2017年     めにうへ

●2017年12月29日(金)曇りのち晴れのち曇り

8時に起きた。
柱時計が7回鳴ったとき、カーテンの隙間がまだ薄暗かったので。
目覚める前から、絵本のはじまりの言葉が上ってきている気がして、口のなかで復唱してみた。
カーテンを開けたら、太陽はもうずいぶん上の方にあった。
雲に隠れ、薄く光っている。
今年最後のプラスチックゴミを出しに行った。
森の入り口まで上り、松ぼっくりのついた枝や、イの形をした木切れなど返してきた。
今、ラジオでいい音楽をやっている。
ウィーン少年合唱団が、北原白秋作詞、山田耕筰作曲の「この道」を歌っている。
「♪この道は いつか来た道 ああ そうだよ アカシヤの花が 咲いてる」
昔の録音らしい。
外国の子どもが日本語の唄を歌うと、そっちの方が本当の言葉に聞こえてくる。
純真な心を込め、透明な声で、言葉の意味を感じながらていねいに歌っている。
頭でっかちな方の意味ではなく、言葉の響きから立ち現れる意味のようなもの。
絵本や童話の世界の言葉にも、似た感じがする。
いいなあウィーン少年合唱団。
私が小学生のとき、彼らが来日した。
「天使の歌声」という触れ込みだった。
肌の色が白い、微笑むとほっぺたがピンクに染まる、金髪や栗色のやわらかそうな髪の美少年たちは、お揃いの真っ白なセーラー服を着て、ほんとうに天使のようだった。
午後一で、「たべもの作文」の初校が送られてきた。
わー、いよいよだ。
お昼を食べたらいそしもう。
明日の朝から実家に帰省するから、その前に日記をスイセイに送っておこうと思う。
あとで掃除もしなければ。
「たべもの作文」の包みには、赤のボールペンが2種、マジックが1本、2色の付箋が同封されていた。
お正月に、学校の先生が文房具を新調してプレゼントしてくれたみたいに嬉しい。
「たべもの作文」には、小学生のころの私がよく出てくるから。
それにしても今日のラジオは、年の瀬らしいいい音楽ばかりずっとかかっている。
クラッシックのリクエスト特集らしい。
さっき、マーラーの交響曲第5番 、第四楽章「アダジェッド」がかかったとき、ちょうど陽が落ちはじめたところだった。
海の向こうにちらちらと灯りが灯りはじめ、窓を開けたら遠くで鳥の声がした。
鳥肌が立った。
夜ごはんは、ビーフシチュー(クリスマスの残りにキャベツ加え、温め直した)、ごはん、もやしと春菊のオリーブオイル和え。

●2017年12月28日(木)曇り

7時になってもまだ暗いようだった。
10分過ぎにカーテンを開けたら、ちょうど太陽が顔を出したところだった。
オレンジ色の陽をしばし浴びて、起きる。
今朝は薄曇り、今年いちばんの寒さだ。
さっき窓を見たら小雪が舞っていた。
「天然生活」の校正を見直して、ファックスを送った。
陽が出てきた。
正面の海が白金色に光っている。
油断すると、ついじっと見てしまう。
パソコンに目を移したとき、目のなかに光の玉が残るから、あまりよくないだろうなと思いつつ。
午後、「リンネル」の色校正が届き、こちらもすみずみまで確認し、ファックスをした。
さあこれで、目の前の今年の仕事はおしまい。
レシートの整理をしていたら、冬休みの宿題が続々と送られてきた。
ひとつは『帰ってきた 日々ごはん4』の、パソコン上のテキスト原稿。
絵本について書くことになっている原稿の、参考になるらしい本。
明日はいよいよ「たべもの作文」のゲラが届く予定。
今日は、いろいろな編集者さんから電話があった。
年の瀬なのに、みんなちっともせかせかしていない。
冬の空気みたいに澄み切った声だった。
今年もいろいろあったけど、どうにかぶじに終わって、ほっとしているような、いろいろに感謝しているような声。
スイセイだけはなんだか違った。
「オレのところは、年末も正月も関係ないんよ。いつもと変わらず、やらんにゃあならんことが山積みよ」。
夜ごはんは、おにぎり(肉そぼろをご飯に混ぜ、マキちゃんの海苔を炙って巻いた。紅しょうが添え)、玉ねぎと百合根(アムとカトが送ってくれた)のみそ汁、にんじん塩もみ(ポン酢しょうゆ)。
みそ汁の百合根の溶けかかったところが、たまらなくおいしかった。
玉ねぎも甘みを醸し出していて。
このみそ汁、かなりおすすめ。

●2017年12月27日(水)晴れたり曇ったり

きのうの朝、中野さんが帰られてからずっと、ふわふわと過ごした。
ツリーの片づけもせず、掃除もせず、洗濯もせず。
わざとそうしていた。
午後にふと思い立ち、このところいろんな方にいただいたおいしいお菓子、マキちゃんが送ってくれた海苔のおすそわけを箱詰めし、スイセイに送ることにした。
風がとても強かった。
着膨れして坂を下り、神社でお参りし、いつものパン屋さんが閉まっていたので別のパン屋で食パンを買って、「いかりスーパー」でちょっとだけ買い物し、ゆらゆらと坂を上って帰ってきた。
ずっと、山を仰ぎながら。
私は、感謝がしたかったんだと思う。あらゆるものに。
冷たい風に吹かれ、体を動かして。
クリスマス&誕生会はとても楽しかった。
ビーフシチューも、とてもおいしかった。
中野さんはお姉さんやお母さんが愛用している、城戸崎愛さんの『洋風のおなじみ料理』という本を持ってきて、ほとんどその通りに作ってくださった。
じゃがいもの皮をむいて面取りしたり、牛スジ肉(これは中野さんのオリジナル)を圧力鍋で下ゆでしたり、私もちょっとだけ手伝った。
城戸崎さんのビーフシチューは、デミグラスソースを使わない。
レシピのあちこちに工夫があって、なるほど!と感じ入ることばかり。
下味をつけた牛肉に粉をはたいてバターで焼きつけたのを煮込み用の鍋に入れ、玉ねぎとにんじんの薄切りも炒めてそこに加え、トマトピューレーを混ぜ、強火で焦げるくらいまで煮詰めながらからめる。
鍋にはりついたこの焦げを、煮溶かしながら煮込んでいくおかげで、デミグラスソースを使わなくても奥行きのある味が出る。
仕上げに溶かし込む風味づけのバターも、ケチケチせずにたっぷり。
小玉ねぎは八分通りゆでたものを、バターで炒め、砂糖と塩をふってから最後に加える。
そうすると、形を残したままとろりと甘く煮えるのだ。
夜、私が寝静まってから、白いクリームみたいなのを口のまわりにぐるりと塗った中野さんが、「メリー・クリスマス」と変な声を出しながら、ふらふらっとプレゼントを渡しにきた。
そして、すぐにいなくなった。
サンタクロースのつもりだったのかもしれないけど、ピエロがドリフの真似をしているみたいだった。
あの白いクリームが何だったのか、暗くてよく分からなかった。
まさか絵の具ではないだろうし、デザートに食べたババロアについていた生クリームなのかな。
聞いても教えてくれないし、「え、誰ですか? なおみさん、そんな人ほんとに見たんですか? ポルトガル産のくつ下をもらったんなら、ポルトガルから来た人なんじゃないですか?」なんてすましてらっしゃる。
ゆうべ、お風呂に入っていてようやく気がついた。
私の洗顔クリームだ!。
そうそう、ビーフシチューを作ったときの、固形コンソメをお湯で溶いた薄目のスープがたっぷり残っていたので、きのうそこにお醤油をほんのちょっと落とし、面取りした大根を煮てみた。
だしをとったあとの昆布も加えた。
それが、とてもおいしかった。
なんだか昭和の感じがするような、和洋折衷のおいしさだった。
コンソメと醤油って、合う。
今朝は8時に起きた。
カーテンを開け、眩しい光を入れて、心機一転。
今日から仕事モードに戻ろうと思う。
たまっていた空きビンも、出してきた。
洗濯機をまわしながら2階に上がると、天井や壁に小さな虹がたくさんできていた。
廊下や階段の方にまで散らばっている。
天井から吊るしてあるクリスタルの玉に、光が反射しているのだ。
この玉は、神戸に越してきた年に、ファンの方からいただいた。
玉の上にはトナカイのフィギア(去年のクリスマス・プレゼント)が乗っている。
今朝の海は、光の帯がよく伸びている。
遠くにも近くにも、幅広の、金色の、サテンのリボンのようなのが。
きのうはふわふわと過ごしていたおかげで、佐野洋子さんのご本の帯文が書け、夜にお送りすることができた。
このところ毎晩、寝る前にゲラを読んでいた。
だから、うろうろとよく眠り、おもしろい夢をいっぱいみていたんだと思う。
洋子さんの近くにいたのだと思う。
夕方、ようやくツリーを片づけた。
来年また飾れるよう、小さな人形たちは箱にしまい、去年拾った植物は整理した。
これからまた新しいのを拾えるように。
あちこち掃除機をかけてきれいにし、ミルクコーヒーと今日子ちゃんにいただいたミンスパイをいただきながら、窓辺で「天然生活」の原稿の校正。
ああ、とても長い日記になってしまった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
夜ごはんは、ヒロミさんに教わったお好み焼き(豆苗と豚肉、菊菜と豚肉と卵の2枚)、ワンタンスープ(にんじん、もやし)。

●2017年12月24日(日)曇りのち雨

9時に起きた。
ものすごくよく眠った。
だって、ゆうべは8時半に寝たのだから。
夢もいろいろなのをみた。
明け方にみたのは、地面にうまった管のようなものから、濃紺の魚がぬらぬらもりもり出てくる夢。
魚の群れはそのまま光る川になり、大きな河へ流れ込む。
なんだか爽快な夢だった。
このところごちそうの食べ過ぎで、あまりお腹が空いていないので、今朝は朝ごはんを食べなくていいことにした。
朝風呂だけ浸かり、ミルクティーをいれて寝室に戻った。
ベッドの上で繕いものをしたり、プレゼントの編み物を仕上げたり。
ラジオからはずっとクリスマスの音楽が聞こえていた。
今日は、窓の外が白い。
「リンネル」と「気ぬけごはん」の校正も、ベッドの上で。
白い海と空を眺めながら、お昼ごはんをゆっくり食べ、ゆっくり掃除して、ゆっくり雑巾がけ。
明日のクリスマス会&誕生日会は、中野さんがビーフシチューを作ってくださる。
だから、ごちそうの支度は何もせず、クリスマスツリーも途中まで飾って、うらうらと穏やかに動いている。
なんだか真綿に包まれているように、時間がぼんやりと動く。
おとつい、編集さんにいただいた佐野洋子さんの『わたし クリスマスツリー』は、明日まで読まずにとっておこう。
今年のツリーは、海の見える公園で拾ってきた突起がたくさんある何かの木の枯れ枝と、お花屋さんで買ったモミの木と柊のひと枝。
そこに小さな人形や、今年拾った木の実、去年フックをつけてもらったどんぐりの実などを飾ろうと思う。
夜ごはんは、カレーリゾット、カキフライ(この間の残りをオーブンでカリッと温め直した)、白菜のオリーブオイル蒸し煮(水溶き片栗粉でとろみをつけた)。

●2017年12月22日(金)快晴のち曇り

今朝もまた海が光っている。
晴れているのだけど、海も街も白い霞がかかっている。
霞というより、白く光る温かく細かな粉みたいなのにふっくらとおおわれている感じ。
海だけでなく空気も光っている。
ちらちらぴちぴちみちみち。
ゆうべは8時にはベッドに入ったのに、9時まで寝ていた。
まだ眠れる、まだ眠れると思いながら眠っていた。
このところしばらく、いろいろな人たちに会い、あちこちに出かけ、楽しく過ごしてきたからだ。
まず、「MORIS」の今日子ちゃんちでのお好み焼きパーティー。
しめ鯖(どなたか、お友だちの手作り)も、ヒロミさんのお好み焼きも、ワインもとってもおいしかった。
ヒロミさんが台所とテーブルの間をちゃっちゃか動いて、春菊と豚肉(みりんと醤油の甘辛いタレ)、ニラと豚肉、白菜と豚肉、長ねぎと豚肉、キャベツと牛肉やら(春菊以外はウスターソース&どろソース)、一回一回生地を流し、野菜や肉をのせて焼いてくださった。 丸いホットプレートに、人数分の小さなお好み焼きが次々に並んで、ジリジリジュージューと焼いている間、他愛のないおしゃべりをして。
ヒロミさんがひっくり返したら、たまらなくおいしそうな焦げ目がついていて、おしゃべりしていたみんなが同時に「わーー!」と声を上げたり。
使い込まれた道具、住み慣れた家、棚にぎっしりとうごめいている、ヒロミさんが集めてきた美しい器たち。
みどりちゃんと昌太郎君をもてなすために、ヒロミさんとスーパーで買い物をするのも、寒い寒いと震えながらバスを待つのも、ヒロミさんの家の台所で言われた通りの大きさに次々野菜を切るのも、嬉しく、楽しかった。
野菜を切りながらふとふり返れば、テーブルにはみどりちゃんが座っていて、にこにこしている。
家族写真が貼ってある額がガタンと斜めになったおかげで、亡くなったお父さんや、ヒロミさんの若かりしころや、今日子ちゃんの子どものころの写真をみんなで見た。
そういういろいろが集まって、とても幸せな夜だった。
その次の日から、ひさしぶりに中野さんがいらした。
遠野の絵本の絵も描き終わったし、元町で別の絵本のお打ち合わせがあったので。
次の日に「鉄道芸術祭」を見に行って、近くの公会堂(とても古い建物)のカフェでホットワインを呑み、冷えた体があたたまったり。
帰りに梅田の立ち飲み屋に寄ったり。
そこは20年以上前、中野さんが学生時代に先輩とよく通っていた店。
おとついは元町の中華屋でお昼を食べ、「ギャラリーVie」のコージさんの展覧会に行った。
しばらくしたらコージさんがやって来て、そのうち入れ替わり立ち代わりいろいろな人がいらした。
アフリカ音楽のイベントをしている方や、美術館の館長さんや、BL出版の落合さんもぶらりと入ってきて、お会いできた!。
コージさんの話はとてもおもしろい。
長さんや、土井さんや、武田百合子さんや、花さんや、ジャン・コクトーや、ジャン・マレーや、グルジアの空港でワインを手渡してくれた係の人や、生きている人も死んだ人もたくさん出てくる。
私は聞いているだけで、その人たちに会っているような気がしてくる。
ワインをちびちび呑みながら、ゆらゆらゆらゆら聞いていたくて、ずっとそこにいた。
大畑さんと娘さんもあとから来て、三宮でお店をやってらっしゃるご夫婦とみんなでごはんを食べにゆき、バーでホットワインを呑んだ。
中野さんと過ごした3日間は、見るもの聞くもの珍しく、おもしろく、なんだか旅をしていたみたいな感じだった。
中野さんはきのうの朝早くに帰られた。
遠野の絵を梱包し、東京にお送りしなければならないのだそう。
私もきのうは、「鉄道芸術祭」の蝋細工のためにタラのコロッケを作った。
受け取りの方が4時にいらして、ぶじ引き渡すことができた。
ひとつ、ひとつと、終わっていく。
そしてまた今日から新しく、ゆっくりとはじまるような感じがする。
私の「たべもの作文」も、しばらくしたらデザインされたものが戻ってきて、またはじまるし。
今日は、2時くらいに東京からお客さんがいらっしゃる。
佐野洋子さんのご本の編集者。
帰りの新幹線でおにぎりにしたのを食べていただけるよう、カキご飯を炊いておこうかな。
夜ごはんは、カキご飯(しょうががなかったので、炊き上がって混ぜるとき、粉山椒をふり混ぜてみた)、みそ汁(くずし豆腐、卵白)、ねぎのぬた。

●2017年12月16日(土)降ったりやんだりの雨

今朝は目が覚めたら7時を過ぎていて、陽の出が見られなかった。
ゆらゆらと夢をみながら、とてもよく眠れた。
この間、ひと晩に五つくらい夢をみると昌太郎君が言っていたけど、私も同じような感じだと思う。
現実には起こりようのないことに、きのう会った人とか今日会った人とか、行った場所とかの感触が忍び込んでくる夢。
きのうは「タミゼ神戸店」に行ってじっくりと眺め、土ものの鉢を買った。
フランスの古い器に見えるけれど、江戸時代の東北の鉢。
アボガドのディップや、マッシュポテトが似合いそうな深めの器。
乳鉢にも似ているから、アイオリソースをここで作って、そのまま出してもよさそう。
お昼を食べないで出たのだけど、ヒロミさんが「かもめ食堂」のお弁当をくださった。
りっちゃんとやっさんが作るお弁当は野菜がたっぷりで、すべてが違う味がして、心が落ち着く味。
お腹がいっぱいになった。
ゆっくり過ごしてから、耳鼻科にも行った。
目の動きや、静かにしているときと急に起き上がったときの血圧の変動、目をつぶって1分間立っているときのふらつき度合いなどを計った。
検査の結果、私のめまいは肩こりのせいかもしれないとのこと。
ちょっとほっとした。
パソコンを開いたら、この間の「リンネル」の撮影のときの写真がたくさん送られてきていた。

とってもいい。
あの日の光や、のんびりとした開放的な空気が映っている。
もう若くはない私が、大きくもなく、小さくもなく映っている。
「たべもの作文」のあとがきを書く。
書きたいことはすでに決まっているので、洗濯したり、お昼ごはんを食べたり、お茶をいれたり、飲んだりしている間に少しずつできてきた。
「鉄道芸術祭」のための蝋細工が、もう1品ほしいかもしれないときのう立花君からメールが届いていたので、きのうのうちにタラとじゃがいもを買っておいた。
まだ決めかねているようだけど、いつスタートサインが出てもいいように、タラのペーストだけ作っておいた。
簡単な作り方でやったのに、おいしくできた。いい感じだ。
「あとがき」も書けたかも。
明日は、アノニマの村上さんが打ち合わせでいらっしゃるので、1階だけ掃除機をかけた。
雑巾がけは明日の朝しよう。
パソコンの合間に、首を伸ばしたり、肩甲骨を開いたりとじたりのストレッチ。
これだけでずいぶん体が軽くなる感じがする。
夜ごはんは、ほうれん草とスパム炒め、目玉焼き、納豆、かぶのみそ汁、ごはん。

●2017年12月13日(水)快晴

今朝は7時10分くらいに陽の出。
いつものように光を浴びて起きた。
ゆうべは3時くらいに目が覚めて、そのあとはうらうらうろうろ。
よく眠れなかった。
でも、夢はみていたみたい。
みどりちゃんたちがこの家に来てくださるのがうれしく、興奮しているんだと思う。
朝からせっせとごちそうの支度。
「タミゼ神戸店 5日間」おめでとうと、ヒロミさんの70歳おめでとうの会にしようと思う。
まずはソーセージから作って干した。
「ビストロ高山」の今夜のメニューは、ゆで卵の手作りマヨネーズのせ、大根のアルザス風サラダ、白ねぎのパリ風(コンソメでくたくたに煮て冷やしたものに、玉ねぎドレッシング)、にんじんのサラダ、きのこ炒めポルトガル風(オリーブオイルで炒め、アンチョビソース)、黄金ポテト(皮をむいたじゃがいもを軽くゆで、バターをからめてオーブンで金色に焼く)、ロールキャベツのグラタン(かぶと麩入り)、自家製ソーセージ、サラミソーセージ2種、チーズ2種。
あら、ひき肉料理ばかりになってしまった。
ソーセージはお土産にしようかな。
今日子ちゃんが、何かデザートをこしらえ持ってきてくださる。
今は4時半。
そろそろ街は暮れはじめ、遠くの灯りがついてきた。
雲が茜色に染まりはじめた。
みんな、早く来ないかな。

●2017年12月12日(火)快晴

7時15分前にカーテンを開け、陽の出を浴びた。
寒いけれどキリッとした空気。
太陽が当るところだけ暑い。
今日は、オイチニ、オイチニの日なのだな。
朝のうちに掃除機をかけ、海を見ながら朝ごはん。
10時半にみなさんが集まって、今日は「リンネル」の撮影。
料理の仕込みを軽くしておこう。
鼻の調子がとってもいい。
撮影は、1時半には終わってしまった。
カメラマンさんははじめての方だったのだけど、とってもよかった。
デジタルとフィルムの両方で撮ってらした。
カメラを斜めがけして、撮りたいものにずんずん突進し、写真が好きでたまらないカメラ小僧みたいで、私は楽しくなった。
みんなで坂を下り、坂の途中でもちょこっと撮影していただいた。
料理するのも、撮っていただくのも、なんだか楽しかった。
私はもしかしたら、料理家の体が戻ってきているのかも。
明日はいよいよ、「タミゼ神戸店」のために、東京からやってくるみどりちゃんと昌ちゃん、「MORIS」の今日子ちゃんとヒロミさんがごはんを食べにいらっしゃる。
みどりちゃんはかぶが好きだから、「みのりの郷」まで買いに行った。
せっかくなので図書館へも寄り、絵本を3冊借りてきた。
夜ごはんは、カレー雑炊、ゆかりおにぎり(撮影の賄いの残り)、ほうれん草と豆苗の塩炒め。
今夜はお風呂であったまって、ベッドで絵本三昧しよう。
明日はソーセージを作る予定。
ああ、みどりちゃんに会えると思ったら、どきどきしてきた。
うれしいなあ。

●2017年12月10日(日)晴れ

今朝も朝陽で目が覚めた。
カーテンを開けると、雲間からオレンジ色の光が顔をのぞかせていている。
隙間からだからひしゃげたように射すのかと思ったら、しばらくすると強い光が溢れ、やっぱりまん丸なのだった。
眩しくて目を開けていられない。
きのうは、一日中まったく文が書かなかった。
ベッドの上で編み物をしながら、絵本を読んだり、これから書こうとしている2つの原稿のために思いついたことをメモしたり。
絵本は図書館で借りた『クリスマス人形のねがい』。
少し長い物語なのだけど、とてもとてもよかった。
大きなできごとが起こったり、とてつもない冒険がはじまるというのではない。
奇蹟のようなことが起こるには起こるのだけど、大げさなところはひとつもない。
本当にそこにあることだけを、そこにある心を正直に、やさしい言葉を紡いでていねいに作ったお話、という感じがした。
お話ももちろんだけど、バーバラ・クーニーの絵がとてもよかった。
赤いワンピースのクリスマス人形も、緑のコートを着た主人公の女の子アイビーも、とても愛らしい。
やっぱり私はクーニーが好きなのだ。
さて、今日から原稿を書きはじめよう。
ひとつは「リンネル」、もうひとつは「天然生活」のコラムだ。
鼻の調子がとてもいい。
あんなに出ていたのに、鼻水もほとんどなし。
4時前には「リンネル」の原稿が書けた。
来週の火曜日に撮影があるから、充分間に合った。
ほっ。
夜ごはんは、野菜たっぷりお焼き(豚こま切れ肉、もやし、えのき)、おぼろ昆布と青じその即席みそ汁。

●2017年12月8日(金)曇り

7時になっても空が明るくならない。
きのうとは打って変わって、曇り空。
とても寒い。
朝ごはんを食べ、きのう書いた「れ」と「わ」を推敲した。
お昼過ぎには仕上がり、小出さんにお送りした。
これで「たべもの作文」がすべて書けた。
あとは、「あとがき」を残すのみだ。
今日は坂を下り、六甲道周辺へ出かける。
美容院、図書館、六甲道駅(実家へ帰省する新幹線の切符を買うため)、区役所、耳鼻科、もしかしたら「かもめ食堂」へも寄ってお弁当を買おうかな。
では、身支度して行ってきます。
外はとても寒そうだ。
けっきょく区役所へは行けず、耳鼻科を出たのが6時近くだった。
私はこのごろ鼻水がひどく、もしかしたら副鼻腔炎の気があるかもしれないと心配だったのだけど、ちがった。
カメラの管を鼻の奥まで入れてみたら、どこもきれいだとのこと。
鼻の奥にある扁桃腺というところにだけ、うっすらと白い斑点があった。
ここが軽い炎症を起こしているせいで、鼻炎にかかっているのではないかとのこと。
カメラはぐんぐん奥に入り、声帯も見えた。
声帯は私の意志とは関係なしに、開いたり閉じたりしていた。
のどの奥は、というか、鼻の穴を通りこしたらもうそこからは体の内側なのだな。
どこも肌色やピンクでやわらかく、毛細血管が透け、透明な粘液に包まれていた。
とても無防備で、ちょっと触れたらすぐに傷つきそうだった。
扁桃腺は桃と書くけど、本当に果物みたいだった。
人の体はこんなふうになっているのか。
このところふわーっとくる目眩がときどきあったので、耳の検査もしてもらった。
両耳のバランスは正常で、問題はないらしい。
もしかしたら血圧の変動のためかもしれないとのこと。
ほっとした。
とても感じのいい病院だったし。
薬を飲んで、また来週診察に行くことになった。
病院を出たら冷たい雨と風。
とても寒い。
もう遅いので、「かもめ食堂」はあきらめ、六甲まで歩いて「オアシス」でお弁当を買った。
タクシーはこれまででいちばんの長蛇の列。待合室のなかを10人以上が腸みたいにくねっていた。
傘がひっくり返りそうな風だったから、とても歩いては帰れない。
30分近く待ったかも。
くったりとくたびれ、ほうほうのていで帰ってきた。
夜ごはんは、かやくご飯のおにぎり弁当(鶏の唐揚げ、赤いソーセージ、卵焼き)、ほうれん草のバター炒め、みそ汁(玉ねぎ、わかめ)。

●2017年12月7日(木)晴れ

とてもいいお天気。
海のきらきらが、いつもと違う。
さんざめいている。
星のように点々ときらめいているところ、ただ青いだけのところ、そのコントラストが美しい。
ちらちらちかちかぴちぴちみちみち。
ラジオからビョークの歌が聴こえてくるのが、ぴったりな海。
今日もまた、世界の終わりかもしれないくらいにきれいなのだけど、そういえば冬の海は夏よりもずっと青いと去年にも思ったんだった。
空気がキーンとして、ガラスのように澄んでいるんだと思う。
毎日見ているのに、毎日驚く。
日曜日の電車公演は、思ってもみない展開となり、とても楽しかった。
テニスコートのコントもとてもよかった。
私はほとんど予備知識を入れずにポルトガルに行ったので、天正遣欧少年使節団のことがいまいちよくつかめなかったのだけど、コントを見ていたら体で分かった。
走る電車のなかで今と昔が重なるような、揺らぎみたいなものも感じた。
おちゃらけているのと、壮大で過酷な歴史が、揺りかごみたいに往ったり来たりしていた。
夏に、立花君が「鉄道芸術祭」に私を誘いにいらして、そのあとで私も神戸の博物館へ見に行った。
「遥かなるルネサンス(天正遣欧少年使節がたどったイタリア)」は、そういう展覧会だったのかとようやくつながった。
少年たちは、あの腰が抜けるほどの素晴らしく手の込んだ美術品や、人間わざではないような技術を見たのだ。
そして帰ってきたら、日本はすっかり時代が変わっていたのだ。
「高山さんは電車に乗っているだけで、出演ということになるから、何にもしなくていいんです」なんて、立花君に言われていたから安心して出掛けたのだけど、テニスコートのコントの合間に、その場で私が語りを入れることになった。
リハーサルのときに突然言われた。
文は、私の書いた「ポルトガル料理リポート(「鉄道芸術祭」会場に飾られています)」。
立花君はその文のなかからいくつかを切り取り(実際にハサミで切ってあった)、順番もバラバラにして、タイミングをはかりながら私に読ませた。
電車がどのあたりを走っているときにどの文を、というのがある程度決まっているらしく、けれど、その場でやっぱり違う箇所の文を選び、渡されたりもした。
いちど手渡したのを、やっぱり今じゃないかな? という感じで引っ込めたりもしてらした。
言われていたのは、「何があってもぜったいに笑わないでください。照れないでください」というのと、「低い声でゆっくり、いつもの高山さんみたいじゃない声で」。
あとは、「口のなかに空気を含みながら、フランス語みたいに読んでください」とか。
立花君にお手本をやってもらったのだけど、空気を含むというのが最後までよく分からなくて、けっきょくアメを舐めながら読んだ。 そうすると、鼻から空気が抜ける。
「演じればいいんですね」と聞いたら、「はい、女優になったつもりで」とのこと。
あとは、モニターの料理を作っている映像の、「あの高山さんが、頭のなかでぼそぼそ考えているみたいに読んでください」とか。
「ここは大きい声で、はっきりと」とか、「ここは、ゆっくり区切って」とか、「この言葉は2度くり返して」とか。
私はただ、指示のままに読んでいた。
隣に座っている立花君から、いつ何どきに原稿を渡されるか分からないので、私はずっと右上を見続け(モニターもそこにある)、首が痛くなった。
途中でちょっといいアイデアがひらめいたのだけど、それは伝えない方がいいような気がして、とにかく邪魔をしないようじっと我慢した。
なんだか立花君が監督で、私は演技をつけてもらいながら、役を演じ切ることに徹していたような感じだった。
自我を出さなくていい心地よさ。
だから、語りながらうっとりしたり、感動したり、気分が高揚することもなかった。
それが不思議と心地よかった。
リハーサルのときには、コントのはじまりと終わりに音楽がついていたのだけど、立花君は終わりの音楽をなくした。
そのことで、ぽっかりと浮いた時間ができた。
テニスコートの3人が目の前からいなくなり、声も聞こえなくなって、でもこれでコントが終わったのかどうか本当には分からなくて。
モニターに映像が流れているだけで、私の語りもいっさいなく、沈黙のまま電車が走っていた。
ガタンゴトンガタンゴトン。
往きだったか帰りだったか、どこかの河原っぱたで長いこと停車していたとき、光がとても眩しかった。
ぽかんとした空白の時間、心にはさやさやと風が吹いていた。
お客さんたちはモニターを見たり、車窓を眺めたり、隣同士で微笑み合っていたり、居眠りをしている人もいた。
私たちは100分の間、電車に軟禁されていたのだと思う。
電車に、映像に、コントに、何にもない時間に揺られながら、不安になった人も、ふだん考えないことが浮かんできたり、何かを思い出したりした人もいるだろう。
そんな「電車公演」だった。
川原さんとリーダーは、うちに2泊した。
なんだか、吉祥寺時代がふーっと戻ってきたみたいに楽しかった。
リーダーには半年前に会っているけど、川原さんとは1年半くらい会っていなかった。
とても久しぶりのはずなのに、最後に会った次の日が今日、みたいな感じがした。
長年の友というのは、時空を飛びこえられるんだな。
リーダーと一緒にお絵描きしたのも、川原さんと元町を歩いたのもとても楽しかった。
「鉄道芸術祭」のタイトルは「ステイション・トゥー・ステイション」。
立花君は京都と大阪、ポルトガルとポルトを結んだ鉄道に喩えていたけれど、私にとっては東京と神戸を結ぶ旅でもあった気がする。
この展覧会に参加したおかげで、東京の懐かしい友人たち、仕事仲間にも再会でき、神戸に引っ越したことをきちんと挨拶できた。
神戸へは、東京を終わりにしようとして出てきたのに、何かがまたはじまったような気がする。
立花君に誘ってもらえて、本当にありがたかった。
ここ数日間があまりに楽しく、いろんなことを感じ、ちっとも日記が書けなかったのだけど、ようやく少しだけ書けた。
とにかく今は、「たべもの作文」。
今日は「れ」を書いている。
夕方までには時間があるので、「わ」も書いた。
終わったら外はもうすっかり暗くなっていた。
5時半だ。
夜ごはんは、焼豚丼(炊き立てのごはんに焼豚「元町のお肉屋さんで買ったおいしいの」をのせ、炊飯器のふたをして蒸らしておき、ゆで小松菜、卵焼きをのせた)、わかめと大根の中華風スープ。
そうだ。
電車公演のモニター映像(立花君が撮影したもの)を見ていたら、自分の手の動きが食材と糸でつながっているみたいになめらかで驚いた。
そうか。私はまだ料理家だったんだ、と思った。

●2017年12月3日(日)快晴

7時に目が覚めた。
オレンジの朝陽に間に合った。
カーテンを開けてしばし浴びてから、閉め、ほんの少しだけ細く開けておく。
そうすると絵に光が当るから。
今朝は月に当って、女の子の顔左側、真ん中、右に当って、そのあと顔の全部。
そして顔からはずれ、草むらに下りて行った。
そこまで見て、えいやっと起きた。
さて今日は、いよいよ電車公演だ。
お風呂につかって朝ごはんを食べ、10時になったら出かけよう。
さーて、どうなることやら。
東京の鷲尾さんも、加奈子ちゃん一家も、市原さんたちもいらっしゃる。
川原さんとリーダーが、今夜はうちに泊まる予定。

●2017年12月2日(月)晴れ

さっき、中野さんをお見送りがてら、海が見える公園まで下りた。
坂の途中でお腹がレモンイエローの小鳥をみつけた。
うぐいす色の羽根の、尾が長めの、すべっこいような鳥。
何の鳥だろう。
公園で水を飲み、ねずみもちの黒い実をひと枝もらって坂を上った。
パッチワークみたいに色づいている山を仰ぎながら。
ここらの紅葉は、きのうと今日がピークなのかも。
きのうもすばらしくいいお天気で、朝早くから、海の全面がきらきらして眩しかった。
いろんなものがはっきりくっきり見え、自分の目がよくなったみたいだった。
それで、今日しかない! と思って、中野さんと「ソーイング・テーブル・コーヒー」に、ノブさんのおうどんの絵(マメちゃんが描いた)の展示を見に行った。
阪神電車を乗り継いで、いい景色を眺めながらとことこ進むのも楽しかったし、「ソーイング・テーブル・コーヒー」もとても心地のいいところだった。
昔、「クウネル」に載っていた(創刊号だったかな?)記事を見てから、ずーっと行ってみたかったところ。
昔のままの洋裁学校の校舎がある、敷地のなかにお店あった。
ほとんど手つかずの自然のなかに、ぽつんとあって、そしてその自然は、外国のどこかみたいな。
砂漠かもしれないような。
お店のなかはストーブがあって温かいけれど、外みたいで。
おうどんの絵が、おいしそうで、おいしそうで。
お腹をすかせてまた電車を乗り継ぎ、岡本の焼き鳥屋さんで中野さんと乾杯した。
なんだか中野さんが遠野の絵をここまで描いたことと、「たべもの作文」をがんばってきたことへのご褒美をもらったみたいな日だった。
お天気のよさは、異様なほど。
もうこれで、世界が終わってしまっても仕方がない……みたいな、祝福されたような天気だなあと、ひとりこっそり電車のなかで思っていたくらい。
さーて、今日からまたがんばらねば。
明日はいよいよ「鉄道芸術祭」の電車公演なので、それまでにどこまでできるかというところだ。
紅茶をいれて、「り」を書こう。
お腹がレモンイエローの小鳥のことを調べてみたら、キセキエイだった。
「いつも尾を上下に動かす習性があるので、石たたき、庭たたきなどの異名を持っています。「チチッ チチッ」と鳴きながら大きな波形をえがいて飛びます」とある。
白いお腹のハクセキレイは、よく川のところにいるけども、黄色いのははじめて見た。
本当に、「チチッ チチッ」と鳴きながら、大きな波形をえがいて私たちの頭の上をピューッと飛び、川から木へとまった。
夜ごはんは、みそラーメン(白菜、もやし、えのきをごま油で炒めてのせた)。
ゆうべほどではないけれど、今夜も夜景がきれいだこと。
ゆうべは夜までいいお天気が続いていて、向こう岸の夜景まで、気味が悪いほどきらびやかだった。

●2017年11月29日(水)曇りのち雨

今朝は薄暗いけど、目が覚めたらちょうど7時だった。
カーテンを開けると、曇り空。
あちこち白っぽい。
起きて早々、あちこちひっくり返し、1枚の写真を探していた。
それは20代のころの写真。
もしかすると「たべもの作文」に関係のある写真かもしれないと、寝ながらふと思いついたので。
缶とビンのゴミを出し、今朝は森へは向かわずにすぐ戻ってきて、きのう書いてお送りした「ゆ」を直す。
寝ながら書きたいことが上ってきたので。
忘れないうちに上書きしてからお風呂に浸かった。
そしてまた、写真探し。
引っ越してきてから、段ボール箱に入れたまま整理をしてない書類がある。
でも、そこにはなかった。
たまたま開けた机の引き出しの、フィルムの箱のなかにようやくみつけた!
朝ごはんを食べ、「ゆ」を書き改める。
とん、とんと「たべもの作文」がいい調子で書けていくのが、とても嬉しい。
毎日、お坊さんのようにパソコンに向かい、淡々と書いている。
なんだかとても落ち着いた心地。
有山君のレイアウト案も送られてきた。
わーい!
ぴったんこ!
まるで違和感がない。
さすがだなあ、有山君。
久しぶりに小出さんと電話で話せたのも、とてもよかった。
私は少し、勇み足になっているかもしれないけれど、このままつき進もう。
電話を切ってから、「よ」を書いてお送りした。
窓の外は海も、空も、建物も霧に包まれている。
猫森と、道路沿いの木々が紅葉していて、とてもきれい。
はっとするような紅い葉もある。
何の木だろう。
5時、今日もまたカラスが集合し、縦横無尽に飛んでいる。
空を大きく旋回している。
朱実ちゃんがこの窓辺で、鳴き声を真似したりしてカラスと交信していたからか、窓の上をわざとゆっくり飛んで、お腹を見せてくれるカラスもいる。
夜ごはんは、和風カレーライス(きのうのうどんのおつゆを薄め、セイロで蒸したじゃがいも、にんじんを加え、カレールウを溶いた)、トマト。
夜、電話があって、中野さんが明日の夕方にいらっしゃることになった。
遠野の絵がずいぶん描けて、このままつっ切ってもいいけれど、少し休みたくなったのだそう。
うれしいな。
それまで私もがんばって、ちょっと空気抜きをしよう。

●2017年11月28日(火)晴れ

今朝もまた7時前に起きた。
このごろは毎朝、オレンジ色の朝陽を浴びて目をつぶり、しばらくまどろんでから起きる。
そうすると夜ぐっすり眠れる。
気のせいかもしれないけれど。
朱実ちゃんと樹君は、きのうの夕方に帰った。
今ごろの時間はまだうちにいて、3人でカラスが集まってくるのを見ていたなあと、少し切ないような気持ちで思う。
この二日間は、本当に楽しかった。
一日目のごはんは、けっきょく大根のアルザス風サラダと、カマンベールチーズ&サラミ2種、長ねぎのグリル焼き(真っ黒になるまで焼いて皮をはぎ、オリーブオイルをかけて食べた)、砂肝のにんにく炒め(アンチョビソースを加えた)までしか作れなかった。
びっくりするほどワインを呑み、楽しく酔っぱらってしまったので。
樹君はやってきて早々にギターを弾きはじめた。
クラッシックの練習曲や、自分の作った曲や、「アルハンブラ宮殿の思い出」や、最近私がよく聞いているスペインのギター曲やら、いろいろを弾いていた。
そのうちにふーっと、朱実ちゃんがスペイン語で歌いはじめた。
とてもいい歌。
なんとなく聞いたことがある歌だなと思ったら、ビオレータ・パラの「人生よありがとう」だった。
樹君は窓を背に部屋の隅で弾いていて、朱実ちゃんは台所に近いところ。
ふたりは距離をおき、向かい合わせになって1曲やった。
こういうこと、普段からやっているんだろうなという自然さで。
ふたりとも力がぬけ、それなのに音が震えていて、私は台所で鳥肌立った。
樹君は九州の家でも、毎日8時間くらい練習をしているのだそう。
ものを作る人たちはたぶん、体のなかに過剰なものがあって、どうやってもあふれ出てしまうんだなと、ふたりといて感じた。
私もその仲間だ。
だから、一緒にいてとても楽だった。
次の日は、朝から「人生よありがとう」の日本語訳の歌詞を、私が分かりやすい言葉に翻訳した。
翻訳の翻訳だ。
すんなりでき、朱実ちゃんが歌に挟んで読んでみた。
すごい迫力!
そのあとも樹君はずっとギターを弾いて、朱実ちゃんも自分のパソコンで何やらやっていて、私も延々と「たべもの作文」の推敲。
それぞれがみな勝手に、自分の仕事をしていた。
そのあと、なんとなく外に出たくなって森に入った。
帰ってきて、全員一致で軽くビールを呑んだ。
立ち飲み屋みたいに、台所に椅子を持ってきて。
だんだん暗くなる空と海を眺めながら、とりとめのない話をしながら。
スペインのサラミは、向こうが透けて見えるくらいに薄くそぎ切りにするのがおいしいけれど、鹿のサラミは濃厚な脂肪が口のなかで溶けるよう、厚切りにする方がおいしいことが分かったり。
ああ、本当に心ゆくまで遊んだ。
今日は、「ゆ」を書いた。
電車公演は日曜日だから、それまで毎日1話ずつ書いていくことができたら、1冊分がちょうど終わる。
残すは、「よ」「り」「れ」「わ」の4話。
まだ、朱実ちゃんたちの余韻を残しておきたいので、部屋は掃除してない。
今週は、原稿執筆の依頼をいちどに3ついただいた。
それぞれ書いてみたい内容だし、「おいしい本」の連載も終わったから、すべてお受けすることにした。
中野さんも今、遠野の絵の世界に没頭してらっしゃるから、私もがんばろう。
12月は忙しくなりそうだ。
夜ごはんは、昆布の箸休め(だしをとったあとの昆布を切手大に切り、辛し醤油で)、釜揚げうどん(ノブさんの手打ちうどん)。うどんにからめて食べるのは、温かいおつゆ(昆布、干ししいたけ、にぼしでだしをとり、豚コマ切れ肉、にんじん、大根、ねぎ)&納豆(卵とねぎ入り)。
明日はこのおつゆをのばし、カレールウを足して和風カレーにするつもり。
半月だったきのうの月は、少し膨らんできている。

●2017年11月26日(日)曇り

ぐっすり眠って、7時に起きた。
陽の出には間に合わなかった。
たぶん太陽は、おとついと同じくらいの位置にあると思うのだけど。
おとついは、雲からちょうど顔を出したときにカーテンを開けたんだと思う。
空も晴れていたから、今朝よりもっとずっとビカーッとしていた。
今朝はぼんやりしている。
でも、オレンジ色が夕方の電球みたいできれい。
コーヒーをいれ、立花君から届いたレシピの確認をせっせとやる。
朝ごはんのあと、あちこち掃除。
雑巾がけもひさしぶりにした。
さーて、朱実ちゃんと樹君がやってくる。
まだ、連絡がないけども。
その前に「たべもの作文」をもう少しやってしまおう。
さっき、メールがあったのだけど、朱実ちゃんたちが東京へ帰るのは、明日の夜に神戸を出るバスだったのだそう。
なので今夜はうちに泊まることになった。
お茶の時間くらいにふたりで来る。
ワインを買ってきてくださる。
わーい。
夜ごはんは、クリームチーズとパプリカのディップにんじん添え、カマンベール&ラクレット&鹿のサラミ(きさらちゃんが送ってくれた共働学舎の)、砂肝のにんにく炒め、アルザス風大根のサラダ(大根を皮のついたまま輪切りにして塩をふり、出てきた汁ごとレモン汁、オリーブオイル、ディル、パセリ、おろしにんにくほんの少しで和える。「クウクウ」のメニューだったから、朱実ちゃんはきっと喜んでくれるだろう)、タコの炊き込みご飯(洋風または和風)、ワインの予定。

●2017年11月25日(土)晴れ

朝ごはんを食べ、タコ料理のレシピ書き。
午後にはできて、立花君にお送りした。
ああ、これでやっと、「鉄道芸術祭」の私の持ちまわりの仕事が終わった。多分。
また「たべもの作文」にいそしもう。
今日は、「は」から「ほ」を推敲し、仕上げた。
鱗雲がとてもきれい。
ふわふわの羽毛が散らばっているよう。
2階の窓から写真を撮る。
5時ごろ、カラスは集まっているけれど、今日は空を舞ってないない。
何か約束ごとみたいなのがあるんだろうか。
海の真上に、五日月が光っている。
本当は今日、九州に移住した朱実ちゃんと樹君が泊まりにくる予定だったのだけど、大阪で夕方からライブがあり、そのあとみんなでごはんを食べたりして遅くなりそうなので、明日の朝遊びにいらっしゃることになった。
とても愉しみ。
それまでにもう少し、「たべもの作文」をがんばるべ。
夜ごはんは、焼きそば(豚こま切れ肉、タコ、小松菜、目玉焼き)、具だくさんスープ(お昼に食べた雑炊に牛乳を加えた。大根、にんじん、じゃがいも、さつま揚げ)。

●2017年11月24日(金)快晴

カーテンの隙間がオレンジ色に光っていた。
7時少し前、カーテンを開けると、ちょうど朝陽が上っているところだった。
とても眩しい。
寝転んだまましばし陽を浴びる。
ゆうべは風が強かったようだけど、タコはぶじ上がっているだろうか。
魚屋さんは「穫れる」とは言わず、「上がる」という。
海から獲物が上がるということだろう。
もしも市場になければ、魚屋さんから電話がかかってくる。
さて、どうだろう。
生のタコが手に入るなんて、さすがは神戸だ。
プラスチックとダンボールを出す日なので、森の入り口まで上った。
雲ひとつない青空。
空気は冷たいけれど、背中に当たる太陽のところだけぽかぽかしている。
さあ、タコ、いいのが上がっているだろうか。
朝ごはんを食べたら出かけよう。
まず、美容院、図書館にまわり、「みのりの郷」へ行く予定。

淡路産のとてもいいタコがあった。
大きさもちょうどいいし、値段も手ごろ。
パックの上から触ると、吸盤がぬーっと動いた。まだ生きているそうだ。
内蔵とスミを取り出し、塩でもんでぬめりをとってもらう。
小粒じゃがいもも、前から目をつけていたのがあり、商店街のスーパーでゲットした。
六甲まで歩き、「いかりスーパー」でお弁当を買って、タクシーで帰ってきた。
遅いお昼ごはんを食べ、タコの料理にとりかかる。
大きさ違いのものを2匹買ってきたのだけど、1匹が断然姿よくできた。
5時ちょうどに仕上がり、写真を撮って立花君にお送りしていたら、受け取りの方がいらした。
ぎりぎりセーフだ。
くったりとくたびれた。
今夜はもうお風呂に入ってしまおう。
お昼が3時だったので、夜ごはんはなし。
西の空には、ゆうべより少しだけ膨らんだ三日月(四日月というのかな?)。
そういえば5時にお客さんがいらしたとき、窓の外でカラスの大群が空を舞っていた。
鰯の群れみたいに、ひとかたまりの生き物のようだった。
どこからあんなに集まってきたんだろう。六甲じゅうのカラスが示し合わせて集まったんだろか。
夏には1羽しかいなかったのに。

●2017年11月22日(木)晴れ

5時半に起きた。
カーテンを開け、少しずつ明るくなっていくのを感じながら本を読んでいた。
太陽の光を本でさえぎりながら。
眠たくなって、7時にまた寝た。
そして9時に起きた。
タコのことばかり考えながら寝ていたので、起きたとき口のなかがしょっぱかった。
夢にもタコが出てきた。
朝ごはんを食べ「おいしい本」の校正。
そのあとはずっと、ポルトガル料理のレシピ書き。
お昼ごはんを食べそこね、2時くらいに1品試作をして写真を撮り、食べ、立花君にお送りした。
この間の撮影は、とても楽しかった。
撮られているうちに、なんだか料理をする体が戻ってきたような感じがした。
神戸に越してきてからは、雑誌の撮影でも、編集者や友だちが遊びにきても、ゆっくりと注意深くしか体を動かせなくて、もう自分はそういうふうにしか料理を作れなくなったんだと思い込んでいた。
立花君はカメラを構えたまま、何も言わない。
ちらっと見るととても変な体勢で、珍しい角度から、じーっとレンズをのぞき動画を撮っている。
私も何も言わずに料理を作る。
そのうち重心が下がって、食材や調理器具と糸でつながっているような動きになってきた。
意識はずっと先にいて、手の動きの軌跡が見える。
見えながら、そのときにはもう次の動作をしている。
指の先にも背中にも、いろんなところに目がついているような感じになった。
触れば匂いが分かるような。
「クウネル」でも料理本でも、立花君とはさんざん撮影をしてきたから、ある境地のようなところに感覚がすーっと戻っていったのかな。
カクちゃんがそばにいて、じっと見てくれているのもきっと関係がある。
でき上がった料理を窓際のテーブルに運び、食べるところも撮影した。
だんだん暗くなって、海に光が灯りはじめ、終わったのは6時だったかな。
あとで録画を見たら、なんだか映画のようだった。
キアロスタミとか、カオリスマキとか。
食べるところは、手、指、のどが独立した生き物みたいに動いていた。
もう若くはないのどが、なんか、生々しかった。
それは私だけど、すでに私ではない感じ。
不思議だなあ。
立花マジックだ。
この映像は、編集されたものが12月3日の「電車公演」の走る電車のなかで流されます。
そしてレシピは、立花君が制作する限定冊子のなかに入り、そこで配られる予定らしいです。
立花君とカクちゃんが来た次の日は、「たかはま美術館」の市原さんと殿貝さんが、『たべたあい』の原画と『くんじくんのぞう』のジオラマを返しにきてくださった。
中野さんもいらっしゃり、お昼をみんなで食べた。
インタビューということだったけれど、市原さんはちっともメモをとっていなかった。
大事なことはみんな、市原さんの記憶のなかにしゅーっと入っていくみたい。
4人で屋上に上り、殿貝さんがスナップ写真を撮ってくださった。
つかの間の楽しい時間だった。
翌日、中野さんをお見送りがてら、私は三宮へ。
植田さんの展覧会に行った。
会場には植田さんの音楽が流れていた。
静かな絵を1枚1枚眺めていると、緑の奥に景色や動物が見えてくる。
少しふわふわっとした感じになって、放っておいたらずっといてしまいそうだった。
あの空間に入ったら、怒りっぽい人も怒るのがばからしくなって、やさしい人になるんじゃないかなと思う。
そのあと、加奈子ちゃんと朔ちゃんとスパイス屋さんに行って、インドの辛いスナック菓子とカレー粉を買った。
ぐるっと遠まわりし、散歩したのも楽しかったな。
この辺りは前に、中野さんと何度か歩いたことがあったのだけど、自分がどこにいるのかさっぱり分からなかった。
ひとりで歩いてみたら、街が姿を現してくれたような感じ。ようやく位置関係が分かった。
もう10年以上も前に、木皿さんが連れていってくださった、中華と越南料理が合体したような不思議な店もみつけた。
準備中で閉まっていたけれど、多分あそこだと思う。
インドのスパイス屋さんがあちこちにあり、老舗の輸入食材の店みたいなところもあった。
北野は異国の匂いがしておもしろいところだな。
というわけで、「たべもの作文」は「ゆ」を途中まで書いたところで、しばらく休んでいる。
まとまった時間がどうしても必要なので。
明日も朝から、「みのりの郷」の魚屋さんにタコを仕入れにいき、ポルトガル料理をもう1品作る予定。レシピも書かなくちゃ。
夜ごはんは、豚肉とピーマンの炒め物、イワシの塩焼き(身をほぐし、大根おろしをのせた)、玉ねぎとお麩のみそ汁、らっきょう(「nowaki」のみにちゃん作)、ごはん。
9時にはベッドに入る。
西の空には三日月。

●2017年11月19日(日)快晴

7時前に起きた。
眩しい。
とてもよく晴れている。
東の海の光っているところがきれいだから見たいのだけど、眩しくて目を開けていられない。
離れてみたら、見える。
細かく細かくさざなみ立っている。
キラキラチカチカカチカチ。
さて、朝ごはんを食べたらすぐにとりかかろう。
「おいしい本」が書けそうな気がするので。
きのう書いたのは、けっきょくまだまだで、ゆうべは寝ながらぼんやりと頭を遊ばせていた。
夢中でやって、3時くらいにできた。
なんだかはじめて、絵本を書くときのような頭に似た状態で書けた気がする。
やわらかい体と、やわらかい頭と、心で書けた。
最終回に、ようやくそんなふうにできた。
それはきっと、読んでいた本がそうさせたんだと思う。
締め切りはまだ先なので、しばらく寝かせておこう。
それにしても海が青い。
空も青く、雲がもくもく。
お昼ごはんを食べていたとき、ラジオに中川李枝子さんが出ていて、とてもおもしろいのでじっと聞き耳をたてていた。
『ぐりとぐら』ができたときの話をしてらした。
どうして双子の野ねずみの名前が、ぐりとぐらになったかの話。
中川さんは長いこと保育園で働いていたそうだ。
そのころによく読んでいた、白と黒の猫が出てくるフランスの絵本のなかで、野ねずみたちがかけ声みたいに歌っていた「グリッグルッグラッ」というのが、子どもたちが大好きだったから、そこからとったらしい。
登場人物や動物の名前は、子どもたちが大好きで、何度も口ずさむものだから、中川さんは普段から人の家の表札を見たりして、ストックがいっぱいあるのだそう。
「名前は貴重品だから」と言ってらした。
その言い方とか、すごくおもしろかった。
あと、ぐりとぐらの体の色がオレンジ色なのは、妹の山脇百合子さんと国立化学博物館に行ったとき、そこの館長さんから「ねずみだったら、そこにいっぱいある」と言われて、引き出しを開けたら、いろんなねずみのミイラ(あとで剥製と言い直してらした)があって、そのなかにオレンジ色のねずみが一匹だけいたのだそう。
それで、山脇さんと「いいわね」となって、オレンジ色になったとか。
中川さんの声やしゃべり方は、張りがあって、子どもみたいで、自由で、楽しそうで、あちこちに飛びまわり、でも全部をつかまえていて、引き込まれてしまう。
やっぱり、おもしろい人なんだなあ。
「おいしい本」を書き終え、まだまだ時間がたっぷりあるので、あちこちていねいに掃除した。
明日はいよいよ、立花君とカクちゃんがこの家にいらっしゃるから。
ポルトガル料理の映像を撮ってくださる。
それを走る電車のなかで、いったいどうやって流すんだろう。
明日の朝は、「めぐみの郷」まで歩いていって、イワシやらいろいろ仕入れする。
もう、電話で予約してある。
海が大荒れにならなければ、ピチピチの新鮮なのが入る予定。
もしも思ったより小さめだったら、そんときはそんときだ。
夜ごはんは、ふわふわ納豆(ちりめんじゃこ、長いも、卵、ねぎ、辛し)、小松菜の煮浸し、大根のみそ汁、新米(中野さんのご実家の)。

●2017年11月18日(土)雨のち曇り

ひさしぶりの雨。
ゆうべ、寝ているときから音が聞こえていた。
とても静かな雨。
鳥が鳴いている。
窓から見える紅葉も、いつの間にやら冬の色になってきている。
こんな日は、「おいしい本」の原稿を書く日和だ。
ゆうべ、目をつぶりながら、書きたいことが上ってきたので。
少しだけ晴れ間が出てきたので、雨上がりの坂を下って、「コープさん」へ。
外に出るのはひさしぶり。
紅葉の木の葉が濡れて、色が濃くなっている。
寒いけど、マフラーを巻いて出る。
空気が冷たくて気持ちいい。
いつもの神社でお参り。
このごろは、「コープさん」での買い物で生もの以外は配達してもらうようになった。
おかげで坂が楽に上れる。
寒くなったから、汗もかかずにすーいすーい。
夏の間は休み休みだったけど、公園で休憩しなくても、水を飲まなくても、当たり前のように上れるようになった。
夜ごはんは、イワシの塩焼き(オーブンのグリル機能で焼いてみた。大成功! トマト、レモン、グリーンオリーブ)、ポルトガル風塩ダラとじゃがいものスープ、バゲット。
イワシの塩焼きにオリーブオイルをたっぷりかけ、つけ合わせと共にバゲットにはさんで食べた。
ムイト・ボン!(おいしい)。
今夜は風がとても強い。
風呂上がりに窓を開けると、分厚い雲が、大きな大きな羽根のようになっている。
これだけ風が強いのだから、雲は流れるのではないかと思うのだけど、じっとして動かない。
羽根の隙間、ところどころに、くっきりとした紺碧の空がのぞいている。
明日は晴れるんだろうか。

●2017年11月17日(金)晴れ

火曜日はとても楽しい一日だった。
餃子の皮を練って包むのは、女子チームだけでやるつもりだったのだけど、おさむ君も筒井君も当たり前のように参加していた。
みんなで順番に練って、それぞれの手つきの感想を言い合ったり、包み方を比べたり。
ロシア風餃子はどうやってもおいしくできるから、練り方にも包み方にも正解はないのだけど、なんだか自然と料理教室みたいになった。
「uzura」のひろみちゃんは、「私たち、靴の注文にいらした方と一緒に、高山さんのレシピでよく餃子を作るんです」と言っていた。
粉から皮を練って、一緒に包んだり、ゆでたのを食べたりしているうちに、緊張していたお客さんがリラックスし、少しずついろいろな話をしてくださるのだそう。
「uzura」にとっての靴作りは、注文を受けた相手の真っすぐな気持ちを聞くところからはじまるんだな。
だって、でき上がった靴は修理を重ねながら何年も履き続け、その人の体の一部みたいになっていくんだものな。
すごいなあ。
プロフェッショナルだなあ。
ゆで上がった餃子をみんなで食べているとき、筒井君が「おさむちゃん、今何個目?」と言っていたのも、すごいおもしろかった。
24個できたのを6人で分けるので、ひとり6個ずつ。
いろんなタレで味わいたいから、必死なのだ。
「バターとレモンが意外とおいしい」と言っていた筒井君は、最後はけっきょくすべてのタレをかけ、ひと口で食べていた。
おいしかったらしい。
陽が傾いてきたころ、屋上に上れたのもとても嬉しかった。
紅葉の山を見ていたとき、西陽が射して、みんなの顔が光っていた。
おさむ君たちは、そのまま車で東京に帰らなくてはならないから、ふたりともお酒が呑めなくて残念だったけど、残りの人たちはビール、ワイン、きさらちゃんのお土産のスピリッツを呑んだ。
私はいい調子に酔っぱらって、べらべらとおしゃべりしすぎた。
筒井君の仕事(絵本の編集者)や「uzura」さんたちの仕事や、子どものころからのこととかいろいろをインタビューして、書いてみたいという気持ちがむくむく湧いてきて、抑えられなくなった。
みんなが帰ってから、マメちゃんとふたりでビールを呑み、つもる話をしたのも楽しかったな。
マメちゃんの人間関係は、なぜだか私のと重なっていて、不思議だけど不思議ではない感じ。
私が好きな人で、でも長いこと会わなくなっている人にマメちゃんが最近会っていたり、新しく私が出会った人にも、すでにマメちゃんは会っていたりする。
東京の友人、リーダーやシミズタ、斎藤君には、私よりマメちゃんの方が頻繁に会っているのもおかしい。
そうだ。高知の「にこみちゃん」のマー坊や、尚ちゃん、「ワルン」の亨子ちゃんたちにも最近会って、あちこち車で連れていってもらったって言ってた。
マメちゃんは泊まり、翌朝7時くらいに帰っていった。
ああやっと、あの日のことが書けた。

ここしばらく、私は日記が書けなかった。
なんとなく、頭のまわりがぼわぼわしていて、書く気持ちになれなかった。
このところたくさんの人に会って、私はちょっと、人酔いしていたんだと思う。
書けない間、しばらくひとりにこもっていた。
「気ぬけごはん」をがんばって書いて、それからは本を読みふけったり、眠ったりしていた。
ひとりもいいもんだ。
さて、今日は、ご依頼いただいているある本の帯文から書いていこう。
「たべもの作文」はまとまった時間がないと落ち着いて書けないので、しばらくお休み。
午後からは、ポルトガルの料理レシピをずっと書いていた。
「鉄道芸術祭」の電車公演(走る電車のなかでのイベントです)で、料理の映像を流す予定なので、今はそのことで頭がいっぱい。
「みのりの郷」の魚屋さんに電話をしたり、仕入れするものをまとめたり。
立花君が撮影に来てくださることになっているのだけど、まだ日程が決まらないようで、メールのお返事がちっとも来ない。
うーん、どうしたのだろう。
夜ごはんは、じゃがいも(アムプリンの)の円盤焼き(サラミソーセージ、ディル、イタリアンパセリ)、そばめし(きのうの残りの焼きそばとご飯を炒め、薄焼き卵をかぶせた)。
夜、立花君からメールが届き、20日(月)に撮影をすることになった。
カクちゃんも来られるとのこと。
ベストメンバーやん。
ふー。
ようやく決まって、うろうろしていたものが、すとんと落ち着いた。
忙しくなるぞ。
明日、魚屋さんに注文しよう。

●2017年11月14日(火)静かな雨

朝起きたら一面の霧だった。
とてもきれい。
海も空気も、白さに厚みがある。
空気が落ち着いている。
今日は「nowaki」の筒井君とみにちゃん、オーダーメイドの靴屋さん「uzura」のおさむ君、ひろみちゃん、それからマメちゃんが遊びにいらっしゃる。
よく晴れて、きらきらしている日ももちろんきれいだけど、こんな日もまたとってもいい感じがする。
楽しんでもらえるといいな。
朝ごはんをゆっくり食べて、少しだけおしゃべりし、中野さんは11時くらいに帰っていった。
さきおとつい、遠野から戻ってきてはじめて会った中野さんは、オオカミのようだった。
顔つきも、まわりに漂っている空気も精悍な感じがして、体半分がオオカミになりかかっているような。
きっと、遠野でたくさんのものを吸い込んでらしたんだと思う。
すぐにでも絵を描きたがってらっしゃるような、躍動感みたいなのも感じた。
張りつめた空気。
中野さんを見ていると、何ものかに重なっていくとはこういうことなのだと感じる。
なんだか凄みがある。
私など爪の先にも及ばない。
きのうは、朝から中野さんといろいろおしゃべりし(ほとんど私がひとりで話していた)、午後から京都へ出かけた。
前の晩におでんと茶飯を炊いたので、おにぎりにして持っていった。
河原町の「ローソン」で、げんこつコロッケ、フランクフルト・ソーセージ、ビールとかいろいろ買って、鴨川の河原でピクニックをした。
そのあとで「nowaki」の受注会へ。
「uzura」さんの靴、ずーっと欲しかったので。
いろいろ履いてみたのだけど、けっきょく前々から決めていた靴のオリーブ色にした。
履いているうちにどんどん味が出て、焦げ茶色になってくるらしい。
実物の「uzura」さんの靴は、触ってみたら、細かなところまでおそろしくていねいに作ってあることが分かった。
素足になっておさむ君に寸法を計ってもらった。
私の足は22・5cmしかなかった。
自分では23・5cmのつもりでいた。
横幅が広いから、入り口が少し大きめのサイズしか入らないし、見た目も大きい靴が好きだから、中敷きを敷いて紐でしめて履いていた。
中野さんによると、「uzura」さんの靴はあまりに足にぴったりで、軽く、やわらかく、履いてないみたいだそう。
来年の春にはできるみたい。
とても楽しみだ。
「nowaki」では加奈子ちゃん、植田さん、朔ちゃん、「岩崎書店」の堀内さんにも会えた。
約束をしていないのに、会いたい人に会えるのは、お出かけしたときのご褒美だ。
今日は朝からじゃがいも(アムプリンの)を蒸したり、サラダの支度をしたり、餃子の皮を練ったり。
朝、中野さんが掃除機をかけてくださったので、ときどき窓の白を眺めながらゆっくりゆっくり支度した。
メニューは、大根のアルザス風サラダ(塩もみした大根に、イタリアンパセリ、ディル、レモン汁、おろしにんにく、オリーブオイル)、にんじんと白菜のサラダ(自家製マヨネーズ)、きのこのポルトガル風炒め(舞茸、ヒラタケ、にんにく、卵白)、マッシュポテトのムサカ(ミートソース、ホワイトソース)、ロシア風ゆで餃子(ヨーグルトを漉したクリーム、ディル、レモン、バター、餃子のタレ、柚子こしょう&ごま油)の予定。
餃子の皮は途中までやって寝かしておき、あとはみんなで練ったり包んだりするつもり。
さーて、どうなることやら。

●2017年11月11日(土)曇り

ゆうべは、ひさしぶりの雨の音が心地よかった。
今朝は7時半に起きた。
カーテンを開け、しばらくベッドに寝そべりながら雲を見ていた。
鹿がオートバイに乗っている。
いや、トナカイかな。
遠くの方では雲間から光のカーテンがさし、海に金色の線を作っている。
向こう岸、1本だけぽつんと立っている煙突にスポットライトが当たり、煙が光っている。
ロウソクみたい。
今日は「nowaki」の筒井君のお誕生日。
そして去年、『たべたあい』が出た日。
おめでとうございます。
今日は、「鉄道芸術祭」のオープニングイベントで、立花君のトークショウがある。
トークが終わったら、「太陽バンド」の畑さんがミニライブをするんだそう。
東京の懐かしい人たちがやってくる。
さーて、どうなることやら。
お昼を食べたら出かけよう。
会場の展示物が、どんなふうになっているのかも楽しみだ。
ささやかながら、私もひとつ、飾っていただいている。
9月22日の日記に、「夕方、ある人に電話して切ったあと、猛然と文を書きはじめる」がそれです。
大阪の京阪電鉄「なにわ橋」という駅の地下にある「アトリエB1」というところで開かれています。
ご興味のある方は、ぜひ見にいらしてください。
中野さんはきのう、遠野から帰ってこられたみたい。
「itohen」の最終日が12日なので、今日からまたうちにいらっしゃる。
朝ごはんのお皿を洗いながら窓を見た。
今日の海は、ひろびろとしている。
ちらちらと白く光って、一面にさざ波立っている。
曇っているかと思うと、さーっと光が射し、まぶしいくらいに晴れ渡る。
ドラマチックなお天気だ。
さて、行ってきます。

●2017年11月10日(金)快晴

ゆうべ、ベッドのなかで読んだお話は、ちっともだった。
まだまだだ。
それで、階段のところの絵を下に持ってきて、眺めながら朝ごはんを食べた。
なんとなく私は、違うお話ふたつを、ひとつにまとめようとしていたような感じがする。
これではこじつけじゃん。
小手先じゃん。
うーん。
ほんとに、まだまだだ。
今朝は、明け方にちょっといい夢をみた。
鍼灸の先生みたいな女の人に、元気の素というか、エネルギーの源のようなものを背中から注入してもらう夢。
それはとろみのある液体で、軽く、人肌よりほんの少しだけ温かい。
私は横向きに寝ているので、先生がどんなふうに施術をしているのか見えないのだけど、脊椎を通って体に入ってくるときの感覚を、目が覚めても覚えていた。
アム&カトからじゃがいもがいっぱい届いた。
手紙には、『くんじくんとぞう』の感想も書いてある。
わーい。
とてもいい天気なので、ひさしぶりにあちこち掃除。
雑巾がけもして、さっぱり。
お昼ごはんを食べ、美容院と図書館へ。
絵本を5冊借り、「丸徳寿司」で細巻きパックを買って、八幡さまでお参りし、「MORIS」をちらっとのぞいて亜衣ちゃんにお会いしてきた。
亜衣ちゃんは明日、「MORIS」でイタリア料理をこしらえ、お食事会を開くのだ。
料理を盛りつける備前焼の作家さんの器がたくさん並べてあった。
備前焼といっても、銀が見えたり、青が見えたり。
硬質で、洋風の料理も似合いそうな、荘厳な感じのする美しいお皿。
修道院とか教会に似合いそうな、ストイックな感じもある。
亜衣ちゃんの料理はきっと映えるだろうな。
いいなあ。
いつか私も、あんな器に盛りつけてみたいなあ。
「いかりスーパー」で軽く買い物。
明日の亜衣ちゃんの料理は、今盛んに山々を染めている紅葉みたいに色とりどりなのかなあ……なんて、勝手に想像しながら、てくてく坂を上って帰ってきた。
涼しくなったから、すーい、すーいと上れるようになった。
夜ごはんは、細巻きパック(いか、お新香、穴きゅう、鉄火)、小松菜のさっと煮、とろろ昆布のお汁。

●2017年11月9日(木)晴れ

朝からなんとなしにそわそわ。
それでも洗濯をして、屋上に干してきた。
佐渡島のあすかちゃんから、果物がいろいろ送られてきた。
佐渡特産の「おけさ柿」、筆型の小さいのは「木ざわし(木の上で渋ぬきしてあるのだそう)」。
りんごは、青いのが「森のかがやき」、赤いのは「秋映」。
わーい。
さっそく森のかがやきをむいて食べた。
シャクシャクして、とてもおいしい。
とてもいい天気。
こんな日は、何にもしたくないな。
パソコンに向かってみるも、なんか、落ち着かない。
今日はきっと文を書きたくないのだ。
「たべもの作文」は休むことにする。
お昼ごはんを食べ、ベッドの上で『帰ってきた 日々ごはん3』と『ココアどこ わたしはゴマだれ』を読んでいるうちに、うずうずしてきた。
ゆうべ、寝る前に階段のところに飾ってある中野さんの絵と目が合った。
それで「?」となり、なんとなく、お話の切り替わりの尻尾が見えたような感じがした。
これは前に、2枚の絵を見ながら書いていたお話。
いちおう出きあがってはいたけれど、中野さんにもきさらちゃんにも、「うーん、どうでしょうねえ」と不評だった。
パソコンに向かっていると、あっという間に時間がたつ。
そうか、今日は絵本をやりたかったのか。
できたような気がする。
さーて、どうかなあ。
今夜は早めにお風呂に入って、寝る前にベッドのなかで読んでみよう。
夜ごはんは、アジの干物、大根おろし、目玉焼き(キャベツ炒め添え、ウスターソース)、とろろ昆布の即席みそ汁、納豆、新米、おけさ柿。
なんとなく、旅館の朝ごはんみたいになってしまった。
おけさ柿がとてもおいしかった。
種がなく、なめらかで繊細で、きれいな味がする。

●2017年11月8日(水)雨

7時に起きた。
静かな雨。
窓の外が白い。
朝ごはんを食べながら、土鍋でご飯を炊く。
今日は立花君の「鉄道芸術祭」の搬入をのぞきに行くので、お昼ごはんに差し入れを持っていこうと思って。
丹波篠山の黒枝豆の炊き込みご飯のおにぎりには、コチュジャンに青じその塩漬けをきざんで混ぜたみそを用意。
あとは、せっかくポルトガルのことをやっているので、向こうで食べたみたいなパンにつけるディップを2種支度した。
梅田駅のどこかで、おいしそうなパンを買って持っていく予定。
さて、どんなことになっているやら。
中野さんは今ごろ、東北の村を歩いているかな。
雨が降っていないといいけれど。
さて、支度ができたら出かけよう。

立花君は、展覧会場で何やらごそごそやってらした。
搬入というより、会場自体を作り込み、ひとつの作品にしているみたいな感じがした。
紙を広げ、一段上がった台の上で絵を描いている男の子もいた。
ポルトガルの電車の映像がとてもいい。
ガタンガタンゴトンゴトン……音と共に振動が伝わり、延々と続く。
線路が走り、川が走り、森が走り、光が走る。
なんだか体にくる。
映画みたい。
私は2回みた。
これは、ただの車窓からの記録ではない。
電車だというのは分かるのだけど、何か知らない乗り物に乗って、どこか知らない場所へと向かっているような。
すでにどこか、知らないところに自分がいるような、ふわふわした感じになる。
立花君はポルトガルで電車に乗っている間中、延々と撮影していたけれど、こんなふうに見えていたとは。
3時半くらいに東京からカクちゃんがやってきたので、コーヒーを飲み、なんとなく5時くらいまでいて、帰ってきた。
なんだか楽しかったな。
いつも私はひとりでこもって文を書いているから、外に出かけると社会科見学みたいになる。
立花君たちはもちろん、電車のなかの人たちの様子もおもしろかった。
帰ってきたら、中野さんから写真つきのメールが届いていた。
苔むした岩がごろんごろんした森。
何かが潜んでいそう。
すごい。
こんなところを歩いてらしたのか。
もう1枚はお宿の夕はん写真。
ハンバーグと豚のシャブシャブ、お刺身に酢の物。
ぷっくり膨らんだハンバーグが、とてもおいしそう。
夜ごはんは、チゲ鍋(ゆうべの残りに白菜と焼き豆腐を加えた)、小松菜のおひたし(すりごま、ポン酢醤油)、おにぎり(鮭、昆布。「成城石井」で買った)。

●2017年11月7日(火)晴れ

きのうは、洗濯ものがないのに屋上へ上ってみた。
紅葉が進んでいるかどうか確かめたくて。
今日はシーツを洗って、干しにいった。
きのうよりもさらに、黄色が増えてきている。
雲ひとつない青空。
カメラを取りに戻り、写真を撮った。
朝から「たべもの作文」をやる。
きのうのうちにプリントしておいた文を推敲し、ひとつひとつ仕上げていった。
中野さんは絵本の取材のために、今朝から遠野へ出かけたとのこと。
今ごろ、どのあたりにいらっしゃるかな。
私はせっせと「たべもの作文」。
「たべもの作文」を書くようになって、子どものころのことをよく思い出す。
言葉にしていると、芋づる式に細かなところまで蘇ってくる。
実家の近所にある甘味屋さんの焼きそばについて書いていたら、ソースと麺の匂いが口のなかに上ってきた。
これが文を書くことのミラクルなところ。
前に書いた「な」から「の」までを推敲し、「や」と「ら」を仕上げ、小出さんにお送りした。
今は「ゆ」を書いている。
手羽先が3本だけ冷凍してあったので、自然解凍しておいた。
メイクインがあったので、韓国風の肉じゃがタットリタンをなんとなくイメージしながら煮込んでいたら、チゲ鍋の味になった。
おいしい!
夜ごはんは、鶏手羽とじゃがいものチゲ鍋(豆腐、お麩、ねぎ、磯のり)、ご飯はなし。
ムーミンを見ながら食べた。
中野さん、そろそろ到着したころかな。
東北は寒いだろうなあ。
7時くらいに中野さんからメールが届いた。
ようやくたどりついたとのこと。
お宿のごちそう写真つきだ。

●2017年11月3日(金)晴れ

中野さんは2泊し、きのう帰られた。
今朝は6時に起きた。
なんとなく、寝ていられなくて。
ゆうべもあまり眠れなかったのだけど。
きっと、どこかが高ぶっているのだ。
朝からパンを練る。
今日はきのうにひき続き、試作をしながらポルトガル料理のレシピを書いている。
ふと時計を見ると、まだ10時なのだった。
早起きすると、時間がたつのがゆっくりだな。
助かるな。
これは、「鉄道芸術祭」のイベントにまつわる仕事。
仕事という感じでもないのだけど。
1時くらいに猛烈に眠くなり、小一時間ほど昼寝した。
ベッドの上でまんじりとも動かず、いちど横を向いたらそのまま、仰向けになったらまたそのままの状態で、すやすやと眠れた。
それがとても気持ちよかった。
起きて、また続きのレシピ。
試作したのを写真に撮り、パソコンに取り込んで、いい感じがするものを選んだり。
洗い物もどんどんたまる。
なんだかひとり撮影ごっこしているみたい。
いつもならアシスタントがとっとことっとこ洗い物をしてくれるから、流しはいつもきれいになっているのだけど、そうもいかない。
ふだんやり慣れないことをしたので、くたびれた。
夜ごはんはちょっと早めに。
ムーミンを見ながら食べた。
ロールキャベツのグラタン(この間の残りにトマトソースを加え、チーズをのせて焼き直した)、いろんなパン、いろいろディップ、トマトのサラダ、白菜の塩もみサラダ。
さあ、早めにお風呂に入ってしまおう。
ゆっくりと浸かろう。

●2017年10月31日(火)快晴

風もなく、よく晴れている。
朝風呂から上がったら、ちょうどラジオでバッハがかかっていた。
2階に上ると、部屋のなかが光がいっぱい。
なんだかお正月みたい。
お餅をついているみたいな匂いもしていた。
もしかすると、どこかの部屋で朝ごはんに新米を炊いていたんだろうか。
洗濯ものは少ないのだけど、また屋上へ干しにいった。
山は、きのうよりもまた少しだけ、赤や黄色が増えている。
遠くの方の山は、暗い緑色のところがある。
雲の影が映っているから。
空で雲が流れると、緑の影も下の方へ移動してゆく。
私の背中に太陽が当たって、ぽかぽかしている。
日向ぼっこにいい季節になってきたのだな。
さて「たべもの作文」だ。
今日は、「itohen」で飾りつけを終えた中野さんが、7時くらいにいらっしゃる。
この間作っておいたロールキャベツが冷蔵庫にあるので、ホワイトソースをこしらえて、グラタンにしようと思う。
夜ごはんは、ロールキャベツときのこのグラタン(舞茸、しいたけ、もち麩入り)、ゆで水菜のサラダ(玉ねぎドレッシング、しょうゆ少々)。

●2017年10月30日(月)快晴

ゆうべも風が強かった。
明け方はとくに。
でも、あまり驚かなくなった。
きっと、この間の台風で慣れたのだ。
風の音を聞きながらいくらでも眠れる。
おかげで今日は寝坊して、9時近くに起きた。
カーテンを開けたら、海の向こう、一カ所だけが光って眩しい。
あの真上に太陽があるのだ。
風が強い。
さざ波立って、きらきらしている。
風が落ち着いたころ、洗濯ものを屋上に干しにいった。
山は、赤い色がところどころに増えてきている。
この間見たときよりも。
ああ、とってもいい空気。
伸びをした。
今日も今日とて「たべもの作文」。
3時ごろ、洗濯ものを取り込みにいった。
小鳥が5羽くらい、空を旋回していた。
黒い羽根、お腹が白い。何の鳥だろう。
ひゅーっと大きく飛んでいたかと思うと、きゅるっと小さく方向転換したりして。
きっと小鳥も気持ちがいいのだ。
風もなく、ビールでも飲みたくなるようないい陽気。
今日は「や」を書いた。
夜ごはんは、なすのフライパン焼き、オムそばめし(いんげん、新米の冷やご飯、薄焼き卵)。そばめしがもっちりとして、とてもおいしかった。ご飯が新米のせいもあるのかな。

●2017年10月29日(日)台風

ゆうべは夜中に風が吹いていた。
とても強い風。
音を聞きながら目をつぶって、寝たり覚めたり。
トイレにも何度も起きた。
きのう作文をやりながら、お茶をたくさん飲んだからかな。
小刻みに寝ていたので、夢も短いのをたくさんみた。
朝方、嵐の夢をみていた。
フレーズがひとつ、ぽろんと出てきた。
絵本のはじまりみたいな言葉だったので、メモしておいた。
それを口ずさみながら、朝風呂に浸かっているうち、物語がふくらんできた。
さっさかさーと朝ごはんを食べ、パソコンに向かった。
書いているとき、ひと幕ひと幕に絵が見えていた。
絵が見えるようになったのは、はじめてだろうか。
いや、『くんじくんのぞう』でも、見えていたことは見えていた。
でも、中野さんが描きはじめたら、そしてジオラマができてきたら、私の見えていた世界がどれだけちっぽけだったか分かったんだった。
台風はどんどん激しくなってきた。
雨が当たって、窓は水槽のよう。
物語はお昼過ぎにはできた。
こんどは小学生の男の子が主人公だ。
さ、「たべもの作文」をやろう。
台風の被害が少ないことを祈りながら、やろう。
2時ごろ、荷物が届いた。
嵐のなかを、郵便局のおじさんが届けてくださった。
黒い合羽もヘルメットもびしょびしょだった。
ありがたいことです。
「暮しの手帖」の澤田さんから、丹波の大粒黒枝豆だ!
おやつでいただこう。
夜ごはんは、ハンバーグ(「コープさん」で買ったレトルトの。コーンとかぶの葉のバター炒め添え)、いくら、かぶのみそ汁、新米。

●2017年10月28日(土)雨

静かな雨。
朝ごはんを食べてからずっと、このところの日記をふり返って書いていた。
とても静かな雨。
きのうは、秋の運動会を思わせるようなカラッとしたお天気だったのに。
暑いくらいだったな。
今日はストーブをつけたいような感じ。
小出さんから原稿が戻ってきた。
さて、そろそろ「たべもの作文」にもぐろう。
まず、これまでの文のいくつかを修正して仕上げ、余裕があれば「や」を書きはじめる予定。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(卵、かぶの葉、お麩、ねぎ、天かす)。

●2017年10月27日(金)秋晴れ

7時半に起きた。
光が眩しくて。
朝、ゴミを出しに行きがてら、森の入り口まで歩いた。
山の上に、雲ひとつない青空が見えたので。
トンビらしき鳥が2羽飛んでいる。
あれ? 同じくらいの大きさの黒いのは、カラスだろうか。
カラスがトンビを追いまわしているようにも見えるし、追いかけっこをしているようにも見える。
トンビにしては体の小さい鳥を、この間も屋上で見た。
トンビは飛び方ですぐに分かる。 
トンビの子どもなのかな。
最近はカメムシも屋上でよく見かける。
じっと見ていると歩き出す。
すぐにひっくり返り……と思ったら、また表に返る。
がに股で、変な歩き方だ。
後ろ足は灰色の長靴をはいているみたい。
へんなの。
見るたびに笑ってしまう。
この一週間にあったことを、思い出しながらまた書こう。
「かわら美術館」でのイベントの次の日は、台風だった。
これまででいちばん大荒れの、すさまじい風の台風。
翌日は台風一過で、すみずみまで晴れ渡った。
その日、中野さんの自作絵本の編集者さんがいらっしゃった。
台風の影響で一部電車が停まっているなかを、車や電車を乗り継いで。
六甲駅までふたりでお迎えに行って、私はごちそうの買い物をした。
台所で料理を支度している間、ふたりは一枚一枚の大きな絵を壁に貼り、ゆっくりと眺めていた。
編集者さんがひとつ感想をおっしゃると、少しだけ沈黙があって、中野さんが答える。
ふたりの声を音楽のように遠くから聞きながら、私はできるだけ音を立てずに料理を作っていた。
窓の外がずっときらきらしていた。
いちど、2階に上って洗濯ものをたたんだりもした。
おだやかな、とても気持ちのいい時間だった。
そのあとでおふたりは打ち合わせをし、3時過ぎくらいにようやくお昼ごはんとなった。
編集さんからいただいた日本酒(中野さんのお誕生日のプレゼント)で乾杯。
ちらし寿司(干し椎茸の甘煮、錦糸卵、サーモンの刺身とブリの刺身のヅケ、青じそ、いりごま)、白菜のくったり煮(青ゆずの皮)、ひたし大豆、白菜とにんじんのサラダ(自家製マヨネーズ)、ワサビの茎のしょうゆ漬け(みっちゃんのお土産)、酒盗(高知の「ひろめ市場」の)。
夜景を眺めながらゆっくりとおしゃべりし、編集者さんは7時過ぎに東京へ帰られた。
そのあとは一日早い中野さんのお誕生会。
リクエストに応え、私は豚の鍋焼きローストをこしらえた。
豚肩ロースの塊肉に、ナイフの先で穴をあけ、にんにくとローズマリーを詰め、たこ糸でしばる。
少し多めに塩をまぶし(ここまでを昼間のうちにやっておいた)、オリーブオイルをひいた鍋に入れ、オーブンで蒸し焼きにする。
追いかけて、ゆでておいた小粒じゃがいももまわりに並べ、焼いた。
豚肉をホイルで包んで休ませている間に、焼き汁を酒でのばし、炒めたしいたけ、生クリーム、粒マスタードを加え、クリームソースにした。
お肉がびっくりするほどやわらかくできた。
『おかずとご飯の本』や『じゃがいも料理』の撮影をしていたころには、しょっちゅう作っていたけれど、なんだかこの味をずっと忘れていたな。
あとは、にんじんの塩もみサラダとゆで卵(マヨネーズのせ)。
赤ワインをあけて蝋燭を灯し、静かにお祝いした。

きのうは、なんとなく落ち着かず、絵本を借りに電車に乗って隣町の大きい図書館まで行った。
美容院へも行った。
なので今日は、安心して机にかじりつこうと思う。
今、ピンポンが鳴って荷物が届いた。
中野さんから、待ちに待った新米と柿が届いた。
わーい。
4時少し前に、「も」が書けた。
ずいぶんねばって、ようやくひとつ書けた。
ほっとひと息、ロールキャベツを作る。
夜ごはんは、ロールキャベツ(ねり辛しをつけ、おでんみたいにして食べた)、ふわふわ納豆(卵入り)、新米。
新米がおいしくてたまらず、食べ過ぎてお腹いっぱいとなる。 

●2017年10月25日(水)晴れたり曇ったり

9時までぐっすり眠って起きた。
そのまま、ベッドのなかで丸木スマさんの画集を見ていた。
とっても久しぶり。
とちゅうで台所に下り、チャイをいれてまたベッドに戻り、続きを見た。
窓から眩しい陽差しが急に射し込んだり、またすぐに翳ったり。
風がとても強いのだ。
今日はこのまま、ベッドのなかで「たべもの作文」を書こうかな。
階段を下りるたび、中野さんのバラの絵が迎えてくれるのがうれしい。
1階の壁の、ちょうど階段から見える位置に貼ってあるので。
目に入ると、心にぽっ と赤紫色の光が灯ったようになる。
バラの花束は、『くんじくんのぞう』の発売日に小出さんが送ってくださった。
この1週間はいろいろなことがあった。
そのいろいろを、中野さんと一緒に過ごせたことがありがたかった。
あったことを、少しずつ日記に書いていこうと思う。
まず、「かわら美術館」でのトークイベント。
愛知の高浜市ははじめてなので、私はずっとドキドキしていた。
美術館でのイベントだし、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」も開催中だから、きっと、私のことを知らない方もたくさんいらっしゃるだろう。
前の晩はほとんど眠れなかった。
朝の4時まで、ぜんぶの柱時計の音が聞こえていた。
それでもうっすらとは寝ていたのかな。
7時過ぎに中野さんとタクシーで出て、新幹線で名古屋まで行き、JRに乗り換え、ピンクの名鉄に乗って「高浜港」の駅に着いた。
緊張してしまうので、私はトークがはじまるぎりぎりまで、頭も体もぼんやりさせていたような気がする。
ふわふわしながら、中野さんのライブペイントを見ていた。
中野さんの体が動くと、絵が次々にあふれ出て、紙の上がどんどんカラフルになる。
瞬きひとつする間にも、どんどんうつり変わってゆく。
そのスピードにのっかり、私のなかから聞こえる声、外から聞こえてくる声をその場でメモしていった。
「ぼくは あるひ でんしゃに のった。ぴんくの めいてつ。くさの うえを あるいた。そしたら おひさまが でて ぼくは こうまに なった。ばっか ぱっか ぽっか ぽっか。あれ みずたまり。ひまわり ゆうやけ おっぱい かいだん。あっ あめ ふってきた。 ぼくは こうまに なって すすみます。おにがわら みずたまり かがみ。ぷーっと ふいたら くちから かさが でてきました。ぴんくの かさ。ぴんくの ぱんつ。ぼく ふうせんに なったみたい。はしを わたって でんしゃ でんしゃ。てっきょうを もうすぴーどで はしる はしる。パンタ パンタ グラフ グラフ。 ぼくの でんしゃが あめの なかを はしってく。『でんしゃだね』 『うん でんしゃだよ』。そしたら ぼく きいろい とげが はえて かみのけも はえて のびる のびる。 あれ ライオンだ。ライオン たいようだ。『てくまくまん てくまくまん おじょうさん れんしゃだね。でんしゃだね』『しあたー?』。 たいようの はしご はしご かたつむり。ぼくは たけうま したの。 ものさし ちず やえの ひまわり。『えらい あめ ふってきたなあ』『うん、あめだね。ふってるね』。みんな みんな のってる。はしる はしる どん どん どん どん。のを こえ やま こえ たに こえて はるかな まち まで ぼくたちを たのしい まちの ゆめ つないでる。ふぁん ふぁん ふぁん。りずむに あわせて ぼくたちは たのしい たびの ゆめ つないでく。『いま なんじですか?』『でんしゃだね』『いくよ』。せんろと しっぽ うずまきくも」
ここまで書いてトイレに行ったら、長い長いうんちが出た。
電車の絵があって、線路と、カラフルな長いしっぽもあったからかな。
トークがはじまって、お客さんたちの顔を眺めているうちに、やわらかい風がすーっと体に入ってくるような感じがあった。
みなさんの目が本気だったからだ。
私の話を聞こうと、ちゃんと向かい合ってくださっているのが分かったから。
市原さんの明るい声を聞きながら、質問にひとつひとつ答えていくうち、体も心もどんどんあたたまり、楽しくなっていった。
絵本は、まず『どもるどだっく』を読んだ。
いちばん前の席に座っていた4歳くらいの女の子や、男の子に向かって読んだ。
そしたらお腹の底から声が出た。
なんとなく、なみちゃんが出てきたみたいな感じがした。
なみちゃんは野蛮でふてぶてしい女の子だけど、いろんなものを包み込むような大きな心を持っている。
そこに向かってダイブしたような感じになった。
朗読はとても気持ちよかった。
続いて、『ほんとだもん』を読んだ。
いちばん前の女の子の様子を見ながら読んだ。
女の子はスクリーンにかぶりついて、うれしそうに見ていた。
その子は『どもるどだっく』のとき、「おなかに もぐるぐる」のところで、自分のお腹を触っていた。
隣のお母さんも、お腹をぐるぐるしてらした。
『たべたあい』は、原画と言葉を展示してあったので、読まない方がいいかなと思って遠慮した。
『くんじくんのぞう』は中野さんが読んでくださった。
お客さんたちの反応がみずみずしく、「おー!」という声とともに、あちこちでくすくす笑いが聞こえた。
みなさん、子どもになって感じてくださったんだと思う。
市原さんをはじめ、お世話になった「たかはま美術館」の方々、雨のなか集まってくださったたくさんのみなさま、ほんとうにありがとうございました。
長々と書いてしまいました。
ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございます。

中野さんはきのう実家に帰られた。
また今日から「たべもの作文」にいそしむ、ひとりの日々がはじまった。
中野さん、こんどは大阪の「itohen」で、11月1日から展覧会だ。
来週にはまたうちにいらっしゃるから、それまで集中してがんばろう。
けっきょく今日は、下の机でずっと「たべもの作文」を書いていた。
これまで書いた文を修正し、再度修正して仕上げ、「ほ」から「め」までの新しい原稿を推敲し、お送りした。
夜ごはんは、鴨南蛮風うどん(昆布、にぼし、かつおぶし、干ししいたけでだしをとり、鶏肉、白菜を加えて煮込んだ。ノブさんの手打ちうどんを釜揚げにし、温かいおつゆに浸けて食べた)。

●2017年10月22日(日)台風

「たかはまかわら美術館」でのイベントはぶじに終わり、きのうの夜、中野さんと一緒に新幹線で帰ってきた。
おおついの晩によく眠れなかったぶん、ゆうべはとてもよく眠れた。
たぶん私も、中野さんも、くたびれていたんだと思う。
夜中じゅう、雨と風の音がずっとしていた。
朝になっても。
雨風はどんどんひどくなってきている。
でも、この建物はとても頑丈だし、中野さんがいらっしゃるので怖くない。
ラジオをつけて台風情報を聞きながら、私は「たべもの作文」。
中野さんは2階で絵を描いている。
さっき覗きにいったら、クレヨンでバラの絵を描いてらした。
風はどんどん強くなってきている。
雨も降っているけれど、あまりに風が強いので飛ばされてしまうのかも。
木も、電線も、ものすごく揺れている。
中野さんに言われ、いつでも避難できるようリュックに荷物をまとめた。
合羽も用意した。
夜ごはんも4時ごろに食べた。
こんなに強力な台風ははじめて。
お風呂にも早く入ってしまおう。
夜ごはんは、スパゲティ(のトマトソース煮込み)。

●2017年10月18日(水)晴れ

朝、目が覚めたら、カーテンの隙間から明るい光が差していた。
なので急いで起きた。
ゆうべの天気予報によると、今日しか晴れの日はないと言っていたから。
起きてすぐ、ゆうべからつけ置きしておいたシーツやらバスタオルを洗濯した。
今日は管理人さんがお休みで、屋上には干せないけれど、窓辺の柵を利用して干した。
晴れていると部屋の埃が目につく。
掃除機をかけ、雑巾がけし、鏡まで磨いた。
晴れやかな小鳥の声がして窓を見ると、電線のところで小鳥が2羽追いかけっこをしていた。
尾の白いセキレイに似た小鳥。
今日の「たべもの作文」は「め」。
「目玉焼き」のことを思いながら、朝ごはんに目玉焼きを焼いた。
外の空気をすいたくなって、郵便局、「MORIS」、「いかりスーパー」、ハム屋さん、コープさんへ。
ゆっくりゆっくり坂を上った。
帰り道、いろいろな実が色づきはじめていた。
山ぶどう、へくそかずら、ねずみもち。
海の見える公園で、小さな男の子が地面に線を引いていた。
線は、砂場から公園の入り口まで、よれながら続いていた。
そばにいるお母さんが、小さな声でハミングしていたのは、「線路は続くよどこまでも」の歌。
ポルトガルから帰ってきて、私はよくこの歌を耳にするようになった。
一度目は『パターソン』という映画のなかで、二度目はラジオで。
立花君の「鉄道芸術祭」のことを、なんとなく考えているからかな。
今日はけっきょく「たべもの作文」が1行も書けなかった。
まあ、こんなこともある。
明日は「め」と「も」を書こう。
夜ごはんは、麻婆豆腐(トウチのかわりに浜納豆でやってみた)、白菜と春雨のスープ、小松菜の炒め蒸し(自家製マヨネーズ)、ごはん。

●2017年10月17日(火)雨のち曇り

7時半に起きた。
最近、ぐっすり眠れる。
柱時計の音も聞こえない。
今日も雨。
朝ごはんを食べ、今日も「たべもの作文」だ。
午後、気分をかえて書きかけの「おいしい本」を仕上げ、お送りした。
絵本『もりのなか』について。
今日の「たべもの作文」は「つ」と「て」を推敲し、「む」を書いている。
今朝でパンを食べ切ってしまったので、買い物に出ようか迷ったのだけど、書けるまでは出ないと決めた。
パンを練り、今は発酵中だ。
寒いのでボウルを布巾でおおい、ベッドの掛け布団の間に入れた。
さっき見たら、いい感じに膨らんでいた。
「む」を書き上げたら、夕方、晴れ間が出てきた。
空の上の方だけ水色で、下はどんよりと靄がかかっている。
深呼吸をしに、外に出た。
うちのアパートはとても古い建物なので、雨が降ると古くさいような匂いがする。
その匂いを感じながら、エレベーターに乗っていて、越してきたばかりのころのことをなんとなく思い出した。
誰もいない学校の校舎に、ひとりぽつんと取り残されたような、いったい自分がどこにいるのかわからないような、ふわふわした気持ちになったこと。
そういうのを、ちょっと懐かしいような気持ちで思い出した。
今の私は、ずいぶん丈夫になった気がする。
夜ごはんは、混ぜこぜグラタン(ゆうべの豆乳鍋のお汁で、ノブさんのうどんを煮たのをお昼に食べ、その残りを使ってグラタンにした。なすのオイル焼き、しいたけ炒め、おろしたチーズ)

●2017年10月16日(月)雨

このところずっと「たべもの作文」を書いている。
毎日、1話ずつ書くと決めて。
おとついは「ほ」、きのうは「ま」、今日は「み」を書いた。
同時進行でこれまで書いた分も1話ずつ推敲し、ファイルにためている。
9月からポルトガル、高知、実家の静岡と、出掛けてばかりいたから、しばらくはこもりたいような気分。
21日にはまた愛知へ行かなくてはならないし。
それまでがんばろうと思う。
いちどこうやって、どっぷりとはまりたかった。
今日は、朝から晩まで、静かな雨が降っていた。
たまに窓を見ると、空も海も街も真っ白で、私のいるすぐ近くまで霧がやってきていた。
夕方、うれしい荷物が届いた。
紅茶が残り少なくて、明日の朝いれたらもう終わってしまうから、やっぱり買い物に出ないとならないかな……と思っていた。
そしたらモリスの今日子ちゃんが、マレーシアの紅茶農園に行ってきたそうで、お土産のグリーンティーが。
あと、栗のケーキも。
なんて嬉しい。
なんだか、宿題をがんばってやっているご褒美をもらったような気持ち。
きのうは文を書きながら玉ねぎをじっくり炒め、ビーフカレーを、今日のお昼はお弁当、夜は豆乳の鍋にした。
今夜も早めにお風呂に入って、本を読んで寝よう。
明日は「む」を書く予定。
夜ごはんは、豆乳鍋(もめん豆腐、豚のしゃぶしゃぶ風肉、小松菜)、柚子こしょうとごま油のタレ。

●2017年10月13日(金)曇りのち雨

さっき、3時前に中野さんをお見送りがてら、神社のあたりまで散歩した。
帰り道、途中で大粒の雨が降り出したけど、上の方はほとんど降っていなかった。
きのうは、大阪の画材屋さんへ行ってらした中野さんと図書館で待ち合わせをし、トイレから出てきたら、なんと加奈子ちゃん(『ほんとだもん』の編集者)がいた。
加奈子ちゃんは前からここの図書館に興味があり、元町から電車に乗ってたまたま来てみたとのこと。
六甲に近いから、「高山さん、どうしているかなあ」と思っていたのだそう。
中野さんはちっとも驚いたそぶりを見せず、子どもたちが腰掛ける椅子に加奈子ちゃんと普通に座ってらした。
こういう偶然がいちばん嬉しい。楽しい。
せっかくなのでうちでお昼をこしらえて、3人で食べましょうということになり、「めぐみの郷」で野菜やらお肉やら貝やタコやらいろいろ買って帰った。
私は何を作ったのだっけ。
トマトのポルトガル風サラダ(切ったトマトを白皿に平らに並べ、オリーブオイルとクレイジーソルト、オレガノをふりかけた)、きのこのバターソテー(肉厚しいたけ、舞茸、しめじ)、ホンビノス貝のバター酒蒸し、ソーセージのパリッと炒め(中野さん作)、ポルトガル風タコとじゃがいものオリーブオイル蒸し焼き、赤ワインの炭酸割り。
加奈子ちゃんはサクくんの保育園のお迎えがあるので、4時に帰っていった。
そのあと中野さんと私は、窓際でちびちびと残りのワインを呑み、高知土産の栗焼酎を呑み、しばらく会わない間にあったいろいろを、ぽつりぽつりとおしゃべりし合った。
対岸の山の上に、白いスジのような雲が長く長くたなびいていた。
そのうち白いのが茜色に変わり、蒼色が重なり、辺りはだんだん暗くなり、ぽつろぽつりと海に灯りが灯って、夜景が輝き出した。
そう。
私が台所で料理している間、『くんじくんのぞう』を中野さんが加奈子ちゃんに読んであげていた。
ひざの上で本を開き、ゆっくりと子どもに聞かせるように。
加奈子ちゃんは掃除機のところあたりから、くすくすと笑いはじめ、微笑みながら、うなずきながらずっと聞いていて、最後は手をたたいてらした。
「すごーい、すごーい!」とおっしゃっていた。
加奈子ちゃんには何にも説明をしなくても、すーっと伝わった。
じつは、『くんじくんのぞう』は、実家の大人たちにはあまり評判がよくなかった。
4歳の女の子ひとりに向けて読んであげたときは、くすくす笑ったり、手でぞうの鼻の形を作ったりしながら真剣に聞いていた。
日々、慌ただしく生きている大人たちは、大人のままの頭で意味を知ろう、分かろうとするのかな。
それだと、ちょっとむずかしいところがあるのかもしれないな……とがっかりしながら帰ってきたから、私はとても嬉しかった。
『くんじくんのぞう』は、きっと、やわらかい頭と体で感じる絵本だから。
そしたら今朝、加奈子ちゃんから感想のメールをいただいた。
「『くんじくんのぞう』は凄いえほんでした。読んでもらったあとのなんともいえない多幸感を思い出しながら、これはこどもと過ごす毎日のすぐそばにあるものだ、とおもいました」
夜ごはんは、パエリアオムライス(お昼ごはんに作ったえびときのこのフライパン・パエリアを炒め直し、ふわふわオムレツをのせてケチャップ)、しろ菜のオリーブオイル蒸し。

●2017年10月11日(水)快晴

きのうは夕方の4時くらいに帰ってきた。
廊下でたまたま鉢合わせになった管理人さんから、「お、か、え、りー」と言われた。
首をかしげ、軽く会釈しながら。
大人が子どもに言うみたいな、やわらかい言い方だった。
10日にアパート全体のガス点検があるようだったので、帰省する朝「実家に帰るので留守をします」と、管理人室のメモに書き残しておいた。
ポルトガルと高知に出掛けたときも、そのたびに管理人さんに行く先をお知らせしていた。
だからかな。
なんだか、家族に迎えられたみたいでうれしかった。
ゆうべはぐっすり眠れた。
ようやく自分の場所に戻ってこれたのを、心も体もちゃんと分かっているみたい。
実家ではいろいろなことがあったけれど、思っていたより母が元気そうで、顔色もつやつやしていたのが何よりも嬉しかった。
おもしろいこともたくさん言っていた。
母は大学ノートに日記をつけていて、それは本当に短い、今日何があったとか、誰に会ったとか、何を作って食べたとかそんなもの。
書きながら、「えーと、図書館へはきのう行ったんだっけか」などと聞いてくる。
私が、「ううん、今日だよ」と答えると、「そうだっけ。きのうみたいな気がするよう。やだよう、うんと昔のことはよく覚えてるのに、きのうとか今日とか、さっきあったことが分からなくなるだよ」。
たまたま私が洗面所のドアを開けたら、お風呂上がりの母がパンツをはきながら、「なおみちゃん、あんた、いつ来ただっけ。え?、きのう? そうだっけ。なんだか、ずーっと前から一緒にいるみたいな気がする」なんて。
「でもお母さん、それが本当の時間かもしれないよ。心の時間だよ。時計より、そっちの方が信用できるかも」と私が言うと、「そうだねえ、ほんとだねえ」。
そうかと思えば、スイセイと別居してからの私の暮らし向きを伝えていたとき、「家族の関係は、変わっていくものだから。それが、生きるっていうことだから。それでいいさや」なんて言われ、私の方が背すじが伸びた。
何日か前の日記には87歳と書いたけれど、母は今年の6月で88歳になったのだそう。
この間の病院の検査によると、コレステロール値が前よりも高くなり、動脈硬化も進んでいるらしい。
それで血のめぐりが悪く、手足がしびれたりする。
しばらく一緒にいて分かったのだけど、母の食生活はおばあちゃんらしからぬものだった。
料理はよくするようだけど、けっこう味つけが濃いめだし、朝食のトーストには溶けるチーズをのせてあった(ワカメらしきものものっていた)。
健康にいいと思って、毎朝そうやって食べていたらしい。
青魚が体にいいとどこかで聞きつけたらしく、塩分の高いアジの干物やイワシの丸干しを積極的に食べていたみたい。
高血圧なのに。
「お母さん、お醤油はちょっとの方が、お豆腐の味がよくしておいしいよ」と教えたら、「ほんとだ!」といたく感激していた。
「なおみちゃんのおかげで、お母さんは目が覚めた。食事改革ができそうだよ」。
もういい年なのだから、好きなものを食べて楽しく暮らすのがいちばんだとお医者さんにも言われているのに、母はまだまだやる気満々なのだった。
神戸へ帰る朝は、ゴミを出す日で、重たいから私が運ぶ約束になっていた。
なのに7時半に私が起きたら、すでに運び終わったあとだった。
かっこう距離のある集積場まで、重たいのをひと袋ずつ、ゆっくり歩いて3往復したのだそう。
「公園体操もしてきたさや」なんて、涼しい顔をして朝ごはんを食べていた。
「なーみちゃん、パンは焼くだけで何ものせなくても充分おいしいねえ」なんて言いながら。
そう。
米寿のお祝いに、中野さんが絵を送ってくださったのも、本当に嬉しかったみたい。
荷物が届いたとき、私もとても驚いたのだけど、母は目をまん丸にして、手を打って、そのあと息をつめ、涙をこぼした。
それは、『どもるどだっく』の元祖なみちゃん(四つん這いの)が描かれた、「満月」という絵。
「ウレシカ」ではじめて対面したとき、「ここに、なみちゃんがいる」と閃き、その日のうちに中野さんにお願いするに至った絵だ。
元祖なみちゃんは、よくよく見比べると、幼いころの母の写真にもそっくりだった。
「てる子は横っとびばっかして」と、おじいちゃんにたしなめられながら、木登りしたり、野山を駆けずりまわっていたころの母に。
絵が届く前の晩、母はそのころの夢をみていたんだそう。
夜ごはんは、塩鯖、ピーマンのじゃこ炒め、とろろ納豆(長いも、卵、ねぎ)、たくわん、ご飯、キャベツのみそ汁。

●2017年10月9日(月)晴れのち雨

このところ、毎日が夏のような日々だった。
全国的にそうだったのだろうか。
それとも静岡県だけ?
母の米寿のお祝いの会は、ゆうべぶじに終わり、今朝の兄姉4人と母との会合(母の新しい遺言を確認し、これからのことなど話し合った)もぶじ終わり、みんなちりじりに帰っていった。
木曜日から今日まで、毎晩誰かしらうちに集まり、ごはんを作って食べ、呑んだ。
てんやわんやの大騒ぎとはこのことだ。
母はとても元気だった。
元気すぎて、笑ってしまうほど。
みんないなくなって、今夜は母とふたりきりの夕食。 
私が名簿(いざというときの連絡先)をパソコンに打ち込む作業に熱中していたら、何もお願いしていないのに、いそいそと母がみそ汁を作ったり魚を焼いたりしてくれた。
母のみそ汁は、青菜がすっかり煮えてくたくたになっていたけど、そして、いつのころからだしなどとらず、だしの素のみそ汁なのだけど、しみじみとおいしかった。
豆腐の切り方とかが、懐かしかったのかもしれない。
ふたとも早めにお風呂に入り、それぞれの部屋へ。
さっき覗いたら、母はベッドの上でお祈りを終えたところだった。
そして、私がトイレに行って戻ってきたら、寝そべって本を読んでいた。
私も隣の部屋へ。絵本を読んで寝ようと思う。
まだ、8時半。神戸とほとんど同じ時間帯だ。
夜ごはんは、金目鯛のみそ漬け(みっちゃんの現場がある南伊豆のお土産)、ほうれん草のおひたし(かつおぶし、醤油)、お赤飯(姉作)、みそ汁(玉ねぎ、豆腐、チンゲン菜)。
明日は、午前中に神戸へ帰る予定。

●2017年10月5日(金)晴れ

今、新幹線のなかでこれを書いている。
走っても、走っても、どこもかしこも秋晴れだ。
田園風景が続く。
お米が実った田んぼの黄色、畑の緑色、ところどころで咲いている紅は彼岸花。
さっき、コスモス畑もあった。
ピンクと白の薄べったい花弁、黄緑色の茎、ほわほわと一面に咲き乱れていた。
駅に着くまで時間がたっぷりあるので、パソコン内のいらなくなった書類(すでに本になっている原稿など)をゴミ箱に捨てた。
ゴミ箱も空にしてみた。
ようやく半分まできたところ。
ゴミ箱を空にするのって、けっこう時間がかかるのだな。
今のうちに、高知でのことを書いておこう。
イベントの次の日のお昼ごろ、私はホテルから「ワルンカフェ」へ歩いて行った。
雨が降っていたのでアーケードを通った。
高知へ来ると、いつも車でばかり動いているので、位置関係を確かめたくて。
アーケードの出口近くの「ひろめ市場」でお土産を少し買い、信号をいくつか超えたころで、その先に細い道路が見えてきた。
たぶん、目の前の信号を渡ればいいのだと思うのだけど、ねんのために横断歩道にいたおじさんに尋ねてみた。
この近くに川があったら、もう「ワルン」はすぐそこなのだと思いつつ。
そしたら川が見えるところまで、連れていってくださった。
「ここでけっこうです」と私が伝えなかったら、「ワルン」の前まで連れていってくれそうな雰囲気だった。
ゆったりとした感じのする、とても感じのいい紳士的なおじさんだった。
おじさんといったって、私よりふたつかみっつくらいしか違わないかもしれないけど。
そして、小雨の降るなか、先に来ていたナオちゃん、芝ちゃん、「スヌイ」の恭子ちゃんとシンハービールをちびちび呑みながら、ああでもないこおでもないとおしゃべりしていた。
私は朝ごはんを食べそこねたので、とてもお腹がすいていた。
それで、ひき肉の炒めたの(ゴーヤ入り)に揚げ卵がのったごはん(玄米)を食べた。
ごはんを少しだけ残しておいて、トムヤムスープ(お鍋から自分でお鍋からよそるスタイル。1杯100円)をかけ、食べた。
ひき肉の炒めごはんは、「ガパオライス」というのだろうけど、そんな名前はメニューには書いてない。
にんにくがほどよくきいて香ばしく、甘すぎず、ナンプラーも強すぎず、とってもおいしかった。
エスニック料理というと、だいたい本場のものよりも甘くして、日本人が好きそうな味にしてしまうことが多いような気がするのだけど、亨子ちゃんの作る料理はひとことでいうと、食べる人に対して媚びない味。
たぶんそれは「カルマ」の味なんだと思う。
おいしかったなー。
タイ風さつま揚げも、レモングラス風味のいり豆腐も、パパイヤの甘酸っぱい漬け物も。
食べ過ぎだと思うのだけど、そのあとで私はどうしても我慢できず、チベタンモモも食べた。
お客さんがひけたので、亨子ちゃんが厨房から出てきて、客席で栗をむきはじめた。
そのうちにまたぽつぽつとお客さんが入ってきて、亨子ちゃんが厨房に戻ると、いつの間にやらアルバイトの直子ちゃんが栗をむきはじめ、戻ってきた亨子ちゃんはこんどはもやしのひげ根を取っている。
「あー、ひさしぶり」とか言って、また誰かお客さんが来ると、なんとなくナオちゃんが栗をむいている。芝さんも隣でむいている。
  そのうち、駅までどなたかを送りにいっていた「トラネコボンボン」のナッチが戻ってきて、ナオちゃんと並んで栗をむいている。
みんな亨子ちゃんを手伝いながらなんとなくそこにいるのが、「カルマ」みたいで懐かしかった。
「カルマ」もいつも玄関の扉を開けっ放しにしてあったけど、「ワルン」も開けっ放し。
誰も「手伝うよ」「わー、ありがとう」なんて言わない。当たり前のようにしている。
というか、近所のおばちゃんたちが縁側で豆のさやをむいているような感じ。
なんだかそれが、羨ましかった。
神戸の家の近くに「ワルンカフェ」があったら、私はいりびたってしまいそうだな。
ひと仕事を終え、人恋しいときには坂を下り、「ワルン」に行けばいつも誰かしら顔見知りがいる。
夜ごはんを食べながら軽く一杯ひっかけて、また坂を上って帰ってくる。
お風呂に入って寝て、また仕事する。
そろそろ浜松に着くようなので、日記はここまで。
2時くらいに駅に着いたら、リカ(みっちゃんの長女)が迎えにきてくれている。
5月に生まれた赤ん坊も連れてくるみたい。
お母さん、元気かな。

●2017年10月4日(水)快晴

10時まで寝た。
疲れを取ろうと思って。
とってもいいお天気。
さやさやと、すがすがしい風が吹いている。
白いものばかり漂白&洗濯をした。
朝からあちこちにメールのお返事をしたり、日記を書いたり。
「天然生活」の校正もやる。
今週の日曜日は、母の米寿のお祝いがある。
兄姉とその子どもたち、孫たちだけの会を、姉の家で開くことになっている。
料理も姉と私とで作る。
母の夢は、ひ孫を全員(12人くらいいる)集めて、絵本の読み聞かせすることらしいので、『くんじくんのぞう』のお披露目をしてもらおうという計画だ。
姉は、子どものころからの母の写真を集めた映像を用意しているらしい。
「プロジェクターも借りられたよ」と、きのう電話で言っていた。
というわけで、少し早いのだけど、母の体調も気になるので明日から1週間ほど実家へ帰ろうと思う。
夜ごはんは、小型ハンバーグ、なすとピーマンのじゃこ炒め、焼きそばの残り、かき玉汁。
残りのごはんで、新幹線のなかで食べるおにぎりを作った。

●2017年10月3日(火)曇ったりはれたり

ゆうべの8時くらいに、高知から帰ってきた。
楽しい楽しい3日間だった。
子どもたちに(お母さん、お父さん、おばあちゃんもいらした)教えながらお弁当を作ったのも、そのあと植物園の野山を歩いて、風に吹かれながらお弁当を食べたのも。山の上で子どもたちを集め、絵本を読み聞かせしたのも、たまらなく楽しかった。
丹治くんとのトークも、楽しかったなあ。
出会ったころのことを遡って話しているうちに、私たちの間にある目に見えないふわふわしたものも、昔に戻っていく感じがあった。
目の前の丹治くんは、昔と変わらずやっぱり襟のつまったボタンダウンのシャツを着ていたし、私も丹治くんも、なんだか本当に昔のままの気持ちでおしゃべりしていたような気がする。
「にこみちゃん」も! 思っていた通りの、スーパーすんばらしい呑み屋だった。
おいしく、楽しく、風通しよく。
お客さんは引けも切らず、みんなつやつやといい顔をして呑んでいた。
マー坊(大将)は、「まめ蔵」や「クウクウ」のころとまったく変わらずに、そこにいた。
動き方のクセみたいなのや、話すときのふとした表情、懐かしくやさしい声。
つまみは何を頼んでも、どれも芯からおいしかった。
私の心の友だち、「ワルンカフェ」の亨子ちゃん、ナオちゃん(『高山ふとんシネマ』に出てくる『エイプリルの七面鳥』を教えてくれたNちゃんは、彼女です)にもたくさん手伝ってもらったし、よく呑んだ。
今は、建築の仕事をバリバリやって、すっかり頑丈そうになった芝ちゃん(『日々ごはん8』に登場しています)にも会えた。
前回高知に行ったのは2005年だから、もう12年も前なのだな。
高知は、なんだか、昔が戻ってきたような旅だった。
しっかり張りついていた私のかさぶたが、バス停で待っていた亨子ちゃんとナオちゃんに会ったとたん、ぽろりと音をたてて剥がれたみたいだった。
私はどういうわけか、それから先、ずっと関西弁だった。
中野さんはいつも標準語で話すから、神戸でもそんなことはないのに。
「MORIS」の今日子ちゃんやヒロミさん、タクシーの運転手さんや呑み屋のおばちゃんたちと話すとき、少しだけそうなるけど。
私はすぐに人のがうつるから、高知弁と関西弁がミックスされたような感じだったのかも。
高知でお世話になったたくさんの方々、ありがとうございました。
今朝は、たまっていた洗濯をした。
屋上は風が強かったけど、かまわずに干していた。
疲れが抜けないので、昼寝をして、夕方4時くらいにそろそろ取り込みに行かなくては……と思っていたら、ピンポンが鳴った。
「たかやまさーん、洗濯もんが踊ってはりますー」。
管理人さんが呼びにいらした。
管理人さんの声は、息を吸ったときみたいな声。
とてもやさしい声。
一緒にエレベーターに乗って、屋上へ。
今日は、ひとつも仕事ができなかった。
夜ごはんは、しらす(高知の「ひろめ市場」で買った)とごまのチャーハン、お昼の焼きそばの残り、チンジャオロースー風(細く切った豚肉に塩、きび砂糖ひとつまみ、酒をまぶしておいて、ごま油で炒め、いちど取り出して細切りのピーマンを炒めた。軽くしんなりしたら豚肉を戻し入れ、ざっと合わせてしょうゆを少し。片栗粉をまぶしたり、にんにくも加えなかったけど、ひとりのごはんは適当に作ったこういうのがいちばんおいしい)、キャベツ、きゅうり、レタスの塩もみ(亨子ちゃんがお土産にくれたブッシュ柑をしぼり、ポン酢醤油)。
いつものように「ムーミン」を見ながら食べた。
夕方、中野さんから絵が送られてきた。
はじめて見る、新しい世界。
赤いのに、静かな感じのする絵。
なんだか、外国の絵本に出てきそうな感じもする絵。
いいなあ。
お風呂から出たら、もう目がくっつきそう。
今夜は早めに寝よう。

●2017年9月26日(水)晴れのち曇り

7時前に起きたのだけど、一難去ってまた一難、みたいな日だった。
朝から、母のことでお姉ちゃんから電話があったりして。
母は血圧が高いので、いろいろと不調があるらしい。
近々、病院で検査していただくことになった。
母は私に電話をかけてくるとき、ハアハアしながらしゃべる。
伝えたいことがたくさんあって、でも、87歳のおばあちゃんだから耳が遠いし、言葉もうまく出てこなくてもどかしいみたい。
楽しいことだと、興奮してますますひどくなる。
血圧が上がるから、「深呼吸しながら、ゆっくりしゃべりな」と私が伝える。
なんだか、私が子どものころと逆転しているな。
保育園のとき、その日にあった楽しいできごとを私がすごい勢いでどもりながらおしゃべりすると、母はよく言ったものだ。
「なーみちゃん、もっと、ゆっくりしゃべりな」。
母は電話ではうまく伝えられないけれど、文を書くのが得意なので、ファックスの手紙が頻繁に届く。
私もよく返事を書いている。
そう。
きのう屋上で洗濯ものを干していたとき、耳を澄ませていたらツクツクボウシの声が聞こえてきた。
森の方で一匹鳴いていて、鳴きやむと同時に、違う場所でもう一匹が鳴いた。
金木犀の匂いもしていた。
夏の終わりと秋のはじまりが、混じり合うとき。
お彼岸は、そんな時季にやってくるのだな。
お彼岸というのは、「あの世とこの世の境目が、いちばん曖昧になるとき」なのだそう。
これは前に、中野さんから教わった。
朝、小出さんからお電話をいただき、これからの「たべもの作文」のことをいろいろ相談できた。
文をひとつ書きはじめ、冷蔵庫の中が空っぽだったので「コープさん」へ買い物にいき、帰ってから続きをやった。
これは、不動産関係のクライアントさんから依頼されたコラム。
どうやら書けたみたい。
夜ごはんは、ブリの照り焼き、焼きピーマンのじゃこ和え、目玉焼き、なすのオイル焼き、ご飯。
明日、中野さんが急にいらっしゃることになった。
元町の本屋さんに用事があるとのこと。

●2017年9月25日(月)快晴

愛知県の「高浜市やきものの里かわら美術館」というところで、9月30日から「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」が開かれる。
私と中野さんは、10月21日にイベントをすることになっているのだけど、そのほかの日も、『たべたあい』の原画が、美術館の一室で毎日展示されることになりました。
それで今日、『たべたあい』の原画を、市原さんという担当の方と、学芸員の今泉さんという方が、私の家まで引き取りにきてくださった。
市原さんは、陽子さんという。
本当に芯から明るい人で、まるで太陽が部屋に飛び込んできたようなひとときだった。
3人でお茶を飲んで、屋上にお連れして、私は洗濯ものを取り込んだり。
戻ってきて、『くんじくんのぞう』のお披露目をし、中野さんがこしらえたジオラマをこっそりお見せしたら、しばらくの間があり……「高山さん、これをお借りすることってできないですよね?!」と陽子さんがおっしゃった。
目の奥も、髪の毛も、肌も、キラキラしていた。
急いで中野さんと榎さんに連絡をとり、急きょ、車(自家用車)に乗せられるだけの立体を持って帰られることになった。
『たべたあい』の原画と同じ部屋に、ショーケースのようなものを工夫をして、飾ってくださるらしい。
ふたりでこしょこしょと相談なさっていた。
『くんじくんのぞう』のジオラマは、後ろの窓ぎりぎりまで大きいのをふたつ。
もうひとつ、覗き箱のような細長いのは、陽子さんが大切そうに膝に抱えて出発したのだけど、運転手の今泉さんのお腹のあたりまで先が伸びていた。
ああ、なんだかとても楽しかったな。
陽子さんといると、胸がスカッとする。
21日は、お昼ごろから中野さんが表でライブペイントをし、終わったころに陽子さんの司会で私がお話会をします。
参加費は無料のようです。
お話会はもう席がいっぱいのようですが、中野さんのライブペイントをぜひ見にいらしてください。
夜ごはんは、記録するのを忘れました。

●2017年9月24日(日)晴れのち曇り

寝坊して9時半に起きた。
きのうは楽しかったな。
このところずっとこもっていたから、ひさしぶりに街へ下りた。
いろいろな人たちが日々を生き、働いているところを見学に行ったような日だった。
まず、マメちゃんが風景画の展示をしている、大阪の本屋さん「ブラックバードブックス」へ行った。
そのあと、マメちゃんが「nowaki」に用事があるというので、電車を乗り継ぎトコトコと向かい、鴨川で大急ぎで1本ずつ(マメちゃんはビール、私はシードル)を呑み、「ローソン」の春巻きとエビフライを半分ずつして食べた。
筒井くんとマメちゃんが話している間、私は絵本を読んだり、みにちゃんとおしゃべりしたり。
終わってから、近所のスーパーに筒井くんとマメちゃんとビールを買いにゆき、コロッケをつまみに1本ずつ呑んだ。
そして、7時からノブさんのうどんの試食会が「itohen」であるというので、みにちゃんとマメちゃんと3人で電車を乗り継ぎまた大阪へ。
食べ終わって、本にサインをして、近所にできた新しいお花屋さんのオープニングパーティーをちらっと見にゆき、ノブさんが梅田まで車で送ってくださり、阪急電車で帰ってきた。
ノブさんのおうどん、おいしかったなあ。
おだしが指の先まで染み渡るようだった。
「ブラックバードブックス」も、とてもいい本屋さんだった。
リトルプレスの詩の本がたくさんあった。
私はすみからすみまで並んでいる本を眺めてまわり、『それでも それでも それでも』を買った。
これは、斎藤陽道さんの言葉と写真の本。
陽道さんは難聴の写真家。
前に、「キチム」のイベントのとき、郁子ちゃんが紹介してくれて、いちどだけお会いした。
そのイベントではたしか、郁子ちゃんが歌っていて、その様子を立って見ていた陽道さんの目が私はとても気になった。
目というか、目つきだろうか。
私は離れたところから、吸い寄せられるように、陽道さんの真っすぐな目つきを何度も見た。
奥の奥まで見ている目つきだった。
陽道さんは、音を目で聞いているのかもしれないと感じた。
目つき、立ち方、そこにいるい方、体のまわり。
澄んでいて、きれいで、子どもみたいだった。
ライブが終わって、陽道さんに「郁子さんのイメージはどんな色ですか?」と筆談で聞かれたのだけど、私はドキマギしてしまい、ちゃんと答えられなかった。
それがずっと心残りだった。
そのあと何度か展覧会のDMをいただいても、見に行く機会がなかった。
だから、「ブラックバードブックス」で陽道さんの写真にはじめて出会った。
『感動』という写真集もあって、それにもとても惹かれて、どちらにしようか迷ったのだけど、ページをめくってすぐに言葉が目に飛び込んできたので、これにしようと決めた。
それは、「透明なあなた」という題の詩のような言葉。

「どうしてもあなたのことがわからない。
すぐそばにいながら、あなたがとても遠い。

あなたはぼくではない。
それでも、まず自分自身を
よりどころにしなければ
あなたとの関係は始まらない。

だから、ぼくをあなたへ差し出す。

ぼくはあなたではない。
それでも、あなたもまた
あなた自身をぼくに差し出している。

差し出されるそれらが
交わるところで関係が始まる。

ぼくはすでに透明なあなたであった」

私は自分のことを、欠けている人間だと思っている。
できないことが人よりたくさんあるし、わからないこともたくさんある。
だから、そうでない器官をしつっこく真剣に使うことなしには、この世を生きられないと自覚している。
そうしないと、生きているという感じがしない。
東京でスイセイと暮らしていた最後の何年間は、いろいろな理由でそれができなくなっていた。
だから、神戸にやってきた。
この世には、完璧な形などありえないのかもしれないと思う。
なのに、そういう姿を追い求めているものや、洗練されすぎたものがたくさんある。
私は信じられない。
収まりのいいものは窮屈で、ウソを感じる。
陽道さんの写真に、こんなに惹かれるのは、だからかもしれないなと思う。
この世の本当を知ろうとして、陽道さんは果敢に、ただただ見ていらっしゃる。
目の奥の奥まで開き、体を透明な筒にして。
わからないものを、わからないものとして、ものすごくわかろうとしていらっしゃる。
そこに映っているものが、私にも、この世の本当に見える。
誰かの目に映ったものなのに、私がその場にいて、この目で見ているみたい。
不思議だなあと感じ、とても嬉しくなる。
今朝は、朝ごはんを食べてすぐに、おとついの文の続きを書きはじめ、ずっとパソコンに向かっていた。
5時くらいにお送りした。
夕暮れの空がきれいだったので、撮影の残りのワインをグラスについで2階へ上った。
暗くなって、夜景が輝き出し、カセットテープの音楽が終わるまで眺めていた。
お昼にしっかり食べた(ソーセージ、なす、ピーマン入りのオムライス)ので、あまりお腹がすかない。
夜ごはんは、シャブシャブ用の豚肉としろ菜を炒め、大根おろしとポン酢醤油をかけて食べた。
7時ごろ、ひさしぶりに中野さんから電話をいただいた。
なんだか、少しだけ遠いような、懐かしいような声だった。

●2017年9月22日(金)曇り

ゆうべもぐっすり眠れた。
本を読んで9時半に電気を消し、その次に目が覚めたのは朝の6時前だった。
カーテンの隙間が明るんできて、鳩のくぐもった声が聞こえた。
「ホーウ ホーウ ホーウ」。
鳩は飛びながら鳴いているようだった。
しばらくして汽笛が低く鳴った。
「ボーーウ ボーーウ」。
ゆっくり2回鳴って、「ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボー」と短く6回鳴った。
ほどなくして、うちの柱時計が6回鳴った。
え?、毎朝こうだったっけ。
汽笛は時間を教えてくれていたのか?
枕を北側にしてから、本当に深く眠れるようになった。
無防備になっている感じがある。
ようやくこの場に慣れたのかもしれない。
そういえば吉祥寺の家でも、北枕だったなあと思い出しながらまた目をつぶり、7時に起きた。
朝、ゴミを出しにいったついでに森の入り口まで上った。
山からしっとりとした緑の匂いが下りてくる。
野ブドウの実は、この間マキちゃんと上ったときよりも、少しだけまた色づいていた。
紫と、瑠璃色と、緑色の小さな玉。
そうだ。
書くのを忘れていたのだけど、きさらちゃんと森に入ったとき、入り口からそう遠くないところで中野さんが石垣に飛び乗った。
私も慌てて飛び乗った。
そのとき、黒い影がシュッと森の奥に消えた。
きっと、イノシシだったのだろうと思う。
「すみません。お邪魔します」と頭を下げ、私たちは奥へ行き、泉に下りた。
ひさしぶりの泉は、赤い岩の形が少し変わっているような気がした。
今日は「おいしい本」の校正をお送りしたら、この間の撮影でやった料理をもういちど試作しよう。
「たべもの作文」は「へ」を書いてお送りした。
夕方、ある人に電話をして切ったあと、猛然と文を書きはじめる。
気づけば9時。
夜ごはんはなし。食べそこねてしまったので。
お昼にノブさんのうどんをゆで、しっかり食べたから、よしとする。

●2017年9月21日(木)快晴

とってもいい天気。
空も海も青く、山は緑。
きのうのうちにマキちゃんとあちこち掃除をしたので、今日はやらない。
まず、部屋干ししていた洗濯ものを屋上に干し、11時くらいに次の洗濯ものを干しにいった。
2時ごろ、洗濯ものをとり込んでいるとき、森の方でツクツクボウシが鳴いていた。
がんばってるなあ。もう、夏も終わりなのに。
「ツクツクボウシは夏の終わりに鳴きます」と、前に中野さんに教わった。
あれ?、これってもう書いたっけ。
「たべもの作文」の「ふ」が書け、夕方お送りした。
夕方、高知の「ワルン」の亨子ちゃんから電話があった。
「みいちゃんですか?」
わー、なんと懐かしい。
亨子ちゃんは「カルマ」の後輩だから、そのころのあだ名で呼んでくれる人は、今ではスイセイとりうとちよじくらい。
来週末に「牧野植物園」のイベントで高知に行くのだけど、「にこみちゃん」に呑みにいけそうな日を考えてくださっていた。
私は今日ちょうど、「にこみちゃん」のタオルを屋上に干しながら、いつ呑みに行けるだろうか……と考えていた。
だから、ベスト・ヒット・タイミング。
ゆうべは『お父さん、だいじょうぶ?日記』がおもしろくて、どうしてもやめられず、一気に読んでしまった。
ぷっ!、ぷっ!と何度もふき出しながら、ところどころで涙がわいてくる。
おもしろく書いてある(わざとではない)のに、じんとする。
本のなかにはとても健全な家族がいた。
少しだけ羨ましく、ちょっと、切ない。
小学生に入学した長男の巣立ちと、カメラマンのお父さんの巣立ち。
この世の何もかも、分からないくらいに少しずつ、少しずつ動いていて、同じままではいられないこと。
それが生きるっていうこと。死ぬっていうこと。
夜ごはんは、なすとピーマンのみそ炒め(ゆうべの残り)、小松菜と海苔炒め(にんにく風味のついたオリーブオイルの残りで)、いかの炒め物(マヨネーズ添え)、セロリの葉のおかか醤油炒め、納豆(ねぎと卵入りのふわふわ)、みそ汁(きのうのお昼の残り)。

●2017年9月20日(水)曇り

きのうは「天然生活」の撮影だった。
マキちゃんにスタイリングをお願いしたので、東京からまた来てくださった。
いつもここで作っている感じのままやっていたら、小さな料理ばかりの撮影だったのに、終わったのは5時半を過ぎていた。
吉祥寺にいたころは、普段の料理も撮影のもさっさかさっさか作ることができたけど、私はのろまになったみたい。
動きがスローで、音を立てずに静かに動く。
撮影のときには、おしゃべりしながらだと料理ができなくなる。
前からそうだったけど、もっとひどくなっている。
変わったんだな。
撮影が終わって、ワインがたくさん余っていたのでマキちゃんと呑んだ。
ひとしきりおしゃべりしたあと、「テニスコーツ」のCDをかけ、ふたりで「ふろ」を何回も歌った。
前に「インド富士」でライブがあったとき、さやさんと小城君がパートに分けて歌っていた。
「ふろ」「に」「は」「いらずー」という具合に。
その真似をしたくて、マキちゃんが小城君になったり、私がさやさんになったり、その逆になったり。
楽しくて、ぐんぐんワインを呑み、気づいたら私はとても酔っぱらっていた。
ふらつきながらお風呂に入り、パタンと寝てしまった。
なんだかその酔っぱらい方は、ひさしぶりの感じ。吉祥寺時代が戻ってきたみたいだった。
今朝は、まだ少しお酒が残っていて、9時に起きた。
ゆうべは12時くらいまで呑んでいたような気がしたので、マキちゃんに聞いてみたのだけど、「いいえ、9時過ぎにはもう寝てらっしゃいましたよ」とのこと。
遅い朝ごはんを12時に食べ、マキちゃんはひとりで坂を下り「MORIS」と「月森」さんへ(あとで聞いたら、「かもめ食堂」にも行ったのだそう)。
私は「たべもの作文」。
帰りに「いかりスーパー」でコロッケを買ってきてもらう。
夜ごはんは、コロッケ(せんキャベツ添え)、なすとピーマンのみそ炒め、セロリの葉のおかか醤油炒め、かぶの葉と小松菜のおひたし(ポン酢醤油、すりごま)、餃子の具(冷凍しておいた)に粉をまぶして焼いたの(辛子醤油)、焼き海苔、ごはん。
食べ終わり、洗い物をしてくれて、今さっきマキちゃんは帰っていった。
新幹線の名古屋駅で下り、今夜は実家に泊まるのだそう。
さーて、お風呂に入って、「リトルモア」の大嶺さんが送ってくださった本を読みながら寝よう。
『お父さん、だいじょうぶ?日記』だ。

●2017年9月17日(日)快晴のち台風

おとついから中野さんが泊まりにきていらっしゃる。
土曜日に、元町で打ち合わせがあったのだそう。
大阪の画材やさんへも行ったのだそう。
きのう、今日と、また続きの大きな絵を描いている。
私は2階で「たべもの作文」に励む。
さっき、タンタンパシッパシッと大きな音がしていた。
中野さんがいい調子だと、私も集中して書ける。
きのうは「の」、今日は「ね」「は」「ひ」の文を書き上げお送りした。
大風の吹くなか、ずっと書いていた。
お昼ごはんに、千さんの本に載っていた焼き豆腐と油揚げの「めおと炊き」を作って食べた。
厚さを半分にした焼き豆腐と、三角に切った油揚げを鍋に平たく並べ入れ、甘辛いだし汁を吸うまで煮た。
それがとってもおいしかった。
納豆(卵黄入りのふわふわ)も食べた。
中野さんはきのう1枚、今日も1枚大きいのを仕上げた。
台風がこちらに向かっているらしい。
ラジオをつけっぱなしにして、台風情報がかかると耳を傾ける。
窓ガラスに鍵をかけ、ガタガタしないようストッパーをした。
窓の下のところにこんな金具がついていたなんて、ちっとも知らなかった。
兵庫を直撃するのは、夜の9時くらいなのだそう。
停電前するかもしれないので、早めに風呂に入ってしまう。
夜ごはんは、焼き豆腐のステーキ(千さんの本の真似をした)、つる紫と小松菜炒め、鶏ぞうすい(中野さん作)。
鶏ぞうすいがたまらなくおいしかった。
だし汁だけではないコクがある。
何を入れたのかと思ったら、コンソメの粉末が少しと、粉チーズも3振りほど加えたのだそう。______

●2017年9月13日(水)晴れ

涼やかな風。 ゆうべはぐっすり眠れた。
ベッドの配置を変えてから、眠りの質が変わった気がする。
ここに越してきてからというもの、私は夜中に何度も目を覚まし、半睡眠のままうろうろしながら寝ていた。
それが普通だと思っていて、慣れていた。
中野さんがおっしゃるには、「これまでの枕の位置は西だったから、山側からの風と、海側からくる風をなおみさんの体が遮断していたんだと思います。今は、山からなおみさんの体を通り抜け、海からもまた同じように抜け、山に抜けているような気がします」
今朝、目覚めたとき、私は指を3本壁に当てて寝ていた。
寝ながら壁を通じて、この建物と交信していたような。
『E・T』は指1本だったけど。
なんか、そんな感じがしておかしかった。
朝から大洗濯大会。
屋上に干しにいこうと思ったら、今日は管理人さんがお留守で鍵が閉まっていた。
でも、2階の窓際にある物干台のポールを、もっと高く伸ばせることに気がついた。
窓際の柵も利用して、タオルやら布巾やらかけてみた。
これで、ずいぶん風通しよく、陽も当てられる。
越してきて一年半が過ぎ、ようやく気づいた。
たまたまホームページを開いたら、今朝のスイセイの”野の編日誌”にもこんなことが書いてあった。

[野の編日誌]
力が強い方の扇風機は、自分と窓の中間に置いて、部屋全体の空気が流れるようにする。
弱い方の扇風機は、パソコンモニタの斜め上に置いて、間近から自分に風を当てる。
と、ずいぶん快適になった。

こういう些細な工夫に、半年かかった。
冷静ニ対象ヲ観察スルコト。

( http://www.fukuu.com/kousaku/ )

さて、今日から「おいしい本」をはじめよう。
石田千さんの『箸もてば』について書こうと思います。
あとで美容院に行きがてら下りて、撮影用の食材がどこに売ってるかどうかリサーチしてまわる予定。
図書館へも行こうかな。
夜ごはんは、「丸徳寿司」の細巻きセット(いかしそ巻き、鉄火巻き、お新香巻き、穴きゅう巻き)、ピーマンの焼きびたし、小松菜おひたし(すりごま、ごま油、薄口しょうゆ)。
図書館で絵本を4冊借りてきた。
今夜は絵本を読んで寝よう。

ここでお知らせです。
ポルトガルに出かけたのは、このためでした。
どうか、楽しみにしていてください。
( http://artarea-b1.jp/pdf/STATIONTOSTATION_0809ver_s.pdf )

●2017年9月12日(火)雨が降ったりやんだり

午前中、中野さんを下の神社までお見送りがてら散歩した。
ゆうべの大雨で葉っぱがたくさん落ちていた。
枝が折れている木もあった。
ツクツクボウシの声も、もう聞こえない。
お参りをして、ゆっくり坂を上って帰ってきた。
きさらちゃんが東京に帰って、中野さんも家に帰って、今年の夏はもうおしまい。
夏休みももうおしまい。
帰り着き、シャワーを浴びて猛然と仕事した。
滞っていたメールのお返事や、来週の撮影の支度、草野心平さんの解説文の校正など。
まだ文が書けるようなところまでは、頭も心も落ち着いていないので、今抱えている仕事まわりのもろもろを一気にやった。
そんな私の動向が伝わったのか、メールも電話もいつもよりたくさんあった。
平凡社の小出さんと、「たべもの作文」の表記統一や、これから先のやりとりなどもご相談したり。
ゆうべのきさらちゃんをお迎えする会は、楽しかったな。
メニューや出し物を中野さんが紙に書いて、壁に張り出したりして。
なんだか町内の子ども会のお楽しみ会みたいだった。
台所のカウンターで、まだ夕闇がはじまる前から呑みはじめた。
「たかやまの梅酒」も「キリン秋味」もハイボールもメニューにあったけど、「ミラクルカクテル なかの」がいちばんの人気だった。
中野さんはシェイカー代わりの水筒(ステンレス製)を振って、本格的にこしらえた。
でもきさらちゃんが頼んだものと、私が頼んだものは違った。
きさらちゃんのは、何かのスピリッツにグレープフルーツジュースと炭酸。
私のは、ポルトガル帰りの飛行機の機内食についていた、カップに入ったりんごジュースと炭酸で、ネクターのようにとろりとしていた。
共通するのはポルトガルの粗塩入り。
ほの甘く、ほのしょっぱい、本当にミラクルなカクテルだった。
出し物は、『くんじくんのぞう』の朗読会。
中野さんが読みはじめるとすぐ、きさらちゃんが吹き出し、大笑い。
とちゅうで中野さんも笑ってしまい、読めなくなった。
いちどしーんとして、最後は大爆笑。
私もつられて笑っていたけれど、おかしいなあ、すごく真面目にお話を書いたのだけどな。
そういう絵本なのかな。
みなさんに笑ってもらえたら、うれしいな。
そう。
もどしすぎたワカメは、ひじき(お土産でいただいた、大分県の姫島ひじき。細くて、とろみがある)と合わせてもずく酢のようにした。
みょうがも刻んで混ぜた。
保存容器にまだたくさんあるので、今夜も食べよう。
きさらちゃんに、ポルトガルのローリエをちぎって嗅いでもらったら、「華やかな匂い」と言った。
そう、その言葉にぴったりの匂い。
ポルトガルのローリエは、華やかな緑の匂い。
そして、思い出したのだけど、私たちが泊まっていたリスボンのシェアハウスの窓を開けたときに匂っていたのは、この匂いだった。
目の前の公園には、とても大きなプラタナスの木があったけど、ローリエの木もどこかにあったのかもしれない。
どうやら私は、ポルトガルからも着地したような感じがする。
夜ごはんは、中華そば(ゆで卵、ゆでチンゲン菜、ねぎ)、ワカメと姫島ひじきのもずく酢もどき。

●2017年9月9日(土)秋晴れ

ゆうべはとてもよく眠れた。
奥の奥まで。
カーテンを引き、月明かりを浴びて寝た。
お腹もよくなってきている気がする。
今日は、「気ぬけごはん」を2階の机で書きながら、ベッドに寝そべりながら一日を過ごそう。
洗濯もしない。
なんて思っていたのだけど、朝風呂に浸かっている間にだんだん元気が出てきた。
お腹を壊したせいで、私の体は無防備になり、ようやく芯までほぐれたのかも。
荒療法だ。
ポレポレ坐のきさらちゃんからメールが届いた。
仕事がかたづいてぽかんと予定が空いたから、明日、あさってと、遊びに来たいとのこと。
メールをしたら、なかのさんもいらっしゃれるとのこと。
うれしいな。
今朝は、下のマンションに移動販売の八百屋さんが来る日なので、買いに下りた。
つるむらさき、みょうが、きゅうり、ピーマン(小さめ)、小さめじゃがいも、飲むヨーグルト。
夏の名残の野菜をかついで、日陰を探しながら、ゆらゆらと坂を上って帰ってきた。
道路に裏返ってペチャンコになったコガネムシ、ふらふらと漂うように舞うアオスジアゲハ、ツクツクボウシが力なく鳴いていた。
夏を謳歌していた虫たちもそろそろ役目を終え、宙へ戻ろうとしている。
ご苦労さまでした。
お粥(みにちゃんの梅干し入り)を作って食べ、机にかじりつく。
4時には「気ぬけごはん」が書けた。
夜ごはんは、たぬき蕎麦(ワカメ、ゆでチンゲン菜、揚げ玉)。
消化がいいようにと思ってワカメをお湯でもどしすぎ、一部とろとろになってしまった。
明日これで、何かおいしいものを作ろう。

●2017年9月8日(金)快晴

今日は、ポルトガルから帰ってきて何日目なんだろう。
水曜日には、中野さんをお見送りがてら川沿いを歩いて下った。
夏になる前だったか、もっと前だったかな。台所の棚を作るのに拾ったタイルを、川に還したいとずっと思っていたので、ひとつだけ欠片を持っていった。
自動販売機でメロンソーダを買い、流れに足を浸けていたら、「なおみさん、見たことのないきれいな色のトンボが飛んでいますよ。お腹のところが、今還したタイルと同じ色」。
本当に。
それは水の底に沈んでいる欠片とそっくり同じ、水色にグレーを混ぜたような色のトンボだった。
「六珈」さんでおいしい珈琲を飲み、ポルトガル土産の小さなお菓子とちらしを届けた。
中野さんを駅までお見送りし、そのあとで「MORIS」に寄った。
ヒロミさんがひとりで留守番をしてらした。
今日子ちゃんは今朝、サンタフェへ旅立ったのだそう。
ルイボスティーと、チョコレートとあんこのケーキをいただいて、少しだけおしゃべり。
買い物を少しして、タクシーで帰ってきたら、私はとてもくたびれていた。
お風呂に入って、「オアシス」で買ったクリームコロッケと大根のみそ汁、麦ご飯を食べ、すぐに寝た。
きのうは、ごはんも食べずにずっと寝ていた。
中野さんがいらっしゃるときに、寝室の模様替えをした。
ベッドも机も鏡台も本棚も、まるでずっとこうしてほしかったみたいに落ち着いて、私もぐっすり眠れた。
ぼこっ、ぼこっと口から大きな泡が出て、水の底に沈んでいた体が上ってくるような感じ。
飛行機に乗ってひと晩で帰ってきたけれど、ポルトガルは遠いところだもの、そうやって少しずつ戻っていかないと。
そうそう、いつかの夜中に眠れなくて目を開けていたら、「ふがふが、ぶひぶひ、きゅるきゅる」と聞き慣れない声がした。
思い出した、満月の夜だ。
見ると、ウリボウが2匹歩いていた。
先を歩いていた1匹が戻ってきて、水たまりで足ぶみしたりして。
そのあと、ずいぶんしてから母親のイノシシが歩いてきた。
堂々とした貫禄の、毛が銀色の、豚のように柔らかそうな体がたゆたゆと揺れていた。
今朝もまだ、ゆらゆらとして、頭の芯があるべきところに定まっていないような感じ。
これが有名な時差ボケだろうか。
それでもあちこち掃除をし、洗濯ものも屋上に干し、「気ぬけごはん」をひとつ書いたところでがくっときて、しばらくベッドに寝そべっていた。
とってもいいお天気。
空も海も真っ青、風が強い。
ポルトガルでの旅は、まだここには詳しく書けないけれど、ある人のある計画に誘われて行ってきました。
夜ごはんは、タラのおぼろ弁当(いり卵、チンゲン菜のおかか醤油)、茄子の炒め煮、大根のみそ汁。
昼間からお腹を壊していたのだけど、お風呂から出てしばらくしたら本格的な下痢となる。
吐き気もして、体が震える。
息が荒くなり、涙も出る。
長くつ下にスパッツ、腹巻きをしてベッドに倒れ込んだ。
2時間ほど気を失ったように眠った。
寝ているとき、電車の通路みたいなところに長々と体を横たえ、駅をひとつづつ戻ってゆく感じがあった。
あるいは線路になった私の体を、電車が走って通りすぎてゆくような。
ポルトガルではたくさん電車に乗っていたからな。
遠くから、阪急電車が通る音も聞こえるし。
がらんどうの体。
こうやって、少しずつここにいる私に戻ってゆくのだろう。
頭も、体も。

●2017年9月5日(火)晴れ

朝起きたら、中野さんが台所で何か炒め物をしていた。
にんにくのいい匂いがする。
私はお風呂。
風呂上がりに朝ごはん。
今朝は、「バイキング形式にしました」。
それぞれが食べたいおかずを取って食べる、という意味みたい。
オイルサーディンともやしとピーマンの炒めもの、鶏肉とキャベツのケチャップ炒め、納豆(卵とねぎ入りのふわふわ)、麦ご飯。
きのうにひき続き、洗濯ものを屋上にたっぷり干した。
私はけっこう元気。
中野さんの絵を眺めたり、本をめくったりしながらぼんやり過ごす。
2階の鏡がピカピカ。
大掃除のとき、ハーッと息を吹きかけ磨いたのだそう。
私はいつもアルコール除菌液を吹きつけて磨くのだけど、それほどピカピカにはならない。
そうか。そうやればいいのだな。
夜ごはんは、ポルトガルのお土産料理を私が作って、ポルトガル土産のビーニョ・ヴェルデ(若い葡萄で作った微発泡の白ワイン)を開けた。
チョリソー&焼きじゃがいも(メイクインを丸ごとゆでて厚切りにし、ちぎったローリエで香りをつけたオリーブオイルで焼いたのをお皿の周りに敷き詰めた。焦げるくらいに香ばしく焼いた厚切りのチョリソーを真ん中に)、キャベツの塩もみサラダ(ゆうべのピーマンマリネ液の残りをお皿に敷いた)。
リスボンの市場で買ったローリエは、ちぎると森みたいな芳香が立ち上る。

●2017年9月4日(月)晴れ

くたびれているはずだから、朝寝坊しようと思っていたのだけど、なんとなく寝ていられなくて8時半に起きた。
中野さんはもうとっくに起き、コーヒーを淹れている音がする。
香ばしい匂いがするなと思ったら、朝ごはんにライ麦パンを焼いているのだった。
フライパンでゆっくり空焼きして、冷たいバターをひとかけ。
このパンが、ポルトガルでよく食べていたのにそっくりな味だった。
六甲駅のスーパー「オアシス」で、安売りのを買ったのだそう。
まるで、おいしいパン屋さんのみたい。
私はゆっくり動く。
スーツケースの中身を出して、もとあったところに戻したり、洗濯機をまわしたり。
お土産を出して、包みをひとつひとつ開いたり。
長い時間かけてやっていた。
中野さんもゆっくり静かに動く。
これまではいつも窓辺にいて、ほとんど動かなかったのに、まるで自分の部屋みたいに動く。
なんか、おもしろい。
『くんじくんのぞう』の色校正が届き、確認をした。
お昼ごはんは、私のリクエストでお弁当を作ってもらった。
ご飯は炊き立て、真ん中にちぎった梅干し(打ち合わせでお会いした「nowaki」のみにちゃんがくださったのだそう)。
おかずはイシイのミートボール(ゆうべの残り)に、卵焼き、チンゲン菜と鶏肉(ゆかりがまぶしてあった)のにんにく炒め。
食べ終わり、それぞれお昼寝。
榎さんからの電話で起きる。
そのあとで、絵を見せていただいた。
一枚一枚壁に貼り出し、ぽつりぽつりと話を聞きながら。
ドキドキしながらも、心はどんどん鎮まっていく。
この絵はきっと、中野さんの大作の絵本になるだろうな。
もう、何年も前から、編集者さんが待ってくださっていた絵本の絵だ。
「僕は、描けないと思います」と、ずっとおっしゃっていた絵。
夏の間からうちに泊まって何枚も描いていたのに、またぜんぜん違う絵ができている。
私は、めくるめく繰り広げられる中野さんの世界を眺めながら、頭のまわりにイメージがふくらんでいる。
これまでとぎれとぎれに聞いていた言葉がつながって、物語はもうそこまで来ている。
それは至福の時間だった。
こういうのを味わうために、私はここへやってきたのだな。
中野さんがいる世界は、私からは千も、万も、億も、遠くかけ離れたところにあり、そのことが嬉しいような、頼もしいような、誇らしいような。
胸がきりきりと絞られるような感じでもある。
スイセイのことも、そんなふうに感じていたはずなのに、何十年も一緒にいるうちに、私はスイセイの創作意欲をくじくようなことばかりしてきた。
スイセイはずっと我慢してくれていた。
”野の編日誌”を読んでいると、今スイセイは、これまでずっと温めていたやりたかったことを、実現しつつあるのだと思う。
「4時の鐘が鳴る。もう1枚描く。大切なのは、描くことよりも、描けないことにある。そんな1枚。描くことで、伝えられるものなんてあるものか」
8月31日の中野さんの日記には、こんなことが書いてあった。
その日はたいへんな大風で、家のなかのものがあちこちに飛ばされたのだそう。
廊下の網戸もはずれ、大きな音をたてて玄関の壁にぶつかった。
音を聞きつけ、管理人さんがすぐに上ってらした。
壁に貼ってある紙類ははがれ、飾ってある乾燥植物、階段の小窓の人形も落っこちた。
私のベットの上には、細かな葉っぱや砂埃がいっぱいたまっていたのだそう。
中野さんは窓を閉めずに絵を描いていたらしい。
「そういう日は、窓を閉めるんです」と私が言うと、「閉めたくなかったんです」とおっしゃる。
ずっと吹きっさらしにしておいて、次の日に大掃除したのだそう。
夜ごはんは、カシューナッツとポテトスナック(ポルトガルのお土産)、焼きピーマンと焼きなすのマリネ(バルサミコ酢とオリーブオイル)、トマトサラダ(生の玉ねぎを散らし、バルサミコ酢ドレッシング、オレガノ、ポルトガルの粗塩をパラパラ)をつまみながらロゼ(中野さんのお土産)を呑む。
ひさしぶりの夜景は、海の真ん中あたりに新しい光が増えていた。
ちらちらとアーチ型に揺れる小さな光。

●2017年9月3日(日)分からない

羽田に着いたのは夕方の6時半。
新幹線で帰ってきた。
飛行機に乗っていた時間がとても長かったので、東京駅からの3時間半などあっというま。
寝ている間に着いてしまった。
ポルトガルは直通便がないから、行きはアムステルダムで、帰りはパリ経由。
待ち時間を入れたら18時間以上かかる。
飛行機のなかでは、行きも帰りもずっと眠れなかった。
夜の11時ごろ、タクシーで帰ってきたら、部屋の電気がうっすらとついていた。
私が旅に出ている間、中野さんがひとり絵本合宿をしていたので。
部屋に入ったとき、空気がしんとして、カーテンが白くて、私がいるときよりも清らかな感じがした。
出迎えてくださった中野さんは、水面がちらちらしているみたいな笑い方で、ずっといる。
もう寝ていたらしい。
夜ごはんは牛肉そぼろともやし炒め(にんにく、ねぎ入り)と麦ご飯、とてもおいしくできたのだそう。
「ごはんを食べそこねました」と私がいうと、イシイのミートボールを温めてくださった。
私は冷やご飯(お皿によけ、ちゃんとラップがかぶせてある)を茶碗によそり、青じその醤油漬け、割干し大根の黒酢醤油漬けを冷蔵庫から出した。
イシイのミートボールは、高校生のときにお弁当によく入れていた懐かしい味。
ポルトガルではご飯ものがほとんど食べられなかったので、冷やごはんもたまらなくおいしかった。
お風呂に入って、中野さんがつけていた日記を読みながら寝た。
中野さんは下で絵に囲まれて寝ている。
ここにいる間に16枚も描いたのだそう。
この間の続きの、畳よりも大きな絵だ。
明日、見せていただける。

●2017年8月26日(土)ぼんやりした晴れ

明け方、急に雨が降り出し、窓から風が吹き込んだ。
それがとても気持ちよかった。
もっと降って……、もっと吹いて……と思いながら目をつぶっていた。
体にしみ込む、しみ込む。
じっとしていると、雨は耳のまわり、首の後ろ、頭の下の方から聞こえてくるみたい。
そうだ。
きのうの朝だったか、お話が浮かんでくるときのことをぼんやり思いながら寝ていて、「ああ、ここから湧いてくるな」と分かる場所があった。
絵を見てすぐにとか、しばらくたってからとか、出てくるタイミングはいろいろだけど、いつも同じ場所からやってくる。
それは頭の下(脳みその下)の方。
ストーリーテイラーの語り口とともに、登場人物の話っぷりや声が聞こえてくる。
実際の声として聞こえるのではなく、文字となって聞こえる。
脳みそを使っている感じはない。
流れや組み立てを司るのは、靴屋の小人みたいな人たちが5人くらい集まって、なんやかんや言い合いながらコチョコチョとやっている感じ。
「こうしたらいいんじゃない?」「いやいや、こっちの方がもっといいよ」「えー、そうかなあ」「これはどう?」「分かんなくなってきたから、もう明日にしようよ」「うん、そうしよう」。
今日から秋の気配。
窓から、あれ?クーラーつけてたっけ、みたいな風が吹いてきて、そのたびにハッと驚く。
玄関を開けなくても、扇風機をつけなくても充分過ごせる。
そんななか、旅の支度。
コンニャクを煮たり、ひじきを煮たりしながら。
あとで、「たべもの作文」の「ね」を書こうかな。
けっきょく作文はできず、旅に持っていくパジャマ代わりのシャツに刺繍した。 
漂白剤が飛んで、白い丸ができていたところをグレーと青のチェーンステッチで埋めているうち、花らしきものになり、そこから茎を伸ばしていったら蔓植物のようなのになった。
夕暮れどき、窓が赤っぽいような気がしてみると、街全体が小豆色に染まっていた。
小豆のゆで汁のような色。
空の雲だけはふつうの茜色。
夜ごはんは、お弁当(お昼に炊いたご飯をお弁当箱に詰めておいた)。
おかずはウインナー、手綱コンニャク、ひじき煮(厚揚げ、コンニャク)、大根のみそ汁(落とし卵、ねぎ)。

●2017年8月24日(木)快晴

きのうも今日もとても暑い。 今年はずいぶん残暑が厳しい気がする。
というか、去年の夏はどんなだったっけ。
なんだかずいぶん前のことのような気もするし、夏の暑さは、夏を味わっているまっ最中にしか分からない。
お昼にソーセージとズッキーニと茄子のスパゲティー(ホワイトソースにしたら、ちょっともっそりとした味になってしまった)を作って食べ、
中野さんをお見送りがてら下へ下りた。
「暑いですね」と言い合いながらゆっくりと坂を下り、いつもの神社でお参りをした。
中野さんは日陰から日陰まで、走って下りていた。
私は日傘を差し、ゆらゆらと。
セミの声がずいぶん弱々しくなったけれど、太陽はまだまだ強烈だ。
乾き切った地面が、暑い匂いを陽炎のように上らせている。
うまく息ができない。
コンビニで冷たいジュースを買って、飲みながら歩いた。
八幡さまの日陰でしばし休憩。
六甲駅でお別れし、中野さんは三宮方面へ、私は銀行に換金しに行った。
けれど、ユーロの換金はできないとのこと。
ひと足遅れて私も三宮へ。
インターネットで調べておいた「みなと銀行」はすぐにみつかり、無事換金できた。
こぢんまりとした、昔気質のとてもいい雰囲気の換金所だった。
関西空港行きのリムジンバスと、券売機も確かめることができた。
そこは三宮に行くたびにいつも通る、とてもよく知っている場所だった。
来週から私は、1週間ほどポルトガルに出掛ける。
旅のメンバーやその目的は、ここにはまだ詳しくは書けないけれど、東京の仕事仲間たちは羽田から向かうので、私だけひとりで別の飛行機に乗る。
乗り継ぎのアムステルダム空港で待ち合わせだ。
ひとりで飛行機に乗るのは、生まれてはじめてのこと。
なんだか「はじめてのおつかい」のよう。
というわけで、来週は日記をお休みします。
夜ごはんは、厚揚げとピーマンの甘辛煮、鯵の干物、大根おろし、大根のみそ汁、納豆、ご飯、大根の漬け物。
なんだか大根ばかりになってしまった。
「ムーミン」を見ながら、夜ごはんを食べているうちにくったりとなる。
私は今日、暑気にあたったのかも。
太陽はもちろん、アスファルトから上ってくる熱気も尋常ではなく、ウズベキスタンの砂漠を思い出したくらい。
お風呂に入ったらすぐに寝よう。

●2017年8月23日(水)快晴

きのうから中野さんがいらしている。
暑さもぶり返し、夏が帰ってきたみたい。
『くんじくんのぞう』が大詰めなので、軽く相談しておいて、榎さんと電話で順番にやりとりをした。
とても順調に進んでいる。
あとは校正紙が送られてくるのを待つばかり。
今日は、ふたりともそれぞれの仕事にいそしむ。
中野さんは下で、これまで描いた新作絵本の大きな絵を並べ、頭を巡らせてらっしゃる。
「シミュレーションをしています」とのこと。
私は2階で「おいしい本」の推敲。
1時には仕上がり、お送りした。
お昼ごはんは中野さんがこしらえた。
韓国風オムソバ(豆腐入りの焼きそばを薄焼き卵でくるんである。上にのせたケチャップには、コチュジャンとのりの佃煮が混ぜてあった)&焼きソーセージ(きのうのうちに私が作っておいた。ためしに鶏レバーを混ぜてみたら、最高にうまくいった。レバーが入っているので10分近くゆで、それから焼き目をつけたのだそう)。
肉の割合は豚の粗びき220gに、レバーが100gほど。
ソーセージスパイスとナツメグもいつもより多めにしてみた。
フランスでこんなのを食べたような気がする。
ちょっと、血のソーセージにも似ているような。
やわらかめのマッシュポテトを添えたら、大ごちそうになりそうだ。
秋になって、どなたか編集者さんがいらっしゃることになったら、また作ろう。
さて、ひき続き私は2階で書き仕事。
「たべもの作文」の「に」と「ぬ」を書く予定。
夜ごはんは、串揚げいろいろ(いんげん、じゃがいも、しいたけ、米なす、ズッキーニ、ウインナー)。
私がやったのは野菜類を切ったのと、卵水と小麦粉を混ぜた衣を用意しただけ。
中野さんがパン粉をまぶし、順番に揚げてくださった。
私は揚げたてを1種類ずつ、天ぷら屋さんみたいにして食べた。
いんげんは1本ずつに衣をつけて揚げてあり、つまむところを1センチほど残してある。
色が浅く、とてもきれいに揚がっている。
中野さんは実家で揚げ物の係なのだそう。
お母さんやお姉さんが衣までつけておいたのを、中野さんがいっぺんに揚げる。
ふたりともご飯を食べず、フライだけ思い切り食べた。
揚げたては、それぞれの野菜の味や香りの違いがくっきりはっきりとしていた。
こんなにちゃんと、野菜の持つ繊維の組織の違いまで味わえるのは、人が揚げてくれたのを食べたからだと思う。
ズッキーニも、米なすも、それぞれにとってもおいしかったけど、いちばんはやっぱりいんげんだった。
細くて短めのいんげん。
「コープさん」で、小袋に10本ほど入って280円。
ちょっと高めだったけど、奮発してよかったな。

●2017年8月21日(月)晴れ

気がつけば、蝉の声がずいぶん弱々しくなった。
夜は風が涼しいし、昼間も前ほどには暑くない。
今日から屋上に洗濯ものを干せるようになった(しばらく工事をしていた)。
今朝、管理人さんがわざわざ知らせにきてくださった(前にも教えてくれたのに)。
午後から「おいしい本」をやる。
書きたいことを体にためておいたので、泡が吹き出すみたいに言葉が出てきた。
夢中になっていたから、本当の時間は分からないけれど、感覚としては1時間かからずにできてしまったような気がする。
締め切りはあさってだから、しばらく寝かせておこう。
なので、できかかっていた絵本の続きをやる。
これは東京にいたころからずっと温めているお話。
つよしさんの絵を見ていて、動きはじめた。
夕方、1階だけ掃除した。
夜ごはんの支度を簡単にすませておいて、汗をかきながら雑巾がけをし、お風呂に入った。
風呂上がりは床も体もつるっつるで、爽快感がたまらない。
夏の掃除は夕方やるのがいいかも。
もう夏は、終わろうとしているけども。
ごく薄いワインクーラー(ワイングラスに白ワインを2cmほど入れ、炭酸で割り、氷をふたつ浮かべた)を近くに置き、暮れゆく空と海を眺めながら夕飯の支度をした。
夜ごはんは、韓国風ぶっかけそうめん(ワカメ、ゆで卵、明太子、きゅうり、青じそキムチ、豆腐)。
ぶっかけの汁は鶏ガラスープの素と、青唐辛子のナンプラー漬け(ずいぶん前に、高知のナオちゃんがくださったのを東京から持ってきていた)で味をつけた。
豆腐はふつうのぶっかけそうめんにはおいしいのだけど、韓国風は合わないな。

●2017年8月20日(日)晴れ

ゆうべはひさしぶりにぐっすり眠れた。
奥の奥まで体がゆるみ、夜中に目が覚めても、すぐにまた眠りに誘われた。
涼しいのもとても助かった。
7時に起きた。
起きてすぐ、やりたかったことをやる。
中野さんの家で、私は昔の絵をいろいろ見せていただいた。
そのなかに、絵本にするつもりだった絵の束があり、「なおみさんが言葉をつけてください」とおっしゃるので、お借りしてきた。
ゆうべ、風呂上がりにその束をめくり、眺めていたら、なんとなくうずうずとした。
枕元のノートに、最後のひとことだけメモしておいた。
床にずらりと絵を並べ、頭のなかに湧いてくるお話をたどりながら、絵の順番を少し入れ替えた。
すでに物語は描かれているので、そこに言葉をあてはめていく。
お昼前にスイセイから事務まわりの電話があった。
私は毎日「野の編日誌」を愉しみに読んでいるので、だいたいのことは知っているのだけど、近況を報告してくれた。
昼ごはんを食べたら、これから町内会の掃除があるのだそう。
山のふもとに奉ってある、プレハブのお社のまわりをみんなで掃除するらしい。
電話を切り、私もお昼を食べ、絵本の続きをやった。
どうやらできたみたい。
調子にのって、できかかっていたまったく別のお話もやる。
でも、もうそろそろ「おいしい本」を書きはじめなければ。
今回は、武田百合子さんの『あの頃』について書くつもり。
夜ごはんは、カレーライス(いつぞやに作ったココナッツミルク入りのポークカレーに、米茄子とズッキーニを焼いて加えた)、自家製ピクルス(きゅうり、人参、玉ねぎ)、大根サラダ(玉ねぎドレッシング)、ワインクーラー。

●2017年8月18日(金)大雨のち晴れ

朝方、雷鳴が響き、雨が降った。
しばらくして大雨になった。
ゆうべはなんだか、ずっと眠れなかった。
10時にはベッドに入ったのに、柱時計が11回鳴って、12回鳴って、1回鳴って……そのあともずっと聞こえていた。
なかなか寝つけなくて、何度も寝返りを打ち、ようやくうとうとしてきたところだった。
大きな大きな雨音。
目をつむっていると、部屋のなかで降っているような気がしてくる。
投げ出した体に、あとからあとから雨が降りこむ。
しばらくして目を開けると、間仕切りのカーテンがはためいて、青白く光っていた。
タルコフスキーの映画みたい。
怖いくらいにきれいだった。
私は半分寝ぼけていたのかな。
この一週間は、いろいろな楽しいことがあって、日記がまったく書けませんでした。
お盆には、中野さんの実家に泊めていたき、2泊3日をご家族と過ごすことができた。
毎晩ぐっすり眠り、よく食べ、よく遊んだ。
お墓まいりにも行った。
寝ている間じゅうずっと、中野さんの家族と、ご先祖と、家と、庭と、ミツ(死んでしまった飼い猫)と一緒に眠っているみたいな心地がしていた。
なんだかとても安らかだった。
お盆だから、みんな帰ってきていたんだろうな。
窓を開けて寝ていたので、朝はいろいろな音がした。
外の道を近所の人が歩く音、ソウリン君がトイレに起きたらしい声、7時にはサイレンの音楽が遠くから小さく聞こえていた。
お母さんの掃除機の音、洗濯機の音。
子どもたちが廊下を走る音。
洗面所で顔を洗っていると、ユウトク君とソウリン君が走ってきて、「なおみしゃん、おはようございます」なんて言ってくれた。
夕方になると、仏壇の前に集まり、お父さんが中心となって御詠歌を唱えた。
でも、誰もが参加しなくてはならないわけではないらしく、ユウトク君は中野さんと庭で虫とりしたり、途中から参加して、居間を走りまわったり。
私は最初、台所で夕飯の支度をしながら聞いていた。
着いた日は、みんなで近所の焼き肉屋さんへ行った。
タン塩からはじまって、牛肉のいろんな部位を思い切り食べ、最後はホルモンをジュージュー脂を落としながら焼いて、ごはんにのせて頬張った。
家族のごはん、お姉さんに手伝ってもらいながら、私は何を作ったのだっけ。
一日目のお昼は、スパゲティ(なす、ソーセージ、トマトソースに蜂蜜を加えたら、ケチャップを入れたみたいな、子どもたちも好きそうな味になった)、夜ごはんは、鶏つくね、お刺身(サーモン、ブリ、みょうがと青じそのツマ)、とうもろこしと枝豆のかき揚げ、つまみ菜のおひたし(お姉さん作)、サラダ(ユウトク君作。庭のきゅうりとミニトマト、大根、レタス)、焼き鳥(スーパーのを中野さんが買った)、ご飯(子どもたちは鶏そぼろをふりかけ食べた)。
二日目のお昼は、ヅケにしておいたお刺身と、鶏ひき肉のそぼろ(前の日に作っておいた)と錦糸卵でちらし寿司(庭のきゅうりの塩もみ、青じそ、みょうがもちらした)、茄子のくたくた煮。
家族のアルバムも見せていただいた。
何をしても楽しく、満ち足りて、電車を乗り継いで六甲に着いたら、ずいぶん遠くへ行って帰ってきたような感じになった。
今日は、ひさしぶりのひとりの時間。
明け方の雨で、私の体はようやく帰ってきたことを理解したような感じがする。
今夜はよく眠れるかも。
とにもかくにも、今日はゆっくりと過ごそう。
ベッドで読書の日にしよう。
と思っていたのだけど、午後、インタビュー記事が送られてきて、校正にいそしんでいたら、気づいたら7時半だった。
慌てて夜ごはん。
私はちょっと、夏バテかも。
夜ごはんは中華風焼きそば(空芯菜、オイスターソース味)。

●2017年8月12日(土)快晴

6時前に目が覚め、カーテンをめくると、すでに眩しい空。
銀色に光る雲の輪郭と、白いところとのコントラストがくっきりしている。
雲と雲の間には、洗濯したての青空がある。
どの色の絵の具を、どういうふうに使えばこんな空が描けるのだろう。
こういうの、中野さんは描けるんだろうな……と思いながらもういちど目をつむり、7時半に起きた。
中野さんの合宿もいよいよ最終日。
下に下りると、窓辺でグレープフルーツ・ジュースを飲んでいた中野さんが、「なおみさん、今朝は遠くまではっきり見えます」とおっしゃった。
私もさっき、同じことを思っていた。
今日の空気は秋のように澄んでいる。
空の光が尋常ではない。
朝ごはんにハムトーストを焼いて食べ、中野さんは続きの絵。
すでに9枚を描いたので、10枚目に向かっている。
今日は中野さんの顔が険しいような感じがする。
精悍といおうか。
洗い物をしながら、ときどきギューッと目をつぶったりしている。
声も低く、言葉少な。
私は2階で解説文の推敲(きのうのうちにほとんど書けたので)。
カーテンのあたりで朝からブンブン唸っていた蜂が、部屋の真ん中までやってきて飛びまわるようになった。
こちらが何もしなければ刺されはしないだろうけど、中野さんを呼んで追い出してもらった。
ベッドの足の小さな穴を、出たり入ったりしていたので、私はガムテープで穴をふさいだ。
巣を作ろうとしているかもしれないので。
また解説文の続き。
下からガシゴシ、ギシガシ、テンテンテンテンと音がする。
コーヒーのおかわりをしに下りてみた。
戻りしな、階段の影に隠れ、こっそりと覗く。
お昼ごはんのときには、全面きれいなブルーだった絵は、広々とした原っぱのような奥行きのある黄緑色になっていた。
木や花、生き物らしきもの、何かの線が見える。
筆の上の方を右手で持ち、中野さんは体全部を使って描いている。
首も背中もまっすぐ。足もまっすぐ。
ときおり膝を折り曲げて板につき、じっと絵を見ている。
首も背中もまっすぐなままで、お侍さんのよう。お坊さんのよう。
空気が張りつめている。
写真を撮りたいけども、そんなことをしたらこの空気にヒビが入る。
『どもるどだっく』も『たべたあい』(どちらも大きな絵)も、こんなふうにして描かれていたのだな。
さ、私も続きをやろう。
窓にはでっかい雲。
どこまでも広がる、青い空、青い海。
夜ごはんはピーマンの肉詰めを作る予定。
今夜もまた、壁に貼った大きな絵を眺めながら、”ごくろうさまビール”をおいしく呑めるよう、私もがんばろう。

●2017年8月10日(木)曇り

今朝は湿気が多い。
海も空も白く、いつ雨が降ってきてもおかしくない天気。
でも空気は、なんか明るい。
夏はやっぱりいいな。
体のなかにたまっていた悪いもの、滞っていたものたちが、汗になってどんどん蒸発し、軽くなる感じがする。
そしてまた、きれいなものが体のなかで新しく生まれる。
きのう呑んだビールも、ワインクーラーも、楽しかったつよしさんとの時間も、すーっと蒸発し昇華される。
起きぬけに、今朝はそんなことを思った。
きのうは、つよしさんが遊びにいらっしゃるので、中野さんの制作も中休みだった。
中野さんは朝から画材屋さんへ出掛け、私も一緒に下りて「コープさん」に行った。
ふと思いつき、歯医者さんに寄って、歯石を取ってもらった。
東京にいたころは3ヶ月にいちど歯医者さんに通って、クリーニングをしてもらっていたのだけど、神戸へ来てからははじめてのこと。
でも、わりときれいだったみたい。
表面も磨いてもらって、スッキリ。
汗をかきかき坂を上り、10回くらい立ち止まって、休みながら帰ってきた。
シャワーを浴びてから、ソーセージを作ってみた。
いつもの半分の量の300グラム分。
さっさかと作って、うちのなかでいちばん風通しのいい玄関に吊るしておいた。
ここは、山の風が吹いてくる。
そのうち中野さんが帰ってらした。
鶏のレバーや、鶏肉やら買ってきてくださった。
そして4時ごろに、つよしさんがいらした。
いろんな種類のビールと、いちじくとおいしいチーズを持ってきてくださった。
私はもういちどシャワーを浴び、髪も洗って、まだ外が明るいうちにビールを呑みはじめた。
つまみは、切り干し大根の薄味煮(油揚げ)、切り干し大根の黒酢醤油漬けもどき(青じそ、きび砂糖、醤油、赤柚子こしょう。黒酢がなかったので、かわりにバルサミコ酢でやってみた)、鶏レバーの塩焼き、鶏レバーの醤油煮、万願寺唐辛子とピーマンの焼きびたし、とうもろこしとレンコンのかき揚げ、自家製ソーセージ、とうもろこしの炊き込みごはん。
ソーセージは、水塩というのがあったので(自家製醤油を作るときに使ったもの)、塩と水のかわりに適当な量を加えてみたのだけど、しょっぱすぎた。
今朝はもう、中野さんは白い紙を壁に貼り、描きはじめていらっしゃる。
私は洗濯したり、お昼用のサンドイッチを作っておいたり、掃除したり。
2階にパソコンを持ち込み、今はこうして日記を書いている。
さて、今日は何をやろうかな。
文庫本の解説の仕事をいただいているので、ちょっと書きはじめてみよう。
まだ、お受けするかどうかは、お返事していないけれど。
中野さんが7枚目、8枚目の絵を描いている間、私はベッドの上でゲラを読み込んだり、気になるところに付箋を貼ったりしながら、解説文を半分ほど書いた。
これなら書けそうだ。
明日、編集さんに「お受けします」とメールをしよう。
5時くらいまでやってシャワーを浴び、”今日もよくがんばったビール”。
夜ごはんは、キャベツとにんじんのサラダ(すりごま、酢、薄口醤油、ごま油)、万願寺唐辛子とピーマンの焼きびたし(残りの)、ケチャップ・チキン丼(中野さん作)。
ケチャップ・チキンは、中野さんの親戚のおばあちゃんがよく作ってくれたものだそう。
鶏肉を皮目からジリジリと焼いて、焼き目がついたら裏返し、火が通ったらタレ(酒、みりん、醤油、麺つゆの素ちょっと、きび砂糖をよく混ぜておく)を加えて煮からめ、汁が少し残っているくらいで火から離し、ケチャップをたっぷり。
つまり、照り焼きチキンの仕上げにケチャップをからめるということみたい。
炊き立ての白いご飯の上に、テリテリのケチャップ・チキン。
それが、たまらなくおいしかった。
にんにくの味がほんのりとして、ちょっとエビチリにも近い味。
鶏を炒めるとき、にんにくの薄切りも少し加えたとのこと。

●2017年8月8日(火)晴れときどき雨

きのうから中野さんがうちに合宿していて、今は私の後ろで絵を描いていらっしゃる。
大きな絵の続き。
きのう1枚描いたから、4枚目の絵。
シャッシャッ、パツパツ、シャッシャと音がして、振り返ると雨の絵を描いている。
そのうち外でも雨が降りはじめた。
お天気雨だ。
私は「たべもの作文」の「と」を書いている。
ときどきメールが届くと、チェックしながらやっている。
東京は今日、台風一過で猛烈な暑さなのだそう。
「気ぬけごはん」の編集の村上さんのメールには、「温泉の脱衣所のような暑さと湿気です」。
カクちゃんのは、「東京は昨晩、暴風雨でしたがもうすっかり晴れ上がって、カンカン照りです」とのこと。
六甲も台風一過だけれど、朝から涼やかな風が吹いている。
さっき、中野さんに言われて見たら、全部の窓のカーテンがいちどに風をはらみ、大きく膨らんでいた。
まるで、体の大きな天女の羽衣みたいだった。
また大雨。
こんどは空も暗く、バケツをひっくり返したような雨。
中野さんは壁をたたきつけるように雨の絵を描いていらっしゃる。
そのうちにまた上がって、空の向こうの東半分が雨、残りは晴れて、海が青く光っている。
どこかで虹が出ていそうなお天気だ。
中野さんは5枚目の絵を描いている。
私は2階へ上ったり、洗濯ものを干したりしながら、「たべもの作文」の「な」を書いてお送りした。
中野さんが絵を描いていると、私も文がはかどるみたい。
とてもいい調子。
そうだ。
ゆうべは暴風雨だったけど、もしかしてと思って4時ごろにカーテンをめくったら、空が晴れていた。
満月で、しかも月食がはじまって間もない時間だった。
西の空の高いところに、まん丸の月が輝いていた。
窓からぎりぎり見えるところだったので、ベッドの上で立ち上がって見た。
そのうちにまた雲が出て、月は隠れた。
月食の様子はよく分からなかったけど、とてもきれいだった。
東の空には、オリオンもよく光っていた。
夜ごはんは、ひき肉のソーセージもどき(豚ひき肉にソーセージスパイスと塩水を加えて練り、小さな平たい団子にして焼いてみた。出てきた脂で万願寺唐辛子を炒めた)、ポテロング、つる紫ときゅうりの炒めもの(中野さん作)、ビール、梅酒のソーダ割り。

●2017年8月5日(土)晴れのち曇り

今朝は、蝉の声が山の方からも聞こえていたみたい。
頭のまわりをぐるりと囲まれている感じで目が覚めた。
窓を閉めていても、聞こえるのか。
朝からちくちくお裁縫。
刺繍をやってみた。
「暮しの手帖」の前の号を見て、チェーンステッチを覚えたので、そればっかり。
でも、それだけで充分。
細かなステッチがとても楽しい。
ズボンに染みがついてしまったところの、しみ自体を模様に見立て、まわりを囲むようにステッチしている。
刺繍って、図案を写したり、木枠をはめたりしなくてもちゃんとできるのだな。
ひと針ひと針ていねいに刺していきさえすれば、それなりに感じのいいおもしろいのができる。
お昼ごはんに焼きそばを作って食べ、「たべもの作文」の「て」を書いてお送りしたので三宮へ。
眼鏡屋さんに用事があるのと、刺繍糸を買いに「ユザワヤ」へ行ってこよう。
今日は花火大会だから、ずいぶん街が賑わっていた。
電車や駅では浴衣の女の子たちをたくさん見かけた。
ピンクの花柄の浴衣が多かった。
髪を編み込んできれいにまとめ、素足の爪もピンクに染め上げて。
いかにも初々しく、隣に立ってじっとみつめてしまいたいほど可愛らしい子もいるし、せっかくの浴衣姿なのにいつもと変わらない歩き方の子、帯がずいぶん下で結ばれている子、帯がほどけかかっている子、襟元が開きすぎている子、リュックをしょっている子もいた。
初々しい子も、化粧が華やかすぎる子も、変な着付けの子も、みんなとても可愛らしかった。
色とりどりにヒラヒラして、なんだか金魚みたいだった。
女の子たちが金魚に似ているのか、金魚が浴衣の女の子みたいなのか分からないけど。
花火の日の浴衣は、やっぱり若い娘たちのものだ。
六甲に着いて、「いかりスーパー」と「コープさん」へ。
風呂上がりに夜ごはんを食べながら、2階で花火見物。
夜ごはんは、焼き茄子とゆでオクラ、ちらし寿司(「コープさん」の高野豆腐や錦糸卵がのったちらし寿司とは別にサーモンのお刺身を買ったので、ヅケにして青じそをのせた)、焼き茄子とゆでオクラ、梅酒ロック。
ヅケは即席。お刺身についているワサビを醤油に溶き、ごま油をちょっと、みりんをほんの少し加えただけ。
これで充分おいしくできた。
梅酒を呑みながら窓を見るも、いつまでたってもはじまらない。
遠くで音がするような気がするけど、なんとなしに曇っているから、やっぱり今日は見えないのかも。
去年は佐渡から帰ってきた翌日で、中野さんとふたりで屋上に上って見た。
もう、あれから1年がたったのか、なんて思っていたら、7時半からはじまった。
神戸湾の水面から空の上まで、とても大きくよく見える。
ドンドンドカドカ、華やかなのが次々に揚がる。
ピンクや緑や黄色が混ざったようなのや、ハート型のやら、重なるように揚がって、賑やかなだけで色気がない。
ひとつひとつ揚げればいいのに。
沈黙も大事なのにな。
私が好きなのは、昔ながらの大玉の赤か黄色。
ドーンと揚がってドッカーンと大きくはじけ、一瞬だけ大輪の花となり、儚く消えるのがいい。
この間の、音のないえんとつ花火の方がずっとよかったな……なんて思いながら、ベッドに寝そべったりして見ていた。
でも、フィナーレはものすごかった。
透明な肌色の氷でできたような大輪が、短い時間、重なって揚がった。
円でも楕円でもなく、大きな水滴のような、幻のお城が崩れていくような形。
花火のなかから花火が湧いて、絶え間なく光が光を生み、広がるような。
そして、何もなかったように儚く消えた。
それはそれは見事で、私は窓辺に立ったまま襟を正して見た。
人って、あんなのも作ってしまう。
スゴイなあ。
そのことに、しばらくじーんとしていた。
夜空には満月に近い月が、ぽつんと光っていた。
花火のあと、あっけからんと静かなのもまたいい。
ひとりの花火もなかなかいいもんだ。

●2017年8月4日(木)晴れのち夕立

6時に起きた。
蝉は5時から騒がしいし、光が眩しかったので。
朝ごはんを食べ、メールのお返事を書いたり、「たべもの作文」の「つ」を書いたり。
気づけば夕方だ。
海のいちばん向こうに黒っぽい雲があり、霧のようなものがぼんやりはためいている。
カーテンのよう。
あそこだけ大雨が降っているのだ。
雨のカーテンはじわじわとこちらに向かってきている。
海は灰色、波紋も見える。
ときどき2階の窓辺に立っては、あちこち掃除機をかけ、雑巾がけをした。
きのうは器についての取材で、若い人たちがたくさんいらした。
お借りした備前焼のお皿に、うちの器もとり合わせ、器に合う料理を作って撮影した。
これは、9月23、24日に大阪の天王寺動物園(「てんしば」という芝生広場)である備前焼のイベントのチラシになるのだそう。
大阪の子たちは、いいカットが撮れると「めっちゃええやん」と言う。
「めっちゃおいしそうー!」「めっちゃおいしいー!」。
スタッフはみな30代だろうか、企画会社の女の子も、デザイナーもライターさんも、カメラマンももちろんプロなのだけど、一生懸命でういういしく、なんだか可愛らしかった。
小学生が真剣に壁新聞を作っているみたいで。
撮り終わったものは、その場でどんどんみんなもりもりと食べてくれるから、私はみんなのためにごはんを作ってあげているような気分だった。
料理はふだん私が作っているものばかり。
青じその醤油漬け、オクラとみょうが入り納豆、土鍋ご飯、ゆで餃子、小松菜の煮浸し、ごぼうのきんぴら、きんぴらの白和え、チキンビリヤーニ(焼きトマト添え)。
声をかけてくださった對中さんは、前に「iTohen」でマメちゃんとトークをしたとき、聞きにきてくださっていた方で、ピクニックコーディネーターなのだそう。
「ピクニックは、持寄りと交流を意味する言葉なんです。僕は、食を通した街づくりや、ほかにはランドスケープデザイナーとして、お庭や屋外の設計をしています」とのこと。
撮影が終わって、對中さんが淹れてくださったコーヒー、おいしかったなあ。
私とライターさんが話している机の脇で、床に座って淹れていた様子は、なんとなく野点のようだった。
「ここに座っていると、窓からまっすぐ空につながっているようです」とおっしゃっていた。
そんなふうにして、野外でコーヒーを淹れることもよくあるそうだ。
きのうのこと、少しだけ書けた。
部屋がきれいさっぱりしたころ、あたりは白くなり、とうとう雨が降り出した。
ツバメが空を旋回している。
羽根をひるがえし、気持ちよさそうに飛んでいる。
そのうち土砂降りの雨。
電線にとまっていた10羽ほどのツバメは、4羽になった。
その4羽は土砂降りのなか、ずっととまっていた。
尾羽を振ったり、羽根をバタつかせたりしながら、がまん比べをしているみたいに。
だいじょうぶなんだろうか。
汗をかいたのでお風呂に入ってしまう。
出てきてもまだ、4羽はそこにいた。羽根がかなり濡れているみたい。
ツバメは雨が好きなのね。
そのうち晴れてきた。
向こう岸の建物の列が、海の縁ぎりぎりに光っている。
海を縁どる波のよう。
空と雲は、ソーダのアイスの色合い。
ツバメはいつの間にやらいなくなった。
夜ごはんは、雨上がりの窓辺で。
豚バラ肉とつる紫の醤油炒め、冷たいみそ汁(冷蔵庫のだし汁にみそを溶き、さいの目に切った豆腐と刻んだみょうがを混ぜた)、ご飯(梅入りゆかりふりかけ)。
豚肉とつる紫の醤油炒めがとてもおいしかった。
バラ肉におろしにんにくをまぶしておいて、ごま油で炒め、色が変わったらつる紫(茎の太いところはそぎ切り)を加えて炒め合わせた。味つけは酒と醤油だけ。醤油は控えめに。
何の工夫もないようなこんな料理が、夏にはいちばんおいしい。
きのう、『帰ってきた 日々ごはん3』が刷り上がり、アノニマから届いた。
マメちゃんの海の表紙、とってもいい。
今の季節にどんぴしゃだ。
ゆうべは寝る前にベッドの上で読んだ。
窓からはひんやりした風、ピカピカの月、至福の時間だった。
もう、半分くらい読んでしまった。

●2017年8月1日(火)快晴

今日から8月。
なんとなく、寝ていられなくて6時に起きた。
暑い暑い。
冷たい水を1杯飲み、すぐに絵を描く。
朝ごはんの前に4枚ほど描いた。
今朝は海が白い。
暑さで空気がけぶっているように見える。
2階の部屋にクーラーをいれて、「たべもの作文」。
「つ」を書こうかな。
今日の「ムーミン日めくり」の言葉は、「生きるって、すばらしいことだなあ。どんなものでも、なんの理由もなしにいっぺんにかわることがあるんだねえ」『ムーミンパパ海へいく』地の文(ムーミントロールの心情)。
午後からは、不思議と暑さがやわらいでいた。
夕方、クーラーみたいな風が山からも海からも吹いてくる。
びっくりするほど強い風。
けっきょく「つ」は書けず、絵がたくさん描けたので、編集者さんにお送りすることにした。
4日にデザイナーさんとお打ち合わせだそうなので。
そうだ。
ここで宣伝です。
こんどの絵本は有山くんにデザインしていただくことになった。
名前は、『くんじくんのぞう』といいます。
ちよじの息子のくんじがモデルです。
順調にゆけば、10月中旬にあかね書房から発売されます。
みなさん、どうぞ愉しみにしていてください。
夜ごはんは、餃子(この間冷凍しておいたものを焼いて、ポン酢醤油&七味唐辛子&大根おろしで食べた。おいしかった!夏にぴったり)茄子のフライパン焼き、ご飯(梅入りゆかりふりかけ)。

●2017年7月31日(月)薄い晴れ

4時くらいからセミが鳴きはじめ、5時とか6時になるともう大騒ぎ。
大雨が降っているみたい。
長い長い列車が通りすぎてゆくみたい。
耳のなかで鳴っているみたい。
聞きながら私はうつらうつらしていて、体があることが気怠く、そして心地いい。
このごろは毎朝、そんな感じ。
きのう、中野さんが帰る前に私は絵を描きはじめた。教わりながら。
教わるといっても、中野さんは口では何も教えてくれない。
「見たままを描いてください」とか、「なおみさん、これを描いてください」などとおっしゃるだけ。
これというのは、網戸にとまっているアブラゼミ。
お腹の側から見ると、大きな羽根の下にもう1枚小さな羽根が隠れるようについている。
この間、八幡さまで拾った2枚の羽根は、ワンセットだったのだな。大きな蝉と小さな蝉のものではなくて。
セミに2枚ずつ羽根があること、私はちっとも知らなかった。
中野さんはただそばにいて、私が「これでいいのかなあ?」と聞くと、「いいですねー」とか言いながら、画材のクレヨンやパステルを近くに置いたり、モデルの器をわざと動かしてみたり。
いちどだけ、ハサミをひと筆描きのようにつなげて描いて見せてくれた。
私は腹這いになり、ハサミでも器でも、器の柄でも、よーく見ながらゆっくり線を引いた。
描くというより、線をひく感じ。
眼鏡はかけずに。
色も見えたままにつけてみた。
指でこすると膨らみが出て、光も現れる。
どんどん楽しくなってきた。
今朝は、朝ごはんを食べながら薔薇の模様の紅茶茶碗を描いていたら、止まらなくなった。
そのあと、きのう元町で買ったスニーカーを描き、シフォンケーキを描き、食べ終わったお皿とフォークを描いた。
器の模様がおもしろくて、はみ出してもかまわずにどんどん描いた。
トマトもきゅうりも描いた。
いったい何枚描いただろう。
中野さんが「描けば描くほど、軽くなります」とおっしゃっていたのは、このことかな?
どうして急に絵を描きはじめたかというと、来年本になる予定の「たべもの作文」の挿絵にしていただこうと思って。
気づいたらお昼になっていた。
絵を描いているとき、息を止めているみたいで、ちょっとふらふらした。
暑いのも忘れ、汗をかきながら描いていて、「あ、水を飲まなきゃ」となるのだ。
モデルとなる物と同じ目の高さで描くので、おのずと腹這いになるのだけど、そういえばその姿は『たべたあい』の女の子にそっくりだ。
さすがに鼻クソはほじってないけれど。
線から平気ではみ出した絵は、幼稚園のころに描いていたものにもよく似ている。
夕方、あちこち掃除。
雑巾がけもし、きれいさっぱりした清々しい部屋で夜ごはん。
ふと窓を見ると、ツバメがいっぱい電線にとまっている。
いつもは1羽か2羽なのだけど、10羽くらいが電線に少しずつ間隔を開けてずらりととまり、毛繕いなんかしながら私の部屋を見ている。
夜ごはんは、油揚げのカリカリ焼き、目玉焼き、ちくわのチーズ詰め焼き、きゅうりとみょうがと青じその塩もみ(らっきょうの漬け汁をかけた)、たくわん、ご飯(梅入りゆかりふりかけ)。

●2017年7月30日(土)薄い晴れ、にわか雨

中野さんの新しい制作の2日目。
今、下の階からゴシゴシゴーシゴーシと、大きな音が聞こえてくる。
テンテンチャッチャという音もする。
きのうにひき続き、壁に貼った紙に2枚目の大きな絵を描いてらっしゃる。
これは、絵本のためのデモンストレーションなのだそう。
描いているうちに出てくるので、出てきたものを「ひっつかまえる」のだそう。
私はすっきりと掃除した2階の部屋で、これから「たべもの作文」の「ち」を書こうと思う。
今朝は、8時半くらいに下に下りて、「六珈」さんでモーニングを食べた。
厚切りのハムチーズトーストとゆで玉子が小さなガラスの器にちょこんとのって出てきた。
とてもおいしかった。
私は喫茶店のモーニングというのを、生まれてはじめて食べた。
ひとりで来ている人も、二人連れの人たちも、お客さんはみな新聞を読んだり、雑誌を読んだり、静かな時間を勝手気ままに過ごしていた。
いいもんだなあ、モーニング。
コーヒーもとてもおいしいし。
せっかく下りたので、はじめて通る道をふらふらと散歩して、大きな楠の木がある古い神社でもお参りをして、水を飲み飲み坂を上って帰ってきた。
途中、下のマンションで移動販売の畑の野菜(しし唐、トマト、ミニトマト、きゅうり、にんにく、青じそ)を買って、汗だくだく。
シャワーを浴び、洗濯ものを干し、掃除をし、こうしてそれぞれ自分の仕事に向かっている。
いいもんだなあ。
私はあとで、しし唐で何かこしらえよう。
夜ごはんは、新ごぼうのきんぴら(ごまをたっぷり)、しし唐とねぎの醤油炒め、水菜のおひたし(すりごま、ポン酢醤油、ごま油)、焼きソーセージ(中野さん作。フライパンに水を張って火にかけ、沸騰前にソーセージ入れてゆでる。中まで温まったらお湯を捨て、油を2、3滴落としてフライパンをゆする。軽く焼き目がつき、パチッと音がしはじめたくらで火をとめるのだそう。こうするとプリップリにできる)、とうもろこしと青じそのかき揚げ、洋風卵豆腐ご飯(冷やご飯をバターで炒め煮して即席リゾット風にし、上にフライパンで温めた卵豆腐をのせてあった。ご飯は卵豆腐でかくれてしまうくらいのほんのちょっとの量)
卵豆腐ご飯を中野さんが台所で作っているとき、遠くの煙突から紅くて丸い煙が上がった。
真っ暗な空にポッ……と上って、あれは何だったんだろうと思っていると、またポッと上る。
しばらく見ていて気がついた。
それは、対岸に小さく揚がる花火だった。
音のない花火は、色も形も、まるで中野さんが描いた太陽にそっくりだった。

●2017年7月29日(金)晴れ

きのうから中野さんがうちにいらっしゃる。
きのうの夕方、「コープさん」へ買い物に行って、坂を上って汗だくで帰ってきたら、アパートの外にいらした。
駐車場の上のコンクリートのところに腰掛けて、のんびりビールを呑んでいた。
そういえば、前にもこんなことがあったっけ。
きのう中野さんは、大阪の図書館で打ち合わせがあったのだそう。
午前中には画材屋さんにも行ったのだそう。
六甲駅のスーパー「オアシス」で、食料をいろいろ買ってきてくださった。
私も「コープさん」でお肉をいろいろ買ったから、ゆうべの夜ごはんは、鶏の肩肉(中野さんが買った)の焼き鳥と、ごぼう入り鶏つくね(鶏ひき肉は私が買った)、焼き茄子、ゆでオクラに、軽めにビールを呑んだ。
今は、私の後ろで大きな絵を描いてらっしゃる。
新しい自作絵本のための、何かなのだそう。
私はメールをあちこちに送ったところ。
さて、「たべもの作文」。
きのうは「せ」と「そ」を書いてお送りしたので、今日は「た」を書こう。
夜ごはんは、焼きソーセージ(粒マスタード、じゃがりこ添え)、餃子(市販の皮と、手作りの皮の2種)。
皮が1袋分しかなかったので、半分は自分で練った皮で包んだのだけど、手作りの皮は焼き餃子にはやっぱり向かないことが分かった。
水をたくさん加えて蒸し焼きにすると、皮がキュッと堅くなる。
「暮しの手帖」にあったように、やっぱりいちどゆでたのを焼けばよかったかも。

●2017年7月26日(水)雨のち晴れ

朝方、ザーーッと音がして雨が降った。
今朝は早くから鳥たちが鳴いていた。
カーテンをめくると、明るめの曇り。
明日から屋上の工事がはじまってしまうから、大物の洗濯をしたいんだけどな。
朝ごはんを食べていたら、少しずつ晴れてきた。
せっせと洗濯機をまわし、さっき屋上に干してきた。
シーツ、布団カバー、枕カバー、バスタオルなど。
今、もう1回戦、洗濯機をまわしているところ。
さて、今日は「たべもの作文」をやろう。
「せ」が書けたので、掃除。
あちこち雑巾がけをして、すっきり。
屋上は今日、風も穏やかで、干した形のままカラカラに乾いた。
5時、トマトソースを煮込みながら窓を見ると、海が真っ青。
あんまり青いのでビールを飲むことにした。
キッチンカウンターに腰掛けて。
冷蔵庫にはたんぱく質が卵と納豆くらいしかない。
でも今日は、買い物へは行かないことにする。
ゆっくりしたいので。
窓辺に座ると、ときおりクーラーみたいに涼しい風が吹いてくる。
対岸の山も、今日はずいぶんくっきりと見える。
よほど空気が澄んでいるのだ。
そのあとは、窓辺でお裁縫。
棚を整理してジオラマ(絵本の)をしまったので、日除けのカーテンをちくちく縫っている。
6時ごろ、アノニマの村上さんから電話。
海を見ながら話す。
海が、とてもきれいに見える。
もしかすると、こんなふうにひとりきりで、心から景色を愉しめたのははじめてかもしれない。
夜ごはんは、ナポリタン風スパゲティー(トマトソース、ケチャップ、玉ねぎ、ピーマン、ツナ)。
あまりに何もなかったので缶詰のツナを使ったのだけど、ツナのスパゲティってなかなかおいしいな。
今は夜の8時。
夜景がチラチラと震えているよう。
とてもきれい。

●2017年7月25日(火)曇り

ゆうべは夜中にザザーーッと雨が降り、慌てて窓を閉めた。
今日は、いつ雨が降ってもおかしくない空模様。
ものすごーい湿気。
重たい空気をかき分けるようにして、動く……ような感じ。
なんとなしに体も重く、仕事の電話をいくつかしたり、メールのお返事をしたりしたあとは、ベッドに寝転んで本を読んでいた。
夜ごはんは、キャベツカレー(具なしのカレーに、焼いたキャベツ添え)
ケンタロウ君のレシピを真似て、フライパンでキャベツを「カチッと焼いて」、上にのせてみた。
キャベツにはウスターソースをかけて食べた。
キャベツの甘みがとてもいい。とてもおいしい。
カレーに入れてくったりと煮込むのとはまた違う、みずみずしいようなおいしさだった。
これ、おすすめです。

●2017年7月24日(月)ぼんやりした晴れ

お昼ごろまでごろごろしていた。
本を読んだり、眠くなったらパタンと寝てしまったり。
でも、あかね書房の榎さん(今作っている絵本の編集者)に、ダミー絵本をお送りしなければならないので、エイッと起きる。
もういちどはじめから見直し、説明の付箋も書き直し、お手紙も書いた。
2時くらいに坂を下り、コンビニへ。
荷物を出して、六甲から阪急電車に乗り、三宮の神戸交通会館へパスポートを申請しにいった。
とても混んでいたけれど、どうにか届けを出すことができた。
そのまま帰るのが惜しく、眼鏡屋さんへ。
ここは中野さんから教わった、老舗の眼鏡屋さん。
中野さんの家族はみんな、ここで作っているのだそう。
神戸へ越してきたばかりのころにいちど覗いて、いろいろかけてみた。
とてもいい感じのするお店だとは思っていたのだけど、なんだか贅沢なような気がして、今の眼鏡で辛抱していた。
でも、眼鏡は私の大切な仕事道具だ。
いろいろなのを試してみて、かけごこちの軽やかなフレームを選んだ。
視力もとてもていねいに調べてくださった。
1週間のちくらいには、でき上がるのだそう。
こんど、パスポートと一緒に受け取りにいこう。
まだ詳しくは書けないのだけど、8月の末に1週間ほど海外出張することになったのです。
六甲で重たいものばかりを買い物し、タクシーで帰ってきた。
うちに辿りついたのと同時に、柱時計が八つ鳴った。
夜ごはんを作るのがおっくうだったので、冷蔵庫にあった焼き茄子のだし汁ひたしに卵豆腐をくずして入れ、ワカメと刻んだみょうがも加えて、ツルツルッと食べた。

●2017年7月22日(土)快晴

夏ってこんなだっけ。
蝉はミンミンジリジリシャーシャー、空気もむんむんみんみんして、じっとしているだけで汗が吹き出してくる。
頭のなかでは夏ってこんなふう? とだいたいの感じで思っているのだけど、本物の夏がやってくるとその凄まじさにいつも驚く。
ここの夏は、東京にいるときよりも、はっきりくっきりと感じる。
梅雨が終わったと同時に、空気がすべて入れ替わる。
毛穴が開いて、体ごとで息を吸ったり吐いたり。
私も体ごと入れ替えないと、ついていけない。
それは、予想を超えた感覚。
夏は、だから素晴らしい。
きのうは、編集者さんとさきっぽが、新しい絵本の打ち合わせで有山くんのところに行ったので、私と中野さんはいつ電話があってもいいように部屋で待機をしていた。
そのあと、ふたりからそれぞれ報告の電話があった。
そして今朝、身支度をして1階に下りたら、中野さんはすでにきのう編集者さんから頼まれた絵本の表紙まわりのことをやっていた。
なので私も参加する。
そんなこんなをしていたら、こんどは編集者さんから絵本合宿で撮影した分のカラーコピーが届いた。
中野さんは帰り支度をしていたのに、いきなり新しいダミー本を作りはじめた。
ならば私もやらなければ。
私は2階にパソコンを持ち込み、もういちどテキストを調整。
プリントアウトをして、切り抜くところまでやった。
今は、中野さんはまだダミー本を製作中。
はからずもまだ、私たちは絵本合宿中なのだった。
明日、スイセイは東京へ出掛けるのだそう。

●2017年7月20日(木)快晴

朝早くから蝉がジリジリ、とても賑やか。
近畿地方はきのう梅雨明けしたらしい。
まさに夏が今日からはじまった! という感じの光。
青空にぽっかりと浮かんだ雲、海も青い。
中野さんは朝ごはんにヨーグルト(バナナ入り)だけ食べ、10時前にはお出掛けした。
ゆうべのライブペイントの片づけをしに、「スペース草」にゆくのだそう。
私は洗濯ものを屋上に干し、「おいしい本」の校正。
さっき、マメちゃんのお友だちのノブさんから、手打ちうどんがたくさん届いた。
クール宅急便で、手作りのおつゆも入っている。
わーい! 今夜、愉しみにいただこう。
今、ミンミン蝉が網戸に張りついて騒がしく鳴いている。
驚くほど大きな音。
「ミーンミーンジリジリジイジイジイ」
ひとしきり鳴いて、ラジオの歌が1曲分終わったと同時に、空の彼方へだまって飛んでいった。
夜ごはんは、ノブさんのざるうどん(大根おろし、みょうが、ねぎ、しょうが)、ノブざんのおいしい手作りおつゆ、枝豆とトウモロコシのかき揚げ。

●2017年7月18日(火)曇りのち雨のち晴れ

今、雨が降ってきた。
猫森の緑にさわさわと降り注ぐ。
濡れた土の匂いもする。
植物も地面も、水が降りかかったことで息を吹き返したみたいな、ちょっと生々しいような匂いでもある。
とてもいい匂い。
ゆうべはくったりとくたびれて、8時半には寝てしまった。
今朝は9時半に起きたから、12時間以上眠ったことになる。
眠ったり、目が覚めたり、またすぐにさらわれるように眠ったり。
夢もみたけれど、眠りながら絵本合宿のことをずっと反芻していたような気がする。
編集者さんがもう公表していいですよとおっしゃったので、日記に書くことにします。
15日と16日(正確には17日の朝まで)の二日間、私たちはずっと絵本のための撮影をしていた。
こんどの絵本は、平面と立体が混じり合ったものなので、これまで「中野さんの原画」と書いていたのは、ジオラマのことです。
今回中野さんは、絵を描いただけでなく立体も作った。
けっこう大きなものなのがたくさんあったので、車で2回に分けて運び込んだ。
そして、もうひと方というのはカメラマンで、以前に中野さんとアニメーション(『おはなしトンネル』)を作ったことのある、さきっぽという女の子。
さきっぽは普段、アニメーションの仕事をいろいろしていて、撮影&編集をするだけでなく、人形や背景なども作るのだそう。
「僕はさきっぽのことを、こっそり”光の魔術師”と呼んでいます」と中野さんがおっしゃっていた通り、さきっぽは本当に、そこにある何でもない物を利用して、その場でどんどん光と影を作っていった。
屋上で太陽光がいっぱいに当たるなか、ジオラマ自体を斜めにして(私と中野さんで持ち上げていた)撮影したり(あんなに傾けていたのに、写真になるとまっすぐにしか見えなくて驚いた)。
カメラの角度や光によって、なかにいる人物の表情も微妙に変わるから、写真を見るたびにまた物語が深まる。
私のお話の世界では、主人公の男の子は真っ暗な場所にただ不安気に佇んでいるだけだったのに、懐中電灯を当てたりフィルターを挟んだりすることで、その場所の空気まで立ち上がる。
男の子のいるところ、佇んでいる様子、表情が本当になる。
作った世界の本当が、立ち上がるとでもいうのかな。
まるで現実の暗闇に、私が立っているような気持ちになる。
男の子の心細さが、自分の心で感じられる。
撮影がはじまったばかりのころ、私はふたりにすっかり任せるつもりだった。
だから2階で「たべもの作文」を書きながら、賄いを作ったり、洗濯ものを干したりしていた。
でも、お昼ごはんを食べ終わった辺りから、何やかんや手伝いはじめたら、ずんずん楽しくなってきた。
中野さんも途中から、撮影しはじめた。
三脚など使わず、のめり込みながら(実際にぎりぎりまで顔を立体にもぐり込ませるようにしてらした)どんどん撮っていた。
中野さんが撮るときは、さきっぽが光を作る、さきっぽが撮るときには中野さんが光を……となるので、途中からは私が自然とパソコン画像をチェックする係になっていった。
中野さんの写真は斬新で、「えー、そうきたか!」という感じ。
なんだかそれは中野さんの絵みたいだった。
そうか。
立体も写真も、ぜんぶひっくりめて中野さんの描かれた絵なんだな……と思ったり。
私はというと、自分が考えたお話の内容、空気感にいちばんぴったりくるのはどの写真なのか、さらに物語が深まる写真はどれなのかと思いながら選んでいる。
その視点は、いつもの絵本作りのときと同じになっていることに気がついた。
そうか、写真は絵なのか。
撮影は毎朝、「はじめましょう」と誰かが声をかけるのではなく、気づけばはじまっていた。
いつも6時とか6時半には誰かしら起きていて、私がお風呂に入ったり洗濯機をまわしたりしていると、コーヒーを飲みながらぼおっとしてらした中野さんが、無言のままなんとなくカメラを覗いていて、そしたらさきっぽも動き出し、気づけば撮影に突入しているような。
私は料理本の撮影のことも思い出していた。
なんだか中野さんは、『高山なおみの料理』のときの立花君に似ていた。
カメラを覗くしつこさや、何かが見えてくると次々に撮ってしまうスピード感、ちょっとインチキくさいカメラマンみたいな動きとその迫力に笑っていると、見たこともないような写真がどんどん生まれ、そのたびに私はハッとして、感覚が磨ぎすまされていく。
たまらなく刺激的でおもしろいのに、心は落ち着いて平ら。
その感じは、ウーロン茶のコマーシャルや、映画やドラマの撮影のときの自分の身の置き方にも似ていた。
絵本合宿をする前は、子ども同士が夏休みの自由研究を共同でやるような、秘密基地を作って遊ぶような感じかしらと思っていたのだけど、まあ、見た目はそんなようなものなのだけど。
その子どもらはけっこう、プロフェッショナルの集まりでもあった。
賄いは何を作ったのだっけ。
もう、ほとんど忘れてしまったけれど、限りなく自由だった。
そのときどきの感じで、時間も何も関係なく、作りたいものを作って、せーのでみんなで食べた。
まず、ふたりが来た日の夜ごはんは、台所のカウンターで暮れゆく空と海を眺めながら、サラミソーセージ、馬肉の薫製&鮭の酒炒り(冷蔵庫にずっとあった)をつまみにカヴァで乾杯した。
窓際のテーブルに移動してからは、ポテトサラダと本格海老カレー(昼間のうちに仕込んでおいた)。
2日目の朝ごはんは、ヨーグルト(キウイ、グラノーラ)とコーヒー。
お昼は、ナポリタン風夏野菜のスパゲティー(サラミ、茄子、ピーマン、トマトソース、ケチャップ)。
夜ごはんは何だっけ、どうしても思い出せない。
あ、思い出した。
中野さんが日清や焼きそばを1人前作り、私が昼間のうちに作っておいたポテトサラダとご飯をひと皿に盛り合わせた。
そして、ゆうべの具なしカレーの残りをご飯にかけた。
3日目の昼ごはんは、塩鮭とオクラのチャーハン(中野さん作)と、平麺パスタ(バジルペースト、アンチョビソース)の盛り合わせ。
撮影が終わったのが6時くらいで、それぞれお風呂に入り、なんとなく呑みはじめた。
「じゃがりこ」をつまみに。次に、ポテトチップス。
そのまま何も食べなくてもいいような気もしたのだけど、豚肉の厚切りをトンテキ丼にするつもりで、にんにくと酒でマリネしておいたのでフライパンで焼いてみた。
一度に3枚ごま油で焼いて、2枚は塩をふりかけ器に盛ってワサビを添え、フライパンに残っている残りの1枚は、酒、みりん、きび砂糖、醤油をまわしてタレにからめた。
野菜ものは何もなし。
ご飯を食べたい人は自分でよそって食べることにした。
ああやっと、絵本合宿のことが少しだけ書けた。
今日はけっきょく、こうして日記を書いていただけで一日が終わってしまった。
頭がぼんやりしているのだ。
夜ごはんは、チャーハン(塩トンテキの残り、豆苗、ピーマン、卵)、酢の物(ワカメ、きゅうり、みょうが、ラッキョウ)、みそ汁(ワカメ)。

●2017年7月13日(木)晴れ

ちょっと寝坊して、8時に起きた。
とてもよく晴れている。
シーツやらバスタオルやら洗濯し、さっき屋上へ干してきたところ。
いよいよ明日から絵本合宿がはじまるので、あちこち念入りに掃除した。
セキス水で台所の床を拭き、そのあと普通に雑巾がけをするとスッキリすることが分かり、2階の床もやる。
やめられなくなり、廊下も階段も、下の階もやった。
汗をかきかき。
今日の「ムーミン日めくり」の言葉は…
「パーティーのさいちゅうに、ふっとろうそくの火を消すのよ。すると、もういちど火をつけたときには、みんなの心がしっくりとけあって、ひとりの人みたいになってるの」フィリフヨンカ『ムーミン谷の十一月』より。
3時ごろから、「おいしい本」の原稿を書きはじめた。
このところ、寝る前に毎晩愉しみに読んでいる『宿題の絵日記帖』について。
読みながら、もわもわと私のまわりに浮かんでいた言葉以前のものが、書いてゆくにつれ形になってゆく。
言葉という服を纏い、目に見えるものになってゆくような感じ。
あるいは切れ切れの薄い雲が集まって、はっきりとした入道雲の塊になってゆくような。
私は神戸へ越してきて、少しずつだけど言葉と仲良しになってきている気がする。
東京にいたときには、「気ぬけごはん」を書くのにゆうゆう5日はかかっていたのだけど、このごろは書きたいことさえ決まっていれば2日で仕上げられるようになった。
不思議だなあ。
どういうわけなんだろう。
明日は、朝11時前に中野さんが残りの原画を持って車でいらっしゃる。
そしてもうひとりは、東京から夕方の5時くらいにいらっしゃる予定。
愉しみだなあ。
夜ごはんは、塩鮭、大根おろし、ソーセージとキャベツのソース炒め、ご飯。

●2017年7月12日(水)曇りときどき晴れ

ゆうべは月がきれいだったので、窓を開けて寝た。
天井から壁に伸びる月明かりのすじ。
何度か目を覚まし、その様子を見ては安心し、目をつむった。
とてもよく眠れた。
朝ごはんを食べ、「気ぬけごはん」の推敲。
雨が降りそうだったので、「気ぬけごはん」のプリントだけしておいて、昼前には坂を下り、郵便局とパン屋さんへ。
そのまま「コープさん」にも行った。
買い物をして出てきたら、外はすっかり晴れ上がっていた。
雨用の傘を日傘代わりに、暑い、暑い、と言いながら坂を上った。
何度も立ち止まって休みながら。
汗だくだくでようやくたどり着き、ゴクゴクと飲んだ冷たい水出し紅茶のおいしいこと!
お昼ごはんにソーセージとチーズとレタスを買ってきたパンに挟んで食べ、「気ぬけごはん」の仕上げをし、お送りした。
そのあとは絵本のことをやる。
中野さんが描き直してくださった絵のカラーコピーをダミー本に切り貼り。
改めてめくっているうちに、またテキストが微妙に動く。
夕方、まだ時間があったので「たべもの作文」。
「す」を書いて、お送りした。
今日の「ムーミン日めくり」の言葉は……「ここには、わけのわからないことが、いっぱいあるわ。だけど、ほんとうは、なんでもじぶんのなれているとおりにあるんだと思うほうが、おかしいのじゃないかしら?」ムーミンママ『ムーミン谷の夏まつり』より。
夜ごはんは、コールスロー(キャベツ、にんじん、ゆで卵)、大根の塩もみサラダ、トマト、カレーパン。

●2017年7月11日(火)曇りのち晴れ

ゆうべ夜中の3時ごろ、ロケット花火のような音がして目が覚めた。
「ヒューーーーーー!」と、闇をつん裂くような音。
たて続けに3回鳴って、最後は空に向かって打ち上げる花火の音。
屋上か、森に向かう坂道の方から聞こえてきたような気がしたのだけど、どうなんだろう。
私は驚いて窓辺に立ち、しばらくの間耳を澄ませていた。
そのあとで夢をみた。
小学校5年生くらいの男の子たちが5、6人、うちの建物の中庭に入って、壁を蹴ったりジャンプしたり、暴れまわりながら花火を上げていた。
中庭なんてものはうちのアパートにはないので、これは夢だと分かるけど、ロケット花火の音がしたのも、なんだか夢のようなできごとだった。
「ムーミン」の見すぎだろうか。
毎晩夜中に海の向こうから爆発音がし、そのたびにムーミン谷の人々はみな目を覚ませてしまうお話。
「花火の秘密」という回だったっけ。
さて、今日は2階で「気ぬけごはん」を書こう。
途中で、中野さんから絵本の表紙の候補の絵が送られてきた。
わーい。
すごい、すごい。
私もがんばろう。
2階で文を書いていると、ぎゅっと集中できる。
おかげで夕方にはほとんどできた。
ひと晩ねかして、明日推敲をしよう。
まだ時間がたっぷりあるので、書きかけの絵本の続きをやる。
これは、先月だったか、たまたま送られてきた中野さんの女の子の絵を見て、ぽわーんと浮かんできた新しいお話。
夜ごはんは、簡単ちらし寿司(しらす、らっきょう、みょうが、青じそ、いり卵、ごま)、豚肉と玉ねぎのバター醤油炒め(レタス添え)。

●2017年7月8日(土)晴れ

よく晴れている。
きのうから中野さんが泊まりにきている。
絵本の原画をうちに運びがてら、車でいらした。
来週からいよいよ絵本合宿がはじまるので、その準備を着々としている。
きのうは私の作ったダミー本を見ながら、作戦会議をした。
また、テキストが動き、また、絵も動く。
今日は「イケア」までドライブ。
お客さん用の敷き布団を買いに行く。
合宿では、もうひとり泊まることになるので。
今はまだ詳しく書けないけれど、15日と16日に、夏休みの自由研究を3人で泊まりがけでやるような、そんな感じ。
編集者さんはいらっしゃれるかどうかまだ分からない。
みんなのお昼ごはんや夕飯を、何にしようかしらと思いあぐねるのはとても楽しい。
では、「イケア」に行ってきまーす。
夜ごはんは、「イケア」でたっぷり食べた(スウェーデン風ミートボール・マッシュポテト添え、フィッシュ&チップス、野菜カレー)ので、軽めに。
ドリア(ゆうべのチキン・ビリヤーニの残りに、トマト、ソーセージ、ホワイトソースとチーズをのせてオーブンで焼いた・中野さんだけ)、サラダ(きゅうり、キャベツ、にんじん・私だけ)。

●2017年7月5日(水)曇りときどき晴れ

朝、アルバムのキャプションのことでスイセイから電話があった。
いいアイデアをいつくももらったので、修正して仕上げ、お昼前にはアノニマにお送りした。
そして、途中まで書いておいた原稿の仕上げ。
「子どもの本」という小冊子のなかの、「心にのこる一冊」という短文だ。
台風が過ぎ去って、東京は真夏のようらしいけど(編集者さんのメールに書いてあった)、ここは秋のように涼しい風が吹き抜ける。
ときどき、澄み切った水でのどを潤しているみたいな小鳥の声が、山の方から聞こえてくる。
鳥の声に耳を澄ましていたら、ふと、「ギャラリーVie」での展覧会のことを思い出した。
展覧会がはじまったばかりのころ、私はとても緊張していた。
中野さんの絵を見にいらっしゃるファンの方のお邪魔にならないよう、できるだけ会場の隅にいようとした。
自分の存在がうるさくて、どうしていいのか分からなかった。
でも、そのうちに少しずつ空気に打ち解け、なじんでいった。
公開制作の大きな絵に向かう中野さん。
その絵が、3日の間にすごい勢いで変化してゆくのを、中野さんの熱烈なファンのnさんの隣に腰掛け、離れたところから眺めているのも楽しかった。
けっきょく私たちが在廊したのは、合わせて5日くらいだったのだけど、その間、なんだかずーっと、何かと一緒に戯れているように楽しかった。
中野さんの絵の世界を好きな人が、それを目指してギャラリーにいらっしゃる。
同じものを好きな方たちが集まってくる場所に、自分もいられること。
見ず知らずの誰かと、同じ世界を好きだという歓び。
ギャラリーの中に、ふわふわと浮かんでいたものがきっと私を遊ばせ、幸せにした。
多くを語るわけではないけれど、ファンの方が中野さんに話しかけているのを聞いたり。
中野さんが答えるのに耳を傾けたり。
ときどき私もぽつり、ぽつりと参加したり。
そういうことは、人生のうちでそう何度も起こることではないと思うのだけど、ギャラリーというところは、作品を通じて奇蹟のようなことが起こりうる場なのだな。
ひとつの展覧会が終わると、きれいさっぱり片づけられて真っ白な壁に戻り、また新しい世界が表れる。
繰り返し、繰り返し。
そして、そもそも絵こそが、そういう力を内包しているのかもしれない。
奇蹟という言葉は厳かすぎて、あまり遣いたくないし、私にはまだ、中野さんという画家の絵についてしか分からないのだけど……彼が絵を描きはじめる前、描いている最中、きっと、目に見えない何かが猛烈に、あるいはひっそりとうごめいていて、それが絵のなかに入る。
その絵がギャラリーに飾られると、見た人の体のなかに入り、心に入り、かけがえのない絵と出会ってしまった人は、自分のそばに一生置いておきたいと願い、買うことを決める。
絵が放出している目に見えない何か。
何かの正体は、その人にとって懐かしい光みたいなものなのかな。
それとも、音色みたいなものだろうか。
まだ、ちっとも言葉にできないのだけど。
そういうものが「ギャラリーVie」に浮かんでいて、人がやってくると、ちらちらとさざめいたり、踊ったりしていた。
こんなふうに私が感じたのは、nさんの隣にいられる機会がたくさんあったからかもしれない。
nさんの、輝き移ろうような表情を見ていたら、私にまで伝染してきた。
nさんは毎朝いちばんにギャラリーに来て、机の上に水筒を置き、公開制作中の絵が移り変わってゆくのを3日間ずっと観てらした。
そして夕方になって中野さんが筆をおくと、さっと身支度をして帰られた。
何度か通っているうちに、ギャラリーの方々とも打ち解け、ワインを差し入れしていただいたり、おいしい焼き肉屋さんを教えてもらったり、コージさんが教室の合間に覗きにいらしたり、オーナーの村上さんとケン玉をして遊んだり。
ずっと同じ場所にいると、なんとなく家族のようになってくる。
一定の距離は、いつも保たれたままで。
そういうのもとてもよかった。
本当に、いい展覧会だった。
夜ごはんは、ぶっかけ素麺(ピーマンの網焼き、納豆、大根おろし、みょうが、貝割れ大根、ねぎ)。

●2017年7月4日(火)曇りのち台風のち晴れ

11時前に中野さんが帰られてから、雨脚はどんどん強くなり、気づけば横なぐりの大雨だ。
窓ガラスに雫が打ちつけ、まるで水槽のなかにいるよう。
そんななか、原画を保管できるよう(金曜日に中野さんが持ってきてくださることになっている)クローゼットを整理したり、紙ゴミをまとめたり。
片づいてからは、『帰ってきた 日々ごはん3』の最終校正と、アルバムのキャプションを延々とやる。
絵本編集者さんから原画のカラーコピーが届いたので、待ちきれずに切り貼り作業。
絵のおかげで、たん、たんと、物語の全貌が立ち上がってくる。
絵のなかに隠されている物語の奥行きも見えてくる。
そうなるとおのずと、無理にせきとめられていたテキストの流れに気づいたり、読み言葉としての音楽の流れも聞こえてくる。
これがたまらなく楽しい作業。
私にとっては、絵本作りの最高峰かも。
いつの間にやら雨が上がった。
明るいのでまだ早いのかと思ったら、もう夕方の6時なのだった。
でも、途中でなどやめられない。
7時過ぎに仕上がった。
でき立てのダミー本のページを最初からめくってゆきながら、テキストの微調整をする愉しみといったら!
それにしても今日はよく働いた。
たっぷり遊ぶと、どんどこ仕事をしたくなる。
7時半くらいに中野さんから電話があった。
今日の大雨は台風だったとのこと。
あちこちで大きな被害があったらしい。
テレビがないし、ラジオもつけていないから私はちっとも知らなかった。
夜ごはんは、茄子の醤油炒め(ゆうべ牛肉を焼いた残りのフライパンで)、ひじき煮(コチュジャン添え)、グリーンアスパラの炊き込みご飯。

●2017年7月1日(土)曇りのち晴れ

ゆうべも雨がよく降っていた。
明け方にはまた霧で真っ白だったけど、朝起きたときには東の空が少しだけ明るかった。
雲はまだ重いから、また雨だろうか。
強い風で猫森がざわざわと鳴っている。
灰色の雲がどんどん流されてゆく。
そのうち青空が見えてきた。
雲は列を作って、西の空に退散してゆく。
もしかすると晴れるのかもしれない。
洗濯ものを干していたら、水を出しっぱなしのような音がして、慌てて台所に下りるも異常なし。
そしたら猫森が鳴っているのだった。
ジャーージャーーー。
海からの涼やかな風が渡る。
今日は、立花君が東京からいらっしゃる。
何やら私にお願いごとがあるとのこと。何だろう……
広島へ帰省する途中で立ち寄るらしく、うちのアパートには来ない。
なので、3時くらいに八幡さまでお待ち合わせ。
喫茶店で打ち合わせをし、そのあとで元町にもお連れするかも。
中野さんとは「ギャラリーVie」で落ち合うことになっている。
明日までで展覧会もおしまい。
そして今日から7月。
また、新しい月のはじまりだ。
今、下の道から歌声が聞こえてきた。
「しれーとこーのみさきに ハマナスーのさくころ おもーいだーしておくれ おれたちーのこーとを」
いつもの介護のお兄さんが、おばあさんを連れて歩きながら歌っている。
さ、出掛けよう。
選挙の不在者投票と図書館にも行ってこよう。
夜ごはんは、焼き鳥屋さんで焼き鳥いろいろ、鶏ぞうすい、ビール、レモン酎ハイ(私)、梅酒(中野さん)。

●2017年6月30日(金)霧と雨のち晴れ

朝起きたとき、どこもかしこも真っ白だった。
霧だ。
いちどは、下の街がぼんやり見えるくらいになったのだけど、ゴミを出しにゆき、朝ごはんを食べ終わり、今こうして日記を書いているうちに下界はまた霧に覆われた。
目の前の道路の方までおしよせてきている。
とても静か。
心が鎮まる。
こんな日は、文を書くのにぴったり。
また2階の机で続きの作文をやろう。
「たべもの作文」は2時くらいに仕上がり、お送りした。
空も少しずつ晴れてきた。
スイセイから『帰ってきた 日々ごはん3』のアルバムのレイアウトが送られてきた。
すごーい!
まるで、たまて箱のように楽しいページ。
今までこんなの見たことがない。
そのあと電話で、キャプションについての希望事項を聞いた。
スイセイはこれから郵便局で用事をすませ、温泉に行くのだという。
なんだか忙しそうだった。
私は、あちこち掃除。
明日は中野さんが新しい絵本の原画の一部を持ってきてくださるので、いらない箱を片づけたり、棚を整理したり、汗をかきながらやった。 夜ごはんは、スパゲティ(バジル入りトマトソース)、オムレツ(ゆうべの残り)、サラダ(レタス、ピーマン、にんじん、玉ねぎドレッシング)。

●2017年6月29日(木)

6時前に起きた。
もうすっかり明るくなっている。
雨はやんだみたい。
と思ったら、道路の端にひとつだけある水たまりに小さな波紋ができている。
それで、雨が降っているんだと分かった。
目をこらしてみても宙の雨は見えない。
まだ早いのでベッドのなかで本を読み、7時過ぎに起きた。
櫻井さんが送ってくださった、ヨーガンレールのハッカ茶がとてもおいしい。
香りがやわらかなのに、お茶としてのコクもちゃんとして、透き通った黄色がとてもきれい。
きのうはそのまま飲んだので、今朝は紅茶に混ぜてみた。
「わあ、おいしい」と、声が出た。
 今日は、10時から2時まで停電の日だから、シャキシャキと動こう。
朝ごはんを食べながらご飯を炊いて、お弁当を作った。
電気が止まると水道も止まるそうなので。
今はまだ9時なのだけど、外の道路には車が停まってずいぶん賑わっている。
黄色いヘルメットをかぶった作業の人たちが9人もいる。
今は細かな雨が降っていて、空も海も白くけぶっているけれど、なんとなしに明るい。
今日もまた「たべもの作文」。
きのう「さ」を書いたので、今日は「し」を書こう。
それが終わったら、『帰ってきた 日々ごはん3』の最終校正だ。
10時ちょっと前に、管理人さんがお知らせにきてくださった。
「これから電気が全部止まります。水も控えめに使うようにお願いします。トイレは小でしたら大丈夫ですが、大はちょっと。上のタンクの水がすぐになくなりますので。終わったら、またお伝えしにまいります」
夜ごはんは、ひき肉のたっぷり詰まったオムレツ(レタス添え)、南瓜の薄炊き(いつぞやの。マヨネーズをちょっとしぼった)、茄子のみそ汁、白いご飯。

●2017年6月28日(水)雨のち晴れ

朝は、しっかりした雨が降っていた。
海も空も真っ白だけど、晴れ間が出てきた。
小鳥も鳴いている。
このところの湿気で、洗濯もののタオルがなんとなしにぷーんと匂っていた。
それは黒いタオルだったのだけど、漂白剤に浸けておいたら、ライ麦パンみたいないい茶色になった。ちょっとまだらだけど。
さーて、今日は何をしよう。
雑誌の校正が終わったら、「たべもの作文」を書こうかな。
「さ」と「し」。
2階の机でやろう。
今日の「ムーミン日めくり」の言葉。
「スナフキンも、ここにいるぼくたちとおなじように、たぶん幸福にしていると思うのですが、どうかあの人がうまくテントをはって、明るい気持ちでいますように(ムーミントロール『たのしいムーミン一家』より)」
そうそう。
おとついの明け方だったかな、5時くらいと6時くらいに2度電話がかかってきた。
どちらも1回だけ鳴って、切れた。
こういうのワン切りというのだっけ。
なんだかちょっと、いやな気持ち。
いたずら電話かもしれないので、ゆうべは電話機の電源を切って寝てみた。
半分寝ぼけながら考えたのはこんなこと。
(もしかすると、ひとり暮らしをはじめたばかりの娘か息子のいるお母さんが、モーニングコールをしているのかも。お母さんは電話番号を間違えたまま、気づかずにうちにかけてしまっているんだ)。
そしたらいやな気持ちはなくなった。
お話を作るのが得意でよかった。
午後、アノニマから『帰ってきた 日々ごはん3』のカバーまわり一式が送られてきた。
マメちゃんの絵も、スイセイのデザインもとってもいい!すばらしい!
マメちゃんの絵が、最大限にいかされたデザインだと思う。
4時くらいにコープさんへ。
坂道のところでアゲハ蝶を拾った。
今さっき死んだばかりみたいで、小さな小さなアリがたかりはじめていた。
表はオレンジ色に黒の斑点、白いスジ、裏に返すとヒョウの柄のような細密な模様。
とてもきれい。
葉っぱの間に挟んで、コープさんのビニールに入れ、壊れないよう大切に持ち帰った。
帰ってから写真を撮って中野さんにお送りしたら、電話をくださった。
「それは、ツマグロヒォウモンです」とのこと。
前に、ハンダづけのメッキみたいに光る突起が点々とついた、とてもきれいな黒いサナギの話を聞いていたのだけど、それはこの蝶のものなのだそう。
中野さんの家では今日、何羽も羽化したらしい(甥っ子が飼育していた)。
虫カゴのふたを開けて逃がしてあげていたら、中野さんの黄色いTシャツに1羽がずっととまっていたそう。
なんだか今日は、じんわりとしたいい日だったな。
早めにお風呂に入って、ひとり乾杯をしよう。海に向かって。
夜ごはんは、チャーハン(南瓜の炊き込みご飯の残りに、ひじき煮を加えて炒めた。コチュジャン添え)、茄子のフライパン焼き、サーモンのムニエル。

●2017年6月26日(月)晴れたり曇ったり

たっぷり眠って8時に起きた。
雨かと諦めていたら、よく晴れている。
朝ごはんを食べながら洗濯大会。
部屋干ししていた洗濯ものを屋上に干しにゆき、乾いたのを取り込み、また新しく洗濯したものを干し……と、エレベーターで何度も往復した。
あちこち掃除機をかけ、雑巾がけ。
扇風機の埃が気になり、きれいに拭いたり。
先週は中野さんが5泊し、潤ちゃんが1泊し、23日には櫻井さんがごはんを食べにいらっしゃった。
その日のメニューは、南瓜の炊き込みご飯、もろみ(自家製醤油の搾りかすに甘酒、酒、みりんを加えて煮込み、青山椒の佃煮と青じそをたっぷり刻んで入れた)、青じそキムチ(青じそを塩漬けにし、きゅっと絞ってコチュジャンで和えた)。
お昼ごはんのあとは、いろいろおしゃべりし、夕方になりかかってから窓辺で白ワインをゆるゆると呑みながら、料理をこしらえては出した。
元町商店街の水曜市で、丹波産の親指の先ほどの小粒新じゃがをみつけたので、塩ゆでにしたの(ゆでたてを半分に切り、冷たいバターをはさんで食べた)と、「リソレ」を作った。
「リソレ」というのは、前にフランスへ行ったとき、じゃがいもと岩塩が特産のノワール島の奥さんから教わった。
小さな新じゃがをたっぷりのバターを泡立てながら、香ばしく炒める(まわりがカリッとするまで)。
とてもうまくいった。
あとは、何を作ったのだっけ。
あちこちすっかり掃除した部屋で、窓をいっぱいに開け、先週のことなどをふり返り、こうして日記を書いています。
水曜市で買ったバジルで、バジルペーストとトマトソース、夜ごはんのひじきと南瓜を煮ながら。
先週は、中野さんともいろいろな話をたくさんした。
たくさんというより、深い話を少し、なのかな。
ひとつが終わったら、すみずみまで雑巾がけをし、風を入れ、空気がまっさらになるように、また、新しいことがゆっくりと立ち上がり、じりじりとはじまってゆくのだと思う。
発進!
夜ごはんは、ひじき煮(だしをとったあとの昆布もひじきと同じ細さに刻んで煮た、細く切った油揚げ)、南瓜の薄炊き、納豆(オクラ、みょうが)、みそ汁(小粒新じゃがの残り、青じそ)。 

●2017年6月25日(日)雨のち曇りのち雨

11時半くらいにうちを出て、阪急電車で夙川へ行き、香櫨園まで川沿いを歩いてまた電車に乗り、つよしさんの家へ行った。
駅に着いたら雨が上がって、晴れ間が出ていた。
気持ちがいいので、電車からちらっと見えた古い神社まで散歩した。
そこは、つよしさんが子どものころによく遊んでいた神社だそう。
狛犬は腰の高さほどしかない可愛らしい大きさ。
つよし「よく、狛犬によじ登ってました。小さいころにはとても大きかったんやけど、それだけ体が小さかったんやなあ」
池には鯉と亀がいた。
つよしさんの描かれた『「とうさん」』に出てくる沼みたいに緑色だった。
つよしさんの部屋で、昔の絵や新しい絵をたくさん見せていただいた。
紙版画も。
誰にも何も頼まれているわけではないのだけど、もしかすると、なんだか新しいお話がはじまりそうな予感。
夕方、てくてく歩いて喫茶店でコーヒーを飲み、隣町の駅近くの大きな「いかりスーパー」で買い物をして帰ってきた。
帰りも川沿いを歩き、夙川で阪急電車に乗った。
六甲の駅前で焼き鳥を2本買った。
夜ごはんは、冷や奴(自家製醤油)、もやしとえのきのオイスターソース炒め(にんにく、バジル)、焼き鳥、南瓜(茨城の江戸崎南瓜、りうが送ってくれた)とじゃがいものサラダ。

●2017年6月22日(木)曇り

20日から「ギャラリーVie」での展覧会がはじまった。
中野さんはうちに泊まってギャラリーに通い、大きな絵をライブで描いていらっしゃる。
今日は3日目なので最終日。
さっき、ギャラリーのフェイスブックを見たら、仕上がった絵の写真が載っていた。
太陽がまぶしい、どこか外国の海辺の街のようにも、大きな船のようにも見える。
「中野真典展『海も空も』三日目で、公開制作していた絵が完成しました!!
タイトルは「mn号」。アゲハ蝶から始まり、たくさんの生き物が誕生して死んで、船に乗ってどんどん軽くなる。
最後はmちゃんからいろんな生き物が生まれた 生死と昇天の絵だそうです」
と書いてある。
きのうは、小野さんとのトークイベントがぶじ終わり、打ち上げもまたとても楽しかった。
一次会は明石焼がおいしいお店。
二次会はコージさんが連れていってくださったお店で、路地裏にテーブルを出し、街の風に吹かれながらおいしい赤ワインを呑んだ。
15年以上も前に、何度も何度も「クウクウ」にいらしていたコージさんと小野さんが、こうして目の前にいることの不思議。
あれからコージさんは神戸へ移住し、厨房で鍋をふったり皿洗いをしていた私もなぜか神戸に住むことになり、絵本をデザインしてくださった小野さんとも、15年以上ぶりにこうして一緒にワインを呑んでいる。
コージさんの隣には中野さんがいらっしゃる。
コージさんに「なおみクン」と呼ばれたとき、嬉しさがこみ上げた。
ゆうべは潤ちゃん(京都にある絵本屋さん「メリーゴーランド」の)がうちに泊まった。
と、ここまで書いたのだけど、もうこれ以上日記が書けないや。
たくさんの人たちに会って、楽しいことがどかどかとあって。
落ち着いたら、また書くことにします。
今夜、中野さんは櫻井さんとお打ち合わせで、帰りが遅くなる。
夜ごはんは、マルちゃん正麺。

●2017年6月17日(土)快晴

7時半に起きた。
朝から、たまらなくいい天気。
屋上に洗濯ものを干しにいったら、白い半月が出ていた。
「たべもの作文」の「こ」はきのうのうちに仕上げ、お送りできたので、今日は坂を下りて美容院へ行きがてら、図書館やら「めぐみの郷」やらあちこちまわろう。
「めぐみの郷」へはプラムを買いに行く。
プラムはまだ時季が早いようだったけど、和歌山産の赤く熟れたいいすももが安かったので、4パック買ってきた。
青梅も買ってきた。
図書館はお休み、西宮北口へも電車で行ったのだけど、ドイツの布屋さんはお休みだったから、この間飲んでおいしかったウィーンの白をワイン屋さんで買ってきた。
六甲へ戻り、「MORIS」と「六珈」さんにDMの追加を持っていったり、「いかりスーパー」で買い物したり。
なんだかんだで5時半くらいに家に到着。
ふと窓を見たら、夕陽の当たっている対岸の海の一カ所だけが光っていた。
びっくりするほど金色。
さきおとついだったか、塔吉が「お日さまが下にあるよ!」と何度も叫んでいたときは、もっと東の方だった。
夕焼け空がいつも違うように、毎日、毎瞬間、太陽が反射する位置も、反射して光る場所も違うのだ。
今日の夕焼けは茜紫の帯が太く、いつもより少しだけ派手だった。
夜ごはんは、オムライス(茄子、プレスハム、高知のお土産のトマトケチャップ)。
お風呂に入る前に梅酒を漬けた。
去年は黒砂糖を加えたら、最後の方は濁ってしまってあまりおいしくなかったので、氷砂糖(去年の残りがちょうどいい量だった)のみでやった。
そしてたまたま開けていないのがあったので、今年の梅酒は本格焼酎で漬けてみた。
おいしいのができるといいな。
ビンに入りきれなかった青梅は、ジャムにした。
明日はすももの砂糖煮を作ろう。
これは、21日の「ギャラリーVie」でのトークショウのお客さんたちに、すもものソーダーをお出ししようと思うのです。
『ほんとだもん』のデザインをしてくださった小野明さん(羽島一希さん)とふたりで、絵本についてお話しします。
題して「絵本って何?」。
そういえば『楽しいムーミン一家』にも、「クリスマスって何?」という回があったっけ。
小野さんは「クウクウ」にもよくいらっしゃっていた方で、中野さんの絵と出会うきっかけとなった、『おもいで』という絵本のデザイナーでもあります。
まだお席があるようなので、ご興味のある方はぜひいらしてください。
詳しくは、「ふくう食堂」の「めにう」のページの「ニウス」をクリックしてみてください。

●2017年6月15日(木)快晴

7時に起きた。
風もなく、ここ最近のなかでいちばんよく晴れている。
朝ごはんを食べ、今日は醤油を搾ることに決める。
日記にはずっと書いてなかったけれど、去年の10月5日から仕込みはじめた手作り醤油の発酵が順調に進み、先月くらいから様子が変わってきていたのだ。
ちょっと前まで表面に白い膜のようなのができ、最初はカビかと疑ったのだけど(カビかもしれないけど、良いカビだと思う)、いかにもおいしそうな濃厚な香りだったので、気にせずよく混ぜ込んでは味をみていた。
ふつふつと泡立つのも、もう何ヶ月も前から納まり、5月の半ばくらいから、ふくよかで落ち着いたとてもいい匂いに変わっていた。
説明書には、「発酵分解、熟成」という言葉がある。
まさしくこれが熟成された匂いなのだろうか。
まず、布袋に入れて搾ってみた。
なんとなく乳搾りに似ている。
ぶじに搾り終わったのだけど、濁ってしまった。味はものすごくおいしいのだけど。
鍋にあけていちど煮立たせ(煮沸しないとカビが生えるのだそう)、もういちど布袋で、こんどは搾らずに自然に下に落ちるようにした。
時間がかかるけれど、ポトリポトリと落ちている。
この分でいくと、1/2カップくらいしか取れないかもしれない。
前に、きさらちゃんが搾った醤油を見せてもらったときには、もっと透明感があり、量ももう少し多かったような気がする。
発酵が激しい最初のころに、私はいちどペットボトルから溢れさせてしまったし(そのあとはホウロウの大きめタッパーに移した)、搾り加減も適当だからかも。
でも、搾ったあとのもろみも濃厚なうまみがあるから、ご飯にのせて食べられるような、何かおいしいものを作ろうと思う。
説明書きには、「麹、米ぬか、酒粕の他、ビールや日本酒の飲み残しなどを加えると、搾りかすのもろみをさらにおいしく楽しめる」と書いてある。
搾りかすは八丁味噌の味にも似ているから、甘みをちょっと加えれば、麻婆豆腐のテンメンジャンの代わりにも使えそうだ。
それにしても部屋のなかが味噌くさい。
さっき、洗濯ものを干しに行って屋上から戻ってきたら、なんともいえない濃い匂いがした。
なんとなく、人の体から発せられているような、生きものの匂い。
この醤油は生きているっていうことなのかも。
部屋にはおとつい描いた塔吉の絵が広げたままになっている。
川へ行く前に、大きな紙(ほのちゃんたちが3月に遊びにきたとき、みんなで絵を描いた紙の裏側)を広げてやったら、塔吉はいちばん太い筆に赤い絵の具をつけ、道のようなものをすぐに描きはじめた。
「オラ、迷路描くー」と言っていた。
かすれてもまったく気にとめず、手に伝わる感触をおもしろがっているみたいに、体をくの字に曲げて紙の上をじりじりと後ずさりしながら、ゆっくり線を引いていた。
絵なんかちっとも描こうとしていなくて、絵の具のたまったところを筆でこすったり、「みい、ボールペン貸して」と言って、その上から細かく線を引いて重ねたり、引っかいたり。
なんか、ミロみたいな絵。
こういうおもしろいのを、子どもたちはみんな描くんだろうな。
いつからそういう絵が描けなくなるのだろう。
私がトイレから戻ってきたら、こんどは色鉛筆でカーブした何かを描いていた。
塔「みーい、これ何か分かる?」
私「あ、虹かなあ。虹?」
塔「うん、そうっス。虹っス」
私「バナナみたいだ、虹バナナだね」
そして「塔吉、この歌知ってる?」と私が歌いはじめたのは、以前に中野さんが教えてくださった「にじ」。
中野さんが保育士時代、子どもたちはこの歌が大好きだったそう。
「みんな、上手に歌うんですよ」とおっしゃっていた。

♪にわの シャベルが いちにち ぬれて
あめが あがって くしゃみを ひとつ
くもが ながれて ひかりが さして
みあげて みれば ラララ
にじが にじが そらに かかって
きみの きみの きぶんも はれて
きっと あしたは いいてんき
きっと あしたは いいてんき

塔吉はちゃんと知っていて、すぐに一緒に歌いはじめた。
歌詞も覚えているし、素直な声でなかなか上手。
りうはその歌のことも、塔吉がそんなふうに歌えるのも知らなかったって。
私「保育園でいつ歌ってるの?」
塔「うーんと、集まって、名前を呼んだあと、いつも歌う」
続いて2番。

♪せんたく ものが いちにち ぬれて
かぜに ふかれて くしゃみを ひとつ
くもが ながれて ひかりが さして
みあげて みれば ラララ
にじが にじが そらに かかって
きみの きみの きぶんも はれて
きっと あしたは いいてんき
きっと あしたは いいてんき

3番まで一緒に歌った。

あら?
今、塔吉の絵を眺めているのだけど……手の平に絵の具をつけてペタペタとハンコみたいに重ねていたところが羽根のようで、顔らしきところにちょうど目玉もあり、横向きの赤い鳥が立っているように見えないこともない。
夜ごはんは、冷や奴(醤油を搾ったときにボウルに残っていたのをかけた)、茄子のくたくた煮、餃子の中身のお焼き(いつぞやの餃子の具の残りを丸め、冷凍しておいたものに片栗粉をたっぷりまぶし、ごま油でカリッと焼いた。ソースをかけて食べた)、ひじき煮、コンニャクの炒り煮、水菜のおひたし(すりごま、ポン酢醤油)、ねぎだけのみそ汁(搾りかすのもろみを味噌代わりにした)、ご飯。

●2017年6月14日(水)晴れ

7時ちょっと前に起きた。
ぐっすり眠って、目が覚めたらもう朝だった。
おとついの朝、りうと塔吉(次男、そよの弟)が飛行機に乗って神戸にやってきた。
10時半に八幡さまで待ち合わせ。
私はいつもの神社でお参りし、お墓猫にも挨拶をして、15分で坂を下りた(最速だった)。
八幡さまの境内の隅を、走り回っている男の子がいた。
「とおきちー?」と聞きながら私が日傘を振ると、「みーい?」と首をかしげ、叫びながらその子が駆け寄ってきた。
私は両手を広げて待っていて、キャッチした。
そのとたん、私は自然とおばあちゃんになった。 吉祥寺の家にはりうとトモさん(りうの夫)が、そよ(確か3歳くらいだった)と一緒に一度だけ連れてきてくれた。
あのころの塔吉は、ハイハイができるようになったばかりで、まだ1歳になっていなかったと思う。
今はもう5歳で、保育園の年中さん。
ずいぶん大きくなり顔も変わっているけれど、折々にりうが写真を送ってくれていたからすぐに分かった。
りうはちっとも変わらない。
相変わらず20代にしか見えなくて、リュックひとつで近所に買い物に来たくらいの普段着に、ペタンコのスニーカー。
塔吉はものおじしない子みたい。
「今日は何したい?」と聞くと、「オラ、観覧車のりてえっス!」と片手を揚げて言った。
「クレヨンしんちゃん(大好きなんだそう)」と茨城弁が混ざった言い方で。
ちょっと鼻にかかった、乱暴な感じのしない声。大きすぎず、小さくもない声。
八幡さまの門を出て、マンションの2階で白いカーテンがはためいている窓を見上げながら、「MORIS」の今日子ちゃんのことをりうに話していたら、後ろからついてきた塔吉が、「オラ、そこ行ってみたい!」と言う。
私「ほんとに?」、塔「うんほんと。オラ、そこ見てみたいもん!」
「MORIS」は定休日で、何かの仕事の準備中だったのに、今日子ちゃんはいつもと変わらずにあたたかく迎えてくださった。
塔吉が靴を脱いで上がろうとしたら、「ああ、そのままでよろしよ。ほら、見て、私も靴をはいているでしょ」
「そうだ。ジンジャーエール飲みませんか? あ、せや、ちょうどきのう焼いたチーズケーキもあるんです。食べていきませんか?」
今日子ちゃんは、子どもにも大人にも境なく等しく接するから、塔吉も「ねえ、今日子ちゃん、ジャンケンしよう」なんて言っていた。
そして、阪急電車で王子動物公園へ。
六甲に戻ってきて、「コープさん」までてくてく歩き、買い物。
5歳児に急坂が上れるかどうか心配していたのだけど、わざわざ溝に下りて歩いたり、でっぱったところによじ上ったりしながら、ヒーヒーして「オラ、もうだめ。サイテイになった」とか言いながらも、普通にひとりで上っていた。
途中の、いつも私が水を飲む海の見える公園でも、すべり台でひとすべりしたり、うんていにぶら下がったり、けっこうひとりで黙々と遊ぶ。
塔「オラ、どんちゃん埋める。どこ埋めよっかなー」
どんちゃんというのは、動物園で拾ったどんぐりのこと。
りうはマラソンが趣味とかで、大会にも出ているらしく、ほとんど息も上がらずに、いちばん最後の急坂はヒョイヒョイと走って上っていたくらい。
その後ろから、塔吉もケラケラ笑いながらついて行っていた。
私がいちばん最後に頂上に着いた。
うちに着いて、ビールを飲みながらりうとおしゃべりしているうち(その間塔吉は、『幼稚園』という雑誌の付録を組み立てたりして、ぐずりもせずにひとりで遊んでいた)、必要なものを買い忘れたのに気がついて、夕方もういちど3人で「コープさん」へ行った。
塔吉は眉間にひとさし指と中指を忍者みたいに揃えて当て、「シュンカンイドウ!」とか言いながら、走りながら下りていた。
ゆるやかなところでは、下半身だけの側転みたいなこともしながら。

ふたりはひと晩だけ泊まって、きのうはお昼過ぎくらいに川へ行き、お弁当を食べた。
塔吉は川の中で立ったままおにぎりを食べていた。
私とりうもあとで入った。
地図みたいな模様のきれいな蝶々が、私たちのまわりをヒラヒラヒラヒラとずっと飛んでいた。
それからまた坂を上ってうちに戻り、けっきょくタクシーに乗ったのは、帰るときだけ。
今朝、洗濯機を回しながらトイレに入っていて、タクシーから下りたときのことをふと思い出した。
六甲駅に着いたとき、りうが「ありがとうございました」と運転手さんに声をかけながら先に下り、私も「お世話になりました」と言いながら、いつものように下りようとした。
そしたら塔吉が割り込んできて、運転席の方まで身を乗り出し、「うんてんしゅさん、アリガトゴザマース!」と、「クレヨンしんちゃん」の言い方で明るく言ったのだった。
私はトイレから出ながら、ブッ!と吹き出し、声を上げて思い出し笑いをした。
あんまりおかしくて涙が出てきた。
笑いながら朝ごはんの食器を洗いはじめたら、流しに涙がぼとんと落ちた。
(あれ? 私、なんで泣いているんだろ)と思ったとたん、なんだかとめどもなく出てきて、止まらなくなった。
この2日間の、りうと塔吉の思い出の洪水となった。
「みーい、ねえねえエグゼイド(仮面ライダーみたいなもの)のなかで誰がいちばん好き?」
「ねえ、みいは何のアイテム(ゲーム用語らしい)持ってんの? オラはねえ、○○と○○と○○持ってんだ」
「みーい、オラ牛乳のみてえ」
「みーい、どんちゃんみつけた。帽子がちがうけど、さかさまにしてもはいるよ」
「オラみいとお風呂に入りたいかも。今日はカアカと入るけど、明日いっしょに入ろうかな」
「みいのうちテレビないの? えー、ないの? まじスか。じゃあムーピン(ムーミンのこと)見てもいい?」
「みーい、えー、なんでこれあんの。これ『ハウル(の動く城)』じゃん、オラこれ見たことある。オラ見てえっス、いま見てもいいの?」
「みーい、ぼくじょう(屋上のこと)さあ、オラもっかい行ってもいいぜ」
「みーい、てんごくさあ、じゃなかった、ぼくじょうさあ、明日もっかい行く?」
「みーい、おしっこしてもいい?(私がお風呂に入っているとき、入ってきた)」
「みーい、ジャンケンしよう。さいしょはグー、じゃんけんグーチョキパー(親指、ひと差し指、中指の三本指をいちどに出して)、はいオラの勝ちー!」
きのう、川へ行ったときだったかな。
坂を駆け下りる塔吉を追いかけ、「危ないよ」と後ろからはがいじめにしたら、左胸のところにたまたま私の腕が触れた。
とても小さな心臓が、すごい早さで脈打っていた。
トクトクトクトクトクトクトクトク。
私はそのときおののいた。
こんなに小さな体で生きている人が、ここにいることを。
この体の中には、肉のあまりついていない骨があって、お腹にはさっき食べたお菓子が入っていて、うんちも入っていて、おしっこも少し入っていて、肌の下では血も流れ、今はトクトクカクカクとよく動いているけれど、いつ壊れてしまってもおかしくない心臓と体が、ここにある。
その儚さを手に感じたら、思わず腕に力が入った。
りうのことも思い出した。
りうにはじめて会ったときも、りうはとても小さく、儚なかった。
あああ。
いやんなっちゃうなあ。
もう、このへんで日記はやめにしよう。
そろそろ「たべもの作文」を書かんにゃ。
長くしつっこい日記を、ここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました。
もうひとつだけ。
塔吉はカレーが大好物らしく、朝ごはんのとき、りうのカレーパンを横から手を出して食べていた。
私も大好きなそのカレーパンは、生地を揚げてない白っぽいもの。
中にぎっしり詰まっているキーマカレーは、けっこう本格的で、大人でも辛いのだけど(今日子ちゃんは辛すぎて苦手だそう)、塔吉は何度も挑戦して食べては、牛乳のコップに舌をつっこみ、ベロベロと冷やしていた。無言で。
夜ごはんは、塔吉がいるときにしてあげればよかったなと思いながらカレーを作り、食べた。
カレーライス(豚肉、ポールウィンナー、玉ねぎ、じゃがいも)、福神漬け、おいしいらっきょう(中野さんのお母さんが今年漬けたもの)、きゅうりと赤玉ねぎのサラダ。

●2017年6月10日(土)晴れ

きのうは中野さんをお見送りがてら、海へ行った。
塩屋という駅で揚げ物(鶏のチューリップ揚げ、コロッケ、春巻き)を買い食いし、しばらく辺りを散策したあとは、海岸線の道を須磨までまっすぐに歩き、途中から浜へ下りた。
そこは、ちょうど去年の今ごろにも歩いた場所 (日記を振り返ってみたら6月18日だった)。
海は太陽の光を受け、さざ波だった水面がキラキラチカチカと光っていた。
「きれいー」「いい気持ちー」と私は何度も声に出し、ときどき海を見晴るかしながら、岩づたいに波打ち際を歩いた。
中野さんは少し前を歩いていて、その後ろから私も滑らないように進んでいたのだけど、拾った貝殻を洗おうとして、くるぶしまで波がかかってしまう。
波をかぶったとき、海水が厚みのあるレンズのようになり、自分の足とスニーカーの輪郭が盛り上がって、泡の合間に白く光って見えた。
一瞬のことだったけど、時間が止まったような感じがした。
とてもきれいだった。
大人の私は「あー、やっちゃった」と反省し、すぐに靴下を脱いで足を拭きたいと思ったのだけど、子どもの私は(きれいで不思議だったあれを、もう一度見たい)と思っていた。
駅で電車を待っているとき、須磨海岸はなんとなく川上弘美さんの短編「海石(いくり)」に出てきそうなところだと思った。
――あたしたちは、穴に住む。引き潮になると、穴からは空が見えます。空はいろんな色をしている。うすむらさき色のときが、あたしはいちばん好きです(『パスタマシーンの幽霊』「海石」より)――
六甲道から急行に乗れば、15分で須磨まで来られることも分かった。
海が見たくなったら、ひとりでもぶらりとここへ来ればいいんだな。
元町で降りて、きんつば屋さんへ行き、本屋さんへ行き、三宮まで歩いてアイスコーヒーを飲んで、それぞれの方向の電車に乗り込み、帰ってきた。
それにしても今日は日傘を差してよく歩いた。
帰り着いたら、プールから帰ってきた夏休みの子どもみたいになっていた。
おかげでゆべはよく眠れた。
朝起きて、お風呂のなかで潮をかぶったスニーカーを洗った。
関西地方はおとついから梅雨に入ったそうだけど、雨が降ったのは一日だけで、ここ二日の間よく晴れている。
朝ごはんを食べてすぐ、マメちゃんに頼まれているエッセイを書いた。
お昼ごはんを食べ、推敲する。
午後は「たべもの作文」の「く」を書く。
夕方、窓の外が白いなと思ったら、雨が降っていた。
夜ごはんは、豚肉と茄子とピーマン炒め(焼き肉のタレで)、もずく酢、ちりめん山椒の佃煮、ご飯。
ムーミンを見ながら食べた。
今夜も猫森の木が風に揺れ、シャワシャワと鳴っている。
今、日記を書いていて思い出したのだけど、きのう海へ出掛ける前、たまたま窓辺に立っていた私は、風を孕んで丸く膨らんだレースのカーテンにすっぽりと包まれた。
カーテンの向こうで中野さんが笑ってらした。
そのとき、シャボン玉みたいな、光を通す透明な丸い膜の中に体ごと入ってしまったように感じたのだけど、今思うとそれは、波をかぶったスニーカーにそっくりだった。
風になびいて布が引かれるのと、波が引いていくところも似ていた。
カーテンの内側から外を見ている私と、スニーカーを外から見ている私。
視点の主客は反転しているけれど、なんだかデジャブーみたいだった。

●2017年6月8日(木)晴れ

朝方は小雨が降っていたけれど、10時には上がった。
中野さんは11時過ぎにいらっしゃった。
いらして早々、絵本の話をいろいろした。
体を動かしたくなったので、坂を下り、「月森」さんへ。
アイスクリームがぽっこりと溢れそうにのっかったコーヒーフロート(中野さん)と、ティーフロート(私)。
飲み物が出てくるまでのゆったりとした時間、本棚の絵本や詩の本を小さい声で読み合ったり、ぼそぼそと話したり。
八幡さまで休憩し、ゆらゆらと坂を上って帰ってきた。
満月は明日のようだけど、ほとんどまん丸。
月見をしながら食べた。
夜ごはんは、カシューナッツ、にせピータン豆腐(ゆで卵、長ねぎ、香菜、オイスターソース、しょうゆ、ごま油)、鶏のフライパン焼き(中野さん作)、ビール。

●2017年6月7日(水)薄い晴れのち曇り

ゆうべから雨。
しめしめみしみしと、しめやかな雨。
明け方、音を聞きながら眠っていたら、雨の音なのか、お腹の中で鳴っている音なのか聞き分けられなくなった。
半分寝ぼけていたのだけど、たぶん両方で鳴っていたのだと思う。
鼻のつけ根の軟骨でも鳴っているのが分かったから。
きのうは洗濯ものを屋上に干してあらかた仕事をし、午後からはまたリーダーとあちこち出掛けた。
主に新開地の市場を散策。
串揚げ屋さんで買い食いをし、喫茶店でフルーツサンド(私)とメイプルシロップ・トースト(リーダー)を食べ、三宮へ。
バスで新神戸へ行くリーダーをお見送りし、私は「ユザワヤ」でミシン糸や針やまち針など、ずっと欲しかったものを買って帰ってきた。
リーダーと一緒に過ごしている間、ずっと楽しくて、なんだか吉祥寺時代が戻ってきたみたいだった。
でも、リーダーといることでまた改めて、自分の体の半分は神戸の人になっているのも感じた。
今はまだ、うまいこと言葉にできないけど、なんだかはじめての感触だった。
このところずっと人に会ったり、外に出掛けたりが多かったから、今日はひさしぶりにひとりの時間だ。
お昼ごはんを食べたら、「たべもの作文」を書こうかな。
夕方、空も海もすべてが白く、境目がなくなった。
夜になって霧。
夜ごはんは、みそ雑炊(ゆうべのみそ汁に冷やご飯、豆腐、ひたし豆を加え、卵でとじた)、ひじき煮、ちりめん山椒の佃煮(甘辛いもの、新開地で買った)、梅干し。
お風呂から上がって窓を開けると、紫紺の空に白い竜がたなびいていた。
西の方角に流れ……消えかかるまで、ぼおっと眺めていた。
明日は急に、中野さんがいらっしゃることになった。

●2017年6月5日(月)晴れ

7時に起きた。
リーダーはまだ寝ている。
きのうは雑誌の撮影で、東京から懐かしい仕事仲間がいらした。
「クウネル」でずっとお世話になっていた戸田ちゃんと、長野君。
リーダーは「気ぬけごはん」のイラストのための取材を兼ね、ボランティアで撮影のアシスタントをしてくれた。
ああ、きのうは楽しかったなあ。
思い出してもうれしくなる。
撮影が終わってから、それぞれの宿題(仕事)をやって、その間リーダーは白いチキンカレーを作ってくれた。
フードプロセッサーでスパイスをつぶしたり、カシューナッツをつぶしたり。
リーダーは今、「インド冨士子」でアルバイトをしているから、お店で出しているカレーらしい。
カレーができ上がり、私のじゃがいものお焼きの支度もできたので、屋上へ上り、海を見ながらビールを飲んだ。
でも、ふと気づけば3人ともスマホの画面を見て、海なんか見ちゃいない。
「なんで東京の人たちは、ここに山があるのに、山を見たり空を見たり、海を見たりしないの?」と聞いてみた。
「あっ、そうですね、そうですね」と3人は答え、みなで大笑いし、そのあとは景色を見た。
そして、6時くらいに今日子ちゃんとヒロミさんがいらした。
それからは東京家族&六甲家族の懇親会。
台所に新設したカウンターにテーブルをつなげ、遠くから夕焼けを眺めながら、食べたり呑んだり(そんなには呑んでいない。ワインを2杯くらいずつ)。
「あっ、飛行機が来た!」と今日子ちゃんが言えば、みな窓辺に駆け寄り、「えー、どこどこ?」「見えないよー」「あっ、分かった、ほらあそこ」。
「あっちの空が紫がかってきた」と私が言えば、またみんな駆け寄って窓辺に張りつく。
「わー、ほんとだ」「きれいだねー」「すごいねー」。
それがなんだかやたらに楽しかった。
レタスだけのサラダ(玉ねぎドレッシング)、大根と香味野菜の細切りサラダ(カリカリ油揚げのっけ)、じゃがいものお焼き(クリームチーズ、ディル)、ソーセージの天火焼き(ディジョン・マスタード)、まぐろの中落ち(ねぎ、青じそ、みょうが、黄身醤油)、焼き茄子とオクラのだし汁ひたし、白いチキンカレー(リーダー作)&白いご飯。
デザートはチーズケーキ(今日子ちゃんのお手製)、チェコスロバキアのクッキー(戸田ちゃんのお土産)、白ワイン、ビール。

今日はひと仕事(『帰ってきた 日々ごはん3』の最終校正と「あとがき」の校正)して、午後からリーダーとてくてく歩いた。
まずは、裏の森へ入ってみた。
泉があるあたりまで行った。
そのまま出てきて、いつも私が歩いている坂道を下り、神社でお参り。
「コープさん」、お花屋さん、八幡さま。
「かもめ食堂」でおいしいお昼ごはんを食べ、図書館(休館日だった)へ。
また戻ってきて、八幡さま、「月森」さん。
六甲まで戻ってきて、「いかりスーパー」、またお花屋さん。
たくさん歩いたので、タクシーに乗って帰ってきた。
洗濯ものを取りこみながら、屋上でジンジャー・ビール(今日子ちゃんのお手製の新しょうがの砂糖煮を、きのうの残りの気のぬけたビールに混ぜた)。
ちょうど日が沈むところで、涼しい風が吹いていた。
しばし、まどろむ。
下りてきたら、廊下のガラス窓のところに蛾が張りついていた。
蛍光色みたいな、薄緑の、とても美しい羽根。
こんなのはじめて見た。
きのう東京チームと屋上にいたとき、白っぽく光る羽根の蝶が飛んでいた。
羽根を小刻みに動かし、ほとんど直線に進んでいたから、蝶の飛び方ではないな、何だろうと思っていた。
もしかしたらこの蛾だったのかも。
銀色蝶じゃん。
リーダーはいま、お花屋さんで買って帰ったノコギリソウの絵を描いている。
夜ごはんは窓辺で、夜景を眺めながら食べた。
焼き肉スパゲティー(牛カルビ、椎茸、ニラ)、千切り野菜のサラダ(大根、にんじん、みょうが、青じそ、みょうが、ポン酢醤油、ごま油、いりごま)。
この2日間一緒に過ごして分かったこと。リーダーの口癖は、「キター!」。

●2017年6月2日(金)晴れ

ゆうべの嵐は凄まじかった。
休みなく雷が鳴り響き、カーテンを締め切っていても、雷光が部屋じゅうを照らした。
瞼をつむっても、目のなかまで光が入ってきた。
ときどき窓を開けて見たら、紫がかった黄色い光で、空も海もそこらじゅうがおおわれていた。
ガタガタと窓が揺れ、大粒の雨も降っていた。
でも私は、ちっとも怖くなかった。
胸はドキドキしていたけれど、大いなる自然のうごめきのなかに、自分も含まれているような感じがしていたから。
嵐は、しばらくして去った。
西の方角へ、音が移動していったような気がする。
今朝はプラスチックゴミの日。
山の入り口まで歩き、チチチチと咲く白い小さな花の小枝をもらってきた。
帰ってから調べると、「いぼたの木」という名だそう。
若草色の甘いお茶のような、かすかだけれどとてもいい匂い。
ひとつひとつの花はとても小さいけれど、百合の形をしている。
民家の垣根には、「うつぎ(卯の花)」の白い花も咲いていた。
この間まで青く堅かった枇杷の実も膨らんで、色づきはじめていた。
そういえば去年は、強い香りのスイカズラの花が、山の入り口あたりに咲いていたような気がするけれど。
同じ本で調べたら、坂道の途中でいつも水を飲む公園の生け垣からこの間いただいた白い花は、「ねずみもち」ということが分かった。
「いぼたの木」によく似ているけれど、花のつき方や葉っぱの形が違う。
この本は、アノニマの村上さんにいただいた『にほんのいきもの暦』。
24節気の暦に沿って、植物や虫、鳥の写真が載っている。
誠実で控えめな感じのするデザインも、紙の手触りも、写真に添えられた言葉も、穏やかでとっても気持ちのいい本。
この本を神戸に持ってきて、よかったな。
ちなみにいまは「小満」(新暦の5月21日から6月4日まで)。
ーー小満とは、万物がほぼ満ち足りていて、草木は枝葉を大きく広げ繁という意味です。気温が高くなり、少し動くと汗ばむような薄暑の日もあります。本格的な暑さを前に、外に出かけたくなる爽やかな陽気ですーー
さて、今日は撮影のためのレシピのまとめと、「たべもの作文」を書こう。
そう。
書くのを忘れていたけれど、そういえば今朝、ちゃんとしたお通じがあった。わずかだけれど。
まだ少しだけ胃がムカムカするので、薬は飲み続けている。
けっきょく今日は、レシピしかできなかった。
あとは掃除。
夜ごはんは、お粥、梅干し、ひじき煮(ちくわ、コンニャク)、酢の物(塩もみ人参、ゆでた貝割れ大根、らっきょうの汁)。

●2017年6月1日(木)晴れのち曇り、夜になって嵐

ゆべは雨が降っていた。
地に、海に、大気にしみ入るような雨。
しみしみみしみしと音がしていた。
窓を開け、その音を体に入れながら寝た。
このところ、朝起きるといつも道路が濡れていたから、もしかすると夜や明け方、こんなふうに降っていた日が多かったのかもしれない。
ゆうべはほとんど眠れなかったので(昼間に寝すぎたせい)、はじめてそれを確かめることができた。
お腹はまだ本調子ではないけれど、体の芯が堅くなってきた感じがする。
気持ちもずいぶん前を向いている。
下すのは収まったけど、そのあとはまったく出ていない。
形のあるうんちが出るようになったら、完璧だ。
きのうの昼間、中野さんから「さっき羽化しました」と、写真つきのメールが届いた。
虫かごのなかには、黄緑色の幼虫やキャベツの葉、上の方に黄色いアゲハ蝶がいた。
中野さんの甥っ子が育てていた幼虫が、サナギになったところまでは聞いていたけれど、ついに羽化したのだ。
病気の治りかけって、なんだか脱皮に似ているかもしれない。
完璧に治ったら、羽化だ。
今朝は6時前に起きた。
ゆうべのうちに、絵本のためのすごい絵が中野さんから届いていた!
思わず立ち上がって、拍手喝采した。
すごいなあ。すごいなあ。
それからもうひとつ、とても嬉しいメールがみっちゃんからも届いていた。
きのうの夕方、リカが女の子を産んだそう。
陣痛はそれなりに大変だったけど、「一昨日から陣痛に苦しんだ末ですが、出産時は、飛び出るようだったそうです」とのこと。
みっちゃんの初孫だ。
なんだか、私までおばあちゃんになったみたいな気持ち。
じんわりと嬉しい。
朝ごはんにゆうべのお粥を温め、絹ごし豆腐を細かくして加えてみた。
でも、やっぱり、梅干しだけの方がおいしいな。
お米のおいしさが、豆腐に負けてしまう。
豆腐もなんだか、大豆くささを感じてしまう。
豆腐を入れるなら、薄いだし汁にほんのちょっとの薄口醤油で炊いたお粥が合いそうだ。
それともべっこうあん(だし汁と酒、醤油ちょっと、片栗粉でとろみをつける)を作って、上にかけるか。
混じりけのない食べ物の味をいかすには、どうすればいいか。
こういうのこそが、土台の料理とか、根本の料理という感じがする。
さて今日は、日曜日の撮影に向けて、ゆるゆると支度をしよう。
ギャザースカートも縫いはじめよう。
お昼に、自分で焼いたパンでトーストサンドを作った。
具はクリームチーズとサラミソーセージを少し。
食欲がわいてきたし、お腹もずいぶん恢復してきているみたい。
まだ、うんちは出ないけど。
2時ごろに管理人さんが、床のリノリウムと段差のところに貼ってあるステップのはがれたのを直しにきてくださった。
私はお裁縫をちくちく、管理人さんはひとりごとを言いながら玄関の廊下で作業をしてらっしゃる。
管「あいやー、まいった。○○すぎた。○○すぎた。どうしよ、これじゃあだめや、やり直しや」
よく聞こえないけど、たぶん「小さすぎた」とおっしゃった。
床材のシートを、小さく切りすぎたんだと思う。
開け放った玄関と窓からは、山から、海から風が吹き抜け、ラジオでは「アベマリア」がかかっている。
管「高山さん、少し時間がかかりますけど、だいじょうぶですか?」
私「はい。だいじょうぶです」
管「じゃあ、わたしはちょっと下へ下りて、持ってくるものを持ってきますわ。すみませんねえ」
3時半には完成。
とてもきれいに直してくださった。
私のギャザースカートも、次にヒロミさんに教わるステップの前までできた。
今日は、窓の外が乳白色だ。
霧が出ているんだろうか。
夜ごはんは、冷たくないぶっかけ素麺(焼き茄子、オクラ、豆腐、みょうが、しょうが、ねぎ)。
早めにお風呂に入ってしまう。
風呂上がりに寝室の窓を開けたら、猫山の木が風に揺れて、「シャワシャワ」と鳴っていた。
シャワーの水音みたいな、炒めものをしているみたいな音。
「猫山、猫山」と呼んでいるけれど、猫山は山ではなく、木が集まって山の形になっているだけなので、これからは「猫森」と呼ぶことにしよう。

●2017年5月31日(水)晴れ

朝起きてもまだ下している。
何も食べてないので、水みたいなのしか出ないけれど。
トイレから戻るとき、めまいと吐き気がし、階段にうずくまってしまう。
いろんな匂いが鼻につく。
こんなんで私は、日曜日の撮影ができるんだろうか。
料理が作れるんだろうか。
何もなかったら、薬も飲まずにゆっくり寝て治すのだけど、やっぱり今日子ちゃんに教わった消化器系の病院へ行くことにした。
身支度をし、10時に出た。
エレベーターを下り、玄関に向かうまでの間、建物にしみ込んだいろんな匂いがとても強く感じられた。
このアパートは昔の映画館みたいな、古い電車みたいな機械油の匂いがするのだな。けっこう強烈。
でも、悪い匂いではない。
懐かしいような匂い。
途中でタクシーをみつけたら乗ろうかと思っていたのだけど、だいじょうぶそうだったので、ゆらゆらとゆっくり坂を下り、歩いていった。
胃や腸の検査の方がけっこういらして、2時間くらい待ったけれど、その間にのんびりと撮影のレシピの下ごしらえをしたり、図書館で借りた『グレイラビットのおはなし』を読んだりしていた。
今日子ちゃんのいう通り、そこはとてもいいお医者さんだった。 
先生も、看護婦さんも。
私の記憶違いでなければ、先生は診察をしながら、こんなふうに説明してくださった。
お腹を押して左が痛かったら(腸が炎症を起こしている部分)、食物系の細菌感染。
右だったら、別の感染。
吐き気がするのは、腸の炎症を治そうとして胃散が出ているから。
熱があったのは、脱水症状を起こしていたからではないかとのこと。
私のは右で、お腹からくる細菌性の風邪だろうと言われた。
「僕が特別に調合した4種類の粉薬を出します。これを5日間飲み続ければ、必ず治ります」と、太鼓判を押された。
早く薬を飲みたかったので、図書館へ行く前にうどん屋さんに入って、梅干しととろろ昆布のおうどんを食べた。
よくかんでゆっくり食べた。
とてもおいしいたのだけど、すべての味が濃く感じる。
舌触りも、ずいぶんでこぼこに感じる。
とろろ昆布や、つるっとしたコシのあるおうどんなのに。
ねぎは口に刺さりそう。
図書館で童話を1冊借り、六甲道の「コープさん」で少しだけ買い物をして帰ってきた。
本を読みながら、薬を飲んで寝る。
本は、『チム・ラビットの冒険』。
とてもおもしろい。
なんだか私の寝室は、病室みたい。
いろんなものが白くて。
窓からも、白い光が入ってきていて。
窓には鉄の柵があるし。
とてもよく眠れる。
目が覚めるたびに、ずいぶんよくなってきている感じがする。
5時くらいに早めに夜ごはん。
ひたし豆(秘伝豆)、お粥さん、梅干し。
梅干しだけのお粥を、この間中野さんは、「おいしい」と何度もおっしゃっていた。
私が「卵を入れる?」と聞いても、もろみ味噌をすすめても、断じて梅干しだけだった。
その気持ちがよく分かった。
まじりけのない、白いおいしさ。
お米も、おねばも、微妙なおいしさが集まって層になっている。
そこに梅干しや赤じその香り、酸味が加わると、また何重にも深まる。
梅干しをほんのちょっとにするのか、大きめにちぎったのを口に入れるのかでも違う。
種のまわりの果肉もまた違った味がするし、種を吸うと中から酸っぱくて香りのある汁が出てくるので、よくよくしゃぶってから、茶碗にころんと出した。
そういえば子どものころ、私はこの汁が大好きだった。
汁を吸ってからは種を割って、中にしまわれている小さな仁を取り出し、大切に食べていた。
形が仏像に似ていて、たしか「天神さん」と呼んでいた。
薬を飲み、小夏をむいて食べ、お風呂に浸かって早めにベッドへ。
時計を見ると5時半を過ぎたばかり。
空も海も、まだ水色だ。

●2017年5月30日(火)晴れ

きのうは楽しかった。
マメちゃんは、やっぱりおもしろい子だった。
景色の説明、たとえば波の感じとか、空の感じを説明する手つきが独特だった。
食べ物の説明をするときも、その見え方の感じを、手と指で説明していた。
そこにいて何かを感じると、つい絵を描きたくなってしまうらしい。
屋上へ上ったときも、「あっ、ノート忘れた」とつぶやいていた。
「取りに下りたら?」と私が言うと、しばらく沈黙があってから、「や、いいんです。さっきもトイレに下りたのに、2回とも持って上がってこなかったってことは、そういうことなんで。描くなっていうことなんで」。
海の絵を描きに、塩屋という駅にひとりで行ったときにも、歩いているうちに潮の匂いがしてきて、「楽しくなってきました」。
そうすると絵を描きたくなるらしい。
「海は青かったんですけど、水平線のいちばん端のところだけが、こういうふうに(手と指で表していた)、黄色くなっていたんです」 今朝は7時前に起きた。
マメちゃんはもうとっくに起きていたみたい。
布団が上げてあって、どこにも姿がない。
玄関の開く音がしたので下りると、あちこち散歩に行っていたのだそう。
山の入り口のあたりまで行ったらしい。
朝起きてすぐ、私はお腹を下した。
食べたものが全部出てしまった。
マメちゃんが帰ってからは、腹巻きをして、しばらく眠った。
元気になってきたので仕事した。
『帰ってきた 日々ごはん3』の最終校正の確認をしながら、「あとがき」も書き直した。
夕方、スイセイから電話があり、アルバムの相談を受けているうちに、なんだか熱っぽくなってきた。
電話を切ったら、体が怠く、腰も痛い。
熱を計ると37度5分(私の平熱は35度台)。
パジャマに着替え、ひたすら眠る。
湯冷ましと、高知のお土産の小夏が、とってもおいしい。
嘔吐はないけれど、お腹の下し方が中野さんの症状と似ているみたい。
夜ごはんはなし。

●2017年5月29日(月)晴れ

ぐっすり眠って8時に起きた。
明け方、ちょっといやな感じのする夢をみたので、カーテンを開けてしばらく太陽を浴びた。
ひさしぶりにシーツやらバスタオルやら洗濯し、屋上へ干してきた。
山はさらにまた、緑が豊かになった。
今日は夕方から、マメちゃんが遊びに来る。
マメちゃんも”やること”をしてから来るというから、私もそうしよう。
きのう箇条書きにしておいた”やること”を、ひとつひとつ。
お天気が気持ちよくて、よかったな。
試作もかねて、混ぜご飯やら作る予定。
きのう買っておいたわらび餅もいただこう。
マメちゃんは、約束していた4時きっかりに来た。
つまみはまず、ひたし豆(「秘伝豆」のだし醤油ひたし。マメちゃんはその豆の名前にウケたらしく、2度のけぞって、くっくっと笑っていた)、じゃがいものお焼き(冷凍しておいたのを焼いた)、焼き茄子とオクラのだし汁浸し、柿ピー、混ぜご飯(そぼろ、青じそ、秘伝豆、キムチ)、はんぺんと小松菜のすまし汁。
マメちゃんはビールをぐんぐん飲む。
私の4倍くらいの早さ。
最近はサッポロ黒ラベルにはまっているらしく、お土産に買ってきてくださった。
あと、宮崎のおいしそうな芋焼酎(いただきものだそう)も。
プリッツ(トマト味)、ソースカツ、「スペース草」のよう子さんがマメちゃんの個展の最終日に焼いてくださった、ふわっふわの抹茶のシフォンケーキ(小豆入り)と、おつまみの残りのチーズも。
頼んだわけではないのに、スケッチ帖もたくさん持ってきてくださった。
やっぱり、マメちゃんの絵はすごかった。
どうしても描きたくて描いてしまっている、という感じのする線。
いきいきしているし、端っこに添えてあるひとりごとみたいなのも、マメちゃんからしか出てこないような言葉だから、つい「ぷっ」と笑ってしまう。
じつはマメちゃんに、『帰ってきた 日々ごはん3』の絵をお願いしているのです。
でも、打ち合わせをしましょうとか、そういうお願いはしていない。
『帰ってきた 日々ごはん』の絵については、基本的にアート・ディレクターのスイセイにお任せしてるから、私は遠くで眺めていようと思っているし。
だって、私たちのメールのやりとりはこんな感じ。
マ「なおみさん こんにちは 月曜日、どっか飲みにいきませんか?」
私「いいですね。ちょっと、考えまーす」
それから何日かして、私の返事。「月曜日、よければうちに来ませんか? マメちゃんのいい時間を教えてください」
絵を見せてもらってからは、屋上に上って、ずいぶん長いことビールを飲んだり話したりしていた。
何をしゃべってもおもしろい。
蒼かった空が暗くなり、夜景が光り、8時くらいになって、私は急に眠たくなってきた。
さっきまで「泊まっていいよ」と言っていたのだけど、マメちゃんから明日の予定(うちを出て、そのままいろんなところへ行って、いろんな人に会うようだった)を聞いた私は、(なあなあな感じで、惰性みたいにうちに泊まるのかな……)というふうに感じてしまった。
「やっぱり、そういうのよくないよ。私たちの関係は、けじめが大切だと思う」と私が言い、「じゃあ、帰ります」ということになった。
マメちゃんはそそくさと荷物をまとめ、私も坂の上まで一緒に歩いてお見送り。
でも急に、このままひとりで歩いて帰るマメちゃんのことが心配になり、気の毒にもなって、「やっぱり泊まる?」「はいっ、泊めてください」ということになり、ふたりでクルッとUターンした。
その展開の早かったこと。
なんか、つき合いはじめの恋人同士みたいだったな。
マメちゃんも、「明日は、朝早く帰ります」なんて言っていた。
先にお風呂に入った私は、バタッと寝てしまう。
マメちゃんはしばらく起きていたみたい。
わらび餅を食べるのを忘れた。

●2017年5月28日(日)快晴

7時半に起きた。
海も青く、よく晴れている。
風が涼しい。
中野さんはのお腹はずいぶん恢復したみたい。
きのう一日、本当にゆっくりできて、病院のようだったそう。
よかった。
10時くらいにお粥さん(ゆうべの残り)を食べ、六甲駅までお見送り。
その前に、八幡さまでちょいと休憩。
ソフトクリーム(私)、ピーチ・ネクター(中野さん)。
「ギャラリーVie」のDMを届けがてら、「MORIS」を覗きにいったら、ヒロミさんがひとりで店番をしてらした。
手縫いでするギャザースカートの作り方を、紙に図を書きながら、分かりやすく教えてくださる。
白のミシン糸もいただいてしまった。
私は今、お裁縫が楽しいので、黒と白のギンガムチェックの布(今日子ちゃんとヒロミさんが、三宮の生地屋さんのバーゲンで買っておいてくださった)で、夏のスカートをちくちく縫おうと思う。
帰り際にヒロミさんは、「なおみさん、糸は2本取りでしてくださいね。1本取りだと、脇が裂けそうで心配です」とおっしゃった。
大切なことを教わった。
来週はいよいよ料理の撮影があるので(雑誌の)、「いかりスーパー」と「コープさん」で早めに買っておけるものだけ仕入れした。
「コープさん」では、重たいものを配達してもらえるよう手続きをし、坂を上って帰ってきた。
途中の公園で飲んだ水の、おいしかったこと。
帰ってきて、こうして日記を書いている。
もう6時半なのだけど、まだまだ海が青い。
空も青く、建物に西陽が当たって光っている。
きのうもおとついもそうだったけど、このごろはサマータイムのように日が長いのだ。
夜ごはんは、お粥さん(お昼の残りに水を加えてのばした)、茄子と小松菜の甘辛味噌炒め、大根の塩もみ(青じそ)、そうめん汁(ゆうべの残り)。
ムーミンを見ながら食べた。

●2017年5月27日(土)晴れ

ゆうべか明け方か、雨が降ったのかな。
朝起きたら地面が濡れていた。
中野さんはゆうべ、夜中に何度か吐いたのだそう。
お腹も下しているのだそう。
中野さんの家族は、このところずっと調子が悪かった。
順番にうつって、みな吐いたりお腹を壊したりしていたのだけど、ひとりだけずっと元気だったのだそう。
中野さんはいま、2階で横になっている。
何か口に入れると吐いてしまうので、加計呂麻島(最近、中野さんのお友だちが移住した)の黒砂糖とおろししょうがを混ぜたハーブティーを作った。
ウズベキスタンのダルバン村で、川原さんがお腹をこわしたときに、民宿のおばあちゃんが作ってくださったお茶を真似してみた。 私は下で仕事。
とても静か。
今日は、ことのほか涼やかないい風が通っている。
雨で洗われたような空気。
さて、これから高知の牧野植物園の岡林さんという方が、打ち合わせにいらっしゃる。
こんど10月に、牧野植物園でイベントをします。
詳しいことは、また近くなったらお知らせいたします。
岡林さんは小夏とトマトケチャップとミレービスケットをお土産に、高知の風を運んできてくださった。
電話では何度か打ち合わせをしていたのだけど、やっぱりお会いできて、私はとてもほっとした。
打ち合わせは2時間ほどで終わった。
何のおかまいもできなかったので、帰り際、屋上へ案内した。
飲まず食わずで静かに眠っていた中野さんが、夕方5時くらいにやっと、「お粥さんと、そうめん汁が食べたいです」とおっしゃった。
夜ごはんは、お粥さん、梅干し、そうめん汁。

●2017年5月26日(金)晴れ

夕方の4時から絵本の打ち合わせ。
東京から、編集者さんがいらっしゃった。
中野さんはひと足先に、描かれた絵などを持って、2時前くらいにいらっしゃった。
新しいダミー本(私が直したテキストを切り貼りしたもの)と絵が揃い、おかげでとてもいい打ち合わせができた。
打ち合わせが終わって、カウンター(壁に打ちつけたベニア板の残りで、中野さんがこしらえた)とタイルのもの置き場をテーブルにして、台所でささやかに立ち飲み会。
私も呑みながら、作りながら、カウンターにお出しした料理は……らっきょう(中野さんのお母さん作)、焼き茄子の白和え、焼きソーセージ(ディジョン・マスタード)、サラミソーセージ(近所でみつけた手作りハム屋さんの)、じゃがいものお焼き(クリームチーズ、ディル)、サラダ(大根、人参、きゅうり、玉ねぎドレッシング)、散らし寿司(ハモの照り焼き、サーモンのヅケ、じゃこ、ごま、空豆、いり卵、みょうがの梅和え、青じそ)。
編集者さんは大阪に宿をとっているそうで、8時にタクシーで帰られた。

●2017年5月24日(水)曇りときどき小雨

朝起きてパジャマのまま、寝ぼけまなこでパンを練った。
食パンを切らしていたので、ゆうべは寝ながら(パンを焼こう)と、ずっと思っていた。
水のかわりに牛乳で、なたねオイルも少しだけ混ぜてみた。
半分はプレーン、半分はレーズンとシナモンを混ぜた。
曇っているし、なんとなく肌寒いので、バズタオルに包んでベッドの中で発酵させた。
なかなかいい具合。
柱時計が11回鳴ったのと同時に、焼き上がった。
皮はパリッと、中はふんわり、とてもおいしいのが焼けた。
そのあとはお裁縫の続き。
朝からずっと草刈り機の音がしていて、10時にいちど静かになり、またはじまった。
お茶を飲んで休憩していたのかな。
青い草の匂い。
にらのような匂いも混じっている。
とてもすがすがしいので、鼻から息を吸い込みながら、窓辺に腰掛けちくちくやった。
途中で雨が降り出した。
霧のような雨。
何もかも雨音に包まれてゆくような雨。
伊藤亜紗さんから、サイトに構成されたインタビューページが届いた。
あの日のお昼ごはんのちらし寿司と、野ぶきの煮たの、かぶの塩もみサラダの写真が扉に載っている。
伊藤さんは、このちらし寿司が出てきたとき、野山のようでハッとしたのだそう。
うれしいな。
記事を読み進めながら、自分でも長い間ずっと謎だったことが繋がったような気がした。
よく、「料理と文筆は違いますか?」「共通点は何ですか?」とか、「絵本と料理はどうですか?」とか、取材をお受けするたびに聞かれる。
これまで私は、そういう質問にちゃんと答えられなかったのだけど、そういうことも分かった。
伊藤さんに質問をされながら、できるだけ正確にひとつひとつ答えていったら、おのずとそっちに運ばれていった。
それはまるで砂遊びのよう。
砂で山を作ったり、川が流れるスジ道を掘ったり。
川を延々と掘り進めてゆくうちに、そこを流れていた水が、いきなりひろびろとした海に出たような感じ。
海にはすでに、料理も、文筆も、絵本も、吃音も、苦手だった言葉も棲んでいた。
伊藤さんがスジ道を作ってくださったように思う。
サイトを見ると、義足のダンサーや全盲のシンガーソングライターなど、ほかの人たちのインタビューも載っていて、興味津々だ。
今回は私も、ハンディキャップのある人たちのなかのひとりとして取材されたのがおもしろいなと思う。
なんか、特殊能力について、細かく取材されたみたいな感じ。
このインタビューは、「ちかごろ」でお知らせいたします。
ご興味のある方はどうぞお読みください。
3時ごろ、たまらなくお腹が空いて、ずーっと置きっぱなしにしてあったカップヌードルを食べた。
引っ越した当初に買ったものだから、賞味期限が過ぎていたかもしれないし、味も濃く感じるのだけど、なんだかとてもおいしかった。
「たべもの作文」で何を書こうか考えながら、夕方までお裁縫の続き。
ちくちくちくちく。
夜ごはんは、牛肉と玉ねぎと小松菜のオイスターソース炒め、卵焼き(餃子の具の残りを入れた)、ご飯。

●2017年5月22日(月)晴れ

風が心地よい。
秋のように涼しい風が吹いている。
たっぷり眠って、夢もいろいろなのをみて9時に起きた。
朝から4冊目の絵本のことをやる。
しばらくぶりにテキストを読み返し、俯瞰して眺め、いちど壊して、また組み立て直した。
それをダミー本に切り貼り。
この3日間、とてもよく遊んだので、自然にすーっと仕事がしたくなる。
外で思い切り遊んだことが、絵本作りのどこかに表れてくるかもしれない。

●2017年5月21日(日)快晴

結婚パーティーはとってもいい会だった。
川沿いにある古い洋館の中華飯店で、大きな窓からは鴨川の緑や流れる水のきらめきや、トンビが羽根を広げ、空を渡ってゆくのが見えた。
牧野さんが私の右隣に座って、中野さんは左にいらした。
牧野さんの懐かしい声や、しゃべり方や、息継ぎの感じ、「くくく」という笑い方や、大きな体に似合わない子どもみたいに機敏な動き。
向こうにはコージ君や、荒井さんや、ささめやさんや、「クウクウ」によくいらっしゃっていたみなさんが、楽しそうにテーブルを囲んでいるのが見えた。
小野さんも、土井さんも、佐川さんも、加奈子ちゃんも、最近知り合ったハダ君も向こうに見えた。
櫻井さんも見えた。
ひとつ前の席には、休ミちゃんや、ミロコさん、きくちちきさん、ほかにも、若手の絵本作家の人たち、うずらさんの夫婦(靴を作ってらっしゃる)もいて。
自分がいったい吉祥寺にいるのか、いつの時代にいるのかよく分からないような、ふわふわした感じがしていた。
夕方の5時からはじまったのだけど、いつまでもいつまでも日が暮れなくて、会が終わるまでずっと明るかった。
筒井君もみにちゃんも、晴れやかで、嬉しそうで、なんだかとても可愛らしかった。
みんなみんな、誰もがとても可愛らしかった。
ああ、なんだかとてもじゃないけれど、日記になんて書けないや。
その次の日は、中野さんと甲東園の「manon」というお店へ行った(閉まっていた)。
あと、前にも行った西宮北口のドイツの布屋さんと、イギリスのアンティークの家具屋さんへと、台所の流しの脇の小さな物置き場(テーブルにもなりそうな)に敷き詰めるタイルのようなものを探しにいった。
夏みたいに暑くて、日陰で休みながら、日傘を差してよく歩いた。
けっきょくタイルはみつからなかった。
それできのうは、川沿いの道を歩いた。
川のなかによさそうなタイルの欠片をみつけると、手を突っ込んで拾っては歩き、拾っては歩いて、海まで行った。
川の先に海があるのは知っていたけれど、私はずっと、自分の目で確かめてみたかった。
海に突き出したささやかな埠頭の端に立った。
黒い大きな魚が、口を空けたままゆらゆらしていた。
そのあと「コーナン」に寄って、タイルを貼付ける接着剤を買い、屋上で缶コーヒーを飲んだ。
帰りの大通りをてくてく歩いていたら、とても感じのいいチーズ屋さんをみつけた。
とても大きなお店で、壁いっぱいにいろんな国のいろいろなチーズがあった。
イタリアの生ハムも、いろいろな種類があった。
そして、ずっと探していた素焼きタイル(少しだけ古め)を小さなカゴのなかにみつけた。
フランスのディジョン・マスタード(赤いふたの大きなビン)と、オランダのゴーダチーズ、タイルは大きいのを1枚と小さいのを1枚だけ(川で拾った欠片を使いたいので)買った。
夜ごはんは、大根の塩もみとトマトのサラダ(玉ねぎドレッシング)、ソーセージ(軽くゆでて焼き皿にのせ、オーブンでパリッと焼いてみた。ディジョン・マスタードをたっぷり塗って食べた)、フライ(ゆうべの残りを焼き皿にのせ、オーブンで温め直した。海老、玉ねぎ、長いも、ミニコロッケ)、鶏皮どんぶり(中野さん作。フライパンでジリジリと脂を抜きながら焼いて、甘じょっぱいタレでからめた。粉山椒)、ビール。
おとつい、きのう、今日と太陽の下をよく歩いた。
何をしても楽しく、何を食べても、何を飲んでもおいしかった。
私は遊びくたびれ、ごはんを食べてお風呂に入り、すぐに寝た。

●2017年5月18日(木)快晴

きれいに晴れている。
海も真っ青。
8時くらいにゴミ出しにいって、あんまり空気がすがすがしいので森の入り口まで歩いた。
山の緑の間に、真っ青な空が広がっている。
小鳥も澄んだ声で鳴いている。
そしたらとても素敵なおじいさんに会った。
おじいさんは自分が出したゴミを、じっと見ていた。
落ち葉がぎっしり詰まった袋と、もうひとつ。
とてもていねいに詰められ、置いてある配置もきちんと美しい。
感じがよさそうなおじいさんだったので、
「今朝はいいお天気ですね」と私が声をかけたら、「ほんとうに。空が素晴らしい青です」
と、ゆっくりおっしゃった。
色白の品のあるおじいさん。
きっと、レンガ造りの塀から黄色い小さなバラが垂れ下がっている、立派な家のおじいさんだ。
毎朝決まった時間に起きて、朝ごはんを食べ、庭を掃除して出たゴミをきちんとまとめて出す。
ゴミ収集の人も、近所の人も、気持ちがいいように置く。
私にみたいに何かを作ったりしなくても、家族と愉しんで暮らしてゆくだけでいい。
それだけで毎日を生きてゆく愉しみが、充分にある。
そういう感じのするおじいさんだった。
神戸は素敵なおじいさんが多い気がする。
坂道でよく会うおじいさんも、気になっている。
なんとなく笠智衆に似た感じの人。
去年の今ごろにも咲いていた青紫色の花は、ツルニチニチソウというのだった。
その花を摘んで、坂を下りてきたら西の空に白い月が残っていた。
左の上半分が丸い半月だった。
さて、今日こそは「たべもの作文」を書こう。
「金山寺みそ」について、ひとつだけ書けたので、お送りした。
チキンのトマト煮を作りながら。
6時半までまた、ちくちく。
夜ごはんは、ムーミンを見ながら食べた。
牛肉とピーマンの春雨炒め(いつぞやのを炒め直した)、スープ餃子(冷凍しておいたもの。豆腐を入れてみた)、小松菜とさつま揚げの煮浸し、ご飯。
川原さんから届いたメールでハッと気がついた。 今日はここに越してきてちょうど1年の記念日なのだった。
今日が5月18日だというのは、日めくりカレンダー(ムーミン語録の)で分かっていたのだけど、なんとなく、明日なのかと思っていた。
その心の状況を詳しくいうと、今日は18日だけど、越してきた18日は明日なのかと思っていた。
意味が分からない。
明日は、「nowaki」の筒井くんとみにちゃんの結婚パーティーがとても愉しみ。
朝11時ごろ、八幡さまで中野さんと待ち合わせをして、京都へ行く予定。

●2017年5月16日(火)曇り

ぼんやりした曇り空だけど、なんとなしに明るいのでシーツを洗濯し、さっき屋上に干してきた。
きのうも布団カバーを干した。
冬の間は、洗濯ものは2階の陽の当たるところで干していたけど、なんとなく屋上へ干したくなる季節なのだ。
だから屋上に上るたびに私は伸びをしたり、首をまわしたり。
書き物や縫い物で固まった体をほぐしている。
山はいま、緑が新鮮で明るく、もりもりしている。
朝のラジオで、今にぴったりな童謡がかかっていた。
「若葉」という唄。
ーーあざやかな 緑よ あかるい 緑よ 鳥居もつつみ わら屋をかくし かおる かおる 若葉が かおる
さわやかな 緑よ ゆたかな 緑よ 田畑をうずめ 野山をおおい そよぐ そよぐ 若葉が そよぐーー
お昼前には「気ぬけごはん」が仕上がり、お送りした。
さて、お裁縫の続きをやったら、今日こそは「たべもの作文」にとりかかろう。
けっきょく「たべもの作文」は、はじまりの1行だけ。
夜ごはんの支度をしながら、『帰ってきた 日々ごはん3』の「あとがき」で書きたいことが上ってきたので、書きはじめる。
夜ごはんは、マッシュポテトとサーモンのグラタン、サラダ(トマト、きゅうり、玉ねぎドレッシング)、ビール。
夕焼けがきれいだったので、窓辺で食べた。
水色にほんのり紫ががかった茜色がにじんでいる。
グラタンを食べるのにお皿に目を落とし、口に入れようと顔を上げると、もう空の色が変わっている。
そういえば吉祥寺の家は、よくハッとするような夕焼けで部屋中が紅く染まっていることがあったっけ。
ここは夕焼けはあまり見えない。
山があるから。

●2017年5月15日(月)晴れ

いいお天気。
さわさわと、海からの風が渡る。
海も今朝は真っ青だ。
ゆうべ、中野さんから送られてきた絵がとても愛らしく、見ているうちにお話がわいてきた。
夜ごはんを食べ終わって書きはじめ、寝る前までパソコンに向かっていた。
遊んでいるみたいに書いていた。
おかげで、ゆうべはその女の子が夢に出てきたみたい。
ブランコに乗っていた。
色白で、ちっちゃくて、やわらくて、可愛いいからみんなその子のことを大好きなんだって。
でも、なかなかに手強い女の子。
また別の夢で、私はバナナとパンが食べたいなと思っていた。
焼いていない厚切りの食パンで、くるんとバナナを巻いて。
よし、今日はパン屋さんに寄ってから「コープさん」にバナナを買いにいこう、と思いながら目が覚めた。
お話の続きをやりたいのだけど、「気ぬけごはん」を書かないと。
2階にパソコンを持っていってやったら、ぐっと集中できた。
3時にはだいたい書き上がった。
4時前に「コープさん」、パン屋さん、クリーニング屋さんへ。
夜ごはんは、キムチ入り焼きそば(ポールウィンナー、キャベツ)。
そう。
ゆうべ寝る前に、いつもみたいに電気を消して外を見ていたら、ねこ山と呼んでいる左側のこんもりとした葉っぱの隙間から夜景のチカチカが覗いて、クリスマスツリーのようだった。

●2017年5月13日(土)雨 

静かな雨。
今朝は5時半に起きた。
コーヒーをいれ、この間の吃音についてのインタビュー原稿を校正していた。
ずーっとやっていた。
伊藤さんの原稿は、あの日におしゃべりしたことがいきいきとそのまま息づいていて、とてもおもしろいのだけど、細かなニュアンスを直したり、私が言い足りなかったところを加えてゆくのが楽しくて。
どもりのことや自分の内側の感覚のことになると、言いたいことがたくさん出てきてしまう。
病気の症状を、こと細かに伝えている感じでもある。
私にとっては普通のことだし、自分では問題を感じていないのだけど、人とは違う変なところを、こんなふうに伝えられる場をいただけてたいへんありがたい。
ひと段落して、お裁縫。
レースのカーテンの端布をつないで、寝室の間仕切りカーテンを縫っている。
白や生成りのレースや、刺繍された薄い布、この間、中野さんが連れていってくださった、西宮北口にあるドイツの古い布を売っているお店で買った布も切って、繋げた。
パッチワークというより……韓国のポシャギというのだっけ、似たものを見たことがある。
縫い目も揃っていないし、まったくの自己流だからおかしな接ぎ方をしているかもしれないけれど、ちくちくと縫い進めていくのはとても楽しい。
心も落ち着く。
夜ごはんは、ワカメと水菜と卵のスープ(とろろ昆布を加えたら、とてもおいしかった)だけ。お昼にツナサンドをしっかりめに食べたので。

●2017年5月10日(水)曇りのち晴れのち雨

風もなく、とても静かな朝。
空も海も白いのだけど、海のいちばん遠くのひとスジだけが水色。
ゆうべ寝る前に読んだ『麦ばたけ(アリスン・アトリー作)』というイギリスの絵本が、とってもよかった。
ハリネズミと、ノウサギのジャックじいさんと、カワネズミが連れ立って「ムギののびるとこを見に」、夜の草むらの小道をたどる。
麦畑に着いたときの場面は、この間、藍那の小高い丘で水田が見えてきたときと同じだった。
私たちも、そのとき足をとめた。

「こだかい丘にゆきついて、みんなは足をとめました。
目のまえに、かがやくコムギばたけがひろがっています。なにかこう、見えない手になでられてでもいるように、それはかすかにそよいでいました。夜のしずけさをついて、そのおびただしいムギの穂の、さやさやという美しい音楽が、こちらにまでつたわってきました」

矢川澄子さんが訳されている。
日本語がとてもきれいで、全体的には静かなのだけど、ところどころで小魚がピチピチしているみたいに、ちょっと懐かしいような、いきのいい言葉が出てくる。
矢川さんの本は、ほかにもそういう絵本がたくさんある。
私は生きている矢川さんに会って、どこがどんなふうによかったのか、きちんと言葉にして伝えたかったな。
でもきっと、私がそれを引き継げばいいんだ。
矢川さんから「あら、なかなかいいわねぇ」と、あの高く震える楽器のような声で、言ってもらえるようなお話を書けばいいんだ。
朝いちばんで、島崎さんからお電話をいただき、「暮しの手帖」のレシピまわりの最終校正をお伝えした。
今日は、1時から絵本のイベントの打ち合わせ。
元町の「ギャラリーVie」さんに行ってきます。
阪急電車で三宮へ行ってそこから歩くか、六甲道まで歩いていって、
JRに乗って元町で下りるか、迷っています。
では、行ってきます。

●2017年5月9日(火)雨のち曇り

雨。
とても静かな雨。
こういう日も、たまにはいい。
朝起きてすぐに、テーブルクロスをかがる続きをやった。
あとは、滞っていたメールの返事を書いたり、「暮しの手帖」の記事の校正をやったり、次号の「気ぬけごはん」のメニュー案を出して、お送りしたり。
なんだか今日は、時間がゆっくり。
夜、寝る前に色鉛筆を削った。
ぜんぶやり終わってもまだ足りなくて、普通の鉛筆も削った。
夜ごはんは、筍ご飯のおにぎり(海苔を巻いた)、プレスハム炒め、ピーマン炒め、サンラータン風春雨スープ(春雨とトマトとレタスのピリ辛炒めで)。

●2017年5月8日(月)晴れ

ぐっすり眠って8時に起きた。
よく晴れているけれど、靄がかかって海や街が白っぽい。
朝ごはんは、人参、レタス、トマトのサラダとトースト、紅茶。
きのうは中野さんをお見送りがてら、また遠足をした。
新開地から神戸電鉄に乗り換え、藍那という小さな駅で下り、里山に囲まれた小高い丘を上った。
線路の下をくぐったら、そこからは別世界。
民家の間の坂道をゆっくり上ってゆくと、そのうち山道になった。
ところどころにため池が隠れていたり、湧き水が山の斜面を流れ、苔を濡らしていたり。
切り立った斜面の土がでこぼことして、数えきれないほどの小さな仏像が並んでいるように見えたり(たぶんそれは、山の土から染み出てくる湧き水が何年もかけてこしらえた)。
そこをくぐりぬけたら、目の前に水田が広がった。
それは本当に、どこまでも平らかな広々とした水田だった。
山の緑が水面に映って、さわさわと風が吹くとさざ波立つ。
遠くの方でおじさんがひとり、田んぼの縁に泥を積み上げる作業をしている。
なんだかここは、『かかしのしきしゃ』の絵本の中にそっくり。
神戸とも能古島とも違う。
これが兵庫の田舎なのかな。
山のところどころには、野生の藤が咲いていた。
ぽっこりした山が、もこもことした若緑に薄紫の挿し色が入った綿入れ半纏みたいなのを羽織っている。
ちょっと高くなったところの草の上で、ぐるりと囲む山や、ぽっかり口を開けた森の小道を眺めながら一服した。
蛙の声と、鳥のさえずりと、虫が飛ぶ音と、渡る風の音しかしない。
鹿が急に出てきても、おかしくないようなところ。
風に吹かれながら、ぶどう味のウォッカソーダーを飲んだ。
こういうところに、私はずっと来たかった。

おとついは、中野さんと川沿いの道を歩いて「コーナン(ホームセンター)」へ行き、ベニヤ板を4枚買った。
軽トラを借りて運び、帰ってきてすぐに作業をしてらした。
ベニヤ板を切ったり、壁に穴を開けたり。
私も食器棚を整理したりして、絵本を棚に並べられるようにした。
夕方には、壁にベニヤ板が貼られ、床にも敷き詰められた。
柱が出っぱっているところには切り込みを入れ、床が波打っている隙間にも板をはめ込み、ネジできっちり止めてある。
でき上がると中野さんは、おちょこにお酒を注ぎ、お供えをした。
木を切ったから。
私も隣で手を合わせた。
なんだか祭壇みたい。
ベニヤ板にもちゃんと年輪がある。
ベニヤが木でできているのはもちろん知っていたけれど、でも、山にあるあの木とはつながっていなかった。
豚肉を料理していて、豚のことを思わないのと同じだ。
私はいままで、何を見ていたんだろう。
これからここで、中野さんが絵を描かれるようになったら、私もきっと変わるだろうな。
どんな絵と、どんな物語が生まれるだろう。
さて、「おまけレシピ」を仕上げてしまおう。
筍ごはんを炊こうと思って、今支度をしている。
バチバチミチミチという小さな音がする。
何の音? と思って、確かめにいくくらいの大きさ。
こうしてパソコンに向かっていても、音が届く。
これは、お米が水を吸って膨らもうとしている音。
東京ではこういう音が聞こえなかった。
聞こえていたのだろうけれど、私の耳には届かなかった。
このアパートが静かだからなのか、私の耳がよくなったのかは分からない。
今日はよく働いた。
まず、日記を仕上げてスイセイに送り、イタリアの絵本の帯文をお送りし、戸田さんに仮のレシピなどお送りし、「おまけレシピ」の仕上げをして、アノニマの村上さんにお送りした。
あとは夕方までお裁縫。
テーブルクロスの裾かがりなど。
外で子どもらが遊んでいる声を聞きながらやった。
夜ごはんは、筍ご飯(中野さんのお母さんが、近所の方にいただいた筍をゆでてくださった。それをだしで煮て、食べ、残ったもので炊き込みご飯にした)、いり豆腐、ひじき入り切り干し大根(いつぞやの。ようやく食べ切った)、かぶの煮びたし。

●2017年5月5日(金)曇りのち晴れ

6時半に起きてしまった。
7時まで待ち、カーテンを開けると、太陽はもうずいぶん上の方に昇っていた。
ゆうべはちょっと教訓的な夢をみた。
そうかぁ、やっぱりそうなんだと、隠れていた自分の本心に身をもって気づくような夢。
朝ごはんを食べ、掃除機をかけ、身支度をして、本を読んでいてもまだ時間が余る。
ゴミを出しに下へ下りたら、ジリジリジリーーーという電気音が聞こえてきた。
管理人さんが事務所でヒゲでも剃っているのかな……と思って階段を下りてきたら、小さな掃除機で靴ふきマットの上のゴミを吸い取っているのだった。腰を曲げて。
急に近づいて驚かせてはいけないので、ポストに郵便がきていないかどうか確かめた。
私に気づいた管理人さんは、「えらい、ぬくうなりましたなー。いいですねー」と、満面の笑顔。
私「はいー、ほんとに毎日気持ちがいいですねー」
森の入り口まで歩く。
海からの風が、ずいぶんぬるくなった。
山からの風はひんやり。
ウグイスが盛んに鳴いていた。
「ホ――ホ―― トテチテト」
2羽くらいの声がするが、姿は見えず。
今日は、「あまから手帖」という関西の雑誌のインタビュー。
『ほんとだもん』をご紹介してくださるとのこと。
女性ばかりの取材チームが11時前にいらっしゃる予定。
なので、冷たいハーブティーを作ることにした。
なんとなく、今日に似合うお茶。
さて、どうなることやら。
インタビューは3時前に終わった。
とっても感じのいい方たちだったので、私はすっかり安心し、たくさん喋った。
『どもるどだっく』と『たべたあい』の朗読もした。
途中でお腹がグーとなったので、お昼ごはんにぶっかけそうめん(焼きピーマン、みょうが、青じそ、ねぎ)とお焼き(ワカメ、切り干し大根)を作り、みんなで食べ、もう1カットだけ写真を撮って、お開きとなった。
今夜は7時くらいに中野さんがいらっしゃる。
なんだかとても、久しぶり。
まだ、お知らせはできないのだけど、絵本のことでとても嬉しいことがあったので、今夜は小さくお祝い。
夜ごはんは、ハンバーグ(人参のグラッセ)、フライドポテト、白ワイン(ウィーンの)。

●2017年5月4日(木)快晴

今日も7時半に起きた。
ゆうべもまた、『親愛なるミスタ崔』の続きを読んだ。
とても刺激的でおもしろい。
夢もたくさんみたのだけれど、眠りながらまた「おいしい本」で書くことを反芻していたみたい。
朝ごはんを食べ終わってすぐに、きのう書いた原稿のほとんどを書き直す。
昼前にはできた。
これでだいじょうぶかな。
しばらく寝かせておこう。
お昼ごはんは初そうめん。
1束しかなかったので、切り干し大根を戻していっしょにゆでてみた。
そうめんのつるりとした食感を楽しむというよりも、切り干し大根の歯ごたえの小気味よさを味わう感じ。なかなかおいしかった。
薄目のめんつゆにごま油をちょっと、というのもまたよかった。
ぶっかけそうめん(切り干し大根、水菜、みょうが、青じそ、天かす、めんつゆ)
きのうくらいから、窓を開けていてもそれほどには鼻水が出なくなった。
ヒノキ花粉は納まってきたんだろうか。
明日は朝からインタビューでお客さんがいらっしゃるので、1階だけ掃除機をかけた。
2階は明日の朝やろう。
さて、街へ下りようかしら。
久しぶりに人混みに出たくなったので。
行ってきました。
阪急電車に乗って、西宮北口まで行ってきた。
とてもいい感じのするワイン屋さんもみつけた。
お店の作りはおしゃれでちょっと高級そうな感じがするのだけど、高いものばかりじゃなく、2000円しないワインもけっこう置いてある。
「今の季節にぴったりな、白を」とお願いしたら、ウィーンのきりっとしたワインをみつくろってくださった。
その反対の、まろやかな感じのイタリアワインと2本買う。
反対側に出て、ショッピング・モールも散策した。
人がたくさんいた。
洋服もたくさんありすぎて、けっきょく何も買わずに帰ってきた。
六甲に戻ると、やっぱりほっとする。
「いかりスーパー」でみりん、そうめん、オイルサーディン、ハム、バター、卵など買って、ゆらゆらと坂を上って帰ってきた。
夜ごはんは、いつぞやに作って冷凍しておいた焼売(ごま油で両面を焼き、お湯を少し入れてフライパンで蒸し焼きにしてみた。大成功。辛子醤油&ウスターソース)、水菜とピーマンの塩炒め、お粥(たらこ、ごま油)、ひじき入り切り干し大根煮。

●2017年5月3日(水)ぼんやりした晴れ

ぐっすり眠って、7時半に起きた。
夢もいくつかみた。
朝から「おいしい本」の原稿書き。
本は、佐野洋子さんの『親愛なるミスタ崔 隣の国の友への手紙』。
ゆうべ寝る前に読んでいたら、眠っている間に書きたいことが上ってきた。明け方はそれを言葉に変換し、反芻していたような気がする。
朝ごはんを食べてすぐにパソコンに向かったら、するすると出てきた。
途中で、きのうのうちに洗濯しておいた白い布類にアイロンをかけ、もとあった場所に吊るしたりもした。
「おいしい本」、書けたみたい。
締め切りはずいぶん先だから、寝かせておこう。
調子にのって『帰ってきた 日々ごはん3』の「おまけレシピ」も書いてしまう。
詰まってきたのでいちど下へ下り、森の近くまで散歩した。
腕をぐるぐる回したり、首を回したりしながら。
「おまけレシピ」は、5時までに4品分書けた。
今日はなんだかずいぶんはかどった。
時計の針が、いつもよりうんとゆっくりな感じがした。
曇りがちで緑の勢いががちょっと納まり、空気が落ち着いているからだろうか。
私にもそれが伝染し、気持ちが安定しているのかも。
本当は買い物に出たいけれど、クリーニング屋さん(最近、新しくとてもいいお店をみつけた)が今日はお休みだから、明日出掛けるつもり。
なので今夜は粉ものレシピ。
夜ごはんは、水菜のお焼き(椎茸と青じそも加えた。タレはおろしにんにく+醤油+ごま油+コチュジャン)。

●2017年5月2日(火)晴れ

風もなく、穏やかな天気。
よく晴れている。
海が青い。
戸田さんから送っていただいたコンテを見ながら、料理のアイデアをまとめたり、軽く試作をしたり。
なんだか私、料理家みたいじゃん……とつぶやきながら、トイレに行ったりしている。
気づけば「ふんふん」と鼻歌も歌っていた。
私、楽しいのかな。
玄関を入ったところの目隠しカーテンや、棚にかけてある刺繍の布など、白いものばかりを洗濯したり、布団カバーに穴が開いたのを直したり、掃除機をかけたり。
今日はスイセイから2回電話があった。
主には、『帰ってきた 日々ごはん3』の写真ページについて。
今は、山の家でも緑が爆発して大忙しだろうけれど、スイセイはいいアイデアがどんどん湧いてきている様子だった。
ビン、缶のゴミを出しにいくついでに、森の入り口まで上った。
とても静か。
ウグイスの声のほかは何も聞こえない。
今が盛りの、紫の花を摘んで帰ってきた。
葉っぱの緑とのコントラストがとてもきれいな花。花弁は5枚。
去年も、今ごろから夏にかけ咲いていた。
何という名前なんだろう。
そのあとで、『たべたあい』の色校がそのまま残っていたのを、ボンドで張り合わせて本の形にしてみたり。
『たべたあい』が出たのは冬だったけど、今こそまさに、このごろの山の勢いのある感じとぴったりとくる。
『たべたあい』の山の場面は、この裏山なので。
暗くなる前の夕方に、雑巾がけをした。
小学生のころのように、前屈したままたーーっと、部屋の端から端まで。
これは前に、マキちゃんが泊まりにきた日に教わった。
全部終わったときには、しっとりと汗をかいていた。
夜ごはんは、カリカリお揚げうどん(梅干し、とろろ昆布、ねぎ)、ワカメとみょうがの酢の物(ちりめんじゃこ、ラッキョウの汁+ポン酢醤油)、水菜のおひたし(すりごま、薄口しょうゆ、ごま油)。
きつねうどんにするには、ちょっと暑いような気がして、油揚げをフライパンでじりじりと焼いてからうどんにのせてみた。
大きいままのせたので、噛みちぎるのがたいへんだったけど、香ばしくてなかなかおいしかった。こんどはひと口大に切ってからのせよう。
そうだ。
ゆうべ夜中に、聞いたことのない動物の鳴き声で目が覚めた。
それは山の方から聞こえてきているようだった。
カーテンの隙間から覗いて、じっと待っていたら、だんだん声が近づいてきて、ずいぶん近くなったのだけど、姿は見えず。
あきらめてもう寝ようとしたら、灰色と銀色が混じったような、毛足の長い、猫よりもずっと体が大きく、尻尾も長くて太い獣が、道路の隅っこをちょろちょろして、すぐにいなくなった。
あれはタヌキだったんだろうか。
街灯に照らされていたから、毛並みが銀色に見えたのかな。
キィーーーヒュイーーーみたいな、何かがこすられて出てくるような、子犬がいじめられて悲鳴を上げているような声だったけど。
もしかしたら、鳴いていたのはタヌキをみつけた近所の犬だったのかな。
吠えるというより、怯えてヒーヒー鳴いていたのかも。
犬は敷地内の山の方から下へ向かって、下りながら鳴いていたのかも。

●2017年5月1日(月)晴れ

今日から風香る5月。
母にファックスを書いて送ったり、イタリアの絵本についての帯文をぼんやり考えたり、4月分のレシート類をまとめたり。
ざざざざざざざざ……と音がして、雨かな? と思って窓辺に立つと、葉っぱが風でこすれている音なのだった。
そんなことが2度あった。
朝はタオルケットを洗った。
あと、スニーカーも洗った。
白いものを洗濯したくなる日だ。
さて、『帰ってきた 日々ごはん3』の「おまけレシピ」をやろうかな。
さっき、屋上へ行ってきた。
山の緑はもくもくしていた。
あんまりすごいのでいちど下り、缶ビールを持って上って、ひとり緑見をした。
風が吹くと、山のあちこちで木の葉が揺れ渡り、全体でひとつの生き物のようになる。
むりむりうようよ。
見ている間にも葉先が伸びているよう。
私の体にもそれが伝染し、一瞬だけめまいのようになった。
今の季節は、森も虫も動物もみなうごめいている。
たぶん私も。
夜ごはんは、もずく酢(みょうが、きゅうりを加えた)、ひじき入り切り干し大根煮、茄子とひき肉のカレー。

●2017年4月29日(土)晴れのち雨のち晴れ

日記を書いていたら、空と海が白くなって雨が降り出した。
さっきまで晴れていたのに。
でも私は驚かない。
朝、ラジオも天気予報で、「上空に寒気があるため、急の雷雨や落雷に注意してください」と言っていたから。
雨はしばらく降り続き、上がって、パーッと晴れてきた。
緑がみずみずしい。
どこかで虹が出ているかもしれない。
いてもたってもいられず、散歩に出る。
坂を下ってパン屋さんへ。
そのまま川を下って、川沿いの公園へ。
グラウンドの裏の篠原公園は、白と薄紫の藤の花が満開だった。
藤の花って、とてもいい匂いがするんだな。
きれいな女の人のような匂い。
さっき下ったのと平行している、川沿いの道を上り、「コープさん」へ。
ここははじめて通る。
黒っぽい犬を連れたおばあさんが、身を乗り出して川の流れを見ていた。
とても可愛らしい犬だったので、私はじっと見た。
すれ違ってから犬は振り返り、私をずっと見ていた。
なんと、「コープさん」は新装開店していた。
とても明るい感じ。
棚の配置はだいたい同じだけれど、通路が広々として品数も増え、冷凍食品のコーナーに大きな扉ができたりして。
でも、大型スーパーみたいにきらびやかではないから、心落ち着く。
お客さんも多すぎるわけではなく、ほどほどに賑わって、ひとりで来ているおばあちゃんたちも前と変わらずにいて、でも、なんとなしに嬉しそう。
連休の初日だから、中学生とか高校生の子どもたちも買いに来ていた。
行きつけのスーパーがきれいになって、嬉しいな。
坂を上るにつれ緑が増え、人はいなくなる。
そして、ひんやりとした空気。
これはまさしく山の空気だ。
去年の今ごろ、私はまだ東京にいて、引っ越しの箱詰め作業をしていたんだな。
なんだかウソみたい。
私は前よりずっと、外向きに、元気になった。
夜ごはんは、茄子とひき肉のカレー、コロッケ(「コープさん」の)、にんじんときゅうりとトマトのサラダ。

●2017年4月28日(金)晴れ

海が青い。
今週はいろいろあったので、思い出しながら日記を書いている。
今日は、遠くの方で船が浮かんでいるのも、向こう岸(紀伊半島の和歌山のあたり)にぽつんと立っている白い煙突のようなものまで見える。
ラジオの天気予報で花粉予報をやっていた。
このところの私のひどい鼻水は、ヒノキの花粉なのだそう。
今日も飛んでいるけれど、それほどには多くなく、ピークは過ぎたのだそう。
ああ、よかった。
「ひじき入り切り干し大根煮」の試作をしながら、そのあともずっと日記を書いていた。
戸田さん(もとクウネルの)から久しぶりに電話があり、料理の仕事をご依頼くださった。
うーん、どうしましょう。
やってみようかな。
中野さんが今日描かれた絵の画像を2回送ってくださり、そのたびにじーっと眺めたり。
今はもう5時半を過ぎているのだけど、まだ明るい。
海も、まだまだ青い。
今日は、明るいうちにお風呂に入ってしまおうか。
下に下り、ポストを見にいきがてらアパートの外に出てみた。
緑の匂いがした。
しんみりと濡れたような植物の匂い。
晴れていても、こんなに匂うのか。
山に近いからだろうか。
夜ごはんは、豚のしょうが焼き(かぶの葉炒め添え)、ひじき入り切り干し大根煮、にんじんの塩もみ(すりごま、ごま油)、玉ねぎと油揚げのみそ汁、大根の漬け物、ご飯。

●2017年4月26日(水)雨が降ったりやんだり

朝、起きてすぐに窓を開けた。
雨が降ると、緑の濃い匂いがする。
木がいっぱいあるから、森の中みたいな匂いがする。
切り口からも上ってきているのかな。
今日は、11時くらいに佐川さん(『どもるどだっく』の編集者)と高野さん(『ココアどこ わたしはゴマだれ』の編集者)がいらっしゃる。
そして12時から、愉しみにしていた対談がある。
お相手は、『目の見えない人は 世界をどう見ているのか』の著者、伊藤亜紗さん。
あと、医学書院の編集者の白石さんと、番匠さんという方もいらっしゃる。
お昼ごはんは、野ぶき煮(実山椒)、かぶの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)、ちらし寿司(ハモの照り焼き、いり卵、じゃこ、たらこ、空豆、ごま)、すじコンときのこの炊き込みご飯(しいたけ、舞茸、わけぎ、実山椒、紅しょうが)、ワカメともち麩のすまし汁。
私の吃音の症状は、かなり個人的だと思っていたので、人にはあまり伝えてこなかったけれど、このたびは伊藤さんが吃音についての本(まずはウェブ・マガジンに掲載されます)を書かれるということで、ずいぶん細かなところまで聞かれた。
伊藤さんの声は、やわらかな布みたいな声で心地よく、私は誘われるままにずんずん答えた。
話しながら、ずっと忘れていたこと(意識にも上らなかったような)が泉のように思い出され、おしゃべりが止まらなくなった。
なんだかカウンセラーとの対話のようでもあった。
伊藤さんも編集のおふたりも、みな子どものころに吃音があったそうなので、それぞれの体験や症状、どもらずに言葉を発する対処法(発明)を言い合ったり。
普通でないことを(自分では普通だと思っているのだけど)、普通のことみたいに笑いながら話せるのが、せいせいとしておもしろかった。
自我が強すぎる私の人格は、吃音以前の言葉の出が遅かったことにも関係があるのかも。
3時には終わり、伊藤さんと番匠さんは、帰りの新幹線の時間があるのですぐに帰られた。
白石さんがしばらく残ってくださったので、窓辺のテーブルで景色を眺めながらコーヒーを飲んだ。
白石さんをお見送りがてら、佐川さん、高野さんと4人で坂を下ったのも楽しかった。
いつもの神社に案内し、お参りもした。
パン屋さんの通りでお別れし、私たちはカレーパンを買い、また坂を上って帰ってきた。
佐川さんも高野さんも、何でもなくすーいすーいと上ってらっしゃる。
ふたりとも小学校が坂の上にあったんだそう。
どうりで。
佐川「みんな、ランドセルを投げたりしながら、上っていました」
坂を下りるときにも、上るときにも、目に見えるか見えないかくらいの小雨が降っていたのだけど、高野さんはずっと傘をささずに歩いていた。
足取りも軽く、ずんずんと。
どうしてか分からないのだけど、なんだか私は嬉しかった。
そうそう、坂の途中でサツキの花の蜜を吸い散らかしている小学生グループがいたっけ。
私もひとつ摘んでやってみたら、男の子のひとりが変な顔をして見ていた。
(なんで大人なのにそんなことするんやろう……)というような顔。
帰り着き、窓辺のテーブルに腰掛けて、いろいろなことのお祝いにシャンパンを開けた(佐川さんのお土産)。
雨上がりの空が薄暗くなり、蒼くなって、海にオレンジ色の灯りがつきはじめるのを眺めながら、きらめく夜景を眺めながら、終電の新幹線ぎりぎりまで、3人で呑んだ。

●2017年4月25日(火)快晴

能古島の日記のなかで、私はずっと「浅葉さん」と書いていたのだけれど、正しくは「浅羽さん」でした。
そうか。葉っぱじゃなくて、羽根だったのですね。
浅羽さん、やちよさん、万次郎君、九太君、十歩君、間違えていてごめんなさい。

このところ、とてもよく晴れている。
能古島から帰ってきたら、季節がはっきりと変わっていた。
桜の木は、花が咲いていたことなど忘れてしまうくらいに、若緑の葉でいっぱいだった。
うちの窓からの緑も、見るたびに伸びている。
枝が隠れていっているので、そうだと分かる。
冬の間には、枯れ枝の隙間から家や街がのぞいていたけれど、それも見えなくなった。
もう、すっかり初夏なのだ。
きのうの夕方まだ明るいうちに、中野さんが「nowaki」の搬出をすませてうちに寄ってくださった。
窓辺のテーブルに腰掛け、またひとつ展覧会が終わったことのお祝いをした。ささやかに。
メニューは、かぶ以外は能古島のものばかり。
わかめのシャブシャブ(土鍋にお湯を沸かし、もどしたわかめを入れてすぐに火をとめた。だし醤油+ポン酢醤油+わけぎ)、檀菜のおかか醤油、かぶのオリーブオイル焼き。
わかめは肉厚で香りも歯ごたえもよく、檀菜はピリッと辛く、春のかぶもみずみずしくてやわらかく、ふかっとしておいしかった。
今朝もとてもいいお天気だし、朝からアパートの上の階でトンカントンカンはじまっていた(水道管を取り替える工事とか)ので、中野さんをお見送りがてら遠足に行くことにした。
夙川駅からとことこと、2両編成の電車にひと駅だけ乗って、「甲陽園」で下り、公園の緑が窓から見えるお蕎麦屋さんで、まずは腹ごしらえ。
神戸へ越してきて、私ははじめてお蕎麦を食べた。
ざる蕎麦定食(温泉卵、かやくご飯、漬け物つき)、帆立の天ぷら。
蕎麦つゆの味つけが関東に比べて薄く、干し椎茸の味がほんのりした。
お蕎麦もとてもおいしく、大満足。
そこから住宅街に向け、ゆるやかな坂道を上っていった。
途中で、燃えないゴミの青い箱からクリスマスツリーがはみ出しているのを中野さんがみつけ、金と銀の小さな玉を私は拾った。
中「なおみさんは東京にいたころから変わっていませんね。スイセイさんが金属の部品や何かを拾って、なおみさんはこういうのばかり拾っていたんでしょう?」
そういえばそうだった。
今は葉っぱとか、虫の死骸とか、木の皮とかがそこに加わったくらい。
そのあとも青いゴミ箱をのぞくのを愉しみに坂を上った。
もうひとつ、とても感じのいい空き缶も拾う。
舶来のチョコレートか、キャンディーが入っていたような、けっこう古いもの。
これに紅茶の葉を入れたらきっと似合うだろうなと思って。
毎朝この缶を開けて、紅茶をいれるのはきっといい気分だろう。
角をちゃんと合わせないとふたがしまらないところも、厳かな気持ちになっていいと思う。
陽に当たりながら、風に吹かれながら、のんびりてくてく歩く。
目的地は越木岩神社というところ。
ここのご神体は大きな岩なのだそう。
鳥居をくぐったら、すーっと風が変わった。
中野さんが靴ひもを縛り直しているとき、私も石段に腰掛けてみた。
ひんやり、しーんとした空気。
神社のなかはずっと奥まで森になっている。
ねじくれた幹の古木が生い茂る参道(地面が盛り上がったり、根っこが盛り上がったりして階段状になっている)を上ってゆくと、お参りするところが点々とあった。
ゆらゆらとゆっくり歩き、ひとつひとつの前で立ち止まり、手を合わせた。
いちばん奥の大きな岩のまわりは、花の濃厚な香りがしていた。
探しても、花なんかどこにもないのに。
上まで上って、もういちど私ひとりで岩のまわりを歩いたら、さっきよりも香りが強くなっていた。
中「僕となおみさんが行くところは、いつもだーれもいませんね」
ほんとにそう。
この間、摩耶山のケーブルカーに乗ったときもそうだった。
お客さんはみんな、そこからロープーウェイに乗り換えるけど、私たちは観光地みたいなところが苦手だから、上には上らなかった。
往復の運賃が思っていたより高かったし。
でもそこは、とってもいい山の中腹だった。
奥に入ると獣のおしっこの匂いがして、イノシシや鹿に出会いそうで、人は誰もいなかった。
アイヌの神様の人形が置いてある小さな祠もあった。
気をつけないと転がり落ちそうだったけど、ゆるやかな崖のようなところから、山も桜も神戸湾もすっかり見晴らせた。
越木岩神社も、お花見の時季にはきっと賑わっていただろうけど、今はちょうどゴールデン・ウィーク前だし。
なんだかここは、これまで行ったどこの神社より、いちばん神聖な感じがした。
とてもいいところだった。
この大岩には、白い龍が棲んでいるという言い伝えがあるのだそう。
昔、豊臣秀吉が大阪城の石垣にこの大岩を使おうと、職人たちに切り出させようとしたら、中から白い煙が吹き出したのだそう。
帰りは、別の道を歩いた。
児童公園の長い長いすべり台(3台分あった)をすべり降り、ぐるぐる回るジャングルジムに乗り、私は目をまわした。
こんどは電車には乗らず、夙川沿いに河原を歩いて、せせらぎに足を浸けたり(ここは前にも来た。お弁当を食べたところ)。
阪急電鉄で中野さんは三宮方面へ、私は六甲で下り、買い物をたっぷりして帰ってきた。
明日は、東京からお客さんがいらっしゃるので。
家に着いたら私は、夏休みにプールから帰ってきた子どもみたいになっていた。
思い切り遊んだあとの、心地いい疲れ。
「おかあさん、きょうおおたんたんたんしかったの」
台所でだしをとったりしながら、夕飯を食べた。
夜ごはんは、豚肉とかぶの葉とワカメの炒め物、朝買ったパン(卵パン、ホットドック)。
さて、明日のちらし寿司に混ぜるハモの照り焼きを作ってしまおう。

●2017年4月19日(水)快晴、風強し

ゆうべもまた、とてもよく眠れた。
いちど目が覚めても、すぐにまた眠れる。
どうしてこんなに眠れるんだろう……というくらいに、深く。
ずっと、風の音が子守唄だった。
今朝もきれいに晴れている。
風がとても強く、海は一面に白波立っている。
こんな日は、漁師さんたちは「うさぎが跳んでる」と言って、危ないから漁に出ないのだそう。シバッちが教えてくれた。
朝、トイレに行ったついでに山の方へとぶらぶら歩いてみた。
竹やぶの細い竹が伸びていた。
風が吹くと竹同士がぶつかり合い、カラコロカラコロと涼しい音をたてる。
どこかの国に行ったとき、こんな音の竹の風鈴があったっけ。
しばらく歩き、下りてきたら、田んぼの方を向いて柵にもたれ、中野さんが煙草を吸ってらした。
1メートルほど間を開け、私も横に並んで柵にもたれた。
太陽がまぶしい。
ぽつりぽつりとおしゃべりすると、私たちの間を心地いい風が吹き抜けてゆく。
同じ景色を見、同じ風を受けているので、沈黙の間もさわさわと、見えないもの同士がおしゃべりしている。
帰り支度をし、リュックをしょって、海辺の道をふたりで歩いた。
前になったり、後ろになったり、横に並んだり、間が開いたり、少し間が縮まったりしながら。
浜にもいちど下りた。
「ノコニコカフェ」で、しばしゆっくりする。
お昼ごはんは「ざっこ」さんで。
何を食べてもおいしく、私は食欲全開となる。
空豆の天ぷら、セリのごま和え、浅蜊のバター蒸し、本マグロ丼(つみれのすまし汁、漬け物つき・半分ずつ食べた)、能古野菜盛り(筍の煮物、ゆでワラビ、つくしの薄炊き)、冷酒(ふたりで2合だけ)。
「ノコニコカフェ」に戻ってきて、船の時間までゆっくりする。
お店が暇になると、シバッちと祥子ちゃんが外に出てきて腰掛ける。 
私たちは、おしゃべりをするでもなくそこにいた。
私はコロナをちびちび飲みながら、海を眺め、音楽を聞くでもなく聞いている。
中野さんもコロナを飲みながらそこにいて、ぽつりぽつりおしゃべりしたり、どこか遠くの方を眺めたりしているみたい。
音楽はシャッフルなので、何がかかるか分からない。
アリヤマ君の声がして、「スカンク兄弟」の歌がはじまった。
「となりじまへ むかうフェリー いつものじかん いつものうみ りとうさんばし むかえにいくと じてんしゃで きみをのせーー
きみがひなたで ぼく かなた ふたりでいれば ひなたかなたーー 
いちじかんめ こくご にじかんめ しゃかい さんじかんめ すうがく よじかんめ なんだっけ」
畑さんのギターの音、長野君のベース、郁子ちゃん、ケンイチ君、ブンちゃんの声もする。 
こんな離島の小さなカフェの片隅で、私はこの歌にはじめて出会えたような気がした。
懐かしい東京の友人たち。仕事仲間。
10年以上も前、歌ができたばかりのころに、よく集まっては呑んでいた「太陽」のこと。
彼らと一緒に何冊も作ってきた料理本の撮影、「クウネル」の撮影、朝まで歌い合ったカラオケ。
そういうことから私は離れ、誰も知らない遠いところに、ひとりでやってきた気がしていた。
でも、そんなことはなかった。
歌声だけなのに、海風に混じって声が聞こえているだけなのに、みんなの顔も姿も見える。
なんだかとてもくっきりとしていた。
離れていた方が近くに感じることって、本当にあるんだな。
ふと横を見ると、そこには中野さんがいる。
私の頭には懐かしい友人たちの像があり、そのなかに中野さんの像も混じっている。
なんだか不思議だった。
祥子ちゃんは「ふふふ」、シバッちは「ははは(「は」と「ふ」の間)」、ふたりはおしゃべりの合間に小さく笑う。
自分が話したあととか、誰かが話し終わったりするときなんかに。
さっきまで話していたことを反芻しているみたいに。思い出し笑いみたいに。
「ふふふふ」「はははは」
会話が途切れたとき、「今、天使が通った」とよくいうけれど、祥子ちゃんたちの微笑みは、こうして海からときどき吹いてくるそよ風と同じ感じがした。
「今、能古の海風が通った」
祥子ちゃんとシバッちにも、私は出会い直した。
「ノコノコロック」でお世話になって、これまで何度も会っていたのに、浅葉さんにも、奥さんのやちよちゃんにも、ちゃんと会ってはいなかった。
彼らにも、はじめて出会えた。
きっと、能古島という島にも。
そしてさっき、船着き場の煙草の自動販売機のところで、タスポカードの使い方を教えてくださった素敵なおじいさん(とても紳士的な方だった)が、べんけい草という珍しい花(7年にいちどしか花を咲かせないそう)を1枝と、檀菜(貝割れ菜の原種)、芽吹きコーン、えごまもやしをお土産に持ってきてくださった。
彼は前田龍郎さんといって、珍しいスプラウトの類を島で長い間作っていらっしゃる。
私は龍郎さんにも、「ノコノコロック」のときにお会いしたことがある。
でも、はじめてちゃんと出会えた気がした。
中野さんと相談していた帰りの船の時間は、2時発だったのが3時発になり、けっきょく4時発となった。
たまたま通りかかったみたいに「ノコニコカフェ」にやってきた、浅葉さんとやちよさん、やちよさんの宮古島の友だちに、また会えた。
学校帰りの万次郎にも会えた(子どもたちだけで行列し、通学している)。
みんなのなかにいると、万次郎はとても小さく見えた。
カバンの方が大きいくらい。
船に乗り込んで甲板に立っていたら、シバッち、浅葉さん、万次郎が向こうから走ってきて、埠頭まで見送ってくれた。
私はずっと手を振っていたのだけど、ふと横を見ると、中野さんは手旗信号みたいな合図を万次郎と送り合っていた。
両腕を大きく、きちっ、きちっと動かして。

●2017年4月18日(火)快晴

ものすごくいいお天気。
ぐっすり眠った。
夢も、ふたつかみっつみた。
夜、眠っているときにカエルの声がしていた。
雨の音が遠くの方からして、近くでカエルの声。
きのうは何をしていたんだっけ。
シバッちと中野さんと祥子ちゃんが、こたつでおしゃべりしていた。
私は寝転がってマンガを読んでいた。
『この世界の片隅に』。
その間ずっと、雨が降っていた。
雨は横なぐりになり、バケツをひっくり返したようになり、床の間のあたりに雨漏りがしはじめた(シバッちが音を聞きつけた)。
祥子ちゃんとシバッちが、いろいろな大きさのボールやタッパーをひとつずつ、いくつも持ってきて、雨漏りのところに置いた。
床の間のあちこちから、しずくが落ちている。
とても静かで、しずくの落ちる音しかしなくて、いろいろな音階で、リズムもいろいろで、タルコフスキーの『ノスタルジア』みたいだった。
今朝は、外のテラス(材木が横に渡してある)でコーヒーを飲んでいます。
この島は、シバッちたちのこの家の感じは、どことも違う。
蜂がぶるぶるぶるぶるいっている。
「前に来たとき、なおみさんはこの音を聞いていたんですね」と、隣で中野さんがおっしゃった。
私「うん。いろんな音がしますね」
中「なおみさんは、よっぽど耳がつまっていたんですね。これが(こういうふうに、いろんな音がするのが)ふつうですよ」
私「そうか。そういうことか」
蜂はぶるぶるぶるぶると、空中の同じ場所で盛んに羽根を震わせている。
小さな虫が飛んでくると、ふざけるみたいにちょっかいを出し、追いかける。
また戻ってきて、同じところでまたぶるぶるぶるぶるしている。
中「だんご虫が地面に穴を掘っている音が聞こえます。落ち葉の上を歩いたり、草の上を歩いたりしている」
私「え、そうですか? ぜんぜん聞こえない」
中「なおみさん。だんご虫にもオスとメスがいるのを知っていますか? メスは白い斑点があるんです」
私「えー、そうなんや。そんなの見たことないです」
中野さんはノートの端に、オスとメスの絵を描いてくださった。
飛行機が空を横切ってゆく。
ブルブルブルルルあああああああおわおわおわあああ。
蜂はいなくなった。
さっきもう一匹が飛んできて、屋根の向こうへ一緒に飛んでいったから。
そのあとは、中野さんがトイレ(海辺の公園にある)に行くのについていきがてら、おのおので散歩した。
トンビが山の方に小さく見える。
こっちに来ないだろうか、来ないだろうか……どうか、来てください、と願うのだけど、どんどん小さくなる。
空をぐるりぐるりと旋回し、高いところへ昇っているのだ。
船着き場の方向にもう1羽みつけた。
あっちのトンビもどんどん小さくなる。
『どもるどだっく』はこの島で生まれたから、トンビにお礼を言いたいのに。
中野さんは、向こうの浜の離れたところにいらっしゃる。
岩らしきものを背もたれに、海を見ていて動かない。
次に見たときには、貝殻か何かを拾っていた。
トンビが見えてきた方に向かって、私は歩いていった。
そこは、海につき出した小さな堤防のテトラポットで、2年前にも座っていたところ。
前にそこでじっと待っていたら、堤防の先端に立っている金属の棒のところにとまりにきたので。
でもやっぱり、ずんずん高く高く昇って、見えなくなった。
あきらめて私は帰ってきた。
白い車(軽トラは廃車になったのだそう)がなかったので、シバッちたちは「ノコニコカフェ」に出掛けたことが分かった。
中野さんは布団に寄りかかり、目をつむっている。
私は台所でクッキーを焼くことにした。
今夜は浅葉さんのお誕生日会があるので、プレゼントしようと思って。
『ほんとだもん』のメダルクッキーと同じ生地。さっき、作ってねかせておいた。
中野さんは、ひと足先に「ノコニコカフェ」へ歩いていくことになった。
クッキーはハリネズミと花の形の型を使い、スプーンの先で毛並みと花弁の模様を入れ、イノシシと桜にした。
うまく焼けた。
そろそろ私もトイレにまわって、「ノコニコカフェ」へ行こうかな。
海辺の道を行ったり、海岸に下りたり、とろとろと道草をくいながら気ままに歩いた。
浜大根の薄紫の花の下に、白っぽい猫がいる。
腰から下に、うっすらと肌色の縞がある猫。
こっちを見ている。
警戒している。
前に、中野さんから教わったように、ちょっと離れたところへゆっくりと近づいてゆき、座って、前を見ながら目の端でとらえた。
眉毛があるみたいな顔の猫。
花の影が木漏れ陽みたいに当たって(花漏れ陽という言葉はあるだろうか?)、顔のまわりがちらちらしている。
少しだけ首を傾けている。とてもとても愛らしい。
私が見ていることを猫も分かっているようだけれど、分からないふりをしてくれている。
小さいころ、保育園や幼稚園の帰り道なんかに、猫をみつけると私はすぐにしゃがみ、よくかまっていた。
姉が「なおみー、行くよー」と呼んでも、私はなかなか戻らなかった。
「みつる(双子の兄)は、呼べばすぐニコニコしながら走ってくるのに、あんたはいくら呼んでもだめで、ほんとに憎らしかった」と、前に言われた。
遠くの埠頭のようなところで、風に向かって羽根を広げているのは何の鳥?
黒っぽいけどカラスより大きい。
浜に下りて、近づいてみるも、分からない。
トンビではないらしい。
羽根を乾かしているんだろうか。
ときどきすぼんで、また広げたりしている。
離れたところにいるもう1羽は、ただとまっているだけ。
また、てろてろと歩く。
ひとりの散歩は気楽でいいな。
「高山さん、もう、ほんとにゆっくりしてください。何にもしないで、お散歩したりして、ゆっくり自由にしていってください。私たちも時間とか決めずに、適当にお店に行きますから」と、祥子ちゃんにも言われている。
ずいぶん先に着いていた中野さんは、「ノコニコカフェ」の壁(カウンターの下)に絵を描いてらした。
赤と黄色の水性ペンキで、どんどん描いている。
私は海が見える椅子に腰掛け、夏みかんの生ジュースとビールを注文して、交互に飲んだり割ったりして、海を眺めたり、音楽を聞きながら目をつぶったり、絵を描いている中野さんの後ろ姿をぼんやり眺めたり。
日記など書くつもりではなかったのだけど、夕方までにはまだたっぷり時間があるので、ノートを出し、今までのことを思い出しながらこうして書いている。
トイレに行きたくなったら、ゆっくり歩いて船着き場へ行けばいい。
トイレから戻ってきたら、郁子ちゃんの歌がかかっていた。
「くもも きずも なんにもないそら うそみたいな つべつべの あおいそら なんかきゅうに さびしくなって きみをよんだ きょうも きっと げんきで やってるんだね」
空と海と風と、島の人々と、今ここに流れている時間に隙間なくどんぴしゃなのに、隙間だらけ。
すーっと鳥肌が立った。
お昼ごはんは、「ノコニコカフェ」のイングリッシュマフィン・サンド(シバッち作)。
マフィンは香ばしく焼け、スパムはジューシーで、卵はふわっふわ。ものすごくおいしい。
夕方、クッキーを取りにいちど戻り、ビールなど酒屋で買って、車で浅葉さんのお宅へ。
浅葉さんのお誕生会のごちそうは、能古島産の大粒カキフライ(せんキャベツ添え)、ローストビーフ(ホースラディッシュ添え)、さまざまなお刺身の大皿盛り合わせ(「ざっこ」さんのお造り)、水菜とトマトのサラダ(祥子ちゃん作)、ビール。
料理はどれもたまらなくおいしく、浅葉さんちのベランダからの景色もすばらしく、森のなかにある泉みたいなお風呂にも入れてもらった。
浅葉さんの息子の万次郎(小学一年生)に教わりながら、生まれてはじめてオセロもした。
万次郎はこれまで、家族の誰にも負けたことがない。
「はじめてにしては強いよ。最初、白が多かったし」なんて小声で言われながら、2回戦やった。
もちろん2回とも負け。

●2017年4月17日(月)雨

「Rethink books」さんでのイベントは、きのうぶじ終わった。
12時15分発の船で、中野さんと能古島へ渡る。
雨、雨。
しっかりと雨。

●2017年4月15日(土)曇りのち雨、時々晴れ

さっき、暗くなる前に缶ビールをひとつ持って、屋上でひとり花見をしてきた。
裏山のふもとの家々の庭には、小さいのも合わせて8本くらいの桜の木がある。
きのうシーツを干しに行ったとき、満開みたいだったから。
今日はもう、ずいぶん散っている。
でも、とてもきれい。
山には山桜も見える。
白いのも、薄桃色なのも、枝先に茶色い葉がついている種類のもある。
この間まで寒々としていた枯れ木は、芽が出はじめているのか、ほわほわと靄がかかったようなピンクがかった肌色。
ところどころに緑も見える。
山の家の山も今ごろはこんな感じだろうか……と、ふと思った。
カラスが一羽ばさばさと飛んできて、物干し竿の端っこにとまった。
嘴につやのある、大きなカラスだ。
ジャンプするように空へ飛び込み、山に向かって飛んでゆきながら、カーア カーアと大きな声で鳴いた。
今週は、いろいろなことがいっぺんにあった。
まず、「nowaki」での展覧会が幕開けした。
恵文社でのトークイベントもとても楽しかった。
スープもおいしくできたし、朗読&ライブペイントもぶじに終わった。
次の日、中野さんと桜のトンネルを散歩し、摩耶山の中腹までケーブルカーに乗った。
その次の日は、絵本の編集者さんがいらっしゃった。
その翌日の朝、中野さんをお見送りがてらパンと牛乳を買って家に戻り、仕事をしていたら、姉から電話があり、母が手術をすることになった。
はじめは帰省するつもりはなく、「おいしい本」の原稿を書いたりしていたのだけど、気づいたら荷物をまとめていて、5時半くらいの新幹線に乗り8時には病院に着いた。
母は、内視鏡で卵巣を取る手術をしました。
その晩は姉の家に泊まり、翌朝の9時くらいから病院へ行った。
母は朝からすでに顔つきがとてもしっかりしていて、午後には自分でトイレへも立てるようになった。
私はずっと母の隣にいて、筆談で(母は耳が遠い。相部屋なので、大きな声を出すとほかの患者さんたちの迷惑になりそうなので)看護婦さんのおっしゃることを伝えたり、トイレについていったり。
新しい絵本のできかけのものを持っていったら、母はとても喜んだ。
ゆっくりとページをめくり、にやにやしながら何度か読み返し、感想文を書いてよこした。
そのあとは俳句をやったり、教会の印刷物を読んだり、ベッドの上で足を曲げたり伸ばしたり。
私はいちど抜けて教会へ行き、牧師さんたちに母の病状を伝えた。
帰ってからはパソコンを広げ、「おいしい本」の続きをずっと書いていた。
ときどき、母の動きが気になってベッドの方を見ると、「大丈夫だから、こっちを見ないで」なんて言う。
トイレへもひとりで行きたがり、スリッパをはくときにも「手を貸さなくていい」と言う。
なんだか、何でも自分でやりたがる子どものようだった。
今回の「おいしい本」は、母の大好きな絵本『こんとあき』についてなので、書き上がった原稿を見せてみた。
ベッドにゆっくり起き上がり、パソコンの画面に手を添えながら読んで、また感想を紙に書いてよこす。
普段から母は運動をしているから、87歳のおばあちゃんにしてはすごい恢復力だ。
看護婦さんも手術をしてくださった先生も、驚いていた。
私はとても安心し、夜8時くらいの新幹線で帰ってきた。
新幹線のなかで私は感謝の気持ちでいっぱいになった。
母の体力にも、気力にも、持ち前の明るさにも、そして現代の医療の素晴らしさにも。
神戸に着いて、いつもお参りしている神社の前を通るとき、タクシーの窓から手を合わせた。

さて。
というわけで、今日は「おいしい本」の仕上げをし、編集者にお送りした。
あちこち掃除機をかけ、ゴミを出し、旅の支度。
明日はいよいよ、福岡の「Rethink books」でトークイベントです。
イベントで朗読する新作のお話『ポランとよばれた』は、小さなスケッチブックに清書した。
明日は、朝10時ごろの新幹線に乗るので、今夜のうちに中野さんがいらっしゃる。
私は早めにごはんを食べてしまおう。
長野さんが送ってくださった、ムーミンの新しいDVDを見ながら。
夜ごはんは、鮭の粕漬け(自家製)、大根おろし、小松菜と油揚げの煮浸し、椎茸甘辛煮の卵とじ、プレスハムの焼いたの、即席みそ汁(おぼろ昆布、揚げ玉、かつお節、みそ)。

●2017年4月13日(木)晴れ

今私は、神戸へ向かう新幹線のなかでこれを書いています。
ここ2、3日にあったことを、いま、書きはじめようとしてパソコンを開いたのだけど、やっぱりちょっと無理みたい。
もう9時過ぎだし。
これから六甲へ帰るので、明日ゆっくり書こうと思う。
夜ごはんは、コンビニのおにぎり(梅干し、炙り明太子)、春巻き(コンビニの)、お茶。

●2017年4月7日(金)雨が降ったり止んだり

ゆうべはしっかりした雨が降っていた。
風も強く、夜中にカーテンを開けたら、雨粒が窓ガラスに当たってあとをつけていた。
半分寝ぼけながら、(雨の音がする。風の音もする……)と何度も思いながら寝た。
最近私は、9時前には寝室に行って、ベッドのなかで絵本や本を読んでいるうち、すぐに眠たくなる。 
だから夜中に一度か二度、目が覚める。
ぼうぼうと眠ったり目覚めたり、寝返りを打ったりしながら、思う存分寝くさっている。
朝は7時とか、7時半に起きるから、10時間以上寝床のなかにいる。
『帰ってきた 日々ごはん3』の校正が終わってアノニマへ、レシートの計算も終わってスイセイに、それぞれ早めに送り出すことができたので、きのうは隣街の大きい方の図書館へ行った。
坂を下りるとき、海からの風が吹いてスプリング・コートがはためき、私はボタンをとめずに歩いた。
それがなんだか、とっても気持ちがよかった。
ばーばーと風が体を通りぬけ、体のなかにあるものの間も通りぬける。
いつ雨が降り出してもおかしくないような曇り空だったのだけど。
目の前にはハッカ色(白と水色が混ざっている)の空と海、八分咲きの桜。
今日も今日とて、メダルクッキーを焼いた。
きのうのうちに生地を作って冷蔵庫でねかせておいたので。
けっきょく全部で50枚以上焼けました。
お昼ごはんを窓際で食べていたら、シジュウカラが一羽、電線にとまっていた。
「チュイ」「チュイ」とひと声さえずるごとに、いちばん下の電線からその上の電線、またその上の電線へと飛び乗っている。
いちばん上まで上ったら、どうするのかなと思って見ていたら、こんどは一段下に下りた。
さすがにその先へは下りず、電柱のでっぱりにとまったけれど。
電線が五線譜のように見えるので、シジュウカラは音楽をしているみたいだった。
さて、『かぐわしき あまいおちち』の最後の仕上げをしよう。
夕方、5時を過ぎたころ、雨が上がって、チュクチュクチイチュクチュクチイチュルチュル。
鳥が、たぶん1羽なんだと思うのだけど、さっきから盛んにさえずっている。
おいしい水を飲んで、のどが潤ったみたいなみずみずしいいい声。
空も、海も、建物も、白い靄に覆われた遠くの方から、黄色い灯りが少しずつつきはじめた。
夜ごはんは、人参の塩もみサラダ(醤油ドレッシング)、焼き油揚げ(生姜じょうゆ、ゆずこしょう)、鶏ときのこのスパゲティ(鶏肉はずいぶん前からにんにくとオリーブオイルでマリネしておいた、生クリーム)の予定。 そろそろ中野さんがいらっしゃる。

●2017年4月4日(火)快晴

朝から『帰ってきた 日々ごはん3』の続き。
途中でクッキーを焼いた。
一度目に焼いたときは、天板のカーブに沿って反ってしまったり、焼きすぎてしまったものも混ざっていたけれど、こんどのは焼き損じがひとつもなく、とてもうまくいった。
クッキー作りは楽しいな。
毎日やりなさいって言われたら、私は毎日焼ける。
ラッピングをして箱に並べていったら、お店で売っているのみたいに素敵になった。
何度も書いてしまうけど、これは「nowaki」さんで『ほんとだもん』を買ってくださった方々へのプレゼントです。
当初は25個の予定だったけど、33個できました。
子どもたちがたくさん来てくれるといいな。
2時くらいに「コープさん」へ。
風もなく、のほほんとしてしまう。
坂道の桜もほころびはじめていた。
神社の桜は、ずいぶん開いている。
すみずみまで暖かく、空気のなかに一粒も寒さがない。
9日の「恵文社」のイベントで出すスープに、塩豚を入れようと思って、豚肩ロースのブロックを探したのだけど、「コープさん」にはひとつもなかった。
てくてく歩いて「阪急オアシス」へ。
ここには、「サービス品」という30パーセントオフのが2パックだけあったけど、塩豚はできるだけ新しいお肉で作りたい。東京よりもちょっと高めだし。
豚バラのブロックも、1パックしかなかった。
神戸のスーパーでは、ブロックの肉をあまり扱っていないのかな。
私はすぐにあきらめ、ベーコンの塊(前に買っておいしかったもの)を買うことにした。
神戸のスーパーは、ハム、ソーセージ、ベーコンの類にかけては、いろんな種類があるような気がする。
そう。
「コープさん」で、生のホタルイカをみつけた!
四角いパックにぎっしり入って350円のと、ビニール袋にたっぷり詰まって500円のものがあった。
生なんてはじめて見た。
これをゆでて食べるんだろうか。
オリーブオイルとにんにくで炒めてもおいしそうだな。
夜ごはんは、冷やごはん、ひじき煮と煮豆(「かもめ食堂」さんの)、みそスープ(えのき、春菊)、アジフライ(スーパーの)せんキャベツ添え。

●2017年4月3日(月)晴れ、風強し

7時に起きた。
とてもいいお天気。
日焼け止めを塗って、ゆうべのうちに洗濯しておいたタオルケットを屋上に干にいった。
そのあとでシーツも干した。
朝ごはんを食べ、『帰ってきた 日々ごはん3』の校正をやる。
きのうからの続きで、窓際のテーブルでやる。
あんまり陽が当たるので、少し机を寄せてみた。
ぐっと集中して、お昼ごはんを食べてからもまたやった。
気が散ってくると、メダルクッキーの生地作り(ゆうべのうちに材料を計り、バターも室温でやわらかくしておいた)。
洗濯ものをとり込みにいったとき、山側と、海側をよく眺め、目をこらしてみた。
どこかで桜が咲いているかなと思って。
まだ、どこにも見えない。
山のふもとのお宅に桜らしき木が見えるが、まだ蕾みたい。
なんとなくほっとした。
『帰ってきた 日々ごはん3』の校正は、いちどにやってしまうのがもったいない。
今日の分はもう終わりにし、レシートの計算をやってしまおう。
夜ごはんは、ホタルイカとほうれん草のスパゲティー、人参の塩もみサラダ(辛子酢みそ)。
この間会ったときに、今日子ちゃんが、兵庫のホタルイカは最高だと言っていた。
「今しかないから私、たくさん食べるんです」と。
それがずっと気になっていたので、ぷっくりとふくらんだいかにも新鮮そうなのを、「イカリスーパー」で買ってみた。
添付されている辛子酢みそをつけてそのまま食べたのだけど、噛むと中からチュッとワタのおいしい味が出てきて、たまらない。
東京のスーパーや魚屋さんで買っても、いつも新鮮さがイマイチな気がして、買わなければよかった……ということが多く、ホタルイカはなんとなく敬遠していたのだけど。
今日子ちゃんが送ってくれた写真では、菜の花と合わせて炒めていたので、私は冷蔵庫にあったほうれん草でパスタにしてみた。
オリーブオイルとバターで万能ねぎの白いところを細かく刻んで炒め(にんにくがなかったので)、ほうれん草を炒め、ホタルイカを炒めて軽く塩をし、スパゲティのゆで汁を加えて乳化させた。
大成功のおいしさ。
やっぱり、ホタルイカは鮮度が命だ。

●2017年4月1日(土)曇りのち晴れ

7時半に起きた。
朝のうちは曇っていたけれど、だんだん明るくなって、今は海が青い。
きのうの雨で、空気が洗われたみたいなお天気。
「天然生活」の校正をしながら、もういちど試作した。
何を作っているかはまだ書けないので、夜ごはんも今日は書けない。
鍋を火にかけながら、ポイントとなるところを書き加え、終わってからはレシートの分類をずっとやっていた。
これは、ゆうべからやっている作業の続き。
うちは年度末が3月。毎年のことだけど、これからスイセイは大忙しとなる。
ゆうべ私は、1年間のレシートを1ヶ月分ずつより分ける作業をしていた。
これまでのレシートをためていた箱のいちばん底から、去年の4月と5月のが出てきた。
それは、神戸へ越してくる前のレシート。
いつも通っていた吉祥寺のスーパーや、パン屋さん、塩鮭がおいしい商店街の小さな店、昔ながらの和菓子屋さん。
図書館の向かいのコンビニで私は、サンドイッチをよく買っている。
ほんの少し切なくなった。
その切なさのもとは、きっと、人は同じところにとどまってはいられない……ということなのだろう。
スイセイと暮らしはじめたばかりの30代の私は、豚ひきや、ナスや、ピーマンやらと打たれたレシートを見て、繰り返される日々の積み重ねを思い、心安らかになっていた(このときのことは、『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』に書きました)。
スイセイに出会う前の20代の私は、これから先、自分がどうやって生きていくのか分からず、靄のなかでやみくもに、それでも日々を生きていた。
今の私は、繰り返される日々の確かさの神話が壊れ、20代のころの自分に戻ったような気がするのだけど、ひとつだけ違うことがある。
それは、自分という”もとで”に筋肉がついたことだと思う。
先のことは、本当はみな分からない。
分からないなりに、毎日を味わいながら、確かめながら生きていければいい。
分からなくてもいいんじゃないかと思うと、今の私は心安らかになる。
「ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどね」
『ムーミン谷の冬』のおしゃまさんも言っています。
ゆうべは、そんなことを思いながら寝ていた。

●2017年3月31日(金)雨

冷たい雨。
空も、海も、建物も真っ白だ。
この間から寝室にいた蜂は、きのう見たら窓の桟の端っこでじっとしていた。
ゆうべ、一瞬だけジジジジと羽根の音がした。
今朝も同じところでじっとしているので、もう死んでしまったのかなと思った。
隣の窓を開けたら、ゆっくりとでんぐりがえりをした。
じっと見た。
私が話しかけると、片足をゆっくり持ち上げたりする。
きっと蜂は今、生と死をさまよっていて、気持ちがいいんだと思う。
背中で羽根を重ねたり、ずらしたり、ぶるぶるとわずかに震わせていたかと思うと、ぎこちないながらも斜めになって、大きく羽根を開いたりしている。
飛んでいる夢をみているんだろうか。
お尻の先だけが茶色く、コロンと丸い、かわいらしい蜂だ。
この蜂は、もしかすると人を刺さない種類なのかもしれないけれど、おとついユウトク君やソウリン君たちが2階に上がってきたとき、じっとしいてくれてほんとうによかった。
さて、今日は美容院に行ったら、図書館へも寄って絵本を借りてこよう。
「MORIS」や「かもめ食堂」や「月森さん」に、展覧会のDMをお届けがてら、クッキー(4月8日からの「nowaki」での展覧会で、『ほんとだもん』を買ってくださった限定25名さまにプレゼントします。シナモンとジンジャーが入ったちょっと硬めのクッキー、「ムーミン」に出てくる肉桂ビスケです。メダルの形に焼いて、首からぶら下げられるようにしようと思って)を入れる袋やヒモを買いにいこう。
雨降りだし寒いけど、こういう日に出掛けるのも、霧のなかの冒険みたいでなんだか楽しい。
夜ごはんはなし。
「かもめ食堂」で早夕飯をお腹いっぱい食べたので。
親子丼定食(切り干し大根煮、煮昆布の箸休め、大根、人参、油揚げのみそ汁つき)、自家製カステラ、紅茶。
りっちゃんの親子丼は、料理上手のお母さんの十八番みたいに心からおいしく、お腹がぽかぽかするような味だった。大満足。

●2017年3月29日(水)晴れ

あー、楽しかった。
今日は神戸へ来て、ほんとうに、こんなに楽しいことがあるなんて……というような日だった。
六甲の隣駅にある「王子動物公園」で、中野さんのご家族としばらくの間一緒に過ごした。
これまでずっと、中野さんの話のなかだけにいた家族全員に、お会いすることができた。
お父さん、お母さん、お姉さん、お義兄さん、そして甥っ子のユウトク君、ソウリン君。
ユウトク君は4歳になったばかり……
ああ、ユウトク君のことを、どうやって書いたらいいか分からない。

中野さんと3人で観覧車に乗ったり、お姉さんも一緒に4人で飛行機の乗り物に乗ったり、中野さんとユウトク君の後ろから、足でこぐ乗り物にお義兄さんと乗ったり。
ケチャップをつけてあげながら、アメリカンドックを一緒に食べたり。
動物園の動物も、中野さんと3人で少しだけ見てまわった。
私は象も、アリクイも、カンガルーも、キリンも、どの動物を見てもその仕草や表情がたまらなくおもしろく、目が放せなくなった。
アリクイの足の太さや、長さ、毛の色つや、足の平(手の平みたいな部分)をひっくり返すようにして歩く動き。
なんだか、すべてが人の動きに見える。
変わった形の体を持った人の姿に。
見立ての目が育ってきているせいなのか、何なのか分からない。
というか、どんな体の動きにも表情(顔の動き)にも、確かな理由があり、その理由の内わけまでも、動物たちは包み隠さず見せてくれるから。
痛快というか、愉快というか、スカッとするようなおもしろさ。顔を天に向け、声を出して大笑いしてしまうほどに。
キリンの家族は、毛並みも首の動かし方も瞬きの仕方も、とても優雅で、この世のものとは思えないくらい美しく、切ない感じのする生き物だった。
もしかすると私は、4歳のなみちゃんの目で見ていたのかな。
4歳のユウトク君のことも、4歳のなみちゃんが手をつないだり離れたりしながら、じっと観察していた。
ユウトク君は、たとえばマンホール(穴が開いている)の下を流れている水の音や、遠くからやってくる電車の音など、かすかな物音にもすっと引き寄せられ、耳を澄ます。
木の幹にぶら下がっていた、お米の粒の1/10ほどの薄さの、繊維みたいなのがふらふらしている小さなものも、「なんやこれ?」とつぶやいて、見逃さない(虫に見えたらしい)。
中野さんはそういうユウトク君に、瞬時(ほとんど同時)に気がついて、一緒にじっとみつめ、考えたり、答えたりしてらした。
同じくらいの小さな声で。
ユウトク君はうまいこと体を使い、自分ひとりで木登りもできる。
高い塀からジャンプしながら飛び降りるユウトク君を、中野さんが軽々とキャッチしたときには驚いた。
ふたりはいつもそうしているらしく、誰に見せるでもなく、当たり前みたいにやっているのだけど、私はいちいち「わっ!」と叫んでしまう。
あっという間の曲芸みたいで、本当にすごいから。
帰りは、大きな車(アフリカの砂漠を走れそうなジープみたいな車)にみんなで乗って、六甲のうちへ私を送ってくださった。
そしてさっきまで、この部屋のなかに、ほんの短い時間だけれど、ご家族7人と私が一緒にいた。
部屋に入ってきたときは、スイセイが好きだった番組『ビフォーアフター』で、改築された家をはじめて見にきた家族みたいに、ひとりひとりが目を輝かせてらした。
特に、お姉さんとお義兄さんが、声に出して興奮してらした。
「わー、すごいなあ。ほんとにすごい景色や。僕が学生のときには、まさにこういう景色のところを探してたん。でも、はじめて見たわ、こんなすごいんのは」「わー、うちのカーテンがこんなに似合っているのをはじめて見たわ(中野さんの家族はカーテン屋さん)。本物のショールームみたいやわ」「やっぱり、おしゃれやなあ」とか。
台所や食器棚、中野さんの絵がたてかけてある壁などを見て、「きれいに片づけてはるわ」とお母さんがつぶやいてらしたのも、私は、ものすごく嬉しかった。
このところ私は、しばらく日記が書けなかった。
というか、書きたくなかった。
書けないようになってしまっていた。
でも、そのせいで気がついたことがある。
いつかそれを日記にきちんと書いて、みなさんに読んでいただきたいのだけど、まだ、書けない。
時期がきたら、書けるようになるのかもしれない。
その、書きたいと思っていることと、今日は、なんとなく関係のある日だったような気がする。
「暮しの手帖」の取材のときに、ライターの大谷さんからいただいた『[日めくり]ムーミン谷の毎日のことば』を、このところ毎朝起きるとすぐ、占いのようにして愉しみにめくっている。
「まえがき」みたいな最初のページ、”ムーミン谷から、あなたへ”には、こんなふうに書かれています。
「この世界のどこかにある、緑に囲まれた、深く静かな谷。そこに暮らすのが、ムーミントロールの一家と仲間たちです。(中略)笑ったり、泣いたり、驚いたり。ときには怒ったり、落ち込んだりもする彼らの姿は、まるで私たちみたい!(中略)このカレンダーには、物語の中から選んだ、大切にしたい31のことばを収めました。毎日めくって偶然の出会いを楽しむのもよし。好きなことばや絵をずっと眺めるもよし……」
ちなみに29日の今日は、「まあ、それはそうと、きょうは、とてもたのしい一日だったわい。いかにも、わしの一日らしい一日だったわい」(『ムーミン谷の十一月』のスクルッタおじさんの心情が描かれた文のなかから)
そして明日の30日は、『ムーミンパパ海へいく』のムーミンママの台詞。
「さあ、あしたもまた長い、いい日でしょうよ。しかも、はじめからおわりまでおまえのものなのよ。それも楽しいことじゃない!」

今夜は、早くお風呂に入って温まり、中野さんの家族の余韻を胸に眠ろう。
薄目を開けながら、食べたものを反芻してなかなかのみ込もうとしない、今日見たカンガルーみたいにして、眠ろう。
そうだ、忘れないようにここに書いておく。
いつだったか、夜景を見ながら窓際で話をしていたとき、何かの流れでふと、中野さんがおっしゃった。
「弱いっていうことほど、確かなことはありませんよ」と。
私が神戸へ引っ越すことを決める前、決めたあと、私はかなり弱っていた。
あのころの私は靄のなかにいて、自分がどうしたいのか、これから先どうなっていくのかまったく分からず、自分のお腹のなかの、体温よりも少しだけ温かい、ほんのひと握りの綿のようなものだけしか信じられるものがなかった。
とても不安だったから、それだけにつかまっていた。
でも、その綿につかまりながら、自分の弱さのいちばん底に足をつけることができたのかも。
だから、思い切って動けたのかもしれないなと思う。
スイセイもよく言っていたっけ。
「みいよう、落ちるところまで落ちてしまった方が、安定するんで」って。
夜ごはんは、グラタン(この間作った残りを温めた。大豆のトマト煮、茄子、南瓜、リガトーニ、ホワイトソース)、ポトフ(撮影の残りものに白みそと牛乳を加えて温めた。大豆、大根、にんじん、キャベツ、ソーセージ)。

●2017年3月25日(土)晴れ

春霞。
とってものどかな日。
そういえば私は、しばらく日記を書いていなかった。
インタビューの準備やら何やらで、なんとなしに落ち着かなかったんだっけ。
もう、ずいぶん前のことのようで、忘れてしまった。
おとついとその前の日は、「暮しの手帖」の取材だった。
長野君にたくさん写真を撮っていただき、ごはんもいろいろこしらえて、みんなで何回も食卓を囲んだ。
島崎さんはいつも私のそばにいて(近すぎず遠すぎず、わずかな距離がいつもあった)、料理を作りながらつぶやいている私の言葉をメモしたり、洗い物をしてくださったり。
流しまわりがいつもすっきりと片づいていていたおかげで、次の作業にスーッと気持ちよく入ってゆけた。
1日目はお天気がよかったので、4人で坂を下り、神社でお参りし、スーパーへ行ったり、川沿いを海の近くまでずっと歩いたり、「MORIS」へ遊びにいって、今日子ちゃんのキンカン煮と紅茶をごちそうになったり。
どこにいても長野君が始終カメラを構えていたのだけど、私はちっとも気にならなかった(あとで見せてもらったら、どの写真ものびのびとした表情で楽しそうに写っていた)。
大谷さんは、インタビュアーとしての独特の技を持ってらっしゃるんだと思う。
私は水面下の想いまで引き出され、気づけば大谷さんの話芸に巻き込まれ、ついつい話が深くなって、マジックのようだなあと何度も感じた。
なんだか、不思議な時間の流れ方をした2日間だった。
1週間分くらいを、ぎゅーっと濃縮したような。
きのうはさすがにくったりとくたびれ、ゆっくり、ゆっくり動いていた。
それでも「おいしい本」の仕上げをしてお送りし、ぎりぎり締め切りに間に合った。
スイセイからも電話があり、主に『帰ってきた 日々ごはん3』のカバーまわりの話をたくさん聞いた。
スイセイのアイデアは、とても冴えていた。
このごろは、私の方がほとんど聞き役になっている。
スイセイが次から次へとよくお喋りしてくれるのが嬉しくて。
流れを止めたくなくて。

明日からいよいよ、『ほんとだもん』のトークイベントがはじまります。
心斎橋の本屋「アセンス」さんを皮切りに、恵文社の「cottage」、そして福岡の「Rethink books」。
日程はとびとびだけど、まるでサーカスの巡業みたい。
今日はその支度をずっとしていた。
日記を遡ってプリントアウトしたり、中野さんとのメールのやりとりを遡ってみたり、拾いものも壊れないよう箱に詰めた。
集まってくださった人たちに、『ほんとだもん』がどうやってできたのか、どんなふうにお伝えできるかなあと思いながら。
夜ごはんは、卵とじうどん(ノブさんの手打ちうどん、油揚げ、ねぎ)、ほうれん草と春菊のごま和え。
明るいうちに「ムーミン」を見ながら夜ごはんを食べ、お風呂に入って、まだ空が蒼いうちにベッドにいるのは、はじめてのこと。

●2017年3月19日(日)晴れ

明け方に、またあの鳥の声がした。
とても小さな声。歌うような声。
ティララ フューララ  ティロリロロ
7時くらいだったかな。
もしかしたらウグイスが練習をしているんだろうか。 『かぐわしき あまいおちち』の直すところが浮かんできて、ベッドのなかでメモをし、8時ちょっと前に起きた。
ページ割りも動いたので、切り貼りをし直した。
これでほんとにできたかも。
今日は、1時から加奈子ちゃんがいらっしゃって、『ほんとだもん』刊行のお祝いと、「恵文社」でのイベントの打ち合わせをする。
私は朝からなんとなく料理の支度。
洗濯したり、日記を書いたりしながらたらたらとやる。
中野さんは、玄関の扉の白い窓のところに絵を描いている。
見にゆくと、「なおみさん、見たらダメです。描き終わるまで見てはいけませんよ」と言われる。
お祝いの会のメニューは、トマト、大根、ゆでスナップエンドウの盛り合わせサラダ(玉ねぎドレッシング、みそマヨネーズ)、スペイン風オムレツ(中野さん作、ゆうべ私が残したカルボラーナの残りで)、山のきのこのグラタン(赤澤さんたちがいらしたときの「茄子とじゃがいものムサカ」を冷凍しておいたものに、きのこを2種類入れたホワイトソースを重ね、チーズを散らして焼いた)の予定。
あ、加奈子ちゃんがいらした。
4時くらいにお開きとなり、加奈子ちゃんをお見送りがてらバス停まで下り、坂道を川沿いに歩いた。
阪急の高架下をくぐったら、そこからは別世界。
川のすぐ近くまで降りられるようになっていて、河原のような石畳の道がどこまでもまっすぐに続いていた。
連休の中日だから、家族連れがピクニックをしていたり、おじいさんとおばあさんが連れ立って歩いていたり。
私たちもゆらゆらと、どこまでも歩いた。
ずっと歩いていったら海まで行けそうだったのだけど、「コーナン(ホームセンター)」をみつけたので陸に上がり、水道の蛇口につけるシャワーを買って、また六甲まで歩いた。
夜ごはんは、「コープさん」のお寿司(鉄火巻き、ブリのお寿司、のり巻きいろいろ)、おから、ごぼうの炊いたの、ごま和え、日本酒(加奈子ちゃんのお土産)。
窓際にテーブルと腰掛けを置き、レストランみたいにして夜景を見ながら(これはこの間、マキちゃんが来たときに発明した)、いろんな話をしながら、ちょっとずつ食べた。
「コープさん」のお寿司が、とてもおいしかった。
日本酒も、とってもおいしかった。

●2017年3月17日(金)晴れ

ゆうべは3時ごろにトイレに起きてから、よく眠れなかった。
「おいしい本」で書こうとしていることが、なんとなーく上ってきていて、ねぼけながらもそれを忘れないようにしていたような気がする。
柱時計が3回鳴って、4回鳴って、5回鳴って……でも、その間は案外短かったから、ぼんやりと眠ってはいたのかも。
窓の隙間が白くなってきていたので、6時くらいにカーテンを開けたら、太陽がちょうど昇ろうとしているところだった。
枯れ木のてっぺんから、大きな顔を半分だけ出したオレンジ色の太陽は、ぶるぶると震えながらぐんぐん昇る。
ベッドの上に起き上がって、しばし眺めた。
ちょっとでも目を離したら、そのスキにもう四分の三が昇ってしまった。
起きたときには冬みたいに寒かったので、ヒーターをつけていたのだけど、太陽が昇ると共にグングン気温が上がって、今は暑いくらい。
ちょっと早いけれど、もう起きてしまう。
ミルクティーをいれ、パソコンを持ってきた。
ベッドの上で「おいしい本」を書きはじめる。
小鳥の声がする。
そう。きのうはもみの木にちょこんととまっていた鳥を、双眼鏡で見ることができた。
雀くらいの大きさの、頭の小さな細っそりとした小鳥。
背中の羽根が焦げ茶色に白の縞模様になっている。
何の鳥だろう、キツツキのようなとまり方をするなあと思って、あとで調べてみたらコゲラというのだそう。
キツツキの仲間らしい。
朝ごはんを食べ、洗濯機をまわしながら「おいしい本」の続き。
佐野洋子さんの『アカシア、からたち、麦畑』について。
お昼にはだいたい書けた。
そのあとはまた、物語の推敲。
『かぐわしき あまいおちち』、どうやらできたみたい。
切り貼りして、白いダミー本に貼って、本のようにしてみた。
あとで寝る前に、ベッドのなかで読んでみよう。
今日は、久しぶりに中野さんから電話があった。
明日、大阪の本屋さんで、中野さんが以前に出した絵本『もういいかい』の原画展がはじまる。
遠足がてら、私もついていこうと思って。
お昼ごはんに、いかなごのくぎ煮(お母さんの自家製)のおむすびをにぎってきてくださるそうなので、私はおかずを作って持っていこうと思う。
いかなごのおにぎり、嬉しいな。
去年のちょうど今ごろ、あれはたしか「nowaki」へはじめて行ったときに、鴨川べりに座って中野さんと食べたのを思い出す。
もうずいぶんと昔のような気がするけれど、そうか、あれからまだ1年しかたっていないのか。
夜ごはんは、ごぼうの炊いたの、シュウマイ(いつぞやに作って、冷凍しておいたのを温めた)、水茄子のオイル焼き、ほうれん草と春菊のごま和え、納豆、お麩とねぎのみそ汁、ご飯。

●2017年3月15日(水)快晴

朝起きたとき、隣の部屋の壁に、きのうヒロミさんがくださったカバンがかかっていて、いちばんに目に入ってきた。
嬉しい気持ちがふわーっと湧いてきた。
今朝は、海の色が少しだけ緑色がかっている。
キラキラと眩しい。
朝ごはんを食べてすぐ、「気ぬけごはん」の仕上げ。
お昼に試作をし、レシピを書いて、1時半には書き上げお送りした。
きのう、新しく出るある作家さんの小説の書評の依頼をいただき、さっきゲラが届いた。
紅茶をいれて、これからベッドで読もうかな。
お供は、今日子ちゃんのジャムクッキー。
ころんとした丸いのの真ん中に、ラズベリーの赤いジャムがのった、見た目も愛らしいのだけど、味もとっても愛らしいクッキー。
小説は読めずに、けっきょく今日も、新しい物語の続きをやった。
青い海を眺めながら、ベッドの上の机で。
新しい展開が見えてきた。
頭でこねまわすのではなく、世界に浸っていると、あぶり出しみたいにふーっと浮かび上がってくるような感じ。
これは、『かぐわしき あまいおちち』というお話。
4月の9日に「恵文社」のイベントで朗読します。
夜ごはんは、みそラーメン(もやし、コーン)。

●2017年3月14日(火)曇りのち晴れ

朝起きたとき、地面が濡れていた。
明け方に雨が降ったのかな。
そう、ゆうべは風の音がした。
木を切っても音がするんだ……と思って、窓を開けて確かめてみた。
そしたら海の方からも、山の方からも吹いて、ゴーゴーと逆巻いているような音がしていた。
暗いなか、うちのもみの木たちも、下の方の手だけを揺らしていた。
きのうは本棚のこと、本のこと、ここでの暮らしのことなど、赤澤さんにたっぷり取材された。
公文ちゃんも、村上さんも、ほとんどお喋りしないのだけど、ひとつひとつ確実に写真を撮っていってくださった。
まるで部屋の空気が、かさりとも動かないよう、配慮してくださっているみたいな動き方をしてらした。
だから、この部屋で私がいつも暮らしているまんま、ゆったりと静かに動いて、空を眺めたり、ごはんを作ったり、洗濯ものを干したりしながら、ゆっくりと話したいことだけ話せた。
村上さんは小さなビデオカメラをずっとまわしていた。
そういうのも、まったく気にならなかった。
こてはあとで赤澤さんが原稿を書かれるときに、役立つのだそう。
長年のおつき合いの人たちだから、東京で一緒に過ごした過去のことが蘇ってくるのかなと思っていたら、そんなことはまったくなく、逆に私の今ここに、時空を超えて、現在のみんなもいた。
そのことをまったく不思議に感じなかったのは、私の暮らしが落ち着いてきたせいかもしれない。
お昼ごはんには、菜の花のおひたし(辛しみそマヨネーズ)、キャベツのサラダ焼き油揚げのっけ(みょうが、青じそ、玉ねぎドレッシング、しょうゆ)、茄子とじゃがいものムサカ(冷凍庫に入っていたすべての肉類=牛スジ、ベーコン、砂肝を刻み、豚ひき肉と合わせてミートソースを作った。小麦粉をまぶしてオイルで焼いた茄子、ミートソース、ホワイトソース、蒸したじゃがいも、ホワイトソース、ミートソースの順に重ね、チーズをのせてオーブンで焼いた)、お土産の白ワイン。
4時くらいに終わって、みんなで屋上へ上った。
もうしばらく一緒にいたい気持ちを切り上げ、4人で坂を下って、お花屋さんを覗き、六甲駅で解散。
ぽつんとしてしまった私は、ひとりで「MORIS」へ行った。
今日子ちゃんとヒロミさんが、ビッグスマイルで迎えてくださる。
キッチンからは甘い匂いが漂っていた。
お喋りのあとは、ジャムクッキーを焼いている今日子ちゃんを手伝った。
そのあと私が餃子の皮を伸ばし、今日子ちゃんが具を包んだ。
ヒロミさんの手作りのタータンチェックのバッグを、「これ、いいですねえ。すごく可愛い」と心からほめていたら、「あげますよ。ねー、ヒロミ。うちにはもうひとつ小さいのがあるんだから、あげましょうよ」と今日子ちゃんが言って、いただいてしまった。
私はふたりに、いつもいつももらってばかりいて、本当に申しわけない。
おふたりが喜んでくださるようなものを持っていないし、お返しすることができないから、私は仕事をがんばろうと思う。
がんばっていいものを作り、たくさんの人たちに手渡そう。
いただいたバッグは、本当にうれしい。
お裁縫の上手なお母さんが、小学生の私に縫ってくれたみたいな、そういう気持ちになるバッグ。
夜ごはんは3人で、駅前のおいしい焼き鳥屋さんへ行った。
いろんな部位の焼き鳥、つくね、焼き長いも、焼き満願寺唐辛子、焼き厚揚げ、鶏雑炊。
私と今日子ちゃんだけ焼酎のお湯割を1杯ずつ飲んだ。
しめの鶏雑炊はスープが濃厚で、とろっとしていて、たまらなくおいしかったな。

●2017年3月13日(月)曇り

朝起きたら、アパートの前の道に造園屋さんの車が何台も停まっていた。
クレーン車も1台ある。
いやだなあ、木が切られるのだろうか。
やっぱりそうだった。
朝ごはんを食べている間、チェーンソーの音がずっとしていた。
嵐の夜に踊りくるって遊んでいた3人兄弟のもみの木が、次々と枝を落とされ、半分の高さになってしまった。
ほかの木も、ずいぶんばっさりと切り落とされている。
こんなになってしまって、きのうとまっていた小鳥は驚くだろうな。
やっと静かになった。
今は、作業の人たちがお昼ごはんの休憩中。
あ、小鳥が飛んできた。シジュウカラだ。
木の切り口のところにあちこちとまっては、キョトキョトと首をまわし、さえずっている。
パトロールしているみたい。
確かに枝は伸びすぎていたから、木にとっては必要なことなのかもしれないけれど、やっぱり忍びない。
朝からトークイベントで使う写真をまとめてお送りしたり、メールのお返事を書いたり。
さて、物語の続きをやろう。
ゆうべ寝る前に、発酵してきた感じがあったので、そろそろ体から出してやるタイミングかも。
できるだけ触らずに、やさしくやさしく。
こういうときいつも、ミヒャエル・エンデの本に書いてあった言葉を思い出す。
「本」を「物語」や「お話」におきかえて思い出す。
ずいぶん前にも日記に書いたけど、再び引用してみます。

「本を書くというのは、言葉でひとつの現実をつくることです。そして、この言葉たちはある意味で自律性を持っている。言葉は(作家が)自分で作るわけじゃない。それはすでにそこにあるのです。それに、言葉は、現れるものでもある。そして、つかみかたが乱暴でなければないほど、さわりかたが、そっとやさしくあればあるほど、現れるものも多くなるし、言語がおのずから提供してくれるものも多くなります。わたしはそれを頼りにすることがよくあるのです」

2時半までやって、「コープさん」へ。
坂を上っててくてく帰ってきたら、造園屋さんの車もなくなって、あたりはすっかりさっぱりとしていた。
切り落とした枝が、うず高く積み上げられている。
柵の間からはみ出していた、もみの木の小さな枝をひとつ拾って帰る。
いつも子犬を連れている女に人に会ったので、「ずいぶんさっぱりしましたね。ちょっと淋しいくらい」と挨拶したら、「そうですね。私もびっくりしました。でも、大丈夫ですよ。2年前くらいにやっぱりいちど、向こうにあるヒマラヤ杉の木をこのくらい切ったことがあるんです。だからあの木は、ずいぶん不格好でしょ?」
「そうですか、2年であれだけ伸びるんですね。よかった」
ヒマラヤ杉……ところで私がずっともみの木だと思っていたのは、ヒマラヤ杉だったんだろうか。
三角にちゃんととがって、クリスマスにはてっぺんに星飾りをつけたいほどもみの木の姿をしていたけど。
もみの木とヒマラヤ杉は、どう違うんだろう。
部屋の窓から見ると、すっかり枝を落とされたもみの木は、下の方の手をひよひよと動かしている。
わりと、元気そうに見える。
明日は、11時に赤澤さん、村上さん、カメラマンの公文ちゃんがいらっしゃるのが愉しみ。
お風呂に入って早く寝よう。
夜ごはんは、焼き塩鯖(大根おろし)、小松菜のおひたし(ポン酢しょうゆ、ごま油、いりごま)、キムチ、みそ汁(キャベツ、卵)。

●2017年3月12日(日)快晴

風もなくよく晴れている。
のほほんとしたお天気。
今朝は、明け方に小鳥の声がした。
「ヒューロロロ ヒューラララ」みたいな、これまでいちども聞いたことのない歌うような声。
か細いけれど、耳の奥にすべり込んでくるようなとても澄んだ声だった。
この間の「コープさん」の帰りには、坂道の川のところにオレンジ色のぷっくりとしたお腹の小鳥がいた。
羽根を広げると茶色の一カ所に白いところが目立つ、機敏に動く鳥だった。
水を飲んだり、すぐに別のところへ飛んでいったり、ちょっと忙しそうな鳥。
今日は、向かいのもみの木のところに、小さな小さな鳥がとまっていた。
キョトキョトと首を小さくまわすだけで、ひとつところにとまって、じっとしている。
羽根の一カ所に、ポツンと赤い色が見えるような気がする。
もしかしたら今朝鳴いていたのは、あの小鳥だろうか。
お昼ごろ、またとまっていたので大慌てで2階に上がって、双眼鏡でのぞいてみようと思ったのだけど、すでに姿はなし。
ずいぶん太ったヒヨドリが1羽、もみの木を占領していた。
おとついの撮影は、おかげさまでぶじに終わった。
マキちゃんは大活躍だった。
私は料理を作るのが、自分でも驚くほどゆっくりになっていた。
12時に集合して、7品作って撮影していただき、終わったのは5時をまわっていた。
最後の1品がうまくゆかず、もういちど作り直させていただいた。
私はそのときにちょっと焦った。
それで、作るスピードがぐっと早くなった。
エプロンを巻いたお腹に重しができ、足さばきもよくなった。
それは、これまで東京で撮影をしていたときの感じだった。
ちょっと、何かに追われるような感覚。
忘れていたその感覚が蘇ったのだけど、そうか私はそんなふうにしながら撮影の仕事をしていたのかと気がついた。
それは悪いことでもいいことでもないと思うのだけど、絵本作りとはまったく違う感覚だった。
そうそう。
きのう、『ほんとだもん』の見本が届いた。
色校を見てからしばらく離れていたので、いろいろなことを忘れていて、ま新しい気持ちで読むことができた。
ベッドの上でひとりこっそり、ゆっくりとページをめくり、絵もすみずみまでじっくり見て、言葉を読んだ。
マキちゃんは下で読んでいた。
胸に『ほんとだもん』を抱きかかえ、「ふふふ」と小さく笑いたくなるようなあたたかく嬉しい気持ち。
本当に、こんな絵本、よくできたなあと思う。
中野さんに絵を描いていただけたことはもちろんだけど、鈴木加奈子ちゃんという編集者とやれたことも、デザインを羽島さんにお願いできたことも、できあがってみると、もうそれ以外の組み合わせが考えられない。
感じるままにやっていたら、ふわっとできてしまったようで、本当はピアノ線の上を綱渡りしてできた……みたいにも思う。

今日は「気ぬけごはん」。
そろそろ書けたかも。
締め切りは15日だけど、14日には、東京から赤澤さんとアノニマの村上さんが本棚の取材でいらっしゃるので、早めにやっておこうと思って。
夜ごはんは、大豆のトマト煮の炊き込みご飯(卵で巻いてオムライスのようにした)、キャベツのサラダ(みそマヨネーズ)。

●2017年3月9日(木)曇り

今朝は巨大いも虫の雲。
そんな雲を眺めながらの朝ごはんは、ゆうべ急に遊びにいらした「かもめ食堂」のおふたりのお土産。
二郎いちご(「やわらかくておいしいの」と、りっちゃんが何度も言っていた)とバゲット。
このいちごは自然の甘みと酸味があって、本当にやわらかく、とてもおいしい。
どこかのお店のおいしいバゲットは、オーブンで温めた。
外はカリッと中はふっくら。
神戸へ来てから私は、パンとお米のおいしさを知った気がする。
どちらもそのもののおいしさ。
これまで、お米がこんなにおいしいと思ったことはない。
お世辞でも何でもなく、中野さんのお家のお米は本当においしいのだ。
いつも白いご飯のまま何ものせずに何口か食べ、それからおかずと食べる。
パンもそう。
サラダやハムなどはあとまわしにして、紅茶を飲みながらパンだけ先に食べる。
きのう私は、何をしていたのだろう。
神戸へ越してきてから撮った写真などを整理をして、「暮しの手帖」の島崎さんにお送りしたり、「気ぬけごはん」を書きはじめたり。
ああそうだ。
朝いちばんで、佐渡島のあすかちゃんにいちごのチーズケーキのレシピを書いて送ったのだった。
それからはレシピ書き。
いよいよ明日、「天然生活」の撮影があるので。
今日は2時くらいに、東京からマキちゃんが来る。
マキちゃんは器のスタイリングと、私のアシスタントの両方をしてくれる。
そうだ。
今朝、ベッドのなかでふと気づいたのだけど、この間アパートでいい匂いをさせていた魚を煮つけたような甘辛い匂いは、イカナゴを煮ていたのかもしれない。
今日子ちゃんも前に言っていたし、美容師さんも言っていた。
「この季節になると、あちこちの家から甘じょっぱい匂いがしてきます。イカナゴを煮てはるんです。それぞれの家で、煮方にこだわりがあるみたいですよ。どうやったらふっくら煮えるかとか、少し硬めに煮て歯ごたえを残すのが『うちの味や』とか。いちどにたくさん煮て、離れて暮らしてはる家族や親戚に送りはるんが、ここらのお母さんはみんな毎年の愉しみなんです」
7日に「コープさん」へ行ったとき、魚売り場に生じらすを大きくしたような、見たことがない小魚(「新子」とラベルが貼ってあった)が売っていて、「新子が出ました」と盛んに放送していた。
今ネットで「新子」を調べたら、「兵庫県と大阪府の漁業者らが2月28日、神戸市内などで会議を開き、今年の解禁日を3月7日(火)に決めました」とある。
やっぱりうちのアパートの人も、イカナゴを煮ていたに違いない。そしてあの匂いは、焦げていたんではなく、最後にカラッとさせるために煮汁ごと炒るようにしていたのかも。
マキちゃんは1時半くらいに着いた。
お茶を飲みながら、東京の友だちの近況など聞いて、「MORIS」さんへ。
そのまま六甲道まで歩いて、ショッピングモールでおうどんを食べ、図書館へ。私は絵本を3冊借りた。
「めぐみの郷」で撮影用の食材を山ほど買い物をし、ふたりで坂を上り、帰ってきた。
帰ってから私は、牛すじを下ゆでしたりだしをとったりの仕込み。
マキちゃんはアイロンがけなど、スタイリングの支度。
夜ごはんは、巻き寿司(しめ鯖、きゅうり、ゆかり、とろろ昆布で巻いてある)、さつま揚げとターツァイの煮浸し(いつぞやの)、ターツァイのごま和え(いつぞやの)、卵焼きとさわら(ゆうべの残り)。 

●2017年3月7日(火)晴れ

ゆうべ寝る前に読んだ自分の物語は、ちっともだった。
音楽のような流れが、まだまだ聞こえてこない。体にこない。
起きてすぐ、気になるところを書き直す。
お天気がいいので、シーツと布団カバーを洗濯し、屋上へ干しにいった。
3時ごろ、シーツをとりこみにゆこうと玄関を出たら、甘辛い匂いがした。
魚を煮ているみたいな、とてもおいしそうな匂い。
でも、もうちょっとで焦げつきそうな匂い。
屋上の階でエレベーターを下りたら、こんどは石焼き芋みたいなあまーい匂いがした。
「あれ?」と思ってよく嗅ぐと、どうやらやっぱり煮魚が焦げついた匂い。
どこかの階の人が、お鍋を焦げつかせちゃったんだろうか。
屋上は風がとても強かったらしく、物干竿がはずれて下に落ち、シーツが黒く汚れていた。
布団カバーは無事だったけども、がっかり。
すぐに洗濯をし直す。
風の強い日の屋上は要注意だな。
4時ごろに「コープさんへ」。
帰りの坂道を、考えごとをしながら上っていて、気づいたらもうずいぶん上の方を歩いていた。
すごい。なんでもなく上れるようになってきたということか。
これは、これまでではじめてのこと。
夜ごはんは、さつま揚げとターツァイの煮浸し(ノブさんのおつゆがちょっとだけ残っていたので、だしでのばして使った)、プレスハム(マメちゃんにいただいた)を焼いてハムエッグ(せんキャベツ添え、ウスターソース)、みそ汁(ワカメ、三つ葉)、白いご飯。

●2017年3月6日(月)雲りのち雨

朝から日記を書いて、スイセイに送ってからは、新しい物語のテキスト書き。
夢中でやって、ダミーの白い本に切り貼りをして読んでは推敲し、また切り貼りをし直して、気づいたら夕方の6時半だった。
背中はガチガチ。
でも、このために私はここへやってきたのだ。
誰にも邪魔をされず、ひとりで物語の世界にもぐるために。
今夜は、いつも寝る前に読んでいる絵本のかわりに、自分でこしらえた世界の物語を読むのが無上の歓び。
夜ごはんは、ハンペンとお麩のグラタン(ディル)。

●2017年3月5日(日)曇り

ぐっすり眠って9時半に起きた。
きのうは、ずーっと楽しかった。
お絹さんの絵も、やっぱり私は大好きだった。
昔の作品の写真も見せていただいた。
村上さん(お絹さんのパートナー)と、ギャラリーの藤井さんと4人で、そぼろ弁当を食べた。
そのあとでお友だちが続々とやってきて、お絹さんの絵をみながら、キラキラと照り返す川を眺めながら、私も日本酒をよばれた。
ほろ酔いで出掛けた「itohen」。
マメちゃんはやっぱりおもしろい娘だったな。
打ち上げで連れていっていただいた「テンカラ食堂」も、何を食べてもとてもおいしかった。
きのうのいろいろを反芻しながら、今日は過ごす。
このところしばらくは、たくさんの人に会い、一緒に過ごしてきたけれど、今日から私はひとりにもどる。
その1日目として、ひさしぶりにあちこち掃除機をかけ、念入りに雑巾がけをした。
ちょっと淋しいけども、ほのちゃんがつけた床の絵の具もこすり取った。
朝、中野さんから真っ白なお米(ご実家の田んぼの)が届いた。
東京の絵本編集者さんからも、ダミー本と、嬉しいお手紙が届いた。
しまっていた絵もごそごそと出し、壁に立てかけた。
また明日から、物語作りにいそしもう。
「気ぬけごはん」も書きはじめよう。
「たべもの作文」も再開しよう。
『帰ってきた 日々ごはん3』の校正もやらなくちゃ。
夜ごはんは、きのう「itohen」でお会いしたノブさんの手打ちうどん。
ノブさんは8人分のうどんと、手作りのおつゆもくださった。
ノブさんのうどんは真っ白で、つるつるで、やわらかいのにコシがある。
マメちゃん経由のメールで、ノブさんから教わった通りに、うどんは12分ゆでて水でしめ、おつゆは熱々に温めた。
焼きねぎと豚肉、えのきの入った鴨南蛮風のおつゆも、たまらなくおいしかった。

●2017年3月4日(土)晴れ

10時まで寝た。
ぐっすり眠れた。
おもしろい夢をみて、明け方それを反芻しながら寝ていたのだけど、ちゃんと目を覚ましたときには忘れていた。
あすかちゃん一家が帰ってから、まだ掃除をする気になれず、洗濯だけ。 
さて今日は、いよいよマメ(イケダ)ちゃんとのトークで、大阪の「itohen」へ出掛ける。
その前に、お絹さん(中野さんの昔からのお友だち)の絵をみにゆく。
ひとりで行く。
ずっと見たかった、お絹さんの絵。
「愛はあるもの」という展覧会。
大きな川沿いの、あの「空色画房」でやるのです。
お昼を過ぎてしまった半端な時間だし、食べていただけるかどうかわからないけど、雛祭りのちらし寿司の具がいろいろ残っていたので、いり卵を作ってそぼろ弁当をこしらえた。
川っぺりで、いっしょに食べられるといいな。
では、行ってきます。

●2017年3月3日(金)晴れ

今日がほんとの雛祭り。
ゆうべはとても楽しかった。
大人たち(あすかちゃん、あすかちゃんの旦那さんの三島くん、ラリちゃん)が2階に集まって、ビールを呑みながら久しぶりの会話を楽しんでいる間、私は下でほのちゃんと絵を描いたり、夕飯の支度をしたりして遊んでいた。
てるちゃんはぐっすり眠っていた。
最初ほのちゃんは、私のことを上目遣いでちらりと見たきり、なかなか車から下りてこなかった。
道中ずっと寝ていて、急に起こされ機嫌が悪かったのか、恥ずかしかったのか。
私の様子を伺っていたのかもしれない。
「ほのちゃん、折り紙でお雛さまを折ろうよ」と誘ったら、急に緊張がほどけて明るい顔になった。
車から下り、自分から手をつないでくれた。
そこからはもう、ほのちゃんと私は子どもどうしみたいに遊んだ。
ちらし寿司の錦糸卵はあすかちゃんが焼いて、刻んで、飾りつけもきれいにやってくれた。
ラリちゃんも絵を描いていた。ラリちゃんは、とても絵が上手い。
加藤さんはずっと嬉しそうだった。
普段はぜったいに食べないのにチーズケーキも食べてくださった。
ほのちゃんがケーキの生クリームを泡立てるとき、頭も同時に振るのがおかしくて大笑いしたり、絵本もたくさん読んであげたり。
絵本を読んだときの反応とか、ちらし寿司にのっていたイクラを生まれてはじめて食べたほのちゃんが、口から吐き出し泣きべそをかいたこととか。
てるちゃんが自分の行きたいところ、やりたいことに向かってずしんずしんとまっしぐらに進んでいて、怪獣みたいだったこととか。
鏡の前で、自分の姿を真剣な顔でじーっと見たり、手をバタバタ動かして、鏡のなかの人も動かしているのをおもしろそうに見ていたり。
いちいち発見があり、そういうことのひとつひとつがたまらなくおもしろかった。
今はまだ、どんなものを指差しても、自分のどんな気持ちにも、「あー」「あーあ」「あーあーあー」と発声して表しているてるちゃんが、これからどんなふうに言葉を獲得していくのか、私はとても知りたくなった。
「なおみさんとお風呂に一緒に入る」とほのちゃんに言われたときの、嬉しさといったら。
それで、あすかちゃんはてるちゃんと、私はほのちゃんと入った。
「ほのか、なおみさんと一緒に寝る。だってほのか、まだベッドで寝たことがないの。なおみさん、寝る前に絵本読んで」
ベッドのなかで『トムテ』を読んだ。
少し読みはじめ、「ちょっとむずかしいかな?」と聞いたら、「お話を聞いてるだけで、おもしろいの」と言っていた。
私はいちばん静かな声を出し、ゆっくり読んだ。
ほのちゃんも隣でとても静かに聞いていた。
もう、夜中の1時を過ぎていたから眠たいだろうし、あんまり静かにじっとしているから、聞いているのかどうかも分からなかったけど、最後のページを読みはじめたら、「なんでまた、同じのがはじまるの?」と聞いてきた。
『トムテ』の最後は、語りはじめと同じような詩のリフレインで終わる。
ほのちゃんはちゃーんと聞いていて、ぜんぶ分かっているのだ。
「おしまい」と本を閉じ、「おやすみなさい」と言い合って、小さい電気にしたらすぐに眠った。
ほのちゃんは枕をしないので、タオルの上で寝ていて、私は枕で寝ていた。
ぐずりもせず、寝返りを打ったりもせず、ぐっすりと眠っていた。
闇のなか、ほのちゃんの顔が丸く浮き出ていて、月みたいで、夜中に何度も薄目を開けて見た。
ちょうどいい大きさの丸い顔に、2本のすじになった目、ちっちゃな鼻、おちょぼ口の赤い唇から、すやすやと健やかな寝息がもれている。
明け方、肌寒くなってきたので、はだけていた布団の下のタオルケットをかけてやった。
今朝は8時半くらいに起きて、玄米を炊いて、みんなでなんとなく朝ごはんを食べ、あすかちゃんたちもなんとなく帰り支度をして、みんなして最後に屋上へ上った。
ほのちゃんは屋上のことを、ときどき間違えて「ぼくじょう」と言う。
「なおみさん、ぼくじょうへ行こう。ぼくじょうでボール遊びしたい」
「おくじょうだよ」と私が言うと、ほのちゃんは自分が言い間違えたことを恥ずかしがる。
でも本当は私はずっと、「ぼくじょう」と言っていてほしかった。
あすかちゃん一家はワゴン車に乗り込み、10時半くらいに帰っていった。
これから京都の友だちのところへ行くらしい。
私はメールの返事を書いたり、なんとなくパソコン仕事。
途中で、青空を仰ぎながらお昼寝。
ほのちゃんには、2月に出たばかりの中野さんの絵本『ほのちゃん』で、みなさんも会えます。
夜ごはんは、白菜の鍋蒸らし炒め煮、サーモンのヅケ、椎茸とかんぴょうの甘辛煮、玄米ご飯(大豆入り)、佐渡島の海藻のおかずと、そうめん南瓜の粕漬け。

●2017年3月2日(木)雨のち晴れ

朝起きたら、地面が濡れていた。
電線にも小さな雫が光っている。
ゆうべか明け方、雨が降ったのかな。
そのうちしょぼしょぼと降りはじめた。
台所に下り、紅茶をいれてもどり、ベッドの上で新しい物語のテキストを書きはじめる。
これはずっと前に夢をみて、あたためていた物語。
ゆうべ寝ながらだったか、明け方だったか、はじまりの部分が浮かんできた。
正確にはおとついからだけど、きのうあたりからぼつぼつと言葉が上ってきて、口ずさんだりしていた。
絵本に向いているのかどうなのか、できてみないと分からないのだけど、絵本の台割に沿って、扉のページと、1見開き目、2開き目まで書いた。
これは子どもたちにというより、大人に向けた童話のようなものかもしれない。
こんど『ほんとだもん』の発売を記念して、京都の「恵文社」で4月にイベントをする予定なので、そこで発表しようと思います。
中野さんは私の朗読を聞きながら、ライブペイントされます。
「公開絵本づくり」という感じになるのかな。
いしいさんの「その場小説」は、本当にその場で出てきた小説を、書きながら読まれるようだけど、私はその場では書けない。
まだ、1ヶ月以上あるから、言葉が出てくるのを待って書いてゆこうと思う。
本当はずっと書いていたかったのだけど、今日は佐渡島のあすかちゃん一家と、去年の夏、佐渡を一緒に旅したラリちゃん、加藤さんが遊びにいらっしゃる。
あすかちゃんの娘のほのちゃん(4歳)、てるちゃん(1歳半)と、大人の私たちも一緒に、一日早いおひな祭りをしようときのうから計画中。
男の人はお客さん。
なんだかままごとみたい。
きのうは、『実用の料理 ごはん』を見ながら桜おぼろを作った。
「コープさん」にはタラがなかったので、カラスガレイと塩鮭でやってみた。
カラスガレイはタラよりも脂がのっていたし、小骨も多かったけど、子どもたちのノドにひっかかったらいやだから、ていねいに骨をのぞいた。
ふんわりとうまくいった。
干し椎茸も、ゆうべのうちからもどしておいた。
朝、かんぴょうと干し椎茸を甘辛く煮、じゃがいもをゆっくりゆで、マヨネーズも作り、ポテトサラダを作った。
きのうのうちに、いちごのチーズケーキの台も焼いておいた。
ほのちゃんたちがきたら、一緒に生クリームを泡立てて飾ろう。
折り紙も、きのう「コープさん」で買ってきた。
朝、ネットでお雛さまの折り方を調べ、ひとつ折ってみた。
子どもたちと一緒に折って作ろう。
私はずーっと、こういうことがしたかった。
「長い筒の大きい紙を、切って使っていいですよ。床に大きく広げて描いたら、みんな喜んでくれはるかもしれません。クレヨンでも色鉛筆でも、僕の画材は何でも使っていいですよ」と中野さんにも言われている。
あすかちゃん一家は泊まる予定。
ラリちゃんはお仕事があるので、夜には帰ってしまうけど、加藤さんも泊まれるといいな。
みんな、中野さんのお友だちなのに、中野さんはいらっしゃれない。
献立は、大根のマリネ(ハム、ディル)、かぶとかぶの葉の蒸らし炒め煮(ごま油、塩、だし汁ほんの少し。器に盛ってから、自家製マヨネーズに味噌を混ぜたものをのせる)、ポテトサラダ(じゃがいも、ゆで卵、きゅうり、自家製マヨネーズ)、ほうれん草のおひたし、雛祭りのちらし寿司(桜おぼろ、椎茸とかんぴょうの甘辛煮、サーモンのヅケ、いくら、錦糸卵、菜の花のしょうゆ洗い)、ハンペンと三つ葉のすまし汁、いちごのチーズケーキの予定。
あすかちゃんたちは、にごり酒とひなあられ、海藻のおかずを、ラリちゃんは三陸の生ワカメを持ってきてくださることになっている。
3時くらいにいらっしゃるみたい。
でも、まだ来ない……
すでに3時半は過ぎているけども。
でも、このくらいの自由さが、私は好き。
会えるときには、どうしたって会えるので。

●2017年2月28日(火)快晴

すみずみまでよく晴れているので、朝から洗濯大会。
ひさしぶりに屋上へ干しにいった。
ここしばらく日記が書けなかったけれど、楽しいことがいっぱいありました。
絵本のダミー本はぶじ仕上がり、東京の編集者さんへお送りした。
映画の試写会へ行ったり、佐渡島の友だちがイベントをやっている大阪へ行ったり、あと、うちの前の坂道でイノシシにも遭遇した。
それは夜の9時半くらい、タクシーから下りてすぐのことだった。
イノシシはうちのアパートを通り越したあたりのところで、足ぶみをしながら私たちの方を見ていた。
「もしもこっちに向かってきたら、なおみさんはフェンスに上ってください」と中野さんが言った。
もしも近くに来たら、私はさっき買ったばかりのソーセージを投げて逃げようか、でも、せっかく買ったソーセージ(長くておいしそうなもの)なんだから、リュックにしまって隠そうかとか迷いながら、とにかくフェンスによじ上ろうとしていた。
そのときすでにイノシシは、こちらに向かってきていた。
背中の方でタカタカタカタカタカタカタカタカと、蹄の大きな音がした。
イノシシは道の端っこをものすごい勢いで駆け抜け、登山口の方の山に向かって、角を曲がっていった。
イノシシはとても太っていて大きかった。
毛は堅そうで、白っぽかった。
想像以上に足が太く、短く、肉や内蔵がみっちり詰まったような体をゆさゆさと揺らしながら、必死で走っていた。
私はちょっと気が動転し、途中のところは記憶がぽーんと飛んでいるのだけど、イノシシが獣という感じがすごくしたことも、中野さんが普段と変わらずゆっくりとした声で、落ち着きはらっていた様子も、自分のとっさの判断もすべてがおもしろく、うちに着いてから大笑いした。 
ひとつだけ悔やまれるのは、イノシシがいたあたりのところに立って、残り香を嗅ぐのを忘れたことだ。
野生の体臭いは、どんなものだったろうか。
きのうは、「大人ごはん」という小冊子の座談会で、東京からお客さんがいらっしゃり、うちのキッチンで料理を作り合い、食べた。
武田百合子さんの話をいろいろしていたのだけど、どういう流れだったか、うちの父が戦争中特攻隊にいた話になった。
自分でそんな話をしながら、亡くなる直前の父の病室でのことをまざまざと思い出し、ぐっとこみ上げた。泣くまでには至らなかったけど。
14歳だったか16歳だったか、正確な歳は忘れてしまったけれど、うちの父がプロペラ機で突っ込む予定の2日前に終戦となった。
ゆうべは知らず知らずのうちに、寝ながら父のことをぼんやり考えていた。
ほんの子どもみたいな年のころ、髪を金髪に染め(アルコールで脱色した)、あと何日かで自分が死ぬことを覚悟した父の遺伝子はきっと、私の体のどこかにもある。
そうかあ。
なんだかとても、腑に落ちるような気がした。
夜ごはんは、クリームシチュー(お昼ごはんの大豆のトマト煮リガトーニ和えに、白菜を加え、クリームシチューの素と牛乳を加えた)。

●2017年2月23日(木)曇り一時雨

きのうのラフが、絵本の形に張り合わされた。
私はそれを、朝から何度もめくって読んでいる。
絵が入ったことで変わったテキスト(ゆうべ寝ぼけながら考えていた)を、朝起きてすぐに打ち込み、切り抜いて貼ってみた。
とてもいい感じがする。
今日は12時から「暮しの手帖」の打ち合わせなので、パンを焼いた。
中野さんは朝ごはんを食べ、澤田さんと島崎さんがいらっしゃる少し前に画材屋さんへ出掛けた。
お昼ごはんは、ゆでたて大豆(塩とごま油かけ)、菜の花のごまマヨネーズ、長ねぎのマリネ(玉ねぎドレッシング)、鶏レバーのしょうゆ煮、大豆入りポトフ(ゆで汁だけで煮た。ソーセージ、大根、玉ねぎ、にんじん)、自家製パン、ビールを少し。
おふたりに私の暮らしぶりを見ていただいたあと、てくてく歩いて川べりの秘密の場所へご案内し、お花屋さんのショーウィンドーから中を覗き(お休みだったので)、「六珈」さんでコーヒー豆を買い、「MORIS」の今日子ちゃんに会いにいった。
おいしいお茶とチョコをいただいて、今日子ちゃんのおもしろ話を聞いたあとは、3人で六甲道まで歩いた。
帰りの新幹線で食べられるよう、商店街のさつま揚げ屋さんで「角てん」と練り物コロッケ、「丸徳寿司」でおぼろ昆布の巻き寿司を買い、「めぐみの郷」へ。
私だけ軽く買い物し、帰りはタクシーでうちまで送ってくださった。
中野さんは7時半くらいに帰ってきた。
穴子の天ぷら、浅蜊の酒蒸し、菜の花のごまマヨネーズ(お昼の残り)、いろいろおこわ(中野さんのお土産)、みそ汁(くずし豆腐、ほうれん草)。

●2017年2月22日(水)快晴

とてもよく晴れている。
朝、向かいの建物の広々とした平らな屋根を、ほうきではいているおじさんがいた。
雨水が半分凍っているのかな、シャラシャラという音をたて、片側に集めているのだった。
おじさんはときおり手を休め、遥か下に広がる街や海を見晴るかしながらやっている。
中野さんは昔、動物園の飼育係のおじさんが天空に浮かんで掃除をしている夢をみたことがあるのだそう。
おじさんの隣には象もいた。
シャラシャラと、同じような音がしたとのこと。
本当に、夢のような景色。
今日は、絵本合宿の1日目。
中野さんが1階で描かれるで、朝ごはんにサラダだけ食べ、私は2階へ。
さっき下りたときにはダミーの絵本(私のテキストだけ貼ってある)をゆっくりとめくっていた中野さんは、今は床に仰向けに寝そべっている。
目をつむっている。
絵を描く前に、何かを思いめぐらしているんだろうか。
瞑想のようなことをしているのかな。
いつも、そうしているのかな。
分からない。
邪魔をしないよう、できるだけ音を立てず、私は2階へ。
今、紙を広げているような音がした。
そろそろ描きはじめたんだろうか。
私もベッド書斎で、「たべもの作文」にいそしもう。
今日は「え」を書く。
きのうだったか、絵本の編集者さんから届いたメールに、私のレシピでシュウマイを作ってくださったとあった。
それで私も、どうしてもシュウマイを作って食べたくなった。
ダミーの絵本(ラフというらしい)は、すべて描き終わってからでないと、見せてもらえない。
なので夕方、絵を描いている中野さんをひとり残し、「コープさん」へ行った。
小雨がぽつぽつ降り出したので、アパートの玄関にある傘を借り、さしていった。
帰り道、雨が強くなり、坂道の上から傘をさしておりてくる人がいる。
もしかしたらと思ったら、中野さんだった。
私が傘を持って出なかったんじゃないかと思い、迎えにきてくださった。
中野さんはふだんから、甥っ子やお母さんが雨に降られたら、傘を持ってお迎えにゆくのだそう。
逆に中野さんが降られたら、甥っ子を連れたお母さんが迎えにきてくれる。
そういうの、なんだか私はずいぶん長いこと忘れていた。
スイセイは個人主義だから、自分のことは何でも自分でやれるようにと教わってきた。
だから、そういうの、なんだか恥ずかしくてできなかったけど、本当は傘を持って迎えにゆくことを、私はずっとスイセイにやってあげたかった。
『サザエさん』や『まる子』の家族みたいに。
帰ったら、ラフの絵はすべて描き上げてあった。
思いもつかない絵、すごくおもしろい。
「絵を描く前っていつも、何を描こうか思いめぐらせるために、ああやって目をつぶっているの?」と聞いたら、「いいえ。何も考えていません」とのこと。
※夜ごはんを記録するのを忘れました。

●2017年2月21日(火)小雪のち晴れ

朝起きたとき、小雪が舞っていた。
ひさしぶりのお天気小雪。
朝ごはんを食べ終わるころにはやんできて、そのうち晴れた。
今日から中野さんがいらっしゃり、この間の続きの4冊目の絵本合宿がはじまる。
天気がいいので、私も散歩がてら街に下り、八幡さまで1時くらいに待ち合わせをすることになった。
この間、熊本の長崎次郎書店でイベントがあった夜、「Clasiqve」というビストロでいただいた白ワインがとてもおいしかった。
ほんのりピンクがかったような、オレンジがかったようなやさしい味のするワインだった。
甘くはなく、かといって辛すぎもせず、飲み終わってからの余韻が本当にやわらかなワインだった。
私はあの日、お腹が本調子ではなかったのだけど、あのワインのおかげでずいぶん助けられた。
神戸にもおいしいワイン屋さんがあるので、ちょっと探してみようかな。
3時には戻り、4月にやる『ほんとだもん』のイベントについて中野さんとミーティング。
早い夕方、海がまだ青いうちに白ワイン(ピンクがかったのはみつけられなかった)をちびちび呑みはじめた。
つまみはピスタチオ。
夜ごはんは、鶏レバーのバター焼き、鶏皮の塩焼き、焼きねぎ、砂肝のにんにく炒めバルサミコ酢(ここまでは白ワインを呑みながら。キッチンで立ったまま焼きたてを食べた)、ゆでスナップえんどう(自家製マヨネーズ)、リガトーニのグラタン(レバー入りミートソース、ホワイトソース、ほうれん草のバター炒め、チーズ)、赤ワイン。

●2017年2月20日(月)曇りのち雨

今朝も陽の出を見ることができた。
海の上の雲の隙間から、オレンジ色の玉がのぞいていた。
まだ早いけれど、起きてしまう。
ミルクティーをいれてベッドに戻り、今日はパジャマのまま過ごす日と決める。
きのう図書館で借りた絵本を、ゆっくり読む。
そのうち少しずつ空が怪しくなり、雨。
しっとりとした雨。
きのうはたくさん歩いたし、外出欲もはらせたので、今日はちょっとこもりたい気分。
ふらふらと部屋のあっちこっちに気を漂わせ、自分のなかにもぐる。
いちど階下に下り、メールをチェックして、スイセイのホームページをのぞいた。
「落合郁雄工作所」にある”野の編日誌”というのをみつけてからというもの、ちかごろ私は、天気予報を見るようにして毎日愉しみに読んでいる。(http://www.fukuu.com/kousaku/)
とてもおもしろい。
前からスイセイって、詩人か哲学者みたいだと思ってたけれど、錬金術師のようでもあるなと思う。
何にもないところから、誰も思いつかないようなものを生み出す人。
見ず知らずの誰かを救うような言葉や、ものを生み出す人。
読んだ人が自分で気がついて、自分の力で自分を救う、その手助けをする言葉やものを生み出せる人。
まだ、うまく言えないけれど、スイセイのいるところはざらざらしている。
風がビュービュー吹きすさみ、その先は絶壁。
私はそれを、ぬくぬくと温室みたいな部屋のなかで読む。
読むたびに、私とスイセイはなんて違うところにいるんだろうと思う。
まったく違うところにいるようだけど、でもなんとなく、どこかが一緒な気もする。
それはたとえば、人里離れたところから世界をのぞき見しているようなところとか、これから先、何が起こるかどうか分からない。自分の感受性だけが頼りだ、というようなところとか。
”野の編日誌”を読み終わったら、ちょうどスイセイから電話がかかってきた。
『帰ってきた 日々ごはん3』のデザインに関する相談だったのだけど、私がいろいろ聞くものだから、スイセイはここ最近の考えていることなどずいぶん話してくれた。
またベッドに戻り、読書。
夜ごはんは「ムーミン」を見ながら、たぬき蕎麦(天かす、ほうれん草、卵)。

●2017年2月19日(日)快晴

明け方、トイレに起きたとき、ひさしぶりに朝焼けを見た。
ベッドに戻って、目をつぶって、しばらくしてカーテンをめくると、たまらなく眩しい火の玉がまさに今昇ったところ。
そのあと、柱時計が七回鳴った。
今朝はものすごくいいお天気。
翳りがひとつもない。
チイチイチイチュクチュクと、澄んだ声で鳴く鳥がいる。
とても小さな声。
双眼鏡でのぞいてみても、姿は見えず。
明け方にも聞こえていたようだけど、何の鳥だろう。
さて、今日は、大きい方の図書館へ行ってこよう。
おにぎりを持って途中の公園で食べ、六甲道から電車に乗る予定。
行ってきました。
日曜日の図書館は、とても人が多かった。
私はこのところ、誰にも会わずにこもっていたから、たくさんの人たちがいるというだけで胸が踊った。
絵本のコーナーには子どもたちもたくさんいた。
本棚のいちばん隅に座り、端からめぼしい本をどんどんめくっていった。
3歳くらいの女の子が、何度か様子をみにきた。
目が合うと、困ったような顔をするのだけど、またしばらくすると見にくる。
大人が真剣に絵本を読んでいるのがめずらしいのかな。
「みのりの郷」で野菜をいろいろ買い、「コープさん」で牛すじとコロッケを買った。
「MORIS」へちらりと寄って、ロンドン帰りの今日子ちゃんの顔を見て、男坂の方から歩いて帰ってきた。
絵本7冊に、キャベツやら玉ねぎやらじゃがいもをしょっていたので、さすがに息が切れた。
夜ごはんは、コロッケの卵とじ丼(玉ねぎ、海苔)、みそ汁(麩、ねぎ)。

●2017年2月18日(土)曇り一時晴れ

ぼんやりとしたお天気。
ゆうべは風が強く、ゴーゴーガタガタいう音を聞きながら、とても深く眠った。
夢もたくさんみた。
充分に眠ったなと思って起きたら、まだ8時前だった。
今日は、しばらく休んでいた「たべもの作文」をがんばろう。
「ぶーんぶーん、ぶんたららったった」と歌いながら、階段を下りた。
けれどもやっぱり絵本の方に引っ張られ、ついはじめてしまう。
きのう書いたテキストが、また動いた。
今日のお昼は、もやし入りエースコックのワンタンメンと、小さいおにぎり。
食べ終わったら、ベッドの上に机とパソコンを運び、「ぶんたららったった」。
「たべもの作文」は、「う」と「お」の話を書いて4時くらいにお送りした。
やっぱり2階でやると、集中できる。
部屋が狭いぶん、気が散らないのかも。
夜ごはんは、洋風雑炊(ゆうべの白菜と豚肉のミルフィーユ鍋の残りで)、切り干し大根ときゅうりとセロリの和え物。

●2017年2月17日(金)雨

雨ふり。
朝、なんとなしに起きる気になれず、ヒーターをつけてベッドのなかで読書をしていた。
中勘助の『銀の匙』。
私はこの本を、ずいぶん前から持っていたのだけど、あるところまで読むとどうしても先に進めなかった。
今日は、細々した描写がすんなり入ってきて、映像が目に浮かぶ。
とてもおもしろい。
まめまめしくいつもそばにいる伯母さんが、とてもいい。
姿はもちろん、声まで聞こえてきそう。
宅配便が届いたので、えいっと起きた。
朝ごはんを食べ、絵本のテキストを書きはじめる。
中野さんの絵や、お絵描き帳に描かれた絵をじーっと眺めてから、紅茶をいれたりして、またパソコンに向かう。
プリントして切り抜き、ダミーの白い絵本に張っていった。
もしかしたら、ずいぶんできたかも。
雨の日は集中できるのかな。
中野さんの絵ができたら、きっと、まだまだ動くのだろうけど。
ひとまず、中野さんにお送りしてみよう。
夜ごはんは、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋(ポン酢じょうゆ)、納豆(下仁田ねぎじょうゆ)、たくわん、金山寺みそ、ご飯。

●2017年2月16日(木)快晴

朝からよく晴れている。
布団を干したまま窓を開けっ放していても、ぽっかぽか。
シーツも洗濯した。
小説はすでにお送りしたのに、朝ごはんを食べ終わって、もういちど読み込んでしまう。
少しだけ直したいところが出てきた。
これは、校正のタイミングで反映させよう。
小説を書くのは、ちょっとだけ絵本にも似ているような気がした。
身のまわりで起こったこと、出会った人、夢、景色なんかが少しだけ形を変えて出てくるところが。
小手先でやるのではなく、そこに生まれつつあるひとつの世界を、離れたところからぼんやり眺め(感じ)頭を遊ばせているうち、パタパタとトランプが裏返るみたいにつながって、勝手に形が変わっていくところが、なんだか似ていた。
でも小説は、絵本よりもずっと具体的だった。
すべてを言葉で表さなければならないからかな。
主人公は私ではないもっと若い女の子なのだけど、私でもあるし、その子のおばあちゃんが私なのかもしれない。
絵本もそうなのだけど、けっきょくは自分の体を通して感じたことしか私は書けないんだろうと思う。
というか、これでいいのかな。
まだ私にはよく分からない。
こういうものはみんな、読んでくださった人のなかで成就するから。
今日は、「おいしい本」と「気ぬけごはん」の校正と、あとはメールの返事をお送りしたり、母にファックスを送ったりしているうちに、すでにもう陽が翳ってきた。
手紙を出しにポストまで散歩した。
ほかには何も持たず、ふらっと坂を下り、ふらっと坂を上る気持ちよさ。
小学生の男の子とか、小さな女の子とか、とても可愛らしいのでついじーっと観察してしまう。
たまらなく声の可愛い、喋り方も可愛い(舌がまわっていない)、おかっぱの小学生の女の子がいた。
夜ごはんは、カラスガレイの煮つけ、切り干し大根ときゅうりとセロリの和え物、金山寺みそ、もやしのみそ汁、ご飯。

●2017年2月15日(水)晴れ

とてもいい天気。
きのう小説を送ったので、お返事のメールを愉しみにしていた。
担当の編集者さんは、具体的な感想を細々と上げ、喜んでくださっているみたい。
ああ、ほっとした。
ご指摘のところを少しだけ修正し、ゆうべ寝ながら考えていたところも直して送った。
1時には終わってしまう。
このところ、ずっとひとり合宿をしていたのが、なんだか楽しかったな。
奥の部屋に布団を敷いて寝て、朝起きるとそのままベッドの上が書斎になった。
いつ終わるんだろう、ほんとにできるんだろうか……と途中で不安になったけれど、できてしまうとちょっと淋しい。
「おいしい本」も仕上げ、お送りした。
ひさしぶりにあちこち掃除。
敷きっぱなしだった布団も干した。
今日はずいぶん暖かいみたい。
たまらなく体を動かしたくなり、3時過ぎに散歩に出る。
川沿いを下ってパン屋さんへ行き、郵便局でレターパックを買い、ぐるっとまわって「コープ」で軽く買い物。
そうそう、ゆうべ読んでいた阿古真理さんの『うちのご飯の60年』に、「コープさん」と書かれていた。
神戸ではそう呼ぶのかもしれない。
私もこれからそう呼ぼう。
ゆっくりと坂を上り、途中の公園で水を飲んだ。
クリームコルネ(カスタード)も食べた。
おいしい!
急坂を上り切って、いつもの角を曲がるとき、西陽が当たって眩しかった。
夜ごはんは、鴨南蛮風そば(鶏肉、干ししいたけ、長ねぎ、なす)、切り干し大根の和え物(きゅうり、セロリ、ごま油、酢、薄口しょうゆ)。

●2017年2月13日(月)晴れときどき天気雨、雪

柱時計が八つ鳴ったので起きた。
とてもいいお天気。
すみずみまで晴れ渡っている。
ゆうべは寝ながら、小説のことをやっていた。
住んでいる部屋の様子をイメージしたり、主人公と登場人物との関係を地図のように思い描いたり。
朝起きて、その地図を色鉛筆で描いてみた。
というわけで、今朝から小説のひとり合宿がはじまった。
ベッドの上に机を置き、パソコンを持ち込んで向かう。
下の机で書いていると、どうも集中できないので。
12時きっかりにお昼ごはん(ゆかりおにぎり、きのうの残りの具だくさんみそ汁、なすの炒め煮)を食べ、またすぐに2階へ上って続きを書いた。
途中でふと窓を見たら、小雪が舞っていた。
うっとりする間もなく、4時までやった。
もしかすると、ほとんどできたかもしれない。
私は自分の文章に甘いところがあるから、まだまだかもしれないけれど、少なくとも骨格はできたと思う。
文字量もちょうどいい。
体を動かしたくなって、ゴミを出しにいきがてら森の入り口までゆっくり坂を上った。
お天気雨が、上に行くにつれ、雪が混じる。
森の入り口に立つと、さわさわさわさわと音をたて降っていた。
夜ごはんは、冬野菜のグラタン(長ねぎ、白菜、南瓜、えのき、麩)。
グラタンを作っていて思い出した。
日記に書くのを忘れていたのだけど、カレイを洋風に焼いた日、中野さんが作ってくださったご飯ものには驚いた。
ル・クルーゼの小さな鍋で、何やらやっているなとは思っていたのだけど、それは冷やご飯に水を加え、バターとナツメグで柔らかく煮たもの。
冷凍のご飯でやったのだそう。
私だったらすぐにコンソメや牛乳を加えてしまいそうだけど、ただ、バターと塩とナツメグだけ。
それはまさしくリゾットの味と歯ごたえ。
しっかりした魚料理のあとに食べるのに、ちょうどいい塩梅だった。
中野さんはおいしいものをこしらえても、「たまたまできてしまいました」とか、「えー、これほんとにおいしいんですか?」などとおっしゃる。
本当に私は驚き、正直な気持ちでほめるのだけど、「僕は、料理が上手じゃないです」と、いつまでも言い張り決して譲らない。

●2017年2月12日(日)晴れ一時雪

さっき、中野さんをお見送りしてきた。
川沿いにずっと下ったところまで。
歩きながらも、絵本の場面のことが浮かんでくる。
中野さんもそうみたい。
お腹がオレンジ色の小鳥が飛び立ったり、向こうの方で黒猫が斜面を下りようとしていたり、立ち止まってはふたりで見た。
でも、なんとなく、一緒に見ているというよりは、違う目でそれぞれが見ている……みたいな感じ。
きのうは、東京から絵本編集者がいらして打ち合わせをした。
私は朝から切り干し大根を煮たり、ふと思いついてマヨネーズを作ったり。
こういうとき、いつも私は無意識に食べてくれる人のことを思いながら作る。
味見をしたとき、切り干し大根煮もマヨネーズもやさしい味になったから、もしかするとその編集者さんはやさしい人なのかも……と思っていた。
想像通りでした。
体は大きい方なのだけど、表情や、顔のまわりに漂っているものがやわらかい感じがする。
私と中野さんはアライグマさんと呼んでいる。
お話のあらすじをなんとなくお伝えしてから、テキストの冒頭だけ切り貼りしたダミー本と、合宿中に描かれた中野さんの絵をお見せした。
アライグマさんはとても喜んでくださった。
いつまでに何をする……とかではなく、私たちから出てくるものが、とりあえず見せられるくらいの形になるまで、待っていてくださることになった。
お出しした料理は、塩炒り銀杏、さつま揚げのフライパン焼き(おろし生姜)、白菜とにんじんの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング、醤油ちょっと)、鶏レバーの醤油煮、スナップえんどうの白和え(絹ごし豆腐、ごま、みそ、きび砂糖)、串揚げいろいろ(れんこん、南瓜、蒸し里芋、帆立、ソーセージ)、スティックサラダ(中野さん作・きゅうり、セロリ、にんじん、ごま入り自家製マヨネーズ)、牛すじ煮の炊き込みご飯(牛すじ、コンニャク、ねぎ、青じそ)、ビール、赤ワイン、ハイボール、焼酎お湯割。
中野さんをお見送りしてからは、「コープ」で買い物をし、お墓猫の頭をなで、神社でお参りをして帰ってきた。
坂の途中から小雪が舞いはじめ、部屋に着いてふと窓を見ると、本格的に降っている。
2階のベッドによじのぼり、窓に張りついて見た。
街の上の雲が、霧のようになっている。
その霧は、蜂の群れか何かみたいなひとかたまりとなって、なだらかに上昇したり下降したりしながら、とても細かな雪を降らせている。
太陽が当たって、キラキラチカチカと猛烈に光っている。
まるで、空の高いところから見ているよう。
まるで、何かをお祝いしているような空。
それもほんのつかの間。
雪はやみ、空はぐんぐん青くなり、今はよく晴れている。
絵本合宿、本当に楽しかったな。
さてと、私は小説の続きを書かなければ。
夜ごはんは、なすの炒め煮、切り干し大根煮(干し椎茸)、焼き塩サバ(大根おろし)、具だくさんのみそ汁(レンコン、里芋、南瓜、椎茸、麩)。

●2017年2月10日(金)曇りのち晴れ

おとつい中野さんがやってきて、いよいよ絵本合宿がはじまった。
きのうは雪が舞っていて、私は2階のベッドにパソコンを持ち込み、小説を書いていた。
その間、中野さんは1階で、大きな紙を絵本のサイズに切って貼り重ね、真っ白なダミーの絵本を作ってらした。
お絵描きノートには、主人公の男の子の絵が描いてあった。
主人公の姿が目に見えるようになると、私のテキストも転がり出す。
出たがってうずうずしているけれど、今はまだ小説を書かないと。
夕方になって、中野さんはビールをちびちび、私もワインを飲みながら夕飯の支度をした。
小説のなかにフランスの場面が少しだけ出てくるので、作る料理もつい洋風になってしまう。
普段だったら煮つけにしそうな卵入りのカレイの切り身を、おろしにんにく、牛乳につけておいた。
小麦粉をまぶしてバターで焼き、両面に香ばしい色がついたら香草パン粉(オレガノ、粉チーズ)をふりかけ、オーブンで焼いた。
焼き上がったところに、ケッパーを細かく刻んだものと汁をほんのちょっとかけまわした。
これが香ばしく、本当においしかった。
中野さんが作ってくださったのは、白菜と大根のサラダ。
白菜は繊維に沿って縦に切ってあり、おどろくほどみずみずしかった。
ドレッシングには細かく刻んだ梅干しと、粉チーズもちょっとだけ混ざっていたみたい。
その、ほんのちょっとの加減が、何が入っているのか分からないくらいのコクがでて、なんとなしにクリーミー。
こういうの、私にはできない。

白菜は塩をほんのひとふりあて、軽く触った(もむほどでない)のだそう。
白菜自身のおいしい水分も、ドレッシングの仲間みたいだった。
絵本合宿をしていると、微妙な味までよく分かるみたい。
時間の流れも、ちょっと違う。
いろんなことぜんぶが、絵本に関係がある気がしてくる。
向こうから吸いついてくる感じ。
とても楽しい。
ゆうべは9時にはお風呂に入り、絵本を読んでから寝た。
これも、勉強会みたいな感じ。
今朝は8時に起きた。
私は薄暗いうちから起き、メモをとったりしていた。 
朝一でパソコンにむかい、絵本のテキストを書く。
中野さんも起きてらした。
今日は、11時くらいに出掛ける。
BL出版で『ほんとだもん』の色校正の確認をしたら、映画を見に行く予定。
ティム・バートンの『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』。
これもまた、絵本に関係してきそうな気がする。小説にも? だろうか。
それにしても不思議なお天気。
朝起きたときには小雪が舞っていて、向かいの建物の天井にほうきではいたみたいな雪が積もっていたのだけど。
それからずんずん晴れてきて、今は空がまっぷたつ。
明るいところと灰色の雲。
あ、雷が鳴った。
海の向こうが灰色だ。
三宮の方は雨が降っているかも。
では、行ってきます。
夜ごはんは、六甲駅近くのおいしい焼き鳥屋さんで。
焼き鳥いろいろ、焼き満願寺唐辛子、焼き山芋、焼きうずらの卵、焼き銀杏、ビール、焼酎のお湯割り、梅酒お湯割り。

●2017年2月7日(火)曇りのち晴れ

小雪が風に舞っている。
空は白いけど、ときおり雲が割れてわーっと明るい光が射す。
朝ごはんにあんかけスープを飲んだ。
雪を見ながら。
お腹の調子はずいぶんよくなってきているみたい。
きのうは、「おいしい本」の原稿が書けた。
『ふくろうくん』という絵本について書いた。
締め切りはまだ先だから、しばらくねかせておこうと思う。
あとは、いったい何をしていたんだっけ。
お腹があまり空かなくて、困ったなあと思いながらオムライスを作ったら、けっこうおいしかった。
夜、中野さんから電話があった。
なんだかものすごくひさしぶりに、声を聞いたような気がした。
今朝は、まだ暗いうちに、次に作ろうとしている絵本の言葉が上ってきたので「ひらめきノート」にメモした。
さて、今日から私は短編小説にとりかかろう。
主人公の女の子のイメージは、書いてゆくうちに、バラバラになっていた雲がだんだんだんだん近寄って、集まって、体らしきものになっていくような感覚。
これは、はじめての感覚。
夕方までやって、暗くなる前にゴミを出しがてら森の入り口まで歩いた。
今日はとても寒い。
ひさしぶりの寒さ。
きんと冷たい山の空気。
夜ごはんは、焼きそばライス(お昼の残りに、炊き立てご飯をちょっとだけ添えた)、カレーライス(いつぞやに作った、鶏肉とかぶの薄味煮にルウを溶かし入れた)。
『ムーミン』もさすがに飽きてきたので、『まぼろしの市街戦』という映画を見ながら食べた。
すごくおもしろい。
ずいぶん前にいちど中野さんと見たのだけど、あのときにはよく分からなくて途中で眠たくなった。
お風呂から出たら、続きはプロジェクターで見よう。
ひさしぶりの高山ベッドシネマだ。

●2017年2月5日(日)小雨のち曇り

10時半まで寝ていた。
ひさしぶりにとてもよく眠れた。
明け方、まだ薄暗いうちにトイレに起き、カーテンをめくったら道路が濡れていた。
それからお腹に手を当て、また眠った。
部屋はとてもしんみりとして、雨の音だけがしていた。
みち みち みち  ぽこん ぱこん というような音。
たくさん降っているわけではなく、たぶん、小雨。
雨の降りはじめなどに、かすかに聴こえるいつもの音だ。
その音のせいかもしれないけども、おもしろい夢をみた。
ピンクや黄色や黄緑色の、透き通ったとても小さな玉がぷかぷかと浮かんでいる夢。
その玉は表皮が張っているのだけど、ひとつひとつの中にはとろりとした液体が入っている。
新鮮な生すじこでこしらえたしょうゆ漬けのような、というと、ちょっと生臭そうでいやなのだけど、綺麗な赤の透明さや、周りの皮がパンと張っている感じがよく似ていた。
宙に浮かんでいるその玉が、私の胸やお腹のまわりにときどき下りてきて、体に触れるとはじけ、ほのかないい香りを出す。
ぽこん ぱこん ぷちん みちん
雨の音とともに、はじけてひろがる。
私はその玉に体と心をさすってもらっているような、あたたかな心持ちがしながら眠っていた。
夢もたくさんみたような気がする。
起きて、お風呂に入ってからは、ずっと日記を書いていた。
スイセイから電話がかかってきて、いちど切り、合間にお昼ごはんを食べ、そのあとでまたかかってきて、ぜんぶで2時間くらい長電話した。
私は熊本でのことなどを話し、スイセイはここ最近の山の家での新しい心境など、たくさん話してくれた。
『ほんとだもん』の加奈子ちゃんと、「暮しの手帖」の島崎さんとも仕事の電話。
そしてまた、日記の続き。
今日は、文章の仕事が何もできなかったけど、明日から私はがんばろうと思う。
熊本でのことも、また、ゆっくりしたときに書こうと思います。
夜ごはんは、豚まん(ゆうべ、新神戸駅で買ったのを蒸篭でふかした)、ワカメスープ(溶き卵と、餃子の皮の残りを切って、ワンタンのように加えた)。

●2017年2月4日(土)曇り

9時半に起きた。 あまりよく眠れなかったけど、夜中にいちど起きたとき、六甲の家で寝ているのと勘違いし、トイレに行こうとしてベッドを下りる方向を間違えた。
ということは、それなりには眠れたんだろうか。
きのうのトークは、とても楽しかった。
熊本のファンの方々も、長崎次郎書店のスタッフの方々も、みな本当によくしてくださった。 
あたたかくというより、熱く。もったいないような真心で、迎えてくださった。
だから私もがんばって、たくさん喋った。喋りすぎてのどがかれそうになった。
絵本も3冊(『ほんとだもん』のデザインラフをお見せしながら、はじめて公の場で読んだ)朗読したし。
『ココアどこ わたしはゴマだれ』も一部朗読した。
話はあちこちに飛び交い、話しながらも、ここにいる人たちに伝えたいことがどんどん上ってきた。
私の持っているものは、何でもあげたいという気持ちがせり上がってきた。
だから興奮し、汗もたくさんかいた。
サイン会が終わって、控え室(まったく控え室という感じではない。床の間も仏壇もある畳の部屋)に引っ込み、長崎次郎さんの遺影に向かって、「ありがとうございました」と挨拶をした。
そしたら次郎さんが、にやっと笑いかけてくださったみたいな感じがした。
「ようやったのう。なかなかおもしろかったで」
みたいな。
だからもういちど、仏壇に向かって手を合わせ、「ありがとうございました。また、ここに来させてもらえるよう、頑張ります」とお伝えした。
サイン会が終わって、お隣の「Clasiqve」というビストロで、おいしいワインと、手の込んだ本当においしいお料理の数々(パテはもちろん、ハムや生ハム、サラミも自家製とのこと)をいただいた。
何をいただいたか、書いてみようと思うのだけど……お店の方、料理の説明をきちんとお尋ねできなかったので、私の主観で書かせていただきます。間違っていたらごめんなさい。
前菜はハムやソーセージ、パテの山盛りの盛り合わせ(盛りつけが大胆ですごくかっこよかった。本当に山盛り、ぎっしり)、いろいろな葉っぱ(香草)といちごが繊細にからまったアジ(地元で採れた大きなものだそう)のカルパッチョ風の一皿、山羊のチーズを焼いたのがのったサラダ、カキのポタージュ(何かの葉っぱのピュレが混ざっているのかな、スープが薄い緑色をしていた)あとは、フランスに行ったときに食べられなかった、憧れのアッシェ・パルマンティエ(マッシュポテトとひき肉のグラタン)。 私の左隣にはずっと亜衣ちゃんがいてくれ、右隣は入れ替わり立ち替わり違う方が座って、話しかけてくださった。
二次会へは、長次郎書店の社長(私よりうんと若い、少年みたいなみずみずしい青年)が熊本の老舗のバーへ連れていってくださった。
メンバーはフィッシュマンズ好きなスタッフの斎藤君(トークショウのとき、音響をやってくださった)、お客さんでいらした「かもめブックス(東京の神楽坂にあるそう)」のオーナー、ブロンズ新社の佐藤さん、アノニマの安西君。
私は男の人ばかり(みんな年下)に囲まれて、金柑のカクテルをいただいた。
帰り際に、熊本の銘菓のお土産までいただいた。
地方へトークに出掛けたなかで、こんなに心のこもった接待を受けたのは、はじめてかもしれない。
社長さんはきっと、自分の生まれた熊本のことが大好きで、自慢に思っているんだろうな。
脈々と受け継がれた歴史や、そこに暮らす人たちの当たり前の気持ち、生きる意気込みのようなものの綺麗さを、ずっと感じていた。
そうか、これが接待というものなのか。
そういうの、私ははじめて知ったような気がする。
ホテルに帰ったら、夜中の2時を過ぎていた。
お風呂に浸かって温まり、腹巻きをしてすぐに寝た。

ホテルで朝ごはんを軽く食べ、11時にチェックアウトし、「tartelette」という小さなお店で、今この日記を書いています。
ここはきのう、長崎次郎書店の大村さん(今回のトークショーを企画してくださった方。『どもるどだっく』が出たときから、私を呼んで何かの会をしてほしいと声を上げてくださり、長い時間をかけていろいろな準備をしてくださった)が教えてくださった。
大村さんからいただいたお手紙には、こんなふうに書いてあり、神戸にいるときからぜひ行ってみたいと思っていた。
ちょっとここに、書き出させていただきます。

「tartelette」長崎書店近くの、小さなカフェです。タルト、キッシュ、それぞれ限られた生地の中で表現される季節はほんとうにおいしく。新鮮です。店主、岩下さんの根底をなすものは、高山さんの本とフィッシュマンズの音楽です。

「tartelette」は、古い建物と建物の間にある、細長いお店。
木の門が空いていなかったら、通り過ぎてしまいそうなくらい。
ここのことを、私は何て書こう。
風が通る場所。
空や、お天気、外の空気と境目がないこの感じ。
ああ、これ以上、もう書けないや。
今はこのお店で、「ほんとうにおいしく、新鮮」なタルトを食べながら、温かいカフラテを飲みながら、息を吸ったり吐いたりだけしていたい。
ここのことはまたゆっくり、神戸に帰ってから書かせていただきます。
夜ごはんは、お弁当(駅弁ではなく、熊本駅のお土産売り場で買った。貝のヒモの炊き込みご飯、鶏の唐揚げ、かまぼこ、卵焼き、筑前煮)
帰りの新幹線のなかで5時くらいに食べた。
熊本駅のホームで、新幹線を待っていたときに、『どもるどだっく』を持った男の人が私をみつけ、声をかけてくださった。
その方は亜衣ちゃんのお友だち。
きのう、亜衣ちゃんがそのお友だちの娘にあげたいからと『どもるどだっく』を買ってくださって、サインをしたのだけど、そのとき私は娘さんの名前を間違えて書いてしまった。
「木」という字が入っていたのだけど、私は「樹」なのかと思ってしまい、慌てて間違えた字の上から緑色の鉛筆でくしゅくしゅと隠してしまった。
だけど『どもるどだっく』をもらった娘さんは、このページをめくるたびにきっと悲しむだろうなと思って。
なんであの場で機転をきかせ、「木」を絵文字にして、緑の葉っぱもつけてあげればよかったのに、どうして私は焦ってしまったんだろう……と、ゆうべ寝ながらぼんやり考えていた。
そしたらその人が、その娘のお父さんだった。
もう、新幹線はホームに入ってきていたのだけど、私は慌ててペンを握りしめ(リュックのポケットの筆箱を、お父さんに取り出していただいた)、根っこつきの木の絵を描いた。
お父さんと言葉を交わす暇もなかったので、おっしゃることにたくさんうなずいて、目だけで挨拶し、最後にしっかり握手をした。
同じ時間にそこにい合わすことができ、こんなに人が並んでいるホームで、いるかいないか分からない私のことをよくみつけてくださったなと思うと、声が出なかった。
本当は、「tartelette」のことも、その次に行った「木村酒店」でのことも書きたいのだけど、今はとても描ききれない。
落ち着いたら、また、書かせてください。
熊本で迎えてくださったみなさん、本当にありがとうございました。
私は神戸で、がんばろうと思います。

●2017年2月3日(土)快晴

7時くらいに明るくなってきたので、カーテンをあけ、朝陽を浴びてしばらくしてから起きた。
太陽はもう海の真上。
とってもいいお天気。
朝からあちこちにメールの返事を書く。
2月の予定がつまり過ぎてしまったので、ゆうべちょっと不安になり、スケジュール調整をしていただくためにあちこちメールをお送りしていた。
まず、短編小説の依頼がとつぜん届いた。
とても迷ったのだけど、水がテーマだということで、エイッとお受けすることにした。
小説なんて頼まれたのははじめてだけど、なんだかワクワクする。
そしてそれは、絵本のお話を書くのと同じようにできるかもしれない……とも思って。
書きたいことも、もう上ってきている(すでにたくさんアイデアを走り書きしてある)。
締め切りは15日。「おいしい本」も15日。
あと、8日か9日から中野さんがうちにいらして、いよいよ絵本合宿をすることになったので。
その間、その絵本の編集者も、打ち合わせにいらっしゃれることになったし。
本当に申しわけないのだけど、先のばしにできる打ち合わせや撮影は、すべて後ろにまわさせてただくことにした。
私はたくさんのことがいちどにできないし、風邪もどうなるか、体調がいまいち自信がないので。
今日は、熊本の長崎次郎書店というところでトークイベントがある。
料理家の亜衣ちゃんもみに来てくださるとのこと。
楽しみだなあ。
では、10時になったら出掛けます。
行ってきます。

今、この日記は新幹線のなかで書いています。
出てくるときに、坂の途中のいつもの神社でお参りをしたら、果物やお餅のお供え物がしてあった。
紫の垂れ幕もかかっている。
今日は節分なので、11時から豆まきがあるとのこと。私も参加したかったな。
残念だけど、いつものようにお参りだけし、タクシーに乗った。
11時12分の新幹線で出発。
お昼ごはんは、ゆうべのうちににぎっておいたおむすび(ゆかり、しらす、すりごま)、卵焼き(中野さんが作ってくださったもの)。
こうやって新幹線に乗っていると、新神戸はとても便利なところだというのが分かる。
岡山まですぐだし、四国へ行くにも岡山で別の電車にのりかえればいいらしい。
山口駅を過ぎたあたりの長いトンネルは、海の中をもぐっていたんだろうか。
外に出たらもうそこは、眩しい港だった。
鉄鋼場のような、古くて頑丈な工場が港の脇に見えた。
ここはもう、本州とはどこかが違う。
あ、次は久留米。
その次が熊本だから、そろそろ下りる支度をしなければ。

●2017年2月1日(水)曇りのち晴れ

起きてみるも、まだ本調子ではない。
なんとなくのどがいがらっぽいような気がして、薬を飲み、また寝る。
『ほんとだもん』のあとがきのことでふと思いつき、加奈子ちゃんにメールを何度か送っては、また2階に上って眠った。
和光鶴川幼稚園のお母さんの手紙を読んで、また眠る。
3時ごろ、中野さんから電話があった。
新しい絵本の打ち合わせのこと、絵本合宿のことなど。
私は寝てばかりもいられない。
あさってから熊本へ出掛けるのだし、それまでにきちんと治そうと思い、夕方、厚着をして病院へ行ってきた。
お腹からくる風邪だそう。
のども少し腫れているとのこと。
病院から帰ってきたらもう7時。
ごはんを作って食べ、お風呂に浸かって温まり、薬を飲んで寝た。
夜ごはんは、鶏とかぶの薄味煮(あんかけなので、きのうのお粥にかけて食べた)。

●2017年1月31日(火)晴れ

10時半まで寝てしまった。
起きてみると、なんとなく体が怠い。
私は呑み疲れているんだろうか。
お腹もすかない。
いつもの中野さんのコーヒーが、あまりおいしく感じない。
なのでお湯を沸かし、白湯を飲んだ。
胃袋があたたまって、ようやくひと心地。
お昼に中野さんがご飯を炊いて、卵焼きを作ってくださった。
牛すじ丼(中野さん)、白いご飯(私/梅干し、大根おろし、しらす、卵焼き)。
さっき、川のところまでお見送りし、坂を上って帰ってきた。
それからは腹巻きをして眠る。
お腹に手を当てて温めながら、とろとろと眠っては覚め、うとうとしては目覚める。
絵本を読んだり、本を読んだり。
気づけばもう外は暗く、柱時計が七つ鳴った。
昼間のご飯の残りで、おかゆ(ほうれん草、卵)を作って少しだけ食べ、歯をみがいて寝た。

●2017年1月30日(月)曇りのち晴れ

朝起きたら、うっすらと霧が出ていた。
朝ごはんに中野さんが作ってくださったのは、トーストを香ばしく焼いて半分に切り、半月のハムをのせ、玉ねぎドレッシングをちょろりとかけ、粉チーズをふりかけたもの。
中野さんは東京にいる間、玉ねぎドレッシングの味を思い出し、ずっと食べたかったんです……なんて、うれしいことをおっしゃる。 今日は1時からBL出版で打ち合わせ。
早めに出掛け、魚市場の近くの食堂でお昼を食べようということになった。
いつもの坂を下り、神社でお参り。
目には見えないくらいの細かな霧雨(空気の隙間はたくさん空いている)が降っていて、私だけ傘をさして歩いた。
下るにつれ雲が分かれるように晴れ間が出て、バスで三宮に着いたときには完全に晴れていた。
海岸線という地下鉄に乗り、中央市場前で下り、海鮮丼を食べた。
中野さんはサーモンといくらの親子丼、私はそこにマグロが加わった贅沢丼。
もちろんだけどお刺身はとても新鮮で、マグロも濃厚な味で、ちょっと甘めのタレがかかっていてとてもおいしく、ペロッと食べてしまった。
ここは海に近いせいか、とても風が強い。
食べたあと、シャッターが閉まっている場内を少し歩いた。
刃物屋さんで、ずっと前から欲しかったワサビ用の鮫皮のおろし金をひとつと、昆布屋さんでとろろ昆布を買った。
BL出版で、小野さんのデザインを見せていただく。
すばらしかった。
ひとつも文句(意見)が出ない。
すべてがそうなるようになっていた、みたいなデザイン。
デザインした感じがない……といおうか。
3冊目の絵本『ほんとだもん』が、無事着地しようとしている。
打ち合わせが終わり、三宮駅から中野さんとてくてく歩いた。
途中、どこかの神社の下の公園でひと休み。ベンチに座ったらすーっと力が抜けて、私はちょっとくたびれていた。
元気だったら、六甲まで歩いてゆけただろうけれど、けっきょく王子公園駅までにして、一駅だけ電車に乗って六甲へ。
軽く買い物をして、帰ってきた。
明るいうちに帰ってこれて、よかった。
窓辺に腰掛けを並べ、夕暮れの空を眺めながら、ビールと赤ワイン。
つまみはポテトスナック。
夜ごはんは、切り昆布の炒め煮、切り干し大根、ミートソースのスパゲティー(粉チーズ、タバスコ)。
途中、きさらちゃんと中野さんが東京で見た『耳をすませば』のアニメの話になった。
私も何度も見ている大好きなアニメなので、聖司君と雫の話や、いいシーンの話をしているうち、私は主題歌の「カントリーロード」をたまらなく歌いたくなってしまう。
YouTubeで探しても、映画の中の歌(雫たちが歌っている)は出てこないので、『ゼロになるからだ(覚和歌子さんの詩集)』を見ながら、「いつも何度でも」の歌をふたりで声を合わせ、はきはきと歌った。
中野さんは保育士時代に、この歌を子どもたちと何度も練習し、何かの発表会で披露したことがあるそうだ。
そんな話も聞きながら、歌った。
それが何だかやたらに楽しかった。子ども同士みたいで。

●2017年1月29日(日)霧雨

きのうは、とても楽しかった。
駅でマメちゃん(会ったとたん、あまりにお名前にぴったりな娘だったので、そう呼ばせていただくことにしました)をひと目見て、キャンパスまでの道を歩きながらちょっと緒お喋りしている間に、私はすぐに好きになった。
まず、喋り方がいい。
こちらをちらっとだけ見て、すぐに目をそらすところもいい。
ひとこと何かを話すと、独特な間があく。
まったくの沈黙ではないのだけど、隙間というか、時間の流れが変わるというか。
たぶんその間に私の言葉や声、その周辺にあるいろいろな気配を体に入れ、租借しているんだなという感じの間。
私は道で拾ったとてもきれいな赤い欠片(拾ったとき、苺のキャンディーかなと思って、匂いを嗅いだら無臭だった。なめてもみたけど、無味だった。たぶん、プラスチックか何かの破片)をあげた。
そのときの反応も、とってもよかった。
「きれいですね」とぽつりと言い、陽にかざしてにやにや見ていた。
マメちゃんとは言葉ではない感覚のやりとりをしながら、子ども同士みたいに遊べそう。
今日子ちゃんにもらったキンカンもお土産に持っていったので、スケッチブックに絵を描いていただいた。
インタビューの内容も、学生たちがいろいろと考えてくださっていて、なんだか可愛らしかったな。
大人の真似をしているみたいで。
でも、突然冴えたことを聞かれたりもし、ドキッとしたり。
終わってから電車を乗り継ぎ、「nowaki」へ行った。
筒井君が1階で「絵本塾」をされている間、私は2階でミニちゃんと絵本を読んだりして遊んでいた。
猫のゆきちゃんが、私のカバンの匂いを嗅ぎに何度もやってきた。
持ち手のところをクンクンして、一度だけ舌を出した。舌の先っぽだけ、ほんのちょっとペロッと。
舌の先が持ち手には届かなかったので、舐めてはいないのだけど、うっとりして舌が出てしまったみたいな可愛らしい感じだった。
ゆきちゃんは、私がいる間はまったく鳴かなかった。
とても静かに動く。品のある、とてもきれいな猫。
私には見えないなにかが見えるようで、宙に向かって前足を振りかざし、パンチしていた。
筒井君たちと一緒に行った(マメちゃんも途中から参加した)和食のお店も、おいしかったなあ。
けれども今朝は、なんとなしに胃が重たい。
日本酒のせいなのかな。
ちょっとしか飲んでいないのに。
お腹もちょっとだけ壊れ気味。
今日は、中野さんが東京から帰っていらっしゃる日。
6時半くらいにいらっしゃるので、それまで横になっていよう。腹巻き巻いて。
ひと眠りしたら、ずいぶん元気になった。すっきりしている。
中野さんはきっと、展覧会でたくさんの人たちに会い、呑み疲れてらっしゃるだろうから、温かいおうどん(「野分」のミニちゃんにいただいた手打ちうどんで。そしたら、マメちゃんがアルバイトをしている「itohen」という本屋さんのカフェで出している、ノブさんという方の手打ちうどんだった)を作る予定。
ひさしぶりにお会いした中野さんは、何だかとても元気だった。
東京でのお土産話をたくさん聞かせてくださる。
絵本の編集者さんたちのことや、きさらちゃんのことなど聞きながらビールをちびちび飲んでいるうち、私もすっかり元気になる。
夜ごはんは、月見うどん(中野さん。ほうれん草、天かす、ワカメ)、たぬきうどん(私。ほうれん草、ワカメ、天かす)、ビール。
夜、寝る前に、窓が真っ白になった。
海も空も街も、完全に真っ白。
ぶわぶわとこちらに向かって膨らんでいるような、ぶ厚い霧が立ちこめていた。

●2017年1月28日(土)快晴

今朝は大輪のダリアの絵を描いた。
きのう、お花やさんで買った。
黒蝶というダリアだそう。
臙脂色のビロードのような、とても惹かれる色。 
そして今日は、大阪の大学でアートメディア論研究室というところの学才が、対談のお仕事をくださり、午後から出掛ける。
料理の絵を描かれるマメイケダさんという方とお話します。
石橋駅は十三に近いので、終わったら河原町の「nowaki」へまわって、筒井君とミニちゃんとごはんを食べる予定。
とても楽しみ。
では、行ってきまーす。

●2017年1月26日(木)快晴

7時過ぎに目が覚めると、カーテンにオレンジ色が透けていた。
めくったらピカーッと朝陽が。
すぐ下の海も、大きな太陽と同じ色に光っている。
眩しすぎるのですぐにカーテンをしめた。
しばらく目をつぶり、8時前に起きた。
今朝もまた、よく晴れている。
ゆうべ夜中にトイレに起きたとき、ヒロミさんにいただいたチェアーの背もたれの隙間から、夜景のオレンジが透けていた。
それを見たらなんだか心があたたかくなった。
もう何十年も前に、イギリス人の誰かが愛着を持ってこしらえたこの椅子がお店に並んだとき、たくさんの人が見たり、撫でたり、座ってみたりしたんだろうな。
そしてそれをヒロミさんが気に入って、手に入れ、長年(20年以上とおっしゃっていた)腰掛けていた。
使われなくなってからは、本当に埃をかぶっていたかもしれないけれど、ヒロミさんと今日子ちゃんの暮らしの片隅にいつもあり、ずっと寄り添ってきた椅子だ。
もしかすると私にも、そういうものが垣間見えたんだと思う。
もう何年も前に、『たべる しゃべる』で取材をしたとき、タミゼの昌ちゃんが「物は人を慰めてくれますから」というようなことを言っていた。
私にはその意味がずっと分からなかった。
今なら分かる。
朝起きて、お礼のメールをすぐに書き、今日子ちゃんに送ったら返事が届いた。
「昨晩はご馳走さまでした。餃子にウスターソース、新しい発見でした。
椅子も良いところへ行ったねえとひろみは何度も言っています。私が同じことを何度も言うと『しつこい』と嫌な顔をするのにずっと言っています。しかし良かった!良かった!」
ああ、本当に、よかったよかった。
洗濯ものを干しているとき、何も音がしなかった。
静かな日曜日みたいな真っ昼間。
鳥も鳴いていない。
静かだなあ、音がしないなあと思ったら、「ぶおーー!」とひとつ汽笛が鳴った。
ふいをつかえれた。
笑ってしまうような音。
今朝もまた、絵を描いた。
今日子ちゃんにいただいた金柑の絵。
さて、「たべもの作文」も書きはじめよう。
きのうは「あ」がつく食べものを書いたから、今日は「い」のつく食べ物について。
もう書きたいことは決まっている。
これから一日にひとつ、日記のように書いていこうと思う。
暗くなる前には仕上がり、お送りした。
今日の夕暮れは、とってもゴージャス。
空の半分が茜色。
茜色は4重にも5重にも層をなしている。
下の方は蒼が混じり、上は黄色で水色の空に溶けている。
私は窓辺のチェアに腰掛け、茜色が紫がかるまで見ていた。
夜ごはんは、切り昆布の炒め煮(みどりちゃんの本を見て作った。薄味にしたら本当にばくばくと食べられる。にんじん、青菜がなかったのでニラ入り)、切り干し大根煮(干し椎茸、にんじん)、牛すじ煮込みの炊き込みご飯(しめじ。茶碗に盛ってから刻みねぎ、紅しょうが)

●2017年1月25日(水)快晴

7時半に起きた。
ひさびさによく晴れている。
朝風呂に入る前に、「ユザワヤ」で買ったカラーインクで絵を描きはじめたら、止まらなくなってしまう。
ごはんを食べ、また描いた。
なんだか自由に描ける。とても楽しい。
4枚描いた。
サインもすんなり出てきたので、それに決め、日付と並べて描いた。
そのあとは、仕事の電話がいくつもあった。
メールのお返事もいくつか書いた。
2階へ上がり、洗濯ものを干すとき、首筋に陽が当たって暑いくらいだった。
そういえば、最近はめっきり屋上に干しにいかなくなった。
冬の洗濯ものと屋上というのが、なんとなく結びつかないせいもあるのだけど。
冬の光は乾燥しているのか、2階の窓際はサンルームみたいで、シーツやバスタオルを折りたたんで干していてもよく乾くので。
屋上の洗濯ものは、やっぱり夏が似合う。緑の山と白いシーツだ。
午後、またもう1枚絵を描いた。
そして今日から、「たべもの作文」も書きはじめた。
きのうからの計画で、夜ごはんは餃子にしようと思って、白菜を刻んで塩をしたり、そこにニラを加えたり。
作文を書きながら、ひき肉にねぎと調味料を加えて練って、餃子の具もできてゆく。
作文もできてゆく。
途中で掃除機もかけた。
窓の外は、水色の空から青、碧、蒼へと移り変わり、西の雲だけほんの少し茜色がさしている。
夕方には作文を編集者さんにお送りした。
そろそろ餃子を包もうかなと思っていたら、今日子ちゃんから電話があった。
この間、ヒロミさんがおっしゃっていた椅子を持ってきてくださるとのこと。
それで、じゃあ一緒に餃子を焼いて食べましょうということになった。
それは、先週のお茶会リハーサルの日でのこと、ヒロミさんが「 年末になおみさんのおうちへ伺ったときに、窓辺に置いたらきっといいんじゃないかしらというような椅子が、うちにあるんですけど、もしもお邪魔でないようでしたら、もらっていただけるかしら?」とおっしゃった。
写真を見ると、とってもいい感じのするアンティークの椅子。
「うちではもう使わずに、何年もおいてあって、埃をかぶってしまっていて、もらってくださる方を探していたんです」
今日子ちゃんも、「何人家族や?っていうくらい、うちには椅子がいっぱいあるんです。もらってやってください」なんて言う。
持ってきてくださった椅子は、たまらなく素敵なものだった。
イギリスの古いもので、ウィンザーチェアというのだそう。
背もたれの曲げ木にスティック状の木が並び、真ん中に車輪みたいな透かし模様がある。よく見ると、手で彫ったみたい。
肘当てに、タータンチエックの膝掛けなどかけておいたら、とってもよく似合いそう。
「暮しの手帖」の花森さんが、絵に描かれていたような椅子だ。
座ってみると、背もたれも肘当てもやわらかなカーブがあって、体をすっぽりと包み、支えてくれる。
そういえば、ムーミンパパの書斎の椅子が壊れたとき、椅子がパパの体の一部みたいなものだったことに気がついた話があった。
村の人たちが、自分のとっておきの椅子を持ち寄ってくれたのだけど、どの椅子に座っても落ち着かず、パパはぼんやりしてばかりいて、病気のようになって、小説がちっとも書けなくなってしまった。
本当にそんなふうな座りごこちだ。
そしてこの椅子は、椅子というよりチェアという感じ。
このチェアは、本当にすばらしい。
今日子ちゃんはお手製のクッキーと”おみかんジャム”、小さな金柑もお土産で持ってきてくださった。
”おみかんジャム”は、クリスマスイブの夜に教会のキャンドル礼拝の帰りに寄ったとき、ちょうど作っているところだった。
明日もういちど煮るとかで、途中まで煮た大鍋をベランダで冷ましていた。
そのときもとてもいい匂いがしていた。
うれしいな。明日の朝ごはんでトーストにのせて食べよう。
ヒロミさんにも今日子ちゃんにも、私はいつもいただいてばかりいる。
私は自分の本くらいしかあげられるものがないのが、本当に申しわけない。
今日子ちゃんたちは、人に何かをあげるのがとても上手だと思う。
私はこれまで誰かにプレゼントをしたり、お土産をあげたりすることが苦手だった。
自分が作ったおかずや、タレとか、あとは気持ちや、言葉みたいに、目に見えないものはたくさんあげられるのだけど、お店で売っているような形のある物に、心は収まらないような気がしていたんだと思う。
照れくさいような気もしていたし。
でも、神戸へ来てからは私も、人に何かを贈りたくなってきた。 
中野さんはいつも、家族のために必ずお土産を買って帰られる。
甘いものとか、甥っ子への小さなオモチャとか。
真似をして私も、暮れに実家へ帰るとき、姉の家とリカ(姪)たちに神戸の豚マンを買っていった。
餃子は、とてもうまくできた。
「暮しの手帖」に載っていたレシピを見て、羽根つき餃子にした。
2袋分の皮で包んだから、50個近くあったと思う。
それを3回に分けて焼いて、焼きたてを3人で食べた。
ウスターソースをつけるのをお教えしたら、おふたりとも気に入ってくださった。
神戸のウスターソース(イカリソース)は濃すぎず、さらっとしておいしいから。
「これ、食べてもよろしいかしら」と何度か言いながら、ヒロミさんがたくさん食べてくださったのが、私はほんとに嬉しかった。
食後にお茶とクッキーをいただきながら、またしてもお裁縫をしていただいた。
ホックか何かをつけなければ、開いてしまう手編みのバックに、ヒロミさんがボタンを縫いつけ、今日子ちゃんがひっかける紐を作ってくださった。
夜ごはんは、焼き餃子(白菜、ニラ、豚ひき肉、下仁田ねぎの青いところ、オイスターソース、醤油、酒、片栗粉)、ポテトサラダ(ブロッコリー、ゆで卵、玉ねぎ、玉ねぎドレッシング、マヨネーズ、マスタード)。

●2017年1月24日(火)雪のち晴れ

朝、7時半前に起き、カーテンを開けたら雪が舞っていた。
下の道路にも積もっている。
明け方から降っていたのかな。
ゆうべ私は、とってもいい夢をみたような気がする。
それを思い出したくて、お腹に手を当てしばらくじっとしていた。
窓に舞う雪を見ながら。
吹き上げられた雪が、ときおり窓については消える。
それは、心安らかに過ごせる秘策のようなものを誰か(天上にいる人のような気がした)に教わっていた夢で、布にも関係がある。
布に切れ目を入れて、それをお腹にのせるのだったか、たたんだものを重ね目をずらして置くのだったか。
ずっと前から想っているお話にも関係がありそうな夢。
目が覚めたとき、私はとても大きな心になっていた。
きっと、ゆうべ読んでいた本にも関係があるんだろうな。
さて、今日は何をしよう……と思っていたら、加奈子ちゃんからメールが送られてきた。
『ほんとだもん』の小さな文についてのことを、朝いちばんでやる。
帯文の候補も送られてきた。
さて、今日から「たべもの作文」をはじめようと思います。
と書きながらも、今、オーブンから甘い匂いが漂っている。
マフィンを焼いているところ。
甘いものが食べたかったら、自分で作ればいいんだと気がつき、マフィンを焼こうとゆうべから決めていた。
レシピは、ずいぶん前の号の「暮しの手帖」に載っていた「わたしのマフィン」。
そこにある通りに作り、さっきオーブンに入れたところ。
「世界一おいしい、と言いたいマフィンがあります。なぜ、世界一おいしいと言いたくなるのでしょう。ぜひ一度、レシピ通りに、ここで紹介するマフィンを焼いてみてください。その理由がきっとわかります。森岡梨さんのマフィンが大好きになるでしょう」
この文句がたまらない。
マフィン型がなかったので、プリン型に紙をしいて流してみた。
うーん、いい匂い。
今日はあとで、ミートソースも作る予定(赤い本の自分のレシピで)。
「たべもの作文」は、タイトルだけ打ち込んだまま、その先はまだちっとも書けない。
書きたいことは上ってきているのだけど、メールのお返事をしたり、台所へ行ったりずっとうろうろしていた。
雪も舞ったり、やんだり。
夕方、また雪が舞ってきたので外に出たくなり、帽子をかぶってマフラーをぐるぐる巻きにし、ゴミを出しにいった。
粉雪の玉が紺色のコートの上に降りかかり、溶けずにたまっていた。
入り口のところまゆっくり坂を上り、森の匂いをかいで帰ってきた。
いちど帰り着いてコートを脱ぐも、ものたりなくなってまた坂を下りる。
ポストまでのつもりが神社までとなり、やっぱり「COOP」まで。
ちょっとだけ買い物をして帰ってきた。
5時に坂を下りはじめ、行って帰って50分しかたっていなかった。
坂を上るの、早くなってきたのかも。
「ずいぶん、なだらかだなぁ」と思いながら歩いていたし。
夜ごはんは、クリームシチューの残りの雑炊(朝の白菜サラダのにんにくが多すぎたので、レモン汁、ディル、パセリ入りだったけれどかまわずに加えて煮てみた。酸味がいい効果で、なかなかおいしくできた。ちょっとザワークラウトのスープみたいでもある。すでに煮込まれていたシチューの具はコーン、ブロッコリー、椎茸、ソーセージ)。

●2017年1月23日(月)晴れのち雪時々曇り

さっきまでよく晴れていたのだけど、空が白いな、海も白いなと思って窓際に立つと、小雪が舞っているのだった。
近ごろはこういうことがよくある。
一日の間でも、お天気がくるくる変わる。
山の天気なのだろうか。
部屋のなかは温かいのだけど、窓を開けると空気がキンと冷たくて、陽が落ちるころにはさすがに寒くなり、ヒーターを入れる日々。
きのうエレベーターのなかで一緒になった、いつも子犬を連れて散歩してらっしゃる女の人が、「寒いことは寒いですね」と、おっしゃった。
まさに、その通り。
このアパートメントは建物自体が温かいので、「寒いですね〜」というほどの寒さではなく、部屋のなかにいる分にはとても過ごしやすい。
この日記を書いている今も、太陽の熱の方が強いのか、雪は小さな雨粒くらいになった。
小麦粉くらいの雪。
雪と雪の間も隙間がいっぱい空いている。
窓辺に腰掛け、お昼ごはんを食べながら雪が舞っているのを眺めた。
ミルクティーと菓子パン(とろりとしたメープルシロップが中に焼き込まれている)だ。
さて、今日も『帰ってきた 日々ごはん3』の校正をやろう。
きのう、ようやく前半が終わったところ。
パソコンに向かっている間、ちょっと目を放したすきに晴れてしまい、海も空もはっきりと見えるようになって、雪はすっかりやんでいた。
ああ、その移り変わりを見逃してしまった。
こんどは目をそらさずに観察しよう……と思いながら、またパソコンに向かっていた。
ふと窓を見ると、また真っ白。
さっきより大きな雪が舞っている。
2階に上って窓を開けると、鳥の羽毛のような雪。
盛大に舞っている。
クリームシチューを温めて、あとで窓辺で食べよう。
しばらくはやみそうにないので、夢中になって『帰ってきた 日々ごはん3』をやっていたら、中野さんから木の人形の写真が送られてきた。
わっ! すごい、すごい。
クリスマスイブの夜、お花屋さんにいただいたユーカリの実が頭になっている。
降りしきる雪と響き合っているような、静かな感じのする人形。
前と後ろにふたりの子どもがいる。
ふたりの関係は神話の世界のような、何かの象徴のような感じのする人形。
『帰ってきた 日々ごはん3』は夕方には終わり、ぶじ村上さんにお送りした。
夜ごはんは、豚のしょうが焼き(片栗粉をまぶしてから焼いた。椎茸も厚切りにし、片栗粉をまぶして焼き、豚肉と共にタレにからめてみた)、白菜のせん切り&ポテトサラダ(じゃがいも、ブロッコリー、玉ねぎ、ゆで卵)添え、みそ汁(いつぞやの。えのき、豆腐)

●2017年1月21日(土)曇りのち晴れ、ときどき小雪

7時半になる前に起き、カーテンを開けると、向こうの海の雲の上(このところ、雲だ雲だと書いているけども、本当は対岸に見える山の上のことです)から太陽が昇ったところだった。
今朝は曇り。
太陽は、線香花火のような橙色のまん丸。
うっすらと雲がかかっているのか、それほどには眩しくない。
見ている間にもどんどん昇って、海から離れてゆく。
下界では雪が舞っている。
台所に下りてお湯を沸かし、お湯に蜂蜜を溶かした甘い飲みものを作ってベッドに戻った。
最近は、この蜂蜜お湯が気に入っていて、夜寝る前にときどき飲む。
パソコンを持ってきて、ベッドの上で『ほんとだもん』につける文をもういちど推敲した。
寝ている間に上ってきた言葉に直す。
調子がいいので、続いて日記も書く。
きのうの日記が、ようやく書けた。
さて、そろそろ起きようかと時計を見たら10時半なのだった。
太陽はもう、空の真ん中へん。
今日は、『帰ってきた 日々ごはん3』の校正をやろう。
今は2014年の日記をやっているのだけど、スイセイが広島へ帰ったり、山の家へ行ったりすると、私はとりとめなく時間を過ごし、ひとり分のごはんを作っている。
適当な気持ちで作るから、できあがったごはんも適当な味で、ちっともおいしくなく『るきさん』に憧れたりしている。
ときどき山の家にも出掛けては、雑草抜きに精を出し、一日が終わるとお風呂場で行水してさっぱりと着替え、夕陽が反射して茜色に移り変わる山肌を眺めたりしている。
山の家の空気が懐かしい。
日記には書けなかったけれど、このころはよく、スイセイと深めの喧嘩をしていたことも思い出し、校正をしながら少しだけ胸が痛くなった。
スイセイは今、あの山の家でどんなふうに暮らしているんだろう。
お風呂はどうしているのかな、ごはんはちゃんと作っておいしく食べているんだろうか。
夜ごはんは、ソーセージと壬生菜の炒めもの、納豆(卵、下仁田ねぎ醤油)、みそ汁(豆腐、えのき)、ご飯。
お風呂から出て2階へ上ると、煙突の煙の先っぽを、いも虫みたいな雲が大口を開けて食べていた。
ぱくっ、ぱくっ。
そのうちいも虫は本当に蝶になり、私はぷっと噴き出した。
羽根の丸い模様の穴が、だんだん大きくなって、そこからばらばらにくずれ、空に溶けた。

●2017年1月20日(金)曇り一時晴れ、雨、雹、小雪

朝、ゴミを出しに行ったら、白いものがふらふらと舞っていた。
朝ごはんを食べているうちに、少しずつ明るくなって、今は晴れている。
雲は多いけど。
きのうは、中野さんをお見送りがてらバスで三宮へ行ってみた。
海の方へ向かって歩いたり、おいしそうなパン屋さんでカレーパンをひとつ買って、半分ずつ食べたり。
「大丸デパート」を超えたところにある路地には、いい感じのする小さなお店がぽつぽつと並んでいた。
気になる洋服屋さんを覗いたり、雑貨屋さんを覗いたり、サンドイッチ屋さんを窓から覗いたり。
ウインドー・ショッピングは楽しい。
中野さんは蜂蜜をすくう木の棒(先がクルクルしている)を、お父さんへのプレゼントに買ってらした。
そうそう、うちを出てバスに乗る前、いつもの坂道の神社の脇を下りていたときだ。
何の話からだったか、「私は主観が強すぎて、俯瞰してみることができないの。客観が苦手」と私が言った。
そしたら中野さんが、「なおみさんは、もっと主観にもぐっていったらいいんです。そしたら客観になれます」とおっしゃった。
そうか。
そういうことなのかな。
これでも、まだまだなんだ。
私は怖いんだと思う。
もっと主観にもぐってしまってもいいんだという嬉しいような気持ちと、そんなにもぐったら、壊れてしまわないんだろうかという不安な気持ち。
そんなことをしたら、目を覆いたくなるような醜いものが出てきて、みんな、私のまわりから逃げていってしまうんではないか、とか。
でも、たぶん地べたに堕ちるその直前に、どこかが大きく開き、逆さになって、ふわりと舞い上がる。
空中分解して、バラバラになってしまうのでは決してなく……という気もする。

ウインドー・ショッピングのあと、「ユザワヤ」に行き、ペン先(太い線が描ける種類の)と、スミレ色とカナリア色のカラーインク、チャック、黒い布テープなどを選び、買った。
最近、いつも使っている小さな肩掛けバックに留め口がなく、また財布を落としそうなので、かぶせるような布を当ててチャックをつけようと思って。
「ユザワヤ」から出たらもう夕方で、暗くなりかけていた。
うら淋しい気持ちが、ふっと、押し寄せてきた。
中野さんは来週から東京で、しばらくの間会えないから、私はなんとなしに離れがたく、新開地で夕ごはんを食べながら軽く呑みましょうかと相談していた。
でも、「やっぱり、今日は帰ります」と伝えた。
帰ったら、中野さんは展覧会の準備がまだ残っているのだし、そろそろ私も自分のことをはじめなければ。
こんどお会いできるのは、『ほんとだもん』の次回の打ち合わせ。
その間、大阪の大学で対談(マメ イケダさんという方とします)の仕事もいただいているし、本当は私にも宿題があるのだから。
『帰ってきた 日々ごはん3』の校正も、編集者にずっと待っていただいている新しい本のための「たべもの作文」も、そろそろ書きためていかなければ。熊本でのトーク(2月3日、長崎次郎書店でします)の支度もあるし、「おいしい本」の作文も、雑誌の料理の試作やら、レシピ書きだって。
心を切り替えようと思い、えいやっと別れ、帰ってきた。
六甲に着いて、「六珈」さんでコーヒー豆を買い、電気がついていたから「MORIS」にも寄ってみた。
そしたら、大田垣蓮月さんという幕末時代の女の人(尼さんで、歌人でも陶芸家でもあったそうです)の書の展示をやっていた。
このところ私もペンで平仮名をずっと書いていたから、その字のたよたよとしたやわらかさ、なのに強さや太さも隠れているみたいな線に見とれてしまう。
ひと通り眺めたところで、ふと思いつき、ヒロミさんにカバンのチャックのつけ方を相談してみた。
私のアイデアをお伝えすると、ヒロミさんはお裁縫箱をさっと取り出し、マチ針を打って、縫いはじめのところまでやってくださった。
「ここは丈夫な方がいいから、返し縫いがいいでしょうね」
マチ針を打つときの布を触る手つき、糸の通し方、指ぬきをつけた針の刺し方、視線の落とし方、姿勢のよさ。
うちの母も姉も縫いものが苦手だったから、これまで誰にも教わったことがない私は、何でも自己流でやってきた。
年上の女の人から、まさかお裁縫を教えてもらえるなんて。
じんとして、涙がにじんだ。
そして、中国茶の先生が、これからいらっしゃるとのこと。
「MORIS」で開かれるお茶会の、リハーサルをするのだそう。
お茶の先生の話は、前々から今日子ちゃんに聞いていたのだけど、なんとなくご年配の方を想像していた。
そしたら私よりずいぶん若い、とても姿勢のいい身軽な感じのする方だった。
机を動かし、机の上にのせた椅子の上に乗って電気の高さを変え、和紙をくしゃくしゃに丸め、乾いた蓮の葉をひとつひとつ袋から取り出し、机の一カ所に集め、その上に大きな木の丸盆をのせる……
机にも、和紙にも、炭にも、茶器にも、自分の方からすーっと体を寄せ、体を曲げ、流れるように動いてらっしゃる。
踊っているみたい。
踊りというより、お祈りみたいな静かな動き。
準備がととのって、今日子ちゃんとヒロミさんと私がお客になり、お茶会のリハーサルがはじまった。
お茶の葉の話(説明という感じでなない)を少しだけ聴き、書を目で見るのではなく、そこにあることを感じながら、蓮月さんの茶器で一煎、二煎、三煎、四煎目までいただいた。
四川省の蒙山というところで採れた、一葉という名前の紅茶だそう。
見せていただいた茶葉の形は、なんだか蓮月さんの書にも似ていた。
どこからやってきたのか、とても小さな白いクモがお盆のまわりを歩いたり、お茶がしたたる音を聴いているみたいにじっとしたりしていた。
私にもいろいろな音が、よく聴こえていた。
自分ののどが、ゴクンと鳴ってお腹の方へ下りていったり。
一煎目のお茶はチョコレートのような甘い匂いがした。 
二煎目だったか、三煎目だったか、飲み終わってからお茶碗を嗅いだら、この間、雪の日に森のなかに入ったときの匂いがした。
緑の葉っぱがきれいな発酵をしたような、混じりけのない、深々とした厚みがあるようで、軽やかな香り。
お茶の味も、匂いも、先生の声も、お湯を注ぐ音、手つき、部屋の空気の色合も、すべてがしんとひとつになっていた。
お茶って、こういうものなのか。
お茶会というのは、形式ばってかた苦しいものだと、これまで私はずっと濁った目で見ていた。
赤いフードつきのセーターに、黒いふわっとした木綿のスカート、毛糸の黒い帽子にスニーカー姿の先生は、目には見えないものをたくさん纏われていた。
目の前にいる先生の体がお茶の木で、お茶の雫を体を通して抽出し、最後の透明な一滴まで、残らず私たちはいただいているような。
そして先生の体の後ろには、高い山のある険しい土地や、土の色、お茶の葉を育て、摘み、揉み、蒸し、干している人々……私にはお茶の知識などないけれど、そういう景色や寒さが見えた。
お茶に合わせてこしらえた今日子ちゃんのお菓子は、ガトーショコラを丸く型抜きし、そこにあけた小さな穴に、グレプフルーツのきれいな色のみずみずしいジャムが丸く詰められていた。
黒い大きな月と、小さな月(穴をあけた分)が、黒い漆器に並んでいる。
外に出たらもう真っ暗だった。
こんなこと、一生にそう何度も味わえないだろうというくらいに、もったいないような時間だった。
お茶会はきっと、机を動かしたりする準備のときからはじまっていた。
一期一会とはこのことなのか。
いままで、この空気の清い感じ、この心地よさは何なんだろうと思っていたのだけど、そうか、「MORIS」は茶室でもあったのか。
タクシーに乗って帰ったら10時過ぎ。
夜ごはんは食べず、お風呂に入ってすぐに寝た。
お茶とケーキの合わさった、おいしい味が消えてしまうのがいやなので。
ああやっと、きのうのことが書けました。
長々と読んでくださり、ありがとうございます。
今日は、『ほんとだもん』に添える小さな文を書き上げ、お送りした。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(白菜、下仁田ねぎの青いところ、菜の花、卵、天かす、三輪山で買った七味唐辛子)。

●2017年1月18日(水)明るい曇り

今朝は10時から『ほんとだもん』の打ち合わせ。
デザイナーの小野(羽島一希)さんと加奈子ちゃんがいらっしゃるので、7時半に起きた。
私が身支度をしているうちに、中野さんが掃除機をかけてくださる。
中野さんは元気。
きれいに清められた1階で、絵本で使われるかもしれない描き文字を書いた。
インクをつける式のペンで。
これはGペンというのかな。
生前、父がペン習字で使っていたのを、この間お正月に帰ったときに実家でみつけ、もらってきた。
いままで私は、画材屋さんで買ってきたペンに、使い方もよく分からずにインクを何度もつけながら絵を描いていたのだけど、中野さんに描き方を教わった。
描き方というか、インクのつけ方。
力を入れて描いても、太く描いても、何をしても自由なことも教わった。
使い終わったら、水では洗わずに(錆びてしまうから)ボロ布やテイッシュでぬぐって、それでもまだこびりついているインクは、布の先をツバでちょっと濡らしてぬぐえばきれいになることも。
すべて書き終わったら車の音がして、原画の宅急便と、小野さんたちが同時に着いた。
ドアを開けたとき、玄関に並んで立っていたおふたりともが、マフラーをまったく同じようにぐるぐる巻きにしてらした。
加奈子ちゃんのは赤い木の実の模様、小野さんのはメキシコのポンチョみたいな明るい色の縞模様。
「小野さんは、きっと青い服を着てらっしゃいますよ。靴下は、けっこうカラフルなのを履かれるんです」と中野さんがおっしゃっていた通り、青いシャツにレインボー柄の靴下の小野さんは、床に並べた原画をご覧になり、「うーん、うーん」とおっしゃりながら、とても感じていらっしゃる。
言葉で説明しなくても、小野さんにはすーっと伝わる。
ペンの描き文字よりも鉛筆の方が線の太さが合いそうなことが分かり、3人が何やらお打ち合わせをしているのを遠くで聞きながら、私はまたひと通り書いていった。
なんとなくだけど、自分のなかに小学2年生の女の子が上ってきているような感じもしながら。
原画をしまい、打ち合わせがすべて終わってからお出ししたお昼ごはんは……
まず、キャベツのシチー(サワークリームのかわりに、ヨーグルトの水分を漉したクリームにディルとパセリを刻んだものを添え、スープに混ぜながら)。
小野さんは昔、「クウクウ」にもよくいらっしゃっていたから、なんとなくそんなメニューになったのだけど、そういえば「キャベツのシチー」は塩豚とキャベツのスープにヨーグルトを加えた煮込み料理にそっくりな味がした。たしか、「コーカサス風 塩豚とキャベツのスープ煮」という名前だったような。
あとは、アルザス風大根(これも「クウクウ」メニュー。塩をした大根の出てきた水分ごと、ほんの少しのおろしにんにく、レモン汁、オリーブオイルで和え、ディルとパセリ)&スモークサーモン、下仁田ねぎのとろとろ煮(玉ねぎドレッシング)、おから(干ししいたけ、さつま揚げ)、ひたし大豆(切り昆布入り)、鶏レバーのしょうゆ煮、カマンベールチーズ&クラッカー(加奈子ちゃんのお土産)、すくい豆腐(下仁田ねぎじょうゆ)、ポルトガルの白ワイン(若い葡萄で作られた微発砲のもの。加奈子ちゃんのお土産)。
ここでひと休みし、屋上に上って空や海や山を眺めながら、ポテトチップス&千葉産の落花生(マキちゃんにいただいたおいしいの)。
戻ってきて、土鍋ご飯(中野さんのご実家のお米で)、自家製イワシの干物、神戸風牛スジ煮込み(コンニャク、刻みねぎ)、おかか(だしをとったあとの)の甘辛煮、もろみ(自家製しょうゆを仕込んでいる途中のもの)。
小野さんがこのあと東京でお仕事があるそうで、2時半くらいにお開きとなった。
おふたりが帰られてから、中野さんと焼酎のお湯割をちびちび呑んでいたのだけど、『ほんとだもん』の原画を急きょ今日中にお送りしなければならないことになり……梱包し、宅配便に受け取りに来てもらったところで、ぐっと安心したのか急に眠たくなってしまう。
卵雑炊(中野さん作・天かす入り)を食べて、7時半くらいに寝てしまう。

●2017年1月17日(火)晴れ

とても暖かい。
お昼過ぎに中野さんと八幡さまで待ち合わせ。
1週間ぶりにお会いした中野さんは、なんだか輪郭が薄茶色い。
髪が茶色っぽいだけでなく、顔の色というか、顔のまわりというか……体のまわりも。
逆光で見ているせいかなと思い、隣に立って見直しても、やっぱり薄茶色い。
鼻声で「寒いですね」と言って、ぶるぶる震えてらっしゃる。
今日はとても暖かいのに。
中野さんはもうすぐ東京で展覧会があるから、絵を描かれたり額縁をこしらえたり、きっとものすごく頑張ったのだ。
それに中野さんが住んでらっしゃるところは、神戸よりもずっと寒く、絵を描かれている部屋(ほら穴と呼んでいる)も底冷えがするくらい寒い。
ここまでくる間に乗っていた電車も、ずっと寒かったのだそう。
図書館へ行く前に、温かいおうどん(ほのかに中華が混じったような卵とじうどん/中野さん、梅干しとおぼろ昆布のうどん/私)を食べたら、ようやくいつもの中野さんに戻った。
絵本を借りて、厄神さん(厄神厄除大祭)のための出店を盛んに準備している、八幡さまの賑やかな参道を通り、「いかりスーパー」で軽く買い物し、男坂を上って帰ってきた。
中野さんの自作絵本『ほのちゃん』が20日に出るので、今夜はそのお祝い。
レバーの入った大きなハンバーグを焼いて、椎茸と粒マスタード、チーズ入りのクリームソースをかけ、オーブンで焼く予定。
台所で私が支度をしている間、窓辺に腰掛けていた中野さんは、同じ雲をずっと見ていた。
ときどき「なおみさん、見てください」と声をかけられる。
中「ほら、あそこ。煙突の煙の先を、雲が食べているんです。ほら食べた。あの雲、へんな形だなあ」
それは、亀の甲羅みたいにこんもりとした山型の雲。
左端が口になっていて、その反対側は象の鼻みたいなのが細く伸びている。
私が玉ねぎを炒めて冷まし、鶏レバーを刻み、牛乳でふやかしたパン粉と卵をひき肉に加えて練っている間も、まだ見てらっしゃる。
中「なおみさん、どんどん形が変わっていますよ」
立ち上がって腰を曲げ、窓に顔を近づけ、ポケットに両手をつっこんで見ている。
そのあとも中野さんは、雲が完全に消えてなくなるまで見ていた。
こういうのがきっと、いつか絵になり、お話になるのかな。
オーブンでハンバーグ・グラタンを焼いている間に、『ほのちゃん』を読んでいただいた。
この絵本は歌になっている。
後ろに描いてある楽譜を見ながら、私も一緒に歌う。
夜ごはんは、レバー入りハンバーグ・グラタン、白菜とにんじんの塩もみサラダ(玉ねぎドレッシング)、赤ワイン。
めずらしく、「酔っぱらってしまいました」とおっしゃって、先にお風呂に入った中野さんは、8時半には寝てしまった。
やっぱり、とてもくたびれているご様子。
展覧会のために、きっと、精魂を詰め込んだんだ。
この展覧会は、「ぼくたちのサーカス」というタイトルで、1月26日(木)から2月6日(月)まで、西荻窪の「ウレシカ」で開かれます。
『ほのちゃん』の原画と、紙版画がたくさんと、描きおろしの絵。
東京のみなさん、よろしかったらぜひお出かけください。

●2017年1月15日(日)晴れ、雪

朝起きて、カーテンを開け、朝日が上っているのをちょっと見て、また仰向けになった。
青い空に、白いものがふらふら。
おや? と思って下を見たら、雪が積もっていた。
うっすらだけど、屋根は真っ白。
本格的なお天気雪だ。
あとで、朝ごはんの前に、森の入り口まで上ってみようかな。
行ってきました。
中に入り、杉の木の5人兄弟が踊っているところまで歩いた。
森の中はけっこう積もっていた。
ところどころ、落ち葉が見えるくらいの積もり具合。
雪を踏みしめ歩いた。
キクキクと音がした。
枝の間から差し込んだ陽の光のなかを、粉雪が斜めに舞っていた。
金色の穴から金の埃が吹き込んでいるよう。
森のなかは、とてもいい匂いがしていた。
清冽なのは同じなのだけど、夏とはまた違った緑の匂い。
もっと深々とした、お茶みたいな匂い。きれいな緑色の。
夏が中学生だとしたら、今朝の森の緑は40代くらいの匂い。
さて、朝ごはんだ。
今日は「気ぬけごはん」をやろう。
雪は、そのあともときどき舞っていた。
強くなったり、弱まったり。
でも、晴れているからかちっとも積もらない。
舞いながら、下に落ちるまでには溶けてしまう。
あるいは道路の熱で、溶けてしまう。
「雪も降りますけど、降ってもすぐに溶けてしまって、積もることはめったにないです」
神戸の人たちがみな口を揃えて言っていたのは、これだったのだ。
夜ごはんは、神戸風牛スジ煮、豆腐入り卵雑炊(ゆうべの鍋の残りの汁で煮た。ゆで大豆、壬生菜、天かす、万能ねぎ、味噌)。

●2017年1月14日(土)晴れ、風強し

7時半少し前に、海の上の雲から日の出。
カーテンをさっと開けてパッと閉め、また寝た。
8時に起き、お風呂のなかでセーターを洗って干した。
押し洗いの仕方を調べたら、動画つきで出てきた。
最近は何でもパソコンで調べることができ、とっても便利。
さて、今日は「気ぬけごはん」を書きはじめよう。
1話を書き終わったあたりで、スイセイから電話がかかってきた。
受話器を取ると、間髪入れずに「スイセイ」と、ひとこと。
慌てているわけでも、早口なわけでもないのだけど、電話での会話をテレパシーみたいに捉え、無駄のない最低限の挨拶がスイセイらしく、なんだかとても懐かしかった。
スイセイが調べた統計によると、全国的に1月中旬の今の時期がいちばん寒いのだそう。
これから寒波もくるとのこと。
私「へー、そうなんだ」
ス「へーって、知らんのんだ。みいは、そういうことが気にならんの?」
私「うん。うちは冬じゃないみたいにあったかいの。陽が当たると暑いくらい」
本当に、うちのアパートメントは暖房をつけなくても春のように暖かいので。
テレビがつかないから、ニュースも知らない。
山の家の寒さについて、寒さのしのぎ方について、スイセイはたくさん話してくれた。
樋を伝って落ちてくる雨水をためておいて農具を洗ったりもしているそう。
少ない荷物のなかでやりくりし、命をつないでいるような感じが、とてもスイセイらしいし、すごくおもしろい。
私「山登りの人みたい」
ス「そうなんよ。最近、植村(直己)さんのこともよう考える。あと、アムやカトキチが移住したばかりのころに、どうやって北海道の冬をしのいでいったかとか、1年目はどうじゃったか、2年目はどうじゃったかとか、気になるんよのう」
もっともっと聞いていたかったのだけど、生命保険の方がいらっしゃり、電話を切った。
ひと仕事して、「coop」へ。
小麦粉、キャベツ、洗剤、トイレットペーパーにティッシュなどたっぷり買い物をし、パン屋さんへも寄って、大荷物で坂を上った。
海の見える公園でひと休み。
リュックの背負いヒモを担ぎやすいようにきつく締め直し、水を飲んだ。
キンと冷たい水のおいしかったこと。手の平にすくって立て続けに5杯飲んだ。
最近、坂道を上っていて、ふと、(ここはそんなに急ではないな。ほとんどなだらかだ)と感じることがある。
下だけ見て歩いていると、目の加減でそれほど斜めには見えないからか。
いちばん最後に控えている坂は、さすがに急だけど。
途中で、茶色と灰色の可愛らしい子犬をいつも散歩させている女の人とすれ違い、挨拶を交わした。
「私たちも(子犬のことも含まっている)これから、パン屋(私のパン屋さんの袋を見て)へ行ってきます。雪が降るとこの坂道は凍るから、車はもちろんスリップするし、歩くのも、こういうところ(柵のこと)につかまって下りないと、滑ってたいへんなんです。3年に1回くらいあるんです。でも今日は、降りそうもないか。だいじょうぶそうかな?」
坂を上りつめたところで、西の空のクリームパンみたいな雲の上に、幅広い金色の縁どり。
家に帰り、買ったものをリュックから出していて驚いた。
私、薄口しょうゆに、牛乳、ツナ缶(3つ入りのパック)や菜種油の大きいのも買ったんだった。重たいわけだ。
タクシーに乗るつもりで買い物し、やっぱり歩けそうだから、歩いてしまおう……となった。
歩きながら私は今日、スイセイがとても元気そうだったから、感謝の気持ちを表すには、これくらいの坂を歩いて上らなければ気がすまなかったんだと思う。
夜ごはんは、ひとり豚しゃぶ鍋(豚しゃぶ用薄切り肉、絹ごし豆腐、えのき、壬生菜。薬味は大根おろし、赤柚子こしょう、ねぎ、ポン酢しょうゆ)。お豆腐をいっぱい食べたのでご飯はなし。
夜、お風呂の掃除をしながらゆっくり入り、出てきたら雪が降っていた。
夜景が見えないから、霧かしら? と思って、窓を開けたら降っていた。
白いのが、舞ってる舞ってる。
もみの木はうっすらと白。もみの木の隣の木は真っ白。
屋根にも積もっている。
あったかいお酒が飲みたくなって、梅酒のお湯割を作り、2階のベットによじ上ると、もうずいぶん弱まっていた。
このままやんでしまうのだろうか。
お風呂に入る前、ちょっと冷えるような気がして1階のヒーターを入れたとき、すでにもう降っていたのかも。

●2017年1月13日(金)快晴いちじ曇り

今日は原稿の校正を、いったいいくつやったんだろう。
3つかな、4つかな。
3つだ。
メールも電話もたくさんあった。
最近、間違い電話もやけに多い。
いつも「竹田さんですか?」という電話。
そしてみな、セールスっぽい感じの人からの電話。
電話番号がうちと同じらしいけど、どうなのだろう。
「気ぬけごはん」も書きはじめた。
3時ごろ、ベッドの上で陽を浴びながら編み物をしていた。
ふと窓を開けたら、雪が舞っていた。
ふらふらふらふら。
この間より量の少ないお天気雪だ。
夕焼けは、西の空の雲の縁(上だけ)が茜色。
下はハッカ飴のような水色。
夜ごはんは、トマト雑炊(大豆のゆで汁、白菜、人参、ポールウィンナー、固形スープの素、ハリサソース、トマトペースト、牛乳、冷やごはん)。
粉チーズをふりかけ、「ムーミン」を見ながら食べた。

●2017年1月12日(木) 快晴

7時に目が覚めた。
太陽が海の上の雲のところから顔を出し、ちょうど上ろうとしているところだった。
しばらく目をつむり、8時に起きる。
もう、太陽はずいぶん上って、たまらなく眩しい。
海も黄色に光っている。
玄関を開け、鰯の干物(きのう塩水に浸け、干しておいた)を風通しのいいところに干し直した。
朝ごはんを食べ終わり、管理人さんに流しのつまりを直していただいた。
「こんなんですが、私に直せることやったら、何でもいたします。いつでも声をかけてくださいね。では、お邪魔しました。えらいすいません」
お願いしに下へ下りると、いつでもすぐに来てくださる。本当にありがたい。
今日はなんとなく、試作のようなことをして、フライパンのなかの様子や変化のポイントを見逃さないように、レシピを書いたりしている。
なんだか私、料理家みたい。
雑誌の仕事、やってみようと思う。
器のスタイリングもアシスタントも、マキちゃんに手伝ってもらえば、できそうな気がする。
スケジュールが近すぎるけども、東京では当たり前のことだから、がんばってみようかと思っていたところに、メールが届いた。
次の号で改めて、高山さんのやりたい方向でやりませんか?とのこと。
わ! 本当に、ありがたい。
夜ごはんは、おからチャーハン(塩鮭、卵)、白菜と大根のおつゆ(湯豆腐の残りでうどんを作ったときのおつゆを薄め、ほうれん草を加え、塩で味をととのえた)。

●2017年1月11日(水)快晴

8時半に起きた。
朝からよく晴れている。
セーターを着ていると、暑いくらい。
布団を干したり、シーツやらバスタオルを洗濯したり、ひさしぶりにあちこち片づけた。
さーて、今日から『帰ってきた 日々ごはん3』のパソコンでの校正作業をはじめよう。
今日からはじまる私の新しい生活。
私の仕事はじめ。
そして今日の海は、太陽が当たった一カ所だけでなく、なぜだか全面がさざ波立ち、光っている。
キラキラチカチカ。
2時半まで『帰ってきた 日々ごはん3』を集中してやった。
手紙を出したいのだけど、切手がないので郵便局まで歩いた。
いつもの神社でお参りし、川沿いにずっと下まで歩いた。
ここが、最寄りの郵便局。
はじめて来たのだけど、こじんまりとして、とってもいい雰囲気だった。
吉祥寺でいつも通っていた郵便局に、空気が似ている。
そのあとは、なくした帽子を探しに歩いてまわる。
まずは図書館へ、そしていつものスーパーへ(ここがいちばんあやしいので、落とした翌日にも確かめにきた)。
今日は、スーパーにいる係の女の人も、警備室の人も、とても親身に対応してくださった。
念のため、また名前と電話番号を伝えたら、すでにノートに記してあった。
前回の警備員さんは、とてもそっけなかったのだけど、ちゃんと書いておいてくださったのだな。判子もちゃんと押してあった。
もしも届けがあったら、電話をくださることになっている。
もしやと思い、その前の日に行った「めぐみの郷」でも聞いてみた。
レジの女の人が、忘れ物ノートを開いて見てくださる(この人もとっても感じがよかった)が、やっぱりここにもなかった。
いったい、どこにいってしまったんだろう。
大切な茶色い毛糸の帽子。
赤い木の実みたいなのが、ぽつぽつと編み込まれている。
この帽子は、中野さんが倉敷へ家族旅行に行ったときに、お土産で買ってきてくださった。
じつは、神社でお財布を落とす前の日に、この帽子をなくしたのです。
私は神戸へ来てから、よく物をなくすようになった。
バスに乗って、坂をのぼり、帰ってきた。
帰ってきたら、東京でお世話になっていた雑誌の編集者さんから電話があった。
料理の撮影、神戸まで来てくださるとのこと。
ありがたいことです。
ちょうど企画の内容が、このところ作っているひとりのごはんに近いもの……どうしよう、やってみようかな。
夜ごはんは、真鯛の西京漬け(椎茸と壬生菜のバター炒め添え)、小かぶと大豆のみそ汁、塩昆布、もろみ味噌、ご飯。

●2017年1月10日(火)快晴

8時にいちど起きたのだけど、トイレへ行ってまたベッドへ。
『ココアどこ わたしはゴマだれ』を読んだり、目をつぶったりしているうち、泥のように眠ってしまう。
夢もたくさんみるし、いくらでも寝ていられる。
10時くらいにゆかりおにぎり(ゆうべのうちににぎっておいた)をひとつとみかんを食べ、また眠った。
ゆらゆらと夢をむさぼっていたら、佐川さんから電話があり起きる。
世の中は、もう動き出しているのだな。
このところのいろいろが、深く楽しかったから、その分のくたびれもまた、きっとたまっているのだ。
今日は、パジャマのままゆらゆらと過ごそうと思う。
いま、台所へ行ったら、大豆が水に浸けてあった。
そうか、ゆうべ寝る前に私がやったんだ。
じゃあ、大豆をゆでながら、読書の日としよう。
呼び鈴が鳴っても、出ないことにしよう。
慌ただしくてずっと読めずにいた、和光鶴川幼稚園のお母さん方の感想や手紙をふと思い出し、読みはじめる。
私はこれを、去年の12月のうちに送っていただいたことさえ忘れていた。
読みはじめてすぐ、ひとりひとりのお母さんの生の声が聞こえるようで、ありがたく、涙が噴き出し、もうそれだけになってしまう。
『どもるどだっく』の絵本のことを、強く感じていることがいっぱいあるのに言葉がままならなくて、うまく伝えることのできない子どもたちのかわりに、4歳のなみちゃんがお母さんに向かって教えてくれているようだとか。
読み聞かせのあとのお話会で私が喋っていた言葉を、娘さんが私の体を借り、自分にお願いしていると感じてくださったお母さんもいた。
私はたしか、こんな話をした。
「料理を作るときに、どんなことを大切にしていますか?」という質問に、「料理家のくせに、手先があまり器用でないせいもあるけれど、野菜をきちんと揃えて切るとか、面取りをしたり、お皿にきれいに並べて盛りつけたりとか、料理をしすぎないようにしています。目の前の食材をじっと観察していると、どうやったらおいしくなるかとかいうのが、自然に分かってくる。あと、玉ねぎをじっくり炒めていていたら焦がしてしまって、そしたらその焦げからカラメルが出て、混ぜているうちになじんで香ばしさが加わったとか……そういう偶然や、自然発生的なことを大切にしようとしています。これはもしかしたら、子どもも同じなのかもしれないです。何かをしなさいと強いられると何もしないけど、放っておくと、勝手にやりはじめる。私は子どもを生んだことも育てたこともないので、自分が子どものころのことしか分かりませんが、子どもって、景色はキラキラしているし、ごはんはおいしいし、体を動かすのも面白くてたまらない。生きているだけで楽しくて仕方がないので、『邪魔しないで』って思います。まわりと同じようにできなくても、怒ったりせずに、どうか見守っていてあげてください。みんなと同じようにできなくても、放っておいていいと思う。自分で傷ついて、自分で泣いて、元気がなくなって。元気がないのはつまらないので、どうしたらいいかというのを自分で発明し、分かっていく気がします。それに、みんなと同じようにできないのは、わざと同じようにしないのかもしれない。子どもたちはむき身の体と心で感じるから、本当は、何でもわかっているんだと思う。私たち大人よりずっと」
私が『どもるどだっく』を作っているときは、もう夢中だった。
ただひたすらに楽しくてたまらなかったから、体ごと4歳のなみちゃんに戻ることができた。
そこから上ってくる言葉だけ綴り、見えている景色を、中野さんに描いていただくことができた。
夜ごはんは、洋風雑炊(大根、ポールウィンナー、大豆、ほうれん草、大豆のゆで汁、チーズ、牛乳、味噌)。

●2017年1月9日(月)晴れ

いつもの神社のところまで中野さんをお見送りし、いま帰ってきたところ。
中野さんに合わせたわけではないのだけど、私は自然にゆっくりと歩いていて、そしたらいろいろな細かなものが目に入ってきた。
木の実や葉っぱ、道に落ちている小石、小鳥の尾羽の色、塀のシミなどがくっきり見える。
海のひとところが光っていたり、さざ波立っていたりするのを坂を下りながら眺めていると、「あー」とか「はー」とかしか声が出ない。
よく見たり感じたりしているときは、それだけでいっぱいになっているので、言葉が出てこない。
空気を含め交感し合っているのがわかるから、対話はしているんだと思う。
坂の途中でわずかな雨を先に感じたのは、中野さんだった。
1滴、2滴くらいの雨。
お天気雨だ。
実家にいる間、私はまわりのスピードにのみ込まれ、ぐるぐるとせわしなく動いていた気がする。
こっちに帰ってきて、ひさしぶりに中野さんに会った日に、そのことに気がついた。
私が六甲に戻ったのは、4日の夕方。
5日には中野さんがいらっしゃり、『ほんとだもん』の新しい原画とカバー絵を何枚か見せていただいた。
これまで描いた絵もすべて床に並べ、実家にいる間に少しだけ動いていた私のテキストとすり合わせたり。
新しい絵を見たことで、またテキストが変わったり、最初に戻ったり。
6日は、加奈子ちゃんがいらっしゃって、3人で打ち合わせ。
中野さんとふたりで、これしかないと決め込んでいた絵が、加奈子ちゃんの新鮮なひらめきのおかげで転がり、思ってもみない展開となった。
絵を入れかえただけで、見えないものが、見えてくる。
隠れていた匂いのような気配が、立ちのぼる。
「もしかしたら、とってもおかしなことかもしれませんが……」とおっしゃりながら、加奈子ちゃんがひらめいた絵をはめたとき、私は体の芯がぶるぶるっと震えた。
ああ、そういうことをこの物語は伝えたがっていたのか。
人の手で動かすのではなく、すでにできていた、すでにあった目には見えない何かを、確かにつかまえたような感じがしたんだと思う。 絵というのは、絵本というのは、いろいろに動いては物語が生まれる。
本当におもしろい。
7日は、電車を乗り継いで、中野さんと奈良の三輪山に初詣に行った。
いくつもある社でお参りするたび、感謝の想いを伝え、安産のお守り(みっちゃんの娘のリカが5月に出産するので)と、災いよけの鈴のお守りを自分用に買った。
お守りを買った直後、私は財布を落とした。
私は焦り、猛烈に省みた。
それはとても凝縮された、濃い時間だった。
けっきょく、ちゃんと届けてくださった方がいて、みつけることができたのだけど。
神戸に帰ってからのここ数日は、なんだか新しく感じることばかり。
いろいろなことがあって、日記に描ききれないや。
中野さんが泊まってらっしゃる間のごはんは、何を食べたのだっけ。
どんなものも、何を食べても、しんからおいしかった。
舌の感覚が開いたように、細かなところまで、すみずみまで。
いま思い出すのは、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋(中野さんがこしらえた)。これがとくにおいしかった。
だしも水も入れないのに、自分の体から出てきた水分のみで煮た白菜の、甘み、苦み、酸味。
中野さんともたくさん話した。
子どものころのこと、家族のこと、親戚のこと、学生時代のことなど、たくさん話してくださった。
声を聞きながら、私の頭の中にはとぎれなく映像が浮かんだ。
私もまた、ぼそぼそと話した。
どうして神戸へやってきたのか、どうして中野さんに出会い、こうして一緒にいるのか。
前からうすうす感じていたことが、ここ数日の間に、ようやく言葉にできるようになった気がすることについて。
それは、こういうこと。
私は極端に自我が強く、誰にも押さえられないような、どうしようもない暴れん坊が心(魂というのかな)のなかにいる。
というか、そのことはスイセイとの諍いが増えた去年くらいから、ようやく自覚しはじめた。
暴れん坊は、私が本を作り続けるしつこさの源にもなっているのは確かなのだけど、ときに私を傷つけ、まわりも傷つけ、壊す。
だから、鎮めてくれる存在が必要なのだと、ずっと思っていた。
六甲のこの家は、空や太陽や風、雨や嵐、森、山、川など、人の力の及ばない、わからないものに囲まれている。
わからないものたちは、私の暴れん坊を鎮め、諌めてくれる。
「わからない」ということ。
わからないからこそ、いろいろなものが浮かび上がり、物語りが自然にわき起こる。
中野さんには体があり、生きている生身の人だけれど、中野さんも私を諌め、鎮めてくれるもの。
太陽や風のようなものと、同じ仲間だと私は感じているみたい。
中野さんの絵は、描き方は、人知を超えている。
そんなことをぽつりぽつり話していたら、耳をすますように少しだけ顔を傾けじっと聞いていた中野さんが、「なおみさんは、オオカミから生まれたんですよね。世の中の人たちが、なおみさんを怖がるのは、そういうところなのかもしれません。でも、なおみさんには育ての親がたくさんいらっしゃる。スイセイさんもそのおひとりでしょ?」とおっしゃった。
ほんとうに。
私はオオカミから生まれたから、言葉が通じないと相手に噛みついたり、傷つけたりしてしまう。
これまでスイセイにもたくさん噛みついてきた。
よく我慢してくれていたなあ。
スイセイにはずいぶん育ててもらったから、これからはもう、自分の力でやりなさいということなんだと思う。
それが、この世を生きる私のミッションの大半なのかもって思う。
この部屋で中野さんの絵に囲まれ、絵本を作りながら、文を書きながら、そういう力を身につけるのが、今年の、これからの、私の抱負です。
夜ごはんは、塩鮭(三輪山へ行く日、におにぎりにした残りをほぐしておいた)、ほうれん草とポールウィンナーのバター炒め、ワカメと青じそのみそ汁。

●2017年1月3日(火)晴れ

午後、いちばん上の兄が帰省し、姉も駆けつけて、兄弟姉妹で話し合い。
主には母に何かあったときのことの相談。
母が希望するお葬式(キリスト教にのっとった式を、教会でやりたいのだそう。ずいぶん前から、歌ってほしい賛美歌まで決めてある)のこと、遺産相続のこと。
米寿のお祝いのことなど。
私はこれまで、10年以上も(20年以上かもしれない)お正月に実家へ帰ることをしてこなかった。
でも、神戸でひとり暮らしをするようになってから、こうして気軽に帰ってこられるようになった。
帰省するたび、母と絵本の話で盛り上がったり、母の子どものころの話を聞いたり。
とても勇気がいったけれど、スイセイと離れて暮らすことを決心したおかげで、思ってもみなかった新しいことに繋がり、広がってゆく。
そのことを不思議に思う。
けど、そうなるようにできていたようにも、なんとなく、思う。

●2017年1月2日(月)晴れ

今日も、居間と台所の大掃除。
途中からおでんを煮ながらやった。
午後、姉が家で使わなくなった棚を持ってきてくれた。
みっちゃんは自分の部屋で図面を広げ、仕事をしていたのだけど、すぐに組み立ててくれた。
この棚を、私の本だけ集めた本棚にしたいと母がいう。
これまで送り続けてきた雑誌(すべてとってあった)や本を並べた。
夜ごはんは、おでん(ちくわ、静岡の黒はんぺん、厚揚げ、コンニャク、ゆで卵、大根、八頭)、ブリカマ塩焼き、大根おろし、鶏皮の甘辛煮(七味唐辛子)
母とまたお風呂に入り、布団のなかで絵本を読む。

●2017年1月1日(日)晴れ

明けましておめでとうございます。
今朝もまた、富士山の裾野までくっきりと見える。
母は8時半ごろ、教会の礼拝へ行ったそう(みっちゃんが車で送ってくれた)。
私はぐっすり眠って10時に起き、朝風呂に入りがてら、お風呂場を徹底的に大掃除した。
2時間近くこもってやっていた。
母が教会から帰ったら、お昼ごはん。
ささやかな元旦のごちそうを、炬燵の上に並べた。
「明けましておめでとう」の挨拶をし、母の感謝のお祈り(けっこう長かった)を聞いて、3人で食べはじめる。
私とみっちゃんだけ、軽くビールで乾杯。
数の子、煮豚、白菜と大根のサラダ、真鯛の昆布じめ、お雑煮(大根、八頭、ほうれん草)。
みっちゃんは、2階の畳の部屋(母の衣装部屋になっているのだけど、部屋の半分はいらない物が積み重なり、物置のようになっていた)を徹底的に大掃除してくれた。
ここは私がいつも泊まる部屋。
母はあまり掃除をしない人だから、ずいぶん埃がたまっていた。
カーテンをはずし、窓もピカピカに磨いてくれた。
畳の部分がとても広くなり、部屋にあるのはおばあちゃんの鏡台とタンス、古いステレオ(私たちが幼稚園のころからあるもの)だけになった。
これから先、母に何かあったときに、私がいつでも帰ってきて泊まれるように。
インターネットが繋げさえすれば、パソコンを持ち込んでここでも仕事ができるように。
そんなことも思い、今年は実家を大掃除するつもりで帰ってきた。
お昼を食べ終わったら、台所と居間も少しずつ大掃除。
夜ごはんを食べ終わってお風呂に入る前、母がいつもやっている気功を教わった。
腕や足をこすったり、首や体を傾けたり。
「はい、次はネコ」と言いながら、体を伸ばす母は、元気元気。
生きる活力がまだたっぷりある感じ。
20分ほどやって、最後に肩をもみ合った。
母「なーみちゃん、お風呂に一緒に入るかあ」
私「うん、いいよ」
クリスマスに神戸の教会へキャンドル礼拝に行った話をすると、母とても喜び、興奮していた。
「ああベツレヘムよ、ちいさなまち〜」の賛美歌を、思い出しながら高らかに歌う母は、体を洗う手がすぐに止まってしまう。

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