2月19日(日)快晴

きのうは猛烈に寒かったけど、今日は風もなく、音のしないような日曜日。
「チュパチュパ」と鳥が鳴いている。あれはヒヨドリだっけ。
まだ空気が冷たい、このくらいの晴れた日に、干した布団によりかかりながらこの声が聞こえてくると、春も近いんだなあと毎年思う。
大家さんのピンクの梅も、ぼちぼち開きはじめている。
このところスイセイは、牛乳パックやスープのパック(裏が銀色)で模型を作っている。バスケタリーの実験らしい。
「ロシア日記」も書き上がった。今日は仕上げをやって、明日お送りするつもり。
見たいテレビがめじろ押しなので、今夜は早めにお風呂へ入ってしまおう。
夜ごはんは、白菜とはんぺんの薄味煮、辛子れんこん(ゆうべ飲み屋へ行ったスイセイのお土産)、おから(三ちゃんのお母さん作)、キャベツの浅漬け、もやしと落とし卵のみそ汁、白いご飯(スイ)、五分搗きご飯(私)。

●2012年2月14日(火)曇りのち雨

朝ごはんを食べ、散歩がてら遠まわりをして買い物。
ブリの切り身のいいのがあったので、塩焼きか照焼きにしようと思ってカゴに入れるが、おいしそうなキングサーモンがあったので、こっちにする。
和風というより、なんとなく洋風のごはんが食べたいような気がして。
昼前には帰ってきた。
午後からは、「ロシア日記」の続きをやる。佳境に入ってきたので、書くのが楽しくて楽しくてたまらない。
雨の日に、自分で遊べるおもちゃを作って、ひとりでいつまでも遊んでいるよう。
とちゅう、スイセイが部屋に来て「みいよう、地震があったの分かった?」と言いにきた。
まったく分からなかった。そのとき私は、ハバロフスクの公園で、川原さんと生ビールを飲んでいた。
夜ごはんの支度をするのももどかしく、ぎりぎりまでやる。
夜ごはんは、サーモンのムニエル(新じゃがいものバターころがし、ほうれん草炒め)、キャベツのみそ汁、納豆(私だけ)、白いご飯。
ブリの切り身でなく、どうしてサーモンを選んだのか、ムニエルにしながらようやく気がつく。「ロシア日記」を書いていたからだ。
つけ合わせの新じゃがは、やわらかく下ゆでしてから、サーモンの脇に並べてこんがり焼き目をつけたのだけど、そういえばこういうのもロシアで食べたんだった。
夜、ずいぶん前から買っておいたチョコレートをスイセイに渡す。今年は『チャーリーとチョコレート工場』の、「ウォンカ」の板チョコ。

●2012年2月11日(土)晴れ

朝ごはんを食べ、洗濯物を干して散歩。
無人野菜売り場で泥つきにんじん、パン屋さんで、いつもの食パン大1本を買う。
まだ早いせいなのか、中央公園は人が少なく、芝生の上で凧揚げをしている人がふたりと、あとはぽつりぽつり。
凧は、糸に添って小さな旗がいくつも並び、いちばん上には黒くて大きなスルメのようなのがはためいている。よく見ると、黒い金魚だった。
帰り道は、ちょっと汗ばむくらい。
「今日は、三寒四温の、一温みたいな日じゃのう」
帰ってから、気をひきしめて「ロシア日記」の続きをやる。
夜ごはんは、チキンカレー(鶏肉、にんじん、新じゃが)、白菜、キャベツ、新玉ねぎのコールスロー(ゆで卵、辛子マヨネーズ)。
玉ねぎを茶色になるまで炒めて、スパイスもいろいろ入れて、いい匂いをプンプンさせ、真面目にチキンカレーを作った。

●2012年2月10日(金)晴れのち曇り

1時から撮影。1品だけだったので、インタューも含めてあっという間に終わってしまった。
今年になってから、料理の撮影ははじめて。
『押し入れの虫干し』のインタビューや、打ち合わせばかりで、文は書いていたけれど、仕事らしい仕事をしていなかった。
自分にとって料理の仕事は外向き、文章の仕事は内向きなのだなと最近気がついた。
そういえば、このところ内向きの仕事の方が多くなっている。
今日も、小さいコラムを1本書いた。
撮影の残りやら、編集さんが置いていってくださったカレー味のパイなど、とりとめもなく食べてしまう。ごはん前なのに、『ハナカッパ』を見ながら塩せんべいも食べた。
夜ごはんは、干し椎茸とかんぴょうとにんじんを甘辛く煮て、散らし寿司を作ってみた。おとつい、河出書房の高野さんがいらしたときに作った刺身のヅケ(サーモン、ホタテ)があったので。
炒り卵と菜の花のゆでたのを細かく刻んで散らしたら、春らしいのができた。あとは、ハンペンのすまし汁。
「おっ、今日は春呼ぶ寿司じゃのう」。

●2012年2月5日(日)晴れ

ゆうべは11時には寝てしまった。ぐっすり眠った。
今日はこれから、青山ブックセンターでトークショー。
『高山ふとんシネマ』と『押し入れの虫干し』について、それぞれの本のデザイナーを迎えて。
私はあまり緊張していないのかも。
それよりも、祖父江さんとアリヤマ君に挟まれて、うんと楽しんでやろう……というような気持ち。
名づけて「ねどこ2部作(スイの命名)」。
さーて、どうなることやら。
では、行ってきます。

●2012年2月2日(木)晴れ

朝、新聞を読みながらいつも聞いているラジオは、『日本の歌 世界の歌』。月曜から木曜まで毎日やっている。
「今週の歌(同じ曲をいろんな歌い手が歌う。いつも最初の1曲目にかかる)」は、『あめふりくまさん』だった。
童謡なのだけど、ちょっと哀しいような曲調も、歌詞もとても好きなので、月曜日から忘れないように聞いている。
ずーっと昔、私が幼稚園のころ、『みんなのうた』でかかっていたような気がする。
降りやまない雨の日の、「永遠」みたいな歌だと思う。
たんたんと、なんとなく時間が過ぎてゆくのを、窓のこちら側から見ていたら…… 小さな何かをみつけて、でもけっきょく、なんにも起こらなかった…… みたいな。

「お山に雨が降りました
あとからあとから降ってきて
チョロチョロ小川ができました

いたずらくまの子かけてきて
そうっとのぞいて見てました
魚がいるかと見てました

なんにもいないとくまの子は
お水をひと口飲みました
おててですくって飲みました

それでもどこかにいるようで
もいちどのぞいて見てました
魚をまちまち見てました

なかなかやまない雨でした
かさでもかぶっていましょうと
頭に葉っぱをのせました」

1時からは、赤澤さんと打ち合わせ。
「ダ・ヴィンチ」の連載と、新しい料理本のご相談。
赤澤さんとは、かれこれ15年以上のおつきあいだけど、本当に、かなり深いところまで私のことを理解してくださっている。
話しながらひしひしとそれが分かり、涙がにじんだ。
しばらく休んでいたけれど、今私のお腹の中には、料理本を作りたい熱がふつふつと沸いてきている。
夜ごはんは、ミートソースのスパゲティー(キャベツのせん切りを添えて、混ぜながら食べた。これはアリヤマ君のお母さんの真似)、コールスローサラダ(スイだけ)。

●2012年2月1日(水)晴れたり曇ったり

午後から風が強くなった。ずいぶんと派手に、洗濯物がひるがえっている。
きのうは、川原さんの家でロシア旅行の写真会をやった。
新しいマックの大画面で、ロシアっぽい料理を食べながら。
ザワークラウト、カマンベールチーズ、枝つき干しぶとう&干し柿、ソーセージとキゃベツのスープ煮、ペリメニ(マッシュポテト入りロシア風ゆで餃子。これだけ私作。雑誌で撮影した時のを冷凍しておいた)、白ビール、白ワイン、ウォッカ(ひと口だけ)。
おかげで、ロシアの息吹きが体に戻ってきたので、今日からロシア日記を書きはじめる。
夢中になって書いていたら、夕方スイセイが覗きにきて、肩を揉まれた。そのとき私は、ハバロフスクのホテルの食堂にいた。
「みいよう、あんまり根を詰めたらだめで」私の歩きまわる音がしなかったらしい。
明日もまた、続きをやるのが楽しみだ。
夜ごはんは、牛丼、紅しょうが、キャベツの酢油がけ(白ごま油、おかか、醤油)、大根のみそ汁。

●2012年1月24日(火)晴れのち曇り

朝、ベランダからバサッという音がして目が覚めた。
物干ざおに積もった雪が溶けて、落ちる音だ。
カーテンを開けると、うちの前の空き地がスケートリンクみたいになっていた(凍っているわけではないけど)。
ポタポタポタポタと、陽に当たりながらあちらこちらで滴が落ちている。
「小説新潮」の原稿を仕上げ、お送りする。
ふと思いついて、ご飯を圧力鍋で炊いてみたら、思った通りもち米のようになった。ピッカピカでもっちもち。
5分の過熱のあと、自然に放っておくだけ。浸水しなくてもすぐに炊ける。
夜ごはんは、さつま揚げと白菜の煮もの、かぼちゃのポクポク煮(ゆうべの残り)、塩鮭、とろろ芋、大根のみそ汁、白いご飯。
どうして急に、もち米みたいなご飯が食べたくなったかというと、『人間は何を食べてきたか』の、米の回を見たからだと思う。

●2012年1月23日(月)雨のち雪

夜、お風呂から上がってカーテンを開けたら、雪が降っていた。さっきまでまるで降っていなかったのに。
ベランダの手すりにも、物干ざおにも、もう積もっている。
暗いなか、白い雪がしんしんと、さめざめと、あとからあとから降り積もる。
下の公園では、電灯の下のぽっかり明るい輪の中に、光った雪が降り注いでいる。
『ナルニア国物語り』で、いちばん末の女の子が、洋服ダンスからはじめてあっちの世界へ紛れ込んだ雪景色のよう。
「東京でも、9時ぐらいから雪になります」と、天気予報で言っていたのが、ぴたりと当たったな。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(私/スーパーのごぼうのかき揚げ、かまぼこ、卵、ほうれん草)、広島風うどん(スイ/かまぼこ、ほうれん草)、かぼちゃのポクポク煮。

●2012年1月19日(木)晴れのち曇り

午後になったら曇ってきた。でも、それほどには寒くない。
白い空に伸びている、裸の大木の手前の木。冬でも葉が落ちないあの緑色のは、何の木だろう。
今日は、やけにムクドリがたくさんいるな。
原稿を書いていると、目の前の窓に向かってバサバサと飛んでくる。羽根の裏の模様まで、すっかり見せてくれながら。
それがせいせいとして、とても気持ちがいい。
夜ごはんは、月見焼そば(豚肉、ソーセージ、キャベツ、目玉焼き)、白いご飯、みそ汁(油揚げ、豆腐、ねぎ)。
今夜もまた、図書館で借りたDVDを見るのが楽しみ。
『人間は何を食べてきたか』シリーズの、「ジャガイモ」の回だ。ゆうべは「乳製品」、おとついは「パン」を見た。
もう20年以上前のものらしいけど、内容が力強くてちっとも古びない。
うちには「肉」の回のビデオだけあり(「クウクウ」時代に誰かからいただいた)、もう何度も見ている。
ドイツの田舎の家族が、自分の家で育てている豚を1頭つぶし、皮も、血も内臓も、余すことなくすべて(目玉だけは使わないそう)いかし切って、塩豚やベーコン、いろんな種類のソーセージ、ラードを作る話。

●2012年1月15日(日)薄曇り

ゆうべは、というかきのうは、すごくよく眠った。
打ち合わせが終わって、2時過ぎにずるずると布団を敷き、スイセイとふたりでビデオを見ているうちに寝入ってしまった。
スイセイが自分の部屋へ戻ってから、ずいぶん長いこと何の音もしなかったそう。
「トイレの音がしとる思うたら、台所の方から物音がして、またうーんと長いこと静かになっての。ラーメンを作って食べたらしい(半分残している)あとがあったけえ、オレも自分で蕎麦をゆでて食べたんよ」
そう。きのう私は夜ごはんを作らなかったし、食べなかった。
今朝は、わりかしシャキッと起きた。
朝ごはんを食べ終わり、すぐに散歩へ。
パン屋さんで食パン(大きいのを1本)、クリームパン、あんドーナツを買った。
中央公園は、すっぽりと一面白っぽい芝生に被われ、たくさんの人たちが凧上げをしたり、ヒコーキを飛ばしたりしていた。
空は雲で被われていて、芝生も同じような色。
犬の散歩の人や、子供たちもあちこちにいて、わらわらと動いているのだけど、どこもかしこも白ばしこく見える。
笑い声や話し声は空に吸い込まれ、のっぺりした薄明かりに包まれている。
静かで、とりとめがなくて、あの世っていうのはこんなところなのかもしれないなあと思った。
夜ごはんは、スイセイのリクエストで、しょっぱいものばかりちょこちょこと並べたお茶漬け。
ほうれん草とちくわの煮びたし、お茶漬け、塩鮭、たくわん(畑教室で漬けた)、山椒のつくだ煮、酒盗、野沢菜のたまり漬け&わさび漬け(川原さんの信州土産)。

●2012年1月3日(火)快晴

ゆうべは夜中に、胃がキリキリ痛くて目が覚めた。胃薬を飲んで、腹巻きをして寝た。
私はお餅の食べ過ぎだろうか。
朝ごはんを食べていても、きのうの元気がまるで出ない。
年末に、スイセイはお腹の風邪をひいた。私も今頃になってうつったんだろうか。
ごはんを食べ終わり、すぐに寝る。
寝室は窓いっぱいの青空。2匹の龍のような雲が見える。
陽がいっぱで眩しいので、布団を頭までかぶって目をつむる。
とても静か。耳の穴に綿を詰めているよう。
左端にあった太陽が中央へ動き、右に移動する(下の方へ下がった)まで寝ていた。
目が覚めたら、私は涎をたらして寝ていた。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(私/白菜、卵、長ねぎ)、かけ蕎麦(スイ)。
食べたい時に、食べたいものをそれぞれが作った。私はテレビを見ながら、5時半くらいにひとりで食べた。 

●2012年1月2日(月)晴れ、風強し

お餅にも、おせちにも飽きたので、パンとサラダのふつうの朝ごはん。
午後の早めに散歩へ出る。
北風が強く、落ち葉が地面すれすれでクルクル舞っていた。
東京のお正月は静かでいいな。走っている人もひとりだけ。あとは、子供4人を連れた親子とすれ違ったくらい。
中央公園の芝生は、短いのが地面にはいつくばっている。すっかり白っぽく、藁のようになった。
野球のコートが風で煽られ、砂嵐のよう。人は数えるほどしかいない。犬の散歩の人も、凧上げをしている人もいない。
買い物には寄らず、てくてく歩いて帰ってくる。
「さっぱりしたええ散歩じゃったのう」
玄関を開けたら、部屋を斜めに横切るように陽が差していた。ワックスを塗った床が光っている。
ベランダに出て空を仰ぐと、モクモク盛り上がった雲が整列し、東へ向かって行進している。
私はもう、だらだらするのにすっかり飽きてしまった。
今日か仕事をしよう。別に、お正月だと思わなければいいのだ。
「暮らしの手帖」「旅」「小説新潮」のゲラの校正を、すぐに終わってしまわないよう、ゆっくりやる。
今夜は9時から向田邦子のドラマがあるのが愉しみ。
夜ごはんは、蒸しずわい蟹、ごぼうのきんぴら、蟹汁(蟹の足の根もと、コンニャク、まいたけ、田舎みそ、柚子皮)、磯部巻き(私だけ)。

●2012年1月1日(日)ぼんやりした晴れ

元旦は毎年だいたい晴れるのに、今年はぼんやりした天気。
いつもと同じ時間に朝ごはん。
「明けまして」とスイセイが言い、「おめでとうございます」と私が続ける。
数の子、黒豆、真鯛の昆布じめ、いくらおろし、煮豚、ハム&ホワイトアスパラ、満月卵、お雑煮、磯部巻き、日本酒。
お酒をおちょこ一杯飲んだせいで眠くなり、干してあった布団に横になったら、30分ばかし本気で寝てしまう。
それからは、毛布をかぶってだらだら。
テレビのチャンネルを回しながら、雑誌を読んだり、本を読んだり。
チーズせんべいやチョコやあられも食べる。
去年は、大掃除を早めにはじめたせいで、私は頑張りすぎた。
毎日一部屋ずつ、引き出しの中まで念入りに掃除した。ベランダをたわしでこすったりもした。
なので、できるだけだらだらとする。
台所の掃除がまだ少し残っているけれど、今日はとにかく何もやらない。
2時半頃、地震があった。
夜ごはんは、れんこん餅、磯部巻き、お雑煮、数の子、大根おろし、サラダ(きゅうり、キャベツ、ホワイトアスパラ)。
お風呂に入る時に気がついたのだけど、今朝は洗濯物を干すのを忘れた。

いままでの日々ごはん

2010年、2011年の日記は   
「ぶじ日記」に出張中です
  

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